金融円滑化法「暫定リスケ」からの出口

3
2015.8
3
2015.8
金融円滑化法「暫定リスケ」からの出口
出口に向けた取組状況と見通し
「出口に向けた取組状況と見通し」
藤江 航平
出口のスキーム
「出口の選択」
高橋 淳郎
「抜本策実現の手続1 ­私的整理か法的整理か­」
宮下 紘彰
「抜本策実現の手続2 ­各種私的整理手続の比較­」
前窪 直樹
「再生型M&Aの見極めと決断」
橋爪 健太
「私的整理における税務のポイント」
加勢 晃嗣
「経営者保証ガイドラインによる保証債務整理の
実務運用について」
鈴木 学
出口の事例
「私的整理によるスーパーマーケットのM&A事例」
山口 大樹
「私的整理による建設業のM&A事例」
潮 真也
出口に向けた取組状況と見通し
出口に向けた取組状況と見通し
藤江 航平
出口の選択
高橋 淳郎
出口のスキーム
抜本策実現の手続1 ー 私的整理か法的整理か ー
宮下 紘彰
抜本策実現の手続2 ー 各種私的整理手続の比較 ー
前窪 直樹
再生型M&Aの見極めと決断
橋爪 健太
私的整理における税務のポイント
加勢 晃嗣
経営者保証ガイドラインによる保証債務整理の
実務運用について
12
14
22
26
私共 山田ビジネスコンサルティング株式会社をご愛顧くださいまして
誠にありがとうございます。
弊社情報誌YBC vol,3は「金融円滑化法『暫定リスケ』からの出口」
をテーマにしております。
全国に数十万社あると言われている暫定リスケ中の企業が出口を迎
える時期にさしかかっています。
出口には、自力再生、債権放棄等の金融支援による再生、スポンサ
ーからの支援(M&A)による再生(債権放棄等を伴う場合、伴わない
場合)、廃業があります。債権放棄等を実現する手続には、私的整理と
法的整理があります。
本号では、出口については債権放棄等の金融支援による再生と債権
放棄等を伴うM&Aを、その実現の手続は私的整理を中心に解説してお
34
山口 大樹
40
本号が、より良い出口を迎えることに、幾ばくかでもお役に立つこ
潮 真也
46
私的整理によるスーパーマーケットのM&A事例
私的整理による建設業のM&A事例
2
8
盛夏のみぎり、ますますご健勝のほどお慶び申し上げます。日頃は
ります。あわせて、私的整理における税務のポイント、経営者保証ガ
鈴木 学
出口の事例
4
イドラインも解説致しました。
とが出来れば、これに勝る喜びはありません。
2015年8月吉日
3
Ⅰ 出口に向けた取組状況と見通し
権とはならなくなりました。従来の基準による場合には、不
良債権額・比率は図2ほど順調に減っていないかもしれませ
出口に向けた取組
状況と見通し
ん。特に、地方の金融機関、信用金庫・信用組合の不良債権
比率は依然高い水準にあります。地方の経済環境を合わせて
考えると、楽観できる状況ではありません。
兆円
12.0
山田ビジネスコンサルティング株式会社
コンサルティング事業本部 マネージャー
6.0
藤江 航平
ることが望ましいと考えます。
10.3
9.4
100.0
金の返済条件の変更(以下、暫定リスケ)を行っている企
80.0
100.0%
90.0
90.0%
実行率(右軸)
80.0%
70.0
70.0%
60.0
62.7
65.5
50.0
30.0
62.9 60.5
58.9 59.3 58.5
60.0%
55.4 53.0
条件変更実行数(左軸)
37.6
50.0%
30.0%
14.09
14.03
13.09
13.03
12.09
0.0%
12.03
0.0
11.09
10.0%
11.03
20.0%
10.0
10.09
14.09
14.03
13.03
12.03
11.03
10.03
企業が、再度条件変更を申込む割合は8割以上に上り、抜本
策を打てず真の出口を迎えられない企業が増加しています。
2
暫定リスケからの出口の選択肢と
選択・実行に際してのポイント
る再生、④ 廃業の4つです。
出口の選択・実行に際しては押さえるべきポイントが数
多くあります。ここで、これらのポイントを鳥瞰するため、
以下に本誌掲載の各稿のタイトルと目次を記載致します。
40.0%
20.0
10.03
を目的としています。しかしながら、一度条件変更をした
の金融支援による再生、
③スポンサーからの支援(M&A)によ
(万件 / 半年)
法)や金融検査マニュアル(金融円滑化編)により、借入
あり、抜本的な対策を立案・実行するための猶予時間確保
暫定リスケ中の企業の出口は、① 自力再生、②債権放棄等
図1 条件変更実行数と実行率
40.0
4
12.0
なっています。借入の条件変更は、あくまで暫定的なもので
を取り巻く環境は厳しくなります。暫定リスケ中の企業は、早期に出口の検討に着手す
る中小企業者から、当該債務の弁済に係る負担軽減の申込
11.8
要注意先以下の債権残高は、2014年9月時点で42兆円と
らの選択をしやすいよう国も支援策を整備しています。人口減少など、長期的には企業
金融円滑化法とは、債務の弁済に支障が生じる恐れがあ
11.6
(表7)自己査定による債務者区分の推移」
支援による再生、③スポンサーからの支援(M&A)
による再生、④廃業の4つです。
これ
中小企業金融円滑化法とは
11.7
出所: 金融庁「平成26年9月期における金融再生法開示債権の状況等(ポイント)
より返済猶予中です。暫定リスケ中の企業の出口は、①自力再生、②債権放棄等の金融
1
12.0
09.03
0.0
金融円滑化法の影響は終了後の現在も続いており、多くの企業が今も暫定リスケに
を解説致します。
11.4
2.0
ふじえこうへい
出所: 金融庁「金融機関における貸付条件の変更等の状況について (別紙2)
金融機関(1462社)における貸付条件の変更等の状況(中小企業者向け)」
があった場合に、金融機関に対して、返済条件の変更など
金融円滑化法施行の際に追加された金融検査マニュアル
の措置を取るよう努力義務を課している法律です。この法
(金融円滑化編)は、同法終了後も存在しており、同法の
律は2009年12月4日に施行され、2回の延長を経て、2013
効果は現在も続いているといえます。
年3月末に終了しました。
図2で開示債権の推移をみると、不良債権額・比率ともに
しかし、図1を見ると2013年4月以降も半年で50万件以上の
減少しています。2009年に中小企業向け融資について不良
ペースで条件変更が実行されており、100%近い実行率も
債権の基準が変更され、基準金利を取れているか、もしくは
維持されていることがわかります。
1年以内に経営改善計画の策定見込みがある場合は、不良債
1.
2.
3.
4.
金融支援等の手法と再生企業に対する課税
私的整理のスキームと再生企業の税務
オーナー経営者の税務
再生企業における相続税対策の必要性
2.0%
4.0
POINT
業の 出口 に向けた取組みの状況と短期、中長期の見通し
2.2%
8.0
メーカー、小売店、飲食店、船主業などを中心に、金融支援や M&A を伴う中堅・
中小企業の事業再生コンサルティングを多数実施。オーナー企業の事業承継問題や
地方自治体・学校法人などの相談対応も行い、執筆やセミナー講師も手掛ける。
本稿では、中小企業金融円滑化法(以下、金融円滑化
不良債権比率
2.9% 2.9% 2.9% 2.8% 2.7%
10.0
08.03
公認会計士 中小企業診断士
2.8%
1. 今こそ再生型 M&A が必要に
2. 再生型 M&A 成功のキーワードは「早期の決断」
3. 見極めと早期決断の難しさ
私的整理における税務のポイント
図2 不良債権額・比率の推移
14.0
再生型 M&A の見極めと決断
出口の選択
経営者保証ガイドラインによる
保証債務整理の実務運用について
1.
2.
3.
4.
ガイドラインの意義
ガイドラインの利用方法
ガイドラインの利用手続概要(準則型私的整理手続)
ガイドライン実務運用上の留意点
私的整理によるスーパーマーケットの M&A 事例
1.
2.
3.
4.
食品スーパーマーケットを取り巻く環境
食品スーパーマーケットの窮境要因
A 社の状況と課題
A 社の出口
私的整理による建設業の M&A 事例
1.
2.
3.
4.
建設業を取り巻く環境
建設業の窮境要因
B 社の状況と課題
B 社の出口
3
暫定リスケ中の企業を
取り巻く環境
金融円滑化法施行後、現在に至るまで、企業の倒産件数
が激減するなど、暫定リスケ中の企業には小康状態が続い
ています。しかし、この状態が長く続くとは思えません。
その理由は、以下のとおりです。
1. 出口の選択肢
2. 出口選択の流れとポイント
3. 見極めのプロセス
(1)目先の環境
抜本策実現の手続 1 − 私的整理か法的整理か −
いて、金融機関に対して、貸出先の事業の見極めを行うこと
1. 私的整理か法的整理か
2. 私的整理の成立が困難な場合
※1
金融庁は、2014年から「事業性評価」 という言葉を用
を求め、問題の先送りに過ぎなかった暫定リスケ中の企業数
を減らす方針を打ち出しています。中小企業再生支援協議会
抜本策実現の手続 2 −各種私的整理手続の比較−
全国本部は、DDSや債権放棄を伴う抜本的な再生計画を
中小企業再生支援協議会
事業再生 ADR
株式会社地域経済活性化支援機構(REVIC)
金融円滑化法終了への対応策としての特定調停スキーム
その他の私的整理
2015年度に300件程度、策定する目標を打ち出しました
1.
2.
3.
4.
5.
※2
(2013年度の150件の倍) 。 2014年2月から「経営者保
証ガイドライン」の運用が開始され、抜本策実行の制約とな
っていた経営者保証等の問題のハードルも下がりそうです。
5
Ⅰ 出口に向けた取組状況と見通し
Ⅰ 出口に向けた取組状況と見通し
また、現在は抜本策を推し進めやすい雇用環境にありま
① 市場環境
する前に撤退すると、その時点で投資資金につき損失が確
社長の高齢化が進行しています。社長の平均年齢は一貫
す。日本の完全失業率は2015年2月時点で3.5%と1997年以
内需型産業の市場規模は、今後も縮小を続けていくと予
定する 、投資にかかる借入金の返済が困難になる、撤退
して上昇を続けており、2014年には59 .0 歳と過去最高齢
来の低水準であり、有効求人倍率は同時点で1.15と1992年
測します。その根拠は、日本の人口動態です(図5)。
のための追加の資金投入が必要になる等の事情があるから
を更新しました(図6)。ここで問題になるのは、後継者
以来の高水準です(図3)。このように、求人は増加してお
消費や生産の主な担い手である生産年齢人口(15際以上
です。また、一般に、進出と比べて撤退の心理的ハードル
と相続税です。
※3
り全国でみれば総じて人手不足の状況にあります。地域によ
64歳以下の人口)は、95年の8,726万人 をピークに減少が
が高いという事情もあると思います。投資した設備にかか
経営者が60歳以上の企業の3割は、後継者が不在と言わ
りばらつきはあるものの、抜本策の実行により解雇される社
続き、2010年に8,173万人となりました。今後は2020年に
る費用の多くは減価償却費などの固定費です。固定費を幾
れています。後継者が不在のままでは、事業の長期にわた
員が出ても雇用や消費に与える影響は限定的です。
7,340万人、2030年には6,773万人まで減少すると推計さ
ばくかでも回収するための値下げ販売が常態化し、ますま
る存続は困難です。また、後継者を選定してから事業承継
れています 。生産年齢人口は、商品・サービスに対する
す競争が厳しくなるという特徴もあります。
が完了するまでには長い時間が必要です。後継者の選定が
需要の量を決定する要因です。実際、1990年代後半に多く
競争環境が激化する中、売上の規模や一定の利ざやを確
遅れると、事業の存続が困難になります。
の内需型産業の市場規模はピークに達しており、また、日
保するためには、競合他社に対して価格以外の要素による
中堅・中小企業では、現社長の親族が後継者になることが一
本の名目GDPは、1997度年にピークの521兆円に達しまし
差別化が必要です。差別化ができない場合、その業界の市
般的ですが、社長の親族に適切な後継者がいない場合、親族外
たが、2014年度は490兆円です。総人口は、2008年の1億
場規模の減少率以上に、自社の売上が減少していくことに
の経営幹部から後継者を選任することも可能です。しかし、個
なります。
人の連帯保証の問題があり、実際には、容易ではありません。
競争環境の激化は、その業界の販売先だけでなく、仕入
親族内に適切な後継者がいる場合でも、今後の厳しい市
先に対する交渉力も低下させます。そのため、仕入先から
場・競争環境、対して自社の収益力低下・過大借入という
※4
図3 完全失業率・有効求人倍率
(%)
(倍)
6
1.8
完全失業率(左軸)
5
1.5
1.15
4
1.2
3.5
3
0.9
0.6
2
有効求人倍率(右軸)
1
※3
2,808万人
をピークに減少に転じ、2020年に1億2,410
万人、2030年に1億1,661万人となり、2048年には1億人
を切って9,913万人になると推計されています
※4
。
0.3
今後も生産年齢人口・総人口の減少が続くことから、多
仕入価格の上昇を飲まされる反面、販売先にはこの上昇を
状況を考えると、後継者に事業を承継させることが望まし
0
くの内需型産業の市場規模は縮小していくと予測します。
転嫁できないという事態にも陥ります。規模が小さく、か
くないケースが少なくありません。
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2015.2
0
出所:総務省統計局「労働力調査(基本集計)」
厚生労働省「一般職業紹介状況(職業安定業務統計)」
図5 日本の総人口・生産年齢人口
※1 金融庁「平成26事務年度 金融モニタリング基本方針」参照。
※2 『ニッキン』 2015年1月30日号 1面
(億人)
つ価格以外の差別化要因を持たない企業では、特に交渉力
※3, ※4, ※5
は弱くなります。
2008年
1億2,808万人
1.4
2048年
9,913万人
1.2
1995年
8,726万人
1
2030年
6,773万人
0.6
0.4
日本の中小企業の大半は、提供する商品・サービスが日
0.2
本国内の最終消費者に向けられた 内需型企業 です。内需
0
型企業の典型は、建設業、食品メーカー、卸売業、小売
業、ホテル業などです。図4は、内需型企業を取り巻く中
長期の環境を、① 市場環境、② 競争環境、③ 自社の経営
実績
1980
1990
2000
※6 減損会計を適用している場合には、撤退前でも減損処理が必要になるが、多くの中堅・中小企
業は減損会計を適用していないので、撤退時に損失が発生する。
③ 自社の経営資源
0.8
(2)中長期的な環境
2010
推計
2020
2030
2040
2050
出所: 総務省統計局「人口推計(平成26年(2014年)11月確定値,平成27年4月概算値)」国立社会保
障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)」(中位推計)」を参考に筆者作成
※3 総務省統計局「人口推計(平成26年(2014年)11月確定値,平成27年4月概算値)
」
参照。
「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)」
(中位推計)
参照。
※4 国立社会保障・人口問題研究所
※5 2000年から2003年の総人口については筆者推計。
図6 社長の平均年齢の推移
60
59
58
以上のような市場・競争環境の変化に対して、企業は、
57
生き残りや成長のため、様々な手を打ちます。ここでは、
56
企業の打ち手を制約する大きな課題である、企業の収益力
資源という視点から図解したものです。内需型企業を取り
の低下と過大借入、社長の高齢化について述べます。
55
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
出所: 帝国データバンク「TDB Watching 特別企画:2015年全国社長分析」参照。
(ア) 企業の収益力の低下と過大借入
暫定リスケ中の企業に共通する課題は、収益力の低下と
社長の高齢化に関しては相続税も問題になります。暫定
その結果としての過大借入です。市場規模が縮小する中、
リスケ中の企業の多くは実態債務超過ですが、実態債務超
競争が激化することにより、価格以外の差別化要因を持た
過でも、企業のオーナー(多くの場合、社長)に相続が発
巻く環境は今後さらに厳しくなっていくと予測します。暫
生産年齢人口・総人口の減少が続く中、年齢階級別人口も
ない企業の収益力は低下していきます。収益力が低下して
生すると、相続人に相続税が課税される場合があります。具
定リスケを繰り返している間に、出口の選択肢は少なくな
変化し、特定の年齢層を対象とする商品・サービスに対する
いく結果、借入当初は過大でなかった借入金は、年を追う
体例は、本誌「私的整理における税務のポイント」をご参照
っていきます。
需要が変動します。若年層人口の減少による学習塾や大学受
ごとに過大になっていきます。
ください。企業オーナーの相続税債務は、多くの場合、その
験予備校の生徒数減少はその典型例です。特定の年齢層を対
過大借入は、資金繰り逼迫の要因となるだけでなく、企
企業の利益や財産が支払原資となりますので、この場合の相
象にしている企業では、その人口推移によっては、商品・サ
業のリスク耐性や資金調達余力の低下を通じて競争力・成
続税債務は企業の簿外債務ということができます。オーナー
ービスラインナップの見直し等が必要になります。
長力を阻害する要因にもなります。継続的に設備投資が必
が高齢等の場合、暫定リスケの出口に向けた検討に際して
② 競争環境
要な事業では、過大借入は深刻な問題です。また、事業か
は、相続税対策もあわせて検討する必要があります。
市場規模(パイの大きさ)が縮小していくに連れ、縮小
らの撤退に際しては、多くの場合、撤退のために追加の資
していくパイを取り合う競争環境は厳しくなっていきま
金投入が必要です。過大借入の企業では、撤退資金の不足
以上、暫定リスケの出口に向けた取組状況と見通しを述
す。特に、設備投資が必要な事業では、競争がより厳しく
から、赤字事業であっても撤退できないことがあります。
べてまいりました。時の経過とともに、環境が厳しくな
なりがちです。このような事業では、市場からの撤退が困
以上の結果、収益力の低下は過大借入の原因となり、過
り、出口の選択肢は狭くなっていきます。より望ましい選
難なため、その市場におけるプレイヤーの数は、市場規模
大借入は更なる収益力の低下の原因になるという悪循環に
択を行うためには、早期に出口を検討する必要がありま
の縮小ほどに減少しないからです。設備投資が必要な事業
陥ることになりかねません。
す。次章以下では、出口の選択肢や選択のポイント、注意
で撤退が困難になるのは、これまでに投下した資金を回収
(イ) 社長の高齢化、後継者問題、相続税問題
点を解説致します。
図4 内需型企業を取り巻く中長期の環境
生産年齢人口・総人口の
減少による市場規模縮小
市場規模縮小に
伴う競争激化
①
市場環境
②
競争環境
年齢階級別人口の変化に
よる需要の変動
③
自社の
経営資源
・企業の収益力低下と過大借入
・社長の高齢化、後継者問題、相続税問題
6
※6
7
Ⅱ 出口のスキーム
出口の選択
(1)自力再生
出口の選択
自力再生とは、債権放棄等やスポンサーによる資金投
入を受けることなく、自助努力により、金融機関との取
山田ビジネスコンサルティング株式会社
大阪支店 副支店長
高橋 淳郎
たかはし じゅんろう
事業再生案件を数多く手掛ける。整理回収機構、中小企業再生支援
協議会、事業再生 ADR 等の機関を活用しての金融支援、M&A を
伴う案件への関与多数。
POINT
暫定リスケ中の企業の出口は、自力再生、債権放棄等の金融支援による再生、スポン
