第8回「ハンガリー旅の思い出」2011年コンテスト作品

第8回「ハンガリー旅の思い出」2011年コンテスト作品
A賞 津崎 明さんの作品
ついに叶った妻とのハンガリー旅行
ここに古いパスポートがある。その1ページにハンガリーのビザと入国のスランプが押してある。入国
日は、1975年2月5日。社会人となって初めての海外出張で訪れた国がハンガリーであった。あの頃
は外貨の持ち出しにも制約があり、同じパスポートにドル購入記録を残すスタンプもある。今の日本と
は違い、個人の海外旅行など、まだ夢のような時代でもあった。
当時のハンガリーは、共産党独裁体制の社会主義の国。フランクフルトで乗り継いだハンガリー国営
マレブ航空のソ連製飛行機の内装もスチュワーデスの物腰も全く味気ないものであった。夕刻に到着し
たブダペスト空港での手荷物検査は、共産国独特の大変厳しいもので、係員の鋭い目つきが外国の地
に初めて足を踏み入れた私を大いに緊張させた。
朝日に照らされた王宮が美しい(1975年)デュナ・インターコンチネンタルホテルの部屋からの眺め
明日からの仕事への不安と時差でよく眠れぬまま迎えた翌朝、今は名を変えてしまったが、デュナ・イ
ンターコンチネンタルホテルの部屋のカーテンを開けた時の驚きと感激は、忘れられない。朝日に輝くブ
ダの王宮、目の前を流れるドナウ川、そこを行き交う様々な国旗をつけた船、ホテルの前を走る黄色と
白のトラム、今まで全く見たことのない光景であった。自分がヨーロッパに来たのだ、という、あの感動を
今でも鮮明に覚えている。
その時から、あの感激を何としても妻と分かち合いたい、という思いを抱き続けていたが、その夢がつ
いに35年後に叶えられることとなった。60歳を過ぎ、仕事にも時間の余裕が出てきたので、まるまる1
週間の休暇を取り、これまで日々傍らで私を支え続けてきてくれた妻と二人で、7泊9日のハンガリーの
旅へ出掛けた。美しき古都をじっくり歩きたいと思い、ブタペストに5泊することにし、さらに、丁度ぶどう
の収穫時期でもあったので、ワインの里エゲルとトカイも訪ねることとした。
科学アカデミーとその前を通るトラム2番(1975年)
出発は、2010年10月9日、土曜日。35年前と同じフランクフルト乗り継ぎであるが、もうかつてのア
ンカレッジ経由ではない。フランクフルトからのマレブ航空は、最新の飛行機を使い、スチュワーデスの
サービスもかつてとは大違いである。ハンガリーは変わった。でも、到着した夜、私たちを出迎えてくれ
たライトに照らし出されたくさり橋やブダの丘の景観は変わらない。妻の感動が伝わってくる。翌朝、日
がのぼり始めるのが待ちきれぬようにしてホテルの外に出た。冷たい空気が心地よい。快晴である。ブ
ダの王宮が美しく朝日に照らされている。マーチャーシュ教会がドナウの川面に揺らいでいる。そう、こ
の景色だ。この景色を私の感謝の気持ちと共に妻に見せたかった。新しくはなったが、かつてと同じよう
に黄色と白のトラム2番が、私たちの目の前を走って行く。
今回の旅では、時間を掛け、じっくりと、地下鉄やトラムを使いながらブダペストの街を歩くことにしてい
た。そして出張では訪れることができなかったレヒネルの建築や世紀末の姿を今に残すカフェのいくつ
かを訪れてみたかった。ドナウの河畔を歩き、最初の朝食は、カフェ・ツェントラール。1世紀前にタイム
スリップしたような雰囲気とよく磨かれた食器に、私たちは、またまた感動した。勿論、ジェルボーでの昼
食やカフェ・ニューヨークでの夕食も、後日、しっかりと楽しんだ。
ちょっと気取ってカフェ・ツェントラールでの朝食
トラムは、やはり2番と19番がいい。車窓から眺めるドナウと周りの街並み、まさにドナウの真珠を実
感した。
かの出張の折、顧客との会議のため毎日使った地下鉄1号線にも再会できた。駅の入口に降りる階
段の脇に、世界遺産を示すプレートが貼られたこと以外は、黄色いマッチ箱のような車体、駅の鉄柱とタ
イル、皆、昔のままだ。
ドナウ河畔を走るトラム19番
自分はハンガリー人でもないのに、誇らしげに妻を車内に案内した。出発を合図する実に愛らしいメロ
ディーが、今も耳の中に残っている。
ハンガリー世紀末建築、レヒネル・エデンの傑作も見逃せない。奇抜なデザインと色鮮やかなジョルナ
イのタイルがとても印象的であった。工芸美術館、そして聖イシュトバーン大聖堂のテラスから眺めた旧
郵便局などなど、ちょっとびっくりするような様式、色づかいではあるが、ハンガリー人として頑ななまで
の自負が感じ取れる作品のように思われた。
ブダペストでは、まずドナウ河畔のホテルに泊まり、ワインの里を訪ねた後、町の中心部そしてブダの
丘にホテルを選んだ。それぞれが、国会議事堂やオペラ劇場、王宮などに近く、ブダペストを代表する
観光スポットを大いに楽しむことができた。エゲルとトカイでも数々の感動、親切に出合ったが、それら
は妻の旅行記に委ねたい。
私は、これまで何とか無事、会社人として歩んで来ることができた。常に支えてくれた妻への感謝の思
いを、このハンガリーの旅で表すことが出来たであろうか。35年前の出張の後、海外各地で、赴任生活
を経験してきた私たちであるが、この旅は格別のもとなった。今も時折、我が家のリビングで、コダーイ
のハーリ・ヤノーシュ「間奏曲」を聴きながら、この旅を思い出している。
<追記>この旅行を計画するに当たり、ハンガリーの観光情報や鉄道情報を親切にお送り下さったハ
ンガリー政府観光局に、心からお礼を申し上げます。 お陰さまで深く心に残る素晴しい旅をすることが
できました。
作品一覧へ戻る
2012年1月