非適格組織再編に臨む経営者の経済的動機 要 旨

国際会計研究学会年報 2008年度
非適格組織再編に臨む経営者の経済的動機
大沼
宏
東京理科大学
要
旨
本稿は,組織再編時に譲渡損益(通常は営業移転損益として処理
される)を計上する税制非適格分割を選択する企業の動機を探るこ
と を 主 た る 目 的 と す る。非 適 格 組 織 再 編 に つ い て の 調 査 は
Maydew,et al.[1999]が代表的である。その一方で,当該研究領
域を合併研究の文脈で
えると,非適格組織再編はパーチェス法と
類似する。そこで,本稿は Aboody, et al.[2000]や M aydew, et
al.[1999]の分析フレームワークに依拠しながら,組織再編の一
つである会社分割を中心に据えて分析を進める。
分析の結果,適格会社分割と非適格会社分割の選択は経営者の経
済的な動機に関連するという仮説は,部分的にではあるものの採択
された。具体的には,営業移転損益の金額の程度と非適格会社分割
選択にプラスの関係を見いだすことが出来る。これ以外にも,役員
の持株割合は非適格会社分割の選択に対して影響を持つことが明ら
かとなった。この知見は,役員などによる株式の所有割合の高まり
が,経 営 に ポ ジ テ ィ ブ な 影 響 を も た ら す ア ラ イ ン メ ン ト 効 果
(alignment effect)の一つと解釈できる(Wang[2006])
。また,
営業移転損益額と実施企業の限界税率との関係についても分析を行
った。分析の結果,限界税率が低くて営業移転損益の金額が大きい
企業か,あるいは限界税率が高く営業移転損益が小さい企業が非適
格会社分割を選択することが明らかになった。
109
つである会社分割を中心に据えて分析を進め
1. はじめに
企業組織再編税制に関する主要規定である
る。
分析の結果,適格会社分割と非適格会社分
割の選択は経営者の経済的な動機に関連する
法人税法 62条によれば,原則として資産・
という仮説は部分的にではあるが採択された。
負債を移転した法人は,時価による譲渡を行
具体的には,営業移転損益と非適格会社分割
ったものとして,譲渡損益を計上することを
はプラスの有意な関係であることから,営業
求められている。ところが,実際には,組織
移転損益の金額の程度と非適格会社分割選択
再編時に,譲渡損益を計上する企業はまれで
にプラスの関係を見いだすことが出来る。こ
ある。移転資産・負債に対する支配が継続し
れ以外にも,役員の持株割合は非適格会社分
ている場合,税制適格として,譲渡損益の計
割の選択に対して影響を持つことが明らかと
上は繰り延べられるため,この特例規定を選
なった。役員の持ち株割合が高いために,非
択する企業がほとんどだからである(法人税
適格会社分割を実施することが出来たと指摘
1,2)
法 62条の 2)。
では,組織再編時に譲渡損益(通常は営業
できる。この知見は,役員などによる株式の
所有割合の高まりが,経営にポジティブな影
移転損益として処理される)を計上する税制
響をもたらすアライン メ ン ト 効 果(align-
非適格分割を選択する企業は,何をその動機
ment effect)の一つと解釈できる(Wang
とするのか。本稿は,この疑問を探ることを
[2006])。その反面,経営者報酬に関する変
目的とする。なぜ税務的な負担を背負い込む
数は一貫して有意な値を示さなかった。営業
非適格会社分割を用いた組織再編を行う企業
移転損益と役員報酬,持ち株割合,レバレッ
が存在するのか。そして,非適格会社分割を
ジとの交差項のうち,持ち株割合とレバレッ
行う経営者の動機にはどういった要因がある
ジとの交差項は有意な結果(いずれも+)を
の か。組 織 再 編(organizational res-
示した。
tructuring)を求める経営者の動機は経営者
一方で非適格会社分割は,まさに租税がそ
や企業を取り巻く様々な契約条件などと関係
の誘因となっている可能性が推測される。そ
を持つのか。
こで本稿は,営業移転損益額の多寡及び実施
組織再編の動機に関する研究としては,
企業の限界税率と会社分割との関係について
Krishnaswami,and Subramaniam[1999]
分析を行った。分析結果を要約すると,限界
や Erickson and Wang[2000]
,Schlin-
税率が低くて営業移転損益の金額が大きい企
gemann, et al.[2002]などが挙げられるも
業か,あるいは限界税率が高く営業移転損益
の の,非 適 格 組 織 再 編 に つ い て の 調 査 は
が小さい企業が非適格会社分割を選択すると
M aydew,et al.[1999]が代表的である。そ
解釈できる。前者であれば,収益性が悪いも
の一方で,当該研究領域を合併研究の文脈で
のの営業移転損益は多い企業,後者であれば
えると,非適格組織再編はパーチェス法と
収益性は高いが営業移転損益の多くない企業
類似する。そこで,本稿は Aboody, et al.
