第二次高調波発生

活
性
化
計
画
Second
2光子現象が生命科学
の新しい境地を拓く
Harmonic
Generation
細胞や組織の中で起こっている現象を生きた状態でいかに正確に捉えるかは、生命科学研究を進める上
で、1つの大きな課題と言えるだろう。この課題を克服する1つの手段として、SHG(Second Harmonic
Generation:第二次高調波発生)と呼ばれる2光子現象を利用した顕微鏡観察法の開発と研究への応用を
オリンパス株式会社(以下、オリンパス)と進め、神経細胞でみられる膜電位変化の本質に迫る慶應義塾大学
医学部薬理学教室の塗谷睦生氏にお話を伺った。
ずれにも活用できるというわけではなく、細胞外
マトリックスなど一定の配向性を持っていること
と、その分子が非対称な構造であることが必要
になる。塗谷氏はこのノンラベルでも観察が可
能であるという点に注目する。
「がん組織の周辺では健常な組織と比較した
時に細胞外マトリックスの構造が変化しているこ
とが知られています。従来、がん組織などで細
られていました。ただこれでは、例えば腫瘍モ
※1
。
「スパインからのシグナルがとれた時は、暗
デルマウスの組織を非侵襲で観察することはで
はかなり生命科学の研究に関わる人たちの間に
闇の中で興奮したことを覚えています」とにこや
きません。そこで、非染色で観察のできるSHG
浸 透してきていると思います。一般的に知られ
かに語りながら当時を振り返る。
を利用し、私たちの研究環境のアプリケーショ
うか。実はこの方 法で観 察した時にはもう1つ
新しいシステムとの出会い
の応用を視野に入れていますね」
。
2007年に帰国して間もなく、日本でのSHGを
注目に値します」と語る塗谷氏は、2004 年にコ
利用した研究はオリンパスとの共同研究の形で
ロンビア大学のRafael Yuste教授のもとに留学
始まることとなった。
「Yuste 研の頃に比べて、
して以来、SHGを活用した神経 細胞の観察に
計測のスピードが格段に早くなっていたことに加
文を発表した。SHGの注目すべき特徴として塗
取組んできた。この現象は2つの光子が中心対
えて、ディテクタが非常に使いやすくなっている
谷氏が指摘する定量性に着目した論文だ※2。膜
称性を欠いて存在する物質と相互作用した後、
のに驚きました。SHGはサンプルを透過して直
電位変化が SHGによって定量的に測定できるこ
入射光と同じ方向に進み2倍のエネルギーを持
進するという性質を持っているので、ステージの
とを示す実験結果がならぶ。これまで活動電位
つ1つの光子へと変換されるというものだ。例え
下に検出系が無いとうまく観察ができません。こ
の測定はパッチクランプ法が主流だった。しか
ば、近赤外光を照射すると、可視光が発生する
のため、Yuste 研では自分たちで検出系を取り
し、パッチクランプの大きさ (1µm程度)のた
付けて観察を行っていました。これに対して、オ
めに、それよりも小さい情報の入り口であるスパ
Yuste 研では神経細胞細部の膜電位変化を
リンパスのシステムは初めからステージの下に検
インやその出口である軸索における電位の変化
SHGで捉えるという、SHGの利用法としてはそ
出系がついており、非常に助かりましたね。こ
を観察することができなかった。そのため、ス
れまでにない方法に挑戦した。生命科学の塗谷
れはオリンパスが初めてだと思います」
。さらに、
パインと軸索での電位変化はこれまで完全にブ
オリンパスのFV1000にデフォルトで備わってい
ラックボックスのままであった。SHGはここを解
るポイントスキャン機能についてもその利便性の
き明かすツールになり得ると塗谷氏は指摘する。
高さを上げる。活動電位の測定はミリ秒単位の
「アドレナリンやセロトニンといったものが神経
測定になるため、視野全体をスキャンしてしまう
細胞に入った時に、まず間違いなく神経細胞の
と、その間に現象を見逃してしまうが、ポイント
情報処理が変わります。それを捉えて、どういっ
スキャンはその心配がないという。こうして新た
た変化が起こるのかということを知りたいという
な挑戦への土台が整い始めた。
のが本当のゴールです」
。SHGを利用した塗谷
SHGは、2 つの光子(赤線)
が中心対象性を欠いて分布する物質(黒線)と相互作用した後、入射光の丁度半分
の波長を持った1つの光子(青線)
へと変換される現象である。
その特殊な発生条件のため、生体内では微小管やコラーゲン繊維のような構造体、あるいは形質膜に分布す
る色素などが SHG により選択的に可視化される。これを利用する事で、これらの部位における選択的な細胞
情報の取得が可能となる。
* 08
広がる用途
SHGの特徴の1つにノンラベルの物質でも顕
700
SHG
40
20
0
Membrane Potential
