3.次世代地下鉄システムの安全性

3.次世代地下鉄システムの安全性
3.1 地下鉄運転業務における異常事象の想定と対策
「地下鉄業務の自動化に関する研究委員会」報告書(平成7年3月発行)では、地下鉄の列車の動きを
中心として発生すると想定される異常事象の具体例および原因と対策についての検討結果を「地下鉄に
て想定される運転関係異常事象一覧」のように分類、整理している(報告書第4章表 4.1-1 参照)。本研究
委員会では、これらの項目ごとに、ワンマン運転時の現状と自動化時を対比して、その検討結果を「異常
事象に対するドライバーレス運転時の対策」としてまとめた(報告書第4章表 4.1-2 参照)。その一部を抜粋
し、表 3.1-1 に示す。
異常事態を予防するための施設面での対策については、自動化しても、基本的にはワンマン運転とほ
とんど相違がないが、表 3.1-1 に示すように、乗務員が乗っていない状況下での、万が一の場合を想定し
た対策も加えている。また、発生後の対応としては、「異常事象の早期発見」、「初期対応」という乗務員の
役割があり、この点で、乗務員に代わるものとして、車上モニタリング装置、運輸指令の感知、乗客の通報、
遠隔操作機能および駅係員の派遣などの対策を検討した。
3.2 ドライバーレス運転における安全性の確保
3.2.1 異常事象に対する具体的な処置
前述の「異常事象に対する ドライバーレス運転時 の対策」をベースに、安全確保のためにとるべき具
体的な処置を整理した(報告書第4章表 4.1-3 参照) 。ここでは、それぞれの具体的な処置について、
運転士と運転指令での対応のしやすさを比較している。すなわち具体的な処置が個々の車両(列車)
それ自体の範囲であれば、運転士、運転指令での対応のしやすさに優劣はないが、医者、消防、駅
員などへの連絡、走行中の他列車の制御など当該列車以外に関する事項については、運転指令の
方が対応しやすいことを示している。
3.2.2 ドライバーレス運転時の異常事象に対する対処
ドライバーレス運転時に異常事象が発生し列車が停止した場合、駅員、添乗員、巡回員などの係
員を派遣し乗客の安全を確保しなければならない。駅での初期対応、トンネル内での列車運転、避
難誘導などを行うためには係員の配置が必要である。そこで、ドライバーレス運転の形態毎に係員の
配置、係員派遣を要する異常事象に対する対応、乗客の安全性およびサービスレベルなどについて
整理した(報告書第4章 4.1.2 項参照) 。
3.3 パリ・メテオール線における異常時対応の考え方
巡回員付ドライバーレス運転を実施しているパリ・メテオール線(パリ地下鉄 14 号線)における異常
時の対応について、パリ自治運輸公社(RATP)などと議論した内容の要点を次に示す。
なお、本項は、別冊「フランス地下鉄調査団報告書(平成 14 年 6 月)社団法人 日本地下鉄協会」
の一部再掲載したもので、詳細は報告書を参照されたい。
3.3.1 トンネルと火災対策
① 消防士の介入があって、消防士が 400m 以上移動しなくて良いような設備にする。たとえば、最
低限 800m ごとに消防使用のアクセスの入り口が無ければならない。
② リヨン駅の 2.8km 最長の駅間ではそのような入り口が 3〜4 つあると考えて良い。
③ イギリスのバーミンガムでは避難のためにも 300m 以上歩かせてはならないが、パリでは乗客
に関する規定は無い。
④ 在来線には無いが、トンネル内に消火用水パイプを設備している。
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表 3.1-1 異常事象に対するドライバーレス運転時の対策案(抜粋)
<走行中に発生するもの>
項
番
事象の具体例と
考えられる原因
ワンマン時の現状
巡回員付ドライバーレス運転時
対
※ 車両故障
策
今後の課題
・不燃化、難燃化対策が規定されている。
35
車 危険物持ち込み
36 両
火 タバコ
37 災
・放送や掲示等により注意を喚起する。
・禁煙とし、放送や掲示等により注意を喚起する。
・禁煙とし、放送や掲示の他、巡回員による抑止
を図る。
放 火
38
発生後の対応
39
ト 漏電、過電流
40 ン
ネ
