9月4日開催 - 難病情報データベース

ごあいさつ
大阪難病医療情報センターは、大阪府や政令市、府下専門病院、地域医療機関
などのご協力をいただき、平成13年に大阪神経難病医療推進協議会を設立し
ました。協議会は、同年4月から、施設と在宅医療の連携・調整、安定した在
宅療養の確保、緊急時の適切な対応などを促進するため、医療ネットワークの
構築に務めてまいりました。当初、対象疾患は筋萎縮性側索硬化症(ALS)
のみでしたが、平成16年からハンチントン病、多系統萎縮症などを追加しま
した。その過程で遺伝性神経難病にも新たなネットワーク支援を行いつつあり
ます。
今回はこの支援活動を実りあるものとするため、ALS などの神経難病の在宅
ケアで大きな課題となっていますレスパイト入院に関する特別講演をお願いい
たしました。その講演をまとめましたのでご報告申し上げます。皆様の支援活
動の一助になれば幸いです。
最後に、今回のセミナーにご尽力いただきました大阪難病研究財団にお礼
申し上げますとともに、今後ともご協力を賜りますようお願い申し上げます。
大阪難病医療情報センター
澤田
甚一
レスパイト入院を軸とした
在宅神経難病患者・家族の総合支援
医療法人財団
村上華林堂病院
華林会
神経内科
菊池仁志
目次
1.在宅神経難病患者・家族の現状
2.どうすれば在宅神経難病患者・家族を救済できるか
当院でのサポート体制
訪問診療・訪問看護
レスパイト入院体制、チーム医療
メンタルサポート、リハビリテーション、
介護家族へのアプローチ
3.研究・学会活動など診療・教育・研究面での実績
4.戦略的視点から見た神経難病診療システムの構築
5.神経難病在宅支援ネットワーク体制の必要性
2
はじめに
筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経難病は、難治性進行性で、全身の運動機能の障害の
ため、本人・家族の精神的・経済的な負担は極めて大きく、医療だけでは解決できない、数々
の社会的問題、家族介護問題など数多くの問題を抱えています。そこでは「病気」を診るとい
う事より、「病人」を看るという姿勢が重要になってきます。つまり「神経難病」を診るので
はなく、「神経難病という病を持った悩める人」に対し、その人にまつわる様々な問題を解決
していく「全人的医療」が望まれます。そして、その実践には、コメディカルを中心としたチ
ーム医療体制の確立が必須であります。
私どもの施設では、平成 18 年 12 月より、本格的な神経難病診療に取り組み始め、神経難病
患者さんへの全人的医療を目指しながら、在宅神経難病患者・家族を支えるためのシステム作
りを目指してきました。本冊子では、神経難病診療立ち上げから、レスパイト入院を軸とした
在宅支援システムの構築に至るまでの過程で、私どもが経験してきたことを記させていただき
ました。システムに関しては、各医療施設で、その施設に一番合った形を組み立てていくのが
最良と思います。私どもの試みはその中のモデルの一つとして参考にしていただけたら幸いに
存じます。
平成 23 年 2 月 1 日
3
1.在宅神経難病患者・家族の現状
神経難病の診療は、そのケアの困難さより、
神経難病患者がかかえる問題
一般病院では対応困難であるため、従来は国
立療養所などの公的機関により長期療養と
ALSなどの神経難病は、解らない・治らない・高度のケアが必要
なため一般病院では対応が困難。
いう形で支えられてきました。しかしながら
↓
平成16年以降、国立療養所は独立行政法人化
病状の進行により対応がさらに困難になるばかりか、
病気が長期にわたるため病院・施設では、対応できなくなる。
による統廃合のためその数は減少し、実際に
↓
