動物看護師プログラム 19 腫瘍学 24 日(土)17:00-18:10 〈芙蓉 西〉 リンパ腫の化学療法を通じ抗がん剤を学ぶ Chemotherapy for lymphoma 林宝謙治 埼玉動物医療センター(埼玉県)腫瘍科 講演の目的 幸いなことに常に在庫しているが,使用経験はない. 1) リンパ腫の治療で使用される抗がん剤について学ぶ. また,心筋毒性があるため生涯に投与できる量に制限があ 2) 抗がん剤の取り扱いの注意点を知る. る事も覚えておく必要がある.(通常は 180mg/m2 まで) 3) 抗がん剤の副作用に対する対処法を知る. 投与の前後に定期的な心エコー検査を実施し,心筋の状態を 4) 抗がん治療中のご家族へ様々な指導ができるようになる. 確認しながら投与する事が望ましい.その他の代表的な副作 用として胃腸障害,骨髄抑制,脱毛,アレルギーがある.脱 キーポイント 毛に関しては犬種,動物種により差があるが,事前にご家族 1) 犬,猫のリンパ腫の治療の主役は抗がん治療である. に説明しておく事は重要である. 2) 最も頻繁に用いられているのは CHOP と言われている プロトコールである. 2. シクロホスファミド 投与経路は,静脈内投与(注射薬)と経口投与(内服薬) 要約 の 2 通りがある.経口薬は錠剤があるが,近年原末(散剤) 現在リンパ腫の抗がん治療の主流となっているのはいわゆ も発売されている.経口薬は食後に投与すると嘔吐を誘発す る CHOP ベースプロトコールである.CHOP とはシクロホ る事が知られているため,必ず空腹時に投与する.また,本 スファミド(C),ドキソルビシン(H),ビンクリスチン(O), 薬剤は発がん性が極めて高いため,錠剤を分割する際には安 プレドニゾロン(P)である.ドキソルビシンは,以前ハイ 全キャビネットの使用や専用のガウン,マスクの着用は必須 ドロキシダウノルビシンと呼ばれていたため H,ビンクリス である.他の薬剤にない代表的な副作用として出血性膀胱炎 チンは商品名であるオンコビンの頭文字として O が用いられ がある.副作用回避の方法として投与後の頻回の排尿や利尿 ている.本講演では,上記薬剤を中心に抗がん剤の効果,取 剤の投与が推奨されている.その他の副作用として胃腸障害, り扱いの注意点,副作用,抗がん剤の動物病院スタッフへの 骨髄抑制がある. 暴露などについて詳しく解説する予定である. 3. ビンクリスチン キーワード リンパ腫 抗がん治療 投与経路は,静脈内投与のみである.肝臓で代謝され,胆 汁から排泄されるため胆汁の排泄経路に問題がある患者に対 はじめに しては使用を控える.具体的には TBil が 1.5mg/dl 以上の 1. ドキソルビシン 場合は 50% 減量もしくは使用しない.代表的な副作用は, 投与経路は静脈内点滴のみで,組織侵襲性が極めて高い薬 末梢神経の障害に起因する便秘とそれに伴う食欲不振,嘔吐 剤であるため皮下や筋肉内への投与は禁忌である. である.経験的には,マロピタントを投与直後から 5 日間 点滴中に誤って血管外に漏出すると漏出部位が壊死し,悲 投与することで食欲不振と嘔吐を抑制できる印象を持ってい 惨な結果を招く.投与中は厳密な管理が必要であり,動物の る.本薬剤も血管外漏出で周辺組織の壊死が起こる.血管外 性格によっては保定下あるいは鎮静下で投与する必要があ 漏出の際の対処方法がドキソルビシンと全く異なるため注意 る.万が一血管外に漏出させてしまった場合は,投薬を直ち が必要である.投薬を中止し,留置針から薬剤を吸引する所 に中止し留置針引き抜かずにその留置針周囲から漏れた薬剤 までは同じ対処方法だが,その後局所に生理食塩水を注射し, を可能な限り吸引する.その後冷湿布を用いて 1 回 10 分 1 冷湿布ではなく温湿布を数時間行う事が推奨されている.ド 時間毎に患部を冷やす.この処置を 24 時間継続する.可能 キソルビシンの漏出時には漏れた薬剤を出来る限り局所にと であればドキソルビシンの拮抗薬であるデクスラゾキサンを どめる(拡散させない)のに対し,ビンクリスチンの漏出時 投与する.本薬剤は,以前は個人輸入する必要があったが, は局所の吸収を促進する事が重要と考えられている.