収益を更新し続ける 社員はどこから来たのか

10分間で学べる業務革新講座
経営者とは、会社にとって最も大切な事柄に関わ
る責任を持ち、意思決定する力を持った存在であ
る。その経営者が「良い会社にしたい」という軸を
ブラさず、経営者以外にはできない判断(決断)の
タイミングをとらえているなら、社員は経営者を心
から信頼するようになる。すると会社はほとんど例
トヨタを超える職場の
「自己再生する力」
第 16 回
(全24回)
収益を更新し続ける
社員はどこから来たのか
「専務大好き」と叫ぶ社員からのビデオレター
外なく、良い会社になっていく。
2010年度、トヨタディーラーの全国代表者会議で
「GNT推進賞」という賞をトヨタカローラ大分(大
分市)がもらった時のことである。事例発表に使っ
たプロジェクト活動を紹介するDVDは、総勢60人
の社員が一斉に「専務、大好き〜!」と叫ぶビデオ
レターから始まる。
「毛利春夫代表取締役専務を何
としてもトヨタの表彰台に上らせたい」という5つ
の会(前号を参照)のみんなの思いから、その中の
「オレンジたんぽぽの会」のメンバーが企画し、サプ
ライズ映像を仕込んだ(次ページの写真)
。
制作には、本店をはじめ県内のあちこちの店舗か
らも有志が参加した。専務に見つからないように
「本店近辺で待機せよ」と、専務が帰宅するのを待
柴田 昌治
って、ひそかに本店のショールームに集まり、夜遅
スコラ・コンサルト
くまでかかって撮影した。
何も知らない毛利専務は全国代表者会議の席上
で初めてそれを見て、
「これからうちの取り組み事
例を発表しなくちゃいけないのに、涙がどっと出て
きて困った」という。
オフサイトミーティングに賭ける経営の意志
前回はこの10年間にカローラ大分の毛利専務か
しばた まさはる氏● 1983 年にビジネス教育の会社を設立
後、企業の風土や体質問題に目を向けて変革支援を始める。
文化や風土といった人のありようの面から企業変革に取り組
む「プロセスデザイン」という手法を実践のな かで結実させ
た。一方、大学院の教育学研究科在学中にドイツ語語学院を
始めて経営に携わり、30 代では NHK テレビ語学番組の講師
を務める。著書に『考え抜く社員を増やせ!』
『なぜ社員はや
る気をなくしているのか』
『トヨタ式最強の経営』
『なぜ会社
は変われないのか』
(以上、日本経済新聞出版社)などがある。
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日経情報ストラテジー
APRIL 2012
らもらった2通の手紙を紹介した。この手紙には、
オフサイトミーティングをやり続けてきたことで会
社が変わった、と繰り返し書かれている。
確かにオフサイトミーティングを続けることで、深
く物事の目的や意味を考えて仕事をする習慣は根
付きやすくなる。結果として、社員の成長を促すこ
トヨタを超える職場の
「自己再生する力」
とにつながる、というのは間違いない。
写真●サプライズを仕掛けた社員たち
しかし、忘れてはならないのは、オフサイトミー
ティングというのは何にでも効く万能薬ではなく、
あくまで単なる手段だということだ。どんな中身で
あっても、オフサイトミーティングをただ続けていれ
ばご利益がある、というような代物では決してな
い。つまり、そもそもオフサイトミーティングを何の
ために、どういう意図を持ってやるのか、そこに経
営者がどうからむのかで、それがもたらす効果は全
く違ってくる。
とはいえ、カローラ大分がこの10年間、特にここ
数年で劇的な変化を遂げてきたことには疑いの余
と社員と経営者の距離には隔たりがあり、業績な
地がない。なぜこうした大きな変化が起きてきたの
どの情報も公開されていなかった。
か。オフサイトミーティングを有効に機能させてき
4年前に経営を引き継いだ毛利専務をはじめとす
た条件とはそもそも何だったのか、について今回は
る現経営陣は常に社員の幸せを第一に考え、それ
見てみよう。
を目標として会社を経営してきた。経営の情報も
ガラス張りにし、借金の数字まで全てオープンにし
社員の幸せが第一の「良い会社」
を目指す
ている。その結果が両者の距離を近づけてきた。
毛利専務がいつも言っている「良い会社」の3つ
まずカローラ大分の現状を概観してみる。売上高
の柱は、①社員が安心して働ける会社、②社員が誇
は約88億円、従業員数は256人という中規模のト
りを持って働ける会社、③よその人から見てうらや
ヨタ系列の自動車販売会社である。
ましがられる会社、である。
私が毛利専務に初めて出会った11年前は、ほと
ただ、経営陣がこうした姿勢を持って経営すれ
