戦後教育時間数の変化とその影響に関する検討

論 説
戦後教育時間数の変化とその影響に関する検討
― 看護教育課程改革がもたらしたもの ―
呉大学看護学部
佐々木 秀 美
論文要旨 本論はこれからの看護教育課程がいかにあるべきかの示唆を得るために,昭和22年時の保健婦助産婦
看護婦法下における看護教育時間数とそれ以降の教育課程における教育時間数の変化を数値で示しながら,今日
の看護基礎教育における教育のあり方とその限界について論じたものである。戦後の教育課程改革以降,看護基
礎教育における教育時間数の減少は明らかな事実である。教育時間の長さがより良質な看護師の育成につながる
とは限らないが,教育時間数の減少は技術訓練の機会を減少させ,それが不十分な技術獲得につながり,患者へ
の不十分な技術提供は看護学生への不信感を募らせる。その結果,学生は直接的な技術が現実には行えないまま
卒業し,知識のみで実践できない看護師が誕生することになる。その意味で各分野が少ない教育時間の中で何を
どの程度教育するかを考えて教育実践することは必要不可欠である。
キーワード:教育時間数の変化,教育課程,看護教育,教育課程改革
■ 序 言
J・デユーイ2) は『民主主義と教育』の中で,
教育がいかにあるべきか? それはいつの時代
人間の活動を奴隷的活動と自由な活動との二つに
分けた。前者は単なる慣れと技術的訓練でおこな
も問い直されている問題である。社会における子
供の犯罪や大人達のモラルの低下が大きな問題と
なっている今日,中教審の根本次郎会長が,教育
の中で多角的に物事を見る力,自主・総合的な判
われ,後者は思考を喚起し,養成することによる
と述べ,この教育が教養教育(liberal education)
と呼ばれるものであると述べている。彼によれば
教養教育とは知性の為の教育であり,知性とは認
断力,豊かな人間性の獲得を目指し,教養教育の
充実を呼びかけてから数年が経過した1)。社会的
識・理解するための能力であると述べている。つ
まり,教養とは人格的生活を高尚にし,豊富にす
に有用であること,それは一人の人間としての人
格の問題でもあり,それは看護教育でも例外では
るため,知・情・意の全般的な発達をはかるよう
に修養することを言う。又専門的な限られた職業
ない。戦後,制定された教育基本法の第一条に示
されているわが国の教育の目的は人格の完成であ
生活のほかに学問芸術などを豊かに身に着け,ま
たそれを理解する能力を備えることをも意味す
る。しかしながら,企業人のモラルの低下は悪い
見本となり,家族崩壊は家庭における教育機能を
る。西洋教育における教養教育の歴史的位置付け
もさることながら,倫理的問題も含め,教育のあ
弱体化させているように思われる。子供たちはそ
の成長・発達過程において,常にその耳で聞き,
り方は多方面から論議される必要があろう。
さて,世界保健機構(World Health Organiza-
その目で見ながら,絶えず経験し,自己を修正し
ながら,身体同様,社会的にも精神的にも大人に
なっていく。
tion 略して WHO)と世界労働者機関(International Labor Office 略して ILO)合同会議の報
告書3)が示した21世紀に向かって期待される看護
ささき ひでみ
〒737-0004 呉市阿賀南2-10-3 呉大学看護学部
―1―
戦後教育時間数の変化とその影響に関する検討 ― 看護教育課程改革がもたらしたもの ―
職者とは,専門看護婦として誇り得る社会的評価
を受ける看護婦でなければならないとしている。
もそうした現実から卒業時到達基準を示したもの
である。それは看護師が今,現在何が問題である
この定義に適った専門看護婦の教育は単なる職業
としての訓練だけではなく,人間としての十分な
教養教育が行われ且つ,看護実践者としての十分
のかを的確につかみ,速やかにその問題を解決し
ていく実践能力を持つことが社会的に求められて
いるからであろう。そのためには教育課程の中で
な理論及び技術教育が期待されるものである。こ
の見解は“国際看護婦協会(International Council
どのような教科を何時間教授するかということを
十分に検討していく必要がある。そこで本論では
of Nurses 略して ICN)
”もほぼ同様の見解を示
している。したがって,看護教育は理論及び技術
これからの看護基礎教育における教育課程がいか
