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2010年度 海外フィールドスタディ試行プログラム 活動報告書

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2010年度 海外フィールドスタディ試行プログラム 活動報告書
豊中市待兼山町1-16 実践センター教育研究棟I-3F
TEL:06-6850-5176 FAX:06-6850-5185
http://www.glocol.osaka-u.ac.jp/
大阪大学グローバルコラボレーションセンター
大阪大学グローバルコラボレーションセンター
Fieldwork, Internship and
Experiential Learning Design Office
GLOCOL, Osaka University
大阪大学GLOCOL海外体験型教育企画オフィス(FIELDO)
2010年度
海外フィールドスタディ試行プログラム
活動報告書
大阪大学グローバルコラボレーションセンター
OSAKA UNIVERSITY
GLOBAL COLLABORATION CENTER
目次
パラオ ....................................................................................................................................3
1.プログラムの趣旨と目標 ............................................................................................................... 4
2.スケジュール ................................................................................................................................. 5
3.視察地報告 ..................................................................................................................................... 6
4.個人総括 ...................................................................................................................................... 19
5.担当者による講評 ........................................................................................................................ 32
タイ ..................................................................................................................................... 36
1.プログラムの趣旨と目標 ............................................................................................................. 37
2.スケジュール
(巻末別添表参照) ........................................................................................... 37
3.視察地報告 ................................................................................................................................... 41
4.個人総括 ...................................................................................................................................... 79
5.担当者による講評 ........................................................................................................................ 87
アメリカ(ニューヨーク) ................................................................................................. 97
1.スケジュール ............................................................................................................................... 98
2.会合概要 ...................................................................................................................................... 99
3.参加学生による所感 .................................................................................................................. 113
4.担当者による講評 ...................................................................................................................... 119
付録:国連インターンシップ・虎の巻 ........................................................................................... 121
1
海外フィールドスタディ試行プログラム
2010 年 8 月、大阪大学グローバルコラボレーションセンター(GLOCOL)に、海外体験型教育企
画オフィス(FIELDO)が開設しました。FIELDO は 2011 年 4 月に科目「海外フィールドスタディ」
を新設します。この科目は少人数のグループで特定のテーマについて海外実習を行い、現場での主
体的な学びをすすめていくものです。それに先立ち、2011 年 1 月∼3 月にかけて、3 つの試行的なプ
ログラム(パラオ、タイ、アメリカ)を実施しました。
2
パラオ
2011/01/30~02/05
原めぐみ、岸本沙也加、久保佐智美、若林真美
3
1.プログラムの趣旨と目標
趣旨
パラオは「開発途上国」の中でも比較的豊かな部類に入り、感染症や貧困の問題は少ないといえる。し
かしながら、急速な近代化とグローバル化により人々の生活様式が大きく変化し、生活習慣病をはじめ
とするさまざまな健康環境上の問題が生じているが、それらへの対応は必ずしも十分ではない。本プロ
グラムでは、ライフスタイルの変化と食、健康の問題をテーマに、パラオの医療機関、学校、政府機関、
一般家庭等を訪問し、一般住民、外国人労働者、政府関係者、国際協力従事者らから、健康問題につい
て直接話を聞く。参加学生は、見聞きしたことを整理したうえで、解決や改善の方向性を検討し、パラ
オの人々に対して提言し、対話を試みる。
目標
本試行プログラムに参加する学生は、プログラム終了後に、次のことが達成されることが期待される。
① 急速な近代化とグローバル化のプロセスがどのように住民の健康環境に影響を与えているか、パ
ラオの事例を通じて理解することができるようになる
② 各自の専門や研究を踏まえつつ、参加学生が協働し、健康環境問題の改善・軽減の可能性を検討
し示すことができるようになる
③ フィールドスタディ経験を今後の研究やキャリアに関連付けて検討することができるようになる
テーマ
「グローバル化が進むパラオにおける生活習慣の変容―多角的視点からみた健康問題の現状と将来展望―」
Lifestyle Transformation in Palau in the Age of Globalization: Contemporary Health Issues and Future Prospects
調査方法
日程
観察及びインタビュー
2011 年 1 月 30 日∼2 月 5 日(7 日間)
担当教員
三田 貴(大阪大学グローバルコラボレーションセンター特任助教)
本庄 かおり(大阪大学グローバルコラボレーションセンター特任准教授)
参加学生
・原 めぐみ(人間科学研究科 グローバル人間学専攻 博士前期課程2年)
・岸本 紗也加(人間科学研究科 グローバル人間学専攻 博士前期課程1年)
・久保 佐智美(医学系研究科 医科学専攻 修士課程 1 年)
・若林 真美(医学系研究科 医科学専攻 修士課程 1 年)
4
2.スケジュール
2011年1月30日
2011年1月31日
2011年2月1日
2011年2月2日
日
月
火
水
8:00
関西空港集合
8:30
チェックイン
11:00-15:25
CO978関西—グアム
19:55-20:55
CO953 グアム—パラオ
22:00
ホテル到着
8:30
ホテル発
9:30-10:00
首都訪問
10:30-15:30
バベルダオブ島家庭訪問
17:00-18:00
コロール島家庭訪問
18:30-21:00
フィリピン人コミュニティの人々との懇談
9:00-10:00
振り返り
10:00
ホテル発
10:15-12:15
ジョージ Bハリス小学校訪問
12:30-13:30
ヘッドスタート学校(就学前教育機関)訪問
14:00-15:30
教育省訪問
16:00-17:00
パラオ国立博物館見学
18:30-21:00
青年海外協力隊員との懇談
9:00-11:00
保健省訪問
13:30-15:30
保健省訪問
18:30-21:00
パラオ・リソース・インスティテュート(NGO)
関係者との懇談
2011年2月3日
2011年2月4日
2011年2月5日
木
金
土
9:00-10:00
在パラオ日本国大使館表敬訪問
10:20-12:00
シニア・シティズン・センター訪問
14:00-17:00
発表準備
10:30-11:30
ミンゼンティ高校訪問
13:00-16:30
パラオ・コミュニティ・カレッジにてフォーラム(発表)
22:30
ホテルチェックアウト
23:00
空港でチェックイン
2:50-5:45
CO892 コロール―グアム
7:20-10:00
CO977 グアム—関西空港
5
3.視察地報告
① バベルダオブ島家庭訪問;Ngerchelong Ulang さん宅へ家庭訪問
私たちの最初の訪問先はバベルダオブ(Babeldaob)島北部アルコロン州(Ngerchelong State)にある
Ulang さん(60 歳、女性)宅であった。Ulang さんはパラオの伝統料理である、タピオカ(キャッサバ)
にココナッツミルクをかけて食べる Belul、タロイモの葉から作る Demok と呼ばれるスープ、漁師である
旦那さんの Katsushi さんが海で捕ってきた魚のバナナの葉蒸しや刺身などを作って私たちをもてなして
くれた。Ulang さんが野菜や果物を自家栽培する畑を披露してくれ、中でもタロパッチ(タロイモ畑)で
の収穫方法をデモンストレーションしてくれたことには私たち全員が感動した。
一方で、Ulang さんや Katsushi さんは、近年の急激なパラオ人のライフスタイルの変化を懸念している。
彼らは 3 人の孫と一緒に暮らしているが、小学生の孫たちはタロイモを嫌い、米を毎食求めるという。
しかし、パラオでは米栽培はもともと行っておらず、米はスーパーで購入しなければならい。
「昔はタロ
さえあれば良かった」と嘆く Ulang さんは、孫たちに「そんなにお米が欲しいなら、将来いい職につけ
るように一生懸命勉強して、自分で稼いで米を買えるようになりなさい」と言うそうだ。伝統文化より
も教育や貨幣のために働くことが重視されてきていることを暗示させる言葉であった。
また、タロパッチの衰退も深刻である。伝統的に「女性の仕事」とされてきたタロイモ栽培は、女性
の社会進出に伴いその担い手が確保できなくなっているという。Ulang さんも体力的に年間を通して多く
のタロパッチの管理をすることが困難であるため、外国人労働者を雇用し、タロイモや他の野菜などの
栽培を手伝ってもらっているということであった。
6
② コロール州家庭訪問;Motol さん宅へ家庭訪問
次の訪問先は、コロール州(Koror State)在住の Motol さん(26 歳、女性)のお家であった。小さいお
子さんが 2 人いる Motol さんに家族の普段の食生活について聞き取りを行った。彼女の長女は幼い頃か
ら離乳食で育てたため、6 歳になった今ではジャンクフードを好むが、二女は母乳で育てたため自然の食
べ物を嗜好するという。
また、私たちを驚かせたのは、
「今夜の晩御飯は何ですか?」という質問に対する答えであった。彼女
は「DH(Domestic Helper:お手伝いさん)に訊かなきゃわからないわ」と言い、キッチンで調理をして
いたフィリピン人のお手伝いさんに尋ねたところ、彼女は「Tinola」と答えた。これはフィリピンの一般
的な家庭料理である。このように外国人のお手伝いさんを雇用している家では、そのお手伝いさんの国
の料理が食卓に上がることも珍しくない。ここにも、グローバリゼーションの中においてパラオの食生
活の変容が垣間見えた。
③ フィリピン人コミュニティの人々との情報交換会
一日目の夜は 6 人のフィリピン人(28 歳∼53 歳、男性 1 名・女性 5 名)と懇談の機会をもった。彼ら
はパラオで就労する海外フィリピン人労働者(Overseas Filipino Workers)である。パラオでの移住歴やパ
ラオでの生活変容、文化摩擦、そして食生活について情報交換会を行った。
彼らの移住歴は 2 年未満の方から 16 年以上も住んでいるという方まで幅広く、職業も観光ホテルのマ
ネージャーや公立高校の先生、美容師まで多様であった。パラオに 16 年滞在している Rogie さんは、
「私
たち外国人労働者もパラオに適応するよう努力して
きたが、パラオも私たちに適応してきている」と、
以前の差別の実態を語りながら、現在は住み心地が
良くなってきていると教えてくれた。フィピン人が
増えることによってパラオの食文化にフィリピン料
理も混ざり合い、食のバライティが豊かになってき
ているように彼らは感じている。家庭でもレストラ
ンでも調理師がフィリピン人であることも多く、フ
ィリピン流の食べ方も受け入れられている。」とのこ
とであった。
7
④ ジョージ B ハリス小学校訪問
二日目の午前中、George B. Harris Elementary School というコロール州内の 3 つの公立小学校のうちの 1
校を訪れた、5 年生の英語(担当:Norma 先生)と算数(担当:Carlton 先生)の授業を見学した。英語
の授業では 20 人ほどの生徒が翌日の英単語テストの予習をしていた。
11 時 15 分からは給食の時間である。低学年から順に給食を済ませる。この日のメニューは白米、鶏肉
とキャベツのスープであった。私たちは生徒たちと一緒に給食を頂いた。
給食を済ませた生徒たちは自分たちで食器を片づけ、校庭で友人らと鬼ごっこのような遊びをており、
楽しそうに走り回っていた。
⑤ ヘッドスタート学校(就学前教育機関)訪問
Head Start Program のヘルスマネージャーである Melan Jane Pedro さんと面会し、インタビューを行った。
また、幼児たちの給食時間の様子も見学させていただいた。
Head Start Program とは、幼児(主に 3 歳から 5 歳児)の健康促進を目標とし、1970 年代からアメリカ
の援助を受けスタートした、9 月∼5 月までの 9 ヶ月間のプログラムである。アメリカ、サンフランシス
コの事例を基に計画、身体検査を行うほか、バランスの取れた食事の無料提供を行う。不定期ではある
が保護者会を開いており、保護者からの意見や要望を受け入れている。
8
⑥ 教育省(Ministry of Education)訪問
Emery Wenty さん(教育行政局長 Director of Education Administration)と Sinton Soalablai さん (学校運営
課長 Chief of School Management)に健康教育に関する聞き取り調査を行い、給食制度の課題が明らかとな
った。
ハリス小学校で見学した給食の内容は、教育省としても望ましいものとは考えていないが、給食プロ
グラムには非常に限られた予算しか割り当てられていないため、予算がない現状では改善は困難である。
全国統一のメニューで給食が提供されており、理想としてはタロイモ、魚、野菜など地元の食材を献立
に取り入れたいが、材料入手が困難である。例えばタロイモは伝統行事用なので一般市場への販売を拒
否する人がいる。
さらに、給食費は無料であるが経済的に厳しい状況であるとのことだ。また、予算不足は教科書作り
(パラオ史や文法など新しい教科書)に踏み出せない要因でもあるそうだ。
親と子どもの給食メニューに対する要望の食い違いもあり、給食で何を食べるのか決めるのは非常に
困難であるそうだ。
⑦ ベラウ国立博物館見学
ベラウ国立博物館(1955 年設立)では、紀元前から現在に至
るパラオの歴史を学んだ。パラオの暮らしを再現したミニチュア
のほか、伝統品、生活用品や資料などが展示されていた。パラオ
の人々や自然の有様を描いた絵画や作品もあった。
屋外では、パラオで集会所、会議所、宿泊施設として使用され
ていた Bai(バイ)を見学した。現在は一部の地域にしか存在し
ない。
9
⑧
青年海外協力隊員との情報交換会
日本人から見たパラオを知るため、青年海外協力隊の方々とお会いし夕食を共にした。お会いしたの
は臼井真知子さん(ベラウ国立病院勤務)、佐伯和彦さん(ベラウ国立病院勤務)
、若松直子さん(ベラ
ウ国立博物館勤務)そして相沢友紀さん(教育省勤務)の4名である。皆、パラオ滞在歴は最低5か月
以上で、ホームステイも経験しているため豊富な意見を聞かせていただくことができた。
彼らによると、パラオの人々は手間をかけずに沢山食べるのが好きなようだ。また、栄養はパラオ語
でも Eiyo だが、日本の栄養の概念とは違い、カロリー摂取、食べ物を身体に入れるとエネルギーになる
ことが栄養だと思っている、などという話を聞いた。。
⑨
保健省訪問
面会者:Ms.Yorah Demei/Ms.Sherry Madraisau
活動内容:パラオでの生活習慣病についての現状についてのインタビュー
パラオでの生活習慣病で最大の問題は、肥満、それに付随する糖尿病などである。子どもたちへの健
診は学校を通じて行われているそうであるが、成人に関する定期的な健診は実施されていないため、肥
満や糖尿病の実数を把握することは難しい現状である。コミュニティでボランティアが中心となって、
料理教室、運動教室、健康情報勉強会などを行うことにより生活習慣病の予防に努めている。
10
⑩
保健省 PCC Clinic (パラオ・コミュニティ・カレッジ内)訪問
面会者:Ms.Berrymoon Watson/Ms.Daidre Yamaguchi
活動内容:学校健診や子どもの健康管理についてのインタビュー
大阪大学の海外インターンシップなどを利用して学校健診のデータ解析など継続的に人材交流をして
いく可能性について話し合った。また、生活習慣病だけでなく、精神疾患や障害児のケアなどについて
の現状をお聞きすることができた。
⑪
Belau National Hospital (ベラウ国立病院)
面会者:Mr. Temmy Temengil
活動内容:病院内見学ツアー
入院病棟、リハビリテーション室、生体検査、レントゲンや CT などの検査室、人工透析室、精神科病
棟などを順番に見学していった。見学の際には本病院で検査技師として働く JOCV の臼井さんも同行し
て補足説明してくださった。
11
⑫
Belau National Hospital (ベラウ国立病院)
面会者:Mr.Tino Faatuuala(Dietitian)
活動内容:パラオにおける病院栄養士の取り組み
Belau National Hospital に入院されている患者に提供する食事の管理をされている栄養士の Tino さんに
パラオにおける人々の健康管理、病院食及び教育機関での給食などを中心に話を伺った。
この病院では、regular meal と患者の症状に合わせた irregular meal を毎食 80 人分準備されており、栄養
士としては少しでも早く患者の病状が回復することを願って食事を提供しているが、実際は付き添いの
親族が入院患者と一緒にいることが多いため、病院の食事に手を着けずに、付添者が持参したものを食
べている患者が多いということが一つの問題になっている。
また、肥満や糖尿病等の生活習慣病を有する患者に効果的な健康教育をするために、業務外にパドリ
ング競技を取り入れた健康教室を実施されていた。食生活の改善だけで体重のコントロールを行うこと
は非常に難しい。しかし、仕事帰りに屋外で仲間と一緒に楽しく取り組むことのできるスポーツを日常
生活に取り入れることで、減量に成功した患者が何人もいるとのことであった。このように自身の健康
状態を改善するために、楽しみながら行動変容を良好な状態に転換させる手法は、理想的な方法であり、
それを実践されている Tino さんの行動力に感銘を受けた。
その他にも、ヘッドスタート学校の給食メニューを作成なさったり、MOH のパイロットプロジェクト
として実施されている“Community involved school lunch”では、基本的には全国共通メニューである学校給
食の一部に地域性をもたせ、地域の人々から提供さ
れたタロイモや野菜、魚、果物などを積極的に取り
入れた“地産地消”を重視したメニューを加えると
いった取り組みをされていた。小学校の給食につい
ては、MOE においても話題になっていたが、行政
の支援だけで充実した学校給食を実施するという
考えでなく、地域が協力して子どもたちの食生活を
支えていくという新たな試みをされていることを
知り、パラオにおける“地域力”の強さを改めて感じ
た。
12
⑬
Alternative Health Care Site(A.C.S) For Ministry of Health
面会者:Dr. Maria Clarissa F. Muncal
活動内容:学校健診後のフォローアップについてのインタビュー
学校健診で、健康問題を指摘された児童・生徒のためのフォローアップとして医師による保健指導が
行われている。その場で、身長や体重、BMI、体脂肪を測定したり、主に肥満児の生活習慣改善について、
児童・生徒および両親へ食事量、内容や運動などの指導をおこ
なったりしている。
⑭
Palau Track & Field/Palau National Gymnasium/パドリング
面会者:特になし
活動内容:パラオでの運動習慣についての現状視察
陸上競技場に行き、そこで走ったり歩いたりして自主的に運動している人々の様子を見学した。また、
体育館ではヨガ教室が行われており、私達も実際に 20 分ほど体験した。さらに、ベラウ国立病院で働く
Tino さんが中心にメンバーを集めて運動習慣を広めようとしてビーチでパドリングの練習などを行って
いる様子も見学した。
13
⑮
パラオ・リソース・インスティテュート(NGO)関係者との情報交換会
パラオ・リソース・インスティテュート(以下 PRI と略称)というパラオについての調査・研究を推
進する NGO のメンバーの方々と夕食会を行った。PRI の創設者やメンバーである大学院生など、9 名の
方々が参加して下さった。創設者の一人である社会文化大臣の Ms. Faustina K. Rehuher-Marugg は、パラ
オの伝統食の継承に尽力されており、2011 年 7 月にタロフェスティバルを行い、パラオ在住の人々に伝
統食についての関心と理解を深める機会を提供したい、とのことであった。
参加者は各々の関心事に基づいて質問をしたり、本フィールドスタディについて学術的な視点から示
唆して頂いたりすることができた。
⑯
在パラオ日本国大使館表敬訪問
面会者:貞岡義幸特命全権大使 辻修次専門調査員
活動内容:大使との交流とパラオと日本を取り巻く現状についての情報提供
最近のパラオにおける健康問題について「パラオの人々は自分たちの健康状態に問題があることに気
付いており、最近は運動を実践する人の数が急増しているように思われる。しかし、健康状態の悪化の
原因には食生活も大きく影響しているにも関わらず、それについては改善がなされていないように思わ
れる。」と大使自身の印象を語られた。更に、こういった問題について、外国人の目から見たパラオの現
状として人々に伝えることに意義があると話されていた。
パラオは日本と地理的にも近く、日本にとっても重要な国の一つである。戦前は映画などの影響で日
本人はパラオのことをよく知っていたが、戦後はほとんど忘れられた隣国になっている。しかし、最近
日本においてパラオに関する情報が提供される機会が増加してきている。昨年末からは、1 週間に 4 便も
東京からパラオへの直行便が出るようになり、以前は戦死者のご家族やダイバー中心だったパラオへの
訪問客の層が変わってくるのではないかとのことであった。
大使との会話の中で、世界から見た日本、そしてパラオをとりまく現状というものを少し知る機会を
得て、いかに自分達が自国についての知識を持っていないか再認識した。
14
⑰
シニア・シティズン・センター訪問
活動内容:パラオにおける高齢者の日常生活についての情報収集(現在と過去の生活習慣の違いを含め
て)
高齢者の方が月曜日から金曜日までの期間、自由に出入りし、昼食を無料で提供していただける施設
で、訪問させていただいた日も多くの高齢者の方が会話やトランプ、花札を楽しんだり、このセンター
の運営費用の一部にもなる工芸品を作成するなどして過ごされていた。
昼食はセンター内の調理場で作られており、この日の献立は蒸かした orange sweet potato、蒸し魚、サ
ラダ、“seboseb”というタピオカ澱粉をココナッツミルクと砂糖で煮て作られたデザート、パイナップル
というパラオの伝統的な献立であった(注:ただしこの日の献立は特に伝統料理が意識されたものであ
り、日常的には多様な献立となっている)。
食事はかなりのボリュームであったが、全体的残食が少なかった。これに関して、
「食べ物を残すこと
が良くないと日本統治時代の教育の中で学んだから」と言う方がいらっしゃった。来所者の方の元気の
源は旺盛な食欲や人々との交流にあるのだと感じた。
来所されている方には、日中は共働きの子ども夫婦の孫の面倒をみている方も多く、ある人は、この
センターに来て、みんなと会話したり、ランチを食べたりすることがストレス解消になっているとおっ
しゃっていた。あるご夫婦の話では、孫たちはライスやチキン、ソーダが大好物ではあるが、食事にあ
えてパラオの伝統食である自家栽培の“タロイモ”やご主人が素潜りで捕ってきた“魚”を調理して食べさ
せているとのことであった。このような生活を長年続けていることで、日常生活だけでも十分な身体活
15
動が確保されていることもあり、夫婦とも現在のところ健康状態は良好であるとのことであった。また、
一年に一度、地域で実施されている健康診断を受診されており、健康状態の把握もなされていた。
パラオの日本統治時代に、日本語を教えられたとのことで日本語を話される方も多く、私たちがお別
れを告げると、みんなで「蛍の光」を合唱してくださったことも印象的であった。
⑱
スーパーマーケット、小売店視察
活動内容:パラオにおける食環境の現状把握
パラオに住む人々が、日常生活の中でどのような食生活を送っているのかを把握するために、地元の
スーパーマーケットを視察した。
食品売り場では、生鮮食品である野菜や果物を扱うスペースが非常に狭いうえ、価格も高く、陳列さ
れている食品には鮮度の悪いものも含まれていた。
一方、コーンビーフやスパム、野菜などの缶詰や冷凍食品などは日本と比べ物にならないほど充実し
た品ぞろえであった。パラオ人の方は日頃の食生活で缶詰を好んで利用することが多いと伺っていたが、
その理由の一つとして、人々が日本統治時代に自分たちで栽培したバナナや獲ってきた魚などを売って、
その利益で缶詰を買っていたという、
「缶詰=贅沢品=食べることができてうれしい」といった概念が残
っていること関係しているようにも思われた。
また、日本食(調味料、乾物、インスタント食品、缶詰、菓子など)を扱うスペースが広く、パラオ
の人々にとって、日本食がなじみ深いものであることがうかがえた。
食品の小売店では、パラオの伝統的な主食である“タロイモ”や“タピオカ”を茹でたり、冷凍するなどし
16
て加工された状態でも販売しており、調理に時間のかかる食材であっても手軽に食生活の中に取り入れ
ることができるような環境も整っていた。しかし、価格が高く(1.7 ドル/kg=約 140 円)、タロイモを買
う代わりに、調理も楽で安価な米(1.4 ドル/kg=約 120 円、飯に換算すると 2.2kg)を選択する人々の行
動は、このような食を取り巻く環境も一因しているのではないかと思われた。
⑲
ミンゼンティ高校訪問
活動内容:“Cultural Activity Day”の見学
カトリック系の私立高校である“Mindzenty High School”を訪問し、一年に一度この学校で開催されてい
る“Cultural Activity Day”を見学する機会を得た。
校内では、工芸品である籠を編んだり、伝統料理を作ったりするコーナーがあり、学生たちはそれら
のプログラムをとても楽しそうに取り組んでいた。その中の学生数人に「このようなこと(工芸品の作
成や伝統料理の調理)を今まで経験したことがありますか?」と質問したところ、ほとんどの者が「こ
のような経験は初めてである」と答えた。そういった学生たちをサポートするために、地域に住む人々
がボランティアで参加され、丁寧に作業の説明をされており、文化の継承のために地域と学校の交流が
あるという、このようなつながりを日本でももっと積極的に取り入れることができたらよいのではない
かと思った。
17
⑳
パラオ・コミュニティ・カレッジにてオープンフォーラム(発表)
最終日は、パラオ・コミュニティ・カレッジ(以下、PCC と略称)でオープンフォーラムを開催し、
パラオの関係者や学生に調査結果を共有した。
前日の午後から発表に向けて、参加者がワークショップ形式で準備を行った。まず、この 5 日間の中
で得た知見を共有した。議論してく中で、今回の発表では食生活に焦点を絞ろうということになった。
「過
去」
「現在」
「未来」という時間軸においてパラオに住む人々の食生活がいかに変容してきたかを分析し、
さらに未来に繋げていくための「提案」を考えた。
当日は、5 日間でお世話になった方々や PCC の学生など、約 40 名の参加者が来場してくださった。私
たちの発表は進行手順、語学力、分析の浅さなどにおいて十分なものとは言えず、反省点の多いもので
あった。しかし、聴衆からは建設的な批判や既に取り組まれている前向きな事例の報告がたくさん聞か
れたこと、そして調査者としての私たちが情報を単に持ち帰るだけでなく、その場でパラオの人々と対
話できたことは、このフォーラムの大きな収穫であったと言える。
18
4.個人総括
人間科学研究科グローバル人間学専攻多文化共生社会論講座博士前期課程2年
原めぐみ
フィールドスタディ試行プログラムに参加した感想を、1)参加動機、2)外国人労働者との「共生」
という観点からの考察、3)今後のキャリアとの接点について述べていきたい。
1)参加動機
まず、私がフィールドスタディに参加した理由は、パラオにおける外国人労働者について「多文化共
生」という視点から見つめたいということであった。私は、大阪大学の高度副プログラム「グローバル
共生」を受講している。主な関心事は、海外で働くフィリピン人労働者の移動動機や受入国での生活と
文化摩擦、また彼らの子どもの教育問題である。修士論文では、日系フィリピン人の移動・国籍・アイ
デンティティについてまとめた。
グローバリゼーションの加速化に伴い、パラオにも多くの外国人が暮らしている。2 万人の人口の 3 割
が外国人であり、その大半がフィリピン人であることは統計上明らかだ(Palau, Office of Planning and
Statistics 2005)。また、バングラディシュ人、中国人なども暮らしている。彼らの多くは労働者として、
農業・教育・医療・家事労働など様々なセクターで就労しており(三田
2009)
、多文化共生をテーマに
学ぶ私にとって願ってもないフィールドになるだろうと期待しながらの参加であった。
2)外国人労働者との「共生」という観点からの考察
家庭訪問先での家事労働者とのふれあい、フィリピン人コミュニティとの情報交換会、訪問先の学校
での外国人児童やダブルの生徒との交流、医療現場での外国人医療従事者の活躍を見る機会など、様々
な場面でパラオに住む外国人と接することができた。これはパラオの社会における外国人の存在が、予
想以上に大きいということの証明であった。
食生活との関連性
Babeldaob 島の家庭訪問先で出会ったバングラディシュ出身のお手伝いさんは、パラオ人女性が管理し
ているタロイモ畑の伝統的な作業工程をおばあさんから習い、毎日畑に出てタロイモやその他野菜の栽
培を行っていた。20 年ほど前からの女性の社会進出に伴い、かつて象徴的な女性の仕事であったタロイ
モ栽培が若い女性たちの間で機能しなくなったため、特に農村部の家庭では、外国人労働者を雇い、タ
ロイモ栽培などを手伝ってもらうという仕組みが一般的になったのだという。伝統的な食材の生産の担
い手が変化していることがわかった。
また、家庭料理も外国人労働者の存在により大きく変化している。二軒目の家庭訪問先である都市部
の家庭では、二人のフィリピン人を家事労働者として雇用していた。彼らは家の掃除・洗濯・子守など
に加え、毎食の料理を担当していた。その家庭では、Lumpia や Tinola などが調理されていたが、両者と
もにフィリピンの代表的な家庭料理である。
フィリピン料理の広がりは、フィリピン人家事労働者を雇用している家庭だけではない。学校訪問の
際に見せていただいた学校給食の献立表には、
「Chicken Adobo」が頻繁に登場していた。町にはフィリピ
ン料理屋がたくさんあり、コンビニにもフィリピン料理のお弁当、スーパーにはフィリピン食材コーナ
ーが設置されてあった。さらには、Bableldaob 島ではフィリピンで最もポピュラーな Bangus という魚の
19
養殖場ができたという話も聞いた。
このように、外国人労働者受入れや外国人住民のプレゼンスの高まりは、パラオの食生活にも大きく
影響しているのである。
左:バングラディシュ出身のお手伝いさん(タロイモを洗う様子) 右:フィリピン出身のお手伝いさん(夕食の準備中)
政府レベルでの外国人受入れ
パラオでは、2009 年 10 月 9 日から外国人労働者総数を 6000 人にするという法律が施施行された。ま
た、2006 年 1 月からはバングラディシュ人の新規雇用を禁止している(三田 2009)。しかしこれまで、
パラオ政府は外国人の受入れについて、外国人の入国に関する規制を行ってこなかった。出入国管理法・
労働法において法律の未整備が現在も継続していると言えよう。
訪問した医療現場には、技術職の外国人労働者が働いていた。例えば、パラオで唯一の小児科医であ
る Muncal 先生はフィリピン人女性だったし、国立病院の栄養士をしている Tino さんは、フィジー出身の
方であった。青年海外協力隊の方々と夕食会をした際、国立病院で働く医学療法士の佐伯さんは、
「医療
現場における専門家や技術者はほぼ外国人労働者である」と述べ、教育省でサイエンス・スペシャリス
トとして働く相沢さんは「パラオの子は理数系科目が苦手であるため、文系の学部にしか進学しない」
という。つまり、パラオ人の医療従事者を育成するよりも外国人に依存していることがわかる。
また、外国人住民の滞在は長期化傾向にあるということがフィリピン人労働者へのインタビューから
わかったが、それに付随して新たな問題が今後浮上してくるだろう。たとえば、医療費の問題である。
パラオ人であれば医療費は 10%の負担であるのに対して、外国人は 100%本人負担である。
また、その子どもの教育はいかに扱っていくのかという問題がある。Half Cast と呼ばれるダブルの子
どもの増加や、移民 2 世も増えているという。教育省の統計によると、パラオの小学校・高校に通う全
生徒中の約 3%がパラオ国籍以外の国籍の生徒であり、その中でもフィリピン人の子どもが多い(Ministry
of Education 2009-2010)。彼らは外国人であるがゆえに、パラオで公立の高校を卒業しても、大学へ行く
ための奨学金に応募できない。
三田(2009)が指摘するように、今後も多文化社会への道を歩んでいくのであれば、
「便利な他者」と
して外国人に依存するだけではなく、政府は外国人労働者受入に関してより具体的な政策を示していく
必要があるだろう。
マジョリティの外国人への意識
パラオ人にとって外国人の存在というのはいかなるものであろう。特に量的な意識調査を行ったわけ
ではないが、パラオに住む人々との会話から得た私の所見を述べたい。
20
移民の存在は周知であるが、「多文化共生」といった意識はあまりない。医療現場で働く青年海外協力
隊の臼井さんからは、
「パラオ人にこき使われて、フィリピン人が可哀想」との声が聞かれた。明らかな
差別があるということだった。また、パラオ高校で理科と数学を教えるフィリピン人の高校教師の Maz
先生は、
「血統主義であるパラオでは、ダブルの子どもは差別されないが、ピュア・フィリピン人は差別
の対象になっている」と述べた。
外国人への意識には、年齢差がある。例えば、外国人に対する嫌悪感を抱く老人は多いが、外国に留学
などをして帰ってきた若者は、外国人に対して寛容であり一市民として迎え入れるべきだと主張してい
た。Maz 先生は、
「子どもたちが Magandang umaga!(フィリピン語で「おはよう」の意)と挨拶してくれ
る」と嬉しそうに言った。彼らは、自分の家にいる家事労働者のフィリピン語を自然と身につけている
ことも多いようだ。
外国人労働者から見たパラオ
次に、外国人労働者にとってのパラオとはどのような国であるのかを議論したい。フィリピン人コミ
ュニティとの情報交換会、レストランなどで働く外国人労働者へのインフォーマルインタビューをもと
にまとめたい。
私がインタビューをしたフィリピン人からは、パラオに対する肯定的で前向きな意見が多くあった。
彼らがそう捉える要因を以下の 3 点であろう。
1 点目は、自然・環境要因である。特にフィリピン人にとっては、地理的に近いことや気候が合う、海
が近いなど、自然環境面でストレスを抱えることが少ない。また、言語面でも英語が公用語であるため、
フィリピン人やバングラディシュ人にとっては、雇用主とのコミュニケーションに大きな支障がないと
言えよう。
2 点目に制度的要因、つまり出入国が容易であるという点である。入国の規制が厳正でなかったため、
書類さえ整っていれば観光ビザで入国し、その後パラオでは就職先が見つかれば労働ビザに変更すると
いうことが可能であった。また、パラオの雇用主が外国人労働者を直接雇用することも可能であり、移
民にとっては好条件である。対照的に、日本では観光から労働への査証の切り替えは大変困難である。
従って、観光ビザで入国して職が見つかって働き始めても、ビザの申請ができずオーバーステイになり
違法である。
3 点目に、精神的要因である。具体的には、ビザの安定性と、社会的地位を下げずに生活できる点であ
る。日本など多くの国において、外国人はその査証の安定しないために社会的弱者になることが多いが、
パラオでは雇用主の許可があれば査証の更新が可能であるという点で移民のストレスが少ないと言える。
また、一般的に移民が抱えるストレスの原因は、本国での自分の職業からレベルを下げて他国で働くこ
とである。例えば、フィリピンで医師をしていた者がイギリスで看護婦として働く、教師だった者が香
港でベビーシッターとして働く際にはプライドが傷つけられる経験をする者が多い。しかし、パラオで
は、本国でやっていた職業と地位が保たれたままパラオで暮らすことができていた。自分の専門性を活
かして働けることにより、たとえ外国人であるがゆえに差別を受けたとしても、自分の中での自己肯定
感は強く保持されているように感じられた。
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パラオ滞在歴 16 年のフィリピン人の Rogie さんは、以下のように述べている。「昔は差別がひどかっ
