「企業財団のメセナ活動実態調査 2011」報告会・議事録 『スゴいぞ!企業財団~メセナを担う企業の財団を知る~』 2012 年 2 月 24 日(金) 13:30~15:30 第一鉄鋼ビル地下会議室 A (定員 50 名) 〔ゲストスピーカー〕(財団名五十音順・敬称略) 高島文治 財団法人常陽藝文センター 総務部長 角田佳奈子 公益財団法人東日本鉄道文化財団 事業部担当課長 金代健次郎 財団法人文化・芸術による福武地域振興財団 常務理事・事務局長 〔モデレーター〕 太下義之 三菱UFJリサーチ&コンサルティング 芸術・文化政策センター主席研究員/センター長 〔調査研究部会(当日出席したメンバー)〕(社名五十音順・敬称略) 友野宏章 アサヒビール(株)経営企画本部社会環境部長 吉村真也 TOA(株)広報室グループリーダー、社会貢献・メセナ担当プロデューサー 山本真由美 トヨタ自動車(株)社会貢献推進部社会貢献推進室 高井健吉 富国生命保険(相) 総務部 広報室副課長 岡崎真理 (株)三井住友銀行 経営企画部 CSR 室室長代理 13:30~13:35 13:35~13:45 13:45~14:15 14:15~15:20 開会挨拶/開催趣旨 【加藤種男・理事長補佐】 「企業財団のメセナ活動実態調査 2011」結果報告 【事務局・戸沢】 3 財団の事例紹介 フリートーク「スゴいぞ!企業財団~メセナを担う企業の財団を知る」 3 財団の事例紹介 【常陽藝文センター】 皆さま、こんにちは。常陽藝文センターで、総務を担当している高島です。お手元の資料 は平成 22 年度の当財団の 1 年間の活動をまとめた年報です。当財団が設立されたのは昭和 57 年、いまから 30 年前です。来月でちょうど設立 30 周年ということで、地域の皆さまに支えられて活動を展開してきました。 当財団は名前に常陽とついていますが、地方銀行の常陽銀行が設立した財団です。設立趣旨は、各種の文 化事業を行うことによって郷土文化の掘り起こしなどで地域に貢献することと、もう一つは、そうしたことを通じて、 地域の皆さまの心の豊かさづくりに少しでも寄与していきたいとさまざまな文化活動を展開しています。 7 つの事業を展開する基本的な考え方として、一つは、常陽藝文センターから地域の皆さまへ、地元の歴史や 文化を発信していく事業。2 つ目に、地域の皆さまがいろいろな芸術文化に触れる機会、勉強する教材やテーマ を提供する事業。3 つ目は、さまざまな文化活動、芸術活動を行っている方の発表の場を提供すること。この 3 つ のキーワードで 7 つの事業を展開しています。 簡単に説明すると、まずはギャラリー事業です。地元に所縁のある作家の作品を 1 年間で 6 回展示します。次 は、当財団の一番のメイン事業で、設立以来毎月、『常陽藝文』という冊子を発行しています。最新の 3 月号で、 通巻第 346 号になります。30 年間全く休みなく、月刊 20 ページ、6、12 月の特別号は 60 ページの冊子を作りま す。地域の歴史、地域に埋もれた人材、こういった方の過去の業績などにスポットを当てて、地域の皆さまにもう 一度地元の歴史や文化のよいものを再認識してもらおうと、情報発信する冊子を 30 年近く発行し続けています。 これはかなり詳しい内容で、地元・茨城を知る教科書的な存在として、歴史研究家から高い評価を得ています。 3 番目の事業は映像を記録として残していく VTR 事業です。さまざまな芸術家の制作風景や、地元にある伝 統工芸などを映像で記録し、後世に残していこうということで、これまで 140 本ぐらい作っています。 4 番目の事業は、地域の方がいろいろと勉強する機会を提供しようと、いわゆるカルチャー教室的なものとし て学苑事業を展開しています。一般のカルチャー教室とは違い、歴史や文化が中心の座学で、とことん細かい 部分まで勉強していく講座中心に展開しています。もう 30 年やっていますが、ほとんどの受講生が 10 年以上通 い続け、テーマが変わってもさらに勉強を続けている方がとても多いです。授業の内容もとても高度で、我々は なかなかついていけないような、細かい部分まで皆さま勉強されています。 5 番目の事業は当財団の特色の一つでもある友の会事業です。賛助会として、会員を募っています。最近は 数が減ってはいますが、茨城県内の個人が中心となり、2 月末現在、個人会員が約 35,000 人、法人会員が 1 1,200 団体、約 36,000 の会員がいます。県の人口が 300 万を少し切っており、世帯数は約 100 万世帯なので、 全世帯の 3.5%ぐらいの方が会員になっていただいています。当財団を運営していくうえで、この部分が財政的 基盤の一番大きな部分で、今後ともこの部分にはかなり力を入れて財団運営を図っていこうと考えています。 友の会会員を対象に、県内を 12 ヵ所に分けて地域ごとに無料コンサートを実施。音楽会になかなか足を運べ ない方に観ていただく機会を提供し、皆さまに大変喜ばれています。昨年は約 16,000 人に参加いただきました。 もう一つの事業として、さまざまな芸術文化活動をされる方の成果発表の場を提供するということで、当センタ ー内にある 300 人収容のホールを貸出し、基本的にはピアノや音楽関係の発表会、学校の発表会に使われて います。それから、1 階の藝文ギャラリーという作品を展示する場所の隣に、貸しギャラリーを設置しています。こ こで、プロからアマチュアまでいろいろな作品を、サークルなどでやられている方もいますが、そういった作品を 展示する場所を提供しています。そこの場所で展示をするのは、ある程度のレベルにならなければ利用できな い、という地元イメージができてしまって、最近は利用率が若干落ちているというのが当財団の課題です。 最後に、当財団の設立母体である銀行が新た設立した「常陽資料館」という建物があります。そこの管理運営 を任されていて、金融関係の歴史の資料の展示のほか、地元に関わる芸術文化関係の書籍などを集めていて、 3 万冊の蔵書がある金融と芸術文化に関する専門図書館を併設しています。地元の歴史を勉強される方は、こ こに来ていろいろな資料を見ている方も結構いらっしゃいます。以上、こういった事業を展開しています。 【東日本鉄道文化財団】 東日本鉄道文化財団の角田と申します。お手元の資料で、赤レンガが表紙になってい るのが当財団の概要です。この中に「財団ニュース」と「地方文化事業支援」のリーフレットが挟んであります、後 ほどご覧ください。当財団が設立されたのは約 20 年前、平成 4 年 3 月です。JR 東日本の持つ経験と実績を活 かし、新たな社会貢献を続けていくために JR 東日本が基本財産を拠出して設立しました。目的は、鉄道を通じ た 3 つの事業、学術・科学技術の振興、地域文化の振興、国際理解・交流の推進。この 3 つを柱として、人間性 豊かな鉄道文化及び交通文化の醸成に寄与するという目的があります。 皆さまに知られているところでは、大宮の鉄道博物館や、東京駅の東京ステーションギャラリーなどの運営を しています。また、駅でのコンサートや、日航財団との共同事業であるスカラシップ、海外の大学生の交流事業 なども行っています。このほか、さまざまな活動を行っていますが、本日は、私が担当している、三本柱の 2 番目 の目的である「地方文化事業支援」という事業を紹介します。 「地方文化事業支援」のリーフレットに事業概要と、これまで支援してきた事業内容を紹介しています。この支 援の目的は、東日本各地の文化遺産、伝統芸能などの継承を通じ、地域文化の振興を目指すという事業です。 平成 5 年度から始まり、今までに 91 事業を助成しています。基本的な業務としては、地域の文化保存団体など に資金助成をすることですが、支援の大きな特色が 2 点挙げられます。一つは、地域に根ざした情報の収集が できるということ。もう一つは、柔軟性のある支援ができるということです。 一つ目については、支援の応募方法にその理由があります。通常、財団から直接、地域の団体を募集するの が一般的ですが、当財団は、まず財団から JR 東日本の各支社を通して募集しています。