実 践 報 告 乳児院におけるわらべ唄の取り組み ――つながっていく

実 践 報 告
乳児院におけるわらべ唄の取り組み
――つながっていく子育て――
広島乳児院
児童指導員 兼光 一之
1、施設概略
広島乳児院は広島駅近くにあり、定員 50 名(暫定 34 名) 直接処遇職員 20 名+非常勤職員 3 名の施設です。
乳幼児ホーム体制
特徴
養育担当制
乳児養育に加えて 2 歳以上 5 歳以下の子どもまで養育
し、乳児と乳幼児の縦割りクラス編成
一人の職員が 2.3 人の担当の子どもをもち、子どもと一
対一のアタッチメントの形成を大切にする
2、はじめに
広島乳児院では母子でしっかり向き合って養育された経験が少ない、しっかりあやされて育っていない児、あ
やしても目をあわそうとしない、笑わない児。泣かない。気力が乏しい。抱っこさせてくれない。緊張が強く抱
いても体にそぐわない赤ちゃんが多い様に思います。このような子たちは一対一の関係でのゆっくりとしたやり
とりを必要としています。
しかし、緊急の入所で部屋の様子は変化し、集団養育であるため病気やけがにも大変な神経をつかい、乳児院
での養育は本当に忙しいものです。限られた時間のなかで子どもとどうかかわっていくか?子どもとの関係をい
かにつくっていくか?が日々の課題でもあります。
子どもの発達を見抜き、
必要な働きかけは何かを見つけ出し、
即実践していくことが求められています。
そこで,子どもとかかわる方法の一つとして昔からの伝承遊びであるわらべ唄の広島乳児院における取り組み
を紹介します。
わらべ唄は日常生活の中で人間らしく生きることを教えようと作られた人間の知恵です。語り継がれてきたわ
らべ唄が今の子育てに通じ、そして、乳児院での養育にも非常に通じることが多いと考えています。
「子どもにう
たい、話して聞かせる」伝統的な育児法の有効性は京都大学霊長類研究所の正高信男先生も著書「子どもはこと
ばをからだで覚えるーメロディから意味の世界へー」の中で説明されています。また、広島乳児院でわらべ唄実践をす
るにあたって広島でわらべ唄を研究実践されている槙林芳恵先生からのお力添えをいただいています。
3、広島乳児院におけるわらべ唄の取り組み(槙林先生の実践から学んで)
遊びのやりとりでその子の心と体の発達が見えてくる
わらべ唄の目的はもちろん「子どもが育つこと」
最低限身につけさせてあげたい力として「見ること、聞くこと、まねっこすること」
まず、0 歳からみていきます。
①「見ること・聞くこと」
大人が赤ちゃんの目を見て声かけをする。遠野ではうんこ語りといって会話の始まりとされています。赤ちゃ
んが正面を向くようになると、赤ちゃんの目をしっかりみて、
「うんこー」と数回繰り返してあげる。すると、
「う
んこー」というとみてくれるようになります。顔をそむけたときにはうんこーといわないでじっと待つ。すると
あれどうしたのかなぁって思ってまた見るから「うんこー」と働きかける。働きかけることと待つことで赤ちゃ
んに伝えます。
②「まねること」
まねて遊ぶと見るくせがついてくる。
しぐさ一つの単純なまね遊び、
赤ちゃんにしっかりこれを見せてあげる。
少しの時間でいいから、見せてあげることが大切です。
(例)てんこてんこ にぎにぎ かんぶかんぶ あっぷー れろれろれろ ばんざーい
③子と子守を落ち着かせるわらべ唄
しかし、養育は本当に忙しいので、いつも赤ちゃんに優しい気持ちで接してあげることはできません。そうし
て、お母さんの気持ちがイライラした時に唄います。
(例)こりゃどこのじぞうさん
(阿部ヤヱ「人を育てる唄―遠野のわらべ唄の語り伝え―」エイデル研究所)
(補足)
阿部ヤヱさんの『
「わらべうた」で子育て 入門編』にはじょうずじょうずとほめて「赤ちゃんに気持ちを起こさせる」
。して