ル
火
災
電車線停電
41
車
42
43
両 車両故障
(補助電源装置)
停
車両故障
電
(室内灯)
・発見者からの通報により、乗務員が乗客に火災車 ・発見者からの通報により、運輸指令が乗客に火災
両から他の車両への移動を案内放送する。
車両から他の車両への移動を案内放送する。
・駅到着後、乗務員が避難誘導する。
・駅到着後、駅の係員が避難誘導する。
・駅間停車した場合、運輸指令が関係管区駅長に避 ・駅間停車した場合、運輸指令が関係管区駅長に避
難誘導を指示する。
難誘導を指示する。
・トンネル内の高圧ケーブルはトラフ収容を基本としているため、
発火しても列車の走行に支障はないので、
次駅まで走行し、乗客を避難誘導する。
・2系統給電のため変電所が原因の停電はないと思われる。
・事故、広域停電の場合、駅間停車の扱いとする。
・電車等による地絡で停電した場合、30秒後に自動復電する。
・自動的に電源誘導を行う。
・乗務員が点検、復旧する。
・非常灯を30分以上点灯させる蓄電池を有する。
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・室内灯の回路の多重化により全消灯を防止する。
・非常灯を30分以上点灯させる蓄電池を設置する
・だ行走行により、
次駅まで 進行さ
せる方法の検討
⑤ 排煙装置を設けている。RATP のベンチレーションおよび排煙の規定は、駅間に 1 つの排煙
口を設ける。長ければ数を増やす。臭気などの問題を解決するため通常の換気のために必要
としている。火災の場合にはこれを排煙にも用いる。
⑥ 換気といっても排煙の方向が問題になる。火事の場所によって吸気かその逆かは、乗客の
避難方向と反対となるように中央指令から制御をする。
⑦ 以上の方策までが、RATP の責任で、それ以上は、消防署の所轄になる。年 2 回の実地消火
訓練を消防署と共同で行っている。けが人の発生なども想定したシミュレーションを行っており、
警察も協力している。
⑧ メテオール線のピラミッド駅と、シャトレー駅にエアカーテン設備がある。これは新しい技術で、
排気口が上についている。メテオール線と他の路線を空気の流れを遮断するというのが基本
的な考え方である。エアカーテンでなくても物理的に気密性のあるドアで分離するという考え方
もあるが、ここでは新技術を採用した。
⑨ シャトレー駅で RER (地域急行線)向けの廊下の上を見ると排気装置が見えるはず。エアカ
ーテンがなければ潜水艦と同じ構造の防火扉(ステンレス)が必要になる。常時は使用してい
ない。
⑩ 車両から避難路に降ろすときの指示は、指令所からインターフォンで誘導を行う。
⑪ 一般利用者が訓練に参加することは無いので、訓練時の混乱は経験していない。
⑫ 避難誘導のための人員の乗務が必要という考え方はないか、指令所からの音声による誘導
のみで十分であるという考え方と理解して良いかという問題は、難しい問いである。基本的原
則は、車両は燃えても次駅まで持っていくという考え方を取っている。20 年前の RATP の火災
では、車内に乗客が操作できるブレーキを設けていたために被害を拡大したという苦い経験が
ある。現在のところはそのような操作ができないようにしている。したがって、駅間に止める可能
性は非常に小さいと考えている。もちろん可能性がゼロということは言えない。そのような場合
にはパニックが起こって避難誘導が効果的に行えないという可能性も無いとは言えない。テロ
の場合にも同様の事態が考えられる。
⑬ 駅間停止に至る事態は、可能性が非常に低いということで切り捨てるという考え方になってい
る。テロによる大規模な爆破事件があったときに、乗務員が 1 人いても仕方がない。
⑭ エアカーテンは平常時に使用しないとすると、いざというときに動作しないという可能性を想
せねばならない。したがって、かなりの頻度で試行的に動かしている。
⑮ エアカーテンが作動しないかも知れないと言う懸念もあろうが、この保護方法選択の判断に
は、次の理由がある。エアカーテンでは無い設備をしたとする。ステンレスのドアは常態的にし
まっているとする。乗客は普段 2 回ドアを押して入らねばならないことになる。留め金があって