ALS患者を中心とする神経難病患者を支えて
国立療養所などの公的な長期療養病院が統廃合の傾向にあり、
長期的に入院できる施設が少なくなっている
いく民間病院の役割が求められています。た
↓
だ、民間病院では、神経内科専門医の配置は
在宅療養の充実が必要となる
十分ではなく、専門性の高い神経難病診療を
十分にできる施設は限られており、さらに、
病状の進行に伴う濃厚な看護が必要なため、看護スタッフの疲弊が生じ、長期的な入院療養は
困難となります。そのため、多くの神経難病患者・家族は行き場を失い、在宅での過重な療養
を強いられることとなります。そのような患者・家族を救済するためには、在宅での家族介護
負担の軽減や患者さんの健康管理のために短期的に入院してもらうレスパイト入院を活用し
たサポート体制が必要となります。
神経難病患者の在宅療養の現状
 身近な相談相手がいない
 専門医や専門ナースの不足
 急変時の受け入れ先の確保が困難
 医療度が高いため高度な介護技術が必要
 主たる介護者は、家族となる場合が多い
 介護者の休息がとりにくい状況にある
 無理な介護・介護の長期化による在宅破綻の可能
性がある
 ALS患者さんの長期入院受け入れ可能な施設が
少ない
在宅神経難病患者・家族支援の条件
専門的医療が可能である
在宅往診医・訪問看護師の確保
後方支援病院・レスパイト入院施設の確保
長期療養病床の確保
リハビリテーションの継続
患者・家族のメンタルサポート
福祉・行政による支援
患者・家族のための療養環境の調整役の存在
各体制の円滑な連携が何より重要
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2.どうすれば在宅神経難病患者・家族を救済できるか
1)村上華林堂病院での神経難病支援体制
当院では、平成 18 年 12 月より本格的な神
当院の神経難病患者診療に関する診療指針
経難病診療に取り組み、ALS を中心とした神経
神経難病患者は、医療行為だけでは多くの問題は解決できないため、心理的・
難病患者さんの在宅療養を長期的に支えるた
社会的サポートを固めるべく多職種間でのチーム医療が必要である。
めの総合的サポートシステムの構築を始めま
• 初期診療より関わる事で、患者さん個々人の人間性を把握していく。
した。その実績としては、平成 18 年 8 月から
• 病状の進行過程に関わる事で、患者さんの心理状態の把握
・メンタルサポートに努める。
平成 22 年 9 月までの約 4 年間で ALS・運動ニ
• 在宅診療や長期療養を行いながら可能な限り末期まで診療する。
ューロン疾患患者 85 例、脊髄小脳変性症・多
• 介護者の負担軽減も考えたレスパイトケアを推進する。
系統萎縮症患者 37 例、パーキンソン関連疾患
• 患者本人のみならず介護者に対するメンタルサポートの推進。
100 例以上、多発性硬化症 5 例、多発筋炎 4
• 医療スタッフへの過剰負担の軽減に努め
無理のないサポート体制を推進する。
例、重症筋無力症 4 例、CJD2 例、その他多数.
といった神経難病患者さんの通院・入院を支
えています。
当院は福岡県福岡市西区に位置し、病床数 160 床(一般病床 88 床、亜急性病床 16 床、障害
者施設等一般病床 36 床、ホスピス 20 床)の内科・外科・眼科・整形外科を中心とする総合病
院です。神経内科に関しては、市内に長期療養型の国立病院機構が存在しないため、主に大学
病院などの基幹病院からの神経難病患者の受け皿としての役割を担っております。
当院の神経難病診療指針は、1.神経難病患者は、医療行為だけでは多くの問題は解決でき
ないため、心理的・社会的サポートを固めるべく多職種間でのチーム医療を進めていく。2.
