臨床現場における「新型うつ病」について† - J

「労働安全衛生研究」, Vol.7, No.1, pp. 13-21, (2014)
特集総説
臨床現場における「新型うつ病」について†
生
田
孝*1
いわゆる「新型うつ病」が近年世間に広まり,産業保健の現場でも「新型うつ病」の社員にどのように対処
すべきか,多くの企業で喫緊の問題となっている.しかしながら,精神医学的に見ればいわばこれは「ゴッタ煮」
概念であり,そこには,疾患としてのうつ病や軽度の精神病,神経症,ある種のパーソナリティ障害,適応障害,
怠業や逃避行動,あるいは健常者における一過性の不適応行動まで含まれており,学問的な信頼性と妥当性を有
した疾患概念ではない.しかしながらそれは,いわば現代日本の時代精神を反映している.その意味で「新型う
つ病」は,極めて流動的であり,数十年の時間スパンに耐えうるかどうかは疑問である.その内実を知るには,
精神疾患の成因論的視点が不可欠であり,少なくとも当該者の対応には,経験を積んだ精神科医による詳細な生
活史の把握と成因論的(つまり,心因性・内因性・外因性の)見方,および状況因と性格因的視点が不可欠であ
る.
キーワード: 新型うつ病,職場のメンタルヘルス,内因性,心因性,生活史,双極Ⅱ型
1
はじめに
しいことではない.日本における従来のうつ病の典型例
近年,いわゆる「新型うつ病」というものが,世間や
は,中高年発症に見られるような内因性うつ病であった.
マスコミをにぎわしてきており,産業保健の現場でも,
それは,一般的に言うと,几帳面・徹底性・強い責任感・
「新型うつ病」の社員をどのように処遇すべきか,多く
自責的・自罰的・刻苦勉励などに代表される病前性格を
の産業医が頭を悩ませている問題となっている.
この「新
持った人が,多少の状況因はあるにせよ,ある時点でそ
型うつ病」なるものは,精神医学的に見ればいわば「ゴ
れでは説明のつかないほどに抑うつ的となり,日常生活
ッタ煮」であり,そこには,疾患としてのうつ病や軽度
や社会生活に支障をもたらすほどの心身の変調を来たす
の精神病,あるいは神経症,ある種のパーソナリティ障
状態,つまりうつ病に陥る病態であると理解されていた.
害,適応障害や一過性の不適応行動,さらには健常レベ
そしてこの「それでは説明がつかないほどの」が,後に
ルでの怠業や逃避行動まで含まれており,学問的な信頼
述べる内因性の指標の一つとなるのであった.
性と妥当性を有した疾患概念ではない.だからあくまで
ところがそのような従来の(内因性の)うつ病理解と
も括弧付きのうつ病である.それは,いわば現代日本の
は異なる病像が指摘され始めたのは,本邦では広瀬の「逃
時代精神を反映した一種の文化結合症候群とまで言える
避型抑うつ」(1977)1)を嚆矢とする.1990 年代以降に
ものをも含んでいる.過去にもいわゆる「神経衰弱」や
は松浪の「現代型うつ病」
(1991)2),阿部の「未熟型う
「多重人格」などが,比較的最近でも「青い鳥症候群」
つ病」(1995)3),加藤の「職場結合型うつ病」(2002)
や「テクノストレス症候群」などの言葉が人口に膾炙し
4),樽味の「ディスティミア型うつ病」
(2005)5)などの
たが,それらは時代とともに拡散して,ほとんどは消え
ように,非定型うつ病とか非精神病性うつ病としか分類
去り,ある部分のみが何らかの病態に帰着した.その意
できないような新型病像が,次々と指摘されるようにな
味でも「新型うつ病」は,現在も極めて流動的なもので
ってきたからである.また笠原の提唱した「退却神経症」
あり,数十年の時間スパンに耐えうる概念ではない.こ
(1988)6)も現代的視点から見れば,
「新型うつ病」を多
のようなものに惑わされないためには,精神疾患の成因
く含んでいると考えられる.
