大学運動部員におけるソマトタイプとスポーツ種目の関連性に関する研究 保健体育専修 2514025 後川大和 1.序論 1-1 本研究に至った動機・意義 陸上競技は短距離,中・長距離,跳躍,投てきの各種目分野にある多くの競技種目で構 成されており,その競技種目によって体型が異なる.体型の違いは,陸上競技の中だけに 限らない.多くのスポーツ選手は日頃からトレーニングに励み,スポーツ種目別に様々な 形態的特徴を持ち合わせている様子が観察できる.このようなスポーツ種目ごとにみられ る形態的特徴は日本や世界のトップアスリートにおいて明瞭であるが,私が在籍する地方 国立大学の運動部員においてはどうであろうか.同様に,スポーツ種目別に形態的特徴が 観察されるのではないかと予想し,調べてみようと思ったことが本研究の動機である.各 スポーツ種目にふさわしい形態的特徴が存在するならば,特に部活動の指導場面で各スポ ーツ種目にふさわしい体型を目指したトレーニング処方や児童生徒の体型とスポーツ種目 との適性判断のために役立ち,体型研究は意義あるものと考えられる. 1-2 体型研究の歴史 体格は体力や運動能力と密接に関連しているが,体格は古くから幾つかの型,すなわち 体型に分類されてきた.紀元前には医学の祖であるヒポクラテスが 2 つの要素(Habitus Phthisicus(結核体型)と Habitus Apoplecticus(卒中体型))に分類している.しかし, 実際に人体計測を行い始めたのは近代になってからのことで,19 世紀後半になってヨーロ ッパの解剖学者らが始めたものである. 精神医学の分野では,20 世紀前半にドイツの精神科医のクレッチマーが精神疾患と体型 との間,健常者の気質と体型との間に関連性があることを報告した.その中で体型は,肥 満型,細長型,闘士型に分類されている.クレッチマーは躁うつ病の患者には肥満型が多 く,総合失調症の患者には細長型や闘士型が多いことを統計学的に観察した.さらに,正 常人にも類似の特徴がみられるとして,肥満型,細長型,闘士型のそれぞれを躁うつ性気 質,分裂性気質,粘着性気質と対応させている. アメリカの医学・心理学者シェルドンは消化器,筋,脳・神経の各臓器が内・中・外の いずれかの胚葉から発生することを踏まえ,太っている内胚葉型,筋肉質の中胚葉型,痩 せている外胚葉型という3つに体型を分類した.体型の分類には裸体を前,横,後の 3 方 向から写真をとり,17 ヶ所の部位を測定して,各胚葉型の程度を 1 点から 7 点までの 7 段 階に評価し,内・中・外胚葉型の順序で評点を連記して体型を表現した.評点が大きいほ ど,その胚葉型の特徴が強いことを示す.このようにして示される体型をソマトタイプと 呼んでいる. (Choi et al., 2013) . サンディエゴ州立大学のヒースとカーターはこれを改良して身体の測定値のみからソマ トタイプを算出する客観的な方法を開発した. (Heath and Carter, 1967)この方法はヒー ス・カーター法を呼ばれ,現在に至るまで広く利用されている.本法が用いられるように なってから今日まで,体型は気質との関連性よりもスポーツ種目との関連性で研究されて いるものが多い. 1-3 スポーツ選手を対象とした先行研究と本研究の目的 ソマトタイプを算出した例としては,ヒース・カーター法の考案者であるカーターが, オリンピック 4 大会に出場した 23 種目 1757 人について調べたものがある(Carter 1984). 陸上競技におけるソマトタイプの先行研究としては,近年のものではマレーシアの若い 選手を調べて大人のオリンピック選手と体型が似ていたとするもの(Eiin et al., 2007) などがある.陸上競技以外のスポーツ種目におけるソマトタイプの先行研究には,ジュニ ア世界大会に出場した各国のテニス選手を調べたもの(Sanchez-Munoz et al.,2007) ,ス ペインのクラブチームに所属する十代サッカー選手を調べたもの(Gil et al.,2010) ,ス ロベニアのジュニアとシニアの国代表のハンドボール選手をポジション別に調べたもの (Sibila and Pori, 2009),各国の柔道選手についての体型研究をレビューしたもの (Sterkowicz-Przybycien et al., 2012)などがある. このようにソマトタイプの研究では,各スポーツ種目と体型の関係について,特にエリ ート選手を調べたものが多く見受けられるが,それ以外の集団を対象とした研究は少ない. 