た。でも今は、変わった。私たちはパラオに適応してきたし、パラオも私たちに適応してくれている。
私たちはお互いに学びあっている。」多文化社会の兆しが見えてきている。パラオという小さな国から、
日本を始めとする多文化社会に真剣に取り組まなければならない先進国が学ぶことは大きいだろう。
左:フィリピン人コミュニティのメンバーとの情報交換会
右:レストランで出会ったフィリピン人シェフ・ウェイトレス
3)自らのキャリアの中でのフィールドスタディの位置づけ
前述のように、私の参加動機とフィールドスタディで体感できたことはうまく重なり合い、今回の参
加はたいへん有意義なものとなった。ここでは、さらに自分のキャリアパスの中での意義を以下に記述
したい。
4 月より博士後期課程に進学予定であり、8 月からは米国留学を目指している。今後もフィリピン人の
国際移動労働に焦点を絞り、特に日比間を行き来する移民の生活世界を継続的に調査していきたいと思
っている。また、実践者としても微力ながら在日外国人児童の教育支援に関わり続けていきたい。将来
の目標である、
「動ける研究者」もしくは「書ける実践者」への下積み時代はまだまだ続いていきそうで
ある。
今回のパラオでのフィールドスタディはとても刺激的な体験となった。研究としては、世界各地で働
く海外フィリピン人労働者の比較研究に繋げていければと思う。
フィールドに出ることの危うさや意義を深く考えさせられたのも、本プログラムによって得られた収
穫であった。研究・調査をするということが被調査者の負担であるということを意識しなければならな
いということを痛感し、フィードバックの重要性を学んだ。一方で、今回のフィールドスタディで出会
った人々との交流を通して生じた研究に対するモチベーションは計り知れない。
最後に、チームでフィールドスタディを行う意義としての「相互刺激」の重要性を強調したい。引率者
の 2 人の先生、それぞれに専門性のある他 3 人の大学院生とフィールドへ行けたことにより、自分の限
られた事前知識だけでは発見できなかった多くの学びを共有することができた。また、個人的ではある
が、米国留学について迷いや不安を持っていたため留学経験のある三田先生・本庄先生に相談できたこ
とは大変励みになった。ワーク・ライフ・バランスについても 2 人の先生、そして久保さんに家庭と研究・
仕事との両立についてお話を聞けたことも今後の参考になった。同世代の岸本さん、若林さんとも今後
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のキャリアパスについて共に考える良い機会であった。一人のフィールドワークでは決して得られない、
かけがえのない経験をすることができたことに感謝したい。
<参考文献>
三田貴(2009)「アジア人労働者の移動と島嶼社会への影響―パラオと北マリアナの事例から―」『日本
オセアニア学会
NEWSLETTER』95,1-11.
Ministry of Education (2009-2010) Public School Ethnicity Counts Division of Research and Education sy
2009-2010.
Palau, Office of Planning and Statistics (2005) 2005 Census of Population and Housing of the Republic of Palau.
Volume 1 Basic Tables.
23
人間科学研究科グローバル人間学専攻国際協力学講座 博士前期課程1年
岸本紗也加
私が初めてパラオという国を知ったのは 2003 年 7 月 25 日である。当時、私は英語部に所属する高校
生であった。ミクロネシア・パラオ訪日親善使節団が徳島を訪問しており、国際交流の集いに参加した
のだ。パラオからは団長として教師が 1 名、団員の高校生男女 2 名。彼らと学校生活について語り、阿
波踊りを一緒に踊り、楽しい時間を過ごしたのを今でも覚えているが、この時はパラオについて知って
いたつもりになっていただけであった。パラオは「遠い南国」である。そう思っていた。
そして 2011 年 1 月 31 日、パラオ上陸。6 日間のパラオ研修を終え痛感したのは、パラオは「遠い南国」
ではなく非常に日本と「近い南国」であることだ。
パラオが日本と切り離して語り得ない理由はいくつか挙げられる。
まず、日本の援助でパラオのインフラが整備されている。パラオの道路は日本と見た目もほとんど変
わらない。橋や街に日本名も付けられていた。
日本名はモノに残存しているだけではない。1914 年から約 30 年間続いた日本統治時代。その歴史的爪
痕はパラオの人々の名前にも生きている。シニア・シティズン・センターでお会いした方のお名前は Tadao
さん、Emiko さん。間もなく 70 歳になるという Emiko さんは、11 歳の時、日本人の親族に会うため東京
と横浜を訪ねたそうである。また、同センターで「蛍の光」の合唱が行われた。日本にいるような錯覚
に陥った。
人々の会話に耳を傾けてみる。会話からはセンセイ、デンワ、オミヤゲ、オバケ、チョウダイ、ズル
イ、オモシロイなど、次々に日本語が飛び出してくる。パラオ語には日本語起源の単語が1000語以
上存在するそうである。
スーパーに立ち寄ると、日本のお菓子や調味料、冷凍食品などが立ち並んでいる。Bento(弁当)も販
売されていた。まるで日本で買い物をしている気分になった。
これらは実際にパラオに自ら足を運び、自分の目で確認し、人との出会いを通じて学び、感じたこと
である。
知りたい情報はインターネットを通じて瞬時に入手出来る時代である。わざわざ現地を訪れる必要は
ないだろう。しかし、インターネット上の情報は断片的で偏りがある。その国や地域で生きる人々の生
の声、感情や温もり、彼らを取り巻く環境は、現場で現物と人に触れ合うことなしに語り得ない。
私はモロッコのアマズィグ人について研究しており、文献や資料を読み、先行研究を進めている最中
であるが、例えモロッコが日本から 12000 ㎞離れていても(パラオ、日本間の約 4 倍の距離に相当する)、
積極的に現場に飛び込みたいと切実に考えるようになった。
そして現場に飛び込んだからには、学びを提供して下さった方々に礼を述べるべきである。帰国前、
研修結果を現地調査協力者や大学生に報告し、意見交換の機会を設けた点にパラオ研修の特徴がある。
ご意見やご質問を沢山頂いた。パラオの現状考察に寄与した。
私の場合、モロッコでの調査期間中に現地住民と調査内容を共有する時間を確保したい。
(しかし、私
が調査を進める予定の村は男女共に非識字率が90パーセントを超える。読み書き能力に乏しい人々を
前にどのように成果を公表するのか、非常に悩ましい課題である。)
残念なのは、フォーラムがほぼ一方通行的な発表に終わってしまったことである。参加者との対話や
議論の時間を十分に設けることが出来なかった。次回は準備とタイムスケジュール調整に十分な時間を
24
費やしたい。リハーサルを何度も繰り返す余裕のあるくらいが良いだろう。
最後にこの場を借りて、グローバルコラボレーションセンターの三田貴先生、本庄かおり先生に感謝
の念を表明させていただきたい。本研修の事前学習から滞在期間中、また帰国後の振り返りなど、非常
にお世話になった時間は計り知れない。
“Palau is my new country.”※ 調査に協力してくださった現地のすべての方々に、Sulang!を届けたい。6
日間という非常に時間的に限られた研修で学んだことは、パラオの現実のほんの一部でしかない。それ
をパラオのすべてだと決して断言は出来ない。しかし、皆様のご協力でパラオの過去、現在を少しでも
学び、共にパラオの未来を想像し、議論する重要な手掛かりとなったことは間違いない。
私はパラオについて学びを提供してくれた仲間たちとの絆を断ち切りたくない。今回のパラオ研修を
最初で最後で決して終わらせたくない思いは強い。今後も是非、協力関係を保ち続けたい。
(※“Palau is my new country.”
2011 年 2 月 2 日、Belau 国立病院でお会いしたサモア人栄養士、ティノさんの言葉をお借りした。人生で
自分自身の生活習慣と健康、そして国とのつながりを熱く語ってくれた人に出会ったのはおそらく、彼
が初めてである。自分だけでなくパラオの人々の健康ために日々汗を流すティノさんであった。私にと
って健康維持のための運動や食事を心掛けることの重要性を再確認する機会となった。彼の言葉は今で
も心に響いている。)
25
医学系研究科
医科学専攻
公衆衛生学教室 修士課程1年
久保佐智美
私たち人間が生きていくために欠かすことのできない“食”。人間は長い歴史の中で自分たちに適した食
について多くの知識を経験から得て食文化を築き、健全な食生活を実践してきた。しかし近年わが国で
は急速な経済発展に伴い生活水準が向上し食の多様化が大きく進展するとともに、食の大切さに対する
意識が希薄になることで健全な食生活が失われ、食をめぐる現状は危機的な状況を迎えていると言って
も過言ではない状況になってきた。
国民健康・栄養調査結果(厚生労働省)によると、脂質の過剰摂取や野菜の摂取不足、朝食の欠食と
いった栄養の偏りや食習慣の乱れが、大人のみならず子ども含めて見受けられる傾向がある。さらに肥
満や生活習慣病の増加、女性における過度の痩身等の問題も報告されている。
これらの問題に対して、なるべく早い時期から改善を図ることが、わが国の健全な将来を作り上げる
基盤となるのである。
このように国民が生涯にわたって健康で豊かな人間性を育むため食に関する知識と食を選択する力を
習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てる“食育”を国民運動として推進していくために
平成17年7月に食育基本法が、さらに食育基本法に基づいて“食育推進基本計画”が策定され、都道府県
食育推進計画及び市町村食育推進計画の基本とした。こういった流れに乗り、日本各地で幼児期からの
“食育”活動が盛んに行われるようになってきた。
平成20年4月には「高齢者の医療の確保に関する法律」が施行され、医療保険者に対して内臓脂肪
症候群(メタボリックシンドローム)の概念を導入した標準的な健診・保健指導の実施が義務づけるこ
とになり、糖尿病等の生活習慣病有病者及び予備群を減少させるといったアウトプット評価の目標を設
定し、結果的に我が国の医療費の伸びの適正化目指すものとされた。
そのような状況の中、私は市町村行政管理栄養士として市民に身近な保健サービスの提供を主とする
仕事に従事していた。その中で私たち栄養士にとっては常識である栄養・健康情報が多くの市民にとっ
ては未知の情報であり、しかも理解することが困難である場合が多いこと、また例え自身の健康に関す
る情報提供がなされ必要な知識を得ることができたとしても、その情報を基に行動変容を実現し、健康
状態を良好な状態に変化させることは非常に難しいことを感じることが多かった。
我が国では医療・健康増進に関する情報を容易に取得する環境があるにも関わらず、疾病、特に生活
習慣病を有しているにも関わらず自身の健康状態に関心がない市民への保健指導は非常に困難であるの
は、対象者の求めるものと実施者が指導する内容との間にギャップがあるためだろうと漠然と思ってい
たが、それを明らかにすることはできなかった。
そこで今回、生活習慣病患者が増加しつつあるにも関わらず健康増進への取り組みが未だ十分に実施
されていない“パラオ”でのフィールドスタディに参加することで、健康増進に関して住民が求めるものは
何か、またその問題についてどのようにアプローチすることが問題解決にとって効果的であるのか、バ
ックグラウンドの異なる方々と共にパラオの住民に受け入れられるような提言を検討していきたいと考
え、このフィールドスタディに参加した。
パラオについての基本的な情報は事前学習において提供されていたため、初めて訪れた国であったが、
戸惑うことなくスムーズにプログラムに参加することができたように思う。
現地では今回のプログラムの目的が達成できるよう、事前に自分たちが希望していた様々な分野の方
26
と会える機会をセッティングしていただけたので、特に興味のあった栄養教育や食文化についても積極
的に情報を得ることができた。
訪問先でお会いした人々からは、どなたもパラオにおける健康問題について深刻に考えておられる印
象を受けた。そして問題解決に向けて保健省や教育省が教育機関でもプログラムを実践しており、その
影響もあって、小学校の子ども達に自分たちの食生活についてどのように考えているかインタビューし
た際、
「自分たちは太る原因になる“ソーダ”を好まないし、野菜は大好き!ライスよりはタロイモが好き!
チキンよりはフィッシュが好き!」と学校で実施されている健康教育の内容を素直に表現した(実生活
での状況はわからないが・・)模範的な発言をするほどであった。
「パラオの人々は野菜が嫌い」と聞いて
いたため子どもたちの発言には少し驚いたが、食を取り巻く環境を知るために訪れたスーパーマーケッ
トの食品売り場で陳列されている野菜は全体的に価
格が高いうえ種類が非常に少なく、たとえパラオの
人々が好んで豊富な野菜を食生活に取り入れたくて
も、その意欲を阻むような環境があるのではないか、
また、パラオの人々は野菜が嫌いなのではなく、美
味しくて手ごろな値段の野菜が日常生活にないこと、
外国の影響を受けた食生活が広がっているけれども、
美味しい野菜料理の調理方法は一般家庭には普及し
ていないので、野菜を購入して家庭料理に取り入れ
る機会が少ないだけなのではないだろうかと推測さ
れた。
人々が健康教育を受けることで得た健康に関する情報を日常生活に取り入れ、継続的に実施するとい
うことは非常に難しいことである。健康について意識し情報を得る機会があるという、それこそが人々
の健康問題を解決する第一歩であるが、現在のパラオではその第一段階は達成されつつあるのではない
かと思われた。
最終日のオープンフォーラムでは、自分ひとりの力ではどうにもならない、人々を取り巻く健康に影
響を与える様々な環境の問題が潜んでいることを理解したうえで、パラオで得ることができた情報から、
人々の QOL が将来的に向上するような展望についてまとめ、報告させていただいた。
短い滞在期間であったが、パラオに住む皆さんの協力を得ることで、自分が知りたいと思っていた情
報を提供していただき多くの人々と交流する機会を得ることができた。そして帰国後パラオで知り合っ
た人々と連絡を取り合う中で、フィールドで提供された情報をどのような形で今後の研究に活かしてい
くのか、その情報をもとにどのように研究を深めていくのか、そこから何が得られたのかといったこと
に非常に関心を持たれていることに気付いた。“フィールドスタディ”に自分の研究の一環としてではなく
講義として参加する場合、学生は“自分の人生にとって、良い経験をさせてもらう”ことを目的として、軽
い気持ちでフィールドに出向くことになりがちであるが、受け入れ側には継続性のある研究目的なのか、
あるいは単に自分たちの興味心を満たすための訪問であるのかといった区別はできないであろうし、後
者であることを目的とした訪問になるとフィールドに負担をかけるばかりでなく、このプログラムの継
続性のある実施が困難になってしまう。毎年プログラムを続けていく為には、受け入れ国側が必要とし
ていること、そしてそれに少しでも貢献できること、その双方の目的が達成されることが重要になって
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くるように思われた。
しかし自分の研究フィールドではない国へは、講
義の一環としてでなければ訪問することも、そして
そこで行われている健康政策について学ぶ機会も
なかったと思う。日頃は自分の研究テーマを深めて
いくことばかりに気を取られがちであるが、自分が
実際に訪問し、人々と交流する中で得ることができ
るものというのは、論文や既存のデータからは得る
ことができない大変貴重なものであることを今回
のフィールドスタディへの参加で再認識することができた。
今回のフィールドスタディでは研究テーマの異なる大学院が行動を共にし、情報収集・まとめの作業
をした。各々異なる視点から訪問先で質問するわけであるが、これが私にとって非常に刺激となった。
同じ対象者なのに質問したい視点が大きく異なり、その質問を通して今まで触れることのなかった新し
い知識を得ることができたというこの機会は(大げさではなく!)自分の人生にとってかけがえのない
ものになった。
来年度からは講義として通年で訪問先のフィールドについて学び、事前準備し、訪問後は何らかの形
でフィールドに返すことができるようなまとめを実施されていくということを伺った。今後このプログ
ラムを通じて、少しでも多くの大阪大学の大学院生の方たち
が、日本以外の国にも関心を持ち、人々との交流を通じて自
分の研究に刺激を与えてもらう代わりに、何らかの形で貢献
することができるような、素晴らしい経験をしていただけた
らと願う。
最後にこのフィールドスタディを充実した内容にすべく
周到に調整をし続けて下さった三田先生、本庄先生、それか
ら世代が異なるにもかかわらずチームの一員として温かく
私を受け入れてくれた原さん、岸本さん、若林さんに感謝の
念を表したい。
28
医学系研究科
医科学専攻
公衆衛生学教室 修士課程1年
若林真美
海外フィールドスタディ試行プログラムに参加した動機や研修で特に印象に残ったこと・学んだこと、
この研修を今後どう生かすかという 3 点について以下にまとめたい。
パラオの研修プログラムはグローバリゼーションにおける健康の変容に焦点を当てている。私は公衆
衛生学を専攻しており、幅広い健康問題に関心を持つ。パラオは人口約 2 万人と国として非常に小規模
な島国であるため、外国からの影響をいい意味でも悪い意味でも受けやすいと考える。このパラオと言
う国を例に取り、自分の関心事である発展途上国における健康状態向上のためのシステム構築について
考えを深めたいと思い、今回この試行プログラムに参加した。
先進国で肥満による糖尿病などの生活習慣病が問題視されているが、今日では生活習慣病は先進国の
みならず、発展途上国でも問題となっている。発展途上国にはまだまだ基本的なインフラ整備ができて
いないことによる感染症などの問題が多く残る一方で、都市部ではファーストフードなどにあふれ食生
活の偏りや、生活習慣の乱れによって、慢性病が問題視されると言った二重の健康問題が近年浮かび上
がってきている。それに加えて、今回は発展途上国でもパラオは別のケースを体感することができた。
パラオは発展途上国ではあるが、マラリア、結核などの深刻な感染症は蔓延していない。しかしなが
ら、生活習慣の変容による健康問題があり、財政的な支援を諸外国に依存しているため自立的な健康政
策を施行するまでにはいたっていない。このことは私の『発展途上国=貧困による問題』といった固定
概念を変えるという意味で馴染むのに時間を要したが、国際協力や国際保健の今後あり方を別の視点で
見直す良いきっかけにもなったと考える。
パラオのスタディープログラムでは、グローバル化に伴う生活習慣の変化がどのように健康に影響を
与えるかをテーマにフィールドワークを行った。現地で一般家庭、学校、病院、保健省、教育省などの
訪問し、生活習慣の変化を多角的な視点から学ぶことができた。このレポートでは特に印象に残った、
健診、運動、学校給食について述べたい。
パラオで現在大きな糖尿病などの生活習慣病が大きな健康問題となっている。しかしながら、その実
態が把握しきれているとは言えない。保健省でのインタビューからその背景には定期健診などの公衆衛
生システムの確立が急速な近代化に追いついていないことという発見があった。生活習慣病は予防でき
る疾患であり、効果的な予防策を立てるには定期健診などによってモニタリングをしていくことが必要
不可欠であると考える。現在、糖尿病として把握されている人たちは強い自覚症状が現れて病院を受診
した患者であり、潜在的にかなり多くの糖尿病患者がいると推測される。それをきちんと把握し、定期
的な指導を行っていくことで、医療費も抑えられ、患者の QOL も高くなる。日本の場合、国民保険対象
者の定期健診や検診の受診率はあまり高いとはいえずその改善は課題であるが、パラオの場合、政府関
連で働く人々、つまり公務員が多く、また全人口が 2 万人しかいないので、定期健康診断や保健指導も
徹底しやすいのではないかと考える。
パラオには諸外国の支援によって舗装された片側 1 車線の道路が島一周続いている。これは交通の利
便性がよくなったという意味でいいことではあるのだが、人々は自動車を頻繁に使用するようになり近
くであっても歩くという習慣がなくなっているらしい。また、聞いた話によると、昔は自転車や徒歩が
29
主な交通手段であったそうだ。しかし、今では自転車や徒歩で移動することは逆に自動車にひかれる可
能性があり危険であるという認識になっているとおっしゃっていた方がいた。確かに、道路には信号も
無く、路肩も狭いので歩くのには非常に不便であった。さらに、自転車を使用している人は見かけるこ
とがなかった。生活習慣病が問題視されていると言われているが、その原因となる環境を人間が作り出
している、しかもそれらは諸外国から支援という形で環境が変わってしまったということを非常に感じ
た。陸上競技場やジムで意識的に運動に取り組む人々を見かけたが、それはやはり健康意識が高い一部
の人であり、なかなか全国民の意識をそのレベルへ上げることはどの地域であっても非常に困難である。
ただ、一般的にソーシャルキャピタルと呼ばれるコミュニティのネットワークなどが強い地域では全体
の意識も介入しだいでは高くなる。パラオでは家族の絆や各村の結束というものが強く残っていると家
庭訪問などから感じられ、そういったコミュニティの力を利用して健康環境づくりをしていけば、非常
に良い効果が得られると推測する。
学校給食というのは栄養管理、食文化を広げる機会、食事のマナー、楽しく食べるなど食について様々
学ぶとても良き教育の一環であると考える。日本では給食費未納問題が指摘されているが、学校給食の
継続的に提供していくのはそれほど簡単なことではない。パラオでは、学校給食は全国統一メニューで、
米飯とシンプルなおかず(私達が訪問したときはキャベツとチキンの炊いたものだった)が無料で配給さ
れている。無料で配給するというのは公平でいい制度だが、財政的負担が大きく、またそれをきちんと
管理して予算を立てる行政システムができていないため、このままいけば今年の 5 月までしか学校給食
を提供できない状況であるらしい。新たに諸外国からの支援金などを受ける必要があるということらし
いが、その前に 1 年間の予算を立てるようにしていかなければ持続的に給食サービスを無料で提供する
ことはできない。さらに、全国統一のメニューというのは一見公平であるが、人口の少ない離島にも学
童期の子どもがいれば同じ内容の学校給食を届けるという。それは非常にコストがかさむ。また、メニ
ューも栄養的にそれほど良いと言えず、残している子ども達も多く居た。私たちは最終日にパラオの人
たちへ向けたオープンフォーラムという形でこの短期滞在中に学んだことを発表させていただいが、私
たちが見学した学校給食をたった1日見学しただけで、パラオの学校給食を代表しているとはいえない
という参加者から意見としていただいた。確かに、地方によっては自分達の地域の特長を生かしてもっ
とバライティに飛んだ学校給食を提供しようとしている試みがあるということなので、そういった取り
組みが国全体でなされていけばより良い学校給食となり、学校給食から自分達の今の食生活を見直すき
っかけになるだろうと考える。
近代化による生活習慣の変化による健康問題は必ずしも個人に責任がある問題ではない。いかに健康
的な環境を作り出していくかという国にとっての大きな課題である。パラオの場合、介入しやいリソー
スは、例えばコミュニティの絆などがあるが、それを活用できるだけのシステムを創出していくのが、
諸外国の財政支援に頼り長期的なビジョンが描けていない現在、さらに難しくしていると考える。パラ
オに支援する側である国々も単に支援をするでなく、その国が自立できるようにどうすればいいのか一
緒に考えていく必要がある。私は保健・医療サービス分野をとおして国際協力分野に関わっていきたい
と考えているが、
『発展途上国』という言葉で一括りにして考えるのではなく、その国や地域の現状を考
慮した関わりができればと思う。
また、日本国内でも、離島や過疎地域など財政問題を抱え、保健・医療サービスが十分と言えない地
30
域があることも忘れてはいけないと今回のフィールドワークから強く感じた。パラオで初め感じた違和
感は、日本のことも含めて国際保健分野を考えていくことに気づくきっかけであり、より視野を広げて
くれたと思う。
◇最後に
貴重な勉強の場を頂きありがとうございます。保健医療分野は幅広く、どの分野を自分の専門として
いくべきか悩みますが、このような勉強の積み重ねることで自分のスタイルを見つけていければと思い
ます。グループメンバーの皆様に大変お世話になり、ありがとうございます。今後参加される方々にも、
主体的にグループワーク、海外での体験を通して自分の可能性を広げていってほしいと思います。
31
5.担当者による講評
グローバルコラボレーションセンター
特任助教
三田
貴
太平洋の西端に位置するパラオ共和国は「小国」であると言われる。実際のところ、人口は 2 万人に
すぎず、国土の面積は、300 以上の島をすべて合わせても淡路島より小さい。国家予算は 50 億円程度で
ある。人口 2 万人で予算 50 数億円といえば、日本では「町」程度の規模であるから、確かに小さい。し
かしこの「小国」は、4 つの大国による植民地支配を受けるとともに、近代化とグローバル化の最前線と
して急速な変化を経験するなど、激しい歴史的変遷と社会変動を経験してきた。現代のパラオでは、海
外から民間投資、援助、財政支援といった形で資本が入り、外国からの観光客が富をもたらし、それを
受け入れるための経済活動を外国人労働者が支える。その陰で、パラオの伝統的な生活は維持しにくく
なり、外部の資金や物資に依存しなければ成り立たなくなっている。現在のパラオでは国民のすべてが
こうしたグローバル化の諸現象を直接的に触れながら、変化を経験している。街中には外国人観光客と
労働者があふれ、家庭内にも外国から来た家事労働者がいる。グローバル化の諸現象との接触という意
味においては、日本の平均的な町とは比較できないほどの激しい経験をしている。
急速な近代化とグローバル化を経験しつつあるパラオは、経済的には先進国に近づく勢いをもって変
化を遂げている。一人当たり国内総生産は約 8,000 ドル以上あり、数値だけで見れば「中進国」並みであ
る。スーパーに行けば食品からぜいたく品まで、必要な消費物資は何でも入手することができる。各家
庭には、冷蔵庫から自家用車まで、工業国から輸入されたものが揃っている。多くの人々は政府や民間
企業で働き、賃金を得ることによって、こうした消費生活を送っている。第二次大戦以降、アメリカに
よる統治の下、パラオの人々の生活習慣は大きく変化した。労働形態をみると、かつては自給自足的活
動を主軸に自分たちで労働して食糧を生産したりしていたものが、いまではほとんどの人が賃金動労者
として政府や民間企業に雇用されるようになった。パラオ人労働人口の 6 割以上が政府と公的機関で雇
用されている。他方、民間部門では 8 割以上の労働者が外国人(主にフィリピン、南アジア出身者)と
なっている。つまり、体を動かす労働から体を動かさないオフィスワークにシフトした。また自家用車
と船外機付きボートの普及は、歩いたり舟をこいだりするという、何百年も前から続けている習慣から
遠ざかることとなった。生産と消費生活は、肉体労働によって海と畑から収穫したものを食べる形態か
ら、スーパーで輸入食品を購入して消費する生活へと変化した。
このような変化は、一見すると近代化を享受するようになったと言えるが、同時に、健康分野では「工
業国」と共通する問題が起こるようになった。その代表的なものに、肥満と糖尿病やガンなどの生活習
慣病の増加があげられる。しかしパラオの公衆衛生事情をみると、こうした疾病の予防や対策にはまだ
十分に対応できているわけではない。そこで、このフィールドスタディでは、パラオを訪問することに
よって、グローバル化が進むパラオの生活習慣の変容の現状を知り、健康問題の将来的展望を考えるこ
とを目的としてプログラムが企画された。
この試行プログラムでは、現地滞在期間が 5 日間と短かったので、調査としては表面的にならざるを
得ないという制約があった。そのため、一つのことを深く追及することはせず、逆に短期間ながら網羅
的にパラオの現状を把握することができるような日程を構築した。5 日間のうち、最初の 4 日間を調査日
とし、最後の日は発表の日とした。第一日目はコミュニティを知ることをテーマにし、バベルダオブ島
32
北部の集落の家庭を訪問し、パラオ伝統食を体験し伝統農法の見学をした。また、コロール州の家庭を
訪問し、都市部の暮らしを知る機会を得た。第 2 日目は教育をテーマに、小学校とヘッドスタートスク
ール(就学前教育機関)を見学し学校給食を体験した。また、教育省で保健教育について聞き取りを行
った。第 3 日目は保健をテーマに、保健省を訪問し、行政の取り組みについて聞き取り調査を行った。
第 4 日目は日本国大使館を表敬訪問して大使と意見交換を行った。また、老人センターを訪問し、食生
活の変化などについて聞き取った。さらに、スポーツ施設を見学した。第 5 日目は、パラオコミュニテ
ィカレッジにて、オープンフォーラムを開催し、フィールドスタディで学んだことをパラオの人々(約
40 名)に共有するとともに意見交換を行った。また、パラオの有識者グループ、外国人労働者、青年海
外協力隊員からも意見を聞いた。
今試行プログラムでは、参加学生を 4 人に限定したため、教員が訪問機関や調査内容をすべて決める
のではなく、学生がある程度主体性をもって、調査実習の内容を組み立てることも試みた。その結果、
それぞれの学生が自分の関心分野について学ぶ機会を持つことができた。大学院生が対象のフィールド
スタディの場合、各人の専門分野と関連させて学習する機会を提供することが大切である。なぜなら、
そうすることによって、フィールドスタディでの学習経験が、その後の研究や職業ならびに実践的活動
に結びつきやすくなり、高い教育効果が期待できるためである。参加学生は、医学系公衆衛生分野から 2
名、人間科学研究科から 2 名と、理系と文系の学生が半々となったことから、複眼的な視点から調査を
することができ、一分野のみから構成される調査団では見落とす可能性のあることも、学生はお互いに
学び合える機会となった。引率教員も、政治学と太平洋諸島地域研究を専門とする私と、公衆衛生を専
門とする教員の 2 名で担当したことから、バランスがとれたものとなったと言える。
5 日間の活動で、学生が何を学び感じたかについては、それぞれの参加学生が執筆した報告を参照して
いただきたい。引率教員としては、この短期間調査で学び経験したことを、学生それぞれが自分の研究
や実践活動と連動させて、将来の自分の活動をさらに推進するためのきっかけとなってほしいと考えて
いる。そうしたことを意識させるために、現地滞在中には、振り返りに多くの時間を割いた。振り返り
シートを活用することで、見聞きして感じたことを文字で表す機会を設け、記憶が新しいうちにアイデ
アを書き留めておくようにした。振り返りの時間に考えて書いたことはその場で発表し、ほかの学生と
教員に共有し、学生同士で学びを深めることにつなげた。
学生からの振り返りや、帰国後の事後学習の機会を通して、参加学生がこの研修で何を学び、各自の
将来の活動にどのように結び付けたいかを聞くことができる。ある学生は、効果的な健康指導に関し、
地域でできることは何か、外交政策や国際支援の中でできることは何かという点まで思考を巡らせた。
別の学生は、パラオで見た問題は、実は日本にもある問題であることに気づき、新しいツールの開発の
必要性を感じていた。ある学生は、パラオとのつながりを、今回の研修だけで終わらせるのではなく、
これからも協力関係を保ち続けたいと表明した。別の学生は、普段研究している地域ではない場所で調
査したことにより、比較分析をすることの可能性を見出していた。参加学生は、専攻も研究テーマも異
なるが、今後、日本の内外で行う研究・実践活動の中で新しい知恵を生み出して、何らかの形で社会へ
還元していくのではないだろうかと期待ができる。それはパラオや日本のことかもしれないし、また別
の国や地域の将来に関わることになるかもしれない。大学が提供する海外フィールドスタディプログラ
ムに参加して学んだ経験から刺激を受け、学生が研究や実践活動をさらに進展させていくことになれば、
プログラムが一定の教育効果を生み出したと言えるのではないだろうか。それを本当に評価できるのは、
33
1 年後かもしれないし、もう少し先の未来になるのかもしれないが。
最後に、海外に学生とともに訪問することの現地社会へのインパクトついて言及しておきたい。こう
したフィールドスタディプログラムを実施するには、大学側の意図と受け入れ側の期待が一定程度合致
していなければ、相手方に大きな負担と不満を残すことになり、長期に継続したプログラム運営を困難
なものとする可能性がある。そのため、今回は、教員も学生も、地元へのインパクトがどのようなもの
となるか意識して行動することに努めた。今回は、パラオの市民、政府関連機関、日本の政府関連機関
などがプログラムの実施に協力してくださった。このことに深くお礼を申し上げたい。どの機関も、海
外の大学から訪問団を受け入れる義務はなく、基本的には受け入れ機関の厚意に甘える形となる。忙し
い日常業務から人員と時間を割いて対応してくれた。このプログラムは今後も継続して行う予定である。
しかし、一度関係を築けば、毎年自動的に受け入れてもらえるわけではない。毎年訪問するということ
は、先方にとって毎回新たなメリットがない限り、関心を継続してもらえないことを意味する。そのた
め、前年に調査したことはきちんと報告書などにし、一つのまとまった知見として相手側に還元すると
ともに、そこにプラスする形で新たな学びと対話を相手にも提供できるような内容と手法を意識して次
年度のプログラムを構築する必要があるだろう。今回、一つの試みとして、滞在最終日にオープンフォ
ーラムの時間を設け、パラオの関係者や一般市民を対象にして、調査した結果とそこから考えたことを
参加者に共有した。調査したことをそのまま持ち帰ることは是とせず、まずは何を調査したのかという
ことを現地に共有することから始めた。しかしそれだけで十分な対話ができたわけではないので、この
方法について、次年度のあり方は改めて検討する必要がある。願わくば、パラオコミュニティカレッジ
の学生と合同で調査を行い、振り返りのためのワークショップを合同で行うなどすれば、調査結果の一
方的な押しつけにならず、大阪大学とパラオの市民が協働して新たな知見を生み出す行為へと進展させ
ることができる可能性がある。これは、担当教員にとっても挑戦的であり、学生にとっても新たなやり
がいへとつながることになるだろう。
34
グローバルコラボレーションセンター
特任准教授 本庄
かおり
このフィールドスタディ実施期間中に、事前学習で得た「知識」としてのパラオの姿が「現実社会」
としてのパラオへと学生の中で劇的に変化していることを確認し、フィールドスタディという体験型教
育形態のインパクトの大きさを教員として改めて実感することになりました。現場で見聞きすることで
パラオ社会の実態を体感し、そこから数字や資料には出てこないパラオの現実を知ることができていた
ように思います。今回、学生のみなさんはパラオという具体的な一つの社会を 5 日間という短期間では
ありましたが注意深く観察し、思考し、そして理解しようと努めたことで、パラオにある多くの公衆衛
生課題とその問題可決の難しさを実感することになりました。しかし、それだけにとどまらず、それぞ
れの専門の立場から具体的な解決策に関する深い思考と模索を続け、短期間で最終日のオープンフォー
ラムでの発表へとまとめていった努力を称えたいと思います。
本プログラムでは各々異なる専門を持つ 4 人の学生が参加し、文系・理系とバランスの良い学際的な
プログラムとなりました。パラオにおいては「健康問題」を中心に据え、学生の専門性・自主性を尊重
した内容が組まれました。そのため、各学生はそれぞれの視点・専門性を失うことなく学習を進めるこ
とが可能であったと思います。また、学生同士それぞれの専門知識・情報や考え方を共有することによ
りさらに課題に対する理解を深めていっている様子が見られ、学際的教育の意義を実感することになり
ました。健康は保健・医療分野だけの問題でなく社会の様々な要因の影響を受けていることは自明です。
公衆衛生問題の解決策は社会の様々な分野によって学際的に取り組まなければならなりません。その意
味において、今回のフィールドスタディが多分野によって構成されていた点は大変意義あることだと感
じています。
今回のパラオフィールドスタディプログラムはひとえに教員の地域とのつながりに依ったものであり、
パラオの市民、政府関連機関等の多大は協力のもとに成立したものです。このプログラムを毎年継続し
て実施するには、たとえばパラオフィールドスタディがパラオにおける具体的な目的をもったプロジェ
クトとして機能させ現地に貢献していくということも考えていく必要があるのではないかと考えます。
今度、どのようにテーマを設定し、どのように継続性を持たせていくかについての工夫が必要でしょう。
今回、私は初めてパラオに滞在し、私の専門である歴史、政治、環境、経済といった社会的健康決定
要因の顕著な健康影響を具体的に実感することになりました。今後、このプログラムを継続していく中
で、公衆衛生専門家・社会疫学者としてパラオの公衆衛生問題解決に継続的に関われるように関係を構
築していければと希望しています。また、今後パラオのフィールドスタディに参加される学生の中から
パラオの公衆衛生課題に取り組む学生が生まれてくることも併せて期待しています。
35
タイ
2011/03/11~03/19
David Bennett、塩崎由梨、田由甲、人間科学研究科生 A(匿名希望)
36
1.プログラムの趣旨と目標
・
海外フィールドスタディ試行プログラム実施について
2010 年、大阪大学グローバルコラボレーションセンター(GLOCOL)は海外体験型教育企画オフィ
ス(FIELDO)を開設しました。FIELDO は 2011 年 4 月に科目「海外フィールドスタディ」を新設し
ます。この科目は少人数のグループで特定のテーマに着いての海外実習を行い、現場での主体的な
学びをすすめていくものです。それに先立ち、試行的なプログラムを実施します。GLOCOL がすす
める「現場での学び=フィールドスタディ」に参加を待っています。
・
タイ(チェンマイ)プログラム-目的
タイのマイノリティが置かれている状況、開発における教育、伝統と開発、パーカニョー(カレン)族
の村落生活の状況などの体験的理解を促す。
参加学生の専門分野を通して村落の実情(魅力や課題)を理解し、住民との共有を試みる。
・
内容
パーカニョー(カレン)族の集落にホームステイを行い、参与観察や住民への聞き取りを行い、学生間
での意見共有を重ねながら、学習を高める。
・
こういう学生に参加してほしい
このプログラムでは次年度以降、よりテーマを絞ったものにしていきますので、現地の体験を踏まえて
よりよいものを作るために積極的に関わってくれる人を希望します。そのために文系、理系の垣根を越
えた混合チームで実施したいと思います。
また集落でのホームステイ(3 泊程度を想定)では,高床式住宅に寝泊まりし、川で水浴をする生活をし
ますので、そのような暮らしを楽しめる人に向いています。
2.スケジュール
(巻末別添表参照)
●3 月 11 日(金)
18:25 チェンマイ空港着。
●3 月 12 日(土)
08:45
GLOCOL セミナー(スントーン先生)
12:30 昼食開始
13:30 車(ソンテオ)で移動開始
13:50 BigC にて物資調達
14:30 車(ソンテオ)で移動開始
15:30 ナコリ財団運営「山岳民族生徒寮」着
16:00 近隣の市場で食材調達(~16:45)
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17:00 夕食の支度開始
18:30 夕食
19:30 講義「タイの山岳少数民族と土地問題」
Mr. Prawit Nikornuaychai
Coordinator, The collaborative Management Learning
Network in Southeast Asia (CMLN)
●3 月 13 日(日)
09:00 生徒寮を出発
09:40 メイヤ滝に到着、登山開始
11:00 ホイルワン(Huayluang)村に到着
11:30 昼食の支度
12:00 昼食
12:40 昼食終了、片付け
13:00 出発
14:30 ハッキヤ村到着
15:00
ナコリ財団ムディー・シリワン事務長による
村内の案内
16:00 川で水浴。
17:00 ミーティング
18:00 ミーティング終了
18:20 物資配給。
各自ホームステイ先で夕食
20:00 ホームステイ先 1 でインタビュー。
●3 月 14 日(月)
08:45 小学校前に集合。ミーティング。
10:25 プロテスタント教会。
10:45 村長に(周辺 4 村の代表)インタビュー。
12:15 終了。
12:20 昼食開始。
12:45 昼食終了。後片付け。
13:00 仏教寺院へ出発。
13:30 仏教寺院到着。説明。
13:50 仏教寺院出発。