財団の事務所は新宿 にありますので、地域のすべてを見ることはできませんが、東日本に 12 支社あり、広く繋がっている線路の先に ある駅が地域の目となって、見逃されてしまいがちな小さな事業にも目を向けることができます。そこで、地域に 根ざした情報を集めることが可能になっています。 2 点目は、助成事業というと、助成金を交付してあとはお任せというかたちが多いと思いますが、当財団では、 助成が決まると JR の支社、駅長なども一員となる実行委員会を立ち上げます。そして、贈呈式や終了報告会を それぞれ事業ごとに現地で開催します。こうしたやり取りのなかで直接顔を合わせ、地域の方と本音で話をする 機会を多く持ち、綿密なコミュニケーションが取れるということで、必要な情報を正確に知ることができます。 このように、実情を把握したうえで、事業を一過性に終わらせず、地域に根ざしたものとして事業を進めるため には、本当に必要なものは何かニーズを知ることで、事業ごとに臨機応変に対応することができます。実際に、 柔軟性があるということで、地域の団体の方から「ありがたい」といわれることがあります。例えば、この支援は 前払い制なので、立替払いをしなくて済むだとか、前もってコミュニケーションができているので、書類が簡便に 済むとか、支援対象が幅広く認められるというようなことが、地域の方から評価されている点です。 柔軟性を充実させるため、地域団体の実情に合った、より使いやすい支援にするために、現地で集めてきた 情報などから毎年応募要項の見直しを行っています。最近見直しをした点は、支援基準について。これまで、か たちとして残るものだけというように支援基準を定めていましたが、後継者育成、人を育てることが欠かせないと いうことで、後継者育成に関するものについては無形のもの、例えば、講習代、練習の場所代などにも支援でき ることにしました。また、予算に関しては、最近は行政も財政難ということもあり、なかなか自己資金がないけれ ども、活発に活動していくというような団体の少しでも足しになるようにということで、無償の活動による予算計上 2 もできるようにしました。また、東日本大震災で被災した地域の事業に関しては、個別に状況を鑑みて支援基準 等を緩和する可能性があるということで、個別に対応していくこととしました。 平成 24 年度の募集については、つい先日終わったばかりです。これから選考委員会にかける段階ですが、 応募を見てみると、震災後ということで、今までよりも無形文化についての応募が大変多く、やはり無形文化が 地域のなかで必要性が高まっていることを身に沁みて感じています。 最後に、財団支援の特色を活かすことができた過去の支援事業を一つ紹介します。平成 15~17 年に支援し た「相模人形芝居下中座の保存及び後継者育成事業」です。写真の演者はすべて中学生です。クマやタヌキ、 あまり人形浄瑠璃には見られないようなものも出てきます。これは「金太郎」をモチーフとした新しい演目を演じ ています。この取り組みは、地域の子どもたちにこの土地の伝統芸能のすばらしさを伝えたいという目的で、中 学生が興味を持てる、新しく楽しい演目をつくろうという活動でした。しかし一般に、歴史のない演目は助成が認 められにくく、この時も国庫補助を申請しましたが認められずに、中学生が使う衣装や道具の資金をどうしようか と困っているような状況でした。そんななか、当財団は、私たちの情報網である駅長からこの事業の存在を知り、 現地の状況、事業の重要性を理解したうえで、柔軟に対応することができました。当選考委員会でも認められて、 この新作演目に助成することになりました。支援が終わってから 7 年ぐらい経ちますが、財団が支援した 3 年間 の活動がきっかけとなり、今では中学校から高校でも新しい演目をやっているということで、中学校、高校、下中 座という後継者育成の流れができてきたと聞いています。また、年 10 回ほどの公演を毎年続けていて、小田原 駅ビルの中で中学生が公演を行っています。支援後もこのように活動が発展して続いていく。また、この場合は、 JR の駅ビルという場所で行うという、JR ならではの協力ができるのも企業財団の強みだと思います。 この地方文化事業支援は、文化財をきれいに保存するのが目的ではなく、保存継承をすることで人が集まり、 交流することが地域の活性化に繋がるだろうということで、人と人との繋がりのきっかけとなる活動ができればよ いということで、今後も続けていきたいと考えています。以上で事例発表を終わります。ありがとうございました。 【文化・芸術による福武地域振興財団】 文化・芸術による福武地域振興財団の金代です。香川県の離島、直島 からドア・ツー・ドアで 5 時間ぐらいかかりました。田舎のなかの田舎からやってまいりましたので、少し話をさせ ていただきます。当財団の概要ですが、5 年前に設立し、名前のとおり、文化・芸術によって地域振興するという ことで、ファンデーションとしては、ベネッセコーポレーションが株式 100 万株、時価 36 億円と現金 20 億円により 設立されています。年間約 30 件の地域助成をしています。 設立目的は、東京の人に失礼ですが、「反東京、反都市、反近代」と、徹底して東京を敵に回すという財団で す。私も東京生まれ、東京育ちで、大学は千葉ですが、東京の文化助成は一切してはならないと。都会もダメ。 徹底して地方ということであります。基本的には、「東京に本当の暮らしはあるのでしょうか」と。東京の方にそう いうことをいってはいけませんが、徹底して地方ということであります。 今の日本を、いろいろ語られていますが、間違っているということは、皆さま既にお気づきのことと思います。 よい国をつくるということであれば、個性と魅力ある地域をつくりだすことのほうが大事ではないかということです。 こういうことをしゃべれといつもいわれていて、福武は非常に理屈が多くて、皆さまも非常に聞き苦しいかも(笑)。 現代アートによる地域振興ということで、現代アートは、いってみればメッセージ性が非常に強い。それから、時 代の課題を凝縮している。ピカソの『ゲルニカ』とか、井の頭線と渋谷駅の連絡通路にある岡本太郎の壁画『明 日の神話』を見てもわかるように、現代アートが現代社会の矛盾を表現するという意味であれば、そこを支援す るということであります。そして、地方は疲弊していて、シャッター通りだの何だのというのを超えて、完全にいか れていて、助成をするところが過疎地、高齢化、中山間地域、産業移行など。そういうところに現代アートを置くこ とによって蘇らせるということが一番大きなテーマになっています。 助成の目的は、個性豊かな地域社会をつくるということ。助成対象としては、5 つぐらいの観点がありますが、 その活動が継続的か。あるいは、現代アートを中心とした、現代社会の矛盾をきちんと捉えているか。住民が参 画しているか。行政との関係がうまくいっているか。ある種の国際性みたいなことをポイントにしています。このよ うなガイドラインをつくって、選考委員の方々にお願いしています。 特に地域振興の場合、何かやる時に反対者がいるわけですから、反対者を巻き込む時に行政を敵に回して 何かできるわけではない。基本的には、地方公共団体を巻き込むというような視点がなければ助成はしません。 それから、広がりですね。美術館(ホワイトキューブの中)で何かやるというようなものは一切助成していません。 街に出てその生活圏の中で実施する活動に助成するということです。メッセージ性としては、現代アートが多い のですが、最近はコンテンポラリーダンス、パフォーマンスアートなどにも助成します。 それから、持続性を担保することが非常に大事なので、継続助成に比較的力を入れています。最後に国際性。 特に現代アートは非常に水準がバラついていて、クオリティの高さがしっかりしていませんと、こういうことをいっ 3 てはいけませんが、「ゴミとアートの境がない」ものも多いので、「それはアートですか」といわれた時に、「それは、 アートです」といえるものでないと助成はしません。 助成の仕組みは 2 つ特徴があります。一つは、現場確認です。お金を出したら必ず現地に見に行く。それから、 フィードバックをします。発表会で必ず、各選考委員に辛口のコメントをしてもらっています。 