精神病院における造形活動に関する考察 ~患者の「自己表現」の観点から~ 京都造形芸術大学 藤澤三佳 精神障害は、現在、非常に大きいスティグマが付与されることが多く、患者は症状の苦しみに加えて、孤立 を強いられる社会的状況が存在している。本報告では、1960 年代後半からの精神病院内におけるA氏の造 形実践を中心にして、H精神病院での造形活動をとりあげてみていくが、そこでは彼らは自分の苦しみをアー トや言葉の両方で自己表現している。彼らがこの絵画教室の人間的つながりのなかで、どのように自己を表現 することが可能となり、生きる意欲を取り戻し、また鑑賞者の共感性に関しても考察する。 本報告は、医療・福祉と芸術領域の交差するところにあるが、その両領域間の乖離を明らかにして、またそ の両領域が把握していない側面に関して、社会学や人間学的考察を加えることが目的である。 芸術の領域では、精神障害者や知的障害者の絵画等の表現は、「アウトサイダー・アート」とよばれることが 多く、日本ではその展覧会等も主に 1990 年代に入ってから開催され始め、活発な動きが出てきたのは 1995 年を過ぎてからである。また他方で、精神医療の場では、医療関係者や臨床心理関係者によるさまざまな芸 術療法がおこなわれているが、それはあくまで治療を目的とした医療の枠組みのなかでなされている。 その共通するところとしては、共に表現者の「生」から切り離されがちな枠組みであり、社会学・人間学での 視点における考察が必要であろう。医療や芸術の領域からも、「芸術と医療、アートとセラピーが交わる位置に 立つ当事者たちの声を、私たちの多くはまだほとんど耳にしていない。だがそれこそが肝心なことではないの か。」「造形のプロセスをそれが実現する具体的な空間を、そしてそこにともに在る人々の相互交渉の様態を 見ること」が重要であるという指摘がなされている(三脇康生他編『アート×セラピー潮流』、フィルムアート社、 2002)。 方法としては、以下の機会に得た資料を用いている。2000 年 4 月~2010 年 6 月までの期間、精神病院、 福祉施設や共同作業所などで表現行為をおこなう人々やその家族、絵画教室の指導者、美術館の学芸員、 および医療・福祉関係者に対して実施した聞き取り調査、また、絵画教室の展覧会を開催しながら参与観察 (京都造形芸術大学付属ギャラリーRAKUにおいて、筆者の通年授業で企画・準備した展覧会)をおこなっ た。他に、メンバーに展覧会冊子用に書いてもらった文章や、展覧会を見た学生の感想文、またH病院が独 自で毎年開催している展覧会冊子(入手可能であった1994年~2010年)、東京精神科病院協会主催の 「心のアート展」の展覧会冊子を用いた。 本報告の結論として、従来、1960 年代から盛んになる精神医療における芸術療法には、医療―芸術間の 比重のバリエーションが存在するが、専門家と患者という関係のもとに治療が目的とされており、芸術の領域 においても、芸術的価値が高いとされる作品を生み出す目的が存在しており、患者当事者の表現や「生」がと らえられていないことを示す。そして、たとえ言語表現が困難であっても自己を表現しないと生きていけ ないという人間の自己表現がもつ意味が明らかになり、自己表現を可能とする絵画教室の性格、H 病 院外部の人々の共感性によって、 「社会のなかに生きている意識」が取り戻され、さらに弱さを逆バネ として社会に問い直すプロセスが生じていることを導き出す。
© Copyright 2024 Paperzz