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山梨医大誌 15(3)
,75 〜 82,2000
資
料
山梨医科大学における皮膚癌発症に関する疫学調査:
特に紫外線の影響について
塚
本
克
彦,猪
爪
隆
北
村
玲
子,今
井
佳代子,川那部
柴
垣
孝,島
直
史,三
田
眞
井
岳
路,山
広,樋
泉
志,斎
藤
縣
然太朗
和
子,
敦,
1)
山梨医科大学皮膚科学教室,1)山梨医科大学保健学Ⅱ講座
抄
録: 1983 年から 1998 年までに山梨医科大学附属病院皮膚科を訪れた皮膚癌患者 546 名,特に
日光照射と関係があるとされている日光角化症 90 名,基底細胞癌 167 名,有棘細胞癌 91 名につい
て医療記録からの情報を基に調査を行った。上記 3 つの皮膚癌患者については,いずれも 60–70 歳
代に発症のピークがあったが,男女差なく,この 16 年間で明らかな増加傾向を示すことはなかっ
た。しかし,いずれの疾患も,顔面や手背などの日光曝露部に好発しており,他の皮膚癌と比較し
て,その発症要因に日光照射が関わっていることが推測された。今回の調査は医療記録からの情報
を基にしたレトロスペクティブな調査であるため,患者個人がどの程度日光曝露に関わっていたか
詳しい情報が得られず,十分な統計学的解析が行なえなかったが,今後は患者アンケートを使った
より詳細なプロスペクティブな疫学調査が必要と考えられた。
キーワード
皮膚癌,紫外線,疫学
はじめに
症,基底細胞癌,有棘細胞癌,悪性黒色腫は増
加の一途をたどっている 5–9)。
近年,南極にオゾンホールが見い出され,こ
一方,健康な日本人皮膚にも太陽紫外線によ
れまでオゾン層により吸収されていた有害な紫
り癌が生じることが報告されたのは 1960 年代
外線が地表まで到達して来ている 1)。今世紀初
初めである 10)。しかし,表皮メラニン色素が
めより,米国やヨーロッパでは太陽紫外線が皮
多い我々日本人の皮膚では,メラニンが有害な
膚癌を誘発することはすでに報告されてい
紫外線をある程度吸収するため,日光曝露部皮
た 。その後,疫学的調査や動物実験により,
膚癌発生率は白人に比べれば数十分の一から百
紫外線が発癌作用を持つこと,さらに紫外線 B
分の一程度である考えられている 11)。
2)
(UVB: ultraviolet light B)が発癌の主作用波長
しかし,近年世界一の長寿大国となった日本
であることが明かにされている 3,4)。実際,米
では,高齢者の増加に伴い種々の癌発生率が増
国,カナダやオーストラリアの白人の間では,
加しており,皮膚癌の発生率も増加傾向にある
過去数十年間における日光曝露部の日光角化
と思われる。そこで,我々は本邦の皮膚癌発生
〒 409-3898 山梨県中巨摩郡玉穂町下河東 1110
山梨医科大学医学部皮膚科学講座
受付: 2000 年 4 月 10 日
受理: 2000 年 8 月 24 日
率の実態を調査するため,昭和 58 年開院以来
山梨医科大学附属病院を訪れた皮膚癌患者(日
光角化症,基底細胞癌,有棘細胞癌,悪性黒色
腫などその他の皮膚癌)について調査,検討を
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本
克
行った。
彦,他
6.02)を用い,一元配置分散分析およびロジス
ティック解析を行った。有意水準は 5 %とし
対象ならびに方法
た。
1.対象
結
果
昭和 58 年開院以来,山梨医科大学附属病院
皮膚科を訪れ,手術または皮膚生検にて皮膚癌
1.疾患別患者数
(日光角化症,基底細胞癌,有棘細胞癌,その
1983 年から 1998 年までに当科を訪れた各皮
他の皮膚癌)と診断された患者を対象とした。
膚癌患者数を図 1 に示す。対象となった患者数
2.方法
は 546 名で,日光角化症 90 名,基底細胞癌 167
患者の医療記録から,性別,年齢,初診年月
名,有棘細胞癌 91 名,悪性黒色腫を含めたそ
日,初発時年齢,疾患名,発症部位,職業,住
の他の皮膚癌 198 名であった。男女比について
所の項目について情報を収集した。
は有意差を認めなかった(表 1)。
3.解析
2.年度別患者数
統計解析は統計解析パッケージ SAS(ver.
