橡 研究テーマ:創造性を培い表現力を高める音楽科学

創造性を培い表現力を高める音楽科学習指導の工夫
−小・中・高における表現活動を通して−
音楽研究室 指導主事
<研究協力委員>
西原町立西原小学校教諭
石川市立石川中学校教諭
県立北中城高等学校教諭
Ⅰ
研究の目的
塩
浜
根路銘
下 地
慶田盛
康
男
孝 子
さつき
貴志子
要領では,自ら学び,自ら考えることを中心にとらえた
「総合的な学習の時間」を新しく設けるなど,教育内容
児童生徒一人一人がもっている創造力を引き出し,豊
の改革を提示している。同時に,学校週五日制導入によ
かな表現力に結びつけるために,音楽づくりを始めとす
るゆとりを生み出すための時数削減の中で,各教科の指
る表現活動を通して,学習指導をどのように工夫すれば
導内容を基礎・基本に絞るなどの厳選を図っている。
よいか,教材研究を通して実践授業を行い,その教材化
音楽科では,小・中における共通教材の見直し,中・
を図ることである。
高における小アンサンブルの選択や和楽器を体験させる
などの内容になっている。これは,音楽科の目標に示さ
Ⅱ
研究テーマ設定の理由
私達は近年,マスメディアの発達普及により多種多様
れているように,個々人の感性を大切にして楽しく活動
する中から豊かな情操が育めるよう,これまでの一斉指
導を中心とした学習や大曲主義的な授業からの脱皮を目
な音楽に接することができるようになった。その結果,
指すよう示唆したものと考える。
児童生徒の音やリズムに対する感覚の発達はめざましい
ものがある。しかし,児童生徒が接する音楽は流行を追
音楽の学習においては,表現力を高めることによって,
主体性や個性が芽生え,豊かな心が育まれるものと考え
った一部の音楽のみに偏る傾向が強い状況にある。しか
られる。このねらいを達成するために,小・中・高にお
も,彼らの音楽表現はまねごとに終始していて,個性や
ける表現活動の工夫改善を模索し,次の仮説を立て研究
主体性はほとんど伝わってこないように感じる。このこ
を進めた。
とから,音楽に対して受身的であり,音楽を創造的に表
〈研究仮説〉
現したりする態度や能力は,十分に育っていないと考え
1
表現活動において,音や音楽の構造的側面に興
られる。
味・関心をもたせる活動を工夫することにより,創
音楽科の授業においては,これまでも創造性を培い豊
かな心を育てることを目標に掲げ,児童生徒の実態に応
造性が培われるであろう。
2
表現活動において,豊かな音楽体験や感動体験を
じた授業の工夫改善を図ってきた。しかし,児童生徒の
味わうことができる活動を工夫することにより,創
楽典等の基礎・基本に対する興味・関心は薄く,創造的
造性が培われるであろう。
で豊かな表現活動に必要な基礎力の定着にはつながって
3
表現活動において,互いに協力し互いのよさを認
いないと考える。また,授業の工夫改善にしても,
「まず
め合うことのできる活動の場を工夫することにより,
技術的な基礎・基本から」という,従来の形から抜けら
表現力が高まるであろう。
れずに,技能中心の学習活動になり,児童生徒の興味・
関心を高めるなどの情意面への配慮が十分ではなかった
Ⅲ
ように考える。
平成 8 年に発表された中央教育審議会第一次答申は,
1
研究内容
音楽科で育てたい児童生徒像
児童生徒を取り巻く状況に対して,
「21 世紀を生き抜くこ
これまでの学習指導のあり方を振り返ると,音楽科の
とのできるたくましく広い視野や感性に基づく豊かな心
目標に,情意面と能力面のバランスのとれた指導が示さ
をもった人間の育成が,教育の使命である」と述べてい
れていたにもかかわらず,多くの学校で演奏技術中心の
る。その答申を受け,平成 10 年に告示された新学習指導
学習展開がなされてきたように考える。それは,音と音
の重なりによるハーモニーの美しさなど,音楽の喜びを
感受性,自由な発想や考え方が求められる。また,それ
体得させるという目標を,より早く達成したいという教
らを生み出すには心のゆとりを必要とする。
師の思いや,時数の関係で児童生徒一人一人に関わる時
創造性は個性を生かす指導を充実することによって育
間が十分にとれないなどの理由から,クラス全体による
ち,個性や創造性は基礎・基本的事項を身に付けてこそ
合唱大曲中心の学習展開にならざるを得なかったものと
発揮されるものである。また,創造性を育む教育は,単
考える。個性を伸ばすはずの音楽科の学習活動が,逆に
に創造性の要素である新しさ,独自性などを直接求める
没個性化の方向に進んできたのではないかと思えるほど
指導を目指すのではなく,今日の教育において課題とな
である。
っている豊かな心をもち,たくましく生きる人間の育成
新学習指導要領における音楽科の目標は,小中高を通
して現行の目標とほぼ同じであるが,児童生徒の興味・
とのかかわりの中で総合的に高めていく必要がある。
音楽科における表現活動においては,一人一人の個性
関心などの情意面をより重視する形で文言の並べ替えが
を大切にしながら個に応じた学習活動,そして,基礎・
行われている。このことは,前述の技能中心の学習から
基本の確実な定着を図り,自由な発想で活動することに
の脱皮を図り,児童生徒の興味・関心を基にして音楽を
より,主体性や創造性を培うことができると考える。
より好きにさせること。そして,生涯にわたって音楽を
3
愛好し,豊かな心で生活していくことをねらったものと
考える。
豊かな表現力
表現とは,
「心的状態・過程または性格・志向・意味な
ど総じて精神的・主体的なものを,外面的・感性的形象
指導内容においては,厳選に伴う音楽の基礎・基本の
として表すこと。また,この客観的・感性的形象そのも
徹底,小アンサンブルの導入,そして,児童生徒の実態
の,すなわち表情・身振り・動作・言語・手跡・作品な
に応じた演奏形態の選択などが示された。これらは,児
ど。
」
(
『広辞苑』)とある。従って,そうした表現を可能
童生徒の将来にわたっての確実な力の定着及び伸長をね
にする力,生み出す力を表現力と考える。
らったものと考える。また,和楽器の演奏体験やコンピ
「自ら学び自ら考える力を育成すること。
」これは,新
ュータの導入などは,これからの国際社会及び情報社会
教育課程の改訂に向けた四つの改善点の二本目の柱であ
へ対応する能力の育成を示したものと考える。
る。このねらいを実現するためには,自分の考えや思い
以上のことをふまえ,これからの学習指導においては,
従前よりも児童生徒一人一人の音楽的能力をしっかり見
がしっかり相手に伝わるように,的確に表現する力の育
成などがより重視されると考える。そのことにより,児
据え,個に応じた授業展開を工夫改善していかねばなら
童生徒の主体性や自立性も育つのではないだろうか。
ない。これらの実践を重ねることによって,児童生徒は
音楽の学習においては,表現活動や鑑賞活動を重ねる
音楽学習に楽しく取り組み,音楽に対する自信が芽生え,
ことで,児童生徒一人一人の豊かな感性が働き,こう歌
音楽をより身近なものとして親しむようになると考える。
いたい,このように演奏したいなどの表現してみたい音
そして,主体的に音楽活動にかかわるようになり,生涯
楽が形づくられるものと考える。また,学年が進むに従
にわたって音楽を愛好し,心豊かな生活を営むことがで
い児童生徒の欲求はより高いレベルになることが自然で
きると考える。
あると考える。児童生徒一人一人の表現したい思いを実
したがって,音楽の授業を通して
現するためには,歌い方や楽器の吹き方など,技能面の
○
自らの思いや考えを表現できる。
基礎・基本の習得が必要になる。これらの基礎・基本を
○
主体的にかかわり創造的に活動できる。
確実なものにすることで,表現力は高まり豊かなものに
○
互いに助け合い認め合うことができる。
なると考える。
○
美しいものに感動し豊かに表現できる。
4
などのことを,育てたい児童生徒像としてとらえたい。
音楽の構造的側面
新学習指導要領による音楽科の目標の総括は,小中高
創造性とは,新しい価値あるものや考えを自分の力で
を通して「豊かな情操を養う」ということになる。この
目標は,人間形成をめざす学校教育において,教科や領
創りだす能力及びその態度であるといえる。創造性は個
域を越えた究極の目標といえる。また,
「情操」を教科の
人差があるにせよ,すべての人に備わっているものとと
目標に掲げてあるのは,芸術科のみであることも忘れて
らえるべきであり,学校教育においては自己実現や自己
はならない。それは音楽を愛好する心情を育てること,
表現という面から,個人にとって新しい価値を生み出し,
音楽に対する感性を豊かにすること,そして音楽活動の
それを徐々に伸ばすようにする必要がある。
基礎的な能力を伸ばすことが総合的に作用し合うことで,
2
創造性
創造性の基盤となるのは想像力であり,豊かな感性や
豊かな情操が育成されるものととらえていると考える。
音楽科における情操の育成は,音楽の構造的側面の知
2
覚を通し,感性的側面である雰囲気,豊かさ,美しさな
どを感じ取り,共有させることによって行われていくこ
教材名
創作音楽劇「尚円王物語」
3
題材設定の理由
とになる。この音楽の構造的側面は,音色,リズム,旋
表現活動のひとつである創作学習の中に,「音楽づく
律,和声を含む音と音とのかかわり合い,形式などの構
り」という活動がある。それは低学年での音遊びを通し
成要素と速度や強弱などの表現要素からなっている。そ
て即興的に偶然性の音楽を楽しむ活動から,中学年・高
れら二つの要素を知覚し,その楽曲固有の雰囲気,曲想,
学年での積み上げ型の経験創作による音楽づくり(楽曲
美しさ,豊かさなどの感性的側面を感じ取ることが,音
的な創作も含む)等と,イメージする音を手がかりに創
楽科における「基礎的な能力」になるものと考える。
この音楽の基礎・基本ともいえる音楽の構造的側面を
造的に音楽を作って表現する活動である。
高学年になると情景や心情を深く理解する能力がより
繰り返し学習し身に付けることで,児童生徒一人一人が