サーからの支援(M&A)による再生、廃業です。出口の選択に際しては、当面の資金繰り
の維持が可能か、自社の経営資源だけでの再生可能性(スポンサーの要否)、スポンサ
ーが現れるかどうか、債権放棄等の必要性、債権者の経済合理性を検証する必要があり
ます。時の経過に連れ、出口の選択肢は、狭まっていきます。早期の取り組みが大切です。
本稿では、暫定リスケ中の企業の出口の選択肢、選択の流れと
ポイントを解説します。本稿を鳥瞰したものが以下の図1です。
1
出口の選択肢
図1 出口の選択肢、選択の流れとポイント
暫定リスケ中の企業の出口は、⑴自力再生、⑵債権放棄
(1) 当面の資金繰りの維持が可能か
ー 選択肢検討の時間的猶予はあるか ー
3. 見極め
YES
NO
(2) 自社の経営資源だけで再生可能か
(スポンサーは不要か)
YES
YES
(3) スポンサーが
現れるか
NO
YES
NO
(5)債権放棄等につき
債権者の経済合理性が成り立つか
YES
債権放棄等
1. 出口の選択肢
凡例
自力再生
M&A
8
期間内に収める必要があります。金融検査マニュアルによ
・債務超過解消年数
中小企業以外:3年以内
中小企業 :5年以内(債権放棄を伴う場合。 債権放棄等を伴う
M&A
「(3)スポンサーが現れるか」に関連する項目にかかる矢印
以上に関連しない項目にかかる矢印
NO
NO
YES
私的整理・法的整理いずれを選択するか
次稿「抜本策実現の手続1 ー私的整理
か法的整理かー」参照
過解消年数と有利子負債キャッシュ・フロー倍率を一定の
る一定期間の目安は次のとおりです。
NO
YES
(M&A)による再生、⑷廃業です。これらのうち⑴∼⑶によ
り、金融機関との取引の正常化を目指す場合には、債務超
NO
(4) 債権放棄等は不要か
2. 出口選択の
流れとポイント
等 の 金 融 支 援 に よ る 再 生 、⑶ ス ポ ン サ ー か ら の 支 援
廃業
を伴うことが多く、この場合には、経営責任等の履行が
必要になります。
(4)廃業
引を正常化することです。自力再生の方法は、本業の改
以上(1)∼(3)いずれの選択肢も採れない場合、廃業し、
善によるキャッシュ・フローの拡大、遊休資産などの不
財産を売却・資金化して債権者へ弁済し、弁済しきれな
採算資産の売却による有利子負債圧縮等です。
い債務は清算手続きの中で債権放棄等を受けます。この
(2)債権放棄等の金融支援による再生
自社の経営資源だけで利益とキャッシュ・フローを改善
できるが、改善後の利益とキャッシュ・フローに対しても、
場合にも、経営責任等の履行が必要になります。
2
出口選択の流れと
ポイント
債務超過額と有利子負債残高が過大な場合、再生のために
出口選択の流れと主要なポイントは、
以下の通りです
(図1)
。
は、債権放棄等が必要になります。債権放棄等の方法には、
(1) 当面の資金繰りの維持が可能か
債権放棄、第二会社方式、借入金を資本金等に振り替える
(2) 自社の経営資源だけで再生可能か
(スポンサーは不要か)
DES(Debt Equity Swap)、借入金を劣後ローンなどに振り
(3) スポンサーが現れるか
替えるDDS(Debt Debt Swap)、民事再生の再生計画認可
(4) 債権放棄等は不要か
の決定等法的整理手続による債権の切り捨てがあります。
(5) 債権放棄等につき債権者の経済合理性が成り立つか
債権放棄等を受ける場合、原則として、放棄等を行う債権者か
ら、経営責任として、経営者の退陣、オーナー社長の私財提供を
求められます。また、保証債務や物上保証責任の履行が必要にな
(1)当面の資金繰りの維持が可能か
− 選択肢検討の時間的猶予はあるか −
ります。これらの詳細につき、本誌「経営者保証ガイドラインに
出口の選択に際しては、まず、資金繰りの見通しの把握
よる保証債務整理の実務運用について」をご参照ください。
が不可欠です。出口の検討・実行には時間を要しますが、
(3)スポンサーからの支援(M&A)に
よる再生
資金繰りを維持できなければ、そのための時間を確保でき
ないからです。資金繰りの維持が困難な場合には、早急に
スポンサーによる再生を決断する必要があります。
スポンサーに事業や株式を移転し、スポンサーの下で、
ここで避けるべきことは、無理な時間稼ぎです。例えば、
事業を再生する方法です。
仕入債務・税金や社会保険料・給与の支払の繰り延べ、取
事業の移転方法は、事業譲渡や会社分割です。事業譲渡や
引先からの追加の前受金の受領、社長がカードローンや親
会社分割の対価で債権者への弁済を行い、弁済しきれない債
戚・友人から資金を借り入れる等により、目先の資金を確
務は譲渡会社(分割会社)の清算時に債権放棄等を受けま
保する場合です。資金繰りに追われた社長や経理担当者は
す。事業譲渡や会社分割では、事業にかかる許認可をスポン
自社の実態が全く分からなくなっていることもあります。
サーに移転することが必要ですが、許認可を定める業法上、
無理な時間稼ぎが行われている間に、企業の選択肢は急激に
移転ができない場合や移転に時間を要する場合があります。
狭まっていきます。仕入債務が膨張すると再生のために仕入債
反面、譲渡会社(分割会社)の偶発債務の移転を原則として
務のカットが必要になり私的整理が困難になります。税金・社
遮断することが可能です。
会保険料債務、労働債務が膨張すると、これらをカットできな
株式の移転方法は、多くの場合、減増資の実行です。無
い私的整理や民事再生では再生が困難になります。会社の実態
償減資による既存の株主の株式の消滅(無償での買い取
が分からなければ、M&Aや会社更生による再生も困難です。
り)とスポンサーによる増資引受・払込を同時に行うこと
また、取引先や友人等の支援者の傷口が一層広がっていくこと
により、株式がスポンサーに移転するのと同様の結果とな
になり、社長自身が引くに引けない状況に追い込まれ、決断が
ります。この増資によって払い込まれた資金は債務の弁済
先送りされるという悪循環に陥ることになります。
に充てられ、弁済しきれない債務は債権放棄等を受けます。
(2)自社の経営資源だけで再生可能か
(スポンサーは不要か)
自力再生、DDSによる再生の場合は10年以内でも可)
減増資の実行では、許認可が帰属する法人格が変わらないた
・有利子負債キャッシュ・フロー倍率
め、許認可の移転は必要ありませんが、私的整理で減増資を
債務超過解消時点での有利子負債キャッシュ・
実行する場合には偶発債務を遮断することができません。
市場環境と競争環境を踏まえた上で、
将来にわたっても、
自
再生局面でのM&Aでは、売り手企業に対する債権放棄等
社の経営資源だけで、
利益とキャッシュ・フローのプラスを
フロー倍率 :10倍(年)以内
9
Ⅱ 出口のスキーム
出口の選択
維持できるかどうかを検討します。自社の経営資源だけで
は困難な場合、スポンサーからの支援(M&A)による再
生を目指します。以下に、経営資源のうち、資金と経営者
の要否の検討が必要なケースを見ていきます。
Ⅱ 出口のスキーム
出口の選択
に対する債権放棄等が必要になります。
(5)債権放棄等につき債権者の
経済合理性が成り立つか
② 選択した再生手続による回収見込額が他の再生手続によ
る回収見込額以上になること
債権放棄等を伴う抜本策実現の手続は、法的整理と私的整理に大
別されます。ここでの経済合理性は、法的整理・私的整理、いずれ
(1)事業デューデリジェンス
事業デューデリジェンス(以下、事業DD)とは、事業
を特徴付け、その業績を決定する要因を調査・分析するこ
① 資金の追加投入の必要性
債権者の経済合理性とは、債権者における回収額を極大
の手続による回収見込額が多くなるかによって判定されます。
暫定リスケ中の企業の多くは、資金を追加投入しなければ
化できるということです。具体的には、①事業継続による
法的整理では、銀行などの金融機関の債権だけでなく、仕
とです。事業DDでは、様々な分析手法が用いられます
再生が困難です。債権放棄等の金融支援により、債務超過・
回収見込額が清算による回収見込額以上になり、かつ②選
入先など取引先の債権も一律カットの対象になるのが原則で
が、図3では3C分析を用いています。3C分析とは、市場の
過大借入の解消は可能ですが、これらの手法には事業の収益
択した再生手続による回収見込額が他の再生手続による回
す。対して、私的整理では、多くの場合、銀行などの金融機
規模や成長性・顧客の動向などの市場環境を表す
力を増加させる効果も資金を増やす効果もありません。収益
収見込額以上になる場合に経済合理性が成立します。債権
関の債権だけがカットの対象となります。そのため、カット
Customer、競合他社の数や自社に対する優位性などの競争
力を増加させるためには、不採算事業からの撤退資金、人員
者が経済合理性成立の有無を判断するため、債権放棄等の
される債権の総額が同じ場合、金融機関のカット額は法的整
削減のための退職金資金、資金繰り安定化のための長期運転資
環境を表すCompetitor、自社の経営資源や付加価値創出プ
手続きには、透明性が要求されます。
理による方が少なくなり、金融機関にとって、法的整理は私
① 事業継続による回収見込額が清算による回収見込額以上になること
的整理よりも経済合理性が高い、という結論になります。
ロセスを表すCompanyの3つの視点から、事業の特徴と業
このような考え方を清算価値保障原則といいます。事業継続
しかし、法的整理では、その事実が公表されるため、風
による回収見込額とは、事業継続により得られる一定期間のキ
評による客離れなど事業に支障が生じるリスクがありま
ャッシュローからの回収見込額のことです。
す。仕入先等から取引を打ち切られる、仕入先等の連鎖倒
この一定の期間を10年間と仮定した場合の清算価値保障原
産が起きる、等により事業継続が困難になる懸念もありま
則を示したものが以下の図2です。ケース1と2は、共に将来
す。また、事業に必要な許認可の維持が困難になることも
の年間キャッシュローが8と見込まれ、事業継続による回収
あります。そのため、カット額の総額が、私的整理による
見込額は80となります(将来のキャッシュロー年間8 10年
額を上回る場合も想定され、その場合には、私的整理の方
間)。事業継続による回収見込額80は、ケース1では清算に
が経済合理性が高くなります。再生実務でも、まず私的整
よる回収見込額(財産の価額60)以上となり経済合理性が成
理が検討されるのは、このような事情があるからです。
金など窮境から脱するための資金に加え、設備投資資金や新製
品開発資金など競争力の向上や再成長のための資金が必要です。
② 後継者がいるか
後継者が不在の場合には、M&Aによる再生を検討する
必要があります。
現社長が高齢で後継者が不在の場合、事業を長期に存続
させることは困難です。社長が高齢でなくても、債権放棄
等の金融支援が行われる場合には、原則として、従来の社
長は経営責任を果たすため退任する必要があり、事業存続
のためには、後継者が必要になります。幹部社員への承継
も選択肢の一つですが、現実には、経営者保証の問題か
ら、ほとんどのケースで絵に描いた餅にすぎません。
(3)スポンサーが現れるか
自社の経営資源だけでは再生が困難な場合には、スポン
サーの支援(M&A)による再生を目指します。自社だけ
立しますが、ケース2では清算による回収見込額(財産の価
額100)を下回り経済合理性は成立しません。清算価値保障
原則の考え方では、財産の価額に対するキャッシュ・フローの
割合が高いほど、経済合理性が成立し易くなります。
以上の「出口選択の流れとポイント」のうち、自社の経営資
討することになります。
源だけでの再生可能性(スポンサーの要否)、債権放棄等の必
図2 清算価値保障原則
ケース1
価値を実現させることが可能になります。
経済合理性が成立するケース
財産の価額に対してキャッシュ・フローの割合が高い
条件の良いスポンサー候補を見つけるためには、スポンサ
財産60
業者の場合は、スケールメリットの追求、販路・仕入ルート
B清算する場合の
回収見込額60
事 業 継 続する場 合の
回収見込額
ーのメリットを考えることが必要です。スポンサー候補が同
A
80
の開拓、未開拓地域への進出、ドミナントの形成、従業員の
要性、債権者の経済合理性を見極めるため、再生実務では、事
業デューデリジェンス、財務デューデリジェンス、これらを踏
まえた事業計画の策定というプロセスを実施します(図3)。
(将来のキャッシュ・フロー年間8 10年間)
B 清算する場合の回収見込額:60(財産の価額60)
< B:経済合理性成立
A=
(1) 事業デューデリジェンス
(事業DD)
市場環境
確保等です。同業者以外の場合は、サプライチェーン強化の
ための川上・川下・隣接分野への進出、新分野への進出等です。
ケース2
(4)債権放棄等は不要か
自社の経営資源だけで利益とキャッシュ・フローを改善
できるが、改善後の利益とキャッシュ・フローに対して
B清算する場合の
回収見込額100
事 業 継 続する場 合の
回収見込額
A
財産100
80
競争環境
自社の
経営資源
損益計算書
経済合理性成立のためには、
年間10以上の将来のキャッシュ・フローが見込まれること
ます。
事業の特徴と業績決定要因を原因とすれば、企業の財務
諸表は結果を表しますので、財務DDでは、事業DDの分析
結果が財務諸表の数値にどのように反映されているかを確
認する必要があります。例えば、市場規模推移と売上推移
関係、在庫の仕入から販売までの期間と在庫残高の関係等
の整合性などを確認します。これらの整合性を確認するこ
とにより、将来の市場・競争環境の変化とこれらに対する
自社の打ち手が、将来の財務諸表にどのように反映される
かを把握することができます。
(3)事業計画
の策定
(3)事業計画の策定
す。その主な内容は、返済計画とその前提としてのキャッ
シュ・フロー計画です。事業計画の策定を通じて、自社の
棄等の必要性、債権者の経済合理性の検証等を行います。
(将来のキャッシュ・フロー年間8 10年間)
A < B:経済合理性は成立しない
成及び正常収益力の算定と清算貸借対照表の作成等を行い
経営資源だけでの再生可能性(スポンサーの要否)、債権放
A 事業継続する場合の回収見込額:80(8 10年間)
B 清算する場合の回収見込額:100(財産の価額100)
DD)では、企業の財務諸表を基に、実態貸借対照表の作
事業DDと財務DDの結果を踏まえ、事業計画を策定しま
貸借対照表
キャッシュ・フロー
計算書
・将来のキャッシュ・フロー年間 8
窮境要因
市場・競争環境の変化
業績改善案
または
財産の清算価額が80以下であることが必要
も、債務超過額と有利子負債残高が過大な場合、再生のた
事業計画
めには、債権放棄等が必要になります。また、再生局面の
債権放棄等を伴うM&Aの場合も、同様の考え方で、経
M&Aでは、多くの場合、事業譲渡等の対価で売り手の企業
済合理性を判定します。この場合の経済合理性は、M&A
の債務全額を弁済することができない、または売り手企業の
における事業譲渡代金等からの回収見込額が、清算による
債務の一部しかスポンサーが引き継がないため、売り手企業
回収見込額以上になるときに成立します。
10
(2) 財務デューデリジェンス
(財務DD)
経済合理性が成立しないケース
財産の価額に対してキャッシュ・フローの割合が低い
スポンサーが見つからない場合、廃業を検討することになります。
事業再生における財務デューデリジェンス(以下、財務
図3 見極めのプロセス
・将来のキャッシュ・フロー年間 8
A 事業継続する場合の回収見込額:80
(2)財務デューデリジェンス
の関係、競争環境の激化や資源価格の推移と限界利益率の
清算価値保障原則が成立しない場合には、清算(廃業)を検
では資金的な制約から実施できない設備投資をスポンサー
の資金力で実施するなど、M&Aにより、自社の潜在的な
3
見極めのプロセス
績決定要因を分析する手法です。
見極め
自社の経営資源だけで再生可能か(スポンサーの要否)
債権放棄等の必要性
債権者の経済合理性
11
Ⅱ 出口のスキーム
抜本策実現の手続1
債権放棄等の対象となる債権者の範囲は、私的整理で
は、多くの場合、金融機関だけが対象になりますが、法的
抜本策実現の手続1
整理では、原則として、仕入先等の取引先を含む全債権者
が対象になります。手続の成立要件は、私的整理では、対
象債権者全員の同意が必要とされるのに対し、法的整理で
­ 私的整理か法的整理か ­
ケース1 : 清算する場合のカット額60
ケース2 : 法的整理で事業存続する場合のカット額50
ケース3 : 私的整理で事業存続する場合のカット額40
は、全員の同意までは必要とされていません。多くの私的
整理では、その事実が公表されないのに対し、法的整理で
は、その事実が公表されます。そのため、法的整理では、
風評による客離れ、取引の打ち切り、仕入先の債権をカッ
山田ビジネスコンサルティング株式会社
コンサルティング事業本部 副本部長
税理士
宮下 紘彰
みやした ひろあき
中堅・中小企業の事業再生、組織再編、資本政策、事業承継等の幅広い領域の
コンサルティングに従事。事業再生分野においては、業種を問わず私的整理及
び法的整理対応による事業再生支援の実績多数。
債権放棄等を伴う抜本策を実現する手続は、私的整理と法的整理に大別されま
す。再生実務では、事業価値の劣化を最小限にとどめるため、まずは私的整理を検
討することが一般的です。ただし、仕入債務の割合が高い場合などには法的整理
の検討も必要です。手続の選択に際しては、まず、足元の資金繰りの状況と仕入債
務等の滞納状況を把握することが必要です。
を資本金等に振り替えるDES(Debt Equity Swap)、借入金
を劣後ローンなどに振り替えるDDS(Debt Debt Swap)、
が懸念されます。そのため、再生実務では多くの場合、ま
ずは私的整理が検討されます。
2
私的整理の成立が
困難な場合
以下の場合には、私的整理の成立が困難なため、法的整
非保全借入金40
仕入債務30+非保全借入金40
(2)租税債務・社会保険料債務・労働債務等、
優先弁済の対象となる債務が多額にある場合
象となる債務は、私的整理、民事再生の対象外であり、こ
れらの手続ではカット出来ません。当該債務が多額にある
金融機関に対する債務(非保全部分)に対して、仕入債
務の割合が高い場合、金融機関の債権放棄等だけでは過大
債務を解消できないケースがあります(図2)。過大債務
を解消できても、金融機関の債権放棄等額が、企業が清算
スもあります(図3)。
このような場合には、法的整理の検討が必要です。私的
整理による場合には、M&Aを実行し金融機関の経済合理
民事再生の再生計画認可の決定等法的整理手続による債権の
性が成り立つ対価を受け取る等により、金融機関の債権放
切り捨てがあります。債権放棄等を伴うM&Aでは、売り手
私的整理と法的整理の主な違いは、債権放棄等の対象と
棄等の額を減少させる必要があります。
企業に対する債権放棄等が行われます。債権放棄等を伴う抜
なる債権者の範囲の違い、手続の成立要件、商取引への悪
本策を実現するための手続は、私的整理と法的整理に大別
影響の度合いです(図1)。
されます。
ケース2:法的整理で事業存続する場合
金融機関の債権放棄等額29=カット額50
非保全借入金40
仕入債務30+非保全借入金40
租税債務・社会保険料債務・労働債務等の優先弁済の対
(1)仕入債務の割合が高い場合
場合には、会社更生や破産の検討が必要です。私的整理や
民事再生による場合には、M&Aを実行し十分な対価を受
け取る等により、優先弁済対象債務を弁済する必要があり
ます。
(3)資金ショートが間近に追っている
などの場合
抜本策として、M&Aによる再生は、有力な選択肢であ
り、私的整理、法的整理いずれの手続の中でもM&Aが実
行されるケースは少なくありません。しかし、いずれの手
続も、手続の開始から成立まで数ヶ月かかり、資金ショート
