知的障害児に効果的な学習指導方法 - プール学院大学・プール学院短期

プール学院大学研究紀要 第 53 号
2012 年,239 〜 254
知的障害児に効果的な学習指導方法
-認知特性に応じた実践研究より-
松 久 眞 実 1) 谷 山 優 子 2) プール学院大学 1) 神戸女子大学 2) 1.はじめに
通常の学級には、定型発達の子どもたちばかりではなく、発達障害や軽度の知的障害のある子ど
も達が混在している。何らかの機会に発達検査をしてはじめて知的障害があると判明するケースも
少なくない。
学力面や生活面で他の児童にくらべて遅れが明らかに目立つようなら、知的障害があるのではな
いかとすぐに思い当たる。しかし実際には、社会性がありおしゃべりが得意だったり、受け答えがしっ
かりしていると周りの大人は全く知的障害を疑わず、学習が積み上がらないことに悩むというケー
スがある。教育相談で検査をしてみて初めて、知的障害があることが分かり驚くということがしば
しば見られるのである。
知的障害のある子どもの指導実践例は、特別支援学級での指導について多く報告されている。し
かし学校現場では、先ほどあげたようなケースが多く、知的障害のある子どもが最初の段階は通級
指導教室で指導を受けていることも少なくない。ここでは、認知や学習に関わるスキルを効果的に
指導する通級指導教室の指導方法が知的障害児の指導にも有効であるということについて実践例を
通して考察してみたい。
2.通級による指導とは
(1)「通級による指導」の教育形態と実態
特別支援教育は、特別支援学級ではもちろん、通常の学級の中でも行われるべきものであるが、
他には通級指導教室での「通級による指導」がある。小中学校の通常の学級に在籍していて、言語
障害、自閉症、情緒障害、弱視、難聴、学習障害(LD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)などのあ
る児童生徒が対象で、主として各教科などの指導は通常の学級で行い、障害に基づく学習上又は生
活上の困難の改善・克服に必要な特別の指導は「通級による指導」で行う。指導時間は年間 35 単位
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時間(週1単位時間)からおおむね年間 280 単位時間(週 8 単位時間)以内とされている。これ以
上の指導が必要な場合は、特別支援学級に在籍して、もっと細やかな日常的な指導が適切であると
判断されることが多い。
(2)通級指導で行われる認知の特性による指導方法
学習指導において、「ひらがなや漢字を練習しても覚えられない」「黒板の文字をきちんと書き写
せない」という子どもが少なからずいる。こういう子どもは、なぜそうなるのか。
・空間の位置関係やものの形をとらえられない
・視覚的な記憶力が弱く、文字や筆順を覚えられない
・手先が不器用
といった理由が考えられる。
例えば、「ひらがなを書く」という指導を行う上でも、個々の子どもの認知特性や行動特性を把握
しなければ指導の焦点を絞れない。そこでそれらの把握のために、アセスメントを取る必要がある。
観点は以下のとおりである。
・言葉の聞き取りはどうか
・単語の意味の理解はどうか
・音韻の意識、分解、操作はどうか
・記憶力(視覚・聴覚)はどうか
・空間構成や描写能力はどうか
・姿勢はどうか
・手指の巧緻性はどうか
・眼球運動はどうか
・集中力はどうか
・発達の状態はどうか
またさらなるアセスメントとして「WISC - Ⅳ」などに代表される発達検査、またテストやノー
トの記述による「誤り分析」などからつまずきの要因を探ることが必要になってくる。これらのア
セスメントから、対象児童の困難の原因を探る。
次に、アセスメントの結果から、対象児童生徒の認知の仕方の困難を次の3つの観点で分類して
みるとよい。 ① 視覚系の認知による困難さ
