『平家』の貴族女性-建礼門院を中心に

『平家』の貴族女性-建礼門院を中心に
甘栄熙*
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<要旨>
挿話的な性格の強い女性挿話が『平家』という叙事文学の一隅にあって、珠玉のような輝きを放
ち、平家の大きな特色である仏教的な性格の一つの側面を見事に表現しているのは注意しなければ
ならない。建礼門院を中心とする『平家』の貴族女性もやはり仏教思想に濡れた類型的な女性で
あって、彼女たちは時代の激変に自分の運命を折り重ね、人間世界を支配する無常なる宿命に深い
嘆きを言い出している。『平家』の女性挿話の中には仏教という「八苦」のうち「愛別離苦」「怨
憎会苦」 の二つの苦の世界が具体的に描かれていると思われるし、その苦界から脱して浄を願う往
生思想が最も典型的に表れていて、この意味で特に建礼門院の説話は平家の中ですごぶる重要な位
置を占めるものと考えられる。それは彼女こそが「愛別離苦」「怨憎会苦」を一つ一つ緊密に連結
する平家を代表する総合的な人物像であったからである。なお,世俗を離れ修行するというのはある
意味では貞女の位置を一番よく示したことで、この認識の上で考えるとを建礼門院を通して当時貴
族社会の女性の貞節の観念が強かったことが分かるし、彼女自身、自我への高い自尊心を守る節操
の女性であったと言えよう。建礼門院を通じて『平家』の作者の女性出家思想は鮮烈である美への
世界であり、これは『平家』がその末尾の「大原御幸」に続く「六道之沙汰」の章において建礼門
院自ら『平家』の仏教文学的性格を立体化されたことからも分かる。それは女人往生という形で
『平家』の美意識とも繋がることであろう。
主題語:建礼門院(Kenreimonin), 貴族女性(aristocratic women),
母性(motherhood), 中宮(the Queen), 女性像(a view of womanhood) 1. 序論
普通『平家物語』(以下『平家』と言う)を考える上には三つの顔1)をもっているとも言
われる。第一、清盛物語としての顔、第二に源平合戦物語としての顔、第三に変革期の人間
の物語としての顔がそれである。筆者はその中でも第三の顔、即ち変革期の人間を描いた物
語りとしての顔について注目しながら、特に女性の姿について検討を進んできた。
* 동명대학교 관광경영학과
1) 富倉徳次郎、1972『平家物語ー変革期の人間群像』日本放送出版協会 P. 16
72 日本近代學硏究……第 22 輯
『平家』は或意味では男性の物語であるが、話の展開に所々差し挟まれた女性挿話の章段
は、物語の展開に複雑な彩りを与えている。女性の運命を語る挿話の添加によって『平家』
の世界は、場面の転換と曲折に富む幅のあるものとなり、物語固有の悲劇性をいっそう深化
させる。
本稿では、そのような女性をめぐる一つの考察として『平家』には種々の女性たちが登場
するが、今回は建礼門院を代表とする貴族階級の女性たちに光を当てみようとする。
妃であった祇園女御と二代后、女丈夫というべき二位の尼時子、そして『平家』のヒロイ
ン、建礼門院を中心にみながら、特に建礼門院を集中照明することによって彼女の妻‧母‧中
宮としての姿、さらに『平家』の悲劇の象徴とも言われるその女性像について検討すること
によって、その結果『平家』を代表する一つの女性像として取り上げられる彼女の真の姿に
ついて近付こうと思う。平家の作者の仏教的性向が女性たちに投影されたのは言うまでもな
いが、どのように映され反映しているか。『平家』の貴族女性への女性観に近付く。
以下、本文の引用は『平家物語』(1)(2)、日本古典文学全集(小学館)による。
2. 貴族階級の女性たち
1)祇園女御と二代后
祇園女御は『平家』の中で謎の人物の一人である。本のわき役から物語の主役の一人とし
て、平清盛の生母だとされ、しかもその出生の秘密を握る人と見られている。
『平家』の中では、祇園女御の性格はほとんど描かれていないからであり、彼女に関する
かぎりは物語の展開よりも、その虚像と実像の間をみつめることの方が面白いかも知れな
い。流布本や、覚一本、最近刊行された葉子十行本などでは、祇園女御が清盛の生母である
としているが、延慶本や屋代本、また『源平盛衰記』の説には、清盛の生母は祇園女御に仕
えた女か、または祇園あたりに住んでいた女であるということになっている。
彼女は、もともと白河法皇の愛人であった。都の東山の麓の祇園のほとりに住んでいたた
めに祇園女御といわれたという。『平家』によると、白河法皇の寵愛を受けていた祇園女御
であったが、のちに平忠盛が白河法皇から恩賞として彼女を賜って彼の妻になったという。
この時祇園女御は、すでに身ごもっていたので法皇は生まれる子が女の子であると自分の子