今年度は 123 件の申請がありました。日本の各地域では非常にこのようなアート活動が盛んで、増加はして いませんが、毎年 150~200 件の応募があります。当初は 1 億円ぐらい助成しましたが、だんだん少なくなってき ています。助成総数は 134 件、助成総額 3 億 2,000 万円。今年度は 6 月に選考委員会を行い、3.11 以後、東北 からの申請案件は、すべて助成するということになり、今年は全 9 件に助成しています。 それから活動報告会は、今年度は鳥取・鳥の劇場でやろうとしましたが、福武理事長からメールが入り、「日 本の危機に何を考えているのだ、見に行かないとわからないだろう、被災地のど真ん中でやれ」と。津波でどれ だけ厳しい環境にあるのか、そこで活動している人たちを支援することが大切で、要するに、実際に活動してい るところに行って発表会をするというのが基本的な考え方です。それで、南三陸町に行って開催しました。 支援活動を 4 年間やって見えてきたことは、アート、住民参加、資金的支援の関係です。特に今回は、南三陸 が非常に大きな被害を受けているのですが、基本的に弱っているところを支援しないと意味がないということだと 思います。それから、自治体との協力をより確かなものにするということ。ベネッセという考え方は「よく生きる」と いう意味ですが、ベネッセが事業活動として収益を上げる、一方、財団はある種の非収益活動としてやっていく のであれば、社会の底辺に必ずアプローチすることが要となります。横浜に助成すると福武理事長に話すと「横 浜(都会)はダメだ。」といわれ、「横浜にもドヤ街があって、そこは支援対象ですよ」というと、「勝手にしろ」という ことで支援しています。釜ヶ崎(大阪)とかもそういうことでやりました。 それから助成された資金は、活動のタネ銭、スタートアップするためのお金なので、大規模なところはもちろん、 大地の芸術や瀬戸内芸術も助成していますが、その活動の起点に助成するという考えで事業をしています。 <以下パワーポイントの画像を見ながら> この「“生きる”博覧会」は、「アサヒ・アート・フェスティバル 2011」に も参加されていますが、宮城県南三陸志津川地区で 2~3 年前から開催されています。画面にあるのは切子で す。この地域では、それぞれの家の特色を表す切子を切ってお店に飾るという活動があります。一昨年の夏、各 家々にきれいな白い切子が飾られています。下の画像は、その後、震災で流されてしまった地区の写真です。そ のようなことで、この南三陸町の場所で発表会をやることになりました。 次は、群馬県吾妻郡の八ッ場ダム建設地の隣に中之条町、四万温泉で、「中之条ビエンナーレ」が開催され ています。ここも非常に過疎でして、この写真は元木材屋ですが、ここでも展示やアートイベントをやったり、地元 の子どもが受付を手伝ったりしたりしています。こういうところを積極的に支援しています。 これは日本三大ドヤ街のひとつ、横浜寿町にて活動で、薄黄色の部屋は売春宿の跡で、この中でアーティス トの作品展示がされています。このように、アーティストが滞在制作し、簡易宿泊所にアートを取り入れながらホ ステルとしてリノベーションすることにより、少しずつ地域が開かれていっています。 それから温泉街の「BEPPU PROJECT」。これは非常に調子が出てきたようで、予算規模が 1 億円を超える大 規模プロジェクトに成長してきましたが、いろいろな助成団体と一緒、今後も支援を続けていきます。 当財団は、直島福武美術館財団の弟分のようなもので、直島プロジェクトの横展開の一つとして、直島プロジ ェクトの強みと弱み、課題をある程度ふまえながら支援しています。財団の今後の課題は 3 つあります。一つは、 公益財団に移行し、現在 4 つある財団を 2 つにまとめ、美術館活動と助成活動、共済活動、3 つを一体化して、 より地域に役立つものにしようというように考えています。 2 つ目は、はっきいってクオリティが低い助成先の活動をどのように育てていくかということで、人材育成のプロ グラムを考える必要があるのではないか思っているところです。メディエーター(仲介者)、あるいはプログラムオ フィサーのような視点を少しずつ持ちたいと思います。 最後に、ベネッセホールディングスとの関係についてです。皆さまには、進研ゼミはじめ、模擬試験などご利用 いただいていますが、そういった商品と比べて、「ベネッセアートサイト直島」の活動がどのようにベネッセホール ディングスのブランド価値に貢献しているかという話をします。これに関しては、いろいろな調査をしますが、どれ もだいたい同じような傾向がでていて、「ベネッセアートサイト直島」は、ベネッセホールディングスのイメージに非 常に貢献しているという数字が出ています。サイマル・インターナショナルや、進研ゼミ、たまごクラブ、ひよこクラ ブなどを乗り越えて、ベネッセのイメージを一番引き上げた活動だといわれています。最後に、拡張性(ベネッセ のイメージの広がり)をみても、一番貢献しているという結果が出ています。 配布したチラシは、20 周年イベント「生成 SEISEI」プロジェクトで、直島福武美術館財団とベネッセホールディン グスがやっているものです。開催経緯を申し上げますと、震災が起こり、我々は何ができるかということを議論し ていく中で、震災に対して我々は、結論的に何もできないだろうというのが結論です。では、何ができるかというと、 4 自分たちの立ち位置、つまり、社会の中でこれだけ大きな問題が起こった時に、この 20 年間の活動で獲得した ものは何かということを、約 9 ヵ月にわたって徹底して議論していきます。アーティスト、建築家、思想家、例えば、 4 月は人類学者の中沢新一氏、5 月は批評家の浅田彰氏に来てもらいます。かなり本質的な問題を指摘される 方々に来ていただいて、これだけ深い傷を負った日本の問題をどう考えるかということを、直島で考えるという企 画です。東京からは、ドア・ツー・ドアで 5 時間くらいかかりますが、ぜひいっぺんお越しください。 フリートーク「スゴいぞ!企業財団~メセナを担う企業の財団を知る」 【太下】 モデレーターを務めさせていただく太下です。三菱 UFJ リサーチ&コンサルティングという総合シンクタ ンクで文化政策を研究しています。よろしくお願いします。 まず、最初に 3 つの企業財団から報告をいただきました。一つひとつ非常に興味深い事例でした。本来はもっ と時間をかけてお聞きしたいところです。例えば、常陽藝文センターは、約 35,000 人の友の会会員に支持されて いる、これは非常に大規模です。これだけ多くの会員から支持されている企業メセナ財団はほかにないでしょう。 これだけ多くの人を集めたら、県内にメセナ市を独立させられる規模となります。おそらく親会社である銀行 OB や、取り引先など企業と繋がりがある方が多く支援者として入っておられると思いますが、それにしてもすごい規 模です。 東日本鉄道文化財団は、地域に根ざした情報収集という話でした。駅長を通じて情報収集されている。先ほど 金代さんの話にありました、プログラムオフィサー、プログラムを開拓したり、情報収集をしたりする人をそういい ますが、その意味では、日本で一番プログラムオフィサーを抱えている財団ではないか。こんな見方もできるか もしれません。福武地域振興財団は、「反東京」を掲げながら、一方で、親会社であるベネッセホールディングス の大株主であるという特殊な財団の立ち位置があろうかと思います。そして世界水準での助成活動を行ってい る。非常に興味深い話で、ドア・ツー・ドアで 5 時間かけていただき、10 分しかお話しいただかないのは非常にも ったいないのですが、3 財団とも大変興味深い、特色ある事例だったと思います。 今、申し上げた特徴はいずれも母体となった企業との関係においての特徴ともいえます。常陽藝文センターの 支持者は銀行の業務活動と密接な関係にあります。東日本鉄道文化財団は、まさにプログラムオフィサーとして の駅長という大きな力があって、地域に根ざした情報収集ができています。また福武地域振興財団は、創業者 である福武氏の株を財団が持ち、親会社企業とよい関係を持ちながらクオリティの高い活動をされています。 