② 聴覚系の認知による困難さ
③ その他の認知による困難さ(空間認知、社会的認知・メタ認知、協調運動などの困難)
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では、それぞれの困難において、子どもに表出する状態はどのようなものがあるか、以下のよう
にまとめてみた。また、それぞれの認知の困難について、通級指導教室における指導方法について
まとめておく。
① 視覚系の認知に困難がある場合―表出する状態と原因
視覚系の認知の困難
形が見分けられない
図と地の弁別ができない
視覚的記憶が苦手
表出する状態
・文字が読めない
・文字が書けない
・漢字の線が抜ける
・図形が苦手
・どこを読んでいるかわからない
・行をとばして読む
・すらすら読めない
・文字より挿絵が気になる
・文字が読めない
・黒板の文字が写せない
・作文が書けない
通級指導教室では、視覚の認知能力を高めるための「視覚認知トレーニング」として、視覚的に
わかりやすい時間割やタイムスケジュールを明示したり、カード化して示す視覚支援、視覚的記憶
力を高めるために絵やイラストと関連させて覚えるという作業の指導を行いながら、さまざまな教
材を使用し、ゲーム感覚で能力を高めていく。教材には以下のようなものがある。
・視覚コントロール(ランダムに配置された数字を1.2.・・・と順に眼で追う)
・スケッチ(草や葉、昆虫の藍の毛などもこまかいところまで見て描く)
・まねっこ(ポケモンなどの好きなキャラクターの絵を見て描写する)
・図形描写(点つなぎ)
・図形の位置みつけ
・図形さがし(異図形、同図形)
・まちがいさがし(左右の図柄の違いを○個見つける、など)
・迷路
・漢字まちがいさがし
・漢字の足りないところさがし
・漢字たし算クイズ(木+木=林)
・1 枚の絵を見て短文を作る、吹き出しを考える
・動作を見て作文(○○さんは、手をあげています)
・神経衰弱(2 枚めくり、3 枚めくり、4 枚めくり)
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これらの学習活動を楽しみながらできるように配慮し、できたら褒めるの繰り返しで、意欲的に
取り組めるように促す。知的障害のある子どもの場合は興味関心のあるキャラクターなどを使い、
スモールステップで進めることに配慮する。また視覚的な困難を持つが聴覚的認知に優れている子
どもには、得意な聴覚的なアプローチが効果的な場合がある。具体的には、漢字を語呂合わせで覚
えたり(立って木を見る親など)、エピソードと文字を聴覚的に関連させて覚えるなどの工夫ができ
る。
② 聴覚系の認知に困難がある場合―表出する状態と原因
聴覚系の認知の困難
音の区別がつかない
聴覚の図と地の弁別ができない
聴覚的記憶が苦手
表出する状態
・発音不明瞭
・新しい単語や名称を覚えるのが難しい
・大事な話が聞き取れない
(どの話も同じ大きさで聞こえてしまう)
・話を聞きとれない
・指示がわからない
・九九が覚えられない
聴覚の認知能力を高めるためには、言葉から実物をイメージさせたり、課題を声に出して読ませ
たり、聴写をさせたりする指導を行う。聴覚的記憶を高めるために、指示の聞き分け練習をさせたり、
児童生徒同士に話し合いや説明をさせる学習も取り入れながら行う。注意集中しながら聞くという
経験をさせるにあたり、短い聞き取りからだんだん長い時間へと発展させていくことで、子どもは「少
しずつできるようになってきている」という実感を持つ。使用する教材には以下のようなものがある。
・絵本の読み聞かせ
・ひらがなや数字の聞き取り書き(単語・短文)
・短文の聞き取り書き・復唱(文章題)
・しりとりや、たぬき言葉(単語から「た」を抜いて言う)
・ビンゴゲームや伝言ゲーム
・お話サイコロ
・「最近の話」スピーチ
・まちがいさがしの発表
・なくなったものはなに(ふえたものはなに)?
