No.017 2015/5 トピックス 「高齢運転者と交通事故」 高齢化の進行に伴い、日常的に自動車の運転をする高齢者が増えています。より活動的な生活を 送るために自動車の利用は必要ですが、同時に高齢運転者による交通事故の増加が問題となって います。本 SENSOR では、高齢運転者を取り巻く状況と高齢運転者をお守りする対策例について 紹介します。 1.高齢運転者の実態 2015 年 4 月 1 日現在、日本の高齢化率は 26.4% と過去最高水準となっており、この割合は 2035 年 には 3 人に 1 人が高齢者となる 33.4%、2061 年に は 40%に達すると見込まれています。現在、65 歳 以上の運転免許保有者は全国に約 1600 万人います が、高齢化進行とともに高齢の運転免許保有者数 は増加し、特に高齢女性の保有者数が大きく増加 すると予想されています(図 1)。 全国の交通事故発生件数は過去 10 年ほど減少を 続けていますが、65 歳以上の高齢者が事故原因と なる事故件数は増加しており、全交通事故の 20% 図 1 ⾼齢ドライバー数の将来予測 前後に達しています。2014 年の交通事故死者数 4,113 人のうち、自動車運転中に事故で死亡した高 (出典)⽇本⾃動⾞研究所推計(2010)に基づき東京海上研究所作成 齢運転者は約 600 人(約 15%)ですが、高齢運転者の占める割合は年々高まっています。自動車 運転中の死亡リスクについて 20~59 歳を 1 とした場合、60~69 歳は 1.37、70 歳以上では 3.08 に 高まるとの研究結果1も発表されています。 (万⼈) 2500 62% MCI 2000 60% 認知症 50% 1500 46% 42% 1000 500 65% 37% 32% 55% 50% 45% 40% 35% 28% 29% 30% 0 25% 2012 2015 2020 2025 2030 2040 2050 2060 図2 認知症および軽度認知障害(MCI)の ⾼齢者に占める割合(右軸)の予測 高齢免許保有者のうち約 0.8~1%が交通事故を起 こすと推計されており、2030 年には高齢者が引き起 こす交通事故件数は 2010 年の 2 倍超(約 22 万件) となる可能性もあります。高齢者の交通事故件数を 押し上げる背景のひとつに「認知症」の増加があり ます。2012 年時点で高齢者の 7 人に 1 人にあたる 462 万人が認知症であるのに加え、認知症予備軍である 軽度認知障害(MCI)が 400 万人もいます。厚生労働 省の予測によると、認知症および MCI の数は増加を 続け、2025 年には高齢者の 3 人に 1 人、2050 年には 2 人に 1 人が認知症かその予備軍になると予測されて います(図 2) 。 (出典)各種資料に基づき東京海上研究所作成 1 岡村和子(2014)『状態別にみた高齢者の交通事故死亡リスク』月刊交通第 45 巻第 12 号 1 / 2 Copyright 東京海上研究所 2015 (発行)株式会社 東京海上研究所(http://www.tmresearch.co.jp/) 認知機能が低下すると、運転操作を誤る、交通ルールを無 7.5% 運転操作誤り 15.8% 視するなどの症状が出やすくなり、それが重大事故につなが 18.6% るケースが増えています(図 3)。最近は高速道路逆走や、ア 漫然運転 4.7% クセルとブレーキの踏み間違えといった、高齢者に特徴的な 9.0% わき⾒運転 16.2% 事故が目立つようになっています。例えば、2011~13 年の高 10.1% 速道路逆走事故 541 件のうち、高齢者によるものが 7 割を占 安全不確認 9.5% めており、事故を起こした高齢者の 4 割は認知症の疑いがあ るとみられています。 道路交通法では、認知症と診断された場合、免許を停止・ 50.4% その他 取り消しすると定めていますが、「認知症の恐れあり(第 1 48.2% 分類)」と判定されても、過去1年間に違反行為がなければ免 許を更新できるため、実際には多くのケースが見逃されてき ました。警察庁によると、2013 年に検査を受けた約 145 万人 ⾼齢者 ⾮⾼齢者 のうち第 1 分類と判定されたのは約 3 万 5000 人いましたが、 実際に医師の診断を受けたのは 524 人だけで、最終的に免許 図3 原付以上の⾞両運転中の⾼齢者による 停止・取り消しに至ったのはわずか 118 人だったということ 主な法令違反別死亡事故構成率(2012年) (出典)警察庁資料に基づき東京海上研究所作成 です。第 1 分類と判定された後も運転を続けた高齢運転者に ついて 2013 年は少なくとも 7 件の死亡事故があったとみられています。 2.高齢運転者を交通事故から守る対策例 高齢運転者の交通事故を減らすために安全運転啓発を行うことは重要です。そのほかの対策とし て、 「道路交通法の改正の検討」 「運転免許証返納の促進」 「運転支援装置の普及」などがあります。 (1) 道路交通法の改正の検討 危険性が高い認知症ドライバーの見極めを目指し、警察庁では2015年1月に道路交通法の改正試案 を公表しました。75歳以上のドライバーが第1分類と判定されれば、医師の診断を義務づけ、認知症 と確定すると違反行為がなくても免許が取り消されるように厳格化する方向で検討を進めています。 (2) 運転免許証返納の促進 高齢者の自己申請による免許返納件数は制度が開始した 2002 年には 7,236 件にすぎませんでし たが、2014 年には 208,414 件と、着実に増加しています。返納者の利便性を維持するため、タク シーやバスなど交通機関の割り引きや、購入商品の無料配送といったさまざまな特典を提供してい る自治体もあります。 (3) 運転支援装置の普及 2013 年に国内生産された乗用車の 51.7%に、衝突被害軽減ブレーキなどの先進安全自動車(ASV) 技術が導入されています。高齢者に多いペダル踏み間違え事故を防ぐための装置も 6.5%の乗用車 に搭載され、今後さらに普及するとみられます。こうした技術面の進歩が、高齢運転者の運転技術 をサポートすることが期待されます。東京海上研究所の試算によれば、ASV 装置が 100%普及した 場合、交通事故件数は約 27%減少すると考えられます。 本来は「運転が困難な高齢者は運転をしなくても生活できる社会」が望ましいのですが、日本の 可住面積のうち公共交通機関が全くない地域が約 3 割存在し、70 万人超の高齢者は自動車しか移 動手段がないのが現状です。上記のように制度や技術は徐々に整備されつつあり、ゆくゆくは自動 運転自動車が普及して、高齢者でも安全に移動できる時代が到来するかもしれません。それまでの 間は、高齢者の能力に応じた制度や仕組みを通じた社会的支援が必要ではないでしょうか。身近に 高齢運転者がいる場合、暮らしぶりや心身の状況を見守りながら、必要に応じて運転適性をアドバ イスすることを心掛けてみてはいかがでしょうか。 以上 2 / 2 Copyright 東京海上研究所 2015 (発行)株式会社 東京海上研究所(http://www.tmresearch.co.jp/)
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