全ページ

低分子有機化合物の構造を
NMRで決定するということ
村田道雄
大阪大学大学院理学研究科
はじめに
有機化学におけるNMRの役割は、主に以下の
3つに集約できる。未知化合物の構造決定、
部分構造決定(合成品の構造確認など)
、
測定する前に他の情報からアミノ酸やヌクレ
子量 500 の化合物ならば約 5 %の溶液になる
オチド単量体の構造やそれらの配列はすでに
はずである)。こうすることで、構造決定に
分かっており、NMR測定の主目的は分子の折
必要な二次元スペクトルを各々1時間以内で
たたまれ方(立体配座)を知ることである。
測定することができる。重クロロホルムでは
一方、有機化合物の場合には、構造が不明の
十分な溶解度が得られない試料に対しては、
重アセトン(acetone-d6)、重ピリジン(pyri-
既知化合物の同定。それぞれの目的で測定方
状態で構造決定を始めることが多い。したが
法が少しずつ異なってくるが、ここでは主に
って、炭素原子のつながりを決めて平面構造
、重ベンゼン(benzene-d4)
、重メタノ
dine-d5)
未知化合物の構造決定法に焦点を絞りたい。
を得るのが第一段階である。その後に、各不
ール(methanol-d4)などの重水素化溶媒を試
「有機化学における」という言葉の意味は、タ
斉炭素原子の立体化学を決定して分子全体の
すとよい。これらの溶媒は、99.9 %以上の高
ンパク質などの生体高分子を除く低分子化合
立体配置を決定するわけである。時として、
い重水素化率のものが比較的安価に入手でき
物を対象としたと考えていただきたい。した
立体配座(三次元構造)を問題にする場合もあ
る(ピリジンは高価)
。これらの溶媒でも解け
がって、有機化学に直接関連のない分野でも、
るが、立体配置の決定をもって構造決定の完
低分子炭素化合物の構造を調べる時に参考に
成とするのが一般的である。ここで取り上げ
ない場合で、高極性もしくはイオン性の化合
物に対しては、重水(D2O)、重ジメチルスルフ
して頂ければ幸いである。
る構造決定も、炭素同士や炭素-水素のつなが
ォキシド(DMSO-d6)や重ジメチルフォルミア
現在、NMRは有機化学分野においても最も重
りを見いだすことによって、その他の酸素や
ミド(DMF-d7)を用いるとよい。DMSOは揮発
要な機器分析法である。なぜなら有機化学は
窒素、イオウやハロゲンといった元素の配置
性が低いのでNMR測定後に試料を回収する
炭素化合物を扱う科学であり、これらの構造
を決め、さらに、炭素の不斉を帰属するとい
ときに多少手間がかかる(大過剰の水を加え
を知るためにはスピン二分の一の核である水
素や炭素(13C同位体)を観測できるNMRが最
った手順になる。
て凍結乾燥を行い、残った溶媒には同様に水
NMRを用いて有機化合物の構造を決定する過
程は、4つの段階に分けることができる。
を加えて凍結乾燥をくりかえす)。また、単
を混合する方法もある。例えば、ピリジンと
また、水素についても多次元スペクトルを用
試料の調製、 平面構造の解析、 立体配置
の決定、立体配座の推定(今回は触れない)
。
いれば大部分のシグナルを分離することを可
以下この順番に、実際に有機化合物の構造決
のに優れているし、クロロホルムでは極性が
能にした。もはや、NMRは有機化合物の構造
定を行うことを想定し、実験手法を中心に解
低すぎる場合には、それに少しずつメタノー
解析にはなくてはならない分光法であり、大
説する。
ルを加えてゆくと適当な極性の溶媒を調製で
きる。
NMR試料の調製
NMRの試料は、十分に溶解していなければな
まず、構造解析に使用できるサンプル溶液を
らない。これはよいスペクトルを得るために
調製するときの注意点から述べる。例えばC
必須の条件である。多少でも、溶けていない
60・フラーレンのように有機溶媒に解けにく
い化合物も多い。良好なNMRを得るためには、
ものがあった場合には、重溶媒にしてからろ
約 2 μmolの試料量が必要であるので、通常
測定する場合には、溶媒の選択と軽水の除去
の直径 5 mmの試料管に 0.6 mLの溶液を入れ
が重要になってくる。メタノールやビリジン
た場合には、約 3 mMの濃度に溶かす必要が
などの水分を含みやすい溶媒を用いる場合に
ある。多環芳香族などを除く低極性の分子で、
はドライボックス中で試料調製を行う。また、
分子量が 500 以下のものは、まず重クロロホ
溶媒や溶媒中水分のシグナル位置に試料のシ
ルムに溶解させてみる。もし、十分な試料量
グナルが重ならないかを考えて溶媒を選択す
も適しているからである。NMRの高い分解能
は、有機化合物中個別の炭素の観測を実現し、
学や研究所などの有機化学実験を行っている
所には必ずNMR装置が備え付けられている所
以である。
タンパク質やDNAを扱う構造生物学と比較し
て、有機化学におけるNMRの役割はどのよう
に異なるのであろうか。もちろん、炭素や水
素(窒素やリンを含む)のNMR信号を用いて
構造解析を行うという点ではまったく同じで
ある。ただ、扱う化合物が異なり、構造生物
学では主に生体高分子の三次元構造が主題と
なるが、分子の平面構造や立体配置(主に不
斉炭素の帰属)は不必要である。なぜなら、
タンパク質やDNAなどについては、NMRを
一溶媒で溶けなかった場合には、2種の溶媒
メタノールの混合溶液は、酸性物質を溶かす
過する。0.1 mM以下の非常に低濃度の試料を
と溶解度が得られ、高い濃度でも分解能の低
るとよい。ベンゼンでは溶媒シグナルが 7
〒560-0043 大阪府豊中市待兼山町1-1
下が生じない場合には、測定時間の短縮のた
ppm以上、水分のシグナルが 1 ppm以下に現
E-mail:[email protected]
めに 100 mM位の濃度に調製するとよい(分
れ、大部分のシグナルとは重複しないので、
( 2)日本電子ニュース Vol.34 No.1
2(2002)
ペクトル測定は、1H-1H COSYであろう。こ
ミド、エーテル結合の位置、四級炭素を含む
の方法は、NMRの最も初期の実験であり測定
縮合環の構造、もしくはアミノ酸や糖の配列
平面構造の解析
も比較的簡単である。このスペクトルから、
などのような場合でもHMBCを用いれば解決
一般に 1 Hz以上の結合定数をもつ水素-水素
試料が調製できれば、いよいよNMRの測定で
スピン結合を検出することができる。シグナ
することも多い。
このように、3JH, Hと2, 3JC, Hを検出することに
ある。構造解析を行うためには、NMR以外の
ルが高幅化している場合やスピン結合個所が
よって、大部分の構造が決まるが、実際には
情報も必要であり、特に分子式やIRスペクト
多くシグナル強度が弱い場合には 1 Hz以上の
それでも分からない部分が残ることがしばし
ル、分子の極性、TLCなどの呈色反応などは
スピン結合でも検出できないこともあるし、
重要であるのでこれらの情報を収集してお
逆にメチル基などシャープで強度の大きいシ
ばある。その原因として、主に以下の2つの
場合がある。スピン結合が小さく、COSY
く。
グナルに関しては 1 Hz以下のスピン結合でも
以下に述べる測定手順は、天然有機化合物な
検出できる。COSYをはじめとして、DQF-
やHMBCによってもつながりが検出できない
場合。 水素シグナルが重複している場合。
どで行われている典型例であり、もちろん、
COSY、TOCSY(HOHAHA)などが有機化合
のような場合には、水素同士や水素と炭素
これらの手順は構造によって多少変わってく
物の構造解析に頻用されているが、これらの
の二面角が 90 度に近くなっていることが多
るが、基本的に、ある程度水素が置換した炭
特徴をTable 1 にまとめて示した。通常の有
く、スピン結合を検出するのは困難であるの
素を含む化合物には適応可能と考えてよい。
まず、水素核と炭素核の一次元NMR( 1 H
機化合物に現れる構造で、スピン結合定数を
で後述のNOEなどの距離情報を用いる。また、
の場合のように、水素シグナルの重複が激
極微量試料の測定には最も優れた溶媒である。
NMRと13C NMR)を測定する。試料量によっ
示す水素の組としては、ジェミナル結合(2JH,
、ビシナル結合(3JH, H)
、遠隔結合(4, 5JH, H)
H)
ては13C NMRの直接観測が難しいこともある
があるが、このなかで特に重要なものがビシ
ベンゼンやピリジンなどの芳香族溶媒を用い
ので、その場合には水素核観測の二次元法
ナル結合である。すなわち、隣り合う炭素同
ると大幅に化学シフトを変化させることがで
(HMQCやHSQC)で代用することもある。水
士に結合した水素間にはビシナル結合が存在
きる。しかし、メチレンが連続する場合など、
素数が 20 個以下の化合物の場合には、水素
するので、これを検出すれば炭素間のつなが
構造的理由でシグナル位置が重複している場
共鳴周波数が 100 MHz程度の装置で充分であ
合には、溶媒を変えてもシグナルの分離は期
ることも多いが、できれば 400 MHz以上の装
りが分かる(Fig. 2)。その他の構造情報とし
て利用できるのは、4, 5JH, Hで、二重結合水素
置で測定した方が、水素核シグナルの分離も
には通常遠隔結合が観測されるので、二重結
ナルの分離を試みる。それでも分離できない
良くなるし測定時間も短縮できる。NMR信号
合上に水素が一つしかなくても炭素の繋がり
場合には、NMR以外の方法を用いることを考
の感度は、磁場強度の1.5乗に比例すると言わ
を決めることができる。これらのスピン結合
える。例えば、結晶性のよいものについては、
れており、100 MHzと400 MHzでは 8 倍の感
を迅速に解析するためには、COSYと同時に
結晶X線解析を用いるとよいし、平面構造に
度差があり、単純計算では測定時間は 64 分
1
の一で済むことになる。一次元 H NMRと13C
TOCSYのスペクトルを用いるとよい。
ついては質量分析を適用できる可能性もあ
TOCSYでは、ひとつの水素シグナルから隣
る。
NMRからは色々な情報が得られるが、特に重
の水素、その隣、またその隣とスピン結合し
要なのは試料が既知物もしくは既知物の類縁
ている水素同士の相関が得られるのが特徴で
体かどうかを判断する場合である。二次元測
ある。COSYスペクトルではスピン結合を持
定やそのデータ解析の前に、既知物に近いか
つ水素同士の結合は、二次元スペクトル上の
どうかを知るためには、データーベースと比
クロスピークとして検出されるが、このクロ
立体構造の決定は、相対立体配置の決定と絶
較するのが合理的であるが、このために
スピークが対角線に近いときには解釈が難し
対立体配置の二つの段階に分けることができ
SadtlerやAldrichなどのスペクトル集が刊行さ
くなる。このような時には、TOCSYによっ
る。相対立体配置の解析には、核オーバーハ
れているし、コンピュータの利用では、炭素
てつながった一連の水素スピン結合配列を参
ウザー効果
(Nuclear Overhauser Effect, NOE)
核の化学シフトを用いたデータベース
(SpecInfo など)が市販されている。また、
照するとよい。シグナルがブロードな系では、
とスピン結合定数が最も頻繁に用いられる。
DQF−COSYを用いると通常のCOSYでは得
NOEは、水素核が空間的に接近しているとき
実際には二次元スペクトルを測定することに
られない弱い相関を検出できることがある。
に観測されるもので、一次元でも二次元でも
よって部分構造を推定してから、それを手掛
一方、飽和の四級炭素や酸素、窒素などがあ
測定できるが、その強度や符号が測定条件に
りに既知の類似化合物を探すことも多い。
また、13C NMRでは、官能基によって特徴的
る場合には、ビシナル結合のつながりが切断
よって著しく変化するので解釈には注意が必
されるので構造情報が途絶えてしまう。
要である。まず、NOEはサンプルの分子量、
な化学シフトを示すことが多いので、一次元
COSYやTOSCYでは、水素同士のつながりし
磁場強度、溶媒の粘性に依存し、これら三者
スペクトルの測定だけで官能基の種類が推定
か分からないので、炭素骨格を組み上げてい
が大きいほどNOEはマイナスの方に変化す
できる。例えば、カルボニル基については、
く時には、他のスペクトルを測定する必要が
る。分子量が 500 以下の化合物を普通の条件
炭素核の化学シフトによって、ケトン、アル
ある。なかでも最も有用なものが、HMBC
で測定すると、NOEはプラスの値を取るが、
デヒド、カルボキシル、カルバメートなどの
(heteronuclear multiple bond correlation)で
分子量が大きくなっていくとNOEがまったく
区別ができるし、アセタール炭素や二重結合
あろう。このスペクトルではFig. 2に示したよ
観測されなくなる場合がある(500 MHzの装
の数を正確に決めることができる。おおよそ
置で分子量 800−1000 位のものを測定すると
の官能基や炭素数(できれば分子式)が分けれ
うに、炭素と水素間の 2 もしくは 3 結合隔て
たスピン結合(2, 3JC, H)が観測できる。すなわ
ば、次に構造を組み立てる段階に入る。
ち、四級炭素やヘテロ原子に結合した炭素と、
また、温度にも依存するが、温度が高いほど
Fig. 1に示したのは、筆者らが行ったアンフ
NOEはプラスの方に動く。すなわち、全体的
ィジノールという海洋天然物の構造決定の例
もう一方の炭素上の水素との結合(C -X-CH )
−
−
が検出できるので、これらを隔てて炭素をつ
であるが、この場合には、まず、分子量を質
量分析から求め、それに13C NMRから得られ
なげることができる。すなわち、COSYなど
の3JH, Hを検出する方法とHMBCを用いれば、
スに移動する。また、1000 を越す分子量の化
る炭素数と炭素上の水素の数(DEPTを測定す
大部分の有機化合物について平面構造が決定
ればNOEは常にマイナスなので、分子の運動
れば簡単に求まる)から分子式を推定した。
できることになる。例えば、有機化合物の構
をより遅くすることによってマイナス側に強
平面構造解析のために、最初に行う二次元ス
造決定でしばしば問題となる、エステルやア
度を大きくすることもできる。有機化合物の
しい場合には、溶媒を変えてみる。とくに、
待できない。より高磁場の装置を用いてシグ
立体配置の決定
NOEを用いた立体配置の決定
NOEがほとんど観測されないことが多い)。
に言うと分子の運動が活発なほどNOEはプラ
合物やタンパク質では、高磁場NMRで測定す
日本電子ニュース Vol.34 No.1
3(2002)( 3)
立体配座の決定にNOEを用いるときの注意点
を以下に挙げる。
Table.1 アンフィジノール3の構造決定を用いた方法
a)サンプルの分子量が 800−1500 位で通常の
測定ではNOEを与えない領域に入ってしま
った場合には、条件を変えて測定する必要
がある。筆者らは、ピリジンなどの極性溶
一次元1H&13C NMRの測定
分子式(C70H118O23)の推定
質量分析計(FAB-MS)
媒中、試料室温度を 0 度から−20 度にし
COSY、TOCSYの測定
部分構造の推定
て測定している。また、常に正の値を取る
13
全平面構造の決定
ことが知られているROE(NOEと同様の現
象であるが、分子運動の影響をあまり受け
ない)を利用することによって、NOEと同
Cを強化した試料を用いたINADEQUATEの測定
E. COSY、HETLOCによるスピン結合定数の測定
相対立体配置の決定
分解反応および新Mosher法の適用
絶対立体配置の決定
質の情報を得ることができる(そのための
二次元スペクトルとしてはROESYが最も
用いられている)
。
b)水素原子間の距離が 0.4 nmオングストロー
ム以内であればNOEは観測される可能性が
ある。これは、E型(トランス)二重結合
においても水素間にNOEが観測される可能
性があることを示している(Z型(シス)と
比べて20%程のNOEが出る場合もある)。
スペクトルの解釈は、NOEの有無ではなく
強度比較によるべきである。同じ化合物中
ではZ型がE型より顕著に強いNOEを与え
ることは間違いないので、分子内で空間的
距離のわかっている水素と比較するのが望
アンフィジノール3の構造
ましい。
c)NOEによる立体配置を調べるときは、ある
立体配置と立体配座を仮定して分子の三次
元モデルを作り、観測されたNOEが矛盾な
く説明できるかで妥当性を判断することが
多い。この時に、立体配座が固定している
3−7員環では問題がないが、大員環や非環
状構造のように配座が多数存在する場合に
は、すべての立体配置と配座についてNOE
データを検証せねばならず、必ずしも容易
ではない。この場合には、分子力場計算な
ど計算機化学的手法を併用するとよい1、2)。
Fig. 1 天然有機化合物の構造決定の例(アンフィジノールの場合)
アンフィジノールは、植物プランクトンが生産する抗真菌物質である。構造決定は、主
にNMRを用いて行われた。まず、FABイオン化質量分析法で求めた分子量と13C NMR
から求めた炭素数およびDEPTスペクトルから求められる炭素上の水素数から分子式が
推定された。その後、COSYとTOCSYによって平面構造の推定を試み図に点線で示した
部分の平面構造が明らかとなった。しかし、C10−C20部分には化学シフトが類似した
メチレンが8個存在していたので、炭素間の結合を直接観測できるINADEQUATE法を
用いてこの部分の構造が解明された。また、立体配置を解明するために、通常のNOEに
よる方法に加えてスピン結合定数を用いる方法が適用された。13Cの測定を容易にする
ために、ユニフォームに25% 13C標識したアンフィジノール3が調製され、INADEQUATとHETLOC(炭素―水素間のスピン結合定数)が測定された。絶対立体配置の決
定には、過ヨウ素酸(NaIO4)分解で得られた分解物(C2-C20、C21-C24、C33-C50フ
ラグメント)のヒドロキシル基をMTPAエステル化した誘導体を用いた。
d)NOESYやNOE差スペクトルでNOEを観測
する場合には、スペクトル上にNOE以外に
飽和移動(saturation transfer)による信号
が共存していることがある。すなわち、サ
ンプルが配座交換や互変異性を起こし、二
組のシグナルが観測されている場合には、
それぞれの配座もしくは異性体の同じ水素
の間にマイナスのNOEと同じシグナルが現
れる。一般に、飽和移動の現れたシグナル
はNOEに比べて強度が強いので見分けるこ
とができる。また、一次元測定では、照射
時間を延ばすと飽和移動によるシグナルの
合物の立体配置を知ることができる。例えば、
結合定数は、配座が混合している場合でもそ
強度は著しく減少する。
椅子型シクロヘキサンの二つの方向を向いた
れらの加重平均と考えてよいので、主要配座
水素について、1, 2−ジアキシアル水素の組は
3
ねじれ形配座のアンチ形になり大きな JH, Hを
を特定することができる。したがって、鎖状
スピン結合定数を用いた立体配置と
立体配座の決定
3
化合物のようなフレキシブルな立体配座を取
示すが、それ以外はゴーシュ形になり JH, H値
る化合物の場合には、スピン結合定数を用い
は小さい。
た方がよいことが多い。同様の関係は炭素と
スピン結合定数は、NOEに次いで立体配置と
早い相互変換をする複数の立体配座が共存し
配座の決定に用いられる。有名なKarplus式で
ている場合には、NOEの解釈が難しくなる。
水素についても知られており、立体配座の決
定に用いられている3)。最近、この原理を利
知られるように、3JH, Hは水素核の二面角に依
これは、存在確率の低い配座でも大きなNOE
用した方法(J-Bsaed Configuration Analysis,
存しており、0 度と 180 度で極大、90 度で極
を与える可能性があるので、NOEから主要配
JBCA法)がさまざまな天然有機化合物に適用
小(ほぼゼロ)を示す。これを用いて、有機化
座を特定できないためである。一方、スピン
され良好な結果を得ている3)。この方法の他
( 4)日本電子ニュース Vol.34 No.1
4(2002)
○ 天然有機化合物の構造解析例を知るには:
Table 2.
スペクトル法
1
H-1H COSY
TOCSY
伏谷伸宏、廣田 洋編:天然有機化合物の
有機化合物の構造解析に頻用される二次元NMRスペクトル
観測核・
照射核
1
H×1H
1
H×1H
E.COSY
NOESY
1
H×1H
1
H×1H
REOSY
1
HETLOC
1
1
HMQC、HSQC
1
13
HMBC
1
H×1H
得られる情報
試料量 測定上の注意点
(μmol)*
0.2
0.5
位相検出法で測定する
水素同士のつながり
水素置換炭素が連続する部分
のつながり
水素-水素間のスピン結合定数
0.5
核オバーハウザー効果(NOE) 1-5
るによる水素間の距離
ROEによる水素間の距離
13
H× H/ C
15
H× C/ N
H×13C/15N
1-3
炭素-水素間のスピン結合定数
10**
炭素-水素間の直接結合
1-3
2、3結合隔てた炭素-水素間の
結合
5-10
長時間測定が必要
位相検出法で測定する。
NOE強度はサンプル分
子量、溶媒、温度に依存
分子量的にNOEが出に
くい化合物に用いる。ア
ーティファクトが出る
ヘテロ原子、四級炭素が
含まれる系には不可
HSQCのほうが炭素軸の
分解能がよい
位相検出法を用いると
炭素-水素間のスピン結
合定数が求まる
構造解析(シュプリンガー・フェアラーク
東京、東京、1994)
○ 二次元NMRを含んだ演習問題としては:
H. Duddeck, W. Dietrich著、NMRワークブ
ック(シュプリンガー・フェ アラーク東
京、東京、1990)
参考文献
1.
M. Fork, P. F. Spierenburg, J. A. Walter: J.
Comput. Chem. 17. 409, 1996
2.
藤田憲一ら、第38回天然有機化合物討論
3.
(a) N. Matsumori, et al. J. Org. Chem. 64,
会講演要旨集、仙台、P. 379, 1996
866 (1999). (b) M. Murata, et al. J. Am.
Chem. Soc. 121. 870, 1999
4.
(a) Kobayashi, Y. et al. Org. Lett., 1. 2177,
1999 (b), Kobayashi, Y. et al. Helv. Chim.
Acta, 83. 2562, 2000 (c), Kobayashi, Y. et al.
Angew. Chem. Int. Ed. 39. 4291, 2000 (d),
Kobayashi, Y. et al. J. Am. Chem. Soc., 123.
2076, 2001
H-1H COSYからわかる水素の
つながり
1
HMBCからわかる水素と炭素の
つながり
Fig. 2 α-イオノンの1H-1H COSYとHMBCスペクトル
1H-1H COSYでは、11位、3位、4位、5位などの水素間のスピン結合が観測されており、図に示
した部分の構造が分かる。これにHMBCから得られるC-H遠隔結合を組み合わせれば、C2やC
6など四級炭素周囲の結合が明らかとなりα-イオノンの全構造が決定できる。
に、DMSO溶液中の13C NMR化学シフトをデ
ータベースと比較するだけで、立体配置が求
められる方法も報告されている4)。
○ NMRの原理と装置の関係を少し専門的に
知りたい時は:A. E. Derome著、竹内敬人、
野間敦子訳、化学者のためのNMR概説
(化学同人、1991)
○ いろいろな測定法とそこから得られる情報
については:岩下孝、第4版実験化学講座5
参考になる文献、著書
○ NMRの原理についてやさしく説明してい
NMR、日本化学会編、
(丸善、東京、1991)
P. 99-177
○ 試料の調整法などを知るには:第二版 機
る本:安藤喬志、宗宮創著、これならわか
器分析の手引き1(化学同人、京都、1996)
るNMR(化学同人、1997)
P. 25-77
日本電子ニュース Vol.34 No.1
5(2002)( 5)
ボウフラから発見された
繊毛虫テトラヒメナの増殖とシスト形成
高橋忠夫†、三好孝和†、鈴木武雄††、上瀧良一†††、砂原俊彦††††
†
西九州大学健康福祉学部健康栄養学科生物学研究室
日本電子(株)電子光学機器技術本部
†††
日本電子ハイテック(株)
††††
佐賀医科大学微生物学教室
††
1999年9月に佐賀市近郊の竹薮内で採取したヒトスジシマカ(Aedes(stegomyia)albopictus)の死んだボ
ウフラの腹腔内に繊毛虫が生息していることを発見した。この繊毛虫は形態学的にも生態学的にもテトラヒメナ
科の1種Lambornella stegomyiaeに酷似していた4)。今回発見された繊毛虫はレタス浸出液に肉片を加えて
培養したところ、非常によく増殖することが分かった。
そこで、 本種のLambornella属繊毛虫との系統学的関係やその生活史を明らかにすることことを目的とした第
一歩として、本種の増殖とシスト形成における形態学的特徴について調べた。その結果、口部装置の形態、その
他の特徴から、本種はTetraymena属に属することが分かった。また、個体群成長の定常期になると、シスト
を形成する細胞が多数出現した。シスト形成では、先ず、口部装置が分解消失し、その後シスト壁が形成される
が、繊毛列の基粒体はそのまま維持された。この過程をSEMで観察すると、細胞が球形化するに従って、細胞
の一部から繊毛が細胞内に引き込まれるように退化し、その部分からシスト壁に覆われ始めることが分った。
から(砂原、未発表)、本種とLambornella属
脱繊毛
繊毛虫との系統学的関係や、その生活史を明
10)
らかにすることは興味深い。そこで、今回は、 繊毛虫の脱繊毛は、Ogura の方法に従って
行った。この場合、試験管にOguraの液
これらの問題を解明する第一歩として、この
(1mM
CaCl2、0.5mM KCl、1mM HEPES、
繊毛虫の増殖とシスト形成における形態学的
pH
7.4)を入れ、その中に繊毛虫を移して、
特徴について調べた。
15∼30分順化させた。その後、5%エタノール
材料と方法
を含むOguraの液に繊毛虫を移し、直ちに、
強く、1∼2分振ることで脱繊毛した。
細胞
はじめに
1999年の9月に佐賀市近郊の竹薮で採取したヒ
トスジシマカ(Aedes(stegomyia)albopictus)
の死んだボウフラの腹腔内に繊毛虫が生息し
ていることを発見した。その繊毛虫をレタス
浸出液に移し、肉片を与えたところ非常によ
く増殖することが分かり、当研究室にて2株
が維持されている。
この繊毛虫は、その形態学的特徴およびボウ
本実験には、当研究室で確立した2株のうち、 シスト形成の誘導
フラの死体の体腔内で生活するという生態学
主に株A5を用いた。繊毛虫の保存株はレタス
シスト形成の誘導は、次のようにして行った。
的特徴から、テトラヒメナ科の1種Lambornel浸出液
(0.5gレタス乾葉粉末/1,000mL
DW、5
繊毛虫の培養物を、培養液中の大きなゴミを
la stegomyiaeに酷似している4)。ナミカ亜科
分 煮 沸 浸 出 )に 、 生 の 牛 肉 ま た は 鶏 肉
除くためにキムワイプでろ過した後、遠心
(Culicinae)のイエカ属(Culex)やヤブカ属
(1.2g/1,000mL)を加えたものに植えて、23± (1,200rpm、5分)して集めた。その細胞懸濁
(Aedes)の蚊は、南アフリカや東南アジアで
1℃で維持し、約1ヶ月に1回植えかえた。
液を培養液またはCFF(細胞除去液)で10∼20
はデング熱やその他のウイルス性熱帯病の媒
実験には、実験開始日の2日前に新たに上記
倍に希釈した。それらを、100μLずつ窪みス
1、3、13、18)
介蚊として知られている
。繊毛虫L.
