動脈硬化に注意! 一次予防がリスクを減らす

Special Features 2
シリーズ
生活習慣病にならないために
動脈硬化に注意!
一次予防がリスクを減らす
第5回
心臓血管研究所名誉所長
相澤忠範
心臓病
構成◉藤原ゆみ composition by Yumi Fujiwara
生活習慣から発症する心臓病は、動脈硬化が原因となって起こることが多い。メタボリックシンドローム
と言われた人は、食事、運動、飲酒、喫煙に気を配り、早めに予防意識を持つことが大切だ。動脈硬化か
らくる狭心症、心筋梗塞の正しい知識を学ぶ。
私は約 40 年間、心臓病の治療に携わっていますが、
り運動をしたりしてより多くの酸素が必要になると、
対象となる疾患が様変わりしたことを感じます。昔は
狭くなった血管では酸素の供給が追いつかなくなって、
弁膜症や先天性の心臓病の患者さんがほとんどを占め
胸が苦しいなどの症状があらわれます。その症状は安
ていました。ところが今では、私が診療している患者
静にしていると数分ほどで治まり、再び身体を動かす
さんの大半は、生活習慣を原因とした心臓病です。
ことができるようになります。このような症状の狭心
そのなかで代表的なのは狭心症と心筋梗塞で、虚血
症を
「労作時狭心症」
といいます。労作時狭心症で、さ
性心疾患とも呼ばれています。ほかにも、生活習慣病
らに動脈硬化がすすむと安静時でも症状があらわれる
としての心臓病には高血圧によって起こる心肥大など
「不安定狭心症」
となり、心筋梗塞を発症するリスクが
がありますが、ここでは狭心症と心筋梗塞についてお
話ししていきたいと思います。
高まります。
このほか狭心症には「冠 攣縮性狭心症」があります。
どちらも、心臓の冠動脈の血管が傷つき、血管壁の
多くは明け方に、冠動脈がけいれんを起こすことで血
内側に粥状のアテローム性プラークという脂質がたま
管が狭くなり、胸が苦しいなどの症状があらわれ、し
る 動脈硬化 が主な原因となって起こります。では、
ばらくすると治まります。労作時狭心症と違うのは、
狭心症と心筋梗塞はどこが違うのでしょう。狭心症は
ほんのわずかな動脈硬化でも起こる可能性があるとい
動脈硬化によって血管が狭くなり血流が悪くなる病気
うことです。近年、冠動脈を攣縮させる物質がいろい
です。
ろとわかってきていますが、冠攣縮性狭心症の本当の
一方、心筋梗塞はアテローム性プラークが何かの拍
原因はまだ解明されていません。しかし治療法はわ
子に破たんし、そこに血小板が集まり血栓ができるこ
かっており、カルシウム拮抗薬という内服薬が有効で
とによって、血流が完全に止まってしまう病気です。
つまり、狭心症では心臓の血流はなんとか保たれるた
め心筋
(心臓の筋肉)
に障害は生じませんが、心筋梗塞
では血液が流れなくなったところの心筋が壊死してし
まい、最悪の場合、突然死につながることがあるので
す。これは大きな違いです。
狭心症の多くは、安静時やふつうに歩いているとき
などは何の症状もありません。しかし、階段を上った
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相澤忠範
(あいざわ・ただのり)
1942 年生まれ。66 年福島県立医科
大学卒業。東京医科歯科大学医学部
付属病院、平塚市民病院循環器科を
(財)心臓血管研究
経て、79 年より
所付属病院に勤務。2005 年より心
臓血管研究所所長。11 年より名誉
所長。専門は虚血性心疾患、心臓カ
テーテル、冠動脈インターベンショ
ン。
「ハートケア情報委員会」
の設立
にかかわり、狭心症や心筋梗塞の早
期予防、早期発見と治療、再発防止
を一般に広く呼びかけている。
■狭心症と心筋梗塞との違い
す。
心筋梗塞は、もともと血管が
狭心症の患者さんが心筋梗塞になる場合と、そうでない人でも心筋梗塞を発症することがある。後者の
(イラストレーション:青木宣人)
ほうが多いといわれている。
●狭心症
●心筋梗塞
狭いところに起こる場合と、そ
れほど血管が狭くなっていなく
ても大きな血栓ができやすい性
質をもつアテローム性プラーク
が破たんして起こる場合があり