が間近に迫っている場合や事業価値の劣化速度が速い場
図2 金融機関の債権放棄等だけでは過大債務を解消できないケース
借入金に対して仕入債務の
割合が高い場合
ケース1:清算する場合
金融機関の債権放棄等額34=カット額60
借入金70
うち
非保全額40
保全額 30
金融機関の損失額は、私的整理で事業存続する場合(ケース3)に
最も多くなる
経済合理性は成立しない
額を超え、金融機関における経済合理性が成立しないケー
私的整理か法的整理か
各ケースにおける金融機関の債権放棄等額の内訳
仕入債務30
ケース3:私的整理で事業存続する場合
金融機関の債権放棄等額40=カット額40
する場合や民事再生など法的整理手続の場合の債権カット
1
債権放棄等の方法には、債権放棄、第二会社方式、借入金
トすることによる仕入先の連鎖倒産等、商取引への悪影響
理の検討も必要です。
POINT
非保全の借入金に対して仕入債務の
割合が高い場合
合、手続成立前に、資金ショートにより事業が破綻する・
事業価値がほとんどゼロになるケースも想定されます。
このようなケースでは、民事再生を検討します。民事
再生法は、再生計画認可前でも、裁判所の許可を要件に、
図1 抜本策の選択肢、選択の流れとポイント
弁済可能額40
業 種 分 類
私 的 整 理
債権放棄等の対象となる
債権者の範囲
多くの場合、金融機関だけが対象
手続きの成立要件
商取引への悪影響の度合い
12
図3 金融機関における経済合理性が成立しないケース
対象債権者全員の同意
小
法 的 整 理
仕入債務60
弁済可能額40
(担保物件の額
30を含む)
原則として、仕入先等の取引先を含む
全債権者
民事再生の再生計画案可決要件
(民事再生法第172条の3①)
議決権者の過半数の同意、
かつ議決権者の議決権
の総額の1/2以上の議決権を有する者の同意
大
必要
カット額60
借入金40
必要
カット額60
仕入債務30
事業譲渡の実行を認めています(民事再生法第42条。なお
株主総会に代わる代替決議は同法第43条)。
借入金70
うち
非保全額40
保全額 30
抜本策が必要な企業では、多くの場合、資金繰りが逼
迫しています。資金繰りを回すために、仕入債務の支払
サイトを延長している、支払を滞納していることが少な
くありません。また、消費税や固定資産税、従業員から
預かっている源泉所得税や社会保険料等の支払の滞納だ
必要カット額60>借入金40
借入金全額をカットしても再生不可
必要カット額60>借入金のうち
非保全額40
借入金のカットだけで再生するためには、
保全されている20のカットも必要
けでなく、給与を遅配していることもあります。手続の
選択に際しては、まず、このような状況の有無を把握す
ることが必要です。
13
Ⅱ 出口のスキーム
抜本策実現の手続 2
図1 産業競争力強化法における中小企業の定義
抜本策実現の手続 2
業 種 分 類
­ 各種私的整理手続の比較 ­
山田ビジネスコンサルティング株式会社
九州支店 支店長
前窪 直樹
まえくぼ なおき
中堅・中小企業を主に、幅広い業種の財務リストラ∼事業計画策定・実行支
援等の事業再生コンサルティングや M&A に従事。支援協議会や事業再生
ADR 等の私的整理の活用支援から法的整理の対応まで実績多数。
POINT
私的整理には、中小企業再生支援協議会による手続をはじめ、様々な手続があり
ます。自社の規模、債務超過額・過大借入額、債権者調整の難易度等を踏まえて、自
社に最も適した手続を選択する必要があります。
本稿では、各種私的整理手続の概要を解説致します。文
れないことです(債権者の要請によってはデューデリジェ
中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをご了承く
ンスを実施する場合があります)。以下では、特に断りのな
ださい。
い限り、中小企業再生支援スキームについて解説致します。
1
中小企業再生支援協議会
(1)対象企業
協議会の支援対象となる企業は、産業競争力強化法第2
中小企業再生支援協議会(以下、「協議会」)は、産業
条⑰、産業競争力強化法施行令第2条①にいう中小企業
競争力強化法第127条・128条に基づく、中小企業の再生
(図1)で、次の①∼④全ての要件を備えるものです。
計画の策定支援及び関係金融機関等との調整を行う機関で
① 過剰債務を主因として経営困難な状況に陥っており、自
す。現在、協議会は、全国47都道府県に1ヶ所ずつ設置さ
力による再生が困難であること。
れています。
② 再生の対象となる事業に収益性や将来性があるなど事業
協議会が関与する私的整理には、「中小企業再生支援ス
価値があり、関係者の支援により再生の可能性がある
キーム(中小企業再生支援協議会の支援による再生計画の
こと。
策定手順)」(以下、「中小企業再生支援スキーム」)による
③ 法的整理を申し立てることにより債務者の信用力が低下
ものと「中小企業再生支援協議会事業実施基本要領」(以
し、事業価値が著しく毀損するなど、再生に支障が生じる
下、「基本要領」)によるものがあります。前者と後者の
おそれがあること。
主要な違いは、前者では、財務と事業のデューデリジェン
④ 法的整理の手続きによるよりも多い回収を得られる見込
スや資産評定が行われるのに対し、後者ではこれらは行わ
みがあるなど、債権者にとっても経済合理性があること。
14
中 小 企 業
① 製造業(②を除く)、建設業、運輸業等
資本金の額又は出資の総額が3億円以下の会社又は常時使用する従業員の数
が300人以下の会社及び個人
② ゴム製品製造業(自動車又は航空機用タイヤ及び
チューブ製造業並びに工業用ベルト製造業を除く。)
資本金の額又は出資の総額が3億円以下の会社又は常時使用する従業員の数
が900人以下の会社及び個人
③ 卸売業
資本金の額又は出資の総額が1億円以下の会社又は常時使用する従業員の数
が100人以下の会社及び個人
④ 小売業
資本金の額又は出資の総額が5千万円以下の会社又は常時使用する従業員の
数が50人以下の会社及び個人
⑤ ソフトウェア業又は情報処理サービス業
資本金の額又は出資の総額が3億円以下の会社又は常時使用する従業員の数
が300人以下の会社及び個人
⑥ 旅館業
資本金の額又は出資の総額が5千万円以下の会社又は常時使用する従業員の
数が200人以下の会社及び個人
⑦ サービス業(以上に該当するものを除く)
資本金の額又は出資の総額が5千万円以下の会社又は常時使用する従業員の
数が100人以下の会社及び個人
⑧ 企業組合
ー
⑨ 協業組合
ー
⑩ 事業協同組合、協同組合連合会その他の特別の法律により
設立された組合及びその連合会であって、政令で定めるもの
ー
出所: 中小企業庁ホームページを基にYBCが作成
(2)支援の手法
協議会による支援の手法は、リスケジュール、DDS(Debt
Debt Swap:既存債務の劣後化)、協議会版資本的借入金、
DES( Debt Equity Swap:既存債務の株式化)
、直接債権放
棄、実質債権放棄(第二会社方式等)です。また、中小企業再生
スキームによる場合には、いわゆる中小企業再生ファンド
と連携することにより、同ファンドによる債権買取りも可
能です。
(3)手続の流れと期間
手続の流れは図2の通りです。期間は、手続開始から債
権者の合意まで、5∼6ヶ月程度です。
図2 協議会の再生計画策定支援の流れ
3ヶ月
事前
相談
財務DD
事業DD
事業計画案
の作成
3ヶ月
再生計画案の
調査検証
債権者会議
1年毎
債権者
合意
モニタ
リング
DD/計画策定の
費用補助あり
出所:中小企業再生支援全国本部公表資料を基にYBCが作成
15
Ⅱ 出口のスキーム
抜本策実現の手続 2
Ⅱ 出口のスキーム
抜本策実現の手続 2
(4)事業再生計画で求められる財務内容
(5)税 務
業省告示第8号二(1)参照)。事業規模や経営母体(例、第三
の合意成立日を含む事業年度の翌事業年度から原則3年以
セクター等)等は問いませんが、個人事業者は対象外です。
内に,経常黒字が生じるようにしなければならない。
(ア) 過剰債務を主因として経営困難な状況に陥っており、
① 債務超過解消年数
→
中小企業再生支援スキームにより、2以上の金融機関
(5)税 務
自力による再生が困難であること。
(中小企業再生支援スキーム、基本要領)
等から債権放棄等を受ける場合には、原則として、資産の
(イ) 技術、ブランド、商圏、人材等の事業基盤を有し、事
実質的に債務超過である場合は、再生計画成立後最初に
評価損益の損金・益金算入、期限切れ欠損金の優先控除の
業に収益性や将来性があるなど事業価値があり、重
事業再生ADRによる事業再生計画において、2以上の金
到来する事業年度開始の日から5年以内を目処に実質的な
適用があります。
要な事業部門で営業利益を計上しているなど、債権
融機関等から債権放棄等を受ける場合には、原則として、
債務超過を解消する内容とする(企業の業種特性や固有の
基本要領による場合には、資産の評価損益の損金・益金
者からの支援によって事業再生の可能性があること。
資産の評価損益の損金・益金算入、期限切れ欠損金の優先
事情等に応じた合理的な理由がある場合には、これを超え
算入の適用はありません。また、期限切れ欠損金の損金算
(ウ) 会社更生、民事再生などの法的整理手続の申立てに
る期間を要する計画を排除しない)。
入は認められますが、青色欠損金に優先して使用すること
より信用力が低下し、事業価値が著しく毀損される
② 利益(中小企業再生支援スキーム、基本要領)
はできません。
など、事業再生に支障が生じるおそれのあること。
経常利益が赤字である場合は、再生計画成立後最初に到
来する事業年度開始の日から概ね3年以内を目処に黒字に
(エ) 本手続による事業再生によって、債権者が破産手続に
(6)特徴と実績
よるよりも多くの回収を見込める可能性があること。
(オ) 手続実施者選任予定者の意見及び助言に基づき、法
転換する内容とする(企業の業種特性や固有の事情等に応
控除の適用があります。
(6)特徴と実績
事業再生ADRを他の私的整理手続と比較したときの特徴
は、① 社債の元本減額の円滑化、② プレDIPファイナンス
じた合理的な理由がある場合には、これを超える期間を要
協議会による再生支援は、中小企業再生手続のデファク
令適合性、公正・妥当性及び経済的合理性があると認め
の円滑化、③ 法的整理との連続化です。
する計画を排除しない)。
ト・スタンダードです。これまでに多くの実績があります
られる事業再生計画案の概要を策定する可能性があること。
① 社債の元本減額の円滑化
③ 有利子負債キャッシュ・フロー倍率(基本要領)
(図3)。協議会は、暫定リスケ中の企業の出口支援の中
再生計画の終了年度(原則として実質的な債務超過を解
心的な担い手になりそうです。
消する年度)における有利子負債の対キャッシュフロー比
→
超える比率となる計画を排除しない)。
04.03 05.03 06.03 07.03 08.03 09.03 10.03 11.03 12.03 13.03 14.03 14.12
48
30
55
48
46
51
9
44
73
71
42
23
11
6
1
8
6
7
2
5
46
50
71
57
40
42
29
47
42
39
0
5
18
13
12
4
3
0
2
3
4
0
1
22
48
36
27
28
43
12
12
113
114
65
1
22
48
36
27
23
21
4
1
63
57
35
0
0
0
0
0
5
22
8
11
50
57
30
9
144
21
27
38
42
12
16
11
23
23
31
9
128
0
0
0
20
4
8
2
2
0
3
0
16
21
27
38
22
8
8
9
21
23
28
合計
21
220
206
197
190
154
109
76
55
194
189
142
リスケジュール
44
219
287
305
245
219
424
318
225
DES
DDS
DDS
協議会版DDS
DPO・ファンド活用等
RCC等からの卒業
ファンド活用
1,410 2,434 1,234
出所:中小企業庁公表資料よりYBCが作成。14年12月の数値は、同年3月からの9ヶ月間の件数。
2
止の通知から債権者会議の決議まで3ヶ月程度です。
なお、ここでいう社債は、社債権者が多数でその属性も
など)が想定されています。金融機関が引き受ける私募社
図4 事業再生ADRの手続の流れ
強化法51条及び経産省令21条乃至27条
ることができる。」ことを定めています。
多様であり、社債権者の特定が容易でないもの(公募社債
強化法52条
特定調停に代わる決定
80
債の金額の減額を内容として含む事業再生計画案を策定す
特定調停
︵裁判官調停︶
113
債権者会議
︵決議︶
121
債権者会議
︵協議︶
119
債権者会議
︵概要説明︶
49
社債元本の減額を円滑に行うための規定を設けています。
「債務者は、事業の再生に欠くことのできない償還すべき社
手続の流れは、図4の通りです。期間は、弁済の一時停
一時停止通知
11
は、事業再生ADRの手続において、この手続の対象外である
また、
「 特定認証ADR手続に基づく事業再生手続規則」は、
(3)手続の流れと期間
図3 協議会の実績
第二会社方式
債元本の減額が必要な場合があります。産業競争力強化法
ュール、DES、債権放棄です。
有の事情等に応じた合理的な理由がある場合には、これを
直接放棄
(2)支援の手法
事業再生ADRによる支援の手法は、主として、リスケジ
率が概ね10倍以下となる内容とする(企業の業種特性や固
債務免除の実施
再生のためには、対象債権者からの債権放棄等に加え、社
出所:事業再生実務家協会ホームページより
債は、社債権者数や属性が限られ、その特定も容易である
ことから、事業再生ADRの対象債権者として扱われること
が一般的です。
社債の元本減額のためには、社債権者集会の特別決議
(会社法第724条②、同第706条①1号)及びその決議に効
力を生じさせるための裁判所の認可(会社法第732条∼
734条)が必要です。裁判所は、「決議が社債権者の一般
の利益に反するとき」には、社債権者集会の決議を認可で
(4)事業再生計画で求められる財務内容
きませんが(会社法第733条4号)、裁判所が「決議が社債
権者の一般の利益に反する」と判断するかどうかは予見が
(1)対象企業
債務超過状態または経常損失の場合には、次の①または
困難です。
②に定める条件を満たさなければなりません(特定認証
事業再生ADRでは、債務者は、事業再生実務家協会に
複数の金融債権者が関与し、私的整理をすることが債権
ADR 手続に基づく事業再生手続規則 第27条 ② (4))。
対し、社債権者集会の決議に基づき行う社債の金額の減額
事業再生ADRとは、産業競争力強化法第51条以下に定
者・債務者双方に経済合理性が認められる場合であり、自助
① 債務者が債務超過状態にあるときは,事業再生計画案の
が、債務者の事業再生に欠くことができないものとして
められた、事業再生に係る紛争を裁判外で解決する手続の
努力により再建を進める意欲がある債務者企業で、以下(ア)
合意成立日を含む事業年度の翌事業年度から原則3年以内
一定の基準に適合するものであることの確認を求めること
ことです。この手続を実施する事業者は、2014年現在、
∼(オ)の全てを満たすものが対象です(事業再生実務家協会
に債務超過状態を解消しなければならない。
ができ(産業競争力強化法第56条①)、この事業再生実
② 債務者に経常損失が生じているときは,事業再生計画案
務家協会による確認がある場合には、裁判所はこの確認を
事業再生 ADR
事業再生実務家協会だけです。
16
「特定認証ADRに基づく事業再生手続規則」第22条、経済産
17
Ⅱ 出口のスキーム
抜本策実現の手続 2
考慮した上で、「決議が社債権者の一般の利益に反すると
Ⅱ 出口のスキーム
抜本策実現の手続 2
図5 事業再生ADRの利用実績
(2014年3月31日現在)
き」に該当するかどうかを判断するとされていることから
71%
(産業競争力強化法第57条①)、債務者は、裁判所が認可
(30件)
する蓋然性が高いとの予見を得ることができます。
38%
62%
(26件)
29%
の認可が、社債の元本減額を内容とする事業再生計画の効
(12件)
② プレDIPファイナンスの円滑化
事業再生ADR手続の開始から終了までの間、事業の継
は、有用な経営資源を有しながら過大な債務を負っている
る(産業競争力強化法第58条)だけでなく、万が一法的
事業者であって、その事業の再生を支援することにより地
手続に移行した場合でも裁判所が優先的扱いをするよう
域経済の活性化が図られるような中小企業者等について、
配慮される(産業競争力強化法第59条、60条)ため、容
事業の見直しや再構築による十分な事業利益の確保、過大
易なつなぎ資金確保の仕組みが制度上担保されていると
債務の削減等による財務の再構築等を図る事業再生計画に
いえます。
基づき、事業再生を支援する機関です。REVICの前身は、
③ 法的整理との連続化
株式会社企業再生支援機構法に基づき2009年10月に設立
特定調停申し立て前に事業再生ADRの手続が実施され
された株式会社企業再生支援機構(以下、
「ETIC」)です。
ていた場合には、裁判所は、調停委員による調停を行わ
ずに、裁判官だけで調停を行うことができます(産業競
争力強化法第52条)。また、特定調停の手続きでは、裁
(1)対象企業
判所の調停に代わる決定の制度(いわゆる「17条決
全ての業種が対象となります。製造業、小売業、サービス
定」)があり、この決定の告知から2週間以内に対象債
業、建設業、運輸業等の各業種に加え、病院、学校等も支援
権者からの異議が無ければ、この決定が確定します(民
対象となります。株式会社だけでなく、持分会社、個人事業
事調停法第17条、同18条)。不同意の債権者が積極的に
者、非営利法人も対象となります。
異議を申立てないと見込まれる場合に有効な制度です。
ただし、大規模な事業者、地方三公社、第三セクターは対
事業再生ADR手続が債権者の一部の同意を得ることができ
象から除外されます。大規模な事業者とは、資本金の額また
ずに不成立となり、その後に特定調停を申立てる場合、特
は出資の総額が5億円を超え、かつ、常時使用する従業員の
定調停手続の簡易迅速性を期待することができます。
数が1千人を超える事業者をいいます。大規模な事業者であ
っても、再生支援による事業の再生が図られなければ、当該
また、実務的な視点から、手続期間が比較的短い、各債
事業者の業務のみならず地域における総合的な経済活動に著
権者の事情を考慮した柔軟な対応が可能である、債務者主
しい障害が生じ、地域経済の再建、地域の信用秩序の維持又
導で進めやすい、という特徴があり、資金繰りの都合上ス
は雇用の状況に甚大な影響を及ぼすおそれがあると主務大臣
ケジュールに制約があるケース、金融機関調整のために柔
が認める事業者については、支援対象となり得ます。
軟な対応が必要なケース、メイン行が明確な支援姿勢をす
ぐには示し難い・メイン行が明確でないケースに適してい
(2)支援の手法
守秘義務契約
関係者合意(確定)
機構に再生支援の申し込み
再生支援合意書
再生支援決定
りが逼迫していないケース、資金余力のあるケースに適
しています。
出所:地域経済活性化支援機構ホームページを基にYBCが作成
(4)事業再生計画で求められる財務内容
再生支援決定から5年以内に①生産性向上基準及び②財
務健全化基準を満たすこと。
①「生産性向上基準」: 以下のいずれかを満たすことが必要。
(ア) 自己資本当期純利益率が2%以上向上
この制度を利用した企業の約4割が上場企業であり(図
債権放棄、DES、REVICによる金融機関等からの債権買取
(イ) 有形固定資産回転率が5%以上向上
5)、協議会と比べると、規模の大きな企業向きの手続と
りの他、買取決定等を行った後の再生支援対象事業者に対す