・似ているところや違いを話し合う(ゾウとキリン、バスとタクシー)
・話すことをメモする、話す要点を書きとめる
・聞いた順に覚えて記憶して言う
・離れた所に行って指示された物を取ってくる
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・積み木を言われた通り聞いて積む(数や形状)
このように、「聞く」「話す」「記憶する」といったことを、トレーニングできる教材を工夫するこ
とで、知的障害のある子どもも 1 年経てば、かなりできることが増えてくる。知的障害の特別支援
学級や特別支援学校の「朝の会」などでスピーチを取り入れることは、聴覚的認知能力を高める上
で効果的である。
③ その他の認知に困難がある場合―表出する状態と原因
認知の困難
空間認知に困難
社会的認知・メタ認知に困難
手指の巧緻性や協調運動の困難
表出する状態
・文字のバランスがとりにくく文字がうまく書けない
・位置関係がわかりにくい
・建物の中で迷子になる
・靴箱が覚えられない
・時間など、見えない部分の位置や空間情報があいまい
・距離感がつかみにくい
・見取り図や展開図などを理解し、作図することが難しい
・靴箱、ロッカー、机の中の整理整頓ができない
・見通しや状況判断ができず、集団行動に遅れる
・一方的に話すので会話が成り立ちにくい
・例えや冗談がわからない
・場面の様子や人物の気持ちが読み取りにくく、文章の内
容理解が難しい
・場の状況が理解できないのでトラブルになりやすい
・仕事の役割分担が理解できない
・目と手の協応ができない(縄跳びやはさみ使用時)
・不器用
・筆圧の調整や形を取りにくいので、字がうまく書けない
・表・グラフの目盛りに合わせて作図するのが難しい
・ボタンの掛け違いやリボン結びができないなど、身なり
が整えられない
その他の認知の困難として、空間認知の困難や社会的な認知の困難、手指の巧緻性や協調運動の
困難を取りあげておく。「空間認知」は物の位置や方向、大きさや形状など、その物が三次元空間で
どのような状態であるかを正確に把握したり認識したりする力である。「社会的認知・メタ認知」と
いうのは、対人関係における距離感や空気を読む、感情を読み取るといった力、また自分自身がど
う見られているかが客観的にわかるという力である。「手指の巧緻性や協調運動の困難」は、全身運
動がぎこちなかったり、細かい作業が不器用でできないといったことで気がつくことが多い。縄跳
びや跳び箱は、同時に手足が違う動きをするという協調運動である。自転車に乗ったり、スキップ
をしたり、ボールを片手で投げる、ボタンをはめる、リボン結びをする、リコーダーの穴を押さえる、
細い筆で細かく絵の具を塗るなどの協調運動に困難が見られる。知的障害児によく見られ、特別支
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援学級や特別支援学校でも様々な日常の場面で毎日行う指導である。通級指導教室では、このよう
にさまざまな認知の困難に対して、次のような指導を行う。
・床に引いたテープの上を歩く(後ろ歩き)
・船長さんの命令ゲーム(右手上げて、左手上げて、前に歩いて・・・)
・ハサミを使って、形を切り取る
・指たいそうや手遊び
・風船ゲーム
・サーキットトレーニングやトランポリン、ブランコなど感覚を刺激する遊びをする。
・じゃんけんゲーム
体ほぐしや集団ゲームを実施する際、体の様々な部分を使うことを意図し、体験することを重視
しながら指導を行っていく。子どもは、「できない」「わからない」といったことから学習に対して
意欲を失い、自尊感情も低くなりがちである。これまで述べてきたような教材はどれも「楽しく学ぶ」
ということをベースに指導している。個々の児童の認知特性やニーズに応じた教材をスモールステッ
プで取り組ませ、達成感を積み上げていくことが重要である。通級指導教室だからこそできる指導
という点で、以下のことに取り組んでいる。
・視覚的、聴覚的なトレーニングを取り入れた指導
・自分に合った学習方略を学ぶ指導
・具体的で短い言葉がけをして、簡単なルールから徹底していく指導
・静かな時間を体験させる指導
・話し合いを取り入れ、聞き方話し方を学ぶ指導
・小集団でのソーシャルスキルトレーニング
特にソーシャルスキルを小集団で学ばせていくことが重要で、以下のことをルールとして守る練
習をさせる。さまざまな認知の弱さを持つ知的障害児が社会で生きていく力をつけるためには、こ
れらのソーシャルスキルは不可欠である。
・自分たちで話し合ってルールを決める
・負けても泣かない
・みんなにわかるように伝える
・役割を分担する、協力する
・困った時の解決の仕方
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3.通級指導教室における実践研究
