オンラインゲームの世界における集団 序論 「ネトゲ廃人」という言葉を聞いたことがあるだろうか。オンラインゲーム、いわゆる ネトゲは、インターネットを介して複数の人が同時に参加して行われるコンピュータゲー ムだ。ゲームによって様々なシステムがあるが、基本的には他のプレイヤーとコミュニケ ーションをとることができ、協力や対戦をしつつゲームを進めていく。近年このようなゲ ームにのめりこみ、現実世界での生活よりもゲームのプレイを優先する人が増えており、 社会問題となっている。このような人にとっては、オンラインゲーム上での所属集団が準 拠集団になっていると言える。家族や友人との身の回りの人間関係を犠牲にしてまで、会 ったこともない画面の向こうの人とのゲームプレイを重視することに疑問を持ち、このテ ーマを選んだ。 これほどまでにオンラインゲームが人を惹きつけるのはなぜだろうか、教科書第 3 章「集 団」の観点から考察していく。 オンラインであることの特徴 オンラインゲームは他のゲームとどのような点で異なっているのか。一つ挙げられるの は「終わりのなさ」 iだ。オンラインゲームには明確なゲームクリアがない。だからゲーム を辞めるか辞めないかはプレイヤーに委ねられる。しかし、これは学校や仕事をおろそか にさせるほどの魅力とはいえない。どれほど面白いゲームであってもコンテンツには限り があるため、やがて飽きが出てくるだろう。オンラインゲームの魅力はやはり、他者の存 在にある。オンラインゲーム上での交流には様々な形があり、ゲームによって多少の違い はあるだろうが、協力してゲームの進行を進めること、逆に競い合い、妨害し合うことが 挙げられる。そのようなインターネットを介した他者との交流がオンラインゲームを辞め られないという状況を作り出していると考えられる。 1 インターネット上での人間関係 では、ここでは視野を広げてオンラインゲームに限定せず、インターネットを介した人 間関係全体について、現実世界のそれと比較して掘り下げる。 インターネットの大きな特徴は、その匿名性だ。相手が自分の情報を全く知らないとい う事実は対人不安を低め、人間関係形成のハードルを下げる。 ii同時に、これはいくらでも 嘘をつくことができ、片方の意思で関係を切ることができるということを意味している。 インターネット上での人とのつながりは対面状況と比べると非常に切れやすく、形成しや すいものである。また、基本的に文字を媒介して行うコミュニケーションであることから、 自分の内面を表現しやすい。ネット中毒傾向にある人は自己開示傾向も強いという調査結 果 iiiがあるが、インターネット上では自分自身の性格や好きなこと、嫌いなことを明白に表 現でき、同様の性質を持つ人と選択的に交流できるため、内面の深い部分を共有した人間 関係を築くことができる。外見や地位など他の要素の排除もあいまって、深い関係の形成 という面では現実世界よりも容易であると考えられる。このように、インターネット上で の人間関係は非常に脆いものであると同時に、親密になりやすいものでもある。一見、手 軽で薄いつながりのように見えるが、深く、重要なものになり得るのだ。 オンラインゲームでの人間関係 それでは、オンラインゲームではどうだろうか。 オンラインゲームのプレイヤーには、まず「そのゲームをプレイしている」という大き な共通点がある。ゲーム内世界に関する話題は多岐にわたり話は尽きないことから、プレ イヤー間での会話内容は主にこれらの話題に絞られる。現実世界での自分の情報や、自分 の内面的性質についてほとんど触れることなく交流を続けることができ、掲示板やチャッ トなどの他のインターネットを介した機能よりも、それぞれのプレイヤーにとって、現実 世界における姿の影が薄い。あたかもゲーム内世界で生きている人どうしが交流している ようだ。 また、多くのオンラインゲームには少数あるいは多数で協力しなければ達成できない要 素が組み込まれており、同じ目的を持つプレイヤーが集まって攻略を目指す。このような 集団の形成は多くの場合ゲームシステムによってサポートされており、ギルドやクランな どの名称で呼ばれている。ゲームをプレイする上で集団を形成する必要があるため、他の インターネット上の機能よりもオンラインゲームでは、自然と人と出会う機会が多くなる。 このように形成されたゲーム内集団は協力したゲームプレイを目的としたアソシエーショ ンであるが、多くの場合、コミュニティの要素を含んでいる。その割合は集団ごとに異な り、厳格なルールと役割が定められたアソシエーションの色が濃い集団もあれば、構成員 一人一人の心理的つながりを重視したコミュニティの要素が大きい集団もある。プレイヤ 2 ーはそれらのゲーム内集団の中から自分に合ったものを選ぶことができ、一つの集団で同 じ目的を目指して励むことで、集団のつながりは深まっていく。ゲームプレイを通して誰 かに必要とされることは気持ちよく、その集団とゲームへの依存度を高めるだろう。この ような性質から、ゲーム内の住人としての自分にとって、ゲーム内集団は現実世界で所属 する集団よりも居心地がいいものになり得る。 以上のように、オンラインゲームでは集団が形成されるが、ここでオンラインゲームの ある性質が問題となってくる。協力し合ってゲームを進めるためには、同時にゲームに接 続している必要があるのだ。そして、多くの場合、ゲームのプレイにはある程度のまとま った時間がかかり、学生であったり社会人であったり、全く異なった現実世界での立場を 抱える人達が同時にゲームにログインすることは難しい。オンラインゲーム上でのつなが りを維持するためには、それぞれが現実世界での生活を制限してゲームを優先する必要が ある。 結論 要するに、オンラインゲームの魅力とは「人とのつながり」の魅力なのだ。インターネ ットを介したゲームの世界では、このつながりを作り出しやすく、人によっては現実世界 よりも居心地のいい居場所を見つけることができるだろう。しかし、それを維持するため には多くの時間が必要であり、現実世界での生活と両立することが困難である。ゲーム内 世界で過ごす時間が増えるにつれて現実世界の重要度は下がり、ゲーム内集団が自身の準 拠集団となっていく。これが「ネトゲ廃人」を生み出すのではないだろうか。 i 平井大祐・葛西真記子『オンラインゲームへの依存傾向が引き起こす心理臨床的課題』 http://ogrl.main.jp/study/ogr02.pdf, 2012.7.28 ii 西村洋一『対人不安、インターネット利用、およびインターネットにおける人間関係』 http://ci.nii.ac.jp/els/110002785387.pdf?id=ART0003125415&type=pdf&lang=jp&host =cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1343725350&cp=, 2012.7.28 iii 中川祥一『ネット中毒は孤独感を誘起するか』年間人間科学第 29 号第 2 分冊,2008,p53 3
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