14:00 カトリック教会到着。説明。
14:35 終了。水タンクへ移動。
38
14:50 水タンク到着。施設と衛生の説明。
15:20 終了。墓へ。
15:40 墓に到着。案内。
16:00 終了。
17:15 振り返り開始。
18:10 振り返り終了。
各自ホームステイ先で夕食
20:00 ホームステイ先 2 でインタビュー。村人から
も質問。
21:30 終了。
●3 月 15 日(火)
08:50 学校前に集合。ミーティング(伝統リーダーと古老への質問作成)。
09:50 伝統リーダーを訪問。インタビュー。
11:30 インタビュー終了。学校へ移動。
11:40 小学校前に到着。
12:00 昼食@小学校の教室。
12:30 昼食終了。午後の質問作成、通訳と打ち合わせ。
13:00 古老の家に移動。
13:10 古老にインタビュー開始。
14:15 終了、売店見学。
14:30 学校で振り返り。
15:20 川へ。
15:50 インタビュー準備。
16:10 先生にインタビュー開始。
17:30 インタビュー終了。ミーティング開始(明日の質問、報告書、プレゼン)。
17:50 終了。
各自ホームステイ先で夕食
20:00 ホームステイ先 3 でインタビュー。
●3 月 16 日(水)
08:30 学校前に集合。ミーティング。
09:20 村の衛生委員宅に到着。
09:30 ムディー氏より衛生委員についての概要説明。
10:00
衛生委員(オーソーモー)のブンタム・サムワンプライワン氏、オラウィット・ペッパナラック
氏へのインタビュー。
11:30 終了。
11:50 小学校にて午前中の振り返り。
39
12:10 昼食。
12:50 昼食終了、後片付け。
13:30 プレゼン準備作業開始。
17:00 プレゼン準備作業終了。
各自ホームステイ先で夕食
20:00 ホームステイ先 4 でインタビュー。
●3 月 17 日(木)
08:30 荷物移動開始。
09:00 プレゼン作業続き、練習開始。
09:30 料理班(小峯、石高、片山、ナコリ財団スタッフ)、料理開始。
12:10 プレゼン開始。
12:40 プレゼン終了。食事会。
13:45 下山開始。
15:45 メーヤ滝到着。
16:30 滝を出発。
17:00 生徒寮に到着。
18:00 夕食の準備。
19:30 夕食。
20:00 夕食終了。後片付け。
20:30 振り返り(村での活動と日中豪泰のマイノリティについて)。
22:30 終了。
●3 月 18 日(金)
09:30 ナコリ財団とのミーティング(全体運営について)開始。
10:45 終了。
11:10 生徒寮を出発(ソンテオで移動)。
11:20 ジョムトーンクリニック見学。
12:00 昼食開始。
13:00 昼食終了。移動開始。
午後
A 班:チェンマイ市内病院見学および医師へのインタビュー。
B 班:書店での資料収集。
C 班:実習のまとめ作業。
19:00 チェンマイ空港集合。
21:00 チェンマイ発。
●3 月 19 日(土)
06:30 関空着。
40
察地報告
3.視察
セ
Mr.
M Suntorn W
Wongjomporn
n “Introduction to the Ka
Kalen, their World
W
and socciety,
GLOCOL セミナー
relationshipp with the Hosst Society( Laanna People)) “
講演
演するスントーン先生
41
サラサワディー先生に記念品の贈呈
Sharing Outline
Introduction to the Karen, their World and society, relationship with the Host Society (Lanna People) 1. Brief Historical Background of the Karen people
2. Worldview, Belief and Ritual Practices
3. Relationship with Host Society (Lanna People).
4. The Impact of mainstream Development to the Ethnic minority Peoples.
By
Mr. Sunthorn Wongjomporn
Deputy Director of NAKOLI Foundation
Chomthong District, Chiang Mai, Thailand
Karen (PgazK’Nyau)
• The Karen (PgazK’Nyau) or Kayin people in
Burmese:
• Thai: (Kariang or Yang), are a Sino-Tibetan
language speaking ethnic group which resides
primarily in southern and southeastern Burma
(Myanmar).
• The Karen make up approximately 7 percent of
the total Burmese population of approximately
50 million people.[1]
• A large number of Karen also reside in
Thailand, mostly on the Thai-Burmese border.
42
There are 4 groups of Karen
• The Karen belong to the Sino‐Tibetan linguistic
family.
• They moved from Eastward from Burma to
Thailand more than 200 years ago.
• In the late eighteenth and early‐nineteenth
centuries the Karen emerged into Thai history.
• Western Missionary and official accounts and
Thai surveys in the late 1800s recorded the
Karen’s existence a long border with Burma
(Renard, 1980).
4.1. Sgaw Karen (PgazK’Nyau)
4.2. Pwo (Plong) Karen
438,131
(These two groups live both in Myanmar and Thailand)
4.3. Bwe (Kayah)
4.4. Pa‐O (Taungthu)
These two groups live only in Myanmar
• Many minority groups of the northern Thai
population are highlanders. These ethnic hill
tribes are spread widely from the north to
southeast of Thailand, but they live mostly in
the northern highlands or in remote areas.
• They include Karen Lua (Lawa), Khamu, H’tin,
Hmong, Mien, Lahu, Lizu, Akha and Mlabri.
• The Karen are the biggest group (35.67%)
and Mlabri is the smallest group (0.01%) (Hill
tribe development and Welfare Division
1997).
• Sgaw Karen represents the majority of 80% and most of them live in the north’s mainly mountainous areas of western provinces along Thai‐Burma border, especially in MaeHongson, Chiang Mai, Chiang Rai, Tak and Lamphun.
• The Karen follow strictly their customs according to their culture and traditions (Mckinnon, 1995)
Population figures of ethnic peoples in Thailand (2002)
Ethnic Groups
1. Karen
2. Hmong
3. Lahu
4. Akha
5. Mean
6. Lizu
7. H’tin
8. Lua
9. Khmu
10. Mlabri
11. Da‐ang (Palaung
12. Tongsu
13. Chinese Yunanese
14. Shan (Tai) 15. Lue (Tai) population
438,131
153,955
102,876
68,653
45,571
38,299
42,657
22,260
10,537
282 1,626
257
21,158
12,020
5,907
Northern Thailand (Lanna) map
RTRC‐
CM/2006
43
Cosmology Worldview
TA 7 layers of the sky
Bird
Holy spirit
Rice
Human beings
Fish
Life circle
7 layers of the ground
Eyes of spirits
Explanation according to the Diagram
Inter‐connectedness between Human‐Nature‐Absolute Being (Creator)
Absolute Being creates all nature and all are gifts for human being. • Cosmology stories establish a context of life‐they create what they might called “cosmic dwelling place” on which human affairs acquire meaning on larger scale. • The stories and the beliefs of the villagers on cosmos web help in offered guidance about how to live with sense of belonging to the world.
• The cosmic web shows the interconnectedness with nature, humans and the Absolute being in which human beings have to respect and revere the owner spirit of nature through ritual performance.
Relationship between Creator and Nature
Nature
(guardian Spirits)
Absolute Being /God/Absolute Truth
Believing in Absolute Being/God/ creators and influence life of the people
Relationship between Human beings & Creator
People
Relationship between Human beings & Nature
Community
Spirits
- Nature are life support systems (Life giver)
- Human being has to respect & reverence to all nature.
Sw‐disrt./08
• There are three groups /levels of spirits:
1. Family (Ancestors) spirits/community spirits are
co‐exist in the family and in the community to
safeguard and protect the family and the whole
community.
2. Guardians spirit (Nature spirits) safeguard and
protect nature (land, forest, water, animals,
production, etc.). The villagers strictly follow the
rules of resource use, and if found that a wrong
doing against nature and a warning sign will occur,
apology and reconciliation ritual will carry out
immediately.
3. Absolute Being as the creator of all creatures and all living
beings. The Absolute Being has mysterious power to give
commends to local spirits or guardian spirits to take care
and watch over everything, for example, ordering rain, sun
shine, provide good production, etc.
4. These beliefs show the fundamental principle of
living together in a harmonious and peaceful way
that must be based on an authentic relationship
and interconnectedness between nature, humans
and the Absolute Being in which especially human
beings have to respect and pay reverence to the
spirit of nature through rituals performance.
Sw‐disrt./08
Mode of thought & Beliefs
No concept of control over nature
No concept of accumulation
Mode of Holistic view
thought
Sw‐disrt./08
Nature source of life
The reconstruction and re‐conceptualization of spirit Ritual
SUSTAINABLE (Community)
DEVELOPMENT
We are part of nature
Benefit from nature, we must protect nature
Creation ‐ Spirituality
Take what we needs
No concept of ownership
Nature is our teacher
Mode of
Beliefs
Nature has spirits
Mountains/River etc.
Animal
Plants
Ritual
Mode of thought
Mode of beliefs
Based Production &
mode of living
Management
Resources
Values of sharing
Value of exchange
Reciprocity system
Forest classification
3. Utilize forest
1. Placenta forest 4. Community forestry
2. Farming area
Moral
Distribution Economy
5. Watershed/protected area
All levels of forest connected with ritual
Reconstruction Spirit Ritual
Re‐conceptualization Spirit Ritual
Sw‐disrt./08
Sept.7/2006 (ASI)
44
Classification of Forest and Community Protection Mechanism by Ethnic Karen People
• Beliefs and ritual are parts of resource management
and protection system, which form the basic of social
relations between human beings and nature and
between humans and humans and Absolute Being as
well.
• These beliefs and ritual practices have enabled the
Karen to maintain efficient agricultural production and
sustainable management of surrounding resources and
environment. As evidenced by the popular image of
the Karen people as the guardians of the forests.
Types of Forest
Customary Law
Community Protection
Mechanism
Catchment watershed forest
. Strictly rules to be
followed.
. Anybody violate to the
rules will be hash
punishment
. Watershed spirit ritual
(serve as guardians of
watershed forest)
Community forest
utilization (multi-purposes).
Community’s members
follow resource use
regulations.
Be conscious that take only
what we needs.
. Asking permission
through ritual.
. Forgiveness or apology
through ritual.
Farming/Production
. Follow the rules of
common resource use
(forest, land, water, etc.)
Farming/production and
nature ritual.
. Permission asking for
utilize resources.
Placenta cord tree/forest
Prohibited for cutting tree in
placenta cord forest around
the village.
Placenta cord tree ritual
Family/community
Family/community reunion
Ancestors/community spirit
ritual
Sw‐disrt./08
Sw‐disrt./08
Sustainable Development based holistic Worldview of the Ethnic People
.
. Environment is the source for development
. Claiming of Spiritual sustainability must sustainability
transcend anthropocentric self‐
interest
Environment/ecologic
. Having planetary al sustainability
consciousness
Ecological crisis which emerged from unsustainable development cannot be solved by scientific and technology alone, since the root of unsustainable are largely lack of religious and spiritual dimension, the remedy must be essentially religious and spiritual
. Religious‐spirituality based earth‐human is a process of holistic co‐existence with all different forms of life. Sustainability
. sense of sufficiency . Simple life
. Take only what we need/sense of enough
. Sustainability cannot be managed within a capitalist world economy Social Sustainability
Economic Sustainability
. Renew vision of Community of sharing
. Rebuild communities that enable all members to participate in obtaining sufficient and sustainable sustenance from nature.
. • The geography of northern Thailand differs
from the rest of the country with respect to its
environment, which comprises mountains,
valleys and lowland.
• About 70% of total area may be classified as
“highland”, and 20%, as “upland” and a
merely 10% “Lowland” (Walker, 1992).
• Most of the Khon Muang live in lowland areas.
• Ethnic minorities live in highland and upland
areas.
• Each group having its own society, culture,
religion, economic and politics.
Highlanders (Hill tribes) Lowlanders (Khon Muang)
Lizu 38,299
Mien 45,571
Lawa 22,260
Akha 102,876
Htin 42,657
Kachin
Lahu ( 68,653
Palong 1,626
2. Low land peoples
Karen (438,131)
Tai Yai
Tai Mon
Tai yong
khaMu
Tai yonok
(khon Muang)
Tai lue
Social Relationship
• Society Relationship based on beliefs and rituals
• Clan and marriage relationship
• Integration of social and cultures based on rice production system • Trading between the Karen and the Khon Muang
• Karen and Lawa have very close relationship, follow by khon
Muang
Karen
Hmong (153,955)
Tai khuen
Classification of Relationship
Lua/Lawa
1.Highland Ethnic
Peoples
Mlabri 282 Other tribes
Hmong
Lahu
KhonMuang
Etc…….
Lawa lives near the Karen and influenced by Karen and mixed with the Karen people
Those who live near Khon Muang and become Khon Muang
45
• Religion & Culture: ™ Most of the Karen people are Buddhism especially Pwo Karen. ™ Most of Sgaw Karen are Christian both Protestants and Catholics.
The Impact of mainstream Development
toward Ethnic Minorities People
™ The Karen people absorbed Thai Lanna’s culture through religious practices. Since the era of Kruba Srivichai, a prominent Buddhist monk of Lanna (Saint of Lanna region).
1. Impact on local Economic
The impact of Economic Globalization
¾ Eliminating of local economy subsistence leading local people depend on market economy
¾ Threaten to local food security
• Change from being self‐sufficient agriculturalists to market‐dependent producer
• Widening the gap between the rich and the poor especially the ethnic minorities. • More peoples are marginalized especially the ethnic peoples.
• Becoming the victims of mega‐project, environmental crisis, and global warming
2. Economic migrants from neighbor
countries
¾ Myanmar
¾
¾
¾
Cambodia
Lao
Southern China
5. Impact on Cultural and identity of Ethnic minorities
3. Impact on Environment
¾Lost of biodiversity
¾Physical Changes
¾Climate changes Cultural hegemonization (values, attitudes, etc.) unity in uniformity which recognizes only one nation identity, based on the culture of dominant group, as legitimate.
• The relinquishing of older cultures and synthesizing them into a melting spot, thus creating a new unified national culture.
4. Impact on culture and Identity
¾
Transboders
¾
Migration
• The discourse of multiculturalism or pluralism, which involves state recognition of legitimate sub‐cultures within the larger nation state References
• Tony Boys' Aslan Language Services
基本業務内容
• Living in Globalized World (Ethnic Minorities in the Mekong Sub‐region) Social Research Institute, Chiang Mai University, 2008.
46
講義
Mr. Prawit Nikornuaychai “The Situation of Minority (Indigenous Peoples) in Doi Inthanon”
プラウィット先生に記念品の贈呈
Out line
1. General
about Thailand &
Protected Area.
2. Inthanon National Park.
3. What affected to IP.
4. How IP attempt to solve their
problems.
Mr. Prawit Nikornuaychai, Project Coordinator.
The Collaborative Management Learning Network.
Inter Mountain Peoples Education and Culture in Thailand Association (IMPECT)
Deforestation
Brief of Thailand
Forest remain (Left) in Thailand (Percentage)
• Land area 513,112 Sq Km
• 75 Provinces
• Population 62,828,706 (1996)
• Total number of Indigenous
Peoples about 1 Million
• Karen 500,000
Year
A.D. 1900
A.D. 1961
A.D. 1985
A.D. 1990
A.D. 1995
Total
75
53
29
27.3
25.6
25.1
69
50
43.6
42.8
North
(B.E. 2443)
(B.E. 2504)
(B.E. 2528)
(B.E. 2533)
(B.E. 2538)
(B.E. 2542)
North-east
43
14
12.6
12.4
Central
53
26
23
22.6
South
42
22
17.6
17
Sources:
1900: Delang, p.155
1961, 1985: Falvey, p.249
1990: Agricultural Statistics of Thailand (1998/1999) p.266
1995, 1999: Office of Agricultural Economics – http://www.oae.go.th/
47
A.D. 1999
Injustice Laws regarding Resources.
Forest area and IP’s settlement
€
€
€
Forest
No forest
Where are the Protected area?
National Park
Many layer of Laws Covering IP’s territory
Wildlife Sanctuary NATIONAL PARK ACT
National Conservation Forest/ Proposed National Park
FOREST ACT
1000
WILDLIFE PRESERVATION AND PROTECTION
ACT, B.E. 2535 (A.D.1992)
Total 55 sites, Total area 22,343,007 Rai.
Forest Plantation
High Land 60%
(40,184,875 rai)
State Property
500
WILDLIFE PRESERVATION AND PROTECTION ACT
Private land
Up Land 30%
( 19,644,973 rai)
200
NATIONAL RESERVED FORESTS ACT
1500
Protected area
2000
€
FOREST ACT, B.E. 2484 (A.D. 1941)
NATIONAL RESERVED FORESTS ACT, B.E.2507
(A.D.1964)
NATIONAL PARK ACT, B.E. 2504 (A.D.1961)
Total 148 NP, Total area 34,204,910 Rai.
Low Land 10%
(5,853,375 rai)
Land situation in the North
Inthanon National Park.
What NP. affected to IP?
Inthanon National Park is the sixth National
Park in Thailand, Gazette in October, 2, 1972
(B.E. 2515)
€ Elevation from 400-2565 Meters from SLV.
€ Cover 4 Amphur; Chomthong, Meachaem,
Maewang, Doilor, Total area is 482 sq.Km.
(Tambon Banluang, Amphur Chomthong: 11 of
IP’s villages cover by Inthanon NP, 2 Hmong and
9 Karen Villages)
Village & Farming area & Use forest
area Cover by injustice Laws.
€
• Restriction, Arrested.
• Confiscated farming area.
• Confiscated wood (Plank) & tool.
Example: Arrested-jail-fine.
Cases In Inthanon National Park.
Mr. Long Saeyang & Mr. Yeng Leelasillatham from Baan Khun
klang, was in court both Criminal case & Civil Suit case, on June,
13, 2005 (2548) 2 Rai.,
1. Criminal case, 1 year in jail, 10,000 Baht fine. Confess half
forgive, Unpunished 2 year.
2. Civil Suit case, 243,494.33 Baht fine, (capital 201,126
+ interest 42,368.33)
No
List of damages
Fine (Baht)
1.
Lost of water
83,021
2.
Lost of soil
30,281
3.
Increase of temperature
79,770
4.
N Lost
5,391
5.
P Lost
1,916
6.
K Lost
Total fine
1. On 1981, Arrested 29 people from their field, 1
and half month in the jail.
2. Regularly confiscate wood (Plank) & tools.
3. Regularly fine for hunting and forest products
gathering.
4. Confiscated farming area; 9 plots of farming area
to court. Both Criminal case and Civil Suit case.
(5 Karen; Mr. Ruang, Mr. Disopho, Mr.Tisa, Mr.
Saugei, Mr. Kowit and Mr. daecho, 2 Hmong; Mr.
Jia from Maeyanoi, Mr. Long&Yeng from
Khunklang)
Fine; from 54,000 Baht to 170,000 Baht per case.
747
201,126
48
Confiscated
farming area.
Confiscated wood (Plank) & tool.
Rotational farming Area.
What Peoples attempt to solve their problems
For example; The
rotational farming system.
1. Strengthening Community, strong leaders,
able to explain their livelihood to outsiders,
capable to negotiated with govt. officers.
2. Implement Natural resources
Management Activities, Land Demarcation
by using 1:4000, Regulation, Forest fire
protection line, Forest ordination and
collaborative management with govt. officer in
the ground.etc.
3. Policy pushing, Community forest act,
Communal Land title etc.
Thai Constitution (2007) article 66, 67
€
United Nations Declaration on the rights of
Indigenous Peoples (UNDRIP) Many articles related
to the rights of IP on Land-territory-resources.
Our King speech, Many speech related to the Laws.
€
€
Office of the Prime Minister regulation on
Communal Land Title. (December, 2008)
€
Cabinet resolution on revival of the Karen ethnic
group’s way of life. (August 3, 2010)
Carbon = 0
1
3
7
Rotational farming system
4
6
5
Resources Management what Peoples needs Govt.
recognize.
What instruments we rely on
to assert our rights
€
2
Example; Total area of Mae Ma Nai Village is 5,833 rai, divided
in to 4 categories;
1. Yellow is farming area 981.06 rai, 20 %
of village area. (Wet paddy field and
orchard is individual rotational fields is
communal land)
2. Brown is settlement area144-3-65 rai, 3
% of village area.
3. Green bush is conserved area 672 rai,
11 % of village area.
4. Bush is community used zone 4,049 rai,
66 % of village area.
Peoples use only 23% of village area.
IMPECT fields area;
1. Mapping Project. (FPP)
• Continuing village on water. 15 Moo, (42 Hamlet villages)
• Replication villages on NRM 6 Moo, ( 20 Hamlet villages)
Taj bluv dof Mav!
2. Community model (Environment fund)