の培養液に植えかえ、23±1℃に保った対数増
ライドに分注し、23±1℃に保つことでシスト
stegomyiaeは、これらの蚊の生きたボウフラ
殖期のものを用いた。
形成を誘導した。その後、一定時間間隔で、
を攻撃し、その腹腔内に侵入して、増殖し、
シスト形成率を調べた。
1、3、5、6、8、9、
宿主を殺すことで注目されている
個体群成長
13、14、15)
。今回発見した繊毛虫は死んだボウ
CFFの作製
この繊毛虫の個体群成長は、200mLの三角フ
フラの腹腔内に生息していたが、予備実験の
ラスコに50mLの培養液を入れ、初期細胞密度
CFFは次のようにして作製した。
結果、生きたボウフラを攻撃して、その腹腔
を10cells/mLとし、23±1℃で維持して調べた。 定常期に達した培養の細胞懸濁液を培養液中
内に侵入することはなかった。しかし、殺し
その場合、繊毛虫を培養液中にほぼ均一に分
の大きなゴミを除くためにNo.2のろ紙
たボウフラや成虫を与えると、その腹腔内に
散させるため、よく撹拌したのちマイクロピ (Advantec)で濾過した後、遠心(1500rpm、
侵入して増殖することが確認されていること
ペットで一定量のサンプルを細胞計算盤の上
10分)によって、細胞の大部分を除去した。
にのせ、ブアン氏液(飽和ピクリン酸15部、 こ の 粗 細 胞 除 去 液 を さ ら に D P 7 0 の ろ 紙
ホルマリン5部、酢酸1部)を1∼2滴加えるこ (Advantec、直径45mm)を装着した吸引ろ過
〒842-8585 佐 賀 県 神 埼 郡 神 埼 町 大 字 尾 崎
とで固定し、ズーム式実体顕微鏡下で数取器
器(Nalgen、500mL)に移し、アスピレーター
4490-9
を用いて計数した。
(WP-15、Yamato)で吸引ろ過した。そのろ液
E-mail:[email protected]
( 6)日本電子ニュース Vol.34 No.1
6(2002)
10000
細胞密度(細胞数 / m l )
1000
100
10
遊泳細胞
総細胞密度
シスト
1
0
2
4
6
8
10
培養日数
Fig. 1 テトラヒメナをレタス浸出液に肉片を加
えて、23℃で培養した時の成長曲線
Fig. 2 栄養増殖期細胞(a∼f)とシスト形成期細胞
(g∼i)の鍍銀染色像。aとb:分裂間期の細
胞。スケールは全て、10μm。 c:細胞頂
端部。d:細胞後端部、矢印は尾繊毛を示
す。e:細胞後方部、矢印は収縮胞孔を示す。
f:分裂期の細胞。g:シスト形成初期の細
胞、口部装置の崩壊。hとi:球形化したシ
スト形成期細胞。口部装置は消失している
が、体部の基粒体は消失していない。
をCMFのろ紙(Advantec、孔径10μm、直径
45mm)を装着した吸引ろ過器で再度吸引ろ過
し、さらに、そのろ液をミリポアフィルター
(Advantec、孔径0.45μm、直径45mm)で再
度吸引ろ過して、細胞を完全に除去すると同
時に無菌化したものをCFFとした。
鍍銀法
繊毛虫の形態学的特徴を知るために、Gillies
とHanson7)の方法に従って、シャトン・ルボ
ッフの鍍銀法で繊毛虫を鍍銀した。
走査電子顕微鏡
走査電子顕微鏡標品は以下のようにして作製
した。
繊毛虫は培養物中の大きなゴミを除くために
キムワイプでろ過した後、遠心(1,200rpm、5
分)して集めた。その細胞懸濁液の少量を窪
みスライドに入れ、その約6倍量のパールツ
の固定液(2%OsO4 6部、HgCl2飽和水溶液
1部)を、約3cm上から滴下して固定した。固
定時間は1分程度とした。固定した繊毛虫は
超純水(DDW)で2回洗った。次に、20mLの
ディスポーザブル・シリンジに、ホルダーに
セットしたシリコンリング付SEMpore(日本
電子製)を取り付け、その表面をDDWで洗浄
した後、0.1%ポリリジン(Poly-lysine hydrobromide, MW 70,000-150,000, Sigma)でコーテ
ィングした。その後、SEMpore上にDDWを1
滴(約20μL)置き、その中に固定し、水洗し
ておいた繊毛虫を静かに移した。1∼2分静置
して、固定した繊毛虫がSEMporeの膜面に接
着した後、t-ブタノールを滴々滴下し、約30
分処理して、完全にt-ブタノールで置換した。
このSEMpore上のt-ブタノールは液体窒素を
用いて完全に凍結させた。凍結させた試料は、
そのまま走査電子顕微鏡(JSM-5500LV、日本
電子製)の試料室に入れ、低真空モード(LV
モ ード、真空度30Pa、加速電圧15kV、スポ
ットサイズ 40∼50)で、約2時間放置すること
で乾燥させた。乾燥状態はLVモードで、時々、
観察してチェックした。
乾燥が完了した試料は、イオンスパッター装
置(JFC-1600、日本電子製)を用いて約100nm
の厚さに白金でコーティングした。観察は西
日本電子ニュース Vol.34 No.1
7(2002)( 7)
九州大学の走査電子顕微鏡JSM-5500LVを用
いて行った。
結果および考察
増殖曲線
レタス浸出液に肉片を加えた培養液中で、
23±1℃に保ったとき、繊毛虫は、培養開始2
日目までは対数的に増殖し、その後、6日目
までは増殖しつづけ、それ以後はいわゆる定
常期となった(Fig. 1、○)
。
最高細胞密度は、6日目に平均2,217cells/mLに
達したが、培養を開始して7日目からは、遊
泳細胞の他に、シストになる細胞が出現した
(Fig. 1、▲)
。
この過程で、繊毛虫が肉片を直接摂食してい
るかどうかは分らなかったが、肉片の周辺に
群がって繁殖していた。その肉片の周辺には
自然に混入したバクテリアも繁殖していた。
しかし、レタス浸出液にバクテリアを加えた
培地では繊毛虫は増殖しないことが我々の研
究室の実験で確かめられている。したがって、
本種が肉片の周辺で増殖したバクテリアを捕
食して、増殖したとは考えにくい。一般に、
Tetrahymena属の繊毛虫は細胞外に多くの消
化酵素を分泌することが知られているので2、
11、12)
、本種も何らかの消化酵素を細胞外に分
泌し、肉片を消化分解して、その分解産物を
取りこんでいる可能性が高いと考えられる
が、この点については、今後さらに詳細に調
べる予定である。
∼4個存在していた(Fig. 2e、Fig. 3f)
。
別の特徴として、生きた遊泳細胞の観察では、
細胞前方部の繊毛が腹側方向にブラシ状に偏
って方向付けられているように見える場合が
多かったが、そのような繊毛の偏りは走査電
子顕微鏡でも観察された(Fig. 3b)
。また、
遊泳細胞では繊毛がいわゆる経時打(メタク
ローナルウエーブ)をしていることも、走査
電子顕微鏡鏡で観察できた(Fig. 3a)
。
シスト形成
本種は、培養中にしばしばシストを形成する。
特に、定常期に入ると、シストになる細胞が
増加し、最終的にはほとんどすべての細胞が
シスト化している。
これらのシストは肉片を含む新しい培養液に
移すと容易に脱シストする。すなわち、この
繊毛虫は餌が豊富にあるような、増殖にとっ
て条件の良いときには細胞分裂を行って増殖
するが、定常期以後、餌の不足やその他の要
因で休眠期であるシストになることが示唆さ
れた。また、生きているものを観察したとこ
ろ、繊毛虫はシスト形成をする前に、容器の
器底の一ヶ所に集合し、あまり泳がずに、そ
の場に留まっていることが多い傾向があっ
た。そのような時期の細胞を集めて、シャト
ン・ルボッフの鍍銀法で染色した。その結果、
シスト形成を開始した細胞は、次第に前後軸
方向に短縮し、口部の膜構造が分解退化して
いくことが分った(Fig. 2g)
。その後、細胞は、
さらに収縮して球形化し、それにともなって
口部の膜板を形成していた繊毛の基部構造で
ある基粒体の数が次第に減少していき、つい
には消失した(Fig. 2h、2i)
。しかし、口部装
置がほとんど消失している時期でも、繊毛列
の基粒体は消失していなかった(Fig. 2h、2i)
。
この染色法では、これらの基粒体に繊毛が生
えているのかどうかが分らないので、シスト
形成における、細胞全体の変化と、それらの
繊毛の変化についてSEMで調べた。
その結果、細胞が器底に集まり、そこにとど
まって前後方向に細胞が短縮してきたもので
は、繊毛は細胞の長軸に対してほぼ直角に、
しかも一定方向に巻きつくように打っている
遊泳細胞の形態学的特徴
遊泳細胞は長楕円体で、500細胞について調べ
たところ、体長の平均は57.0±12.2μm
(±SD)
、
体幅の平均は29.3±14.0μm(±SD)であった。
口部装置は細胞の前方1/4∼1/5付近に存在し、
3枚の膜板と1枚の口縁膜で構成されていた。
それら3枚の膜板は、繊毛虫の左から右に向
かって順に小さくなっており、第1と第2膜板
の前端は口部装置の内側、すなわち右方に少
し屈曲していたが、全体としては川の字状に
配列していた(Fig. 2a)
[註1]
。また、口部装
置の後方の繊毛列(POM ' s)は2列であった
(Fig. 2a、Fig. 3c)
。Lambornella属の繊毛虫で
は、第2膜板がもっとも大きく、しかも逆S字
型に屈曲していることが属の特徴とされてお
り、さらに、POM'sも3列以上とされている。
本種の頂端部は、背腹方向に細長い繊毛の生
えてない領域となっていた(Fig. 2c、2i)
。こ
れらの特徴は、本種が、テトラヒメナ科の
Lambornella属ではなくTetrahymena属の繊
毛虫であることを示唆している。
さらに、鍍銀標本の観察から、細胞の後端部
はほぼ円形の繊毛の生えていない領域となっ
ていて、その中央に1個の基粒体が存在して
いることが分かった(Fig. 2d)。生体の観察
ではその基粒体に繊毛が生えているか否かは
確認できなかったが、走査電子顕微鏡では、
そこに他の繊毛とほぼ等長の尾繊毛があるこ
とが観察できた(Fig. 3e、Fig. 4b)
。
収縮胞孔は細胞の後方1/4∼1/5の右側方部に1
( 8)日本電子ニュース Vol.34 No.1
8(2002)
Fig. 3 栄養期細胞の走査電子顕微鏡写真。a:遊泳細胞。繊毛は経時打をしている。b:前方腹側部の
繊毛はブラシ状に偏って方向付けられることが多い(矢印)。c:脱繊毛した遊泳細胞。POM's
が2列であることがはっきり見える。d:脱繊毛した遊泳細胞の頂端部。e:脱繊毛した遊泳細胞
の後端部。矢印は尾繊毛を示す。f:脱繊毛した遊泳細胞の後方部。矢印は収縮胞孔を示す。
ことが分かった(Fig. 4a、4b)
。この打ち方か
ら細胞は左回転(反時計方向の回転)をしてい
ることが示唆された。そのような細胞ではし
ばらくすると、表層のどの位置かは決まって
いないようであるが、一部の領域から繊毛が
細胞内に引き込まれるように退化していった
(Fig. 4c、4d)
。そして、すべての繊毛が退化
する前に繊毛の退化した領域はシスト壁に覆
われ始めることも分った(Fig. 4e)
。最終的に
細胞は完全に球形化し、その表面は全てシス
ト壁で覆われ、そのシスト壁には畝状の溝が
あることが観察され、しかもその溝は細胞の
繊毛列と一致するものと思われた。
シスト形成過程のより詳細な観察と、シスト
形成の要因の解析にとってシスト形成を人為
的に、しかも短時間で高率で誘導することは
重要である。そこで、その予備的実験として
バクテリアを含む培養液と定常期培養から得
られたCFF(細胞除去液)でシスト形成の誘導
を試みた。この場合、予備的な簡易実験から
細胞懸濁液の体積に対して、空気に触れる面
の面積が広い方が、すなわち、水深は浅い方
がシストに成りやすい傾向があった。
そこで、実験では直径22mm、深さ8mm、体
積約1mlの丸底の凹みスライドの凹みに100μ
Lの細胞懸濁液を入れてシスト形成を誘導す
ることにした。この場合、水深は最大約1mm
であった。
バクテリアを含む培養液で誘導した場合、平
均シスト形成率は誘導21時間後には3.8±0.8%
(±SD)
、27時間後には3.3±2.7%、45時間後に
は20.1±10.6%であった。これに対して、CFF
で誘導すると、21時間後には18.1±8.8%、27
時間後には18.2±8.9%、45時間後には43.1±
16.4%であった。
この繊毛虫はバクテリアを与えたただけでは
培養できないが、バクテリアが存在すること
で、シスト形成がゆっくりでしか起こらない
ことが示唆された。一方、細胞だけでなくバ
クテリアも除去されているCFFでは、シスト
がより高率で形成された。この結果から、こ
の繊毛虫のシスト形成誘導には、餌が無い、
すなわち飢餓条件か、またはCFFに含まれる
何らかの物質がシスト形成にとって重要であ
Fig. 4 シスト形成期細胞の走査電子顕微鏡写真。a:細胞は前後軸方向に短縮し始めている。矢印は口
部装置を示す。b:器底で回転している細胞の後端部。矢印は尾繊毛を示す。c:繊毛の吸収が
開始されている。d:繊毛は細胞内に引き込まれるように吸収される。e:繊毛の消失した部位
にシスト壁が形成され始める。f:完成したシスト。シスト壁には畝状のしわがある。
る可能性が示唆された。
繊毛虫Euplotesでは、細胞から放出される低
分子のタンパク質がシスト形成に関与してい
るらしいことが、報告されている16、17)。しか
し、本種の場合、シストを誘導するときの液
量が少ないことや、餌またはバクテリアの存
在がないことも重要である可能性もあり、
Euplotesとは異なるシスト形成の仕組みを持
っている可能性も否定できない。そこで、本
種のシスト形成のしくみについてより詳しく
知るために、より短時間で高率にシストが誘
導される方法の開発は急務であり、今後の課
題である。
参考文献
1. Arshad, H. H. and Sulaiman, I. (1995) J.
Invertebr. Pathol., 66, 303-306.
2. Banno, Y, Yano, K. and Nozawa, Y. (1982)
J. Protozool., 29, 91-98.
3. Broberg, L. E. and Bradshaw, W. E. (1997)
J. Med. Entomol., 34, 38-45.
4. Coliss, J. O. (1973) In Biology of Tetrahymena . Elliott, A. M. (Ed.), Dowden
Hutchinson & Ross, Inc., Pennsylvania.
Chapt. 1, pp. 1-55.
5. Corliss, J. O. and Coasts, D. W. (1976)
Trans. Amer. Micros. Soc., 95, 725-739.
6. Egerter, D. E., Anderson, J. R. and Washburn, J. O. (1986) Proc. Natl. Acad. Sci.
USA, 83, 7335-7339.
7. Gillies, C. G. and Hanson, E. D. (1968) Acta
Protozool., 6, 13-31.
8. Keilin, D. (1921) Parasitology, 13, 216-224.
9. Mahadevan, V. S., Ong, K. K., Ghani, A.
and Ong, Y. F. (1996) J. Vect. Ecol., 21, 8993.
10. Ogura, A. (1981) Cell Stract. Funct., 6, 4350.
11. Suzuki, K.-M., Hosoya, N., Takahashi, T.,
Kosaka, T. and Hosoya, H. (1997) J.
Biochem., 121, 642-647.
12. Tiedke, A. and Rasumussen, L. (1998) J.
Cell. Physiol., 136, 554-556.
13. Washuburn, J. O., and Anderson, J. R.
(1986) J. Invertebr. Pathol., 48, 296-309.
14. Washuburn, J. O., Gross, M. E., Mercer, D.
R. and Anderson, J. R. (1988) Science, 240,
1193-1195.
15. Washburn, J. O., Mercer, D. R. and Anderson, J. R. (1991) Science, 253, 185-188.
16. Yonezawa, F. (1985) J. Sei. Hiroshima
Univ., Ser. B, Div. 1, 32, 73-82.
17. Yonezawa, F (1986) J. Sci. Hiroshima
Univ., Ser. B, Div. 1, 32, 245-254.
18. 吉田幸雄(1997)図説人体寄生虫学、第5
版、南山堂
脚注
註1:繊毛虫の左右は次のように定義されて
いる。すなわち、観察者が繊毛虫の内部に入
り、前後軸を繊毛虫と同一にした時、観察者
の観察した左右と繊毛虫の左右は一致する。
日本電子ニュース Vol.34 No.1
9(2002)( 9)
1GHz対応新形分光計
JNM- ECAシリーズのハードウエア
穴井孝弘
日本電子(株)分析機器技術本部
ECAシリーズ分光計
■ 高精度にデジタルコントロールされるRF
ています。さらに、基本性能だけでなく、さ
まざまな測定法にフレキシブルに対応するこ
とのできる拡張性を持った分光計です。
■ 高レベルな安定度
■ あらゆる測定にフレキシブルに対応
■ 優れた拡張性
■ 1GHz対応
ECAシリーズ分光計は、先端のNMR測定を
行うために開発されたNMR分光計であり、機
能、性能、安定度のいずれにおいてもユーザ
ーの高い要求に応える、優れた性能を示しま
す。
分光計は高磁場NMRにすばやく対応できるよ
う、1GHzまでの周波数が基本設計仕様になっ
ECAシリーズ分光計レイアウト
Fig. 1はECA分光計の内部レイアウトです。
ECAの分光計は分光計コントロールコンピュ
ータで制御され、HOSTコンピュータとは
Ethernetで接続されます。
ECA分光計
RF Transmitter/Receiverブロック図
ECAシリーズ分光計のRF送信部分とNMR信
号受信部分の基本構成のブロック図をFig. 2
に示します。
マルチシーケンサ
NMR測定を行う場合のパルスプログラムは
Sequencerと呼ばれるユニットが、全てのパ
ルスのタイミングと、高速なパラメータ設定
をコントロールしています。
Sequencerには、全てのタイミングをコント
ロールするMaster Sequencerと呼ばれるもの
と、Masterからのスタート命令を受け動作す
るSlave Sequencerとがあります。
Slave SequencerはRF信号やFG電源コントロ
ーラなどをそれぞれ独立にコントロールして
いるため、あらゆる複雑なパルスプログラム
HOSTコンピュータ
分光計コントロール
コントロールコンピュータ
アクイジションプロセッサ
シーケンサ
IF周波数発振器
Transmitter
観測用受信器
Ethernet
SHIM電源
分光計
LOCK/SHIM
コントローラ
Power amp ITF
& Power amp
FSY
FG電源
Fig. 1
JNM-ECA分光計の内部レイアウト
(10)日本電子ニュース Vol.34 No.1 10(2002)
VT/ Air
コントロール
に対して高速かつ、フレキシブルに対応する
ことができます(Fig. 3)
。
高精度にコントロールされるRF
(DDS Daughter Card)
DDS Daughter CardはSequencerによって直
接コントロールされ、中間周波数(IF frequency)をデジタル的に発生、コントロール
する部分です。
このDDS Daughter Cardによって、RF送信周
波数のオフセット周波数、位相、振幅が高速
かつ、正確にコントロールされています。
■ RF周 波 数 コ ン ト ロ ー ル 機 能( 28bit DDS
Control)
3MHz可変幅、 0.0116Hz ステップ
■ 16bit Digital Quadrature Controlによる、RFコン
トロール機能
DDSとMultiplierの組み合わせにより、位相と振
幅(Shaper)を、16bitデジタルコントロール
位相:360deg、0.01deg ステップ
振幅:100% - 0% 、0.1% ステップ Linear
Control
DDS Daughter Card内では16bit Digital
Quadrature Controlを用いIF出力周波数の位
相および振幅をコントロールしています。
デジタル部分でこれらの変調を行うことによ
り、非常に優れた精度を実現しています。
RFの非常に高い精度は、Fig. 4の中で示され
るように、デジタル回路を使用して、調整を
実行することにより実現されます。RF出力レ
ベルは、線形のレベル・コントロール減衰器
(Fig. 5)によって正確にコントロールされま
す。振幅、過程および周波数の高速スイッチ
ング波形はFig. 6で示します。
■ 熱的安定度向上
■ 目的に応じたPAを選択
LF : 300 Watt (ECA300 - 600)
LF : 400 Watt (ECA700 - )
LF : 1000 Watt
LF : 2000 Watt
HF : 100 Watt
HF : 500 Watt
1GHZ帯域出力をもつTransmitter
Pre Amp & DPLX
Transmitterユニットは観測/照射周波数を発
生させるための発振器です。
DDS出力のIF周波数とFSYからのLO周波数と
をSSBミキサーを用いミキシングしRF出力周
波数を発生させています。SSBミキサーを用
いることにより、Transmitterは温度変動の要
因となるFilter類を使用する必要がなくなり、
高安定度、広帯域化を実現しています。
Power Amplifier
ECA分光計のPower Amplifierは常時アクテ
H/13C測定にはGaAs高感度Pre Ampを使用
しています。
■ 4チャンネル観測
Probeへのケーブル接続変更なしで4チャ
ンネルまでの観測ができるよう拡張可能。
2チャンネル標準、2チャンネル拡張
■ LOCKチャンネルからの観測
ProbeのLOCKチャンネルでのD観測/照射
標準
■
1
観測用 Receiver
ィブな状態を保っており、Power出力のON、
ECA分光計の観測用受信器は1GHzまでの入
力帯域を持っています。
さらに、独立したIFレファレンス周波数発信
器を内蔵するという従来にない設計を行って
います。これにより送信器側の影響を受けな
くなり、受信器の安定化を実現しています。
OFF時の温度変動が最小限になるよう工夫さ
れています。
さらに、目的とするNMR測定に必要なPower
Ampを選択することが可能となっています。
高安定度分光計
ECAシリーズの分光計は従来以上の高安定度
を目指し、デバイスや電気回路構成など、安
定度を考慮された設計になっています。
その安定度は長時間測定においても優れた性
能を示します(Fig. 7a、Fig. 7b)
。
分光計出力Power レベルと受信器の安定度
安定度
< 0.05 %
10時間安定度
< 0.5 %
位相安定度
< 0.05 deg
Fig. 8はヘテロスピンエコー法を用いて1%ク
ロロホルムを10時間測定した結果です。中心
にある1Hの信号が完全に消えています。
優れた拡張性
Fig. 2
ECAシリーズ分光計はアタチメント類も豊富
にそろっており、あらゆる分野のNMRに対し、
拡張性、対応性に優れています(Fig. 9)
。
RF送信部分とNMR信号受信部分のブロックダイヤグラム
スタート命令
Fig. 4
Fig. 3
16bit デジタル90°
位相コントロール
マルチシーケンサとDDS daughterカードのブロック図
日本電子ニュース Vol.34 No.1 11(2002)(11)
1 %~100 %(1 % step)
0.1 %~10 %(0.1 % step)
Fig. 7a
Fig. 5
10分30°
パルスの安定性テスト。 Fig. 7b
5時間30°
パルスの安定性テスト。
RFレベルの直線性
Amplitude:
0 to 100 %
Fig. 8
Phase:
0 to 180 deg
10%GHCL3の10時間ヘトロスピンエコースペクトル
100 ns
高安定度
ECA
高性能/高機能
高機能リサーチシステム
溶液/固体/イメージ/LC-NMR
Frequency:
1 MHz shift
多目的高機能
分光計
先端NMR測定に対応
Fig. 6
高速スイッチング波形
(12)日本電子ニュース Vol.34 No.1 12(2002)
Fig. 9
ECA分光計の拡張性
20kHz高速固体プローブの開発
杉沢寿志
日本電子(株)分析機器技術本部 開発の背景
溶液NMRでは、磁場強度が大きくなるほど得
られる情報量が増えるため、磁場強度を上げ
る方向に装置開発のエネルギーが注がれる。
それに対して固体NMRは、印可可能なRF強
度の強さ/温度範囲/MAS速度/感度/プローブ
のバックグラウンド信号などの互いに両立で
きない要求仕様が多いため、プローブの高性
能化のためにはボアサイズの大きなマグネッ
トすなわち、ワイドボアタイプのSCMが使わ
れる。つまり、高磁場化よりもサイズによる
高性能化の方向に開発のエネルギーが注がれ
ることになる。この意味で、固体NMRの性能
を重視するならば、ワイドボアSCMを使った
専用装置を用いるべきであろう。
しかし、近年、MQ-MAS法あるいは、エンリ
ッチサンプルを用いた生体系試料の構造解析
手法のような、新しい固体NMR手法が発達し
てきた結果、磁場が上がるほど情報量の増え
る応用分野が増えつつある。このような新し
い応用分野に対応するには、磁場を向上させ
やすいナローボアSCMが有利であると考えら
れる。さらに実用面で考えると、ナローボア
る。つまり、ナローボアSCMでワイドボア
ていた構造材料のキャラクタリゼーションの
SCMと同などの仕様を実現することには無理
可能性が広がりつつある。我々が第1のター
がある。そこで、重要になるのが仕様の絞り
ゲットとしたのは、この分野である。
込みである。一本のプローブで様々な要求を
満たそうとすると、全ての性能において中途
磁場強度は500∼800MHzをターゲットとす
る。1H、19FはMQ-MAS法のターゲットとな
半端なものとなり、かえって実用性がなくな
らないので、シングルチューン電気回路が最
る。ターゲットとなるアプリケーション分野
適である。MAS速度は速いほど良いのである
を明確に分類し、それぞれに対して最適化し
が、最も多用されるであろう 27Alの場合は、
たプローブを開発することが現実的な対応策
実用上20kHz程度あれば十分である。本手法
であると考えられる。このような基本的な考
で扱う実材料の場合、%オーダ以下の成分を
え方に立って、高磁場固体NMRのアプリケー
扱うことになるため、感度を無視する訳にも
ションを以下の3つに分類した。
いかない。これらの要請から、MASロータの
a)無機材料のキャラクタリゼーション
外径は4mm程度が適切であると考えられた。
b) 天然存在比の有機化合物の構造解析
c)13C、15Nエンリッチサンプルを用いた生体
ただし、MQ-MAS法の感度を最適化するため
には、出来る限り強いRF磁場を発生させる必
系試料の構造解析
要がある。これらの条件を最優先させるため、
ただし、開発力の分散を避けるために、まず
VT性能は犠牲にした。
は a)に集中して開発し、次いで、b)の完成
を目指す。c)は、高性能の3重共鳴回路が必
MQ-MASプローブの目標仕様
要であるが、ナローボアで十分なRF性能を持
以下に、開発目標仕様を記載する。
つ3重共鳴回路を組むことは非常に高度な技
試料管外径:4mm
術が必要とされるため、当面は a)、b)の完
試料部体積:約40ul
成を優先させる。
MAS速度:20kHz以上
SCMを使うことで溶液装置との兼用が可能と
MQ-MASプローブ
なるため、低価格化も期待できる。その反面、 (無機材料のキャラクタリゼーション)
回転性能、VT性能、RF性能にある程度の妥
チューニング回路:シングルチューン
RF磁場強度:200kHz以上
(13C観測 at 600MHz)
協を強いることになる。これらの性能バラン
無機材料のキャラクタリゼーションを行う場
SCM:ナローボアSCM
スを如何にとるかが課題である。
合は、NMRの測定対象となる核の対象範囲が
VT:なし
静磁場強度:500∼800MHz
13
広くなる。有機材料の場合は、主に C核を用
開発目標
新開発固体NMRプローブの大枠
新プローブ開発に当たっての最大の枠組み
いるが、無機材料となると、 Al、 P、 O、
この仕様は、目標仕様であり、量産商品化時
23
に変更される可能性がある。
27
7
31
17
29
Na、 Li、 Siなど多彩な核が用いられる。固
体NMRでは、従来、スピン1/2の核(31P、29Si
RF磁場強度は、静磁場強度が高くなるほど低
など)が主に利用されてきた。というのは、
くなる。また、パワーアンプの仕様にも依存
27
する。
は、ナローボアSCMをターゲットとすること
スピンが1/2より大きな核( Alなど)の場合、
である。ワイドボアSCMのボア径は89mmで
四極子相互作用を消去する適切な方法がなか
あるのに対して、ナローボアSCMのボア径は
ったため、高分解能スペクトルが実用レベル
51∼54mmである。つまり、ナローボアSCM
で得られなかったからである。しかし、1995
はワイドボアSCMに対して、長さにして60%
年にFrydmanによって発見されたMQ-MAS法
この分野は、従来の固体NMR法の対象分野と
弱、容積にして35%程度の大きさとなる。こ
重なる。ただし、本プローブが対象とする手
のような空間的な条件を比べると、ナローボ
の出現により状況は一変した。これによって、
27
Alなどの核から豊富な構造情報が得られる
アSCMは、ワイドボアSCMに対して不利であ
ようになり、これまでNMRでは無理と思われ
具体名を上げると、CPMAS、CP-MQMAS、
CPMASプローブ
(天然存在比の有機化合物の構造解析)
法は、高磁場の優位性が往かせる手法である。
日本電子ニュース Vol.34 No.1 13(2002)(13)
SFLGホモデカップルを併用したC-H相関、C-
試料部体積:約40ul
HのヘテロJカップリングを利用した溶液ライ
MAS速度:20kHz以上
クな構造解析手法である。あるいは、Vegaの
チューニング回路:ダブルチューン
スピナー部1)
方法による1Hの高分解能スペクトルの取得も
RF磁場強度:100kHz以上
(13C、1H at 600MHz)
まず、最も基本的な目標仕様である、試料管
目標としている。
これらを達成するために必要なMAS速度は10
SCM:ナローボアSCM
ピナーのデザインが必要である。さらに、RF
数kH∼20kHz程度と考えられている。また、
VT:−20℃∼50℃
コイルのフィリングファクターを向上させる
天然存在比の試料を扱うので感度はある程度
静磁場強度:500∼700MHz
ための工夫も必要となる。また、ロータ長は
必要となる。これらの要請から、MASロータ
この仕様は、目標仕様であり、量産商品化時
できるだけ長くしたい。その他にも多くの要
の外径は4mm程度が適切と判断できる。電気
に変更される可能性がある。
素を勘案してFig. 1のMASスピナー部を設計
回路的には、C-H双極子相互作用をデカップ
ルするために、100kHz程度のRF磁場を13Cと
RF磁場強度は、静磁場強度が高くなるほど低
した。
くなる。また、パワーアンプの仕様にも依存
ロータ長は13mm、外径4mm、内径2.6mmで
H核の両方に印可できるダブルチューニング
する。
ある。試料管の両端をエアベアリングとし、
回路が必要である。VT性能も必要だが、
ては、文末に挙げた資料を参照願う。
外径4mm、回転速度20kHzを達成する高速ス
ベアリング間に空芯コイルを自立させる構造
MAS速度とRF性能を重視し、それが実現で
要素技術
きる範囲の中でできる限りのVT範囲を設定
固体NMRプローブの要素技術は、大きく以下
を設定した。実際のコイル長は、目的に応じ、
する。想定磁場強度は500∼700MHzである。
の3点に分類できる。
ターン数や巻き線径を最適化して選ぶことに
a)MASスピナー部、b)RF回路部、c)実装技
なるが、構造上7-8mm程度となる。コイル長
術
と試料長を合わせるために、試料管の両端に
以下に、開発目標仕様を記載する。
以下、これら3つの要素技術に関して、基本
スペーサを入れる。RFホモジニティと感度の
試料管外径:4mm
的な考え方を説明する。技術的な詳細につい
兼ね合いで、サンプル長を選べる仕様として
CPMASプローブの目標仕様
とした。コイル長は最大9mm程度とれる空間
Fig. 1
MASスピナー部
Fig. 2
Drive圧に対する回転速度
Bearing圧は0.2Mpaで固定
Fig. 3
KBrの79Br-MASスペクトル
使用した装置:JNM-ECA600、PW90=1.3usec
Fig. 4
KBrの79Br-MAS ニューテーションスペクトル
共鳴周波数:150.3MHz、プローブ入力電力:1kW、
使用した装置:JNM-ECA600
(14)日本電子ニュース Vol.34 No.1 14(2002)
いる。RFホモジニティを重視する場合は、サ
て、ワイドボアマグネット用の固体NMRプロ
この図より、90度パルス幅が1.2usec、γ
ンプル長を短くし、感度を重視する場合はサ
ーブと同などのものを実装することができ
B1=208kHzと計算される。今回試作した
ンプル長を長くすれば良い。ちなみに、サン
た。
600MHz用のMQ-MASプローブは、当初目標
プル長を8mmとすると、試料体積は42ulとな
を達成していることが確認できた。
る。
実装技術
高速回転スピナーの回転速度の上限を決める
スピナー部とRF回路の基本性能が十分に出て
要素は多い。中でも、ロータの強度が重要な
いても、ナローボアという狭い空間に部品を
要素である。従来はロータの材質として、ジ
配置してゆくとその配置の仕方によって、
本プローブを使用するための装置構成は、下
ルコニアを使ってきた。しかし、ジルコニア
様々な性能の制約が生じる。基本回路的には
記である。
の場合、4mmφ径での機械強度の限界が
十分な耐圧があったとしても、実装方法によ
分光計本体:JNM-ECA
20kHz付近にあるため、安全係数を考えると、
って放電が起こり、耐圧が下がることはあり
HF高出力電力増幅器:500W
20kHzでの安定回転は望めない。そこで、高
得る。また、スピナー部も、実装上の問題
LF高出力電力増幅器:1kW
速回転用のロータの材質として窒化ケイ素を
(配管チューブの接続部などでの圧力損失、
4mmMASプローブ
採用した。窒化ケイ素は、比強度(機械強度/
ヒータの配管による圧力損失)により、プロ
エアコンプレッサ
密度)がジルコニアの2倍もあり、20kHz超の
ーブに組上げると、性能が低下ことはあり得
MASコントローラ
回転速度でも十分な安全係数を確保できる。
る。
また、配置する部品からのバックグラ
JNM-ECA分光計の基本性能は、現代の先端
さらに、窒化ケイ素の誘電率はジルコニアの
ウンド信号がNMR信号に乗ることもある。バ
的な固体NMR測定に対応できるように設定さ
1/3と電気特性も良い。ただし、問題点もある。
ックグラウンド信号を避けるように部品を配
れている。つまり、十分に速い位相切り替え
窒化ケイ素結晶はそのままで成形できないた
置すると、RF強度やスピニング速度の性能を
速度、高い位相切り替え精度、を持っている。
め、酸化アルミをバインダーとして焼成され
劣化させることもあり得る。これらの性能バ
さらに、RFパルスの安定度とその強度の調整
る。このバインダーに使われているAlのバッ
ランスを取りながら部品を配置し、実装する
精度も十分である。この高い基本性能のおか
クグラウンド信号が出ることと、コストの高
ことが実装技術と言える。特にナローボアプ
げで、MQ-MAS測定のような先端的な測定が
さが問題点として残っている。従って、試料
ローブの場合は、実装技術のウエートが高く、
安定して行える。
管はジルコニアと窒化ケイ素の両方を用意
実装技術によって最終性能が左右されること
し、目的に応じて、使い分けることにする。
になる。今回開発する固体プローブでは回転
まとめ
性能とRF性能を重視し、他の性能は、これら
本資料では、高磁場対応の新形固体NMRプロ
二つの基本性能に影響しない範囲で努力し
ーブの開発コンセプトを説明した。現在、こ
高耐圧化を目指すために、平衡共振回路と円
た。 特に、MQ-MASプローブでは回転性能
のコンセプトを実現可能とする要素技術が確
筒フレーム方式を採用した。
と電気性能を最大限に発揮させるためにVT
立されつつある。MQ-MASプローブに関して
これらの技術は高磁場溶液回路(グランドプ
機構は組み込まなかった。
は、今回紹介した通りの実証データが得られ
RF回路部2)
レーンプローブ)で培ってきた技術である。
JNM-ECAの
高磁場固体NMR対応装置構成
たので、商品化を目指し最後の詰めの段階に
開発の現状
入っている。CPMASプローブに関しては、
平衡共振回路のメリット
ここでは、新形固体NMRプローブの現状での
現在実証データを測定するための最終調整段
従来の固体NMRプローブのRF回路は不平衡
結果を示す。
階にある。
共振回路であった。不平衡共振回路とは、コ
イルの一端をアース電位に落とす方式であ
る。それに対して、今回採用した回路は、コ
イルの中点をアース電位とする平衡共振回路
である。この方式では、コイルの両端の電圧
を従来の不平衡共振回路と同じにしたとき
に、個々の電気部品(主にコンデンサ)にかか
る電圧を半分にできる。つまり、電力に換算
すると1/4ということになる。つまり、これま
JNM-ECAシリーズの高い基本性能をベース
ベンチスピナーの回転特性
とし、この高磁場対応の大形固体NMRプロー
Fig. 2に最新のベンチスピナーの回転特性を
示す。
20kHzでは周速度が音速の74%に達する。回
転速度に関しては、当初の開発目標に達して
いる。
ブを利用することで、材料解析分野に新しい
今回開発したMASスピナーをNMRプローブ
として、4倍の電力に耐えられる計算となる。
に組み込み、実際に20kHzで試料管を回転さ
る円筒フレームをグランドとし、電気部品を
の伸びが悪くなる。今回テストしたプローブ
実装する方式である。これによって、グラン
でも、ベンチスピナーに比べ、回転速度の伸
ドが安定し、回路の特性が良くなる。特に、
びは悪かった。しかし、大形コンプレッサを
周波数が高くなるとその恩恵が顕著に現れ
用い、Drive圧を強くすることでこの問題は解
る。それに加え、有効実装面積が増えるため
決できた。
ト用の固体NMRプローブに使われていたもの
ボア高磁場高速MASプローブの開発 II」
プローブに組み込むと、実装上の問題で、圧
力損失が大きくなるため、高速域で回転速度
MQ-MASプローブでは、ワイドボアマグネッ
ボア高磁場高速MASプローブの開発」
2. 長谷川憲一他、第40回NMR討論会「ナロー
せて測定したデータを、Fig. 3に示す。
円筒フレーム方式とは、プローブの外壁であ
に、大形の電気部品を使える。今回開発した
参考文献
1. 樋岡克哉他、第40回NMR討論会「ナロー
固体NMRプローブとしての
回転性能実証データ
で使用していた部品と同じ電気部品を使った
円筒フレーム方式のメリット
分析手法が生まれるであろう。
MQ-MASプローブの
RF回路実証データ
と同じサイズの可変コンデンサーを使用して
最後に、今回テストしたプローブのパルス幅
いる。つまり、電気部品の基本的な耐圧とし
性能をFig. 4に示す。
日本電子ニュース Vol.34 No.1 15(2002)(15)
エネルギー分散形蛍光X線分析装置
(EDXRF)によるミクロン領域の元素分析
−JSX-3600 エレメントアナライザ“Yuki”
の紹介−
安東和人
日本電子(株)応用研究センター
はじめに
エネルギー分散形蛍光X線分析(EnergyDispersive X-ray Fluorescence Spectrometer :
EDXRF)装置では試料にX線を照射し試料か
ら発生する蛍光X線(特性X線)を半導体検出
器(EDS)で検出・分光することによって元素
分析を行います。EDXRF装置は小形で安価
なこと、幅広い試料の分析が誰にも簡単にで
きることから、簡便な元素分析装置として広
く使われています。日本電子では広い領域
(mmφ領域)を分析するEDXRF装置としては
エレメントアナライザ JSX-3200シリーズを販
売しています。今回最小50ミクロンφ領域の
分析が可能な微小領域用のEDXRF装置 JSX3600を開発し、愛称を「Yuki」とつけました。
Fig. 1 “Yuki”外観
JSX-3600
エレメントアナライザ“Yuki”
エレメントアナライザ“Yuki”は最小50μm
φ領域の元素分析が誰にも簡単に行えるエネ
ルギー分散形蛍光X線分析装置
(EDXRF)
です。
“Yuki”は自動コリメータ交換機構、ズーム式
CCDカメラ、全自動XYZ試料ステージ、オー
トフォーカス機構(オプション)などの機能を
装備しています。オペレータはディスプレイ
上で測定場所を指定するだけで、自動的に位
Fig. 3 XYZ試料ステージ
置合わせと測定ができます。
“Yuki”の測定元
白い四角形が75mm角の試料ス
テージで試料をこの上に乗せま
す。
素範囲はNa∼Uで、定性・定量分析はもちろ
ん薄膜の膜厚分析(オプション)やマッピング
測定(オプション)が行えます。“Yuki”は食
品や化粧品などの異物分析や考古学試料の分
析、プラスチック中の有害な重金属元素の分
析に適しています。また微小電子部品や微細
(16)日本電子ニュース Vol.34 No.1 16(2002)
Fig. 2 “Yuki”の光学系
Fig. 4
パソコンの操作画面
Fig. 5
試料例:パソコンのメモリ
(SDRAM)
Fig. 6
プリセット条件(測定条件)
加工品の材料とコーティング層の膜厚分析な
どでも利用されています。
“Yuki”の特長
● 蛍光X線分析法を採用しており、NaからU
までの全元素の分析が非破壊で可能です。
試料に導電性は必要ありませんから絶縁物 や磁性体でもそのまま測定できます。K、
Ca以上の原子番号の元素(重元素)では大気 中での測定が可能です。
● FP
(ファンダメンタル・パラメータ)定量法
により標準試料なしに定量分析が可能です。
● 高輝度X線管球と微小コリメータを採用し、
試料上で最小50μmφ領域の測定ができま
す。一方、2mmφの広い領域の分析も可能
です。
● 4種類のコリメータ(40、100、400μφ、
Fig. 7
分析領域の表示(左上から50、120、左下は
500μmφおよび2 mmφ)
Fig. 9
多点分析の分析場所の設定
1.9mmφ)の自動交換機構を有し、目的に合
わせてX線の照射領域を選択できます。
● XYZ試料ステージ、ズーム式CCDカメラシ
ステム、オートフォーカス(オプション)の
採用で分析場所の指定が簡単です。
● X線は上面照射方式です。X線は上方から試
料に垂直に入射します。試料観察はX線と
同軸であり、目的の分析位置に正確にX線
を照射できます。
Fig. 8
連続分析の指定 ● ハードとソフトの二重の衝突防止機構が大
切な試料の破壊や傷つきを防止します。
● 薄膜FP法プログラム
(オプション)で微小部
品のメッキなど多層薄膜試料の膜厚と組成
を非破壊で同時に分析できます。
● 点分析、線分析および面分析のプログラム
測定が可能です。
● X線強度マッピング、定量マッピング、膜
日本電子ニュース Vol.34 No.1 17(2002)(17)
厚マッピングおよびマッピング図の三次元
表示(オプション)も可能です。
● 材料判定ソフト
(Q-base)により、測定デー
タに近い組成のデータをデータベースから
検索できます。
● 報告書作成ソフト(SmileView)が付属し、
画像やチャート入りの報告書の作成が容易
に行えます。
外観
Fig. 1に“Yuki”の外観写真を示します。装置
構成は、本体とデータ処理部(パソコン)
、ロ
ータリーポンプおよび試料照明用電源からな
っています。
本体は卓上形で、内部にX線発生部、分光部、
試料観察部、X線検出器部が収まっています。
左下のピンクの部分が試料室のドア、後方の
盛り上がった部分は液体窒素デュワー瓶(10
リットル)です。本体右上の操作パネルで試
Fig. 10 多点分析の測定画面(重ね描きモード)
料室の開閉、X線発生装置のON/OFF、試料
Au layer
室の大気/真空の切替えを行います。
Ni layer
光学系
Cu layer
Fig. 11 Au-Ni-Cu膜の構造
Fig. 2に“Yuki”の光学系を示します。X線光
第一層はAu層、第二層がNi、第三層はCuとい
う情報の基に計算する。
学系は上面照射方式で、X線が下向きに取り
出されコリメータで細く絞られて試料に対し
て真上から照射されます。試料から発生した
蛍光X線が検出器(EDS)で検出・分光されま
す。コリメータは40、100、400μmφおよび
1.9mmφの4種から選択でき、試料上でのX
線の照射径はそれぞれ、50、120、500μmφ
および 2mmφです。試料はXYZ試料ステー
ジに乗せて移動します。試料像は入射X線と
同軸においたミラーを介してズームタイプの
CCDカメラで撮影し、パソコンのディスプレ
イ上に表示します。表示倍率は約10∼100倍で
す。
XYZ試料ステージ
Fig. 3にXYZ試料ステージを示します。中央
のXYZステージには75mm角で厚さ50mm、
3kgまでの試料が乗せられます。X、Y方向に
75mm、Z方向に50mmの移動が可能ですので、
75mm角試料の全域の測定が可能です。ステ
Fig. 12a
Au-Ni-Cu膜の計算条件
各層の厚みを求める条件を示して
いる。
Fig. 12b
各層の組成を示す条件
ージはコンピュータコントロールされてお
り、測定開始ボタンを押すとステージが自動
的に分析場所へ移動し、測定が開始されます。
分析手順と測定例
パソコンの操作画面
Fig. 4にパソコンの操作画面を示します。画
面には3つのウインドウが表示されます。
①左上の“StageEye”ウインドウにCCDカメ
ラからの画像が表示されます。
②左下は“ソフトジョイスティック”でXYZ
試料台のコントロールを行います。
③右の“ElementStation”で試料画像の取り込
(18)日本電子ニュース Vol.34 No.1 18(2002)
Fig. 13 各層の分析結果 Au:約0.05μm(50nm)
、Ni:約2.6μmと計算されました。
み、分析位置指定、測定開始/中止および測
定データの表示などを行います。ここで例
示に用いる試料はFig. 5に示すパソコンの
メモリ(SDRAM)です。
操作手順の例
試料のセット
①試料をXYZステージに乗せて試料室に押し
込みます。試料室雰囲気を真空に設定して
いると自動的に真空引きが開始されます。
Fig. 14 線分析の条件設定
K、Caより大きな原子番号の元素分析につ
いては大気測定が可能です。
②およその試料厚みを入力します。これによ
り試料が試料室にぶつからないよう Z軸
(上下)方向のステージ移動量を制限してく
れます。
③移動ボタンをクリックすると試料が観察で
きる高さ位置にセットされます。手動およ
び自動のフォーカス機能で画像のピントを
合わせます。
ソフトジョイスティックやクリックセンタ ー機能を使って、測定場所をStageEyeのセ ンターに移動します。
プリセット条件(測定条件など)
Fig. 6にプリセット条件を表示します。ここ
ではX線発生装置、コリメータサイズおよび
測定時間を指定します。コリメータサイズを
指定するとFig. 7のようにStageEye上で分析
Fig. 15 線分析の測定結果
領域を表示します。また、測定から定性分析、
定量分析(バルクFP、薄膜FP、検量線法)を
実施して分析結果の印刷までを連続で実行す
るようにプログラムもできます。なお、メモ
リ分析に用いた測定条件は次のとおりです。
● X線管 : Mo
● 印加電圧―電流 : 50kV―1.5mA
● 測定時間 : 60秒/ポイント
● コリメータ : 100μmφ
Fig. 16 面分析の領域条件設定
● 試料雰囲気 : 大気
測定モード
①点分析
StageEyeに表示された場所 1点を分析する場
合にはElementStationの〔測定〕コマンドをク
リックします。プリセット条件にしたがって
測定が行われ、測定場所の画像と測定データ
が一緒にセーブされます。
②連続分析(多点分析)
StageEyeから〔画像〕コマンドをクリックし
Fig. 8の〔連続分析〕を指定します。続いて、
Fig. 9ように測定場所をマウスで指定します。
〔開始〕を押すと指定された場所の測定が自動
的に実施され(Fig. 10)測定データが画像と一
緒にセーブされます。
③定量分析(薄膜FP法)
Fig. 17 X線強度マッピング図
測定データを呼び出して定量分析を実施する
手順を示します。定性および定量分析は、測
日本電子ニュース Vol.34 No.1 19(2002)(19)
定中でも終了後でも可能です。
Fig. 9の左上のA点(Auメッキ部分、Fig. 10で
は最も手前のチャート)のデータを呼び出し
て表層のAu層と第二層のNi層の厚みを薄膜
FP法で分析しました。
薄膜FP法では装置定数、物理定数、測定チャ
ートと試料構造の情報(膜の積層順、密度等)
から非破壊で、各層の組成と膜厚を計算でき
ます。プログラムでは最大5層、各層の成分
は20成分まで計算ができます。Fig. 11に計算
に用いたAu-Ni-Cu膜の構造を示します。Fig.
