マルチ・エージェント・シュミレーションによる広告伝播

Video Research Digest 2010.7
『VR ABCD PROJECT』からのお知らせ
~Vol.24 マルチ・エージェント・シミュレーションによる広告伝播モデル その3~
はじめに
2010 年2月号で「MASによる広告伝播モデル」をご紹介しました。MAS(Multi
Agent Simulation=マルチ・エージェント・シミュレーション)というアプローチで、
広告出稿から広告想起をシミュレーションしようというものでした。MASに関して改め
て簡単に説明しますと、
多数のエージェントからなる仮想社会をコンピュータ上に構築し、
シミュレーションする手法といえます。エージェントとなるのは、その目的にあわせて消
費者であったり、企業であったりします。それぞれのエージェントには行動ルールが与え
られ、シミュレーション後に現われるふるまいを観察します。エージェントは、自律的な
意思決定をする主体であり、それぞれが異なる特性を持ち(異質性)
、相互作用します。異
質性と相互作用を扱うということがポイントです。抽象的な社会現象を理論化するといっ
たMASの使い方もありますが、将来予測やシナリオ分析のために、最近マーケティング
分野へのMASの適用が進んでいる手法です。
広告伝播モデルは、
(1)
広告接触モデル、
(2)
エージェント属性、
(3)
ブランド属性、
(4)ネットワークによる伝播、の 4 つのサブ・モデルで構成されていますが、特に(4)
のネットワークによる伝播についてはコンセプト・ベースのモデルとなっていました。エ
ージェント間での情報伝播は、ブランド情報を持っているエージェントがブランド情報を
持っていない他のエージェントへ、その情報を伝える(但し、彼らがネットワークでつな
がれていることが条件)
、その確率は一定であるという想定であり、実証的に検証されたパ
ラメータを与えていたものではありませんでした。そこで、モデルをより精緻化、また現
実に沿ったものにするため、エージェントはブランド情報をどんな情報源から得るのか、
その情報はどんな経路で発信されるのかなどのエージェントの情報受発信状況を実データ
で検証しようとアンケート調査を実施しました。
本稿では、その調査結果の一部をご紹介します。
1
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調査概要
時
期
方
法
対 象 者
カテゴリー
調査項目
:
:
:
:
:
2010 年3月の 1 カ月間
インターネット調査
㈱ビデオリサーチに登録しているモニター
自動車、ファッションブランド、パソコン、テレビ番組
① 想起ブランド名[ひとつ、自由記述]
② 情報受信(過去 1 週間)
1.① の当該ブランドに関する情報受信の有無[選択]
2.受信時に用いられたコミュニケーションの内容と種類[複数選択]
③ 情報発信(過去 1 週間)
1.① の当該ブランドに関する情報発信の有無[選択]
2.発信時に用いたコミュニケーションの内容と種類[複数選択]
結果概略
図 1 は、
カテゴリー別に消費者の情報受発信行動の構成割合を集計したものです。
「自動
車」
(調査回収数 10,433 人=100%)を例にとると、約 80%(全体 100%-想起無 19.3%)
の人がなんらかのブランド・車種を想起しており、また、直近の 1 週間でそのブランドの
情報を受信したか発信した人は約 43%(全体 100%-想起無 19.3%-受発信無 37.8%)で
す。その受発信の内訳を見ると、受信のみが 22.4%、発信のみが 3.0%、受発信ともに行
ったという人が 17.5%となっています。
受発信行動があった人 43%をコミュニケーションが行われた比率と解釈することがで
きます。この比率は、
「ファッションブランド」で 30%、
「パソコン」で 26%、
「テレビ番
組」で 67%となっていて、4 つのカテゴリーの中では「テレビ番組」についてのコミュニ
ケーションが活発に行われているということがわかります。
図 1 情報受発信行動の構成比
回収者を100%としたときの構成比。( )内は人数
100%
90%
19.3
19.1
34.4
35.7
80%
14.4
70%
60%
2.7
37.8
50%
3.0
40%
30%
17.5
20%
10%
34.7
22.4
30.6
39.3
1.9
1.3
11.5
7.0
16.1
18.0
ファッション(10,424)
パソコン(15,263)
33.2
0%
自動車(10,443)
受信:有&発信:無