今日は調査研究部会の企業の方々にもお越しいただいているので、企業自身が行うメセナ活動、財団を通じ た活動との違いというか、それぞれの特徴はどういうところにあるのか、そういうところを浮かび上がらせることが できればと思います。部会 5 人に来ていただきましたので、ひと言ずついただきます。友野様からお願いします。 【友野】 アサヒビールでは、財団が先で 89 年に設立されました。その翌年、会社として部署を設けメセナ活動を 展開しています。当初、財団は独立性が高く、助成活動、大山崎山荘美術館の運営を行ってきました。現在は会 社と財団とが連携をとりながらも、独立性を保ち、メセナ活動を展開しています。 【太下】 親会社とは独立性を保ちながら、一方で連携も持ちながら進められているということでした。では吉村 様お願いします。 【吉村】 私ども TOA は、神戸にあります、マイク、スピーカーはじめ音響機器などのメーカーです。規模としては 小さい会社だと思います。企業の財団もありませんし、私自身も兼任担当者として、地域の中で企業がどう生き ていくかという観点からメセナ活動をして 15 年ぐらい経ちます。 私は、メセナ活動を支援とは捉えていません。結果的に支援になることはありますが、自社と地域がどう共生 して生きていくか、そのためにメセナという手段を用いているのだと考えています。今、企業と財団は何が違うの だろうかというお題がありました。その観点を、自社に限って考えましたが、私の感覚では自社においてメセナは 企業のミッションの一部分。生産、販売、流通など各部門のいろいろなミッションの中で、メセナもその一つである。 それだけに、他の企業リソースをうまく使って自由自在に、自由度が高くできるという半面、一部分であるがゆえ に、選択肢から外れる可能性もある。地域と共生する手法は、必ずしもアートである必要はないわけです。私は アートが大好きで、アートをやりたいと思っていますが、経営の観点からは必ずしもそうではないということです。 一方で、財団というのはそのために、文化なら文化のために設立されているので、おそらくこの辺りの立ち位 置の違いが戦略や戦術の部分で、何か差を生んでいくのではないかという感想です。 【太下】 企業と財団の拠って立つところの違いによって、結果として両者の差異が出てくるのではないかという ご意見でした。では山本様お願いします。 【山本】 トヨタ自動車は、トヨタ財団を持っています。先ほど 3 社の活動事例では母体企業との関係がとても密接 5 であるというお話でしたが、私どもは、“企業側の都合で財団を振り回してはならない、財団は長期的な視野に 立って研究を支援する”という位置づけで、企業から切り離しておりますので、その点が大きく違うと思いました。 ですから、内容面でも、トヨタ財団では長期的な研究に対する資金支援に力を入れており、私どもトヨタ自動車 は、よりお客さまに近い活動(例えば、各地のアマチュアオーケストラが離島や養護学校に行って音楽を届ける とか、各地の NPO と連携して学校でアーティストがワークショップをする活動を支援するなど)を NPO のスタッフ と一緒に汗を流しながらやっているという違いがあります。 【太下】 財団は長期的な視点でやっていくというお話でした。次、高井様お願いします。 【高井】 富国生命ではコンサート中心にメセナ活動をやっています。先ほど TOA の吉村さんの話で、メセナを手 段にとおっしゃっていましたが、我々も一般企業なので、社会貢献活動やメセナ活動を通じて、なんらかの企業 イメージの向上だとか、宣伝的な要素を期待することは、捨て切れない部分もあります。ですから実施するプロ グラムについても、非常にコアなものはできません。「そんなことをやっても名前は売れないな」みたいなことは頭 にあります。逆に、企業財団は存在価値そのものがミッションで、企業が触れられないコアな部分、例えば、地域 の伝統芸能や祭など、企業にとっては数が多すぎ、または規模が小さすぎて触れられないものが多い。財団は、 そういったところにアクセスし、助成して振興していけるというところの差が大きいと思います。 【太下】 企業ではなかなか触りづらい部分もあるというお話でした。岡崎様、お願いします。 【岡崎】 三井住友銀行では、財団は、メセナ(芸術文化)関係では持っていませんが、国際関係で持っていて、 私の所属している CSR 室が担当です。しかし、CSR というのは範囲が非常に広く、その中に社会貢献活動があ り、福祉活動、地域、国際交流、環境、さまざまな活動分野の中の一としてメセナ、芸術文化支援があります。財 団のお話を聞いて思ったのが、専門性とか、助成という考え方、思想・哲学といったものが、企業の文化活動と は成り立ちが全く違うというのが実感です。 企業は、主に寄附・協賛から始まって、私どもだと銀行のロビーでコンサートをするとか、資源を活用した地域 貢献という形で行う活動。それから社員のボランティア活動という観点から行うものが一つあります。それが思い がけず発展した活動が、チャリティーコンサート「名曲のおもちゃ箱」です。企業の社会貢献担当者として、従業 員の吹奏楽団などクラブ活動の活用とか、そういったことを表に出せないかと思って、社内で声をかけました。そ の時点では、吹奏楽団の活動がさまざまな事情で休止の状態にあり、練習もままなないという状態にありました が、社会貢献部から声かけをすることによって、ほかにも合唱団がありますとか、室内楽がありますと名乗りでて きて、協力し合って盛り上げたところ、第 1 回は出演者(社員)が 20 人ぐらい集まりました。2012 年の第 7 回は、 出演する演奏者(社員)が約 100 人になる予定です。そこから次に、社内ボランティアが、「私たちも、協力しま す」、「では、歌に手話をつけますね」など、いろいろなかたちで、当初は思ってもみなかったところへ発展してい っています。現在は、非常にたくさんの観客の方にもお越しいただき、今日の我々のコンサートになってきたとい うことで、財団が目指すところとは違う展開をしています。 【太下】 企業のメセナ活動はいろいろありますが、社員のボランティア活動と連携して活動を行っているというこ とで、確かに、これは財団の事業活動ではないパターンだと思います。 このフリートークの企画について、一般の企業メセナ活動と財団の社会貢献活動の違いは何かというのを、事 前に事務局と話しをする中で、もしかするとこういうことが違いかなと思っていたところがありました。それは何か というと、一つには、財団はある特定の目的のために設立されて、そのための専門人材を雇用するので、企業 のメセナ活動と比較した場合、より専門的な体制で活動に取り組んでいるのではないかという仮説を立てました。 しかし、そういう側面もあるけれど、皆さまのプレゼンをお聞きしますと、必ずしもそうともいえないだろうということ が多々あるわけですね。例えば、今日プレゼンいただいた財団の皆さまは企業本体の出身で、一方、企業側で は、TOA の吉村さんは 15 年くらい担当されておりとても長いので、もう専門家の領域に入っているわけです。お そらく、企業だから、財団だからと一概に専門性は云々できない部分があるのではないかと思います。 先程、事務局からの企業財団の調査報告によると、企業財団のメセナ活動は、よりより地域というものを意識 した活動が顕著に見られるということでしたが、企業のほうも非常に地域に密着した活動をされています。TOA も東京に本社がないという意味では、本当に地域に密着した活動をされているわけだし、トヨタ自動車も長い間、 全国、地域に根ざした活動をされているし、アサヒビールの「アサヒ・アート・フェスティバル」もまさに地域が主体 となったフェスティバルです。これも一概に、企業だから、財団だからと、紋切り型でいうのはなかなか難しいと思 います。 一方で、財団にとってやりやすいこと、財団ならではの活動もきっとあるのではないかとあらためて思うところ です。今の論点も含めて、もう一度、財団の方の話をうかがいたいのですが、先ほど 10 分では話し足りなかった、 うちの財団ではこんなこともやっているという PR も含めて、お話をいただければと思います。 