• 13 Hamlet villages, Spread in 7 ethnic groups in
Chiang Mai, Mae Hong Son, Nan, Chiang Rai.
Thank You!
3. CMLN (MISEREOR-Germany)
• Tambon Keud Chang and Tambon Pa Pea, Amphur
Mae Teang, 8 Hamlets villages
Total 83 Hamlet villages.
49
①ホームステイ先1でインタビュー
塩崎由梨
ホームステイ先1の家族だけにインタビューの予定だったが、主に発言はムディー氏と、副村長が返
答していた。ホームステイ先1のメンバーは、父、母しか参加していなかった。→発言する役割が決ま
っている。事前に趣旨を説明して、誰に聞きたいのかを確認しておくべきだった。また、インタビュー
内容も前もってタイ人学生さんに伝えておくと、スムーズにいったのではと反省。
内容
・村に外国から人が来たのは3回目。
・村の境界線はない。プラウィット先生の話ではどちらの土地という意識もない。畑は境があり、誰の
ものかははっきりしている。先祖から受け継いでいる。婿を取り、末娘が受け継いでいる。
・どんな作物を育てているか?→米、野菜は家族の分だけ作る。余ったら豚などの家畜にあげる。売ら
ない。
・誰かが来て、村の中に家を建てようとしたら、兄弟なら可能だが、その他は不可。
・ハッキヤ村の上のモン族とは交流・喧嘩はあるか?→少し話し合いをする。喧嘩の理由は人が多いか
ら色々な理由があるが、何か理由を探して、直接話し合いをする。
・モン族より、カレン族がはじめにいた。(ルア=カレンの山地民族)
・楽しい事はクリスマス、結婚式。結婚式にはお酒、祝いもの、食事、お金を渡す。
・教会はお祈りするだけ。
・ハッキヤ村では宝くじはない。ジョムトーンにはある。
・スピリチュアルリーダーはいるのか?いつ儀式は実施されているのか?→いる。ムディーさんが知っ
ているから、聞いて下さいとのこと。
・村長には、二種類あり、公式な役所から選ばれた村長と、スピリチュアルな村長の二種類がいる。
(今、
50歳くらいの人がスピリチュアルリーダー:モーピー、カレン語ではイコーをしており、世襲制。選
挙とは関係がない。儀式の内容:①一日村中のごはんを用意した家に、お酒を持って幸せになるように
祈って回る。時期は3・8月。出稼ぎの子供たちが参加できるように、4月13日~にずらして今年は行
う。②婚前交渉をした場合の許しの儀式:空や土や水、山の大地の神様に許しを乞う。お酒を土に注ぐ。)
・子供にはどのような教育を受けて欲しいか?→大学などで勉強して、社会のためになる仕事、医師や
看護師などになって、働いてほしい。チェンマイの市内に働く事になるが、仕方がない。ハッキヤ村に
帰ってきてほしいが、ここでは医療の仕事などないから戻らない。
・ハッキヤ村から大学まで卒業した人は村で2人、どちらも女性。
●ホームステイ先1でのインタビュー以外での聞き取り(担当:塩崎)
・現在の家族は父、母、末娘、婿、孫。街に数人子どもたちが働いている。夏ごろに、末娘の二人目の
子どもが生まれる予定。
・米や野菜を栽培している。昼は婿は自分の村に帰り、孫は小学校へ行く。この6月からは、孫は近く
の街へ進学する。
・街の子どもたちの仕送りからか、電気のバッテリーが末娘たちの家にあったり、家族の写真などがあ
る。ホームステイを受けるのは今回が初めて。比較的村では裕福。
50
・水は川の水が蛇口をひねれば出る。
飲料水はそのまま瓶の水を飲んでいる。たまに、
ハーブティーなどを淹れて、水を沸かして摂取し
ている。
・電気は自宅の山の上の方からソーラーパネルを
ひいている。曇りのため、食事中に夜停電になる
が、驚くことなく、懐中電灯を頭につけて食事を
続ける。
・飼育している動物:豚3匹、鶏約10羽、犬や
猫は「飼育」しているという概念に含まれないことが
塩崎のホストファミリー
多い。
・食事:基本、私たちが食べてから、家族たちが食べ
る。お客様という意識がまだある。
内容としては、米、卵、自分の畑で採れた野菜が中心。私たちのことを気遣って、日々肉か魚が一品あ
るように心掛けているようだった。自分たちの食事の時間には、あまり魚は出ておらず、また手で食べ
ている光景がみられた。
・食事のあとは、就寝の22時まで、子どもが家族の中心となって、団欒の時間。母曰く、孫は「他の
村の子と違い、静かで、一人で遊ぶのが好き。いとこがいると、皆と遊ぶ。」
・孫の話から、進学は寮に入るためさみしいとのこと。土日しか村に帰ってこれないし、多分お金がな
いから、毎週村に帰ってくることはできないとのこと。また、孫がまだタイ語をうまく話せないため、
末娘や婿は、食後、小学校のノートを取り出し、タイ語を孫に教える姿が何回かみられる。家族の進学
に対する不安は大きい。
・また、お金の話をあまり好まないカレン族であるが、街で働く息子との会話から、金銭面での不安も
聞かれる。また、母からも、
「今は満足しているが、病気など何か起こった時にお金がないから」と話が
ある。前に親族が入院した時に、10万バーツ費用がいったとのことで、その影響か。
・健康面について。この家族は現在治療が必要な病気はなかった。ただ、末娘が妊娠中のため、
(前も車
で産まれた?その後病院に行った。)、今後出産前、出産、出産後のフォローは病院にかかることが予想
される。
・嗜好品として、父は毎日タバコを自分で巻いて吸っている。お酒は作っておらず、日々摂取はしない。
お客が来た時と儀式の時に出すとのこと。(アルコール度数高め)
・コミュニケーションの距離について。建物として、娘用と、土間のある父母用があったのだが、土間
のある家で誰かが話すと、娘用の家から返答があったりした。また、山を挟んで誰かがバイクで通った
ら、それに家から声をかけて会話をするなど、驚くことがあった。→私たちが感じるコミュニケーショ
ンの距離の範囲より、格段に広い範囲をカバーしているのかもしれない。また、自分の内という感覚が、
村単位なのかもしれない。
51
②プロテスタント教会(ハッキヤ村南西)
2011 年 3 月 14 日(月)10 時 30 分~
具体的に行ったこと
質疑応答等の内容
ムディーさんによる説明
¾
プロテスタント教会は 5 年前建設された。
¾
信者はこの教会の近くの 3 軒だけ
¾
プロテスタント教会は韓国人により建てられた。
¾
韓国人がお金を拠出した。
¾
(建築に用いた)木はハッキヤ村が提供した。
¾
牧師は通いである。
¾
牧師は韓国人で、カレン語コーディネーターを連れている。
¾
ハッキヤ村の村民(=タイ国民)は身分証明書(以下 ID)に宗教欄がある。仏教、キリスト教(カト
リックやプロテスタント)などで記載されている。アニミズムという記載はできない。
¾
アニミズムを信じている人は、ID 記載は仏教やキリスト教にして、実態はアニミズムと言う具合に、
アニミズムと他の宗教とを両立することは可能である。
¾
信徒獲得のため、クリスマスを祝う(教会内には飾り付けが一部残っている)。
¾
近隣のパーカニョー信者とともにクリスマスを祝う。
¾
(ここの)土地代を誰が負担しているかわからない。一般的に寺や教会には信者たちが寄進する。
¾
電気が来ている(ソーラーパネルがある)。誰の所有物かわからない。しかし、バッテリーがない。
現在電気は使えない状態である。バッテリーは持ち運びだろうか。
③村長インタビュー(小学校前グランドにて)
2011 年 3 月 14 日(月)10 時 45 分~
¾
35歳。カレン族。5 年目で 2 期目(選挙が終わったばかり)。
¾
内務省-チェンマイ県-ジョムトーン郡―4 つの村(4 つの村
を代表するのがサイン村長。4 つの村にはそれぞれ副村長が
存在する)
¾
農業はキャベツ
¾
公約について教えて下さい
¾
(質問の公約には触れず)。
¾
憲法に従って行政を行う。
¾
伝統文化を守る。
¾
差別がない同じような生活。
¾
自分を犠牲にして村民のために働きます。
¾
村長の仕事は?
¾
平和を守る→安全・安心・治安
¾
安心の生活→コミュニティ
52
¾
源・自然→環
環境保護
資源
¾
いま
ま、重要なの
のは大気汚染
染対策。それ
れは人にも木
木にも必要になる。
¾
観光
光(エコ・ツ
ツーリズム)に関心があ
ある。
¾
村は
は安全ですか
か?
¾
バン
ンコクやチェ
ェンマイのよ
ように車が氾
氾濫していない。
¾
蛇も
もこちらから
ら仕掛けなけ
ければ安全で
である。
¾
洪水
水がない。
¾
寒い
い。
¾
有権
権者は何人で
ですか?
¾
村民
民約 240 人に
に対し有権者
者数は 150 人
¾
村人
人はこの村が
が好き。それ
れは差別がな
ないから。
¾
教育
育により、カ
カレン文化の
の散逸を防ぐ
ぐ。
④仏教寺
寺院(ハッキ
キヤ村北東)
3 月 14 日(月)13 時 30
3 分~
¾
この
の寺はよその
の村の人(小
小学校教師) が作った
¾
5年
年前に完成し
した。5 年前に
にカトリック
ク教会と(こ
ここの)
お寺
寺が建てられ
れた。その後、韓国人がプ
プロテスタン
ント教会
を建
建てた。
¾
お坊
坊さんは通い
い。いつ来る
るかわからな
ない。
¾
お坊
坊さんはジョ
ョムトーンの
のお寺から来
来る。
¾
仏教
教とハッキヤ
ヤ村の生活は
はあまり関係
係がない。(儀
儀礼は)
アニ
ニミズムの伝
伝統に従う。
仏
仏教寺院外観
観
¾
出家
家する人はい
います。目的
的は教育のた
ため。後に還
還俗する。
¾
開発
発僧は来てい
いない。
⑤カトリ
リック教会(ハッキヤ村
村北西)
3 月 14 日(月)14 時 00 分~
¾
ーラーシステ
テムは、バッテ
テリーと配電
電盤に通電し
してあ
ソー
り、いつでも使
使用可能であ
ある。
¾
レン語による
る聖書(アル
ルファベット表
表記版)が備
備えて
カレ
ある
る。フランス
ス人宣教師が
が訳したもの
のである。
¾
毎日
日曜日には司
司祭が来てミサや儀式を
を行う。
¾
大教
教区から年 2~3
2
回派遣が
がある。
¾
どち
ちらもカレン
ン人である。ムディーさん
んの子供の頃
頃の宣
教師
師はフランス
ス人やスペイ
イン人であっ
った。その後帰国した。
¾
数年
年前に設立 50
5 周年を祝っ
った。だから
ら 1950 年代に
にジョムトー
ーンに来たと
と思われる。
トリ
リック)外観
観
53
教会
会(カ
¾
ミサに椅子は使わない。座って執り行う。
¾
仏教寺院のような鐘があるが、それは近所で調達したから。深い意味はない
¾
カレン人は一生同じ宗教とは限らない。
¾
許しの儀式には 2 つある。
① (森)の中で許しの儀式-アニミズム
② 教会で懺悔(カトリック)
¾
(教会のできる)以前は一般の家でミサをしていた。
¾
毎週のミサは 20 人くらいの参加である。
⑥水タンク(ハッキヤ村北)
3 月 14 日(月)14 時 40 分~
↓水タンク
¾
1998 年 7 月 31 日建設開始、同年 9 月 30 日完成
¾
予算 405,600 バーツ
¾
その他、看板には計画・担当が記してあった。
¾
第 5 村(ハッキヤ村のこと)山水利用簡易水道計画
¾
高低差を利用して川水をためる
¾
洗浄用のみでなく、飲用に利用している。
¾
ジョムトーンの生徒寮建設時の話。上水道敷設負担 25
万バーツ。それに対して雨水タンク 1 個 1 万バーツ。
¾
村の衛生委員の話によると、この水を飲むと通風や尿管
結石になるという。しかし証明する手立てはない。
雨が降ると落ち葉が取水口に詰まるので、水が流れない。トイレの水洗、風呂、洗濯ができず困る。
⑦墓場(ハッキヤ村西)
3 月 14 日(月)15 時 50 分~
¾
この墓地は土葬。キリスト教信者には十字架の墓標をたてる。(右写真)
¾
生前好きだったものを供えることもある。
¾
カレン族に先祖の信仰はない。
¾
モン族には祖先信仰はある。
¾
カレン族が客死した場合、死んだところで弔う。そ
れが村の掟である。
¾
20 年前、上の村でトレッキングツアー中になくなっ
た西洋人の遺体は親族が引き取りに来た。
⑧振り返り(小学校前テラス)
3 月 14 日(月)17 時 20 分~
¾
本日は宗教施設を中心に見学した。キリスト教(カトリック・プロテスタント)教会と仏教寺院を
見た。それぞれ信者がいて、信仰がある。しかし、どこで聞き取っても、それら信仰の背後にアニ
54
ミズムが色濃く存在している感触を持った。ハッキヤ村の生活の土台にアニミズムがある。
¾
キリスト教伝道があまり村に対し慈善が行き届いていないようにみえた。施しや還元をあまり耳に
しなかった。
¾
許しの儀式には 3 段階ある。重い順に不倫、離婚(再婚)
、婚前交渉の順である。カレン族は男女関
係に厳しい(潔癖な)民族という意見があった。この見方に関しては再考が必要である。
¾
水道施設について、水質に対する疑念がある。飲用することによる不調であり、残留農薬の混入で
ある。しかし、証拠がない。
¾
(小峯より)小さな質問を積み重ねることにより、核心が明らかになる、見えなかったものがだん
だんはっきりしてくる、とのアドバイスがあった。
⑨ホームステイ先2インタビュー
3 月 14 日(月)20 時 00 分~
ムディーさんによる趣旨説明
聞き取り側の自己紹介
ホストファミリーの概要
♂ディートゥー
58 歳
♀プーチェ
60 歳
子供は 4 人
長女 34 歳
長男 33 歳
二女 30 歳
橫林のホストファミリー
二男 28 歳
¾
二男以外は村を離れている。本当は一緒に村で働き住んでいたい。
¾
職業:畑仕事
¾
動物:水牛、豚、鶏
¾
酒煙草:煙草は葉巻を吸います
¾
宗教:カトリック(ディートゥー家全員)20 年前から
水牛を用いた米作
酒は飲みます。3~4 日/週
キリスト教(に改宗した)。その前はアニミズムであっ
た。つまらなくなり、いやになりキリスト教に変えた.
キリスト教は、教会があり、(祈りに)行くところがわ
かる。(アニミズムの)儀式はみんなで行かなければな
らない。儀式の順番がうるさい。厳しいのが嫌になって
キリスト教に改宗した。
¾
水:そのまま飲む-仕事に行くから
湧かして飲む-朝と晩
¾
橫林のホストファミリー
病気:軽いとき-ハーブを使う
重いとき-病院に行く
熱
-パラセタモンを飲む
55
腹痛
-薬を飲む、グァバの新芽を飲む
-自分が食べたものを反省し直す。難病とは思わない。
¾
ソーラーシステムが故障して電気が使えないことに不便を感じない。元々この村の生活に電気はな
かった。一時期電気が来た。ソーラーシステムが使えない今は、電気のない以前の暮らしに戻った
だけ。
⑩伝統リーダー聞き取り(インソム邸)
3 月 15 日(火)9 時 50 分~
趣旨説明、自己紹介(今回は質問準備済み)
伝統リーダーをカ
レン語で「ヒーコー」と呼ぶ
名前・年齢・職業
52 歳
(ヒーコー)インソン(姓はアーリヤーコークーン)
畑
仕事をしている。
誰から受け継いだか。
(ヒーコー)先祖。おじさんからお父さんが受け継ぎ、お父さん
からわたしが受け継いだ。継承は男性だけ。長男だけ。
跡継ぎを育てていますか。
(ヒーコー)息子がいます。跡継ぎになります。
ヒーコーの義務。
(ヒーコー)村をたてて以来、森や川や自然を守ること。そのた
めに必要な存在である。自然を神聖にする。婚前交渉は自然を見
下す行為である。災害が起き、村の人々が病気になる。今は昔と
違う。昔はお供え物や儀式は少なかった。今は儀式が増えてきた。
ヒーコーのインソン氏
今は不倫の問題が増えてきた。お坊さんの木の布を結ぶのもヒー
コーの仕事。畑の神さま、精霊(土地神)を祀る。家の男のかわりに祀る。腕にひもを結ぶ儀式、祭り
の酒を造るリーダーでもある。
4')(神さまは)川、森と土に住んでいる。それらは神さまのもの。使うとき許可をもらう。例えば畑を
耕す、木を切る。その時米、酒、鶏を
祀る。神さまに気づかせるため、大地に酒を撒く。ろうそくを 2 本使う。線香は使わない。
4")飼っている動物は意識がないので、彼らのかわりに儀式をします。米、酒と鶏を供えるのは、私たち
を守って下さいという意味である。儀式を行うと農作物は豊作になる。村人が健康で健やかになる。そ
れは神さまが了承したから。
儀式の種類
(ヒーコー) )お年寄りにお礼をする儀式
お年寄りとは 40 歳以上で孫がいる人。カレン族は 14 歳か
ら結婚する。頭の上に水をかけ、長生きを祈る。親孝行になる。
)結婚する前の男女のお詫びの儀式
)動物のための儀式
儀式はいつするか。
56
(ヒーコー)1 年に 3 回。畑の精霊にごちそうをする。
費用はかかりますか。
(ヒーコー)無料です。供物は持参する。後は皆で食べる。
どの村にもヒーコーはいますか。
(ヒーコー)います。それぞれの村に 1 人います。ヒーコーは他の村の儀式をしてはいけない。他の村
の人は違う村のヒーコーに依頼してはいけない。儀式は村内で行う。
8')
他の村の儀式と同じですか。
(ヒーコー)同じです。
いつも解決できますか。
(ヒーコー)解決できます。動物のことの解決できます。
以下、自由質問
(田)村の境界について。村長は曖昧といったが、ヒーコーの話によると、
(ヒーコーの管轄があると言
うことは)限界があるのではないか。仏陀の木か
(ヒーコー)儀式によっては限界を作ることができる。木の布は森を守るため。
(小峯)後継者について。
)男子に恵まれなかった場合
)長子が拒否したらどうするか。
(ヒーコー)
)兄弟に引き継ぐ
)義務だから、たとえ遠くにいても帰らせる。ヒーコーは村を出たことがない。ヒーコーがキリスト教
に改宗するかもしれない。それは将来の問題。
(片山)ヒーコーはアニミズムだけか。
(ヒーコー)そうだ。アニミズムだけである。ID カード上は仏教であるが。
(A)死んだらどうなる。どこへ行く。
(ヒーコー)知らない
(A)精霊は見えますか
(ヒーコー)いつも見えます。いや、聞こえます。音だけ。ヒーコーにはわかります。気配と音が。
(石高)日本人が(ハッキヤ村の)川を使い、精霊に許可を得ていないで村の食べ物を食べていますが、
大丈夫ですか。
(ヒーコー)大丈夫です。
ヒーコーからの質問
(ヒーコー)日本人にはお化けが見えますか
(答)ほとんどの人は見えません。
(ヒーコー)日本には交渉の儀式はありますか
(答)ありません
57
⑪長老(ゲレさんの自宅)
田由甲
具体的に行ったこと
質疑応答等の内容
z
お名前・年齢、および昔やっていたお仕事を教えていた
だけませんでしょうか?
ゲレさん。76 歳。昔は畑仕事で、お米を作っていました。
z
何時からこの村に来ましたか?
48 年前に。
z
なんでここに来たのですか?
この村は自分の畑に近いからです。
z
来た時、この村の大きさ・規模は?
2軒しかなかった。そして、自分元々住んでいる村は現在す
でになくなった。
z
ハッキヤ村が 50 軒までになったのは、何時頃のことで
すか?どれくらい時間かかったのですか?
昔の人はたくさん子供を生みます。そして、村がだんだん大
きくなります。外からの移住ではなく、元々2 軒の家と婚姻
関係を有することで、村が大きくなった。昔の人は子供を 9
長老のゲレさん(左)
人くらい持っている。
z
確認ですが、昔の人は輪作して畑作業をするから、集中して住んでいなくて、現在になってから、
ここに集中して住むようになったのですか?
この村を作った人は長老(ゲレさん)の両親です。そして、娘と息子はほかの村の人々と結婚してこの
村に移ってきました。
z
ということは、最初の2軒のうち、1軒が長老(ゲレさん)の両親のお家ですか?
そうです。
(石高)最初にあった二軒のうちの一軒がゲレさんの家です。そして他の村の人と結婚してから、嫁さ
んとか旦那さんが来て、村が大きくなった。
z
この村にくる前に住んでいた村の習慣や風俗は今の村のものと異なりますか?つまり、28 歳以前に
住んでいた村のこと。
当時、昔住んでいた村がここと近いので、習慣や風俗は一緒です。
(石高)昔、麓の下界とコンタクトする前は、近隣の村の人と結婚したので、以前の村との習慣は変わ
らなかった。
z
確認ですが、昔の村で人口が増えて、畑が村から遠くなったから、新しく村を作って近いところで
住み始めた、という考え方でしょうか。
水田と畑に近かったためでした。
z
ここの山の上に、モン族が住んでいますが、昔、何らかのことでモン族と争ったことはありますか?
例えば、水資源や木材資源を求めるためにとか。
昔に問題はなかったが、今は問題がある。原因として、モン族はキャベツを植えるために農薬を使用す
58
る。
z
そして、自分のところの水が汚くなり、病気にまでなる、という考え方でしょうか?
モン族が農薬で川等を汚した証拠は未だないため、相手を責めることまでは行かない。
z
現在、ハッキヤ村の人はモン族にこのような農薬汚染を言おうとしますか?
文句言う人はいますが、モン族にはっきり言う人はいません。
z
現在村の生活は少しずつであるも変化していて、例えばソーラーパネル・電気・水道などが整備さ
れていて、ゲレさんから見たら、それらは良いことでしょうか?
良いことです。
z
パーカニョーの移住伝説について、教えていただけませんでしょうか。
この村の伝説について、あまり分かりません。
z
第二次世界大戦のときに、日本人がこの村を通ったことはご存知ですか。
当時は、この村に住んでいないが、子供のときから仲良かった友達からこのことを聞きました。友達に
よれば、日本の軍人はこの山を通ってビルマまで行った。象を乗ったり、飛行機を乗ったりして移動し
た。その三年後、日本軍が敗戦後に帰るときにこの村を通ったことは自分(ゲレさん)の目で見ました。
パイさんによると日本兵の霊碑があるとのこと。
z
(A)そのときは、食べ物を欲しいと言いましたか?
自分の鉄砲や服装を売って、食べ物に変えました。
(A)まさしく敗走兵ですよね。
z
(大久保さん)当時、象はいたのでしょうか?
ほかの村から象を借りていました。
z
午前中のインタビューから得た情報を確認させていただきます。ゲレさんの考えでは、カレンの人
が亡くなったらどんなものに変わりますか?どこに行きますか?
ある人は再び生まれ変わりますが、でも真否については確認できません。
(A)仏教の影響かな?
z
精霊とか見たことはありますか?
ないです。
z
(A)聞こえますか?
鳴き声は聞こえます。昔、あそこで鳴いていました。(庭の木を指す)
(石高)バナナの精霊ではないらしい。(註:ピー(精霊)概念がカレン人とタイ人によって異なる。)
z
精霊は優しいですか?
沢山の種類の精霊がいます。あるものはアンドロワイと言って、あるものはムカシシャナーと言います。
z
どの種類の精霊が一番怖いですか?
事故で死ぬ人が一番怖いです。自然死ではない人たちが一番怖い。例えば、事故や子供を生む時に亡く
なった人とか。
z
(A)この場合でも精霊になりますか?お化けではなくて?
(大久保さん)タイ語ではピーという発音で、精霊とお化け両方の意味を表していて、はっきりした使
い分けがないかも。
z
当初、この村には2軒の家しかなかった。そして、何時から、ヒーコーが現れたのでしょうか。
59
実は、当初のヒーコーは自分の家族の中から現れた。現在自分(ゲレさん)はキリスト教ですが、以前
キリスト教に改宗したときはヒーコーを自分の家族に相続させようとした。しかし、家族は受け継がな
いので、現在のヒーコー(インソンさん)にタイトルを委譲しました。というのも、そのヒーコーの家
系も昔からヒーコーの家系であったわけです。
(石高)廃業したようです。
z
インソンさんとゲレさんは親族ですか?
(石高通訳)インソンさんとゲレさんは近所同士であるため、同じ精霊を祭ることができる。従って、
ゲレさんがキリスト教に改宗した際には、ヒーコーの座を託した。
z
(A)ゲレさんは昔ヒーコーをやっていたのでしょうか?お父さんがやっていたのでしょうか?
まだキリスト教徒ではないときには、ヒーコーをやっていました。現在は、儀式の行い方は分かります
が、それは全部インソンさんに譲りました。
z
(A)何時譲りましたか?何年前に?
20 年前に。
z
(小峯)日本軍から銃や軍服をもらったけど、現在それらをお持ちでしょうか?
もうないです。村の中にもない。鉄砲の銃弾がないと使えませんから、捨てました。
z
(大久保さん)この村ができた理由を上の村からの移住と下の村からの移住と考えても良いです
か?
現在のヒーコーは川の下の村から来た人。川の近くに昔もう一つの村があったが、その村は現在ありま
せん。
(大久保さん)そしてゲレさんは上の村から来た人で、そう考えても良いだろう。
z
ゲレさんは現在どのような店を営んでいますか?
娘さんがこの店をやっています。卵・お菓子・薬・魚の缶詰を売っています。
z
(片山)人々が一番買いにくるものは何ですか?
全部ヒット商品です。信用度高いみせで、付けがきく(後払い)店です。
z
仕入れ場所はどこですか?
ジョムトーンから。
z
(小峯)ジョムトーンには車で行きますか?オートバイで行きますか?
車で行く。
z
税金は払っていますか?
市役所で納税しております。(補足:それは売上税ではなく、営業税・看板税みたいなものです。)
z
タバコとお酒は売っていますか?
時々売っています。
z
(A)キンマ(=檳榔)は売っていますか?
ばら売りしている。石灰は売っている(完成品ではない)
。
z
(塩崎さん)日本では、運動することとか、良いもの食べることとか、を健康お秘訣と言われてい
ますが、ゲレさんの健康の秘訣は何ですか。タイの発表では、タイのお年寄りは動かずにして子供
に面倒をみてもらうことを幸せや健康の秘訣と考えていますが、どう考えていますか?
人によって違いますね。
60
z
(A)日本軍が帰りに通ったときに、途中で死んだ日本人の話を聞いたことありますか。
聞いたことはありますが、死んだ場面を見たことはありません。
⑫学校教育について、先生にインタビュー
・
塩崎由梨
村人は 186 人、学生 27 人(男児 12 人、女児 15 人)、殆どの学
生が進学する。
・
先生はジョムトーンの人で、配属されてから 9 年目。近かった
ため自分から希望した。カレン族にしか今まで、教えたことが
ない。前の先生から、現在の先生に代わる際には、待機教員リ
ストがあるので、一時的に教員がハッキヤ村にいないという状
態にはならない。もっと遠いところに住んでいる先生は、ここ
を希望するため、空きにはならない。
・
定年は 60 歳。それまで辛い時もあるが、教員ができたらいいな
と思う。
・
月曜~金曜は小学校で、土日は山を下りて、大人でタイ語をで
きない人への教育を行っている。多忙で、責任が重い。事務職
チャンケーオ先生
員の仕事もある。休みは毎月 28 日~翌 4 日のみ。
・
対象は幼稚園~小学校 6 年生までで、現在は小学校3年生までを、1クラスでみている。
・
タイ語の読み書きと算数を教えている。
・
幼稚園、一年、二年、三年、三年~
にグループを分けて授業をする。三年~
には宿題を与え、
できたら下の学年の子の面倒をみるようにしている。
・
非正規教育学校で、教科書は山岳民族用のカリキュラムを用いている。無料。
・
街の学校へは、成績表のコメント欄にメモをし、申し送っている。
・
出席はとらないが、テスト、卒業試験、成績表はある。
・
非常時はどうするか?→最近、ゴミの穴を掘っていて、生徒の頭にスコップがあたり出血した。自
分で治せるものはするが、事故や重傷なものは、車を運転し、病院に連れていく。保健室の先生な
どはいないため、一人で対応。歯磨き、手洗いなどの公衆衛生、生活指導なども先生がひとりでし
ている。
・
給食は PTA が作ってくれ、生徒たちは家からお米だけを持ってくる。
・
問題として、予算が足りておらず、先生に負担がかかっている。また、町の学校では CD や教材、オ
ーディオ機器がそろっているのに、ここには少ない。大学生のボランティア(バンコクから来る薬
学部の大学生)などが来て、寄付があるが、屋根の修理などの見積もりも先生が行い、できること
なら自分で修理する。
・
もう一つの問題は、町の学校へ進学する時のこと。10歳以下だと、タイ語の発音も上手になるた
め、町の生徒となじみやすいが、10歳以上だと、カレン語のイントネーションなどが抜けずに、
コミュニケーションが難しいと感じている。カレン語は早口で、タイ語らしくないらしい。
・
教育にかかる費用は、王立だと無料、キリスト教の学校は一学期に1000バーツ。家族は王立に
入れたいが、キリスト教の学校の方が、生徒に掃除をさせたり、飼育動物の世話をさせたりと、活
61
発に就労体験ができるので、就職に関しても教育の面ではよいと先生は感じている。
⑬ホームステイ先3インタビュー
David
背景・インタビュー以外で取得した情報:
家族構成:祖母、母、父、子供三人
・祖母(ポー)は~70歳、母の母。
・母(スィティップ)は~40歳
・父はずっと見なかったからいないのかと思っていたが、
最後の夜に初めて見た。
三人の子供:
・娘(ダラニー)は一人いる(25歳)。去年(おととし?)
チェンマイ市内にある大学を卒業して、ハッキヤ村に戻
った。
2011年1月にハッキヤ村の男(同じ年ぐらい)と結
David のホストファミリー
婚した。夫は村の普通衣服ではなく、派手な都会で見るような衣服を着るのでハッキヤ村で目立つ(村
の人っぽくない)。夫に仕事などを聞いたら、今何もしていないと答えた。娘は小学校の給食の手伝いを
するのをよく見た。夫と二人で小学校の近くの家に住んでいる。
・息子は二人いる。23歳の息子(チョウ)は結婚していて、2月に生まれたばかりの赤ん坊がいる。
チョウさんの母はよく赤ん坊のお世話をする。前はチョウさんはチェンマイ市で家具に関する仕事をし
ていた。親の畑の仕事を手伝うためにハッキヤ村に戻った。
・8歳の息子は小学生に行っている。
まえ、日本人の学生がホームステイに来たらしい。あのとき、通訳ができる人はいなかったので連絡は
日本語・タイ語の辞書を指差しながら一言でのコミュニケーションだったので、今回通訳してくれる人
がいてとてもうれしいそうだ。
家が二軒ある。二軒目はソーラーパネルが壊れていて、一軒目から電線をつないで、二軒で一つのソー
ラーパネルの電気を使用している。電池も置いてある。二軒目の下に車があるがこれは知り合いの車そ
うだ。
インタビュー参加者
日本のチーム、タイ学生チーム、母、祖母、パイさん。途中からムディ-さん。
インタビュー内容
・母と祖母の仕事は畑での仕事。
・祖母がいつか(小さいころ?)違うところからハッキヤ村へ引っ越してきた。
・飼育している動物は鶏、豚、水牛。水牛は自由に森に住んでいる。米の収穫期のみは他人の米を食べ
てしまわないように居場所を抑制している。
・母はタバコを吸っていたが、タバコを吸う中毒の欲望が嫌でやめた。祖母はまだ吸っている。
・お酒はお祝いのときにしか飲まない(結婚式など)。
62
・子供が教育を受けてからハッキヤ村に戻ってほしい。
・宗教は昔(祖父母のころ)から仏教とアニミズムだ。
・娘の本年1月に行われた結婚式は仏教の結婚式だった。しかし、お坊さんはいなかった。手首に紐を
結んだ。
・最近、ハッキヤ村の赤ん坊はジョムトム病院で生まれる。
・母が最近の子供(8歳)を妊娠していたとき、つわりの症状で病院に行って、妊娠していることが確
認された。それから産むまで月に一回病院に検診に行っていた。タイ国民保険の下で無料だった。
・沸かした水を飲むこともあって、何もしないで飲むこともある。
ホストファミリーから私達への質問:
・私達の村は楽しいか?
・日本は暑いか?季節はどうか?
・森が多いか?(答:~7割。タイは3-4割。)。
・日本のどれぐらい寒くなるか?(答:川が凍ることもある。魚はどうするか?答:凍っている部分の
下に水が流れている。)
・日本まで飛行機で時間どれぐらいかかるか?何人乗れる?(答:約200人)200人は本当に乗れ
るのか?雲の上で何が見えるのか?(石高先生が冗談っぽく「神様や天使が見えないよ」と言ったら、
「見
えると予想していた」と祖母が言った)
⑭⑮⑯ムディー氏より衛生委員についての概要説明、衛生委員2人へのインタビュー、小学校にて午前中
の振り返り
・
塩崎由梨
衛生委員の役割:ジョムトーンからハッキヤ村へ医療や街で流行っている病気などの情報を送る仕
事をしている。ボランティア。月に少しのお金をもらっている。
・
ポーオーソーオー(王の母)が作ったボランティア医
師団の組織。資格はない。
・
最近では、ポリオワクチンの接種や歯のチェックなど
健診時に手伝いをする役割がある。
無償で提供される。
・
衛生委員の家には、鳥インフルエンザの発生した時の
予防・対策のポスターや、ハッキヤ村の各世帯の名前
が書かれた地図があった。
・
軽い病気などに使う一般の薬は、常備しており、村人
が衛生委員の家を訪ねると、相談したり、もらったり
することができる。また、村のお店でも購入できるし、
衛生委員のブンタム氏(右)
オラウィット氏(左)
上の村に行くと、薬をもらう事ができる。月に先月1
00人ほど来たとのこと。
・
衛生委員は4人おり、その一人、ブンタム・サムワンプライワン氏。46歳。8年間衛生委員をし
ている。もう一人はオラウィット・ペッパナラック氏、46歳にインタビューをとる。週に2回カ
63
レン族に薬を配る仕事をしている。衛生委員単体で生活している訳でなく、副業、兼業である。
・
衛生委員になるまでには、4カ月間薬についての勉強をし、ジョムトーンの衛生局で3年間働いて
いた。
・
発熱時、風邪、全身倦怠感がある時にはパラセタモル、胃腸にはアンタシン、他にタイロフィネ?
などを扱っており、衛生委員自体は、病気に対する知識は高い。病気の原因を、動物のたたりであ
ったり、悪い気が入ったとは考えておらず、西洋医療の治療法にのっとっていた。これに対して、
村の人は、軽い怪我の場合薬草を用いたりしている。それで効かない場合は西洋医療に頼るという
印象。動物や精霊のたたりで病気になると考えている村人もいるが、たたりを信じる村人はここへ
は来ない。
・
村で発生した病気として、2年前はマラリア1名(→一件ずつ回り、水瓶に蚊の卵がないかの確認、
ホウ酸を投入する、蚊帳を設置するなど対策した。)、去年デング熱1名(街で罹患したらしい。)、
この5・6月には、雨期の食べものや水が原因で下痢が数名に発生した。→この患者たちはジョム
トーンの病院に食中毒としてかかった。他に、エイズや狂犬病などの患者は発生していない。
・
村人に健康教育についての知識の提供はその都度している(手洗い、蚊帳、寒い時は体温調整を自
分でするなど)が、ちゃんと実行しているかは分からない。その人次第。
・
村の会議は一カ月に一回あり、村の人全員が参加する。識字ができないカレン族であるので、口で
直接伝える方法となる。ここでは、衛生局での会議で出た議題や、病気の予防・対策について、何
かあればその都度、情報が共有される。
振り返り
・
日本は健康でいることに強迫的である。
・
日本は予防医療が中心となっているが、タイでは病気が手遅れにならないと病院にいかないなど、
病気が進行してから医療にかかる場合が多い。
・
意外にハッキヤ村では、街から離れているのにかかわらず、システムが整っていると思った。ワク
チン接種も全員義務ではないが、政府の支援でなされている。
・
日本では医療が進んでいるけれど、必ずしも幸福であったり、楽しい訳ではない。鬱が多い。
・
日本では薬剤治療が主だが、ハッキヤ村では医療のすみ分けができている。医療、薬草、スピリチ
ュアル、ポーモーなど幅広い選択がある。個人の信仰に任されている。
・
伝統医療もタイでは大学教育に取り入れられている。皆が普段から使う治療の一つ。
・
WTO(薬を先進国が搾取するのではなく、先住民の権利を守ることが大切。)
⑰ホームステイ先 4 インタビュー
z
田由甲
家族構成の紹介:
祖母:(79)、母:ドゥエモ(56)、父:ボドゥウェー(54)
、長女:アラピン(27)
、婿:タボン、長男:
ピラート(チェンマイで働く)、孫:チョチョ(6)、
孫女:スパポン(3)、(四ヶ月)
z
現在のお仕事は?
(父)畑仕事、米を作っている
64
z
この村で住み始めたのは?
z
(父)生まれてからずっと。
z
家畜はどのようなものを持っていますか?
(父)水牛、鶏、豚。今、水牛は森にいます。
z
犬と猫をペットとして飼っていますか?
(父)ない。友達のもの。
z
ご家族の中に、タバコ・葉巻・アルコールを使うケースってありますか?
(父)タバコを吸っている。お酒も飲んでいます。
でも、今日は酒が飲みきられているため、飲んでい
田のホストファミリー
ません。
(母)お酒は飲まない。
z
タバコは何歳から吸い始めたのですか?
(父)子供のときから。これは普通の習慣です。
(ムディー)水牛を飼っていると、蚊に刺さらないためにタバコを吸っている。蚊はタバコの煙をいや
がるため、タバコを吸うことによって蚊に刺されない。
z
この家族の宗教を信じていますか?
仏教です。
z
精霊信仰も信じていますか。
(父)はい。
z
先に精霊信仰で、後に仏教も信じ始めたのでしょうか?
......
(父)オ・ブッガッ。祖先の霊ということです。
(石高)オ・ブッガッというのは、祖先の霊が一緒にくっ付くということで、一緒に食べることで、家
族・一族が一緒になる。儀式した後の捧げ物、例えば供物などを食べることによって、祖先と一緒にな
る、ということ。
z
娘様(アラピンさん)の結婚式はどのような形式のものですか?キリスト教?仏教?
(母)伝統の結婚式です。精霊的な結婚式です。花嫁と花婿の代表がいて、カナというものがあって、
その中には巻きスカート・シャベル・塩・酒・唐辛子が入っている。こういった物らをガドン(大皿)
に入れて、いとこやほかの親族に振る舞う。自分は使いません。一セットだけを準備する。
z
最近、病院に通ったことがありますか?誰が、どの目的に病院に行きましたか?どのような病気で
したか?
(父)母と父は腰が痛いから病院に行った。お医者さんは大丈夫と行った。でも炎症止めなどをもらい
ました。
z
(A)オ・ブッガッは何を守ってくれますか?
ユキという人がいて、ポーモーという人に会いにいった。どう言う調子になっているのかを調べて、そ
して原因を判明する。あるときは占い等を行う。そして、どう言うことに対してどのような儀式をあげ
ることができるかとかについて、指導もする。
(父)例えば、家族の人が病気になった時に、ポーモーに会いにいく。ポーモーはいろいろ診てから、
原因を探す。そして、オ・ブッガッ(儀式のこと)を行う。
65
(石高)ポーモーに原因不明なことや、病気になったことを相談しにいったと、例えば占いとか、その
うちの原因の一つとして、ブッガッの儀式をします。精霊が祟っているとか、ブッガッに儀式をしなけ
れば行けないと言われたらブッガッの儀式をすると。色んな理由で病気になったかも知れないが、その
うちの一つの理由はブッガッの儀式をすべきことである。
z
(David)お父さん前回病院に言ったときには、ポーモーに言われたから病院に行きましたか?それ
とも、先に病院に行って、薬をもらったが、しかし効かないのでポーモーに相談に行きましたので
しょうか?どの順番でしょうか?
(父・母)もし自分が病気になった場合は、まず自分はどのような場所に行ったのかを思い出して考え
る。もし行ったところは、悪いパワースポット、つまり、精気が吸われるところであって、そして体の
調子が悪くなったら、その時はポーモーの所に行く。二つ目として、病院に行ってもよくならない、そ
の時、よくならなかった原因を考えて、もし良く分からなかったらポーモーの所に行く。二つケースが
あります。
z
そのような精気が吸われる場所ってどこですか?
村の人は悪いパワースポットの場所についてみんな知っている。
z
(A)オ・ブッガッは見えますか?もし見えたらどのような形のものですか?
オ・ブッガッは信じることだけで、感じることだけです。オ・ブッガッは儀式です。そして、儀式をあ
げる時の順番が間違ったら、災いが起こります。また、もし順番が少しでも間違っても、最初からやり
直さなければ行けない。
z
(A)ブッガッはどこにいますか?家の中ですか?森の中ですか?
(石高)オ・ブッガッは儀式の名前です。
z
(A)ブッガッが祖靈で、オ・ブッガッが儀式の名前?
(石高)オ・ブッガッが儀式で、存在がない。
z
(A)良いオ・ブッガッは家の中にいて、悪いオ・ブッガッは森の中にいる、というように私たちの
ホームステイ先の家族から聞きました。もし自分の親がなくなったら、その霊は自分の家に戻って
きて、一族を守ってくれる、と。家族の健康を守ってくれる。それは 30 年前の話です。ホストファ
ミリーは、20 年前にキリスト教に改宗しました。
(ムディーさん)ブッガッは、家族がくっつくという意味で、オは食べる意味。つまり、一緒にくっつ
いて儀式をして供物を食べるという意味。ブッガッというのは儀式であり、存在ではない。
z
(塩崎さん)こんな寒いときには、水以外に、暖かいお茶とか飲みますか?
(母)お湯とか飲みます。
z
(塩崎さん)うちのホームステイ先のファミリーは、お湯ではなくて、ハーブティーを飲んでいま
した。日本では健康のためにハーブティーを飲んでいるが、このような健康意識はありますか?
(母)ショウガ茶は飲みます。木の皮をお茶に入れて飲みます。
z
(小峯)今回二人の学生が来たときに、どのような気持ちをしましたか。
(母)嬉しかったです。楽しかったです。
(田)補足として、二年前に早稲田大学のゆかりちゃんという女の子がここに泊まりました。この関係
があるかも分かりませんですが、少なくとも怖くはないだろう。
(アラピンさん)料理が上手ではなくて、すみません。
66
(田)いえいえ。おいしかったです。
(小峯)前に泊まったゆかりちゃんは去年結婚しました。
z
逆質問ありますか。
z
(母)皆さん、ここに来て楽しいですか。
(皆さん)楽しいです。
z
(母)日本で何をやっていますか。仕事は何ですか。
(石高)一日の生活を行ってあげてみたら?
(片山)朝、六時に起きて、お弁当を作って、会社に行きます。自転車で行きます。夕方の六時まで仕