高まってくるので,音楽づくりにおいても物語を音楽,
自信をもって表現できると考える。さらに,感性的側面
踊りや芝居等と多様な表現を組み合わせた創作活動が可
と結びつくことによって,音楽を主体的,個性的,創造
能となってくる。
的かつ豊かに表現できると考える。
5
創造性や表現力を高めるための指導の視点
児童生徒一人一人が自分の思いや考えを表現する力や
創造性を高めるためには,その基となる感性豊かな想像
力や音楽活動の基礎的な能力が必要と考える。
これまでの基礎的な能力を高める学習は,発声の仕方
そのためには,イメージを膨らませるだけの十分な内
容の理解と音楽づくりに必要な技術を身に付ける必要が
あるものと考える。
そこで興味・関心を高める地域の題材を教材化し,音
楽科だけでは十分取り組めない内容の理解をクロスカリ
キュラムで,音楽づくりに必要な技術を音楽の基礎・基
や楽器の奏法,ソルフェージュの能力及び楽典の知識な
本である音楽構成要素のドリル学習で深めることにした。
どを中心に展開されてきたと考える。これらの能力は,
これらの学習を通して,子どもたち一人一人の持つ感
創造性や表現力を高めるための重要な要素の一つだと考
性や創造性を引き出し,積極的に音楽を作り上げて行こ
える。しかし,それは簡単に獲得できるものではない。
うとする能力や態度を育み,豊かな創作活動が展開され
個人差はあるが,長い時間をかけて繰り返し学習しなけ
れば身につかない能力である。従って,児童生徒の音楽
るものと考えこの題材を設定した。
の学習活動への興味・関心・意欲を,いかに持続させる
4
児童の実態
これまで子どもたちは,生活の中や自然の音を観察し,
かが課題であった。また,これからも大きな課題になる
いろいろな効果音を作ったり,物語を音で表現したり,
ものと考える。
お囃子づくりで簡単な旋律を作ったり等の学習を経験し
児童生徒一人一人の音楽的能力は,これまでの生活環
てきた。音そのものを素材として自由な発想で音楽を作
境や音楽的体験によってかなりの差がある。この差は学
りだすこれらの学習は,いずれの場面においても子ども
年が進むに従い大きくなるものと考えられる。一人一人
たちの意欲的に取り組む姿がみられた。
の能力を見極めながら,合唱におけるパート分けや合奏
しかし,作られた音は効果音的な音づくりが中心とな
における担当楽器の選択,さらに,学級毎の児童生徒の
り,必ずしもイメージと音楽が結びついているとは言え
構成に合わせた編曲をするなど,個や学級に応じた工夫
ないものもある。中にはイメージと音楽をうまく結びつ
が不可欠なものになると考える。
けるために,どのような工夫をすれば良いのかと表現に
児童生徒が生涯にわたって音楽を愛好するためには,
音楽を嫌いにさせるようなことは絶対にあってはならな
戸惑う子どももおり,高学年としての積み上げ型の曲づ
くりが今一つ深めることができないでいる。
い。学年段階に応じた児童生徒の興味・関心・意欲をし
その理由として「イメージそのものが漠然としてい
っかり把握し,一人一人の基礎的な能力が確実に高まる
ような指導の工夫を図っていくべきと考える。
る。」「音楽構成要素(リズム,旋律,和音,拍子,音色
等の音楽的基礎・基本)が音楽づくりに活かされていな
い。」ということが考えられる。
Ⅳ
1
小学校における実践
そこで,イメージの深化を図る授業の工夫(クロスカ
リキュラム)や音楽構成要素の活用の仕方(ドリル学習)
題材名
を学習することにより,高学年としての創作活動を深め
音楽構成要素とクロスカリキュラムを活かした
ていけるものと考える。
創作活動
5
②
教材開発と指導の工夫
(1) 音楽構成要素のドリル学習の作成
情景や心情を音で表現する時には,効果音のような瞬
時の音から音と音の重なりや旋律的な曲づくり等と,音
簡単な音程を用いた曲づくり
旋律づくりの導入として,既習学習したリズムフレー
ズに2音,3音,4音等と少ない構成音で曲づくりを楽
しむ。
楽の基礎・基本である音楽構成要素の活用が重要になっ
◇2∼4音と選択した音で曲づくりする。
てくる。そのためには音楽構成要素の理解と活用の仕方
◇①で作った曲に全音符の低音を作る。
を身に付ける必要がある。
◇①で作った曲に副旋律を作る。
そこで,今回はこれらの課題をリズムフレーズを用い
た曲づくり,簡単な音程を用いた曲づくり,音階を用い
た曲づくり等と授業の導入時に使える簡単なドリルを作
③
音階を用いた曲づくり
それぞれの音階の特徴をつかみ,場面の気持に合った
音階を選択し,情景や心情を表す曲づくりを楽しむ。
成し,一人の創作からグループのアンサンブル創作へ,
◇長音階,短音階による曲づくり。
さらに物語の創作へと段階的に学習を発展させていくこ
◇日本音階,沖縄音階による曲づくり。
とにした。
◇和音の進行に合わせた曲作り。
①
リズムフレーズを用いた曲づくり
音楽の基本である「拍」を感じながら,リズムを楽しむ。
◇リズム遊び
④
強弱・速度・反復・音色等を工夫し,曲想を表現する。
⑤
☆リズムバスケット
表現の工夫の仕方
声による音づくり
人それぞれが持つ声によって,喜怒哀楽の感情を,声
3種類のリズムを割り当てフルーツバスケットの
の大小,高低,太さ細さ,男女,明暗等と変化・工夫し
要領で楽しむ。全体の座席入れ替えは「リズムアン
表現する。
サンブル!」で移動する。
(2) 町指定文化財「内間御殿」の教材化
☆リズムによる曲当てクイズ
①
音楽科とクロスカリキュラムについて
リズム譜を一部提示し,曲名を当てる。コマーシ
音楽では,歌や楽器を演奏したり,音楽を鑑賞したり
ャル,唱歌,鑑賞曲とタイプ別にすると楽しくのり
することによって,音楽の楽しさや美しさを味わうこと
が良い。
例 ≪水戸黄門≫
ができる。さらに,劇音楽のように音楽,劇,バレエな
どと結びついた総合的な音楽に親しむことができる。
その代表的なものにオペラやオペレッタがある。授業
の中では,物語のあらすじを知り,その中の主な曲や全
☆リズムの模倣…リズムパターンを覚える。
曲を鑑賞する活動を通して劇音楽に親しんでいる。
初めは1小節から模倣し,2小節,3小節と増や
それらの学習を自分たちの身近な題材をテーマに,自
して行く。さらに1小節おくれでカノン風に打って
分たちで作って,自分たちで表現することができないも
いくと楽しい。
のか。それは子どもたちにとって音楽が楽しい活動とし
☆リズムに合う言葉探し
てより身近なものとなるであろう。
リズムフレーズを覚える方法としてリズムフレー
ズに合った身近な言葉をはめていく。
≪例≫
しかし,それを行うには音楽科の授業だけでは時数の
制限,内容の深化・発展と問題がある。
そこで,各教科・領域の内容を関連付けて構成するク
ロスカリキュラムによる学習方法を試みることは大いに
意味のあることだと考える。一つの題材を様々な角度か
ら学習することによって,深い理解と次への発展をもた
さらに,単語から文節へと発展させていく。
≪例≫
みんなの
かおが
まぶしいね
らしてくれることであろう。
そして,このような学習活動を多く体験することは,
人間の生き方や真実の価値・美を追求する感性豊かな心
を育んでくれるものと考える。
☆リズムのアンサンブル
リズムフレーズを組み合わせて打楽器によるアン
サンブルを楽しむ。
今回,地域の題材を教材化し,音楽科を核に社会科,
国語科,体育科,図画工作科,特別活動等と学習を取り
組んで行くことにした。
②
教材文の作成
西原町内間に「内間御殿」と呼ばれる町指定の文化財
がある。そこは,百姓から琉球王統第二尚氏始祖尚円王
◇村人の怒りの歌を作詞・作曲・編曲。
④
となった金丸が地頭時代に住んでいた屋敷である。
教材ビデオの製作
◇内間御殿
百姓金丸が,なぜ首里の王になれたのか。なぜ尚氏の
西原町指定文化財の所在地,屋敷の形や大きさ,
名を受け継ぐことができたのか大変興味深い。
部屋の中や庭等の様子を知る。
伊是名島の貧しい百姓の子として生まれた金丸が賢徳,
◇伊是名島
精勤,才覚により王位についた。そして「仁政」を施し,
金丸がどのような環境で育ったのか,生まれ島で
民衆に安らぎを与えたという。
ある伊是名島の全風景や伊是名玉陵・尚円王御庭・
いかなる危機も英知と冷静なる判断力,行動力で無事
乗り越え,その「徳」のある人柄に,彼と出会った人々
坂田等の様子を知る。
◇伊是名の海
は彼を崇敬し,愛したといわれる。そんな金丸の「徳」
1の場面「伊是名の海」での音楽づくりに活用。
のある人物像や生き方を学ばせたいと思う。
伊是名の海の風景を海の色,砂浜,岩肌,波(さざな
さらに,沖縄の歴史・文化を理解し,大切に守り受け
み,寄せる波,岩にぶつかる波,輝く波)等と細かく
継いで行こうとする郷土愛の心を育ててほしいと願い,
映像化し,イメージの深化を図る。
史跡の由来をもとに教材文「尚円王物語」を作成した。
◇首里城
それを,坂田小学校上里善孝元校長に六年生の国語の
尚円王の音楽作りや劇の中での衣装や小道具の製
授業で取り扱う物語文へと書き換えていただいた。
③
作に活用。
教材曲の作曲
⑤
◇テーマ曲「伊是名の海」を作詞・作曲・編曲。
「尚円王物語」を子どもたちの作った音楽と組み合わ
◇田づくりの歌を作詞・作曲・編曲。
⑥
創作音楽劇「尚円王物語」のシナリオ作成
せて劇化し,音楽発表会用に作成した。
クロスカリキュラムによる各教科・領域の主な学習内容と構成図
今回の研究では「尚円王物語」と題し,音楽科での創作活動を核としながら,他の教科で金丸の生い立ちや
生き方,首里王時代の歴史や仁政等と学習を深め,イメージの深化を図る。さらに特別活動で講演を聴き,学
校行事である音楽発表会での創作音楽劇「尚円王物語」の発表等と取り組み,学習を深めていった。
社会科・1 時間
「尚円王」の歴史をたどる
副読本「沖縄の歴史と政治」より
国語科・8時間
尚円王物語
全文を読み初発の感想を書く。
金丸の生い立ちと取り巻く環境について
読み取る。
③
両親を亡くし,弟の面倒を見
音楽科・29 時間
る金丸の苦労を読み取る。
「尚円王物語」の音楽を作ろう!