【高島】 地域に、直接的に事業を働きかけている財団は、今日の出席の中ではうちの財団だけかと思います。 6 ほかには、助成や支援という形態が多く、常陽藝文センターだけ異質という印象がしました。ただ、うちの財団が 行う事業は、コンサート開催、冊子の出版に関してもすべてが、直接地域の方、会員の方に、こちら財団から材 料を提供しています。これに対しては、市民や会員から即座に反応が返ってくるのですが、「よかった」という感 想は決して多くないです。地元地域の歴史や文化を調べて掲載すると、必ずいろいろな見方があるので、「これ は違う」「あれは違う」という賛否両論となるわけです。ある意味で、地域の皆さまが、地元のことを喧々諤々やり ながら、さらによくしていこうという部分があり、これはこれで、よい方向なのだろうと思っています。私は銀行から 財団に来て、ちょうど 6 年になりますが、いろいろとそのように感じています。 【角田】 当財団では、地方文化事業支援のほかにも、駅でコンサートを開催していますが、財団と企業との関わ りでいうと、私は企業から出向しているので、企業の考え方を常に理解しながら仕事をしています。地方文化支 援では、企業の支社側からみると、例えば、地域に財団から助成をする時に、イベントで人がたくさん集まる事 業に支援すれば、やはり人もたくさん集まるので、営業施策にも直結するという気持ちもわかります。しかし、財 団の立場では、一過性で終わるイベントよりも、長い目で見て地域が活性する点を理解いただいて、企業がやり たいことと地域の方たちがやりたいこと、そのバランスを財団が取る、そういう役割を担っていると考えています。 ですから、一過性で終わることなく、持続的に地域の活性化に役立てることはないかという視点を大事にして います。例えば、事業支援後、支社の営業施策である「駅からハイキング」というイベントを開催する際に、財団 が支援した場所がイベントに盛り込まれ、お客さまがたくさん来てくれるということもあります。今まで 91 事業した なかで、このように支援後の繋がりというのは各地にあります。毎年、支社の担当者に説明会を行う時に、企業 としてやるメリットも伝えながら、財団のやる支援に協力していただいているというのが実情です。 【太下】 財団の活動として、長い目で持続的な地域活性化をやっていくなかで、本社である JR との関係もうまく バランスを取られているということですね。 【金代】 企業活動が収益性を追求するならば、財団活動は非収益という感じです。私もベネッセにいた時には、 「なぜ、美術館はあんなにお金を使うのか」と役員会でいつも反対していました。特に現代アートはよくわかりま せんので、ものによっては数千万円使っても、アーティストはわがままで、なかなか作品を完成しないことがあっ て・・・。そういうことをいうと、福武理事長に怒られ「ちゃんと勉強しろ」といわれましたが、今、直島で、逆の立場 でものを考えています。 一つエピソードを申し上げると、行政と連携した活動が比較的多いわけですが、京都・舞鶴の赤レンガ倉庫で のアートプロジェクトに助成した時、市の職員が、「ところで、ベネッセってどういう会社ですか」といわれました。 「こどもチャレンジ」などをやっていますと話すと、舞鶴市も少子化問題で悩んでいるので、一度少子化について 相談したいと、つまり、行政の方をベネッセに直接ひきつけるのは難しいのですが、こういう地域振興の活動によ って、企業に対して、ある種の信頼度が出てくるという構造があると確信しています。 それから、国際的には、十数年前からベネチアビエンナーレでベネッセ賞というものを出しています。若手の 優れたアーティストを 3 年毎に表彰しています。これは私がベネッセにいた時の話ですが、ビジネスマンのグロー バル教育ということので、ロンドンのビジネススクールに、ぜひベネッセの社員を受け入れてくださいとお願いに 行きました。当然、トヨタ自動車のように有名な企業の社員はたくさん行っていましたが、一所懸命に説明して帰 ろうとすると、「ところで、ベネッセはどういう会社ですか」と聞かれ、ここまで説明したのはなんだったのかと思い ましたが、「あなたは、これからどこに行くのですか」「ベネチアに行きます」「なぜですか?」「ベネッセ賞というも のを出しています」というと、それは非常に面白いと。その方もアートに関心があって、自分もベニスに行くのだと。 アートや文化に関心がある企業は比較的信用度が高いというと変ですが、見方が違うようでして「非常に面白い 会社だから、ぜひ話を聞かせろ」、いったい僕はなんのために今まで話をしてきたのかと思いましたが、海外に 出るとこのように全然見方が違うわけです。 最近、日本は子どもが増えないので商売にならず、インドネシアや中国、ブラジルなどに行きますが、海外へ 行けば行くほど、直島の評価は高くなります。文化や芸術、そして、きめ細かい助成をすることによって、企業の 格というか、企業のレピユテーションが非常に高まっていくということを実感しますが、時間軸が違います。企業は 1 年、2 年で物事を考えますが、文化や芸術は 10 年、20 年というレンジなので、10 年ぐらいやっていると多少、 企業の信用度も上がるのではないでしょうか。いずれにせよ、目先の利益を追いかける限り信用は生まれない わけで、文化や芸術を梃子にして、ある意味、企業のレピユテーションを高めるということが、戦略ということでは ないですが、そういう考え方だと思います。 【太下】 非常に興味深いお話をありがとうございました。今、特に金代さんのお話で、行政との連携ということが ありました。確かに、企業が直接行政と連携しようとしても、なかなかハードルが高い部分があるかもしれません。 一方、財団は「社会の公器」ともいわれますが、財団という信用度の高いボディを通じて、地域なり行政なりと連 携していく。そして、時間をかけていくなかで、企業グループ全体としてのブランドイメージが高まっていく。そうい 7 うアプローチもあると思います。先ほど富国生命の高井さんから、企業のマネジメント側としては触りにくい内容 もあるという話がありましたが、それと裏腹かもしれませんが、財団のほうがやりやすいこと、やりやすいアプロ ーチもあるのではないかと思いました。 実は本日はもう一つ大きなお題があって、東日本大震災を踏まえて、文化振興として文化セクターは何ができ るかという話をしたいと思います。今日は主に財団の話をうかがいますが、そのあとで、民間企業、企業メセナ本 体としてどのように考えておられるのか、調査研究部会の方からも聞かせていただきたいと思います。 東京にいると、東日本大震災というと、東北地方の被害状況をよく伝え聞くわけですが、ご存知の方も多いと 思いますが、実は茨城、水戸もかなり被害を受けているという実態があります。まさにその中核にいらっしゃった 高島さんから、その状況と、それに対する財団としての対応についてお聞かせください。 【高島】 3.11 の震災の状況と、市が受けた被害、また茨城県内がどういう状況だったかを簡単に報告します。福 島、宮城、岩手は人的被害も含めてかなり大きいな被害でしたが、茨城県の水戸も、建物関係の被害はかなり 甚大なものがありました。財団の建物は結構しっかりしていますが、若干の亀裂が入って、2 ヵ月間すべての営 業を休みました。被害としてはかなり小さいほうでしたが、県や市が持っている公共施設は未だに復旧していな いところがあります。そのほか、県内にあるさまざまな文化財も非常に大きな被害を受けて、偕楽園や弘道館、 それから、北茨城市にある六角堂、こういうところも流されたりして、大変大きな被害を受けています。 こういうなかで、震災復興に向けて我々に何ができるかということで、設立母体である銀行と一緒に検討して、 「絆プロジェクト」を立ち上げました。それぞれの財団や企業の中でできることをやっていくということで、役割分担 を決めました。財団としてできることは、震災でどのような被害を受けて、その復興のためにどういう方がどういう 活動をしているか。こういうものを皆に発信していくのが、我々にできる仕事ではないかということで、毎月発行し ている冊子『常陽藝文』に、約半年間にわたって、県内の各文化財の被害状況、復興の取り組み状況を毎月、 特集連載で掲載してきました。