本研究の目的は,先行研究にみられるエリート選手のソマトタイプと比較しながら,地方 国立大学の運動部に所属する学生のソマトタイプと実施しているスポーツ種目との関連性 を明らかにすることである. 2.方法 2-1 被験者と測定手順 被験者は地方国立大学の運動部に所属している 71 人の男子部員である.内訳は陸上競技 部 25 人(短距離 7 人,中・長距離 8 人,跳躍 4 人,投てき 5 人,混成競技 1 人) ,ソフト テニス部 12 人,サッカー部 12 人,ハンドボール部 12 人,柔道部 10 人である.いずれも 健康な男子学生である.資料収集の手順は 1.インフォームドコンセント,2.運動歴,競 技成績等の聴取,3.更衣(Tシャツ,短パン) ,4.身長,体重,体脂肪率の測定,5.皮 脂厚,骨端幅,周径の測定の順で行った. 2-2 測定項目 本研究における体型の分類方法にはヒース・カーター法を用いた.基本的には,シェル ドンの体型分類方法を踏襲するものであるが,写真観察をしないで合計 10 項目(身長,体 重,皮脂厚(上腕背部・肩甲下部・腸骨棘上部・下腿内側部) ,骨端幅(上腕・大腿) )の 人体測定値から計算により客観的に評価する.人体測定は身長・体重を除く全ての項目に ついて右側を測定した.皮脂厚,骨端幅,周径においては各測定部位を 3 回測定し,その 平均値を用いた.なお,一人の測定者が被験者全員の人体測定を行った. 2-3 体型の評価方法 人体測定によって得られた測定値から,体型について内胚葉型(Endomorph),中胚葉型 (Mesomorph),外胚葉型(Ectomorph)のそれぞれの程度を示すソマトスコア(Somatoscore) を以下のように計算する. ・内胚葉スコア=-0.7182+0.1451X-0.00068X2+0.0000014X3 ただし,X=(上腕背部皮脂厚+肩甲骨下部皮脂厚+腸骨稜上部皮脂厚)×170.18/身長 ・中胚葉スコア={0.858 上腕骨顆間幅+0.601 大腿骨顆間幅+0.188(屈曲上腕囲-上腕背 部皮脂厚/10)+0.161(下腿最大囲-下腿内側皮脂厚/10)}-0.131 身長+4.50 ・外胚葉スコア=0.732(身長/3√体重)-28.58 ただし,38.25<身長/3√体重<40.75 のとき外胚葉スコア=0.463(身長/3√体重)- 17.63,身長/3√体重≦38.25 のときは外胚葉スコア=0.1 とする. 上式から算出される 3 スコアをハイフンでつないで連記することにより,個人のソマト タイプを表現する.ソマトチャートはスコアからX座標=( /2)(Ect-End),Y座標= (1/2){2Mes-(End+Ect)}を計算し,直交座標軸を持つ平面にプロットした(Ect:外胚葉 スコア,End:内胚葉スコア,Mes:中胚葉スコア).ソマトチャート上に示されたソマトタイ プの位置により,ソマトタイプは 13 のカテゴリーに分類される. 3.結果及び考察 陸上競技部員のソマトスコアの平均値は 1.9-4.0-3.0 であった.ヒース・カーター法 に よ る 体 型 分 類 に 従 う と , Endomorphic mesomorph(IV) , Balanced mesomorph(V) , Mesomorph-ectomorph(VⅡ),Balanced ectomorph(IX)と部員の体型は広範囲にわたること が示された. オリンピック選手と陸上競技部員を比較すると、短距離では,オリンピック選手のソマ トタイプは部員より中胚葉型の強い体型をしていた.部員はオリンピックに出場するよう なエリート選手に比べると筋量が少ないことが示された.陸上競技部の短距離の部員が競 技レベルを高めるためには,筋量をさらに増やすトレーニングが必要である.中・長距離 では,オリンピック選手のソマトタイプは大変似通ったものとなっていたが,陸上競技部 の部員のソマトタイプは分布に広がりがみられ,外胚葉型に近い者が比較的多くみられた. 中・長距離の部員の場合も,体重を軽くして細身の体型を目指すより筋量を増やし,力強 い体型にしていくことが必要である.跳躍では,陸上競技部員にオリンピック選手と体型 が近い者とそうでない者がいた.競技力を高めるためには筋に瞬発力をつけることを通じ て中胚葉型の体型に近づけるようなトレーニングが必要と考えられた.投てきでは,オリ ンピック選手の体型に違いが見られた.投てきは4種目で構成されているがやり投げ種目 に走力が要求されるため,体型もその影響を受けていると考えられた.