科教研報 Vol.22 No.2 創造的思考を活性化する方法 −山登り式学習法の実践とその効果− Teaching Method of Activating Creative Thinking: Practice and Its Effect of Mountain-Climbing Learning Method 齋藤 昇 SAITO Noboru 鳴門教育大学 Naruto University of Education [要約] 生徒の創造的思考を活性化する「山登り式学習法」を提案し,学習効果を明らかに する。中学1,2,3年生を対象とした数学の授業実践では,次のことが明らかになった。 (1) 認知的学力を15∼20%高めることができる。 (2) 数学への関心・意欲・自信等の情意を10∼15%高めることができる。 (3) 課題発見力を2∼10倍高めることができる。 (4) 創造性を2∼3倍高めることができる。 [キーワード] 創造的思考,創造性,山登り式学習法,数学,学習指導法 1 はじめに 結果では「成績は上位であるが,数学に対する自信 数学教育における創造性の育成は,日本のみなら や楽しさは低い」ことが指摘されている。 ず世界の大きな教育課題である。 経済協力開発機構(OECD)により 2000 年,2003 年, 創造性に関する研究は,1950 年代をピークとして 2006 年に高校1年生を対象として実施された学習 産業界や心理学の分野で発展してきた。それらの創 到達度調査の結果では,「数学的リテラシー,科学 造技法は,企業等では効果的に活用されているが, 的リテラシーは,上位に属するが,読解力は OECD 学校教育では直接適用することが難しく,ほとんど 平均よりは高いものの年々低くなってきている」こ 活用されていないのが現状である。 とが指摘されている。 本研究では,数学教育において,基礎的・基本的 文部科学省により平成 19 年に小学校6年生・中 な内容を確実に定着し,創造的思考を活性化する方 学3年生を対象として実施された算数・数学の全国 法として「山登り式学習法」の手法を提案し,その 学力・学習状況調査の結果では「知識に比べて,知 教育的意義,学習効果等を明らかにする。 識や技能等を実生活の様々な場面に活用する力が 弱い」ことが指摘されている。 2 日本及び世界の数学教育の課題 これらの調査結果から,日本の数学教育において (1) 日本及び世界の数学教育の課題 は「数学への関心・意欲,読解力,活用力をどのよ 国際教育到達度評価学会により 1995 年に小学生 うにして高めるか」といった課題があることが分か ・中学生を対象として実施された第3回国際数学・ る。 理科教育調査の結果では,日本の児童・生徒は「算 一方,世界的な視点からは,創造性をどのように 数・数学の成績は高いが,学習に対する関心・意欲 して高めるかといった,いわゆる「創造的人材の育 は極めて低い」ことが指摘されている。特に,記述 成」が大きな課題となっている。 形式が弱い。また,同学会による 2003 年の調査の (2) 生徒の構造的・体系的思考の実態 1 科教研報 Vol.22 No.2 生徒が学ぶ単元の内容の構成要素である学習項 育の課題がある。 目やキーワードを「学習要素」と呼ぶことにする。 数学への関心・意欲を高め,創造性を発揮させる 小学生,中学生,大学生,若年教師,熟達教師を には,「How to」だけでなく,それに加えて多様な 対象として,彼らや彼女らがそれまでに学んだ小学 側面から「Why, Because, What, If not, Other」 校,中学校,高等学校,大学の教科書の内容につい を思考させ,ねばり強く取り組ませる習慣を身に付 て,学習要素間の構造的関係をどのように把握・理 けることが大切である。 解しているかを調べた 1)。その結果は,次のようで あった。 3 小学生・中学生は,学習要素の関係を部分的に理 山登り式学習法の意義と目的 (1) 構造化の重要性 解しているが,学習要素全体はバラバラに把握して 熟達教師と生徒の認知構造を考える。図1(a)は, いる。高校生は,学習要素の前後関係はかなり理解 その認知モデルである。 しているが,全体的な関係は把握していない。若年 教師は,前後の関係はかなり捉えているが,全体的 な関係の理解はやや乏しい。熟達教師は,学習要素 全体を構造的・体系的に把握している。構造的関係 の理解度を5段階評価で表すと,小学生,中学生, 高校生,大学生,若年教師は,いずれも2∼3であ った。 これらの結果は,現在の学校数学では,学習内容 を構造的・体系的に思考し,全体の概念構造を把握 ・理解する習慣が,十分に身に付いていないことを 表している。