-20
600
-40
-60
1
2
3
4 5 6 7 8
Frame Number
10
60
650
550
D
80
9
10
8
80
6
60
4
40
2
20
0
-80
100
SHG Signal Change
Voltage Change
0
20
-2
40
60
Time [msec]
80
0
100
-20
ンを広げることを考えています。特に脳腫瘍へ
SHGという別の現象が起こっています。これが
図 1 SHG の模式図
C
Membrane Potential Change [mV]
胞外マトリックスの観察を行う場合、免疫染色を
構成されたチームは見事膜電位の変化を捉えた
(図1)
。この光を観察するわけだ。
22
は実現できない測定だ。ただし、生体分子のい
して共焦点顕微鏡で観察するといった方法がと
ているのは2 光子励起顕微鏡法ではないでしょ
塗谷 睦生 氏(ぬりや むつお)
【略歴】
2004 年 博士課程修了
(P h . D . N e u ro s cie n c e , D r. R ic h a rd
Huganir)
D e p a r t m e nt of N e u ro s cie n c e , T h e
Johns Hopkins University School of
Medicine
2004 年〜 2007年 博士研究員
Department of Biological Sciences,
Columbia University (Dr. Rafael Yuste)
2007年~現在
慶應義塾大学医学部薬理学教室
専任講師
B
プローブが必要な通常の2光子励起顕微鏡法で
氏をはじめとした、物理、化学のエキスパートで
「2 光子顕微鏡を利用した細胞や組織の観察
A
Membrane Potential [mV]
Second Harmonic Generation
微鏡観察できることが挙げられる。これは蛍光
SHG Signal Change [%]
究
Average SHG Intensity [A.U.]
研
神経細胞の情報変化に迫る
2010 年、塗 谷氏らは1つのSHGに関する論
図 2 神経細胞における Second Harmonic Generation
イメージングとその応用による膜電位計測
A: マウス大 脳皮質由来の分散 培 養 神 経 細 胞からの SHG 画 像。神 経 細 胞にFM 4- 64 色素を投与 後、
950nm のフェムト秒レーザーを照射し、475nm の SHGシグナルを検出した。 B: Aの画像の黄線部位
のズーム画像(5x)。樹状突起から出たスパインがSHG により観測されるのが分かる。 C: 神経細胞の細
胞体から得られたSHGシグナルの膜電位依存性。
フレームおきに細胞膜電位を変化させ
(黒線)、同時に得
られたSHGシグナルの平均値をプロットした(赤線)
。膜電位変化に応じてSHG のシグナルが変化してい
る事が分かる。 D: SHGイメージングによる膜電位変化の高速測定。パッチクランプした神経細胞の細
胞体の一点にレーザーを固定し、ポイントスキャンを行った。細胞体への電流の注入により活動電位を発
生させ
(黒線)
、それに応じたSHGシグナルの変化をプロットした。これにより、ミリ秒単位での定量的な
膜電位のイメージングが可能である事が分かる。
※ 1 Nuriya, M., Jiang, J., Nemet,
B., Eisenthal, K. B., Yuste, R.
(2006). Imaging membrane
potential in dendritic spines.
Proc. Natl. Acad. Sci. U S A.
103, 786-90.
※ 2 Nuriya, M.,Yasui, M. (2010).
Membra ne potent ia l
dy n a m ic s of a xons i n
cu lt u red h ippo c a mpa l
neurons probed by secondha rmonic-generat ion
imaging. J Biomed Opt.
15, 020503.
FV1000MPE.SHG
●FV1000MPEに関するお問い合わせ
オリンパス株式会社
氏の研究成果が生命科学研究にどのような新し
[所 在 地]本社 東京都新宿区西新宿 2-3-1 新宿モノリス
いインパクトを与えるのか、これからの展開が楽
[連 絡 先]TEL 03-6901-4040(ライフサイエンス事業部)
しみだ。
[U
R
L]http://www.olympus.co.jp/jp/lisg/bio-micro/
* 08
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