④ 水泥棒の犯人にされた金丸の
1. 音楽的要素の学習(5時間)
苦労を読み取る。
⑤
三司官を断って,内間地頭に
①リズム遊び ②簡単な音程を使った音づくり
③音階を使った曲づくり ④表情のつけ方 等
なった金丸の生き方や考え方
を読み取る。
2. 場面の音楽づくり(24 時間)
⑥ 王様になった金丸の生き方に
一学期…「伊是名の海」
ついて読み取る。
二学期…「金丸の悲しみ」
⑦ 感想文を書く。
三学期…「尚泰久との出会いと内間地頭」
「尚円王誕生」
音楽発表会への取り組み
・第二尚氏王統の始まり・首里城の
歴史と開園までのあゆみ
・琉球国王の系図
特別活動・1時間
講演会
教材文を書いて下さった
上里善孝先生の講演を聴く。
体育科・6時間
表現ダンス
2の場面「田作りの踊り」
3の場面「豊年満作の踊り」
4の場面「尚円王誕生祝いの踊り」
を創作する。
(創作音楽劇)
物語文「尚円王」を読もう
①
②
図画工作科・4時間
学校行事
感想画
「音楽発表会」に参加
「尚円王」を描こう!
6
指導の実際
指導計画
音楽構成要素のドリル学習
《第一次》 リズムフレーズ・簡単な音程を用いた曲作り
ねらい 時
主な学習内容
リズムに
よる曲づ
くり
1・2
簡単な音
程による
曲づくり
3∼5
♪リズム遊び。
♪リズムフレーズを模倣・カノンする。
♪色々な音の出し方と音色探しをする。
♪リズムフレーズアンサンブルをする。
♪2音,3音,4音と音を選択して曲作り
をする。
♪全音符の低音や部分的に副旋律をつけ
てハーモニー作りをする。
児童の活動例
◇自分のリズムを覚えてゲームに参加する。
◇教師のリズムを模倣し,リズムを重ねる。
◇楽器の色々な音色を探す。
◇打楽器でリズムのアンサンブルを楽しむ。
◇リズムフレーズに音をはめて旋律を作る。
◇音を選択して自由に旋律を作る。
◇前時に作った曲に,全音符の低音を入れる。
◇簡単な副旋律をつける。
留意点・評価
☆リズムを途切ら
さない。
☆組み合わせを工
夫する。
☆リズムの形を工
夫する。
☆きれいな響きを
つくる。
創作音楽劇 「尚円王物語」 一学期
《第二次》「伊是名の海」
伊是名島の美しい海の様子を音楽で表そう。
ねらい 時 ドリル
主な学習内容
児童の活動例
鑑 CD波の音を聴く
3・4
長調による曲づくり
1・2
イメージ音を作る
7
鑑 CDオーゼの死
6
短調による曲作り
5
場面や全体の音楽を
工夫する
♪主旋律奏をする。
♪創作音楽の場面分けをする
♪場面に分かれて音で表す,
具体的内容を話し合う。
♪創作方法を決め音作りする。
♪楽器・小道具を選択し音作り
をする。
♪音楽作りを工夫する。
◇テーマ曲「伊是名の海」を旋律奏する。
◇創作する内容でグループを作る。
◇グループに分かれて波・太陽・風・千鳥等のイメ
ージ音を話し合う。
◇リズム,簡単な音程,音階による曲作りをする。
◇表現する内容に合った音・音色作りをする。
◇表現する内容に合った音楽作りを工夫する。
◇音の順番やタイミングをつかむ。
♪グループの音楽作りをする。
◇音楽構成要素を活用して変化やまとまりのある
♪中間発表会をする。
音楽作りをする。
♪音楽作りの練り直しをする。 ◇音楽作りを工夫・改善する。
◇全体を通して場面の移り変わりや気持ちを理解
♪それぞれの場面を構成し表
する。
現する。
◇伊是名島の美しさを表現する。
留意点・評価
☆金丸を知る。
☆創作の内容を決
める。
☆イメージ音を決
める。
☆イメージに合っ
た楽器・小道具
の選択。
☆自分の役割がわ
かる。
☆一生懸命発表。
☆工夫・改善する
☆場面の気持ちが
伝わるように表
現する。
創作音楽劇 「尚円王物語」 二学期
《第三次》「金丸の悲しみ」
島を出て行く金丸の気持ちを声で表そう。
ねらい 時
主な学習内容
児童の活動例
1・2
声によ
る音作
り
♪村人と金丸の気持ちを言葉にする。
♪村人と金丸の気持ちを声の出し方を工
夫して表現する。
◇村人の気持ちを書く。(疑惑・ねたみ・恨み等)。
◇村人の気持ちを声の強弱,高低,人数,重なり等
で変化・工夫し表現する。
留意点・評価
☆村人と金丸の苦
しく悲しい気持
ちを知る。
音楽班
内容 活・動例
演技班
内容 活・動例
表現ダンス班
内容 活・動例
創作音楽劇 「尚円王物語」 三学期
学年を各セクションに分けて取り組む。
《第四次》「尚泰久との出会い」「尚円王誕生」「音楽発表会」 創作音楽劇を完成する。
時間
1・2(音楽)
3・4(音楽)
5・6(音楽)
7∼9(体育)
10∼12(体育)
13・14(行事)
尚泰久の行列音楽 豊年満作の音楽作
尚円王誕生と祝いの舞
音楽班+演技班+表現ダンス班+他
作り(第3場面)
り(第3場面)
音楽作り(第 4 場面)
◇沖縄音階と太鼓 ◇沖縄音階と太鼓 ◇速度の変化とダイナ
第一場面通し
第三場面通し
全場面通し
のリズムの工
のリズムの工夫。
ミックスの工夫。
◇
波の効果音入
◇尚泰久行列
◇音楽・演技・
夫。
歌,踊り付き
祝いの曲(踊り有)
◇合唱隊+合奏
村人,金丸
効果音のバ
第 1・2 場面演技付
第3場面演技付
第4場面演技付
隊+踊り。
の立ち稽古。
ランスと調
◇語り
◇金丸と尚泰久と ◇尚徳王と地頭金丸の ◇音量バランス。
舞台の配置。
和。
◇金丸と宣威の戯
の出会いの様子。
対立。
◇立ち稽古。
◇音楽と踊り。 ◇プロジェク
れや兄弟愛。
◇クラベスリズム
◇村人のリコール。
ター映像の
◇村人に非難され |→尚泰久を表す
◇尚円王誕生と村人の 第二場面通し
第四場面通し
活用。
苦しむ金丸。
‖→金丸を表す
喜びの場面。
◇村人の隊形。 ◇配置と隊形。 ◇放送,照明
◇村人の声の順 ◇尚円王誕生。
のバランス
田づくりの踊り
豊年満作の踊り
尚円王誕生祝いの舞
序 ,タイミン
音楽と踊り。
と工夫。
◇金丸,宣威,お ◇農具,作物を持っ ◇太鼓を持つ勇壮な踊
グ。
◇ フ ィ ナ ー レ リハーサル
嫁さんによる上
た楽しい踊り。
り。
◇立ち稽古。
の 入 場 と 音 ◇全場面の演
手な田作りの様 ◇豊年満作を喜ぶ ◇入場,隊形の工夫。
◇音楽のタイミ
楽のタイミ
技と音楽・
子。
村人の様子。
ング。
ング。
踊りの調和
6
研究の検証
7
(1) 校内音楽発表会
尚泰久の行進作曲……
語り
創作音楽劇﹁尚円王物語﹂
第一話﹁伊是名の海﹂
老人
第二話﹁ 金丸の悲しみ﹂
7
BGM①
創作
波の音
千鳥の声
風の音
BGM②
テーマ曲
伊
「 是名の
海﹂
金丸
お嫁
宣威
M⑨悲し
みの音楽
BGM⑧
打楽器
金丸兄さんが結婚したのは、二十
三歳の時じゃった。お嫁さんは、ま
だ八歳だったわしのことを、自分の
子どものようにかわいがってくれた。
わしらは三人で暮らすようになったん
じゃ。
金丸兄さんは一生懸命働いておっ
たんじゃが、それでも貧しくてね、
わずかな食べ物を、三人で分け合っ
て、いやー貧しくても毎日が明るく
幸せじゃった。
M⑥田作
お米を作る その前に
りの歌
りっぱな田んぼをつくりましょ
田んぼの底を 固めましょ
水の逃げない 田んぼだよ
どっしんどっしん ふんずけて
お米を作る その前に
りっぱな田んぼをつくりましょ
︵三人軽快に踊り
ながら田作りする︶
SE﹁日照り﹂
SE⑦
その夏は、来る日も来る日も雨の 効果音 日
「
降らない日照りが続き、まれに見る 照り 」
大旱魃じゃった。田畑の作物もほと
んど枯れてしまってのう。ところが、
金丸兄さんの田んぼだけは水がいっ
ぱいでその年もお米がたくさん取れ
たんじゃ。それは、わしら三人が一
生懸命田作りしたおかげなのじゃ。
しかしのう、困ったことに村人は⋮。
︻全員で声・打楽器による表現︼
﹁金丸の悲しみ﹂
金丸をののしる言葉。
﹁どうして、おまえの田んぼだけに、
水があるのだ。﹂
﹁みんなの田んぼから、水を盗んだ
んだろう。﹂
﹁この水どろぼうめ、おまえなんか
この村から出て行け。﹂
﹁そうだ そうだ 出て行け﹂
︻金丸、悲しげに水平線を見つめる。
︼
てイメージの深化を図ることができたと考える。
え!第三場面では,豊年満作だ。金丸様のおかげだよ。
︵暗転︶
プロジェクター
﹁伊是名の海全景﹂映像
合唱隊舞台に四列に並ぶ
年老いた﹁宣威﹂あぐ
らを掻いて座っている。
︻スポット照明︼
なあみんな、尚円王って知っ
ておるか?実はな、わしの兄さ
んなんじゃよ。えっ!なんでこ
んな格好をしているかって。だ
ってわしらは百姓なんじゃよ。