にあるべきかの示唆を得るために,戦後教育課程
教育が十分にできるような教育課程(curriculum)
を策定し,専門職として社会的評価を受けること
改革に伴う時間数の変化を調査し,その事実から
看護師教育が直面している問題とその影響に対し
のできる看護婦の育成を目指す必要がある。これ
ら,国際的な視点から看護教育が目指す目的が明
て検討を加えたのでその結果を報告する。
確になされたとき,わが国の看護教育界でも社会
のニーズを考えた専門職者としての教育がひつよ
うになる。それを実現するのに必要なのが教育課
■ 研究方法
程である。
教育課程とは教育が目指す目的・目標を達成す
るために必要な教科や教科以外の活動をいい,教
本論では看護師の教育時間に限定し,1947年(昭
和22年)度,1967年(昭和42年)度,1989年(平
成1年)度,1996年(平成8年)度の看護教育課
育時間数も教育課程の一部である。従って看護教
育における教育時間数設定はその時代の社会的
程改革時の教育時間数の変化を主として『看護六
法』を中心に調査した。なお,本論中の年度につ
ニーズを反映し,より良い看護を提供するための
いては最初は西暦を加えるが次からは省略する。
理念が看護教育の目的を方向づける。その目的達
成に必要不可決であるのが教育課程における教育
■ 戦後教育時間数の変化
時間数である。
わが国の看護教育界では戦後 GHQ 指導下で看
1 学内教育時間と実習時間の比較
護教育改革がおこなわれ,1947年(昭和22年)度
に“保健婦助産婦看護婦学習養成所指定規則”第
5・6・7条にそれぞれ養成所の要件が示され
た。看護師の養成については第7条に甲種看護婦
昭和22年度に規定された“保健婦助産婦看護婦
学習養成所指定規則”における甲種看護教育課程
をベースに昭和42年度,平成1年度,平成8年度
の学内における教育時間と実習時間の比較を図1
養成所として規定され,その三項に別表3として
教育時間数が規定された。以降,1967年(昭和42
に示した。まず,昭和22年度の学内における教育
時間数は1,115時間である。実習時間は週単位で
年)度,1989年(平成1年)度,1996年(平成8
年)度に教育課程改革がなされ,都度,教育時間
示され,時間換算すると5,632時間であり,学内
及び実習時間を含めた総教育時間は6,747時間に
数が変化した。
近年,高等教育における看護師の教育が推進さ
なる。
次に昭和42年度の学内における教育時間数は
れた。教育内容としても各養成機関がその特色を
出し,充実されつつあるように考えられるが,現
1,605時間,実習時間は1,770時間であり,総教育
時間は3,375時間である。続いて平成1年度の学
実にはより適切な看護判断のもとに適切な看護が
実践できているとはいい難い現実がある4)。先述
内における教育時間数は1,965時間であり,実習
時間は1,035時間,
総教育時間は3,375時間である。
したように教育課程が理想的な看護師育成のため
のものであるとして,それが結果的に目的を達成
できにくい状況があるとしたらその原因は何かを
平成8年度からは単位制度が導入され,総教育時
間数が2,895時間以上と規定された。そのうち実
習時間は平成1年度同様1,035時間である。従っ
速やかに評価して教育課程の再編成につなげるこ
とが必要になる。更に「看護実践能力育成の充実
て,上記総教育時間数,2,895時間から実習時間
1,035時間を差し引くと学内における教育時間は
に向けた大学卒業時の到達目標」5) による報告書
1,860時間になる。図1からも明らかなように看護
調査研究
―2―
戦後教育時間数の変化とその影響に関する検討 ― 看護教育課程改革がもたらしたもの ―
平成8年度
1860
平成1年度
1965
1035
1035
学内教育時間
実習時間
1605
昭和42年度
1770
1115
昭和22年度
0
5632
1000
2000
3000
4000
5000
6000
7000
8000
図1 教育時間数の変化
教育課程改革が進むにつれ,総教育時間は大幅に
時間である。この結果から,学内における教育時
減少した。特に学内における理論教育が増加する
一方で実習時間は著しく減少している。
間数は基礎科目と看護学が増加している。
3 看護専門教科目の時間数の変化
2 学内における教育時間数の変化
次に学内における教育時間数の変化を図2に示