12a、Fig. 12bに、計算条件をFig. 13に分析結
果を示します。
④連続分析〔線分析〕
線分析したい場所をマウスでドラッグすると
Fig. 14のように線分析の条件が設定できま
す。線分析の測定結果をFig. 15に示します。
⑤連続分析〔面分析〕
、マッピング
面分析したい場所をマウスでドラッグすると
Fig. 16のように面分析の領域条件が設定でき
ます。オプションのマッピングソフトを用い
てX線強度、濃度、膜厚マッピングを作成で
きます。Fig. 17にX線強度マッピング図を示
します。
Fig. 18 ElementStationでのデータの管理
左はプロジェクト「メモリ825画面用」の内容の表示、
右は視野(画像)と測定データをサムネイルモードで表示
測定条件、測定データおよび
ファイルの管理
測定条件、測定データおよびファイルなどの
管理はElementStationで行います。測定結果
はプロジェクトという単位で管理されます。
プロジェクトの下に、試料および視野という
単位でデータがセーブされます。試料には複
数の視野を作成することが可能で、複数の視
野の測定ポイントを一括で測定することがで
きます。Fig.18にElementStationを示します。
左にプロジェクトのツリー構造が表示されて
います。右には視野(画像)と測定データがサ
Fig. 19 輝石試料の線分析条件
ムネイルモードで表示されています。測定デ
ータや画像はリストモード(ファイル名)での
表示も可能です。
鉱物(輝石)の分析例
今まで金属試料の分析例を示しましたので次
に鉱物試料(輝石)の分析例を示します。
1)測定条件は次のとおりです。Al、Siなど軽
元素の分析が必要なので試料雰囲気は真空で
行いました。
● X線管:Mo
● 印加電圧―電流:30kV―1.5mA
● 測定時間:60秒/ポイント
● コリメータ:100μmφ
● 試料雰囲気:真空
2)Fig. 19で左①から右⑩に向かって線分析
を行いました。結果をFig. 20に示します。途
中⑥からFe、Caのピークが大きく変化してい
ます。
(20)日本電子ニュース Vol.34 No.1 20(2002)
Fig. 21 最初(左)①の測定結果
Fig. 20 輝石試料の線分析結果
3)定量分析
Fig. 19とFig. 20で示した線分析結果の最初
(左)①と最後(右)⑩のチャートで定量分析
を実施しました。定量分析は酸化物換算とし
ました。
開始(左)①の測定結果をFig. 21、最後(右)
⑩の測定結果をFig. 22に示します。
(左)①は
MgO、SiO2、CaOが主成分でFe2O3は少なく、
Al2O3は検出されていないのに対して、(右)
⑩ではMgO、CaOが減少してFe2O3とAl2O3と
が大きく増加しています。
4)X線強度マッピング
線分析を実施した領域(Fig. 19)をX線強度マ
ッピングで分析しました。白、赤の領域がX
Fig. 22 最後(右)⑩の測定結果
線強度が強く、青い領域がX線強度が弱いこ
とを示します。
マッピング領域をFig. 23、X線強度マッピン
グ図をFig. 24に示します。
X線強度マッピング図の左と右で特に Al、Ca、
Feにおいて大きな差があることが明瞭に検出
されています。
Fig. 25にCaのX線強度マッピング図を3次元表
示しました。3次元表示を利用するとより視
覚的にX線強度の分布を観察することができ
Fig. 23 マッピング領域
ます。
まとめ
1)微小領域専用のEDXRF装置JSX-3600
“Yuki”を開発しました。
2)本装置は最小50μmφ領域の元素分析が誰
にも簡単に行えるエネルギー分散形蛍光X
線分析装置(EDXRF)です。
3)測定元素範囲はNa∼Uまで、定性分析はも
ちろん、標準試料なしに定量分析や薄膜の
膜厚測定(オプション)が行えます。
Fig. 24 X線強度マッピング図
4)自動コリメータ交換、ズーム式CCDカメ
ラ、全自動XYZ試料ステージ、オートフ
ォーカス機構(オプション)などを装備し、
ディスプレイ上で測定場所を指定(多点可
能)するだけで、自動的に位置合わせが行
われ、測定と分析ができます。
5)食品や化粧品などの異物分析や考古学試料
の分析、プラスチック中の有害な重金属元
素の分析、また電子部品や微細加工品の素
材とコーティング層の膜厚分析など広い分
Fig. 25 CaのX線強度マッピング図の3次元表示
野で利用されています。
マウス操作で色んな方向から3次元表示図を観察することができます。
日本電子ニュース Vol.34 No.1 21(2002)(21)
海洋天然物のMS/MSによる構造解析
直木秀夫
(財)
サントリー生物有機科学研究所
はじめに
酸など極性官能基が存在することであり、構
わない単純開裂を主体としたものである。炭
造解析をするものに対して、かなり挑戦的な
素-炭素間結合の開裂も見られ、これまでの一
グルメ時代と言う言葉も久しくなった今日、
化学構造をしている。一方、このような物質
般的にみられたフラグメンテーションとは異
世界各地の珍しい食料品や新鮮な食材が比較
は、魚介類の体内には極微量にしか存在しな
なった、ラジカルやイオンの位置に関係なく、
的簡単に手に入れられるようになった。しか
いし、多数の類縁体を持っているため、高感
特有のフラグメンテーションが観測できる。
し、同時に以前には経験のしたことのない食
度の分離分析手段が要求される。また、蓄積
その上、分子末端に極性官能基がある場合、
中毒に罹ることも、しばしば起こっており、
している時期も不規則であるため、食中毒患
スペクトルの一義的な解析を可能にする
新聞の社会面を彩ることも多くなった。これ
者を減らすためには、毒化の機構を明らかに
Charge-remote fragmentationも観測出来る。
は航空機や冷凍保存など輸送手段の発達か
すると共に、多数の類縁体の化学構造を明ら
一方、低エネルギーコリジョンは、数10eVの
ら、日本から遠く離れた地域からでも容易に
かにして、定期的な毒のモニタリングシステ
エネルギーで、前駆イオンと不活性ガスを衝
短時間で輸入可能になり、これらの美食材と
ムを確立することが必要不可欠である。
突させる方式で、複数回の衝突を繰り返し、
共に食中毒の原因物質も一緒にわれわれの家
高感度の分離・分析手段の観点から機器分析
フラグメントイオンを生成する。従って、振
庭の食卓にのぼるからであると考えられてい
を眺めてみると、質量分析を主体とした
動励起(vibration excitation)型の開裂様式を
た。しかし、最近、熱帯や亜熱帯地方中心に、
GC/MS、LC/MS、MS/MSなどが迅速で、高
示し、低いエネルギーでも起こる転移反応や、
年間数万人の食中毒患者を出す「シガテラ」が
感度で構造情報も多いことは言うまでもな
電荷の極近傍の開裂様式が主体である。四重
日本近海の海産物でも見られるようになり、
い。現在、様々な装置、イオン化法、測定法、
極型質量分析計やイオントラップ型の装置で
海洋の変化が懸念されている。このような食
などがあり、なかなかその選択には苦慮する
行うMS/MSで、ペプチドなどのアミノ酸配
中毒の原因物質は、バクテリア(主として渦
こともある。本稿では、それらの中からポリ
列分析などに最も広く使用されている。
鞭毛藻)が産生する物質が原因とされている。
エーテルで代表される海洋天然物の構造解析
低エネルギーCID MS/MSでポリエーテル化
この毒をもったバクテリアが海藻などに付着
に最も有効なFAB高エネルギー衝突活性化
合物を測定してみると、生成するプロダクト
し、これを魚介類が餌として食べ、体内に蓄
MS/MSの構造解析への応用例を紹介する。
イオンが少ない。一方、高エネルギーCID
積する。そして、このような毒を体内に蓄積
している魚介類を人間が食べたとき発病する
いわゆる食物連鎖による食中毒である。
このような物質は主として水酸基やエーテル
環が多数結合したポリエーテル化合物が多
く、構造上の特長は、多数の繰り返し構造が
あること、および分子内に硫酸基やカルボン
MS/MSは多くのプロダクトイオンを生成し、
コリジョンエネルギーと
MS/MSスペクトル
重要な官能基の存在の有無など構造情報が多
磁場型や飛行時間型の装置は一般に加速電圧
である。
く、非ペプチド系化合物の構造解析には有利
が数kV∼数10kVと高い。従って、その衝突
チャージリモートフラグメンテーション
ネルギーCIDと呼ばれ、その衝突による前駆 (charge-remote fragmentation)
活性化(CID)エネルギーは数keV高く、高エ
〒618-8503 大阪府三島郡島本町若山台1-1-1
イオンの開裂は、主として電子励起(electron-
CIDスペクトルを使って海洋天然物の構造解
E-mail:[email protected]
ic excitation)によって起こり、転移反応を伴
析する上で、もっとも重要なことは、プロダ
(22)日本電子ニュース Vol.34 No.1 22(2002)
クトイオンの帰属である。Fig. 1にポリハイ
イオンに帰属される。また、m/z 253、239な
ドロキシ化合物の負イオンFAB CIDスペクト
ど14マスユニットごとに規則的な炭素-炭素間
グメンテーションをCharge-remote fragmen1 2)
tationと呼んでいる )、 。
ルを示した。m/z 57、129、215、331、359は
結合の開裂も見られ、メチレン鎖の帰属も可
正の極性官能基には、アンモニウム塩、アル
分子の左側部分に由来するプロダクトイオン
能であり、水酸基の位置決定に大いに重要で
カリ金属塩などがあり、負の極性官能基には、
に帰属され、m/z 149、215、273、345、373、
ある。このように分子内にカルボン酸のよう
カルボン酸、リン酸基や硫酸基などがある。
387は分子の右側に由来するイオンに帰属され
な極性官能基をもった化合物を、高エネルギ
また、分子内にこのような極性官能基が存在
る。このように左右のプロダクトイオンが混
ーCIDを行うと、従来のフラグメンテーショ
しないときには、アルカリ金属(Na、Li)など
在すると一義的なイオンの帰属が難しくな
ンとは異なったプロダクトイオンが観測さ
を添加し、擬似分子イオンを作る方法や、簡
る。この例のように、分子内に強い極性官能
れ、電荷をもったカルボン酸から遠く離れた
単な化学反応で分子内に極性官能基を導入す
基がない場合、電荷はヘテロ原子(酸素や窒
場所でも、強い開裂が見られる。シグナル強
る方法などを行って、うまくCharge-remote
素原子)にあるため、その近傍の開裂が主体
度の強いプロダクトイオンは、水酸基の近傍
fragmentationを発生させる工夫をすると良好
的に引き起こされる。従って、様々なプロダ
に起こり、しかも、一義的に分子内の極性官
な結果が得られる。
クトイオンが観測されるため、一義的な帰属
能基を含む方向に帰属できる。特に、不飽和
が困難になる。Fig. 2に4つの水酸基をもった
脂肪酸の二重結合の位置、水酸基などの位置
ポリエーテルと質量分析
脂肪酸のCIDスペクトルとそのプロダクトイ
オンの帰属を示した。 m/z 401、371、313、
決定や、ポリエーテル環の解析などに有効で
新規構造を決定する場合、NMRやMSなど機
ある。そのスペクトルは極性官能基を含む一
器分析を駆使して行うわけであるが、繰り返
299、269にイオン強度の強いプロダクトイオ
方向のプロダクトイオンで構成され、一義的
し構造の多いポリエーテル化合物の場合、多
ンが現れ、それぞれ水酸基のα位で開裂した
なスペクトルの解析を可能にする。このフラ
くのNMRシグナルは重なり合って、2次元
NMRを駆使してもその結合様式の解析は困難
を極める。一方、高エネルギーCIDによって
引き起こされるCharge-remote fragmentation
は分子の端から連続的な構造情報を与えるた
め、NMRと相補的に使用できる強力な構造解
析法となる。その上、類縁体の構造解析の場
合は、基本となる化合物のプロダクトイオン
の帰属を完全に行っておけば、それを対照ス
ペクトルとして、比較的容易に類縁体の構造
を推定することができる。これら類縁体の構
造解析について述べてみたい。
Fig. 3にポリエーテル化合物のMS/MSによっ
て得られた主な開裂様式を示した。
イエソトキシン
(Yessotoxin)
1985∼1987年のホタテガイの毒の主成分であ
3)
、4)
、5)
、6)
、7)
、8)
は、11
ったイエソトキシン
個のエーテル環が繋がり、分子の端には2個
の硫酸エステル基が結合し、他端はトリエン
Fig. 1
ポリハイドロキシ化合物の負イオンCIDスペクトルとその帰属
構造をしている下痢性貝毒の一つである。こ
の化合物の高エネルギーCID は分子末端に結
合している硫酸エステル基による典型的な
Charge-remote fragmentationが見られ、Fig.
4にその分子関連イオンを前駆イオンとする
CIDスペクトルを示した。m/z 181、237、293、
349、405、489、559、657、713、799、855、925
にエーテル環内特有の開裂イオンが観測され
た。それぞれのプロダクトイオンの差を計算
すると、たとえば、A環に関しては、237181=56で6員環に相当し、B、C、D環に関し
ても同じく、その差は56であるから6員環に相
当する。E環はその差が84であるから7員環に
メチル基が1つついたものか、または、8員
環であると推定でき、各フラグメントイオン
の差が、エーテル環の大きさに相当する。
たとえば、
Fig. 2
脂肪酸の負イオンCIDスペクトルとその帰属
m/z 237-181=56
---
6員環エーテル
m/z 559-489=70
---
7員環エーテル、ま
たは、6員環にメチ
ル基
日本電子ニュース Vol.34 No.1 23(2002)(23)
m/z 489-405=84
m/z 799-713=86
---
---
8員環エーテル、ま
ステル基が分子内にあるため、前述のイエソ
1863、1877、m/z 2413、2427)が6箇所に見ら
たは、7員環にメチ
トキシンの構造解析法を応用できるものと考
れることから、6つの縮合したエーテル環群
ル基
え、HX110A/HX110Aタンデム型質量分析装
から構成されていることが推察することがで
6員環にメチル基と
置を用いて行った。その結果、Fig. 5に示し
き、その上、Type-Dの開裂に続いて現れる
水酸基、または、7
たような典型的なチャージリモートフラグメ
Type-Cの開裂から、それぞれ、エーテル環の
員環に水酸基
ンテーションがみられた。つまり、縮合した
大きさと結合順序を推定した。また質量差が
エーテル環の極性官能基側の末端で現れる
Type-Dの開裂( m/z 451、465、m/z 1011、
30マスユニット場合はType-A、-Bのフラグメ
1025、m/z 1399、1413、m/z 1675、1689、m/z
ここで得られた構造情報とNMRの情報を相補
のように、一義的にエーテル環の大きさを推
定できる。
また、CIDスペクトルは分子末端の硫酸エス
テル基を含むフラグメントイオンで構成され
ているため、端から順にエーテル環の配列も
容易に決定できる。また、A環ではm/z 181、
167の2つのピークも観測され、エーテル環の
繋がりがここで切れることを意味している重
要なプロダクトイオン対である。
ンテーションから水酸基の位置を推定した。
マイトトキシン(Maitotoxin)
シガテラ(ciguatera)は、熱帯・亜熱帯の珊瑚
礁海域に生息する魚類によって引き起こさ
れ、毎年2万人以上の中毒患者を出す世界最
大の食中毒のことである。発生地域は、カリ
ブ海沿岸、仏領ポリネシアを中心とする南方
諸島、それにマダガスカル島付近での報告が
多い。しかし、我が国でも、沖縄を中心とし
Fig. 3
ポリエーテル化合物のCID MS/MSによって得られた主な開裂様式
Fig. 4
イエソトキシンの負イオンCIDスペクトルとその帰属
た南西諸島や本州近海でも発生してる。シガ
テラは、個体差、地域差それに年による差が
著しく、それだけ原因毒の特定が難しい。し
かし、これまでに解明された原因毒の主なも
のは、村田、安元らによって解明された、脂
溶性のシガトキシン(ciguatoxin)と水溶性の
9 10 11 12 13
マイトトキシン(maitotoxin) )、 )、 )、 )、 )、
それに、伏谷らによって発見されたスカリト
キシン(scaritoxin)などである。
マイトトキシンは、サザナミハギの内蔵に含
まれる水溶性のシガテラ中毒成分として、安
元らによって発見された。この魚のタヒチ名
でマイトと呼ばれていることから、マイトト
キシンと名付けられた。この化合物は藻食性
の魚から発見されていることから、食物連鎖
上、下位に位置する。その後、マイトトキシ
ンは渦鞭毛藻でも生産されることが判明し、
ここでも真の毒の生産者は渦鞭毛藻であるこ
とが解明され、詳しい構造決定はこの渦鞭毛
藻を培養し、そこから得られた化合物で行っ
た。
精製されたマイトトキシンのマウスに対する
致死毒性は非常に高く、40ng/kgで、実にフ
グ毒テトロドトキシンの200倍である。その生
物活性は、細胞内のカルシウム濃度を上昇さ
せ、細胞生理を乱すことにあるが、詳しい生
理作用解明は、現在も進行中である。その分
子量は3422と天然物としては非常に大きく、
この構造決定は、主として2次・3次元NMRと
MS/MSなどを駆使して行った。
化学構造は、炭素数142個でその主鎖を形成し、
32個のエーテル環と28個の水酸基、それに強
い極性官能基である2個の硫酸エステル基をも
った巨大なポリエーテル化合物である。そこ
で本化合物も極性官能基である二個の硫酸エ
(24)日本電子ニュース Vol.34 No.1 24(2002)
的に考慮すると、図に示した構造とプロダク
るシガトキシン(ciguatoxin、CTX)14)、15)、16)、
の分子関連イオンのMS/MSはCharge-remote
トイオンの帰属が得られ、近年、岸らによっ
17)、18)、19)
は分子量1110の典型的なポリエー
fragmentationを示さない。そこで、分子末端
て化学合成され、われわれの構造決定が正し
テル化合物であり、その構造上の特徴は、前
の1、2ジオールに着目し、Naを微量、試料に
かったことが証明された。
述の化合物と同じく梯子段状に環の大きさが
添加することで、主としてNaが1、2ジオール
異なるエーテル環が13個連なっており、末端
に付加した擬似分子イオンを生成する。これ
が1級および2級水酸基が結合している。しか
を前駆イオンとしたCID MS/MSは、良好な
シガテラの原因物質の一つであるシガトキシ
し、Charge-remote fragmentationの観測に都
Charge-remote fragmentation patternを発生
ン類は、東北大、安元らによって、その有毒
合のよい硫酸エステル基やカルボン酸など電
させ、構造情報を多く含んだ解析しやすいス
成分が単離・構造決定された。その一つであ
気陰性度の高い官能基が存在しないため、こ
ペクトルに変化する。
シガトキシン(Ciguatoxin)
Fig. 6にCTXのNa付加分子関連イオン(a;
下向きのスペクトル)とその重水素化(b;上
向き)CID MS/MSスペクトルを示した。Na付
加分子関連イオンCIDでは、各エーテル環内
特有のプロダクトイオンとして、 m/z 205、
277、333、401、469、565、665、721、819、875、
975、1031、1073、1075の各イオンがA環側の
イオンとして見られるのに対し、 m/z 977、
905、849はそれぞれA、B、C環内のプロダク
トイオンと帰属され、M環側のイオンとして
観測された。これは前者が1、2ジオール付近
に Naが付加したと考えられ、一方、後者はK、
L環付近に付加し、開裂が起こったと思われ
る。このようなプロダクトイオンは、類縁体
化合物の構造決定に重要なイオンである。ま
た、これらプロダクトイオンの帰属をより確
かなものにするため、CTXの水酸基の重水素
置換を行い、そのCIDスペクトルと置換前の
スペクトルを比較することで、プロダクトイ
オンの帰属を再確認することも行った。CTX
は分子末端の1、2位、B、G、KおよびM環と計
Fig. 5
マイトトキシンのプロダクトイオンの帰属
6個の水酸基を有している。図の中で、上向
きのスペクトルは重水素化したもので、m/z
205はB環内の開裂で、重水素化前より2マス
ユニット多くなっている。また、C環のm/z
277は3マスユニット、H環のm/z 665は4マス
ユニット、L環のm/z 975は5マスユニット、
それぞれ多くなっている。これに対して、A
環のm/z 977 は4マスユニット、B環のm/z
905およびC環のm/z 849はそれぞれ3マスユ
ニット多くなっており、これらは水酸基の重
水素化数に一致しており、元の帰属の正しい
ことが証明された。他の化合物の構造決定に
おいても、重水素交換は帰属の再確認に重要
な手法である。
54-deoxy-CTX
この化合物はCTXのM環の54位の水酸基が脱
離したもので、分子量は1094でCTXのそれよ
り16マス少なく、それ以外はCTXと同様の化
学構造を持っている。 Fig. 7にCTXの標準ス
スペクトル(下向き)
、および54-deoxy-CTXの
CIDスペクトル(上向き)を示した。1、2ジオ
ールにNaが配位したと思われるA環方向の開
裂イオンm/z 205、277 --- 1075は、両方の化合
Fig. 6
CTXのNa付加分子関連イオン(下)とその重水素置換(上)正イオンCIDスペクトルとその帰属
物共にプロダクトイオンの質量数に変化はな
い。しかし、M環方向のプロダクトイオン
m/z 961、889、833はCTXのそれと比べて16マ
スユニットそれぞれ少なくなっている(Fig. 8
日本電子ニュース Vol.34 No.1 25(2002)(25)
に拡大図)。
このことから、54-deoxy-CTX
で極性官能基を導入したり、アルカリ金属を
験が行える。是非とも、お手持ちの装置で試
はCTXには存在した54位の水酸基がなくなっ
極少量サンプルに添加することで、これを極
してみてはいかがでしょうか。
たものと、一義的に結論づけられる。
性基として同様のCharge-remote fragmentationが観測できる。
7-oxo-CTX
本稿のスペクトルはJEOL HX110A/ HX110A
tandem spectrometerを使用し、 FABイオン
この化合物はCTXの分子量に比べて16マス大
きく、分子量1126である。前述の化合物と同
化法を用いたが、タンデム型質量分析装置で
なくとも、CID Linked Scan法でも同様の実
参考文献
1. J. Adams, M. Gross, Anal. Chem., 59, 1576
(1987)
様にFig. 9にCTXの標準スペクトル(下向き)
と7-oxo-CTXのCIDスペクトル(上向き)を示
した。この化合物ではA環方向のプロダクト
イオンであるm/z 221、 293 --- 1091は全て16
マスユニット大きく現れ、逆にM環方向のプ
ロダクトイオンであるm/z 977、905、849は全
く変化していない。このことから構造変化は
A環を含む側鎖部分で起こったと予想される。
しかし、標準スペクトルと比べてみても、
m/z 200以下にはほとんど顕著な構造変化を
示すプロダクトイオンが認められない。そこ
で、強い電気陰性度をもったスルホベンゾエ
ート基を化学反応で側鎖末端の一級アルコー
ルに導入し、側鎖およびA環に顕著なプロダ
クトイオンが発生することを期待した。
その結果、Fig. 10に示したCIDスペクトルが
得られた。つまり、下向きに7-oxo-CTXの正
イオンモードのCIDスペクトルを、上向きに
スルフォベンゾエート化した7-oxo-CTXの負
イオンモードのスペクトルをスルフォベンゾ
エート基に相当する質量数160Daをずらせて
比較した。すると、m/z 1251から325までは
当然のことながら変化はない。しかし、Na付
加イオンの代わりに、1位に強い負の電気陰
Fig. 7
CTXの標準ススペクトル(下)と54-deoxy-CTXの正イオンCIDスペクトル
Fig. 8
54-deoxy-CTXの正イオンCIDスペクトルのm/z 900付近の拡大図
性度もった官能基が導入されたため、M環方
向のイオンm/z 977、905、849は消えてなくな
り、新たにm/z 299、297、201、156などのプ
ロダクトイオンが観測された。これらはそれ
ぞれA環内のイオンm/z 299、297として帰属
され、7位のオキソ体であることが証明され
た。
この例のように、負モードでも正モードでも
スペクトルの再現性が高いため、イオンモー
ドが異なってもプロダクトイオンを比較検討
できるのが、高エネルギーCIDの特長であり、
また、アルカリ金属付加イオンからより電気
陰性度の高い官能基に変えることで、より顕
著なCharge-remote fragmentationを観測する
ことができる。
まとめ
以上、述べてきたように、高エネルギーCID
は低エネルギーでは到底不可能な化合物
(Maitotoxinなど)でも構造情報豊富なプロダ
クトイオンを生成することがご理解頂けたと
思う。その上、化合物が分子内に極性官能基
を持っていると、CIDスペクトルの一義的な
解析ができるCharge-remote fragmentationが
観測出来、NMRと相補的に使用できる強力な
解析手段となる。加えて、分子内に極性官能
基が存在しない場合でも、分子内に化学反応
(26)日本電子ニュース Vol.34 No.1 26(2002)
2. J. Adams, Mass Spectrom. Review, 9, 141
(1990)
3. H.Naoki, et al, Rapid Commun. Mass Spec-
trom., 7, 179 (1993)
4. M. Murata, et al, Tetrahedron Lett., 28,
5869 (1987)
5. M. Daiguji, et al., Nat. Toxins, 6, 235 (1998)
6. P. Ciminiello, et al., Toxicon, 35, 177 (1997)
7. H. Ogino, et al., Nat. Toxins, 5, 255 (1997)
8. T. Yasumoto, et al., Tetrahedron Lett., 37,
(1988)
12. M. Sasaki, et al., Angew. Chem. Int. Ed.
7087 (1996)
9. M. Murata, et al., J. Am. Chem. Soc., 116,
13.