これは,日本のみならず世界の数学教 育の大きな課題である。 (3) 創造性育成の阻害要因 創造性育成の阻害要因としては,社会的環境・教 育環境等が考えられる。ここでは,その1つの要因 図1 熟達教師と生徒の認知構造 として学校教育における「受験を過度に意識した教 熟達教師は,これまでの指導経験等を通して,教 育」の弊害を考える。 受験のための教育では,常に教師から生徒に問題 材の内容を構造的・体系的に把握・理解している。 が与えられ,生徒はその問題を解決するために, つまり,熟達教師は,頭の中に知識や情報の機能的 「どの公式を適用すべきか」「正解は1つだけある なネットワークを形成していると考えられる。 はずだ」「問題解決のどのパターンにあてはめれば 一方,学習者である生徒は,初めて学ぶ学習内容 素早く正答が出せるか」といった短絡的思考に陥り であるので,個々の学習項目の理解に留まっていた やすい傾向がある。生徒は,問題が解けることで, り,あるいは個々の学習項目の理解が不十分であっ 学習内容を十分に理解できたという気持ちになり, たりして,学習内容全体の構造的・体系的な関係を 「自分で発想する・考える」という力や意識が乏し 十分に把握・理解していないことが考えられる。つ くなることが考えられる。つまり,「与えられるこ まり,生徒の頭の中には,知識や情報の機能的なネ と」に慣れてしまい,受身的な人間なってしまう危 ットワークが十分に形成されていないことがある。 険性がある。受身的態度から新しいものを生み出す 生徒の頭の中の知識構造がバラバラになってお 創造性は芽生えてこない。ここにも,日本の数学教 り,体系化されていない場合には,学んだ個々の学 2 科教研報 Vol.22 No.2 習項目についての問題は解けるが,統合的・融合的 ③ 知識や情報の機能的なネットワークをつくる。 な知識を必要とする文章題や応用問題はなかなか ④ 創造性発揮の基盤をつくる。 解くことができない。しかも,学習内容に興味・関 ⑤ 数学への関心・意欲等の情意を高める。 心が湧かないという現象を生じる。当然のことであ 図1(b)は,教師が頭の中に描いている概念構造 るが,創造性を発揮することも難しくなる。換言す を具象化しチャートとして表現する様子を表した れば,頭の中に知識や情報の機能的なネットワーク ものである。 が形成されていれば,問題解決において,必要な知 識を芋づる式に頭の中から引っぱり出して使うこ 4 とができる。しかし,知識や情報の機能的なネット 山登り式学習法の実践方法 ここでは,教科書の単元についての実践方法を述 ワークが形成されていなければ,課題解決において べる。 必要な知識を芋づる式に引っぱり出して使うこと (1) 教師の事前準備 ができない。 教師は,単元の授業を行う前に,あらかじめその このように考えると,学習する際には,知識や情 単元の教材内容の分析を行い,「学習構造チャー 報を構造化し,機能的なネットワークを形成するこ ト」を作成する。次に,学習構造チャートを参考に とが非常に重要である。 して「矢線の理由表」と「自己診断票」を作成する。 (2) 山登り式学習法のねらい 以下に,教師が作成する3つの学習教材の具体的 生徒の頭の中に知識や情報の機能的なネットワ な作成手順を述べる。 ークを形成し,創造性発揮の基盤をつくるには,次 ①「学習構造チャート」の作成 の事柄が大切である。 手順1 教科書や教師用指導書あるいは今まで ① 学習要素個々の内容を十分に理解させること。 の指導経験やカン等を参考にして,単元全体の学習 ② 学習要素相互の関係を把握・理解させること。 内容からその単元の内容を構成するのに必要と思 ③ 学習内容の部分と全体の関係を把握・理解さ われる学習要素を 10∼20 個抽出する。 せ,学習内容全体の構造を見通せるようにする 手順2 こと。 学習要素間の関係づけは,任意の2つの学習要素 ④ 自ら課題を発見する習慣を身に付けさせるこ 抽出した学習要素間の関係づけを行う。 を比べて,学習要素の間に前提関係,上下関係,因 と。 果関係,論理関係,包含関係,包摂関係,順序関係 知識や情報の機能的なネットワークを生徒の頭 等の関係があるかないかを考えて行う。 の中につくらせる有効な手法として「山登り式学習 手順3 学習要素全体の階層的な配置を行う。 法」を提案する。「山登り式学習法」とは,教師が 手順4 学習要素間に関係を表す矢線を記入す 頭の中に描いている指導内容の概念構造を生徒が る。矢線は,下から上へまたは並列となるように記 目で見て分かりやすいチャートとして表現し,生徒 入する。 に学習教材として与えて活用させる方法である2)。 手順5 このチャートは,生徒が学習教材として活用するの 描いた学習構造チャートの矢線を見直 し,誤りがあれば修正する。 