初期診療から病状の進行過程に関わる事で、患者さんの人間性や心理状態を把握し、メンタル
サポート・リハビリテーションを通して ADL や QOL の向上に努める。3.可能な限り在宅への
復帰を目指し、家族と一体になったサポ
ート体制を構築する。4.在宅診療を中
心とした長期療養を行いながら可能な
限り末期まで診療する。5.介護者の負
担軽減も考えたレスパイトケアやメン
タルサポートを推進する。6.医療スタ
ッフへの過剰負担の軽減に努め無理の
ないサポート体制を推進する。以上のこ
とを基本とし、神経難病病棟の医師、看
護師、リハビリスタッフ、MSW、臨床
心理士、栄養士、薬剤師ならびに、訪問
診療医(神経内科専門医・内科医)およ
5
び在宅難病コーディネーター、ケアマネージャー、訪問看護師を中心とするチーム体制を通し
て、対症療法、リハビリテーション、心理サポートを中心とした効率的な診療を在宅・入院を
通して行っております。また、遠方にお住まいの方に関しても、他施設の往診医・訪問看護ス
テーションとの連携体制をとってサポートしております。
神経難病診療で重要なことは、最初の段階での患者、ご家族への対応であります。特にレス
パイト入院を受ける場合は、必ず在宅へ帰るという方針を患者・家族に十分理解していただく
必要があります。そのためには初診の時点での説明がその後の診療に大きく影響していきます。
初診時は、主治医、神経難病担当 MSW、病棟師長など今後関っていく医療スタッフと共に面談
を行います。初期面談は 2 時間ほどかかる場合もあり、さらにはレスパイト入院による支援体
制を受け入れられない方もおられます。じっくり時間をかけて頻回に面談を重ねていく事が必
要な場合も少なくありません。
当院での神経難病患者の診療の流れ
大学病院や基幹病院、近隣の病院からの紹介
MSW・医師による対応と受診調整
入院
治療・リハビリテーション・メンタルケア
MSWによる退院後施設、訪問看護ステーション・往
診医の確保
家屋調査による在宅療養環境改善
本人・家族(場合によっては家族のみ)受診
退院
診察および医師・病棟看護師長・MSWを交えた面接:
最初の面接過程で将来的な方向性を十分話し合う。
面接後、病院見学.
長期療養
急変時の対応 レスパイト・リハビリ目的
入院を定期的に行う
★神経難病患者(特にALS)に対する経時的サポート
病状の進行
緩和ケア
2w-1ヶ月
在宅療養
1-3ヶ月
入院
2w-1ヶ月
在宅療養
入院
受診
レスパイト入院
レスパイト入院に対する考え方ですが、当
院ではレスパイト入院を単なる患者様のお預
かりと考えているわけではありません。レス
パイト入院はあくまで全診療過程の一部であ
り、大切なことは、一人の患者さんを初期か
ら末期まで如何に支えていくかということで
あります。左図に示しますように、在宅とレ
スパイト入院を交互に繰り返しながら、患者
さんとのラポールの形成を進めていき、その
中で患者さんの様々な意思決定、病気に対す
る受容を支えていく事が重要であります。
在宅療養・施設での療養
1-3ヶ月
・PEGおよびNIPPVの導入
・延命措置に対する意思の確認
・患者・介護者に対するメンタルサポート、レスパイトケア
患者さんが病気を受容する過程を支えていく
6
当院では、平成 18 年 8 月より神経難病診療
に取り組み始め、平成 18 年 12 月より療養病
床 36 床を神経難病病棟として障害者施設等
一般病床に変更いたしました。そして平成 19
年 5 月に在宅診療部を設立し、神経内科専門
在宅医、在宅難病コーディネーター(看護師)
による往診体制の確立を進め、より計画的に
効率的なレスパイト入院ができるように推進
してきました。さらに、レスパイト入院を円
滑にするためには、大学病院などの基幹病院
病院主導によるレスパイト入院システム化の利点
1) 多数の神経難病患者管理が可能。特に、多数のALS患者
の入院管理ができる。
2) 在宅と入院とが一体となって患者情報の共有化が可能。
3) 在宅患者急変の際の入院病床の確保、受け入れが容易。
4) 診療の全体像を提示でき、在宅破綻防止が可能となる。
家族の介護負担の軽減 ・ 介護目標設定による達成感・
