A-1 システム仕様のためのオントロジ - lise

A-1 システム仕様のためのオントロジ
加藤隼也,川端亮,伊藤潔(上智大学 理工学部 情報理工学科)
研究における核となるオントロジについて説明する.「オントロジ」は「オントロジ
ー」と記述される場合もあるが,
「オントロジ」と表記する.本研究では,以下のタス
ク・コンポーネント・ドメインの観点でオントロジを構築する.
1. オントロジ
オントロジは,本来,哲学の用語で「存在に関する体系的な理論(存在論)」という
意味を持つ[Mizoguchi, et al.1997][Mizoguchi, et al.2006][Saitoh2004].世の
中に存在する全てのものを系統立てて説明することを目指している.なにが存在として
本質的で,なにが存在物の区別をするのか?存在物の間の関係は?などを考えた理論と
体系がオントロジである.
つまり,オントロジは,言葉が存在する概念構造である.その言葉はどのような範疇
で存在しているか,どのような言葉と関係して存在しているかを表している.システム
化の対象業務を分析するとき,オントロジを使うことで,その分野で使われる言葉と言
葉の関係を利用できるので,分析作業の効率化が期待される.本研究のオントロジは,
システム分析向きにドメイン,タスク,コンポーネントの観点で構成する[Kawabata,
et al. 2008] [Katoh, et al. 2010a].
2. ドメインオントロジ
ドメインオントロジは,その言葉が存在するドメインの概念構造を形成する.
同じ言葉でもドメインによってその言葉の持つ意味が変わる.
「車両」という用語は,
鉄道,バス,運送などの運輸ドメインにおいては,輸送手段である乗り物の意味を持つ.
これに対し,生産のドメインで,自動車工場を考えた場合は,輸送手段ではなく,生産
対象物の意味を持つ.また,自動車工場で生産された車両を自動車工場から販売店へ運
ぶ場合は,運輸ドメインにおいて,輸送の対象物の意味を持つ.このようにドメインに
依存して言葉が存在する概念構造をドメインオントロジとして定義する.
3. ドメインタスクオントロジ
ドメインタスクオントロジは,対象ドメインのタスク(Task)の概念構造を形成する.
タスクの構成は,ある動詞に対して主語になり得る単語は A で,目的語になり得る単
語は B である,という用語の間の関係性を表す.販売ドメインでは,
「売る」という動
詞の主語に「店員」が,目的語に「商品」が構成され,「店員が商品を売る」という構
成が可能である.しかし,
「売る」という動詞の主語に「商品」が,目的語に「店員」
が構成されることはないので,
「商品が店員を売る」という構成はできない.そのよう
な用語の構成によって存在する言葉の概念構造をタスクの観点では捉える.
タスクオントロジの例としては以下のようなものがある.
(誰が,何を,どこで,どうする)
→(医者が,患者を,診察室で,診断する)
3.1. イントラドメインタスクオントロジ
イントラドメインタスクオントロジについて説明する.動詞は,そのドメインで,そ
の動詞がとり得る主語や目的語との関係で存在している.同じ動詞でもドメインが異な
ると,取り得る主語や目的語が異なる.これをイントラドメインタスクオントロジ
(Intra-Domain Task Ontology)と呼ぶ.各ドメインで行われているタスクは,それぞれ
のドメインの名詞,動詞を使って記述する.また,イントラドメインタスクオントロジ
はドメインタスクオントロジ(Domain Task Ontology),または○○ドメインタスクオ
ントロジ(○○は特定のドメイン名)と表記することもある.本稿では,多くの場合,ド
メインタスクオントロジと記述する.
イントラドメインタスクオントロジは,ドメイン固有の用語(ドメインコンポーネン
ト)を用いて記述する.同じドメインにおいて,ある同じ仕事について,業者により異
なる用語を用いる例がよくある.この場合,タスクオントロジは,同じであるが,そこ
で使われる用語のセットが異なる.