で「学習構造チャート」または「コンセプトマップ」 図1は,完成した中学校数学2年「3章 と呼ぶ。 1次関 数」の学習構造チャートを表す。ただし,生徒がす 山登り式学習法は,次のことをねらいとしてい でにメモ等を書き込んだものである。 る。 ②「矢線の理由表」の作成 ① 生徒の構造的・体系的思考を活性化する。 ② 基礎的・基本的な内容をしっかりと定着する。 教師は,学習構造チャートの各矢線について,そ の矢線がどんな関係を表すのかを生徒に記入さ 3 科教研報 Vol.22 No.2 表2 自己診断票(中学校数学2年「3章 1次関 数」) 図1 完成した学習構造チャート(中学校数学2年 「3章 1次関数」) せるための「矢線の理由表」を作成する。 表1 矢線の理由表(中学校数学2年「3章 表1は,「矢線の理由表」を表す。ただし,表は, 1次 生徒がすでに理由等を書き込んだものである。 関数」) ③「自己診断票」の作成 教師は,生徒が授業中または学習中に「疑問を抱 いた事柄」「もっと深く追求してみたい事柄」を記 入させるための「自己診断票」を作成する。 表2は,自己診断票を表す。ただし,表は,生徒 がすでに「もっと深く追求してみたい事柄」等を書 き込んだものである。 (2) 指導手順 次に,教師が事前に作成した3つの学習教材「学 習構造チャート」「矢線の理由表」「自己診断票」 を使った指導の手順を述べる。 手順1 教師は,新しい単元の授業のはじめに 「学習構造チャート」と「矢線の理由表」「自己診 断票」を生徒に配布する。 生徒の学力が低いと思われるクラスでは「学習構 造チャート」のみを与えて活用させる。学力が標準 的であると思われるクラスでは「学習構造チャー 4 科教研報 Vol.22 No.2 ト」と「矢線の理由表」の2つの教材与えて活用さ を高める。 せる。学力が標準以上であると思われるクラスで 手順6 教師は,生徒が「自己診断票」に記入し は,「学習構造チャート」「矢線の理由表」「自己 た課題のいくつかを共通課題として設定する。生徒 診断票」の3つの教材を与えて活用させる。 は,自分が抱いていた課題と同じ課題を抱いている 手順2 生徒は,「学習構造チャート」の余白に, 生徒達とグループをつくり,グループで実験をした 1)授業で習った用語の説明,2)公式,3)代表的な例 り図書館で調べたりして課題を解決する。この課題 題あるいは自らが考えつくった問題と解答(問題づ 解決活動は,課題発見力を高めることをねらいとし くり)等を記入する。 ている。 「学習構造チャート」は,学習内容をまとめる活 手順7 生徒は,グループ毎に解決した課題につ 動を通して,個々の学習項目を精緻化し,学習内容 いて,その解決過程・結果等を発表・討議する。こ をしっかりと理解させることをねらいとしている。 の課題解決の発表・討議は,新しく創造した知識を 学習構造チャートの記入は,年度当初,授業で 脈絡化・体系化する活動を通して,情報伝達力を高 15∼30 分位練習させた後,宿題とする方が効果的で めることをねらいとしている。 ある。 手順3 手順1から手順7の学習構造チャートを活用し 生徒は,学習構造チャートを参考にしな た学習法は,地図を調べながら山に登るときの様子 がら,「矢線の理由表」に矢線の理由を記入する。 に似ているので「山登り式学習法」と名づけた。山 「矢線の理由表」は,矢線の理由を思考する活動を 登り式学習法は,学力が低いクラス,中程度のクラ 通して,学習要素間の「関係の理解」を深めさせ, ス,高いクラスのいずれのクラスにも適用できる学 知識や情報を構造的・体系的に組織化させることを 習法である。 ねらいとしている。 手順4 生徒は,学習構造チャートを参考にしな 5 がら,「自己診断票」に,「疑問に思ったこと」「も 山登り式学習法の効果 ここでは,中学1,2,3年生を対象として実践 した結果を述べる3)。対象学年・指導内容等は, っと深く調べてみたいこと」を記入する。 「自己診断票」は,学習内容を単に理解するにと 次のようである。 どまらず,新しく価値ある課題を自ら見付ける習慣 対象学年・人数 指導内容 指導時間 を身に付けること,いわゆる「課題発見力」を高め 中学1年生 152人 4章 変化と対応 18時間 ることをねらいとしている。 中学2年生 152人 3章 1時間数 21時間 中学3年生 152人 4章 変化と対応 15時間 手順5 教師は,単元の学習が終了した場面で, 生徒にもう一度学習構造チャートの内容を見直さ 各学年とも,次の4つの学習群に分けて授業を行 せ,学習内容全体の構造的関係,あらすじ等を発表 った。 ・討議させる。 A群…山登り式学習法を取り入れたクラス。 