家族の休息計画が立てやすい。
計画レスパイト入院システム化における問題点
1) 患者・家族の理解が得られない場合、計画入退院が困難
2) スタッフの意識統制が必要
2) 訪問看護、在宅診療、施設などでのレスパイト期間中の
診療・介護報酬が得られない
⇒他施設との連携には理解が必要
と連携し、できるだけ早い段階で ALS 患者さ
レスパイト入院計画表
入院
在宅
んを中心とした神経難病患者さんを紹介して
患者
X月
いただくことが望ましいです。そうすること
で、病初期から在宅診療を基盤とした計画的
レスパイト入院を繰り返しながら、患者・家
族との信頼関係が構築されるとともに、家族
も診療スタッフの一員として参加していると X+1月
いう意識を持てるようになります。特に、レ
スパイト入院期間に関しては、重症度に応じ
て 2 週間から1ヶ月の入院、最低 1 ヶ月以上
の在宅療養というサイクルを繰り返すことで、
介護者であるご家族と病棟スタッフで介護負担を分担していきます。そして、あらかじめ入・
退院日を決めることで、患者・家族が病院に支えられているという安心感を持ち、ご家族が計
画的に休息できるようになります。さらに、重症の患者さんが集中しないように入院計画を組
むことで、医療スタッフの負担軽減が図れ、数多くの神経難病患者さんをみることができます。
レスパイト入院中は、患者さんの全身状態の管理、リハビリテーション、メンタルサポート、
胃瘻造設、NIPPV(非侵襲的陽圧人工呼吸器)の導入、気管切開、人工呼吸器の装着、療養環
境の調整などを行うことで、長期的な在宅療養に対応していきます。また、在宅での急な病状
悪化の際も、神経難病病棟で積極的に入院を受け入れ、コミュニケーションが困難な患者さん
にも、日頃からレスパイト入院で接している病棟スタッフにより、迅速な対応ができるように
しております。レスパイト入院型病棟の利点としては、1)多数の神経難病患者管理が可能。
特に、多数の ALS 患者 の入院管理ができる。 2)在宅と入院とが一体となって患者情報の共
有化が可能。 3)在宅患者急変の際の入院病床の確保、受け入れが容易。 4)診療の全体像
を提示でき、在宅破綻防止が可能となる。 家族の介護負担の軽減 ・介護目標設定による達成
感・家族の休息計画が立てやすい。 などが挙げられます。一方、問題点としては、1)患者・
家族の理解が得られない場合、計画入退院が困難 2)スタッフの意識統制が必要 3)訪問看
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護、在宅診療、施設などでのレスパイト期間中の診療・介護報酬が得られないため、他施設と
の連携には理解が必要。といった事が考えられます。また、レスパイト型入院を進めていると、
ALS 患者さんの長期受け入れは困難となりますが、将来的に在宅療養が困難となる可能性があ
る患者さんに対しては、早い段階から長期療養病院と併診という形をとり、柔軟な対応ができ
るようにしています。訪問診療やレスパイト入院を活用しながら、初期から末期の緩和ケアに
至るまで、一人の難病患者さんをみていくことは、患者・家族に安心感を与え続けることは、
非常に大切なことであります。
レスパイト入院期間に関しては、先に述べた様に重症度にもよりますが、ALS 患者 2 週間、
その他の神経難病患者は1ヶ月を基本とし、在宅療養期間は1-2ヶ月を基本に担当医、病棟
師長および医療ソーシャルワーカー(MSW)が話し合い、レスパイト入院を計画管理すること
で多数の患者管理が出るように完全システム化しています。当然、定期レスパイト以外にも、
急変時・家族の病気などの急な場合の神経難病病棟への入院は可能であり、本人・家族の旅行
などの場合は、早い時期から旅行の日程等に合わせてレスパイト入院を計画できます。右表に
示しますように、多数の患者に対し個々人の重症度、ADL、精神状態などを考慮して入院期間
を調整し、看護負担も軽減できるように 調整していきます。
そして、実際にレスパイト入院型の神経難病病棟を運営するに当たっては、病棟スタッフ、
患者・家族への対応に関して、いくつかの大切なポイントが挙げられます。レスパイト入院体