プラークがたまり、
血管壁が厚くなる
ます。梗塞によって心筋に血液
が流れなくなると、約 20 分間
血栓
プラーク
血管内腔を保持しようと、
プラークが
たまった部分の血管は外側に膨らむ
(positive remodeling)
で心筋の細胞は壊死を始めます。一度死んでしまった
ない人の 2.7 倍も心臓の発作を起こしやすいことがわ
心筋はもとに戻りません。壊死した心筋の部位や範囲
かっています。吸わない人でも煙を吸うだけで、心筋
*
の大きさによって、致死的不整脈 を起こして死に
梗塞の発症率が 2 倍になるというデータもあります。
至ったり、一命を取り留めたとしても、心臓の働きが
喫煙ほどの大きなリスクではありませんが、ストレ
悪くなり生活の質を低下させてしまいます。
スも血圧を上昇させることで心臓に負担をかけ、血液
ちなみに、生活習慣が原因とは言えませんが、動脈
中のコレステロールを増加させます。特に仕事にのめ
硬化という観点から言えば、最近増えている心臓病が
りこむ、競争心が強い、神経質である、せっかちといっ
あります。それは、加齢により動脈硬化がすすむこと
た人は、その行動パターンから
「A 型
(行動)
人間」
とさ
で大動脈弁が狭くなり、血液が全身に送り出されにく
れ、虚血性心疾患になりやすいといわれています。
くなる
「大動脈弁狭 窄症」
です。昔は先天性やリウマチ
女性の場合は、女性ホルモンが減少する更年期以降
熱
(細菌の感染が原因)
による大動脈弁狭窄症が多かっ
は要注意です。
女性ホルモンには、
血中のコレステロー
たのですが、高齢化社会を迎え 60 歳代から発症する
ルの増加を抑えたり、血圧の上昇を抑える作用がある
ケースが増加しています。失神、息切れ、胸痛などの
ためです。
症状があらわれ、人工弁置換術といった外科的治療が
また近年、慢性腎臓病の場合、狭心症や心筋梗塞の
必要となります。
発症率が高くなることがわかってきました。この慢性
狭心症・心筋梗塞の予防=動脈硬化の予防
腎臓病も生活習慣病と深いかかわりがあり、高血圧、
生活に支障を引き起こし、死を招くこともある虚血
糖尿病、脂質異常症、内臓型肥満では、腎臓に負担が
かかるため、慢性腎臓病となるリスクが高くなります。
性心疾患は、できるならば避けたいものです。それに
加えて腎臓と心臓には強い相関があります。例えば、
は、原因となる冠動脈硬化を予防することが第一にな
慢性腎臓病になると高血圧を起こすホルモンが血液中
ります。冠動脈硬化の大きなリスクは、高血圧、糖尿
に増加し、血管をしなやかに保つ血管壁の内側にある
病、脂質異常症、喫煙、内臓型肥満といったいわゆる
内皮に障害が生じます。その結果、動脈硬化がすすみ
生活習慣病です。こうした疾患を予防すること、つま
やすくなるのです。さらに虚血性心疾患が進行し、心
り食事、運動、飲酒、喫煙といった生活習慣に気をつ
不全といわれる状態になると、むくみが生じますが、
けることが大切です。もちろん、生活習慣病のどれか
これをとるために利尿剤を使うと、腎臓に大きな負担
に罹患しているのであれば、その治療をしっかりと行
をかけて悪循環を起こしてしまいます。この慢性腎臓
うようにします。
病は高齢になるほど増加傾向にあり、生活習慣病とと
生活習慣の中でも特に心臓や血管に負担をかけるの
は喫煙です。タバコの煙に含まれるニコチン、一酸化
もに注意すべき病気のひとつだと言えます。
ほかにも意外なリスクとして歯周病があります。歯
炭素、タールなどの有害物質が動脈硬化を促進します。
周病の細菌が心臓の冠動脈に作用すると、心筋梗塞の
タバコを 1 日 20 本吸う人は、まったくタバコを吸わ
原因の一つとなると考えられています。
致死的不整脈:命にかかわる危険な不整脈のこと。心筋が不規則に震える心室細動、心室頻拍がある。こうした不整脈に対しては、電気ショ
が街中に設置されている。
ックが救命に有効である。最近では、自動体外式除細動器
(AED)
*
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胸痛とは限らず肩や胃が痛くなることも