最後に看護専門教科目の時間数の変化を見てみ
る。看護専門教科目の時間数の変化を図3に示し
した。まず,基礎科目について年次的に検証する
た。右の枠内には平成8年度に改正された看護学
と,昭和22年度は専門教科目・看護学教科目に大
別され,基礎科目は配置されていない。しかしな
の領域を示した。この年度は単位制が導入された
時期である。指定規則によれば1単位の時間は15
がら,専門教科目に社会学・教育学・心理学が含
まれている。これら社会学・教育学・心理学を基
あるいは30時間である。従って,1単位あたりの
時間数については各教育機関によって若干相違は
礎科目として考えると昭和22年度は基礎科目とし
て120時間,昭和42年度は390時間,平成1年度は
360時間,平成8年度は345時間である。次に専門
基礎科目では昭和22年度が410時間,昭和42年度
あるものと考えられるが,本論では平成1年度の
時間数を基軸にしながら,昭和22年度から看護学
の領域の増加及びその時間配分について順次見て
いくことにする。
は330時間,平成1年度・平成8年度は510時間で
ある。看護学では昭和22年度は585時間,昭和42
教育時間数の変化を専門分野別で考えた場合,
まず,基礎看護学では昭和22年度には看護史・看
年度は885時間,平成1年度は選択必修科目150時
間を含め総合計が1,
095時間,平成8年度は1,005
護倫理,一般基礎看護法,看護管理法で135時間
であったのが,昭和42年度には看護学の中の看護
7000
6000
5000
4000
5632
1770
3000
2000
1000
585
410
120
0
昭和22年度
885
330
1035
1035
1095
1000
510
390
360
昭和42年度
平成1年度
図2 学内における教育時間数の変化
―3―
550
310
平成8年度
臨地実習
看護学教科目
専門教科目
基礎科目
戦後教育時間数の変化とその影響に関する検討 ― 看護教育課程改革がもたらしたもの ―
学概論や看護技術を含めた分野として独立した。
学内の教育時間は150時間,実習として210時間配
看護学に順ずる科目である。本論では後に独立し
た精神病看護学,小児科学及び看護法,産婦人科
置され,総合計は360時間になる。平成1年度か
らは基礎看護学と名称が変更され,学内の教育時
間は300時間,臨地実習が135時間になっている。
学及び看護法の教育時間数120時間を除いた330時
間を成人看護学の教育時間数とした。昭和42年度
の教育時間数は学内が475時間,実習時間は1,
170
平成8年度も同様に300時間であり,
変化はない。
この分野における教育時間数の増加は基礎看護学
時間であり,総教育時間数は1,665時間になる。
それが平成1年度は学内315時間,実習630時間,
が看護教育の全体を包括する分野であり,看護学
全体の基礎として,いずれの分野でも必要な重要
総教育時間数としては945時間であり,720時間減
少したことになる。更に平成8年度は成人看護学
な要素を含んでいると考えられたからであろう。
老年看護学は平成1年度から新設された。教育
の学内における教育は6単位(180時間),実習時
間は8単位(360時間)である。既述したように
時間数は90時間である。平成8年度からは単位制
の導入があり,4単位(90時間)になっている。
成人看護学領域における教育時間数の減少は,専
門分野が在宅看護論と精神看護学を含め7分野に
精神看護学は,昭和22年度が精神病学及び看護
法として30時間,昭和42年度も同様時間である。
平成1年度にその教育が一時中止され,平成8年
増えたことに起因すると考えられる。成人看護学
は基礎看護学と並んで臨地における医療処置的な
技術も含め,日常生活援助を様々な健康障害や健
度には精神看護学として4単位(90時間)が配置
された。
小児看護学は,昭和22年度は小児科学及び看護
康水準に適用することが望まれ,実践能力育成の
カナメ的存在と考える傾向がある。教育時間の長
さがより良質な看護師の育成につながるとは限ら
法として45時間,昭和42年度から小児看護学とし
て120時間が配置された。
平成8年度は4単位(120
ないが,成人看護学領域の教育時間減少の現実認
識の上にたち,各分野が少ない教育時間の中で何
時間)である。
をどの程度教育するかを考えていかないと,教育