(ウ) 従業員1人当たり付加価値額が6%以上向上
いえそうです。
る事業再生計画に基づき、出資を行うことも可能です。
(エ) 上記に相当する生産性の向上を示す他の指標の改善
18
REVICは、他の機関と比べて債権者調整機能が強いた
め、債権放棄、DES等に際しての債権者調整の難易度が
高い案件に向いています。調整機能が強いが故に、他の
私的整理手続と比較すると債権者の債権放棄額が大きく
なる傾向があり、債務者の手続後の金融債務が少なくな
るため、より早期の財務体質改善が可能です。
他方、プレデューデリジェンス(以下、「事前検
討」)を含めると実質的な手続期間が比較的長くなる傾
向にあります。事前検討を行っていることは金融機関に
開示されないため、事前検討の段階では弁済の一時停止
がありません。したがって、事前検討期間中の資金繰り
の目途が立っている事業者が適しています。また、事業
者都合によりREVICでの検討を中止した場合には、資産
査定等の費用負担が発生するので、その費用を負担する
るといえます。
債権放棄等を受ける場合には、原則として、資産の評価損益
REVICは、債権者調整の難易度が高いケース、資金繰
費用負担覚書
事業再生計画の作成
REVICが関与する再生計画により2以上の金融機関等から
(6)特徴と実績
関係者にて再生ストラクチャーの方向性確認
資産等の査定(デューディリジェンス)
の実態
(イ) 経常収入が経常支出を上回ること
ます。
事業者からの開示資料に基づき、機構にて簡易分析
アドバイザー選定
ッシュフロー=留保利益+減価償却費+引当金増減)
の損金・益金算入、期限切れ欠損金の優先控除の適用があり
機構が事業者と面談の上、各種資料を機構に開示
1 事業者からの相談も受け付けております。
※
2
※ スケジュールは、円滑に進んだ場合であり、事業者や関係者の
状況等に応じて、大きく変動することがございます。
ンスは、事業再生ADR手続において優先弁済の対象とな
除)のキャッシュフローに対する比率が10倍以内(キャ
(5)税 務
メインの金融機関等・事業者からの事前のご相談 ※1
メインの金融機関等と事業者にて機構への本格相談を協議
資産などの査定
︵デューディリジェンス︶
・関係者調整・事業再生計画作成
︿3ヶ月∼4ヶ月程度 2
※﹀
株式会社地域経済活性化支援機構(以下、「REVIC」)
2
※﹀
競争力強化法第53条∼第55条)。このプレDIPファイナ
図6 REVICの手続きの流れ
プレデューディリジェンス
︵事前検討︶
られ、中小企業信用保険法の特例が適用されます(産業
の期間は、4ヶ月∼6ヶ月程度です。
︿1ヶ月∼2ヶ月程度
ナンス)につき、中小企業基盤整備機構の債務保証が得
株式会社地域経済
活性化支援機構(REVIC)
スの開始から関係者の合意を経て再生支援決定に至るまで
2
※﹀
3
続に欠くことができない資金の借入れ(プレDIPファイ
(ア) 有利子負債(資本性借入金がある場合は当該借入金を控
手続の流れは、図6の通りです。プレデューデリジェン
事前相談
出所: 経済産業省 産業再生課 平成26年「事業再生ADR制度について」
(3)手続の流れと期間
︿2週間∼1ヶ月程度
事業再生手続規則 第31条⑤)。
上場
非上場
(16件)
事業再生ADRの手続では、社債元本減額にかかる裁判所
力発生の条件とされています(特定認証ADR手続に基づく
成立
不成立
②「財務健全化基準」: 以下のいずれも満たすことが必要。
ことができる事業者が適しています。
REVIC(ETICを含む)の支援実績は、図7の通りです。
図7 REVIC
(ETICを含む)
の支援実績
支援実績(2015年3月31日現在)
ETIC
REVIC
計
28件
28件
56件
出所:地域経済活性化支援機構ホームページを基にYBCが作成
19
Ⅱ 出口のスキーム
抜本策実現の手続 2
4
金融円滑化法終了への対応策
としての特定調停スキーム
Ⅱ 出口のスキーム
抜本策実現の手続 2
が低下し、事業価値が著しく毀損するなど,再生に支
障が生じるおそれがあること
(エ) 法的再生の手続によるよりも多い回収を得られる見込みが
あるなど、金融機関にとっても経済合理性があること
「金融円滑化法終了への対応策としての特定調停スキーム」
(以下、
「特定調停スキーム」
)
は、
日本弁護士連合会が策定した
「金融円滑化法終了への対応策としての特定調停スキーム利用
(オ) 経営改善計画案に対する金融機関の同意が見込まれる
こと
(4)経営改善計画で求められる財務内容
特別な定めはありません。
(5)税 務
④ 次のいずれかの場合に該当すること
の手引き」
によるスキームで、金融円滑化法が2013年3月末に
(ア) 経営改善計画案の内容として、既存債務につき、金
特定調停スキームにより債権放棄等を受ける場合には、原
終了したことにより資金繰りに窮するなどして経営困難な状
融機関による全部若しくは一部の免除、弁済期限や利
則として、期限切れ欠損金を損金に算入できますが、債務免
況に陥り、
本格的な再生処理が必要となる中小企業のうち、
比較
息の変更(リスケジュール)、又は、資本性借入金へ
的小規模な企業の再生を支援することを目的としています。
の変換(DDS)が必要と予想されるものであること
除等益は青色欠損金から控除されます。資産の評価損益の損
2013年12月より運用が開始されています。
(イ) 債務者が信用保証協会による保証付融資を利用して
特定調停スキームでは、債務者から依頼を受けた弁護士
おり、経営改善計画案の内容として、その求償権放棄
が、税理士、公認会計士等の専門家と協力して再生計画案
が必要と予想されるものであること
を策定し、金融機関と事前調整を行い、合意の見込みがあ
る案件について簡易裁判所に特定調停を申立てます。
(ウ) その他、経営改善計画案に対する金融機関の同意を得る
ために特定調停手続が必要と見込まれること
れていますが、申立て前の債権者調整が課題となります。
協議会での対象企業の中心が売上高3億円超∼20億円程
者を対象として、手続費用や税務上の問題等から再生が進
(2)支援の手法
まない企業での活用が期待されます。
支援の手法は、リスケジュール、債権放棄、DDSです。
(1)対象企業
(6)特 徴
度の企業であることから、売上高3億円以下の小規模事業
申立て前に事前に合意の見込みを取り付けているため、特
定調停自体は数回の調停期日により終結することを想定さ
金・益金算入はできません。
また、他の私的整理手続では、民事執行の手続を停止さ
せることはできませんが、特定調停手続(特定調停スキー
(3)手続の流れと期間
ムに限りません)では、停止させることが可能です(特定
対象企業の規模の目安は、年間売上20億円以下、負債総
この手続の流れは図8の通りです。特定調停申立て前に、
額10億円以下の企業です。次の①∼④のいずれにも該当す
財務・事業デューデリジェンス、経営改善計画の策定、全金
る企業であることが必要です。
融機関との事前調整が必要になります。特定調停の申立てか
① 最低でも約定金利以上は継続して支払える程度の収益
ら成立まで2ヶ月(調停期日は2回)程度が目安です。
調停法第7条①)。
特定調停の手続では、いわゆる「17条決定」の制度を利
用することができます。対象債権者の同意は得られない
が、積極的な異議申立てが無いと見込まれる場合には、有
力を確保していること
効な制度です(前述「2 事業再生ADR(6)特徴と実績」
② 法的再生手続(民事再生など)が相応しい場合でない
をご参照)。
こと
図8 特定調停スキームの流れ
即ち、次のいずれにも該当しない場合であること
(ア) 手形不渡りが出ることが予想されること
(イ) 個別の債権回収行為を防ぐ必要があること
(ウ) 金融機関間の意見・利害の調整が不可能又は著しく
中小企業
経営改善支援
センター
依頼
方針説明
限定支援機関による
リスケ要請
方針説明
経営改善支援事業申込
困難であること
リスケ要請
・DD(財務・事業査定)
・経営改善計画(案)策定
(エ) 否認権行使や役員の責任追及などの問題があること
意見交換
バンクミーティング
③一般的に、私的再生手続が相応しいと考えられる場合
※全金融機関を交えた
バンクミーティングも可
メインバンク
他の金融機関
メインバンク
他の金融機関
・経営改善計画案修正
・合意形成
であること
即ち、次のいずれにも該当する場合であること
私的整理
あり、関係者の支援により再生の可能性があること
経営改善支援
センター
経営改善計画書
(合意文書)提出
支払申請
5
その他の私的整理
対象債権者数が少なく、かつ、借入金残高のうちメイン
バンクからの残高が圧倒的に多い等の場合には、以上1.∼4.
の手続によらない私的整理が行われることがあります。こ
のような私的整理では、期限切れ欠損金の損金算入などが
認められませんので、第二会社方式等の活用による債務免
全金融機関と合意可能
(ア) 債務者の事業に収益性や将来性があるなど事業価値が
(イ) 過剰な債務が主な原因となって経営困難な状況に陥っ
弁護士
税理士・公認会計士
特定調停申立
民事再生申立
調停成立
再生計画認可
除等益対策が必要になります。
ており、自力による再生が困難であること
(ウ) 法的再生を申し立てることにより当該債務者の信用力
20
出所:日本弁護士連合会「特定調停利用の手引き 参考資料」
21
Ⅱ 出口のスキーム
再生型M&Aの見極めと決断
これらのケースのように、再生型M&Aは、経営資源を
再生型M&Aの見極めと決断
2
追加投入することにより事業を再生させる手法であり、長
らく暫定リスケを受けている企業にとって、出口の有力な
再生型 M&A 成功の
キーワードは「早期の決断」
選択肢といえます。
「再生局面におかれた企業の事業価値は、日々劣化し
→
資金の追加投入が不要なケースでも、M&Aは有力な選
ていくため、抜本策を迅速に実行しなければならない」こ
構「事業承継実態調査」(2011年3月)によれば、経営者が
の事業再生の鉄則は、M&Aによる再生の場合にも当ては
60歳代の中小企業のうち3割以上では後継者がまだ決まっ
まります。
ていません。
弊社では年間20件から30件程度の再生型M&Aを支援し
後継者がいる場合でも、ますます優勝劣敗が鮮明になっ
ておりますが、これらのケースを振り返っても、早期に再
ていく今後の事業環境を考えると、後継者への事業承継に
生型M&Aに着手・実行したケースの方が、事業の再生可
はしづめ けんた
躊躇せざるを得ないケースもあります。このような場合、
能性が高く、また金融機関への弁済も多くなるという結果
2005 年の入社以来、再生型 M&A のアドバイザーとして多くの案件
を成功に導く。近年では再生型 M&A 案件に限らず、広範な領域の
M&A 案件に従事。
幹部社員への承継も選択肢の一つですが、現実には、経営
が出ています。
者保証の問題から、ほとんどのケースで絵に描いた餅にす
表1は、このうち、3社の概要と再生型M&A実行後に
ぎません。再生型M&Aは、後継者不在の再生企業では、
「会社」「経営者」「金融機関」がどのような状況になっ
特に有力な選択肢といえます。
たのかをまとめたものです。共通点はいずれの会社も赤字
山田ビジネスコンサルティング株式会社
資本戦略本部 部長
橋爪 健太
POINT
→
択肢です。後継者不在のケースです。中小企業基盤整備機
かつ債務超過であったことですが、3社の顛末には大きな
スポンサーからの支援(M&A)による再生は、暫定リスケの出口の有力な選択肢で
違いが出ています。これらの明暗の分岐点は、早期に再生
す。
その成功の鍵は、事業の見極めと早期決断です。早期決断をうながすためには、社長の
型M&Aに着手したかどうかです。
プライドや社長及び社長の親族のその後の生活に配慮することが必要と考えます。
表1
会社概要
本稿のテーマは、暫定リスケからの出口としてのM&A
善に向けた自主的努力」だけでできるほど再生は容易ではな
(以下、再生型M&Aといいます)です。再生型M&Aの必
い、という実感を持っています。
要性、成功のポイントと難しさを解説致します。
損 益 が 黒 字 ( 黒 字 見 込 み ) で 、 借 入 金 ・ 債 務 超 過 額
M&A後の会社と経営者
M&A後の金融機関
A社
建設業
売上50億で赤字
スポンサーの支援のもと
V字回復
A社社長は社長を続投
貸付の最大回収
引当内での不良債権の処理
対象会社の支援行として取引が拡大
B社
小売業
売上80億で赤字
再生が難航
B社社長は退任
B社社長は自己破産を免れた
破産配当を僅かに越える
貸付の回収
地域の連鎖倒産を予防
C社
食品製造業 売上30億で赤字
スポンサー不在で破産
C社社長は自己破産
回収出来たのは破産配当だけ
数社連鎖倒産したため
不良債権拡大
が 過 大 で な い 場 合 は 、 企 業 の 自 主 的 努 力 だけで再生が
1
可能です。
今こそ再生型 M&A が必要に
また、損益が黒字(黒字見込み)であるが、借入
金 ・ 債 務 超 過 額 が 過 大 な 場 合 、 企 業 ・ 金 融機関の双方
の 自 主 的 努 力 、 つ ま り 過 大 借 入 の カ ッ ト だけで再生が
金融円滑化法の施行以降、一部の企業が自主的努力により
可能です。
息を吹き返す一方、多くの企業が自主的努力むなしく、徐々
し か し 、 複 数 回 の 条 件 変 更 を 行 っ て い る 企 業 の 多 く
に事業価値を劣化させ、遂には、ただ単純に破産してしまう
は 、 再 生 の た め に 、 借 入 の カ ッ ト に 加 え 、 経営資源の
事例が増えてきています。
追加投入を必要としています。例えば、本誌掲載の
平成25年(2013年)3月の金融庁の報告資料は、複数回の
「私的整理によるスーパーマーケットのM&A事例」
以下に、これら3社の顛末を述べていきます。
断しました。間近に資金ショートが迫る中での決断という
条件変更を行う企業が8割を占めるまでになり、企業・金融
「私的整理による建設業のM&A事例」はいずれも、債
A社のケースは、社長が自ら自力再生を断念し、再生型
わけではなかったため、決断当時、周囲には拙速な見極め
機関の双方で経営改善に向けた自主的努力が減退している、
権 放 棄 に 加 え 、 ニ ュ ー マ ネ ー を 投 入 し な け れば、再生
M&Aの決断をした事例です。A社社長は、「このご時世
との声もありましたが、結果は、社長・従業員・スポンサ
と指摘しています。
は お ろ か 窮 境 か ら 脱 す る こ と す ら で き な か ったケース
で、まともな賞与を1年超も払えないまま会社を経営して
ー・金融機関等の当事者・関係者のほとんどが納得し満足
筆者は、この指摘に反し「企業・金融機関の双方で経営改
です。
いく、ましてや再生を果たすことは不可能に近い。」と判
するものとなりました。
22
23
Ⅱ 出口のスキーム
再生型M&Aの見極めと決断
Ⅱ 出口のスキーム
再生型M&Aの見極めと決断
B社のケースは、メインバンクが社長に再生型M&Aの
見極めは、事業・財務のデューデリジェンス、事業計画
意 思 決 定 を 促 し た 事 例 で す 。 B 社 は 、 店 舗 の リ ニュー
の策定というプロセスを通じて行います。ただし、以下の
ア ル 投 資 を 行 え な い 中 、 緩 や か に 赤 字 幅 を 拡 大 さ せて
ような場合は、自力再生はもちろん、金融機関から債権放
いました。このような状況下で危機感を募らせていた
棄等を受けても再生が困難なケースであり、これらのプロ
メインバンクは精緻な資金繰り表を示し、「最悪のシナ
セスは、残された僅かな時間を空費させ、選択肢を狭める
リオでは、このタイミングで会社の資金は回らなくな
だけの結果になる懸念があります。特に、以下の複数の項
る、すべてが台無しになる前に残せる事業を残しましょ
目に該当する場合には、早期の決断が必要と考えます。
う。社長と会社にできる限りの協力をします。」と社長
① 仕入債務や税金、給与の繰り延べや滞納額が多額である
を説得し、社長は再生型M&Aを決断しました。小売業
場合や社長がカードローンや親戚・友人から借り入れた資金
は、現金商売であり資金繰りを回しやすい業種ですが、
で資金繰りを回している場合
それだけに再生型M&Aの早期決断が困難な業種といえま
② 多額の粉飾を行っている蓋然性があり、経営者や経理担当
す。B社でも、社長が決断を先送りしている間に、B社の
者も、自社の実態が分からなくなっている場合。財務経理責
事業価値の劣化が進んでしまい、スポンサーがなかなか
任者が突然退職した場合や頻繁に入れ替わっている場合は特
見つかりませんでした。社長の決断が、あと少し遅けれ
に注意が必要です。
ば、スポンサーを見つけることができず、B社は破産し
③ 設備投資資金や長期運転資金などに、多額のニューマネ
ていたと思います。
ーの投入が必要な場合
C社のケースは、社長が資金ショート間際にM&Aの
④ 事業に必要な許認可の維持が不可能な場合
決断を行い、スポンサー候補のリストアップに着手した
⑤ 社長が高齢であるが後継者がいない場合
時点で、破産してしまった事例です。資金繰りを回すた
め、C社は、仕入債務の支払を繰り延べ、最後には、消
費税、預かり源泉税や社会保険料の滞納に加え、給与の
(2)決 断
支払も遅らせていました。この間、C社社長は苦しみ続け
社長にとって、再生型M&Aの決断は苦渋の決断です。社
ましたが、この状態で残された選択肢は、破産だけでし
長は、会社の経営権を失うだけでなく、多くの再生型M&A
た。全ての当事者・関係者にとって不幸な結末となった
最悪の事例でした。
では、債権カットを伴いますので、保証債務等の履行を求め
られることになるからです。
そのため、暫定リスケによって資金繰りが回っている間
3
に、決断がなされることは稀です。また、長年に亘り粉飾
見極めと早期決断の難しさ
決算を行い金融機関から資金を調達してきたり、仕入債務
の支払いを繰り延べることにより資金繰りを回してきた等
の経緯がある場合は、社長も引くに引けない状況に置かれ
以上のC社はもちろん、B社でも、もっと早い段階で再生
ているため、資金ショート寸前まで決断できないケースが
型M&Aを決断していれば、より望ましい結果を得られた
ほとんどです。
はずです。しかし、実際には、A社のように早期決断がな
早期決断をうながす鍵は、社長の最後の希望を叶えるこ
されるケースは稀です。早期に決断し、最悪の事態を回避
とです。多くの場合、社長のプライドや社長及び社長の親
するためには「見極め」と「決断」という難しいテーマへ
族のその後の生活に配慮することであると考えます。特
の対応が必要です。
に、社長の自宅を残せることがポイントであると感じま
す。この点は、本誌「経営者保証ガイドラインによる保証
(1)見極め
債務整理の実務運用について」をご参照ください。
将来の市場環境と競争環境を踏まえた上で、自社の経営
再生型M&Aの決断により、資金繰りから解放され、社
資源だけで再生が可能かどうかを見極めます。
長がよく眠れるようになった実例は少なくありません。
24
25
Ⅱ 出口のスキーム
私的整理における税務のポイント
私的整理における税務のポイント
い切れなかった債務、つまり過大債務は、再生企業の清算手
業の債務処理に関する計画における損益の見込み等を考慮
続の中で免除を受けます。再生企業の従業員が出資して設立
して算定した回収可能額です(平成22年2月22日回答「企業
した会社、スポンサー企業やその子会社が、ここでいう第二
再生税制適用場面においてDESが行われた場合の債権等の
会社となり、再生企業の事業を継続していきます。
評価に係る税務上の取扱いについて」)。多くの場合、債権
第二会社方式では、第二会社への事業等の移転や移転後の清
の回収不能部分がDESの対象とされますので、この場合、
算手続中の資産処分により実現する含み損、及び債務超過が見込
DESの対象となる債権の時価(回収可能額)はゼロになり、
まれる場合の清算事業年度における期限切れ欠損金の使用(法人
