パルスECTによる肉厚及び導電率測定のシミュレーション

研究報告 欠陥検出評価技術に関する研究
原子炉圧力容器鋼(SQV2A)
のテンパービード溶接法に関する研究
パルスECTによる肉厚及び導電率測定のシミュレーション
Simulation of the Transient Eddy Current Measurement for the Characterization of
Depth and Conductivity of a Plate
溶接・非破壊検査技術センター
程 衛英,古村一朗
A transient eddy current measurement method is presented to determine the thickness and
conductivity of a conductive plate. The conductive plate is induced by an air-cored coil, the
magnetic flux density along the axis measured and the various signals corresponding to plates
with different thickness and conductivity are calculated using a 3D transient eddy current
simulator. Characteristic features are obtained from the transient response. A similarity-based
modeling method is utilized in this study to estimate the thickness and conductivity of the
conductive plate.
Keywords:
: conductivity measurement, eddy current testing, impulse response, thickness
measurement
1......緒言
パルス電流の周期は T であり,励磁電流は t0 で切
断され,試験体内部に渦電流が誘起される。励磁電
流を切断された以降,渦電流は減衰しながら,被検
渦電流探傷とは,交流電流を流した励磁コイルを
体内部に浸透していく。
金属に近接させ,金属内部に誘起された渦電流の変
パルス ECT で誘起される渦電流の周波数帯域は広
化を鎖交磁束量の変化として検出して,探傷を行う
方法である。その励磁電流は単一周波数,或いは,
く,試験体の深くまで浸透できるため,近年,様々
多重周波数の連続的な正弦波である。渦電流の導体
な非破壊検査および非破壊評価分野,たとえば,欠
内部への浸透は,励磁周波数,被検体の導電率及び
陥の検出,コーティング厚さおよび被検体厚さの測
透磁率の平方根に反比例する浸透深さで左右され
定,導電率の測定などに注目されているが,パルス
る。すなわち,励磁周波数が高いほど,或いは,被
検体の導電率及び透磁率が高いほど,浸透深さが浅
I(A)
くなる。深い欠陥,或いは,高導電率,高透磁率の
I0
材料を検査対象とする場合,渦電流を材料内部深く
浸透する手法を開発する必要がある。
0
そこで,パルス ECT 法が研究されている 1,2)。パ
ルス ECT は渦電流探傷の1つであるが,図 1(a)に示
t0
t (s)
T
t (s)
(a) 理想的な場合
I(A)
されるパルス状の励磁電流を用いているため,パル
T
I0
ス ECT と呼ばれている。その励磁方式は式1に記述
される。
{ 0 t <t<T
(t)
I =
0
< 0
I0 0<t t
t0−
t0+
0
0
(1)
(b) 実際の場合
0
図1
パルス ETC 法の励磁電流
17
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研究報告 欠陥検出評価技術に関する研究
の厚さに関係する。
ECT 法の原理の理解や信号の解析方法の検討,およ
び欠陥の同定などを行うためには,パルス ECT の測
3 次元有限要素法を用いて電磁気数値解析を行っ
定方法の開発のほかに,定量的な解析・シミュレー
た。過渡解析の時間 step の微分は Grank-nicolson 法
ションが必要である 3,4)。
で定式化した 5)。
2......3 次元電磁気解析によるパルス ECT の
シミュレーション
2.2
被検体の厚み及び導電率を測定するための
パルス ECT シミュレーション
2.1 シミュレーションの定式化
パルス ECT により誘起される渦電流の減衰が被検
体の導電率や透磁率及び被検体の厚さに関係するこ
パルス ECT 法をシミュレーションするために,電
とを利用して,被検体の厚さ及び導電率測定を行う
磁気過渡解析を行う。
図(
1 a)
には,瞬間的に電流を切断できる理想的な
ための解析を行った。
パルス ECT の励磁電流を示しているが,現実には電