母性看護学は,昭和22年度は産婦人科学及び看
護法として45時間,昭和42年度から母性看護学と
の重複やもれが生じる事は必至である。これはあ
の領域でおこなうだろうの推測では追いつかない
して120時間が配置された。平成8年度は4単位
(120時間)である。
のが昨今の教育の実情である。
最後に平成8年度に在宅看護論が新設された。
教育時間数は4単位(105時間)である。以上,
看護専門領域の時間数を見ると,図3からも明ら
かなように看護学の領域が細分化されるにつれ,
■ 戦後教育課程改革の趣旨と教育時間数の変化
従来からあった教育時間の微調整の結果,臨床看
護学としてその全体を構成していた成人看護学領
の改善の基本方針に関する答申”を行った。医療
制度調査会というのは,“厚生省設置法”による
域の時間数減少が著しい。
成人看護学では,昭和22年度は内科学及び看護
厚生省の附属機関として設置されたもので,医療
に関する制度及びこれに関連する基本的事項につ
法・外科学及び看護法などの科目名が現在の成人
いて厚生大臣の諮問に応じて,調査審議し,関係
平成8年度
300
平成1年度
180
300
昭和42年度
465
135
0
90
315
150
昭和22年度
90
1960年(昭和35年)に発足した医療制度調査会6)
は1963年(昭和38年)に“医療制度全般について
330
200
120
90
30
120
120
120
105
基礎看護学
成人看護学
老年看護学
精神看護学
小児看護学
母性看護学
在宅看護論
120
120
30 45 45
400
600
800
図3 看護専門教科別教育時間数の変化
―4―
1000
1200
戦後教育時間数の変化とその影響に関する検討 ― 看護教育課程改革がもたらしたもの ―
行政機関に対し意見を述べることを目的としたも
のである7)。医療制度調査会の答申によると看護
育目標として提示されたことによるのであろう。
平成1年度の教育課程で特徴的なのは老年看護
婦及び准看護婦の教育及び再教育について以下の
ような提言がなされている。
・看護業務の内容の質的分類に対応して,それぞ
学である。社会が少子・高齢化になっている現実
を見据えてのことだと考える。看護協会は昭和60
年から大森文子を会長にすえ,様々な分野の知識
れの教育制度及び教科内容を再検討するべきで
ある。
人をメンバーに含めた16名の看護婦制度検討会を
発足させ,21世紀に向かって期待される看護職者
医療制度調査会の提言と同年の昭和35年に開催
された看護協会主催の,第一回看護教育ゼミナー
の要素として以下の4点が掲げられた。
1 専門職として誇り得る社会的評価を受ける
ルでは看護教育の目標として以下の7点が提示さ
れた。
ものであること。
2 国民から信頼されるに足る専門的知識(サ
1 社会人として一般教養を身に付ける。
2 人間を多角的に理解できる。
イエンス),技能(アート)を有し,合わ
せて,社会に変化に対応できるよう自ら研
3 対象の必要度に応じた援助活動を計画的に
実践できる。
4 現状を適格に把握し,正確に記録し,報告
鑽に努めること。
3 患者心理について人間として感性高く受容
する事ができる資質(ヒューマニティ)を
する事ができる。
5 総合保険医療に置ける看護の役割を理解
し,他の医療チーム,メンバーと協力して
持ち,問題解決の方法などを的確に判断す
る力を持っていること。
4 多くの職種と協力しながら,患者が最適な
働く事ができる。
6 看護を行う上に管理的要素を備えて行動が
療養生活が送れるよう調整役となり,良き
リーダーシップを発揮できる事10)。
取れる。
看護協会はこれらの要件を満たす看護婦の育成
8)
7 研究的態度を身に付ける 。
これらの提言が昭和42年の“保健婦助産婦看護
ができるような教育制度に改革する事を目的に活
動を展開した。看護という職業が専門職として誇
婦学校養成所指定規則”の一部改正につながった
と考えられ,教育課程改革がなされた。文部省大
り得るかどうかという問題は,社会的評価がどう
かという問題より,多くはその職業に従事してい
学学術局長,厚生省医務局長から各都道府県知事,
教育委員会に宛てられた通知,
“保健婦助産婦看
護婦学校養成所指定規則の一部を改正する省令の
施行について”に改正の趣旨が述べられている。
る者が,専門職業として自覚しているかどうかに
関わることであり,専門職業人として自己尊重で
