Criminal Law アメリカ刑法

体験版
Criminal Law
アメリカ刑法
こ の 講 座 で は ア メ リ カ の 刑 法 を 説 明 す る こ と に と ど め 、 刑 事 訴 訟 手 続 ( Criminal
Procedure)については別講のアメリカ刑事訴訟手続法によっていますので一緒に勉強して
下さるとよいと思います。
第1章 Introduction
総説
1.Nature of Crime−Historic Aspect of Criminal Law 犯罪の性質−刑法の歴史的観点−
「汝殺すことなかれ」
からはじまるモーゼの十戒の昔から犯罪はそれぞれの社会で悪とさ
れたことを犯す罪でした。社会が悪であるとしたことが犯罪となったわけです。ですから中
世においては破産者が獄につながれたように現代では犯罪とされないことが犯罪でしたし、
また逆に現在では犯罪とされている麻薬の使用や賭博は犯罪ではありませんでした。
Prostitution 売春は昔は犯罪ではありませんでしたが今は犯罪です。Sodomy(同性愛)は
聖書の昔から罪とされてきましたが、現在では 2004 年のブッシュ・ケリーの大統領選で争
われた通り罪ではないと考える人が多数います。
アメリカの法制度はイギリスの法制度を継承したものですが、
中世イギリスにおいては刑
法と民事法が分離していませんでした。加害者の行為によって被害を受けた被害者が、加害
者をコモンロー・コートに訴え損害を回復しました。この過程でたくさんの判例が累積し、
それによって犯罪の類型が定まって行きました。犯意をもって人を殺す Murder(謀殺)や
思わずかっとして人を殺す Manslaughter(故殺)などの類型が定まっていったのです。こ
の時代は刑法は制定法ではなく判例法でした。これを Common Law Crime(コモンロー犯
罪)と呼びます。その後イギリスでは 18 世紀から 19 世紀にかけて徐々に刑事法と民事法
が分化して刑事法は成文の刑法典となっていきます。
イギリスのコモンローを継受したアメ
リカの各州(合衆国成立前の各州)も当初はコモンロー・クライムを承継し、その後徐々に
刑法典(クリミナルコード)を制定法として立法していきました。アメリカ合衆国憲法は、
修正第 5 条で、法の正当な手続によらないで生命、自由、財産を奪わないことを定め、又、
修正第 14 条で州が法の正当な手続によらないで生命、自由、財産を奪うことを禁じました
が、これを受けて全米の各州が続々と明文の刑法を法典化していったのです。この刑法法典
化の過程で、
従来のコモンロー犯罪とされていたものを刑法典にとり込みこれに新設の犯罪
類型を加えて行ったのです。この際、コモンローの影響の強かった東部の州は制定法として
の刑法典に加えてコモンロー犯罪の存続を認めていましたが、
テキサス州などの西部州は刑
法典の制定と共に刑法典の中に、
この刑法典中に明示されたもの以外は犯罪とされない旨の
1
体験版
規定を置くことによって明示的にあるいは総合的な刑法典の採択という形で黙示的に、一般
的なコモンロー犯罪の存立の余地を否定しました。
この傾向は罪刑法定主義の影響もあって
各州において採用され、現在では一般的にコモンロー犯罪の適用(即ち刑法典によらないコ
モンロー由来の刑事判例法)は少なくなってきていると言われています。即ち各州とも制定
法としての刑法典を持っているのです。
2.Source of Law 法源
(1)State Criminal Law 州刑法
アメリカ合衆国が Unites States(州の連合体)として成立した時、合衆国憲法で各州が
もっている国としての権限の中から合衆国に移譲するとした特定の権限(即ち軍事、外交、
通貨、州際通商などに限定した権限)のみを州から合衆国に移譲したことはご存知の通りで
す。この結果州にはその他の一切の立法、行政、司法の権限が残ることになりました。した
がって法律も、契約法や不法行為法、家族法や相続法、会社法などがみな州法として残りこ
れらの問題を扱う司法制度は州裁判所のシステムの中に残りました。
これらのことは他のア
メリカ法の講座の中でも申し上げておりますのでご承知と思います。
刑事法関係も同様で犯
罪を処罰する権限も州に残りました。
したがって殺人や強姦などアメリカの各州の州内の犯
罪は、すべて州の刑法典によって規定され、州裁判所で裁かれることになっています。即ち
刑法の Source of Law(法源)は各州により定められた刑法典であるわけです。州の刑法典
