“睡眠時呼吸障害について”

2003 年度ポリオ友の会東海総会特別講演
全国ポリオ会連絡会協賛
講師:古池保雄先生
名古屋大学医学部保健学科教授
睡眠時呼吸障害について
平成 15 年 4 月 20 日(日)
於 サンハイツホテル名古屋
(はじめに)
神経疾患における睡眠時呼吸障害についてはポリオを通して 1950 年代後半に Plum &
Swanson により広汎に研究され、睡眠時無呼吸や中枢性過呼吸などの多様な呼吸異常
が病理学変化に対応させて論じられました。
Plum & Swanson は、ポリオの呼吸障害を病変の進展に伴って 3 期に分類しています。
第 1 期は呼吸リズムの乱れが特徴とされ、これは睡眠中に明らかになると述べています。
第 2 期は睡眠中だけであった呼吸リズムの乱れが覚醒時にも明らかとなり、意識的に呼
吸をする努力が必要になる時期で、CO2 感受性低下を伴う、としました。第 3 期は人工
呼吸器を必要とする時期です。
Plum & Swanson は、ポリオの上記の呼吸障害は病変が延髄に及んだ結果と考えまし
た。特に睡眠中の呼吸リズムの乱れは回復期においても数ヶ月続いたことを記しています。
現在の睡眠時呼吸障害が話題になる遙か以前に、睡眠時呼吸障害はポリオを通して明
らかにされた重要な症候であった訳です。
現在話題になっている睡眠時無呼吸症候群の研究は、1970 年代に睡眠障害の研究グル
ープにより過眠を呈する一群の中にナルコレプシーとは異なる過眠群(ピックウィック症
候群)が注目されたことに始まります。その中で 1971 年、イタリアの学派により「周期
性呼吸に伴う過眠症」が提唱されました。一方、1977 年にはアメリカの学派により「睡眠
時無呼吸症候群(SAS)」の名称と概念が提唱されました。この SAS の名称と概念は世界
的に広まり現在に至っているものです。
(睡眠時無呼吸を呈する疾患・病態)
SAS は睡眠時に無呼吸を呈する全ての病態を含む症候群名であり、SAS の存在診断の
次の段階はその原因について診断することとなります。睡眠時無呼吸を呈する疾患・病態
は多岐にわたります(表 1)。この中には Plum & Swanson の研究結果からポリオも原因
疾患の一つとして入っています。
(睡眠時呼吸障害の多様性)
1) 神経疾患時の場合(多系統萎縮症)
神経疾患時の睡眠時呼吸障害の特徴として、睡眠時無呼吸を含めその多様性があげら
れます。神経疾患の睡眠時呼吸障害の特徴抽出のため、神経疾患を背景にもたない SAS
との比較結果を以下に示します。
* 代表例の提示 ― 神経疾患の場合
この患者さんには睡眠時無呼吸は認められませんでした。しかし、激しい喘鳴様「鼾」
に伴い酸素飽和度が 90%以下の低下時間が総睡眠時間の 30%に発生していました。
このことは気道狭窄機転による低換気状態が生じていることを示します。さらにこ
の低換気状態を代償するかのような頻呼吸がみられ、また呼吸周期の著しい変動性
が認められました。睡眠段階Ⅱにおける睡眠時呼吸数は平均 35 回 / 分となり、覚
醒時呼吸数平均 17 回 / 分の約 2.1 倍となっていました。
2) 閉塞型睡眠時無呼吸症候群(OSAS )の場合
一方、比較として検討した OSAS の患者さんでは睡眠時無呼吸指数が 57.5(回 / 睡眠
1 時間)と頻回な無呼吸が生じており、酸素飽和度が 90%以下の低下時間も 20%と神経
疾患例と同程度の低下を示していました。しかし、無呼吸状態となっても睡眠段階Ⅱにお
ける睡眠時呼吸数は平均 18 回 / 分で安定して推移し、覚醒時呼吸数平均 15 回 / 分の約
1.2 倍にとどまっていました。
3) ポリオの場合
Plum & Swanson による 1950 年代の研究以降、ワクチン等によりポリオ自体の新た
な発症は抑制されました。現在新たな問題となってきたポストポリオ症候群(PPS)につ
いては「ポリオの女性の会」会誌に長嶋淑子先生が呼吸機能について報告され、肺活量の低
下を示す方があることを述べてみえます。(ポリオの女性の会編:「ポリオとポストポリオ
の理解のために」)。
急性期ポリオの呼吸障害は発生しやすいとされましたが、PPS の睡眠時呼吸異常につ
いては殆ど知られていないように思います。しかし、ポリオが神経疾患であることを考え
ると、睡眠時の呼吸状態の把握は必要なことと思われます。
(おわりに)
PPS に睡眠時呼吸障害がどの程度、どの様な異常が発生しているのか、現在の所明ら
かにはなっていないように思います。
しかし、睡眠時無呼吸症候群には鼻マスク持続気道陽圧療法(nCPAP)などの有効な
治療法が確立していますので、PPS に睡眠中の呼吸障害があったとしても対処できる時
代になった、と考えています。50 年前の「鉄の肺」時代とは異なり、誰もが自宅で使用で
きる治療機器の時代といえましょう。
睡眠時無呼吸症候群は放置しておけば合併症など問題が発生すると言われていますが、
治療すればそれらの問題の殆どは解決できる結果が報告されています。ご安心いただける
時代かと思っております。
表 1 睡眠時無呼吸を呈する疾患と病態
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1) 上気道の形態異常によるもの
1. 口蓋扁桃肥大、アデノイド
2. 下顎発育異常(小下顎症、鳥様顔貌症候群)、奇形
2) 二次的に上気道の狭窄をきたすもの
1. 粘液水腫、末端肥大症
2. 肥満――ピックウィック症候群
3) 気道の機能異常によるもの―咽頭、喉頭(声帯)の閉塞機転をもたらすもの
1. 原因不明――閉塞性睡眠時無呼吸症候群の大部分
2. 神経変性疾患――シャイ・ドレーガー症候群(SDS)パーキンソン病、進行性
核上性麻痺
4) 呼吸筋活動の低下により換気不全をきたすもの
―
呼吸中枢
に影響を与える病変およびその下行路の障害
1. 原因不明――中枢性睡眠時無呼吸症候群の一部
2. 中枢神経疾患――ポリオ、脳幹脳炎、脳血管障害、脳腫瘍、正常圧水頭症(NPH)、
SDS
3. 頸髄病変――ポリオ、頭蓋頸椎移行部奇形、脊髄空洞症、頸髄神経路切断術後
5) 全身性要因により呼吸障害をきたすもの
1. 呼吸器:慢性閉塞性肺疾患
2. 循環器:心不全
3. 内分泌:糖尿病
6) その他
筋緊張性ジストロフィー
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