学習内容の発表・討議は,生徒が頭の中で描いて B群…課題学習を取り入れたクラス。 いる単元の概念構造を言語を使って外部表現させ C群…グループ学習を取り入れたクラス。 る活動を通して,知識を一層精緻化・体系化させ, D群…演習問題を中心に行ったクラス。 知識や情報の機能的なネットワークを形成させる 各学年のA群,B群,C群,D群の生徒数は,い こと及び情報伝達力を高めることをねらいとして ずれも 38 人である。授業は,公平を期すためにす いる。 べて一人の教師が担当した。各学年の指導時間数は 頭の中で考えていることを,言語を使って外部表 同じである。 現したり,文字を使って記述表現したりする活動 (1) 到達度テストについて は,知識や情報を明確にし,論理的思考力や表現力 到達度テストの結果は,次のようであった。 5 科教研報 Vol.22 No.2 ① A群は,B群,C群,D群に比べると,平均 点 ・今,何を勉強しているのかがよく分かった。 が約 15∼20%高く,しかも保持力が強い。 ② また,山登り式学習法を実施した教師からは「生 D群は,B群,C群に比べると,平均点は4 ∼ 徒のほぼ全員が学習内容のあらすじを口頭で説明 5%高いが,保持力が弱い。 できるようになった」という回答を得た。 (2) 関心・意欲・自信等の情意テストについて 上の(1)∼(6)の結果から判断すると,山登り式学 数学学習に対する関心・意欲等の情意検査Ⅰ,情 習法は,次のような効果があることが明らかになっ 意検査Ⅱの結果は,次のようであった。 ① た。 A群は,B群,C群に比べると,関心・意欲 が約 10%,D群に比べると約 15%高い。しか 等 ① 認知的学力を 15∼20%高めることができる。 も, ② 数学への関心・意欲・自信等の情意を 10∼15 その保持力が強い。 %高めることができる。 ② ③ 課題発見力を 2∼10 倍高めることができる。 まるが,その後,時間の経過とともに減衰する。 ④ 情報伝達力を 12∼15%高めることができる。 ③ D群は,関心・意欲がほとんど変化しない。 ⑤ 創造性を2∼3倍高めることができる。 ④ 4つの学習群のうち,学習に対する自信度が B群及びC群は,一時的に関心・意欲等は高 大きく高まったのはA群のみである。B群,C これらの結果から,生徒は数学の概念構造を理解 群, し,単元全体の構造を見通せるようになったとき D群は,わずかに高まった程度である。 に,認知的学力,数学への関心・意欲・自信等の情 (3) 課題発見力について 意,創造性を高めることが判明した。 A群,B群,D群の3つの学習群について,自己 診断票に記入された課題の発見数を調べた。 6 A群の価値ある課題の発見数は,B群に比べると おわりに 基礎的・基本的な学習内容を確実に定着し,創造 1.5∼3倍,D群に比べると2∼10 倍である。 的思考を活性化する手法として「山登り式学習法」 (4) 情報伝達力について を提案し,その学習効果を明らかにした。 A群,B群の2つの学習群について,情報伝達力 山登り式学習法は,学力の低い生徒,中程度の生 を調べた。 徒,高い生徒のすべてに対して適用でき,しかも創 A群は,B群に比べると,情報伝達力の得点が 造性発揮の基盤をつくり,創造性を高めることがで 12∼15%高い。 きることを示した。 (5) 創造性テストについて この学習法が,日本及び世界の数学教育におい A群,D群の2つの学習群について,創造性を調 て,生徒が学習内容の理解を深め,創造性を高める べた。 のに役立つことを願っている。 A群の創造性テスト得点は,D群の2∼3倍であ る。学習内容を構造的に把握・理解している生徒ほ 引用文献 ど,創造性が高い。 1) (6) 生徒の反応について の発達に関する研究」,日本教科教育学会誌, 中学1,2,3年生を対象として,実施した山登 齋藤昇(1995)「数学学習における構造的思考 第 18 巻第2号,pp.33-39. り式学習法についてのアンケートでは,次のような 2) 回答を得た。 習法」入門』,明治図書. ・バラバラだった内容の関連がよく分かるように 3) なった。 -Mapping ・余白に自分で公式や例題等を書き込むことによ Thinking",ICMI-EARCOME 1, Proceedings, って,公式や語句をよく理解できた。 齋藤昇編(2004)『中学校数学科「山登り式学 N B oo ob Yo o ro nu K i mS a( 1i9 9t 8 )o "Concept Approach to Vol.2,pp.559-567. 6 Facilitate Creative
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