測定に用いるプローブ及びプローブと被検体の配
流の切断には時間がかかり,電流の切断は t 0 −から始
置を図 2 に示す。励磁コイルは内径 D1,外径 D2,厚
まり,t 0 +まで続くため,切断時間は図 (
1 b)
に示すよ
さ w の空芯コイルである。励磁コイルのリフトオフ,
うにΔ t = t 0 +− t 0 −である。切断中,電流を I 0 から0
即ち,励磁コイルと被検体表面の間隔を l とする。Zu
まで線形的に減衰して,減衰率をγと仮定すると,
と Zl は軸方向一次差動式グラジオメータを使って測
励磁電流は以下のように記述できる:
定を行う場合の軸方向の信号測定点の位置である。
< 0−
I0 0<t t
< 0+
−t0+) t0−<t t
0
(t)
i = γI(t
0 t0+<t<T
{
シミュレーションでは,位置 Zu と Zl との磁束密度を
(2)
それぞれ計算して,この二つの計算値の差,すなわ
ち,Δ Bz = Bzu − Bzl を測定信号とした。以後,この
式(2)に表示している励磁コイルに流す電流の1周
Δ Bz を Bz として記載することとする。解析に用いる
期内の変化,すなわち以下に述べるように,直流電
各パラメータを表1にまとめて表示した。
流,切断過程,0 電流の三段階に応じて,パルス
被検体表面は励磁コイルに比べ十分大きく,コイ
ECT をシミュレーションする過渡解析も三段階に分
ルは被検体中央に位置すると仮定して,被検体厚さ
けて行う。
及び導電率に注目して解析を行った。被検体の厚さ
・ step 1(0 < t < t 0 −)
: static 解析を行う。励磁
を 5,7,8,9,10,15,及び 20mm,導電率を 0.5,
コイルに直流電流が流れ,被検体内渦電流は誘
0.7,0.9,1.0,1.1,及び 1.5 MS/m と仮定した場合に
起されていない。
関してパルス ECT 信号を解析で得られた。
図 3 に,励磁電流の切断時点から時間と共に変化
・ step 2(t 0 −< t < t 0 +)
: step 1の解を step 2 の
t 0 −時点の初期条件として,過渡解析を行う。励
する信号 B z を示した。被検体の厚みはそれぞれ 5,
磁コイルに流す電流は I 0 から 0 まで減衰し,被
8,10 及び 20mm であり,導電率は 0.5,0.7,0.9,1.0,
検体内部に渦電流が誘起される。渦電流の大き
1.1 及び 1.5 MS/m である。また,時間の単位は秒で
さは被検体の導電率及び励磁電流の切断率に関
あり,磁束密度の単位は Testa である。信号 Bz は励
係する。電流の切断が速く,切断時間Δ t =
t 0 +− t 0 −が短いほど,渦電流密度は大きくなり,
D2 Z
D1
被検体表面に集中する。
・ step 3(t 0 +< t < T)
: step 2の解を step 3 の
w
t 0 +時点の初期条件として,過渡解析を行う。こ
Zu
Zl
l
の段階では,励磁コイルの電流は完全に切断さ
d
れ,0になっている。Step 2 に誘起された渦電
plate
σ
流は被検体内部に浸透しながら,減衰している。
その減衰は被検体の導電率,透磁率及び被検体
図2
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パルス ETC 測定のプローブ及び被検体の配置
原子炉圧力容器鋼
(SQV2A)
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パルス ECT による肉厚及び導電率測定のシミュレーション
磁電流の切断時点 t 0 −から上昇して,電流が完全に切
よりも導電率に影響される。厚さ及び導電率が異な
断される時点 t 0 +で最大値になり,それ以後,減衰す
る被検体に対するパルス ECT の時刻 t 0 +の信号 Bz を
る。厚さが同じで導電率が異なるケースの計算信号
抽出して,図 4 の上段左側に BZT としてコンター図
を比較して見ると,導電率が低いほど,減衰が速い
を示した。
(以降のコンター図はすべて厚さを 5,8,
と分かる。更に,導電率が同じで厚さが異なるケー
10,15,20mm,導電率を 0.5,0.7,0.9,1.0,1.1,
スの信号の比較から,被検体が薄い場合の信号の減
及び 1.5 MS/m と仮定した計算結果から得られたも
衰は厚い板の場合より速いことが分かる。
のである)
異なる厚さ,同じ導電率を有する被検体の時刻 t 0 +
シミュレーション解析から分かったパルス ECT 信
の信号 Bz はほぼ同じである。したがって,時刻 t 0 +
号の特徴を以下に列記する。
の信号 Bz は導電率を反映する特徴量ではあるが,導
①信号の減衰は被検体の厚さ及び導電率に影響さ
れ,厚さの影響と導電率の影響は類似している。
電率を 0.5 MS/m から 1.5 MS/m まで変化させた場合
②被検体が薄いほど,また導電率が低いほど,信
の信号は 0.000136 T から 0.000144 T までしか変化し