はいけないことをしたら「あっぷ」と「してはいけないよと伝える」
、その後、叱った人とは別の人がはやして「叱られてはず
かしいという気持ちを持たせる」
。はやし唄で泣いている子の「機嫌を直させる」泣くもんかと「意地を持たせる」
。おむつを替
えるときのくすぐり遊び、おむつを替えたあと、こちょこちょこちょと脇をくすぐってあげることには気持ちをゆったりさせる
ことと気持ちをきゅーっとひきしめることの意味があるなど、まだまだ実践に取り入れたいわらべ唄は多く残っています。
目的を一つないしは二つに絞り、同じ働きかけを継続して、その子の反応を見ていくことで、その子の心と体
の発達が見えてきます。同じ働きかけを、日を変えて繰り返すことによって、その子の反応に変化がでているこ
とに気がつきます。足にしっかり力がはいるようになることや体をゆすったらふらふらしていた子がしゃんとす
るようになる。また,あやしても目をあわせようとしない子が見るようになる、働きかけても笑わない子が笑う
ようになります。反対にいつも笑っていた子が笑わないのは体調がよくないとかの健康診断にもなります。
4、わらべ唄実践のポイント整理と個々にあったわらべ唄実践
ポイント整理
わらべ唄の目的は「見ること、聞くこと、まねっこすること」ですが、
「見ること、聞くこと、まねっこするこ
と」ばかりを期待していると赤ちゃんがなかなか反応してくれないことに苛立ちの気持ちが起こります。そこで
「人にゆだね、信
「人を怖がらないこと、赤ちゃんの気持ちがよくなること、喜ぶこと、解放し感情がでること」
頼すること」を根底においた働きかけが大切であると槙林先生はいいます。しっかり触れ合って赤ちゃんと仲良
くなっておこくことが大切です。
(0∼1・2 歳児)
子どもに顔を見せる、声を聞かせるということを目的とし、一対一の関係を重視します。声の調子、動作はゆ
っくりです。聞かせるということだけを目的にしたら声のみとし動かないこと。働きかけることと待つことで伝
えます。
(2∼3.4 歳児)
赤ちゃんのときのようにゆっくりしたのでは、物足りなく感じてくるので声の調子、動作に強弱を持たせて体
で喜びを伝えること。更にもう少し大きくなると勝った、負けたでうれしかったりくやしかったりする関係を持
つことが大切です。
しかし、心と体の発達が不十分でこういった働きかけにみあわない児がいます。そういった児には 3.4 歳であ
ろうが赤ちゃんのようにしっかり関係をもち、ゆっくりと接してあげることが大切となります。その子その子に
応じた働きかけが大切となります。
これより個々にあったわらべ唄実践を紹介します。槙林先生の実践を参考にして、乳児院で実践している中で
手ごたえがあったように思えるものを紹介します。
個々にあったわらべ唄実践(参考にしてください)
落ち着きがない子
声を聞かせる。顔をみせる。見る対象を用意する。抱っこしてゆっくりゆらしながら唄いかけ、気持ちを落ち
着かせる働きかけが必要です。
「うんこ語り」しっかりと声を聞かせる
「てんこ」
「にぎにぎ」
「あっぷー」
「れろれろれろ」しっかりと見せる 見る対象を与える
「こりゃどこのじぞうさん」気持ちを落ち着かせる
気力の乏しい子
十分なくすぐり遊び、ふれあい遊びが必要です。それと同時にいないいないばぁ遊びをしてその子に対し自分
が「ここにいるね」と存在を伝え、存在することを喜んであげることが必要です。
くすぐり遊び「ネーズミネズミ」
「イチリ」
ふれあい遊び「おすわりやーす」
「ギッコンバッコン」
いないいないばぁ遊び「かっこう えだぁ」
*かっこうは「隠れた」 えだぁは「ここにおるね」と言う意味。
*この遊びはハンカチを使います。慣れたら顔にかけたハンカチを子どもにとらせます。自分でしないと遊べない遊びです。
目を合わせようとしない子
人を信頼していないと人の顔をみることは怖いことなので、この人は怖くないと感じることができるまでは大