今まで述べてきたのは、通級指導教室で行われる指導の実際である。では、これらの方法を用い
て知的障害のある子どもはどう変容したのか、その実践について論考する。
筆者らは、通級指導教室で様々な認知特性のある児童に実際に指導を行ったり、指導の研究を行っ
たりしてきた。通級指導教室に通ってくる児童の経緯は様々であるが、大半は小学校卒業まで通級
指導教室の支援を受ける。個々のニーズにあった支援を受けることによって学習方略を学び、通常
の学級での学びに活かすことができるようになる。中には、個別な支援の成果が見られ、特別支援
学級に在籍することでより細やかな支援を受けるケースなどもある。様々なケースの中から、特に
知的障害のある子どもに効果的であった2つの事例をあげてみたい。なお、この事例は本研究の趣
旨を踏まえた研究事例として多くのケースの中から代表的なケースを、視覚の認知に課題のある知
的障害児と、聴覚の認知に課題のある知的障害児のよくある指導例としてあげることを断っておく。
(1) 視覚系の認知に困難のあるA児の事例
①通級指導教室で指導を受けることになった経緯
・担任から・・・ 学習に取り組もうとしない。忘れ物が多い。(3年生)
・保護者から・・・ 自分に自信が持てるようになってほしい。
②生育歴
・出産時の異常はなかった。初語は2歳で少し遅れていた。健診では経過観察と言われた。
・何でも興味を持ち、元気に動き回っていた。
・2歳までに熱によるひきつけを何回か起こしている。
・4~5歳時、原因不明の高熱により2回入院した。
・入学時は椅子に座らず、じっとできなかった。友だちの服を突然はさみで切ったことがあった。
・2年生の時、遠足でみかん狩りに行った時、いきなり友だちのみかんを踏んでつぶしたことが
ある。
③通級指導前の状況
・宿題や提出物、絵の具や給食袋など学校で使う持ち物の忘れ物が多い。
・学習に対する意欲がない。授業中も教科書やノートを開かない。板書をノートに写さない。通
知表はほとんど「がんばろう」である。
・字が乱雑で、枠やマスの中に文字が収まらない。自分の書いた字が読めないことが多い。漢字
を練習しても覚えられない。
・自分の考えを言葉で表現できない。単語だけでしゃべることが多い。文章に表現することも難
しい。
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・はさみ、鉛筆、消しゴムの使い方がぎこちない。
・外で遊ぶことは好きだが、ルールのある遊びより、虫とりや木登りなどを好む。
④A児の指導方針確定までの経緯
学習に対する意欲がない原因に、漢字が覚えられない、板書をノートに写せないことが背景に
あると推測された。
「漢字を練習しても覚えられない」「黒板の文字をきちんと書き写せない」という子どもは、一
般的には「空間の位置関係やものの形をとらえられない」「視覚的短期記憶力が弱い」「手先が
不器用」といった理由が考えられる。(例えば、
「ひらがなを書く」という指導を行う上でも、個々
の子どもの状態を把握するために「手指の巧緻性はどうか」「眼球運動はどうか」「空間認知能
力はどうか」「視覚的な記憶力はどうか」などのアセスメントを取る必要がある。このようなア
セスメントから、対象児童の困難の原因を探り、認知の仕方に応じた指導を行うことが効果的
である。)
A児が示した困難は次のとおりであった。
認知の困難
視覚的弁別に困難がある
空間認知に困難がある
視覚的短期記憶が苦手
A児に表出した状態
・文字や行をとばして読むことが多い
・似た文字や記号を読み間違いする。
・漢字の線が抜ける
・図形を組合わせたり、分けたりする操作が苦手
・表やグラフの読み取りが苦手
・どこを読んでいるかわからない
・行をとばして読む
・文字のバランスが取りにくい
・時間や位置・空間が理解しにくい
・しまう場所やしまい方がわからなくて、忘れ物をする
・見取り図や展開図などを理解したり、作図することが難しい
・ドッチボールなどのルールがわかりにくい
・ひらがな、カタカナ、学年相応の漢字などが覚えられないため読めない
・黒板の文字が写せない
・連絡帳の記入もれがあるため、忘れ物をしてしまう
A児は、黒板の文字を連絡帳に写す時に、黒板から目を離さず手元を見ないで文字を写していた。
これは視覚的短期記憶が弱いことが原因ではないかと思われた。そのため、文字が乱雑になり、連
絡帳の罫線にそって書くことが難しかった。加えて、漢字を書くときに細かい部分が不正確になっ
たりするのは、視覚的弁別に困難があるからではないかと考えられた。
また、連絡帳に記入もれがあったり、行を飛ばして写すため、忘れ物が多く提出物も揃わなかった。
鉛筆、はさみ、消しゴムの使い方を観察してみると手先の不器用さが疑われた。こうした学習用具