予防がもっとも大事ですが、もし狭心症や心筋梗塞
を発症してしまった場合、早期の治療が非常に大切に
なります。特に心筋梗塞は 1 秒でも早い治療で血管の
閉塞を改善できるかが、生死や生活の質を左右します。
心筋梗塞の主な症状は、突然の胸痛や胸を足で踏まれ
たような圧迫感などですが、人によっては肩や胃が痛
くなることもあります。痛みの持続時間が 10 分以上
と長く、冷や汗を伴うほどの痛みあるいは失神から救
急搬送されることがほとんどです。しかしよく聞いて
■心筋梗塞のサイン
場所
胸(肩や胃、背中、顎、奥歯など他の部位の
場合もある)
持続時間
10分以上
痛みのタイミング 突然に
痛みの種類
重苦しい
締めつけられるように痛い
焼けつくように激しく痛い
他
手足が冷たく感じる
意識を失う
吐き気がする
人によって痛む場所や痛みの表現が異なる。激しい痛みであれば、我
慢せずに救急車を呼ぶことが大切だ。
みると、強い痛みが起こる数日前から何らかの痛みを
足の動脈と心臓は関係ないのではないかと思われる
感じていたという人も少なくありません。前兆の痛み
かもしれませんが、動脈硬化は血管全体の病気であり、
の見極めは難しいですが、狭心症であればもちろんの
足に動脈硬化があれば心臓にも動脈硬化が存在する可
こと、何らかの生活習慣病があって、今まで感じたこ
能性があるということです。間欠性跛行がある人は受
とのないような痛み、原因がわからないような胃痛が
診をし、足の動脈硬化に原因があった場合は治療が必
ある場合などは注意すべきです。循環器内科を受診す
要ですし、虚血性心疾患や脳梗塞に注意したほうがよ
るか、痛みが強くて治まらない場合は救急車を呼びま
いでしょう。
しょう。
さて、早期発見が大事ならば健康診断や人間ドック
狭心症の場合は、前述したように階段を上るなど運
で、虚血性心疾患の有無はわかるのでしょうか。残念
動量が増したとき、あるいは明け方に胸が痛くなる、
ながら健康診断や通常の人間ドックでは虚血性心疾患
息苦しいといった症状がサインです。狭心症の症状の
のリスクがあるかどうかはわかっても、実際に血管が
ほとんどは心筋梗塞と異なり、10 分以内で治まります。
狭窄しているかなど虚血性心疾患の有無はわかりませ
そのため、つい
「まあいいか」
と見逃しがちです。しか
ん。心電図はどうなのかというと、狭心症の発作時や、
も、労作時狭心症の場合、身体が慣れてしまうことで
心筋梗塞では変化があらわれますが、単に心血管が狭
ふつうに活動できる期間が長くなることもあります。
くなっている虚血性心疾患の状態では異常はわからな
ほうっておくと、安静にしていても頻回に発作が起き
いのです。
る不安定狭心症になりかねません。狭心症の症状に気
づいたら、早めに循環器内科を受診しましょう。
もともと虚血性心疾患のリスクがあり、心臓の状態
を詳しく知りたいというのであれば、心臓ドックがお
また、直接に心臓の症状ではありませんが、最近、
勧めです。普通に歩ける方でしたら、労作時狭心症の
歩行中に足が痛くなり、休むとまた歩行が可能となる
早期発見に有効で身体に負担がかからないのが「運動
といった症状を繰り返す
「間欠性跛行」
を訴える患者さ
負荷心電図検査」です。この検査では、心電図をとり
んが増えています。これには腰椎脊柱管狭窄症などに
ながら、トレッドミル(ベルトコンベアのようなロー
よる神経性のものと、動脈硬化が原因で足の動脈が狭
ラーの上を歩く)
や自転車エルゴメータ
(スタンド式の
くなったり、閉塞することで起こるものがあります。
自転車のペダルをこぐ)で運動を行います。心臓に負
どちらが原因なのかは、両腕と両足首の血圧を測定す
担がかかる運動時の心電図をみることで、冠動脈の狭
ることでわかります。通常、心臓に遠い足のほうが血
窄の有無がわかります。
液を送り出す力が必要となるため血圧が高くなるので
また、心臓の動きや血流をリアルタイムにとらえる
すが、足の動脈に狭窄や閉塞があると腕よりも血圧が
心臓のエコー検査があります。エコー検査のなかでも、
低くなります。
薬剤を点滴することで運動時と同じような状況をつく