きているかという問題である。平成1年度にはこ
の検討会は1988年(昭和63年)に報告書をまとめ
それによれば昭和42年の改正は,医療,看護の進
展に伴い教育内容の向上を図るため教育内容を改
ており,その内容の一部が,厚生省健康政策局看
11)
護課編集の『看護教育カリキュラム』
に述べら
正するとある。特にこの改正は看護学校養成所の
教育内容を改定したものである。更に看護概念の
れている。それにはカリキュラム改定の趣旨を以
下のように述べている。
明確化をはかるという意味では,従来の疾病の治
療という中に看護が包含されていたが,疾病の予
1 急速な医学の・医術の進歩に伴い,看護の
内容もより高度・複雑となり,看護職者は
防からリハビリテーション,健康増進に至るまで
拡大される必要がある9)。
専門的知識や技術とともに優れた観察力や
判断力が要求されるようになってきてい
図1・2・3に示したように戦後の教育改革以
降,看護基礎教育における教育時間数の減少は明
る。
2 人口の高齢化の進展により,看護が医療施
らかな事実であるが,他方,学内の理論教育の中
で増加している科目は基礎科目である。基礎科目
は主として教養科目に位置づけられる分野であ
設のみではなく,在宅においても必要と
なってきている。
3 高齢化社会の到来に伴って,保健,医療,
る。教養科目の増加は看護教育ゼミナールの提言,
すなわち,社会人として一般教養を身に付ける,
あるいは人間を多角的に理解できることなどが教
福祉の連携が社会のニーズとして求められ
るようになってきている。
4 国民の健康に関する意識が高まり,国民自
―5―
戦後教育時間数の変化とその影響に関する検討 ― 看護教育課程改革がもたらしたもの ―
ら健康に対して関心を持つようになり,保
健医療ニーズが増大し,多様化している。
以上のことから,平成8年度に在宅看護論が看
護教育の一分野として登場した。平成8年度教育
それに伴い,看護職者に対して,健康教育
や疾病予防,プライマリーヘルスケアへの
対応の充実が望まれてきている。
課程における看護教育の基本的な考え方としては
以下の6点である。
1 人間を身体的・精神的・社会的に統合され
5 高学歴化社会において,ターミナルケア等
病気についての関心の高まりの中で,看護
た存在として,幅広く理解する能力を養
う。
職者には,
一般的な知識の提供だけでなく,
これらに対応できる幅広い人間性が求めら
2 人々の健康を,自然・社会・文化的環境と
のダイナミックな相互作用及び心身相関等
れている。
人の平均寿命はその国の健康度を示す。かつて
の観点から理解する能力を養う。
3 人々の多様な価値観を認識し,専門職業人
貧困の時代,高齢者を姥捨て山に捨てたというこ
とが伝説的に伝わるわが国は,今日,世界に類を
としての共感的態度及び倫理に基づいた行
動ができる能力を養う。
みない長寿国になった。国内の秩序と平和,公衆
衛生の普及と国民の健康に対する関心は,乳幼児
の死亡率を減少させ,著しく人の生命を延長させ
4 人々の健康上の問題を解決するため,科学
的根拠に基づいた看護を実践できる能力を
養う。
た。家族の形態や家族の機能の変化は単身家族の
増加をもたらし,高齢者にとって,それは長い孤
独の期間をも意味する。活動の低下した高齢者は
5 健康の保持・増進,疾病予防と治療,リハ
ビリテーション,ターミナルケア等,健康
の状態に応じた看護を実現するための基礎
家の中に止まることが多く,他者からの刺激がな
12)
いと更にそれは助長される。
『国民衛生の動向』
的能力を養う。
6 人々が社会資源を活用できるよう,保健・
の統計調査からも明らかなように,わが国の65歳
医療・福祉制度を総合的に理解し,それら
以上の単身所帯は増加の傾向にある。
『医療・看
護の歴史』には「老人看護とは,老人の求めてい
を調整する能力を養う。
上記6は在宅看護論に,1・2精神看護学に関
る看護のニードを評価し,そのニードにあった看
護ケアを立案,実行し,老齢化による限界はある
連する科目に影響を与えていると考えられ,精神
看護学領域の新設は人々の健康の概念を考えた場
が,その限界内での健康水準を達成,維持するに
当たって,このようなケアがどれほど有効である
か見極めることである。
」13) と述べられている。
上記2・3に示されたように,病院など施設内で
合,従来の教育課程の中では著しく身体面に重き