7098 (1994)
10. M. Murata, et al., J. Am. Chem. Soc., 115,
14.
2060 (1993)
11. A. Yokoyama, et al., J. Biochem., 104, 184
15.
16.
17.
18.
19.
Fig. 9
Engl., 35, 1672 (1996)
W. Zheng, et al., J. Am. Chem. Soc., 118,
7946 (1996)
P. J. Scheuer, et al., Science, 155, 1267
(1976)
M. Murata, et al., J. Am. Chem. Soc., 112,
4380 (1990)
M. Satake, et al., Biocie. Biochem. Biotech.,
60, 2103 (1996)
T. Suzuki, et al., Tetrahedron Lett., 32,
4505 (1991)
A. -M. Legrand, et al., Bull. Soc. Path. Ex.,
85,467 (1992)
M. Satake, et al., Tetrahedron Lett., 39,
1197 (1998)
CTXの標準スペクトル(下)と7-oxo-CTXの正イオンCIDスペクトル(上)
Fig. 10 7-oxo-CTXの正イオンCIDスペクトル(下)と1-sulfobenzoated 7-oxo-CTXの負イオンCIDスペクト
ル(上)
日本電子ニュース Vol.34 No.1 27(2002)(27)
新世代のLC-TOF MS “AccuTOF TM”
田村淳 † 、大須賀潤一††
日本電子(株)†分析機器技術本部、††応用研究センター
はじめに
Dodonovら1)によって初めてESI-TOF MSのデ
ータが発表されてから、ちょうど10年になる。
Dodonovらの成果は、Standingら2、3)によって
発展させられ、大形の装置では10,000を超え
る質量分解能が得られることが報告されてい
る4)。
また、Dodonov、Standingらの成果に刺激さ
れ、ベンチトップタイプのESI-TOF MSがい
くつかのメーカーから商品化されるに至っ
た。しかし、これらの装置のほとんどはデー
タ収集システムとしてTDC(Time-to-Digital
Converter)を使用しているため、ダイナミッ
クレンジが狭く、定量分析には適していない。
このため、応用分野は精密質量測定を主体と
した定性分析であり、定量が主体となる環境、
薬物動態などの分野では限定された使用にと
どまっていた。
弊社では、2001年9月にLC-TOF MS、JMST100LC “AccuTOFTM”を発表した。
“ AccuTOF TM ” は、データ収集システムに
ADC(Analog-to-Digital Converter)を用いた
連続アベレージャを搭載し、広いダイナミッ
クレンジを実現した新世代のLC-TOF MSで
ある。従来からのLC-TOF MSでデータ収集
システムのみを単純に連続アベレージャに置
き換えると、分解能・感度の低下という副作
用が発生することが予想される。“AccuTOFTM”
の基本構成は以下のとおりである。
● TOFMS本体(ESIイオン源を含む)
● LC(Agilent1100シリーズ)
● PC
● プリンタ
“AccuTOFTM”では、指定した質量範囲をすべ
てプロファイル形式でデータ取得するため従
来の質量分析装置に比べて測定データの容量
が格段に大きくなる。このためPCには高速の
CPUと大容量HDDが標準となっている。また、
オプションとして以下のものが用意されている。
● APCIイオン源
● nanoESIイオン源
では、連続アベレージャ使用時の分解能維持
の鍵となるイオン検出器、全体のイオン透過
率に大きな影響を与えるイオンガイドなどを
含めて総合的な最適設計を行い、従来からの
LC-TOF MSの特長である高感度・高分解
能・高質量精度・広い測定質量範囲はそのま
まに4桁を超えるダイナミックレンジを実現
した。さらにイオン源には、ルーチン的定量
分析での使用も視野に入れた、耐久性に優れ
た直交形ESIイオン源を新たに開発して搭載
した。
本稿では“AccuTOFTM”の特長とともに、その
中心となっているTOF MSの原理・歴史、お
よび“AccuTOFTM”の最も大きな特長となって
いるデータ収集システムについて従来からの
TDC法との比較などについても合わせて紹介
する。
“AccuTOFTM”の概要
構成
JMS-T100LC“AccuTOF TM” (以下“AccuTOF TM”)
(28)日本電子ニュース Vol.34 No.1 28(2002)
● マイクロESIプローブ(イオン源はESIと共用)
● N2タンク
N2タンクは、停電などの不慮の事故で真空排
気系が停止した場合に、本体真空容器内に湿
気を含んだ大気が進入することを防いで、真
空装置内部を乾燥窒素ガスで満たすため、圧
縮乾燥窒素ガスを貯蔵しておくものである。
これにより、装置の再立上げに要する時間を
大幅に短縮できる。
外観・設置条件
“AccuTOF TM”の外観をFig. 1に示す。ESIな
ど、API(Atmospheric Pressure Ionization=
Fig. 1
寸法
質量
電源
本体
LC
データシステム
ガス
溶媒排気施設
“AccuTOFTM”の外観
690 mm(幅)× 933 mm(奥行)× 1114 mm(高さ)
303 kg
単相 200/208/230 V, 30 A
単相 100/115 V, 15 A
単相 100/115 V, 15 A
乾燥窒素ガス (97 %以上)10 L/min
必須
Table 1 設置条件
測定質量範囲
分解能
感度
6 to 10000 (m/z)
6000(FWHM, reserpine)
S/N>10 (10 pg, reserpine)
(プロトン付加分子イオンのマスクロマトグラフのS/N 、 RMS)
LC 条件
カラム: ODS, 2.1 mm I.D. × 50 mm
流量 : 0.2 mL/min
分離条件: 0.1 % 酢酸/メタノールによるグラジエント
質量精度
5 ppm RMS
スペクトル記録速度 最高 10 スペクトル/秒 〔全測定質量範囲〕
Table 2
基本性能
大気圧イオン化)イオン源を搭載したLC-MS
では大形のロータリーポンプが必須である
が、“AccuTOFTM”はこれを本体内に内蔵した
完全一体設計となっており、実質的な占有床
面積ではベンチトップ形の装置と同等以下に
抑えられている。本体下部にはキャスターが
取付けられており、装置の設置・メンテナン
ス・移転が容易に行えるように配慮されてい
る(注:装置稼動中は、ターボ分子ポンプの
破損を防ぐため、移動はできない)。寸法、
重量および主要な設置条件をTable 1に示す。
● データシステム(PC)
に分けられる。以下、イオン源から順を追っ
て各部の機能と特長を説明する。
イオン源
イオン源には、“AccuTOFTM”のために新たに
開発された、直交形エレクトロスプレー(ESI)
イオン源を標準装備している。従来のESIイ
オン源と比べて
● 直交スプレーの採用により、汚れが装置内
に導入されにくく、耐久性に優れている。
● 構造が単純で、メンテナンスしやすい。
基本性能
● 新設計の脱溶媒室により、熱不安定な非共
“AccuTOF TM”の基本性能をTable 2に示す。
有結合性複合体の分析も可能。
感度の規定を、実際のLC-MSとしての使用状
● スプレーヤーのみの交換で、低流量(< 1ul/
況に即した形で行っているのが特長である。
min)での分析への対応も可能。(オプショ
ン:マイクロESIプローブ)
“AccuTOFTM”の特長
といった特長を持つ。
この模式図をFig. 3に示す。
“AccuTOF”本体内の構成をFig. 2に示す。本
LCからの溶離液はスプレーヤーから脱溶媒室
体内は機能別に
(Desolvating Chamber)内へ上から下へ向か
● イオン源
って噴霧される。スプレーヤーには通常
● イオン導入部
+2,000V(正イオンモードの場合)を印加して
● 分析部
あり、これによって噴霧された液滴が正に帯
● 検出系
電する。脱溶媒室は通常、100∼300℃程度に
● データ収集システム
Ion
Source
イオン源
Ion Transport
イオン源導入部
Analyzer
イオン源
加熱されており、この熱で溶媒が蒸発してイ
オンが生成する。脱溶媒を促進するため、脱
溶媒室には脱溶媒ガス(Desolvating Gas)が供
給される。
スプレーが下向きのため、不完全な脱溶媒の
結果残った大きな液滴や、溶離液中の不揮発
性成分はそのまま落下し、微細な液滴とイオ
ンのみがオリフィス1を通して真空中へ取り
込まれる。
オリフィス1とオリフィス2の間の空間(第1領
域)はロータリーポンプ(RP)によって排気さ
れていて、200∼300Pa(約1/300∼1/400気圧)
に保たれている。オリフィス1とオリフィス2
の中心位置は意図的にずらしてある。このた
め、オリフィス1を通過してきた中性の微粒
子・液滴の大部分はオリフィス2を通過する
ことができない。オリフィス1・オリフィス
2・リングレンズ間の相対電圧を適切に設定
することで、イオンのみを効率良くオリフィ
ス2へ導くことができる。
イオン導入部
イオンガイド
オリフィス2を通過したイオンは、高周波イ
オンガイドに入る。イオンガイドはイオン源
Detector
検出系
第3段領域
第2段領域
Data
データ収集
acquisition
システムへ
system
排気速度
排気速度
排気速度
TMP2からの排気
RPへ
Fig. 2
AccuTOF TM全体図
Fig. 4
方式
スプリットフロー形ターボ分子ポンプ
イオンを収束させる力 同時に通過できる
質量電荷比範囲
四重極
強い
狭い
六重極
八重極
Table 3
弱い
各種イオンガイドの特徴
方式
周波数
最高電圧 (peak to peak)
Table 4
Fig. 3
広い
JMS-700, LCmate
四重極
1 MHz
800 V
AccuTOFTM
四重極
3 MHz
2,500 V
従来機種とのイオンガイドの比較
直交形エレクトロスプレーイオン源
日本電子ニュース Vol.34 No.1 29(2002)(29)
で生成したイオンを、高真空(1×10−4Pa)を
必要とする飛行時間形質量分析計へ効率よく
運ぶ役割を担っている。後で述べるように、
このイオンガイドの中でいかにイオンの運動
エネルギーを揃え、収束させるかが、飛行時
間質量分析部で高い分解能と感度を得るため
の鍵であり、極めて重要な部分である。
オリフィス2を通過したイオンはイオンガイ
ド内の高周波電場に捉えられ、イオンガイド
の中心軸へ向かって収束される。一方、オリ
フィス2を通過してくる中性分子(ほとんどが
窒素ガス分子と考えられる)は高周波電場か
ら力を受けないため、イオンガイドの電極の
間から排気される。イオンガイド部分の圧力
がある程度以上(一般に0.1Pa以上)の場合、
イオンは雰囲気の中性分子(∼窒素ガス分子)
と衝突を繰り返して次第に運動エネルギーを
失い、中心軸へ向かって収束されると同時に
軸方向の運動エネルギーも数eVに均質化され
ることが知られている(Collisional Focusing)3、
5)。これは後で述べるように、直交加速飛行時
間 形 質量分析計(Orthogonal Acceleration
Time-of-Flight Mass Spectrometer=oa-TOF
MS)との結合には非常に好都合である。一
方、TOF MS自身は非常に高い真空度に保た
れている必要がある。“AccuTOFTM”ではこの
一見矛盾する要求に応えるため、イオンガイ
ドを2つの真空領域を貫くように配置し、こ
の2つの領域を1台のスプリットフロー形ター
ボ分子ポンプ(Turbo Molecular Pump =
TMP)で排気している。これによって、イオ
ンガイドの前半部はCollisonal Focusingに適し
た、比較的高い圧力に保たれ、後半部はその
約1/100の圧力となっていて、TOF MSとの結
合を容易にしている。
高周波イオンガイドとしては一般に
● 四重極(quadrupole)
● 六重極(hexapole)
● 八重極(octupole)
の3種類が使われている。それぞれの特長を
Table 3にまとめた。
イオンをその中心軸へ収束させる力では四重
極が最も優れており、飛行時間質量分析部で
高い分解能と感度を得るためには有利であ
る。一方、同時に通過できるイオンの質量電
荷比範囲に関しては四重極が最も狭い。これ
は従来形の四重極MS(QMS)や磁場形MSと
組み合わせて使用する場合は問題とはならな
い。従来形の質量分析計では、ある瞬間には
ある一つの質量電荷比のイオンしか検出して
いないため、場(四重極場、磁場など)の掃引
と連動してイオンガイドに印加する高周波の
電圧を変化させることで、全測定質量電荷比
範囲においてイオンの透過効率を最適化する
ことができる。ところが、飛行時間形質量分
析計では、全質量電荷比範囲が同時に測定さ
れるため、イオンガイドは同時に全質量電荷
比範囲のイオンを通過させることが要求され
る。一般に、ある方式のイオンガイドでは高
周波の電圧と周波数を同時に高くすること
で、より広い質量電荷比範囲のイオンを同時
に通過させられることが知られている。
“AccuTOFTM”では、高い質量分解能と感度を
得るため、収束力の強い四重極形のイオンガ
イドを採用した。さらにイオンガイドへ印加
する高周波の周波数を3MHz、最高電圧を
2500V(peak-to-peak)と、従来に比べてそれ
ぞれ約3倍とすることで、同時に広い質量電
荷比範囲のイオンを通過させることを可能と
している。弊社の従来機種のイオンガイドと
の比較をTable 4にまとめた。
イオン集束レンズ
イオンガイドの四重極電極には収束のための
高周波とともに、全電極に同じDC電圧(イオ
ンガイドバイアス電圧)が加えられている。
イオンガイドを通過したイオンは、このバイ
アス電圧とオリフィス(0 [V])との電位差によ
って加速され、オリフィスを通過して分析部
へ導入される。Collisional Focusingの効果に
より、オリフィス通過後のイオンのエネルギ
ーは、イオンガイドバイアス電圧にほぼ等し
いと考えて良い。
オリフィスの背後には集束レンズがあり、イ
オンビームをほぼ平行に整えて、oa-TOF MS
のイオン加速部(後述)に導入する。
能は5程度であった。1955年にはWileyと
McLaren8)がイオン化の位置の拡がりと、イ
オンの初期エネルギーの拡がりを収束させる
手法を開発し、300以上の質量分解能を得た。
この改良により、TOF MSは初めて実用に耐
える分解能を持つことになり、Bendix社から
市販されるに至った9)。1970年代になると、リ
フレクトロン形TOF MS10)が開発され、数千
を超える分解能が得られるようになった。
1980年代末にはDawsonとGuilhaus11)、および
Dodonovら1)によってOrthogonal Acceleration
(直交加速)法が考案され、連続イオン源とTOF
MSの効率良い結合が初めて可能となった。
oa-TOF MS
リフレクトロンの発明により、飛行時間形質
量分析計においても数千の質量分解能を得る
ことができるようになった。Cameronらの装
置から比べると、約1,000倍の改善がなされた
ことになる。しかし、連続イオン源と飛行時
間形質量分析計を接続した場合の、イオンの
利用効率に関する問題は、Dawsonと
Guilhaus 11) 、およびDodonovら 1) によって
Orthogonal Acceleration(直交加速)法が考案
されるまで解決されなかった。
CameronとEggersのTOF MSでは、イオン源
分析部
で生成されたイオンの殆どはChopperで偏向
TM
“AccuTOF ”の分析部は1段式リフレクトロ
されて遮られており、生成されたイオンのご
ン(Single Stage Reflectron)を備えた直交加速
く一部のみがTOF MS内に導入されている。
飛行時間形質量分析計(Orthogonal Acceleration
WileyとMcLarenのTOF MSでは、生成され
Time-of-Flight Mass Spectrometer=oa-TOF MS)
たイオンは、その殆どがTOF MS内を飛行し
TM
である。“AccuTOF ”の分析部の特長を説明
検出器まで到達するが、イオンが生成されて
する前に、TOF MSの歴史と、その基本的な
いる時間そのものが極めて短く、Electron
動作原理を振り返ってみたい。
Gateが閉じられている間にイオン源に導入さ
れた試料分子は全くイオン化の対象とならず
TOF MSの特長
に捨てられていた。これらの装置におけるイ
一般にTOF MSは次のような特長を持つとい
オン、あるいは試料分子の利用効率は0.1% 以
われてきた。
下であったと考えられる。oa法はこの効率を
● 原理上質量測定範囲に上限が無い。
25∼50% へと2桁以上向上させた。
● 極めて短時間
(< 1ms)で全域の質量スペク
まず、“AccuTOFTM”の分析部(Fig. 5)を例に
トルが得られる。
直交加速飛行時間形質量分析計の基本的な構
● イオンの透過率が高く、分析計に導入され
たイオンの大部分が検出器へ到達するので、 造を説明する。
試料はイオン源(Ion Source)で連続的にイオ
高感度である。
ン化され、ほぼ平行なイオンビームに整えら
● 質量と飛行時間との関係が単純であり、質
れ て か ら イ オ ン 加 速 部( O r t h o g o n a l
量校正における系統的誤差が少ない。
Accelerator)の押し出しプレート(Push-out
しかし、これらの特長が、実際に生かされる
Plate)とグリッド1(G1)との間に導入される。
ようになったのは、1990年代以降のことであ
押し出しプレートとグリッド2には、イオン
る。以下、TOF MSの歴史を辿りながら、こ
の飛行を開始させるときに、パルス的にそれ
のような理論的長所がどのようにして具現化
ぞれVpush、Vpullの電圧が与えられる。グリ
されてきたかを見てみたい。
ッド3、および自由空間を囲んでいるシール
TOF MSの歴史
ドには負の高電圧(注:正イオンを分析する
TOF MSは1980年代末のMALDI( Matrix
場合)Vflight-tubeが常時印加されている。リフ
Assisted Laser Desorption/Ionization=マトリ
レクトロン (Reflectron)の終端には正の電圧
ックス支援レーザ脱離イオン化)法の発見と
Vreflectronが常時印加されている。
ともに急速に注目を集めることとなったが、 次に、直交加速飛行時間形質量分析計のイオ
その歴史は、各種の質量分析計の中でも磁場
ン飛行のサイクルについて説明する。
形に次いで古い。TOF MSの考え方は1946年
イオン源(Ion Source)で生成されたイオンが、
にStephens6)によって初めて提案された。そ
イオン加速部(Orthogonal Accelerator)の押
の2年後の1948年には、初めての飛行時間
し出しプレート (Push-out Plate) とグリッド1
(Time-of-Flight) 質量スペクトルがCameronと (G1)との間に導入される(Fig. 6-1)
。この時
Eggers7)により発表されたが、その質量分解
に押し出しプレートの電圧はグリッド1と同
(30)日本電子ニュース Vol.34 No.1 30(2002)
Fig. 5
直交加速飛行時間形質量分析計 (oa-TOF MS)
Fig. 7
TDCによるTOF質量スペクトルの測定
増幅器の出力 : サイクル1
Fig. 9
ヒストグラムメモリ : サイクル1
TDC: サイクル1
増幅器の出力 : サイクル2
ヒストグラムメモリ : サイクル2
Fig. 10 TDC: サイクル2
増幅器の出力 : サイクル3
Fig. 6
oa-TOF MSのイオン飛行サイクル
m/z
10
100
609
1,000
10,000
Table 5
時間(μs)
5.4
7.1
42.3
54.2
171.3
速度(km/s)
378.4
119.7
48.5
37.8
12.0
ヒストグラムメモリ : サイクル3
Fig. 11 TDC: サイクル3
増幅器の出力 : サイクル4
ヒストグラムメモリ : サイクル4
質量数と飛行の時間と速度
モデルスペクトル
Fig. 12 TDC: サイクル4
Fig. 8 モデルスペクトル
日本電子ニュース Vol.34 No.1 31(2002)(31)
じグラウンド電位(0 [V])である。イオン源
の電位はVbeam [V]であるので、イオン源内で
のイオンの初期エネルギーを0と仮定すれば、
これらのイオンのイオン加速部内におけるY
方向の運動エネルギーはVbeam [eV] となる。
続いて、押し出しプレートにVpush、グリッ
ド2にVpullの電圧をパルス的に与える。押し
出しプレート/グリッド1間に居たイオンは、
進行方向(Y方向)とは直交する力を受け、分
析部へと飛行を開始する(Fig. 6-2)
。イオンは
グリッド2を通過すると、グリッド3へ向かっ
てさらに加速され、グリッド3を通過して自
由空間
(Field Free Region)へと飛行して行く。
全てのイオンがグリッド3を通過して自由空
間へ移動したら、押し出しプレートとグリッ
ド2の電位を0 [V] に戻す(Fig. 6-3)
。すると、
押し出しプレートとグリッド1の間の空間は
再度、イオン源からのイオンで満たされ始め
る。その後も、イオンは飛行を続け、同時に
イオン源から新しいイオンは、押し出しプレ
ートとグリッド1の間の空間を満たし、さら
にはみ出してゆく(Fig. 6-3∼5)。この「はみ
出し」
(=無駄)は、Y方向の運動エネルギー
が保存されていることと、イオン加速部と検
出器の間にある程度の距離が必要なことか
ら、ゼロにすることはできない。しかし、こ
れを考慮に入れてもイオンの利用効率は25∼
50% に達し、従来の方法と比べれば2桁以上
の改善となっている。
最も質量電荷比の大きなイオンが検出器に到
達した時点(Fig. 6-6)で、1回の飛行サイクル
が終了し、再度押し出しプレートとグリッド
2へパルス電圧を加えることで、次の飛行サ
イクルが開始される(Fig. 6-2)
。
ところで自由空間内でのイオンの飛行方向
は、イオンの導入方向と完全に直角にはなら
ない。その角度θはFig. 5 にも示した通り、
イオンの導入時のY方向の運動エネルギーと、
それに直交して与えられたX方向の運動エネ
ルギーの比で決定され、
tanθ=
1
q・ −Vfight_tube+ ─ Vpush
2
q・Vbeam
1
−
2
=
1
−Vfight_tube+ ─ Vpush
2
Vbeam
1
−
2
となる。これから、次のことがわかる。
a) 全てのイオンが同じθを持つためには、全
てのイオンがY方向に同じ運動エネルギーを
もって導入されなければならない。
b) イオンの導入エネルギー (Vbeam) を小さく
すると、θは大きくなり、検出器とイオン加
速部の間の距離は近づく。すると、イオンの
飛行サイクルの後半(Fig. 6-5∼6)で、イオン
加速部から「はみ出して」行くイオンの量が減
り、イオンの利用効率が上昇する(=感度が
上昇する)
。
最後に、1段式リフレクトロンを用いたoaTOF MSにおけるイオンの収束について説明
する。Fig. 5、Fig. 6でもわかるとおり、イオ
ン源からのイオンビームはある程度の幅を持
っている。この空間的な拡がりは、Fig. 5の
Focal Plane 1に一旦収束される(空間収束)
。
Focal Plane 1を通過したイオンは1段式リフレ
クトロンの作用で、Focal Plane 2、すなわち検
出器表面に再度収束される(エネルギー収束)。
“AccuTOFTM” の分析部
“AccuTOF TM”の分析部は、すでにFig. 5で示
した通り、2段加速+1段式リフレクトロンと
いう、oa-TOF MSとして最もベーシックでシ
ンプルな構成となっている。高分解能を志向
したリフレクトロンTOF MSとしては、
● 2段加速+2段式リフレクトロン
● 1段加速+2段式リフレクトロン
● 2段加速+1段式リフレクトロン
の3種類があるが、期待されるイオン光学的
特性、イオンの透過率などから総合的に判断
して2段加速+1段式リフレクトロンを選択し
た。2段加速+1段式リフレクトロンを用いた
oa-TOF MSの特性に関しては、弊社の貫名と
加藤が報告12)しているので、参照されたい。
またイオン加速部へのイオン導入のエネルギ
ーについては、27eVとなるようにイオン加速
部・リフレクトロン・検出器の位置関係を設
定した。
イオン導入のエネルギーを小さくすると、イ
オンの利用効率が高くなり、感度が向上する
ことが期待される。しかし、小さくしすぎる
と、押し出しプレート・グリッド1が僅かに
帯電しただけでもイオンビームが偏向される
ため、分解能の長期安定性に問題を生ずる。
実験の結果、分解能の長期安定性のためには、
導入エネルギーは最低でも20eVは必要と判断
し、さらにある程度の余裕をみて27eVとの設
定を得た。
検出器
データ収集システムとしてTDCを使用した場
合、検出系の特性は、最終的に得られる質量
スペクトルの質に殆ど影響を与えない。一方、
データ収集システムとしてADC/連続アベレ
ージャを使用した場合、検出系の特性は得ら
れる質量スペクトルの質(質量分解能、ピー
ク形状、など)に直接影響を与える。
“AccuTOF TM”の検出系はADC/連続アベレー
ジャの使用を前提に、信号の歪を押さえる工
夫がなされている。
検出器
検出器の主な構成要素はマイクロチャンネル
プレート(MCP)とアノードである。
MCPは厚さ約0.6mmのガラス板に、チャンネ
ルと呼ばれる内径約10μmの穴が蜂の巣状に
12μm間隔(チャンネルの中心間距離)で開け
られたものである。MCPの両面は金属でコー
ティングされており、電極となっている。電
極間に電圧を印加すると、チャンネル内に電
場勾配が生じる。この状態でチャンネル内壁
の入力側に近い位置にイオンが衝突すると、
複数の二次電子が放出される。これらの二次
電子はチャンネル内の電場勾配によって加速
され、反対側の壁に衝突して再度二次電子を
放出する。こうして電子はチャンネルの内壁
に何度も衝突しながら出力側へ進んで行き、
結果として指数関数的に増倍された電子流が
(32)日本電子ニュース Vol.34 No.1 32(2002)
取出される。この電子がアノードに捕集され
電気信号となる。MCPの増幅率(入力側に1
つのイオンが入射したときに、出口側から放
出される電子の数)は最高数千である。TOF
MSの検出器としては10 6程度の増幅率が必要
なため、通常MCPを2枚重ねて使用する
(Dual MCP)
。
MCPはTOF MSの検出器として以下のような
長所・短所を有している。
長所
● 平面検出器である。
TOF MSで高い分解能を得るためには検出器
表面は高精度の平面でなくてはならない。
● 大きな面積のものが入手できる。
高いイオンの利用効率(=感度)
が実現できる。
● 応答速度が極めて速い。
イオン1つが入射したときに、出口側から得
られる電子流の時間的拡がりは数百ps(ピコ
秒=10−12秒)以内といわれている。
高い時間分解能(=質量分解能)を得ることが
できる。
短所
● 機械的強度が弱い。
穴だらけのガラスの薄板である。
● 湿気・酸素に弱い。
一度、通常の(湿気を含んだ)
大気にさらすと、
次回通電する前に高真空中で15時間以上放
置・脱ガスさせる必要がある。
このように、TOF MSの性能に関わる特性は
理想に近いものだが、デリケートで扱いが難
しいことが欠点である。
“AccuTOFTM”では有効径40mmの大形MCPを
用いて高い感度を実現している。また、MCP
を、脱ガス不十分な状態で電圧を印加するな
どして誤って損傷することがないように、特に
真空排気系の構成と制御法に配慮している。
データ収集システム
“AccuTOF TM”は、従来からのLC-TOF MSと
比較して広いダイナミックレンジを持ってい
るが、これは、従来からのLC-TOF MSの殆
どがデータ収集システムとしてTDCを採用し
ているのに対して、“AccuTOFTM”が連続アベ
レージャを用いていることによる。ここでは、
TDC、連続アベレージャそれぞれの長所・欠
点を、それぞれの動作原理から説明し、その
上で “AccuTOF TM”がいかにして連続アベレ
ージャの欠点をカバーし長所を引き出してい
るかを述べる。
oa-TOF MS用データ収集システム
データ収集システムは、検出器からの電気信
号をデジタル化してデータシステムで扱える
形に整え、データシステムへ転送する。oaTOF MSのデータ収集システムに対する要求
は極めて厳しい。
● 極めて高い時間分解能を持つこと。
“AccuTOFTM”においてレセルピンのプロトン
付加分子イオン(m/z 609.28)で質量分解能
6,000(半値幅)が得られたとき、そのピークの
増幅器の出力 : サイクル5
ヒストグラムメモリ : サイクル5
Fig. 13 TDC: サイクル5
サイクル1
Fig. 14
サイクル2
連続アベレージャによるTOF質量スペクトルの測定
ダイナミック
レンジ
イオン強度軸の
正確さ
TDC
連続アベレージャ
1飛行サイクルから得られる結果は
1/0の2値
● 1秒間のスペクトル積算(約17,000
回)で縦軸の最大値は約17,000
1飛行サイクルから得られる結果は
0∼255
統計的補正(デッドタイム補正)が 統計的補正は本質的に不要
不可欠
● 補正パラメータの正確さが最終結
果の正確さを決める
● 同一時刻に2つ以上のイオンが検出
された場合は、補正できない
● このため、直線性が保証できる縦
軸の値は、最大値の1/2∼1/4程度
まで
サイクル3
時間計測精度
質量測定精度
計測精度(時間分解能)の高いもの
が製作しやすい
● 市販品では0.25nsのものが
入手可能
時間計測精度(時間分解能)はTDC
に劣る
● “AccuTOF TM”の現状で0.5ns
統計的補正は本質的に不要
実際の質量測定精度はデッドタイム
補正(統計的補正)パラメータの正
確さに依存
サイクル4
質量分解能
検出器・増幅器などの応答性の影響 検出器・増幅器などの応答性の影響
を受けないため、高い値が得られる を受けるため、同じイオン光学系で
はTDCで測定した値より必ず低くなる
“AccuTOFTM”では実効飛行距離を
2mとした
サイクル5
検出系での信号の歪、電気的ノイズ 検出系での信号の歪、電気的ノイズ
検出器・増幅器 など、検出系
などは、弁別器(Discriminator)の閾 などが直接、スペクトルの質に影響
からの影響
値以下であれば最終的に得られるス する
“AccuTOFTM”では高品質の検出系
ペクトルに全く影響しない
を全面的に自社開発
高イオン透過率のイオンガイドで
十分な感度を確保
Fig. 15
連続アベレージャにおけるTOF質量スペク
トルの積算
アプリケーション
Table 6
微弱なイオンを長時間に渡って積算 積算時間が限られていても1スペク
トル内のダイナミックレンジが広い
する場合に有利
● nanoESI/MS/MSなど?