事をして、家に帰ります。
z
(母)ご両親のお仕事は何ですか。
(片山)お父さんは電気関係の会社で働いています。
(石高)サラリーマン以外に例として言います。私のお父さんは建築の会社をしています。お母さんは
市役所から質問表もらって村人にアンケートする仕事と、寝たきりのおばあちゃんをケアする仕事をし
ています。
(母)全部楽な仕事ですよね。
z
(大久保さん)お父さんのお母さんはこの村の中に住んでいますか。
(父)隣の家にいます。
z
(母)日本人は米を植えていないなのに、どこから米をもらいますか。
(塩崎さん)植えていますよ。うちのおばあちゃんは田舎で米を作っています。
(石高)米はほぼ 100%自給している。
(母)我々は田植えをして自分のものを作っているけど、日本人は作っていないように見えますので、
どうやって米を手にいれているのか。そんな楽の仕事ばかりやって、どうやって米をもらっているのか。
(石高)買います。お金で買います。その他に、パンとか、パスターとかを食べます。
(母)我々は雨が降っても暑くても、畑に行かなければならない。お金で買えるんであれば、それは結
構なことです。また、土も耕さなければならなくて、それは重労働です。役所さんは大変です。また、
日本語を話したい。
(皆さん)ダブルーは「ありがとう」と言います。
67
⑱プレゼンテーションと食事会
3月17日の午前、前日作成したパネルを用いて4種類のプレゼンテーションを行った。
4つのテーマは歴史、信仰、教育、衛生である。プレゼンテーションのあと、聞き手であった村の人た
ちに日本のチーム自家製のカレー、タイのチームはタイグリーンカレーをふるまった。
上:プレゼンテーションの模造紙 4 種
左:カレーを作る日本チーム
次頁上:プレゼンテーション風景
次頁下:食事会
68
⑲振り返り(村での活動と日中豪泰のマイノリティについて)
田由甲
(小峯)タイの学生から話を聞きたい。今回のプログラムはマイノリティ(パカニョンなど)がおかれ
69
ている状況を見て、近代化の影響や伝統について、現地で勉強するものである。マイノリティはタイに
だけ存在することではなくて、日本・オーストラリア・中国にもある。ここで、タイにおけるパーカニ
ョンのことを振り替えながら、日本・オーストラリア・中国のマイノリティの状況を語ろう。最初はタ
イの学生からパーカニョンのことについて、感想をきさせてください。
(シリコーン)はじめてこのプログラムに参加した。面白かったです。彼らの生活は貧しいですが、で
も楽しく過ごしている。みんなは研究のためにチェンマイに来て、勉強をしに来ただろう。でも、私は
通訳としてそんなに役に立っていなくて、申し訳ない。今回はハッキヤ村における歴史・衛生・教育・
精霊などのことを初耳にした。面白くて、良い経験になった。有難う。
(プレーン)この村に行ってから、子供のときに聞いた歌を思い浮かべた。その内容は、山岳民族の生
活に関するものである。当時、その歌を聞いて、まだこの世に電気がないところがあるということに驚
いて、今になったら絶対電気や車を有しているのではない、と思っていた。しかし、このたびハッキヤ
村に来て、全くこの歌の通りと感じた。
「我々の家には電気もないし、店もないである。しかし、ご飯を
食べたいときには畑に行くよ。魚を食べたいなら川に行くよ。お金はないが、思いやりがあるよ。」今回
の経験でハッキヤ村の人は全くそのような人と感じた。言葉は少ないが、でもいつも優しくしてくださ
る。とても感動した。
(ドン)このプログラムに行くことによって、私の考え方が変わった。以前、私が思っていたのは、山
岳民族はあんまり勉強の機会がない人々で、毎日畑仕事をしたり、毎日ぶらぶらしている人々であった。
従って、一瞬プログラムの参加には迷ったが、新しい経験を欲しかったため、参加することを決めた。
最初は、調査生活は我慢しなければならないと思ったが、実際はそうでもない。日本の人々が会社で働
くかわりに、村の人は畑で耕す。本質の違いはないけど、単にやり方が異なるだけだろう。また、最初、
村の人は単に畑作業と牧畜のことのみに携わっていると思っていたが、二日後からカレン族の人をもっ
と深くに理解することができた。というのは、普通の村ではなく、ヒーコーや精霊を有する村である。
儀式もちゃんとある。もしかしたら、電気がない村にだけ本当の幸せが来る、と。
(ポー)村に初めて入ったときに、生活の環境を気になった。ちゃんと生活ができるのかという心配で
ある。でも、慣れた後は、全然そのように思っていません。ホームステイ先のご家族は皆さん優しい。
食事のときには沢山のご飯を食べさせられた。また、精霊を怖く感じた。特に夜のときには一人でトイ
レに行くことさえできなかった。
(小峯)チェンマイ大学の皆様の周りに、カレン族出身の人っていますか?
(プレーン)います。
(小峯)その人と会うときは、どのような印象ですか?
(プレーン)同じと思う。ただ、タイ人が山岳民族を言うとしたら、殆ど苗族(=モン族)を指してい
る。
(小峯)どうやって相手が山岳民族と分かるのですか?名前が違う。
(プレーン)見た目から分かります。目が小さいのがモン族です。
(シリコーン)服装も違う。
(小峯)名前はタイ風に変えているから分からないですか?
(プレーン)はい。また、すこしタイ語の発音になまりがあるから分かる。でも性格が良いし、すごく
友達の面倒を見てくれるから、みんな山岳民族を変わった人と感じていません。
70
(小峯)違いを意識することはあまりない?
(プレーン)はい。
(小峯)この友達から出身地の村の話を聞いたことはありますか?
(プレーン)この友達は私の友達の友達です。
(小峯)その友達が住んでいたのはハッキヤ村みたいな所ですか?
(プレーン)聞いていたのは家族人数くらいのこと
でした。兄弟 10 人を有して、山に住んでいる。
(小峯)ドン君も、少数民族の友達います?
(ドン)いません。
(小峯)接触はない?
(ドン)はい。
(A)少数民族の人が優先的に入れる制度ってあり
ますか?大学にとか。
(ドン)ないです。
(石高)メーファールアン大学(チェンライ)は少
数民族の人が結構優先的に入れると聞いた覚えが
あるが。
マイノリティについての振り返り
(小峯)枠がありますか?
(石高)はい。元々それらの人のために作った大学です。
(小峯)それでは、大阪大学チームの皆様はどのように考えていますか?それで、一通り済みましたら、
逆質問の時間にしましょう。日本・中国・オーストラリアのマイノリティについて聞いていただければ
と思います。ここにいる人はマジョリティーになるが、自国のマイノリティにどのような関係性を持っ
ているのか?でも、まずはハッキヤ村のことについても良いですよ。特に、行く前と行った後の考え方
が如何に変わったのかなどについて、話を聞きたいです。
(田)全体的にそんなに印象のずれはなかった。特に、事前には人類学の方法を用いた調査論文などを
読んでいた。そのため、ハッキヤ村現在の生活状態と論文が掲載された 60 年代のカレン族の生活状態に
それなりの差がなかったことについては、予想外でもなかった。行ってからの感想として、二点があげ
られます。まずは、人間として自分の気持ちを整理することはとても重要なことと感じました。例えば、
昨日(3 月 16 日)に心の病が多いという話題がありましたよね。ハッキヤ村の場合では、どのような問
題を抱えたら誰に相談して、どのように解決するとかがはっきりしている。例えば、悪いことをすれば
精霊は災いを降す、のような自分なりの世界観を持っている。現代人と比べたら、簡単に気持ちの整理
ができる。それと比較すれば、特に現在の日本社会を思い出すと、産業革命後における働けば働くほど
お金が稼げるという Time is Money の考え方が適応できなくなった現在は、沢山の残業をしていても見合
った報酬が入ってこなくなる時代に変わっている。つまり、残業しないならば何をすれば良いのか。そ
のような時代の切り替えがまさにまだ続いている最中で、そして、気持ちの切り替えがまだできていな
いという時期です。というのは、時代が変わっているときに、如何に自分の気持ちを整理することがと
ても重要になってきて、日本のような精霊信仰のない世界の中で、自分の悩みと社会の悩みを如何にう
まく整合するのかが、一つの問題点であり、同時に一つ目の感想であります。単純な社会に戻っても良
71
いですが、それは不可能なことであるため、これから 10 年どのように変わっているのかを見つめたい。
二点目として、マイノリティの話がありましたよね。所謂少数民族という言葉は、中国にもあるし、ほ
かの国にもあると思います。あえて少数民族と言わずに、マイノリティと言うのも、たぶん相手の気持
ちを配慮した結果と思います。そして、私が最近考えているのは、マイノリティが存在しているから、
そういう人らを保護区において、固有の生活習慣をそのまま維持させる理由にはならない。言い換えれ
ば、マイノリティであっても、自分の生活から脱出したい権利もあるし、もっと利便性がある地域で暮
らしたい気持ちも十分理解できる。保護区を設立することは、住民を古い建築の中に済ませて、そして
観光スポットを作り上げることと似たようなやり方と思います。このような考えに基づき、かつて私は
保護区に住んでいる人をそのまま近代化にさせても、別に悪いことではない、と思っていた。しかしな
がら、ある日このことについて、東洋史のタイで留学した先輩と話しました。先輩曰く、もしマイノリ
ティの人がそのまま近代化に影響しつつ、自分の風俗と習慣を全部失ったら、彼らがいったん後悔する
と、昔の世界はもう戻れない世界になったのではないか、と。つまり、彼らがいったん自分のアイデン
ティティを放棄すれば、それは後悔する権利も放棄したと一緒である。そこから考えると、保護という
ものの本当の意味も、後悔する権利を保つところにあるのではないか。それが二点目の感想です。
(石高)反省できる方が良いですか?反省できない方が良いですか?
(田)つまり、後悔した時にまだ戻れるということ。少なくとも、歴史や儀式に関する記録冴えあれば、
後悔して復活させようと思えば、何とかなるでしょう。
(ムディー)この問題の答はないと思いますが、村の中の教養がある人は、この問題を考えて、回答を
出すことができるのではないか。例えば、ハッキヤ村の場合のみならず、日本にもタイにもあることで
すが、ハッキャ村に三十年前にキリスト教に改宗した人がいるが、信仰面で 100%カトリックを信じるの
ではなくて、ここのうちにはオ・ブッガッを信じて、儀式を行っている。カトリックに改宗した理由は、
それが便利であるだから。下界とのコンタクトが出てきて、一部の人はこのように変わったが、やはり
それでも 4 月の水かけ祭りの時には出稼ぎに行った人も村に戻ってきて、一緒にオ・ブッガッを長老と
する。たとえ現代社会で我々は生きているが、すべてが変わるのではなく、やはり変わらない部分もあ
って、この変わらない部分を後世に伝えようとする人もいる。昔のことを全部捨てるや、古のことをす
べて保存するのもあり得ない。だんだん、少しずつ変わっていくのではないか。全部を残そうと努力し
ている人もいる。
(田)そのために、10 年後もう一度ハッキヤ村にお訪ねしたい。
(ムディー)毎年きても良いよ。
(ドン)もし田さんが村の人であれば、どうしますか。このままにするか。あるいは近代化を歩か。
(田)難しいですが、たぶん私は一回村から出て、また村に戻って何かするかも。
(ドン)副村長にインタビューした日に、A さんは副村長に何を欲しいですか、とお聞きしましたよね。
副村長は今持っているもので満足です、と答えた。そして、A さんはまたもっと必要なものを欲しいで
すか、と聞きました。それに対して、副村長の答えは、ほしがってもいいですか、というものでした。
(A)このような言い方は面白いですね。現在持っているものに満足しつつ、でも足りないものもある、
と。これは私の解釈ですが、もしかしたら、欲しいものはあるが、言うと相手に憚られるという考えか
な。こっちから具体例をあげながら聞き出そうとすると―例えば、道路欲しいですか、あるいは整備さ
れた水道が欲しいですか―、「はい」と答えてくれた。そちらからは言わなかった。具体例をあげたら、
72
全部欲しいと言うかも。インタビューの仕方に関わる視点です。
(小峯)A さん、この流れでご感想を聞かせてください。
(A)事前学習して、興味関心を持ちつつも不安を感じて村を来た。最初に慣れなかったものになれると、
みんなが優しくて、ご飯がおいしかった。そして良く理解できて、今戻って、感動している。また、日
本に戻ってもこの気持ちを持ち続けたい。という言い方は、めでたしめでたしですが、人類学を専攻し
ている者として、そんなに単純で簡単には終えられない。人類学の教科書的な言い方は、自分の文化と
いうのは見えないものであって、見えるためには異文化の中に入っていたときに初めて自分の文化が見
えてくる、と。今回は、まさにこの教科書とおりに、日に日にパーカニョーの人たちに入っていく自分
と、そこと対象的に照らし出される自分を感じつつ、毎日の生活を過ごしていった。また、ポストモダ
ン人類学で言うところの、入っていって見ている自分は、いわゆる他者として、そのほかの文化に対し
て影響を及ぼしている、全く無色透明に見ることができない。そうして入っていっているという話にな
るので、観察している自分というものは何者なのか、という考えにもぶつかる。そうして植民地的ノス
タルジーに浸り、伝統的なものは残さなければいけないという話になるか、あるいは、開発して、みな
さんを豊かな生活に導くべきか、という二項対立になる、と。それをどうすれば良いかということは、
持って帰ってまとめ直したいし、また近いうちにハッキヤ村を訪れたいです。それは自分の宿題です。
(パイ)先ほどドンさんが訳してもらった副村長さんとの話に関して、それは人間全般に言えるもので
はないか。例えば、携帯電話を持っていて、それでも十分だと。でもそれも blackberry があっても良い。
つまり、欲望の限りがない。
(ムディー)我々の生活はタイで国王が提唱する「足るを知る経済(sufficient economy)」 のモデルと言
えるように外部の人は思っているが、実際我々ももっとあればもっと良いと思っている。
(石高)人間の性格として、多くあって困ることはない。例えば、お金が多くあって、でもそれで困る
ことはない、と。
(小峯)A さんからタイの皆さんに質問ありますか。
(A)長くなったので、次どうぞ。
(塩崎)物質面の豊かさと精神面の豊かさや質は、相関しないと感じました。豊かになればなるほど幸
せになるではなくて、別に豊かでなくても幸せになれる、とハッキヤ村に行って分かった。日本ではロ
ハス(LOHAS = Lifestyles of Health and Sustainability)な生活、例えば会社員とかが仕事を辞めて、自給
自足な生活に戻るとかが流行っていたりする。このようなことは、先の携帯の話と同じく、便利な世界
から戻れるけど、戻ることは勇気がいることですし、例えば、戻って川に水浴しろと言われても、それ
はどうでしょうと感じる。日本でもう一個言われているのは、医療面では QOL(quality of life)、つまり
人間の生活の質をあげていこう、そして寿命も伸びれば良いね、という話を良くする。延命するために
医療を使うとか。先進医療とかで、癌があってもなるべく取って、生きられるように頑張っているとこ
ろがある。でも、結局現在の技術では限界があって、その限界が来たときに、その国の人たちはどうす
るという術が、すごいハッキヤ村の人たちより少ないのではないか、と感じた。
(パイ)山の上の人は、下の人を楽で便利な仕事をしていると思っている。しかし、実際は下の人は競
争が激しくて、ストレスの多い生活を送っている。
(石高)それは昨日(3 月 16 日)にインタビューしたホストファミリーも言っていたことで、こちらか
らどの仕事を言っても、相手にとってそれらは楽な仕事ですね、としか思わない。会社員も楽だし、建
73
築業も、アンケート調査も楽だと。つまり、隣の芝生のほうが青い、と。
(小峯)簡単なまとめをすると、豊かさを量るのはいわゆる GDP・GNP とかであるが、ブータンが提唱
した「国民全体の幸福度」(Gross National Happiness)があって、つまり何を持って幸福と言うのかです
ね。いろいろな意見がある、と。
(石高)補足で、行動経済か社会学で所得が 1500 万円(日本の場合)を超えると、お金が欲しくなくな
るという研究結果がある。それまでは、収入が多いほど嬉しいという考え方があったが。その時点を超
えると、お金よりもほかのものが欲しい、例えば、幸せとか時間とか健康とかが欲しい、と。
(小峯)塩崎さん何かタイの学生に聞きたいことはありますか?
(塩崎)皆さん、将来何をやりたいですか。
(シリコーン)特別教育の研究をしたいと思います。
(塩崎)テーマは?
(シリコーン)テーマは日本とタイにおける特別教育研究の比較。
(小峯)特別教育というのは?
(シリコーン)障害者/障害児教育です。
(ポー)日本の会社で働きたい。日本語をもっと上手に使いたいです。
(ドン)やりたいことは二つある。一つ目は、通訳者になりたい。タイ人にとって通訳の給料が良いし、
また知識ももっともらえる。もう一つ考えているのは、日本で留学したいです。しかし、日本で留学す
ると仕事に就くのが遅くなる。すごく悩んでいます。
(プレーン)日本語の先生になりたい。大学の先生。
(David)村に行って最も思ったのは、物質を沢山持ってなくても幸せに生活できることです。でもそれ
は、我々外部の人から見たもので、本人はどう思っているのでしょうか。そして、そのような生活をさ
れていて満足していると思うが、外のことをどう考えているのか。例えば、日本で 1 年間住んで、色ん
な便利なものを経験してからまた村に戻ったら考え方はどう変わるのか。例えば、村人はテレビの中の
生活をどう考えているのか?GNP のデータを見たら、タイは日本と比べて、お金と幸せはかなり関係性
がなかった。さらに、健康面では、日本やオーストラリアは細かいところ(どうでも良いところ)にす
ごく気にしている。例えば、風邪は一週間して、薬飲んでも飲まなくても同じ時間で治るものです。ま
た、個人的に興味を持っていたのは、病は気からの様な、頭のなかで自分が病気と思って病気になるよ
うなことです。
(パイ)テレビで影響を受けることはあまりないと思います。ただ、自分の村ではないところを見てみ
たいだけ。マットさん(13 日にホイルワン村で会ったイギリス人)は一人で村に入ったので、自分の生
活を変えなければならない。それと違って、バンコクにいる外国人はタイの文化に合わせなくてもいけ
る。
(石高)テレビの中の世界を異文化と見ていること。
(小峯)タイの学生が大阪大学の学生に聞きたいことはありますか?
(David)お聞きしたいのは言葉遣いの問題ですが、ドンくんはいつも、タイ人は何々と言っていますが、
でもカレンの人もタイの人ではないですか。
(A)補足ですが、私はいつも「タイ人」と「タイの人」と意図的に使い分けていました。
(石高)たぶん、タイ語はそこまで厳密に分けることができない。あんまり深い意味はないと思います。
74
人類学者はたぶん考えすぎる(笑)
。
(小峯)最後に、日本・中国・オーストラリアのマイノリティのことを軽く紹介してください。タイの
学生、それらに関すること聞いたことありますか?
(プレーン)中国は少数民族が多いと聞いたけど。
(David)オーストラリアにはアボリジニというマイノリティがいます。彼らは 4 万年前からアジアから
オーストラリアに来て、それと比べると、ヨーロッパの人は 300 年前から来たばかりの人でした。アボ
リジニの人は、何百何千の部族に分けられる。ヨーロッパ人が来たことによって、彼らは病気に感染さ
せられたり、殺されたりしました。今は、アボリジニはまだ存在しますが、でも言語や文化も失いつつ
である。アルコール中毒とか、色んな社会問題を抱えている。英語はうまくないアボリジニも沢山いる。
(A)日本にはマイノリティ問題がある。有名なのは、北海道のアイヌと琉球になる。どちらも 250〜300
年前に日本が琉球や北海道を自分のものにした。北海道にはアイヌやほかの民族(シベリア系など)も
住んでいた。彼らは自分らの文化と言語を有する。交易をしていたが、次第に日本(列島)人はアイヌの人
の地をどんどん奪い、今は 1000 人弱くらいしか残っていない。言葉も、観光用のものしか残っていない。
次に、琉球ですが、ここは元々琉球国という国があって、日本と中国の両方に朝貢していた。250 年前に、
日本が琉球国を併合し、沖縄は今日本語を使っている。文化はやや残っているが、殆ど日本と差異がみ
られなくなっています。
(塩崎)A さんはこの年齢であるから良く知っていて、私くらいの若い人はこんなに知っていないと思
います。私はよくオーストラリアに行っているから、アボリジニのことをよく知っているが、アイヌの
人は会ったこともないし、教科書の中の知識しか分かりません。
(小峯)日本のマイノリティの中に、朝鮮半島出身の人が入っている。戦争中、日本は朝鮮半島を支配
していて、労働者として朝鮮半島出身の人を引き寄せた。そして、敗戦後もいろいろな事情で日本に逃
れた人がいて、日本に住み着いた。しかし、その中にも日本人との間に差別があるケースがある。現在、
その人らを「在日韓国朝鮮人」という。自らの伝統・文化を頑張って残している人もいる。日本の国籍
を取って、日本人として生活している人もいる。現在は 4 世代目くらいです。
(石高)補足として、僕が中学校のころは、人権教育があって、在日韓国朝鮮人の話を中学校で勉強し
た。差別がひどかったので、差別してはいけない。
(片山)私も学校教育として、勉強しました。しかし、アイヌのことについてはそれほどはっきりと覚
えていない。一応、勉強したことはある。
(田)現在の公式データによると、中国には 56 個の民族がある、と。そのうち漢族が一つで、残りの 55
個が少数民族と言われている。それは全然違う民族たちで、そのうち、有名なのは例えばモンゴル族・
ミャオ族・満族・ウィグル族などがある。歴史を振り返ってみると、多民族は常にいるという状態です
よね。例えば、始皇帝のときに、越族という民族がいて、現在の江南・福建・広東・ベトナム辺りで生
活をしていた。そのため、一つの民族がほかの民族を統治するのが普通のことと見なされている。例え
ば、モンゴル王朝が漢民族を統治したり、満族が漢民族を統治するのも、当時の人からみてけしておか
しくはない。その流れで、現在の共産党政権も多民族国家は当たり前と考えている。また、現在の少数
民族には色んな優遇策が与えられて、例えば、現在の一人っ子政策はただ漢民族に限定する政策で、ほ
かの民族は何人産んでもよろしい、と。また、大学入学試験の時でも、少数民族には点数が与えられて
いる。しかし、現在、少数民族は漢化されつつである。モンゴル語を話せないモンゴル族の人も沢山い
75
るし、また、豚肉を食べる回族も沢山いる。従って、如何に自己民族のアイデンティティを保つのも課
題になっているでしょう。
(小峯)タイの皆様に分かっていただいたかな、と思います。まとめとして、マイノリティとマジョリ
ティーは、19 世紀に国民国家が世界的にグローバル化して、その中に国境ができて、その中に多数と少
数ができてしまう。当時はそういう時代であったが、現在はどのように考えたら良いのか、どのように
していくか、という時代です。過去のマイノリティとマジョリティーの関係を見つつ、そしてちゃんと
理解しつつ、如何に前に向かうのかを考えるのが大事なことと思います。
⑳ムディーさんによる評価会(ジョムトーン生徒寮)
¾
3 月 18 日(金)9 時 30 分~
z
ムディーさんから感謝の言葉。このような調査は初めての経験であった。
¾
今回の大阪大学のプログラム、準備が足りなくてすみません
¾
調査の大阪大学チームに対し、早稲田大学は体育会系であった。
¾
要領がわかったので、次回はもっとスムーズにできる。
¾
もっと(コーディネーターと)(細かいこと)相談できたら上手くいく。
¾
いつ手伝ったらいいかわからなかった。
¾
チェンマイ空港で降りてきた日本人が事前に聞いていたより多くて驚いた(これはチェンマイセミ
ナーのため)
¾
(カレン族・山地民・ハッキヤ村の)生活は一回だけではわからない。
¾
(タイ国王の言うところの)足るを知る経済と言っても、現実は教科書通りではない。自給自足と
いっても思い通りに進まない。外との連絡が必要。
¾
(我々は)土地の権利書がないから借り入れができない。タクシン政権時代、1 村 100 万バーツの貸
し付けがあった。
¾
発表は良かった。聞き取りは今回だけ
でなく、政府からもある。政府の役人
による質問紙通りのインタビューは面
白くない。権威的。それに対し大阪大
学は、一方的な質問ではなく、村人か
らの質問に答え、成果を発表してくれ
た。この対等な関係が嬉しい。
¾
(小峯)学生の行動に問題はありませ
んでしたか
¾
(ムディー)問題ありませんでした。
今回は担当者が出ていく必要はなかっ
た。早稲田大学の学生の時はすごく賑
ムディーさんの評価会
やかだった。今回はとてもアカデミッ
クで静かだった。みんな病気をしなか
った。
76
¾
(パイ)大阪大学、パーカニョー、チェンマイ大学、みんなでこんな生活できたのははじめて。
¾
(片山)日本人はどんな病気をしますか
¾
(ムディー)唐辛子の食べ過ぎ、脱水症状から下痢、夜更かし、熱中症。
¾
(以下ムディー)彼ら(やバンコクの大学生ボランティア)は子供たちと遊んで子供たちの勉強の
時間を奪った。
¾
寄付に燃えないものやゴミになるもの、甘味料の入った食品や味の素(入りの食品)が入っていた
りした。そんなものよりパンや果物の方がいい。一番いいのは一緒に食事を作ること。
¾
早稲田大学の学生は環境問題の勉強をしていた。今一番解決したいのはゴミの問題。村人のゴミ、
来訪者のゴミそして寄付のゴミ。例えば寄付の古着。古着は困る。使えない。そして処分方法がわ
からない。足ふきになるだけ。
¾
衛生委員や村長は政府からの報酬がある。それに対しヒーコーは無報酬。近頃、子供がヒーコーを
信じなくなっている。(ヒーコーは)村の平和のため努力しているのに(政府の)サポートがない。
そしてやりたくなくなる。時代が変わってきて、他の村のヒーコーもやる気を喪失している。なぜ
ならば政府から認められない人たちだから。それだけヒーコーの威信が低下している。パイさんの
お父さんはヒーコー、衛生委員そして森林保護委員のコーディネーターを務め信頼されている。
¾
メーホーソンのスントーン先生(チェンマイセミナーの講師の一人)がヒーコーを支えるプロジェ
クトをしている。ヒーコーは自然保護を実践している。村人が森を守るため、ヒーコーを支えなけ
ればならない。
¾
(田)(ヒーコーは)信じているのか、誰かが利用しているのか
¾
(ムディー)ヒーコーを手段としているわけではない。ヒーコーの仕事に自信を持たせるように支
えている。自然保護、森林保護につながる重要な仕事だから。村の人々から尊敬を受ける仕事のは
ずだから(ヒーコーは)自信を持ってほしい。詳しくはスントーン先生に聞いて欲しい。スントー
ン先生の父もヒーコー。スントーン先生はカトリックに改宗した。それでも彼は原理主義者ではな
いので(カトリックとヒーコー)両方研究している。
¾
(小峯)ナコリ財団について教えて欲しい
¾
(ムディー)設立した理由は 10 年前に村の学生のための寮を建てたことに始まる。ジョムトーンに
王立やキリスト教立の全寮制の小学校が 7 校ある。そこに行くと 6 歳から親元を離れることになる。
ムディーさんの個人的な考えでは、6 歳から他の家(寮)に住むのは残念なことある。6 歳まででは
その子のアイデンティティが確立しない。だからナコリ財団は村の子供たちのために寮をつくり、
村の学校へ先生を送る活動をしている。
(村で)勉強してからでも成功できる。例えば村の学校出身
でも大学へ進学できる。そして(パーカニョーの)アイデンティティを確立できる。
¾
(パイ)例えば、わたしの例。ジョムトーンの学校に進学して、文化がわからない、言葉が通じな
い。織物の織り方がわからない。そうして徐々に村の生活を忘れていく。親が街の学校に進学させ
る理由はよくわかる。教科書が良かったり、副教材が揃っていたり、
(学校)設備が整っているから。
ムディーさんの考えでは、小学生の間は親元で暮らした方がいい。小学校 1 年生で村から離れるの
は早すぎる。ムディーさんの考えでは村の外の学校に進学させことまで否定しない。しかし、小学
生の間は親元の方がいい。王立もキリスト教立も予算が少ないので、寄付で運営を行っている。村
の学校なら寄付を省略することができる。小学校 6 年生までだけど。
77
¾
この前カトリック教会の集会があった(チェンマイ市で)
。その時キリスト教立の学校運営に対する
反省があった。それは、
)近頃外国人が減り、寄付も減っている。当然運営資金が減っている。
)親元を離れた子の性格に問題が生じている。総じて人の言うことを聞かず、頑固になる。
)(教会は)方針を反省し寄宿より親元の方がいいと判断した。
¾
村おこし運動で天然染料の振興をしている。化学染料より天然染料の良さを訴えている。長老や友
人に聞いている。政府機関に講師として出講している。
㉑ジョムトーンクリニック見学
塩崎由梨
3 月 18 日 11:20
・
ジョムトーン市内の診療所を見学。
・
待合室では日本語を話す患者もいた。患者で混雑して
おらず、空いていた。
・
受付では、受付係が2名おり、調剤をしていた。日本
では専任の薬剤師などがする仕事だが、ここでは、一
般職の女性が、薬を分けて詰め、院内処方されていた。
・
水道は蒸留されたものを設置。脇には、手洗いの仕方
の書かれた紙を貼ってあった。
・
治療現場は拝見できなかったが、処置室が待合室から
見学できた。点滴中の患者が数名。どれも、使いまわ
ジョムトーン郡のクリニック外観
しやガラスの点滴ではなく、ディスポのもので衛生的
であった。しかし、滅菌されたものが少ないのか、日本では綿棒も滅菌されたものを使用している
が、ここでは棒に綿を職員が巻いて綿棒を作成していた。
㉒チェンマイ市内病院見学、およびラダーワン医師へのインタビュー
塩崎由梨 3 月 18 日午後
・
中井先生の紹介で、県で二番目の大きい病院の耳鼻科医の医師にインタビュー。
・
病院の概要。一日に患者2400人来院。680床→800床に増設中。医師120人、看護師5
00人。不足している。外科、PET、内科、伝統医療科などがあり、半分が内科治療の病院。伝統医
療科は鍼灸、マッサージ、水中リハビリ運動などを専門の医師を常設して治療にかかっている。で
きて7~8年。山岳民族など少数民族が多いという訳でなく、街の人もこの科を受診する。薬草は
カプセルとなり、一般に処方されている。
・
薬について。病院で処方しているが、OTC で、医師の処方なしに購入できる。
・
問題として、薬剤耐性を持つ患者が増えている。また、病院では厳重に保管している薬も、街では
手に入るため、中毒になる患者もいる。法律では処方を受けるように促しているが、アンダーグラ
ウンドでは、色々お金を出せば買えるようになっている。
)
・
カレン族などに多い病気は?→衛生状況が悪いので、下痢。あと、歯科。顎まで痛くなるまで病院
にかからない。病院までも3~4時間かかるなどアクセスが悪いため、重症化している。また、受
診料は法律制度によって無料だが、病院までの交通費にお金がかかる。訪問した病院へは、救急車
でメイホンソーンやランプーンの患者が遠いのに運ばれてきたりする。
78
・
デイヴさんの事前 PPT にあったものの質問→やはりジェネリックは安いため皆がそれを選択してい
る。ある薬は1錠3バーツだが、通常通りの薬を買うと1錠10バーツはする。だから、皆保険制
度などでも、ジェネリック薬を使わないと財政が圧迫されてしまう。
(消費者だけでなく、国もジェ
ネリックを推進している。)
・
保険制度について。①公務員のもの(給料から天引き)。②社会保険(中井先生も②)。③ゴールドカ
ード(その他の人。カレン族の人も③になる。低所得者用)。③は無料で一部医療に特別料金が必要。
国立病院に限定されている。問題として、③の患者がかかる病院は医療の質、設備が悪い。また、
医師もインターンが当たるなど、皆働きたがらない。)また、お金持ちは①②に該当しないため、③
になり、医療費が無料であるなど、矛盾が生じている。
・
医療費について。私立では一泊5000バーツはかかる。高額医療費助成などはない。
・
医療職の給料について。国立は月に3万バーツ、対し私立は50万バーツ。だから、誰でも、私立
で働くようになる。大学などで、卒業後は国立で働くように義務付けている病院もある。
・
日本も少子高齢化だが、タイ・中国も急激にこの25年で進むはず。どう医療費を賄うのかが今後
問題となる。
・
参考図書:大泉敬一郎『老いてゆくアジア』
(中公新書)に、アジアの人口学やタイの社会保障など
についてのってあると、中井先生から勧められる。
4.個人総括
①田由甲
・
志望動機
申請者は、
12 世紀から 20 世紀までの福建地域社会を研究している。今までの研究によると、
交通不便かつ盗賊頻出の山間部で生き残るために、福建人は棚田を整備し(生存領域)、様々
な神様を祭り(信仰領域)、宗族を中心とした(血縁領域)日常生活を送ってきた。世界遺産
にも登録されている土楼はまさにそれらの関係を提示する場に
なっている。しかし、他地域の山間民は如何に類似した環境で生
活していることに対し、申請者は強い関心を持ちながらも、参与
観察とフィールドワークを行うチャンスがなかった。したがって、
今回の field study を契機に、以上の三点(生存領域;信仰領域;
血縁領域、右図参照)を念頭に置き、カレン族の文化と生活の具
体像を福建のものと比較しながら、描き出したい。
・
自己の研究との関連で、何を獲得できたか
※「境界」について、自然の領有を如何に考えるか
報告者は福建地域における境界の形成について研究を行っている。福建、特に福建沿海部
の場合は、海賊や地域紛争から逃れようという意識のもとで、地域住民は一定の地域で自分
らを守るゲートや壁を作り、一つ一つの「空間」を切り開いた。つまり、ゲートや壁によっ
て形成された境界線が現れたため、土地を領有する概念がますますクリアになったのである。
さらに、信仰面から見ても、このようにできた複数の「空間」を管轄するのも異なる神様で、
79
境界線が区切った「空間」ごとの相違性もいっそう強められた。
以上のような認識と対比できるのは、今回ハッキヤ村での調査結果である。聞取り調査に
よると、ハッキヤ村には村の境界線や家の境界線の概念がない。つまり、一つの村や一つの
家に領有される土地はないということである。そして、調査を進めることによって、信仰面
からこの謎が解けた。ヒーコー(spiritual leader)からの説明によると、ハッキヤ村の森と近
隣の村の森を管轄する森林の精霊は同じ精霊であり、またハッキヤ村の川と近隣の村の川を
管轄する川の精霊も同じ精霊である。つまり、同じ精霊群が管轄する村々(同一系統のアマ
ネズムを信じるパーカニョーのこと)には、相違性からから導かれる境界線は存在しないと
いう解釈であろう。そのため、隣村の人が勝手にハッキヤに移って家を建てることもできる。
また、漢族のような祖先崇拝(血統を重視し、他者との違いを強調。自分の先祖を祭祀す
ることによって、自分は守られると考える。また、儀式を行い、
「先祖」の財産を設け、それ
を使って宗族のメンバーを助ける。つまり、血縁が建築や土地等見えるものに代わり、空間
化のプロセス)の行為も見られない。専攻研究は、その理由を、カレン族は焼畑農業に従事
しているため、同一の土地に対する「所有」の概念がなく、転々と移動する生活をしている
であると指摘している。今回の調査でも、カレン族にとって亡くなった先祖は何にもならな
く、そのままこの世から消えるという死生観を再び確認ができた。そこで、先祖を限った時
間と限った場所で祭祀する習慣がないため、カレン族が土地所有の概念およびそこから生じ
る境界線の概念を有しないと考えられるだろう。
このように今回の調査を契機に、カレン族に対する境界の認識を境界が中国福建地域での
形成背景と比較し、境界概念の形成について新たな認知を得ることができた。
・
自己の将来のキャリアとの関連で、何を獲得できたか
※目指す研究者像を中心に
報告者は、中国を中心とする東アジアの歴史に関心をもち、その研究成果を、大学教育に
還元することを通じて、東アジア各地域間の相互理解に寄与したいと考えている。現在、マ
スメディアやインターネットの普及により、他地域の情報入手は、従来と比べ飛躍的に容易
となった。しかし各地域間、例えば日本・中国・タイの人々は、必ずしも相手の国の事をよ
く理解しているとは言えない。報告者は、それぞれ台湾と中国を出身地とする父母のもとで
中国に生まれ、小学生時代の5年間を神戸で過ごした。そして、日中台の三地域での経験を
通じて、文化の多様性を常に意識してきた。また、多様性を理解して相対化していくことが
相互理解に重要であると感じてきた。今回の調査を経て、カレン族のみならず、通訳をして
くれたタイ人学生等を通じて、タイの事情についてもいろいろ理解できた。今後、高等教育
の場において、自身の研究の成果に加え、この経験をもっと沢山の人に伝えたい。
・
その他、全体を通しての学びについて
① 事前の調査・計画の重要性
事前ミーティングをすることで、調査ターゲットとアプローチのみならず、メンバー同
士の専門と長所についてもはっきりと認識でき、より効率な調査に向けての作業ができ
80
る。
② チームワークとして
バラバラな単独行動をするよりも、異なる専門の人が共同に一つの任務に従事した方が、
相互啓発で成長できると感じた。
③ 意思疎通
ゆっくりかつ簡潔な日本語で相手(タイ人通訳・現地の人など)にまとまったことを説
明する。そして何度も事実確認する。
・
A)
次年度のプログラムへの提言(評価する点、改善すべき点)
現地でのインタビューについて
質問用紙:質問用紙は事前の予習や作業を踏まえて作った方が良いが、その通り通訳の人
に読ませると、インタビューを受ける側には訊問を受けていると感じる。そのため、事前
に質問リストを作成する目的を通訳に人に準備させると考え、インタビューのときはでき
るだけ原稿に頼らず、臨時応変な質問とアイコンタクトを取った方が良いと今回の調査か
ら感じた。
質問の内容:できるだけ具体的に聞く。漠然な質問に対して、村人も漠然としたことしか
答えないため、具体例をあげながら聞いた方が良いと感じた。また、タイ人は文化的にピ
ー(お化け)に恐怖心があるので、ピーが絡む話は事前に了解を得てから聞いた方が良い
かもしれない。
通訳の問題:ハッキヤ村でインタビューする時、二重通訳の困難さに直面した。日本語か
らタイ語、そしてタイ語からカレン語、日本語にある単語は必ずしもカレン語にあるはず
ではない。それを意識しながら、ゆっくりと、簡潔な日本語で通訳者に伝えた方が望まし
い、と今回の経験から感じた。
逆質問:インタビューの最後に、逆質問の時間を設けた方が良い。そうすると、インタビ
ューは一方的な「訊問」ではなく、お互いに理解し合う場に変わる。
B)
現地での生活について
ゴミ:ゴミはいつも問題、もちろん持ち込んだゴミはすべて麓に持ち帰るようにする。同
時に、プレゼントやお土産を選ぶときも、それほどゴミが出ないもの、特にプラスチェッ
ク等のゴミ、を選ぶように心がけた。ムディーさんは、最近になって古い服(寄贈された
もの)をどうやって処理するのが深刻な問題になったとおっしゃっていた。
防寒:雨が降ると、山間部は急に冷える。
(今回の調査では十何度までに冷え込んだ。日本
の学生は厚着を持っていたが、タイの学生は大変でした。
)そのため、少なくとも厚着一枚
が必要。また、荷物が許す限り、寝袋を持っていた方が良いかも。
プレゼント:食べ物(パン・果物など)や文房具が健康的なプレゼントであるかも分かり
ません。過剰包装のないシンプルなプレゼントを送りましょう。
そのほか:夜の電気供給が不安定であるため、iPad などを持っていて、それを使って写真
などを子供などに見せたらすごく喜んでもらえるみたい。
C)
移動について
81
持参品:これまでの現地の気温情報や天気について前もって調査する必要があった。どの
ような靴で移動しやすいとか、雨具を持参する必要性を打合せのときに強調した方が良い
かも。また、雨や急の洗濯に対応できるため、乾きやすい服とタオルを持っていた方が良
いかも。
D)
調査成果について
現地と:英語版(できればタイ語も?)の調査報告書をハッキヤ村(副村長や小学校の先
生など)にも送り、現地の人々にも私たちが得た情報をシェアした方が良いと感じた。
他大学と:事前にハッキヤ村に関する調査報告書を読んでおけば、もっと事前準備等が作
成できると思った。例えば、早稲田大学の学生は何年間にわたって山岳民族生徒寮やハッ
キヤ村に行っていたため、当時の報告書を阪大の学生にも読ませたら良いではないかと感
じた。つまり、情報を最大限にシェアできる場を靴ったら、今後の派遣学生にも役立つ。
E)
さらに深く探ることができるテーマ
• チェンマイ県ジョムトーン郡(Chom Thong District)とランプーン郡(Lamphun Province)
の比較(経済・医療衛生・教育)
• 水質検査(モン族からの農薬残留)
• ポーモー(精霊師・呪術師)
• 虫歯・近視発生率
②塩崎由梨
z
志望動機
本や講義から学べる事はたくさんある。しかし、看護師として現場に出て、自分が得たも
のや目の当たりにしたものは、ある意味で自分の期待と違っていた。教室では学ばなかっ
た事、現場で感じている医療の限界や改善点など多く感じられた。よく、
「臨床に出たこと
のある人は違う」と看護の世界では耳にする。私は「出た」ことのある人に当たるのだが、