ドアを空けたままにすると、火事のときに確実に留め金が外れるようにせねばならない。そこで
そのときに留め金が動かなかったらどうするのかというところで、同じ問題が生じる。
したがって、物理的ドアもエアカーテンも動作の信頼性の点から本質的相違はないと考えてい
る。
⑯ リスク解析は消防庁が評価をしており、その結果に基づいて設計時の意志決定をしている。
RATP から提案をして、消防庁が定量的な評価をした上で認可をもらう。火災の安全上の装置
については消防庁の評価をもらう。運輸省の認可ももちろん関連している。なお、日本では消
防庁のみならず、国土交通省も関与している。
⑰ RATP は交通事業者なので交通に関しては運輸省の管轄だが、駅舎などは建築物なので、
パリ市の許可を必要とする。
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3.3.2 無人運転の場合の人的対応
① マニュアル運転の運転資格に関しては 2/3 人の運転資格者がいるので、それ以外の巡回
員が運転をすることはない。ボタンを押せば運転資格が無くても 15km/時間で走れるシステム
にするという案もあったがそれは採用されなかった。
② 運転士の資格は RATP が与えているが、運輸省の認定が根拠になっている。
③ 異常時には、まずは機械がバックアップをする考え方になっているので、人による手動運転と
いう形でのバックアップが必要となることは通常ない。実際にその様な事態の起こるのは年に
1 回くらい。巡回員のアクセスはトンネル脇の避難通路を利用する。
④ 別の列車を用いて近くまで行く措置を取るよりは歩いていった方が早い。
⑤ 14 号線の現場職員は全員が携帯専用無線機(トランシーバ)を所持している。召集は無線
機で行う。
⑥ 技術的にはその無線連絡を警察に直結させることもできるが管理上混乱を生じる。したがっ
て、警察への連絡の窓口は司令室に 1 本化している。
3.3.3 テロ対策
① 法的規制はないが、実態として巡回強化などの対策は取られている。
② ごみ箱をふさぐ、などの臨時の措置をとることはあるが、入り口の閉鎖などは実際にはない。
メトロへのアクセスは多岐にわたるので部分的閉鎖は意味がない。監視の強化などは推奨され
ているが実態として完全な対策は不可能である。また鉄道事業者には荷物検査の権利が
ないので荷物検査も出来ない。空港のような検査も今後の事態の進行に応じてないとはいえ
ないが、現時点においてはそのような考え方はない。巡回する警察官は必要に応じて検査を
する権能を持っている。
③ 事業者としてはテロ対策のために巡回員を増やすことはありえない。したがって、実際には警
察官による巡察の強化を行うこととなる。たとえば、持ち物の分からない荷物を放置しないこと
を教育することはあるが、それ以上のことはできない。警察組織は日本と異なっており、警察と
憲兵隊がある。また、軍隊も出動している。憲兵隊のレベルでは不審な人物の尋問や荷物検
査が可能である。軍隊は武器を保持して威嚇する役割を果たしている。
3.4 ドライバーレス運転に関する安全規制
3.4.1 ドライバーレス運転に関する規定
技術基準(平成13年12月公布)は、鉄道事業者の技術的自由度を高めることを目的として、仕
様や規格を具体的に示した仕様規定と、備えるべき性能を規定した性能規定とから構成されてい
る。
改正前の技術基準ではドライバーが乗務することを前提としており、ドライバーレス運転に関する
規定はおかれていなかった。このため、ドライバーレス運転を実施する場合は、特別の取扱いの許
可を必要としていた。
しかしながら、近年、自動列車運転装置などの新技術が導入され、列車乗務員の業務の一部を
装置に分担させることが可能となり、新たに建設される新交通システムなど中量輸送規模の鉄道で
は、ドライバーレス運転が一般的になってきた。
このため、鉄道に関する技術上の基準を定める省令では、ドライバーを乗務させることを原則とし
て、列車の安全な運転に支障がない場合はドライバーを乗務させないことができるとの規定とすると
とした。また、それにともないドライバーレス運転を行う場合に必要となる施設、車両の構造に関する