は州議会(Assembly of the State)が制定するもので、Criminal Code とか Penal Code と
呼ばれます。ニューヨーク・ペナルコードとかカリフォルニア・クリミナルコードというよ
うに呼ばれています。全米に 50 の州がありますから 50 の州刑法典があるわけです。日本
の刑法典に比べますと非常に細かい条文が並び数百条の条文から成っています。
刑法典だけ
で厚い冊子となっています。弁護士・検察官・裁判官の他、保安官や警察官など法執行に当
たる人はみなこれを携帯しています。
刑法典の他に他の法律で犯罪となる行為を規定してい
るものもあります。たとえば車両交通法は酒気帯び・交通違反を犯罪として処罰の対象とし
ていますし、ドメスティックバイオレンス法(家庭内暴力法)は家庭内の暴力行為を犯罪と
しています。州ごとにいろいろな法律が数多く制定されますので、特定の州の刑事事件につ
いてはその州の刑事弁護士しかわからないし処理できないということになるわけです。
(2)Model Penal Code
模範刑法典
刑法典は各州において定められるとは言え、
全米の各州の刑法を統一的なものにしようと
いう運動はありました。1950 年代から 1960 年代にかけてそのような運動が行われ
American Law Institute(アメリカ法律協会)が 1962 年 Model Penal Code を編纂発表し
ました。このモデル・ペナルコードは各州の刑法典に取り入れられ現在ではアメリカ 50 週
の 4 分の 3 がこのモデル・ペナルコードをベースに州の刑法典を制定しています。
2
体験版
(3)Federal Criminal Law 連邦刑法
刑事犯罪は州刑法により裁かれると申しましたが連邦法(合衆国の法律)によって裁かれ
る犯罪もあります。たとえば通貨偽造です。通貨(ドル)の発行は連邦政府の権限ですので
通貨偽造は連邦犯罪となります。州を超える犯罪は連邦の管轄となりますから、たとえば郵
便による詐欺
(被害者は全米にわたる)
やインターネットによる詐欺は連邦犯罪になります。
州内での窃盗はその州の窃盗罪となりますが、
窃盗した物を州を超えて別の州に持ち出せば
州間贓物移送罪として連邦犯罪となります。
これら連邦犯罪を対象として連邦刑法が定められています。US Code Title 18 が連邦の
刑法典です。ワシントン DC がある District of Colombia は連邦政府の直轄ですからどの州
の刑法も適用されません。したがって District of Colombia 内の犯罪に対する刑事法を必要
とします。District of Colombia 内の犯罪については連邦刑法が適用されることになります。
連邦刑法典の他にも独立の立法で刑事罰を科す連邦法があります。たとえば RICO 法
(Racketeer Influenced and Corrupt Organization Act:事業への犯罪組織等の浸透の取り
締まりに関する法律)は、日本の暴力団取締法のモデルになった法律ですが、連邦法です。
犯罪的な著作権侵害は著作権法中に規定されていますが、Copyright Law は連邦法ですの
で連邦犯罪です。FDA(連邦医薬品食品局)法に規定された FDA 法違反行為や、IRS(連
邦歳入庁)の所管する Internal Revenue Code(歳入法)に規定された脱税行為も連邦犯罪
です。
しばしば報道されるインサイダー取引疑惑も連邦法の証券取引法の規則違反ですから
連邦犯罪ということになります。特許法や著作権法にも刑事罰規定があります。州法の場合
もそうであったように、連邦刑法典の他各種の法律が連邦犯罪を規定しているのです。
3.Distinction between Criminal Law and Other Laws
刑法と他の法律との区別
刑法で処罰される行為はしばしば同時に他の法律問題を起こします。
たとえば自動車で人
をはねた加害者は被害者に対して損害を賠償する責任を持ちますが、
同時にもしその人をは
ねる行為が故意であれば傷害罪なり殺人罪なりの刑事責任を問われますし、
また自動車運転
免許の停止やスピード違反の罰金などの行政的な処罰を受けます。刑法を考えるとき、これ
ら他の法律との競合関係を区別して考えることが重要です。
(1)Criminal Law and Torts
刑法と不法行為法
不法行為法は不法な行為による被害の救済を認める法律で、被害を受けた原告側が被害を
与えた側の被害に対し損害賠償と差止命令を求めて裁判所に訴えることを可能にする法律