そう、この話はね、伊是名島
の小さな村で百姓の子として生
まれたわしの兄さん金丸が、首
里の王様になったお話なんじゃ
よ。
どうして百姓が王様になれた
かって?それはあとのお楽しみ
じゃ⋮。
老人
全員
金丸
これは,クロスカリキュラムでの学習の成果によっ
の水どろぼうめ,おまえなんかこの村から消えてしま
老人
宣威
BGM④
創作
悲
「 しみの
音楽 」
﹁おにいちゃん、金丸兄ちゃん、 B G M ③
ほらこんなに大きなカニをつか 創作
まえたよ﹂
波の音
﹁おお!すごい、すごい。﹂
老人
金丸兄さんは、わしのことを
とても大事にしてくれたよ。頭
も良くて父さん、母さんのいう
ことをよく聞いていたよ。とこ
ろが、わしが五才になったばか
りのことじゃ。そう金丸兄さん
が二十歳の時⋮。父さんと母さ
んが相次いで死んでしまったん
じゃ。わしらは二人っきりにな
ったんじゃ。
金丸
宣威
金丸
﹁おっかあー。おっとおー。
﹂
泣き泣き名前を
くりかえす。
﹁宣威﹂金丸後を追いかけてく
る。宣威金丸にしがみつく
合唱隊リコーダー演奏
る)。第四場面では,わたしは百姓だ,みんなの苦しみ
て》
愛
真理子,遠山
花城
……
テーマ詞作
悲しみの音楽作曲…知念瞳,与那嶺智菊,稲嶺あゆみ
典子
安次嶺
尚円王誕生・尚円王祝いの舞作曲…
金丸をののしる声・・・…全員
波・千鳥・・・…全員
かま,くわ農具がやってきた…(豊年満作の歌詞とな
イメージの深化《クロスカリキュラムを活かし
①
演技―国仲恵子(6-3 担任) ・ 田場正勝(6-4 担任)
優子
作詞…
遠山 愛,識名 拓,比嘉 雅志
豊年満作
作曲…
宇栄原
スクリーン・プロジェクター―大村朝永(6-2 担任) ・ 田場正勝
豊年満作
児童作品(創作音楽)の紹介
聖子
春奈,砂川
日照り作曲……
外間
愛美
優子,佐久田
宇栄原
音楽―根路銘孝子(音専) , 踊り―友利貞子(6-1 担任)
指導
平成 12 年 1 月 22 日 (日)
西原町立坂田小学校六年生全児童
出演
創作音楽劇「尚円王物語」
「尚円王物語」シナリオの一部(1・2の場面/4場面中)
(2) 児童の作品
子どもたちは,創作の手がかりとなるイメージを,
や辛さを知っている。等と書いている。これまでの大
第一の場面では,白い砂浜に打ち寄せるキラキラした
まかなイメージに対して,情景や心情と絡めた表現で
波/金丸や宣威に元気になってと呼びかける海。第二
あり,さらに自分がその人物にでもなったかのような
の場面では,なんでお前の畑にだけ水があるんだ。こ
怒りや悲しみが表現されている。
②
創作音楽の工夫《音楽構成要素の活用》
打楽器・小道具による創作の工夫。
《太陽》ツリーチャイム・トライアングル(金属類)
でキラキラまぶしく輝く光をつくる。
《小波》小さいダンボール箱にとうもろこし,あずき
や米を入れ,ゆっくり左右にゆらす。《中波》中のダン
ボール箱に大豆,金時豆やとうもろこし+大豆を入れ,
箱の中で回転させる。
《大波》大きいダンボール箱に大
豆+金時豆をたくさん入れ,強く大きく箱の壁にぶつ
けながらゆらす。《ぶつかる波》ダンボール箱の中に
色々な豆を混ぜ入れふたを閉じる。中の豆を一まとめ
にして上下に動かす。
《千鳥①》笛の頭部管だけを使い,息の量やスピード
を変えたり舌をふるわせたりする。
《千鳥②》指笛を使
い,舌で小刻みにしたりのどで振るわせたりする。
主に次の2つのリズムで構成されている。
それぞれに音づくりの工夫があり,情景を効果的に
表現している。箱や豆を入れ替えたり,笛や指で鳥の
鳴き声を模倣したりと終始音づくりを楽しんでいた。
③
バスの順次進行に支えられ,ピアノによる主旋律と
簡単な音程を使った創作の工夫
グロッケンの副旋律が美しく調和している。速度も 86
作品「やさしい風」創作メンバー5人
と遅く短調の響きが一層悲しさを表している。
やさしい風
イ
作品「美しい海」創作メンバー男子5人
電子ピアノ
電子ピアノ
沖縄音階を活用。八分音符の動きが波の様子を表し
ている。初めの2小節はさざなみを,3・4小節目は中
波を,5・6小節目は大波を表している。きれいにまと
グロッケン
まった6小節の短い曲である。
ウ
ビブラ
フォーン
作品「豊年満作の歌」創作メンバー4人
ミュージ
ックベル
黒鍵だけの響きで構成。電子ピアノが2小節単位
に,他のパートは同じ音形を6小節くりかえしている
だけの曲だが,電子ピアノの右手の和音に,左手の低
音の動きとグロッケンの八分音符で刻まれた音の動き
が重なり,大変美しい曲となっている。そこに,ビブ
ラフォーンの白鍵を加えた三拍子的な音の動きが不安
定さを生み,風の揺らぎをうまく表現している。
④
音階を使った創作の工夫
ア
作品「悲しみの音楽」創作メンバー4人
沖縄音階を活用し,ABBA の二部形式で作られてい
る。歌詞の抑揚と旋律が上手く表現されていると同時
自然短音階を活用し,三部で構成された曲である。
に,鎌・鍬や米・にんじん・大根と並列の言葉を同形
8
のリズム・旋律で表し,単純の中にも軽快で楽しさの
しかし,音楽構成要素のドリル学習は,必ずしも上
ある曲である。
エ
手くいったわけではない。試行錯誤しながらの取り組
作品「尚円王誕生と祝いの舞」創作1人
みであったために,単発で終わったり関連性に欠けた
自然短音階を活用し,A(aa')B(bb')A(aa')の三部
りと子ども達の創作活動に即結びつかないことも多か
形式で作られている。Aの部分はゆったりとした速度
った。
で,4分音符の刻みが勇壮な感じを表し,Bの部分は
今後は,音楽構成要素のドリル学習を創作の導入に
全音符でつないだ旋律が荘厳な曲に仕上げている。最
活かせるよう,もっと分かりやすく関連性のある流れ
後のAの部分では,速度を上げ祝いの舞らしい華やか
となるように工夫・整理して行きたい。
さと力強さが加わり「尚円王」の偉大さ,村人の喜び
の様子が感じられる。
さらに,地域の題材においても先人達を歴史上の偉
人としてだけではなく,子ども達の身近なヒーローに
仕立て,楽しく,共感し合いながら学習ができる教材
開発に励んでいきたい。
Ⅴ
1
中学校における実践
題材名
絵本にBGMをつけよう
2
題材設定の理由
生徒の創造性を培い,豊かな表現力を育てることを
目指すとき,
「創作」は大変効果的であると考える。そ
れは,生徒の音楽的発想を生かしながら主体的に活動
する中で,自由に表現する場を設定できるからである。
これまでの創作学習の実践例をあげると,リコーダ
ーによる即興演奏,ボディーパーカッションによるリ
ズム創作,沖縄音階による旋律創作などがある。いず
れも生徒の楽しく学習する姿はみられたものの,
「自分
の作品を作った」という創作学習ならではの成就感を
持たせるまでには至らなかった。それは,楽典指導の
(3) 児童の感想
ア
延長上に生徒の活動があったり,作品が一過性的なも
ので終わり,生徒の表現したい,作り出したいという
意欲付けやイメージ形成が弱かった点などが原因と考
たい。
える。そこで,次のような視点をもって「創作学習」
イ
どんなに辛く,苦しくてもたくましく生きた金
丸。私はそんな金丸の心を受け継いで生きていき
皆で協力してやり遂げることの素晴らしさを教
の授業を行いたい。
わりました。これを中学校で生かしたいと思いま
①
生徒の興味・関心を引き出し,個々の能力に
す。
8
応じて活動ができる学習。
②
まとめ
創造的な学習活動の充実を図る指導の工夫を目指し
楽典から入らず,音そのものを探求し,組み
立てていく学習。
て,音楽構成要素とクロスカリキュラムを活かした創
③
作活動に取り組んだ。教材開発に取り組み学習を組み
立てていく中で,課題を横断的に学習していくことが
のできる学習。
これらの視点から「絵本」を教材に取り入れた創作
どんなに豊かな学習であるか教師自身が実感した。
生徒一人一人の感性を引き出し,伸ばすこと
学習を組み立てていこうと考える。絵本には,視覚か
また,子どもたちの創作作品を通して,今回の音楽
ら受ける印象,ストーリーから受ける印象,語り手か
構成要素とクロスカリキュラムで取り組んだ学習が,
らの耳から受ける印象などイメージ形成の助けとなる
イメージの深化,音楽作りと創作活動に活かされ,子
要素が多く含まれている。また,絵本の持つ親しみや
どもたちの創造性や感性を引き出すことができたと考
すさが,生徒の興味・関心を引き,絵本から受けた感
える。