受信&発信:有
受信:無&発信:有
2
テレビ番組(11,132)
受信&発信:無
想起無
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消費者はどんな経路で情報を受信・発信しているのでしょうか。表1と表2はカテゴリ
ー毎に自分が想起し、かつ情報受信(表1)あるいは情報発信(表2)したブランドにつ
いて、その経路(複数回答)を集計したものです(数字は%、分母は各カテゴリーで受信・
発信があったと回答した人)
。
表1 情報受信行動におけるコミュニケーション経路
ネット
リアル
(z)
その他
(r4)
その他の友人 知人
(r3)
学校
(r2)
職場
(r1)
家族
(n4)
eメール
(n3)
Twitter
(n2)
Blog
(n1)
BBS
(m5)
企業Webサイト
(m4)
雑誌
(m3)
新聞
ラジオ
テレビ
自動車
(m2)
・
マスコミ
(m1)
(%)
49.6
5.0
24.2
16.0
28.8
5.4
4.3
0.8
3.7
29.2
10.5
0.9
12.7
25.4
ファッション 19.3
1.1
11.8
26.3
29.3
2.6
4.4
1.0
10.5
25.6
7.4
1.6
19.2
31.0
パソコン
26.7
2.0
11.9
16.3
49.6
6.0
4.6
1.5
15.9
15.6
10.0
1.6
10.9
30.5
テレビ番組
67.9
4.6
28.4
9.0
10.5
4.8
5.1
1.2
1.7
36.8
9.1
1.3
14.3
13.5
※マスコミ経由による情報受信には「(m5)企業の Web サイト」を分類しました。インターネット上の
企業サイトから商品情報やプレスリリース等を通じて情報に接することが典型的な例です。企業から
消費者へ一方的に情報が発信されるという既存4メディアと同じ特質を持っているためマスコミに
含めました。
表2 情報発信行動におけるコミュニケーション経路
ネット
リアル
2.3
3.4
1.3
2.2
2.3
64.8
24.9
1.6
28.5
(z)
その他
(r4)
その他の友人 知人
(r3)
学校
(r2)
職場
(r1)
家族
(n5)
・
自身のWebサイト
(n4)
eメール
(n3)
Twitter
(n2)
Blog
(n1)
BBS
自動車
(%)
12.8
ファッション
2.3
4.0
1.4
3.3
2.5
56.6
16.8
3.1
41.5
9.6
パソコン
3.6
4.4
2.4
5.1
4.7
45.1
33.7
3.6
34.5
13.6
テレビ番組
2.6
3.8
1.2
3.2
1.1
72.6
20.2
2.5
29.8
10.6
インターネットのコミュニケーションでは、消費者の商品やサービスの使用感・使い勝
手などの生の声を伝達するケースが考えられます。
このコミュニケーション活動の特徴は、
消費者が自発的に情報発信を行うという点にあります。リアルなコミュニケーションは個
人が所属する現実的なコミュニティ構成要員間での伝統的なコミュニケーションで、ネッ
トによるコミュニケーションに比べて、多くの制約(時間、場所、蓄積性)を受けていて、
効率は良くないと考えられます。しかし、消費者が自発的に情報伝達を行うという点では
共通しています。
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「自動車」を例に見てみましょう。情報の受信経路で最も多いのはテレビ(50%)
、次に
家族(29%)と企業 Web サイト(29%)、新聞(24%)が続きます。ネットによる情報受
信(企業 Web サイトはマスコミ)はあまり多くありません。また、情報発信経路でもリア
ルな対人関係でのコミュニケーションが、ネットでのそれを大きく上回っています。Blog、
最近では Twitter などネットでのコミュニケーション活動が話題になっていますが、
情報の
受信・流通の総量に占める割合は、従来のマスメディア(企業 Web 含む)や伝統的でリア
ルなコミュニケーションに比べるとまだまだ少ないと言えましょう。
効果的なコミュニケーションの組み合わせ
情報伝達経路のおおよその量は分かりました。では、コミュニケーションの効果という
点ではどうでしょう。効果を本稿では“受信経路別の情報発信の確率”と定義します。あ
る経路からの情報受信は少ないが、その経路から受信した人の情報発信確率が高ければ効
果があるということになります。
「自動車」カテゴリーで情報受信があった人(4,171 人)を対象に、その受信経路別に