その券面額の全額がDES益となります。
税法第59条③)により、債務免除等益を圧縮します。 事業等を移転させる手法は、主に、事業譲渡または会社分
山田ビジネスコンサルティング株式会社
コンサルティング事業本部 副本部長
税理士
加勢 晃嗣
かせ こうじ
事業再生では、主に金融支援等を伴う再生スキームの策定及び実行支援を得意分野とし、
案件実績も多数。最近は事業承継対策も手掛け、株式移転対策等の物的承継対策から、
次世代経営幹部育成等の人的承継対策まで幅広い分野での役務提供に携わっている。
POINT
私的整理手続において債権放棄等の金融支援が行われる場合、債務免除等益が
発生し法人税等が課税されることがあります。債務放棄等が行われる場合には、債務
免除等益への対策を織り込む必要があります。
また、再生企業の役員やオーナーが、
再生企業に私財を提供することや保証債務の履行のために財産を譲渡することによ
り、譲渡益が発生する場合、その役員等に譲渡所得税等が課税されます。
このような
場合には、役員等の個人に対する税対策も必要です。
さらに、再生企業であっても、その
オーナーの相続税対策が必要な場合があります。
オーナーが高齢等の場合には、暫定
リスケの出口に向けた抜本策とともにオーナーの相続税対策の検討が必要です。
本稿では、私的整理手続において債権放棄等が行われる
場合の、放棄等を受ける企業(以下、「再生企業」)と保証
(1)債務免除
る課税問題を解説致します。なお、本稿の記述は、2015年
① 債務免除
6月現在の税法その他の法令に基づいています。
債務免除を受けることにより、再生企業では債務免除益
が発生します。債務免除益の額が再生企業のその期の赤字
1
額(債務免除益計上前)、青色欠損金の額や実現予定の含
DDSとは、企業の債務を別の性質の債務に変更すること
での会社分割は、多くの場合、時価で財産・債務を移転する
をいいます。金融支援のためのDDSでは、金融機関からの
非適格分割となります。事業を移転する分割会社と移転を受
借入金をより返済期間の長い借入金に変更するとともに、
ける承継会社の株主構成が異なるなど、簿価移転として取扱
その借入金に、再生企業の清算時には他の債務を全額弁済
われる税制適格の要件を満たさないからです。
した後にしか弁済を受けることができない条項を付すこと
が一般的です(劣後ローン、劣後債)。
(2)DES(Debt Equity Swap、
デット・エクイティ・スワップ、デス)
金融検査マニュアル別冊(中小企業融資編)は、一定の
条件を満たす劣後ローンや劣後債を、金融機関の自己査定
DESとは、企業の債務を純資産(資本)に振り替えること
上資本とみなすこととしています。DDSにより、再生企業
です。DESは、債権者が債権をその債務者に対して現物出
での純資産の増加と返済期間長期化による借入元金の返済
資することにより行われます。再生企業の借入金をDESす
負担の軽減が可能になります。
ることにより、再生企業の債務超過額が減少(純資産額が増
DDSにより、自己査定上、資本(純資産)が増加すると
加)します。また、借入金が減少する結果、元金返済負担と
みなされる場合でも、実際に債務は消滅しないため、債務
金利負担が軽減されます。
消滅益は発生せず、法人税等の課税もありません。
税法上、現物出資にも、適格と非適格があります。現物
出資される債権を、その取得価額で移転したと扱うのが適
格、時価で移転したと扱うのが非適格です。金融支援のた
(4)役員等からの私財提供
めのDESの多くは、非適格になります。非適格の場合、現
再生企業の役員やオーナーが、金融支援を受ける条件と
物出資される債権の券面額(債務者における借入金残高)
して、債権放棄等を行う金融機関から、再生企業への私財
から債権の時価を控除した残額が、再生企業における債務
の提供を求められることがあります。私財の提供を受けた
消滅益(DES益、債務免除益とほぼ同義)として、法人税
再生企業で計上される私財提供益(受贈益)は、法人税等
等の課税対象となります。ここでの債権の時価は、再生企
の課税対象となります。
金融支援の手法
(1)
債務免除
債務免除等益課税
① 債務免除
② 第二会社
方式
課税あり
事業譲渡
譲渡会社で課税あり
て、法人税等(法人税・住民税・事業税、以下同じ)が課税
会社分割
(非適格分割)
されます。
② 第二会社方式
DDSなどの様々な手法があります。選択する金融支援等
①で述べた債務免除益課税の問題をクリアするため、第
の手法に応じて、再生企業に対する法人税や消費税など
二会社方式と言われる手法が採用されることがあります。
の課税は異なります。以下に、代表的な金融支援等の手
第二会社方式とは、再生企業が、第二会社に事業と事業に
法ごとに、再生企業に対する課税関係を説明致します
必要な財産・債務を移転するとともに、第二会社から受け
(表1)。
取った移転の対価で、債務を支払う手法です。ここで支払
再生企業への課税
資産・負債等移転に際しての課税
譲渡等会社
譲受等会社
ー
譲渡会社で譲渡
損益が発生
ー
譲受会社で不動産取得
税・登録免許税が発生
事業譲渡は消費税の課税取引。課税資産の譲渡
価額に対して、消費税が発生。譲渡に際して計上
される正ののれん(営業権)に対しても課税あり。
み損の額の合計額を超える場合には、この超過額に対し
私的整理手続で行われる金融支援等には、債務免除や
26
の取り扱いが異なります。この点、表1をご参照下さい。ここ
表1 金融支援等の手法別の課税関係
債務等の履行が求められる再生企業の役員やオーナーに対す
金融支援等の手法と
再生企業に対する課税
割です。事業譲渡と会社分割では、消費税や不動産取得税等
(3)DDS(Debt Debt Swap、デット・
デット・スワップ、ディーディーエス)
分割会社で課税あり
(2)DES(非適格現物出資)
債権の券面額からその時
価を引いた残額(DES益)
に対して課税あり
(3)DDS
債務免除等益は発生
しないので課税なし
(4)役員等からの私財提供
分割会社で譲渡
損益が発生
分割では消費税は発生しない。
私財提供益に課税あり
承継会社で不動産取得税
※・登録免許税が発生
ー
ー
ー
ー
ー
ー
※ 地方税法第73条の7 第2号(地方税法施行令第37条の14)の分割に該当する場合
(分割の対価として承継会社の株式以外の資産が交付されない等一定の要件を満たす場合)、不動産取得税は非課税とされます。
27
Ⅱ 出口のスキーム
私的整理における税務のポイント
2
私的整理のスキームと
再生企業の税務
Ⅱ 出口のスキーム
私的整理における税務のポイント
価額の損金算入)または同第133条の2①(一括償却
用しないで計算した所得金額(別表四「37(差引計)」①の金額)
また、青色申告書を提出する中小企業者について2013
資産の損金算入)の規定の適用を受けた減価償却資産
<評価損益の計上が無い場合>
年4月1日から2016年3月31日までの間に、ここでの私
その他これに類する減価償却資産。少額の減価償却資
別表添付による評価損益の計上が無い場合または資産評
的整理が行われ、その私的整理が行われた時においてその
産の取得価額の損金算入とは、使用可能期間が1年未
定を行った資産の全てが評価損の損金算入が認められない
中小企業者に対する債権を有する2以上の金融機関等の債
金融支援によって発生する債務免除益、債務消滅益
満または取得価額が10万円未満の減価償却資産の取
資産(法人税法施行令第68条の2③、同第24条の2④)で
権がその私的整理にかかる債務処理に関する計画の定める
(DES益)、私財提供益(以下、これらの利益を「債務免
得価額を事業に供した事業年度に損金算入することを
ある場合には、青色欠損金が先に控除されます(法人税基
ところにより一定の中小企業再生ファンドの組合財産とな
除等益」といいます)に対する法人税等の課税が、企業の
いいます。一括償却資産の損金算入とは、取得価額が
本通達12­3­5)。期限切れ欠損金の控除限度額は、以下
る場合に、その中小企業者が、資産評定を行い、または当
再生を阻害することが無いよう、法人税法は、私的整理の
20万円未満の減価償却資産につき、各事業年度ごと
のうち、最も少ない金額です(法人税法第59条②)。
該債務処理に関する計画に従ってその債権につき債務の免
スキームに応じて、資産の評価損益の損金・益金算入や期
に、その全部または一部の合計額を一括し、3年間で
限切れ欠損金の損金算入ができる等の規定を設けていま
償却し、損金に算入することをいいます。
す。表2は、私的整理のスキームごとの課税関係を整理し
たものです。
(1)再生計画の認可の決定があったことに準ずる私的整理
(法人税法第施行令 117 条①4 号、同第 24 条の 2①)
ここでの私的整理は、一般に公表された債務処理を行う
ための手続についての準則に基づくことが要件とされてい
ここでいう中小企業者とは、資本金の額若しくは出資金
きません(法人税法第33条⑤、法人税法施行令第68条の3)。
「37(差引計)」①の金額から青色欠損金及び災
の額が1億円以下の法人のうち次の(ア)(イ)に掲げる法人以外
害損失欠損金の控除額を控除した残額)
の法人または資本若しくは出資を有しない法人のうち常時
(ア) 清算中の内国法人
(イ) 解散(合併による解散を除く。)をすることが見込
まれる内国法人
② 期限切れ欠損金の損金算入
とした再生企業の貸借対照表の作成等が要求されています
ここでの私的整理では、期限切れ欠損金を損金に算入す
(法人税法施行令第24条の2①)。
ることができます。
① 評価損益の損金・益金算入
期限切れ欠損金とは、設立当初からの欠損金のうち、青
この資産評定による価額と簿価との差額は、別表添付を
色欠損金及び災害損失欠損金以外のものをいいます。設立
要件に、損金または益金に算入されます(法人税法第25条
当初からの欠損金とは、法人税申告書別表五(一)の「利
③、同第33条④)。別表添付とは、確定申告書に評価損益
益積立金額及び資本金等の額の計算に関する明細書」に期
の損金・益金算入に関する明細の記載があり、かつ、財務
首現在利益積立金額の合計額として記載されるべき金額
省令で定める書類の添付があることをいいます(法人税法
(「31」①の金額)で、その額が負(マイナス)である場
第25条⑤、同第33条⑦)。
合のその金額をいいます(ただし、その金額が、その確定
ただし、以下の資産は評価損の計上に適しないものとし
申告書に添付する法人税申告書別表七(一)の「欠損金又は
て、その評価損を損金に算入することができません(法人税法
災害損失金の損金算入に関する明細書」に控除未済欠損金額
第33条④、法人税法施行令第68条の2③、同第24条の2④)
として記載されるべき金額に満たない場合には、当該控除未
基本通達12­3­2)。
圧縮記帳等を行った減価償却資産
<評価損益が損金・益金に算入される場合>
(イ) 法人税法第61条①(短期売買商品の譲渡損益及び時価
別表添付により評価損益が損金・益金に算入される場合
評価損益の益金または損金算入)に規定する短期売
には、期限切れ欠損金を青色欠損金に優先して控除します
買商品
(法人税法第59条②3号)。期限切れ欠損金の控除限度額は、
(オ) 法人税法施行令第133条(少額の減価償却資産の取得
28
済欠損金額として記載されるべき金額になります)(法人税
度開始の日前5年以内に開始した各事業年度において
価額の調整)に規定する償還有価証券
特別措置法第67条の5の2)。
損金及び災害損失欠損金控除後の所得金額。別表四
定(資産評定)が行われ、この資産評定による価額を基礎
(エ) 法人税法施行令第119条の14(償還有価証券の帳簿
金算入(法人税法第59条②)の規定が適用されます(租税
内国法人の株式または出資の評価損を損金に算入することはで
の内国法人との間で適格合併を行うことが見込まれるもの
る売買目的有価証券
人税法第25条③、同第33条④)及び期限切れ欠損金の損
(ウ) この規定を適用しないで計算した所得金額(青色欠
いう準則では、再生企業の有する資産及び負債の価額の評
益または評価損の益金または損金算入等)に規定す
除を受けたときは、資産の評価損益の損金・益金算入(法
また、再生企業との間に完全支配関係がある以下(ア)∼(ウ)の
(ウ) 内国法人で当該内国法人との間に完全支配関係がある他
(ウ) 法人税法第61条の3①1号 (売買目的有価証券の評価
(イ) 設立当初からの欠損金から、当期に使用された青色
欠損金・災害損失欠損金を控除した金額
ることから、 準則型私的整理 と呼ばれています。ここで
(ア) ここでの私的整理の事実が生じた日の属する事業年
(ア) 債務免除等益の合計額
以下のうち、最も少ない金額です(法人税法第59条②)。
(ア) 債務免除等益の合計額+資産の評価益の益金算入額
使用する従業員の数が1,000人以下の法人のことをいいま
期限切れ欠損金を控除するためには、確定申告書、修正
申告書または更正請求書に期限切れ欠損金等の損金算入に
関する明細を記載した書類及びここでの私的整理が生じた
ことを証する書類その他の財務省令で定める書類の添付が
必要です(法人税法第59条④)。
③ 青色欠損金の控除制限
ここでの私的整理手続では、再生企業が期末資本金の額
(出資金の額)が1億円超の会社である場合または再生企業
が期末資本金の額(出資金の額)が5億円以上の会社による
完全支配関係のある子会社である場合でも、青色欠損金の
控除割合は100%とされます(法人税法第57条⑪2号ハ)。
④ 適用対象となる私的整理
ここでの私的整理には、2以上の金融機関等または1以上
の政府関係金融機関等が債権放棄等を行う、中小企業再生支
援協議会・中小企業再生支援全国本部の「中小企業再生支援
スキーム(中小企業再生支援協議会の支援による再生計画の
策定手順)」、事業再生ADR、株式会社地域経済活性化支
援機構(REVIC)、株式会社東日本大震災事業者再生支援機構
による手続などが該当します(平成27年3月30日国税庁回答
「中小企業再生支援全国本部の支援により『中小企業再生支
援スキーム』に従って策定された再生計画に基づき債権放棄
等が行われた場合の税務上の取扱いについて」他)。
なお、これらの私的整理であっても債権放棄等を行うの
す(租税特別措置法施行令第27条の4⑤)。
(ア) その発行済株式または出資の総数または総額の2分の
1以上が同一の大規模法人(資本金の額若しくは出資金
の額が1億円を超える法人または資本若しくは出資を有
しない法人のうち常時使用する従業員の数が1,000人を
超える法人をいい、中小企業投資育成株式会社を除きま
す。(イ)において同じ。)の所有に属している法人
(イ) (ア)に掲げるもののほか、その発行済株式または出資の総数ま
たは総額の3分の2以上が大規模法人の所有に属している法人
ここにいう一定の中小企業再生ファンドとは、中小企業の
事業の再生を支援することを目的とするものであることその
他の中小企業に対する金融の円滑化を図ることによりその事
業の再生を支援するための基準として内閣総理大臣及び経済
産業大臣が定める基準に適合するものとして内閣総理大臣及
び経済産業大臣が指定する投資事業有限責任組合をいいます
(租税特別措置法施行令第39条の28の2③)。これに該当す
るファンド名は、金融庁のホームページ「特定投資事業有限
責任組合契約の指定一覧」をご参照ください。
⑤ 保証債務の履行の特例
オーナー経営者等が保証債務を履行し求償権を放棄した
場合に、求償権放棄後も再生企業が債務超過の状況にある
ときは、原則として、保証債務の履行の特例(後述)の適
用があります。
⑥ 債権者の税務
から評価損の損金算入額を減額した額(マイナスに
が2以上の金融機関等または1以上の政府関係金融機関等の
なる場合には、そのマイナスの額)
いずれでもない場合には、ここでの私的整理に該当しませ
本通達9­4­2にいう「合理的な再建計画」に基づく経済的
(イ) 設立当初からの欠損金
ん。この場合の私的整理は、次の「(2)上記(1)に準じる私
利益の供与であり、原則として、損金の額に算入すること
(ウ) この規定及び青色欠損金・災害損失欠損金の控除の規定を適
的整理」に該当します。
ができます。
ここでの私的整理における債権放棄等損失は、法人税基
29
Ⅱ 出口のスキーム
私的整理における税務のポイント
間において親会社が子会社に対して有する債権を単に免除
するというようなものでなく、債務の免除等が多数の債権
者によって協議の上決められる等その決定について恣意性
がなく、かつ、その内容に合理性があると認められる資産
の整理があったこと。」に該当する手続です(法人税法施
行令第117条①5号、法人税基本通達12­3­1(3))。
① 期限切れ欠損金の損金算入
ここでの私的整理手続では、資産評定を行うことが定め
られていないので、資産の評価損益の損金・益金算入はで
きません。期限切れ欠損金は損金に算入されますが、青色
欠損金に優先して控除できないため(法人税法第59条②
(同条同項3号に該当しない場合))、翌期以降に繰り越
される青色欠損金は上記(1)の場合よりも少なくなります。
期限切れ欠損金の控除限度額は、以下のうち、最も少な
い金額です(法人税法第59条②)。
(ア) 債務免除等益の合計額
(イ) 設立当初からの欠損金から、当期に使用された青色
欠損金・災害損失欠損金を控除した金額
(ウ) この規定を適用しないで計算した所得金額(青色欠
損金及び災害損失欠損金控除後の所得金額。別表四
「37(差引計)」①の金額から青色欠損金及び災害
損失欠損金の控除額を控除した残額)
期限切れ欠損金を控除するためには、確定申告書、修正
申告書または更正請求書に期限切れ欠損金等の損金算入に
関する明細を記載した書類及びここでの私的整理が生じた
ことを証する書類その他の財務省令で定める書類の添付が
必要です(法人税法第59条④)。
② 青色欠損金の控除制限
ここでの私的整理では、再生企業が期末資本金の額(出
資金の額)が1億円超の会社である場合または再生企業が
期末資本金の額(出資金の額)が5億円以上の会社による
完全支配関係のある子会社である場合でも、青色欠損金の
控除割合は100%とされます(法人税法第57条⑪2号ニ)。
③ 適用対象となる私的整理
ここでの私的整理には、中小企業再生支援協議会が策定
支援を行った再生計画のうち「中小企業再生支援協議会事
業実施基本要領」によって策定されたもの、日本弁護士連
合会が策定した「金融円滑化法終了への対応策としての特
定調停スキーム利用の手引き」による特定調停などが該当し
ます(「中小企業再生支援協議会事業実施基本要領」Q&A
(平成27年2月2日改訂)Q7・Q9、平成15年7月31日
国税庁回答「中小企業再生支援協議会で策定を支援した再
建計画(A社及びB社のモデルケース)に基づき債権放棄
が行われた場合の税務上の取扱いについて(通知)」、平
30
プ法人税制その他の資本に関係する取引等に係る税制関
定された再建計画により債権放棄が行われた場合の税務上
係)(情報)」問11 実在性のない資産の取扱い)。この
の取扱いについて」)。
取扱いは、清算の場合に限らず、民事再生や会社更生の手
また、前述「(1)再生計画の認可の決定があったことに準
続に従って会社が存続して再生をする場合や、公的機関が
ずる私的整理」にいう 準則型私的整理 であっても、債権
関与または一定の準則に基づき独立した第三者が関与して
放棄等を行うのが、2以上の金融機関等または1以上の政府
策定された事業再生計画に従って会社が存続して再生する
関係金融機関等、いずれでもない場合には、ここでの私的
場合においても、実在性のないことの客観性が担保されて
整理に該当します。
いると認められるときに適用されます。
④ 債権者の税務
(ア)
過去の帳簿書類等を調査した結果、実在性のない資産
裁判所が関与する破産等の法的整理手続、または、公的
基本通達9­4­2にいう「合理的な再建計画」に基づく経
イ 実在性のない資産の発生原因が更正期限内の事業年