図1
年度別の受診患者数を図 2 に示す。日光角化
疾患別患者数
表 1.従属変数は日光角化症または基底細胞癌または有棘細胞癌の患者とし,
各変数を説明変数としたロジスティック分析
変数
女性
初発年齢(1 歳)
日光曝露部
農業
β
Odds Ratio
95 %信頼区間
p
0.273
0.023
2.634
0.237
0.761
1.024
13.93
1.267
0.479– 1.209
1.007– 1.040
8.805–22.044
0.576– 2.789
0.248
0.004
0.0001
0.556
山梨医大における皮膚癌発症
図2
77
各疾患の年度別受診者数
図 3-a
受診時年齢(日光角化症)
b
受診時年齢(基底細胞癌)
c
受診時年齢(有棘細胞癌)
図 4-a
発症時年齢(日光角化症)
b
発症時年齢(基底細胞癌)
c 発症時年齢(有棘細胞癌)
症,基底細胞癌,有棘細胞癌の患者については,
症時年齢を図 4-a, b, c に示す。受診時年齢の平
特別に増加傾向あるいは減少傾向を示すことは
均は,日光角化症 74.9 ± 10.7 歳,基底細胞癌
なかった。
69.4 ± 14.0 歳,有棘細胞癌 75.1 ± 12.5 歳であ
3.受診時年齢および発症時年齢
った。また,発症時年齢の平均は,日光角化症
日光角化症,基底細胞癌,有棘細胞癌患者の
受診時年齢を図 3-a, b, c に,また患者申告の発
73.0 ± 11.4 歳,基底細胞癌 64.2 ± 15.7 歳,有
棘細胞癌 74.4 ± 12.9 歳であった。
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克
彦,他
一元配置分散分析により,これらの癌の発症年
に頬に出現頻度が高かった。基底細胞癌は顔面,
齢に有意差が認められた。また,これらの癌は
特に眼周囲と鼻に多く,有棘細胞癌については
年齢が上がるほど発症が多くなっていた(表
口唇,頬,鼻の顔面また手背に多く発症してい
1)。
た。
4.発生部位
また顔面と前腕,手背,指を日光曝露部とし,
それぞれの疾患の発生部位を図 5 に示す。日
それ以外を日光非曝露部に分けた場合の患者比
光角化症はほとんどが顔面と手指に発症し,特
率を図 6 に示す。日光角化症,基底細胞癌,有
図5
図6
発症部位
疾患別発症部位
山梨医大における皮膚癌発症
79
棘細胞癌については,日光曝露部の皮膚癌発生
基底細胞癌,有棘細胞癌については,その他の
が多く,その他の皮膚癌と比べてもロジスティ
皮膚癌と比べても農業従事者に多いという傾向
ック解析により有意(p = 0.0001)に日光曝露
はなかった(表 1)。
部発生が多かった(表 1)。
6.地域との関連性
5.職業との関連性
山梨県内を 8 地域(図 9)に分け,患者の住
職業との関係については,カルテに記載され
所を基に疾患別患者数との関連を調べ図 8 に示
ていた患者のみの統計であるため,参考にしか
した。しかしながら各地域での皮膚科関連病院
ならないが,各疾患の農業従事者の割合を図 7
有無などに差が見られ,地域間の有意差は解析
に示す。ロジスティック解析では,日光角化症,
できなかった。
図7
図8
農業従事者の割合
地域別の疾患発症分布
塚
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本
図9
考
察
克
彦,他
圏域図
較的豊富なメラニン色素を有し,このメラニン
色素が紫外線を吸収し表皮基底細胞が紫外線か
南極オゾン層の破壊に伴い,本邦でも紫外線
と皮膚癌の関連が注目されはじめている
。
12)
ら受ける DNA への障害を防御し細胞が癌化す
るのを阻止しているからである。
しかし紫外線と皮膚癌に関するこれまでの報告
今回,我々は,開院以来 16 年間に山梨医科
は,主に白色人種である米国やヨーロッパから
大学付属病院皮膚科を訪れた皮膚癌患者を対象
のものであり,それらの疫学的結果をそのまま
にレトロスペクティブな調査を行った。日光角
日本人に当てはめることはできない。それは,
化症,基底細胞癌,有棘細胞癌の発症に男女差
我々黄色人種の皮膚は,白人と異なり表皮に比
なく,この 16 年間でこれらの皮膚癌患者数の
山梨医大における皮膚癌発症
81
増加は認めなかった。受診時年齢および発症時
沈着が強く起こるタイプ)②戸外労働か室内労
年齢の平均はいずれも 60–70 歳代であった。基
働か③若い時によく日光に当たったか④皮膚癌
底細胞癌については 20 歳代から病変を認めた
に対する知識を持っているか,また予防をして
患者もあり,臨床的に基底細胞癌の増殖が緩徐
いるか,などを同時に調査する必要があると考
であることを示す結果と考えられた。発症部位
えられた。
に関しては,日光曝露部に皮膚癌発生が有意に
多い事実は確かめられたが,日光曝露部は,同
文
献
