ハズバンダリートレーニングを用いた研究の可能性

ハズバンダリートレーニング
を用いた
研究の可能性
大牟田市動物園
〇 伴 和幸,椎原春一
2016.09.17 日本野生動物医学会@宮崎 自由討論 研究する動物園
本日の流れ
0. 園の紹介
1. ハズトレとは
2. ハズトレの応用
3. ハズトレと動物福祉と研究
4. 国内のハズトレ
5. 当園での取り組み
6. ハズトレの広がり
7. ハズトレに対する意見
『ハズバンダリートレーニング』
省略
『ハズトレ』
と呼びます
0. 園の紹介
大牟田市動物園
1941年開園
飼育数:55種,約250個体
総面積:44000 ㎡
ココ
入園者数:約20万人/年
“古くて小さい地方の動物園”
飼育スタッフ
飼育員:11名
獣医師:2名
平均年齢:約26歳
“動物福祉に配慮した科学的な飼育管理”
を掲げ,園を挙げてハズトレなどに取り組む
1. ハズトレとは
動物園でのトレーニングのイメージ?
・アメとムチ?
・過酷な減量?
・動物福祉
・教育
長谷川編(2013)
さらに
問題あり
・異常行動の発現
・繁殖率の低下など
ハズトレとは?
『飼育動物の生理,生態および心理面での管理を
可能とするために必要な諸動作(の行動形成)』
(岡崎,2010) (括弧内は演者が追記)
演者は・・・
『ハズトレ≒動物福祉の向上を主目的とした
諸動作の行動形成』と考えています
行動分析学に基づく科学的なトレーニング
体罰・減量は不要
2. ハズトレの応用
ハズトレ
エンリッチメント
人工授精
ガイド
日常管理
etc…
動物園の目的に貢献
教
育
レクリエーション
研
究
保
全
3. ハズトレと動物福祉と研究
動物園での研究は動物福祉への配慮が必須
世界動物園水族館協会
動物園・水族館による動物研究に関する倫理指針
不適切な研究
「身体的なものであれ,心理的なものであれ,
永続的な痛みや外傷,苦しみを与える研究」
血液を用いた研究では
保定などのストレスが血液性状に影響を与える
保定の定義 (クリストマン,渡辺・村田訳 2014)
○ 物理的保定(例: 用手保定)
○ 機械的保定(例: スクイーズケージ)
○ 化学的保定(例: 麻酔)
○ 行動的保定(例: オペラント条件付け)
最初に検討すべき
動物福祉に則したハズトレは
動物園で研究を行う上で,重要性が増加
4. 国内のハズトレ
国内でのハズトレ
欧米を中心とした諸外国
⇒ハズトレが広く普及
Cutting (2013)
ホッキョクグマの採血
国内では一部の種,一部の担当者に限定されてきた
⇒近年,ハズトレが広まりつつある
楠田ほか(2014)
キリンの採血
Otaki et al., (2015)
クマ科動物の採血
国内の動物園にとって,ハズトレの創成期?!
5. 当園での取り組み
当園での取り組み
当園のハズトレの取り組み
○ 28/55種(50.9%)が対象
○ ほぼすべての飼育スタッフ
(獣医師含む)が実施
○ 1回/月のミーティング
○ ハズトレの実施状況をリスト化
トレーニングリスト
2016年 5月 31日
2016年 5月 31日
種名・個体名
・馴致レベル: 1…人から逃げる 2…人に無関心 3…人に近づいてくる 4…手渡し給餌可能 5…接触可能(餌有り) 6…接触可能(餌無し)
ハズトレの項目
・項目:T(Target)…ターゲット B T(Body Temperature)…検温 B W(Body Weight)…体重測定 H C(Hoof Cutting)…削蹄 CN (Cut Nails)…爪切り
BC (Blood Collection)…採血 SeC (Semen Collection)…採精 UC (Urine Collection)…採尿
IM (Intramuscular injection)…筋肉注射
SC (Subcutaneous injection)…皮下注射
HP(Heart sound/Pulmonary sound)…心音・肺音 B(Box)…ボックストレーニング
PO(Per os)…投薬(経口投与) OM (Open Mouth)…開口 I(Instillation)…点眼 S(Separate)…分離
※各項目実施可能は○、トレーニング開始は△、開始から1カ月以上経過していれば何ヶ月経過しているか数字(1ヶ月経過していれば1、2ヶ月なら2)を記入する
班
種名
キリン
カンガルー
キ
リ
ン
班
レッサーパンダ
カピバラ
オウギバト
ペリカン
ケヅメリクガメ
ホワイトタイガー
ライオン
採血
ハズバンダリートレーニング
馴致レベル
個体名
性別
リン
プリン
ハチロー
ハシャオ
ヒナタ
ノリオ
シャケ
チョウコ
ヒン
ヒガシ