の忘れ物や、板書をノートに写す困難さなどの要因がかさなり、A児の学習意欲の低下を引き起こ
していると考えられた。
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さらに困難の原因を明らかにするために、WISC-Ⅲを実施した。結果は次のようになった。
全検査IQ:54 言語性 IQ:55 動作性IQ:62
群指数 言語理解:53 知覚統合:67 注意記憶:73 処理速度:64
言語性検査評価点 知識:4 類似:1 算数:5 単語:2 理解:2 数唱:6
動作性検査評価点 完成:7 符号:3 配列:4 積木:8 組合:1 記号:4 迷路:8
ここから分析されるA児の状態は次のとおりである。
・全検査IQが 54 のため、知的障害の疑いがある。
・言語性IQの、類似、単語、理解が低いので、言語理解が弱い。
・算数、数唱は高いことから、聴覚的短期記憶はよいと思われる。聞いたことを記憶することや、
見本通りに再現すること、計算のように方略が見えやすい課題を解くことはこなせるが、問わ
れたことの意味を正確に理解して、筋道を立てて話したり、文を作ることが難しい。抽象的な
内容の意味理解に困難があることが推測される。
・記号・符号が低いため、処理速度も低い。これから視覚的短期記憶の弱さや不器用さが疑われる。
・迷路が高いことから、方略は入ると思われる。
⑤A児の指導の具体
1.視覚的弁別困難へ視覚のアプローチ
・ペットボトルをサイズごとに分別したり、トランプを使って形別(ハート、ダイヤなど)や色
別(赤と黒)に分ける。
・よく似た絵や図形、漢字などの「間違い探し」をする。
・はめ板やピースの少ないジグソーパズルをする。
2.視覚的短期記憶の困難へのアプローチ
・自分の書いた文字と手本を比べて、自己点検する。
・神経衰弱などのカードゲームをする。
・漢字の足りない部分を補足して書く。
・手本を見ながら字を写す。
・フラッシュカードで絵や数字をすばやく読み取る練習をする。
3.手先の不器用さへのアプローチ
・大きめの枠に、はみださないように文字を書く。
・なぞり書きの練習から、起筆と終筆の位置を覚える。
・絵の模写や図形描写(点つなぎ)などのプリントをする。
・図形を切り抜くとき、点線の切り取り線を、初めは太く長く示すが、徐々に細く短い線にする。
通級指導教室では、視覚の弁別能力を高めるために、視覚的に時間割やタイムスケジュールを明
示し、視覚的な記憶力を高めるために口で唱えながら書いて覚えるという指導を行った。さまざま
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な教材を活用し、ゲーム感覚を大切にしながら意欲的に取り組めるように促した。
⑥A児の変容について
視覚的弁別能力や視覚的短期記憶能力の向上を狙った課題に継続して取り組んだ結果、A児は少
しずつノートを開いて、板書を写すようになった。ノートは保護者と相談して、大きめのマス目の
ノートを使い、少しずつマス目を小さくして書かせるようにした。まず通常の学級では保護者も目
を通す連絡帳に視写することから始め、行を飛ばさず丁寧に書いた時は、5段階の花丸で担任が評
価を与えた。丁寧に書けているときは、保護者にも賞賛していただくようにお願いした。通級指導
教室では、短い文章をレジメにして手元に置いて視写させ、丁寧に書けた時はシールを貼って誉めた。
また作文を書く時は、正しい漢字を使うように促し、漢字の個数をポイント制にして評価した。こ
のポイント制によって漢字を使う意欲が高まったと思われる。
このようにA児の認知特性にあったスモールステップの指導を受けることで、まず「わかる」「で
きた」という学習の継続から自信を持ち、通級指導教室へ楽しそうに通ってくるようになった。表
情も明るく変わり、通常の学級での取り組みも意欲的に変わった。指導を受ける前は、虫取りや木
登りなど一人で遊ぶことが多かったが、休み時間に友だちと通級指導教室のゲームで遊ぶことが増
えた。またクラスの友だちから、ドジボールやおにごっこなどルールのある遊びに誘われることも
多くなった。そのようなA児の変容に、クラスの子どもたちとの関係も良くなり、
「すごい」とか「あ
りがとう」といった言葉をかけられたり、認めてもらえることが多くなった。
A児の意欲の低下はこのように改善されたが、この指導をきっかけにさらに知的障害に起因する
学習の遅れについても改善克服をめざすため、4年生からは特別支援学級で学び、算数と国語の漢
字についてより細やかな指導を受けるようになった。
(2)聴覚系の認知に困難のあるB児の事例
①通級指導教室で指導を受けることになった経緯
・担任から・・・1年生としての基礎的な学力をつけたい。(1年生)