です。Tort あるいは Civil Wrong と呼ばれています。イギリス由来の判例法が法源です。
刑法典という制定法が法源でコミュニティに対する悪を規制しようとする刑法とは違いま
す。不法行為法での判決は被害者に対する損害賠償や行為の差止命令ですが、刑法の判決は
有罪となった場合刑務所に投獄するか罰金を科すかです。
3
体験版
例えば故意に自動車をぶつけられて大怪我をした被害者は、治療費や働けなくなった休業
補償や痛かった事への精神的慰謝料を求めて加害者を訴えることができますが、
これは不法
行為法による訴訟です。
勿論警察は加害者を逮捕し検察官に送り検察官はこの加害者を傷害
罪や殺人未遂で起訴することができますが、これは刑法にもとづく刑事裁判です。これはそ
のような加害行為が社会に対する犯罪(Offense against Community)だからです。検察官
は、被害者の弁護士として賠償を要求するのではなく、Community の代理人としてそのよ
うな社会に対する Offense(攻撃)をした犯罪者の処罰を要求するのです。このように刑法
と不法行為法は目的が違います。
法律を初めて勉強する人はしばしばこの不法行為法と刑法
を混用しますが留意すべきです。
(2)Criminal Punishment and Administrative Punishment 刑事罰と行政罰
刑事上の処罰は社会に対する悪を処罰するためのものですが、
これとは別に行政上の処分
もあります。上述の例で言えば加害者の運転免許を取り消すことです。また、たとえば医師
が故意に薬を与えて患者を死なせた場合を想定してください。
医師は患者の遺族から不法行
為による損害の賠償を求められ、また検察官により殺人罪で起訴されると共に、医師法によ
り医師免許を剥奪されるでしょう。これが行政上の処分です。
一つの行為が不法行為の原因にもなり刑事処罰の原因にもなり行政処分の理由にもなる
わけです。法律的に考えるときにこれらを分けて分析的に考えることが必要です。
(3)Criminal Law and Criminal Procedure
刑法と刑事訴訟手続
刑法はまた刑事訴訟手続法からも区別されるべきです。
悪いことをした犯罪者を処罰する
ための法律であることはどちらも同じですが、刑法は Substantive Law(実体法)と呼ば
れ、何が犯罪であるかを定義しその犯罪行為に対する刑罰を規定します。つまり法の
Substantive(実体的な)は部分を規定しているのです。刑事訴訟手続法はその実体として
の法(刑法)を実現するための手続を定めますから Procedural Law(手続法)と呼ばれま
す。両方の法律があいまって刑事罰という制裁が有効に科されるのです。尚ここで刑事訴訟
手続法と言いましたが、アメリカでは刑事訴訟手続のルールは最高裁判所(州の場合は州最
高裁、連邦の場合は合衆国最高裁)が下級審も含めてそのルールとして定めるものであって
議会で制定する法律ではないことに留意しておいて下さい。
刑事訴訟手続については別講に
よります。
(4)Criminal Law and Juvenile Law 刑法と少年法
アメリカでも少年の起こす事件は、刑法とは別の Juvenile Law で裁かれます。少年の場
合は犯罪に課す制裁を適用せず少年の更生という観点から法が定められるからです。
裁判所
も Juvenile Court として一般の裁判所とは別となります。少年事件が別となるのは連邦も
州も同じです。
4
体験版
4.An Explanation of a Few Words
刑法の説明に入る前に言葉の説明
次章からの刑法の講義は、まず具体的な犯罪形態(殺人罪や窃盗罪などの)から説明し、
その後ですべての刑の通則的な部分を説明しますが、
その前に二三の言葉について以下に説
明しておきます。
(1)General Principle and Definitions of Specific Crimes
一般原則と特定犯罪の定義
日本の刑法でも刑法総論の部分と刑法各論の部分の二つにわけて規定されていると同様、
アメリカの刑法でも刑事責任の一般原則とそれぞれの特定の犯罪の定義とその処罰にわけ
て規定されています。刑事責任の一般原則の部分では、故意過失や犯罪の意図の問題、正当
防衛や緊急避難、共犯と教唆犯の問題など犯罪全般に適用される一般原則の問題を扱います。
特定犯罪の方では殺人罪や窃盗罪など一つ一つの犯罪の定義と適用される処罰が規定され
ます。
この講座でははじめてアメリカ刑法に接する人が理解しやすいようにまず特定の犯罪