アイコ
レン
そら
ヒノキ
リア
エノキ
パプア
ヴィク
ニュウ
ペリー
いちろー
こう
うー
ホワイティ
あさひ
♂
6
○
♀
♂
4
6
○
♂
5
○
♂
♂
5
5
○
○
♀
5
○
♀
♀
1
1
○
○
♀
1
○
♀
♂
1
6
○
○
♀
6
○
♂
♀
6
6
○
○
♀
6
○
♂
♀
4
4
○
○
♂
♂
1
4
○
○
♂
6
○
♂
♂
6
6
○
○
♀
6
○
♂
6
○
前回 今回 ブリッジ
T
○
BW BC BT OM HP SC CN HC
○ ○
○
B
○
○ ○
○ ○ ○
○ ○ ○
○ ○
○
○ ○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○ ○
○ ○
○
○
○
○
○
○
○
S
SeC UC IM PO
備考
I
トレーニングリスト
2016年 5月 31日
2016年 5月 31日
種名・個体名
・馴致レベル: 1…人から逃げる 2…人に無関心 3…人に近づいてくる 4…手渡し給餌可能 5…接触可能(餌有り) 6…接触可能(餌無し)
ハズトレの項目
・項目:T(Target)…ターゲット B T(Body Temperature)…検温 B W(Body Weight)…体重測定 H C(Hoof Cutting)…削蹄 CN (Cut Nails)…爪切り
BC (Blood Collection)…採血 SeC (Semen Collection)…採精 UC (Urine Collection)…採尿
IM (Intramuscular injection)…筋肉注射
SC (Subcutaneous injection)…皮下注射
HP(Heart sound/Pulmonary sound)…心音・肺音 B(Box)…ボックストレーニング
PO(Per os)…投薬(経口投与) OM (Open Mouth)…開口 I(Instillation)…点眼 S(Separate)…分離
※各項目実施可能は○、トレーニング開始は△、開始から1カ月以上経過していれば何ヶ月経過しているか数字(1ヶ月経過していれば1、2ヶ月なら2)を記入する
班
種名
キリン
性別
リン
プリン
ハチロー
ハシャオ
ヒナタ
ノリオ
シャケ
チョウコ
ヒン
ヒガシ
アイコ
レン
そら
ヒノキ
リア
エノキ
パプア
ヴィク
ニュウ
ペリー
いちろー
こう
うー
ホワイティ
あさひ
♂
レッサーパンダ
カピバラ
オウギバト
ペリカン
ケヅメリクガメ
ホワイトタイガー
ライオン
ハズバンダリートレーニング
馴致レベル
前回 今回 ブリッジ
6
・ライオン
・トラ
・サバンナモンキー
・マンドリル
・ゴマフアザラシ
・ツキノワグマ
・レッサーパンダ
・キリン
・ラマ
・オオカンガルー
カンガルー
キ
リ
ン
班
採血
個体名
○
♀
♂
4
6
○
♂
5
○
♂
♂
5
5
○
○
♀
5
○
♀
♀
1
1
○
○
♀
1
○
♀
♂
1
6
○
○
♀
6
○
♂
♀
6
6
○
○
♀
6
○
♂
♀
4
4
○
○
♂
♂
1
4
○
○
♂
6
○
♂
♂
6
6
○
○
♀
6
○
♂
6
○
T
○
BW BC BT OM HP SC CN HC
○ ○
○
B
S
SeC UC IM PO
○
○ ○
国内初
発表・学術雑誌へ
の投稿
○ ○ ○
○ ○ ○
○ ○
○
○ ○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
手法の開発も
研究になる
○
○
○
○
○
○
○
○
○ ○
○ ○
○
○
備考
I
ツキノワグマ ― 開口
○ 目的
・歯垢や齲触などの早期発見
・薬液の塗布(抜歯後)
・血色から貧血傾向の把握
○ 餌:煮イモ
ツキノワグマ ― 開口
ハクビシン ― 体重測定
○ 目的:体重の把握(減量,餌内容の見直し)
○ 餌:バナナ
ターゲットバー
で誘導
ハクビシン ― 体重測定
コンゴウインコ ― ケージでの輸送
○ 目的
・新しい飼育スペースに馴らす
・動物病院での受診を容易にする
○ 餌:ピーナッツ,ヒマワリの種
コンゴウインコ ― ケージでの輸送(動物病院)
マンドリル ― 採血(国内初成功)
○ 目的:定期採血による血液性状の把握等
○ 餌:煮イモ,リンゴジュース
マスタード
ボトル
リンゴジュース
取り外し可能な
アタッチメント
クマ科動物の採血手法から,
マンドリル用のアタッチメントを着想
クマ科動物の採血は一般的に,
順手で行う
(Field , 2012)
マンドリルでは,
逆手にする必要あり
アタッチメントの構造
刺入位置
合板
仕切り
(消防ホース)
