【個人課題研究】 石井 潔班 ~ 目 1 「できる喜びを共有する保健体育科学習指導」 ~ゲーム的要素を取り入れた活動を通して ~ 研究員 青陵中学校 教諭 木下 幸洋 次 ~ 石井潔1 「できる喜びを共有する保健体育科学習指導」 研究主題 ∼ゲーム的な要素を取り入れた活動を通して∼ Ⅰ 研究の概要 本研究は保健体育科の究極な目標である「明るく豊かな生活を営む態度を育てる」ために必 要とされる「生涯にわたる豊かなスポーツライフを実現するための基礎を培う」ことを達成す るための保健体育科の授業の在り方について研究するものである。現代社会では,子どもが運 動において興味を持ち活発に運動するものとそうでない者との二極化や体力・運動能力の低下 などが問題視されており,本校生徒においてもその傾向が顕著に見られる。この原因の一つと して,生徒は保健体育科の学習において,意欲的に活動に取り組み技能を向上させることや仲 間と協力してゲームに勝利するなど,運動やスポーツの楽しさや喜びを十分に味わうことがで きていないと考える。そこで,これを解決するために保健体育科の学習において,VTR等の 視聴覚機器用いて個に応じた指導を行うとともに,生徒の興味・関心・意欲,及び技能を高め ることを目的として,ゲーム的な要素を取り入れた活動を行った。この結果,生徒は達成感や 成就感,有能感などの運動やスポーツにおける「できる喜び」を味わうことでき, 「生涯にわた る豊かなスポーツライフの実現」につながる運動やスポーツに積極的に取り組む資質や能力を 育成する保健体育科学習指導の在り方について明らかにすることができた。 キーワード Ⅱ : 情報収集力 情報分析力 創造的思考力 身体操作能力 実際の構想 できる喜び(達成感・成就感・有能感)の共有 記録会で技能を発 揮し、成果と課題を まとめる 自己のハードリン グを分析し課題を 発見する 自己の課題の解 決を図る まとめ・広げる段階 記録会に挑戦 見通す・追求する段階 ハードリングの理解 スローVTRによるハードリングの分析 ゲーム的活動による課題解決 ペアでのアドバイス活動による課題解決 記録会(成果を発 揮する場)の設定 模範演技 体育実技の本の提 示 スローVTRの提示 ゲーム的活動の場 の設定 アドバイス活動の 場の設定 ハードル走の目的 や特性を理解する 自己の技能の程度 を知る VTRの視聴 試しのタイム測定 VTRの提示 タイム測定の場の 設定 生徒の活動 生徒の実態 教師の支援 つかむ段階 −石井潔 1− Ⅲ 主題設定の理由 運動不足からくる体力の低下が重要な問題になっている今日,生涯にわたって運動やスポー ツへの意欲を高め,積極的に取り組むことを通して健康の維持・増進に努めようとする資質や 能力を育成することは大変重要である。そのためには生徒一人ひとりが様々な運動やスポーツ において,自分もやればできるという有能感や達成感,成就感を感じ,積極的に接して体を動 かすことの楽しさや喜びを真に実感することが重要である。また,運動に対する二極化傾向と いう表現が使われて久しいが,本校でも運動やスポーツができる生徒は集団の中でより積極的 に活動し,そうでない生徒はほとんど動こうとしない光景が見られる。しかし,その実態をよ く観察すると「動こうとしない」生徒の中には, 「どう動けば分からない」生徒が多いことが分 かる。このことによって生徒は,集団の中で自己の運動技能をよりよく向上させることができ ず,体を動かすことの楽しさや喜びを感じることができないと考えられる。そこで, 「どのよう に動けば」記録が伸びるのか,シュートが成功し得点につながるのか,チームが勝利できるの か等の具体的な生徒の思いを自己やチームで解決する活動を通して,生徒一人ひとりが仲間と 共にできる喜びを体験させる必要があると考えた。 Ⅳ 主題の意味 1 「できる喜びを共有する保健体育科学習指導」について できる喜びとは,保健体育の学習過程において生徒一人ひとりが自己やチームの課題を客観 的な情報を元に分析し,その課題を解決することを通してできなかったことができるようにな る,記録を向上させる,ゲームに勝利するなどの達成感や成就感,有能感を味わうことである。 できる喜びを共有するとは,課題を解決する場においてチームやグループでアドバイスや相 互評価を行い,互いの発想や思考を生かしながら課題を解決することで達成感や成就感,有能 感をチームやグループの仲間と共有することである。 また,「できる喜びを共有する保健体育科学習指導」を達成するための保健体育科における 基礎・基本として次の能力を育成することが重要であると考える。 (1) 記録の向上やチームの勝利等の目的を達成するために必要な個人的・集団的技能の習得 に関わる情報を見極め,収集,整理する力(情報力)。 (2) 収集,整理した情報を個人やチームの必要に応じて,互いの発想や思考を生かしながら 取捨・選択し,練習やゲームなどの場で活用する力(創造的思考力)。 (3) 各種の運動やスポーツの基礎となる技能の下に,理解した個人的・集団的技術のあり方 を実際に自分やチームが体を使って動くことができる力(身体操作能力)。 2 「ゲーム的な要素を取り入れた活動」について ゲーム的な要素を取り入れた活動とは,技能や技術の習得過程において単に反復的な練習を 行うだけでなく,個人やチームで競い合うなどの活動を通して生徒の興味・関心・意欲,及び 運動技能を高めようとするものである。この活動を通して生徒は興味・関心・意欲を高めるこ とでより積極的に学習に取り組み,またチームの仲間と互いに教え合うなど協力することで課 題を解決し技能を高めることで運動やスポーツにおける「できる喜び」を味わうことができる と考えた。 Ⅴ 研究の仮説 保健体育科の学習活動において,ゲーム的な要素を取り入れた活動を活かした学習過程を設 定すれば,生徒は学習に対する興味・関心を高めより積極的に学習に取り組むと共に,自己や チームの課題を解決し運動技能を高め,できなかったことができるようになるなどの有能感や 達成感,成就感を味わうことができるので,結果生涯において積極的に運動やスポーツに取り 組む資質や能力を育成することができるであろう。 −石井潔 2− Ⅵ 単元計画 Ⅶ 指導の実際 1 第1次の学習活動 第1次ではハードル走に対する興味・関心・意欲を高めるとともにハードル走の特性及び自 己の技能の程度についての理解することを目標とした。まず始めに生徒がハードル走に対する 興味・関心・意欲を高めるとともにハードル走の特性について理解することができるように陸 上競技世界選手権の男子110mハードル走及び女子100mハードル走のVTRを教師が解 説を加えながら視聴する場を設定した。また次に,ハードル走における自己の技能の程度を理 解するために50mハードル走の記録会を行う場を設定した。 2 第2次の学習活動 第2次では,まず始めに体育実技の本を活用してハードル走の技術を理解する活動を行った。 この活動を通して生徒はハードル走の技能をリード足・抜き足・上体の3つの観点から理解す ることができた。 次に,ハードル走における自己の課題を把握することを目的として生徒全員のハードリング をVTRで撮影したものをコンピューターでスロー再生し,それに教師が解説を加えながら生 徒自身にハードリングを分析させる場を設定した。この活動を通して生徒はハードリングにお ける自己の課題を明確に把握することができた。 −石井潔 3− 次に,ハードル走における基本的な動きを習得するために準備運動としてハードリングの動 きを取り入れたストレッチ運動やハードルを用いての動き作りなどに取り組む場を設定した。 この活動を通して生徒はハードル走特有である抜き足の股関節を開く動きについて理解するこ とができた。 次に,生徒のハードル走に対する興味・意欲・関心を高めると共に,ハードリングにおける 自己の課題を解決し技能を高めることを目的としてゲーム的な要素を取り入れた活動に取り組 む場を設定した。 【写真1】は歩行ハードルでの競争に取り組んでいる生徒の様子である。この 活動を通して【資料1】にあるように生徒はハードル走の抜き足の合理的な動きを身に付ける ことができた。 【資料1 ハードル歩行競争の生徒の感想】 【写真1 ハードル歩行競争の様子】 また同様に,ゲーム的な要素を取り入れた活動としてチーム対抗でのハードル走リレー【写 真2】を行う場を設定した。これはクラスを50mハードル走の記録を基準に3つのチームに 分け,1人が50mハードル走を行いそれを13人でリレーするものである。 【資料2】にある ように生徒は走順を工夫するなどチームで作戦を立てて意欲的に取り組む姿が見られた。また, チームの仲間に対してハードリングのアドバイスをする姿も見ることができた。 【写真2 ハードル走リレーの様子】 【資料2 ハードル走リレーの生徒の感想】 また,毎時間習得したハードリングの動きを実際のハードル走の中で実践することができる ように,スタートから5台目まで連続してハードル走を行う場を設定した。この際に,自己の 能力に応じて練習に取り組み,ハードリングの技能を高めることができるようにハードル間の 距離(インターバル)が異なる5つのコース(5.0m・5.5m・6.0m・6.5m・7, 0m)を設定した【写真3・4】。このことによって生徒は自己の能力に応じたコースでハード リングの技能,特に抜き足の動きに集中して課題解決に取り組むことができた。 −石井潔 4− 【写真3 コース別練習の様子】 【写真4 コース別練習の様子2】 また,課題を解決しハードル走の技能を高める事で得られる達成感や成就感などのできる喜 びを仲間と共有することができるように,活動全体を通してペアで互いにアドバイスを行う場 を設定した。 