制の運営にはまず、スタッフに対して、必ず在宅へ帰してあげるという強い統一した意識が必
要です。そして病棟を長期にわたって運営していくためには、スタッフの精神的・肉体的疲弊
を防ぐことが必須です。さらに、無理、無駄なく病棟運営していくためのコスト意識も大切で
す。また、患者・家族に対しては、レスパイト入院意味を十分に理解していただいた上で、レ
スパイト期間中の十分な休息、将来的な方向性の確認をしながら患者・家族も診療スタッフの
一員であるという自覚を持って、皆で励まし支えあう姿勢が重要となります。
レスパイト入院型神経難病病棟運営のポイント
レスパイト入院型神経難病病棟運営のポイント
患者・ご家族へ



家族の負担軽減:レスパイト入院中はできる限り家
族には休んでいただき、無理に病棟に来ないでい
いように伝える。
家族環境の状況把握:長期的在宅療養が可能か
どうかの見極めが重要。無理そうであれば、初期
の段階から長期療養型病院との併診を進める。
介護家族へのコーチング:在宅療養時は、介護家
族をスタッフ一同で励まし、入院時に労う。
病棟スタッフへ



スタッフの意識統制:看れる限り最後まで支援する姿勢
と必ず在宅へ返すという意識統制。
スタッフの負担軽減・家族教育:「家族もきついがスタッフ
もきつい」ので家族の要求をすべて受け入れることは困
難である。そのことをしっかり家族に説明し、家族もス
タッフの一員であるという認識を持ってもらう。無理なこと
は無理とはっきり言う。
コスト意識:スタッフ全員がコスト意識を持ち、資源の有
効活動に努める。
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神経難病チーム医療体制の確立
チーム医療に関して、神経難病診療には、
神経難病患者に対するチーム医療
医師の力だけではどうにもならないことが多
く、コメディカルを中心としたチーム医療が
神経内科医
在宅診療医
必須であります。当院では、このチーム医療
看護師
リハビリテーション
に重点を置き、神経難病病棟主治医、在宅往
(PT, OT, ST)
神経難病患者
臨床心理士
診医、病棟師長、MSW、在宅難病コーディ
栄養士
MSW
ネーター、リハビリテーションスタッフ、訪
薬剤師
サポート診療医師
問看護師、薬剤師、栄養士などを交え毎週、
ケアマネ-ジャー
訪問看護ステーション
回診並びにチームスタッフミーティングを行
っております。そうすることで、1 人の患者
さんの入院・在宅に関するあらゆる情報を共有することができます。また、レスパイト入院体
制におけるチーム医療体制の中では、在宅復帰のためのリハビリテーションと患者本人および
ご家族へのメンタルケアが特に重要になってきます。リハビリテーションでは、在宅での生活
を目標として、リハビリテーションスタッフが患者さんの家屋調査を行い、家の構造に基づい
たリハビリテーションを推進し、在宅では訪問リハビリテーションを通じて機能維持に努めま
す。メンタルサポートに関しては、臨床心理士や精神科医による個人カウンセリングならびに
集団心理療法・家族療法を通して、様々な精神的問題に対して対応できるようにしております。
特に患者さん 5-6人の小グループによる集団心理療法は、ピアカウンセリングの意味合いもあ
り、QOL の向上にはかなり有効と考えられます。
合併症対策
神経難病患者さんは、呼吸器、消化器をは
合併症に対する対症療法
じめとして様々な合併症に悩まされます。当 喀痰排出困難
院では、嚥下障害に関しては、言語聴覚師に
唾液・流涎
・ 抗コリン剤 {アトロピン(硫酸アトロピン),
トリヘキシフェニジル (アーテン),スコポラミン など}
よる嚥下機能評価、嚥下リハ、外科医による
・ 三環系抗うつ剤 {アミトリプチリン(トリプタノール)、
イミプラミン(トフラニール)、クロミプラミン(アナフラニール)など}
胃瘻造設を行っております。ALS 患者さんの
・ 粘稠な分泌物が多い場合は,β遮断薬、重曹+レモン水でうがい
中では、嚥下障害に先行して呼吸障害をきた
カフアシスト
す例も少なくありません。このような場合
陰圧をかけて
