ミース・ファン・デル・ローエのモンタージュ表現に関する

ミース・ファン・デル・ローエのモンタージュ表現に関する研究
-ミース・ファン・デル・ローエ、セルゲイ・エイゼンシュテイン、アンリ・カルティエ=ブレッソンを通じて建設工学専攻(修士課程)
建築設計情報研究
序論
0.1:研究背景
ミース・ファン・デル・ローエのドローイングの特徴と
して、モンタージュの使用があげられる。ミース・ファ
ン・デル・ローエ はその全キャリアにわたって多くのモ
ンタージュを作成している。主に彼の建築イメージを伝
えるものとして引用されてきた。そしてそれらのドロー
イングは以後の建築家に広く影響を及ぼしている。私自
身も彼のモンタージュ的イメージに感化された次第で
あるが、彼のモンタージュ的イメージのどこに魅かれる
のかというと、言葉にはできない箇所がほとんどである。
「何か」を伝える媒体として彼は認識していたのだろう。
0.2:研究目的
本論文では彼がモンタージュ的表現によって伝えよう
としたものの発見とドローイングを構成する要素のど
こにそれが存在するのかを抽出することを目的とする。
0.3:分析方法
今回目的とする部分は建築的な分析をするだけでは導
けるものではないように思われる。その為、本論文では
他分野でのモンタージュ的手法を用いたものを研究す
ることでミース・ファン・デル・ローエがモンタージュ
の中に込めたものを探る。
以下の三者を研究対象とする。
・
こまつ
まさき
508031-2
小松 正樹
指導教員
衣袋 洋一
与えることを可能としている。これにより一つの統合さ
れた映画の作品がつくられる。映画はモンタージュによ
って、知覚する観察者を無意識のうちにその映像内部へ
と参加を求めるとともに、変化、つまり時間の中へも参
加させることを可能としているとも言える。モンタージ
ュは過去と未来を現在において繋げ時間を完成させる
性質を持っている。
1.2:建築におけるモンタージュ
ベルナール・チュミはラ・ヴィレット公園おいてモンタ
ージュ的な操作をおこなっている。自律的な部分や断片
を前提としておこなわれるモンタージュと同じ操作を
することで空間に非連続性を導入したという。ラ・ヴィ
レット公園のコンペに参加していたレム・コールハース
もデザインにモンタージュ的要素を使用していた。帯状
に並ぶさまざまなランドスケープが断片的に表現され
ている。このように建築においてモンタージュの概念を
利用する事例は存在する。しかし、ミースのモンタージ
ュ表現とは内容が異なるのではないか。
ミースのドローイングにおけるモンタージュに時間的
要素は存在していない。しかし、時間としての連続性は
存在しないにしても、ドローイング内における空間的連
続性は存在する。
ミース・ファン・デル・ローエ(以下ミース)
空間表現においてモンタージュを用いたプレゼ
ンテーションを多用した。
・
セルゲイ・エイゼンシュテイン(以下エイゼンシュテイ
ン)
モンタージュ理論を発表し映像表現において、シ
ョットとショットを衝突させることで作品を際
立たせるとともに、観察する側への意識を作品に
潜ませた。
・
アンリ・カルティエ=ブレッソン(以下ブレッソン)
幾何学的な構図を意識し、そのフレームの中で起
こる瞬間的な出来事を撮影した写真家。
0.4:本論文の構成
第一章において本論文におけるモンタージュの定義を
おこなう。第二章ではミースのモンタージュに関する研
究をおこない、同様に第三章でエイゼンシュテインのモ
ンタージュに関する研究、第四章でブレッソンの作品に
関する研究をおこなう。第五章では三者の研究から見え
てくることに関して述べ、第六章において前章からの研
究成果を基にミースのドローイングに対しての作品分
析をおこなう。その後、第七章では分析結果を考察する。
第一章/モンタージュ
1.1:モンタージュについて
モンタージュとはもともとフランス語の建築用語であ
る「monter」
(組み立てる、構成する)から派生した言
葉である。モンタージュとは映画的方法として研究され
たひとつの手法で、フィルムをカットすること(カッテ
ィング)とそれをまた繋ぎ合わせる編集方法のことだが
それだけではない。この方法は視覚によって知覚する細
部や全体の断片的な映像を一つにまとめることを観察
者の意識的あるいは無意識のうちに行わせ、断片的で多
面的であった映像を時間的に連続した全体を観察者に
図1、ラ・ヴィレットコンペ案
レム・コールハース
1.3:要素の衝突
本章第一節で述べたモンタージュとはエイゼンシュテ
インによる理論である。そしてモンタージュとしての理
論を発表しているのも今回研究対象とした三者の中に
はエイゼンシュテイン以外にいない。ドローイング、映
画、写真を同等に研究する為には同じ焦点からの検証が
必要である。その焦点となる要素をモンタージュ理論の
原点である文字の成り立ち及び、東洲斎 写楽の大首絵
へ遡り探していく。
例えば「吠える」は「口」「犬」が合成された文字であ
り、それぞれ別の意味を持つ文字が合わさることで別の
意味を持った文字となる。また顔という輪郭の中に釣り
上がった目、二倍に伸びた鼻、口を配置することで、描
写体の精神表現をおこなっている。つまり、日本描画文
化におけるモンタージュ的事象とは二次元的に要素、要
素を配置するものである。要素間の関係の中に生まれる
概念こそがモンタージュ理論が求めるものである。であ