3.2 インタードメインタスクオントロジ
インタードメインタスクオントロジについて説明する.インタードメインタスクオン
トロジ(Inter-Domain Task Ontology)は,ドメインを横断して共通に利用可能なタ
スクのオントロジである.あるドメインで行われているタスクの本質となる部分は,他
のドメインでも共通であることが多い.このようなタスクをインタードメインタスクオ
ントロジと呼ぶ.インタードメインタスクオントロジは,ドメインを横断するタスクで,
ドメインタスクの上位にあるタスクの概念構造を表す.
例えば,「販売する」というタスクは,様々なドメインに存在する.ドメインによっ
て,
「書店の店員が本を客に販売する」という販売タスクもあれば,
「社員食堂の従業員
が弁当を社員に販売する」という販売タスクもある.これらの販売タスクは販売する人,
販売する品物,販売される人などは異なるが,本質的には「販売者が購入者に商品を販
売する」という性質を持つ.この本質的な部分は他のドメインでも共通であり,「販売
者が購入者に商品を販売する」という販売タスクはドメインを横断するタスクで,ドメ
インタスクの上位にあるタスクの概念構造を表していると言える.
(誰が,誰に,何を,どうする)
→(販売者が,購入者に,商品を,販売する)
上記の(販売者が,購入者に,商品を,販売する))というタスクオントロジは,多
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くのドメインに共通で本質的なタスクであるので,インタードメインタスクオントロジ
である.インタードメインタスクオントロジの用語を各ドメインの用語に置き換えるこ
とで,イントラドメインタスクオントロジになる.この時,置き換える用語の組み合わ
せは,ドメインによって異なる.これは,ドメインコンポーネントオントロジに記述さ
れている.
「薬局」というドメインでは「販売者」という用語が「薬局店員」という用語に,
「購
入者」という用語が「客」という用語に,
「商品」という用語が「医薬品」という用語
に置換できるので,
(販売者が,購入者に,商品を,販売する)というインタードメイ
ンタスクオントロジが,
(薬局店員が,客に,医薬品を,販売する)というイントラド
メインタスクオントロジに置き換えられる.ドメインが異なると,その存在する言葉の
概念構造が異なるため,使うことができない用語の組み合わせがある.例えば,「文房
具店」というドメインでは「商品」を「医薬品」には置換できない.
4. ドメインコンポーネントオントロジ
コンポーネント(Component)の観点では,オントロジを対象ドメインに存在する構成
要素を表す用語の概念関係で捉える.ドメインには,ドメインを構成する人,物,動作,
場所,状態などの概念を表す名詞や動詞がある.名詞・動詞には同義語が存在し,また,
その上位概念や下位概念となる名詞・動詞が存在する.この上位・下位は,オブジェク
ト指向のクラス・スーパークラスとは異なる.上位・下位は,インタードメインの用語
とドメインの用語との関係,ドメインの用語の代表的な用語とそのバリエーション用語
との関係である.例えば,動詞で表される動作については,ある一つの動作の下位概念
は,その動作を構成する複数の動作である.また,これらの動作の実行手順も含む.以
上を,ドメインコンポーネントオントロジ(Domain Component Ontology)と呼ぶ.イ
ンタードメインタスクオントロジにそれぞれのドメイン固有の概念・用語であるドメイ
ンコンポーネントオントロジを適用することで,各ドメインのイントラドメインタスク
オントロジを構成できる.ドメインコンポーネントオントロジには,例えば,販売ドメ
インでは,名詞として,店員,客,接客係,清掃係などがあり,これは,人コンポーネ
ントに含まれる.店員の下位概念として,接客係,清掃係がある.鉄道ドメインで動詞
によって表される動作コンポーネントを考えると,「電車で移動する」という動作があ
り,その下位概念は,
「駅に行く」
,
「切符を買う」,
「改札を通る」
,
「ホームに行く」
,
「電
車に乗る」
,
「電車を降りる」
,
「改札を通る」,
「駅を出る」という動作手順で構成される.