が,非適格会社分割を実施する可能性が高い
[2000]や Maydew, et al.[1999]の分析フ
レームワークに依拠しながら,組織再編の一
110
と
えられる。
本稿は次のように構成される。第 2節は先
非適格組織再編に臨む経営者の経済的動機
行研究の展開について述べる。第 3節ではサ
[2001]は,子会社を新規公開する企業カー
ンプルセレクションとデータについて,第 4
ブアウト(carve-out)をスピン・オフと比
節ではリサーチデザインと分析結果について
して,この手法を選択する動機について調
説明する。第 5節では,非適格会社分割と租
査した。彼らによれば,カーブアウトを行う
税属性の関係についての分析結果を述べる。
企業は,低収益性のために限界税率が低く,
第 6節では要約と今後の研究に対する示唆を
資金的に
提示する。
て,公開する子会社は将来有望な市場に属し
迫した傾向にあった。これに対し
ており,今後も資本関係を通じた有形無形の
2. 先行研究の展開
シナジーを望んでいることが分かった。第四
に,経営者はたとえ業績が不振であっても全
ての事業セグメントを売却しないというとこ
2.1 組織再編の動機に関する研究
ろから,Schlingemann, et al.[2002]は会
欧米では,組織再編等を対象とした調査は
社分割の動機として二つの仮説を示した。一
数多く行われてきた(Shleifer and Vishny
つは資産流動化仮説であり,いま一つは企業
[1992]
,Erickson and Wang[2000]な
流動化仮説というものである。資産流動化仮
ど)
。経営者が組織再編を行う動機について
説とは,企業が会社分割を志向するが選択肢
は,一般的に次の 3点の理由が指摘される。
として資産売却しかない場合,比
第一に,もっとも効率的に操業できるものに
の高そうな資産を企業は売却して,会社分割
分離する事業を操業させる効率性仮説という
を行うとする仮説である。企業流動化仮説と
ものである(Hite, et al.[1987]
, M ak-
は,流動性の高い資産を抱えている企業は実
simovic and Phillips[2001]等)。第二に,
際に組織再編を実施する可能性が高いという
多角化の度合いを抑制することで組織全体の
ものである。分析の結果,会社分割を行う企
効率性を向上させるが集中仮説が指摘される
業はそうでない企業と比べ,企業全体の流動
(Comment and Jarrell[1995]
, Berger
的流動性
性指標が高いことが分かった。このことから,
and Ofek[1999]等)。た と え ば,John
企業流動性仮説は支持する証拠が得られたと
and Ofek[1995]は,組織再編の目的は事
判断される。高い流動性指標のセグメントは,
業フォーカスを絞ることで,残った資産の営
一定の特性をコントロールしても,なお分離
業効率性を向上させることにあると論じた。
される可能性は高い。資産流動化仮説を支持
Krishnaswami
する証拠も得られたと判断される。
and
Subramaniam
[1999]は,ス ピ ン・オ フ(spin-off)を 題
材に,社内事業部を分社化して市場に上場す
る狙いは,組織内外の情報の非対称性を緩和
2.2 非適格会社分割に焦点を絞った研
究
し,資本市場の評価を改善させることにある
このような多数ある組織再編研究の中でも,
と論じた。第三に,信用制約状況の緩和を目
適格分割と非適格分割の経済的動機について
的とした資金調達仮説が上げられる
焦 点 を 当 て た 調 査 は,Maydew, et al.
