アジアの水をめぐる課題とさまざまな立場を知る(ロールプレイ) ひ そ バングラデシュ 井戸水のヒ素汚染 ▼ねらい: ・途上国の飲料水の水質汚染について、当事者の抱える事情と思いを知る。 ・多様な立場の人々がいて、多様な意見があることを知る。 ・海外から持ち込む技術の本質的な限界を知るとともに、解決に必要なものを多角的に考える。 ▼対象: ・高校生以上。特に企業関係者との共感づくりの場での活用を推奨する ▼準備するもの ・状況説明シート「バングラデシュ井戸水のヒ素汚染」(グループに 1 枚) ・ロールプレイカード(グループ数分用意し切り離して 6 枚 1 セットにする) ▼すすめ方:(所要時間 70 分。カッコ内は目安の時間) ① 参加者は 6 人程度の小グループになって着席/名札をつける ② 各グループに背景・状況が書かれたシートを 1 枚配布しグループ内で音読する(5 分) ③ 1 人 1 枚ずつロールプレイカードを配る→黙読する(グループで 1 セット/5 分) ④ 各グループで同じカードを持っている人同士で集まって、状況の確認をする(5 分) ⑤ 各グループに戻りグループ内でカードの役割になりきってカードを音読する(10 分) ※音読する順番 患者から始め、日本企業を最後に登場させるなど、工夫する ⑥ 各役割になったまま、以下のテーマで話し合いを行う(15 分) テーマ: 日本企業役の人が、他の役の人のところに営業に行く→受け入れるかどうか話し合い ※はじめは役割通りに主張する。様子をみて、役割から譲ったり、変化したりしてもよいと伝え る ⑦ どのような議論になったか、1 グループずつ全体に発表。進行役はここで簡単に説明する(15 分) ⑧ ふりかえり:グループ内で、役割をやってみてどんな気持ちがしたか、他に人に言われた言葉 で印象に残っているものは、気が付いたこと等を共有する。ここで本音が出やすい(15 分) ※おことわり 本教材は、トヨタ財団助成事業「アジアの共生社会を紡ぐ日本の国際協力 NGO~私たちが訴えたいこと、共有 したいこと~」の水グループの発信活動のために、地域水道支援センター、雨水市民の会の協力を得て、開発 教育協会/DEAR とアジア砒素ネットワークが作成しました。 ひ そ バングラデシュ 井戸水のヒ素汚染 バングラデシュの農村部では、以前、人びとは池の水を飲料水として使っていました。しかし、 人口増加や排水などで汚染が進み、そのままでは飲用できなくなりました。また、池の水が感染 症の原因と考えられたため、国際機関が井戸への転換を進めました。そのため、今では、農村に 住む人びとは主に井戸の水を飲み水に利用しています。 ところが、二十年前にこの井戸には砒素が含まれていることがわかりました。水を汲み上げる 比較的浅い地下水に自然のヒ素が含まれていたことが原因です。ヒ素は猛毒で、少量でも飲み 続けると癌になることがあります。 そのため、国際機関、バングラデシュ政府、NGO などが、今度はヒ素問題の解決に向けて努 力をしています。たとえば、かつて飲料水として使っていた池や湖の水を飲める水にするろ過装 置を設置して安全な水を使うよう薦めています。しかし、人びとはろ過した水を継続して使おうとし ません。それまで使っていた井戸からヒ素が検出されると、また近くに新しい井戸を掘って、安全 性を確かめないまま使い始めてしまうのです。 バングラデシュでは、ヒ素が含まれた水を日常的に使う人の数が 2,000 万人とも 5,000 万人とも 言われ、これが原因で亡くなっている人は年間 4 万人を超えるという調査結果もあります。 このヒ素問題が解決しない背景には、農村部の水道普及率がわずか 1%しかないという事情 があります。また、家庭用の浄化装置やボトル水を使い続けられる世帯は多くありません。