動や面白さを聞く人に,より効果的に伝えたいという
9
動機付けができるものと考える。
これらの理由から,絵本を活用する事によって,
生徒個々の感性を引き出し,心に残る創作活動 がで
話題のベストセラー絵本である。母親と子供との
愛情を描いたもので年齢を問わず深い感動を与える。
やさしい子守歌が絵本全体を包んでいる。
きるのではないかと考える。そして,その活動の中
で,生徒一人一人の感性を伸ばし,表現力を豊かに
することができるのではないかと考え,本題材を設
定した。
3
②
『きょうは みんなで くまがりだ』
マイケル・ローゼン再話
評論社
家族みんなで熊狩りに出かける物語である。そこ
で出くわす様々な障害を乗り越えていく様子が,コ
ミカルに描かれ,繰り返しのおもしろさがある。
題材の目標
(1) 自由な発想を生かした音作りを通して,創造的
な表現の喜びを味わわせる。
(2) 個々の思いや考えを表現することによって,主
体的に学習できるようにする。
4
「かさかさ」,「ペタペタ」等の擬音の場面も多
く,全体がリズミカルに進行する。
(3) 関連教材
音楽作りに入る前に,いくつかの絵本を生徒に紹
介した。絵本の魅力を知らせる目的と絵本から音を
生徒の実態
検証を実施した学級は,表現の領域において,器
楽や創作の授業よりも歌唱の授業を好む生徒が比較
的多い。
ピアノ塾に通っている生徒が2人,ギターを弾け
る生徒が1人いる。この ように,音楽に関する塾等
イメージさせるためである。
① 『ホロンのうたかい』
ひだ きょうこ作
② 『百万回生きたねこ』
佐野洋子作・絵
に通って,技術面で秀でた生徒は少ない。しかし,
音楽に対する関心は高く,休み時間を使ってピアノ
やギターを互いに教え合いながら練習している姿が
よく見られる。特にピアノやキーボードなどの鍵盤
楽器に対する関心が高く,男女ともに積極的に演奏
③
④
⑤
偕成社
講談社
『うたがみえる きこえるよ』
エリック・カール作
偕成社
ビデオ絵本『フレデリック』
『スイミー』ほか
絵本とCD『ピーターと狼』
プロコフィエフ作曲/明石家さんま 語り
技術を学ぼうとする姿勢が見られる。
楽典においては少々男女差があり,楽譜に対する
抵抗感は男子の方に強く見られる。しかし,リズム
感,音感にはほとんど差が無く,ボディパーカッシ
ョンでのリズム創作では,男生徒の方が積極的に活
6
動している。リコーダーにおける簡単な即興演奏等
では,全員が楽しく取り組める。
絵本による音作りでは,楽典的な指導は極力避け
生徒の自由な発想を重視していきたい。生徒一人一
人がこれまで培ってきた音楽に対する感性を大事に
① ゲームの導入
様々な日常の音を録音し,何の音であるかを生徒
に当てさせる。生徒は日頃聞き逃していたような音
に神経を集中させ,ゲーム形式で楽しみながら気付
くことができる。
し,それを出し合い,また,演奏技術面ではお互い
に補い合うかたちでどれだけの音作りができるか,
その可能性を探ってみたいと考える。
(1) 絵本の選定の仕方
② ビデオの活用
映画の1シーンを音有りと音無しで鑑賞し,映像
の世界においての音・音楽の効果,重要性に気づか
せる。また既存のビデオ絵本を鑑賞し,学習の課題
をイメージさせる。
絵本の選定は,イメージをふくらませやすいもの,
多様な創作が可能なもの,また,何よりも生徒が感
動したり,おもしろいと感じるような魅力ある絵本
であることが大切である。絵の美しさや言葉のおも
しろさがあるもの,また音が聞こえてきそうな絵本
(絵本ビデオ『フレデリック』
『スイミー』ほか)
③ 音探し
音作りを行う際,生徒のイメージする音・音楽に
対応しうるだけの楽器や音素材を用意しておく必要
がある(打楽器,旋律楽器,紙,箱,缶,瓶,くぎ,
を選ぶように心がけた。
(2) 音楽作りに活用した絵本
① 『ラブ・ユー・フォーエバー』
ロバート・マンチ作
豆類,音の出るおもちゃ,CD等)。そしてこれらを
使って実際に音を出し,様々な発音の仕方,音の存
在に気付かせる(破る,たたく,振る,こする等)。
また,楽器の基本的な演奏法や変わった演奏の仕方
5
指導の工夫
(1) 音への興味・関心を引き出す
創作学習を実施するにあたって,音楽の原点であ
る音に対する感覚を呼び覚ます必要があると考える。
そこで,次のような工夫を行った。
教材の工夫
岩崎書店
10
時間の課題を明確にして,創作の場を設定すること
等も経験させる(ピアノの弦をばちでたたく, トラ
イアングルの多様な音の出し方等)
。
(2) 雰囲気作り
が大切である。
(4) 記録の工夫
旋律創作やリ ズム創作を行う過程において,毎時
創作は個性の表出の場といっても過言ではない。
自分の思いや考えを自信を持って表現し,他人と自
分との違いの発見や,他を賞賛する態度は,独自の
作品を創り出す上で非常に重要である。互いの個性
を認め合い,尊重し合うことのできる雰囲気作りを
間の作品を記録しておく必要がある。創作途中の作
品でも授業の終わりにテープに録音し,次の授業で
はそれを聞きながら練り上げ,仕上げていく。でき
あがった時点で楽譜にする。記録は,五線だけでな
大切にしたい。
(3) 学習形態
グループに分かれて創作活動を行う時は,個々の
く図形楽譜やメモ等を工夫させる。物語の進行と共
に,音楽や効果音等が入るので,そのタイミングや
表現を読み手のシナリオにそって記録する。
発想が埋もれることのないように役割分担をし,毎
(5) 絵本のBGM創作の手順
① 絵本を見る・味わう
【イメージ形成】
いくつかの絵本を読み聞かせする。このとき,OHC(オーバーヘッド・カメラ)
等を利用し,絵も味わいながら聞かせることが重要である。
② グループ編成,
話し合い
自分の好きな絵本を選び,グループを作る。
③ 個々の創作
自分の役割の創作,音作りをする。旋律等はテープに録音をしながら練り上げる。
④ 楽譜・シナリオ作成
それぞれ個人での創作を持ち寄り,グループで練り上げ,絵本と共に組み立てる。
五線,図形楽譜,シナリオへのメモ等で記録する。
⑤ 中間発表
グループごとに中間発表を行い,不十分なところを確認する。
⑥ 練り上げ・練習
⑦ 鑑賞会
反省をもとにさらに練り上げ,仕上げる。全体を通しての練習をする。
グループ別に発表する。コンピュータに絵本を読み込み,プロジェクターを使って
絵本の音作りの全体計画,イメージの統一,役割分担等を話し合う。
スクリーンに映しながら発表する。感想を述べ合う。
(6) 教育機器の活用
生徒の興味・関心をひき,絵本の持つ特質を十分に味わわせるために,教育機器を活用した。
①
②
③
④
7
VTR・・・導入(映画,既存の音入り絵本の鑑賞)
オーバーヘッドカメラ(OHC)・・・絵本の読み聞かせ,中間発表
コンピュータとプロジェクター・・・絵本提示(発表会)
テープレコーダー・・・録音(創作の記録,保存)
指導計画
次 ねらい
時
*評価の観点(1)関心・意欲・態度
ねらい
(2)表現の工夫 (3)表現の技能
主な学習活動
学習形態
1
2
次
身近な音・多様な音素材の
おもしろさに気付く
一
・ 身の回りの
・身の回りの音を発見す
音に気付く。
る。
・音あてゲームをし,そ
れを再現してみる。
個
一
人
斉
・ 様々な音素
・楽器や音素材のいろい
材を使って,
ろな発音の仕方を知
即興的に音
り,即興的に演奏する。 個
人
を出して楽
しむ。
グループ
・図形楽譜等,記録の仕
一
斉
方について理解する。
(4)鑑賞の能力
主な教師の支援
評価の観点
・様々な自然音,環境音等に神経を
音に関心を持
集中できるようにさせる。
・自然音,環境音や操作音を録音し
何の音か,またどのようにして出
している音かを当てさせる。
ち,積極的に音
る。(1)
・ 一つの音素材でも多数の発音の 音 素 材 の 特 徴 を
仕方があることに気付かせる(た
生かし,即興的
たく,こする,振る,弾く等)。
に表現する事が
・新聞紙を使って,様々な音を出さ
せる(破る,たたく,振る,丸め
る等)。
・ 図形楽譜と構成要素との関係が
理解できるようにさせる。
11
作りをしてい
できる(2)
(3)
3
次
自分の音楽体験を
掘り起こす
二
・個々の音楽体
・いろいろなイメージに
・「懐かしい」
「楽しい」
「お母さん」 自 分 と 音 楽 と の
験を振り返
合う,自分なりの音楽
等のイメージをもとに自分の音 関 わ り を 考 え ,
り,それを伝
を見つける。
