Ludwig のキモグラフ(1846):累積記録器の遠い祖先 藤 健一 (立命館大学) キーワード:キモグラフ・実験装置学・ルートヴィッヒ, C Ludwig’s kymograph: The Antecedents of the Cumulative Recorder Ken’ichi FUJI (Ritsumeikan University) Key Words: kymograph, instrumentation, Carl Ludwig 目 的 1793~1798 年)で、振り子時計を利用した計時記録がされていた。 さらに、皮膚の内側の血圧の変化(脈波)を外に取り出して描画する というアイデアは、ちょうど Watt の蒸気機関の気筒内圧測定器④か らヒントを得たようである(Ludwig, 1852-1856)。1846 年型のキモグ ラフ⑤の完成度は低かったようで、1847 年には改良型⑥が製作され た。⑤のキモグラフの動力源は重錘であり、円筒回転軸と摩擦車およ び弾み車による最大回転速度の制限によって調速を行っていたよう である。より確実で安定した回転を得るために、Ludwig はフーコー (Foucault)の円錐振り子を用いた調速器を考案した。筆者はこのキモ グラフの動作模型を製作して、フーコーの円錐振り子式調速器の動作 方 法 を確認することができた。ところで、実験室で用いるには大型だった Ludwig(1847)の文献など、Web 検索による各種の図、挿絵、スケ ため、振り子式を廃して空気抵抗を利用した羽根式調速器を採用した ッチ、その他画像資料を分析対象とした。分析の要目は、キモグラフ の円筒を回転させる動力源、円筒の回転速度の調節機構を中心とした。 Kagenaar(オランダ Utrecht 大学)のキモグラフ⑦(1860)や、イタリ アの Matteucci のキモグラフ⑧(1900±50 年)が考案製作された。 さらに、図面などから推定した装置の機構や動作原理については、そ の動作模型を製作して確認する方法を用いた(例えば、藤, 2014a)。 Matteucci のキモグラフの動力は鎖錘を、調速はフーコー式遠心調速 器であるが、回転速度を調整(フィードバック)するらしい梃子が写 今回の Ludwig のキモグラフ(1847)についても動作模型を製作してそ っており、詳細は不明である。ぜんまい動力とフーコー式遠心調速器 の動作を再現確認した(2015 年)が、詳細は別稿に讓る。 とを採用した Ludwig-Baltzer 製のキモグラフ⑨(ドイツ)は 1870 年ころから製作が始まった。この⑨型をぜんまい動力と羽根式調速器 結 果 と 考 察 という簡易構造の廉価な大量生産型、Harvard 機器会社(米国)のキ 図1にキモグラフと累積記録器との関係を示した。Ludwig が 1846 モグラフ⑩が、1883 年から生産販売されると、当時の多くの実験室 年、最初に製作したキモグラフ(命名は Volkmann)を⑤に示した。 がキモグラフを導入するようになった。おそらく Skinner が「傾斜箱」 この装置は、実験動物(ウマやイヌ)の動脈に直結したマノメータ② 装置の累積記録器に流用したのは、この Harvard 式キモグラフであろ (Poiseuille, 1828)を利用した。当時の実験生理学において画期的で う。Gerbrands は戦後の 1950 年頃までに、キモグラフの機能を累積 反応に特殊化した累積記録器⑫を完成させた。その後、各種の累積記 録器を製作販売したが、21 世紀を待たずに実験室の世界では、ほぼ 絶滅してしまった。一方、18 世紀末から 19 世紀初頭には個々の目的 でそれぞれ別々に設計製作されていた連続記録器は、Ludwig によっ て生理や行動の実験装置、キモグラフとして完成した。そして、その 後はむしろ連続現象記録装置の単体要素となり、特殊性を捨てて万能 性を有することによって、今も命脈を長らえている。キモグラフ由来 の累積記録器とは独立に設計製作された Poppelreuter(ドイツ)の Arbeitsschauuhr⑬(1917)については藤(2014b)を参照されたい。 オペラント行動研究でかつて重用された累積記録器の原型は、 Skinner の「傾斜箱」装置(1929 年)にキモグラフを組み込んだ下降式 累積記録器であった(藤・吉岡, 2013) 。変化事象を時間の経過に従 って描画する装置、キモグラフ(kymograph, Kymographion)は、Wundt の Leipzig 大学の心理学実験においても導入、利用された。そこで、 Ludwig,C. (1816-1895)の考案したキモグラフについて、心理学にお ける実験装置史研究の一環として、その成り立ちを検討した。 参考文献 Cyon (1876) 藤健一 (2014a). 動作模型-現存しない過去の実験装置の動作を復元する 心理学ワールド, 66, 2-3. 藤健一 (2014b). 反応記録装置としての”Arbeitsschauuhr”日本行動分析学 会第 32 回年次大会発表論文集,31. 藤健一・吉岡昌子 (2013). スキナーの製作した機械式累積記録器の変遷と装 置試作行動の分析:1930~1960 心理学史・心理学論, 14/15, 13-29. Ludwig,C. (1847). Beiträge zur Kenntnis des Einflusses der 図 1 キモグラフと累積記録器の系譜 あったことは、呼吸など複数の生理現象を同時に記録できたことと、 描出した記録に基づいて客観的な分析が可能になったことであった。 しかし、継時的記録方法そのものは、Ludwig 以前においても各種の 記録測定で用いられていた。例えば、自記温度計(Keith, 1798)や、 音響分析の回転筒③(Young, 1807)である。経過時間そのものの記録 は、Beufoy(1834)の船型抵抗を測定する抵抗動力計①(データ収集は Respirationsbewegungen auf den Blutlauf im Aortensysteme. Archiv für Anatomie,Physiologie und wissenschaftliche Medizin, 242-301, Ludwig,C. (1852-1956). Lehrbuch der Physiologie des Menschen. Bd.2, Heidelberg: Leipzig: C.F.Winter. 図中②,⑨(www.instantbloodpressure.com), ④(www.farmcollector.com), ⑦(echo.mpiwg-berlin.mpg.de), ⑧(www.aou-careggi.toscana.it), ⑩(dssmhi1.fas.harvard.edu)
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