論的視点が不可欠であり,少なくとも当該者の対応には,
先に述べたような古典的(内因性)うつ病は,戦後の
その生活史の把握と成因論的(つまり,心因性・内因性・
高度成長の時代には優位を占めていたが,経済バブルの
外因性)視点と状況因および性格因的視点が不可欠であ
崩壊とともに次第に減少してゆき(もちろん,今でも少
る.
数ながら発病しているが),それとは病像をまったく異に
する新しいうつ状態が優位を占めるようになってきたの
2
「新型うつ病」の歴史
である.後者を総称して,世間やマスコミでは「新型う
いわゆる「新型うつ病」が言われるようになったのは,
つ病」と呼ぶようであるが,明確な概念規定を内包した
「新型」と名がついているにもかかわらず,それほど新
† 原稿受付 2014 年 01 月 29 日
† 原稿受理 2014 年 01 月 30 日
*1 聖隷浜松病院 精神科
連絡先:〒430-8558 静岡県浜松市中区住吉 2-12-12
聖隷浜松病院 精神科 生田 孝*1
E-mail: [email protected]
学術用語ではない.
3
「新型うつ病」の特徴と症例
「新型うつ病」をどの様に捉えるかは諸家によって異
なるが,その特徴は,①比較的若年層の人に多い,②従
来の(内因性)うつ病に比して几帳面な職業人が少ない,
③訴えに自己中心的な印象がある,④罪業感が薄く,責
任回避行動が主体で,⑤自罰・自責的よりも他罰・他責
14
的,⑥抑うつ感とならんで自己不全感と心的倦怠が優位,
初診時に K は,一方的に「会社が不適切な人事をして,
⑦パーソナリティ発達上に未熟さを認める等々が,大方
しかも自分は上司からのパワハラを受けてうつ病になっ
の首肯するところであろう.具体的症例で見てみよう.
た,
「うつ病」の診断書を書いて欲しい,うつ病で脳内の
セロトニンが不足しているから新型抗うつ薬 SSRI
症例 1 K(23 歳,男性)
(selective serotonin reuptake inhibitors)の A(商品
一部上場の機械メーカーに勤務している会社員であ
名)を出してほしい」と一方的に主張した.その時点で
る.首都圏に生まれ育ち,某有名大学経営学部を卒業.
K は,かなりの欠勤を重ねており,会社の人間関係も相
在学中はイベント企画サークルのリーダー的存在であっ
当にこじれていることが推察された.この時点で本人に
たという.会社の大きな広告塔が,通学する電車の中か
出勤を促すことは困難である,と筆者は判断した.K は
らいつも目に入っていたが,就職活動を機にその会社の
「うつ病の診断書」を希望していたが,それを留保し,
業績を調べたところ,世界規模で展開している会社であ
しかしながら「うつ状態にあり,約 1 ヵ月の休養を要す」
ることを知り,自分が「世界で活躍すること」をイメー
として,本人の希望する A を処方した.ただし,このこ
ジしていた K は,自分の才能を生かすにはこの会社がふ
とが,抗うつ薬を飲んで一ヵ月休養すれば軽快すること
さわしいと「直感」した.幸い就職試験にも受かり入社.