楽観を振り返らせる。
えることに
個
一
人
斉
発表することが
・それぞれの発表を聴き,個々の考
えや思いを認め合う雰囲気を作 できる。(1)
る。
4
・自分の考えや思いを発
・視覚的刺激と
・スライド,映像を音な
・効果的に聴覚からの音や音楽を加
聴覚的刺激
しで見た場合と音や音
えることによって,視覚のみより
である音や
楽を入れて見た場合を
音楽との関
係に気付く。
5
三
6
絵本のイメージに合うように表現を
工夫し創作の楽しさを味わう
慣れる。
・お互いの様々
な音楽観を
認め合う。
表したり,他の発表を
発見し積極的に
聴く。
も一層理解が深まることに気付
一
比べる。
斉
・ 絵本の特徴やその良さ
を理解する。
音楽の持つ特徴
を感じ取ること
ができる。(2)
かせる。
・BGMを付けることを念頭におき
ながら,絵本を読み聞かせる。
・絵本の各場面 ・グループで絵本を選び,
・グループで絵本全体のイメージを
グループ学習に
のイメージ
イメージをふくらませ
統一し,創作の計画を立てさせ 主 体 的 に 取 り 組
をふくらま
る。
る。
せ,効果的な
次
・役割分担をする。
B G M や 効 ・イメージをもとに個人, グループ
個
人
果音を考え
グループで創作をす
グループ
る。
る。
・各グループで
音や音楽を
作品を記録する
・録音や記譜(図形楽譜等)で記録 こ と が で き る 。
できるようにさせる。
を考えて創作する。
7
練り上げる。 ・効果音を工夫する。
・語りとBGMとのバラ
ンスを考えて練習す
る。
・グループで協
力して表現
8
四
次
互いの作品や芸術作品を
鑑賞し味わう
し,互いの表
(3)
イメージを生か
・絵本全体のイメージを大切にさせ
る。
・絵本の物語全体の構成
んでいる。(1)
した独自の創作
をしている。
(2)
・グループごとに発表,
鑑賞し,互いに感想を
出し合う。
・それぞれの表現の特徴や良さに気
付かせる。
自分の役割を果
たし,表現して
いる。
現の良さを
グループ
感じ取って
一
・音楽の諸要素に気付かせる。
斉
(1)(3)
他のグループの
聴く。
表現の良さを感
じ取って鑑賞で
きる。
(4)
・既存の曲を鑑
賞し,その特
・「ピーターと狼」を
・絵本とともに鑑賞させる。
鑑賞する。
とその良さを感
徴や良いと
9
ころに気付
芸術作品の特徴
じ取ることがで
一
個
・感想を述べ合う。
く。
斉
人
きる。(2)
・音楽の構成要素や表現要素につい
て確認させる。
音楽の諸要素の
働きを感 じ 取 っ
て聴くことがで
きる。(4)
12
8
本時のねらい
(1) グループで協力して発表する。
(2) 他のグループの表現の良さや工夫を感じ取って鑑賞する。
9
本時の展開
指導内容
導
学習目標の
入
確
認
学 習 内 容
・ 本時の目標を確認す
る。
評
価
備
考
・ 発表と鑑賞の仕方について確認す
る。
︵五分︶
①
グループで協力して発表しよう。
②
互いの良さや工夫しているところを
・ 本時の目標をとら ・パワー
えたか。
ポイント
見つけよう。
展
グループ
準備
・ グループごとに最終
確認をする。
開
・各自の役割,楽器を確認させる。
・ 自分の役割を果た ・各音素材
・ 発表と鑑賞に関しての注意点を確
そうとしているか。・カセットデ
ッキ
・ 絵本のイメージを
認する。
発表と鑑賞
︵四〇分︶
・ グループごとに発表
・司会の指示に従って進行する。
する。
大切にして表現し
・楽譜
ているか。
・パソコン
・ 互いの良さを感じ ・発表用シナ
リオ
取って鑑賞してい
・感想を発表し合う。
まとめ
︵五分︶
10
教師の支援・指導上の留意点
・ 表現の良さや音楽の諸要素に気付
かせる。
自己評価
・自己評価
・鑑賞用ワー
クシート
・これまでのまとめをする。
・感想,まとめ
次時の予告
るか。
・自己評価表
・感想用紙
・ 次時に「ピーターと狼」を鑑賞す
ることを知らせる。
生徒の感想及び作品
<感想>
・絵本の言葉に曲を付けるのが楽しかった。
・お母さんの優しい雰囲気が良く出ていて,子守歌
に感動した。
★生徒作品「ラブ・ユー・フォーエバー」の子守歌
・いろいろな楽器にさわれて,いろいろな音を出せ
て楽しかった。
・
「チャプチャプ」の音をどうして出すか苦労した。
・みんなで協力したら,こんないい BGM ができて
良かった。
・子守歌にメロディを付けたこの歌を一生忘れない
と思います。
・絵本に BGM を付けることで,とても雰囲気が
変わり,絵本がもっと深くわかるようになった気
がする。
★生徒作品「今日はみんなでクマがりだ」
・楽器の使い方なども今回の授業でためになった。
・チームワークの大切さを実感しました。
・BGM がこんなに楽しくできるとは思わなかっ
た。
・ピアノを両手で弾けるようになってうれしかっ
た。
13
11
一人でも多く育てていきたい。
考察
高等学校音楽科の学習内容は,大きく「表現」と「鑑
・絵本を教材として取り入れたが,予想以上の様々な
効果を見ることができた。
賞」の分野に分けられる。今回は,鑑賞分野における
・絵本に対する生徒の興味・関心は高く,良い作品を
作りたいという強い意欲が感じられた。
・型にとらわれず自由に表現することを強調すること
によって,既存の曲の活用や様々な手法による音作
りができた。
表現活動を取り入れた学習について研究を進める。生
・それぞれの作品を鑑賞する事によって,
「お母さんの
優しい雰囲気が良く表されていた。」とか「楽しい気
分になるリズムだった。」等,音楽の諸要素を感じ取
ることができた。
・自分の担当楽器を一生懸命練習し,発表までに立派
その舞台は,違う時代であったり,違う国であったり
する。登場人物と同じ気持ちになって,様々な人生や
徒が比較的興味・関心をもって鑑賞する教材に「映画」
がある。映画を教材とする利点は,その中の音楽を味
わうだけではなく,登場人物といっしょになってスト
ーリーを疑似体験することができる点である。そして
状況を体験することにより視野が広がり,ただ単に音
楽のみを学ぶだけではなく,これから歩むであろう長
い人生の中で,音楽を自らの生活の中に取り入れてい
に演奏したいという前向きな姿勢が多く見られた。
・コンピュータを利用し,絵本の絵をスクリーンで映
し出すことによって絵の美しさも味わい,また,操
作面で意欲的に活動した生徒がいた。
・擬音の作成等の苦労を通して音に対する感覚が磨か
くきっかけになるのではないか。しかし,映画をひと
とおり鑑賞するだけでは,ほんの一瞬の感動体験だけ
で終わってしまう。
そこで,感動体験をできるだけ継続させるには,生
徒個々の内発的動機を高めていくことが大切であると
れた。
<課 題>
・音探しやいろいろな楽器の操作を試すことに時間が
かかりすぎ,肝心の創作過程での練り合いの場が少
なかった。
考える。鑑賞分野の学習活動は,表現分野の活動に比
べ,生徒の活動はとかく受動的になりがちである。
今回は,あえてその鑑賞学習の中で,生徒が内発的
動機を高め,主体的に考え学習していくために,映画
・グループごとに活動するための,十分な楽器と場所
の確保が難しかった。
・創作過程において,生徒から楽譜の書き方やコード
鑑賞後にグループ単位で自己学習課題を設定し,それ
の付け方,楽器の演奏の仕方等多くの質問や援助を
た学習課題に取り組んだ成果を,最終的に発表し,他
求められ,それに対して教師一人では十分に対応で
者へ伝えるという活動を通して,豊かな表現力が高ま
きなかった。
るのではないか。また,互いに協力し互いの良さを認
に取り組ませたい。そして,生徒が持つ個性を引き出
し,個々の興味・関心によって異なる着眼点で設定し
め合う活動の中から,それぞれの視点から見た音楽の
Ⅵ
1
楽しさ,すばらしさを感じながら学習することができ
高等学校における実践
るのではないかと考え,本題材を設定した。
3
題材名
県立北中城高等学校2年1・2組 32 名(男子 18 名,
映画の中から音楽を学ぼう
2
生徒の実態
女子 14 名)
題材設定の理由
本クラスは,普通科2年生の理系クラスの生徒で構
高等学校芸術科目標の「芸術を愛好する心情を育て,
感性を高め,豊かな情操を養う。
」ために,鑑賞の分野
成されている。全員が,学年始業時のアンケート調査
は非常に有効であると考える。鑑賞における,聴く・
において,「音楽は好きですか」の問いに,