(Shleifer and Vishny[1992]
,Langa,et al.
[1999]が代表的である。彼らは,課税され
[1995]等)。例えば,Frank and Harden
る会社分割(tax disadvantaged sale)と非
111
課税の会社分割(スピン・オフ)のそれぞれ
ちらの会計手法が用いられたかに応じてサン
を対象に,税務コストがかかっても,それで
プルを分割し,それぞれの累積異常収益率
も会社分割形態を選択するのはなぜかという
(CAR:cumulative average residual re-
問題を調査した。彼らは次の 4仮説にしたが
って検証を行った。第一の仮説は,租税コス
トは無視するほど
turn)を比
した。
持分プーリング法を利用した企業の CAR
少(negligible)である
はしばしばプラスであったものの,決して統
というものである。第二の仮説は租税規定が
計的に有意な値を得ることはなかった。その
あまりに厳格(stringent)であるが故に,
一方でパーチェス法を用いた企業の CAR は
適格分割を選択する余地は,実質的にないと
一貫してプラスで且つ統計的に有意な値を得
いうものである。第三の仮説は,非適格分割
た。パーチェス法を採用した合併を投資家は
を実施したことによる対価は,適格分割によ
好意的に評価していたと見られる。Robin-
って得られる価値よりも大きいというもので
son and Shane[1990]も 95件の株式交換
ある。第四の仮説は,財務報告によって得ら
による合併について,どちらの手法を投資家
れる便益が大きいため,租税コストを負担し
は評価していたかを,分散分析や CAR を用
ても課税される会社分割を選択するというも
いて多角的に分析した。分析の結果,買収手
のである。検証結果から分かったことは,税
法と被買収企業の買収プレミアムとの間に統
務コストは決して
少ではなく,また第 2仮
計的に有意な関係性が見いだされた。持分プ
説で想定するほど,租税規定(IRC 335及
ーリング法を利用した合併ケースのほうが,
3)
び 338(h))の適用は厳しいものでもない。
パーチェス法を利用したケースよりも高いプ
彼らの結論としては,経営者は租税コストを
レミアムが得られることがわかった。結果は
上回る経済的対価が得られるからこそ,課税
相反するものの,これによって,会計手法の
される会社分割形態を選択するというもので
相違と手法に起因する便益の相違が,合併時
あった。資金的に困窮している企業は,たと
の買収価格形成に影響を与えることが明らか
え課税される会社分割形態を選択したとして
になった。
も,現金等を入手できるので資金流動性は向
Aboody, et al.[2000]は株式を対価とす
上する。結果として,税務コスト以上のメリ
る合併に際して,パーチェス法と持分プーリ
ットが非適格分割には含まれている(と
ング法の選択に影響を与えた経済的動機につ
え
る)から,この分割形態が選択される。
いて調査した。一般的には資本市場からの誘
因が想定されるが,彼らは会計数値をベース
2.3 合併研究からの示唆
とする契約の存在を手がかりに,この選択に
非適格会社分割は分割形態だけに着目する
影響を与えた変数の存在を調査した。彼らは
と合併手続におけるパーチェス法と類似する。
1991∼1997年において成された 687件の企
適格会社分割はその反対に,持分プーリング
業合併を題材に,分析を行った。利益数値ベ
法と類似する。Davis[1990]は,APB o-
ースの報酬契約を結ぶ CEOは持分プーリン
pinion No.16が公表されて以降 1971年か
グ法を選ぶ傾向が高く,パーチェス法選択に
ら 1982年までの間に合併した合計 177件の
よるのれん償却費を回避する可能性が高いこ
うち,持分プーリング法とパーチェス法のど
とが分かった。
112
非適格組織再編に臨む経営者の経済的動機
公開企業及び証券会社も含めて 26社であっ
た(こちらをメインサンプルとする)
。ただ
3. サンプルセレクションと
基本統計量
非公開会社と証券会社はサンプルから除外し
たので最終的に 2社にまで減らした。
調査に当たって,㈱イーオーエル社が提供
同時期に組織再編(主として会社分割)を
する企業データベース「Eol Esper」を用い
実施した企業数は,多少の重複も含めても
てサンプル特定化を行った。株価データ及び
1400社を超えた(Eol Esperを元に調査)