を保証するものではないこと,うつ状態にあることは認
勤務初年度の前半は研修主体で,東京の本社研修と,地
めるが,うつ病と診断するにはもっと経過をみる必要が
方での工場実習や支店営業などの研修を受けた.2 年目
あることなどを説明した.また,対人関係は相互関係で
に入り,地方支店の配属となった.K 自身は,同期入社
あるので,一方的に会社を非難する K に対しては,K 自
の人たちと比べても「自分の企画力,実行力,プレゼン
身の過去の言動を再度見直すことを,次回診察の課題と
ティション能力には自信があったので,当然本社に配属
することを提案した.これは初診時から,K 自身のもの
されるだろう」と予想していた.地方配属は,
「最初はガ
の見方・考え方・生き方に対する内省的視点の不足を感
ッカリしたが,でもドサ回りも,いずれ上に行くために
じ取ったからである.しかし,以後の診察においても相
は必要な体験だろう」とも思い直し,自分も納得して赴
手の立場に立って自らを顧みようとする視点を欠いてお
任した.しかし実際に来てみると,K の目にそこは「上
り,ひたすら会社と上司を非難するだけで,ずるずると
司も含めて凡庸な社員ばかりで,この会社は俺の才能を
休み続けるために,診断書はその後も結果的に 1 ヵ月毎
生かし切れていない」と感じるようになった.かといっ
の更新となって,
「病欠」は半年近くにも及んだ.この間,
て K は,それほど仕事を覚えてこなしているわけではな
心身の不調を訴えながらも,食欲は旺盛であり,好きな
かったが,
「こんな仕事は現場事務レベルなので,高度な
ドライブに行ったり,上司と会社の「不当な処遇」を遠
総合力を必要としない」と半ばバカにしていた.上司は,
方にいる大学時代の友人に訴えるために出かけることも
何かと K には声かけをしてくれて指導熱心であり,K と
あった.K の考えは,さらに「自分の才能を生かそうと
の意思疎通を図ろうとしていたが,それも K にはうっと
しない会社に問題があり,自分をうつ病に追いやった会
うしく感じられるようになってきた.勤務時間内ならま
社と上司を訴える」と先鋭化していった.抗うつ薬の効
だしも我慢もできていたが,上司が「しつこく」週に何
果に不満を抱いた K は,何回かの処方変更を要求した.
回も食事に誘い奢ってくれることが苦痛になってきた.
しかし,筆者は,最低 1 ヵ月以上の使用歴がないと,効
最初は,ありがたく,また断るのも失礼かと思っていた
果判定はできない旨を告げて,その期間内での変更はし
が,徐々に終業後の自分の時間を「拘束されること」に
なかった.しかし,結果的には数回の薬剤変更がなされ
腹が立つようになった.
「これは一種のパワハラだ」と思
たが,著変はなかった.K の「うつ病」診断の要求に対
い,段々と誘いを断るようになった.そうすると,会社
しては,うつ状態という状態像診断はできても,うつ病
の同僚も,何かしら自分を避けているように感じられ出
という疾病判断はできかねる旨を再三繰り返し伝えた.
した.徐々に夜も余り眠れなくなり,休日は好きなアニ
その後 K は,「自分の人生を台無しにされたので,会社
メやバラエティ番組を視聴して気分転換できるのだが,
を訴える」と,首都圏の弁護士に相談にゆき,その後訴
月曜日の朝になると会社に行くのが億劫になってきた.
訟準備に入るために,実家に戻っていった.
それでも何とか出社を続けていたが,ときに休みがちと
なり仕事も滞りだした.当初は見下していた同僚が自分
本症例は,
「新型うつ病」の一例と見てよいであろうが,
よりも仕事をこなしている現実を見ていると,
「こんなは
これがそのすべての要素を包含しているわけではない.
ずはない」と,無性に腹が立ってきた.心配になってイ
しかし,かなり多くの特徴が示されている.そこで K を
ンターネットで自分の現状を調べていたら,うつ病の自
も含めた,
「新型うつ病」の諸特徴を,それ以外のものと
己採点サイトが見つかり,それをやってみたところ「う
対比しつつ,以下に見てみよう.
つ病の疑いがあるので医師に相談するように」と出た.
「新型うつ病」では,古典的うつ病で例外なく認めら
当該項目は,イライラ,不安,意欲低下,不眠,易怒性
れたような悲哀感,制止症状(感情,行動および思考全
などであった.そのため,自ら精神科を希望して,当科
般にブレーキがかかること)が乏しい.しかも K も含め
を受診するにいたった.
て,古典的うつ病者とは対照的に,よく喋るし,自己主
張も強い.とりわけ特徴的なのは,古典的うつ病が自責
「労働安全衛生研究」
15
的・自罰的であったのに対して,「新型うつ病」では他責
ているからと言って,必ずしも即うつ病と診断されては
的・他罰的であることである.また不安は必発であるが,
ならないのである.
抑うつ感と渾然一体となって切り離せない.
2)
操作的診断基準の弊害
非定型な躁的要素の混入も特徴的である.従来から躁
では,うつ病診断の基準は何に拠るべきであろうか.