人の顔を見なくてもいいように子どもと大人との間に道具でワンクッションいれる。そうして対象を見る癖をつ
ける。
「くまさんくまさん」
「いっぴきちゅう」
スキンシップを拒否する子
何かするたびにぎゃーと嫌がって泣いてばかりいる子、体の緊張が強い子、触られることを極度に嫌う子には
直接触れるようなスキンシップはさけ、まず唄を聞かせる「くまさんくまさん」
。道具をもちいる「人形・ハンカ
チ」
。そして人を怖がらず信頼してくれるようになったなぁという変化が見え始めてからくすぐり遊び・ふれあい
遊びをする。
噛む子、つねる子
自分の欲求がうまく言葉として表現できず、欲求不満ですぐに噛んでしまう。又、大人の注意を引きたくて噛
んでしまう。そういう子には発語を促す働きかけと十分なスキンシップが大切です。
会話のはじまり 「うんこ語り」
手先、指先の刺激「てんこてんこ」 「にぎにぎ」
口の機能(食べる・発音)の刺激 「あっぷー」
「れろれろ」
本当の会話のはじまり 名前を呼ばれて「ハーイ」と返事をする「返事あそび」
ふれあい遊び「こりゃどこのじぞうさん」
「ギッコンバッコン」
大切なのは「本当に働きかけを必要としている子に必要な働きかけをすること」
「育つ子は放っておいても育ち
ますが、育たない子こそ働きかけを必要としている。
」と槙林先生はいいます。私も同じ気持ちです。しかし,集
団での養育では個々に応じた働きかけの難しさがあります。だから、単純で繰り返し行える働きかけが求められ
ます。集団を見つつ、個をとらえ、個をとらえつつ集団を見るには働きかける側に工夫が必要です。集団には唄
を聞かせ、まね遊びをみせるようにし、あいた隙にピンポイントで個と向き合うというようにしています。集団
がそれぞれの遊びに夢中になっているときは個に対してゆっくりとした口調で個々にあったわらべ唄を 4.5 回繰
り返してあげます。
5、ビデオ資料上映
「つながっていく子育て」伝えることの大切さ
乳児院の子育ては乳児院で終わるのではなくつながっていく子育てです。その子どもの心と体の発達に応じて
働きかけもつながっている必要があります。0 歳から 2 歳、そしてそれ以上と。その子の将来を見据え、今、何
がこの子に必要なのかを考え、実践し、それを次につなげていくようにしなくてはいけません。
また、個々を育て、集団としても育っていくことが求められています。そうした中に個だけでは味わえない喜
びを子どもたちに感じ取ってほしいものです。
6、おわりに
日々の実践を通して、目を合わせようとしなかった子が合わせるようになり、引きつった笑いをしていた子が
自然に笑うようになる。おしめ替えを安心して替えさせてくれるようになる。そうした変化が少しずつですがみ
られます。
乳幼児クラスでは、入所当初反応が少なく、いつも眉をしかめ悲しい表情でいて、発語も遅れていた M 佳ちゃ
んが現在では表情があかるくなりよく唄を唄うようになり会話も伸びました。ホームでは唄うのを恥ずかしがっ
ていた M ちゃん R ちゃん姉妹が里子に引き取られていってからよく唄うようになり里親さんからあの唄は何で
しょうか?と尋ねられることもありました。2 歳を過ぎ少し大きくなった子でも、時間がかかりましたが彼らの
中で働きかけがあふれだしたことによる変化を感じるとることができました。小さな赤ちゃんにはそれ以上に伝
わるように思います。
乳児クラスでは体の緊張がつよく、見るところが定まらなかった K 斗くん(6 ヶ月)が一点を見るようになり、
今ではあっぷーというしぐさをまねてくれます。抱いてもダラーッと垂れ下がるようにし、僕のほうをみてくれ
なかった T 之くん(1.6 ヶ月)が始めて振り返って僕の目を見て微笑んでくれた瞬間は本当に感動でした。人が
