「教育」かもしれない

滋 賀 大 学
の
い ま 教育学部
「アート」は「教育」かもしれない
そして、その実験を受け入れて下さったのがAINでした。
AIN出展作家さんの中には似顔絵を描く人もおられ
ます。学生が数日の練習で、その方々のような上手な
教育学部准教授 美術教育講座 藤田 昌宏
似顔絵から生まれるコミュニケーションの実験
自分の楽しみ、
発見が、
他者の喜びに形を変えて広がって行く
は相手の方が上手かったりもします。
しかし、何回も来て
個性に富んだ9枚の絵。
メガネにショートカットが
真を持ち帰ってもらい、私たちの手元には色んな自分の似
下さるリピーターの存在は、その活動自体が楽しく発見
印象的―いずれも、女子学生Tさんの似顔絵です。
に満ちたものであることを物語っています。
描いてくれたのは幼稚園児からプロの作家さんま
顔絵が出会いの数だけ思い出と一緒に残ります。9枚の絵
・・・
はそうして彼女の手元に残った彼女の顔なのです。
エガオ絵の参加者数は回を重ねる毎に増え続け、昨年
で、老若男女、様々な方々です。
これらの絵は『エガオ
お客さんにも描いてもらう似顔絵の描き合いは、数年
は200人を超えました。学生は一人あたり30人程と描き合
しくも気持ちよい緊張を覚えました(笑)。教育の視点に立
絵や』
と名付けた活動で、彼女が 似顔絵の描き合い
前にゼミ生の北崎丈二さん達の素朴な悩みから生まれ
いをした計算になります。よくやってくれました。4回の出
つと、日頃接する小学生にも、一緒に活動した大学生に
をしたことから生まれました。
ました。通常、似顔絵は絵の上手い人がその技術を使っ
展で延べ650人以上。外国人旅行者やAINの出展作家さ
も、直接人と関わって共通の会話を見つけ互いを描き合
てお客さんの似顔絵を描き、その対価としてお金を得る
うこの アナログ な繋がりは、デジタル社会に慣れ過ぎた
のが一般的です。似顔絵を描くのは楽しいし、相手も喜
現代に貴重な体験だと思えます。」
と分析してくれました。
んでくれる。でもお金をもらうのはちょっと気が重い そん
こういった地域と関わった活動は、アートを介して
な風に感じていた彼らが発明したのがこのシステムだっ
人と人とが繋がる、いわば学校を抜け出した美術教
たのです。
「描き合いにすれば絵の交換だけでいいじゃ
育の実践です。大学の授業で始めた「大学生の造形
ん!」―コロンブスの卵的発見でした。そうすると自分の手
遊び」が、
自分の楽しみ、
自分の発見を経て、他者の喜
元に思わぬ副産物(お金じゃなくて自分の絵)が残る。
びや発見に形を変えて広がってきました。
北崎丈二さんは県内の中学校で色々な仕掛けで
地域と繋がるアート
『エガオ絵や』誕生の背景
温かい目で滋賀大ブースを見守る田中猛士さん
(右奥)
生徒らに美術の面白さを伝えてくれています。Tさん
んも参加して下さいました。企画者側の学生は毎年入れ
は近々海外青年協力隊でセネガルに赴き現地の子ど
21世紀を迎え、アートを起爆剤にした町おこしが新潟
替わる訳ですが、お客さんの中にはフル参加の小学生も。
もたちとアート活動を始めるそうです。
「何十年ぶりや
妻有アートトリエンナーレ(新潟県、2000年∼)、瀬戸内国
聞けば、彼女の家には筆致の違う
(上手さも違う?)彼女の
ろ」
と笑いながら描いて下さるおじいさんがいます。
際芸術祭(香川県・岡山県、2010年∼)などで成果を上げ
4年間の成長を示す似顔絵が飾ってあるそうです。本企画
前述のフル参加の女の子もいます。改めて「アート」
ています。それに先駆け始まったAINですが、灯台下暗
に参加した学生の一人が教員になって赴任したのが、AIN
は「教育」かもしれない、
と感じています。
し。私は二十年余り、AINについても、広く知られている黒
会場近くの小学校だったことにも何か縁を感じます。
壁スクエア による町おこしにも接点がなく、それらを近
※2
くから見守っているだけでした。そうした時、
この学生の発
あなたもニガオエスト∼似顔絵から生まれるコミュニ
見した似顔絵の描き合いの新しさ・楽しさに、アートの可
ケーションの実験 を唱い、毎年10月に長浜で開催される
『芸
能性を感じ広く試してみたい!という衝動が起こりました。
現場の中で育つ「アート」
「教育」
AINの責任者のお一人で、長く滋賀大ブースに関わっ
術版楽市楽座 Art in 長浜※1』
(以下AIN)
で『エガオ絵や』を
て下さっている田中猛士さんはこんな風にエガオ絵やを
始めて4年になります。
『エガオ絵や』は、お客さんである参
見守って下さっています。
「学生さんの楽しい表情が、真
加者の似顔絵を企画者である私たちが描かせてもらいま
剣にお互いを描き合う中で、お客様の表情を豊かなもの
す。ただし描き手の私達をお客さんにも描いてもらいます。
に変えていく。それを見ていると、私達までエガオになっ
文末ではありますが、私たちと似顔絵を描き合って
数十分、初対面のお互いをじっくり観察し、絵に自信のある
てきます。紙の上だけではない表現が、芸術としてここに
下さった方々、実験の場を提供いただいたAINの皆
人もない人も、学校のことや身の上話をしながら描き合いま
あるのではと思うのです。我々も眉間にしわをよせてイベ
さん、そしてこの活動に関わってくれた在校生、卒業
す。出来上がった似顔絵を交換。参加者には似顔絵と記念写
ントを行うのではなく、楽しく笑顔で取り組んでいます。」
生の皆さんに感謝申し上げます。
また、現職教員で本学大学院在籍時にAINに参加し
今年度もグループ名『Shigirl シガール』で10月
※1豊臣秀吉が長浜の町づくりで行った楽市楽座を芸術の視点か
ら再現し、1987年、芸術の似合う町をつくろうと市民が立ち上が
り生まれた。http://www.art-in-nagahama.com/
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The似顔絵 が描ける訳ではありません。場合によって
※2旧市街にある、伝統的建造物群を生かした観光スポット。1989
年に黒壁ガラス館から展開し、町おこしの成功例として有名。
てくれた田中美穂さん(八日市南小学校教諭)は「私自
身、描くのが久しぶりで、それが人手に渡ることも含め、楽
4∼5日、AINに
『エガオ絵や』
を出展予定。