状態は,高揚感と爽快気分およびそれに伴う言動の昂進
うつ病診断の混乱の原因がここにも潜んでいる.現在,
と捉えられてきたが,それと並んで行動的要素の突出も
精神医学における診断基準は,世界的にアメリカ精神医
非定型な躁状態あるいは軽躁状態と見なされている.つ
学会の DSM-IV(精神疾患の分類と統計のマニュアル,
まり,易怒,焦燥,濫費,軽率な行動,逸脱行動,喧嘩,
第Ⅳ版,2000)7)あるいは WHO の ICD-10(精神およ
(申し訳ないとは思わない,むしろ横柄で)怠惰な欠勤
び行動の障害の分類,第 10 版,1992)8)に拠っている.
などがそうである.このような非定型な躁成分の混入も,
DSM は,2012 年に内容が一新された DSM-59)へと更新
「新型うつ病」の特徴である.他方,頭重,頭痛,倦怠
されたが,いまだに多くの問題を内包しており 10),この
感,易疲労,不眠,肩こりなどのような心身の不定愁訴
診断基準が今後世界に受け入れられるかどうかは,その
は,従来通りに認められる.また選択的(嫌なことに対
趨勢をしばらく見守る必要がある.
してのみの)集中力低下も特徴的である.
これらの診断は,いずれにせよ操作的診断基準に拠っ
従来のうつ病の病前性格は,社交的,几帳面,律儀,
ている.DSM も ICD も,注意深く疾患(disease)とい
仕事熱心,勤勉,頼まれたら断れない等々の,言ってみ
う言葉を避けて,一般的には障害(disorder≒秩序が乱
れば二宮金次郎のごとき模範的人格が一般的であった.
れていること)という言葉が用いられる.簡単に言えば,
しかし,
「新型うつ病」では社会的に成熟した人間関係の
病気(illness)の本態は問わず,だから病気のメカニズ
構築に到っていないことが,つまり協調性と同調性を欠
ムや成因も問わず,表現型(phenotype)のみが問われ
いていることが多い.さらに,発病状況でも,以前は喪
るのである.その理由は,外因性(=身体因性)精神障
失(失恋,離婚,離別,死別)や出立(引っ越し,異動,
害以外において,精神障害はその病気のメカニズム(発
転勤,配転,昇進,退職)などを契機としていたものが,
病機構)が未解明なままなので,成因分類が出来ないこ
最近では上司からの(本人に拠れば)
「パワーハラスメン
とにある.
ト」や自分の才能が「十分に評価されていないこと」な
そのため例えば,DSM-IV7)における診断は外面的指標
ど,従来では新参者にとって通過儀礼的な試練として捉
をカウントすることに限定される.具体的にうつ病に関
えられていたものが,むしろ当該者には周囲からの「積
係するものは,大うつ病エピソード(major depressive
極的な加害行為」として被害的に認識されていることも
episode)や大うつ病性障害(major depressive disorder)
多い.
などと名付けられているが,それらの診断は,その特徴
的症状を示す A 基準を満たすことに拠っている.A 基準
4
1)
「新型うつ病」をめぐる議論
「うつ病」と「うつ状態」の違い
は,(1)抑うつ気分 and/or
(2)興味または喜びの喪失を
満たし,かつそれ以外の (3)~(9)(これらは,うつ状態
「うつ」という言葉が,世間一般で曖昧に使用されて
であれば普通に認められる項目〔体重減少・増加,不眠・
いる.この「うつ」は,うつ病とうつ状態の意味合いを
睡眠過多,焦燥・制止,易疲労性・気力減退,無価値感・
共に含んでいると思われるが,その自覚的区別がなされ
罪責感,思考力集中力減退・決断困難,自殺念慮・企図〕)
ることはまれである.しかし,両者は別の概念範疇に属
からなっており,これらすべてを合わせて 5 項目以上が
しているために,そこに「うつ」にまつわる大きな混乱
2 週間以上続けば,大うつ病とする.これは,他の障害
が存在している.そもそもうつ病とは,疾患名(病名)
の除外や社会的または職業的機能低下などを示す B,C,
であり,うつ状態(=抑うつ状態)は状態像・症状であ
D,E 基準による除外診断によってさらに狭められるが,
る.ちょうど胃潰瘍や胃ガンが病名であり,腹痛が症状
いずれにせよそれらを満たせば診断としては確定する
であるように,お互いに次元(概念範疇)がことなって
(なお,この「大うつ病」という和訳は,かなり耳障り
いる.そもそも病院を受診する人は,例えば,妊娠で喜
であり,せめて主要うつ病とでも訳しておくべきであっ
んでいる人や躁病の人以外は,ほぼ心身の不調を自覚し
たと筆者は考えている).それ以外の障害(例えば,統合
て来院するのであり,おしなべてうつ状態にあると言っ
失調症,パーソナリティ障害等々)の診断も,基本的に
ても過言ではない.そのうつ状態の人の中のごく少数に
は同様のプロセスをたどる.