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規定を定めている。
性能規定化された鉄道に関する技術上の基準を定める省令および同解釈基準におけるドライ
バーレス運転に関する規定は、「円滑、確実かつ安全な列車の運転制御」、「列車の進入、進出時
及び旅客 の乗降 時 における旅 客 の安全 確 保」、「客室 内 旅客 の安全 確保(連 絡 通報 手 段の確
保)」、「異常時の旅客の安全確保(旅客の避難誘導)」の観点から以下の通り定められている。
なお、改正後の技術基準は、地下鉄をドライバーレス運転の対象から除外していないが、以下に
記述するように地下鉄は火災発生時の旅客の安全確保が必要であり、今後さらなる検討を要する
との考えのもとに整理されたものである。
[鉄道に関する技術上の基準を定める省令(抜粋) (平成13年 国土交通省令第151号)]
(動力車を操縦する係員の乗務等)
第11条 列車には、動力車を操縦する係員を乗務させなければならない。ただし、施設及び車
両の構造等により、当該係員を乗務させなくても列車の安全な運転に支障がない場合は、こ
の限りでない。
(プラットホーム)
第36条 プラットホームは、次の基準に適合するものでなければならない。
三 列車の速度、運転本数、運行形態等に応じ、プラットホーム上の旅客の安全を確保するた
めの措置を講じたものであること。
(自動運転をするための装置)
第58条 動力車を操縦する係員が乗務しない鉄道に設ける自動運転をするための装置は、次の
基準に適合するものでなければならない。
一 乗降する旅客の安全が確認された後でなければ列車を発車させることができないものであ
ること。
二 列車間の間隔を確保する装置からの制御情報が指示する運転速度以下に目標速度を設
定し、円滑に列車の速度を制御する等運転保安上必要な機能を有するものであること。
三 旅客の乗降に支障を及ぼさない位置に円滑に列車を停止させるものであること。
(動力車を操縦する係員が単独で乗務する列車等の車両設備)
第86条
2 動力車を操縦する係員が乗務しない列車は、第64条から前条までの規定によるほか、非常時
に旅客の安全を確保するため、客室において旅客が運転指令所と相互に連絡ができる装置等
を設けなければならない。ただし、係員が乗務することにより非常時に旅客の安全を確保するこ
とができる場合は、この限りでない。
[鉄道に関する技術上の基準を定める省令の解釈基準(抜粋) (平成14年3月国鉄技第15号)]
Ⅱ−2 第11条(動力車を操縦する係員の乗務等)関係
1 第1項ただし書中「施設及び車両の構造等により、当該係員を乗務させなくても列車の安全な
運転に支障がない場合」は、次の各号を満たす場合であり、かつ、第36条第3号、第58条、第
86条第2項に規定する基準に適合するものであること。
(1) 人等が容易に線路内に立ち入ることができない構造であり、かつ、列車の進路を支障する
落石などの事態が発生するおそれのない鉄道である場合。ただし、線路上に列車運行上の
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障害となる事象が発生したことを検知し、自動的に列車を停止できる装置を備える場合その
他列車の安全な運転に支障を及ぼすおそれのない措置を講じた場合は、この限りでない。
(2) 隣接線路に対する列車防護を必要としない構造又は形態の鉄道である場合。ただし、列車
防護に当たる係員を乗務させる場合、又は隣接線路に支障を及ぼす事象を検知し自動的に
列車を停止できる装置を備える場合は、この限りでない。
(3) 緊急時に旅客が容易に避難できる鉄道である場合。
Ⅳ−2 第36条(プラットホーム)関係
プラットホームは、旅客の利用の安全に支障を及ぼすおそれのないものであって、次の基準に
適合するものであること。
(5) 列車の速度、運転本数、運行形態等に応じ、プラットホーム上の旅客の安全を確保するた
め、次のとおりとする。
⑤ 動力車を操縦する係員が乗務しない鉄道のプラットホームには、ホームドア又は可動式ホ
ーム柵を設けること。
Ⅷ−22 第86条(動力車を操縦する係員が単独で乗務する列車等の車両設備)関係
〔基本項目〕