バン グラデシュ政府はこのような状態に対して、コミュニティ単位での安全な水の設備に予算を用意し ていますが、その多くは深井戸の設置に費やされており、水の安全性の確認はおろそかになって しまっています。 基準値を超えたヒ素を含むことを示す赤く塗られた井戸から水を汲む少女 まんせい カレダさん(40 歳女性) 村の慢性ヒ素中毒患者 ホックさん(60 歳男性)ろ過装置の利用者組合の世話役 10 年前から体調不良で、起き上がれない日が続くようになりま した。病院に行きましたが、原因はわかりませんでした。3 年前、 地域の人に勧められて井戸水の検査をしたところ、基準値の数 倍のヒ素が見つかったので、びっくりしましたよ。そのあと病院に 行くと「慢性ヒ素中毒症」だと診断されました。詳しい検査で皮膚 癌だということもわかりました。もっと早くわかっていれば、こん なに悪くなることも、治療費のために土地を売ることもなかった のに。子どもたちの将来が心配です。 1 年前に、自宅近くの池に「ポンド・サンド・フィルター」という、 水をろ過する装置ができたんです。井戸をやめて飲み水に使い 始めたんですが、その池にあひるがいたり、農薬を使っている 田んぼの水が流れ込んでいたりするのを見てからは、使うのを やめました。 今は、近所の深井戸の水を使っています。その井戸の水は 大丈夫だろうと思っています。 わたしの村にはヒ素汚染があって、患者もいます。そこに NGO が来て、池の水をろ過する「ポンド・サンド・フィルター」という装 置を村に設置すると言ってくれた。独立戦争で独立のために闘 った私は、この国の発展のために働くことを生きがいにしてきま したから「ろ過装置を設置する水源が必要だ」と言われた時は、 喜んで自分の池を差し出しました。それで地域の人の健康が守 られるなら、これほどうれしいことはない。 でも、ろ過装置が設置されて数か月たって、家族が愚痴をこぼ すようになったんです。ろ過装置の維持管理は、わたしの家族 以外誰もしないし、利用料を集金しに行くと村人からひどい言葉 を返される。みんなで定期的にすることになっている掃除もしな いので、ろ過装置は使えなくなってしまった。 池ではもともと魚の養殖をしていて、貴重な収入源でした。ろ 過装置が使われないのなら魚の養殖を再開したいと思っていま す。 シャハナズさん(28 歳女性)政府の保健ワーカー ダスさん(38 歳男性)住民から選ばれた村議会議長 ヒ素に汚染された水を飲み続ければ、癌や深刻な病気を引き 起こします。特に貧しい人が癌にでもなったら、仕事ができず収 入が減り、治療のための支出が増えて…。健康保険も、生活保 障もない国ですから、経済的な困窮は著しいのです。 でも、ヒ素は摂取を始めてすぐに病気になるわけではないの で、深刻に考えない人が多いのです。設備の数も足りていませ んが、せっかく作った設備もすぐに放置され、危険な井戸水に戻 ってしまう人が多いです。 ヒ素汚染がある地域では、まず水質検査をして状況を把握 し、適切な水利用を選択しなくてはいけません。栄養状態を改 善し、雨季だけでも雨水を利用することで、代わりの設備がなく てもヒ素中毒症の危険を減らすことができます。そのことをみん なに伝えて、健康な地域づくりに貢献していきたいと思っていま す。 わたしが議長になったからには、村に安全な水をゆき渡らせ たいと思っています。まずは、村のヒ素汚染の状況を把握する ために、今月から有料で水質検査のサービスを始めました。全 井戸の検査を目指していますが、貧しい世帯が検査費用の 100 タカ(約 130 円)を払えるかどうか心配です。それに、ヒ素が見つ かった時に、井戸の代わりになる水設備がないと「ヒ素に汚染さ れた水を使うな」と住民を説得できない。政府からの水供給予 算が村にいつ来るのか分からないし、情報も知らされない。まっ たく困っています。 そうだ!日本の NGO に安全な水設備を作るよう頼んでみよ う。