● Fast LC-MS, CZE-MSなどに対応
TDC vs 連続アベレージャ
日本電子ニュース Vol.34 No.1 33(2002)(33)
からの信号は増幅器(Amp.)で増幅された後、
弁別器(Discriminator)へ入る。弁別器ではあ
る閾値以上のパルスのみが選別され、一定の
高さ・幅のパルスへ整形される。整形された
パルスはTDCのストップ入力(Stop Input)
へ送られる。TDCはスタートパルスから各ス
トップパルス(複数)までの時間を計測し、そ
のリストをヒストグラムメモリ(Histogram
Memory) へ送る。1回の飛行サイクルで得ら
● データを連続して収集できること。
れる、このリストの大きさ(行数)は、その飛
Fig. 6でわかる通り、1回のイオン飛行分のデ
行サイクルで検出されたイオンの数に等し
ータ収集が完了すると(Fig. 6-6)
、間髪を入れ
い。ヒストグラムメモリでは、通常、数千∼
ずに次のイオン飛行分のデータ収集を開始す
数万サイクル分のデータが積算され、これが
る必要がある(Fig. 6-2)
。この間で時間が経過
1つの飛行時間スペクトルとしてデータシス
すると、イオンの利用効率が下がり(押し出
テムへ送られる。
しプレートとグリッド1の間を通過して、も
TDCは時間の計測手段であり、従って、1回
れて行くイオンの量が増え)感度が低下する。
の飛行サイクルでヒストグラムメモリへ蓄積
● リアルタイムでスペクトルを積算できること。
されるスペクトルの縦軸は1/0の2値のみであ
Table. 5に“AccuTOFTM”の有効加速電圧とイ
る。このため、TDCには、
オンの飛行距離に対して計算されたイオンの
A) 1回の飛行サイクルで、同じ時刻に2つ以上
飛行速度と時間を示す。1回のイオン飛行は
のイオンが検出器に到達した場合でも、1
200μs以内で終わる。仮に、必要な質量電荷
個としかカウントされない
比範囲を1000に限れば、1回のイオン飛行は55
B) 2つのイオンが、ある時間間隔以内に続け
μsとなり、1秒間に約18,000回、イオンを飛
て検出器に到達した場合、後のイオンは
行させることができる。しかし1秒間に18,000
TDCにはカウントされない(Dead Time
の独立したスペクトルを得ることは意味がな
Loss)という大きな問題がある。これらに
い。1回のイオン飛行から得られるスペクト
ついて、具体的に模式的な例で説明する。
ルは、イオン源で1/18,000秒間に生成された、
Fig. 8に モ デ ル ス ペ ク ト ル を 示 す 。
わずかなイオンからのものであるためSN比は
“AccuTOF TM”でレセルピンを測定したと
非常に悪く、解析に耐えるものではない。ま
きの、プロトン付加イオン(m/z 609.3)と、
た、1秒間に18,000個のスペクトルをハードデ
その同位体ピーク(m/z 610.3)の付近を拡
ィスク上に記録することは、データ転送速度
大したものを想定している。横軸の1目盛
の関係からは全く不可能であり、データ容量
は1nsであり、2つのピークの間隔は33nsで
の点からも非現実的である。このため、デー
ある。
タ収集システムはこれらのスペクトルをユー
1回目の飛行サイクルでの増幅器からの出力
ザが指定した時間分積算してから、データシ
と、その直後のヒストグラムメモリーの内容
ステムへ渡す必要がある。
をFig. 9に示す。増幅器からの出力波形で、
このような基本的要求を満たすデータ収集シ
本来のピークの後に小さな「子供」が居るが、
ステムとして、
これは検出器、および増幅器内での信号の歪
A) TDC(Time-to-Digital Converter =時間デ (リンギングなど)をモデル化したものである。
ジタル変換器)
弁別器の閾値は5mVを想定している。従って、
B) 連続アベレージャ(Continuous Averager)
この検出器・増幅器内での歪は結果には全く
(Digital Signal Averager (DSA), Integrating
影響を与えていない。サイクル4での増幅器
Transient Recorder (ITR) などと呼ばれる
からの出力を見ると、20mVと、サイクル3ま
こともある。
)の2種類がある。
での約2倍となっている。これは、同じ時刻
に2つのレセルピンイオンが同時に検出器に
TDC(Time-to-Digital Converter=時間デ
到達したものと予想されるが、この場合でも
ジタル変換器)
ヒストグラムメモリには“1”しか加算されな
TDCは元々、高エネルギー物理の実験で、高
い。
エネルギー粒子の飛行速度を、2点間を粒子
サイクル5での増幅器からの出力を見ると、2
が飛行するのに要する時間(Time-of-Flight)
つのピークが4ns間隔で並んでいる。これは、
を計測することで求めるために用いられてき
初期エネルギー、あるいは初期位置の異なる
たもので、一種の超高速ストップウォッチで
2つのレセルピンイオンが、完全に時間収束
ある。TDCによるTOF質量スペクトルの測定
されず、少しずれて検出器に到達したものと
の原理をFig. 7に示す。
予想される。TDCはデッドタイムのため、後
イオン飛行のサイクルを開始させる一定周期
ろのイオンを検出できていない。
(図中の例では59μs周期;これは実際に
TDCのDead Time Lossは、質量スペクトルピ
“AccuTOF TM”でm/z 1,000までを測定する際
ークの強度軸(高さ・面積)だけでなく、ピー
の周期である)のパルスが、押し出しプレー
クの位置、すなわち質量測定精度にも影響を
ト/グリッド2への電圧パルスを発生させる回
及ぼす。すなわち、Dead Timeの期間内に2つ
路(High Voltage Pulser)と、TDCのスタート
のイオンが検出器に到達した場合、必ず後の
入力(Start Input)へ入力されている。検出器
イオンが検出されないため、ピークの位置が
時間半値幅は3.5nsである。ピークの位置(=
飛行時間=質量数)を最大限正確に求めるに
は、ピークの半値幅に対してデータ点が10点
程度あることが望ましいとされている。従っ
て “AccuTOF TM”のデータ収集システムとし
ては、時間分解能は350ps 程度あることが理
想である。これは、光が10.5cm進む時間に相
当する。
(34)日本電子ニュース Vol.34 No.1 34(2002)
左(飛行時間:短、質量数:低)
にシフトする。
これは、精密質量数を測定しようとした場合
に大きな問題になる“AccuTOFTM”で、レセル
ピンの質量数を誤差5ppm以内で測定しようと
した場合、ピークの飛行時間を0.1ns以内の確
度で決定する必要がある。
TDCのDead Time Lossに関しては、統計的に
補正が可能であることが知られている13、14) が、
補正の根拠となるパラメータに誤りがあれ
ば、当然誤った結果を与えることになる。ま
た、実際のDead Timeは単純な「時間」の数値
1つではなく、複雑な確率分布関数であるこ
とが報告されている13)。これはDead Time関
数が、検出器、弁別器、TDCのそれぞれの特
性からの複合要因で決まるためだと考えられ
る13)。TDCを使用した場合、実際の使用状況
下でのDead Time関数をいかに正確に求めら
れるかが、正確な結果を得るための鍵である。
一方、イオンの量がさらに増え、同じ時刻に
複数のイオンが検出器に到達するようになっ
た場合(上記模式例のサイクル4)の場合は、
補正の手段は無い。
連続アベレージャ
連続アベレージャによるTOF質量スペクトル
の測定の原理をFig. 14に示す。連続アベレー
ジャでは、増幅器(Amp.)からの信号は8bitの
高速アナログデジタル変換器(Analog-toDigital Converter =ADC)で0∼255(= 28 -1)の
デジタル値に変換され、これがSumming
Memoryの中で加算されていく。TDCの場合、
TDCからヒストグラムメモリへ送られる情報
量が、1サイクルに検出されたイオンの数に
比例しており、比較的少ない。これに対して、
連続アベレージャの場合、ADCから加算回路
(Adder)へ送られる情報量は、検出されるイオ
ンの数とは無関係に1スペクトル上のデータ
点数に比例した膨大なものとなる。例えば
ADCのサンプリング間隔が 2ns(サンプリン
グ周波数が500MHz)の場合、この情報の流れ
は500Mbyte/secとなる。このため、時間計測
精度の高い(=サンプリング間隔が短い=サ
ンプリング周波数が高い)連続アベレージャ
は、デジタル回路技術が進歩するまで実現さ
れなかった。
連続アベレージャにおける、質量スペクトル
の積算の模式例をFig. 15に示す。増幅器から
の信号は、前出のTDCの例(Fig. 9∼Fig. 13)
と同じである。サイクル5で得られたスペク
トルを、TDCのそれ(Fig. 13)と比較すると、
● 検出器・増幅器内での信号の歪がそのまま
積算結果にあらわれている
● 検出器・増幅器からの信号の幅がそのまま
積算結果にあらあれており、見かけの分解
能はTDCで得たスペクトルより低い。
ことがわかる。
TDC vs 連続アベレージャ
TDC、連続アベレージャそれぞれの長所・弱
点、および連続アベレージャの弱点に対する
“AccuTOF TM”での対応についてTable 6にま
とめた。
ススペクトルを、Table 8にエリスロマイシ
ンの精密質量計算結果(内部標準物質:レセ
ル ビ ン )を 示 す 。 5 回 の 測 定 の 平 均 誤 差 が
1mmu(1.3ppm)以下の精度で測定できた。
ダイナミックレンジ
“AccuTOFTM”の特長を示すデータとして、試
料に10 pg∼100 ngレセルピンを用い、ダイナ
ミックレンジを検証した。レセルピン
(M+H)+m/z 609のマスクロマトグラムの面
積値から検量線を求めた(Table 7、Fig. 16)
。
測定条件
● LC/MS分析
● 移動相溶媒
: A:水(0.1 %酢酸)B: MeOH
: 0.2 ml/min
● カラム : Mightysil 2.0mm
(I.D.)×50mm
(length)
(関東化学)
● グラジエント:20-100%:B
(5min liner gradient)
● サンプル濃度、注入量 : 1ppb∼10 ppm
試料を10 μL
● 流速
マスクロマトグラム面積値から検量線を作成
し相関係数を求めた結果、R=0.9998と良好な
直線性が得られた。
参考文献
おわりに
本稿では“AccuTOFTM”の特長とともに、その
中心となっているTOF MSの原理・歴史、お
よび “AccuTOF TM”の最も大きな特長となっ
ているデータ収集システムについて従来から
のTDC法との比較などについても合わせて紹
介した。
“AccuTOF TM”は、従来からのLC-TOF MSの
特長である高感度・高分解能・高質量精度に
加えて、広いダイナミックレンジと高い耐久
性を兼ね備えたWork Horseである。TOF MS
ということを特に意識せずに、日々のルーチ
ン分析にも遠慮せずに使っていただける、
「敷居の低い」装置として皆様のお役に立て
れば幸いである。
精密質量測定(一点補正)
内部標準物質にレセルピン、未知試料として
エリスロマイシンを用いて5回測定を行った。
測定条件
● 試料導入法
フローインジェクション法
● 移動相溶媒 メタノール
● 流速 0.2 mL/min
● 試料濃度 各0.5 ppm
● 試料溶液 10 μL
Fig. 17にレセルビン、エリスロマイシンのマ
サンプル量 (pg)
10
100
1000
10000
100000
Table 7
謝辞
本装置は、経済産業省の産業科学技術研究開
発制度の一環として、NEDOより委託を受け
て開発し、商品化したものです。
委託研究実施にあたり、お世話になった経済
産業省、NEDO(新エネルギー・産業技術総
合開発機構)、バイオテクノロジー開発技術
研究組合に深く感謝いたします
面積
838
6587
56015
553844
6507358
試料量とクロマト面積値
Fig. 17
レセルピン、エリスロマイシンのスペクトル
理論値
734.46906
Fig. 16
1. A. F. Dodonov, I. V. Chernushevich and V. V.
Laiko, Proceeding of 12th International Mass
Spectrometry Conference, 26-30 August 1991,
Amsterdam, Netherlands. p. 153
2. A. N. Verentchikov, W. Ens, K. G. Standing,
Anal. Chem., 66, 126-133 (1994)
3. A. N. Krutchinsky, I. V. Chernushevich, V. L.
Spicer, W. Ens, K. G. Standing, J. Am. Soc.
Mass Spectrom, 9, 569-579 (1998)
4. A. Dodonov, V. Kozlovsky, A. Loboda, V.
Raznikov, I. Sulimenkov, A. Tolmachev, A.
Kraft and H. Wollnik, Rapid Comm. Mass
Spectrom., 11, 1649 (1997)
5. D. J. Douglas, J. B. French, J. Am. Soc. Mass
Spectrom., 3, 398-408 (1992)
6. W. E. Stephens, Phys. Rev., 69, 691 (1946)
7. A. E. Cameron, D. F. Eggers, Jr., Rev. Sci.
Instrum., 19, 605 (1948)
8. W. C. Wiley and I. H. McLaren, Rev. Sci.
Instrum., 26, 1150 (1955)
9. W. C. Wiley, Science, 124, 817 (1956)
10. B. A. Mamyrin, V. I. Karataev, D. V. Shmikk
and V. A. Aagulin, Sov. Phys. JETP, 37, 45
(1973)
11. J. H. J. Dawson and M. Guilhaus, Rapid
Commun. Mass Spectrom., 3, 155 (1989)
12. Y. Kammei, H. Kato, J. Mass Spectrom. Soc.
Jpn., 48, 395-400 (2000), in Japanese
13. T. Stephan, J. Zehnpfenning and A.
Benninghoven, J. Vac. Sci. Technol. A 12, 405
(1994)
14. D. A. Gedcke, Application Note No. 57,
PerkinElmer Instruments ORTEC Products
レセルピンの検量線(10pg∼100ng)
Table 8
実測値
734.47000
734.47001
734.46990
734.46993
734.46994
RMS
誤差 (mmu)
0.94
0.95
0.84
0.87
0.88
0.90
誤差 (ppm)
1.28
1.30
1.14
1.19
1.20
1.22
精密質量計算結果(5回測定)
日本電子ニュース Vol.34 No.1 35(2002)(35)
走査電子顕微鏡とエネルギー分散形X線分析装置に
よる藻類と藻類フロックの観察
今野 弘†、鈴木武雄††、水尻真人†、柏倉秀晴†
†
東北工業大学土木工学科
日本電子(株)電子光学機器技術本部
††
SEMとEDSで藻類およびフロック、塩素処理の効果などを観察した。その結果、ポリ-L-リシンを用いてSEM
ポアフィルター上に粘着性を持たせると藻類フロックなどの試料を良く保持できる、藻類の培養日数による形
状変化等は明確ではないが、塩素処理するとニッチア(Nitzschia)は先端部や中央部に亀裂が発生し、全体的に
表面が破壊される状態がよく観察できる、硫酸アルミニウムと塩化第二鉄の二種類の凝集剤のフロックは、懸
濁性の水酸化物に取り込まれ、炭素、酸素の他に凝集剤のAl
(あるいはFe)、珪藻そのものと水中のシリカ
(Si)
および水中のリン
(P)などの集合体となる、ことなどが明らかになった。
しかし水中無機物より複雑で、さらに未知の
胞が破壊されていくのか、また増殖時期での
分野を拡大しつつある水中生物に係わるアセ
珪藻類の形態変化についても検討した結果に
人間は多くの水を利用し、その量を次第に増
スメントとマネジメントは依然として深刻で
ついて報告する。
加させてきた。水の持つ能力を引き出してき
ある。水中プランクトンは、人類よりも以前
たともいえる。その意味では水の利用価値を
に水中に存在し、水利用する人類とは共存で
高めたことになるが、人間が利用した水は、
きていたはずである。しかし水中のプランク
藻類の培養および実験条件と試料
の作成方法
無限に続く水循環のサイクルの中の一瞬でし
トンは臭い、毒物を生産するに至った。自然
かない。人間は自然界の水を一時期借りて利
藻類の培養および実験条件
界における生存競争の結果に起因するかどう
用するわけで、人間が社会活動の中で、水の
中にエントロピーを廃棄する1)ことを止める
かは、生物学的な研究で次第に明らかになる
ことができなければ、水、特に水質を再生す
そのメカニズムの解明と関連技術の開発が待
ることが人間に求められることになる。ここ
たれる。
はじめに
と思うが、これらは一種のリスクと考えられ、
藻類は宮城県釜房湖からプランクトンネット
で採取した。それを遠心分離機で濃縮し、寒
天培地で単離した。単離培養に供したのは、
珪藻類のニッチア(Nitzschia)であり、培地は
EDTAを除いたBG-11培地を用いた。培養条
に廃水処理の必要性が生まれ、水利用するた
水道水源が富栄養化現象を呈した場合、藻類
めの浄水処理の技術が求められることにな
る。
の存在が浄水処理に大きな影響を及ぼしてい
る。凝集阻害2∼7)や異臭味障害、濾過閉塞8∼
人間活動によって増加し、廃棄されたエント
15)
ロピーは、直接的にあるいは、副次的に、水
ハロメタン(THM)の生成などである。藻類
中に多くの種類と濃度、懸濁物質と溶解性物
は凝集処理がしにくいために前処理として塩
質、そして有機物や生物、毒物やウィルス、
素処理を施すことが多いが、THMの生成との
さらに分子レベルのものまで多くのものを存
関係でその処理は制約をうけている。塩素処
在せしめた。最近では環境計測技術の発展に
理により藻類の沈降性が改善されるという報
伴って、複合化された従来未知のものあるい
告があるものの凝集性の改善については疑問
は自然界には存在しない人工物質の汚染が急
視されている。一方で塩素処理された藻類は
試料作成方法
t-ブチルアルコール凍結乾燥法
速に注目されてきている。
どのように変化するのかという報告例はな
液化炭素ガスを用いて、およそ100気圧下で行
水環境の保全および合理的浄水処理の研究の
い。また藻類フロックの生成についてアルミ
う臨界点乾燥法に対して、通常の凍結乾燥法
基本的背景はここにある。これらの課題はリ
系凝集剤と鉄系凝集剤の比較実験によれば、
は溶液を含んだ試料を液体窒素等で凍結した
スクアセスメントおよびリスクマネジメント
アルミ系凝集剤が優れていると報告されてい
の一部である。モニタリングを継続して発生
る。
のち、極低温(80K∼190K)を保ちながら高
真空下(10-4Pa以下)で数時間∼数10時間放置
源や量を把握する一方で、廃水処理や浄水技
このような背景から、本報告では二種の凝集
剤が作る藻類フロックを走査電子顕微鏡
(SEM:
するので時間がかかり、また凍結時の氷晶に
術を駆使して水環境の保全および水利用を継
続する。
Scanninng Electron Microscope)とエネルギー
チルアルコール凍結乾燥法は、t-ブチルアル
分散形X線分析装置(EDS: Energy Dispersive
コールの凍結温度が高いので、比較的室温に
X-ray Spectrometer)を使用して、珪藻類の
近い温度下で短時間に乾燥できる方法として
凝集現象のメカニズムについて検討した。ま
一般的になってきた。
た塩素処理をした際に珪藻類はどのように細
固定、脱水した試料をt-ブチルアルコールに
〒982-8577 仙台市太白区八木山香澄町
35-1
†
E-mail: [email protected]
†
、毒性物質、溶解性金属の残留3)、9)やトリ
(36)日本電子ニュース Vol.34 No.1 36(2002)
件は18℃、2000Lx7)である。藻類フロックに
ついて検討するにあたり使用した凝集剤は、
アルミ系凝集剤として硫酸アルミニウム、鉄
系凝集剤として塩化第二鉄である。凝集条件
は、pH7.0、アルカリ度50mg/L、凝集剤はア
ルミと鉄の各濃度で12mg/Lである。なお原
水の塩素要求量は0.2mg/Lであった。
よる障害を受けることもある。しかし、t-ブ
Table 1
SEM用試料の作成方法および手順
ピペット
試料懸濁液
1 SEMポアフィルターを注射器にセットする
個数濃度 (n/mL)
2 フィルターの上に(0.1 w/v%)ポリ-L-リシン
を全面に落とし込み、フィルター上で1分間放
SEM pore
注射器
置する
3 1分間放置後(0.1 w/v%)ポリ-L-リシンを吸わ
せて2分間放置する
SEM poreの外
観
4 SEMポアフィルターの上にサンプルを載せて、
余分なものを吸い取る
5 蒸留水でSEMポアフィルターを洗浄する
6 t-ブチルアルコールをSEMポアフィルター上に
培養日数 (d)
流し込む
注射器による濾過
Fig. 1 セムポア(SEM pore)フィルターと試料
の採取
7 SEMポアフィルターをのせたまま放置する
Fig. 2 ニッチアの増殖曲線
8 SEMポアフィルターを注射器から取り出す
9 専用サンプル台に取り付けて、凍結乾燥させる
置換し、凍結乾燥装置の試料ステージに置き、
じられる。しかし、この種の珪藻類の細胞分
察を行った。
ステージ温度を5℃位まで冷やす(または冷
裂は弁当箱の上下が入れ子のように分かれて
珪藻類ニッチアと培養日数による
形状等の変化
発生するし、その前に細胞核などが分かれる
昇華が終わり、圧力が急激に下がりはじめた
本研究では、日本電子社製の低真空走査電子
は限らないと考えられる。
らステージ温度も室温に戻した後、大気圧に
顕微鏡(LV-SEM)を使用した。これは液体窒
またSEMによる藻類観察において今回単離で
すると乾燥した試料ができ上がる。
素で凍結乾燥させた試料をSEMにセットし、
きたニッチアのサイズは20∼30μmであるこ
低真空で水分を昇華させるだけで複雑な前処
とがわかったが、各増殖時期のニッチアを、
理なしで、白金コーティングせずに観察がで
形状やその他で特徴付けることはできなかっ
きる。
た。
蔵庫内に数十分放置してもよい)
。t-ブチルア
ルコールが凍結したら真空ポンプで排水し、
凍結したt-ブチルアルコールを昇華させる。
セムポア
液体中に浮遊する粒子をフィルターでろ過し
て捕捉する。この目的には、SEM試料載せ台
のセムポアが利用できる。セムポアはポリカ
ーボネートのミリポアフィルター(厚さ10μ
と言われているので、細胞核が良く観察され
るかどうかで藻類の生物活性が評価されると
Fig. 2に、珪藻類ニッチアの増殖曲線を示し
た。ニッチアは培養開始一週間程度で増殖が
塩素処理による珪藻の形状等の変化
著しい対数増殖期に至り、やがて個数濃度が
一定となる定常期に達し、四週間を迎える頃
本研究で、通常のニッチアに塩素処理を行い、
には個数濃度の減じる死滅期に至る。
藻類がどのように形状変化をするのかを観察
珪藻類ニッチアを培養の経過日数ごとにSEM
した。塩素には次亜塩素酸ナトリウム液を使
で観察した結果について、Fig. 3aからFig. 3g
用した。塩素注入にあたっての試料作成は、
に示した。ニッチアの形状などに明確な変化
通常の試料作成の工程で試料をセムポアフィ
があるとはいえないが、全体的に培養時期ご
ルターにのせた後に、表面を乾燥させないよ
とに珪藻類ニッチアの細胞核のような部分的
うにしながら、フィルター上に塩素を注入す
に濃密に見える部分が明確にみえる場合とそ
る。このときに塩素濃度は10mg/Lである。
うでない場合がある。培養日数による特別の
試料は乾燥を避けながら60分間放置。放置の
SEM用の試料の作成手順をTable 1に示した。
変化は、写真上からは判断できなかった。
際フィルター上は塩素で満ちた状態にしてお
まずセムポアフィルターに注射器をセット
珪藻類ニッチアの経過日数10日に撮影した
いた。その後通常の試料作成と同様に洗浄を
し、試料を固定させ、フィルターの上に粘着
Fig. 4aをX線分析装置EDSで解析した結果、
行い、凍結乾燥をして低真空観察を行った。
性を保たせるために、ポリ-L-リシン
4b、4cに例として示した。ニッチアの表面の
Fig. 3aは、培養を始めて5日目の針状珪藻のニ
材質は、珪藻類はそれ特有のシリカ質で覆わ
ッチアで、これを標準の形として塩素処理す
これを使用しないと凝集剤を注入して作成し
れているということがわかる。この時期は細
ることでどのように形状変化するかを観察し
た藻類フロックの観察をする際、試料室内の
胞内が凝縮したかのように、写真上で白く見
た。
真空作動時に試料が空中に飛散して観察に支
える部分が多いようであった。それをEDSに
その結果をFig. 5aから5eに示した。塩素を注
障が起きていた。
より元素分布を解析するとリン分布であるこ
入することにより、先端部、中央部に亀裂が
その後セムポアフィルター上に試料を載せ
とが強く示唆された。したがってその部分は
発生し、通常のニッチアと大きく異なってい
て、水分を吸い取る。次に蒸留水を滴下して
リンの集合体部分であると仮定すると、細胞
ることが明確になった。したがって塩素処理
セムポアフィルターで試料の洗浄を行い、t-
核のような部分と特定できると考えられる。
した後の珪藻類は、細胞は破壊され、その後
ブチルアルコールをセムポアフィルター上に
この部分はそれぞれの培養日数に応じて、そ
あるいは同時にガラス質も破砕されてもとも
流し込み試料に浸す。以上の工程が終了した
れが多く観測される場合には藻類の活性が高
との形状をなさなくなって、たとえ細胞が破
ならば、セムポアフィルターを注射器から取
く、細胞分裂が盛んに行われるが、細胞核が
壊された後に殻が残っていたとしてもある程
り外し、専用試料台に取り付けて液体窒素で
あまり明確に見えない藻類が多くなってくる
度の時間が経過すれば、珪藻とは判断できな
凍結乾燥させる。凍結乾燥後に15秒以内に
と活性が低下して、個数濃度が増加せず、珪
い状態になっていると考えられる。つまり、
SEMにセットし、低真空(LV)モードにて観
藻の殻だけのものが多くなってくるように感
塩素処理後は珪藻といえどもガラス質など殻
m、孔径0.6μm)を硬質の導電性樹脂枠で支
持したもので、ろ過は注射器に取り付けて吸
引する。ごく短時間に液体中の粒子を確実に
捕捉できる。また、試料ホルダーへのマウン
トも専用アダプターが用意されているので、
利用すれば簡単にできる(Fig. 1)
。
SEM用試料の作成
(0.1w/v%)を吸わせて2分間放置した。
日本電子ニュース Vol.34 No.1 37(2002)(37)
a
b
c
d
e
f
(a) ニッチア(培養期間:5d)
。ニッチアを上下面である殻面から見た状況。
(b) ニッチア(培養期間:5d)
。(a)のニッチアを拡大した写真で、ニッチア独特の片方一
列の白い点と、そこから横断方向に走る二列の線とその内部にその線と直交する縦
断方向の線列が見える。
(c) ニッチア(培養期間:14d)
。14日の培養期間のニッチアで、細胞核のようなものが
殻面を通して明確に視認できる。
(d) ニッチア(培養期間:14d)。上方がニッチアの側面である殻環面であり、よくみる
と中央付近にいずれ二つに分裂する際の縦断方向の合わせ面がみえる。下方はいま
までのニッチアのように殻面を示し、殻面は両端部がくびれているが、殻環面は長
方形状である。
(e) ニッチア(培養期間:14d)。殻面を示しているが、下側に細胞分裂するもう一つの
ニッチアが見える。
(f) ニ ッ チ ア( 培 養 期 間 : 1 6 d )。 倍 率 を 下 げ て 多 く の ニ ッ チ ア を 見 た と こ ろ
中にはまさに細胞分裂しているニッチアもみえる。
(g) ニッチア(培養期間:22d)。これも殻面であるが、上下に分裂する直前のようであ
る。
g
Fig. 3
各培養期間におけるニッチアのSEM写真
a
b
c
(a) ニッチアの殻環面を示しているが、写真上でニッチア本体と白く見えるものがどのような元素なのかを検討する。
(b) シリカ分布。EDSをかけると写真上の元素で卓越的に表れているのは、炭素、酸素の他にシリカ、リンなどが高く検出された。こ
の写真はシリカ分布を示したもので、ニッチア表面の材質は珪藻特有のシリカ質で覆われていることがわかる。
(c) リン分布。この写真はリン分布を示したもので、白く丸くなっている部分にリンが集合していることから、この白い部分に珪藻の
細胞核など中心部があるものと考えられる。
Fig. 4
ニッチア単位のEDS解析図
(38)日本電子ニュース Vol.34 No.1 38(2002)
も相当程度破壊されてしまい、珪藻の形態を
示されて黒→青→緑→黄色→赤→白の順に色
が表示され、これによると炭素、酸素の他に
残さないと判断しても良いと考えられる。
が変化し、元素成分が多く含まれている所が
シリカ、リン、鉄、カルシウムが高く検出さ
わかるようになっている元素マップがある。
れる。Fig. 9にフロックのSEM写真とこれら
藻類フロックの観察
EDS解析によると、SEM写真上の元素で卓越
一連の元素(シリカ、鉄、リン)マップから、
アルミ系凝集剤の場合
的に表れているのは、炭素(C)、酸素(O)の他
水酸化第二鉄フロックに珪藻のニッチアが数
にアルミニウム、シリカ、リンなどであること
多く取り込まれて、強そうなフロックが形成
がわかる。
されていること、リンは水酸化第二鉄フロッ
Fig. 7aはSEM写真で、その元素マップがそれ
クにも強く吸着されてやはり共沈するであろ
ぞれシリカ、アルミ、リン成分を示している。
うこと、など硫酸アルミニウムフロックと同
写真上で白さが強いほどその元素成分が多い
様のことが明らかになった。
凝集条件は前述のように、pH7.0、アルカリ度
50mg/L、凝集剤は硫酸アルミニウムでアル
ミニウム濃度として12mg/L注入し、ジャーテ
スターで急速攪拌2分、次いで緩速攪拌15分を
経て形成されたフロックをTable 1のように前
準備して観察した。
Fig. 6は硫酸アルミニウムフロックのSEM写
真である。珪藻ニッチアのいくつかが白っぽ
い懸濁性のものに取り込まれている様子がわ
かる。20∼30μm程度のニッチアが集合して
フロックを形成している様子がよくわかる。
写真全体の大きさは200×300μm程度である
が、フロックはこれよりはるかに大きく見え
る。
ことを示しているが、Fig. 7bではニッチアは
おわりに
当然シリカ分が多いが、フロック部分にもシ
リカ成分が吸着されているように見られる。
SEMとEDSで藻類およびフロック、塩素処
これは培地成分に含まれたSi成分と考えられ
理の効果などを観察した。その結果、
る。Fig. 7cのアルミニウムとFig. 7dのリン分
1)SEM観察の際、ポリ-L-リシンを用いて
布を比較するとほぼ同様の位置に分布が多
SEMポアフィルター上に粘着性を持たせ
く、Fig. 7aの白い部分は水酸化アルミニウム
ると藻類フロックなどの試料を良く保持で
成分であり、培地中のリンがそれに吸着され
きること、
た現象で、リン成分がフロックに吸着されて
2)塩素処理すると、ニッチアは先端部や中央
共沈することはよく知られているが、その共
これをエネルギー分散形X線分析装置(EDS)
部に亀裂が発生し、全体的に細胞が破壊さ
沈を示すよい証左といえる。
れ、殻面および殻環面の両側の表面が破壊
で解析した。EDSでは、試料面で発生したX
線を半導体検出器で検出して電気信号に変え
て測定でき、SEM画像をもとにして画面全体
される状態がよく観察できたこと、
鉄系凝集剤の場合
3)硫酸アルミニウムと塩化第二鉄の二種類の
の元素成分をX線を使用して解析する。元素
Fig. 8は塩化第二鉄フロックのSEM写真であ
分布表示には、それぞれの元素がカウントさ
る。硫酸アルミニウムと同様に懸濁性の成分
取り込まれ、炭素、酸素の他に凝集剤のAL
れたところがピークとなって表示される元素
に取り込まれた多数の珪藻ニッチアがフロッ
(あるいはFe)、珪藻そのものと水中のシ
分布、それらを各元素ごとに分けて元素マッ
クを構成している状態とまず推察できる。こ
リカ、および水中のリンなどの集合体とな
ピングによりカウントされた元素をカラー表
の写真をEDS分析すると同じく卓越的な元素
るが、その様子がよく観察できたこと、
a
b
d
e
(a)
(b)
(c)
(d)
(e)
Fig. 5
凝集剤のフロックは、懸濁性の水酸化物に
c
細胞が破壊され、殻面も壊れている状態がよくわかる。
細胞が破壊され、殻環面方向に破壊されている様子。
ガラス質の殻面に亀裂が入っている状況。
ガラス質の殻面の横断方向に亀裂が入っている状況。
殻環面の縦断方向に亀裂が入っている状況。
塩素処理後のニッチアの破壊状況
日本電子ニュース Vol.34 No.1 39(2002)(39)
などが明らかになり、藻類の凝集処理および
Interactin between NOM and Al and Fe,
treatment, Proceedings of the Japanese-
塩素処理に対してメカニズムの解明に大きく
AWWA Annu. Conf. pp. 403-412, 1997
German Workshop on Waste Water and
寄与できた。今後この種の手法が現象の解明
3. 岡本亮:鉄系凝集剤における溶解性鉄成
に大きく貢献できることを示せたわけで、今
分の残留性と凝集阻害に関する研究,東北
後この種の検討を進めていきたい。
工業大学修士論文、2001
4. Bernhardt, H., Schell, H.,Hoyer, O.:
Influence of algogenic organic substances on
参考文献
Sludge Treatment, pp. 583-637, 1982
6. 三田地君人:アルミニウム系凝集剤の残
留性に関する凝集条件の検討、東北工業
大学修士論文、2001
7. 飯野修一:藻類の凝集と生産有機物の影
flocculation and filtration, WISA, 1: pp. 41-
1. 浅野孝・丹保憲仁監修:水環境の工学と
再利用、北海道大学図書刊行会、1999
響に関する研究、東北工業大学修士論文、
57, 1991
1998
5. Bernhardt, H., Hoyer, O., Lusse, B., Schell,
8. 今野弘他:モデル材料を用いた針型珪藻
2. Astride,V.: Advanced Coagulation of
H. :Investigation of algal born organic
の抑留特性と砂ろ過池の閉塞に対する検
Natural Organic Matter Mechanism of
substances and their effect on water
討、環境工学研究論文集、31巻、pp. 11-
a
b
c
(a) 20∼30μm程度のニッチアが集合してフロックを形成している様子がよくわかる。写真全体の大きさは200×300μm程度であるが、
フロックはこれよりはるかに大きく見える。
(b) フロックは相当強固に結びついているように見える
(c) 白く見えるものが水酸化アルミニウムと仮定するとその役割はいわゆるニッチア間の架橋作用を果たしていることがよくわかる
Fig. 6
凝集剤(硫酸アルミニウム)によるニッチアフロックのSEM写真
a
b
d
Fig. 7
(a) 硫酸アルミニウムフロックのSEM写真である。これにより、珪藻ニッチアのいくつ
かが白っぽい懸濁性物質に取り込まれた様子がわかる。これをEDSで分析した表示
元素を周期律表の順番に表示すると炭素、酸素の他にアルミニウム、シリカ、リン
などが高く検出された。
(b) フロックのシリカ分布を示す。ニッチアには当然シリカ分が多いが、フロック部分
にもシリカ成分が吸着されている。これは培地成分に含まれたシリカ成分と考えら
れる。
(c) フロックのアルミニウム分布を示す。これによりSEM写真の白い部分は水酸化アル
ミニウム成分であることを示唆される。凝集剤や凝集条件のpHを考慮すると、当然
写真上の白い物質は水酸化物と考えられる。
(d) フロックのリン分布を示す。リンとアルミニウム分布を比較するとほぼ同様の位置
に分布が多く見られる。培地中のリン成分がフロックに吸着された現象。
硫酸アルミニウムによるニッチアフロックのEDS解析図
(40)日本電子ニュース Vol.34 No.1 40(2002)
c
留に対する(ろ材径/珪藻長)比の影響,環
境工学研究論文集、32巻、pp. 1-8, 1995
Water, Proc. of the 7th World Filtration
Congress, 7 (1). pp. 243-247, 1996
14. 今野弘他:珪藻による濾過閉塞防止のた
12. 今野弘他:針状珪藻による急速砂ろ過層
過工学会日本会ろ過分離シンポジウム論
Y.:
の閉塞に対する複層ろ過の効果に関する
Characteristics of Deposit of Diatom in
研究,環境工学研究論文集、34巻、pp. 371-
Filter and Effective Factors to Filter
Clogging, Proc. of the IWSA Specialized
13. Konno H.: Rational Depth of Anthracite
10. Konno
pp. 765-770, 1999
Sand Filtration Process for Drinking
18, 1994
9. 今野弘他:針型珪藻の急速砂ろ過層内抑
H.,
Sato
A.,
Magara
Conference, pp. 103-108, 1995
11. Konno H., Sato A., Magara Y.: Study on
文集、pp. 55-59, 1999
15. 岩間竜彦:富栄養化した原水の複層濾過
379, 1997
に関する研究、東北工業大学修士論文、
2001
Layer on Sand Layer for Protection of
Influence of Length of Diatom and Filter
Filter Clogging Caused by Diatom in
Rapid Filtration Process, Proc. of 7th
Grain to Filter Clogging Problem in Rapid
IAWQ Asia-Pacific Regional Conference,
a
めの実際の複層濾過池の運転状況,世界ろ
b
c
(a) 凝集剤(塩化第二鉄)によるニッチアフロック。この写真では硫酸アルミニウムによるフロックよりは小さいフロックで100×200
μm程度であろうか。
(b) 凝集剤(塩化第二鉄)によるニッチアフロック。
(c) 凝集剤(塩化第二鉄)によるニッチアフロック。白く見えるものがやはり水酸化物と仮定すると、ニッチア間の架橋作用をよく果
たしている様子がわかる。
Fig. 8
凝集剤(塩化第二鉄)によるニッチアフロック
a
b
d
Fig. 9
c
(a) フロック(塩化第二鉄)
。塩化第二鉄フロックのSEM写真である。これをEDSで分析
した結果卓越的な元素は炭素、酸素の他に鉄、シリカ、リンなどである。
(b) フロック(塩化第二鉄)のシリカ分布。塩化第二鉄フロックのシリカ分布を示す。硫
酸アルミニウムフロックと同じく、Nitzschiaには当然シリカ分が多いが、フロック
部分にも培地に含まれるシリカ成分が吸着されている様子がわかる。
(c) フロック(塩化第二鉄)の鉄分布。塩化第二鉄フロックの鉄分布を示す。これにより
SEM写真の白い部分は、アルミニウムフロックと同じく水酸化第二鉄のような水酸
化物であると考えられる。
(d) フロック(塩化第二鉄)のリン分布。塩化第二鉄フロックのリン分布を示す。リンと
鉄分布を比較するとやはりほぼ同様の位置に分布が多く見られ、リン成分がフロッ
クに吸着されて共沈することはよく知られているがその共沈を示すよい写真と言え
る。
フロック(塩化第二鉄)
日本電子ニュース Vol.34 No.1 41(2002)(41)
非導電性試料に対応する新二次電子検出系搭載の
JSM-7400Fの開発
数森啓悦
日本電子(株)電子光学機器技術本部 大電流と低エミッションノイズの特徴を持つ新規に開発したFE電子銃、強励磁コニカルレンズ、新二次電子検
出系を搭載することにより、15kV以下の加速電圧においてインレンズFE SEMを凌駕する分解能で大形(最大
200mm)試料観察が可能なFE SEM、JSM-7400Fを開発しました。
強励磁コニカルレンズ(セミインレンズ)とリターディング法の組合わせにより加速電圧1kVの分解能が、従来
の2.2nmから1.5nm保証と飛躍的に向上しました。また、今まで困難であった試料上での加速電圧100Vの画
像観察も実現しました。
はじめに
人工的に製作された超格子や、半導体材料の
評価、医学生物試料の観察、金属材料の界面
観察などの各分野の高分解能形態観察、組成
分析、元素分析に使用されています。それら
の応用の中で導電性が少ない、または非導電
性の部分が含まれた材料の観察、および一次
電子線のエネルギーによるダメージに弱い試
ことにより、エミッタから集束レンズ主面ま
される電子の分布を示します。放出電子のエ
での距離を約50mm短くしました。
ネルギーが50eV未満を二次電子、それ以上を
これにより大電流時の集束レンズの収差係数
反射電子と呼びますが、非導電性試料から放
が小さくなるとともに対物絞りの径を変更す
出された電子がチャージアップの影響を受け
ることなく試料照射電流を連続的に1pA∼
やすい領域を薄い緑色で示します。これを削
1nAの広範囲で変化できます。従って、試料
除して画像を形成すれば、チャージアップの
照射電流を大きくしてもプローブ径が増大せ
影響が無くなります。
ず、大電流時でもエミッションノイズの少な
い像観察が可能となりました。
従来の二次電子検出系
料の表面観察などをコーティングしないでナ
ノ領域の高分解能で観察したいという要望が
強励磁コニカル対物レンズ
あります。
この対物レンズは、さらにコニカル化されま
これを実現するために
● r-filter:エネルギー選別方式の二次電子検
したのでWD8mmにて150mmφの試料を42度
出系
● Gentle
傾斜して観察できます。また、WD3mmで使
用できる加速電圧の範囲は、0.5∼16kVとなっ
Beam:一次電子線のリターディング
ており、球面収差係数:2.2mm、色収差係
法を可能とした対物レンズと試料ステージの組
数:1.8mmです。特に加速電圧1kVの場合、
合わせを搭載した電界放出形走査電子顕微
さらに短WDで観察できるので各収差係数共
鏡 JSM-7400Fを開発しました。
に1mm以下となります。
JSM-7400Fの電子光学系の特徴
FE 電子銃
この電子銃は、電子銃室のエミッタ近傍の真
空度が良く、エミッション電流を増加しても
エミッションノイズの少ない構造となってい
ます。従ってエミッションノイズのない画像
場合の二次電子検出系を示します。GND電位
の試料より発生した二次電子の軌道を示して
います。色の違いは、放出時のエネルギーの
違いです。黄緑より青・茶…と順番に左側に
行くほど高いエネルギーとなります。
ピンク色で示された筒状電極に数ボルトの正
電位が印加されています。その電圧が、筒状
電極に衝突後、発生する二次電子の放出を抑
えます。この系に構成される上方検出器は、
開き角制御レンズ(ACL)
エネルギーの低い二次電子を多く検出しま
従来、ACLがない場合、試料照射電流を大電
す。
流にするとき対物絞り径を変更して最適値に
次に従来の非導電性試料のチャージアップの
近くなるようにしていましたが、ACLがあれ
影響を取り除く反射電極を使用した場合を
ば照射電流の変化に関わらず常に最適値にす
Fig. 4に示します。図中、青色の軌道の二次
ることができます。従って試料照射電流を変
電子を負電位の電極により取り除きます。た
化してもプローブ径は増大しません。
だし、黄緑色で示されているところのエネル
観察や精度の高いEDS分析が10時間以上実施
可能です(Fig. 1)
。
Fig. 3に通常の導電性のある試料を観察する
ギーが低い1eV以下の二次電子は、電界より
も磁場による捕捉力の方が大きいために上昇
集束レンズ
非導電性試料でのチャージアップ
の影響
集束レンズを1段化し、超高真空側にいれる
Fig. 2に一次電子の照射により試料より放出
出電子の領域を黄色で示しますが、薄い緑色
(42)日本電子ニュース Vol.34 No.1 42(2002)
し上方検出器に入ります。
Fig. 5に反射電極の使用により削除できる放
Fig. 1
NC電流の変化
n(E)
対物レンズ
SE
RE
非導電性試料から放出された電子
が、チャージアップの影響を受けや
すい領域
50 eV
上方検出器
EPE
E(eV)
二次電子
Fig. 2
一次電子線の照射により試料より放出される電子の分布
反射電極
試料
対物レンズ
Fig. 4
筒状電極
反射電極使用時の二次電子検出系
SE
RE
n(E)
上方検出器
反射電極使用による削除される
放出電子の領域
二次電子
試料
Fig. 3
通常観察時(mode2)の二次電子検出系 50 eV
Fig. 5
E(eV)
EPE
反射電極使用時の効果
日本電子ニュース Vol.34 No.1 43(2002)(43)
対物レンズ
SE
n(E)
RE
r-filter使用により削除される放
出電子の領域
上方検出器
50 eV
二次電子
E(eV)
EPE
Fig. 7 r-filter 使用時の効果
試料
Fig. 6
r-filterの二次電子検出系
Mode2:加速電圧1kV
Fig. 8
r-filter:加速電圧1kV
通常観察時(mode2)とr-filterの二次電子
検出系の比較画像 倍率:×5000
対物レンズ
上方検出器
二次電子
試料
Fig. 9
Mode2:加速電圧1kV
Gentle Beam:加速電圧0.1kV
(44)日本電子ニュース Vol.34 No.1 44(2002)
Gentle Beamの二次電子検出系
Fig. 10 通常観察時(mode2)とGentle Beamの二次
電子検出系の比較画像 倍率:×20000
の領域を反射電極では取り除くことができな
いのでチャージアップの影響が残ります。
新規の二次電子検出系
In lens SEM (JSM-6000F)
Mode2
Gentle Beam
Fig. 6に本装置に適用された新しい方法の一
つのr-filterの二次電子検出系を示します。図
中の赤および青色の電極には、正負電位、数
十Vが印加されています。それによる電界で
二次電子を偏向し、特にエネルギーの低い二
次電子を筒状電極の内壁に衝突させて取り除
きます。
Fig. 7にr-filterの使用により削除できる放出電
子の領域を黄色で示していますが、薄い緑色
の領域が、残っていないのでチャージアップ
の影響を十分に取り除くことができます。
Fig. 11 加速電圧 vs. 分解能
Fig. 8にその効果を示します。チャージアッ
プの影響で明暗が強調されていたところが、
r-filter を使用することでその影響が消えて表
面の組成情報も見られます。
次にFig. 9に一次電子線のリターディング法
を応用したGentle Beamの二次電子検出系を
示します。
(リターディング法:試料近傍に配置した減
速電界で試料表面に入射する電子線のエネル
ギーを減速する。
)
試料には、2kV程度の負電圧が印加されてい
ます。そのために試料の電位により二次電子
Mode2:加速電圧1kV
r-filter:加速電圧1kV
は加速され、低いエネルギーで放出される二
次電子は存在しません。試料より放出された
電子は、水色で示された筒状電極に衝突し増
幅された後、上方検出器で検出されます。
Fig. 10にその効果を示します。チャージアッ
プの影響で表面が全く観察できなかったとこ
ろが、 Gentle Beamの使用でコンタクトホー
ルの表面と底の観察が可能となりました。
また、Fig. 11に加速電圧と分解能の関係を示
しますが、赤線で記述されているように低加
速電圧で分解能の劣化が極端に小さくなって
Gentle Beam:加速電圧0.3kV
Fig. 12 通常観察時(mode2)と新規二次電子検出系の比較画像 います。
倍率:×10000
Fig.12に通常観察時(mode2)と新規二次電子
検出系の比較画像を示します。メッシュが、
汚染された部分の同一箇所を観察した画像で
すが、3つの検出方法で画像の情報が全く異
なっているのがわかります。
Sample
Fig. 11. Since an electron beam is
scattered in the sample with
the area of X-ray diffusion
expanded, a highly magnified X-ray image shows
noticeable image blur.