関与する私的整理手続を経て、資産につき実在性のないこ
済的利益の供与であり、原則として、損金の額に算入す
度中に生じたものである場合には、その原因に応じ
ることができます。
た修正の経理を行い、かつ、その修正の経理を行っ
ここでの私的整理における債権放棄等損失は、法人税
(3)「第二会社方式」による私的整理
(法人税法第 59 条③)
の計上根拠(発生原因)等が明らかである場合
た事業年度の確定申告書を提出した後、税務当局に
よる更正手続を経て、当該発生原因の生じた事業年
度の欠損金額(その事業年度が青色申告の場合は青
債権放棄等を伴うが、上記(1)(2)の手続によらない私的
色欠損金額、青色申告でない場合には期限切れ欠損
整理の多くは、第二会社方式により行われます。
金額)とされます。
① 期限切れ欠損金の損金算入
ロ 実在性のない資産の発生原因が更正期限を過ぎた事
この場合には、資産の評価損益の損金・益金算入は認め
業年度中に生じたものである場合には、税務当局に
られませんが、事業を第二会社に移転することで実現する
よる更正手続はないものの、実在性のない資産は当
譲渡損益が損金・益金に算入されます。
該発生原因の生じた事業年度に計上したものである
また、譲渡会社(分割会社)は事業移転後に解散します
ことから、法人においてその原因に応じた修正の経
が、譲渡会社(分割会社)に残余財産がないと見込まれる
理を行い、その修正の経理を行った事業年度の確 場合、その清算事業年度では、期限切れ欠損金が損金に算
入されます(法人税法第59条③)。この場合には、期限切
期限切れ欠損金を控除するためには、確定申告書、修正
適用局面の例
ることを説明する書類その他の財務省令で定める書類の添
とが確認された場合には、実在性のないことの客観性が担
保されていると考えられます。このように客観性が担保さ
れている場合に限っては、その実在性のない資産がいつの
事業年度でどのような原因により発生したものか特定でき
ないとしても、その帳簿価額に相当する金額分だけ過大と
なっている利益積立金額を適正な金額に修正することが適
当と考えられます。したがって、このような場合には、法
人において修正の経理を行い、その修正の経理を行った事
業年度の確定申告書上で、その実在性のない資産の帳簿
価額に相当する金額を過去の事業年度から繰り越されたも
のとして処理する(期首利益積立金額から減算する)こと
により、期限切れ欠損金額とされます。
④、法人税法施行令第117条①4号、同第24条の2
い場合)、法人税法施行令第117条①
中小企業再生支援協議会・中小企業再生支援全国本部の
中小企業再生支援協議会の「中小企業
性化支援機構(REVIC)、株式会社東日本大震災事業者再生
よる再生計画、
「 金融円滑化法終了への
第59条②(同条同項3号に該当しな
① 2以上の金融機関等または1
(3)「第二会社方式」による私的
整理(法人税法第59条③)
5号、法人税基本通達12−3−1(3))
再生支援協議会事業実施基本要領」に
「第二会社方式」による私的整理
対応策としての特定調停スキーム利用
の手引き」による特定調停
左記①②いずれかを
満たさない場合等
② 別表添付を行うこと
評価損益の計上
評価益
○
評価損
○
期末資本金が1億円超等の会社
の場合の青色欠損金の控除制限
期限切れ欠損金の損金算入
あります。所得のうち控除できる割合は、2015年4月1日
③ 粉飾決算により実在性のない資産が計上されている場合
機関が関与若しくは一定の準則に基づき独立した第三者が
(2) 左記(1)に準じる私的整理(法人税法
が債務免除等を行い、かつ、
の額)が5億円以上の会社による完全支配関係のある子会
ついては100分の50です。
上根拠(発生原因)等が不明である場合
(1) 再生計画の認可の決定があったことに準ずる私的整
以上の政府関係金融機関等
付が必要です(法人税法第59条④)。
は100分の65、2017年4月1日以後に開始する事業年度に
(イ) 過去の帳簿書類等を調査した結果、実在性のない資産の計
支援機構、一定の中小企業再生ファンド等、による私的整理
関する明細を記載した書類及び残余財産がないと見込まれ
から2017年3月31日までの間に開始する事業年度について
わらず期限切れ欠損金額)とされます。
「中小企業再生支援スキーム」、事業再生ADR、地域経済活
申告書または更正請求書に期限切れ欠損金等の損金算入に
社である場合には、原則として、青色欠損金の控除制限が
金額(その事業年度が青色申告であるかどうかにかか
①)
に限らず、資産の売却益その他の所得も控除対象となります。
会社である場合または再生企業が期末資本金の額(出資金
ることにより、当該発生原因の生じた事業年度の欠損
理(法人税法第59条②3号、同第25条③、同第33条
この期限切れ欠損金の控除対象となる所得は債務免除等益
再生企業が期末資本金の額(出資金の額)が1億円超の
増加したであろう金額を期首利益積立金額から減算す
表2 私的整理のスキームと再生企業の税務
れ欠損金の優先控除はできません。
② 青色欠損金の控除制限
経理により当該発生原因の生じた事業年度の損失が
→
ここでの私的整理は、上記(1)以外で「例えば、親子会社
定申告書上で、仮に更正期限内であればその修正の
成26年6月27日国税庁回答「特定調停スキームに基づき策
→
(2)上記 (1) に準じる私的整理
(法人税法施行令第 117 条①5 号、法人税基本通達 12−3−1(3))
Ⅱ 出口のスキーム
私的整理における税務のポイント
3
ー
ー
適用なし(100%控除可能)
控除対象は、債務除益、DES益、私財提供益の
合計額 評価損益の額。ただし、青色欠損金・災
害損失欠損金控除前の当期所得金額が限度。
控除対象は、債務免除益、DES益、私財提供益の合計額。ただし、
青色欠損金・災害損失欠損金控除後の当期所得金額が限度。
期限切れ欠損金を青色欠損
金に優先して控除
オーナー経営者の税務
青色欠損金から控除
適用あり
譲渡等会社に残余財産がないと
見込まれる場合、清算事業年度
で期限切れ欠損金が損金に算入
される
(青色欠損金から控除)。
際して、オーナー経営者が資産を売却する場合には、譲渡
益に対して譲渡所得税等が課税されます。また、オーナー
経営者が会社に対して、私財を提供(資産を贈与)する場合
には、会社に対する時価譲渡があったとみなされ、譲渡益に
譲渡会社(分割会社)で、粉飾決算により実在性のない
資産が計上されている場合、この資産にかかる損失を損金
オーナー企業が債権放棄等を受ける場合、そのオーナー
対して譲渡所得税等が課税されます。
に算入するためには、次の手続が必要です(国税庁情報
経営者は、放棄等を行う債権者から、経営責任、保証債
しかしながら、このような譲渡所得に担税力はありませ
「平成22年度税制改正に係る法人税質疑応答事例(グルー
務・物上保証責任の履行を求められます。これらの履行に
ん。売却の場合には売買の代金のほぼ全額が債権者の弁済
31
Ⅱ 出口のスキーム
私的整理における税務のポイント
に充てられ、私財提供の場合には売買代金を受け取ること
Ⅱ 出口のスキーム
私的整理における税務のポイント
な場合も含まれます。
金の額が1億円を超える法人または資本若しくは出資
の弁済に充てられた場合の譲渡所得は、非課税とされます
を有しない法人のうち常時使用する従業員の数が
(所得税法施行令第26条)。
また、保証債務の特例に関して相談があった税務署におい
1,000人を超える法人をいい、中小企業投資育成株式
ここでいう強制換価手続とは、滞納処分(その例による
ては、仮に確定申告時点において求償権行使不能と判定され
会社を除く。(イ)において同じ。)の所有に属してい
ない場合であっても、その後、求償権が行使不能な状態に陥
る法人
ができないからです。税法は、このような担税力の無い所
得につき、以下のような特例を設けています。
(1)保証債務の履行の特例
ったときには、所得税法第152条による更正の請求ができる
(イ) (ア)に掲げるもののほか、その発行済株式または出資
保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合におい
のであるから、その旨及びその手続等について説明すること
の総数または総額の3分の2以上が大規模法人の所有
て、その履行に伴う求償権の全部または一部を行使するこ
とされています。また、納付困難との申し出があった場合に
に属している法人
とができないこととなったときは、その行使することがで
は、納付についての相談に応じることとされています。
きないこととなった金額は譲渡所得の計算上、なかったも
のとみなされます(所得税法第64条②)。この特例は、確定
申告書、修正申告書または更正請求書にこの特例の適用を
(2)私財提供があった場合のみなし
譲渡課税の不適用
② 資本または出資を有しない法人のうち常時使用する従業
員の数が1,000人以下の法人
処分を含む)、強制執行、担保権の実行としての競売、企
業担保権の実行手続及び破産手続をいいます。
4
再生企業における
相続税対策の必要性
再生企業では、多くの場合、企業、オーナー経営者とも
に実態債務超過状態にあるため、相続税対策が必要という
ここでの一定の私的整理とは、中小企業再生支援協議
ことに違和感を覚える方は多いと思います。しかし、次の
受ける旨の記載があり、かつ、譲渡をした資産の種類その
中小企業者である内国法人の保証人である取締役また
他財務省令で定める事項を記載した書類の添付がある場
会・中小企業再生支援全国本部の「中小企業再生支援ス
は業務を執行する社員が、個人で所有する資産(有価証
ような場合、相続税が発生することがあります。
合に限り、適用されます(同法同条③)
。
キーム(中小企業再生支援協議会の支援による再生計画
券を除く)で、賃借権や使用借権等によりその内国法人
この特例は、求償権の相手方である会社の解散を要件と
の策定手順)」、事業再生ADR、REVICによる手続な
① 実態債務超過企業の株式であっても相続税評価上は資産
の事業に供されているものを、その内国法人につき策定
ど、前掲「2. 私的整理のスキームと再生企業の税務 (1)
された一定の私的整理における債務処理に関する計画に
例えば、
その企業が保有する売掛金や貸付金の回収が困難
再生計画の認可の決定があったことに準ずる私的整理」
であり、実態貸借対照表上これらを減額評価し実態債務超
基づき、2013年4月1日から2016年3月31日までの間
のことをいいます(租税特別措置法施行令第25条の18の
過となる場合でも、これらの財産は相続税評価上、原則と
に、その内国法人に贈与した場合には、次の①∼③に掲
2②)。
、
その株式
して、券面額で評価され(財産評価基本通達204、205)
していません。保証人である代表者等が求償権を放棄する
ことにより、会社の再建を目指す場合や、廃業に向かいつ
つもまだ会社が解散に至らない場合にも、この特例の適用
があります。この場合の求償権行使の能否判定は次の①②
によります(平成14年12月25日国税庁「保証債務の特例
における求償権の行使不能に係る税務上の取扱いについて
(通知)」)。
① 代表者等が求償権を放棄する場合、その法人がその求償
権の放棄後も存続し、経営を継続している場合でも、次の
すべての状況に該当すると認められるときは、その求償権
は行使不能と判定されます。
(ア) その代表者等の求償権は、代表者等と金融機関等他
の債権者との関係からみて、他の債権者の有する債
権と同列に扱うことが困難である等の事情により、
放棄せざるを得ない状況にあったと認められるこ
と。これは、法人の代表者等としての立場にかんが
みれば、代表者等は、他の債権者との関係で求償権
の放棄を求められることとなりますが、法人を存続
させるためにこれに応じるのは、経済的合理性を有
する、との考え方に基づくものです。
(イ) その法人は、求償権を放棄(債務免除)することに
よっても、なお債務超過の状況にあること。これ
は、求償権の行使ができないと認められる場合の判定
げる要件を満たしているときに限り、みなし譲渡(所得
税法第59条①1号)の適用がないものとされます(租税
特別措置法第40条の3の2①)。この特例の適用を受ける
ためには、確定申告書に、特例の適用を受ける旨の記載
は相続税の課税対象となることがあります。
② オーナー経営者が再生企業に貸付金等を有している場合
企業の資金繰り逼迫を背景に、役員報酬を未払いとしてい
債務者が個人の場合、その債務につき債権者から債務免
る、社長個人の資金を企業に貸し付けている多くの場合、社
除を受けた場合は、その免除益に対して所得税が課税され
長の企業に対する貸付金等の回収可能性は乏しいというのが
で定める事項を記載した書類等の添付が必要です(同法
ます。ただし、その個人が、破産法に規定する免責許可の
実態ですが、この場合の貸付金等が相続税の課税対象とな
同条②)。
決定または再生計画認可の決定があつた場合その他資力を
ることがあります(財産評価基本通達204、205)。
① その個人が、その債務処理計画に基づき、その内国法人
喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合に債
③ オーナー経営者の保証債務や物上保証責任
があり、かつ、贈与をした資産の種類その他の財務省令
の債務の保証に係る保証債務の一部を履行していること。
務免除を受けたときには、その債務免除益相当額は総収入
② その債務処理計画に基づいて行われたその内国法人に対
金額に算入されません(所得税法第44条の2①)。この特
する資産の贈与及び保証債務の一部の履行後においても、
その個人がその内国法人の債務の保証に係る保証債務を有
していることが、その債務処理計画において見込まれてい
ること。
③ その内国法人が、その資産の贈与を受けた後に、その資
産をその事業の用に供することがその債務処理計画におい
て定められていること。
ここでの中小企業者とは、次の①②いずれかに掲げる法
に際しての考え方です。なお、その求償権放棄の後に
人(内国法人に限る)をいいます(租税特別措置法関係通
おいて、売上高の増加、債務額の減少等があった場合
達40の3の2­1)。
でも、この判定には影響しないことになります。
① 資本金の額または出資金の額が1億円以下の法人のうち
② その法人が債務超過かどうかの判定に当たっては、土地
次に掲げる法人以外の法人
等及び上場株式等の評価は時価ベースにより行います。な
(ア) その発行済株式または出資の総数または総額の2分の
お、この債務超過には、短期間で相当の債務を負ったよう
1以上が同一の大規模法人(資本金の額若しくは出資
32
(3)個人に対する債務免除益課税に
ついての特例
超過とされ、相続税が課税される場合
例は、確定申告書にこの特例の適用を受ける旨の記載、総
収入金額に算入されない金額その他財務省令で定める事項
の記載がある場合に限り適用されます(同条③)。
なお、保証人である個人が保証債務の免除を受けても、
この免除は経済的利益の供与に該当しないので、課税され
ません(「『経営者保証に関するガイドライン』に基づく
保証債務の整理に係る課税関係の整理」参照)。
(4)強制換価手続による資産の譲渡を
非課税とする特例
資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である
場合における、強制換価手続による資産の譲渡による所得
は、非課税とされます(所得税法第9条①10号)。また、
資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であり、
社長の保証債務や物上保証責任も問題です。保証債務や
物上保証責任は、相続税評価上、債務とは取り扱われず相
続財産の価額から控除できないのが原則です。これらの債
務・責任を債務とすれば社長の純財産は債務超過となる場
合でも、相続税が課税されることがあります。
以上の問題は、税制改正により、さらに深刻になりまし
た。平成26年(2014年)度税制改正で、相続税の課税最
低限である基礎控除の額が従来の6割まで引き下げられ、
相続税の納税が必要なケース、相続税が増税となるケース
が大幅に増えました。この改正は、2015年の1月1日以後
に開始した相続から適用されています。
企業オーナーの相続税債務は、多くの場合、その企業の
利益や財産が支払原資となりますので、この場合の相続税
債務は企業の簿外債務ということができます。オーナーが
かつ、強制換価手続の執行が避けられないと認められる場
高齢等の場合、暫定リスケの出口に向けた検討に際して
合における資産の譲渡で、その譲渡に係る対価が当該債務
は、相続税対策もあわせて検討する必要があります。
33
Ⅱ 出口のスキーム
経営者保証ガイドラインによる保証債務整理の実務運用について
反面、取引金融機関の立場からすると、
経営者保証ガイドラインによる
保証債務整理の実務運用について
・ 業界的にコンセンサスを得た明確かつ合理的なルールが
存在することにより、私的整理による保証解除の判断がよ
り容易になる。
・ 保証解除の可否につき、ある程度事前の予測可能性が立
つため、取引先の経営者保証人に対し早期の事業再生また
は転廃業の決断を促しやすくなる。
弁護士
鈴木 学
すずき がく
西村あさひ法律事務所パートナー弁護士。中小企業診断士。事業再生案件を数多く手掛け、
我が国初の公募社債権者を事業再生 ADR 手続に取り込んだ件、同じく我が国初の上場
維持型民事再生事件を処理した経験を有する。第二東京弁護士会倒産法研究会代表副幹
事。2013 年4月から 2015 年 6 月まで株式会社地域経済活性化支援機構常務取締役。
POINT
経営者保証に関するガイドラインにより、事業再生の局面において、経営者保証人が
破産手続を回避しつつ保証債務を整理する道が広がりました。
ガイドラインは、原則と
して準則型私的整理手続の中で用いられます。
そのうち、REVICのスキーム、
中小企業
再生支援協議会のスキーム及び特定調停手続スキームについて概説します。
ガイドラインを利用することにより、主債務者及び保証
必要です。例えば、保証人が主債務者の債務を全部連帯保証
というメリットが考えられます。
しており、主債務者が再生した場合の弁済原資が15、破産し
※1 ガイドラインは、
日本商工会議所のホームページ
(http://www.jcci.or.jp/news/jcci-news/2013/1205140000.html)
あるいは全国銀行協会のホームページ
(http://www.zenginkyo.or.jp/news/2013/12/05140000.html)に掲載されています。
2
(2)経済合理性
人の破産手続の配当よりも多くの回収が期待できることが
・ 保証解除に伴う税務上の疑義が解消される。
西村あさひ法律事務所
※2 但し、例外的に準則型私的整理手続によらずにガイドラインを適用したケースとし
て、鐘ヶ江洋佑ほか「経営者保証ガイドラインに基づく弁済計画に保証人の主債務を組
み込み、準則型私的整理手続によらずに当事者間の合意により弁済計画を成立させた事
案」事業再生と債権管理148号106頁があります。
た場合の弁済原資が10、保証人の私財が3である場合には、
主債務者が再生した方が経済合理的と言えます。このよう
な場合にガイドラインが利用可能です。この経済合理性は
保証人の手元に残せる資産(インセンティブ資産)の上限を
ガイドラインの利用方法
画する概念にも利用され、上記の例を用いれば、主債務者が
再生した場合の債権者のメリットは5(再生した場合の弁済
経営者保証人がガイドラインを利用するためには、ガイ
ドラインに記載された、いくつかの要件を充足させる必要
があります。そのうち主要な要件は次のとおりです。
原資15マイナス破産した場合の配当原資10)であり、保証人
は私財を上限5(本設例では実際に私財として保有している
3)の範囲内で手元に残すことが可能です(但し、
「4.
