PDFダウンロード

宇 宙 観 の 変 遷 と 文 明 の 大 転 換
ー 落 下 文 明 か ら 浮 遊 文 明 へ
東 大 駒 場 祭 2010/11/23
金 子 務 (科 学 史 家 )
古代から現代に至るまで宇宙の姿を人々がどう捉えどう想像してきたか。
人間の逞しい想像力と推理力が、天上界と地上界をどうつないで宇宙像を確立してきたか。
人間が天上から落ちたというイメ-ジは東西に共通する。
重力という桎梏。地に蠢く人間が、天上への上昇へという反重力の技術を開発し、天空への
思慕と想像力から、数々の神話や星座を思い描く。
混沌・複雑な宇宙の事物に秩序(コスモス)を与える試み。宇宙像の科学化へ。→ここから
生まれた文明観が、落下文明の開発。
20 世 紀 : ア イ ン シ ュ タ イ ン の 無 重 力 の 発 見 + 宇 宙 技 術 。→ 浮 遊 文 明 時 代 へ 突 入 。
話題1 落下神話と重力問題
―修羅としての賢治
仏教世界の修羅:欲望と迷いの六道輪廻、地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人間界・天
上 界 の 一 つ に 巣 食 う 憤 怒 と 闘 争 の 化 身 。そ の 修 羅 意 識 に 悩 ん だ 宮 沢 賢 治 ( 1 8 9 6 - 1 9 3 3 ) は 、法 華
経を通して人間界の罪業を見据え、微塵となって無方の宇宙に散らばることを希求した。代
表 詩 集『 春 と 修 羅 』。修 羅 は 、 も と も と ペ ル シ ア の a-hura が 転 じ た 阿 修 羅 に 由 来 。 ユ ダ ヤ ・
キリスト教の堕天使ルチフェル同様。天より須弥山の足もとの海深くに転落、冥界の支配者
に。代表童話『銀河鉄道の夜』。地元の岩手県花巻の軽便鉄道を四次元幻想の銀河急行にな
ぞらえて、昇竜のように重力を打ち払うようにして天の川銀河を旅する話。十界を遍歴する
切符を持って、六道の迷いを突き抜けて仏や菩薩の宿る四聖道に至るという、賢治の科学と
信仰を綴る。友人を助けようとして冷たい北上川の底に沈んだカンパネラと連れだって、ジ
ョヴァンニは天界に飛翔するのである。
話題2
キトラ古墳の星図
キ ト ラ 古 墳 の 天 井 に 、精 密 な 星 座 : 7 世 紀 後 半 の 飛 鳥 時 代 に 築 造 。1 6 年 前 の 1 9 7 2 年 に 同 じ
明日香村の高松塚古墳では模式的な星図(主として二十八宿星を四方に七宿ずつ配置)。天
井に天蓋が描かれ、北極を中心に、内規・赤道・黄道・外規の四つの同心円が導入されてい
る。これは紀元 2 世紀に中国で確立した方法で、さらにその 1 世紀後に西晋の陳卓が漢代ま
で の 考 え を 纏 め て 作 っ た 星 図 が 、 キ ト ラ 天 文 図 の 原 型 か 。 陳 卓 の 天 文 図 は 星 宿 数 283、 星 の
数 1 4 6 4 個 を 記 載 し て い る 。し か も 星 の 位 置 は 北 極 か ら の 距 離( 去 極 度 )と 天 空 を 取 り 巻 く 二
十八宿の基準星からの距離によって決めた。
四方の壁に四神獣。北に玄武、東に青竜、西に白虎。南は朱鳥または朱雀(高松塚古墳の
南 壁 は 壊 れ て い て 、キ ト ラ 古 墳 で は 南 壁 か ら 超 小 型 カ メ ラ を 挿 入 し た た め 、い ず れ も 未 確 認 )。
中国や高句麗の影響。しかし問題は天井の星座である。このような詳しい星座(中国では星
宮という)は、まだ中国や朝鮮半島でも発掘されていない。また天井中央部にほど近く、黄
帝の神、黄竜を示すとされる星宮が黄色に塗られていると見られることから、東西南北の青
白朱玄とあわせて五色となり、陰陽五行説との関連に注目している。キトラ古墳の建造期と
重 な る 天 武 朝 の 674 年 に 「 占 星 台 」 と い う 天 文 台 が 作 ら れ た と い う 記 録 が あ る 。 新 羅 の 慶 州
に 現 存 す る「 瞻 星 台 」は そ れ よ り 3 0 年 ほ ど 前 の 6 4 7 年 の 建 造 と い う か ら 、キ ト ラ 古 墳 の 星 図
とあわせてその影響が考えられている。
話題3
潅漑とアルキメデスの螺旋ポンプ
文明の誕生は、農耕・牧畜の生産体制の出現にともなう人工的・操作的方法、とりわけ潅
漑システムの発達が鍵。治山治水と潅漑システムは人類が地表面に加えた最初の加工。重力
によって低きに流れる水をせき止め、重力に抗して高きに戻す作業を含む。以前の狩猟・採
集時代と決定的に違う中央集権的な国家体制の出現が必要。人工水路による強制的潅漑に踏
み切ったウバイド期以降のメソポタミア文明、ナイルの自然氾濫を計算にいれて潅漑システ