NIPPV 下での胃瘻造設術が必要になります。
末梢軌道の排
痰を促す
当院でも NIPPV 装着下での胃瘻造設術を積極
的に行っております。しかしながら、呼吸障
害時での手術は危険がないとはいえません。
その意味でも胃瘻造設術に関しては、できるだけ早期に行うよう推奨しております。嚥下障害
に合わせて喀痰排出困難はかなり多くの症例で見られますが、薬物療法(抗コリン剤、三環系
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抗うつ剤、βブロッカーなど)やカフアシストの使用により対応しております。さらに歯科医、
言語聴覚師、看護師による口腔ケアを徹底させることで肺炎の予防に努めております。
リハビリテーション
神経難病診療のチーム医療において大きな役割を占めるものにリハビリテーションがあり
ます。当院には現在 27 名(PT16 名、OT9名、ST2名)のリハビリスタッフが在中。発症初期
から患者個人の状況に合わせたリハビリテーションを積極的に施行し、入院・在宅での継続的
なリハビリにより、QOL や ADL の向上に努めております。神経難病リハビリテーションの診療
実績としては、パーキンソン病患者さんを中心にその数は、年々増え続けております。ALS の
患者さんは、大体一月に 25 名程度で安定しております。ALS の患者さんに関しては、特にコミ
ュニケーションの確立に力を入れております。早期から、レッツチャットや伝の心などの電子
コミュニケーション機器にかかわることで患者さんの自律を促しております。
日本における神経難病のリハビリテーションは、有効性は実証されているものの、未だ十分
に確立されていない状況があり、より有効なリハビリプログラムの確立が必要です。
神経難病患者介護家族へのアプローチ
在宅神経難病患者を支援していくためには、
在宅神経難病患者に対するチーム医療
患者さんのみならず、介護家族へのアプロー
チが最も重要であります。現状では、神経難
患者
家族
病患者の介助者の多くは家族であり、著しい
神経内科医
在宅診療医
介護負担のために在宅介護破綻をきたす場合
看護師
リハビリテーション
が少なくありません。長期にわたる在宅療養
(PT, OT, ST)
臨床心理士
神経難病という病
を行っていくためには、介護家族のモチベー
栄養士
MSW
ションを如何に維持させ続けるかがポイント
薬剤師
サポート診療医師
になってきます。また、家族の中の誰が神経
ケアマネ-ジャー
訪問看護ステーション
難病に罹患するかによって、その介護形態は
大きく変わってきます。誰をキーパーソンにして如何に介護形態における関係性を構築させて
いくかが大切です。家族の役割としては、①観察者としての家族:合併症の早期発見、健康維
持.②管理者としての家族:医療機関や福祉機関との橋渡し.③援助者としての家族:身体的・
精神的サポートが挙げられます。病院スタッフは、患者家族と医療・福祉との掛け渡しをしな
がら、患者・家族と共に様々な困難を共有し、それを乗り越えることで患者・家族の共成長を
促していく事が必要です。患者・家族もスタッフの一員として共に神経難病という病と闘って
いく事が大切です。
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3.研究・学会活動など診療・教育・研究面での実績
中小の民間病院は、診療に追われて教育や研究という面では、大学病院のように積極的な活
動は困難と考えられがちであります。しかしながら、神経難病のような特殊分野に特化するこ
とで、公的機関に負けないような教育や研究を推進することは可能であり、それが直接社会貢
献に関る事が少なくありません。私どもの施設も日常診療の中から、それぞれのチーム医療ス
タッフが問題点として考える事柄をテーマとし、様々な臨床研究に取り組んでおります。平成
19、21 年の日本神経学会総会にて本システムの構築に関する学会報告を行い、平成 20 年には、
財団法人 医療・介護・教育研究財団主催「第 4 回 ふくおか臨床医学研究賞」を受賞。さら
に、九州大学、福岡大学、佐賀大学、国際医療福祉大学、国立病院機構大牟田病院などとも様々