号の減衰は速い。
ていない。この変化量は実際の導電率推定にはあま
りにも小さい。
3......被検体の厚さ及び導電率の推定
(b)Step 3 の減衰過程中に,特定の信号値になるま
3.1 信号特徴量の抽出
でに要する時間 t (Bz l )(t (Bz l )> t 0 +)
図 4 の上段中央のコンター図は Bz l が 1.× 10 − 6T に
パルス ECT 信号から被検体の厚さ及び導電率を推
定するために,Bz 信号の特徴量の検討を行なった。
なるまでの時間 t (Bz l )(t (Bz l )> t 0 +)を示している。コ
信号の時間変化曲線から,‘直接的な’特徴量を見
ンター図は導電率の上昇及び被検体厚さの増加に伴
いだすために,ここでは,三つの‘直接的な’特徴
って,Bz l になるまでの時間が長くなることを示して
量を検討した。
いる。
(a)励磁電流が完全に切断される時点 t 0 +の信号 Bz
(c)ある特定時刻 t 2 (t 2 > t 0 +)の信号値 Bz (t 2 )
t 2 = 1.× 10 − 4 秒の信号 Bz の対数値を図 4 の上段右
(BZT)
一般に電流の減衰率は大きいため,即ちΔ t は小
側のコンター図に示した。
さいため,電流の切断過程中に誘導される渦電流は
上に示した‘直接的な’特徴量のほかに,Bz の時
被検体の厚さより遥かに薄い表面層に集中してい
間変化曲線から得られる‘非直接的な’特徴量につ
る。したがって,時刻 t 0 +の信号 Bz は被検体の厚さ
いても検討した。 即ち図 3 に示した結果から,信号
Bz と時間 t の関係をいずれも対数で表わした曲線は 2
次曲線で近似できることが分かるため,y と x をそ
れぞれ log10 (Bz)及び log10 (t)と表示すると,以下の2次
関数による近似ができる,
y = c1x 2 + c2x +c3
(6)
ここで,ci (i=1,2,3) は 2 次近似曲線の係数である。
この様にして求めた c1 及び c2 のコンター図を図 4 の
下段左側と下段中央にそれぞれ示す。
また,信号 Bz の 時間 t に伴う波形に FFT 解析を行
い,FFT 変換係数の第1次係数を fftC0 と表わして,
そのコンター図を図 4 の下段右側に示した。
図3
異なる厚さ及び導電率の被検体におけるパルス ECT
信号の時間に伴う変化
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3.2 被検体厚さ及び導電率の推定
種類の導電率を併せて,計 30 ケースがある。
図 4 に示した‘直接的な’及び‘非直接的な’特
Xest は計測信号から得られた特徴量セット,Yest は
徴量のコンター図は,被検体厚さ及び導電率を簡単
Xest に対応する被検体の厚さ及び導電率である。Yest
な特徴パラメータでモデリングすることは困難であ
は以下の SBM 計算式で Xest から推定値できる。
ることを示している。
Yest = Ytr・w
他方,非パラメータ化アプローチは,様々なパラ
メータでのモデリングが困難なケースに有効である
(8)
ここで,w は重み関数であり,以下の様に表せる。
ことが文献に示されている 6,7)。 そこで本研究では
w=
非パラメータ化アプローチの一種である SBM 法
(similarity-based method)を用いて,パルス ECT 信
号の特徴量から被検体の厚さ及び導電率を推定する
^
W
ΣW^
^
T
−1
W = (Xtr ○
○ Xest) = MI−1 * A
+ Xtr) * (Xtr +
ことを試みた。
SBM 法を利用するためには,データベースを構築
符号○
+は類似計算であることを表す。
して,学習させる必要がある。学習させるデータセ
二つのデータセット U と V の類似度は以下の式で
ットの入力は多次元特徴量とそれに対応する被検体
計算できる。
厚さと導電率である。すなわち,データセットは入
力特徴量セット Xtr と出力マトリクス Ytr で構築され
1
U○
+ V=
−
(U−V)2
2
2h
2πh2
る:
Xtr = [t(BZ1)i, BZ(t 2)i, c1i, c2i, c3i, fftC0i],
Ytr = [di,σi]
e
(9)
以上の SBM アプローチを用いて,あるパルス
ECT のシミュレーション信号から,それに対応する
(i = 1, N)(7)
被検体の厚さ及び導電率を推定した。図 5 は,その
ここで,t (Bz l)i,Bz (t2)i,c1i,c2i,c3i,fftC0i はそれぞれ
推定結果と真値の対応関係を示したものであり,横
3.1 節に説明した直接的及び非直接的な特徴量であ
軸と縦軸はそれぞれ真値及び推定値を表わす。導電
り,di,σi は被検体の厚さ及び導電率である。N は
率は 1.0MS/m,板厚さはそれぞれ 7,9,及び 11mm
学習データセットに含まれるケース数である。本研
であり,推定値と真値がほぼ一致していることが分