。
財務データについては,株式会社日経新聞メ
これと比
ディアマーケティング社が提供する「Nik-
に少ないことが分かる。
しても非適格分割の件数は,非常
kei-NEEDS Financial Quest 2.0(以下日経
続いて,「MARR M & A DATABESE」
Needs-FQ)」も利用した。会社分割は最終
を通じて会社分割を行った企業をコントロー
的に単体での事業であることから,単体の財
ルサンプルとして集計した。非適格分割に踏
務データを収集した。合併企業についての情
み切ったメインサンプルの経済的動機を調査
報 は ㈱ レ コ フ 提 供 の「M ARR
するために,比
M &A
DATABESE」を通じて収集した。
対象としてのコントロール
サンプルを構成した。基準としては,⑴主に
Eol Esperを 通 じ て,2002年 1月 1日 か
同一産業に属する⑵会社分割を実施したとい
ら 2007年 11月 30日までに,連結財務諸表
う点である。一部非公開企業と企業グループ
上に 営業移転損益」もしくは 組織再編損益」
内での組織再編サンプルは除外したことで,
を計上して,会社分割を実施した企業を収集
コントロールサンプルは 229社に絞られた。
した。これによってヒットした企業数は,非
また異常値を除外した結果,メインサンプル
図表 1 基本統計量
平
Step up
OWN
LEVERA
BONUS
GE
SIZE
DIVID
END
CR
Trirate
Nol
−0.003
0.029
0.004
1.201
11.762
0.009
2.142
0.248
0.012
標準偏差
0.054
0.098
0.007
2.719
2.003
0.009
14.557
0.095
0.064
75.00%
0.001
0.001
0.005
1.159
13.142
0.011
1.25
0.300
0.00
中央値
0
0.00007
0.002
0.338
11.634
0.007
0.80
0.300
0.00
25.00%
0
1.73e-6
0.0002
0.047
10.267
0.003
0.38
0.150
0.00
図表 2 相関係数
DIVIDEND
OWN
LEVERAGE
CR
BONUS
SIZE
Step up
DIVIDEND
1.0000
0.1265
−0.2230
−0.0483
0.2776
−0.1454
0.0648
OWN
1.0000
−0.0006
−0.0129
0.5632
−0.3711
0.0177
LEVERAGE
1.0000
−0.0407
−0.1107
0.0686
0.0233
CR
BONUS
1.0000
−0.0125
1.0000
−0.1117 −0.5930
0.0131
0.0304
SIZE
Step up
1.0000
0.0803
1.0000
113
図表 3 非適格組織再編実施企業についての産業分類
非適格会社分割実施企業
実施年度
サービス業
1
2000年度
0
食料品
1
2001年度
4
非鉄金属
1
2002年度
6
電気機器
3
2003年度
1
建設業
1
2004年度
7
小売業
2
2005年度
2
化学
3
2006年度
1
倉庫・運輸
2
2007年度
0
医薬品
1
合計
情報・通信業
2
鉄鋼
1
卸売業
2
電気・ガス
21
1
合計
21
図表 4 全組織再編実施企業サンプルの産業分類
度数
度数
9
0.036
小売業
繊維
4
0.016
パルプ・紙
3
0.012
保険
化学
114
割合
食品
割合
21
0.084
銀行
3
0.012
証券
1
0.004
10
0.04
医薬品
3
0.012
その他金融
2
0.008
14
0.056
石油
1
0.004
不動産
8
0.032
ゴム
2
0.008
窯業
5
0.02
鉄道・バス
5
0.02
陸運
1
0.004
鉄鋼
7
非鉄金属製品
7
0.028
海運
1
0.004
0.028
空運
1
0.004
機械
10
0.04
倉庫
2
0.008
電気製品
22
0.088
通信
7
0.028
自動車
3
0.012
電力
1
0.004
輸送用機器
1
0.004
サービス
48
0.192
機密機器
5
0.02
その他製造
9
0.036
建設
9
0.036
商社
25
0.1
250
非適格組織再編に臨む経営者の経済的動機
とコントロールサンプルの合計は最終的に