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List of Publications
Intra-Domain
Task Ontology
A Domain Task
Ontology
B Domain Task
Ontology
X Domain Task
Ontology
Domain
Component
Ontology
A Domain
Component
Ontology
B Domain
Component
Ontology
X Domain
Component
Ontology
Inter-Domain Task Ontology
図1
本研究で使うオントロジの構成
図1に本研究のオントロジの構成を示す.図1はインタードメインタスクオントロジ
とイントラドメインタスクオントロジがそれぞれのドメインコンポーネントオントロ
ジによる変換を通じて関連づけられるということを示す.
5. 格文法
本稿のタスクオントロジは,格文法[Fillmore, C. J., 1968] [Gunji, et al.1998] を
用いて記述する.格文法(Case Grammar)は用言と名詞の意味的関係を記述する方法
である.用言と名詞の意味的関係を深層格と呼ぶ.本研究では,主格,動作格,対象格,
場所格,時間格,源泉格,目標格,道具格,条件主格,条件動作格,条件対象格を用い
る.格の意味の説明を表 1 に,格文法に基づく記述例を表 2 に示す.
表 1 格の意味の説明
格
意味
英訳
主格
だれが
Subject
動作格
~する
Action
対象格
何に
Object
場所格
どこで
Place
時間格
いつ
Time
源泉格
~から
From
目標格
~へ
To
道具格
~を使って
With
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表 2 格文法に基づいて記述された文章の例
文
主格
1彼
2彼
3私
動作格
対象格
送る
手紙
連れて行く 息子
受け取る 用紙
場所格
事務室
時間格
今日
源泉格
東京
先生
目標格
彼女
パリ
道具格
航空便
飛行機
表 2 の文1は,
”彼は今日手紙を航空便で彼女に送る“,文2は”彼は息子を飛行機
で東京からパリへ連れて行く”
,文 3 は,
”私は先生から用紙を受け取る”という文であ
る.それぞれの文の名詞を用語に従って,適切な格に入れたものが表 2 である.
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List of Publications
参考文献
[Katoh , et al . 2010a] Junya Katoh , Ryo Kawabata and Kiyoshi Itoh:
Construction and Visualization of System Ontology for Enhancing Reusability and
Understandability, SDPS IDPT2010, June, 2010.
[Mizoguchi, et al.1997]溝口理一郎,池田満,オントロジー工学序説-内容指向研究の
基盤技術と理論の確立を目指して,人工知能学会誌, Vol.12,No. 4, pp. 559-569,
1997.
[Mizoguchi, et al.2006]溝口理一郎,古崎晃司,來村徳信,笹島宗彦,オントロジー構
築入門,溝口理一郎,(株)オーム社,東京,pp.2-9,2006.
[Saitoh2004]斉藤
考,「記録・情報・知識」の世界,オントロジ・アルゴリズムの研究,
中央大学出版部,東京,pp234-239,2004.
[Kawabata, et al.2008]Ryo Kawabata, Kiyoshi Itoh: Domain Ontology and Domain
Heuristics for Engineering and Education, IDPT2008,June,2008.
[Kaneiwa2009]兼岩 憲,知の科学 記述論理と Web オントロジー言語,人工知能学会,
(株)オーム社,東京,pp.12,2009.
[Fillmore, C. J., 1968] Fillmore, C. J., "The Case for Case". In Bach and Harms (Ed.):
Universals in Linguistic Theory. New York: Holt, Rinehart, and Winston, 1-88 ,1968.
[Gunji, et al.1998]郡司隆夫,阿部泰明,白井賢一郎,坂原茂,松本裕治,岩波講座 言
語の科学 4 意味,大津由紀雄,岩波書店,東京,pp.127-129,1998.
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オントロジ