究の学習データセットは前節のシミュレーション結
かる。
この結果から,パルス ECT 信号の特徴量選定の適
果を用いて構築しているため,5段階の厚さ及び6
Conductivity (MS/m)
BZT
Bz(t2)
1.42 1.4
−3
1.2
1.41 1.2
1.4
1.0
1.39
−3.1
1.38 0.8
1.37
0.6
1.36
−3.5 0.8
1.0
0.8
0.6
10
15
20
Thickness (mm)
c1
Conductivity (MS/m)
t(Bz1)
x 10−4
1.4
1.4
1.0
0.8
10
15
−3.6
10
15
20
−12
15
20
Thickness (mm)
fftc0
−10
−15
0.02
1.4
1.2
0.015
−20 1.0
−30 0.6
10
15
20
Thickness (mm)
図4
−11
10
−25 0.8
20
−10
0.6
0.6
−3.5
Thickness (mm)
各特徴量のコンター表示
20
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−9
0.8
−3
0.6
−8
−3.3 1.0
−3.4
1.4
−1.5
1.2
−2
1.0
−2.5
1.2
−7
1.2
−3.2
Thickness (mm)
c2
−1
−6
1.4
0.01
10
15
20
Thickness (mm)
原子炉圧力容器鋼
(SQV2A)
のテンパービード溶接法に関する研究
パルス ECT による肉厚及び導電率測定のシミュレーション
参考文献
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2)
C. C. Tai, J. H. Rose and J. C. Moulder,“Thickness
and conductivity of metallic layers from pulsed
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, Rev. Sci. Instrument.
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SBM 法による被検体厚さ及び導電率の推定結果
3)J. Bowler,“Pulsed eddy-current response to a
切性が示され,また SBM 法が被検体厚さ及び導電率
conducting half-space”
, IEEE Trans. Mag, Vol. 33,
推定へ適用可能であることが示された。
pp. 2258-2264, May 1997.
4)
“ S. K. Burke, G. R. Hugo, and J. C. Moulder,
4......結言
“ Short-time behavior inpulsed eddy-current
nondestructive evaluation”
, Review of Progress in
本研究では,パルス ECT 法の過渡現象のシミュレ
Quantitative Nondestructive Evaluation, vol 18, pp.
ーションを3次元有限要素法を用いて行い,時間と
485-492, 1999.
ともに変化するパルス ECT 信号を求めることができ
5)五十嵐一,亀有昭久,加川幸雄,西口磯春,A.ボサ
た。更に,その信号から特徴量を抽出して,SBM 法
ビ,新しい計算電磁気学 ―基礎と数理―,(株)培
と組み合わせて,被検体の厚さと導電率を同定した。
風館,2003.
同定結果と真値の対応関係から,導電率推定が可能
6)S. Wegerich,“Condition based monitoring using
であること,および通常の定常電流で励磁する ECT
nonparametric similarity based modeling”
, Proceed-
法では困難な比較的厚い被検体の厚さ測定へのパル
ing of the 3rd conference of Japan Society of
ス ECT 法の適用性が示された。今後,このシミュレ
Maintenology, pp. 308-313, 2006.
ーション解析とともに実験的な取り組みも行い,従
7)S. Kanemoto, W. Cheng, I. Komura,“Depth sizing
来の ECT 法では困難な比較的深い領域の欠陥検査に
of complex shape cracks using ECT signals”
,
も取り組んでゆく予定である。
presented on the 13th Intl. Symposium on Applied
Electromagnetic and Mechanics, East Lansing, MI,
USA, 2007.
程 衛英
古村一朗
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