災害時における潜在的地域課題の構造―地域防災に注目して―

災害時における潜在的地域課題の構造―地域防災に注目して―
氏名 森田賢明・白勢綾子・浜田佑介(法政大学大学院政策創造研究科)
Keyword: 地域防災・ソーシャルキャピタル・レジリエンス・女性・子ども・LGBTI
【目的】
日本は地震災害に多く見舞われてきた。代表的なものと
して、1923 年、関東大震災、1995 年、阪神淡路大震災、近
から研究が行われている。
(池田、2012)先進国における
災害後の暴力被害に関する調査報告も提出され、近年、
世界的課題として取り上げられている。
(IFRC, 2015)
年では 2011 年、東日本大震災、2016 年、熊本地震である。
近年の防災概念として、レジリエンスがある。
「危険に
その際に数多くの人命が失われた。その度に、人々は災
さらされたシステム、コミュニティ、社会が、その最も
害から復興し、現在に至っている。だが、ある事柄に関し
重要な基本的構造・機能の維持・回復を通して、時宜に
ては言及が少ないように思われる。それは災害下における
適った効率的な方法で、危険の影響に耐え順応する、あ
暴力である。1923 年、関東大震災では、朝鮮人に対する暴
るいはそれを吸収し、そこから回復する能力」
(UNISDR)
力が発生し、多数の朝鮮人が被害を受けた。1995 年、阪神
である。
大震災では、女性に対する性的暴力が発生した。近年の東
日本大震災、熊本地震においても発生している。
潜在的地域課題は、脆弱性を高め、レジリエンスを阻
害するにもかかわらず、課題として取り上げられにくい
朝鮮人への暴力に代表される身体的な暴力、性暴力被害
性質をもつ。その最も具体的なものは暴力である。潜在
者への社会的偏見、また、震災後は、男女の平等性が失わ
的地域課題の構造を理解することは、暴力被害の減少を
れ、性に基づいた画一的な価値観が定着するなど、暴力は
考察する際に必要である。
多岐にわたる。
本研究は、暴力は「性別などの性に基づく不平等な力関
係によって生じる身体的、性的、心理的暴力や経済暴力な
【研究方法】
以下では、本研究の調査対象、研究方法を提示する。
ど、多様な暴力をさす包括的な概念」とする。
日本は、南海トラフ地震、関東における大規模の地震が
1.調査対象
予測されている。関東に限っても、人口密集地域であるた
調査の対象団体は、1.市民団体(女性・子ども支援
め、大規模災害が発生した際に、暴力は発生すると考えら
団体、性的マイノリティ支援団体)
、2.行政である。1
れる。このように暴力は過去に起きた出来事に位置付けら
は社会的弱者の視点、2は被災自治体である行政側の視
れるような課題ではなく、喫緊の課題である。
点であり、構造を理解する上で有効であると考える。
人口密集地域は様々な人々が暮らしをしている。その中
には、社会的弱者とされる女性、子ども、LGBTI の人々が
含まれる。社会的弱者は災害における影響を受けやすく、
暴力の被害に遭いやすい。誰もが安全に生活できることが
地域社会の根幹である。社会的弱者が生活しにくい地域は、
結果的には、弱者でなくとも生活にしにくい。
本研究は、今後予測される大規模災害において、地域社
会が暴力の被害を減少させるための提言を目的とする。
事例選定理由は以下のとおりである。
①東日本大震災を経験した地域にて活動している、も
しくは、地域に支援に赴いた経験がある団体。
②特定の分野で活動しながら、防災分野においても活
動範囲を持っている団体。
③調査協力いただけた団体。
調査団体は以下のとおりである。
1.市民団体
(1)性と人権支援ネットワーク ESTO
【研究内容】
「すべての人がその性の在り様に関わらず存在を尊重
日本における災害時における弱者の研究は、高齢者、
されることを願い、人と情報の交流によるネットワーク
障がい者を中心として行われてきた。2007 年、中越沖地
を豊かなものにするために、1998 年 10 月 25 日に発足し