mode2では、チャージアップの影響でハレー
ションを起こし不鮮明な像の部分がありま
す。 r-filterの場合は、表面の組成の情報が多
く、Gentle Beamの場合は、下方電子検出器
と類似した凹凸の情報となっています。
以上、JSM-7400Fには、チャージアップの影
響なく非導電性試料を観察するために従来の
方法に新たに2つの新しい二次電子検出系、rfilterとGentle Beamが追加されました。最後
に加速電圧100V、倍率10万倍の二次電子像を
示します(Fig. 13)
。
Fig. 13 加速電圧100Vの二次電子像
日本電子ニュース Vol.34 No.1 45(2002)(45)
ナノ解析電子顕微鏡
JEM-2500SEの開発
大崎光明、松下光英、近藤行人
日本電子(株)電子光学機器技術本部 はじめに
半導体デバイスは、微細化技術、多層配線技
術の進歩によって益々、高集積化、高性能化
が進んでいる。さらに将来の技術必要条件を
示したロードマップ1)によると、最少加工寸
法が100nm以下になると従来技術を打破する
材料開発、製造プロセス開発が必要と指摘さ
れており、Cu配線、低誘電率(Low-k)材料、
新しいゲート絶縁膜を使用したデバイス開発
が進められている。
従来、半導体デバイスの不良解析における形
態観察は集束イオンビーム装置(FIB)を用い
て不良個所を削り、走査電子顕微鏡(SEM)を
用いて観察、分析するというのが代表的な検
査方法であった。しかしデバイスの微細化が
進み、薄膜層界面の結晶形態観察、組織分析
などを原子レベルで、しかもルーチンで行う
となると、SEMの分解能および機能だけでは
観察が不可能になってきている。
この問題を解決するため、我々はナノ解析電
Fig. 1
JEM-2500SE外観
Fig. 2
LCD上に表示されたGUI(グラフィカルユーザーインターフェース)
選択された画像と共に上部にマウスで操作できるオペレーションスイッチボックスが表
示される
子顕微鏡 JEM-2500SE(Fig. 1)を開発した。
以下にJEM-2500SEの特長を説明する。
JEM-2500SEの特長
JEM-2500SEは半導体デバイスをはじめとする
ナノレベル領域の形態観察および分析を目的
とした電子顕微鏡である。このため、その必
要条件である、『素早く結果が得られ、それ
を製造プロセスへ迅速にフィードバックす
る』、すなわち高スループット機能を備える
ために次の3点をJEM-2500SE装置の特長とし
て挙げる。
(1)容易な操作性 (2)高分解能機能 (3)高感度分析機能
容易な操作性
SEMが半導体の形態観察装置として多用され
ていることから、JEM-2500SEにおいても
SEM並の操作性を実現している。
(46)日本電子ニュース Vol.34 No.1 46(2002)
操作の簡素化:
ズ、位置をあらかじめPCに記憶させている。
もかかわらず、通常の透過電子顕微鏡で備え
オ ペ レ ー タ の レ ベ ル( User、 Expert、
このため、オペレータは絞り位置調整という
ているシートフィルム用カメラ室、蛍光板は
Engineer)にあわせてLCD上に3種類のGUI
操作を行う必要はなくなった。
無い。その代わり透過像(TEM)観察用とし
(Graphical User Interface)を準備し、マウス
て広視野用、高分解能用TVディテクタを標
で簡単に操作できる(Fig. 2)
。さらに、焦点
高輝度FEGの使用:
準装備しており、他の像同様LCD上に表示さ
合わせ、倍率の可変など使用頻度の高い操作
電子銃は長安定でかつ高輝度、微小ビームを
せている(Fig. 4)
。このため、JEM-2500SEを
に関しては操作パネルからも操作できる併用
実現するためサーマルタイプの電界放出形電
操作する部屋も暗室にする必要はなく、当然、
方式を採用している(Fig. 3)
。また、各像モ
子銃を使用している。これにより微小領域の
フィルム現像という操作は不要となった。な
ードごとのレンズデータやアライメントデー
X線分析であるEDS分析の感度およびデータ
お、広視野用、高分解能用TVディテクタの
タのプリセット値を詳細にPCに記憶させ、走
の信頼性を得られると同時に、鏡筒と電子源
選択は倍率により自動選択しており、さらに
査透過像(STEM)、走査二次電子像(SEI)、
室の間のバルブをGUIからの操作により開く
高分解能TV像を記録するSLOW SCAN CCD
透過像(TEM)
、回折(DIFF)パターンをワン
ことで瞬時に電子ビームが得られ、即、本装
カメラをオプションとして用意している。
タッチ操作でLCD上に表示することが可能で
置を使用できることを意味している。
クリーンルーム環境対応:
ある。
さらに、全ての絞りはモータ駆動であり、位
暗室不要:
装置の高さは2.1mであり、設置室天井高さは
置調整操作は像モードごとにより最適なサイ
JEM-2500SEは透過像(TEM)を観察できるに
2.6mあれば据付け、メンテナンス空間を確保
specimen
Fig. 3
コントロールパネル
使用頻度が高い倍率、焦点合わせなどのノブが設けら
れている
Fig. 5
チップオン試料ホルダ
必要に応じて先端部をFIB用シャトルリテーナに
交換可能。また、試料ホルダはJEM-2500SEと同
タイプのゴニオメータを搭載するJEM-9310FIBに
も使用できる
照射系
モータ駆動CL絞り
分析用可動絞り (option)
ゴニオメータ
試料ホルダ
対物レンズ
モータ駆動OL絞り
モータ駆動SA絞り
架台
結像系
2 nm
Fig. 6
STEM分解能写真
試料 : シリコン(111)0.192nm格子像が明瞭に観察
できている
Fig. 4
鏡筒断面図
像検出検出器として、二次電子像(SEI)用、TEM像
検出用としてWide angle TV、High resolution TV、
Slow scan CCD(オプション)
、 STEM像検出用とし
て明視野(BFI)
、暗視野(DFI)用が鏡筒に取付けら
れている
日本電子ニュース Vol.34 No.1 47(2002)(47)
できる。
能である。また、STEMにおける焦点合わせ、
で必要なドリフトフリーシステムをEDSシス
装置の除振器は空圧ダンパを用い、試料ホル
非点補正を容易に行うために、試料面上の
テムの標準装備として組込み微量元素分布の
ダに近い位置で支持する上部支持方式を採用
Spot形状を直接見るRonchigram技法を取り入
観察を可能にしている(Fig. 12)
。
することにより耐震性を向上させている。
れている(Fig. 8)。さらにSTEMには明視野
また、前述の通り、絞りは全てモータ駆動で
像(BFI)
、暗視野像(DFI)の2種の像を得るた
あり、その調整操作はPCから行う方式を採用
めに各ディテクタを標準装備しており、特に
Imaging PEELS、PEELS
取り付け可能:
しているので、装置全体をカバーすることが
DFIはデバイス構成元素による散乱角の違い
半導体材料の化学的結合状態の分析を目的と
可能となり、騒音、圧力変化対策などが可能
に生じるZコントラスト効果よって高コント
したImaging PEELS、PEELSを装置の底部に
になった。
ラスト像が得られる(Fig. 12)
。
取付けることが可能です。
チップオンカートリッジホルダを使用
することによるFIBとの共通化:
TEM機能:
まとめ
半導体デバイスにおけるSi基板の格子像は膜
試料ホルダは試料をセットする先端部を取外
SEMを操作していた人にとってはTEM、
厚測定における基準であり、格子像が簡単に
すことができるチップオンホルダカートリッ
STEMという機能はなじみが薄いかもしれな
得られるTEM機能は半導体における原子レベ
ジ方式を採用している(Fig. 5)。このため、
い。しかし、半導体デバイスの微細化に伴っ
ル観察には不可欠な機能でありJEM-2500SEで
カートリッジ部を試料ホルダから外して試料
て高分解能像を観察する手段としては今や不
は積極的に取り入れている。
作成用FIBのステージに取付けることで、あ
可欠な機能となってきており、研究所レベル
JEM-2500SEでは装置の高さを2m近くにして
らゆる試料作成用FIBで試料加工できるよう
の一部の専門オペレータによって操作されて
いるため、架台下に通常の透過電子顕微鏡と
にしている。なお、JEOL製集束イオンビーム
いた。しかし、JEM-2500SEは『素早く結果が
同じ結像系レンズを備えており、その分解能
試料作製装置JEM-9310FIBではJEM-2500SEと
得られ、それを製造プロセスへ迅速にフィー
は0.14nmである(Fig. 9)
。
同じタイプのゴニオメータステージを備えて
ドバックする』という高スループット機能を
我々は、良く軸合わせされたTEM機能は、簡
いる。このため、試料ホルダをJEM-9310FIB
実現するため上記の特徴を備え、あらゆる人
単に高分解能像が得られる手法であることを
でもJEM-2500SEでも使用でき、試料作成時間
にナノレベル領域における高分解能TEM、
よく知っている。上述のようにJEM-2500SEで
の短縮を可能にしている。
STEM、SEIのそれぞれの像をワンタッチ操
はTEMにおける軸合わせ用アライメント値、
作で得ると共に高感度分析結果を得ることを
非点補正値を詳細にコンピュータに記憶させ
測長機能:
可能にし、微細化が進む半導体デバイスをは
ているのでGUI上のImage選択SWをTEMに選
じめとした微細構造評価装置として十分適合
LCD上に表示される走査透過像(STEM)
、走
択するだけでTEMの高分解能TV像がLCD上
した装置である。
査二次電子像(SEI)
、透過像(TEM)
、回折パ
に表示される。
ターン(DIFF)は全てデジタル信号でありPC
から簡単に測長することが可能となる。透過
回折(DIFF)パターンによる
結晶方位合わせ機能:
像(TEM)または走査透過像(STEM)を使っ
高分解能領域の観察並びにEDS分析では正確
て得られる高分解能格子縞を基準として目的
に結晶方位を合わせる必要がある。特にFIB
の膜厚を知ることが可能となる。
で試料を薄膜にしたとしても30∼10nmの厚さ
参考文献
があり結晶方位が正確に合っていない状態で
1.
に画像を記憶することができ、得られた画像
ITRS: International Techology
高分解能機能
の観察並びにEDS分析結果は正確なものとは
Roadmap for Semiconductor (Nov.
半導体デバイスにおける原子レベル領域観察
いえない。JEM-2500SEでは通常の透過電子顕
1999)
の必要性から電子顕微鏡に求められる機能は
微鏡同様、結像系レンズを備えている。回折
高分解能機能である。さらに、JEM-2500SEで
パターンはTVディテクタで取り込みLCD上
は迅速にかつ簡単に高分解能像が得られる。
に表示させている(Fig. 10)
。オペレータは回
折パターンを見ながら試料を傾斜することで
走査透過像(STEM)
、
走査二次電子像(SEI)
:
結晶方位を合わせることが可能となる。な
STEM像の分解能は0.2nm(Fig. 6)
、SEIの分
で実績がある回折パターンから試料を自動的
解能は1.0nm(Fig. 7)を備えている。
に傾斜するソフトを組込み実験中である。
STEM像、SEI はいずれも走査像であり、今
までSEMを操作していた人にもなじみが深
お、操作を簡易にするため、すでにJEM-2010F
高感度分析機能
い。
EDSの高感度化:
形態観察を行う場合、FIBで作成した試料観
JEM-2500SEにおけるX線分析に関し、高い分
察薄位置をJEM-2500SEで見付け出すという操
析空間分解能を保ちつつ、かつ大きな検出立
作が最初に行われる。この時、SEIを観察す
体角を得るために対物レンズポールピースお
ることによりFIBで削った試料位置を迅速に
よびコリメータ組込みタイプX線検出器の新
見出すことができる。また、200kVの高加速
設計を行った(Fig. 11)。これにより従来の
電子による二次電子像は低加速電圧による二
EDSに比較して2.5倍感度が高い(当社比)検出
次電子像に比べ深さ情報も含んでおり、観察
立体角0.3srのX線検出器を取付けることが可
目的部分の薄膜化に有効な手段である。
能となり、微少含量材料の検出、および短時
STEMは高分解能観察、EDS分析操作におけ
間でEDSマッピング、点、ライン分析が行え
る分析点を決める操作の容易さから必要な機
るようになった。さらにEDSマッピング操作
(48)日本電子ニュース Vol.34 No.1 48(2002)
JEM-9310FIB
集束イオンビーム試料作成装置
1 nm
Fig. 7
1 nm
SEI分解能写真
試料 : カーボン膜上の金粒子
電子による二次電子像であるため、後ろの金粒子
のエッジからの信号が発生していることがわか
り、深さの情報が得られることを示している
Fig. 9 TEM分解能写真
補正前
Fig. 8
補正後
Ronchigramパターン
結像系レンズを使用して試料のSPOT形状を観察する手法であり、その形状が
最小になる値が正焦点であり、真円であれば非点が補正されていることを示し
ている
STEM-BF
STEM-DF (Z contracst)
Oxygen
Nitrogen
Phosphorus
Tungsten
試料 : 単結晶金
0.2nm、0.14nm格子像が明瞭に観察でき0.1nm格子像も撮
影可能である。
Fig. 10 GUI 上に表示されたDIFFパターン
結晶方位を性格に合わせることが可能である
コリメータ
対物レンズポールピース
EDS検出器
立体角 : 0.3sr
Fig. 12 STEM 明視野像(BFI)/暗視野像(DFI)とEDSを使用した元素マッピング像
試料 : 64M DRAM
暗視野像におけるコントラストは元素質量に依存し重元素であるWが明瞭に観
察できる。EDSマッピング法により、微量元素の分布が得られる
試料
Fig. 11 対物レンズポール近傍
0.3srEDSディテクタの取付けを可能にするため、対物レンズポールを新規設計し
ている
日本電子ニュース Vol.34 No.1 49(2002)(49)
有機EL製造装置
−ELVESS−
柳 雄二
トッキ株式会社 研究開発室 はじめに
有機EL表示素子は、1987年のコダック社の発
表から本格的な研究が始まり、ようやく実用
化の段階に至った。1997年にパイオニア社か
ら、車載用機器の表示として市場に投入され、
注目を集めた。その後、携帯電話にも採用さ
れている。最近ではパッシブ型およびアクテ
ィブ型フルカラーの試作品展示により、一段
と注目されている。
有機ELの発光材料には、低分子材料と高分子
材料がある。低分子材料の開発が先行し、製
品化されているパネルは、低分子材料を用い
た単色ドットマトリックス、エリアカラーで
ある。既に、フルカラーの製品化も近づいて
おり、高分子材料の表示パネルも製品化が発
表されている。
有機ELディスプレイは、自発光であるため、
視認性が高く、パネル全体の厚みを薄くでき
るなど多くの特徴があり、次世代の超薄型デ
ィスプレイとして大きな成長が期待されてい
る。特に携帯電話の市場は大きく、今後急速
な普及が期待されている。
有機ELディスプレイの製品化に伴い、有機発
光材料の開発が進められている一方、量産に
適した製造装置が要望されている。我々は、
パネルメーカのご指導を頂き、有機ELディス
プレイの量産装置である『有機EL成膜・封止
全自動システム(ELVESS)』を完成させた。
ここでは、弊社の低分子用の有機EL製造装置
有機発光材料は、水分や高エネルギー粒子に
有機蒸着室および金属蒸着室を分離し、マス
非常に弱いため、半導体や液晶ディスプレイ
クストック室を備え、少量生産および試作が
で使用されているフォトリソグラフィによる
可 能 な 装 置 と し て 、 Fig. 4に 示 す 装 置
高精細パターニングの技術が適用できない。 (Small−ELVESS)を提案している。試作を行
有機発光層や金属配線膜の形成は、機械的な
う場合、安定した自動封止が不可欠であり、
シャドウマスクを用いた蒸着に頼らざるを得
自動封止機構を備えたマルチチャンバー式の
ない。現状では大型・高精細のディスプレイ
試作機である。
は難しく、小型ディスプレイに限定されて製
量産用製造装置のブロックダイヤをFig. 5に
品化されている。
示す。本装置は、成膜と封止の2つのシステ
有機ELディスプレイの模擬図をFig. 1に示す。
ムを連結している。各搬送室の周辺に蒸着室
陽極であるITO膜がパターニングされたガラ
または封止室などの処理室を配置したマルチ
ス基板にシャドウマスクで有機層の真空蒸着
チャンバーで構成している。1室1処理として
を行う。次に陰極である金属膜をシャドウマ
チャンバーを構成し、タクトタイムに合わせ
スクで真空蒸着を行う。この状態で点灯する
たチャンバー構成としている。成膜システム
ことは可能であるが、大気中の水分により、
側は真空雰囲気で動作し、封止システム側は
ダークスポットと呼ばれる非表示欠陥が生じ
大気圧に近い乾燥窒素雰囲気で動作してい
る。製品にするためには大気中の水分と有機
る。
層を遮断する必要がある。そこで、封止缶を
この量産装置の最も大きな特徴は以下の通り
水分の少ない環境で、UV接着することによ
である。
り封止する。しかし、水分は時間とともに接
有機ELの成膜工程と封止工程を一体化させ、
着剤を透過するため、封止缶内部に吸湿剤を
全自動連続ラインを実現した。
設ける必要がある。
ITOパターニングガラス基板と封止缶を供給
有機ELディスプレイの製造工程の流れをFig.
するだけで、パネルの完成品が排出される。
2に示す。基板の前処理、有機層の蒸着、金
長時間の運転が可能なように、大量の蒸着材
属層の蒸着、封止の各工程がある。我々は成
料の確保と自動供給機構が備えてある。
膜と封止の連続処理が低分子有機ELディスプ
本装置は、生産性を追求した量産用のマルチ
レイの製造に最も適していると考えており、
チャンバー型装置であり、成膜から封止まで
実験機から量産機までを、同一概念のもとに
一貫製造し、安定した高品質の生産を実現し
製造し、ELVESS-Seriesとして提案している。
ている。成膜システムの外観の一例をFig. 6
に示す。
について述べる。
有機EL製造装置
有機ELディスプレイの製造
初期の実験装置として、最小限の構成で成膜
欠であり、どのパネルメーカーも課題を残し
から封止まで連続処理できる実験機として、
ており、封止技術のノウハウを確立すること
製品化されている低分子材料によるディスプ
Fig. 3に示す装置(Try-ELVESS)を製造して
が、製品化の大きな課題の一つであり、有機
レイの製造の概要について説明する。
いる。装置は小型でありながら、成膜から封
EL製造のキーポイントと考えている。
止までの一貫製造の概念を変えることなく、
さらに、量産においては成膜・封止工程以外
自動封止機構を備えた装置として提案してい
に、Fig. 2で示した封止缶の乾燥剤充填や接着
る。
剤塗布工程も有機EL特有の工程で、量産時に
〒940-0006 新潟県長岡市東高見 2-2-31
E-mail: [email protected]
(50)日本電子ニュース Vol.34 No.1 50(2002)
有機ELパネルの製品化には、封止工程が不可
成膜
封止
金属電極
(カソード)
乾燥剤
封止缶
電子輸送層
有
機
発
光
層
発光層
正孔輸送層
UV接着
ITO
(アノード)
ガラス基板
発光
Fig. 1
発光
有機ELディスプレイの構造
チャンバー内連続処理
前処理
ITO配線
引出電極
形成
Fig. 3
基板前処理
(RF O2)
有機発光層
蒸着
後処理
陰極電極
蒸着
分割
パネル化
貼り合わせ
UV硬化
封止缶
トレー整列
封止缶
乾燥剤充填
Try-ELVESS
接着剤
封止缶
ガス出し
封止缶
乾燥剤充填
封止前工程
Fig. 2
Fig.4 Small-ELVESS
有機ELディスプレイの製造工程
成膜システム
封止システム
ITO付ガラス基板
完成パネル
搬入
蒸着4
排出
検査
前処理
(予備)
受け渡し
搬送1
蒸着1
蒸着2
搬送2
蒸着3
封止
封止缶
供給
(予備)
Fig. 6
ELVESS成膜システムの概観
封止缶トレー
Fig. 5
量産用製造装置のブロックダイヤ
は必要かつ重要な設備である。
有機EL量産装置の課題
有機EL製造装置は特有の課題があり、幾つか
の対策について述べる。
連続蒸着のために大型の蒸発源を用いて、さ
発する材料のみが加熱されて熱的影響が最も
らに突沸による影響が生じないように対処し
少ない電子銃蒸着(JEOL製)を採用している。
ている。
また、電子銃蒸着は、蒸着材料の自動供給が
容易であり、連続運転に適している。
金属蒸着
しかし、電子銃蒸着は、2次電子による有機
金属蒸着物は、高温で蒸気圧が低く、厚い膜
発光層の特性劣化が問題となる。電子銃を使
厚が要求される。高温であるために、基板、
用する場合は十分な2次電子対策が不可欠で
有機蒸着物は、低温で蒸気圧が高く、僅かな
シャドウマスク、チャンバーに熱的な悪影響
ある。2次電子対策の効果をFig. 7に示す。対
温度上昇で急速に蒸発速度が上昇し、突沸が
を与える。また、大量の蒸着材料が必要であ
策無しでは蒸発とともに大量の電子電流が認
発生し易く、不安定な材料である。長時間の
り、自動供給機構が必要となる。我々は、蒸
められるが、対策により僅かなイオン電流の
有機蒸着
日本電子ニュース Vol.34 No.1 51(2002)(51)
化、および基板の大型化に関しては課題が残
るところである。量産において、コストも含
めて、大型かつ高精度のシャドウマスクが要
200
求される。低分子有機ELは蒸着によるRGBの
対策無し
塗り分けが不可欠であり、高精度、高精細の
150
2)
電子電流 (μA/cm
I
マスクが要求される。
ガラス基板は自重による撓みが発生するた
100
め、ガラス基板の大型化・薄型化に伴い、基
板とシャドウマスクの高精度位置合わせに大
きな課題となる。
50
現在、有機材料は非常に高価であり、パネル
の低価格化のために、有機材料の使用効率の
向上も課題として挙げられている。
0
また、パネルの薄型化、パネルの大型化、基
対策有り
板のプラスチック化およびフィルム化に伴
−50
0
1
2
3
電子銃電力 P(kW)
い、封止缶や封止板の構造物による封止から、
信頼性および耐久性のある膜封止技術が必要
とされる。
Fig. 7
まとめ
2次電子対策の効果
低分子用の有機EL製造装置の概要について述
べた。封止システムの自動化と一体化は有機
EL量産装置におけるキーポイントと考えてい
みになっていることがわかる。
封止
成膜から封止までを真空中および低湿度雰囲
気中で連続一貫処理し、大気に曝さらさず、
かつ十分な水分の除去対策を行うことが重要
である。量産においては、多数個のパネルを
一括封止するため、冶具精度と加圧管理で対
物である封止缶またはガラス封止板による封
る。
止が必要と考えている。
有機ELの膜封止技術は不可欠であり、我々は
また、ガラス基板と封止缶の位置合わせにつ
膜封止技術の確立と装置開発に取り組んでい
いても、高精度位置決めが要求される場合、
CCDアライメントで対処している。
製造装置の今後の課題
処している。
ようやく、モノカラー、エリアカラーの製品
現在、薄膜による封止の研究も行われている
が市場に投入された段階であるが、既にフル
が、信頼性、コスト、生産性などを考慮する
カラーの量産装置の要望が強くなっている。
と、現段階での製品化において、我々は構造
フルカラーの製造において、パターンの微細
る。
高分子有機ELも試作サンプルの発表が相次
ぎ、製品化に近づいている。今後、高分子有
機ELの量産装置への取り組みも積極的に進め
たいと考えている。
注)ELVESS(organic EL Vacuum
Evaporation & Sealing System の略 )
写真は、トッキ(株)でELVESS seriesに使用し
ている日本電子製の蒸着電子銃/電源です。
JEBG-163MB電子ビーム蒸着用電子銃
JEBG-203UB電子ビーム蒸着用電子銃
(52)日本電子ニュース Vol.34 No.1 52(2002)
JST-10F電子銃電源
高出力内蔵形プラズマ銃の応用例
高島 徹
日本電子(株)産業機器技術本部 はじめに
引き出し電極が作る電界により加速されて真
●出力 最大6.08kW
空室内に照射され、真空室内の蒸発粒子や導
近年、光学薄膜市場は家電製品用光学部品を
中心に低価格化、高品質化の要求が強まって
おり、特に高品質化の要求に応えるために、
弊社が販売している高密度反応性イオンプレ
ーティング装置などの高品質膜成膜装置の活
躍が目立つようになってきました。
その様な中、新規システム装置の導入とは別
に、既存真空蒸着装置を改造して膜の品質
(耐環境性・密着性・硬度)を向上させたいと
(放電電圧…160V、放電電流…38A)
入ガスの励起・イオン化に寄与します。最大
●動作圧力 1×10−2∼1×10−1Pa
出力時の放電電圧は160V、放電電流は38Aで
●放電ガス ∼20mL/min(Ar)
す。電子ビームを真空室に照射することで、
●冷却水 7L/min∼(水温25℃以下)
プラズマは真空室の広い範囲に拡散し、真空
応用例(BS-80010)
室内全体に高密度なプラズマを生成させるこ
とができます。また、真空室壁と引き出し電
高出力内蔵形プラズマ銃(BS-80010)は光学薄
極に接続された抵抗A、Bを入れ替えて、照射
膜市場向けプラズマ発生装置(専用機)として
ビームと反射ビームという2つのビーム方式
開発されたコンポーネント製品であり、既存
を選択することができます。
や新規の真空蒸着装置に実装し、真空内に高
の要望も増えつつあり、イオン・プラズマ技
術の利用が膜の付加価値向上に欠かせないと
密度プラズマを生成させ、イオンプレーティ
照射ビーム
ング法による成膜を行うことで膜に付加価値
の認識が広まりつつあります。
光学部品の低価格化と高品質化の両立は難し
ビーム(電子)を真空室壁などのアース面に流
を付けることを主な用途としています。
い状況にありますが、1バッチあたりの処理
す方式で、効率の良いイオン化が期待できる
ここで、光学メーカーの協力のもとにφ1800
量が稼げる大型装置、例えばφ1800クラスの
方式です。金属膜のイオンプレーティング成
真空蒸着装置でのイオンプレーティング成膜
装置で膜に付加価値が付けられる技術があれ
膜など、アース面の導電性が保たれる環境下
を行い、その効果の有無を評価しましたので
ば、光学部品の低価格化と高品質化の市場要
で安定に放電を維持することができます。
以下にご紹介いたします。
このような見地から、日本電子では既存3kW
反射ビーム
実験条件
プラズマ出力仕様の内蔵形プラズマ銃EPG-
ビーム(電子)を真空室に照射すると同時に、
φ1800真空蒸着装置の扉床面に内蔵形プラズ
3010に加え、大型装置への対応を視野に入れ
引き出し電極にビーム
(電子)
を戻す方式です。
マ銃(BS-80010)を設置してプラズマビームを
た6kWプラズマ出力仕様の内蔵形プラズマ銃
このとき、引き出し電極は流れる電流により
成膜空間に照射するようにビーム照射角度を
BS-80010(Fig. 1)を新たに開発しました。
自己加熱し、電極表面をセルフクリーニング
調整し、真空蒸着法と同じ到達圧力、基板設
します。この方式は真空室壁などのアース面
定温度、成膜速度として各種成膜実験を実施
が絶縁物で覆われるようなイオンプレーティ
しました。
求に少なからず応えられると考えます。
高出力内蔵形プラズマ銃
の装置概要
ング成膜でも引き出し電極の導電性が保たれ
ているため安定に放電を維持することができ
高出力内蔵形プラズマ銃の動作原理は既存の
ます(Fig. 3)
。
3kWプラズマ出力仕様の内蔵形プラズマ銃
EPG-3010と同等の原理となっています(Fig.