この 3 月でだいたい一区切りするので、それを全体まとめて、その後、復興がどこ まで進み、どういう方向に行くかということを、一冊の本にまとめて出版して、これは販売が難しいので、本体の 銀行に買い上げていただいて、それを県内のいろいろな公共施設等に配布し、記録としても残して、今後の復興 のためにもお使いいただきたいということで、今、活動を進めているところです。 【太下】 復興の記録と今後どういう方向に向かうか、というまさに地域密着の財団ならではの震災後の取り組み です。JR 東日本さんも事業エリアが被災しましたので、非常に関係が深い部分があろうかと思います。財団、ま たは本体との関係でどういう取り組みをされているのでしょうか。 【角田】 東日本大震災を踏まえてということでは、支援に関して特別枠を設けるのではなく、個別に対応してい ます。財団全体では、今もやっていますが、仙台駅でコンサートをやっています。3 月の震災後、4 月に予定して いたコンサートはできませんでした。仙台駅自体がひどい状況で、実施しませんでした。その後、秋に、復興コン サートを仙台フィルハーモニー管弦楽団と駅の中で開催しました。仙台フィルも被災されていますが、楽員もフル オーケストラで演奏したいという気持ちがあったので、一緒にやらせていただきました。そこで感じたのは、お客 さまが今まで以上に音楽や文化で癒される、というと上から目線でイヤなのですが、泣いていらっしゃる方もいて、 こういう活動を続けてきてできたのはよかったと思っています。 また、地方文化事業支援が終わった遠野が、今回震災の中間地点ということでがんばっていらっしゃいました。 先ほど紹介した日航財団との共同事業で、海外の大学生を連れていくのですが、昨年度は、地方文化の繋がり から遠野でやらせていただきました。またやりたいということで、次回も遠野に行き、やはり震災で被害に遭われ たところも実際に行く必要があるのではないか思い、釜石にも学生を連れて行きたいと考えています。先日下見 に行きましたが、釜石で被災した旅館の女将さんのお話を聞くことができました。初めは、見世物というか、そう いう意識で見られるのかイヤだという人たちもやはりいらっしゃるということ。でも、時間が経つにつれて、だんだ ん人がいなくなってしまう。人がいないというのが一番怖いということをおっしゃっていました。人が集まることが 大事で、どんなかたちでもいいから皆に来てほしいというお話をされていました。 被災地の人が何を望んでいるのかをきちんと把握して、そういう事業でいくことで、被災地の方たちが少しでも 元気になるとか、逆に負担になるようなことはやりたくないということで、そこのところを調整しながら地域にいくと いうことを考えています。 【太下】 かつての支援事業のパートナーだった遠野で、新しく震災復興のために、海外の大学生を連れて行くと いう事例のお話でした。かつての事業がこれから必要とされていることのために、直接的にも貢献しているという か、役立ったという事例だと思います。本日のお題、東日本大震災、民間として何ができるのかというところに、 ある意味では、今までの活動の成果というか、地力が問われている部分があるように思いました。 それでは、金代さんからは先ほど非常に象徴的な事例を紹介いただきましたが、あらためて東日本大震災の 復興ということでお話しください。 8 【金代】 企業でやったこと、財団でやったこと、企業と財団両方でやったことを紹介します。企業としては、子ども たちが、進研ゼミの会員が多いので、当然、被災した子どもたちに無料化をしています。それから、新聞をみて、 亡くなった子どもたちに教材が届かないように日々チェックをしまして、悲しみを膨らませないようにすることが大 事だと思います。それから、仙台に介護施設がありますので、そこへは同時に物資を提供するということで、関 東から翌日にかなりの物質を供給しています。 財団ではいろいろ考えて、直島は非常に遠いので、ドア・ツー・ドアで 5 時間どころではないわけですから、しか し、何かやりたいという気持ちが財団やベネッセ内部でも非常に大きく、原発で影響を受けた福島県本宮町の子 どもたちを夏のキャンプによびました。ベネッセアートサイト直島は、最初は進研ゼミの会員の屋外教育のため の施設で、約 10 年間で 2 万人の子どもたちの屋外教育をやっていました。今はやっていませんが、そこの原点 に返ろうということで、30 人ぐらいの子どもたちを本宮町から呼んで、放射能の影響がないところで自由に遊んで くださいと。これに関しては、JAL にお願いして飛行機代の無料化等、いくつかの企業のお世話になりました。 それから、財団でやっているのは、南三陸町は復興計画が非常に重要で、南三陸町で発表会をやった時に、 佐藤仁町長からいろいろなお悩みをお聞きしていく中で、直島というところは、実は公害の島で、瀬戸内海は非 常に負の遺産が多いところで、毒ガス、産廃、ハンセン氏病等々課題がありますが、三菱マテリアルがあるとこ ろに我々が入っていって、文化的なことをやっているということを考えて、どうやって負の遺産をプラスにするかと いうことを議論し、佐藤仁町長も、震災前よりもいい町をつくりたいというお話があり、3 月 13 日にこちらからスタ ッフが行って、ラウンドテーブルがあるようですが、未来計画を立てるためのラウンドテーブルに我々のスタッフ が参加するということを始めています。 それから、一緒にやっているのは、建築家・安藤忠雄氏が、震災遺児がだいたい 300 人とか 500 人とかいわれ ています。安藤さん、ベネッセ、ユニクロが一緒になって、震災遺児のための育英基金を募集しています。これは 非常にユニークな基金で、10 年間、1 人 2 万円ずつ出してくださいというもので、既に 2 万人から 33 億円のお金 が集まっています。小さい子どもから中学生、高校生もいますが、成人するまで、大学に入るまで育英資金を送 り続けるというプロジェクトを安藤氏と一緒にやっています。要するに、子どもの視点、弱者の立場に立って、でき ることを積極的にやっていきたいというのがスタンスだと思います。 【太下】 震災前よりもいい町をという復興計画、非常に素敵なビジョンだと思います。今、財団の方からそれぞ れお話しいただきました。もちろん、これは企業財団だけという話ではなく、民間セクター全体で取り組んでいくテ ーマだと思います。ぜひ企業の方からひと言ずつ、先ほどの順番でお話をいただければと思います。 【友野】 震災後に、メセナ関連で我々ができることが何なのかと、社内でいろいろ話しました。何か特別にやるこ とよりも、我々の日頃の活動に関連して支援できることを、まずは取り組んでいこうということにしました。去年、 「アサヒ・アート・フェスティバル」はちょうど 10 年目を迎えました。6 月に全国の約30団体に参加していただいた キックオフ会議を開催した際に、東北からのフェスティバル参加団体だけではなく、過去に参加したことのある団 体もお招きし、震災後のそれぞれのグループや、まちの状況を、報告会の中で発表していただいて、被災地以 外の全国のグループの皆さんと共有させていただきました。先ほど金代さんからもお話がありましたが、その際 に、南三陸のグループの皆さまも参加していただいていまして、切子のワークショップも一緒に実施しました。 それから、8 月にアートフェスティバルの東北ツアーを実施しました。ツアーを通じて復興支援としてお手伝い できることを考えるとともに、一緒に活動しているのだということを東北の方にも知っていただきたいと思いました。 もう一つは、ちょうどアートフェスティバルが 10 年経ちまして、海外にネットワークを広げていきたいということで、 メセナ協議会のご協力もいただきながら、アジアの 7 ヵ国、韓国、マレーシア、シンガポール等々の芸術関係の 活動家、あるいはリーダーを招いて、福島から八戸まで、東北各地を回って被災地を視察したり、シンポジウム を開いたりしながら、被災地東北に思いを馳せたり、立ち上がろうとしている姿を海外の人にも知ってもらいたい と思い展開しました。 【太下】 被災した東北地方の状況を実際に知ってもらうということはとても大事ですよね。