「ニューヨーク市内での日系小売事業の事例」 中小企業診断士 平山幸江

「ニューヨーク市内での日系小売事業の事例」
中小企業診断士 平山幸江氏
はじめに
平山氏は 1993 年よりニューヨークを拠点に活動。イオン USA、フェリシモ NY
などを経て 2010 年に独立後、米国に進出済の小売企業の売上強化支援サービス
を開始。今回のプレゼンテーションではニューヨーク市内での日系小売事業の
事例を参考とした小売販売業出店に向けたポイントを解説する。
小売販売業出店の意義-なぜニューヨーク地区に出店したいのか-

世界有数のショッピング街に出店することで、グローバルブランドとして
のイメージアップと広告宣伝効果がある
例えばユニクロは2011年に5番街に出店した際、柳井会長が「5番街への出店は
一生の悲願であった」と説明していたのが印象的だが、マンハッタン、特に5番
街への出店が夢であると語る大企業は少なくない。すでにニューヨークで5店舗
出店済だった無印良品も、2015年11月に5番街に出店した。マンハッタンの中心
地に出店することは理屈を超えた強い思いがあるようだ。
 本社社員の士気喚起
自分たちのブランドや会社がニューヨーク、パリ、ミラノなど大都市に出店し
ていると、誇りだと感じる社員が多い。
 高い売上生産性を背景に高水準の売上獲得
ニューヨーク地区は売場面積あたりの売上効率が高いという大きな期待を持つ
企業が多い。実際に、5番街のティファニー社店舗やアップル社店舗をはじめと
して、5番街店舗の売場面積当たり売上が全米平均に比べて二桁以上高いという
ブランドもあり、うまくいけば売上の大幅な向上を見込むことができる。
 最新トレンド情報収集拠点
最新のトレンド、生の顧客の声が聞こえるというメリットがある。
小売販業出店のリスク-ニューヨーク地区出店特有のリスク-
 短期収益化が困難
ニューヨークは出店コストが圧倒的に高いことから、収益化に時間を要する。
 良い不動産物件との巡り合いの難しさ
ブランド直営店として一般的に1,000スクエアフィート(約93平方メートル)か
ら3,000スクエアフィート(約279平方メートル)ほどの土地が必要となるが、
マディソン街や5番街にはそれより大きな商業物件が多く、探しているサイズの
空き物件は少なく、他企業との競争も大きい。
 優秀な人材獲得の難しさ
ニューヨークでは優秀な人材を獲得するのが難しいと言われる。アメリカで小
売業界のプロを雇うには高い給与と充実した諸手当を用意しなければならない。
また、時給制の従業員は日本とのカルチャーの違いもあり、日本で常識と思わ
れるようなことをしてもらうためにも、教育訓練が必要という場合がある。
 予想以上に高い物流コスト
小規模企業では商品輸入に際してとなり割高となる。また船便を使う数量に達
しないので空輸を使うことになるが、これらが目に見えないところでコストア
ップになる。

マーチャンダイジング上、アメリカ消費者のニーズや嗜好への調整の難し
さとコスト
米国で販売するにはサイズや柄を調整していく必要があるが、これらの調整コ
ストは目に見えないリスクである。
 日本を遥かに上回る「返品(returns)」「不正(retail fraud)」コスト
アメリカでは日本では考えられないほど返品や不正行為が多い。オンライン販
売の約3分の1は返品され、このうち約20%は再販可能なものの、残りは再販で
きず廃棄せざるを得ない場合もある。また、クレジットカードの不正利用や返
品にかかる不正などの不正行為も少なくない。人からもらった商品や安く買っ
た商品を、レシートを無くしたなどを理由にむりやり換金する顧客もいる。
 定価販売の難しさ:価格プロモーションが当たり前となっている消費者
アメリカでは値引きプロモーションが常識となっており、価格を下げなければ
売れない。
知名度がまだ低いジャパン・ブランドをいかに売るか
前提として、日本での事業モデルが全く通用しないことを認識する必要がある。
開店して3年から5年程度で撤退する日本のブランドも少なくない。アメリカで
は想定外のコストも多く、当初計画以上に収益を出すことが重要である。
 売上構築①ゼロからスタート:ソーシャルメディアの活用
ソーシャルメディアの活用により顧客データベース化を目指した企業がフェイ
スブックで有料広告を始め、投資効果が高い広告に追加投資していったところ、
まとまった登録者数を得られたため、フェイスブックからウェブサイトに誘導
するような広告戦略に変更したところ、オンライン販売に大きく貢献した。