オリンピック選手 の体型と異なる部員において,やり投げ種目の部員はより中胚葉型の体型に,それ以外の 投てき種目の部員では内胚葉型も加味した体型に近づけるようトレーニングを工夫するこ とが重要と考えられた. ソフトテニス部のソマトスコアの平均値は 2.7-3.9-3.1 であった.ソフトテニス部の 体型は Mesomorph-endomorph(Ⅲ)の体型と Mesomorph-ectomorph(VⅡ)の体型に分かれてい た.ソフトテニス部員と米国白人のプロ及び大学エリート選手(Martinez-Rodriguez et al. 2015) , 及 び 世 界 ラ ン キ ン グ 上 位 12 人 の エ リ ー ト ジ ュ ニ ア 選 手 の 平 均 的 な 体 型 (Sanchez-Munoz et al. 2007)を比較した. (ソフトテニスのソマトタイプについての資料 はないため,硬式テニスの先行研究と比較した.)先行研究では成人とジュニアで体型に差 がみられる.年齢が異なっているのでジュニアの時期に中胚葉型の体型であったものが加 齢とともに内胚葉型へ移行していくことも考えられるが,一方ではテニス選手に特徴的な 体型は存在しないという見方もできる.自分がどのようなプレースタイルを目指すのかを 判断し,それに応じた体型を構築するトレーニングが必要ではなかろうか. サッカー部のソマトスコアの平均値は 2.3-4.3-2.9 であった.Central(XⅢ),Balanced mesomorph(V),Mesomorph-ectomorph(VⅡ)付近の体型の部員が多かった.サッカー部員と 成人のエリート選手,及びスペインのクラブチームに所属している 19 歳のサッカー選手 (Gil et al., 2010)の平均的な体型と比較すると,部員には外胚葉型の要素が比較的強 い者の多いことが示された.サッカーには接触プレーもあり,相手に当たっても負けない 身体を持ち合わせていなければならない.筋量の少ない多くのサッカー部員は体脂肪を減 らすとともに,全身の筋力トレーニングをしていくことで成人エリート選手のような体型 に近づくと考えられた. ハンドボール部のソマトスコアの平均値は 2.0-4.7-2.5 であった.部員の多くが Balanced mesomorph(V)にある中胚葉型の体型をしていた.残りの部員も中胚葉型の要素を 含む Mesomorph-ectomorph(VⅡ)の体型をしていた.ハンドボール部員とスロベニア代表チ ームのポジション別体型(Sibila and Peri, 2009),及び U20 ヨーロッパ選手権出場者の 体型(Urban & Kandrac, 2013)を参考にすると,同一種目であってもチームスポーツでは ポジションにより体型が少しずつ異なることが示されている.チームスポーツの場合はポ ジションによりふさわしい体型が少し異なることを考慮しなければならない. 柔道部のソマトスコアの平均値は 3.6-6.9-0.6 であった.中胚葉スコアが特に大きか った.部員の多くが Mesomorph-endomorph(Ⅲ),Endomorphic mesomorph(IV),Balanced mesomorph(V)と内胚葉や中胚葉の要素の強い体型をしており,他の運動部にはみられない 特徴的な体型であることが示された.世界各国の柔道選手(全階級)の資料を総合した体型, 及びポーランドの柔道選手(全階級)の年齢別体型(Sterkowicz-Przybycien & Almansba, 2010)と柔道部員の体型を比較したが,階級により一様でないことが示された.柔道競技 は階級により体型に違いが見られるが,階級ごとの体型に言及した先行研究は見当たらな かった.階級により内胚葉や中胚葉の要素の強さが異なり,体脂肪がどの程度に許容され るかということも考えながらトレーニングする必要がある. 4.結論 エリート選手の養成を目的としていない大学運動部員を対象として検討したものである ため,同じスポーツ種目であっても部員の体型にはばらつきがみられるが,平均的にみる と各スポーツ種目にふさわしいソマトタイプを形成する傾向が示された.オリンピック選 手のようなエリート選手の多くは自身が実施するスポーツ種目で最高の成績を残すのにふ さわしい,最大に特化した体型を持ち合わせていると考えられる.大学運動部員をはじめ として一般の運動選手は自身の体型について,実施しているスポーツ種目,ポジション, 階級制の場合は各階級への適合性を検討し,ふさわしい体型に近づけるようトレーニング することが望ましい. (引用文献省略)
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