震以後は、男女共同参画の視点から、女性に関する研究
た非営利団体」
(HP より)
。災害時における LGBTI の調査
が行われている。また、災害時における弱者の研究では、
を行う。
(ESTO、2015 年)
社会構造により弱者がもたらされるという脆弱性の観点
(2)東北 HIV コミュニケーションズ(THC)/レイン
ボーアーカイブ東北
THC は「HIV/AIDS によって自らの生命や生き方に影響
【避難所の運営】
繋がりを深めるやり方、色々な人に配慮するノウハウ
を受けた人々が、共に生きる社会を作り出すことを目的」
がなかった。そのため画一的な人権に配慮されない場所
とした
「民間非営利のボランティア団体
(NPO)
」
(HP より)
。
が出来てしまう。その一方で、自分たちは避難所の人た
レインボーアーカイブ東北は「レズビアン・ゲイ・バ
ちであるというイメージがある避難所の運営は上手くい
イセクシャル・トランスジェンダーなど、多様な性の当
き、LGBTI の人々が自己開示しやすく、受容されていくこ
事者たちの生の声を集積・記録・発信する団体」
(Twitter
とがあった。また、目が行き届いていくことにより、児
より)
。両団体に調査協力者が在籍している。
童虐待を未然に防ぐこととなった。
(3)特定非営利活動法人はままつ子育てネットワーク
ぴっぴ
【多様な人権への目配り】
人権を尊重することは、それぞれのイシューで理解す
「浜松市および周辺地域の人々に対する子育てサポー
ることが大切である。また、その人が生きている背景を
トを目的に、子育てに関する団体及び個人の相互の情報
知ることにより、尊重が深まる。多様な個人の尊重への
交流をサポートし、地域社会における市民活動団体・行
配慮となっていく。同時に、パーソナリティは複雑であ
政・企業・学校などが連携する環境を作り、豊かな地域
ることを理解する。
社会の形成に寄与することをめざして活動」
(HP より)
。
事業に子どもの防災を考える地域ネットワークがあり、
【記憶・実感】
防災に関するワークショップを行う。
乳幼児を育てる女性は、避難所の中において、乳幼児
が夜泣きをすると、申し訳ない気持ちになるという。自
2.行政
分の状況を理解してほしいと実感しているが、夜泣きを
宮城県庁環境生活部共同参画社会推進課
するので、避難所での生活は辛い記憶となる。
「東日本大震災での被災者支援等における男女共同参
画の状況調査」
(宮城県共同参画推進課、2012 年)を実施
LGBTI の人々は、人知れずあったこと自体もないものと
され、社会の一員ではないという実感を得てしまう。
し、男女共同参画の視点から防災について調査している。
【コミュニケーション】
2.方法
本研究は、質的調査法を用いる。インタビュー調査実
個別の自分なりの距離の取り方を一緒に考えていこう
というコミュニケーションがないと始まらない。という
施後、収拾したデータは、kj 法を用いてラベル化した。
個人と個人のコミュニケーションから、体調が優れない、
潜在的地域課題は、個人に対するプライバシーの侵害を
悩みがあるそういったときに、確実に寄り添って受け止
主な理由とするからである。それらに基づき、ラベル化
めるというコミュニケーションもある。ちょっと声をか
した。
けるというような目配りも含まれる。
【調査結果】
インタビュー調査の結果は、質的調査法である KJ 法で
整理した。
以下は KJ 法によって導き出された主要な論点である。
【問題の時間軸】
避難所が解散したら、以前の生活に戻るという事では
なく、その中で関係性をずっとつくりながら生きていく
ことになる。支援団体が入ってきて、避難所解散後の生
活を始めた LGBTI の人々に宅配便のように支援を行って
【アクター間の問題の捉え方】
いくのは、リスクをもたらすことがある。
避難所の運営者、避難所に避難している市民、避難所
乳幼児の育児を行う女性は、避難所から移動すること
を支援する支援団体、行政は、災害時における問題の捉