2)。先ず、タングステンフィラメントからの
熱電子放出を利用した直流放電によりプラズ
内蔵形プラズマ銃
(BS-80010)仕様
単層膜屈折率
基板ドームの中心から外周部にかけて等間隔
に12枚の硝子基板をセットし、 Ta2O5単層膜
の屈折率と基板分布について調べた結果を
Fig. 4に示します。真空蒸着法の比較データ
マ銃内部でアルゴンプラズマを生成させま
内蔵形プラズマ銃の主な仕様は以下の通りで
をFig. 4に載せていませんが、内蔵形プラズマ
す。そして、生成されたプラズマ中の電子が
す。
銃(BS-80010)を利用したイオンプレーティン
日本電子ニュース Vol.34 No.1 53(2002)(53)
Fig. 1
内蔵形プラズマ銃(BS-80010)の外観
Fig. 3
Electrode
Ar
高出力内蔵形プラズマ銃の反射ビーム
Substrate temperature = 300C
=550nm
Chamber
Electron beam
屈折率n
Filament P.S.
Filament
A
Coil
B
基板ドーム中心からの距離 (mm)
Discharge P.S.
Fig. 4
Fig. 2
Ta2O5単層膜の屈折率と基板分布
高出力内蔵形プラズマ銃概念図
基板温度 3008C
波長シフトt (nm)
高出力内蔵形プラズマ銃
真空蒸着
基板ドーム中心からの距離 (mm)
, 長波長(740nm付近)半値
, 短波長(550nm付近)半値
Fig. 5
(54)日本電子ニュース Vol.34 No.1 54(2002)
SiO2/Ta2O5 多層膜(19層)の波長シフト
File name: Vacuum-
Load
deposited film
Parameter
Indentor radius
Stage angle
Adhesion
Indention
depth
to
Within this range
Mpa
Indention depth
Change of cal. range
Cal.
高出力内蔵形プラズマ銃
真空蒸着
Load (mN)
Indention depth (m)
Peeling
Fig. 7
SiO2/Ta2O5多層膜(19層)のAFM像
Fig. 8
SiO2/Ta2O5多層膜(19層)のSEM断面像
真空蒸着法の付着力: 3162.40 MPa
Ion-plated film using
BS-80010
Load
Indentor radius
Stage angle
Adhesion
Indention
depth
to
Within this range
Mpa
Indention depth
Change of cal. range
Indention depth (m)
Cal.
Load (mN)
Peeling
イオンプレーティング法の付着力: 4798.57 MPa
Fig. 6
SiO2/Ta2O5多層膜(19層)の付着力
グ法での結果は、真空蒸着法よりも高い屈折
率が得られ、基板分布は真空蒸着法と同等の
結果となっています。
ング法では緻密で界面の滑らかな膜が堆積し
力が強くなっている結果となっています。
ていることがわかります。
AFM像観察
SiO2/Ta2O5多層膜(19層)のサンプルを弊社
多層膜波長シフト
JEOL製走査形プローブ顕微鏡(JSPM-4210)
Fig.5にSiO2/Ta2O5多層膜(19層)の波長シフ
で表面観察した結果をFig. 7に示します。Fig.
トを示します。波長シフトは室温と100℃加熱
7より真空蒸着法では2μm角に数ヵ所突起が
まとめ
(温風)での評価としています。Fig.5より真空
見られますが、内蔵形プラズマ銃(BS-80010)
高出力内蔵形プラズマ銃(BS-80010)によるφ
蒸着法では短波長側に6nm∼13nm波長シフト
を利用したイオンプレーティング法では特に
1800真空蒸着装置でのイオンプレーティング
しているのに対し、内蔵形プラズマ銃(BS-
目立った突起物の存在はなく、面内の平滑性
成膜評価において従来の真空蒸着法で得られ
80010)を利用したイオンプレーティング法で
が良くなっています。
る膜質よりも付加価値(波長シフトの低減・
密着性の向上など)を付けられることが確認
は基板ドーム全面にわたって波長シフトが少
SEM断面像観察
でき、光学薄膜市場が求めている要求に本製
SiO2/Ta2O5多層膜(19層)のサンプルを弊社
品が少なからずお力添えできるものと思って
JEOL製電界放出形走査電子顕微鏡(JSM-
います。今後は、内蔵形プラズマ銃の新たな
SiO2/Ta2O5多層膜(19層)のサンプルをNEC
6700F)で断面観察した結果をFig. 8に示しま
用途の探求に努め、より広い分野で本装置が
三栄製薄膜物性評価装置(MH4000)で付着力
す。真空蒸着法では膜は柱状に成長しやすく、
お役に立てるよう装置の改良、新規装置の開
測定をした結果をFig. 6に示します。Fig. 6よ
その隙間に水分が吸脱着することで波長シフ
発、研究報告を行ってまいります。最後にφ
り内蔵形プラズマ銃(BS-80010)を利用したイ
トを引き起こします。Fig. 8から内蔵形プラズ
1800真空蒸着装置での成膜実験にご協力いた
オンプレーティング法は真空蒸着法より付着
マ銃(BS-80010)を利用したイオンプレーティ
だいた光学メーカーに感謝いたします。
なく押さえられています。
多層膜付着力
日本電子ニュース Vol.34 No.1 55(2002)(55)
高密度反応性イオンプレーティングの歩み
清水康司
日本電子(株)産業機器技術本部 はじめに
情報通信関連機器やAV機器などの高性能化
と普及に伴い、光学薄膜を使用した光学部品
特に、「基板温度の低温化」や「成膜レートの
高速化」における高品質膜の成膜には、高密
マから電子ビームを引出すものです。また、
蒸着室内にO2などの反応性プロセスガス導入
度プラズマプロセスが不可欠と判断しまし
により、反応性プラズマプロセス空間が形成
た。
できます。
が数多く存在し、膜質への要求もたいへん厳
しくなってきました。
この際、電子ビームは加速(引出し)電圧のエ
プラズマの安定性と不純物の混入防止
このような要求に対して、真空蒸着方式では
対応困難な場合が生じてきており、各社から
プラズマの安定性維持と膜への不純物の混入
イオンやプラズマプロセスを用いた蒸着装置
防止には、プラズマ発生源または放電電極が
が販売されています。
蒸着室に無いことが必要と考えました。
当社は、1991年に電子ビーム励起プラズマを
放電電極などへの絶縁膜付着による状態変化
応用した高密度反応性イオンプレーティング
や蒸発またはスパッタによる不純物の混入が
(HDRIPと略称)装置JEIPシリーズを製品化し
無視できなくなります。つまり、膜質や膜厚
ました。Fig. 1は、現行機種JBS-1130FAです。
分布・再現性に影響します。
HDRIPプロセスの開発コンセプトとして、次
ネルギーを持っていますので、イオン化に適
した(一般的には100eV前後)設定が可能です。
この結果、イオン化効率の高い高密度プラズ
マを実現できる上、成膜仕様に適した条件設
定が行えます。
一例として、O2プロセスガス(50ml/min導入)
雰囲気中でのラングミュアプローブ法による
プラズマ特性を示します(Fig. 2)
。
一方、HDRIPプロセスの観点から考察します
と、次のことが明らかになってきました。
の3項目を目標設定しました。
成膜条件との独立性
高密度プラズマプロセスの実現により、
● 高品質な光学多層膜の成膜
広範な成膜条件は、条件設定や再現性の確保
セスガスと同等以上に、蒸発粒子の励起・イ
において有利になると考えました。また、膜
質の調節にも期待できます。
オン化効率を高めることが最も重要な課題に
なました。写真は、Ta2O5成膜時における蒸
そこで、プラズマ出力を成膜条件とは独立し
発源近傍部のプラズマ放電状態です(Fig. 3)
。
て設定できること、蒸発材料に制約(導電体/
なお、成膜プロセス空間のプラズマ状態の判
誘電体などの区別)が少ないことを掲げまし
断には、発光分光分析(発光強度など)も活用
た。
しました。
○ 波長シフトのない膜など
● 成膜の低温化
○ 基板加熱200℃以下
● 大形装置への適応
○ 均一な膜厚nd分布
さらに、生産性を重視して、
● 再現性の向上
HDRIPの求める高性能成膜には、反応性プロ
そこで、後述しますHDRIP専用の「蒸着用偏
その他
向形電子銃/電源」および「成膜条件」の検
プラズマ源の耐久性や消耗部品の長寿命化に
討が求められてきました。
などを追加しました。
本稿では、これらの開発項目を達成してきた
対して、プラズマの発生効率(放電電力が小
経緯や主な要素技術を交えて紹介します。
さいことなど)が高いことを考えました。
● 成膜レートの高速化
プラズマ発生源に求めたもの
高密度プラズマの実現
蒸着用偏向形電子銃/電源
について
HDRIP装置では、当社の主力製品の一つであ
イオンプレーティング用のプラズマ発生源と
る蒸着用偏向形電子銃(JEBG-203UA0)/電源
して電子ビーム励起プラズマ(EBEP、理化学
(JST-10F)を特殊仕様として採用しておりま
反応性イオンプレーティングでは、反応を促
研究所の技術指導をもとに開発)を応用しま
す。つまり、HDRIPプロセスの開発は、「電
進してストイキオメトリーの良い膜を得るた
した。
子ビーム励起プラズマの応用」と「偏向形電
めの手段として、
『高密度プラズマ』が必要と
本プラズマ源は、熱陰極を有する放電部にAr
子銃/電源」との融合技術によって達成しま
考えました。
ガスを導入して放電を起こし、このArプラズ
した。標準形の偏向形電子銃/電源は、主に
高密度プラズマの生成
(56)日本電子ニュース Vol.34 No.1 56(2002)
イオン密度 (cm−3)
基板ドーム中心軸からの距離(mm)
JBS-1130FA 高密度反応性イオンプレーティングシステム
イオン密度 (cm−3)
Fig. 1
電子ビーム電流(A)
〈測定条件〉
プラズマ条件 … ビーム電流:30A 、
加速電圧:120V
プラズマ源と基板ドーム中心軸までの距離は、
350mm程度でプラズマ源から離れる方向に測定しま
した。また、高さは方向は、蒸発源上から
Fig. 3
●:200mm、■:300mm、▲:400mm
Ta2O5 成膜過程におけるプラズマ放電
注)プラズマ発生源付近は、高エネルギー成分のビ
ーム性電子の影響で測定が困難です。そのため、
ビーム源から離れた位置での測定になりました。
Fig. 2
真空蒸着を基本にしていますので、高密度プ
O2プロセスガス雰囲気中で発生するプラズマの特性
(ラングミュアプローブ法)
これらは、膜質や分布・再現性に影響する 膜方式に適したプラズマプロセスの応用が最
ラズマプロセスに対応した構造・条件が新規
他、広範な成膜条件への妨げにもなります。
も重要な要素技術になりました。
に必要であると考えました。
○ 蒸発粒子と反応性ガスのイオン化効率・
HDRIP方式における成膜条件の検討を行いま
ここで、標準形における問題点の一部を記述
します。
● 高密度プラズマのエネルギーにより、電子
銃本体の温度が上昇し、磁力低下に伴うビ
反応性を促進させるための構造へ
したので、主なものについて紹介します。
○ ハース形状と特殊構造に対応したビーム
スキャン条件(電源)などの最適化へ
蒸発材料について
成膜条件の検討には、高屈折率膜として
ームの位置ズレが発生しました。
成膜条件の検討
○ 熱遮蔽・水冷強化の構造へ
HDRIPの要素技術として、高密度プラズマプ
た。当初、プラズマの安定生成面からも導電
ロセスを実現してきましたが、これで高品質
性の蒸発材料が良いと考えましたので、
膜が得られるというものではありません。成
Ta2O5系とSiを用いました。しかし、Siは成膜
● 蒸発材料の違いによるプラズマの不安定性
や高速成膜への制約が発生しました。
Ta2O5、低屈折率膜としてSiO2を選定しまし
日本電子ニュース Vol.34 No.1 57(2002)(57)
上段
中段
屈折率(n)
下段
波長 (nm)
Ta2O5 屈折率の波長分散
上段
中段
屈折率(n)
下段
波長 (nm)
SiO2 屈折率の波長分散
上段
屈折率(n)
中段
下段
本データは、JEIP-900FAシリーズでの基板ド
ーム半径方向における上・中・下段部サンプ
ルの屈折率特性です。
波長 (nm)
なお、各膜の吸収量は無視できるレベルです。
Al2O3 膜屈折率の波長分散
Fig. 4
3種類の膜の屈折率
レートの高速化に不利
(スプラッシュが原因)
、
ことが容易な方法です。ただし、プロセスガ
布と再現性を達成しました。Fig. 4に3種膜の
多点ハースには不向きであるなどから、材料
ス粒子の活性種(イオンを含めた励起種)比率
屈折率特性の一例を示します。
の見直しを試みました。
が増加しますので、高反応性になるとは限り
本データは、JEIP-900FAシリーズでの基板ド
そこで、SiO2(絶縁性材料)による成膜条件の
ーム半径方向における上・中・下段部サンプ
再検討を始め、膜性能の実現に至りました。
ません。HDRIP用電子ビーム励起プラズマは、
10−2Paオーダー前半の圧力範囲においても安
これを契機として、「蒸発材料の制約が少な
定したプラズマ生成が可能です。そのため、
無視できるレベルです。
い」、「成膜可能な膜種が増える」方向になり
反応性プロセスガスと蒸発物との反応状態に
一方、レートも重要な成膜パラメータであり、
ました。この要因には、高密度プラズマプロ
適した圧力設定が可能になりました。膜評価
基板上における高品質膜形成には、低レート
セスに対応した蒸着用偏向形電子銃/電源が
から、真空蒸着と同程度の圧力(イオンプレ
成膜が必要と考えます。なぜなら、基板部に
寄与したものと考えています。
ーティングとしては低圧力)条件になりまし
与える熱・イオンなどのエネルギー効果を最
た。これは、膜質・分布特性においても有利
大に得るためには、上限値が存在するからで
成膜圧力とレートについて
な条件に作用したものと考えます。
す。そこで、この上限値を高くすることを目
蒸着室内におけるプラズマの高密度化には、
HDRIPの特長とする低圧力(高真空)下での
標にしました。
圧力を高くする(プロセスガス流量を増やす)
プラズマプロセスによって、良好な膜厚nd分
この達成には、基板部にエネルギーを与える
(58)日本電子ニュース Vol.34 No.1 58(2002)
ルの屈折率特性です。なお、各膜の吸収量は
だけの方法では限界があると判断し、特に蒸
発源近傍と基板までの空間に高密度プラズマ
成膜種
適正レート(nm/s)
を発生させることを検討しました。つまり、
基板までの空間においても反応や膜形成を促
高屈折率膜 0.2∼1.0
通常 0.6程度
(Ta2O5、TiO2など)
進させるような状態を作り出すことです。そ
の手段として、蒸発源部での蒸発粒子の活性
中間屈折率膜 0.2∼1.5
(Al2O3など)
通常 1.0程度
化、励起・イオン化率を高めることに着目し、
低屈折率膜 0.5∼3.0
(SiO2 など)
通常 2.0程度
プラズマ出力について
Table 1で示すような条件例を得ました。
注)成膜レートは、成膜種・条件などによって決定します。
高品質光学膜を得る手段として、高密度プラ
ズマプロセスを用いましたが、次ステップと
して膜質とプラズマ出力との関係を調べるこ
Table 1 成膜レートの条件一例
とに移行しました。
膜質とプラズマ出力には、任意条件において
膜質
膜質
膜質
A
B
C
Table 2、3で示すような傾向がありますので、
一例として紹介しておきます。なお、膜種や
成膜条件などによっては、大きく異なる場合
があります。
0
1
2
3
4
5
また、膜質は、次のように定義しています。
膜質C、Bのような膜は、耐環境性に優れた緻
プラズマ出力 (kW)
密な膜構造(アモルファス状態)をもち、屈折
Table 2 プラズマ出力による膜質
率が高く、膜の内部応力が大きくなる傾向で
す。膜仕様によっては、内部応力が問題にな
膜質
ってきます。そこで、膜質Bの領域内におい
内容
て応力低減の条件を調べてみました。
A
真空蒸着レベル膜
B
真空蒸着膜を超えた高品質な膜
ただし、条件によってはAまたは C相当の膜にもなります。
膜質(膜応力など)がある範囲に
おいて、調節可能な領域です。
HDRIP膜の内部応力について、真空蒸着膜と
の相対比較例を紹介します(Table 4)。ここ
では、真空蒸着のSiO2膜応力を“基準値1”と
して考えています。
注)成膜条件や測定条件によって、真空蒸着
膜とHDRIP膜ともに内部応力は異なります。
C 耐熱・環境性において、特に優れ
た高品質な膜本領域では、一定内 の膜質を常に維持できます。
Table 3 膜質の定義
真空蒸着
膜質B
膜質C
SiO2
膜種
−1
−0.9
−2.8
Ta2O5
−0.5
−1.0
−2.0
TiO2
+0.25
+0.3
−0.6
内部応力の向き… +:引張り、−:圧縮
成膜条件として、他パラメータも変更しています。
注)成膜条件や測定条件によって、真空蒸着膜
とHDRIP膜ともに内部応力は異なります。
むすび
高密度反応性イオンプレーティング(HDRIP)
の開発コンセプトと実現までの経緯や要素技
術に対し、具体例を掲げて紹介しました。現
在、各種方式によって高品質光学膜が得られ
るようになりましたが、同時に膜への要求も
たいへん厳しいものになっています。したっ
がて、用途・目的に応じた成膜プロセスの選
Table 4 イオンプレーティング膜と真空蒸着膜の圧力比較
択と、その性能を発揮させることが目標達成
への最良の方法と考えます。
本稿によって、HDRIPプロセスの特長と性能
を理解していただければ幸いです。
日本電子ニュース Vol.34 No.1 59(2002)(59)
ニンヒドリン比色法による全自動アミノ酸分析機
JLC-500/V(AminoTac)
太田洋二
日本電子(株)応用研究センター はじめに
ニンヒドリン比色法によるアミノ酸分析装置
は、1958年に、Moore、Stein、Spackmanに
誘導体化 試薬
に同分析機で123のアミノ酸で構成されている
リボヌクレアーゼの構造を解析し、世界で初
めて酵素の解明に成功した。このことによっ
自動分析装置が販売された。1970年代にはイ
オン交換樹脂の微細化によって分析時間の短
縮化が進み、1980年代に入るとカラム、送液
ODSなど
検出器
可視吸光検出器 蛍光検出器
紫外、可視吸光検出器、蛍光検出
器(誘導体化試薬により選択)
分析システム
一般にはアミノ酸分析専用装置を使用
通常のHPLCシステムを使用
専用試薬がキット化されている
一般には自家調整
低(定量は 中
数100pmol以上)
高(定量は
数pmol∼数10pmol以上)
高 中
低
◎
展開液、試薬類
性能 感度
ポンプ、サンプラ、分析方法などに改良が加
定量精度
えられ、高速で大量検体処理が可能なアミノ
酸自動分析装置へと発展した。日本電子は
PTC、DABS、FMOC、OPAなど
陽イオン交換樹脂
分析装置 分析カラム
て、1960年代後半に入ると各社からアミノ酸
プレカラム誘導化法
ニンヒドリン OPA
カラムの溶離液とポンプで送液した 手動で誘導化、前処理機構付きオ
試薬を混合し、加温したコイルで反応 ートサンプラで自動化
*カラムで分離後に反応するため、 *共存物質により誘導体化反応が
共存物質の影響を受けにくい。
影響される場合がある。
反応
よって開発された1)。MooreとSteinは1963年
ポストカラム誘導化法
応用分野 微量の蛋白質組成分析 × △ 食品、飼料の分析や品 ◎
質管理
1960年代後半に世界で始めて全自動アミノ酸
△
×
分析装置JLC-5AHを開発した。さらに1970年
医薬品の品質管理
◎
△
△
代にはJLC-6AH、1980年代に入るとJLC-200A、
臨床
◎
△
△
1980年代半ばにステンレスカラムを使った高
Table 1 アミノ酸分析方法の比較
速・高感度の全自動アミノ酸分析装置JLC-300
を開発した。1995年にはWindows対応の操作
性・保守性を重視したワンボックスタイプの
プレカラム誘導化法
ポストカラム誘導化法
溶離液
高速・高感度の全自動アミノ酸分析機JLC500/V(AminoTac)を開発した。
ポンプ
ニンヒドリン比色法によるアミノ酸分析は定
量精度に優れた安定性の高い検出法であるこ
とから、測定結果の精度が要求される臨床検
査、先天性アミノ酸代謝異常症などのスクリ
ーニングや医薬品に含まれるアミノ酸、食品
試料→前処理
加水分解→乾燥
● 希釈
● ろ過
● PH調整
●
溶離液
サンプラ
カラム
(陽イオン交換樹脂)
中のアミノ酸の品質管理に使用されている。
るAminoTacの特長、構成、アミノ酸の応用
ポンプ
分野と実際を解説する。
反応層(加熱)
アミノ酸分析方法の比較
検出器(可視)
アミノ酸分析方法としては、ポストカラム誘
導化法とプレカラム誘導化法とがある。ポス
を使った方法で、サンプルを分離した後に反
(60)日本電子ニュース Vol.34 No.1 60(2002)
試料→前処理
→誘導化反応
誘導化試薬
(PTC、DABS、etc.)
● 反応バッファ
●
サンプラ
カラム(ODS、etc.)
ニンヒドリン試薬
本稿では、ニンヒドリン比色法を採用してい
トカラム誘導化法はイオン交換樹脂のカラム
ポンプ
Fig. 1
アミノ酸分析方法の比較図
検出器
(蛍光または可視)
応試薬を加えて検出する方法である。反応試
た後、蛍光検出器などで測定し高い感度を得
薬にはニンヒドリンとフタルアルデヒド(ο-
る方法がある。この方法は、生化学分野のタ
Phthalaldehyde (OPA))を使った方法がある
ンパク質構造解析用として主に使用されてい
(Table 1)。OPA法はニンヒドリン法に比べ
る。ポストカラム誘導化法はサンプルをカラ
JLC-500/V(AminoTac)
全自動アミノ酸分析機
て高い感度が得られるが、実際の運用面では
ムで分離した後に反応するために、共存物質
アミノ酸分析は高速・高分離であること、そ
試薬の長期安定性に問題があり現在はニンヒ
の影響を受けにくい。一方プレカラム誘導化
して定性・定量精度に優れていることが必要
ドリン法がポストカラム誘導化法の主流とな
法によるサンプルは共存物質などにより反応
条件である。AminoTacは、この必要条件を
っている。一方、サンプルを誘導化試薬でラ
が影響される場合がある。このようにポスト
満たすとともに、専用分析装置として操作性
ベル化し、ODSなどのカラムを使って分離し
カラム、プレカラム誘導化法には長所短所が
と保守性を重視したコンパクトでワンボック
。
あって、応用分野の選択が必要である
(Fig. 1)
スタイプの全自動アミノ酸分析装置である。
高速・高分離そして定性・定量精度を満たす
ために、①多段積層圧力分散型カラム
(Tandem Column)2)、②流量センサーフィード
樹脂がつぶれにくい
バック方式の新型ポンプ3)が開発された。
●高速化
●高分離化
●長寿命化
多段積層圧力分散型カラム
(Tandem Column)
高速・高分離分析にはカラムを長くして流速
樹脂の目詰まり
粗
を上げる必要がある。しかし、それによって
イオン交換樹脂にかかる圧力が上昇するため
に、長時間使用すると樹脂に負荷がかかり、
密
従来カラム(内径6mm)
樹脂がつぶれて下端のフィルタに目詰まりを
おこして分析不可能となる。多段積層圧力分
タンデムカラム(内径4mm)
散型カラムでは、流量を上げてもカラム全体
Fig. 2 従来カラムとTandem columnの比較図
にかかる圧力(P)はP/段数となって分散し、各
段にかかる圧力差が下がって樹脂のつぶれは
流量 Q(ml/min)
なくなる。これにより流量を上げても高分離
位置センサ
ステッピング
モータ
分析カラムは3段(4dia.×120mm)、高分離分
分析カラム
析カラムは4段(4dia.×160mm)で分析が行わ
吐出弁
吸入弁
を維持したまま高速分離が可能となる。標準
ポールネジ
プランジャ
増幅・位相・制御回路
れる。Fig. 2は従来カラムとTandem column
の比較図である。
フローセンサ
N2ガス
溶離液ボトル
圧力 P(kg/cm2)
Fig. 3
圧力/流量特性図
Fig. 4
新形ポンプ機構図
流量センサフィードバック方式
ポンプの原理
プランジャが吸入行程に入ると、高圧下で圧
縮された溶離液が膨張するために吸入量が減
少する。また、吸入行程から吐出行程に入る
と、常圧から高圧になるまで溶離液が圧縮さ
れるために、タイミング遅れが生じて流量が
減少する。そこで吸入側にセンサを設置し、
流量が減少した分をリアルタイムでフィード
バックすることにより溶離液組成、カラム温
度、圧力などの変化があっても流量は常に一
定に保持される。圧力/流量特性図をFig. 3 に
示す。従来方式では圧力負荷が上昇すると流
量が低下する。特にMethanolなどの有機溶媒
ではその流量は著しく低下する。これに反し、
Fig. 3の特性図に示したように、フィードバッ
ク方式ではH2O、Methanol溶媒共に圧力負荷
上昇によってもその流量は低下しない。アミ
ノ酸の分離には数種類の濃度、pH、有機溶媒
含有率の違った溶離液を使用するので、流量
Fig. 5
全流路系統図
フィードバック方式は高精度のデータを得る
ことができる。また、この新型ポンプはニン
ヒドリン試薬と溶離液を位相制御パルスミキ
シングで送液して混合効率を向上させること
Fig. 6
分析機操作パネル画面のアイコン表示
により、ベースラインノイズを大幅に低減す
日本電子ニュース Vol.34 No.1 61(2002)(61)
ることができる。Fig. 4に新形ポンプの機構
と、体の中で生成されるものとがある。従っ
ができ、しかも多検体オートサンプラが装備
図を示す。
て血中、尿中の遊離アミノ酸の分画を検査す
されることで、先天性代謝異常症のマススク
ることにより、疾患の診断、病態解析に有効
リーニングなどで使用されるようになった。
完全モジュール化
な情報が得られる。フェニルケトン尿症など
最近、米国などではタンデム質量分析装置を
検査室、研究室には多くの機器が設置されて
の先天性アミノ酸代謝異常症は早期の発見と
治療が行われている4、5)。そのために新生児マ
使ってアミノ酸代謝異常症と有機酸代謝異常
ススクリーニングが全国的に行われている。
しかし現段階では装置を含めたイニシャルコ
一次検査には多検体を効率的に検査できるこ
ストが高額であること、操作と保守が難しい
とからガスリー法が広く使われているが、肉
ことなどの理由により一部を除いては普及し
ていない。今後の動向が注目されている6)。
いる。AminoTacは全てのモジュールをフロ
アタイプの本体に収納し、操作性と保守性を
重視したワンボックスタイプの装置である。
そのために設置室を選ばない。しかも設置室
のレアウト変更にも容易に対応できる装置で
ある。AminoTacの全流路系統図をFig. 5に示
す。
ワークステーション
ワークステーションは、OSにWindowsを
眼判定のために精度面で問題があるといわれ
ている。そのためにマイクロプレート酵素法
などの測定法が開発されている。一方アミノ
症を同時に検査する方法も報告されている。
食品分野
酸分析装置を用いる方法は、多種のアミノ酸
日常生活で常に口にする食品は、栄養、嗜好
を分離溶出するために、分析時間が長いので
性、機能性、そして安全性について種々の分
マススクリーニング検査には向いてないとさ
析が行われている。その中でアミノ酸は栄養
れてきた。しかし、高速分析で高精度の分析
成分として以外に、味覚成分、生理活性成分
CRTに17インチのデイスプレイを採用し、わ
かり易いアイコン表示とマウスを中心にした
簡単操作である。ルーチンに必要なスタート、
ストップなどの操作ボタンは画面上部に常に
表示され、これをクリックするだけで簡単に
8
Editing
Sample Information
操作できる。また、装置の電源を入れシステ
Start Seq. No.
Last Seq. No.
Seq. No
1-99
ムを立ち上げると、分析するための検体条件
を入力するサンプル情報画面(Fig. 8)が直ぐに
表示される。Fig. 6は分析機操作ボタン表示
である。
1
1-96
Vial. No.
Sample Name
Sample Volume
FV1-FV3
Profile
Auto Sampler
Matrices Pipette
Editing Profile
Profile Name
Run Time
Parameter
Standard Table
Report Format
GLP
プログラム設定
自動分析に必要な条件を設定したプログラム
をあらかじめ作成する。作成したプログラム
に基づき分析データ処理が実行される。分析
1-10
Report Format
1-10
Header Print Data
Header Format
Chromato Print Data
Results Print Data
Common
Header Format
終了後は検体に付随するすべての設定条件と
Run Time
測定結果がデータファイルに格納される。条
1-10
Parameter
件設定プログラムには設定内容の違いに基づ
く以下の種類がある。サンプル情報設定、ス
Standard Information
タンダード・テーブル設定、自動分析プログ
GLP
1-10
1-10
GLP-System Check
1-10
ラム設定、報告書印字仕様設定、分析タイム
チャート設定、GLP印字仕様設定、波形解析
Fig. 7
プログラム設定構成図
Fig. 8
サンプル情報入力画面と装置モニタ
パラメータ設定で構成される。さらに分析終
了後に選択されたクロマトファイルを連続計
算するための自動再計算処理プログラム設定
がある。Fig. 7に構成図を示す。
プログラム設定画面
各種設定画面に従って、すべての設定条件を
あらかじめ入力する。Fig. 8からFig. 11に一
部の例を示す。
応用分野
Fig. 9
スタンダードテーブル編集画面
ニンヒドリン比色法によるアミノ酸分析は、
Table 2に示すように、生化学、臨床医学、
医薬品、飼料、食品の広い分野に利用されて
いる。Fig. 12は日本電子のアミノ酸分析機納
入先の応用分野を示したグラフである。
臨床医学分野の遊離アミノ酸分析
血中、尿中の遊離アミノ酸には食物中のタン
パク質が消化管で分解され吸収されるもの
(62)日本電子ニュース Vol.34 No.1 62(2002)
Fig. 10 リアルタイムクロマト波形画面 Fig. 11 マニアル解析処理画面
として重要な働きがある。これら食品中のア
酸分析、日本酒のアミノ酸分析データをFig.