この言葉が苦手だ。しかし、臨床に出る経験をしないと分からない事もあるのは事実だ。
私は開発途上国の現状についてよく理解していなかったし、生活習慣病は先進国に多い病
気であると認識していた。このプログラムに参加する事で、私も現場に出る経験を少しの
期間でも体験できたらと思い、今回のプログラムに志願しました。
z
自己の研究との関連で、何を獲得できたか
自身の研究はアレルギーなのだが、この病気は先進国など衛生環境が整い過ぎた国に多い
病気である。逆に発展途上国では、感染症が問題となってくるため、自分は何をこのスタ
ディで学べるのかと思っていた。しかし、病気の概念そのものを何だと思うのかに始まり、
原因に対する解決策が西洋医療のみに頼らず、呪いや、代替医療など医療の選択に幅があ
った事が今回の学びだと思う。アレルギー疾患についても、同様のことが言え、内服のみ
でなく、セルフケア、代替医療が求められている。伝統医療が総合病院の一つの診療科と
してあげられるタイで、日本も学ぶものがあると思った。
82
z
自己の将来のキャリアとの関連で、何を獲得できたか
医療格差を感じた。私たちが当たり前に、病気の原因を知っていたり、自己にて薬を内服
したりする行為も、健康教育や医療の情報が気軽に手に入るために可能となる行為なのだ
と感じた。地域医療、主に僻地でライフラインが普及していない地域で、いかに上から与
えるだけの政策ではなく、地域の人々が主体となって、学ぶ姿勢を整えられるのか、また
健康を維持していけるのかを、この先考える仕事に就きたいと思う。
z
その他、全体を通しての学びについて
ある家族に、
「なぜ日本は何でもあって豊かなのに、心の病気が多いんですか?」と聞かれ
た。その時に、人間の幸せは物質面での豊かさに比例しないなと思わされた。何でもない
よりはある方が良いと思っていた自分にとって、今回の体験は新鮮だった。今、30 代の男
性の鬱や、若年層の新種の鬱などが問題になってきている日本にいる自分にとって、その
患者様を相手に治療する看護師としても、生活の質の豊かさは何なのかと考えさせられた
研修だった。
z
次年度のプログラムへの提言(評価する点、改善すべき点)
他分野の院生が集って一か所に訪問することで、多面的に物事を捉えられる所は評価でき
る点だが、最終日のように自分の専門や興味の分野をみて回る時間が少なかった。もう少
し個別で専門性を重視した活動の時間を設け、その後、専門外のチームのメンバーにも共
有できる言語で、振り返りの時間が持つことが改善すべき点と考える。
③人間科学研究科生 A
・
志望動機
現在、わたしは人間科学研究科グローバル人間学専攻において東南アジア地域研究を進め
ています。フィールドはタイ・ミャンマー・ラオスのメコン中流域の国々と地域です。主題
は、東南アジアが近代化される過程にみられる都市空間の変容です。事象として寺院、祠、
宗教現象に着目します。信仰による空間意識の変化と都市形成の関係や影響を明らかにする
ことを目的とします。これまで、タイにおけるフィールドワークの経験はあります。しかし、
それは単独(一人)で聞き取りを伴わないものでした。今回の貴プログラムは、チーム編成
され、かつ、参与観察や聞き取りを実施するのこと、自分に不足している技法を含む内容の
ため志望します。
・
自己の研究との関連で、何を獲得できたか
報告者は、近代東南アジアと都市空間形成をテーマに研究を進めている。都市空間形成と
いうことで、対象は都市、大都市から小都市まであるが、いままで農村はあまり視野に入ら
なかった。例えば、都市における宗教現象として祠や寺院の形態の変化を調べた。そこには
近代化や工業化都市化などのさまざまな要因が絡み合うことにより、複雑な形態変化がみて
とれた。しかし、パーカニョー(カレン)族の村では 50 年前の民族誌そのままの儀礼や建築
83
がある。報告者のフィールドワークは都市部が多く、時の経過による細かな変化・変容を所
与のものととらえてきた。この村の不変なところにまず驚いた。日本で読んだ民族誌はあく
までも読書体験で実体験ではない。頭ではわかっていたが衝撃的な獲得体験になった。
開発学的な見方と人類学的な見方という相反する視点に向き合えた。これまでは、座学で人
類学を学んでいた。伝統に傾斜する一方、
「開発」の及ぼす「市場経済の生活介入」具体的に
は貨幣の侵入や、近代国家による身体や生活の管理、工業製品、化学薬品の使用による廃棄
物問題、環境問題、健康被害や生活の変化、そして教育と国語など枚挙にいとまがないほど
影響を及ぼし、伝統に逆行するもの、と自分はとらえがちであった。しかし、現場では現場
の声がある。考えもある。それこそ、思い込みでフィールドを行う危うさに気づかされた。
これもおおきな獲得であった。開発と伝統に架橋する必要性をひしひしと感じた。
教科書的な親族や儀礼の実際を直接目にすることができた。また、志望理由に挙げた集団行
動、参与観察やインタビューの技法を学ぶことができた。
・
自己の将来のキャリアとの関連で、何を獲得できたか
報告者は東南アジアを都市から眺め、斬っていた。今回、山地民の村で生活することをとお
して、都市だけでなく農村というフィールドが広がった。自身の東南アジア地域研究、人類学
研究に厚みができた。今後博士後期課程に進学しさらに研究を進める予定である。その方向性
としてディシプリンに拘りすぎず、開発と伝統、地域研究、人類学の研究を進める広い視野を
獲得できた。
・
その他、全体を通しての学びについて
電気・水道・ガスのない生活に、時計に頼らない生活に、事前の(ネガティブな)予想とは
裏腹に、なじんでいけた。近代とは、効率とは、豊かさとは、進歩発展とは何なのだろう。ま
た、自分は数日後に日本に帰国するという暗黙の事実があるゆえの適応かといった自問もある。
40 世帯の村に宗教施設が 3 つある。そして村の人たちの生活習慣に根付いた伝統的アニミズ
ムもある。かたちは違えど、いろいろな神様を信じる日本人について考え直すきっかけになっ
た。
村の人たちが日本に対する質問をした。どんなイメージで問いを考えたのだろうか。その頭
のなかあるものは何か、そこに当方の関心がむいた。
・
次年度のプログラムへの提言(評価する点、改善すべき点)
聞き取りについて
・タイ人通訳がいなければ、かなり異なった成果となっただろう。カレン語はおろかタイ語も
ままならない参加学生であった。英語は村ではほとんど役に立たない。通訳がいなければ調査
とは異なったアプローチをとらざるをえない。今回のプログラムが通訳者の存在を織り込み済
みで設計されていたなら当初の目的は達成された。今後、タイを専攻している学生以外のチー
ムで当プログラムを実施するなら言語と調査の兼ね合いをしっかり設定する必要があると思わ
れる。バンコク教育研究センター関センター長の尽力により通訳がついた今回、センター長の
84
アレンジにお礼申し上げます。
カレン語について
・ジョムトーンの生徒寮に簡易版カレン語-日本語-タイ語単語集があった。気づいたのは帰
路であった。資料として写しを持ち帰ることが出来た。しかし、往路でその存在を知っていれ
ば、ホームステイ先でのコミュニケーションに活用できたと悔やまれる。
文理混合チームについて
・文理 2 名ずつ男女も 2 名ずつ留学生と日本人も 2 人ずつとバランスのとれた今回のメンバー
は、テーマも近代(理)と伝統(文)と上手く役割分担できた。今回は文理の対比がスムーズ
に進行した。次回以降、テーマ設定がスムーズに進行するとは限らないので、事前学習ミーテ
ィングでの綿密なすりあわせ(詳細な内容ではなく、大まかな興味関心の配分)がプログラム
の成果を左右すると思われる。
1 チームとしての行動について
・1 チームの行動として村での全日 4 人が一緒に行動した。これが意思統一にはプラスに作用し
た。しかし、せっかくマンツーマンの通訳がいたにもかかわらず、それ以外の行動は食事時間
しかなかったのはマイナスの作用にみえた。どういうときにチームで行動するか、単独の調査
の方が効果が出ないか等さらなる検討を要すると思われる。
スケジュールについて
・時計に頼らない村の生活リズムで、聞き取りの相手方に時間を強いることはできない。その
臨機応変かつ柔軟なスケジュールは良いと思う。しかし、調査側内部で一部スケジュール伝達
や確認に甘いところがあった。連絡不行き届きで先走りがあったり、待ち時間が生じたことが
残念であった。平地の日常のように E メールや携帯電話で連絡をとり、確認し合う環境ではな
いので、短い期間を有意義に使うために(我々の)スケジュール管理はなおいっそうの注意が
必要で、おろそかにできないと思われる。
今後の自身の展開について
・4 泊 5 日の村の生活では、得心したというより、疑問点や問題群を見つけたと言う段階だ。ム
ディーさんが言うように、村の生活は 1 回ではわからない。以下、宿題として持ち帰ったこと
を記す。
¾
ポーモーから聞き取る。呪術医とハッキヤ村民の関係を知る。
¾
ヒーコーの威信回復と自然保護の関係をさらに調べる。
¾
ブッガッ(祖霊)の話が出てきたのは後半であった。詳しく調査したい。
¾
アニミズムとカトリック・仏教の状況を調査する。
¾
カレン語の将来と国語(タイ語)教育の行方を調べる。
¾
タイ政府の山地民政策とマイノリティへの影響を調べる。
85
④David Bennett
・
志望動機
薬学専門の私は薬を扱う勉強をしているが、薬が最も必要とされている貧しい人と話す機会は
少なく、自分の研究分野が世の中にどう役立っているのかを見てみたいと思った。タイはかな
り先進した国だが、貧富の格差がまだ大きく、マイノリティーのコミュニティーは特に貧しい
ようだ。そしてカレン族の村を例として、一般的にマイノリティーの生活、またどういうチャ
レンジを取り組んでいるのかを理解したい。そのため、このプログラムに大変興味深く思われ、
志望しました。
・
全体を通しての学びについて
今回、ハッキヤ村での生活を体験し、村人との聞き取りによって村の現状をよく理解できたと
考えられる。健康面をより深く理解するために次回ハッキヤ村のみんなが行くジョムトム病院
を見学し、インタビューできたらいいと考えられる(ムディ氏に協力をいただく)。また、中
井先生に協力をいただき、公立病院の先生とのインタビューによって強制実施権による薬のア
クセスへの影響が見られ、タイの健康医療について深く学んだ。公立と私立の病院の激しいと
言われている格差を見るために公立と私立両方の見学やインタビューができればいいと考え
られる(中井先生や適切な人に協力をいただく)。
86
5.担当者による講評
「松根村備忘録」
講評
石髙
真吾
今回、ハッキヤ村(ムアン語でハーク=根っこ・キア=松、以下松根村と称す。)を訪問するのは 2 回
目である。前回は、小峯と今回の試行プログラムの打ち合わせおよび下見の為 2011 年 1 月 15 日から 19
日までナコリ財団のムディー・シリワン氏と松根村の皆様にお世話になった。
松根村とその麓にあるナコリ財団はチェンマイ県の南部、ジョムトーン郡にある。ジョムトーン郡は、
ロンガンと綿製品で有名な地域である。私は、ジョムトーン郡には、綿織物の調査で何度か訪れたこと
があるが、カレン族の村を訪ねるのは初めてであった。前回は村には一泊しかせず、村人とも短時間の
接触しかしなかったため、麓からこんなに近い(徒歩で山道を 2 時間ほど)にもかかわらず、私がタイ
で行った村落でも1,2を争うほど交通が不便で、人類学の教科書的な牧歌的な生活を行っている幸せ
な村という感覚でしかなかった。
今回は、海外体験型学習の引率者として、また同時に開催した、グローコルバンコクオフィスのセミ
ナーシリーズ 3 回目「グローバル化時代の東・東南アジアにおけるエスニック・マイノリティと地域
——連携と浸透」の企画運営者として、チェンマイに出向いた。現地に向かう前に、参加者の予備知識
として、セミナーに参加してもらい、地域社会とエスニック・マイノリティの現状と歴史についてレク
チャーを受けてもらった。講師の先生方の中でも、これからお世話になるナコリ財団副理事のスントー
ン先生は、視察報告の中でも触れられているように、カレンの伝統文化を後世に継承していこうとする
運動を行っている方であり、また、北部タイで「タイ族」が定住する前に居住していた「ルワあるいは
ラワ族」が山地に追いやられたものが「カレン族」となり、低地にそのまま居住したものは、ランナー
朝がバンコク王朝に 100 年ほど前に合併した際にできた新語「コンムアン(都会の人)」となったという
説は大変勉強になった。
この度、参加者として改めて実感したことは、
「観察される側」も「我々に対して好奇心を持っている」
という点である。事前学習資料で、小峯より参加者に対して昔の日本での民俗学的調査における研究者
の知識人的高慢さへの調査される側からの視点についての資料が配布されていたため、参加者は、その
ような高慢さはなかったのは幸いであった。
村人の方も、我々「異人」に対してさまざまは質問を浴びせ、また、その質問内容が彼らの生活に密
着していることが興味深かった。
また、村の住民でもあるムディー氏及びチェンマイ大学よりの日本語専攻の学生によるタイ語および
カレン語への通訳があったため、日本人が直接カレン語を用いて聴き取りを行うよりも本音が聞けたの
では、と思う。今回の聞き取りもおそらく私が一人で行うよりも短期間にいろいろなイシューかつ内容
が深く掘り起こせたのではないかと思う。
特に衝撃だったのは、生活に殆ど現金が必要ないということであった。極論すれば、子供の教育費及
び医療費がなければ、ほぼ自足自給することができるという点である。ここでは、タイ人と比べて「モ
ノ」に対する執着がそれほどないような印象を受けた。たとえば、全世帯にソーラーパネルがあるのだ
が、壊れていたり、バッテリーがつながっておらず、機能している世帯は少なかった。その理由として、
一度壊れると自分たちで修理できない、あるいは、蓄電池が 24 ボルトの大型トラック用の大容量のもの
87
なので、買い替えるのに費用がかかる、また、電気は電灯を灯し、テレビを見ることしかできないが、
それ以前より使っている囲炉裏は、明かりともなるし、料理も出来、暖をとることも可能である、とい
う点が考えられる。また、聴き取り調査で各家庭にお邪魔したが、失礼ながらも、家財と呼べるものが
あまりなかった。また、現金が日常不要であると云いながらも、松根村唯一の「コンビニ」を営む女性
は、10年間貯金をすることで、両親の家の隣に新築の立派な家を建築しており、その建築費を貯金箱
に貯めていたということであるし、パイ氏によると、カレン族にとっての蓄財は、家畜か家屋であると
いうことであり、物質文化への憧れは、あまりないようであった。もっとも、この点は、ルソーの自然
回帰主義のように我々のノスタルジー、あるいはオリエンタリズム的憧憬が彼らに投影されているのか
もしれないので、今後も同じ視点で観察していく必要があろう。なぜならば、最終日の参加者同士のデ
ィスカッションで人間の欲望には際限がないという意見、あるいは、村人への聴き取りにおいて、具体
的に「~があったらいいと思いますか?」と聞けば、「あればそれに越したことがない。」という答えが
あったことからも、松根村の人々は「パンドラの箱」をまだ開けていないだけかもしれない、
「知識」と
「欲望」は表裏一体ではないか、と私は考えた。これは、人間の安全保障の一環として教育が挙げられ
ているが、教育による知識の増加によって、今まで何の不満もなかった現状が「満足のいくもの」では
なくなり、ひいては「幸福度」が低下することにならないかと危惧する。もっとも、その際重視すべき
ものは、例えば、松根村では「ヒーコー」といったスピリチュアルリーダーが、道徳的、あるいは霊的
に高位の立場から「幸福度」を村人に与えることが必要であり、そのためには、スントーン先生が行っ
ているような、ヒーコーのモチベーションを挙げ、また、その精神的地位を回復することが重要となる
のではないかと思われる。
今回は、宗教観、医療・衛生、教育、経済、また国有林と先住権、日本兵への記憶、環境問題、とい
う様々な問題が明らかになったと思われる。次回にはこの発見をさらに継続して深く記録し、現地の人々
に我々の「気づき」を還元したいと思う。たとえば、簡易水道上流で行われている商品作物栽培の為の
残留農薬と村人の膝の関節の痛みの因果関係を水質調査によって調べる、あるいは、村の伝承やヒーコ
ーの役割、
「オ・ブッガッ」儀礼についての調査を記録し、現地語でアーカイブ化することで、村人たち
が自分たちのアイデンティティをより深く学習する、森林伐採と先住民の権利への対処、エコツーリズ
ム、村おこしのモデル化などが考えられる。
できることならば、継続的なテーマでプログラムを行い、松根村にある程度の厚い情報を還元したほ
うがプログラム参加者にとっても、松根村にとっても win-win の関係になるのではと思われる。
88
海外フィールドスタディ試行プログラム(タイ)を終えて
特任事務職員
片山
歩
試行プログラムとしてパラオ、タイ、アメリカと 3 つのコースを準備してきたが、タイについては現地
にも同行させていただき、大変勉強になった。この度のプログラムにおける自身の主な役割は以下のと
おりであった。
①派遣前:渡航にかかる手続き、危機管理体制づくり
②派遣中:
大学院生向けフィールドスタディがどのように行われるかを観察し、起こりうる問題、必要な体制を検
討
③派遣後:経費精算
まず①について振り返ってみる。
大阪大学では初の試みであり、必要とする書類、その内容、様式等すべてを決めていく必要があった。
大阪大学の短期留学用様式、他大学で使用されている様式を参考に、独自のものを作成した。これによ
り必要な書類は一式揃ったが、今後は各書類における記載事項の重複をなくす等、その形式をより洗練
させたい。また学生から受け取った後の処理がスムーズになるような手順を整えたい。たとえば、申込
書に記載されるデータは、別途一覧にまとめる必要があるため、はじめからエクセルデータで提出させ
るほうがよい。また海外旅行保険情報を記入する欄などは、最初の段階では記入できず、また後日証書
コピーの提出を求めているため、不要と思われる。この度は書類の作成がプログラムの進行と同時であ
ったため、五月雨式の配布となった。今後は書類一式を一度に配布し、度々持参、または郵送する学生
の手間を省けるようにしたい。また危機管理体制については、大学として加入する保険やサポートデス
クの利用可否が依然として課題である。この度のように、派遣中に、派遣先ではなく日本国内で事件/
事故等が起きた場合の対応も検討しなければならない。またこの度作成した緊急連絡網は、意思決定者
が日本国内にいるものとなっていたが、実際には、センター長、副センター長ともに海外出張中であり、
この旨確認が不十分であった。
次に③については、どのような書類を揃えれば経費として処理できるかを事前に係長に相談し、確認
していたため、スムーズに行うことができた。旅費についてもタイの場合は追給が発生しないため、ス
ムーズであった。
また②の派遣中について、私は学生および引率者の双方を客観的に観察するよう心がけた。この度は
国、言葉、専門分野が異なる者(大阪大学 4 名、チェンマイ大学 4 名)が集まり、調査を行った。最初
は連携がうまくいかず、思うように質問の答えを聞き出せない日本学生、思うように通訳できないタイ
学生双方がフラストレーションを抱えていたように感じられた。しかし、ともに前向きに解決方法を模
索し、徐々にスムーズに調査が進むようになってきた。日本学生間のみならず、タイ学生も交えて事前
学習を行う機会があればよりスムーズに取り組めるのではないか。さまざまな「異」が混在する中で、
いかに調整をするか、その過程を学んだのではないかと思う。
また、この度の調査では、訪問者が質問するのみならず、村人からも質問を受ける双方向の場を作り
89
出すことができた。その際、
「○○(国)ではどうですか?」といった漠然とした質問は非常に答えにくい
ことに改めて気付いた。自身が聞かれたら答えられないと思うことを、相手に質問してしまっているこ
ともあり、注意が必要である。
さらに調査のコーディネートや行動計画等、どこからどこまでを学生に判断、リードさせ、どの部分
はスタッフ側が判断するのかを明確に示したほうがよいと感じた。どちらがやるのだろうか、やっても
いいのか、いけないのか、共通の基準が定められていなかったために、学生が自主的に動きづらいとこ
ろがあったかも知れない。
危機管理の点について、現地財団のコーディネーターに伺ったところ、やはり無理のないスケジュー
ルで、十分な休養が必要とのことであった。夜更かしや暴飲暴食をしないなど、基本的な体調管理が一
番大切である。
この度は新しい取り組みであったため、学生にとって満足のいくプログラムであるか、課題を克服ま
た新たに発見し次につながる機会になったかという点が非常に気になっていた。だが最終日の振り返り
等を聞いていると、こちらが考える以上に、多くのことをそれぞれの視点から学んでくれたのではない
かと思う。これら私が見て感じたことや考えたことが、学生自身の感想とどれだけ似ており、また異な
っているのか、報告書のまとめや懇談会や報告会などで振り返ってみたい。またそれらを踏まえたうえ
で、次のプログラム実施にかかるプロセスを検討していきたい。
最後に、プログラム実施にご協力いただいたすべての方々に、心よりお礼申し上げます。
90
フィールドスタディフィールドスタディ試行プログラム(タイ)
講評
小峯
茂嗣
今回のプログラムは、私にとっては 4 度目のハッキヤ村であった。かつてはこの村で、ナコリ財団の
ムディー・シリワン理事の協力のもと、早稲田大学の学生を連れてのワークキャンプや文化交流を行っ
てきた。現在もその学生たちは「タイナコリ」という学生団体を結成し、学生主体での活動をこの村で
半年に一度行っている。
今回の試行プログラムをこの村で行う上での私にとっての第一の「試行」は、そのような個人的ネッ
トワークがある地域において、大阪大学の大学院生レベルの体験型教育プログラムのためのナコリ財団
のサポートがどの程度期待できるか、また参加する学生たちはそこでどのような着眼点で学習、調査を
行いうるのかを見極めることであった。また第二には、2010 年度前期科目「フィールド実践・研究推進
手法」のけるフィールドワーク手法を実際に現地で応用することも意識した。
全日程を終えて振り返れば、私にとっても初めて知ることが多かった。たとえば土着信仰に基づく伝
統儀式は今でも引き続き行われ、それを取り仕切るスピリチュアルリーダーは尊敬の対象であること。
キリスト教も浸透しており、しかしながら土着信仰とともに受け入れられていること。またソーラーパ
ネルの設置によって電気が通ったことによるテレビの普及や道路が舗装されたことによる物流の活発化
で、
「下界」のモノや情報が入ってくる中で、近代化と伝統をどのように折り合いをつけていくかという
彼らが直面している課題についても触れることができた。
これらはもちろん、今回の試行プログラムの参加者が引き出したものである。参加者は、おそらくは
今までにあまりなじみのなかったであろう環境下で試行錯誤をしながら聞き取りを行ってきた。そこで
の工夫として、質問を短くシンプルに行うことや、その内容や質問の意図を事前に通訳であるタイ人学
生に説明しておくこと、できるだけ和やかな雰囲気を作ることなどがあった。また特に良かったのは、
「逆
質問」であったと思う。
「こちら側」が一方的に「搾取」するのではなく、質問相手からも逆に質問をし
てもらうことで、対等な目線で接することができると同時に、たとえば「飛行機で来るときに雲の上に
神様はいましたか?」という質問から、村人の思考様式をいくばくか汲み取れることもあった。
報告にある通り、4 か所のホームステイ先に毎晩訪問したが、明らかに日を追うごとに聞き取りはスム
ーズに行えるようになった。それはこれらの工夫と同時に、生活を共にしたことで関係がほぐれてきた
ことに起因しているだろう。そのことを参加者は体感できたのではないかと思う。
このように、順調に聞き取り調査が進んできた。しかし他にも学びを有意義なものにしたファクター
としては、ナコリ財団のムディー・シリワン理事が参加者の要望に即して聞き取り相手の調整や見学先
の案内を行ってくれたことが大きい。彼女が事前に聞き取り協力者にこちらの意図を説明し、また立ち
会ってくれることで、率直な本音を聞けたのではないだろうか。また半年に一度訪れる早稲田大学生の
グループの存在のおかげで、村人は我々のような「よそ者」に対して抵抗がなかったのではないかと考
える。早稲田大学生は村の事情について学習するために来ているのではないのだが、彼らの存在が我々
の聞き取りを順調に行う上で少なからず役立ったことを考えれば、今回の報告を彼らの活動を行う上で
の参考にしてもらいたいとも考えた。そして石高助教による補足説明やコメントも、参加者の学びを深
める上で重要であったことは言うまでもない。
ハッキヤ村での活動終盤で、我々はこれまでの聞き取り調査を模造紙にまとめて村人に発表する機会
91
を持った。これは「地元学」のアイデアを参考にしたものだが、発表後に村人の何人かに聞いてみると、
「初めて知ったこともあった」という声がいくつかあった。また村長からは「村の歴史や伝統は文字で
の記録がないのでまとめてくれるとありがたい」という感想があった。今後のプログラムでは、今回の
試行プログラムで知りえたことをさらに深める、また参加学生の関心も汲み取りつつ、村の歴史や現状
を記録して現地に還元することができるのではないかと考えた。私自身は元来「NGO 活動家」であり、
プロジェクト形成のために地域住民に根掘り葉掘り話を聞いたり、寄付集めの広報のために写真や映像
で戦争孤児たちの姿をさらしものにしてきた。私にとってこのことは「原罪意識」であり、その分かな
らず現地に還元(贖罪?)しなければという考えが体に染みついている。学生も学び、そして現地にも
還元ができるフィールドスタディを意識しながらプログラムをデザインしていきたいと考える。
最後にチェンマイ大学日本研究センターのシリコーン職員と 3 名の大学生には、通訳で大変お世話に
なったことに感謝したい。
92
余談
タイへの出発日であった 2011 年 3 月 11 日は、くしくも東北関東大震災が発生した日でした。我々のハ
ッキヤ村滞在後に村人は、
「自分たちも日本のために何かしたい」と考えてくれたそうです。彼らは村で
作った米を売った現金を、チェンマイにある日本総領事館を通じて寄付してくれました。今回の試行プ
ログラムを含めたこれまでの日本の学生との交流が、村の方々の日本に対する共感を生み出したのだと
したら、それはとても価値あることだと思っています。
ナコリ財団
ムディー・シリワン理事
93
別紙.スケジュール表
日付
午前
昼
午後
夕
18:25 チェンマイ着。Buarawong
3/11
金
11:00 関空発-15:45 バンコク着
17:15 バン
Residence Hotel にチェックイ
コク発
ン。
(TG116)
財団法人ナコリ代表ムディ
宿泊
Buarawong
チェンマイ市内で
Residence Hotel
夕食。
(チェンマイ市
(TG623)
内)
ー・シリワンさんと合流。
ジョムトーン郡の山
3/12
土
寮の生徒たちと夕
チェンマイ大学生 4 名合流。
岳民族生徒寮(ナコリ
チェンマイ GLOCOL セミナー(@ Ban Betharram)出
運営)へ移動。到着後、
席。セミナーで少数民族、パーカニョー(カレン)族の
生徒寮施設内見学(自
全般的な理解。
給自足の畑、家畜小
食の支度(自炊)、
インタノン山のパ
山岳民族生徒寮
ーカニョー族の土
地問題の講義。
屋、魚養殖池など)。
ハッキヤ村到着。ホームステイ
3/13
インタノン山内のハッキヤ村へ
途中の村
先に移動(日本人学生 2 名とタ
ホームステイ先で
移動(車、徒歩)。
で昼食
イ学生 1 名で 1 組)。川での水
夕食
日
ハッキヤ村のホ
ームステイ先
浴(16 時まで)。
ホストファミリーとともに生活、また村内の見学(終日)。
3/14
月
3/15
火
3/16
水
川で水浴後に村の小学校前に集合、一日の経験のシェア。
ホストファミリーとともに生活、また村内の見学(終日)。
川で水浴後に村の小学校前に集合、一日の経験のシェア。
ホストファミリーとともに生活、
ホームステイ先で
夕食
ホームステイ先で
夕食
ホームステイ先で
ハッキヤ村のホ
ームステイ先
ハッキヤ村のホ
ームステイ先
ハッキヤ村のホ
午後にプレゼン準備。
また村内の見学(半日)。
夕食
ームステイ先
プレゼン最終仕上げ+昼食の支
3/17
度。プレゼン(村で発見した魅
木
下山準備⇒下山し生徒寮へ移
寮の生徒たちと夕
動。
食の支度(自炊)
チェンマイ大学訪問
21:00 チェンマイ発-22:20
市内散策
バンコク着(TG121)
昼食
力、感想、質問)。村人との対
山岳民族生徒寮
話セッション
ムディー・シリワンさんとの評
3/18
金
価会。
学生間の振り返りセッション。
3/19
土
チェンマ
イ市内へ
移動。
23:15 バンコク発
(TG622)
機内泊
6:25 関空着。解散。
94
謝辞
タイ(チェンマイ)フィールドスタディ試行プログラムを実施するにあたり多大なる協力と献身的な
お世話をしていただいたムディー・シリワン理事をはじめとするナコリ財団の皆様、通訳や施設見学の
労をとっていただいたチェンマイ大学人文学部日本研究センター中井先生をはじめとするチェンマイ大
学の皆様、通訳のアレンジ等さまざまな援助をいただいた大阪大学バンコク教育研究センター関達治セ
ンター長をはじめとするバンコク教育研究センターの皆様、そして今回のフィールドスタディ試行プロ
グラムを企画実施された大阪大学グローバルコラボレーションセンターの皆様への感謝をもって、タイ
(チェンマイ)編の報告書を終わらせていただきます。
Bennett, David
田由甲
塩崎由梨
人間科学研究科生 A
95
おわりに
雲に隠れるインタノン山ハッキヤ村
村の老婆は語った。
「雲の上には神様がいるんじゃよ」
山を降り、麓に下ったわたしが振り返ったハッキヤ村は雲に包まれていた。
その言葉のとおりなら、村の人たちが「神様」じゃないか。
気がついていないだけかもしれない。
凛々しい人たちの村で過ごした 4 泊 5 日は、世界はまだまだ広く、困難もあるが、可能性に満ち溢れて
いることを教えてくれた。
ハッキヤ村のみなさま、どうもお世話になりました。またお目にかかる日が訪れることを祈って。
(編集担当 A)
96
アメリカ(ニューヨーク)
2011/03/07~11
伊藤孝治、小川弘昭、片山夏紀、十田麻衣
97
1.スケジュール
日
3 月 7 日(月)
時間
訪問先
11:00
成田発
9:15
JFK 着
(ANA 010)
13:15-14:15
国連本部
見学ツアー参加
15:00-16:00
UNDP
Mr. Shantanu Mukherjee
Macroeconomics advisor,
Bureau of Development Policy
10:30-11:45
3 月 8 日(火)
UNA-USA
Ms. Amy E. Ruggiero
(米国国連協会)
Director of UNA Education Programs
13:00-14:30
国連事務局会議管理局
中野健司事務局次長とランチ
15:00
国連政務局(DPA)
Mr. Stephen Jackson
Team Leader
Policy and Planning Unit
16:30
日本政府国連代表部
金森一等書記官
18:15
10:00 - 12:00
角大使
UNICEF
(10:00)
Ice breaking & Self-
introduction
(10:10) Work at UNICEF & Career Journey (Ms.
Naomi Ichikawa)
(10:50)
Q&A session with Naomi-san
(11:10)
Internship at UNICEF (Ms. Dhwani Patel
+ Mayuko Murasawa)
3 月 9 日(水)
(11:30) Q&A session with Dhwani + Mayuko
(11:55) Wrapping up (Mayuko)
UNICEF 村沢氏他とランチ
12:00-13:00
15:00
国連広報局(DPI)
赤阪清隆広報局長
19:00
国連フォーラム
幹事学生他と意見交換
3 月 10 日(木) 11:15
JFK 発(ANA009)
3 月 11 日(金) 15:25
東日本大震災発生のため成田から中部空港に
緊急振替え着陸
98
2.会合概要
国連開発計画(United Nations Development Programme; UNDP)
2-1
UNDP の Shantanu Mukherjee 氏を訪問し、UNDP の役割とミレニアム開発目標(以下 MDGs)の現状につ
いて説明を受けた、質疑応答では MDGs の今後の展望と国際機関におけるエコノミストの役割について
議論した。
国連開発計画の役割
◆国連の各専門機関(WHO など)と横断的に協働し、MDGs 達成に向けた包括的な政策パッケージを提
言する。
ミレニアム開発目標(MDGs) の現状と課題
(MDGs に関しては http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/doukou/mdgs.html を参照)
◆MDGs は世界全体として進展が認められる。しかしアジア圏では達成速度は速いが、一方でアフリカ地
域では達成の速度は遅い。また各目標(貧困の削減など)によって達成速度が異なっている。
◆3つ(と1/2)の認められた真実
1、MDGs 達成に向けた進展は直線的ではない。(達成速度が速いときと遅いときがある。
)
2、MDGs 達成に向けた進展は単調的ではない。(経済危機などによって悪化することがある。)
3、MDGs 達成に向けた進展は国・地域によって差がある。(特に強調されていた。)
(4)、成長の鈍化と達成速度の鈍化との間に相関がある。
◆達成の成功要因(参照:Unlocking progress: MDGs acceleration on the roads to 2015)
・①国が主導している、②貧困層対策を含めた経済成長政策を実施している、③教育、健康、衛生に対す
る公共投資を行っている、④経済危機などの偶発的ショックに対応できる社会保障がある
など
・これらを含み、かついくつかの MDGs を同時に達成できる行動計画が求められている(例:女性教育)
・2010年9月に現状確認と評価を行う MDGs Summit が行われた。次の5年間の計画が議論される。
◆2008年の経済危機によって、先進国からの資源に制約がかかり、達成速度が鈍化する可能性がある。
・効率的に資源を配分し MDGs の速度を落とさずに2015年までに達成する必要がある。
(選択と集
中)
・MDGs Acceleration Framework
・MDGs の中で達成が遅い分野で、何故うまくいっていないのかの原因を分析し、それに対して集
中的に取り組むための評価・原因分析・優先順位決定・施策決定・行動フレームワーク
・多くの国で導入されている。
ウガンダ(妊婦死亡率の低減)の例
料)
99
(参照:UNDP プレゼン資
質疑応答
Q 国際機関での経済学・経済学者の役割
・①複雑な問題の原因特定・そのための評価方法を開発・標準化する、②MDGs 達成に向けた適切な財政
運営のアドバイス、③理論的見地から政策に裏付けを与える
・わかりやすい人間の行動のメカニズムの発見は、政策のターゲット・制度設計に大きく影響
を与える
・経済理論によって問題をフレームワークに当てはめて分析し、優先順位をつけることができ
る
・政策当事者はそういった経済理論を理解し、政策に活かしたいと考えている。
・実証分析やシミュレーションなどは政策決定に非常に大きな影響を与えている。(例:エンゲル係数)
Q
MDGs が2015年に終了するが、今後の展望は?
・期限までに多くの進展が認められるはず。それから教訓を得て、次に活かすことが重要。国際共有目
標を持つことは、資源・経験を効率的に活かす意味で重要であり、おそらく新たな目標が設定されるだ
ろう。
Q
経済学を学ぶ者の国際機関でのキャリアパス
・STEP1:リサーチャー、評価部門、統計専門家として(若いエコノミストには非常にいい経験)
・STEP2:政策アドバイバイザーとして
・経済理論・事情に精通し、実際に国レベルの仕事をしてからこのステップに移る。
・どういう風に提言するのか、その政策が政治的に安定かを考える必要がある。
・アメリカでは STEP1を専門にするシンクタンクが多く存在し、そちらに移るエコノミストもいる。
国際機関に勤めているなら、多くの場合 STEP2に移ることを促される。
・インターンに行って実際に自分の実力を証明することで、採用されやすくなるだろう。
100
米国国連協会(UNA-USA)
2-2
会合要旨
UNA-USA の Amy E. Ruggiero と Andrew Roush を訪問し、UNA-USA の社会的役割と活動についてブリ
ーフィングを受けた。質疑応答では、現在の米国の社会情勢を踏まえた上での UNA-USA の成果と課題
について議論した。会合を通じ、UNA-USA の活動を日本でも応用できる可能性が少なからず存在するこ
とを学んだ。
UNA-USA の役割および活動
60 年以上の活動履歴を持ち、一義的に国連およびその活動について米国民に広報する組織である。その
ための手段として、模擬国連やグローバル・クラスルーム* を利用している。2010 年 11 月に組織改編が
あり、現在は国連財団と統合して活動中である。
*グローバル・クラスルーム
地理や世界史の授業の一環として、世界の諸問題について考えるプログラムであり、初等・中等教育に
焦点が当てられている。多文化理解が一義的目的であるが、能力開発としての性格もあり、コミュニケ
ーション能力や批判的思考力を磨くなどの目的も兼ね備えている。
質疑応答
①9・11 テロ後、米国政府および米国民の国連離れが顕著になったと思うが、そのことについてはどう思
うか。
―その通りで、国連に懐疑的な米国民は多数いる。問題は、多くの米国民が国連の機能や成果をよく知
っていないことにある。しかし、米国民は国連が取り組んでいる課題(平和構築など)について評価す
るはずである。というのも、国連の活動に多くの国々が参加することで、その分活動経費を軽減するこ
とができ、実質的な利益があるからである。実際、オバマ政権が誕生してから、米国民の国連に対する
認識は好意的に変化してきた。2010 年末におこなわれた超党派の調査で、米国民の 60∼65 パーセントが
国連を支持しているという結果が出た。この数字は 10 年前の調査時よりもずっと向上していた。
②昨今の不況の影響で、米国の ODA 予算の削減が議会で検討されているが、そのことについてどう思う
か。
―政治的問題なので、正確なことを申し上げることはできない。しかし、私見としては、ODA 予算削減
などの話は特に下院において昔からあるので驚くべきことではないが、憂慮すべきことである。下院議
員は 2 年の任期で多くの成果を上げる必要があるため、社会情勢を反映した短期的政策を追求しがちで
ある。
101
③もし有権者が国連を理解し、支持するようになれば、政治家が国連を支持しない理由はないですよね。
そういう意味で、UNA-USA の教育プログラムは有益ですね。
―その通りで、特に若者世代に国連の活動について知ってもらうことが重要である。その一環として、
UNA-USA は模擬国連やグローバル・クラスルームのような教育プログラムを実施している。また、その
教育プログラムは、社会的背景の異なる他者を知り、理解するという、社会的に重要な能力を高めるこ
とに役立つ。そのような能力は、将来的に有権者として正確な情報を見極める上でも有益である。
④阪大生が UNA-USA の教育プログラムに参加できるのか。
―UNA-USA が開催する教育プログラムの参加者は中学生や高校生である。しかし、その教育プログラム
において、模擬国連を熟知した大学生が無給で先生の補佐をすることもある。UNA-USA はそのような多
くの大学生の人材を利用することができる。
⑤関西にある模擬国連クラブと連携すれば、何か新しいプログラムを始められるかもしれない。
―新しいプログラムを始める際は、小規模なレベルから始めた方がいい。また、そのようなプログラム
に参加するだけではなく、他のプログラムの運営委員を手助けしたり、訓練することで、広範なアプロ
ーチを学ぶことができ、非常に有益な経験となる。また、国連に関する国際会議の場合、会議を通じて
英語力を向上させることもできる。
⑥グローバル・クラスルームに消極的な先生がいれば、どのように説得するのか。
―UNA-USA の教育プログラムは基本的に選択制であって強制ではないが、その教育プログラムを利用こ
とが、他の教科を教える上でいかに有益であるかを懐疑的な先生に示す。米国ではすべての先生が生徒
を進級させなければならないため、
先生は UNA-USA の教育プログラムがそのために役立つと分かれば、
取り入れるはずである。また、最近の教育予算の削減の中で、ボランティアという形で UNA-USA の人
材も利用することができる。さらに、UNA-USA の教育プログラムの成果を評価する先生が多くいること
も事実である。
102
国連政務局(United Nations Department of Political Affairs:DPA)
2-3
DPA のスティーヴン=ジャクソン氏を訪問し、DPA の任務・ジャクソン氏のキャリア・インターンについ
てブリーフィングを受け、DPA がどのように紛争予防や平和構築に携わっているのかを学んだ。質疑応
答では、DPA の課題などについて議論した。
DPA の任務