β
220社となった。
β
図表 3では非適格会社分割の実施企業の産
β
業分類と実施年度が示されている。また図表
β
4では,今回の分析で用いた全サンプルの産
β
業分類が示されている。
ε …⑵
β
β
YEAR は 年 次 ダ ミ ー 変 数 で あ る。
4. リサーチデザインと
分析結果
BONUS は 役 員(取 締 役・執 行 役)の 年 間
報 酬・賞 与 を 用 い る。OWN は 役 員(取 締
役・執 行 役)の 持 株 割 合 で あ る。DIVI-
本稿は,Aboody, et al.[2000]が設定し
DEND は,普 通 株 式 の 配 当 金 で あ る。
た「持分プーリング法とパーチェス法の選択
LEVERAGE は,D E レシオ(有利子負債
は経営者の経済的動機と関連性を持つ」とい
対自己資本比率)を代理変数として使用する。
う仮説に基本的に依拠する。その上で本研究
また STEP UP は,会社分割実施によって
では,会社分割制度を利用した組織再編にお
計上された営業移転損益等(総資産額でデフ
いても,
「適格会社分割と非適格会社分割の
レート済み)を意味する。以上のデータにつ
選択は経営者の経済的な動機に関連する」と
いて,分散不 一性をコントロールするため
いう仮説を検証する。具体的には取締役・執
に,全データを前期末総資産価額でデフレー
行役らが保有する持株割合や役員報酬・賞与,
トしてある。また,SIZE は総資産額の対数
財務上の特約と関係する D E レシオ(有利
変換額であり,CR は当座比率を意味してい
子負債対自己資本比率),普通配当金の多寡
る。
が適格会社分割と非適格会社分割の選択に影
⑴が基本モデルとなる。一方で⑵では,
響を与えたかを検証する。また M aydew, et
Aboody,et al.[2000]を参
al.[1999]に基づき,「流動性が高いので非
益と役員賞与,持ち株割合,及び D E レシ
適格会社分割を実施する」という仮説も検証
オとの交差効果を見るために β8以下の変数
する。
を付け加えた。実際の分析では,変数同士の
リサーチモデルは次の⑴⑵で示す。
Pr
β
β
β
β
β
β
ε…⑴
β
ティック回帰分析を行う。
4)
分析結果は図表 5の通りである。
モデル全体としての有意水準は高く,決定
係数もある程度高い。一方で,経営者の経済
的動機として推定していた「配当額の多寡」
「経営者報酬等」「役員の持ち株割合」
「レバ
Pr
∑ β
多重共線性を 慮に入れて,複数の検定モデ
ルを用いている。このモデルについてロジス
∑ β
β
に営業移転損
レッジ」そのものが非適格会社分割に直接影
β
β
響していたかという点については,明確な結
果であったとは言いにくい。つまり,
「適格
115
図表 5 分析結果
Predicted
Sign
Dividend
−
Own
+
Bonus
Leverage
+
Step up
Size
CR
+
(Step up) (BONUS)
−
(Step up) (OWN)
+
(Step up) (LEVERAGE)
+
N
Pseudo adjR
F-value
:1%水準
:5%水準
(1)
(2)
(3)
−2.459
(−1.00)
−0.178
(−0.77)
4.985
(1.40)
−0.008
(−1.14)
5.179
(2.05)
0.027
(2.39)
0.004
(3.25)
−0.796
(−0.34)
2.304
(3.9)
−1.059
(−0.52)
0.005
(0.58)
177.195
(4.26)
0.024
(2.37)
0.004
(3.72)
5709.672
(4.19)
29.156
(2.67)
220
0.147
4.1045
220
0.216
5.0041
(4)
−1.683
(−0.71)
2.118
(2.6)
3.064
5.768
(1.03)
(1.66)
−0.006
0.005
(−0.91)
(0.579)
−6.388
176.392
(−0.71)
(2.79)
0.032
0.033
(3.01)
(2.89)
0.004
0.005
(3.53)
(3.79)
−3817.251 −203.036
(3.19)
(−0.12)
5668.201
(2.94)
−0.169
29.874
(−0.02)
(2.19)
220
0.200
4.6887
220
0.214
4.702