な共同研究を行っております。リハビリテーション部門でも、北野晃祐リハビリテーション科
科長が、厚生労働省難治性疾患克服研究事業 特定疾患患者の生活の質(QOL)の向上に関す
る研究班(小森哲夫班長)のリハビリテーションワークショップのコアメンバーとして活躍し
ております。また、臨床治験に関しても、ALS、パーキンソン病、アルツハイマー病に関する
臨床治験を積極的に実施しています。また、神経難病診療はケアが主体であり、そのチーム医
療において看護師スタッフは、最も重要な役割を担っています。看護スタッフは、病棟・外来・
訪問看護それぞれが密に連携しながら総合的なケアに当たっており、臨床心理士を交えた患
者・家族会の開催、勉強会なども開催しております。さらに当院では数多くの看護実習生を受
け入れて、教育活動にも力を入れています。看護研究活動に関しても、各地の学会、研究会で
積極的に発表しています。最近では、レスパイト入院中の家族介護負担軽減の有効性に関して
検証を行い、その有効性を平成 22 年 10 月 第 7 回日本案病医療ネットワーク研究会(横浜)
にて報告しました。計画的な短期レスパイト入院患者の増加により、次々と患者さんが入れ替
わることで、病棟に活気が生まれてきます。そんな中、最近では神経難病病棟を希望して就職
してくる看護師さんも徐々に増え、難病病棟という暗いイメージというより、看護師として明
るくやりがいのある職場として認識されてきているようです。
4.戦略的視点から見た神経難病診療システムの構築
これまでは神経難病診療といえば長期療養と言う発想が主体でしたが、近年レスパイト入院
を通して在宅療養を支えていく動きがでてきております。しかしながら、未だその数は不十分
であり、特に民間病院主導の支援体制の確立は遅々として進んでおりません。そこには、専門
医の不足、経営上の問題など多くの障壁が考えられます。民間病院で神経難病システムを戦略
的に運営していくためにはまず、ミッション、ビジョン、ゴールの三要素を明確にしていく必
要があります。さらに病院というのはその特性より非営利的企業戦略が必要となると思います。
経営学者のピーター・F・ドラッガーが、
「非営利組織の経営」の中でミッションの三本柱を次
のように定義しております。1.機会すなわちニーズを知らなければならない。2.それは、
われわれ向きの機会か?われわれならば良い仕事ができるか?われわれは卓越しているか、わ
れわれの強みにあっているか? 3.心底価値を信じているか? これらを参考にして私ども
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は、「神経難病患者・家族を安心させること」を大きなミッションとしてその遂行に努めてお
ります。さらにミッションの遂行を戦略的視点から見ると、私どもの構築してきた神経難病在
宅支援システムにおいては、経営学者のマイケルポーターの唱える基本戦略としての「コスト
リーダーシップ戦略」の面からは、神経難病診療は、看護・介護・リハビリと言うソフトの面
が主体で、ほとんど投資は要りません。また、他科の医者には難解で対応が困難な点より、専
門特化による「差別化戦略」は図りえます。そして「集中戦略」。これは、神経難病という一
つの特殊分野に集中することによる質の向上は当然のことながら、ALS 患者さんなども 1 人だ
け看るより、まとめてシステムを作ってその枠組みの中で看ていく方が対応しやすいと思いま
す。さらに、リハビリテーション、在宅診療、介護部門とのシナジーも期待できます。この分
野は、長期療養型の大病院を除けば、中小病院の一つの戦略として根付き、それが社会的貢献
につながると考えられます。
経営面での実績
民間病院おける神経難病在宅支援システムを構築する上では医療経済、病院経営に関する検
討は避けては通れません。在宅医療・レスパイト入院を効率的に行うことは、長期的入院と比
較してその医療費抑制効果は大きく、病院経営の面からも、入院・在宅・介護部門の多角的経
営戦略・シナジーにより経営健全化が期待できると考えられます。
1.療養病棟から障害者施設等一般病棟への転換による経営の効率化.