国連事務総長への政策的な助言とサポート
例:声明の草案作成、他国訪問の際に予め対談のポイントとなる項目を書き出すなど。

国連憲章 99 条(事務総長が、平和及び安全が脅かされている問題に関して安保理に注意を促すこと)
に基づいて、事務総長と協力しつつ国際社会の平和や安全を守る。
例:オバサンジョ元ナイジェリア大統領を特使に任命し、コンゴ民主共和国(以下 DRC)の紛争仲裁を図
る。

平和的手段による紛争の仲裁
例:紛争終結後の選挙実施に関する助言、公式な会議のコーディネート、チュニジアでの開発プログラ
ム
※しかし全ての紛争に国連が迅速に対処できる訳でなく、国連内で利害関係を争う事態に陥ることもある。
ジャクソン氏のキャリア

現在の勤務部署・・・政策立案(Policy planning)
将来起こりうる平和や安全保障を脅かす問題を予測し、紛争予防のための政策を練る
例:チュニジアなど北アフリカの政治情勢変化の分析、ナイル川周辺地域の「水をめぐる紛争」への対
処

以前のキャリア・・・オバサンジョ特使の補佐
―DRC の PKO に従事し、将軍との対談や和平合意の締結に立ち会い、首脳会談のセッティングを行った。
―2008 年に DRC とルワンダが緊張関係に陥った際に、両首脳会談を早急に設けてオバサンジョ特使に仲
介を要請し、危機を回避した(対応の早さ・特使に適役であるオバサンジョ氏の任命・特使が会談を仲
介したことが功を奏した)。
質疑応答

国連の平和構築活動(選挙や DDR)は一時的であると感じる。長期的な平和を実現するためには。
⇒重要なのは選挙や DDR や和平合意などの「道具」ではなく「長い月日」。アイルランド紛争を鑑み
ても、紛争復興に時間を要することを認識すべきだが、その一方でいつまで出資できるかという資金問
題にも直面している。

ルワンダでは経済発展を目的とした vision2020 という政策が実施されているが、未だに貧困地域が
存在し、政策の目標と現状は異なっている。それはなぜだと思うか。
⇒独裁政権を変えない限り、改善は難しいと思われる。
⇒大統領は経済発展を推進しているが、それだけで国民が抱えている紛争の辛い経験を乗り越えられる訳
103
ではないだろう。

国連本部で立案した政策をフィールドで実施する場合はどのような問題に直面するか。
―国連職員は「よそ者」と認識されることもあり、紛争当事者との信頼関係の構築が難しい。
―官僚組織ゆえに迅速に対応することができない場合がある。
―紛争原因は地域によって異なり、地域ごとの対処が必要とされるが、難しい反面やりがいがある。

DRC の鉱山資源が、違法取引によって武装勢力の資金源となる「紛争レアメタル」問題を防ぐ手段
とは。
⇒(1)不買運動(2)経済協定や地域統合を結んで市場を開き、取引を合法化する(例:EU、東アフリカ共
同体)。
国連のインターンシップに必要な技術

知識
・素早く、的確に、論理的に文章を書く。
・A4 一枚に要約する力を身につける。

チームワーク
・文化的背景が異なる人々と働くため。

言語力
・特にライティング能力が必要とされる。
104
2-4
国連日本政府代表部 角大使
会合要旨
国連日本政府代表部の角茂樹大使を訪問し、国際社会の現状とその中で日本が果たすべき役割につい
てブリーフィングを受けた。質疑応答では、国際貢献の重要性や国際社会の一構成員としての意識を持
つことの意義について議論した。会合を通じ、日本人の内向的意識を外向的意識へと変容していく必要
性を学んだ。
国連創設以降の歴史分析と現状
国連(安保理)は、大国の活動に正当性を与えるための機関として 1945 年に設立された。当時の大国と
は、米国、イギリス、ソ連であり、大国として必要な 3 つの条件を満たしていた。それらの条件とは、
①世界最高水準の国内総生産、②世界最高水準の軍事力、③豊かな国民社会である。第二次世界大戦後の
世界は米・英・ソという大国によって統治されていたという点において、均衡が維持されていた。しか
し、特に冷戦が終結した 1990 年代以降、中国やインドといった発展途上国が国際社会において台頭して
きた。それらの新興国は旧来の大国の条件をすべて満たしているわけではない(例えば、中国やインド
の国内社会は必ずしも全体的に豊かとは言えない)。また新興国は、状況に応じて大国としての地位と新
興国としての立場を使い分け(例えば、中国は世界第二位の経済大国だが、気候変動枠組条約では新興
国としての立場をとる)
、自国の利益を伸長しようとしている。大国として必要な 3 つの条件を満たさな
い新興国が大国として振る舞う現在、国際社会の構造は不均衡化を経験している。
国際社会における日本のあり方
日本は、世界最高水準の軍事力を保持していないという点で、旧来の大国に当てはまらない。日本の
特徴は、他の大国と比較して、軍事費をほとんどかけずに経済発展してきたということである。そこで
まず、①日本は米国と緊密な同盟関係を維持する必要がある。これまで有事の際には米国が大きな犠牲
を払ってきたからである。また、②日本は政府開発援助(ODA)を安易に削減するべきではない。世界
の安定は日本の利益に直結しているだけではなく、ODA を削減すれば、
「寛容な経済大国」という国際社
会における日本のイメージが損なわれかねない。日本は経済支援という形で国際社会に貢献していると
いう意識を忘れてならない。そして、③日本は「人間の安全保障」というイメージを今後推進していく
べきである。国民生活の保障を目標とする政策は重要であり、中東で進行中の政変からも明らかなよう
に、国民が満足しない政府は瓦解する運命にある。また、強力なイメージを持つ国家はその分大きい影
響力を持つことも事実である。
質疑応答
①これまで日本は主に財政面で国際社会に貢献してきたと思うが、対テロ戦争において日本は米国から
財政支援と人員派遣の両方を要請された。日本の人員派遣はしばしば国内で論争を呼ぶため、日本は国
際貢献を財政支援に特化すべきか。
―財政支援も人員派遣も両方重要である。日本は財政面での国際貢献を慈善活動のように考えるべきで
はなく、財政・人員の両方のレベルで国際貢献を果たすことが日本の役割であると考えるべきである。
105
②世界で日本国債に対する評価が下がってきているが、そのことが国際社会における日本のイメージ低
下につながる可能性はあるか。
―世界の日本に対するイメージは依然として「寛容な経済大国」である。日本国債の評価の低下が即座
に日本のイメージ低下につながるとは考えにくいが、今後日本のイメージをいかに守っていくかが日本
の課題である。
③「慈善活動ではなく、世界や日本の安定のために ODA を削減すべきではない」という考えを日本国内
で広めるためには、具体的にどうすべきか。
―日本は多額の軍事費を負担することなく発展した経済大国である。日本は、人員派遣や財政支援が世
界の安定だけではなく自国の利益につながるという経験を実際にしていないため、「安易に ODA を削減
すべきではない」といった考えを認識することが難しい。まずは米国など大国の歴史を冷静に分析する
ことが必要である。
106
2-5 日本政府代表部 金森一等書記官
要旨
日本政府代表部の金森一等書記官を訪問し、国連機関で働くための試験制度、インターンシップに参
加する方法や働く上で求められる資質・心構え等を伺った。また米国内で日本人留学生向けに行ってい
る国連機関への就職するためのガイダンスで配布している資料もいただき、それらを基に話を進めてい
ただいた。
国連でキャリアパスを踏むための基本情報

国連機関人事の特徴

空席公募制度で自らの席を確保し続ける。

即戦力が常に求められる。


席確保後も自分で空席に応募しなければ昇進はできない(同ランク内での調整異動はあり)
。
“入口”の把握
YPP(United Nations Professionals Program:国連事務局の若手職員採用プログラム)

4 月に募集分野が公表される。
 文書作成力、コミュニケーション力がかなり求められる。

過去の試験科目実施実績を見て自分の専門分野との整合性を見極める必要がある。
:『計量経済』は統計に含まれるのか?
→募集要項に応募できる専門分野が記載されている。たとえそれを主専攻にしていなかったとしても単
位として取っていればそれも良い。

コンピテンシー面接(※参照『国際機関の採用

コンピテンシーベーストインタビューは必ず行われる。
応募書類の書き方』の P2 以降
→国連で求められる能力を問われる!具体的な経験や体験をもとに自分のアピールする!
JPO(Junior Professional Officer:主に基金・計画、専門機関への若手派遣

UNICEF や UNDP などへの派遣が中心。

人気機関:UNICEF、UNDP、UNHCR
→最近の傾向:これらの機関がドナー国からの拠出金が減っているため現地職員を増やして国際職員を
減らしている)

“職務経験”にアルバイトやパート経験は含まれない。研究機関で働いた実績は含まれる。専門
調査員や JICA から JPO になる人もいる。

TOEFL は相対評価になるため、基準点数はない。応募書類とともに面接に進む人を決めるので
判断基準は TOEFL だけではない。
LEAD(Leadership Development Program)/NETI(New Emerging Talent Initiative)

対象が全世界なので競争率は JPO より高い。

将来の幹部候補として採用するもの。JPO よりは機関に配属される可能性は高い。

JPO からこれに応募する人が多数。
107

空席公募について

できるだけ早いタイミングで応募書類を提出するほうが良く、提出期限間際にならないように
注意する。

外部応募からの不利なプロセスはとられなくなった。ただ内部応募者のほうが多少有利な点に
未だに変わりはない。


公募になっている空席にはどのようなことが求められているのかを見極める力が重要。
語学能力

書く、話す+フランス語(採用プロセスでアセットにされることが多い)
国連事務局でインターンシップに参加するためには

身分:修士 or 博士在籍中であること。

募集時期(ニューヨークでのインターン):3期制。

募集締め切り時期
夏募集:2月末、秋募集:5月末、春募集:9月末

VISA:通常のビザと観光ビザは3カ月までであり、それ以上の期間を超えた場合にどの VISA が申
請可能かは不明。

期間:基本は2か月(ただしできる限り長く従事できる人が選ばれる可能性が高まることもある)
→PR として「長期間インターンとして従事できる」

期待すること:情報収集のためのシステム運用が得意な人=適応力

インターン数(2008):日本人 28 数名、中国 100 数名
→外務省は日本人を増やしたい⇔学生は経済的支援を求めている
→しかし外務省的に経済的支援をすることは厳しい状況
⇒大学が助成金を出すというのは外務省と学生の双方に有益
★国連機関で働く上での心構え

空席探しをするのはあくまでも“自分”→依存すると国連内で生き残れない!