(1)イ
ンセンティブ資産について」で述べる制約があります)。
(1)準則型私的整理手続
ガイドラインを利用するためには、主債務者(事業者)及
営者個人の資産で保証債務のすべてを履行することはでき
び経営者保証人の債務整理のために法的整理(民事再生、破
ないため、従来は、経営者は破産手続を覚悟しなければなら
産等)または「準則型私的整理手続」を用いる、という原則
ない場合が多かったと思います。しかしながら、ガイドライ
があります。我が国には準則型私的整理手続と目されてい
ンに則った主債務及び保証債務の整理手続を実施した場合に
る制度が複数存在します。そのうち、全国で利用可能で主に
2014年2月1日から、
「経営者保証に関するガイドライン」
は、
経営者保証人は破産手続を回避しつつ保証債務を整理し、
中小企業の利用を想定した典型的な手続として、以下の3
(以下、
「ガイドライン」
という)
が運用されることとなりまし
経済的更生を図ることができるようになりました。
そして、
そ
つの手続があります。
た。
ガイドラインは、
①経営者保証を所与の前提としない融資
の効果として、
経営者保証人による早期事業再生または転廃
①株式会社地域経済活性化支援機構(以下「REVIC」とい
の慣行化を促すための合理的なルールを示すとともに、
②主
業の決断が促進されることが期待されます。
う)の事業再生支援制度及び特定支援(特定債権買取)
制度。
たる債務の整理局面における保証債務の整理を公正かつ迅速
ガイドラインを利用することによるメリットは様々考えら
②中小企業再生支援協議会が実施する「中小企業再生支援
に行うための準則を明確化しようとするものです。本稿で
れるところですが、
経営者保証人の立場からすると、
主に、
協議会等の支援による経営者保証に関するガイドラインに
は、主に②の実務運用について触れます。
・ 破産手続を回避しつつ保証責任から解放されること
基づく保証債務の整理手続」
( 以下「協議会スキーム」と
窮境に陥った中小企業が債権放棄を伴う抜本的な再建、
となる。
いう)。
あるいは転廃業を実施する際、ほぼすべてのケースにおい
・ 一定の条件下で、破産手続を行った場合よりも多くの資
③日本弁護士連合会が公表した「経営者保証に関するガイ
て、経営者の保証債務の処理の問題が伴います。中小企業に
産を手元に残せる可能性がある。
ドラインに基づく保証債務整理の手法としての特定調停ス
対する融資は、8割以上が経営者保証付きで行われており、
・ 信用情報登録機関に報告、登録されないので、再チャレ
キーム」
(以下「特定調停スキーム」という)。
主債務の放棄を依頼することは、すなわち、経営者の保証債
ンジのチャンスが拡大する。
それぞれの手続に関する特徴については「3.ガイドライン
務の履行トリガーを引くことを意味するからです。
通常、
経
ということがあげられます。
の利用手続概要(準則型私的整理手続)」において概説します。
1
ガイドラインの意義
※1
34
※2
35
Ⅱ 出口のスキーム
経営者保証ガイドラインによる保証債務整理の実務運用について
Ⅱ 出口のスキーム
経営者保証ガイドラインによる保証債務整理の実務運用について
容とします。経営者保証人は、これにより破産手続に入る
(3)その他主要な要件
ことを免れてきました。また、多くの場合、破産手続を利
(2)協議会スキーム
ガイドラインが適用されることとなった2014年2月以降
・保証人に免責不許可事由のおそれがないこと。
も、ガイドラインに準拠するために書式の改定などを行っ
・主債務者が中小企業であること。中小企業の定義は中小企
たものの、基本的に取り扱いは変わっていません。
業基本法で定められており、例えば製造業であれば従業員
300人以下又は資本金3億円以下など、業種ごとに若干の違
※3 事業再生支援業務の詳細については、河本茂行ほか「地域経済活性化支
援機構の実務・再生事案について(上)」銀行法務21 776号16頁参照。
〈ポイント〉
●
況等の適時開示がなされていること。
REVICと同様の流れ。
●
には、保証債務の整理のみ行う、いわゆる「単独
(ⅱ)特定支援(特定債権買取)
型」が想定されている。
(1)REVIC の2つのスキーム
〈ポイント〉
●
常に主債務と保証債務の整理を一体的に行う。いわ
ゆる「単独型」は行わない。
●
主債務者たる事業者が転廃業・清算する場合には特
定支援制度で対応可能。
●
特定支援制度には経営者保証人の再チャレンジ要件
がある。
(ⅰ)事業再生支援
REVICでは、従前より、過剰債務等により窮境に陥って
※3
いる企業の事業再生を支援する業務を行っています 。 事
業再生支援におけるREVICの主たる役割は、事業再生計画
の策定支援と金融機関調整であり、その多くは金融機関に
原則として主債務者が廃業・清算するケースは想定
されず、その場合は単独型で処理。
特定支援業務とは、REVICが金融機関等から経営者保証
3
主たる債務の整理が法的債務整理手続または協議会
スキーム以外の準則型整理手続で行われている場合
●
ガイドラインの利用手続概要
(準則型私的整理手続)
手続に若干の違いがあるものの、主債務者の事業再
生ケースでは経営者保証人の保証債務の処理は
いがあります。
・主債務者、保証人双方が弁済について誠実であり、財産状
て主たる債務者たる事業者の再生計画策定支援を目的とし
ており、主たる債務者が廃業・清算の支援は行いません。
用するよりも多くの資産を手元に残すことができました。
その他の主要な要件として、
次のようなものがあります。
のが困難となります。また、協議会スキームは、原則とし
そのような場合には、保証債務のみを協議会スキームで整
理する「単独型」
※5
を利用することになります。
協議会スキームは、単独型においても基本的にガイドラ
インに定められる手順と条件に従って保証債務の整理がな
されます。但し、主たる債務の整理手続が終結した後に単
独型の保証債務整理手続に入る場合には、「対象債権者は
主たる債務の整理終結時点で、保証人からの回収を期待で
きる状況にあり、このような場合においては、自由財産
(原則として99万円の現金)の範囲を超えて保証人に資産
の付いた貸付債権等を買い取り、事業者(主債務者)の債
を残すことについて対象債権者にとっての経済合理性が認
務整理を行うと同時に、経営者の保証債務についてガイ
められないことから、残存資産の範囲は自由財産の範囲に
ドラインに従った整理手続を行うREVICの新しい業務です
(ⅰ)協議会スキームの特徴
※4
ンQ&A7-20参照)。
。本業務の目的は、保証債務の存在がネックとなり転廃
業等が困難であった経営者への支援を通して、経営者の
協議会スキームの手続の詳細は、「中小企業再生支援協
「再チャレンジ」を実現することにあります。具体的には
議会等の支援による経営者保証に関するガイドラインに基
REVICが、事業者及び経営者保証人の「弁済計画」を策定
づく保証債務の整理手続」及びそのQ&Aの形で公表されて
支援し、その弁済計画につき取引金融機関全行の同意を取
います。ガイドラインに準拠し、主債務者たる事業者と経
り付けるよう調整を行います。その弁済計画は、原則とし
営者保証人双方につき再生計画(弁済計画)を策定して、
て事業者が現在有する資産を換価して弁済原資とするこ
全ての金融機関から同意を取るという構造はREVICの事業
と、同様に経営者保証人が現在有する資産を評価して、ガ
再生支援と同様です。
イドラインに則り、その一部を保証履行に充て、残部(イ
REVICスキームと異なり、協議会スキームでは、主たる
ンセンティブ資産)を保証人の手元に残した上で、保証責
債務者の再生計画策定支援(いわゆる第二次対応)開始時
任の解除を要請することを内容とします。事業者は弁済計
までに保証債務の整理手続を開始している必要はないとさ
画を履行した後、原則として清算手続(特別清算手続)に
れています。しかしながら、主たる債務者の再生手続と保
より清算されます。REVICの事業再生支援や下記の2つの
証債務の整理手続を一体的に処理するためには、主たる債
スキームと異なり、事業者が廃業・清算する場合にも、事
務者の再生計画案に、保証人の弁済計画案を含める必要が
業者の債務と保証人の債務を一体整理できる点に特色を有
あることから、遅くとも主たる債務者に関する再生計画策
します。
定支援完了までには保証債務の整理手続を開始する必要が
※4 特定支援業務の詳細については、廣瀬泰文「REVIC法改正に係る特
定支援業務開始に向けた取組み」金融法務事情2006号28頁参照。
限定され」ることに留意する必要があります(ガイドライ
※5 なお協議会スキームの単独型の実例紹介として「破産会社の代表者に
ついて、中小企業再生支援協議会の支援により、『経営者保証ガイドライ
ン』を用いて、いわゆる『保証債務のみ』型の債務整理を行った事案」事
業再生と債権管理148号114頁があります。
あります。
なお、REVICの特定支援と異なり、原則として主たる債
対して債権放棄を要請する内容となっています。金融機関
務者の清算型(廃業型)の債務整理手続と保証債務の整理
に対して債権放棄を要請する場合には、必然的に経営者保
手続を一体的に処理することは想定されておりません。主
証人に対する保証履行の論点も発生します。REVICでは、
たる債務者が清算型の手続(例えば破産手続)を取る場合
ガイドラインが公表される以前から、原則として事業者の
には、保証債務の整理手続は「単独型」で行うことになり
再生計画と経営者保証人の弁済計画(私財の提供による保
ます。
証責任履行)を一体的に取り扱ってきました。経営者保証
人の弁済計画は、同人に対する私財調査と同人作成の表明
(ⅱ)単独型について
保証書(保有している私財を開示し、その他に保有資産が
ない旨を誓約する書面)を前提として、保証債務の一部を
主たる債務について法的整理手続が申し立てられた場合
履行し、その時点で発生する事業者に対する求償権を放棄
などは、ガイドラインを用いて保証債務を整理する必要が
することの見返りに、保証債務の残額を免除することを内
あるとしても、主たる債務と保証債務を一体的に整理する
36
37
Ⅱ 出口のスキーム
経営者保証ガイドラインによる保証債務整理の実務運用について
(3)特定調停スキーム
Ⅱ 出口のスキーム
経営者保証ガイドラインによる保証債務整理の実務運用について
(ⅱ)17 条決定
特定調停スキームでは、いわゆる「17条決定」を利用す
〈ポイント〉
●
●
全国の簡易裁判所で行うスピーディな手続。
手続利用前に調停条項案を策定し、金融債権者から
の同意取得の見込みを得ておく必要がある。
●
主債務者が廃業・清算するケースは想定されていな
いこと、「単独型」が想定されていることは協議会
スキームと同様。
●
いわゆる「17条決定」を利用することが可能で
ある。
4
ガイドライン実務運用上
の留意点
(2) 経営者保証人に保証債務以外の
プロパー債務がある場合
ることができる点も特徴です。17条決定とは、対象債権者
ガイドラインは経営者保証人の保証解除のためのルール
全員の同意が得られない場合に、一定の条件の下で裁判所
を提示するものであるため、ガイドラインの対象となる債
が当事者の合意に代わるものとして、権利の確認や支払
条件等の調停条項を示す決定です。この決定の告知から2
週間以内に対象債権者からの異議がなければ、この調停
条項に裁判上の和解と同一の効力が生じ、当事者を法的
に拘束することとなります。対象債権者のうち、「積極
(1)インセンティブ資産について
権者は、原則として保証債権者としての金融機関となりま
す。経営者保証人が、保証債務以外にプロパー債務(例え
ガイドラインの重要なメリットとして、経営者保証人が
ば自宅の住宅ローン、カードローンなど)を負担している
破産手続を回避できるとともに、破産手続をとるよりも多
場合、そのプロパー債権者は原則としてガイドラインの対
くの資産を手元に残すことができる、という点がありま
象債権ではありません。このようなプロパー債権者が存在
する場合であっても、そのプロパー債権者を巻き込まずに
的に賛成できないものの、積極的に異議まではださな
す。ガイドラインには、経営者の事業継続または事業清算
い」というスタンスを持つ金融機関がいる場合には非常
後の新たな事業開始等のため、「一定期間の生活費に相当
に有用な制度です。
する額」や「華美でない自宅」等を経営者保証人の残存資
が当該債権者との関係で偏頗的な弁済になるおそれが高い
産に含めることができる旨が記載されています。
場合や、逆に残存資産を多く残すこと(プロパー債権者の
特定調停スキームの手続の詳細は、日本弁護士連合会作
ガイドラインの事案では「一定期間の生活費に相当する
引き当て資産が増えることを意味する)が、債権者間の衡
成「金融円滑化法終了への対応策としての特定調停スキー
額」の具体的金額が論点となりますが、一応の目安はガイ
ム利用の手引き」(2014年12月12日改訂版)の形で公表
ドライン第7項(3)③及びガイドラインQ&A7-14に記載され
されています。主債務者たる事業者と経営者保証人双方に
ています。それによれば最大460万円程度の金額を手元に
つき経営改善計画(弁済計画)を策定し、全ての金融機関
残すことができるとされています。ただ、具体的事案にお
から同意を取るという構造は上記2つのスキームと同様で
いては、経営者保証人の状況(年齢、体調、家族構成、経
(ⅰ)特定調停スキームの特徴
※6
すが、特定調停スキームの特徴 として、主に下記の点が
挙げられています。
① 地方裁判所本庁併置の簡易裁判所にて実施する。
② 申立段階において、申立代理人が主体的に金融債権者と
調整を実施し、その後の特定調停によって同意が得られる
一定の見込みがあることを前提としている(事前調整
型)。
体的事案に適用するか、ということです。現状では公表さ
れている適用事例が少なく、今後の実務を積み重ねが待た
※7
れます 。実務上、多額の住宅ローンが残っている場合に
は、住宅の価値からローン残額を控除したうえで華美性の
④
経営者のケースで、経営者が自宅の評価額と同額の主債務
下の比較的小規模の中小企業の利用を想定している。
を免責的債務引受した上でこれを被担保債権として自宅に
なお、主債務者たる事業者の再生を目的としている点は
新たに抵当権を設定し、生存中は利息の支払いだけで自宅
支援協スキームと同様です。そのため、主債務者が清算型
を継続使用し、死亡時に売却処分して債務を返済する計画
38
ます。
す。「華美」という必ずしも客観的でない概念をいかに具
資産とする)ことは行われているようです。また、高齢の
※6 日本弁護士連合会日弁連中小企業法律支援センター編「中小企業再生
のための特定調停手続の新運用の実務∼経営者保証に関するガイドライン
対応∼」(商事法務、2015年)8頁( 井章光)。
画を作成するにあたりこのような点を配慮する必要があり
より悩ましい問題が、「華美でない自宅」の該当性で
Dを実施せず、1、2回の期日での成立を目指す。
独型」の特定調停スキームを取る必要があります。
平という観点から問題となる場合がありますので、弁済計
います。
判断をする(例えば、オーバーローン物件の場合には残存
の手続(破産や特別清算)を取る場合には、保証人は「単
ロパー債権者を除外して弁済計画を作成し、弁済すること
営責任の度合い、誠実性)によって個別に検討がなされて
③ 原則として、特定調停手続内において財務DDや事業D
目安として売上高年商20億円以下、負債総額10億円以
ガイドライン手続を利用することは可能です。ただし、プ
を作成するなど、良い工夫がなされた実例も存在するよう
です。
※7 公表されている実例報告として、須藤英章ほか「事業再生ADRにおいて、経
営者保証ガイドラインの利用により保証人である社長の自宅を残す債務整理案が成
立した事案」金融法務事情1993号6頁、森浩志「私的整理手続の現状と経営者保証
ガイドラインの適用事例」事業再生と債権管理146号13頁が参考になります。
39
Ⅲ 出口の事例
私的整理によるスーパーマーケットのM&A事例
図1 食料品スーパー年間商品販売額と売場面積
私的整理によるスーパーマーケットの
M&A事例
年間商品販売額(十億円 左軸)
30,000
18,000
16,748
16,000
12,000
山口 大樹
やまぐち ひろき
主に小売業などのサービス業の業績改善コンサルティング、ビジネスプラン策定
支援、M&A アドバイザリー業務、PMI 支援等に従事し、上場企業に対するコン
サルティング実績も多数。また、経営者向けセミナーの講師も多数実施。
POINT
17,047
16,829
13,198
20,716
11,297
18,246
10,000
15,569
8,000
4,000
17,106
15,904
14,768
14,000
19,207
16,386
24,000
食品スーパーマーケットが窮境に至る典型的なパターン
21,000
は、図3のように、売上減少が更なる売上減少の原因とな
18,000
12,000
9,000
10,410
8,747
6,000
2,000
3,000
0
2
27,000
15,000
12,669
6,000
山田ビジネスコンサルティング株式会社
コンサルティング事業本部 部長
売場面積(千㎡ 右軸)
20,000
食品スーパーマーケット
の窮境要因
0
1991 1994 1997 1999 2002 2004 2007 2010 2012
るという 負のスパイラル の中で、資金繰りが逼迫してい
くというものです。
商圏内の人口減少や競争激化等による来客数減少、売上
減少 売上減少に伴う商品の滞留増加 鮮度劣化による廃
棄ロス増加 客離れによる売上減少、廃棄ロス増加に伴う
利益率悪化 更なる客離れ・売上減少 不採算店舗閉鎖
閉店セールによる損益悪化、店舗の閉鎖による資金流出
図2 売場面積1㎡当りの年間商品販売額
資金繰り悪化により新規出店・店舗リニューアル困難 更
年間商品販売額(千円)/売場面積(㎡)
1,400
1,200
1,000
なる売上減少・・・・という悪循環です。
1,291 1,268
1,166
また、食品スーパーマーケットは現金売上・掛仕入が中
1,076
971
934
891
812
心であるため、売上が減少することにより、損益の悪化
800
だけでなく、マイナスの回転差資金によっても、資金繰
600
りが悪化します。マイナスの回転差資金とは、現金売
事業を継続し、手続き中の事業価値の毀損を最小限に抑えることです。本稿のA社の
400
上・掛仕入の事業において、売上減少時には、当月の少
200
ない売上入金で前月以前の多い仕入代金を支払わなけれ
の取引に与える悪影響を最小限に抑えるという観点から、私的整理により、
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0
食品スーパーマーケットの抜本的な再生策のポイントは、再生手続の前後を通じて
再生にあたっては、
自力での再生が困難であること、商圏内での風評リスクと仕入先と
に食品スーパーマーケット事業の譲渡を行いました。
ばならないことにより発生する不足資金のことです。
1991 1994 1997 1999 2002 2004 2007 2010 2012
出所: 図 1 図 2 と も に 2 0 0 7 年 以 前 は 経 済 産 業 省 「 商 業 統 計 ( 業 態 別 )」
2012年は同省「経済センサス(業態別)
食料品スーパー:食料品が70%以上、売場面積250平方メートル以上
店舗を閉鎖するときに発生するマイナスの回転差資金は
多額になります。その店舗にかかる売上がゼロになるから
です。
加えて、店舗閉鎖に先立って行われる閉店セールにより
今後、食品スーパーマーケット業界の市場規模は、総人
損益は悪化します。
口・生産年齢人口の減少により、縮小していくと予測しま
店舗閉鎖時には、店舗人員の退職金等、閉鎖店舗が賃借
す。また、同業者との競争に加えて、コンビニエンススト
店舗であれば原状回復費用や中途解約にかかる違約金の支
アやドラッグストア等との競争により、競争環境は、ます
払が発生します(他方、差入保証金・敷金の返還による入
ます激化していくと考えます。この業界は、日本の内需型
金もあります)。また、店舗建物をテナントに賃貸してい
産業の市場・競争環境の縮図ともいえる様相を呈していく
る場合は、テナント退去に際しての預かり保証金・敷金の
販売額と売場面積の推移です。年間商品販売額は、99年以
ことになりそうです。このような環境のなか、業界内にお
返還資金・中途解約にかかる違約金や立退き料なども必要
降、横ばい傾向に転じますが、売場面積は、同年以降も拡
ける優勝劣敗はますます鮮明になってきており、今後も、
です。 このように店舗閉鎖を行う場合には、多額の資金
大傾向が続いています。
借入が多いスーパーマーケットを中心に、抜本的な再生を
が流出するため、資金繰りが逼迫している企業では、赤字
図2は、これらを基に作成した売場面積1㎡当りの年間商
必要とするケースが増加していくと予測します。
店舗でも閉鎖できない事態に陥ることがあります。
1
食品スーパーマーケットを
取り巻く環境
図1は、経済産業省「商業統計(業態別)」「2012年経
済センサス(業態別)」による食料品スーパーの年間商品
額に対する利益の割合(投下資本利益率、ROIといいま
す)の低下を意味します。
投資資金の多くを借入で賄っている企業では、ROIの低
下は、借入金残高に対する利益(キャッシュ・フロー)の割
合、つまり借入金償還能力の低下に直結します。
品販売額です。91年以降一貫して減少傾向にあります。既
存店ベースの売上が減少する中、個々の企業が、売上拡大
を目指して、新規出店や店舗の増床を行った結果、業界全
体では、このような動きになったものと推測します。
売場面積の拡大は、店舗への投資額や賃料の増加だけで
なく、店頭在庫の増加、人件費その他の店舗コストの増加
を意味しますので、売場面積当りの販売額の減少は、投資
40
41
Ⅲ 出口の事例
私的整理によるスーパーマーケットのM&A事例
Ⅲ 出口の事例
私的整理によるスーパーマーケットのM&A事例
4
図3 食品スーパーマーケットの 負のスパイラル
・商圏内の人口減少
A 社の出口
(2)法的整理か私的整理か
抜本的な再生策の実現手続には、法的整理と私的整理が
・競合店との競争激化など
あります。
民事再生等の法的整理では、倒産情報が商圏内に広まり
不採算店閉鎖
ます。法的整理の場合、消費者の購買心理への悪影響(例
えば、倒産したスーパーで販売している生鮮食品は本当に
マイナスの回転
差資金の発生
売上減少
商品の滞留増加
(鮮度劣化)
安全なのか? など)が懸念されます。また、法的整理は、
仕入先の債権カットを伴います。そのため、商品仕入が現
店舗閉鎖による
資金流出
金取引になるか、最悪、取引に応じてもらえず店舗に商品
が並ばない恐れもあります。
本事例では、事業価値の毀損を最小限に抑えるために私
新規出店・
店舗リニューアル困難
的整理による再生が望ましいとの結論に至りました。私的
廃棄ロス発生