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生活習慣病にならないために
第5回 心臓病
■冠動脈CT
り出して心臓の動きを調べる「ドブタミン負荷心エ
左冠動脈左前下行枝
に狭窄があることが
わかる。
(写真提供:相澤忠範)
コー検査」があり、普通の心臓エコーよりも冠動脈が
狭窄しているかどうかの検出率が上がります。
さらに最近、進化が著しい検査として、
「冠動脈
CT 検査」があります。かつて、心臓は動きが激しい
CT で撮影することはできませんでした。しかし、
ため、
機器が進化し、ごく短時間で心臓の断面図を撮影して
心臓の状態を三次元画像であらわすことが可能となっ
たのです。それによって、どこの冠動脈がどのように
狭窄しているかが詳しくわかるようになりました。冠
動脈 CT でみて狭窄している部位がなければ、冠動脈
ションより再狭窄のリスクが低くなります。ただし、
に狭窄はないと言い切れるほど精度が上がっています
冠動脈インターベンションでは、狭心症の場合は 2、
が、カルシウムがたまり石灰化した血管では明確にわ
3 日の入院で済むのに対し、冠動脈バイパス手術は 1
からないという点がデメリットです。
週間以上の入院を要します。身体に対する負担の程度
心臓ドックは自己負担で料金も数万円となります。
も大きく異なります。
「運動負荷心電図検査」
「心臓エコー検査」を含んだメ
手術の際に人工心肺を使う方法と、使わずに心拍動
ニューを基本としながら、より詳しい結果を知りたい
を保ったまま行う方法があります。身体の負担が少な
人は「冠動脈 CT 検査」
も選択するとよいでしょう。
いのは後者ですが、技術的に難しくなります。冠動脈
カテーテル治療と冠動脈バイパス手術が主流
インターベンションと冠動脈バイパス手術のどちらを
虚血性心疾患の治療、特に侵襲的治療はここ数十年
選択するかは、狭窄や閉塞の部位や数、患者さんの身
体状態などから判断されます。
間で目覚ましい進化を遂げました。現在主流の侵襲的
以上のような狭心症や心筋梗塞の治療によって、心
治療は、冠動脈インターベンションと冠動脈バイパス
筋梗塞発症時に一命を取り留めたり、胸痛などの症状
手術です。冠動脈インターベンションはいわゆるカ
が改善されたりするなど、多くの患者さんがその恩恵
テーテル治療で、手首や太ももの付け根からカテーテ
を受けてきました。しかしながら、再狭窄や別の部位
ル
(細い管)
を挿入して、狭窄もしくは閉塞している血
に狭窄や梗塞を起こす患者さんも少なくありません。
管まで到達させて狭窄部位にバルーン
(風船)
を膨らま
また、心臓に限らず、脳梗塞など他の動脈の閉塞を起
せて広げていきます。広げたところをステント(網目
こす場合もあります。
状の金属)で補強して、再び狭窄が起きないようにし
私は、患者さんにはっきりとこう言います。
「一度、
ます。ただし、このステントは体内にとって異物であ
心筋梗塞や狭心症になってしまった場合、再発しない
るため身体が過剰な反応を示して、逆に再狭窄の原因
ようにするための努力は半端ではありません。予防の
となることがあります。そこで現在では、免疫抑制剤
ために守るべきことを守っていただかないと、いくら
が塗られたステント
(薬剤溶出ステント)
が主に使われ
来ていただいても何にもなりません。一緒にがんばり
ています。そして最近では、約 2 年間で体内に吸収さ
ましょう」と。それほどに再発予防、つまり二次予防
れるステントが開発され、世界中で治験が始まりまし
はシビアな管理を要するのです。まだ狭心症や心筋梗
た。
塞になっていない人を対象とした一次予防のほうが、
冠動脈バイパス手術は、開胸し、狭窄、もしくは閉
はるかに楽なのです。動脈硬化が促進するリスク、そ
塞している血管の先に内胸動脈など他の部位からもっ
して生活習慣病発症のリスクをなるべく避けて、日常
てきた血管をつなげて、血液の 回路をつくります。
生活を送ってほしいと思います。
狭くなった血管を使わないので、冠動脈インターベン
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