:10%水準。一部を除き片側検定の結果である。
会社分割と非適格会社分割の選択は経営者の
(alignment effect)の 一 つ と 解 釈 で き る
経済的な動機に関連する」という仮説は部分
(Wang[2006])
。また,モデル⑵と⑷から,
的に採択できる。全モデルを通して,各変数
営業移転損益と役員報酬,持ち株割合,レバ
の有意性にはある程度の一貫性が見て取れる。
レッジとの交差項のうち,持ち株割合とレバ
⑶を除き,営業移転損益と非適格会社分割は
レ ッ ジ と の 交 差 項 は 有 意 な 結 果(い ず れ
プラスの有意な関係であることから,この変
も+)を示した。つまり,持ち株割合の影響
数を非適格会社分割選択の代理変数と見なす
は,営業移転損益の金額が大きくなればなる
ことが出来る。
ほど強くなると解釈される。レバレッジの影
モデル⑵と⑷からは,役員の持株割合は非
響も,営業移転損益の金額が大きくなればな
適格会社分割の選択に対して影響を持つこと
るほど,強くなることが明らかとなった。移
が明らかとなった。役員の持ち株割合が高い
転事業の評価損益が大きければ大きいほど,
ために,非適格会社分割を実施することが出
経営者の経済的な動機が強まるようである。
来たと指摘できる。これは役員などによる株
その一方で,経営者報酬に関する変数は一
式の所有割合の高まりが,経営にポジティブ
貫して有意な値を示さなかった。組織再編損
な影響をもたらすアラインメント効果
益を計上して利益を嵩上げし,これと連動さ
116
非適格組織再編に臨む経営者の経済的動機
せて報酬を上げるために経営者は非適格会社
下の 4シナリオをもとにして推定される。
分割を行うとする仮説は立証されなかった。
第一に,当期課税所得(Tit)がマイナス
また財務上の特約による制約条件から非適格
で繰越欠損金(NOLt-1)を保有しないケー
会社分割を実施するという仮説も,同様に立
ス,第二に,当期課税所得はマイナスで繰越
証されなかった。
欠損金を保有するケース,第三が当期課税所
得はプラスで繰越欠損金を保有しないケース,
5. 非適格会社分割と租税属性
との関係
最後に当期課税所得はプラスだが繰越欠損金
を期首に保有しているケースである。ただし,
実際に限界税率を計算するのは様々な状況を
Dhaliwal, Newberry, and W eaver
予想して推測するので限られたデータを下に
[2005]
(以下 DNW)は非適格買収に対する
推計するのは,実際はかなり大変である。そ
資金調達手段の検証を行った。この研究で特
こで,本 稿 は DNW や Erickson[1998]を
に注目したのは,非適格買収を行うに辺り,
参
米国企業は買収資金を銀行借入・社債発行に
から 3分税率(trichotomous measure of
よって調達したかという点である。DNW は
the corporate tax rate)を利用して限界税
Erickson[1998]と同様,買収企業 と 被 買
率を代用する。当期の課税所得が黒字で繰越
収企業の租税属性(tax status)に注目し,
欠損金が 0の場合,税率は 30% とする。当
租税インセンティブの相違が買収スキームの
期の課税所得が赤字で繰越欠損金が 0の場合
相違へ影響を与えたかを実証した。分析の結
と課税所得は黒字だが繰越欠損金は存在する
果,非適格買収の実施と租税属性との間に有
場合は,30% 2=15% とする。課税所得は
意な関係が明らかにされた。
赤字で繰越欠損金も存在する場合は,税率は
DNW や Erickson[1998]に準拠しつつ,
に,課税所得の金額と繰越欠損金の金額
0% とする。別の見方をすると,収益性の高
引き続き非適格組織再編(会社分割)の動機
い企業ほど限界税率は高くなり,低い企業ほ
として,租税属性が関係していたかを検証す
ど限界税率は低くなる傾向が見られる。本稿
る。会社分割は一種の投資活動であることか
では,課税所得は損益計算書の末端に計上さ
ら,租税属性が与える影響を検証するために,
れる法人税・住民税・事業税の合計額を実効
限界税率・繰越欠損金と非適格会社分割の関
税率(0.41)で割り引いて算出した。また,
係を探る。
繰越欠損金は日経 Needs-FQの「税効果会
限界税率とは,課税所得が 1円増加したと
きに支払うことになる現在及び将来の法人所
得税債務の現在価値を指す。この定義の重要
な点は,限界税率の計算には当期の支払い税