その他 2014 年にサビーン ® が国内で発売された.万が一ドキソル の副作用として L- アスパラギナーゼとの同時投与で重度の骨 ビシンを漏出させてしまった可能性が疑われる場合は,3 時 髄抑制(犬)が知られているがその理由はよくわかっていな 間以内に本薬剤を投与する.投与量は,600mg/m2 で生理 い. 食塩水に希釈し,15 分かけて投与する.薬価が 500mg で 約 45 000 円と高額なのが問題であるが,本薬剤を頻繁に 4. L- アスパラギナーゼ 使用する病院では持っていてもいいかもしれない.著者は, 適応は,リンパ腫,リンパ性白血病などのリンパ系の悪性 1 第 18 回 日本臨床獣医学フォーラム年次大会 2016 腫瘍に限られる.他の薬剤と異なり,単独使用では骨髄抑制 が排泄されている可能性があり,十分な効果が得られない可 が全く見られないが,ビンクリスチンとの同時投与(犬)で 能性があるからである.一方で嘔吐前にどのくらい抗がん剤 重度の骨髄抑制が起こる.代表的な副作用として急性膵炎, が吸収されているかを知る術がないため,再度新しい薬を投 アナフィラキシーショックが知られている.アナフィラキ 与すると過剰投与になる恐れがあるからである. シーを予防するため前投与として抗ヒスタミン剤の投与が推 経口抗がん剤の投与のタイミングも指導しなければならな 奨されている. い.薬剤によって好ましい投与のタイミングが異なるため注 意が必要である.空腹時に与えるべき経口抗がん剤は,シク 抗がん剤の副作用の評価と適正な投与 ロホスファミド,クロラムブシル,メルファラン,ロムスチ 我々が抗がん剤を投与する際に投与量を間違えれば動物に ンであり.食後に投与すべき経口抗がん剤は,イマチニブ, 重大な副作用を与えてしまう事になり,死亡させてしまう事 プロカルバジンなどがある. さえある.適正に抗がん剤を投与する上で以下の事に十分留 意する. 1) 薬用量の確認と投与量の計算は必ず 2 人以上の獣医師あ るいは動物看護師で確認し合った後に投与を開始する. 2) 治療毎の薬用量,投与量および投与後の副作用などを一 覧にまとめておくと良い. 抗がん剤を安全に使用するために 抗がん剤は,抗がん作用を持つ一方で発がん性のある薬剤 である事を知っておかなければならない.抗がん剤の不適切 な取り扱いは,治療に携わる獣医師,動物看護師,更には動 物のご家族を発がん物質に暴露する結果となる.抗がん剤の 暴露を防ぐために以下の方法を徹底する. 1) 注射用抗がん剤,あるいは経口用抗がん剤の調剤時には 生物学的安全キャビネットを極力使用する. 2) 特に安全キャビネットがない施設では経口用抗がん剤の 分割,粉砕は絶対に行わない. 閉鎖式薬物混合器具(PhaSeal® system)は,抗がん剤 の注射薬を扱う際に薬剤の飛散を防止する器具である.動物 病院では未だ使用している施設が少ないのが現状であるが, 暴露を防ぐためには極めて有効である. ご家族への指導 抗がん治療を開始する際には,ご家族への指導も重要とな る.多くの抗がん剤には骨髄抑制(主に好中球減少症に伴う 発熱=発熱性好中球減少症) ,消化器毒性(食欲不振,嘔吐, 下痢)の副作用が伴う.使用する薬剤によって発現しやすい 副作用が異なるため,毎回予想しうる副作用をご家族に丁寧 に説明する.重度な副作用が見られた場合は,速やかに病院 に連絡をしてもらい,適切な対応を取る必要がある.出来る 限り早期に副作用を発見するためには,ご自宅での身体検査 (体温,心拍数の測定,呼吸数= TPR)の実施が望ましい. 動物看護師が指導し,自宅で一覧表に記載してもらい診察毎 に提出して頂くと良い.また,ご家族の抗がん剤の暴露を防 ぐための指導も必須である.投与後の糞尿の処理には手袋の 使用が望ましい.また,経口抗がん剤を自宅で使用する場合 に,直接抗がん剤に触れる事を避けるためにも手袋を使用す るかカプセルへ入れて処方するようにする. 経口抗がん剤投与後に動物が嘔吐した際には,嘔吐物を再 度与えて頂くように指導する.これは嘔吐物の中に抗がん剤 2 第 18 回 日本臨床獣医学フォーラム年次大会 2016
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