整理では、一般に、その事実が公表されず、また、借入金
などの金融債務だけがカットの対象になり、仕入債務はカ
ットの対象外となるからです。
損益悪化
なお、本事例では、問題にならなかったことですが、も
資金繰り悪化
閉店セールによる
損益悪化
し、A社の仕入債務残高が多額である場合、私的整理を選
(1)自力再生の可能性
択できなかった可能性があります。仕入債務残高が多額に
なる場合には、これをカットしないと債務超過を解消でき
借入金返済
負担増大
3
口減少が続く中、スーパーマーケットだけでなく、コンビ
A 社の状況と課題
ニエンスストアやドラッグストアの出店が相次ぎ競争が激
化したことにあります。また、赤字店舗を閉鎖できないこ
とにあります。
A社は、北関東のN市を中心に店舗を展開する食品スー
売上減少が続く中、本部コストや食品加工センターの運
パーマーケットです。A社の全盛期である90年台の後半に
営・維持費等の固定費が収益を圧迫し、直近3ヵ年は連続
は12店舗で140億円の売上を計上していましたが、現在で
で赤字となりました。さらに過去の新店出店投資、食品加
は8店舗で65億円まで売上が減少しています。この主要な
工センター建設投資の際に調達した借入金の返済負担が重
原因は、90年代後半からA社商圏内の総人口・生産年齢人
く、資金ショートが迫っている状況でした。
喫緊の課題である資金ショートを回避すべく、A社は、
ない、仕入債務をカットせずに借入金のカット額を増やし
金融機関に約定弁済の一時停止の依頼をした後、直ちに再
て解消すれば、金融機関における経済合理性、ひいては私
生手法の検討を行いました。最初に検討したのは、自力再
的整理の成立が困難になるからです。仕入債務の支払を先
生の可能性です。
に伸ばして資金繰りを回している等の場合には、仕入債務
A社の借入金残高は20億円強に対して、A社の将来の営
残高が膨らんでおり、注意が必要です。
業キャッシュフローの見込み額は、売り場改善やコスト削
減などの自助努力の効果を最大限織り込んでも、年間20百
万円程度しかありません。将来の設備投資支出をゼロと仮
定しても、借入金完済には100年かかるということです。
営業キャッシュフローが年間20百万円程度に過ぎないの
は、A社商圏で高齢化と人口減少による市場縮小の継続が
見込まれる中、商圏内の競合が減少しそうにないことに加
え、閉鎖できない赤字店舗があるためです。A社の店舗の
一つでは、大幅な赤字が続いていました。この赤字はA社
の主な窮境要因でした。この店舗は好立地で、リニューア
ル投資を行えば、黒字化が見込まれましたが、A社にはそ
の資金がありません。
この店舗を閉鎖すると大幅な赤字が無くなりますが、A
社には閉鎖に必要な資金もなく、赤字垂れ流しを黙認する
しかありません。
A社の社長は、資金が無ければ窮境を脱出できないこと
を認識し、自力再生を断念し、事業をスポンサーに売却す
ることを決断しました。
42
43
Ⅲ 出口の事例
私的整理によるスーパーマーケットのM&A事例
Ⅲ 出口の事例
私的整理によるスーパーマーケットのM&A事例
譲渡対象となる商品を確定させるため、本事例では、譲
事業譲渡についての説明会を開きました。X社が全従業員
から選任された破産管財人から、事業譲渡代金による仕入
渡日の前日の店舗閉店後に、全店舗で一斉に実地棚卸を行
を引き継ぐ意向を持っていること、処遇は現状よりも悪く
債務や金融債務の弁済を偏頗弁済として、否認権を行使さ
いました。
ならないことを、A社社長は誠意をもって説明しました。
れるリスクがあります。
仕入債務は、譲受会社に承継せず、譲渡会社で支払うこ
結果、何の混乱も無く、A社従業員は、事業譲渡を受け容
優先弁済の対象となる債務うち、以下のものには、特に
と、その際、仕入先に預け入れていた取引保証金と相殺さ
れることができました。
気をつける必要があります。これらは、事業譲渡や清算な
れることが一般的です。譲受会社が譲渡会社の仕入先との
その後、X社の人事部長によるA社の従業員面談が実施
どの特別な事実によって、発生・顕在化するため、見落と
取引を継続する場合には、改めて取引保証金を差し入れる
されましたが、ここで大きな問題が起きました。X社の人
しやすいといえます。
ことになります。
事部長は、面談時に、多数のA社の従業員に「再生会社の
・事業譲渡によって発生する消費税。
② 店舗の承継
ダメ従業員」との趣旨の発言を行い、A社の従業員の半数
・サービス残業にかかる時間外手当。A社では、サービ
自社所有の店舗では、店舗不動産がスポンサーへ譲渡さ
近くが、譲受会社での再雇用を拒否するという事態に陥っ
ス残業の実態を把握できていなかったため、退職時に
れるため、担保権者から担保解除を受ける必要がありま
てしまいました。この事実を知ったX社社長は、即刻、A
従業員から未払時間外手当がない旨の確認文書をもら
す。A社の自社店舗では、取引先金融機関が、本再生につ
社の全店舗を訪問し、A社従業員に個別に謝罪し、この混
っていました。
き理解を示していたことから、速やかに担保解除の同意を
乱は収まりました。この件は、A社従業員のX社社長に対
・譲渡会社が厚生年金基金に加入している場合の基金
取り付けることができました。
する信頼感を醸成するきっかけとなり、事業譲渡後の店舗
の積立不足額。譲渡時の従業員の退職により厚生年金
賃借店舗では、賃貸人の同意が必要です。A社の店舗に
運営にプラスに作用することになりました。なお、X社の
基金から脱退することになる場合、譲渡会社は、当該
は、自社所有の店舗建物の敷地を賃借しているものがあり
人事部長は、この件により、更迭・降格され、ほどなくX
基金から、その時点における積立不足額の一括拠出を
A社の買い手候補は、A社オーナーの親戚が経営する食
ました。この敷地の所有者(賃貸人)が多数いたため、必
社を退職するに至りました。
求められます。この拠出にかかる債務も優先弁済の対
品卸・小売業のX社で、金融機関もX社がスポンサーにな
要な同意も多数となりましたが、幸い、全ての賃貸人との
④ 酒類販売業免許の承継
象です。本事例では、譲受会社が同じ基金に加入する
ることに同意する意向を示していました。
関係が良好で、A社は事前に全ての同意を得ることができ
酒類販売を行う経営主体の変更および販売場所を変更す
ことを条件に、A社は積立不足の拠出を免れました。
A社の事業価値の毀損を最小限にするには、X社へ短期
ました。
る際には、申請を行い、改めて免許を取得する必要があり
間でスムーズに事業を移転することが必要です。会社分割
なお、店舗建物をテナントに賃貸している場合には、
ます。
これらの取り組みの結果、商圏内の消費者や取引先に混
で事業を移転する場合、債権者保護手続だけでも1ヶ月以
この賃貸人の地位の承継のため、テナントからの同意が
本事例では、酒類販売を行う経営主体がA社から譲受会
乱を生じさせることなく、A社は、譲受会社に全ての店舗
上の期間を要することから、本事例では、会社分割よりも
必要です。
社に変わります。したがって、事業譲渡実行日までに、譲
と従業員をスムーズに承継させることができました。
短期間で実行可能な事業譲渡によることになりました。事
③ 雇用の承継
受会社で酒類販売業免許を取得しておかなければ、事業譲
再生手続の前後を通じて事業を継続することにより、事
業を譲り受けるのは、X社が新設する会社です。
事業譲渡の場合、A社の従業員を譲受会社に承継するた
渡実行日から酒類販売ができなくなります。本事例では、
業価値の毀損が最小限に抑えられ、従業員、譲受会社、債
食品スーパーマーケット事業の譲渡を行う際は、以下の
めには、従業員がA社を一旦退職し、譲受会社で再雇用さ
事業譲渡実行までに事前申請を行い、譲受会社で事業譲渡
権者のいずれにも望ましい結果を得ることができます。
点に特に注意が必要です。
れることが必要です。A社は退職時点で未払となっている
日から酒類販売ができることになりました。
① 商品の承継、仕入債務の承継
給与、時間外手当、退職金等を支給する必要があります。
⑤ システムの承継
商品の承継には、譲渡会社の商品を譲受会社が承継する
従業員の個別の同意があれば、これらの未払金を譲受会社
譲受会社が同業者の場合、商品マスタ、受発注システム
場合と譲渡会社で商品を売り切って譲受会社が承継しない
に承継し、譲受会社で支払うことも可能です。
などの統一が必要です。
場合があります。
A社は、譲渡時に、譲渡代金により、これらの未払金を
譲渡会社のポイントカードシステムを、譲受会社のポイ
X社は、当初、後者を希望していました。A社から譲り
支払いました。退職時に未消化有給休暇を買い取る規約や
ントカード政策に合わせるのであれば、システムの統合作
受けた商品に賞味期限切れなどの問題がある場合の責任を
慣行がある会社では、この買取代金の支払が必要です。A
業や旧ポイントカードからの切り替えも必要です。
回避するためです。後者の場合、譲渡会社で、商品を売り
社にはそのような規約等はありませんでした。
⑥ 事業譲渡や会社清算によって発生・顕在化する債務の把握
切るためのセール(閉店セール)を行うことが一般的で
ここでの問題は、譲渡会社に未払いの労働債務が残って
譲渡会社は、事業譲渡後に、譲渡代金から金融機関に弁
す。このセールでは大幅な値下げが必要であり、この売上
しまうことです。また、譲渡会社が厚生年金基金に加入し
済を行い、特別清算手続に入りますが、特別清算開始時点
代金だけではセール商品にかかる仕入代金の支払ができな
ている場合、基金の積立不足額の有無にも注意が必要で
で、租税債務や労働債務などの優先弁済の対象となる債務
くなります。A社の社長は、X社の社長にその事情を粘り
す。これらの点は⑥で解説致します。
が残っている場合は問題です。
強く説明し、譲受会社に商品を買い取って貰えることにな
本事例では、X社との基本合意が成立した後、A社社長
このような債務を弁済できない場合、特別清算手続は、
りました。
は、直ちに、パート・アルバイトを含む 全 従業員を対象に
終結できなくなり破産手続に移行します。その際に裁判所
(3)事業譲渡による M&A
44
45
Ⅲ 出口の事例
私的整理による建設業のM&A事例
Ⅲ 出口の事例
私的整理による建設業のM&A事例
2
私的整理による建設業のM&A事例
しかし、国内の建設市況の悪化に伴い90年代後半からB社
建設業の窮境要因
建設業者の典型的な窮境要因は、資金繰りの逼迫が、更
なる採算悪化、ひいては資金繰り悪化の原因を招く、とい
う 負のスパイラル 状態に陥ることです(図3)。大口工
事にかかる完成工事未収入金の貸倒れが発生する等の事由
により資金繰りの悪化が始まると、足元の資金繰りを確保
山田ビジネスコンサルティング株式会社
コンサルティング事業本部 副部長
するために、赤字でも前受金が貰える工事を受注する、支
払いに回す資金を借り入れるために赤字工事でも受注する
潮 真也
等により、工事の採算が悪化し、更なる資金繰りの逼迫を
うしお しんや
建設業を中心に、再生局面から成長局面まで幅広いステージの経営課題改善に従事。
中期事業計画策定及び社内プロジェクト推進支援、管理体制構築支援の役務実績多数。
農林漁業成長産業化支援機構の出資による 6 次産業化ファンド運用責任者。
POINT
は、国土交通省の調査による建設投資額の推移です。図1
30
によると、民間工事は90年に56兆円、公共工事は95年に
20
35兆円のピークに達し、その後、減少傾向が続いていま
10
す。また、図2によると、建設投資は90年に52兆円、土
0
木は95年に38兆円のピークに達し、その後、減少傾向が
続いています。国内の総人口・生産年齢人口減少を背景
予測します。
断したことから、C社の清算を決断しました。
ります。
ところが、C社を清算する過程で、C社が大規模な粉飾
ました。B社のC社に対する貸付金残高は、C社の純資産額
赤字工事と認識
しつつも受注せざるを
得なくなる
民間
将来の利益よりも
足元の資金繰り確保を
優先せざるを
得なくなる
20
発生しました。B社は、C社清算に伴う貸倒損失と追加損
失のため、債務超過に転落し、追加の資金拠出により手元
建設業者がこのような 負のスパイラル から抜け出すた
過の額によっては、資金繰りの安定化を図るための前提と
して、債権放棄等やM&Aなどの抜本的な再生策が必要と
52
46
なります。
31
30
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2009
2010
2011
2012〔 見込)
2013〔 見込)
2014〔 見込)
10
出所: 図1図2ともに国土交通省「建設投資の推移(名目値)」
B社は、このような状況にありながらも貸倒損失を計上
せず、追加損失は貸付金として資産計上しました。B社の
社長が恐れたのは、C社清算による債務超過転落と今後の
資金調達が困難になることだけではありません。実は、B
めには、資金繰りの安定化が必要です。過大借入・債務超
38
46
資金繰りが
逼迫する
資金残高も大幅に落ち込んでしまいました。
34
50
0
ては、現地従業員に対し規定を超える退職金や規定に無い
収不能となるだけでなく、C社に対する追加の資金拠出も
建設投資(住宅・非住宅計) 土木
40
補填資金だったということです。また、C社の清算に際し
手当を支払わざるを得ない状況も発生し、貸付金全額が回
図2 建設投資額
(兆円)
の推移
(建設投資 土木)
60
社の事業継続が困難になりました。B社の社長は、B社にC
身も自社の財務実態を把握することが困難になることがあ
28
に、建設投資額の減少傾向は、今後も続いていくものと
む幹部社員の多くが現地のライバル企業に引き抜かれ、C
ンディングさせればC社への貸付金全額を回収できると判
48
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コンの下請業者間の競争が激化する中、C社のトップを含
粉飾するケースも少なくありません。この場合、経営者自
工事の採算性が
悪化する
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2012〔 見込)
2013〔 見込)
2014〔 見込)
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からの借入で賄っていました。その後、海外での大手ゼネ
を上回っていましたが、その実態は運転資金ではなく赤字
56
50
金はB社からの借入で賄い、B社はその資金をメインバンク
には厚い純資産が積み上がっているため、C社をソフトラ
図3 建設業者における 負のスパイラル
図1 建設投資額
(兆円)
の推移
(公共 民間)
建設業は、典型的な内需型産業の一つです。図1と図2
模を拡大していきました。事業規模拡大に伴う増加運転資
悪化が進むと、資金調達や許可等継続のために、決算書を
考慮し、私的整理で会社分割を実行し、
スポンサーに建設業事業を移転しました。
60
C社は、設立して2年目から黒字を達成し、順調に事業規
社を建て直すことができる人材がいないこと、また、C社
B社の再生にあたっては、過去に不適切な会計処理を行っていた経緯や風評被害等を
建設業を取り巻く環境
を設立しました。
招くことになります。このような状況が続き、財務状況の
負のスパイラル や許可等継続の必要など、業界特有の問題を踏まえることです。
1
手ゼネコンの海外工事を受注するため、海外現地法人C社
を行っており、実態は大幅な債務超過であることが判明し
建設業者の再生策立案・実行に際してのポイントは、資金繰り逼迫に端を発した
公共
の収益は次第に減少へと向かう中、B社は挽回策として大
3
社は、C社清算前から長年にわたり粉飾決算を行ってお
り、この件を機にこれまでの粉飾が発覚し、既存の借入金
に対する回収圧力が強くなることも恐れていたのです。
弊社がB社に対するコンサルティングを開始した時点で
は、長年にわたる粉飾の結果、B社の社長も経理部長も、B
社の実態が分からなくなっていたため、弊社担当者は、最初
B 社の状況と課題
にB社の関係者とともに過年度の帳簿及び関係書類一式を手
がかりに実態調査を行いました。調査の結果、B社の実態
は、C社に対する貸倒損失等が無かったとしても大幅な債
B社は創業50年を迎える建設業者であり、創業当時から
務超過であることが判明しました。この結果を受けて、B社
設計力・技術力に定評があり業容拡大を続けていました。
の社長は退任し、営業担当常務が新社長に就任しました。
47
Ⅲ 出口の事例
私的整理による建設業のM&A事例
4
B 社の出口
Ⅲ 出口の事例
私的整理による建設業のM&A事例
図5 会社分割・事業譲渡が建設業許可等に与える影響
(3)会社分割による M&A
項 目
建設業許可は、会社分割・事業譲渡では引継ぎができないため、会社分割・事業譲渡を行う場合に
B社は過去に粉飾決算を行っていたため、建設業の許可を
(1)自力再生の可能性
取り消されるリスクがあり(建設業法第29条1項5号)、こ
許 可 の 引 き 続 き
のリスクを排除するために、事業をB社からY社の子会社
事業の移転方法は会社分割となりました。事業を移転
工事の受注チャンスを民間工事に見出すという方針を掲げ
する方法には、会社分割と事業譲渡がありますが、本件
ましたが、民間工事を今まで以上に増やすためには、多額
で 会 社 分 割 が 選 択 さ れ た 主 な 理 由 は 、 消 費税の問題で
の運転資金(工事立替資金)が必要です。B社の資金繰り
す。事業譲渡により資産が移転する場合は消費税が発生
は不安定であり、大幅債務超過のB社には運転資金の調達
しますが、会社分割では発生しません。本件では、Y社
は困難でした。自助努力による再生には限界があり、B社
が消費税を一時的にせよ先行支出することを嫌い、会社
の新社長は、M&Aによる再生を決断しました。
分割で移転することになりました。会社分割のステップ
B社の新社長(以下、現社長)は、B社の筆頭株主である
は図4の通りです。
了承しました。メインバンクもM&Aによる再生、M&Aに
際して債権放棄が必要になることに理解を示しました。ほ
どなく、B社の技術力と営業地域に興味を持つ同業のY社が
しかし、会社分割・事業譲渡により貸借対照表・損益計算書の内容が変化する為、評点が低下
入札参加資格への影響
になる
る、という破格の好条件を提示してきました。前社長は大
変乗り気で、Z社も株式譲渡契約の調印を急いでいました
が、現社長はあまりのうまい話やZ社の担当者の言動や立
ち居振る舞いに嫌な予感を感じていました。前社長とZ社
社会的勢力と噂される人物がいることが判明しました。B
社の現社長が直ちにこの話を断ったことはもちろんです
が、前社長も冷静になり現社長の判断を支持しました。結
局、買い手をY社とすることが決まり、B社とY社で基本合
意が取り交わされました。
法人格が変更するため入札参加資格は原則再度取得する必要があり、事務手続きの時間が必要
格付に変動が発生する場合、本業への影響について慎重な判断が求められる
組織再編の実施にあたり、公共工事が受注できない期間が発生する(概ね 3 ヶ月程度)
受注停止期間の発生
STEP1 新会社設立
B社
(分割会社)
STEP2 会社分割
Y社
(スポンサー)
B社
(分割会社)
会社設立
(100%子会社)
D社
(受け皿会社)
100%子会社
会社分割
D社
Y社
(スポンサー)
分割対価で弁済し、残債務
はその後の特別清算で処理
金融機関
建設事業
建設事業
Y社から受け入れた資金に (受け皿会社)
より分割対価を支払
STEP3 金融機関への弁済、清算
B社
(分割会社)
Y社
(スポンサー)
100%子会社
D社
(受け皿会社)
建設事業
※一般的には、発注工事量が減少する冬に会社分割・事業譲渡を実施することが多い
進行中の公共工事については、工事を承継するために予め発注者の承諾を得る必要がある
② 支払手形の承継
これらの点は、前稿「私的整理によるスーパーマーケッ
多くの建設業者は、工事未払金決済のため約束手形を振
トのM&A事例 4. A社の出口 (3) 事業譲渡によるM&A ③
り出しています(勘定科目は支払手形)。B社も下請業者
雇用の承継 ⑥事業譲渡や会社清算によって発生・顕在化
に対して手形を振り出していましたが、その受け皿会社へ
する債務の把握」をご参照ください。
の移転は、経理上B社と受け皿会社のそれぞれで支払手形
を移転・受入処理を行い、実際の決済は、手形期日到来の
以上の検討及び取り組みを行った上で、Y社の社長がB
都度、受け皿会社がB社の当座預金口座に決済資金を振り
社の現社長とともに、工事の発注者(施主)を個別訪問し
込み、B社で決済するという処理を行いました。
会社分割の内容と目的を説明したことにより、受け皿会社
③ 雇用の承継、分割後の会社清算によって発生・顕在化
への会社分割について大きな混乱は起きませんでした。
する債務の把握
建設業再生のためには、資金繰り逼迫に端を発した 負
のスパイラル 、許可等継続など建設業特有の問題を踏ま
の担当者に急かされ、資金繰りにも追われる中、現社長が
Z社との話を先送りしている間に、Z社の親会社の役員に反
する可能性がある
図4 会社分割による再生型M&Aのステップ
先、B社の前社長が別の買い手候補Z社を連れてきました。
は、大幅債務超過を抱えたままのB社株式を有償で買い取
原則として工事実績を引継ぐ事は可能
(公共工事標準請負契約約款第 5 条)
買い手候補として現れ、M&Aは順調に進むかと思った矢
Z社は上場企業の子会社で建設業ではありません。Z社
一式、建築工事一式)の許可取得に、通常4ヶ月程度の期間が必要)
経営事項審査への影響
B社の前社長に、B社の現状とともに、M&Aによる再生し
か選択肢が無いことを説明し、前社長もそのことを理解・
は、受け皿会社で新たに取得する必要がある(受け皿会社が申請を行う予定の2業種(土木工事
特定建設業許可を取得・維持する場合、資本金2千万円以上・純資産4千万円以上等の条件がある
(以下、受け皿会社)に移転することにしました。
新社長体制の下、業績改善案が検討され、B社は新たな
主 な 論 点
建設業の会社分割・事業譲渡に際しては、以下の点に特
えた抜本策を検討することが必要です。
に注意が必要です。
① 建設業許可・経営審査事項・入札資格等への影響
会社分割・事業譲渡により建設業許可を移転すること
は、原則として、できませんので、受け皿会社で新たに取
得する必要があります。また、公共工事を受注している場
合には、会社分割・事業譲渡が与える経営事項審査や入札
(2)法的整理か私的整理か
資格への影響を検討する必要があります。これらについて
の主な留意点が図5です。
B社は多数の下請協力業者を抱えていることから、法的
整理手続を採った場合、風評被害による事業の毀損のみな
らず、下請業者が連鎖倒産することにより事業継続が困難
となることも懸念されました。そこで、本件では、私的整理
により、債権放棄を伴うM&Aを目指すこととなりました。
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