随想 「研究には何が大切ですか」 (独)産業技術総合研究所 先進製造プロセス研究部門 主任研究員 清 水 透 研究所の研究員という仕事をしていて、何が仕事に大切ですかと聞かれることがあるが、「オ リジナリティ」と答えることにしている。しかし、自分自身がどれほどオリジナルな仕事をして いるかは疑問である。特許を出願してみても、たいていの場合、先行特許があり、それとの類似 性を審査官に指摘されないか、拒絶されたらどう反論しようかとハラハラしている。 そのなかで最近、興味深く読ませていただいたのは志村幸雄氏によるブルーパックスの「誰が 本当の発明者か」である。20 ばかりの発明・発見の例を記載してある。「ピーヒャラピーヒャラ、 タッタタラリラ、エジソンはえらい人 , そんなの常識」、というのはちび丸子ちゃんも知ってい る常識である。そして、それが怪しいことは日経ビジネス人文庫「怪人エジソン」にも詳しい。 確かに、エジソンが発明したのは性能のすぐれた電灯であるが最初の電灯ではない。子供のころ 読んだエジソンの伝記は、京都で取れた竹の繊維が電灯のフィラメントに最適であったことを強 調するばかりで、なにか腑に落ちなかった。「これは発明ではなく改良じゃないの。しかも、た くさんの実験、試験をこなしたのはエジソンの弟子だよな」そうは言っても、イノベーションと しての電気産業を確立していったのはエジソンを中心とした GE であり、その中心技術はエジソ ンの電灯技術である。企業家エジソンは偉い人である。この本には、カーボンファイバーの進藤 昭雄氏の話も出てくる。旧大工研での話だからわれわれ産総研の人間にもかかわりが深い。この あたりの事情は旧大工研の中村治氏ら が書かれた産総研の雑誌「Synthesiology」2009 年 2 号の 記事が詳しい。アメリカの TV シリーズ「24」のジャックバウアー捜査官がショック状態のテロ リストに注射するエピネフリンとはアドレナリンのことであるが、なぜ、こんな事情になったか はやはり本書に書かれている。とにかく米国ではアドレナリンのことはいまだにエピネフリンと 呼ばれている。高峰譲吉が郷土の偉人である当方にとっては悔しい限りだ。本書には書かれてい ないが、昨今有名な青色 LED の最初の開発者は中村修二氏ではなく、赤﨑勇氏だ。カーボンナ ノチューブにしても、飯島澄男氏が有名だが、ふりかえってみると同様な物質を遠藤守信氏がフ ランス留学中に発見、報告している。当方がノーベル賞に値すると考えるネオジム磁石の発明も 例外ではない。ネオジム磁石はハイブリッド自動車や電気自動車を可能にした素形材分野の大発 明だ。モーターで動くものはもちろん、NMR や HD といった装置の性能向上へも大きく貢献し ており、世界的な消費エネルギ削減への貢献はノーベル平和賞級である。しかし、発明者の佐川 眞人氏と同時に GM の J. J. Croat 氏から特許が出願されていた。電話の発明の例もあるように殆 ど同時に同じ発明が独立してなされる例もあるが、本件に関してはややなぞが多い。もしかする と、ネオジム磁石の発明がノーベル賞の俎上にあがらないのは、第一発明者がだれかの泥仕合に なるのを恐れてのことかもしれない。こうなってくると、オリジナリティの帰結であるはずの第 一発明者争いも少し疲れてくる。今度から研究で大切なことは何ですか、と聞かれたら「社会へ の還元と貢献」と答えることにしよう。 43
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