度のアミノ酸自動分析装置である。タンデム
ミノ酸成分分析にアミノ酸分析装置が使用さ
15からFig. 22に示した。
カラムと新形シングルポンプの開発は高速で
れている。Table 3に味覚とアミノ酸、Table
4にアミノ酸と効能を示した。
分離を損なわない高再現性のクロマトグラフ
結果データ
が得られる機構となっている。液体クロマト
結果データはA4サイズの用紙に印字される。
グラフィによるアミノ酸の分析は、時間がか
結果データのフォーマットは、分析条件によ
かる、分離が悪いなどの理由により使用する
って、10種類の報告書印字フォーマットを設
ことが敬遠されがちであった。AminoTacは、
定し登録することができる。それぞれに報告
ハード、ソフト面を大幅に改良することによ
すでに述べたように、多段積層圧力分散型カ
書ヘッダ部、クロマト波形印字部、計算結果
り、加水分解アミノ酸分析で18分、生体アミ
ラム(Tandem Column)は、高分離で高速分
印字部の詳細を設定することができる(Fig.
ノ酸分析で60分、さらに部分分析、時間短縮
析が可能となった。Fig. 13とFig. 14には分析
23、Fig. 24)
。
分析が可能な高速のアミノ酸分析装置であ
分析データ
アミノ酸高速分析
時間18分の加水分解標準アミノ酸分析と分析
る。また、ワークステーションは分析から結
時間60分の生体アミノ酸標準分析データを示
おわりに
した。応用データの一例として、生体標準ア
すでに述べたように、AminoTacは、分析部、
GLP機能により、常に最適状態でのシステム
ミノ酸の高分離、臨床医学分野のホモシステ
ワークステーション共に、最新の技術を使い
を検証できる。これらの最新の技術によって、
ルとメチオニン分析、飼料の加水分解アミノ
ニンヒドリン比色法の安定性を重視した高精
操作性、保守性が飛躍的に進展し、正確性の
果データまでが完全自動化された。さらに
高い装置として、今後も臨床医学分野、食品
関連分野、生化学分野などに広く使用される
分野
目的
生化学(バイオ) 蛋白質の構造解析
分析
蛋白質の加水分解質
血漿、尿、髄液中の遊離アミノ酸
医学(臨床検査) 病態の解析
(先天性アミノ酸代謝異常症)
医薬品、化粧品
飼料
食品
製品の品質管理
輸液の遊離アミノ酸
蛋白質、ペプチドの加水分解質
製品の品質管理
栄養
飼料の加水分解質
栄養
味覚
機能食品
食品の加水分解質
食品中の遊離アミノ酸
備考
ことが期待される。
プレカラム法
主な解析法はDNA配列、MS
MS解析も進展
Table 2 アミノ酸分析の応用分野
臨床検査
食品
生化学
研究開発
飼料
医薬品
その他
参考文献
1. Stein, W. H., and Moore, S., J. Biol. Chem.,
Spackman, W. H., Stein, W. H., and Moore,
Fig. 12 アミノ酸分析の応用分野比率
S., Anal. Chem., 30, 1190(1958)
2. Kudoh,
味覚 アミノ酸類
旨味、酸味 アスパラキン酸、グルタミン酸、テアニン(お茶の旨味)
甘味 グリシン、アラニン、スレオニン、セリン、プロリン、グルタミン
苦味 フェニルアラニン、チロシン、アルギニン、ヒスチジン、ロイシン、イリロイシン、バリン、メチオニン
※人工甘味料
: アスパラテーム(アスパラギン酸とフェニルアラニンが結合したジペプチド)
Table 3 味覚とアミノ酸
アミノ酸類
タウリン
γアミノ酸類(GABA)
効能
コレステロールを減少、心臓の働きを強化、肝臓の機能を促
進、血液を正常に整える、視力の回復
血液降下作用、脳代謝促進作用(神経伝連物質)
バリン、ロイシン、イソロイシン、
(BCAA : 分岐類アミノ酸)
疲労の予防
アルギニン
肺力向上、精力増強(精細胞に多量に含まれる)
トリブトファン
精神安定、催眠(神経伝連物質)
S.,
Shouji,
K.,
Saitoh,
M.,
Chromatography, Vol. 16, No. 2 (1995)
3. Hasegawa, T., and Kuroda, M., Medical
Technology, Vol. 18 No. 2 (1990)
4. European Research Network for evaluation
and improvement of screening Diagnosis and
treatment of Inherited Disorders of
Metabolism, 14years of the French
Experience Clin. Chem. 1993 ; 39/9 ; 18311896
5. Clinical Laboratory News, AACC, vol. 25,
No. 8 (1999)
6. Parvy P., Bardet J., Rabier D., Kamoun P.1-
テアニン
リラックス効果
アスパラギン酸
疲労回復(カルシウム、マグネシウムの吸収)
Laboratoire de Biochimie M é dicale B,
グルタチオン
(グルタミン酸、システイン、グリシンが
結合したトリペプチド)
解毒作用、坑酸化作用
Groupe Hospitalier Necker Enfants
Table 4 アミノ酸と効能
Malades, 149 rue de Sèvres, 75743 Paris
CEDEX 15, France
日本電子ニュース Vol.34 No.1 63(2002)(63)
(64)日本電子ニュース Vol.34 No.1 64(2002)
Trp
Gly
Met
NH3
Lys
Val
His
Cys
Pro
Met
b-Ala
Ans
Car
Trp
MEA
b-ABA
Arg
a-ABA
3M-His
Lys
Cys
Gly
Orn
1M-His
His
Hylys
NH3
GABA
Phe
Leu
Argino succinic acid
Tyr
Cysteine-Homocys
Ile
allo-Ile
Cysta
Ala
Val+Cysta
Homocys1/2
Homocystine
n-Val
Pro
Hypro
Met
標準試料の生体アミノ酸高分離分析
Arg
Tyr
Phe
Ile
Leu
Ala
Asp
Thr
Fig. 15 高分解能分析(120分)
Ser
Met sult
Val
Cit
Asp
P-Ser
Fig. 13 加水分解標準アミノ酸の高
速分析(18分)
Glu
Cys Acid
a-ABA
Glu
Gln
Pipecolic acid
Homocysteine
AAA
Sar
Asn
Thr
Ser
Tau
PEA
Urea
a-ABA
Met
Homocys1/2
Car
Trp
Gly
Ala
Met
Val
Arg
H-cys
Leu
Cys
Cit
Orn
MEA
Val+Cysta
Lys
n-Val
Cysta
a-ABA
Tau
Arg
Cys
His
Val
Asp
Thr
b-ABA
Ile
Asn
Asp
PEA
NH3
Tyr
Phe
Met
His
Lys
3M-His
Ans
1M-His
GABA
NH3
Hylys
Tyr
Phe
Glu
Gln
b-Ala
AAA
Sar
Thr
Ser
Urea
P-Ser
Ile
Leu
Ala
Gly
Ser
Pro
Hypro
Pro
アミノ酸の高速分析
臨床分析 :ホモシ
Fig. 14 生体標準アミノ酸の高速分析(60分)
Fig. 16 正常人血漿
Fig. 18 シスタチオニンβシンターゼ欠損症
カラム 4.0×120mm
(4-セグメント)
食品・飼料の分
Fig. 20 標準試料
カラム 4.0×160mm(4-セグメント)
Arg
Val
Ser
His
1M-His
Orn
Phe
Cys
Met
Cysta
a-ABA
AAA
Gln
GABA
MEA
Tyr
Asn
Thr
Urea
PEA
P-ser
Met
a-ABA
Homocys1/2
Tau
Ile
Asp
Val+Cysta
Lys
Leu
n-Val
Glu
NH3
Gly
Pro
Ala
システィンとメチオニンの分析
Fig. 22 日本酒の分析
カラム 4.0×160mm(4-セグメント)
Homocys1/2
a-ABA
Val+Cysta
n-Val
Met
Fig. 17 高ホモシスティン症
Fig. 19 メチオニンが高濃度なシスタチオニンβ
シンターゼ欠損症
全自動アミノ酸分析機 JLC-500/V(AminoTac)
Lys
Leu
Arg
Tyr
Metsult
Cys
Cys Acid
Met
Ile
Phe
His
Als
Thr
Gly
Ser
Asp
Val
Pro
Gle
NH3
分析
Fig. 21 飼料の加水分解物
カラム 4.0×160mm(4-セグメント)
Fig. 23 横方向に印刷されたクロマトグラフ
Fig. 24 縦方向に印刷されたクロマトグラフ
日本電子ニュース Vol.34 No.1 65(2002)(65)
BioMajesty JCA-BM1650に適合した
超微量検体分析の評価
柏木泰敏
日本電子(株)応用研究センター
はじめに
BioMajestyィ自動分析装置は、1996年に販売が
開始されて5年が経過した。BioMajestyは、生
化学自動分析装置として、市場で始めて検体
前希釈機構を採用し、検体量、試薬量を大幅
に低減した自動分析装置である。オープンデ
ィスクリートタイプのシングルラインランダ
ムアクセス方式の処理能力としては、市場最
高速度となっている。基本仕様書をTable 1
に示す。発売当時は、検体を希釈して測定す
ることは分注精度が劣り、各部の経年的な変
Item
Sampling cycle
Maximum throughput
In ISE analysis
Simultaneous analysis items
Sample
Original sample dispensing
volume
Dilution rate
Diluted sample dispensing
volume
Automatic rerun
Reagent
化によって再現性の劣化は必然的に発生する
との論評もあった1)。その後、市場では、愛
知医科大学附属病院中央臨床検査部の木沢仙
次等が、検体前希釈機能と低減した反応液量
を中心に検討し、良好な再現性と直線性が認
められたことを発表した2、3)。続いて、高知
医科大学医学部付属病院検査部の雑賀光一等
Final reaction read volume
Reaction time
Detection point
Photometry wavelength
は、最小反応液量80μLの条件設定で試薬と共
に検体量も微量化した分析を行い、再現性、
直線性、そして他社機種との相関とも良好な
結果が得られたことを認知し、小児・新生児
Data processing function
JCA-BM1250
JCA-BM1650
JCA-BM2250
4.5 seconds
3 seconds
2 seconds
800 tests/hour
1200 tests/hour
1800 tests / hour
1250 tests/hour
1650 tests/hour
2400 tests/hour
Up to 100 items (103 items in ISE analysis)
Sample pre-dilution method using the dilution disk
2 to 30 µL (0.1 µL step)
1:1 to 1: (75 x 75)
2 to 25 µL (0.1 µL step)
Rerun from the dilution disk
1 to 2 reagents, 4 reagents (optional)
1 to 2 reagents,
15 to 150 µL (0.1 µL step)
3 reagents
(optional)
10 to 100 µL
(0.1 µL step)
80 to 300 µL
60 to 180 µL
3, 4, 5, 10, 15,
3, 4, 5, 10, 15, 21 minutes
21, 31 minutes
65 points
98 points
41 points
340 to 884 nm and 1 or 2-wavelength measurement from
the 14-wavelength
DOS/V Japanese compatible, OS: MS-Windows NT, CRT:
17 inch (color display), Printer: Dot matrix 136 digits
Table 1 Basic specifications of BioMajesty series.
の微量検体に充分対応できる装置であること
を実証した。しかも使用する試薬量も従来の
装置の1/4∼1/5で測定が可能であることを発
表した4、5)。そして、筑波大学医療短期大学
の桑 克彦等は、JCA-BM1650の検体前希釈機
能を含めた性能確認検証を行った。その結果、
BioMajestyは、安定した性能を有し、かつ仕
様を満たしていることを発表した6)。その後、
三井記念病院中央検査部の下村弘冶等は、
BioMajestyの高希釈による検体微量分析が市
場で定着してきたことを発表した7)。
この様に、検体の超微量検体測定を可能にし
たBioMajestyは、小児・新生児など著しく採
血量に制限のある患者、創薬(drug discovery)・ゲノムの機能解析(genome functional
analysis)などで利用される小動物の検体検査
(66)日本電子ニュース Vol.34 No.1 66(2002)
Fig. 1
Schematic diagram of operating principle of BioMajesty.
は、少量採血量で多項目分析が必要とされる。
食水)と共に分注され攪拌される。一方、反
本稿では、希釈率を変えた分析条件パラメー
応セルには、あらかじめ設定された分析項目
ターを設定して分析し超微量分析のデータの
に従って試薬と希釈検体がそれぞれ分注され
通常、BioMajestyは、標準5倍希釈であり、元
評価を行った。評価結果を述べる前に、
て攪拌される。37℃に制御された反応ディス
検体30μLと120μLの希釈水(生食水)と共に
BioMajestyの基本仕様と簡単な動作原理を説
クの設定反応時間が終了すると、測光ポイン
希釈ピペットによって希釈ディスクのセルに
明する。
トに従って反応液の吸収スペクトルを測光
分注する。今回は、JCA-BM1650を使用し、
し、A/D変換されデータが収集される。この
標準5倍希釈を含め、元検体の分注量を減ら
データに基づいて濃度演算が行われ検査値が
した10倍希釈、25倍希釈について精密性の比
基本仕様
プリントアウトされるようになっている。測
較と測定値の互換性の検討を行った。
BioMajestyはJCA-BM16508)を含めてTable
定が終了した反応セルは、洗剤洗浄と温水洗
1に示されたように3機種が揃っている。処理
浄が行われた後に各波長のセルブランクが測
分析条件
速度が異なっているだけで、基本的な性能は
定され、次の検査項目分析に使用される。サ
項目・試薬
同じ仕様となっている。
ンプリング周期は、JCA-BM1250で4.5秒、
BioMajesty自動分析装置
目的
JCA-BM1650で3秒、JCA-BM2250で2秒の高速
動作原理
処理となっている。また、最終反応液量は、
患者から採血した検体は、遠心分離した後に
JCA-BM1250/BM1650で80∼300μL、JCA-
サンプルトレイにセットする。希釈ピペット
BM2250で60∼180μLのダイナミックレンジを
は、採血管の血清成分を希釈倍率によって吸
持った超微量対応となっている。Fig. 1に動
引を行い、希釈ディスクのセルに希釈液(生
作原理図を示す。
選定した21項目、当該試薬メーカーのリスト
をTable 2に示す。
分析条件パラメータ
実際の分析に使用される希釈後の反応検体量
(SV)は、Table 3が示すように21項目で201μL
が必要となる。その他、サンプルピペットに
よる分注毎のデッドボリュームは、3μLであ
り21項目で63μLとなる。さらに、希釈セルの
No.
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
ITEM
TP
ALB
AST
ALT
LDH
ALP
GGT
CPK
AMY
UA
Fe
Ca
ChE
CHO
TG
HDL
CRE
BUN
CRP
TBIL
DBIL
Company Name
Kanto Chemical
Kanto Chemical
Kanto Chemical
Kanto Chemical
Kanto Chemical
Kanto Chemical
Kanto Chemical
Kanto Chemical
Kanto Chemical
Kanto Chemical
Kanto Chemical
Kanto Chemical
Eiken Chemical
Eiken Chemical
Eiken Chemical
Kyowa Medical
Serotec Co.
Nittobo
Nittobo
Wak Chemical
Wak Chemical
Reagent Name
CicaAuto TP
CicaAuto ALB
CicaLiquid AST
CicaLiquid ALT
CicaLiquid LDH
CicaLiquid ALP
CicaLiquid GGT
CicaLiquid CPK
CicaLIquid AMY-1R
CicaLiquid UA
CicaLIquid Fe
CicaLiquid Ca
EJ Test ChE Eiken
EKDIEA-L CHO
EKDIEA-L TG
Determiner L
CRE-S
N-Assay BUN-L
Assay TIA CRP
E-HR WAKO
E-HR WAKO
Lot No.R1
1N1211
1L0211
1R1281
1Q0571
1Q1251
1R0201
1R0641
1Q0182
1R0541
1L1061
D0Y81
1P0551
14101
16108
15108
220DAG
10701
D135A
G145A
DQ608
EE317
Lot No.R2
デッドボリュームが35μLである。従って、分
析に必要な元検体希釈後の総検体量は、201+
1R1031
1R0581
1Q1261
1Q0491
1S021
1P0142
63+35=299μLとなる。Table 3の分析条件パ
ラメーター表では、1回の希釈操作で150μLの
希釈検体が作成される。総検体量は、299μL
であるので2回の希釈操作が必要である。従
って、21項目分析で使用される元検体は、標
1M0961
101111
1P0542
16102
16104
15102
301CAG
10701
A133A
E151A
DP006
DR187
準5倍希釈、10倍希釈、25倍希釈、それぞれ60
μL、30μL、12μLとなる。
成績
再現性の評価
5倍標準希釈、10倍希釈条件では、いずれの項
目も精度良く測定できた。25倍希釈では、一
部の項目、特に実効感度の低い酵素項目を除
Table 2 Chemistry items and reagent supply companies.
いては、ほぼ良好な測定結果が得られた。
1:5 (µL)
1:10 (µL)
1:25 (µL)
SV
R1
No. ITEM Original Diluter Original Diluter Original Diluter
µL
µL
1
TP
30
120
15
135
6
144
4
90
2
ALB
30
120
15
135
6
144
3
90
3
AST
30
120
15
135
6
144
20
90
4
ALT
30
120
15
135
6
144
20
90
5
LDH
30
120
15
135
6
144
9
80
6
ALP
30
120
15
135
6
144
4
80
7
GGT
30
120
15
135
6
144
10
90
8
CPK
30
120
15
135
6
144
9
80
9
AMY
30
120
15
135
6
144
7.7
100
10
UA
30
120
15
135
6
144
9
90
11
Fe
30
120
15
135
6
144
20
80
12
Ca
30
120
15
135
6
144
6
80
13
ChE
30
120
15
135
6
144
3.8
80
14
CHO
30
120
15
135
6
144
6.2
80
15
TG
30
120
15
135
6
144
4.6
80
16
HDL
30
120
15
135
6
144
5.4
80
17
CRE
30
120
15
135
6
144
6.7
80
18
BUN
30
120
15
135
6
144
13
80
19
CRP
30
120
15
135
6
144
20
80
20
TBIL
30
120
15
135
6
144
10
80
21
DBIL
30
120
15
135
6
144
10
80
Total SV volume 201 µL
Table 3 Analytical condition parameters.
R2
Table 4 に希釈条件別の再現性を示す。
µL
**
**
30
30
20
20
30
20
**
30
32
20
20
40
40
30
2
27
15
20
20
相関の評価
5倍標準希釈をx軸に、おのおの10倍希釈、25
倍希釈をy軸に、人血清n=30の相関関係では、
いずれの項目も相関係数、回帰式とも良好で
あった。Fig. 2は一例として酵素項目ALP、
脂質項目HDL-C、免疫項目CRPの3項目の相
関図を示す。
まとめ
標準5倍希釈、10倍希釈、25倍希釈の再現性は、
25倍希釈の一部を除いて良好な精度を示し、
標準5倍希釈間との相関も良好であった。10倍
希釈の条件では、元検体30μLで21項目が精度
良く分析できた。一項目あたりの平均元検体
量は1.4μLで分析できることになる。
このことからBioMajestyは、採血量に制限が
ある小児・新生児検体、実験小動物などの生
化学多項目分析に適合できる装置である。わ
日本電子ニュース Vol.34 No.1 67(2002)(67)
が国の出生数は年々減少傾向にあるが、未熟
児の出生数は増加傾向にあるとされている。
未熟児の採血にはキャピラリ採血管(一本か
ら採取できる血漿30∼40μL)が使われており、
必須項目の9項目は容易に分析可能である5、
9)
。一方、理化学研究所ゲノム科学総合研究
センターの動物ゲノム機能情報研究グループ
では、マウスを使ったゲノム機能解析の研究
で特異な形質の生化学検査(50μLの血清で30
項目を分析)にJCA-BM2250が使用されている
10)
。このように微量検体による多項目測定が
精度良く分析できることから、バイオ関連の
基礎研究分野にも使用されることを期待す
る。
参考文献と資料
No.
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
ITEM
TP
ALB
AST
ALT
LDH
ALP
GGT
CPK
AMY
UA
Fe
Ca
ChE
CHO
TG
HDL
CRE
BUN
CRP
TBIL
DBIL
mean
5.5
3.8
88.9
107.1
125.9
173.2
45.8
76
102.6
3.3
125.9
8.6
1484.3
115.3
97.2
41
1.2
13.8
1.2
0.4
0.2
1:5 (µL)
range
0.1
0
2
1
3
4
1
4
1
0.1
3
0.2
36
2
1
2
0.05
0.3
0.05
0
0
CV(%)
0.915
0.000
0.506
0.323
0.819
0.447
0.827
1.360
0.491
0.553
0.508
0.504
0.727
0.464
0.390
0.641
1.155
0.588
0.992
0.000
0.000
mean
5.5
3.8
93.5
107.5
125.8
170
46.2
74.9
103.3
3.3
120.8
8.7
1484.1
115.9
99.1
43.5
1.2
13.7
1.2
0.4
0.2
1:10 (µL)
range
0.1
0
2
1
3
12
2
5
2
0
3
0.3
35
3
2
1
0.1
0.5
0.09
0
0
1: 25 (µL)
mean range
5.4
0.2
3.9
0.1
107.8
5
116.3
4
125.1
15
176.1
27
42.5
5
72.1
23
104.4
6
3.3
0.1
114.8
20
8.8
0.4
1493.5
45
118.6
5
97
3
47.4
2
1.3
0.1
13.9
1.7
1.17
0.46
0.4
0.1
0.2
0.1
CV(%)
0.461
0.000
0.611
0.473
0.783
1.529
1.229
1.744
0.670
0.000
0.677
0.792
0.630
0.743
0.687
1.169
1.569
0.939
1.924
0.000
0.000
CV(%)
1.023
0.469
1.144
1.067
2.588
2.984
3.592
5.832
1.295
1.143
4.379
1.278
0.792
1.304
0.877
1.188
1.742
2.678
8.853
4.527
16.21
Table 4 Measurement reproducibility for each dilution condition.
1. 柏森裕、片山善章、国立循環器病センタ
ー、臨床検査、Vol.42、No.6、(1998年6月)
□酵素項目ALP
2. 木沢仙次、新井哲輝、浅沼春樹、愛知医
600
Dilution rate of 1:25
643号、(1998年7月27日)
4. 雑賀光一、島巻みゆき、山中茂雄、佐々
Dilution rate of 1:10
床検査部、Medical & Test Journal、第
600
y = 0.9774x - 0.6583
R2 = 0.9992
床検査自動科学会第31回大会
(1998年幕張)
3. 愛知医科大愛知医科大学附属病院中央臨
ALP
ALP
科大学附属病院中央臨床検査部、日本臨
400
200
y = 0.9651x + 0.7826
R2 = 0.9966
400
200
木匡秀、高知医科大学医学部付属病院検
査部、日本臨床検査自動科学会第31回大
0
0
200
会(1998年幕張)
400
0
600
0
Dilution rate of 1:5
200
400
600
Dilution rate of 1:5
5. 高 知 医 科 大 学 医 学 部 付 属 病 院 検 査 部 、
Medical & Test Journal、 第 676号 、
□免疫項目CRP
(1999年3月15日)
7. 下村弘冶、三井記念病院中央検査部、沼
田千秋、東京衛生病院臨床検査科、BM
セミナー、第49回日本臨床衛生検査学会
25.00
20.00
15.00
10.00
5.00
HDL-C
150
y = 1.022x - 1.301
R2 = 0.9977
Dilution rate of 1:25
臨床検査自動化学会第32回大会
10. 理 研 ゲ ノ ム 科 学 総 合 研 究 セ ン タ ー
10.00 15.00 20.00 25.00 30.00
Dilution rate of 1:5
HDL-C
150
Dilution rate of 1:10
田千秋、東京衛生病院臨床検査科、日本
5.00
□脂質項目HDL-C
system outside of Japan, please contact
9. 下村弘冶、三井記念病院中央検査部、沼
10.00
0.00
0.00
10.00 15.00 20.00 25.00 30.00
want more information on purchasing this
Bayer Diagnostics.
15.00
Dilution rate of 1:5
JCA-BM1650 is supplied from Bayer
by the brand name of ADVIA 1650. If you
20.00
5.00
0.00
0.00
8. In countries other than Japan, BioMajesty
y = 1.0005x + 0.2432
R2 = 0.9983
25.00
5.00
(沖縄)
Diagnostics (Terrytown New York, USA)
30.00
y = 0.9871x - 0.01
R2 = 0.9996
Dilution rate of 1:25
会第31回大会(1999年神戸)
30.00
Dilution rate of 1:10
日本電子株 et al、日本臨床検査自動化学
CRP:TIA
CRP:TIA
6. 桑 克彦、筑波大学医療短期大学、斎藤 進、
100
50
y = 1.039x + 2.4139
R2 = 0.9954
100
50
(Genomic Sciences Center)、動物ゲノム機
0
能情報研究グループ(Mouse Functional
0
0
20
40
60
80
Dilution rate of 1:5
Genomics Research Group)、研究成果
100
120
140
0
50
100
150
Dilution rate of 1:5
(Research Activity)ホ ー ム ぺ ー ジ 、
http://www.gsc.riken.go.jp/Mouse/About
Us/screening.htm
(68)日本電子ニュース Vol.34 No.1 68(2002)
Fig. 2
Correlations between the measured data at a dilution rate of 1:5 and those at dilution rates of 1:10 and 1:25.
製品紹介
JNM-ECA series
FT NMR装置
JNM-ECAシリーズは、現代のデジタル技術と高周波技術を駆使し
た最新のFT-NMR分光計です。共鳴周波数は1GHzまで対応できます。
また機能的には、タンパク、核酸などの生体高分子の溶液NMR測定、
固体NMR測定、拡散係数測定、マイクロイメージングなどに対応で
きる基本性能を確保しました。
● SSBミキシング方式を用いたピュアなRF
● デジタル直交変調方式により高速かつ高精度に制御されるRFパルス
● 正確な検波を保証するレシーバ
● 高速かつ安定した電力増幅器
● 1H/13Cチャンネルには最高のNF(ノイズフィギュア)値を達成した
GaAs高感度プリアンプ
● 追い越しパルスや非同期デカップルなど複雑なパルスシーケンス
を実現する、完全独立な複数の高速プログラマブルシーケンス
JEM-9310FIB 集束イオンビーム試料作成装置
液体金属(Ga)イオン源で発生させたイオンビームを利用した試料加
工装置です。半導体の不良解析をはじめとした特定部位のSTEM・
TEM試料作製およびSEM観察用の試料断面加工が容易に行えます。
● 容易なSTEM・TEM用薄膜試料、SEM用断面観察試料の作製
● サイドエントリーゴニオメータの採用でTEM試料ホルダの利用
● SEM用バルク試料テージおよびTEM用試料ステージの同時装着が
可能
● 集束性能の良い光学系、静電2段レンズの採用
● モータ駆動5段可動絞りとイオン光学系(IOS)の最適組合せ制御
● 高いイオンビーム電流量(30kV、10nA)による高速加工が可能
● 5kVの低加速電圧による仕上げ加工が可能
JSM-6460 走査電子顕微鏡
JSM-6460は観察から分析まで多様化する解析研究分野に対応するた
めに新設計された200mmの大形多用途試料室に性能を向上した新開
発の高精度電子光学系を搭載したナノテクノロジー時代に対応する
高性能汎用形走査電子顕微鏡です。
多くのユーザーが使用する環境を考慮して開発され、分かりやすく
快適な操作を可能にしたソフトを搭載しています。
低真空走査電子顕微鏡 JSM-6460LV、
分析走査電子顕微鏡 JSM-6460A/JSM-6460LAも用意されています。
● 分解能 3.0nm(低真空 4.0nm)
● 加速電圧 0.3∼30kV
● 倍率 ×5∼300,000
日本電子ニュース Vol.34 No.1 69(2002)(69)
製品紹介
JSM-6360
走査電子顕微鏡
JSM-6460は150mmの汎用形試料用試料室に性能を向上した新開発の
高精度電子光学系を搭載したナノテクノロジー時代に対応する高性
能汎用形走査電子顕微鏡です。
多くのユーザーが使用する環境を考慮して開発され、分かりやすく
快適な操作を可能にしたソフトを搭載しています。
低真空走査電子顕微鏡 JSM-6360LV、
分析走査電子顕微鏡 JSM-6360A/JSM-6360LAも用意されています。
● 分解能 3.0nm(低真空 4.0nm)
● 加速電圧 0.5∼30kV
● 倍率 ×5∼300,000
JSPM-5200
走査形プローブ顕微鏡
JSM-5200はAFMをベースとした多機能形SPMです。コンパクトな筐
体とスマートなオペレーションシステムで操作性が一段と向上。
AFMによる各種試料表面の微細な凹凸形状の観察や粗さの測定が可
能です。
● ソフトウェア機能がより使い易くなり、日本語/英語に対応
● ACモードにDDS(Direct Digital Synsesyzer)を採用、従来より安定性
を3桁向上
● FM検出にDigital PLLを採用、高分解能検出をソフトウェアから制
御
● Q-Controller, SCFMなどの新オプションが追加
JSPM-5700
大形試料用走査形プローブ顕微鏡
JSPM-5700は、小さな試料から大形の試料まで対応できる走査形プ
ローブ顕微鏡です。ウエハなどの大形試料もそのまま観察できます。
新方式のPZTカンチレバを採用し、初心者でも簡単に観察が行えま
す。
● 新方式のPZTカンチレバを採用
● 容易にチューニング、自動で高速アプローチ ● JSPM-5700の大形試料ステージは、最大で200×200×30mm(高さ)
の試料まで測定が可能
● 高解像度カラーCCDカメラ搭載 ● 画像編集や報告書作成にはSMileView(オプション)が威力を発揮
● 初心者も楽々オペレーション
(70)日本電子ニュース Vol.34 No.1 70(2002)
製品紹介
JPS-9200
光電子分光装置
最近のナノテクノロジーの進歩に象徴されるように、各種材料・デ
バイスの微細化・薄膜化が急速に進んでいます。このような流れの
中で、これらの材料・物質を評価するために、マイクロ領域の化学
結合状態分析のできる装置が求められています。また、シリコンウ
エハに代表される半導体材料の分野では、極微量表面汚染物を高感
度で分析する技術が必要です。
これらの要求に対応できる手法としてマイクロ分析用の光電子分光
装置(X-ray Photoelectron Spectrometer:XPS)が期待されています。
● 高空間分解能XPS分析(30μm)から広域XPSイメージ(50mm×
18mm)までナノ時代のニーズにお応えします
● 磁界・電界形インプットレンズによる高感度測定
● 高精度の波形分離ソフトウエアによる、容易な化学状態分析
● 全反射XPSによる高感度な表面極微量元素の測定
゛Convergent-Beam Electron Diffraction IV″発行 !
By Michiyoshi Tanaka, Masami Terauchi, Kenji Tsuda and Koh Saitoh
Institute of Multidisciplinary Research for Advanced Materials, Tohoku University
収束電子回折法(Convergent-Beam Electron Diffraction: CBED)は、結晶材
料をナノレベルで解析するために欠かせない手法です。
東北大学名誉教授、多元物質科学研究所 研究顧問 田中通義先生のグループ
は、長年にわたり電子顕微鏡学および結晶学の発展に多大な貢献をされてき
ました。田中先生のグループは、CBEDのバイブルともいうべき
「Convergent-Beam Electron Diffraction (CBED)」写真集シリーズ を1985年
以来、既に3巻、世に送り出してこられました。この「CBED」シリーズは、
全て英語で書かれ、卓越した研究成果と美しいCBEDパターンを掲載した最
先端のCBED法の手引きとして世界的に使われています。
今般、シリーズの完結編として「CBED IV」が刊行されました。この第4巻
には、田中先生のグループによる最新の画期的な研究内容が、あます所なく、
盛り込まれています。JEM-2010FEFエネルギーフィルタ電子顕微鏡で撮影
された素晴らしいCBEDパターン、高分解能電子顕微鏡像、高角度散乱暗視
野走査透過像、制限視野電子回折パターン、高エネルギー分解能の電子エネ
ルギー損失スペクトルと特性X線スペクトル、高度なコンピュータシミュレ
ーションデータが、読者の目に力強くうったえかけてきます。
「CBED IV」は、コヒーレントCBEDによる空間群決定の新手法、エネルギー
フィルタ法によるCBEDパターンの定量的解析、結晶構造パラメータと電荷
密度分布に関する精密な結晶構造解析、準結晶の最新研究成果、多層膜材料
の界面分析など、多岐にわたる内容を網羅しています。
さらに「CBED IV」は、熱散漫散乱の定量的分析への新しい道を示している
だけでなく、田中先生のグループと日本電子によって開発中の、新型モノク
ロメータとアナライザを搭載した新機軸の電子顕微鏡についても取り上げて
います。CBEDのバイブルとして、最も基本的なCBEDパターンの対称性も
紹介しています。
CBED写真集シリーズの最終巻である本書は、前の3巻と同様、ナノ材料科
学に従事する方々の最先端研究に、役に立つことでしょう。
Main Contents:
Space-group determination by coherent CBED
Energy filtering
Structure analysis
Quasicrystals
Inelastic scattering
Interface analysis
Future trend of
transmission electron microscopes
Atlas of CBED symmetries
Attraction
日本電子ニュース Vol.34 No.1 71(2002)(71)