ムを作り上げたエジプト文明、その中間型の、しかし流域が広すぎるのが問題であったイン
ダス文明など。
ア ル キ メ デ ス (Archimedes,BC287-212)の 螺 旋 ポ ン プ : 「 神 を も た ぶ ら か す 発 明 」 。
エジプトで活躍。中国に伝えられ、江戸時代初期に佐渡金山で「水上輪」。揚水の筒の中
にスクリュウをいれて、斜めに倒して回転させると、水が上に上がってくる仕掛け。スクリ
ュウというネジ型の山は、直角三角形の斜辺を棒に巻き付けるときにできる構造。それを斜
めに倒すことで、その斜辺をつねに水平よりも下向きに確保して、水が重力に沿って流れ落
ちるようにしている。スクリュウを回すことは、そういう下向き斜面を無限に連続的に出現
させるため。
話題4.コペルニクス革命とガリレオの落下運動論
―二重コスモス像から無限宇宙複数
世界論(+近代原子論)へ
プ ラ ト ン ( P l a t o n , B C 4 2 7 - 3 4 7 ) の 問 :「 現 象 を 救 う 」a p p a r e n t i a s s a l v a r e : 惑 星 の 不 規 則 運
動 → 導 円 ・ 周 転 円 モ デ ル → プ ト レ マ イ オ ス (Ptolemaios, AD2 世 紀 に 活 躍 ) の 天 動 説
ア イ ス ト テ レ ス =プ ト レ マ イ オ ス 的 世 界 + キ リ ス ト 教 = ダ ン テ の 宇 宙 像 。
コ ペ ル ニ ク ス (Nicholas Copernicus, 1473-1543)の 革 命 :『 天 球 の 回 転 に つ い て 』 1543 年
落下問題こそ地上界における物理学の最大問題。
ア リ ス ト テ レ ス (Aristoteles, BC384-322): 宇 宙 を 天 上 界 と 地 上 界 ( 月 下 界 ) に 二 分 。
月下界:地・水・火・空気の4原素の直線落下・上昇運動が基本。
天上界:第五原素エーテル。円運動が基本。
ガ リ レ オ ( G a l i l e o G a l i l e i , 1 5 6 4 - 1 6 4 2 ):1 9 0 0 年 以 上 も 支 配 し 続 け た ア リ ス ト テ レ ス の
落下法則(①落下速度は重さに比例し、②媒体に反比例)を、有名な思考実験で倒し、
近 代 科 学 の 最 初 の 法 則 と い わ れ る 落 下 運 動 法 則 を 樹 立 。17 世 紀 初 頭 。真 空 の 肯 定 。原
子論者。
→ ニ ュ ー ト ン (Isaac Newton, 1642-1727)の 万 有 引 力 の 法 則 も 出 現 。
話題5
アインシュタインの無重力発見
―図と地が逆転する浮遊文明へ
ア イ ン シ ュ タ イ ン ( A l b e r t E i n s t e i n , 1 8 7 9 - 1 9 5 5 ):一 般 相 対 性 理 論 で 重 力 問 題 に 挑 戦 。 ア
インシュタインの方法:「エレベーターの思考実験」→等価原理の発見。
フ ラ ン ス の 作 家 モ ー パ ッ サ ン は 、好 き で も な い エ ッ フ ェ ル 塔 の レ ス ト ラ ン で 食 事 す る と き 、
きまって、「ここはパリでエッフェル塔を見ないですむ唯一の場所だからさ」、と言ったと
いう。ちなみにエッフェル塔は、地上から発して空へと結びつく植物だ、といったのは哲学
者 ロ ラ ン ・ バ ル ト で あ っ た 。上 昇 技 術 の 1 9 世 紀 末 的 成 果 が 、モ ー パ ッ サ ン に は 気 に 入 ら な か
ったのだろう。この論法でいえば、重力を感じないで済まそうと思ったら、重力の海に身を
投げて自由落下という疑似無重力世界に逃げ込むしかあるまい。これをエレベーターの思考
実験の形で最初に実行した人物が、アインシュタイン。
まとめ
図と地の逆転
―新文明の構築へ
イカロスの墜落と禁制を、今日もう語る人はいない。月に着陸した月世界人がもうアポロ
計 画 で 12 人 も 誕 生 し て い る 。
重力による落下文明から、無重力の浮遊文明という新たな文明に、人類はいま踏み出そう
と し て い る 。重 力 的 環 境 を 背 景 と す る 反 重 力 的 挑 戦 が こ れ ま で の 落 下 文 明 で あ っ た と す れ ば 、
2 1 世 紀 の 宇 宙 ス テ ー シ ョ ン 時 代 に は 、無 重 力 を 背 景 と す る 重 力 技 術 の 開 発 が 課 題 と な る だ ろ
う。重力と無重力は図と地の関係にある。すなわち落下文明では、重力を地として反重力な
いし無重力への挑戦が図になったが、来るべき浮遊文明では、無重力を地とし、重力が図に
なる逆転の関係が始まる。人類が未経験の新しい文明の構築へ。