が可能となると、避難所での生活は最低限にする行動を
え方が異なっている。だが、各アクターの問題の捉え方
し始める。学齢期の子どもを育てる保護者は、避難所で
の差異が前提となっていない。
の生活がいったん落ち着くと、子どもたちを親戚の家に
疎開させるなどの行動をした。
【支援の持つ複数の意味】
人として尊重するといった個人への配慮である。
行政、支援団体、住民組織、市民は支援という言葉を
【支援の持つ複数の意味】は個人の尊重を前提として
複数の意味で使用している。女性支援団体が入ってきた
行うことが必要であるが、アクターごとに支援の位置づ
場合、避難所にいる男性は女性が支援されていると述べ
けが異なっている。
【問題の捉え方】が各組織で異なるた
る。支援団体は、支援団体同士で支援のコミュニティを
めである。
【組織の限界】が表出し、多様な価値観をどの
形成し、当事者の視点が欠けがちとなる。一方、個人の
ように受け入れていけばいいのか、という課題が出る。
自立を促すための支援としての位置づけがある。
【組織の限界】は市民社会において位置付けられてい
る組織が持っている特性である。人々は、市民社会にお
【組織の限界】
ける組織、地域の人の関係であるコミュニティとでは、
地域住民が組織する自主防災組織、支援団体、行政は
【課題の表出の仕方は変化する】
。この変化はコミュニテ
各組織に限界がある。限界は組織の性質からもたらされ
ィでは課題にされないことが、組織では課題となる。暴
る。防災は地域ごとの取組、考え方にばらつきがあるが、
力は両方の人の関係において課題であるが、暴力という
このばらつきが、各組織に影響をもたらしている。
課題は、市民社会の組織への影響は大きく、コミュニテ
各組織の中核となる人物は、男性となる場合が多い。
ィへの影響も大きい。そのため、影響にさらされるだろ
男性の視点となりがちである。だが、その男性視点は、
う人々は、暴力によって苦境に立たされている人々の存
組織に関係している男性の視点である。
在自体をなかったことのように扱うであろうと推測する。
これは【記憶・実感】として個人の中には現れるが、市
【課題の表出の仕方は変化する】
民社会に位置付けられる組織、地域でのコミュニティか
災害時における様々な課題は、市民社会において位置
らはなかったことにされる。
付けられている組織の中で議論されるが、人々の関係を
以上のことから、暴力という具体的な課題は、組織、
基本とするコミュニティにおいては、課題にされること
コミュニティにおいて捉えられているが、影響が大きい
はない。一方で議論されている課題は、課題として存在
ため、無かったこととなる。暴力の被害に遭う人々は、
しない。人々は市民社会とコミュニティの使い分けをす
存在するが、組織、コミュニティからのケアということ
るが、この二つの解釈の下では、課題の表出の仕方は変
が明らかとなった。
化する。
東日本大震災では、精神保健福祉士、傾聴ボランティ
アが被災者のケアを行った。また、女性支援団体は、育
【考察】
児に関連したケアを行った。本研究は、ケアを二つの意
調査結果から考察を行う。
味で捉える。第一は、災害に遭遇し、精神的に傷ついた
【多様な人権への目配り】は、人権への配慮をするこ
状況からの人間性の回復としてのケアである。これは前
とで、多様な人々が一時的にではあるが過ごすことにな
述の精神保健福祉士、傾聴ボランティア、女性支援団体
る避難所において、尊重されるべきことである。
のそれである。第二は、成人男性、女性、子どもという
これの具体的な形が【避難所の運営】である。
【避難所
属性に焦点当てるだけではなく、その人に対してのパー
の運営】は多様な【コミュニケーション】によって、日々、
ソナリティのケアである。本研究は特に後者に趣を置く。
人々によって構成されていく。避難所を中心とする生活
パーソナリティのケアは、LGBTI の人々が体現している
は、災害直後から始まるが、災害直後から 1 週間、2 週間
ように、多様であり、個別の生き方を肯定する。子育て
経過すると、