類型について説明し、その後で共通の一般原則について述べることにします。
(2)Crime and Offense
クライムとオフェンス
刑法の中に Offense という言葉がしばしば出て来ます。Crime と Offense は刑法の中で
は同義語として使われています。もともと Offense は攻撃の意味で Defense(防御)の反対
語です。法律的には犯罪は社会に対する攻撃と考えられていましたので、Public Offense
という言葉で犯罪を表現したのです。今でも刑法典を読むと Crime or Public Offense と同
義語として並列して出て来ます。
(3)Felony and Misdemeanor
重罪と軽罪
特定の犯罪についての説明に際してしばしば出て来ますから知っておきましょう。
Felony(重罪)は死刑又はある程度の一定期間(たとえば 1 年)を超える拘禁刑を科せら
れる罪で、殺人罪や傷害罪、窃盗罪など古くから犯罪とされてきた罪をいいます。多くの犯
罪はみな Felony(重罪)です。
Misdemeanor(軽罪)は重罪ではない罪で多くの場合罰金(Fine)ですまされます。拘
禁刑も刑務所(Prison)ではなく拘置所(County Jail)での拘禁で期間も短い(半年とか
1 年)ものです。公衆の前での酔っ払い、食品衛生法規や医薬品安全法規の違反などが軽罪
とされます。
もともと Felony は中世イギリス法でその犯罪に対する処罰と共に King により土地・財
産が没収される罪を Felony と呼んだもので、土地・財産の没収をともなわない犯罪は
Misdemeanor とされたのです。イギリスではその後この区別は廃止されたのですが、アメ
リカでは前述のように死刑又は一定期間(通常 1 年)を超える拘禁刑の犯罪を Felony とよ
び、罰金又は一定期間以下(たとえばカリフォルニア州の場合は半年間)の拘禁刑の犯罪を
5
体験版
Misdemeanor としたわけです。
以上の他に Infraction(違反処罰)という最も軽い罪もあります。Infraction はもっとも
軽い罪で、
たとえば駐車違反とかゴミの公共場所への投棄のように軽い罰金刑しか科せられ
ないものを言います。カリフォルニア刑法典では犯罪を Felony と Misdemeanor と
Infraction の三つに分類しています。
(4)Capital Crime and Infamous Crime
古い言葉ですがしばしば出て来ますので知っておいて下さい。
Capital Crime というのは死刑を科し得る罪のことで刑法典の上で死刑処罰が規定されて
いる犯罪です。Capital は原意は「首(頭の部分)
」ですが、中世イギリスで断頭刑に処し
た由来によります。Capital Offense、Capital Punishment とも言います。
Infamous Crime(インファマス・クライムと読みます)は、破廉恥罪と訳されています
が、性的な意味のある罪の名ではなく、中世イギリス法において Treason(反逆罪)
、Felony
(重罪)
、Crimen Falsi(偽造罪)のように行為の性質が Infamous(恥ずべき)とされた
犯罪です。Infamous Crime を宣された者は証人として宣誓供述する能力を奪われました。
現在では中世イギリスのコモンローのときと意味が変わって懲役刑(Hard Labor in
Prison)を科する Crime を指しています。アメリカ合衆国憲法第 5 修正は No person shall
be held to answer for a capital, or otherwise infamous crime, unless on a presentment or
indictment of a grand jury.(何人も大陪審の告発又は起訴によらなければ死刑または自由
刑を科せられる犯罪の責を負わされない。
)と定めています。
(5)Act and Omission 行為と不作為
Criminal Conduct(犯罪行為)は刑法に規定された犯罪類型の行為を行うことですが、
これは常に積極的な行為(act)のみを意味しません。やるべき事を行わないことつまり不
作為の行為(omission)も意味します。たとえば危険な状態を知りながら何等の措置もと
らないで放置をすれば不作為の罪に問われるわけです。犯罪においては積極的な Act も不
作為の行為 Omission も同様に考えられています。
(051129)
6