・保護者から・・・クラスの友だちと同じペースで学習に取り組んでほしい。
②生育歴
・初語が遅かったので、1歳半検診で言葉が出ないことを相談すると療育教室を勧められ通うよ
うになった。2歳ではほとんどしゃべらず、2歳半からやっとしゃべりはじめた。
・声をかけても振り向かないので難聴を疑った。しかし「お菓子を食べる?」などと声をかける
と振り向くこともあった。
③通級指導前の状況
・1~10までの数は、唱えることができるが、10個の中からいくつかおはじきを取ることは
難しい。
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・
「2-1」の引き算では、右手が2、左手が1の指を出して「3」と答える。出て来た数字や、
指の数を数えてしまう。
・文章題の立式ができず、「何人多いですか」「残りはいくつ」などの意味がわからない。
・集団の中での教師の指示が伝わらず、いつもすべきことがわからず立ち歩いている。
・3つぐらいの指示をだすと、必ずいくつかは聞き逃す。
・昨日、おとといなどの時間の経過がわからない。
・語彙数か少なく、自分の気持ちを上手に伝えられない。しゃべり方が幼い。
・「シュークリーム」を「シュークムリ」、「ライオン」を「ダイオン」のように発音する。
・1文字ずつ逐次読みをするので、文章の意味を読み取れない。
・大きな音が苦手で、運動会の練習を嫌がる。
・授業中ぼんやりしているが、名前を呼んで声をかけると指示に従うことができる。
④B児の指導方針確定までの経緯
B児は、就学前は保育所に通っていたが、就学指導委員会では個別な支援が必要な子どもで特別
支援学級が望ましいとの審議結果が出された。しかし保護者の強い意向で、小学校入学時は通常の
学級でスタートすることになった。ところがすぐに、国語も算数もクラスの他の子どものペースに
は追いつけず、授業中にぼんやりしていることが頻繁にみられるようになった。
教師の指示が入りにくく、大きな音が苦手という様子から、聴覚過敏ならびに聴覚的な問題があ
るのではないかと疑われた。
B児が示した困難は次のとおりであった。
認知の困難
聴覚的弁別に困難がある
聴覚的記憶に困難がある
音韻操作に困難がある
B児に表出した状態
・雑音や騒音のある中では、音の聞き取りが難しい。
・一音ずつの聞き分けや促音、長音、拗音の聞き分けが難しくて、
字が書けない。
・似た音でできている単語を、間違って聞き取る。
・音を抜かして話すので、話し言葉がはっきりしない。
・理解できる語彙が少なかったり思い出せなかったりして、言い
たいことが話せない。
・新しい単語や名称を覚えるのが難しく、音の聞き漏らしが多い。
・聞いたことをすぐに忘れて、言葉の聞き取りがうまくできない。
話を復唱するのが難しい。
・ルールの説明を聞けなかったり、約束を覚えられなかったりし
て、ルールのある遊びに入れない。
・拾い読みをしているので、単語の意味はわからない。
・言葉を一つ一つの音に分けるのが難しく、書き間違える。
・音の置き換え(ダ行⇔ラ行)があり、話し言葉がはっきりしない。
・言いたいことがうまく伝えられない。
・促音・長音・拗音の位置がわかりにくいので、抜かして書いた
り書く位置を間違えたりする。
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B児は集団指導の中では指示が聞き取れず、特に運動会の練習では、何をすればいいのかわから
なくて、教師から注意されることが多かった。またいつも並ぶ位置がわからなくてうろうろして泣
きべそをかいていたが、友だちに手をつないで教えてもらっていた。運動会の予行練習や当日は、
大きな音やピストルの音を嫌がり、走る競技にはとうとう参加できなかった。
また「のりとはさみと折り紙を出しましょう」という指示を出すと、のりとはさみしか出さず必
ず 1 つは聞き逃していた。その結果、いつも作業に遅れが出て、当然周りの友だちのペースにはつ
いていけず、それが担任や保護者の悩みでもあった。ぞうきんを「どうきん」、らくだを「だくだ」
と発音したりするので、友だちから「なに言ってるかわからん」と揶揄されることも少なくなかった。
さらに困難の原因を明らかにするために、WISC-Ⅲを実施した。結果は次のとおりである。
全検査IQ:55 言語性IQ:56 動作性IQ:64
群指数 言語理解:61 知覚統合:67 注意記憶:50 処理速度:61
言語性検査評価点 知識:4 類似:2 算数:1 単語:2 理解:6 数唱:2
動作性検査評価点 完成:7 符号:2 配列:6 積木:4 組合:5 記号:4 迷路:6
検査から分析されるB児の状態は次のとおりである。
・全検査IQが55のため、知的障害の疑いがある。
・動作性検査に比べると言語性検査の方が低い。聴覚認知能力に問題があると推測される。