「はい」と
観る・考えるという行為を通して,この目標は達成に
回答している。
より近づくのではないだろうか。さらに,学習の中で
「もっと知りたい,認識を深めたい,上達したい」と
これまでの授業では,合唱,リコーダー演奏,ボデ
ィーパーカッションでのアンサンブルをこなしてきて
いう内発的動機を高めることができれば,生徒は主体
いる。突出して音楽的能力の高い生徒はいないが,中
的に学習活動に取り組むことができると考える。
学時代に吹奏楽を経験した生徒が4,5名いるほか,
個人でバンドを組み活動する等ほとんどの生徒が音楽
また,高等学校は,生徒が小・中学校からこれまで
に対して興味・関心を示している。
学んできた事柄を集大成し,これからの生涯を歩んで
いくために必要な「生きる力」を最終的に学ぶ場であ
また,半分以上の生徒が運動部に所属し,学校行事
ると考える。その事もふまえ,音楽を愛好する生徒を
等ではリーダーとして活躍するなど活発な生徒が多い。
14
4
指導の工夫
(1) 教材の工夫
という予測が重要になると思われる。そのためには,
今回は,鑑賞分野の学習において,教材に単一の楽
教材に対する,教師の幅広く詳細な研究が不可欠であ
曲ではなく映画を取り入れた。それは,映画の中の音
る。
楽だけではなく,映画の持つストーリーによって,生
また,その教師の資料・情報を,決して生徒に押し
徒の興味・関心を授業に向けさせやすいのではないか
つけるようなことがないように,生徒の活動時におけ
と考えたからである。また,その内容から生徒の創造
る支援のタイミングが大切である。
性を培い,生徒個々の感性を養うのに有効であると考
5
える。
(2) 授業形態の工夫
映画には様々なジャンルがあるが,今回,教材に映
画を取り入れるにあたり,特に次の二点に注意したい。
鑑賞学習では,
「鑑賞する」という活動だけでは,豊
教材の工夫
①
かな表現力を育てることは困難である。そこで,グル
一編の映画の中により多くの種類の音楽が取り
入れられているか。
ープ学習を取り入れ,鑑賞後にそれぞれが映画の中か
②
ら感銘を受けた事柄や疑問に思った事柄を,自己学習
時代背景,場所,登場人物の関係等がわかりや
すい設定になっているか。
課題としてさらに深く追求し,それを他者に伝えると
あくまでも音楽の授業の中での映画鑑賞であるので,
いう授業形態の工夫を試みる。この授業形態を取り入
映画の中の音楽が生徒にスムーズに届くように,教 材
れ,グループの中で発表の方法などについて意見を交
としての映画題材の選定を教師がしっかりと配慮し
わすことにより,表現力を高めることができるのでは
なければならない。
ないだろうか。
<教
また,自由に自己学習課題を設定するということが,
材>
・主教材
映画「ブラス!」(1996 年,イギリス)
生徒の内発的動機を高め,それぞれの個性を引き出し,
監督・脚本
感性を高め,創造性を培うきっかけになると考える。
音楽
(3) 学習の流れの工夫
マーク・ハ−マン
トレバー・ジョーンズ
*映画の内容
音楽の授業は週あたりの時数が少ないので,鑑賞し
た内容の新鮮さを持続しながら,効率的,効果的に学
1992 年,イギリス,グレムリーの町は,
政府の炭鉱閉鎖政策の波に揺れていた。崩
習活動を行うために,学習の流れを工夫する必要があ
壊していくコミュニティを舞台に,音楽と
る。
共に生きる喜びと,友情に支えられた人生
今回は,所要時間の長い映画を教材に取り入れたこ
の素晴らしさを描いた作品。現在もヨーロ
とで,よりそれが要求される。そこで,各グループが
ッパを中心に活躍し,世界的にも有名なブ
効率的にそれぞれの課題に取り組めるようにするため
ラスバンド,グライムソープ・コリアリー
に「オリエンテーションプリント」
(資料1・次ページ)
バンドの実話を基に制作された作品。劇中
の導入を図りたい。このプリントから生徒は自ら設定
の演奏もこのバンドが担当している。
した学習課題のイメージを膨らませ,学習の流れのヒ
・副教材
映画「ウエストサイド物語」
ントを得ることができると考える。
(1961 年,アメリカ)
(4) 教師の支援の工夫
監督
今回は,生徒のグループ活動を中心に学習が展開す
ロバート・ワイズ,
ジェローム・ロビンス
るので,教師が主導権を持つ場面は少ない。
音楽
しかし,生徒の自己学習課題の設定場面において,
どのような課題がでてくるかという予想や,生徒の活
動場面では,このような支援が必要になるであろう,
15
レナード・バーンスタイン
資料1
「オリエンテーションプリント」
映 画 か ら 音 楽 を 学 ぼ う !
Class
No.
Name
1.はじめに
これまで音楽の時間では,たくさんの作品を鑑賞してきました。
今日から勉強する内容は,グループで取り組んでもらいます。まず,1 つの映画作品を鑑賞して,その映
画のストーリーの中から,自分達の興味のある事柄(どんな事でも良い,音楽以外でも)を見つけ出し,そ
の事柄について調べ,最終的に音楽と自分達が興味を持った事柄を結び付けていこうというものです。
これから自分達がどんな事をするのか,皆さんが以前鑑賞したことのある,「ウエストサイド物語」を例
にして説明したいと思います。
2.ウエストサイド物語の場合・・・
(1) この学習に授業時間を8時間かけます。(授業4回分)
(2) グループは全部で6グループ(男女混合,男女別どちらでも良い。)
(3) 授業の流れと学習者(あなた)の動き
時間
学習の流れ
学 習 者(あなた)の 動 き
1
・映画前半部分の鑑賞
・映画を観る。
2
・内容の把握
・プリントを整理しながら登場人物や物語を理解する。
・グループ活動
・どんな事柄に興味・関心をむけるか話し合う。
3
・映画後半部分の鑑賞
・映画を観る。
4
・内容の把握
・プリントを整理しながら物語を理解する。
・グループ活動
・自分達が取り組む課題を設定する。
5
・グループ活動
・グループで課題に取り組む。
6
7
・教師とミーティング
・グループごとに,設定した課題について,調べたり練習したりす
る。
8
・発表
・グループで取り組んだ課題について発表する。
・感想と評価
・他のグループが取り組んだ事柄について,発表を聴き,学び取る。
(4) グループ活動の例
ウエストサイド物語を鑑賞して取り組んだグループ活動の例
① グループ:映画の中のダンスに挑戦(音楽)
② グループ:「Tonight」をリコーダーアンサンブルで演奏
③ グループ:ウエストサイド物語が受賞したアカデミー賞について調べる(音楽,映画)
④ グループ:アメリカが抱える人種差別問題について調べる(社会,歴史・地理)
⑤ グループ:音楽を作曲したレナード・バーンスタインについて調べる(音楽,歴史)
⑥ グループ:映画のモデルになったといわれる「ロミオとジュリエット」について調べる(文学)
その他考えられる事柄:
・ジェット団着用のジーンズ「Levis」と,シャーク団着用のジーンズ「Lee」について(服飾デザイン)
・映画が製作された 1961 年のアメリカの様子について(社会,地理・歴史)
3.今回の授業では・・・
(1) 今回鑑賞する映画「ブラス!」(原題:Brassed off! 1996 年イギリス映画)
(2) ウエストサイド物語の授業例と同じ流れで学習を進行させていきます。
(3) 授業予定日
1回目
1月6日(木)5・6校時
2回目
1月 17 日(月)5・6校時
3回目
1月 24 日(月)5・6校時
4回目
2月7日(月)5・6校時
(4) その他注意する事
16
6
次
ねらい
映画を鑑賞し、内容を理解するとともに、
音楽の美しさ・楽しさを味わう。
1
指導計画
*評価の観点
時
ねらい
主な学習活動
2.表現の工夫
学習形態
・映画の内容 ・題材全体の学習
1
3
の流れを把握す
流れをつかませる(オ
その中の音
る。
リエンテーションプ
リントの活用)。
学習する。
内容を理解する
一
斉
・興味を持っ
とともに,その
個
人
た事柄の中
中の音楽につい
グループ
から,各自
て学習するワー
の学習課題
クシートの活
を 設 定 す
用)。
る。
・内発的動機
自ら課題を見つけ主体的に学習を進めていく中で、音楽
とあらゆる分野との結びつきに気づき、理解を深める。
5
・鑑賞する映画の選定
を工夫する。
きるようにする(資料
・グループの取り
プリントの作成)。
組みについて話
る。
観察法(観点1,4)