当院は、平成 18 年 12 月より、神経難病患者さんに対してより十分な医療処置ができるよう
に、療養病棟を障害者施設等一般病床へ転換しました。その結果、総収益は増益にもかかわら
ず、無理のない患者数で一人ひとりに対する行き届いたケアができるようになりました。患者
数の減少は、やはり一人ひとりに極めて手がかかるためであり、良質の医療を提供するために
はどうしても避けられない現状があります。
2.計画的レスパイト入院システムの導入による医療費削減への貢献
レスパイト入院システム導入により、経営効率の向上、医療費削減を進める事ができました。
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5.神経難病在宅支援ネットワーク体制の必要性
在宅神経難病患者・家族の支援のためには地域医療ネットワークの構築も必須であります。
その中で一つのモデルとして、大学病院などの基幹病院の受け皿として在宅支援に専門特化し
た中小規模の民間(あるいは公的な)病院を中心として、長期療養型病院による支援体制を併
用しながら可能な限り在宅療養を支えるネットワークシステムが必要であると思います。特に
在宅診療の分野では、公的病院の参入は困難であり、民間の往診専門医や在宅支援病院、訪問
看護ステーション、訪問リハビリテーション、ヘルパー事業所、ケアマネージャーとの連携が
重要になってきます。そして当然、行政機関、保健所、福祉事業所などの公的機関との連携も
必須であり、公的機関と民間病院をうまく連携させた在宅神経難病患者支援ネットワーク体制
を構築していく努力をしていかなければなら
ないと思います。また、都市部や地方部などの
レスパイト型専門病院の充実・各地域での展開
各地域においても在宅支援体制は変わってい
長期療養型
在宅支援型診療所
・往診医
くと思いますので、その地域に応じたネットワ
病院
大学病院
などの
ーク体制も考えていかなければなりません。
基幹病院
現在、私どもは全国各地で講演活動を行いな
がら、民間病院を軸とした神経難病診療モデル
の啓発を行っております。私どもの支援体制モ
デルが全国的に普及することで、多くの在宅神
在宅支援型診療所
長期療養型
・往診医
経難病患者・家族の救済ができることを期待し
病院
ております。
結語
在宅診療・レスパイト入院を効率的に行いながら 1 人の患者・家族を初期から末期まで
総合的に支えていく事が重要である。
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当院の主な神経難病診療スタッフ (平成 23 年 2 月 1 日現在)
神経内科医師:菊池仁志、稲葉明子、田代博史(訪問診療)、立石貴久(訪問診療、九州大
学神経内科より非常勤)内科医:後藤敏孝、堤陽子、外科医:久米徹
病棟看護師長:深川知栄、医療ソーシャルワーカー:原田幸子、リハビリ科長:北野晃祐
在宅コーディネーター:野島真千恵、臨床心理士:岩山真理子(九州大学)
薬剤師:古田知子
参考資料
・ 菊池仁志. 「ALS 患者さんの在宅療養をいかに支えていくか」‐レスパイト入院を中心とし
た病院主導による総合的在宅サポート体制の構築‐JALSA(日本 ALS 協会機関誌)79 号
P6-7,2010
・ 菊池仁志.
「レスパイト入院」を活用したサポートでより多くの ALS 患者を支える.医療経
営 phase3. 2010 年 11 月号p46-47
・ 菊池仁志.レスパイト入院のサイクル運用で患者・家族との信頼・共闘関係を醸成.医療
経営 phase3. 2010 年 12 月号p46-47
・ 菊池仁志.民間中小病院の戦略のみならず医療経済、社会貢献としても有用なシステムに.
医療経営 phase3. 2011 年 1 月号p46-47
・ 新 ALS ケアブック―筋萎縮性側策硬化症療養の手引き. 日本 ALS 協会
・ Amyotrophic Lateral Sclerosis (Neurological Disease and Therapy). H. Mitsumoto, S
Przdborski, PH Gordon 編集 Marcel Dekker 出版
・ 神経内科の緩和ケア 神経筋疾患への包括的緩和アプローチの導入難病.メディカルレビ
ュー社
・ 医療専門員による難病患者のための難病相談ガイドブック.九州大学出版.吉良潤一 編
・ ケアの心理学―癒しとささえの心をさがして .渡辺俊之著
・ 家族の心理‐家族への理解を深めるために. 平木典子 他著.
・ 家族療法のヒント.牧原浩監修.金剛出版.
・ エコ心理療法―関係生態学的治療.りぶらりあ選書 ユルク ヴィリィ著
など
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医療法人財団華林会
村上華林堂病院
〒819-8585
福岡県福岡市西区戸切 2-14-45
TEL 092-811-3331
FAX 092-812-2161
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