がおかれ,心のメカニズムを軽視していたという
実情があったとも考えられる。
良質の看護実践の提供のほか,家庭の中に止まる
ことの多い高齢者のために地域看護や訪問看護が
■ 教育時間数の変化とその影響
行われるようになった。
1994年(平成6年)度に取りまとめられた“少
教育方法とその内容の未整備は十分な訓練の機
会を著しく減少させ,実践力のない看護師の育成
子・高齢化社会の看護問題検討会報告書”14)では,
わが国の看護をめぐる状況として,
につながることもありえる。それは教育時間数の
減少にも言えることであり,教育時間数の減少が
1 高齢化と長期慢性疾患患者の増加によっ
て,在宅医療のニーズに対応した訪問看護
教育の機能である教員からの伝承および技術訓練
の機会を減少させることにも繋がる。もちろん,
サービスの拡充や人々のセルフケア能力を
高める教育的な働きかけの必要性が高まっ
自己学習という機会が多く与えられる事により,
それは克服できると考えられるが,時間数の減少
てきた。
2 医療の高度化・専門化に伴って,看護は従
来にもまして緻密な観察,的確な判断と技
は不十分な技術獲得につながることは十分に考え
られることである。看護学生の不十分な技術によ
る看護ケアの提供は学生ー患者間の人間関係に影
術が求められ,又,患者の精神的緊張や不安
の緩和,患者や家族が自分の意思を表現す
響を与え,不信感を募らせる。その結果,学生は
直接的な技術が現実には行えないまま卒業し,知
ることの支援の必要性が高まってきている。
識のみで実践できない看護師が誕生することにな
―6―
戦後教育時間数の変化とその影響に関する検討 ― 看護教育課程改革がもたらしたもの ―
る。実践できない看護師の増加は著しく看護実践
現場のストレスを増大させるであろう。
教育では専門職として実践できる看護師の育成を
望むのであれば以上の3点を配慮した教育課程が
ナイチンゲールは「理論というものは実践に支
えられている限りは大いに有用なものですが,実践
の伴わない理論は看護婦に破滅をもたらす。」15)
必要となろう。
筆者は看護教育課程改革に当たって,看護教育
の未来に向かって“創造性こそ大切”である23)
と述べ,更に「実践の時代の中でこそ,私たちは
16)
己の成長と正確な知識をもたらす」
と看護にお
と述べたが,川島みどりも又,“看護職員の養成
に関するカリキュラム等改善検討会中間報告書”
ける実践の重要性を述べている。ナイチンゲール
に始まった見習い制度による看護教育は模倣の教
から,21世紀に向かって求められる看護教育の刷
新として教師の豊かな想像力と想像力が試される
育効果をねらったものであり,わが国の看護教育
も彼女に倣っている17)。戦前の看護教育を引き
内容であるとしている24)。看護学教育の在り方に
関する検討会委員会が示した看護実践能力育成の
摺ったわが国の看護教育は,GHQ の教育改革が
あったとは言え,教育の一部でありながら実習に
充実に向けた大学卒業時の到達目標で考えれば,
その目標を達成するための教育のあり方を各養成
は“勤務”という言葉の存在が認められる。と同
時に,実習時間の多さは戦後の看護師不足を補う
一人の労働者的要素もあったと考えられる。働き
機関が検討する必要が有り,看護学生がいかにあ
れば実践する機会が得られるのか検討の余地はさ
らに残されたことになる。と同時に臨地でも学生
ながら学ぶ徒弟制度に近い学習方式は卒業後に即
戦力になりえる看護師の育成は容易に行えたであ
ろうし,その時間の長さは経験を拡大するに十分
の学修状況を十分に了解していく必要があると考
える。
国立教育研究所の喜多村和之は今日の教育の課
であったろう。デューイ18) は「単なる活動は経
験とはならない。
」19) と述べ,活動によって引き
題を教員の資質向上に求めた。彼は FD(Faculty
Development)の理念と課題を説明しながら,こ
起こされた変化がわれわれの内部に変化を引き起
れからの教育について以下のような提言をしてい
こすと単なる活動の流れは,意味を積み込まれる
ことになる。つまり,学内及び臨地における学習
る25)。
1 学校教育制度中心主義から生涯学習システ
経験はある特定の技術を修得するために連続して
経験する機会を学習者に提供する。その経験の連
ム構築への移行
2 マス型高等教育からユニバーサル型高等教
続がその意味を理解させ内部変化をとおして技術