うつ病が認められるのである.だから「あの人はうつ」
つまりここでは,表面にあらわれた項目のみが取り上
と言っても,それがうつ病なのかうつ状態なのかは,判
げられており,当事者の個別的な生活史や世界観は,つ
然としない.このことは,日本においてのみならず,欧
まりその人の歴史に担われた個人的状況や人間存在の在
米においても同様であり,depression/Depression も日
り方は,問題にされていない.むしろ,そのような個別
常語としては,それらが区別されていない.しかしなが
性や特異性を問い出すと,診断の信頼性を損なうために,
ら,医学に携わる者は,疾患名と状態像を自覚的に区別
極端に言えば個別性を捨象して,表面的な指標にのみ敢
すべきである.再度繰り返して言えば,うつ状態を呈し
えて注目することで診断操作が行われるのである.この
ような一種の行動主義的な診断基準に拠ることで,診断
Vol. 7, No.1, pp. 13-21, (2014)
16
の一致という意味での大きなメリットは存在するが,診
目標としている.しかしこのことは,依然として未来の
断としては過包摂(過剰診断)になってしまうデメリッ
課題であり,ひょっとすると永遠のアポリア(ギリシア
トをも有している.しかもそれ以前に,これらの診断基
語由来の言葉で,「道がない」
,あるいは「証拠と反証が
準がそもそも妥当なのかという,根本的疑問が存在する
同時に存在して,命題の真実性を確立しがたい問題」の
のだが,それは次回改訂版へと持ち越されることで棚上
意)にとどまる可能性をも内包している.
げされてきた.しかし,2012 年に出た DSM-59)でも事
このような成因的な見方は,患者を診断し経過を診て
情は変らず,むしろより悪くなっているという評価さえ
行く際には極めて重要な視点を提供してくれる.しかし
もある 10).
操作的診断基準では,先にのべた内因性と心因性の区別
3)
がなされていないために,例えば,内因性うつ病と心因
精神医学における成因論的考え方
精神障害における成因については,外因(身体因)性
性うつ病(≒反応うつ病≒神経症性うつ病≒抑うつ神経
と心因性以外に,精神医学固有の問題である内因性とい
症)との区別は,原理的になしえない.このためアメリ
う考え方が,従来から理念的に存在してきた.この内因
カのうつ病研究の多くは,母集団自体に雑多なものが混
性という考え方は,現時点では心因性でも身体因性でも
在しており純化されていないため,それをいくら精緻に
ないが,しかしいつかは身体的基盤の存在が(遺伝と環
研究して何らかの統計的結論を出したとしても,その妥
境の相互作用の下で)解明されるであろうと想定された
当性には大きな疑問が付されるのである 11).
概念である.しかし,現在にいたるまで百年以上その研
4)
内因性うつ病と心因性うつ病
究がなされながら,いまだにその全貌がまったくつかめ
うつ病は,内因性でも心因性でも外因性(例えば,膠
ないままにとどまっている.その代表例が,従来より二
原病に伴ううつ病,ステロイド投与時のうつ病,脳卒中
大精神病として知られている統合失調症と(うつ病,躁
後のうつ病等々)でも起こりえるが,産業医学において
病,躁うつ病の 3 つからなる)躁うつ病である.ただし,
問題となるのは,心因性と内因性の鑑別である.