んど利益が出ていない会社だった。数千万円の利
ば、自動的に社員がいつでも経営陣の期待に応え
益を出す年もあれば、赤字の年もある、といったま
てくれるようになるかといえば、現実は必ずしもそ
さに泣かず飛ばずの状態だった。車は月300台とそ
うではない。確かに、労働条件が良くなると社員は
こそこ売れてはいたものの、利益が出ていない。車
喜ぶだろう。経営に対して感謝もするに違いない。
が売れなくなっていく時代に存在価値を持てるだ
しかし、その喜びは通常それほど長続きしない。
けの自動車販売会社のビジネスモデルを、まだ自分
しばらくすると、感謝の気持ち以上にもっと良い労
のものにはしていなかった。そのカローラ大分がこ
働条件が欲しくなるのが普通である。人間は忘れや
こ数年で利益を増やし続け、2010年は1.7カ月分の
すいし、欲望には際限がないからだ。
期末ボーナスを出しても、さらに5億円を超す経常
では、なぜカローラ大分の社員には、自らの誇り
利益を出すまでになっている。
を持って「自分たちの会社」として仕事をする人が
この10年で見違えるほど大きな進化を遂げたカ
多くなってきたのだろう。もちろん、自分たちの会
ローラ大分の最大の特徴は、社員と現経営陣との
社といっても、会社の資本金を誰がたくさん持って
“距離”の近さである。前回も書いたように、もとも
いるのか、という話をしているのではない。
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社員が、カローラ大分をこんな雰囲気で働ける会
だが意外にも、集まった各社の経営幹部たちが普段
社にしてきたのは現経営陣と自分たちだ、と誇りを
は人には言えないような悩みを語り、会社の問題を
持っている、ということだ。そして大切なのは、社
口にするといった自由にものが言い合える場である
員のそうした気持ちをトヨタ自動車もそっと支えて
ことに驚いた。
くれていることである。自分たちが頑張れば会社は
このオフサイトミーティングを会社でもやりたい
変わる、と社員に思わせるだけのここ数年間の取り
と本気で思った毛利氏は、やるからにはと前社長に
組みがあったのだ。
幾つかの条件を出して旗振り役になり、会社の公式
な研修の一環として行われることになった。全く自
「部活みたい」と仕事を楽しむ社員たち
由にものを言えない会社の中で、唯一、愚痴や不平
不満を言える場がオフサイトミーティングだった。
以前に比べて営業スタッフもすごく忙しくなって
従って、初期の頃のオフサイトミーティングは必
いるのだが、こういう環境で仕事をしているから誰
ずしもクリエーティブな場とはいえなかった。しか
も不平不満を言わない。以前はそれぞれが自分さ
し、たとえ愚痴や不平不満ばかりではあっても、結
えよければよく、
「自分の1台を死守するためには
論を求める収束の議論とは違う“発散の議論”は
何でもする」という状態だった。
様々な刺激をもたらす。そして、関心を呼び起こし、
それが今は値引きをするにしても、
「それじゃ会
アンテナを醸成する。今まで眠っていたアンテナが
社が儲からないだろう」と考えるようになってい
立つことにより、関心が多様になって、視野も広ま
る。
「自分さえよければ」という判断基準が、
「会社
っていく。
のためにはどうか」に変わってきているのだ。
そうした姿勢のもたらす結果がまた社員に還元
自発的なオフサイトでものの考え方が変わる
されていく。理想論だけでは変われないけれど、実
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日経情報ストラテジー
態が変わってきていることを誰もが分かっている。
こうした数年間の試行錯誤の基盤の上に、6年
それが結果として会社の収益につながっている。
前、会社から場を用意されたオフサイトミーティン
それに、以前の会社には「要らんことは言うな」
グではなく、自発的な意思に基づくオフサイトミー
という雰囲気があった。仮に何か提案しても、余計
ティングとしての「壱の会」が生まれてくる。不平不
なことだと切られるのがおちである。こんな状態だ
満ばかりを言っていても仕方がない、もっと前向き
ったから、少し先の見える人間なら、いつか会社が
に熱い話をしようよ、という1人の営業マネジャー
おかしくなると思っていた。
の呼びかけで始まった。
夢も持てずにただ働かされるばかりでは社員の
「熱い会を作ろうとはいっても、前例がなくて何
士気は上がらないし、会社も儲からないのは当たり
をしていいのか分からないから、とりあえず飲もう
前だろう。利益がずっと低迷していたのは、こうし