「アサヒ・アート・フェス ティバル」も、支援団体さんに何回も集まってもらって、課題を共有するという仕組みが内包された支援事業で、 そういう実績がおありになるのでこういう活動もできたのではないかと思います。では吉村様お願いします。 【吉村】 ちょうど 3.11 が起こった時、私は企業の災害対策の担当も兼任していました。あの時の衝撃はほんとう に・・・、どういう議論をしたかというのは、つぶさに覚えています。 地震が起こって、まず企業として考えたのが、自社にできることをやりなさいということでした。自社らしい、自 社に出来ること。もちろん、義捐金は弊社の企業規模で出せる額を出させていただいて、それに加えて商品です ね。復旧作業に使えるメガホン(ハンドマイク)を数百本という単位で、電池を詰めて送った記憶があります。 そういった復旧支援が一段落した後、さて、文化だということで、「文化の支援をしたいのですが」というアプロ ーチをした記憶があります。自社でやっているプロジェクトで募金活動も行いましたし、アート NPO エイドというと 9 ころが実施している支援のプロジェクトに、現地でコンサートイベントができるポータブル式のアンプを数台寄付 ということで提供させていただきました。 ですから、この思考のプロセスにおいても、文化優先ではもちろんなかった。まずは自社にできることで復旧を 支援すべきだと。次に文化という順番だったというように思います。ちなみに、スポーツやほかの分野にはそうい う支援をしていないので、そういう意味では、緊急支援以外は文化だけでした。 個人的な思いではありますが、地震といえば、95 年の阪神・淡路大震災がありまして、当社ももちろん被災し ている企業ですが、5~6 年経って街が復興しても、心の部分でなかなか復興しきれずにいるという問題は、地元 にいると結構報道されていますが、おそらく全国にはそんな話は届いていないのかなと。 私たちは大きな企業ではないし、小さいことしかできませんが、やる限りは長く続ける覚悟を持たなくてはなら ないと思っています。最初に、初期的にそういう支援をやって、次に自分の担当するメセナ活を東北に持っていく のだという思いは持っています。去年は諸事情で実現しませんでした。ぜひ、今年以降、本当に 1 年に 1 ヵ所でも いいから長く続けていくということを考えていきたいですね。 【太下】 吉村さんがおっしゃった、長く続けていかないといけないという点は本当に大事だと思っています。個人 的に懸念しているのは、日本人の特性かもしれませんが、3.11 が起こって、おそらく 1 年間はかなり熱心に支援 をされると思いますが、来年度以降、これは阪神・淡路大震災以上の被害だといわれていますから、復興に 10 年ぐらいはかかると思いますが、長い支援というものをどうやっていくのか。特に文化の振興、再生という点でど うやっていくのかというのは、これから本当に考えていかなければならない問題だと思います。では山本様、お願 いします。 【山本】 弊社でも、震災のあと義捐金などのほかに、文化で何か支援できないだろうかという議論をしました。企 業メセナ協議会に相談したり、アート NPO に相談したりするなかで、“一過性で忘れられるのは怖い。やるなら継 続してほしい。”という現地の声を受けて、単に東京で考えたものを持ち込むというのではなく、現地で本当に必 要だと思うことをやろう、逆に現地の負担になるようなことはやめよう、という議論をずいぶんやりました。 その結果、何か新しいことをこのタイミングで考えるのではなく、今まで自分たちがやってきたメセナ活動の中 で築いてきたパートナーの方たちに、今、私たちかできることは何かを問いかけることにしました。例えば、「トヨタ コミュニティコンサート」という、アマチュアオーケストラとの協働プログラムがあったので、そこの人たちに問いか けたところ、震災後しばらくしてから、七里ヶ浜の仮設住宅地域でのコンサートや、いわき市大型ショッピングモ ールでのミニコンサートなど、各地から案が出てきたので、「トヨタコミュニティコンサート」という既存のプログラム を拡充して支援することにしました。 また、もう一つ、大きなプロジェクトとしては、南三陸町でのプロジェクトもあります。ちょうど 2 年ぐらい前から、 仙台の NPO の方と連携して、「トヨタ子どもとアーティストの出会い」というプロジェクトの一環として、宮城県の小 学校にアーティストを派遣してワークショップを行っていました。その方に、震災の後、「私たちにできることがあ れば、何でも言ってください。」という話をしたところ、最初のうちは、ほかにやるべきことが山積みで、なかなかお 返事をいただけなくて、それで、ジーッと数ヵ月待ちました。ずっと待っていて、冬ぐらいになって、実は震災1年 後の 3 月 11 日の町の追悼式で子どもたちの歌でまちの人たちを元気づけたいというお話をいただきました。そ れを受けて、「トヨタ子どもとアーティストの出会い」の枠組みで、南三陸町の 5 校の小学生が、子どもたち自身の 目で見てきた一年間を自分達の言葉とメロディにし、宮城県に縁のある音楽家と共にオリジナル曲を作るワーク ショップを実施しました。3 月 11 日の当日は、歌を披露する子どもたちのために、東北の関連会社と共に会場ま でのバスを準備し、添乗員として同乗するというサポートを行う予定です。 【太下】 「トヨタ・子どもとアーティストの出会い」は全国で展開されていますが、山本さんは立ち上げから関わっ ておられますね。先ほど、金代さんの話にも「子ども」が出てきましたが、大人に対する文化での支援は当然必 要ですが、未来を担っていくという立場で考えると、子どもたちに対してどう働きかけていくのかということはより 大事なテーマではないかと思います。次は、高井さんお願いします。 【高井】 皆さまのお話をお聞きしましたが、最初に地震が起こったあとどうしようかと考えたという議論というの は、我々も全く同じことを考えていました。文化の担当者は同じことを感じているのだなというのが第一印象でし た。私どもはコンサート中心に活動をさせていただいていますが、普通は 2 日間の日程でやります。ホールのコ ンサートをやり、翌日に特別支援学校での活動が中心で、なかなかホールに足を運べない子どもたちのところに 音楽を届ける活動をしています。学校には、ピアノのスタインウェイを持ち込んで、学校のピアノではなく、状態の よい本物の楽器を使ってプロの演奏家に弾いてもらっています。新しいことをやるのではなく、今やっている我々 の活動の中で、被災地の皆さまに何かできることをしようということで、楽器自体を会場に運んで、「どこでもクラ シックコンサートをやるぞ!」という既存のスキームがあるので、まずはそれで地域の方のところへ行こうというこ とは、最初に頭に浮かびました。 10 我々はクラシックの演奏家とパートナー・アーティストというグループを持っていて、そのずっと一緒にやってい るこの仲間たちから、メールがバンバン入ってきて、頼むから連れていってくれと。その時、私が答えたのは、「い まはダメだ。今は心の栄養よりおなかの栄養だ。必ず心の栄養が必要な時が来るから、それまで待て」と。皆ア ーティストたちは行きたがるわけです。ここも一つ面白いところですが、アーティストは「行きたい、行きたい」とい いますが、行く術がない。行って、どうやってコンサートをつくり上げるかというノウハウはない。演奏はできるが、 場をつくることはできない。ですから、アーティストたちが私たちにいってきたのは、「場をつくってください」と。場 をつくるのは企業とか、そういうところにしかできないわけです。 そういうことで、我々は 10 月からスタートしました。仙台にいき、釜石でも去年の 12 月 11 日、ちょうど 9 ヵ月後 にコンサートをさせていただきました。シープラザ釜石というところでやりましたが、このとき非常に象徴的なこと がありました。釜石市のご協力でやりましたが、実は、その横のシープラザ遊という大きな仮設テントですが、こ こで虎舞フェスティバルが行われました。開催さることは、我々の公演が決まってから、結構あとになってから 我々は知りましたが、どうしようかと一瞬思いましたが、最終的には、我々のコンサートにお客さまが来なくても いいだろうと。