国連の活動をきちんと理解すれば、本部で働くことのメリットを理解に繋がる。
108
2-6
UNICEF
要旨
教育分野で働く職員の方々はどのようなキャリアパスを経てきたのかを知ることが UNICEF 訪問の最
大の目的である。実際に正規職員として働いている方とインターン経験者から、キャリアの積み方やキ
ャリア選択において心がけるべきこと、国連機関でインターンをするための準備や心構えについて話し
ていただいた。また学生も人生のモットーを伝え、今後のキャリアパス等についてアドバイスをいただ
いた。
市川さんのキャリアパス
これまでの人生で一貫して“挑戦”というモットーを持ち続けておられました。それを踏まえ、ご自身の
キャリアパスを3段階に分けて各々の段階に表題を掲げてお話をしてくださいました。
【最も挑戦した時代】
高校時代、交換留学を経験したことで言語・価値観の違いや米国の多文化主義に触れた。大学卒業後
は日本旅行代理店に就職。国際会議マネージャーとして広範な職務訓練(取引先への接し方・良好な対
人関係の築き方など)を受けた。数年勤務した後、フランス語習得のために、フランスのソフトウェア
会社にマーケティング顧問として転職した。
【自分自身と向き合った時代】
ソフトウェア会社に転職後、“自分が本当にやりたいことは何か?”“自分の比較優位はどこか?”と自分
自身と向き合い米国の大学院に入学(行政学専攻)し、国連の DPKO(平和維持活動局)インターンで
現地調査員も経験した。
人事の分野で JPO に申請するも不合格。日本に帰国し派遣社員として勤務しながら、自分の強みに気
付くことができた。アジア開発銀行研究所を経て、能力開発の分野で JPO に再申請し合格した。自分と
向き合い、自分にしかないニッチを見つけ、DPKO でのインターン経験とアジア開発銀行研究所での職
務経験を的確にアピールできたことが勝因だった。
1 年目は UNICEF の Planning Section に配属され、2 年目以降:バングラデシュで統計調査を行った。特
に旅行代理店で身に付いた仕事のマネージメント力が大いに役立った。
【人生のバランスを再考した時代】
ニューヨーク事務所に異動して現在は緊急時プログラムを担当。バングラデシュでの同僚や現地の人
と親密に過ごしていた生活と一変したことが人生の優先順位を考え直すキッカケとなり、家族の大切さ
に気付かされた。
109
市川さんのライフヒストリーから学んだこと

日本の民間企業での新人研修(礼儀作法、対人関係の築き方などの体得)は非常に重要な経験とな
る。即戦力が求められており,このような研修システムは基本的にない。

仕事・人材のマネージメント力が求められる。必要なのは教育や保健に関する専門知識だけではな
い。

キャリア選択はその時に置かれている状況や立場など考慮して柔軟に選択していくことが大切。ま
た,自分がどのような強みを持っているのか,どのような貢献ができるのか…など自己分析をして
そのつど本当にやりたいことを熟考して駒を進めること。
質疑応答(UNICEF は UNICEF 側の複数の担当者を意味する)

いかにして英語力を向上させるか。
―民間での仕事を通じて英語力を向上させた。言語を学ぶには,実際に現地で生活し,熱心に交流する
ことが重要である。

職を得る前の仕事内容の詳細はどのようにして知るのか。
―大学のキャリアフェアーで知ったり,担当者に直接連絡したり,別の部門の似た職を探してみる。

申請に際して,カバーレターや推薦状は必要か。
―カバーレターはプラスになるが,内容が良くなければ提出しない方がいい。推薦状は選考の最後まで
必要ない。

志望動機を CV に入れるのはどうか。
―規定はないので好みの問題。CV に含まれてない情報をカバーレターに入れても良い。

インターンの期間、雇用形態はどうなっているのか。
―どちらも厳密に規定されていないので交渉次第である。パートタイムも可能である。

採用に際して,招聘状を送ってもらうことはできるのか。
―可能であると思う。
書類作成に関する技術的な助言(※最初の助言は敦賀から)
①
P-11 形式の履歴書に同じ情報を含めた CV を添付する

CV は物語り調にすると良い
→自分の強み・アピールポイントを、CV は書面であるが面接官に語りかけるかのように伝えたいことを
取捨選択して文書にすること

自身の経験に即して複数の CV を準備しておくことも有効。
②
希望職種の業務内容に記載されているキーワードを必ず盛り込む
③
学生の場合,アピールする点は学校での経験(例:リーダーシップ)でも構わない
④
語彙・スペル・文法・時制等のミスがないように留意する
⑤
面接で答える内容を複数パターン用意する
⑥
必ずしも必要でない情報は書ききれなければ無理やり書く必要はない
110
2-7 国連広報局
要旨
国連と阪大がパートナーシップを構築するための手段のひとつとして“アカデミックインパクト:
Academic Impact(AI)”というものがある。国連と学術機関を結ぶ取り組みを行っている国連広報局の赤
坂局長を訪問し、AI の参加方法や参加するメリットを聞き取った。また国連機関でインターンシップを
する方法についても伺った。
アカデミックインパクト Academic Impact(AI)の概要
導入:模擬国連について
 AI の目玉イベントのひとつ
 開催地:韓国のインチョン(仁川)
 開催期間:8/10∼14
 費用:模擬国連参加費は無料(ただし渡航費等は自己負担)
 参加のメリット:世界中の AI 参加大学から学生が集まるため参加するだけで様々な国の学生と“ネ
ットワーク”を構築できること
設立目的
 学術機関(主に大学)と国連の様ざまな活動の実践の場をつなぐ
→AI が介在する理由としては①全世界共通の目標(例:MDGs)を達成するためのアイディアが国連機
関に不足しているため、②世界中で同じような研究が多重に行われており、その研究に投資している資
金の分配を効率化するための2点が挙げられる。
 世界中の学術機関(主に大学)とのパートナーシップを構築
AI 参加の利点
 世界中の大学と友好的な関係を構築することができる
 そのネットワークを活用して大学が国際社会に対してどんなことに貢献できるかを広く提示するこ
とができ、かつ国内外の大学から研究に関する助言を享受できる
 近隣の大学と共同で大きな国際会議を開催しやすくなる
 それに伴って世界中の大学から学生を呼ぶことができ、また国連の機関も会議に参加する可能性が
高まる
インターンシップ参加方法

修士・博士課程の学生が応募可能

東京にある国連広報センターでは情報を入手しやすい

①ボランティアや②ニューヨーク以外の事務所(日本国内、たとえば大阪や東京)でのインターンの
後にニューヨークでのインターンに応募することもひとつの選択肢
111
★質疑応答
現在は国連―大学という繋りだが、国連の専門機関―大学が繋がることは可能になるか?
―AI の対象は大学だけでなく①高等教育機関全般とは「グローバル・コンパクトを通じた持続可能な開
発」の推進のためにビジネススクールとパートナーシップを結んでいる。②研究機関とは国連機関と共
に活動できる専門家を発掘するために関係を築いている。
112
3.参加学生による所感
今回のスタディ施行プラグラムを通じての期待と現実
伊藤孝治
今回のスタディ施行プラグラムに期待していたものは,実際に国連やその他の国際機関での活動に従事
している関係者の方から詳細な報告を聞くことにあった。その期待は見事に実現した。我々は,今回の
プログラムで訪問した,UNDP(国連開発計画)
,UNA-USA(米国国連協会),DPA(国連政務局),日本
政府国連代表部,UNICEF,そして DPI(国連広報局)の関係者の方から興味深い話を聞くことができた。
UNDP では MDGs(ミレニアム開発目標)の現状と今後の展望を,UNA-USA では米国人の国連に対する
理解を促進しようとする取り組みを,DPA ではアフリカにおける平和構築の成功例と失敗例を,日本政
府国連代表部では日本の国際社会に対する姿勢のあり方を,UNICEF ではキャリア形成の例を,そして
DPI ではアカデミックインパクトの有益性を関係者の方から直接学ぶことができた。実際の関係者の方か
ら生の声を聞くような機会は滅多にないことであり,今回のように広範な部門にわたって関係者の方と
接触することができたのは本プログラムの主要な特徴だった。そしてそこから広範なテーマに関して多
くの知識を得ることができたのは,本プログラムの大きな収穫だった。
しかし,どうしても越えられない壁が存在したことも事実である。個人的には依然として世界で最も影
響力を持っている米国の国連政策について話を聴くことを望んでいたが,それは叶わなかった。また,
日本政府国連代表部の角大使からは日本の国際社会へのアプローチのあり方について貴重なご意見をう
かがうことができたが,角大使はあくまでも日本を取り巻く国際社会の全体像を明らかにすることに焦
点を当てていた。そのため,日本政府の国連に対する個別の具体的な政策についてお話いただくことは
できなかった。外交問題や外交政策は繊細な領域であり,そこには常に隠密性が伴うことを考慮すれば,
このような結果は驚くべきことではない。また,角大使の外交官としての立場からしても,核心部に迫
るような発言をすることは,職務上および倫理上,許されないようにも思われる。国家の外交政策の中
枢部に接近するには不可避的にその領域の関係者になることが必要であり,筆者は部外者が知ることの
できる話には限界が存在することを今回のスタディ施行プログラムで痛感した。
筆者は,今回のプログラム全体を通じて,理想と現実の両方を経験することができ,現実には越えら
れない壁が存在することも痛感した。それでも今回のプログラムは,国際社会の現状および日本がその
ような国際社会の現状にいかにして対処していくべきなのかについて,非常に多くのことを学べた有意
義なプログラムだった。
113
今回のスタディ施行プログラム全体を通じて学んだこと
伊藤孝治
筆者は,今回のスタディ施行プログラム全体を通じて,国連や他の国際機関で働く関係者の方から,そ
れぞれの機関の活動・成果・問題点を学ぶことができた。様々な国際機関の関係者の方に直接聞き取り
をおこなうことによって,それらの組織への理解を深めることは,本プログラムの大きな特徴だった。
しかし,本プログラム全体を通じて見えてきたことは,日本人の国際社会に対する意識における一種の
乖離のようなものである。この意識レベルでの乖離は,一般的な日本人と,国連や他の国際機関で働く
ことを積極的に希望する日本人の間に存在する。米国国連協会の関係者の方は米国人の国連の活動に対
する認識が依然として低いことを問題点として強調していたが,このことは一般的な日本人に対しても
当てはまるのではないかという議論がなされた。また,日本政府国連代表部の角大使は,日本が国際社
会の一構成員として正当な責任を果たし,相応の負担を負うべきであるということを強調していた。さ
らに,国連広報局の赤阪広報局長は,高等教育機関と国連が連携する事業であるアカデミックインパク
トが依然として日本で浸透しきっていないことを課題として強調していた。
その一方で,日本政府国連代表部の金森一等書記官や UNICEF の関係者の方からは,国連や国際機関で
働くための詳細なキャリア説明を受けることができた。外務省の JPO 制度を利用して国際機関への派遣
を希望したとしても,その選考過程は非常に競争率が高く,厳しいということだった。実際に今回 UNICEF
職員としてキャリア説明をおこなってくださった日本人の方も JPO 制度を過去に利用されており,国際
機関で働くためのコツや助言を多く教えていただいた。つまり,国連や他の国際機関で働くことを熱望
する日本人も十分に存在するわけであり,国連や他の国際機関の職員への道は狭き門ということだった。
このように,日本人の国際社会に対する意識が二極化している印象を受けたことは非常に興味深かった。
国連の活動やその有益性を十分に認識していない「孤立主義的」な日本人が依然として多く存在する一
方で,自らを国連や他の国際機関に関与させることで国際社会に少しでも貢献しようとする「国際主義
的」な日本人も同時に多く存在するということである。このような意識レベルでの乖離を解消するため
の一つの手段として,模擬国連やグローバル・クラスルームといった教育活動を日本の若者を中心に推
進し,国連の活動やその有益性に対する日本人の理解を継続的に促進していくことは十分可能であるよ
うに思われる。インターネットのような技術革新により,かつてよりも相対的に小さくなっているグロ
ーバルな国際社会において,一般的な日本人の内向的思考を外向的思考に変容させていく啓発活動を忍
耐強く継続していくことが重要であるという結論に最終的に至った。今回のスタディ施行プログラムを
通じてそのような考えに到達できたことは非常に大きな収穫だった。
114
個人報告書
経済学研究科経済学専攻
小川弘昭
◆所感
今回のプログラムを通して痛感・実感したことが四つある。一つ目は英語力強化の必要性である。残
念ながら聞きながら議論をまとめていき、的確な質問や議論を活発にする意見ができなかった。書く・
聞く・話すといった個々の能力を強化するだけではなく、その一連の流れとしての「実践的な英語」を
学ぶ必要性を多いに感じた。また多くの職員が重要生を強調していた文章力(論理的でわかりやすく、
簡潔な文章作成能力)に関しても、今後いっそうの努力が必要である。
二つ目は自分を積極的にアピールする必要性である。国際機関への採用はコネで決まるといっても過
言ではない。インターンを通じて、しっかり自分の能力・資質を上司にアピールする。そして採用が決
まった後でも、より高いレベルを目指して仕事をするには、仕事を通じてしっかりとした専門性/能力・
他人との比較優位性を確立し、それらを自らアピールしていく必要がある。
三つ目は人間的魅力である。今回訪問させて頂いたすべての職員が非常に穏和で、知的で、人間的魅
力があった。様々なバックグラウンドを持つ同僚と世界を舞台に仕事をしていく上で、こういった素質
が重要だと感じた。
四つ目として、このプログラムを通じて自分の疑問点であった経済理論と現実世界の関係についても、
エコノミスト以外の職員の方からも意見を伺うことができ、理解することができた。経済理論は必要と
されている。しっかりとした理論的素養を磨くとともに、実際のデータを扱えるエコノミストとしてキ
ャリアを積んでいきたい。
最後に、今回プログラムを計画・同伴して頂いた敦賀先生と、忙しい仕事の合間、時間を作ってお話を
して頂いた皆様、そしてすばらしい機会をあたえてくれたグローバルコラボレーションセンターに感謝
したい。
◆目標
①専門性(経済学)の深化、②人間力の開発、③必須能力の強化
◆行動計画
①専門性(経済学)の深化
経済理論(特に貿易論)の研究を深化させる。
・論文を一週間で三本読み、理解する。
・教科書を一ヶ月で一冊読み、理解する
・レベルの高い修士論文を書く。
・計量経済学・統計学を究める。
・データの取り扱い、分析手法についての知識。
ニッチ分野を見つける。
・国際貿易論の全体像の把握。
・経済連携から始まる地域平和。
②人間力の開発
115
体作り・趣味をもつ
・ジムへ通う。
・ジョギングを始め、来年の大阪マラソンに参加。
大阪大学以外の人間関係を作る。
・プログラムへの積極的な関与。
・学外の研究会・勉強会に参加。
・その他の機会についてもアンテナをはる。
③必須能力の強化
英語力
・大学の提供する上級英語授業への参加。
・一日二時間、英語の勉強に充てる。
・ニュースを聞き、それをまとめていく。
・英語ライティングを勉強する。
・GRE、TOEFL の勉強をする。
・海外大学院入学の道を模索する。
文章力
・論理的な文章についての理解を図る。
・時間を設定し、教科書を読み、それをまとめる。
・自分の気になるトピックに関してまとめる。
・まとめたものを他人に見てもらい助言をもらう。
処理能力
・仕事・勉強にタイムラインを設定し遂行する。
・Glocol の RA の仕事を積極的に行う。
116
We don’t have a single model.
外国語学部 4 年
片山夏紀
◆このプログラムの志望動機
私は学部で東アフリカの共通語であるスワヒリ語を専攻し、実際にタンザニアやルワンダを訪れて、よ
り一層アフリカの地に魅せられてきた。卒業論文は、100 日間で 50 万人以上が犠牲になった東アフリカ・
ルワンダの虐殺をケース・スタディとした紛争後の平和構築について執筆した。大学院では、アフリカ
地域における紛争の再発を予防する政策を研究したいと考えている。将来は平和構築学やアフリカ政治
を専門として、国際機関や研究機関で働くことを志望している。よってプログラムの志望動機は、国連
がどのように平和構築に関わっているのか、具体的には、当事者ではなくあくまで「よそ者」の国際機
関が、紛争当事国の紛争再発を予防するためにどのような政策提言を行っているのか、それを知ること
であった。
◆収穫
収穫を一言で表すと、国連政務局で聞いた「We don’t have a single model.」という言葉に尽きる。これま
でどの紛争地域にも適応する「絶対的な」紛争予防の政策を私は模索してきたのだが、それは無いとキ
ッパリと応えて下さった。やはり紛争当事国が主導権を持って紛争復興しなければ、真の平和構築は実
現できない。そのやり方は地域によって様々であり、それを主導ではなくあくまで「サポート」すると
ころに、国連の存在意義があるのだと納得できた。
何よりもったいなくて悔しかったことは、言語の壁であった。特に国連政務局で話をして下さった方は、
アフリカ大湖地域における政策提言・実施のスペシャリスト。まさに私の関心分野のど真ん中で仕事を
なさっていて、今こうして録音した音声を繰り返し聞いていると、もっと質問したいことが山ほどあっ
たが、英語力が及ばず、その場できちんと話を理解することができなかった。いつか絶対、彼にもう一
度話を聞きに行きたい。留学以外に言語能力を磨く手段として、ユニセフの方が提示して下さった民間
企業や JICA や NGO 勤務という選択肢も、非常に有益な情報であった。
◆国連のインターンを志望する学生に伝えたいこと
「ニッチな分野を磨き、自分をいかに周りの人間と差異化するか」。国連事務局の方や、インターン中の
大学院生の方が繰り返していた言葉だ。例えば私の場合は、スワヒリ語を磨く+国際情勢に精通するな
どの選択肢が考えられる。インターンひいては国連勤務という道のりには、それこそ single model など存
在しないが、語学力(特にライティング)とチームワークは必須であるというお話を何度も耳にした。
◆おわりに
ニューヨークでは滞りなく物事が進んだが、復路の飛行機が成田に着陸する直前で東日本大震災が発
生し、多くの尊い命が奪われた。被災地の復興を祈る中、潘基文事務総長が日本語で「哀悼の意を表し
ます」と声明を出した際に、私達が 3 日間国連本部で吸収してきたことと、これまで日本が国連に貢献
してきた業績が一本の線のごとく繋がって、日本は孤立しているのではなく国際社会の一員として成り
立っていることを痛感した。
私達の関心ある分野に応じたアポ取りから始まり、最後の最後まで私達をサポートして下さった敦賀先
生、事務の片山さんと青木さん、ニューヨークで同行して下さった大阪大学職員の南さん、お話を聞か
せて下さった全ての皆様に、心から感謝申し上げます。
117
FIELDO 試行プログラムに参加して…
人間科学研究科

十田麻衣
プログラムを通じて学んだこと
【キャリア形成の考え方】
試行プログラム参加の最大の目的は“今後の自分のキャリアについて考え直す機会にすること”でした。
希望していた UNICEF 職員やインターンの方々から直接お話を伺える場を設けていただけたこともあっ
て、この目的を達成することができました。セッションを通してキャリア形成において自分なりに4点
の重要な要素を見出だせました。キャリアを形成していく上で大切なことは①広い視野を持って、②興味
関心のアンテナを張り巡らせて、③その時の自分の状況や興味に合わせて柔軟に、④そして長期的な目で
見てキャリア選択を積み重ねていくことであると感じました。
これらのことに気付くと同時に、私の人生の最終目的である“小学校の教員として国際理解教育を通じ
て国際貢献をすること”と国連機関で働くことの関連性を新たに考え直す必要性に気付かされました。今
後はこの答えを見つけられるように自分の人生においてやりたいことと優先順位を吟味しながら、国連
機関(現在の関心は UNICEF の教育分野)で働くこともキャリア形成の一選択肢として考えながら、キ
ャリアを積んで行こうと思います。
【要約力】
“各セッションで聞いた話を第三者に分かりやすく要旨を説明できるようにすること”と敦賀先生から
学生たちに課題が与えられました。私にとっては最も苦手なことのひとつであり、ましてや英語で聞い
た内容を体系化して要点を掴むことはとても難しい課題でした。最後の最後まで慣れることはできませ
んでしたが、なんとなく自分なりにコツは掴めたような気がします。私は普段グループディスカッショ
ンや長時間のセミナーで、話し合ってることや聞いていることに注視しすぎてしまい、全体の中での“位
置づけ”を見失いがちなので、今回の経験を日常生活にも反映させて要約力を磨いていきます。

プログラムを通じての反省点
私の関心分野(教育開発)と他の視点(今回の訪問で言えば、経済学的な視点・平和構築の視点・外交の
視点)との関連性を深く追求しきれなかったことでした。その原因として①英語を聞き取るのに必死にな
りすぎてしまった、②そのため各セッションでの話を体系化して自分なりに消化するのに時間がかかっ
てしまったという2点が挙げられると考えています。

今後のプログラムに対する提案
もう2日くらい滞在して、毎日のセッションの終わりの時間をもう少し早ければと思いました。
(費用
がその分かかってしまうことは承知ですが…。
)睡眠時間があまり取れず、翌日のセッションが辛かった
日もありました。睡眠時間が短くなってしまったのは私たちの力量不足で議事録のまとめにだいぶ時間
がかかってしまったことが最大の原因ではありましたが…来年度からはその点も踏まえていただければ
と思いました。
118
4.担当者による講評
敦賀和外
1.アメリカ試行プログラムの目的と達成
今次アメリカ試行プログラムの目的は大別して1)国連に関する理解を深めること、2)インターンシ
ップに関する情報収集を行うこと、そして3)今回得られた情報を高度副プログラム及び海外インター
ンシップ科目に反映する、という三点であったが目的は概ね達成されたといえよう。
本プログラムを実施するにあたり、参加学生には二つの役割を与えた。第一に、プログラムを各人の
研究分野(外交史、経済、教育、平和構築)に関連付け、国連機関等の専門家との議論を通じて如何に
研究分野の理解を深化させるか、そして将来のキャリア形成と結びつけるか考えることを求めた。第二
に、阪大生の代表として国連機関でのインターンシップに関する聞き取り調査を行い、今後インターン
を希望する阪大生にとって有益となる情報を提供することを課した。正味二日半という短い滞在であっ
たが、UNDP、米国国連協会、国連政務局、日本政府代表部、UNICEF、国連広報局の六機関で計七回の
会合を持っただけでなく、学生たちは昼食や夕食の時間も精力的に聞き取り調査及び意見交換を行った。
帰国後、参加学生たちが今回インターンシップに関し得た情報を「虎の巻」として編集し、将来インタ
ーンシップを行う学生にとって大変貴重なリソースを提供してくれた。事前勉強会を二回行い、プログ
ラム期間中も毎晩遅くまで議事録のまとめに関し議論し、事後の報告書の作成も遅延なく進めてくれた
学生たちは、与えられた任務を立派に遂行してくれた。
2.国連に関する学習とキャリア形成との結びつけ
今回参加した学生たちは、外交史、経済、教育、平和構築という異なる分野で研究を行っている。そ
して彼らは必ずしも国連に関する知識を豊富に持ち合わせているわけではなかった。しかし、プログラ
ム実施に際し行った事前調査、質問事項の検討及び専門家との議論は、学生が各自の研究を今後いかに
発展させ、且つ将来のキャリア形成について考えるための一助となったと確信している。また、研究課
題の異なる学生間で各課題について議論を行う場の提供は、自らの研究に対して他の学生による新鮮な
意見を得られたという点で彼らにとっても有意義であったと思われる。
3.インターンシップに関する情報収集
学生たちに「阪大生の代表」として聞き取りを行い簡潔な資料の作成を課したのは、そのプロセス自体
が一種の「就業体験(インターンシップ)」となるからである。情報を収集し結果を簡潔な文書にまとめ
ることは実務能力の基本であり、自らのためだけでなく、他者のために有益な情報を取得するための過
程は、
「プロ意識」向上に寄与するものであることから、この点についてはプログラム期間中幾度となく
意識づけを行った。彼らは最初どのように情報を収集し報告書を書けばよいのか戸惑っていた様子もあ
ったが、責任感を維持しながら情報収集及び報告書の改善に努めてくれた結果、報告書は当初の案と比
較し質が格段に向上した。
119
4.成功要因
今次プログラムの成功は、①学生の意識の高さ及び②少人数であったことが大きな要因であった。
今回参加した学生は、明確な問題意識を持ってプログラムに臨み、時差ぼけや英語でのコミュニケー
ションに苦労しながらも最後まで集中力を途切らせることなく日程をこなした。また 4 名という少人数
であったことから、各自に責任を分担させ、会合時の議論の主導及び議事録の作成の任を与えることも
可能であった。
5.リスク管理
正味二日半という強行軍であったことから、各日振り返りの時間が深夜近くになったことは反省点であ
る。今回は参加学生が体調も崩すことなく全日程を終えることができたが、充分な休息を与えることは
事故回避からも重要である。
また、滞在先ではトラブルに遭遇しなかったが、帰国日に飛行機の到着が東日本大震災の発生直後とな
り、成田空港から中部空港へ緊急振替着陸したことにより、帰路の変更を余儀なくされた。幸いにも学
生は同日中に帰宅でき難を逃れることができたが、渡航中の連絡体制及び緊急時対応の重要性を改めて
思い知らされた。
120
付録:国連インターンシップ・虎の巻
国連インターンシップ・虎の巻
Dos and Don’ts for an Internship in the U.N.
この「虎の巻」は、2011年3月にニューヨークにて、GLOCOL 試行プログラム(アメリ
カ)に参加した学生が国連本部及び関係機関について情報収集した内容をまとめたものです。
下記には個人的見解も含まれているため、インターンシップ公募、派遣用件については各受入
期間からの情報をご参照ください
1、履歴書について
1−1、形式

P11(Personal History Profile: PHP)という公式な履歴書があるので、それを使用すること。

字数制限があるため”I”や”my”などは省略すること。

動詞は動作動詞(action verbs)(lead, facilitate, organize 等)を使い、明確かつ正確に記述するこ
と。(巻末の補足にて、動作動詞のリストがあるので確認のこと。)


時制の一致には気をつけること。
応募の際は、P11 とともに、自分をアピールした履歴書を用意すること。(具体的な数字を入れると
より効果的。例
1000人の学生からトップ1%に選ばれた
など。)

応募先の機関・職種用にそれぞれ履歴書を作成すること。
(使い回しは厳禁。)

専門が複数あるのであれば、それぞれに履歴書を作ってもよい。(例:数学と統計学で一つずつ。)

箇条書き、項目ごとに番号をつけるなど見やすさを重視する。

カバーレターは応募者のやる気と資質を測る上で重要であり、カバーレターをつけないと選考者の
目に留まる可能性が下がる。しかし不出来なもの(動機が漠然としている、スペルミスがあるなど)
なら逆に悪い印象を与えかねないので、出すのであれば最高のものを提出すること。カバーレター
の代わりに、動機などを履歴書に含めてもよい。
1−2、内容

履歴書ではストーリーを重視し、自分が(私たちではなく)どういった強みを活かし、どういう成
果をあげたかを書く。またその強みがインターンシップでの仕事と関連している方がよい。

自分の人生と仕事を絡める。

スポットライトの当て方を考える。
(例:こういった経験をしたからこそ、この仕事に向いてい
る。)

学生団体やアルバイトでの経験を書いてもよい。(学生の応募のみ)

成果に至る具体的なプロセスを書くこと。

他者との差別化を図り、自分を売り込む

応募先の機関や職種を研究することは非常に大事。
(何故その機関でその職種で働きたいのかを、
人生・経験・能力を絡めながら自分独自の言葉で伝えられると強い。
)
121

各ポストへの応募が多く、ふるいにかけるために先行者が各履歴書をキーワード検索にかけるケー
スがある。働きたい部署の HP やインターンの Job Description を分析し、キーワードを見つけ、必ず
載っているままの単語で書く。

もし Job Description が前もって分からなければ、配属先の正規職員の Job Description を見てキー
ワードを探し出す。

応募書類に載っていないものは存在しないものとされる。自分をアピールするに必要な情報はすべ
て漏れなく載せること。

この仕事をするために生まれてきたくらいのことを書く。

スペルミス、グラマーミス(時制の不一致等)は厳禁。(最悪見てもらえないことがある。)

中国語は読み書きができると書いてもよい。
(西欧系と比べて、日本人は中国語が読める・書けると
いう意味で。
)

できた履歴書は事前に複数の人に必ずチェックしてもらう。
(特にネイティブのチェックは必須。多
くの場合、自分の英語は不十分だと思って臨むこと。周りにネイティブがいなければ、オンライン
添削サービス(有料)を利用することもできる。)
2、選考について

ルールはあるが、実態は非常にあいまいな選考プロセス。

自分ができること、知っていることを積極的にアピールする姿勢が重要。

CV を見てもらえたか毎日電話するなどの積極性も必要。

長期間(たとえば3ヶ月以上)インターンとして従事できる候補者が有利である。

応募が多数のため、できるだけ早く応募するべき。(締め切り前だと見てもらえない可能性あり。)

修士論文をサンプルエッセイとして提出を求められることがある。(分析力を判断するため。
)
3、職場では
3−1、職場環境

無給。

OJT(オン・ザ・ジョブトレーニング)である。

基本的にはよく組織されたプロジェクトに配属されるので学ぶことが多い。

インターンはプロジェクトの一員として仕事をさせてもらえる。

責任感、任務遂行力などが必要。
3−2、職場での姿勢

「何でも仕事します」の姿勢。(資料作りなど仕事を貪欲に自分で見つける。)

名前と顔を覚えてもらうためにネットワーキングはしっかりする。

エレベーターなどで上司に会ったときのために、常に1分用アピールを用意して顔を覚えても
らう。(エレベータピッチという。

http://www.youtube.com/watch?v=y1Y02_oZP8U&feature=player_embedded)
122

ネットワーキングで大切なことは“自分が相手に何をしてあげられるか”、“相手にとって自分と
繋がるとどんないいことがあるか”を意識すること。

非常に高い文章作成能力が求められる。(スペルミス、グラマーミスをしない。)

論理的な文章を書くこと。(序文→分析→提言)

簡潔な文章を書くこと。
(できるだけ枚数を少なくして、要点がわかるように)
3−3、その他

NYの国連本部では一年のうち春、夏、秋、の三期に応募期間が設けられる。
(随時、不定期に募集
している機関もあるので各機関からの情報をチェックすること。)

大学院に在籍している人が対象。(卒業してからは参加できない。)

フルタイムかパートタイムかは交渉次第。
(例えば、インターンを週3回にし、他の時間は研究に活
用するなど)
4、その他
4−1、住居について

ニューヨークでのインターンの際、基本的には住居の面倒は見てもらえない。Craigslist(情報掲示板)
http://newyork.craigslist.org/でゲストハウス等の情報収集ができる。(ただし、誰でも簡単に投稿でき
るので、悪質な物件に当たることもあるので注意すること。)

ニューヨーク(http://www.ihouse-nyc.org)やワシントン DC(http://www.ishdc.org/)にある International
House は審査を通過した大学院生か社会人しか入居できないため、質は保証できるのでおすすめ。
4−2、国連について

あまり国連に理想を描かないように。実際は組織だった官僚的な側面(意思決定が遅いなど。)もあ
り、また個人が個人の能力・裁量で動く組織(例えば能力のある人は自分の仕事の領域を広げて、
他の職員の仕事にも干渉するなど。)でもある。(職員談)
職場の人間関係が良好でないケースも
あり、日本と同じ現実に直面することもある。

アフリカで働くならば、フランス語が役に立つ。フランス語は国連でも需要がある。

女性が有利である。
(たとえば補欠リストに載ったとしたら、女性は3年間載ることができるが、男
性は1年間である。)

情報システム、及び統計学の専門家の需要がある。

国連はビザ取得用にインターン証明書を発行してくれるわけではない。

オフサイトインターン(ESCAP バンコクなど本部以外でのインターン)や模擬国連に参加するのも
よい。
4−3、キャリアについて

自分を売り込むことに積極的にならないと海外にいる学生に負ける!海外の学生はインターンをす
るために非常に積極的で精力的に自分をアピールしている。
(例:国連周辺のお店を回って希望機関
123
の職員に話しかける、インターン募集期間でなくても直接メールを送るまたは電話をかける。)

ニッチを見つける。(この分野では国連では自分が一番、例:議会運営、プロジェクトの管理)

実体験に基づいた自分のストーリーをたくさんもつ。

文章作成能力(論理、簡潔、わかりやすい)を磨く。

リーディング、ライティング、スピーキング、リスニングのすべての分野において、業務に支障が
ないだけの高い英語の運用能力が求められる。

自己分析はしっかりする。(自分の強み、仕事へのモチベーション源などを理解する。)

チームワークが重要。 (異なる文化をもつ人々と共に働く為。限られた時間で信頼関係を築く必要
がある為。)

自分の専門分野にこだわりすぎない。

必ずしも専門家である必要はない。民間会社で働いていた経験がプラスに作用することもある。

一貫性のあるキャリアを築くことが重要であり、多様な経験はプラスに評価されない。行きたい機
関・部署を特定して、それに見合うキャリア選択を重ねていくこと。

日本は国連職員とのコネクションを得にくい状況にあるので、少しでも国連機関で働いたことのあ
る教授がいれば、その人に現職員を紹介してもらうなど最大限に教授との関係を活用すること。
参考資料
WikiHow How to Get a Job With the United Nations
http://www.wikihow.com/Get-a-Job-With-the-United-Nations
国連機関への就職ガイダンス資料(2011年度版)
Facebook 等の SNS でも “UN Internship”のページが複数あり、有益な情報が取得できるケースもある。
国連フォーラム
http://www.unforum.org/internships/top.html
世銀プロ http://wbproblog.sblo.jp/article/43124752.html
124
補足1
動作動詞のリスト
accelerated
accompanied
accomplished
achieved
acquired
adapted
added
adjusted
administered
adopted
advised
advocated
aired
affected
allocated
amended
analysed
answered
appraised
approved
arbitrated
arranged
articulated
assembled
assessed
assisted
audited
augmented
authorised
attended
balanced
bargained
broadened
budgeted
built
calculated
carried out
catalogued
centralised
challenged
changed
channeled
chose [choose]
circulated
clarified
classified
collaborated
collected
combined
commissioned
compared
compiled
completed
composed
conceived
concluded
condensed
conducted
consolidated
constructed
consulted
contrasted
contributed
controlled
convened
converted
conveyed
convinced
co-ordinated
corresponded
counselled
created
cultivated
cut
decided
decreased
defined
delegated
demonstrated
described
designated
designed
determined
developed
devised
devoted
diagnosed
directed
discounted
distributed
documented
doubled
drafted
earned
eased
edited
eliminated
employed
enabled
encouraged
endorsed
enforced
engineered
enhanced
enlarged
enriched
ensured
established
estimated
evaluated
examined
exceeded
executed
expanded
expedited
explained
extended
faclitated
fashioned
financed
forecasted
formed
formulated
found
founded
framed
fulfilled
gained
gathered
gauged
gave
generated
governed
granted
guided
handled
headed
identified
implemented
improved
improvised
increased
influenced
informed
initiated
innovated
inspected
inspired
installed
instituted
instructed
interpreted
insured
interviewed
introduced
invented
invested
investigated
involved
issued
joined
judged
launched
led [lead]
lobbied
located
logged
maintained
managed
mapped
marketed
maximised
measured
moderated
modified
monitored
motivated
multiplied
narrated
negotiated
nurtured
observed
obtained
opened
operated
orchestrated
ordered
organized
originated
overhauled
oversaw [oversee]
participated
partnered (with)
performed
persuaded
pioneered
planned
polled
prepared
presented
printed
probed
processed
procured
produced
profiled
programmed
projected
promoted
proposed
proved
provided
publicised
published
purchased
125
quantified
raised
rated
recommended
reconciled
recruited
revised
redesigned
reduced
reorganized
reported
researched
reviewed
scheduled
secured
selected
sent
served
serviced
set up
shaped
shortened
showed
simplified
sold [sell]
solved
spearheaded
stabilised
staffed
staged
standardised
started
steered
stimlulated
streamlined
strengthened
stressed
stretched
structured
studied
submitted
substantiated
succeeded
suggested
summarised
superceded
supervised
supplemented
supplied
supported
surpassed
surveyed
synthesised
systematised
tabulated
tailored
targeted
taught
tested
tightened
traced
tracked
traded
trained
transferred
transformed
translated
travelled
trimmed
tripled
utilised
updated
uncovered
undertook
unified
unravelled
used
vacated
validated
verified
weighted
widened
withdrew
witnessed
won [win]
worked (with)
wrote [write]
2010年度 海外フィールドスタディ試行プログラム 活動報告書
豊中市待兼山町1-16 実践センター教育研究棟I-3F
TEL:06-6850-5176 FAX:06-6850-5185
http://www.glocol.osaka-u.ac.jp/
大阪大学グローバルコラボレーションセンター
大阪大学グローバルコラボレーションセンター
Fieldwork, Internship and
Experiential Learning Design Office
GLOCOL, Osaka University
大阪大学GLOCOL海外体験型教育企画オフィス(FIELDO)
2010年度
海外フィールドスタディ試行プログラム
活動報告書
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