情報発信確率を算出したのが表3-1です。ここでは、(m1)テレビから(m5)企業 Web サイ
トをマスコミとして、いずれかの経路で受信があればマスコミでの“受信有”としていま
す。ネットもリアルも同様です。全体が 0.438 ですからそれよりも確率が高ければその受
信経路は情報発信に対して効果有りと言えそうです。
ネットとリアルに関してはそれぞれ受信有りの場合、全体より有意に発信確率が高くな
っています(0.537、0.690)
。一方、マスコミは 0.422 と全体の 0.438 より低くなっていま
す。一見、ネットとリアルはプラスの効果が、マスコミはマイナスの効果があるように見
えますが、受信経路の組み合わせを考慮する必要があります。つまり、マスコミでの受信
者の中には、ネットでの受信がある人/ない人、リアルの受信がある人/ない人が混在し
ていてそれぞれの効果が見えにくくなっているからです。
表3-1 受信経路別の発信確率(自動車)
人数
全体
マスコミ
ネット
リアル
発信確率
4171
0.438
無(0)
910
0.495
***
有(1)
3261
0.422
***
無(0)
3707
0.426
***
有(1)
464
0.537
***
無(0)
2428
0.257
***
有(1)
1743
0.690
***
全体 0.438 との比率の差の検定 有意水準 ***:0.1% **:1% *:5%
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そこで、マスコミ・ネット・リアルの有無のすべての組み合わせについて情報発信確率
を計算したのが表3-2です。
これを見ると、マスコミ受信の発信に対する「効果はない」
「マイナス」とは言えないこ
とが分かります。ネットとリアルを固定した時のマスコミ受信有無の発信確率を比べてみ
ると、ネット無・リアル無のケースでは、0.219(マスコミ無)に対して 0.248(マスコミ
有)
、同様にネット有・リアル有のケースでは、0.609(マスコミ無)に対して 0.805(マ
スコミ有)となっており、マスコミ受信の効果は認められます。つまり、マスコミの情報
受信はそれ単独では情報発信に対する効果は認められないが、他の経路との組み合わせで
効果を発揮するということでしょう(交互効果)
。
表3-2 受信経路別の発信確率(自動車)
人数
全体
マスコミ
4171
発信確率
0.438
無(0)
ネット 無(0)
リアル 無(0)
279
0.219 ***
無(0)
無(0)
有(1)
534
0.667 ***
無(0)
有(1)
リアル 無(0)
74
0.257 **
無(0)
有(1)
有(1)
23
0.609
有(1)
ネット 無(0)
リアル 無(0)
1877
0.248 ***
有(1)
無(0)
有(1)
1017
0.684 ***
有(1)
有(1)
リアル 無(0)
198
0.404
有(1)
有(1)
有(1)
169
0.805 ***
全体 0.438 との比率の差の検定 有意水準 ***:0.1% **:1% *:5%
しかしながら、情報受信から情報発信の過程で最も影響力があるのがクチコミなのは明
らかで、情報発信の確率の高低はクチコミ経由か否かで決定されているようです。その反
面、ネットは受信者・発信者ともに絶対数が少ないため、効果があるにはあるが限定的に
なっていると考えられます。紙面の関係で割愛しましたが、他の3つのカテゴリーでも受
信経路の組み合わせで発信確率を算出しても全く同じことが言えます。
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Video Research Digest 2010.7
おわりに
調査の本来的な目的は、消費者の情報受発信行動の実態を調べ、その結果を広告伝播M
ASモデルに実証的なパラメータを搭載するための知見として得ることでした。本稿では
そこから得られたいくつかの事実をご紹介しました。
一言でまとめると、消費者はそもそも情報を受信していなければ発信しない、情報の受
信経路はマスメディアが中心となっていて、ネットでの受信は少ない、発信活動では、伝
統的でリアルなクチコミなどの受信情報ほど発信活動に結びついている、ということにな
いきち
るのでしょう。実証的な検証を必要とされる課題としては、広告接触→広告想起の閾値、
ネットワークの構造がありますが、
今後、
それら課題を一つひとつ解決していく予定です。
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