【問題の時間軸】が変化していく。
【避難所
世代の多様な生き方をも肯定する。人間性を取り戻して
の運営】は性質の変化を行うことになる。
いく工程である。それは、男性、女性にも同様のことが
その際に大切なのは【記憶・実感】である。被災とい
う辛い体験をしながら更なる辛い体験を重ねることによ
言えるのではないかと考える。
以上の考察に基づき、以下では現段階での提言を行う。
って、記憶が形成され、社会の一員ではないという実感
を得てしまうに至る。これは、
【多様な人権への目配り】
提言 1
が行き届かなくなった結果であり、
【コミュニケーショ
暴力という課題は、組織、コミュニティにおいて、捉
ン】の細かな動きが大切となる。受け止める、個別の個
え方が異なる事象である。そのため、組織、コミュニテ
ィは、暴力をなかったことにする空白地帯を作り出すこ
とを自覚する。
内閣府、2016 年、
『避難所における良好な生活環境の確
保に向けた取組指針』
東日本大震災女性支援ネットワーク、2015 年、
『東日本
提言 2
大震災災害・復興時における女性と子どもへの暴力に関
提言 1 に基づき、防災は、基本概念に、成人男性、女
する調査報告書』
性、子ども、lgbti というパーソナリティを尊重するとい
う明示をすることで、性別、性自認という枠組みを横断
宮城県共同参画推進課、2012 年、
『東日本大震災での被
災者支援等における男女共同参画の状況調査報告書』
的に含めることにより、人間の多様な行動を理解、内省
レインボーアーカイブ東北 Twitter
する手掛かりとし、空白地帯を埋める行動を規定する。
https://twitter.com/rainbowtohoku
2016 年 8 月 6 日閲覧
【今後の展開】
本研究は、市民団体、行政へ調査から考察を行った。
調査の中で出てきたこととして、人口密集地域である都
市部、中山間、漁村地域の地域的な特色である。本研究
IFRC, 2015, Unseen, unheard: Gender-based violence
in disasters
UNHCR, 2015, Protecting persons with diverse sexual
orientations and gender identity
の限界として、地域の特色を考察の範囲にいれることが
UNISDR, TERMINOLOGY, Resilience
できなかった。次に、先行研究においても指摘されてい
https://www.unisdr.org/we/inform/terminology
るが、客観的なデータに基づいて研究を進めることがで
2016 年 6 月 18 日閲覧
きなかったことである。
【引用・参考文献】
岡本義行、2011 年、
「地域の内発的発展に向けて」
、
『地
域イノベーション』
、No.4、
、P47-52
池田恵子、2012 年、
「女性の視点による被災者ニーズの
把握から―東日本大震災における活動経験の聴き取り調
査から―」
、
『国際ジェンダー学会誌』
、Vol.10、P9-32
性と人権ネットワーク ESTO
http://estonet.info/index.html
2016 年 8 月 6 日閲覧
性と人権ネットワーク ESTO 内田有美、2015 年、
『東日
本大震災におけるセクシュアルマイノリティ当事者の被
災状況およびニーズ・課題に関する調査報告書』
東北 HIV コミュニケーションズ THC 会の概要
http://www16.plala.or.jp/thc/
2016 年 8 月 6 日閲覧
特定非営利活動法人はままつ子育てネットワークぴっ
ぴ
ぴっぴについて
http://npo.hamamatsu-pippi.net/gaiyo/about_pippi
.html
こどもの防災を考える地域のネットワークについて
http://npo.hamamatsu-pippi.net/jigyo/bosai.html
2016 年 8 月 6 日閲覧