・算数と数唱が低いことから、注意力や聴覚的短期記憶が低いと思われる。これは注意を集中さ
せて聴覚的な情報を正確に取り込む能力に問題があると推測される。
・類似、単語、数唱が低いことから、単語理解能力に課題が見られる。
・算数、数唱、符号の低さから、数の取り扱いにも困難がみられると思われる。
・絵画完成、絵画配列、組合せが高いことから、有意味刺激を解釈する能力は高いと考えられ
る。また非言語的推理能力も高いと思われる。
・理解が高いことから、社会的理解は高いと思われる。現在1年生だが、学年が上がるにつれ、
周りと自分を比べて自尊感情が下がる怖れがある。
⑤B児の指導の具体
1.聴覚的弁別困難へのアプローチ
・算数の計算では、手順を1つ説明するごとに机上の算数ブロックを操作する。
・全員に指示を出した後に、もう一度B児のそばで指示を繰り返す。大切なことはメモに書いてわ
たすようにした。徐々にメモ(ポストイット)に自分で書くように促した。
・聞き取りやすい静かな環境を設定する。
・語彙数が少ないので、新しい言葉を学習した時は、絵入りの図鑑で調べるようにした。
・カードに「ライオン」「ダイオン」と書いてどちらが正しいか選ばせる。また「○くだ」の○
のところに「ら」か「だ」のどちらが正しいか選ばせてから、視写させた。
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・「船長さんの命令」などのゲームや、朝礼の校長先生のお話を思い出してしゃべることを通し
て、聞き取る能力の向上を目指した。
2.聴覚的記憶の困難へのアプローチ
・指示を出す時に、カードやメモ、板書などの視覚的な支援を取り入れた。
・指示が多い時は、手順にそって1枚ずつカードに書き、順番に示すようにした。また1つだけ
指示を出して行動させた後に、次の指示を出すようにした。
・指示は具体的に簡潔な言葉でしゃべる。
・連絡を聞いて、連絡帳に写させることや、「伝言ゲーム」など楽しく遊ぶ中で、聴覚的記憶の
保持ができるように促した。
⑤ B 児の変容について
通級指導教室において、B児の認知特性にあった指導を受けることによって、B児の語彙数が
増え、言いたいことが相手に伝わるようになってきた。聞き取りについては、通常の学級担任も
B児に近づいて再度指示を与えることや、簡潔な短い言葉で話すことを心がけた。また必要のな
いおしゃべりや物音を減らし教室を静かな環境にすることにも配慮し、B児が聞き取りやすい環
境づくりに配慮した。こうした静かな教室環境に配慮したことは、「他の子ども達にとっても学び
やすい大切な配慮になった」後に担任は述べている。
B児の算数の学習は、ブロックやおはじきなどの具体物を使用して行うことで、「算数がわかる
ようになってきた」と自信を持ち、自らすすんで算数のプリントに取り組むようになった。「いく
つといくつで10」の補数についてのプリントを繰り返すことによって、繰り上がりの計算がで
きるようになった。毎回合格シールを貼って評価したことも本児の意欲を促進したようである。
B児の保護者懇談を数回設定し、発達検査の結果や、静かな環境での個別指導によって学習意
欲の向上が見られたことを、丁寧に伝えた。その結果、保護者も本人も特別支援学級で学ぶこと
を希望し、より細やかな指導を受けるようになった。2年生の運動会は嫌がらずに参加しすべて
の種目に取り組んだことを、本児は誇らしげに筆者に報告に来たのである。
4.まとめ
前述したように通級による指導は、小中学校の通常の学級に在籍していて、言語障害、自閉症、
情緒障害、弱視、難聴、学習障害(LD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)などのある児童生徒が対
象であるから、「知的障害」に焦点をあてた通級指導はないといってもいいだろう。しかし、通級に
よる指導を受けている子ども達の中には、何かの認知の困難をかかえているだけでなく、軽度の知
的障害を併せ持つ子どもも少なくない。これまで軽度の知的障害児の通級指導教室での指導方法に
ついてはまとめられていない。今回は、実際に通級指導教室で軽度の知的障害がある子どもが多い
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という現場の報告から逆説的に本研究をまとめることとした。文部科学省発表の数字には現れてい
ないが、学校現場では、個別指導のニーズのある子どもたちの指導についてその必要性を校内委員
会で話し合い、空き時間の教員が空き教室で指導をしたり、教育委員会からの加配の教員を指導担
当者に充てたりするような方法で、「通級による指導」と同じ効果をあげようとしている実態がさま
ざまな学校で見られる。通常の学級に在籍しながら個別の指導が必要な子どもは、年々増加している。