額ばかりか追加的に生じる将来の租税債務も
含まれることである。将来の税金の影響を
慮するので,投資行動の分析に利用される。
Scholes,Wolfson,Erickson,Maydew,and
計の対象となった繰越欠損金」を採用してい
る。リサーチモデルは以下の通りである。
Pr
∑ β
β
β
β
β
β
ε …⑶
Pr
Shevlin(2005)に基づくと,限界税率は以
117
図表 6 分析結果
Predicted
Sign
0.020
(2.27)
0.004
(3.52)
5.244
(2.16)
0.189
(0.83)
0.688
(1.1)
Size
+
CR
Step up
Trirate
+
NOL
+
(5)
(Step up) (Trirate)
(Step up) (NOL)
+
239
0.145449
4.7045
N
Pseudo adjR
F-value
:1%水準
∑ β
239
0.18552
4.9136
と,限界税率が低くて営業移転損益の金額が
大きい企業か,あるいは限界税率が高く営業
β
移転損益が小さい企業が非適格会社分割を選
β
択すると解釈できる。前者であれば,収益性
β
β
0.021
(2.5)
0.004
(3.65)
−1.754
(−0.5)
0.241
(1.06)
0.681
(1.1)
−72.536
(−2.02)
52.838
(0.67)
:10%水準。一部を除き片側検定の結果である。
β
β
β
:5%水準
(6)
ε…⑷
当該モデルの中で,Trirateが 3分税率を
表す。ただ,限界税率を計算する際に,繰越
欠損金の金額は強く関係する。そこで,繰越
が悪いものの営業移転損益は多い企業,後者
であれば収益性は高いが営業移転損益の多く
ない企業が,非適格会社分割を実施する可能
性が高いと
えられる。
欠損金の金額も変数として利用する。このモ
デルについても,前節と同様にロジスティッ
ク回帰分析を行う。
分析の結果,租税属性が与える影響はかな
り限定的であることが明らかになった。限界
税率の代理変数である Trirateと繰越欠損金
が非適格会社分割選択に与えた影響はプラス
であるものの,結果は有意ではなかった。一
方で Trirateと営業移転損益の交差項がマイ
ナスで有意であった。この結果から解釈する
118
6. 要約と将来の展望
分析の結果,非適格会社分割の選択に役員
の持株割合,総資産,当座比率,営業移転損
益の金額が影響を与えていることが分かった。
符号条件から,役員の持株割合が高く,総資
産が大きい企業ほど非適格分割手法を選択す
る傾向にあると解釈できる。非適格会社分割
を実施するためには,被買収企業株主へ現金
を支払う必要があるので,当座比率の高いこ
非適格組織再編に臨む経営者の経済的動機
とが非適格組織再編の条件となる。同時に限
界税率の高低も営業移転損益の金額を介して
関係する。非適格会社分割は分割事業(譲渡
事業)の評価結果を,利害関係者へ明確に示
すことに目的があると推測される。事業の収
益性や将来性などを内外に明示するために,
非適格会社分割を選択するのであれば,それ
は経営者の事業改革や構造改革への覚悟を示
すのに適している。
持株比率が高まれば経営改革に対する役員
陣のコミットメントも高まるため,財務的に
は不利であっても組織再編を進めることがで
きたのだと
えられる。その意味では,本稿
の分析は,過去のコーポレート・ガバナンス
研究の研究成果とある程度合致した結果であ
った。とはいえ本研究も諸研究と同様,内生
変数の問題を抱えている。また変数設定はか
なりラフにしているため,未発見の相関する
変数(missing omitted correlated variable)の存在を否定できない。変数同士が場
合 に よ っ て は 見 せ か け の 相 関(spurious
correlation)が生じている危険性は認識し
なければなるまい。
非適格会社分割手法を選択した企業群の動
機の分析自体が稀少であり,さらにその要因
を証券市場以外に求めた研究は稀少である。
今後は証券市場データを利用した分析に取り
組んでいきたい。
【参 文献】
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119
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Financial Economics, 64 (1), pp.117-144.