時に化学物質の曝露や物理学的な刺激も多い部
位であり,それらの影響については今後の調査
課題である。
日光曝露部での皮膚癌発生の比率について
Marks らは,オーストラリアでは 40 歳以上の
20–60 %に日光角化症を認めると報告してい
る 13)。本邦では最近,神戸大学皮膚科が中心と
なり兵庫県加西市にて 1993 年から 1995 年に皮
膚癌検診が行われた。この時の日光角化症の有
病率は人口 10 万人当たり,291.2(1993 年),
203.7(1994 年),86.8(1995 年)であり 14,15),
白色人種の有病率に比べ低い結果であった。し
かしながら,高齢化社会に伴い,日光照射を受
ける時間の増加,オゾン層の破壊に伴う有害紫
外線 UVB そのものの増加により,メラニン色
素が豊富な我々日本人にとっても,日光曝露で
の皮膚癌の影響は無視することはできない。特
に,皮膚が日光曝露で容易に赤くなるが色素沈
着が起こらないタイプⅠ型の人,また戸外での
労働により強い日光照射あるいは長時間の日光
照射を受ける人は,過度の日光照射を避けるよ
う工夫することが望まれる。高齢化社会に伴い
皮膚癌患者が増加することが予想される現在,
皮膚癌発生の予防のために何をなすべきか,今
後より詳細な疫学的調査が必要であり,そのた
めには山梨県下全域での正確な皮膚癌登録シス
テムの確立が望まれる。
具体的な今後の課題として,太陽曝露の関連
をより詳細に調べるためには,患者の①日焼け
の皮膚型(スキンタイプ:Ⅰはいわゆる色白タ
イプで,日光曝露で容易に赤くなるがほとんど
色素沈着が起こらないタイプ,Ⅱはそこそこ赤
くなりそこそこ色素沈着が生じるタイプ,Ⅲは
いわゆる色黒タイプで,あまり赤くならず色素
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An Epidemiological Study of Skin Cancers at Yamanashi Medical University:
The Relationship Between Sun Exposure and Skin Cancers
Katsuhiko TSUKAMOTO, Takashi INOZUME, Hiroshi MITSUI, Kazuko HIIZUMI,
Reiko KITAMURA, Kayoko IMAI, Takeshi KAWANABE, Atsushi SAITOH,
Naotaka SHIBAGAKI, Shinji SHIMADA and Zentaro YAMAGATA1)
Departments of Dermatology and 1)Health Sciences, Yamanashi Medical University, Yamanashi, Japan
Abstract: Solar ultraviolet (UV) radiation has been regarded as one of causes of skin cancers, especially in Caucasians. In this study, we examined epidemiologic evidence linking sun exposure and skin cancers at Yamanashi Medical University. We analyzed 546 patients with skin cancer (90 actinic keratosis, 157 basal cell carcinoma, 91 squamous
cell carcinoma and 198 other skin cancer) who were treated at Yamanashi Medical University from 1983 to 1998. The
study was conducted retrospectively based on their clinical charts. Skin cancer was found in greatest frequency in
araes of sun exposure, such as the face and extremities. Our analysis suggests that sunlight exposure may be responsible for the induction of these skin cancers. We need further studies to elucidate the specific relationship between sun
exposure and skin cancers.
Key words: skin cancer, ultraviolet radiation, epidemiology