啓発だのコミュニティ強化だのは心配しなくていいから、日本 人はモノだけバンバン作ってくれないかなぁ。 ゆきえさん(30 歳女性)ろ過装置を作った日本の NGO 職員 正樹さん(32 歳男性) 日本企業 以前、日本にはヒ素鉱山があり、地域に甚大な被害が起きて いました。被害者とその支援者は、補償を求めて裁判を起こし て闘いました。それだけでなく、被害者たちは次の世代の健康 を守ろうと、自分たちだけで水道を敷きました。行政も安全性強 化の支援をし、今もその水道は使われています。 バングラデシュにヒ素の問題があると知り、私たちの NGO は 10 年前から活動を始めました。バングラデシュの村では、利用 者自身がうまく水源の管理ができないことが多いようです。モノ や技術の提供も大切ですが、安全な水を使い続けられるコミュ ニティの仕組みをつくることや住民への地道な啓発が重要だと 思っています。 バングラデシュでは数千万人の人がヒ素に汚染された水を飲 んでいると聞いています。 わが社には精度の高い技術による浄化装置があり、ヒ素も簡 単に除去することができます。バングラデシュでのニーズは高い ことでしょう。 最初の数年間は社会貢献を考慮し安い価格で製品の提供を 始めて、将来的にはビジネスに結び付けようと考えています。年 間数千円で済む安い価格設定と、維持費用の安さは、きっと現 地でも受け入れられるのではないかと思っています。 日本の技術はアジアの人たちに信頼されているし、わが社の 技術がお役に立てるならほんとうにうれしいことです。 ▼参加者の声: ・当事者の気持ちになって議論することができた。 ・水は命を守るものだが、現地の貧しい人とっては、水質どころではない事情が良くわかった。 ・生活習慣・価値観が想像と違っていることがわかった。 ・ビジネスマンの役になったが、ヒ素汚染地で商品の成約に至れなかった。 ・さまざまな立場の人との対話の重要性が理解できた。 ・複雑な問題を抱える当事者の立場になってみて、技術がいかに優れていても問題解決に直結しないことがよくわ かった。 ・自分は企業で技術開発に携わるが、研究室では技術以外のことを考える機会がない。実際は技術以外の要因が 大きいことを実感した。 ・情報を持っているのと持たないのとでは判断に大きな違いが生じる。 ・井戸やポンド・サンド・フィルターなど、理解しにくかった。 ▼制作者からのメッセージ: 飲料水のヒ素汚染と聞くと、「日本企業の浄化装置を活用すれば問題は簡単に解決できる」と考える日本人は多 いようです。しかし、日本製品を活用した解決への取組はすでに行われ、その多くが失敗に終わっています。そのこ とを言葉を尽くして説明しても、なかなか伝わらないもどかしさを感じていました。 「日本企業の正樹さん」を演じてしてくれた参加者で、浄化装置の販売に成功した人は今のところいません。興味 深かったのは、「患者のカレダさん」「世話役のホックさん」「保健ワーカーのシャハナズさん」「政治家のダスさん」を 演じた参加者がすっかり現地の人になりきって、日本企業の浄化装置が自分たちの生活には使えない事情を説明 していたことです。 外国製の浄化装置はアジアの農村部の貧しい人たちの飲料水問題を解決できない。このロールプレイに参加さ れた方たちには、疑似体験を通じてすんなり理解していただけたようです。 もちろん技術そのものを否定するつもりはありません。技術を活かすために合わせて持つべき視点・努力は何か 考える機会をこのロールプレイが提供できることを期待します。 難しいテーマではありますが、現地のお茶を飲んだり、音楽をかけたり、リラックスした雰囲気の中で、楽しみなが ら進めていただければと幸いです。 (特活)アジア砒素ネットワーク
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