(分割会社)の営業の一部または全部を他の会社
(承継会社)に承継させ,対価としての株式を分
割会社ないしは分割会社の株主が取得することを
Scholes, M.,M . Wolfson, M. Erickson, E.
Maydew, and T. Shevlin[2005]Taxes and
Business Strategy: A planning Approach,3rd
Edition, Upper Saddle River, NJ : Prentice-
いう。
「分割」とは分割会社側からみた用語であ
り,承継会社側からすると承継した事業を既存の
事業と「結合」させる意味を持つ。
2) 会社分割は分割会社の営業を承継会社に承継
Hall.
Shleifer, A. and R.W. Vishny[1992] Liquida-
させることを意味する。この際承継会社が既存の
会社である場合を「吸収分割」という。一方分割
tion values and debt capacity: a market equilibrium approach ,Journal ofFinance,52(4),
を機に新たに設立した会社に営業を承継する場合
を「新設分割」という。会社分割では営業承継の
pp.1343-1366.
Wang, D.[2006] Founding family firms and
対価として承継会社の株式が発行される。この株
式が分割会社に割り当てられる場合を「物的分
earnings quality , Journal of Accounting
Research, 44(3), pp.619-656.
大沼宏[2003] 会社分割会計制度の背後にある意
割」または「分社型分割」という。この株式が分
割会社の株主に割り当てられる場合を「人的分
割」または「分割型分割」という。分割会社と分
味―会計における「透明性」―」
『商学討究』,
54(1),309-329頁
加賀谷哲之・伊藤邦雄[2002]「企業価値経営論⑷」
割会社の株主の両方に株式が割り当てられる形式
を「折衷型」という。これ以外にも,既存の会社
同士で事業を出し合って共同で新設する共同新設
『一橋ビジネスレビュー』,50(2)
,124-142頁
(本研究は文部科学省科学研究補助金若手研究(B)
(課題番号 : 18730288)の補助を受けている。記
して感謝の意を表したい。
)
分割と,既存の企業に事業を集中させる共同吸収
分割がある。つまり会社分割制度は基本的に 8通
りの選択肢が存在する。またこれ以外にも 1999
年度から利用が認められた株式移転と株式交換を
加えると,全部で 10通りの選択肢の元で会社再
【注】
1) 組織再編法制が制定されるまでは,組織を分
割する場合は現物出資,事業売却,事後設立,子
会社売却などさまざまな仕組みが利用されてきた。
しかしいずれの方法も手続きに時間がかかるほか,
検査役による資産精査が必要など,時間も手間も
かかった。法人税制上も,会社再編のさまざまな
仕組みに対して,課税繰り延べが困難など,積極
的に行えない要素も少なくなかった。こうした問
題点を解決するために,会社再編制度が制定され
た。当該制度の下では,会社分割とは,ある会社
120
編 は 実 施 さ れ る と え ら れ る。詳 細 は 拙 稿
[2003]参照。
3) 確 か に IRC 335と 338(h)
(10)等 は,非
課税の会社分割を実施する場合についていくつか
の要件を規定している。規定の詳細については,
Block[2001]を参照。
4) 図表 5と 6について,年次ダミー変数の結果
は含めていない。分析の結果,2004年以外有意
な値を得ることは出来なかった。この結果につい
て,詳細は不明であるものの,件数がある程度こ
の年に集中していたことが原因と えられる。