個別に取り出して指導をすることになって初めて発達検査をしてみると知的障害を併せ持っていた
という子どもが少なくないのが実態である。
「通級による指導」、つまり週1時間から 8 時間の指導で、
困難を少しでも軽減し発達を促す指導方法が、実は軽度の知的障害のある子どもの困難の改善克服、
そして知的な発達に効果があるということがわかった。知的障害のある子ども達も、個別の認知特
性を把握して指導や支援をすれば、発達が促されると考えられる。その結果、生活面も社会性も改
善され、保護者も子どもの障害特性として受け入れられるようになる。
筆者らが恐れるのは、知的障害児は知的な障害があるのだからということで、下学年の教材を使
用するという指導がなされているということである。そのような画一的な見方で認知特性に合わな
い指導をされている軽度の知的障害児は、いつまでも「できない」「わからない」という混乱を抱え
続け、発達が促されず自尊感情が低下し二次障害を引き起こすこともあるのではないか。
このように、通級指導教室の指導方法は、特別支援学級の担任や通常の学級で学んでいる発達に
課題のあるすべての児童の指導に生かされるべきである。参考までに末尾に教材例もあげておく。
児童の認知特性に促した指導によって、視覚や聴覚による認知の弱さ、注意集中力の弱さが少しで
も改善されるであろう。本研究で紹介した事例は、通級指導教室で指導を受けた後、さらに当該児
童にあった丁寧な指導を受けるために特別支援学級に在籍することになった事例である。通級指導
教室は、このような児童に合った学びの場を提供するために橋渡しの役目を担ったとも言える。
今後も、通級による指導の役割と指導方法の開発について研究し、実践に生かしていけるようま
とめていきたい。
【参考文献】
・堺市教育委員会 学校教育部学校指導課(2003)『LD(学習障害)等のある子どもの担任へのサポートブック
-学習につまずきのある子どもたちへの理解と支援-』
・堺市教育委員会学校教育部 教務担当養護教育グループ(2007)『支援を必要とする子どもたちのためのサポー
トブックⅡ-集団不適応を起こす子どもたちへの理解と支援-』
・文部科学省(2013)『特別支援教育について 2. 特別支援教育の現状 通級による指導の現状』文部科学省ホー
ムページ http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/002.htm 3 月 25 日閲覧
・文部科学省(2013)『平成 23 年度特別支援教育に関する調査の結果について「平成 23 年度通級による指導実施
状況調査結果について(別紙2)」』文部科学省ホームページ
知的障害児に効果的な学習指導方法
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ttp://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/1321214.htm 3 月 25 日閲覧
・山田充・苫廣みさき・今村佐智子(2011)『子どもの学ぶ力を引き出す 個別の指導と教材活用』かもがわ出版
図1教材例 図形模写
図2教材例 「さんすう たしざん くりあがりなし・あわせて10」
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(ABSTRACT)
Affective Teaching and Learning Approaches for Mentally
Disabled Children
-A practical research adapted to the characteristic recognition-
MATSUHISA Manami 1) TANIYAMA Yuko 2)
Poole Gakuin University1) Kobe Women's University2)
There are many reports of practical teaching approaches for mentally disabled children in
special education classes in schools. However, also, such like children's visiting day classes exists.
This research aims to know the affective teaching and learning approaches for mentally disabled
children through the stepping cases which day classes to special classes.