2 乗務員が乗務しない列車については、第64条関係から前条までの解釈基準によるほか、以下
のとおりする。
(1) 係員が乗務しない列車は、次の基準に適合するものであること。
① 客室において運転指令所と送信及び受信ができる通話装置の車上設備を設けたもので
あること。
② 地下式構造の鉄道及び線路を避難誘導路として使用できない鉄道以外にあっては、走
行中に旅客が列車の乗降扉等を開けようとしたときに、自動的に当該列車を停止させるも
のであること。
③ 地下式構造の鉄道及び線路を避難誘導路として使用できない鉄道にあっては、旅客が
列車の乗降扉等を容易に開閉できないものであること。
④ 地下式構造の鉄道及び線路を避難誘導路として使用できない鉄道にあっては、運転指
令所から車両を停止できるものであること。
⑤ 車両の異常を運転指令所において確認できるものであること。
⑥ 電車線の架設方式がサードレール式等の避難誘導の際に感電のおそれのある場合にあ
っては、駅間において列車の乗降扉等が開いたときは、避難誘導に必要な区間のき電を
停止できるものであること。この場合、第81条関係の解釈基準6(4)に関わらず、非常停
止装置を設けることができる。
(2) 動力車を操縦する係員以外の係員が単独で乗務する列車は、次の基準に適合するもので
あること。
① 乗務員室において運転指令所と送信及び受信できる保安通信設備の車上設備を設ける
こと。
② 係員が緊急時に停止操作を行わない場合は、運転指令所から車両を停止できるもので
あること。
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3.4.2 地下鉄においてドライバーレス運転を実施する場合の課題
トンネル内での火災は、過去の火災事故が教えるとおり、その被害が深刻なものとなる可能性が
非常に高い。このため地下鉄は、トンネル内で火災を発生させないこと、万が一火災が発生した場
合であっても、旅客の安全が確保できることが重要である。
トンネル内で火災が発生した場合の旅客の安全を確保するためには、トンネル内は煙が充満し
てしまう可能性があり、より迅速な対応が必要となることを十分に考慮しておかなければならない。
このためには、駅間で列車を停車させないようなものとしておく必要があるが、車両火災などによ
り列車が駅間で停車することを否定することはできない。万が一このような状況となった場合に旅客
の安全確保についてどのように考え、整理するかを十分に検討しておく必要がある。
この点においては、地下式構造の鉄道でドライバーレス運転を実施している例が国内に存在しな
いことからも推察できるように、過去に地下鉄におけるドライバーレス運転を実現させるだけの十分
な検討が必ずしもなされていない。
一方、海外においては、前述のとおり、地下鉄をドライバーレス運転で運行している例がいくつか
存在し、実績を上げている。
したがって、今後、地下鉄のドライバーレス運転を実現するために、海外の実施例も参考として、
トンネル内での火災発生時の安全確保などその特殊性を考慮したさらなる検討が必要である。
3.5 安全に関する社会的コンセンサスと広報活動
3.5.1 パリでは何を実施していたか。
パリ運輸自治公社(RATP)はパリ地下鉄 14 号線でドライバーレス運転を実施するにあたり、社会
的コンセンサスを得るために、一般市民に対してかなり熱心に広報活動を行った。広報活動を行う
上で、RATP が留意した点は以下のとおりである。
(1) 歴史的背景
リール VAL、リヨン D 線、パリ/オルリー空港 VAL と続く地下部をも含むドライバーレス運転
の歴史が前提としてあり、広報活動を通じて一般市民の強い抵抗や懸念は段階的になくなっ
てきた。
(2) 技術的信頼性
ドライバーレス運転の基本的なシステム技術は確立され、安全な運行実績が広く受け入れ
られている。フランスの国立運輸安全研究所(INRETS)によるドライバーレスの信号システム、
運行管理などの基礎研究と欧州全体の鉄道技術標準化の旗手としての活動が、ドライバーレ
ス技術レベルに一層の「権威」を持たせ広報活動を通じて信頼性を高めている。
(3) 乗客サービスの質的向上
フランスでは毎年のように繰り返されるストライキにより、しばしば公共交通機関は運行を休