【写真5】この活動を通して生徒は【資料3】にあるように課題に視点を絞った具 体的なアドバイスを行うことができた。 【資料3 アドバイス活動を行っての生徒の感想】 【写真5 ペアでのアドバイス活動の様子】 3 第3次の学習活動 第3次では,学習の成果と課題を振り返る 50mハードル走クラス平均値 ために,50mハードル走の記録会を実施し 前回との記録を比較する場を設定した。この 際も,自己の能力に応じて記録会に取り組む ことができるようにハードル間の距離(イン ターバル)が異なる5つのコース(5.0m・ 5.5m・6.0m・6.5m)を設定した。 この結果50mハードル走のクラス平均値が 11秒29から10秒72まで向上させるこ 11.4 11.2 11 10.8 10.6 10.4 10.2 10 とができた【資料4】。 1 1 .2 9 1 0 .7 2 授業前 授業後 【資料4 50mハードル走記録比較】 Ⅷ 結果と考察 1 ハードル走における自己の課題を設定することができたか。 自己の課題を設定することができたかについては,生徒のアンケート(5段階自己評価尺度 表;以下同様)の問いに対する回答から判断した。 【資料5の1】にあるように学級の平均値か ら見ると4.6と非常に高い数値であることがわかる。これは,生徒全員のハードリングをV TRで撮影したものをコンピューターでスローVTR再生し,それに教師が解説を加えながら 生徒自身に分析させる場を設定したことが大変効果的であったと考える。 −石井潔 5− 2 ハードル走の楽しさや喜びを味わうことができたか。 ハードル走の楽しさや喜びを味わうことができたかについても,生徒のアンケートの問いに 対する回答から判断した。 【資料5の2】にあるように学級の平均値から見ると4.6と非常に 高い数値であることがわかる。また,その理由として友達(パートナー)と協力できたからと 答えた生徒が8名(21%),課題を解決できたからと答えた生徒が31名(82%),記録が 向上したからと答えた生徒が28名(74%)であった。このことから生徒はハードル走の経 験がほとんどなかったものの,ゲーム的な要素を取り入れた活動を通して自己の課題を解決し, 記録を向上させるなどハードル走の楽しさや喜びを味わうことができたと考える。実際に授業 後の記録会において32名(84%)の生徒が記録を向上させることができた。また,授業前 のアンケートでは「保健体育の授業は好きですか」の学級平均4.4に対し「ハードル走は好 きですか」が学級平均3.0と低い数値を示していたのが,授業後のアンケートでは3.8ま で改善することができた【資料6】 3 ペアでのアドバイスは有効であったか。 ペアでのアドバイスは有効であったかについても,生徒のアンケート(5段階自己評価尺度 表)の問いに対する回答から判断した。 【資料5の3】にあるように学級の平均値から見ると3. 9と他のアンケートの回答と比較して若干数値であることがわかる。これは,ゲーム的活動を 一斉に同じ活動を行ったため,生徒一人ひとりの課題に応じて解決のための手立てを工夫する ことができなかったことが原因と考える。 保健体育授業およ び ハー ド ル走は 好きです か 5 段階自己評価法 5 4 .5 4 3 .5 3 2 .5 2 1 .5 1 0 .5 0 4 .6 4 .6 3 .9 5 4 .5 4 3 .5 3 2 .5 2 1 .5 1 0 .5 0 【資料5 事後アンケート】 Ⅸ 成果と課題 1 成果 4 .4 3 .8 3 保健体育 ハー ド ル走(前) ハー ド ル走(後) 【資料6 事前・事後アンケート比較】 ハードル走における問題解決的な学習過程において,ゲーム的要素を取り入れた活動み取り組 むことで生徒は学習に対する興味・関心・意欲を高めるとともに自己の課題を解決し技能を高 めることができたと考える。また,自己の課題を把握する段階でスローVTR による自己のハー ドリングの分析を行ったことは大変効果があったと考える。また,自己の課題の解決及び記録 の向上を通して生徒はハードル走におけるできる喜びを得ることができた。 2 課題 本実践ではゲーム的要素を取り入れた活動において一人ひとりの生徒,特にハードル走を苦 手とする生徒に対して個々の課題に応じた解決のための手立てを工夫することができなかった ことが挙げられる。また,できる喜びを共有させるための手だてとして行ったペアでのアドバ イス活動の方法が不十分であったため,自己の課題解決及び記録の向上を通して得ることがで きたハードル走におけるできる喜びをパートナーで互いに共有することができなかった。 −石井潔 6−
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