獲得につながる。ジェームズ20) も「訓練の連続
性は,神経系統を絶対確実に正しく働かせる大切
な手段である。
」21) と述べ,連続した技術訓練の
育への移行
3 教師中心主義から学習者本位主義への転換
4 研究至上主義から教育重視主義への転換
5 知識獲得重視型教育から知識獲得方法重視
必要性について論じている。つまり,一つの技術
を獲得するには何度も繰り返し訓練する機会が必
型教育への転換
6 学力選抜重視型学校から生活重視型学校へ
要となる。教育時間減少のなかで人々の健康上の
問題を解決するため,科学的根拠に基づいた看護
の移行
教育の質的転換が求められる今日,上記提言は
を実践できる能力を養うための教育の充実を図ろ
うとしたときに,臨地実習の時間数を増やして,
いずれも重要な視点であると考えるが,中でも筆
者は知識獲得重視型教育から知識獲得方法重視型
模倣による教育を何度も繰り返し行うことの教育
が果たして良いのかという現実的な課題が存在す
教育への転換については多大な関心をいだくもの
である。知識獲得方法重視型教育は学習者自らが
る。
ドナルド・シェーンは『専門家の知恵』の中で,
主体的に学習できるように教育することであり,
学習者本位主義あるいは生涯学習システム構築と
専門家の知識について①実践が依拠し発展する基
盤となる学問や基礎科学,②日々の診断の手続き
や問題解決の多くが導かれる応用科学や技術学,
も連動する問題である。特に卒業後は職業へとつ
ながる最終学府である高等教育においてはさらに
重要な問題であろう。
③基盤となる基礎知識や応用知識を使って,クラ
イエントへのサービスを現実に行うことに関わる
技術や態度22) の3点を強調している。看護基礎
―7―
戦後教育時間数の変化とその影響に関する検討 ― 看護教育課程改革がもたらしたもの ―
■ 結 語
のである。知識獲得方法重視型教育は学習者自ら
が主体的に学習できるように教育することであ
戦後教育課程改革に伴う時間数の変化を調査
し,その事実から看護師教育が直面している問題
とその影響に対して検討を加えた。看護学の専門
り,学習者本位主義あるいは生涯学習システム構
築とも連動する問題である。特に卒業後は職業へ
とつながる最終学府である高等教育においてはさ
領域が細分化されるにつれ,従来からあった教育
時間数が微調整された結果,臨床看護学としてそ
らに重要な問題であろう。
看護実践能力育成の充実に向けた大学卒業時の
の全体を構成していた成人看護学領域の時間数減
少につながったと考えられる。教育時間の長さが
到達目標が示したように,知識・技術共に質の高
い看護婦を生み出す必然性は有するが,単に3あ
より良質な看護師の育成につながるとは限らない
が,各分野が少ない教育時間の中で何をどの程度
るいは4年間の学校教育によって知識・技術共に
質の高い看護婦を生み出すことの限界を認識し,
教育するかを考えていかないと,教育の重複やも
れが生じると事は必至である。これはあの領域で
看護の実践活動の中でいかに自己の能力を高めて
いくかという態度の育成も教育されることが期待
おこなうだろうと考え方では追いつかないのが昨
今の教育の実情である。
教育の質的転換が求められる今日,FD の概念
される。そのためには教養教育は技術訓練と同時
に思考を喚起し,知性の為の教育をすることが現
状にある問題解決能力につながる。すなわち,知
のいずれも重要な視点であると考えるが,中でも
筆者は知識獲得重視型教育から知識獲得方法重視
型教育への転換については多大な関心をいだくも
性を高め物事の認識・理解を容易にするための教
育が学問芸術などを豊かに身に着けるための教育
であり,高等教育における課題であると考える。
参考・引用文献
1)読売新聞2000年 1/24
2)J・デユーイ(John Dewey 1859-1952)アメリカの哲学者,プラグマティズムの大成者として概念
道具説を主張し,新しい行動的ヒューマニズムによって,進歩主義教育の創始者となる。ニューイ
ングランドのバーリントンに生まれ,ヴァーモント大学を卒業,ジョンズ・ホプキンス大学で学位
を取り,シカゴ大学,コロンビア大学の主任教授としてアメリカの哲学界のみならず,思想界全体
を指導した。
3)International Labour Onference 61st Session, -Report VII(1),Employment and Conditions of Work