止し、労働組合に理解が深い一般市民も、事実上不便を余儀なくされる。「(ストライキでも運
休しないドライバーレス運転と PR したくても、組合との関係で PR できないので)全自動によるド
ライバーレス運転」、「運転士他の余剰人員は一目でわかる制服姿で巡回員として乗客サービ
スに努める」、「乗客の需要変化の時間帯に応じて、機動的な列車増発が可能」との長所を PR
につとめた。警察による巡回もドライバーレス車内の秩序保持や乗客の安心感向上に寄与し
ている。
(4) 安心感を高めるシステム設計
明るい透明性を重視し、暗い影の部分をなくした駅舎設計、トンネル内の水パイプ敷設、赤
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信号の赤色を紫色にする、インターホンのボタンを緑色にするなど、細部にわたり緊張感をや
わらげ、安心感を高めるシステム設計が行われ、一般市民に対して紹介された。
(5) 一般市民の自己責任と倫理観
とは言えテロ、火災等の異常事態に対しての脆弱性は完全には回避できないので、一般市
民に対しての協力要請を広報活動によりおこなっている。すなわち、街路も地下鉄内も同様に
危険な状況は発生するので自己責任で行動することが求められる。
また、トンネル内での緊急避難の際には乗客の良識で交通弱者に対する支援を行うよう要
請するとの考えのもとに、そのための特別な設備は設けない。1970 年代から全線ワンマン運転
を実施してきたパリ地下鉄では、一般市民側にもかかる自己責任・倫理観が要求されている。
3.5.2 日本における広報のあり方
なぜドライバーレス運転がパリの地下鉄で実現されたのか。それはフランスの文化、フランス人の
エスプリの所産といわざるを得ない。日本の次世代地下鉄システムにドライバーレス運転を導入しよ
うとするならば、彼我の価値観の相異や文化的背景の差を十分踏まえ、徹底的な情報開示と市民
との率直な対話が必要になる。つまり、事前の広報活動がいかに重要であるか、いくら強調してもし
過ぎることはない。
フランス北東部のリール都市企業体がドライバーレス運転 LRT(VAL)を導入したときの広報活動
では、「ドライバーレス運転でも安全であることを周知するため、VAL に関する十分な情報提供に努
めるとともに、約2年間にわたり週末に無料試乗、施設見学の機会を設けた。その結果、見学者の
口コミにより市民から市民に広がり、VAL が安全であることが定着していった。」、 また、「交通渋滞
や環境問題が年々深刻化する中で、自動車に代替する大学や病院への必須交通手段として、市
民に便利で利用しやすい VAL が宣伝された。」 (とくに、ドライバーレス運転により臨時増便が容
易で、車両増結も簡単、時間距離短縮化の長所が強調された。)・・・・「公営交通事業協会:2001
年ヨーロッパ都市交通事情調査報告書(平成 14 年 2 月)」
3.5.3 最後に残るリスクをどのように考えるか。
RATP、INRET の専門家は、ドライバーレス運転をなぜ危険視したり、恑惧するのかといぶかる。
自動運行のエレベータやエスカレータは、今や世界中どこでも都市生活に不可欠なものとなってい
て、現在、それを危険視したり、忌避する市民はいない。
また、運転台に立つドライバーが信号誤認や見落し、居眠りや緩慢の動作のために事故が起きる
例が多々ある。システム技術の進歩によって、技術機械の動くままに任せるドライバーレス運転の方
がむしろ事故率は低い。それらは一理ある。さりとて、何か直ちに全面的には同意し難い部分が残
る。
トンネル内は一種特別な暗闇の中の閉塞状態になっている。異常時にトンネルの途中に取残さ
れた列車内の心理的不安は、いかに安全防災・救急施設を整備していても、とっさの時にはどうな
るか想像を超えるものがある。
パリ地下鉄 14 号線は、開業以来これまでに 2 度トンネル内列車ストップの経験があるという。幸い
に軽微な故障で、無難に済んだとのことであるが、防災設備や避難設備の整備に加え日頃から防
災訓練や、乗客の協力による真剣な避難訓練は欠くことができない。
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