述べることができ
る。
・自ら関心を持って,
積極的に活動に参
加する。
観察法(観点3)
し合う。
・各グループとのミー
・常に課題意識をも
ティングで,活動が
ち,グループ活動
に参加する。
た事柄につ
学習に取り組む
いて,グル
(話し合い,調
グループ
スムーズに進行する
ープで主体
べ学習,演奏な
個
ように適宜アドバイ 観察法,記述法
人
的に課題に
ど)。
取り組む。 ・教師とのミーテ
スする。
・生徒に映画をフィー
(観点2,3)
ドバックさせる。
・映画とその ・各グループで課
・各グループの活動状
・グループの課題と,
中の音楽が
題に取り組みな
況を見ながら,適宜
音楽との関連付け
持つ良さ,
がら,その課題
アドバイスをする。
ができる。
楽しさに気
と音楽との関連
グループ
づく。
付けをする。
個
人
記述法(観点2)
・生徒の活動に必要と
思われる情報を適宜
7
賞することができ
・自分なりの感想を
・生徒が課題を設定で
ィング
6
評価の観点と方法
記述法(観点1)
・興味を持っ ・グループで課題
4
教師の支援
・題材全体の学習目標, ・映画を主体的に鑑
楽について ・映画を鑑賞し,
2
3.表現の技能 4.鑑賞の能力
を理解し,
を高める。
2
1.関心・意欲・態度
・主体的に学 ・教師とのミーテ
習に取り組
む。
提供する。
ィング
・生徒に映画をフィー
・グループ学習に主
体的に取り組もう
とする。
観察法(観点 3)
ドバックさせる。
課題を発表しあうことにより、感性を高め、
さらに音楽を愛好する心情を育てる。
3
・グループで ・グループごとに
・各グループの発表の
・グループで協力し
協力し合っ
課題の成果を発
成果を最大限に引き
て発表に取り組ん
て発表し,
表,鑑賞し,互
出せるようにする。
でいる。
学習のまと
いに感想を述べ
グループ
めをする。
合う。
個
人
生活のあらゆる場面
一
斉
に,音楽が存在してい ・互いの良さを感じ
8
・個々の良さ ・学習のまとめを
を 認 め 合
う。
・学習のまとめをし,
ることを認識させる。
し,自己評価を
する。
取って発表を聴く
・一つの映画鑑賞をき
っかけに,多様な事
ことができる。
自己評価
柄を学ぶことができ
記述法(観点4)
るということに気づ
かせる。
17
観察法(観点 3)
7
また,最後に発表会形式を取ったことで,生徒は自
本時の展開(指導計画8/8)
(1) 本時の目標
ァ
分達の設定した課題以外に,他のグループがどんな事
グループで調べた自己学習課題を,工夫して発
柄に着目したのかを知ることができた。
表する。
イ
次は,生徒の発表後の感想である。
互いのグループ発表を鑑賞し,良さや個性を認
・一つの映画から,こんなにいろいろな事を知ること
め合いながら評価しあう。
ができて良かった。映画はただ見るだけじゃなくて,
(2) 生徒の活動の様子
自分の興味あることを見つけだして調べたら超おも
<各グループが設定した自己学習課題>
しろいという事に気づいた。これからも授業でいろ
① グループ
映画に登場した楽器の特徴について
いろな映画を観て,いろいろな事を吸収したいです。
みんな超頑張っていた。
② グループ
・音楽や楽器についての知識が広がったような気がし
金管楽器の変遷(進化)について
た。たまには,こんな授業のやり方もいいなと思っ
③ グループ
た。
映画音楽作曲家トレバー・ジョーンズとジョン・
・最初は,すごく難しいことするなーと思ったけど,
ウイリアムスについて(インターネットを使って)
やっていて超おもしろくなっていた。一応大変だっ
④ グループ
たけど楽しくできてよかったと思う。
・トランペットとフリューゲルホルン,信号ラッ
(2) 今後の課題
パの紹介
・教師は生徒のグループ活動が円滑に行えるように,
・映画音楽から「エーデルワイス」のハンドベル
あらゆる場面を予測・想定して,より幅広く詳細に
演奏
教材研究をしておくことが不可欠である。
⑤ グループ
・生徒の様々な活動内容に対応するために,より一層
吹奏楽の演奏スタイル,日本とヨーロッパの違い
の施設・設備の整備,教具の充実が求められる。
について
9
⑥ グループ
映画の中で演奏された曲「威風堂々」の器楽演奏
創造性を培い表現力を高める学習指導の工夫として,
高等学校では小中学校からの学習の集大成ということ
8
まとめ
(リコーダー2,キーボード2,ハンドベル2,
を意識して,あえて鑑賞学習で豊かな表現活動を生み
ピアノ1)
出すことができないかと試みた。また,多様化する社
会の中で,生涯にわたって音楽を愛好する生徒が一人
授業の考察
(1) 授業を終えて
でも増えることを願いつつ,映画を題材に取り入れた。
授業は,8時間計画で実施した。今回題材に取り上
そして,その中で自己学習課題を設定させたことによ
げた映画「ブラス!」は 109 分の作品のため,鑑賞す
り,生徒の内発的動機を高め,個々の感性を大切にし
るだけでも8時間計画の中の2時間以上を使うことに
て,表現力を高めることができたと考える。
なる。高等学校の芸術の授業は,ほとんどの学校で週
今後も,表現活動の工夫改善を模索し,創造性を培
に1日2時間連続で行われている。時期によっては,
い豊かな表現力を高める学習指導に取り組んでいきた
中間・期末テスト等で授業がカットされるため,授業
い。
と授業の間が2週間空いてしまうということも多々あ
る。映画を鑑賞した感動を持続させながら,自ら設定
Ⅶ
した課題を学習していくのに,この「時間の空白」を
研究のまとめと今後の課題
どのように埋めるかということが,授業を進めていく
上で,新たな課題となった。
今回の研究は,音楽の学習を通して児童生徒一人一
人が持っている感性や創造性を,いかに表現活動に結
そこで,何時間計画で,どのような内容の授業を計
びつけることができるかを主眼において進めてきた。
画しているのかという教師の指導計画を,授業の初め
その成果として,音楽づくりの段階では,音そのも
に「オリエンテーションプリント」という形で生徒に
のや音楽の構成要素に興味・関心をもたせることによ
提示した。その結果,授業のあらゆる場面で「今は○
り,物語などの場面に合った音源の選択や旋律づくり
○をすべき」と,生徒が自主的に行動する場面が見ら
に,児童生徒の工夫があり創造的な活動ができたもの
れた。
と考える。さらに,自らの作品を演奏し聴き合いなが
18
ら作品を手直しするなど,試行錯誤しながらよりよい
しかし,児童生徒がより主体的に活動するにはまだ
ものに仕上げていく場面もあり,創造的な活動が継続
まだ不十分と考える。それは,表現する際の技術的な
できたものと考える。
基礎力の不足及び読譜を中心とする楽典などの知識不
また,鑑賞の学習において,作品を味わった感動か
足が原因と考えられる。その解決を図るためには,児
ら各自のテーマを設定し,それについて調べ,あるい
童生徒にとって,つまらない上に根気を要するこれら
は練習して表現する活動では,自らの表現に適した楽
の技術力を高めるための活動を,いかに飽きさせずに
器を選択するなど創意工夫のある個性的な発表がみら
集中させることができるかが,今後に課された指導の
れた。
工夫と考える。
授業の形態は,小中高を通してグループ活動を中心
に実践した。その結果,発表に向けての練習の過程で
以上の成果や課題を踏まえ,絶えず課題解決に向け
た実践を重ねることで,児童生徒は音楽する喜びや力
互いに助け合い協力するなど協調性も生まれ,さらに
を合わせて活動する楽しさを体験し,その中から豊か
表現方法についての意見も交わされたことなどから,
な表現力が高まり,豊かな心ひいては豊かな人生につ
各自の表現力も高まったものと考える。
ながることと考える。
<主な参考文献>
200CD 映画音楽編纂委員会
1999
『映画音楽 200CD・サントラを聴く』
市川伸一
1998
『開かれた学びへの出発
大盛永意
1998
『夢語 尚円王』
中島
1997
『つくって表現する』
寿
松本恒敏,山本文茂
1995
新井邦二郎
1995
1993
金子書房
夢語尚円王刊行委員会
国土社
『この音でいいかな?』
音楽之友社
『教室の動機づけの理論と実践』
ジョン・ペインター/坪能由紀子訳
島崎篤子
21 世紀の学校の役割』
立風書房
1994
金子書房
『音楽づくりで楽しもう』
『音楽をつくる可能性』
日本書籍
19
音楽之友社