アーティストにその旨を伝えて、「少ないかもしれないけど、やってくれ」と。なぜかというと、虎舞フ ェスティバルは地域の文化で、地域のアイデンティティーであり、地域の心なので、地域の方が一所懸命やって いるところからお客さまを引っ張ってきてまで、我々のコンサートを押しつける必要はない。来たい人は来てくれ るということでやりました。もちろん、当日はいろいろスタッフを本社から連れていったので、なかには「あっちのお 客を呼びに行こう」というような話もありましたが、「やめよう」という話はしました。結果的には、逆に虎舞フェステ ィバルに来た人たちが来てくださいました。虎舞フェスティバルはすごくて 1000 人規模で入ってしまう。そこのとこ ろで、地域文化の重要性を考えていかないといけないなと。我々はクラシックコンサートを持っていくということで、 「文化だ、文化だ」という部分がありますが、地域の文化について、我々は逆に何ができるのか、これから考えて いかないといけない。 先ほど、長く続けていかないといけないという話もありましたが、少なくとも会社では、この支援は、10 年は絶 対にやるといっています。あとは、地元の方と話をすることで、東北 3 県、皆さま同じことをおっしゃいますが、「忘 れないでください」と。「1 年、2 年でみんな忘れられちゃうんですよ」と必ずおっしゃるので、「我々は忘れませんよ。 また必ず来ますから」といいましたが、そういうことで続けていけたらなと。地域の祭りなど、企業としてはなかな か手をつけにくい。それを何とかできるスキームがないかを考えています。 【太下】 今の高井さんのお話を伺って、新しいことをやるのではなく、今までやってきたことをやるのだという中で、 各企業でやってこられた今までの活動の地力が試されているという気がしました。では、岡崎様、お願いします。 【岡崎】 私どもも、震災が起こった時に思ったのは、文化として何かしようという発想は、なかなか時間軸として は持っていませんでした。まず企業として、本業としてできることが最優先になるわけですが、その中で、本業に 近い社会貢献活動としては、震災直後から、寄付をするのはもちろんですが、受入態勢として、私どもの店頭に、 義捐金をしたいというお客さまがいらっしゃるので、受入態勢を整えるということに直後から取り組みました。その 後は、順次いろいろな対策を考えていきました。それから、義捐金がなかなか届かないという話から、今度は、 支援金を集めようとか、ボランティア活動も、ツアーを組んで社員を毎月被災地に行くということをやりました。 文化面では、既存の活動を、震災対応というか、被災した方のために開催するというようなプログラム変更を していきました。先ほど紹介したコンサートは、もともとチャリティーコンサートでしたが、子供地球基金という、ア ートを通じて途上国のお子さまを支援していくというコンセプトで行っている団体ですが、その団体が震災直後か ら被災地に入っているということだったので、実は、震災が起きたのは趣旨を発表してしまった翌日だったのです が、今回は震災の前後で、お客さまのマインドも、演奏者のマインドも、すぐには被災地以外のところに向けるの は逆に大変だったので、企業としてはすぐに目的を変えて、関係者を説得して、説得というよりは、みんな、その ようにしなければできないということでしたが、すぐに合意を取って、全員一丸となって準備を始めました。 また、ビジネス関係のシンポジウムもボランティアの人たちでコーディネートされている方を呼んできて、企業 として何ができるのかと議論をし、話は戻りますが、先ほどのチャリティーコンサートも、近くの紀尾井ホールで行 っていますが、近くの元赤坂プリンスホテルに避難者が滞在しているということだったので、その避難者の方をお 連れして観ていただいたというのが、ホールまで徒歩 10 分のところだったので非常に喜ばれました。その場、そ の場でできることを見つけていくということで進めました。 【太下】 メガバンクでいらっしゃるのに、非常に細やかな活動をされていることがよくわかりました。さて、残念な ことにそろそろ時間となりました。普通、こういう時は、コーディネーターが「進行の不手際で・・・」というのでしょう が、今日はあまり不手際がなかったような気がしますが、なぜか時間が足りなくなってしまっています。最後に、 お越しいただいたパネリストの皆さまからひと言ずついただき、私が若干の総括をしたいと思います。 【高島】 本日はお招きいただきまして、本当にありがとうございました。皆さまの文化に対するいろいろな取り組 11 みのお話を聞いていて、財団を取り巻く経済環境は年々厳しくなって、私は総務で経営を担当しているものです から、非常に頭が痛いのですが、皆さまが真剣に取り組んでいる姿を見まして、あらためて、これから我々も、も っともっとがんばらなくてはいけないと、勇気をもらいました。今日はありがとうございました。 【角田】 今日はいろいろなお話を聞かせていただき、地域文化の振興というのがますます必要になってくると、 あらためて感じています。今やっている自分たちの活動を引き続きやっていけるように、そのためには支援金を 有効に活用することが必要になるので、引き続き取り組んでいきたいと思っています。ありがとうございました。 【金代】 直島の隣に豊島という島があります。20 年にわたり 60 万 t の産業廃棄物、すべて「都市」から出された ものですが、自動車の廃棄物、核廃棄物もある、これを 10 年間にわたり処理し、300 億円かかっています。これ も税金。ところが最近わかったことは、さらにこのスラムの下にまだ廃棄物があり、もう 3 年かかる。次の瀬戸内 芸術祭は 2013 年の予定で、その時には処理されている前提だったのに、また延びてしまいました。 豊島は非常に大きなダメージを受けていました。就職差別、お米が売れない、それからミカンも売れません。と ころが、前回の瀬戸内芸術祭等によって「アートの島」というイメージがついて、ミカン農家の山本農園の社長が、 それまでの「小豆島ミカン」では売れないので、「アートと自然の島、豊島ミカン」という名前に変え売っています。 豊島周辺は非常によい漁場で、そこの魚を生簀に入れるということで、明日、島に戻って生簀の開会式に出ま す。つまり、マイナスの要素が多いところでも、相当に考えれば、アートや文化、芸術によって新しい価値が生み 出せる時代だと思います。震災も非常に大きいダメージで、全国を見渡すと非常に負の資産が膨らんできている 日本ですが、ぜひ、がんばってやっていきたいと思います。ありがとうございました。 【太下】 3.11 の震災でわかったことがいろいろあります。一つは、東京のエネルギーというのは、実は福島から もらっていた。福島がエネルギー供給基地だったということですね。この関係は短い期間でつくられたものではな くて、例えば、エネルギー供給基地になるまえは、東北、福島は東京にとって何だったかというと、人材の供給基 地でした。かつて「金の卵」「出稼ぎ」という言葉がありました。この関係をさらに近世に遡ると、今度は、世界最 大の都市であった当時の江戸に対する食料の供給基地だった。実際、食料が東京に流れることによって飢饉等 が起こるということで、本当かどうかわかりませんが、「飢饉発祥の地」という碑が福島に残っています。さらに前 の時代は何だったのかというと、「白河の関」の碑というものがありますが、あれは大和朝廷に従わない人たち の国々と大和朝廷との国境だったわけです。要は、福島とは、かつては日本ではなく、非常に広い国境だったわ けです。 その意味では、東京と福島の複雑な関係にはかなり根深いものがあり、今回の原発と 3.11 の被災が、その関 係をある意味露わにしたような気がしています。このなかで、文化なり、アートがどういう力を発揮できるか、その 真価が問われているような気がします。ぜひ、企業財団や企業メセナの方々にその真価を発揮していただけれ ばと思います。若干時間をオーバーしましたが、これで終わりにします。どうもありがとうございました。(拍手) 12
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