塩化ビニール
パイプ
プラスチック
ネット
握り手
(ボルト)
仕切り
順手では握れない
刺入位置
逆手になる
刺入部位
オス
メス
尺側皮静脈
(上腕)
橈側皮静脈
(前腕)
ヒトの上肢の静脈
(坂井・橋本,2016)
30
採血実施場所
フタ
穴
10×15 cm
アタッチ
メント
寝室の扉を加工
採血時の作業人数
オス
給餌者: 1名
駆血者: 1名
採血者: 1名
計3名
給餌者
メス
給餌者
: 1名
駆血・採血者: 1名
計2名
給餌者
駆血者
採血者
駆血・
採血者
32/29
マンドリル ― 採血(オス)
採血成功率
試行
成功
オス
28
28
成功率
(%)
100
メス
2
2
100
合計
30
30
100
※2015年8月14日‐2016年8月29日の期間
トラ・ライオン ― 採血(国内初成功)
○ 目的:定期採血による血液性状の把握等
○ 餌:馬肉,牛腎臓
尾を引き出す
台・杭で
幅を狭める
約120 cm
フェンスの間隔
W5 × H8 cm
台(トラ)
杭(ライオン)
W300 × H70 × D50 cm
W180 × D45 cm
刺入部位
外側尾静脈
イヌの後肢近位部の
局所解剖図(後外側面)
(クーニッヒほか,内藤ほか訳,2008)
37/29
トラ
ライオン
不明瞭
明瞭
採血時の作業人数
給餌者
: 1名
保定者
: 1名 計3名
採血者(獣医師): 1名
保定者
給餌者
採血者
39/29
トラ ― 採血(全体)
トラ ― 採血(獣医視点)
採血成功率
試行
成功
トラ (M)
21
20
成功率
(%)
95.2
トラ (F)
48
44
91.7
ライオン (M)
23
19
82.6
ライオン (F)
24
22
91.7
合計
116
105
90.5
※2015年5月20日‐2016年8月29日の期間
ライオン ― 皮下注射
○ 目的:ワクチン接種
○ 餌:馬肉,牛腎臓
刺入部位
ライオン ― ワクチン皮下注射(獣医視点)
6. ハズトレの広がり
低い技術でも実施可能なハズトレ
経験者の少ない国内の動物園にとって参考になる?
技
術
の
高
さ
実践者の人口
少ない人口で
高い技術
必然的に
まずは実践者を
技術が上がる?
増やす
ハズトレの経験が浅くても取り入れやすく,
実施可能な,より簡易な手法の開発が重要
大型ネコ科動物のハズトレ採血の広がり
大牟田
技術開発
公表
複数の他園館に波及
採血成功:かみね
豊橋
野毛山
etc…
これからのハズトレ
一部の種に対する,
一部の担当者の特別な技術ではなく,
多くの種に対する,
多くの担当者の一般的な技術へ
侵襲性の低い採血技術で研究を発展
動物福祉を向上させる研究が可能
夜間寝室開放: 利用可能な空間の拡充
利用する空間の選択肢増加
科学的な評価が必要
対象種:トラ
大型ネコ科動物の行動的保定による採血を応用
血液・体毛
(コルチゾル濃度)
行動観察
(24時間)
生理指標
行動指標
夜間
寝室開放を
評価
ハズトレは動物園らしい,
動物園だからこそ可能な研究を促進
※本研究は千葉科学大学との共同研究および
京都大学野生動物研究センターの共同利用・共同研究として実施
7. ハズトレに対する意見
ハズトレに対する意見
欧米では・・・
動物園動物をトレーニングすることに
賛成または反対する意見のいくつか
長
所
短
所
1)飼育管理を容易にする.
1)動物園動物の家畜化が進む.
2)動物の健康や福祉を
2)あまりにも侵襲的すぎる
向上させる.
場合がある.(例)超音波検査
3)飼育環境を豊かにする.
3)トレーニングにより動物の
4)人と動物の関係を良くする. 行動を変えてしまう.
5)動物の繫殖成功を高める. a) 動物の保全価値を減らす.
b) 動物と人の関係を高める.
c) 動物と動物の関係に影響を
与える.
ホーセイほか 高橋訳(2011)
ハズトレに対する意見
国内では・・・
飼育管理がおざなりになることを危惧する意見
爪 :ハズトレによって整形
⇒床材や運動量の見直しが不十分
採血:ハズトレによって成功
⇒継続されない
など
〇 ハズトレ本来の機能から逸脱?
〇 ハズトレに対する理解の妨げにも?
最後に・・・
ハズトレは手段であって目的ではない
目的は動物福祉の向上
誤解なくハズトレが浸透してほしい
〇 ハズトレで得られる情報を活用し,
動物福祉を担保しつつ研究等に貢献
〇 ハズトレが動物園本来の役割を果たす
ための技術の 1つに成ることを期待
謝辞
○ Amy Cutting氏を初め,オレゴン動物園の方々
○ 青木愛弓氏(動物行動コンサルタント)
○ 東芝康子氏(Gallery Cafe Kirin)
○ 大牟田市動物園の飼育スタッフ一同