どんなにして笑うのかを改めて感じた瞬間でした。子どもの変化がすべてわらべ唄のおかげとはいえませんが、
子どもへの働きかけにわらべ唄という昔からの知恵がカギになっているように思います。
又、わらべ唄は子どもだけでなく大人にも効果的です。忙しくて早く寝てくれたらいいのになぁと思うのにな
かなか赤ちゃんが寝ない時、
雑用に追われ気持ちがイライラする時があります。
大人のイライラの対処法として、
わらべ唄を唄うことにより子どもとともに大人の気持ちを落ち着かせてくれます。
槙林先生は「遊び」と「会話と感情表現」をいかに結びつけて人間形成をしていくかを目指して実践を続けら
れています。数え唄遊びなどそのときに子どもに言葉の意味はわからなくとも繰り返し行われた働きかけが子ど
もの頭の引き出しの中からあふれるとき大きな「自信」と「満足」と「喜び」と「確信」を子どもが持つことが
できるとおっしゃいます。
広島乳児院でのわらべ唄実践はまだ始まったばかりです。まだまだ成果はわかりません。今後ともわらべ唄の
実践を続けていこうと考えています。よろしくお願いします。ありがとうございました。
(参考文献紹介)
正高信男著「子どもはことばをからだで覚えるーメロディーから意味の世界へー」中公新書 2001 年
阿部ヤヱ「人を育てるい唄―遠野のわらべ唄の語り伝えー」エイデル研究所 1998 年
阿部ヤヱ『
「わらべうた」で子育て 入門編 』 福音館書店 2002 年
あとがき
この実践報告はあやしても目をあわそうとしない,笑わない,泣かない,気力が乏しいなど気になる様子を見
せる児に忙しい集団養育のなかでどのように向き合うのか?また,15 年にわたる広島乳児院での乳幼児ホーム体
制を振り返り,
「子どもの心に残る働きかけ」ができたかどうかを今一度考えさせられている中,わらべ唄遊びの
実践を通して原点に立ち返ろうとする勢いの 2 年間の取り組みの結果をまとめていく中で生まれたものです。こ
の 2 年間,ホームに何度も足を運んでくださり,勉強会で講師として指導され,現場にも入って子どもたちとふ
れあい,わらべ唄実践された槙林芳恵先生には大変なお力をいただきました。この場を借りてお礼を申し上げた
いと思います。ありがとうございました。
わらべ唄あそび
(ふれあいあそび)
「こりゃどこのじぞうさん」
こーりゃ どこの じぞうさん?
うみの はたの じぞうさん、
うみにつけて、どぽーん
*子どもを大きめの布にのせ、大人二人でゆら
「ギッコンバッコン」
ギッコン、バッコン、ヨイショブネ、
オキハナミガ タカイゾ!
*抱いていてたかいたかいと持ち上げたり、
ひくいひくいとさかさまにしたりするあそびです。
して遊ぶ。また、一人だと抱っこしておこなう。
「おすわりやーす」
オスワリヤース イスドッセ アンマリノッタラコケマッセ
*膝のせあそびです。
「コケマッセ」で足を開いて乗っている子どもをストンと落とします。
(くすぐりあそび)
「イチリ」
イチリ、ニリ、サンリ、シリシリシリ
「ネーズミネズミ」
ねーずみ ねーずみ どーこいきゃ わがすえ ちゅーちゅくちゅ
ねーずみ ねーずみ どーこいきゃ わがすえ とびこんだー
*おしまいに脇をくすぐってあげます
(人形あそび)*あそびをはじめる時によく使います。
「いっぴきちゅう」
いっぴきちゅー もとにかえって、にひきちゅうー
にひきちゅー もとにかえって さんびきちゅうー
さんびきちゅー もとにかえって いっぴいちゅー
「くまさんくまさん」
くまさん くまさん
くまさん くまさん
くまさん くまさん
くまさん くまさん
まわれみぎー
りょうてをついて
かたあしあげて
さようならー
(数え唄あそび)
「ひとりきな」
ひとりきな ふたりきな みていきな
よっていきな いつきてみても ななこのおびを
やのじにしめて ここのよ で いっちょよ
槙林芳江先生の「わらべ唄あそびの会」より