るとすれば、モンタージュを考察するにあたって、表現
媒体の違いに意味はない。
図2、三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛
1.4:本論にけるモンタージュ
映画にしろ、ドローイングにしろ、写真にしろ、三次元
的表現の場合、要素の配置はフレーム内のレイヤーとし
て配置され、その順序の前後関係の中にモンタージュが
存在するのではないか。本論文におけるモンタージュを、
作品というフレーム内にある、オブジェクトの配列と定
義する。
第二章/ミース・ファン・デル・ローエ
2.1:ミース・ファン・デル・ローエについて
2.1.1:ミースとモンタージュ
ミースの内観モンタージュにおけるモンタージュ要素
の配置は透視図による空間的枠組みに則して行われて
いる。それに対しモンタージュされる要素には厚みがな
く平面的に配置されている。空間表現における単線ドロ
ーイングによる空間性とモンタージュによる非空間性
はお互いの関係を一層強烈に分離することになってい
る。
ングの持つ空間性とモンタージュする要素が持つ平面
的な非空間性がもたらす関係性はエイゼンシュテイン
のモンタージュ理論がもつショットとショット間の矛
盾が生む感覚に共通している。時系的にモンタージュ理
論の発生が先であること、フォトモンタージュが 1931
年にフォトモンタージュ展の開催により、バウハウスの
多くの人間に影響を与えたことからも、ミースのフォト
モンタージュを用いたプレゼンテーションにモンター
ジュ理論が関連していることが分かる。ブレッソンは若
いころの本人は絵と映画とともにあったと言う。影響を
受けた作品・人物にエイゼンシュテインを挙げている。
また、幾何学的に構成された構図の中に一瞬のリズム
(決定的瞬間と呼ばれる要素)がブレッソンの写真の特
徴である。つまり構成されたフレームの中にある異物こ
そが重要である。これはミース、エイゼンシュテインの
表現に共通するものである。
ミース、エイゼンシュテイン、ブレッソンはモンタージ
ュ理論によって関連づけられることが分かる。
第六章/分析
ミースの内観ドローイングのモンタージュを三者の作
品の研究から得られた成果を項目として分析をおこな
う。
・「ロウハウス」の内部モンタージュ
・「三つのコートを持つ家」の内部モンタージュ
・「レザー邸」の内部モンタージュ
・「小都市のための美術館計画案」の内部モンタージュ
・「コンサートホール計画」の内部モンタージュ
・「コンベンションセンター計画」の内部モンタージュ
図3.小都市のための美術館計画案
第三章/セルゲイ・セイゼンシュテイン
3.1:セルゲイ・セイゼンシュテインについて
3.2:モンタージュ理論
モンタージュは、ショットとショットを並列させて、そ
の描写を結合させるとともに、映像と映像を連続的に並
置するといった性質上、その映像間には何かしらの矛盾
があり、その対立から連続するショットに第三の意味を
持たせることができる。
図4.戦艦ポチョムキン
第四章/アンリ・カルティエ=ブレッソン
4.1:アンリ・カルティエ=ブレッソンについて
4.2:決定的瞬間
ブレッソンにとって写真とはリズ
ムであり、リズムを見極める行為
瞬のなかの幅をもった、空間にお
ける出来事である。
図 5.サン・ラザール駅裏 パリ/1932
楠本亜紀は「逃げ去るイメージ アンリカルティエブレ
ッソン」の中でこのように述べている。つまりブレッソ
ンの写真が構成される要素として、フレームとしての幾
何学的構図、物事と物事が織りなす表面性、一瞬が生み
出すリズムが存在しているということである。
第五章/三者の関連性
モンタージュ理論はミースがプレゼンテーションの際
に使用するフォトモンタージュとは異なるが、ドローイ
第七章/分析結果
7.1:分析結果
大理石などの直壁やフルハイトに開放された開口、柱は
フレームとして描かれている。その他は何もないに近い
状態である。そして一透視図法による水平性はスクリー
ン、舞台といった見せ方に近いものが見える。これはま
さにブレッソンが目指した幾何学的な構図の上に成り
立つ一瞬のリズムであり、モンタージュ的である。
総括
8.1:総括
近年のコンピュータ性能の急速な発達に伴い、建築的表
現は多様化の一途を辿っている。より現実に近いリアル
な表現が可能になったにも関わらず、時に建築家はアン
リアルな表現をプレゼンテーションに用いることがあ
る。完全に近いリアルさを追求することよりも、相手に
イメージを伝える作業においては、イメージの断片を訴
えかけるほうが有効な手段であるからである。
モンタージュとはいわば連想である。知識として蓄積さ
れた、もしくは未分化のまま蓄積されたイメージの断片
を観察者はオブジェクトに投影させることで想起させ
る。それを連鎖的に想起させ別の意味をもたせるための
補助的な思考方法である。イメージを断片的に伝え、そ
れをリンクさせる思考の補助線を引かせることは今後
いかに技術が発達しようとも忘れてはいけない手段で
あり、常に並行して考えていかなければならないことで
ある。
主要参考文献
八束はじめ「ミースという神話」彰国社 2001 年
S・M・エイゼンシュテイン/訳 山田和夫 「エイゼンシュテイン全集 7」キネマ旬
報社 1981 年
楠本亜紀「逃げ去るイメージアンリ・カルティエ=ブレッソン」スカイドア 2001
年