売上構築②シグニチャー商品の戦略化
ブランドの顔となり、消費者を納得させやすい商品を徹底的にマーケティン
グするのが有効的である。顧客にはまず代表的な商品を紹介し、ウェブサイト
でも代表商品の受賞歴など、機能と評判を詳しく説明することが効果的。
 売上構築③メイド・インジャパン+アメリカ式コミュニケーション
日本のモノづくりの良さを明確かつ具体的に伝えることができていない企業は
多い。例えば、ウェブサイトで日本のモノづくり、職人芸、高いクオリティな
どを視覚的にわかるようなしかけをすることも効果的。また、製品のネーミン
グに米国人客が興味をもち、覚えやすいよう工夫した結果、ネーミングが良い
という理由で売れることが増えた事例がある。
 売上構築④口コミによるリピート顧客作り
販売員はブランドアンバサダーである。生地の生産地、工夫されたデザインに
よる見た目の効果などを販売員が徹底して説明したところ、リピーター顧客が
増え、口コミで友人に紹介してくれるようになったという事例がある。
 売上構築⑤ソーシャルメディア活用
消費者全員がすべてのソーシャルメディアを見ているわけではないので、同じ
コンテンツを複数のメディアに使用しても必ずしも手抜きとの印象は与えない。
一つのコンテンツを最大限活用するのが有効なアプローチである。
 売上構築⑥ 集客だけでなく収益もあがるイベントの企画
イベント企画のポイントは①収益が見込める企画 、②事前の広報活動、③集客
数よりも「誰が参加したか」である。ある企業の販促イベントで日本文化紹介
トークイベント開催時に無料の寿司を提供したところ、外に大行列ができたが、
参加者は寿司に殺到し、しまいには食べたりないなどのクレームまで受けた。
集客数ではなく、きちんと売り上げにつながるようなイベントが重要である。
 売上構築⑦ マルチレベルのキャンペーン実施
1つのキャンペーンで「イベント集客」「広告宣伝」「販売促進」だけでなく
「販売員教育」「社員一体化」の効果を得た事例もある。また店舗販促、店舗
ビジュアルの改善、スタッフ教育を一体的に行うことが重要だ。割引キャンペ
ーンだけでなく、商品を説明するための主なキーワードと商品マニュアルを従
業員に与えた結果、売り上げが大幅に増え、客数も増えた事例がある。
 売上構築 ⑧ オンライストア経営 (オムニチャネル)
今の顧客は何でも携帯で商品を検索して買う傾向にあり、企業規模が小さくて
も販売網はマルチチャネル化し、販売強化する必要がある。
小売販業出店:覚悟、そして成功の秘訣
 小売販業出店に向けたポイント
①財務面でのサポート体制を万全にしておくこと
日本での事業計画書以上に最悪のケースがあることも想定しておくこと。
②不動産物件契約時には万が一の時に備えたエグゼットプランを用意すること。
通常は10年からの不動産契約だが、数年内の撤退を想定して出費を最小限に止
める準備をしておくことも重要。
③米国における出店は日本以上にコストがかかるため、本当に必要な部分以外
は、贅沢は禁止。
 ローカライゼション
①本社からの遠隔操作は控えめにすること。
②中心人物はニューヨークに骨を埋める覚悟で努力すること。
 事業計画にはフレキシビリティをもたせること。
米国での出店は想定外のこともあることから、計画の柔軟性は重要である。
 スピーディな売上高拡大を目指すこと。
例えば、保守的な売上見通しをもとに事業計画書上では10年かけて黒字化する
としても、現場ではより迅速に売り上げを増やす努力を行うことが重要。
以 上