と。それからも意見はバラバラ、ギクシャクするし、
たことの結果だった。
風当たりも強かった。でも、そんなことはどうでも
このような状況のなかでスタートしたのが、11年
いい、突き進んでいこうと。当時はまだ20代だった
前のオフサイトミーティングである。当時、サービス
から、今思うと間違っていることはいっぱいあった
部長だった毛利氏は前社長に無理やり連れて行か
けれど、毎日キラキラとドラマチックに生きていく
れる格好で、トヨタが主催するセミナーに参加した。
ために、今この瞬間に集中してみたかった」と、現
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トヨタを超える職場の
「自己再生する力」
店長の彼は当時を振り返る。
ところからは1時間半ぐらいかけて集まってくる。
壱の会が始まって以降、一番大きく変わったの
こういう部活のような感覚を味わう機会は、大
は、それぞれの会に参加したメンバーの“ものの考え
人になり会社員になってしまうと、ほとんどない。
方”だろう。今までみんなで言い合ってきた「愚痴、
5年前、今の経営陣に変わる前には全くなかった経
不平不満、自分をごまかす」が、いつの間にか「自
験なのだ。
分のせい(責任)と受け止める」に変わってきた。前
今では業績が上がると、別のうれしさがある。
「最
向きな議論を心おきなくできる仲間ができたこと
近、この数字は営業担当者が苦労してくれるから
で、それぞれの立場なりに広い目で考えるという機
もらえるんですね、と部下から言われた時はすごく
会が格段に増えたからである。
うれしかった。目標達成は大事だけど、人間関係の
加えて、身近に毛利氏という経営陣の存在があ
方がもっと大事」
(壱の会メンバーの店長)
。
ることで、経営する側のことも考えるようになっ
店舗が1つになって動くようになった結果が目に
た。今の経営陣になって、頑張った分だけ還元され
見えて成績に結び付いている。
「でも結果より、み
るようになったことで、さらに一段と仕事というも
んなが同じ方向を向いたというプロセスの喜びの方
ののとらえ方が、個人にとっての生き方までもが大
が大きい」と風の会のリーダーも言う。
幅に変わってきたのがここ数年なのだ。
こういう生き方ができると人生が良くなる、組織
もう1つ、決定的に変わったのは「楽しんで仕事
が良くなる、家庭が良くなる。今は「人生を素晴ら
をする社員」が圧倒的に多くなったことである。そ
しくしてくれるため、いい人生を送るために会社が
れぞれの会に所属して自主テーマのプロジェクト活
ある」と、メンバーは心から思っている。
動に取り組み、会社の中で中心的な役割を果たして
こういう会社が自分のいる間は(もちろんずっ
いる社員たちにとって、仕事は「勤め」というより
と)続くといいな、続けるための一員でいたいなと
も「部活」に参加している感覚だという。
多くの社員が思っている。前経営者の時代は休日
例えば、壱の会と水の会の営業スタッフが新車の
でも堂々とは遊びにくく、隠れて遊んでいた。今は
販売に当たって、一つのものを一緒に作り上げる。
経営陣が「楽しく働くことが大切だ」という価値観
風の会のサービススタッフが、壱の会の営業スタッフ
を持っているから、仕事はもちろん、休日も一緒に
やたんぽぽの会の女性社員と話し合って“モノを売
よく遊ぶ。ゴルフにも一緒に行く。今では会社の仲
れるサービス”に挑戦する。
間が素顔の仲間なのだ。
「楽しいことがしたい人、集まれ」でメンバーを募
20年ぐらい前までは「仕事は厳しい、苦しいから
るたんぽぽの会の女性チームは、職種を越えたメン
給料がもらえるんだ。楽しいなんて、甘ちょろいこ
バーで店舗作りやイベントの応援に出かけて行く。
とを言うな」という感覚が日本では普通だっただろ
部門や店舗の垣根を越えて協力し、お互いの知恵
う。最近では楽しんで働くことの大切さが次第に社
やアイデアを分け合っているのだ。もちろん、実績
会的にも認知されるようになってきている。しか
が上がると一緒に喜ぶ。
し、楽しんで働くことで結果として業績も上がる、
「やっぱり、前向きな集団でやっていくのが面白
というカローラ大分のようなケースはまだそれほど
い。みんなすごい走っている」
(壱の会メンバー)
。
一般的ではない、と言い得るだろう。
それぞれの会のメンバーは、必ず月1~2回ぐらい
次回はさらに、社員の変化の詳細に迫りたいと
は集まることにしている。どんなに忙しくても遠い
思う。
(次号に続く)
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