and Life of Nursing Personnel, International Labour Office Geneba,1976
4)新たな看護のあり方に関する検討会委員会;新たな看護のあり方に関する検討会報告書,平成15年
3月24日付け
5)看護学教育の在り方に関する検討会委員会;看護実践能力育成の充実に向けた大学卒業時の到達目
標,平成16年3月26日付け
6)医療制度調査会;川西実三会長,園乾冶(会長代理),阿部頼夫,植村操他14名のメンバーからなる。
この中に女性と見られるメンバーが2名,不破龍登代,与謝光がいる。現在のところ,この両者が
看護関係者であったかどうか不明。
7)金子みつ著;初期の看護行政,日本看護協会出版会,1992年,p.211
8)日本看護協会;看護教育制度ゼミナ−ル記録,日本看護協会出版会,1968年,p.78 9)同前掲書,pp.862-863
10)日本看護協会;看護教育制度検討会報告書,日本看護協会出版会,1985年,p.13
11)厚生省健康政策局看護課編;看護教育カリキュラム,第一法規,1988年
12)厚生衛生協会;国民衛生の動向,厚生の指標,Vol.49,No.9,2002年,p.37
13)同前掲書,p.433
14)少子・高齢化社会の看護問題検討会委員会;少子・高齢化社会の看護問題検討会報告書,1994年(平
成6年)12月16日
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戦後教育時間数の変化とその影響に関する検討 ― 看護教育課程改革がもたらしたもの ―
15)F・Nightingale(1881)
,Letter from Florence Nightingale(湯槇ます他訳;看護婦と見習い生へ
の書簡,ナイチンゲール著作集第三巻,現代社,1985年,p.395)
16)F・Nightingale,(1888)To the nurses and probationers trained under the“Nightingale Fund”
(湯槙ます他訳;看護婦と見習い生への書簡,ナイチンゲール著作集第三巻,現代社,1985年,p.428
17)佐々木秀美著;ナイチンゲールと看護教育−その教育方法へのアプローチ,看護教育,vol.37,
No.2,医学書院,1996年
18)デューイ(John Dewey 1859-1932)
;アメリカの哲学者。プラグマティズム(pragmatism)の大成
者であり進歩主義教育の創始者。
ヴァーモント大学卒業後,ジョンズ・ホプキンス大学で学位を取り,
シカゴ大学,コロンビア大学で主任教授として活躍した。アメリカの哲学界のみならず思想界全体
を指導した。
19)John Dewey, Democracy and Education, The Macmillan,1916年,p.163
20)ジェームズ(William James 1842-1910年)アメリカの心理学者,哲学者。1872年,ハーバード大学
生理学講師を皮切りに助教授,教授に就任,アメリカではじめての心理学実験室を生理学教室内に
設け,89年に心理学教授になった。その実績は実験心理学史上特筆すべき位置を占め,アメリカに
おける心理学の創始者の1人である。彼の心理学は内省的な機能心理学であり,また有機体とその
生物的環境を重視する点から生物学的といわれる。
21)W.ジェームズ著,今田寛訳;心理学(上),岩波書店,2001年,p.2
22)Donald A. Schön, The Reflective Practitioner(佐藤学他;専門家の知恵,ゆみる出版,2001年,p.25)
23)看護教育編集室編,佐々木秀美著;創造性こそ大切−教育効果を最大限発揮できる教育者−,看護
教育新カリキュラム展開ガイドブック,医学書院,1996年,pp.82-86
24)川島みどり;看護職員の養成に関するカリキュラム等改善検討会中間報告書をどう読んだか,看護
展望,Vol.21,No.8,1996年,メジカルフレンド社,1996年,pp.18-19 25)『教員養成系大学・学部における教育力の創造と再構築』報告書 北海道教育大学 創立50周年記念
国際シンポジウム 1999年
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