精神障害の成因として,これら 3 つの成因は図 1 に示し
たように相互排除的ではなく重畳することもありえる.
ここにおいて,内因性は未解明であるため,あくまでも
表 1
内因性うつ病と神経症性(心因性)うつ病との比較
(文献 11 を一部著者改変)
理念型(Idealtypus,Max Weber が案出した概念,現実
的には存在しなくてもその理想的な在り方として概念構
内因性うつ病
成され,それによって全体的認識が深まるもの,例えば
心因性(神経症
性)うつ病
「資本主義経済」とか,面積を有しない「点」なども一
種の理念型である)として考えられている.
発症年齢
中年・初老>青年
青年>中年
日内変動
しばしば(朝わる
規則性なし
く,夕よい)
(気分屋)
睡眠障害
必発
必ずしもない
自責性・自罰性
しばしば
まれ
他責性・他罰性
まれ
しばしば
他者依存性
まれ
しばしば
状況依存性
まれ
しばしば
病前の窮地体験
±
まれでない
発病前の社会
非常によい,よい
余りよくない,普通
メランコリー親和
不定(わがまま,
型,循環性格
利己的)
抗うつ薬への反応
比較的良好
必ずしもよくない
休養中の態度
真面目
オフで元気に?
分類学的視点から言えば,外因性精神障害は,今まで解
明された多くの身体疾患がそうであるように Kraepelin
が主張した,同一の原因,同一の病状,同一の経過,同
一の転帰,同一の病理組織変化をもつ病態のまとまりと
しての疾患単位(Krankheitseinheit)である.これを内
因性精神病に当てはめることは,現在にいたるまで成功
していない.しかし,いわゆる生物学的精神医学の研究
者たちは,極端に言えば,内因性精神病を将来的には身
体因性精神病として解明することで,精神医学を心因性
精神障害以外は,神経内科学の範疇に包含させることを
適応
性格
図 1
心因性,内因性,外因性(身体因性)の関係
「労働安全衛生研究」
17
すでに述べたように,1980 年以降に世界を支配してい
心因性うつ病およびパーソナリティ(例えば,自己愛
る DSM-Ⅲ以降の操作的診断基準は,このような成因論
パーソナリティ,境界性パーソナリティ,回避性パーソ
的視点を欠いている.しかし,臨床場面においてこの視
ナリティ等々)の障害が優位なうつ状態(操作的診断基
点を持っていないと,病態把握に困難が生じてしまう.
準に拠れば,これらの多くも「うつ病」とされてしまう
1
ことがある)の本質的差違は,葛藤の有無にある 14).心
である.その違いは典型例では対照的となる.とりわけ
因性うつ病は,別名抑うつ神経症とも言われるように,
特徴的であるのは,自責性・自罰性(その裏面の他責性・
葛藤をめぐる防衛機制が本人の主観的苦悩と社会生活上
他罰性),他者依存性,状況依存性,発病以前の社会適応,
の困難を生み出している.他方,パーソナリティ障害が
病前性格,休養中の態度などの対比である.これらの診
基底にあるうつ状態の場合,主観的苦悩は前景化せず,
たてにより,比較的容易に両者の鑑別が可能である.
他者からは葛藤状況にあると見えても当事者の主観には
この両者の違いを笠原
12)にならって対比したのが,表
本論で議論の対象になっている「新型うつ病」の多く
葛藤が背景化していて自覚に乏しい.しかし,不都合な
は,操作的診断基準が広まる以前には常識的であった心
状態・不調な状態であることには変わりなく,またその
因性うつ病の視点から理解されるであろう.従来のうつ
自覚はあり,それが本人を受療行動へと導くのであるが,
病の治療や対処法は,基本的には内因性うつ病モデルが
彼らが自覚しているのは,抑うつよりもむしろ不機嫌と
基準となっていた.例えば,
(内因性)うつ病と診断がつ
か不愉快,不満,イライラ感など(彼らの言葉では「か
けば,
「このような事態は,本人の怠けや無能に由来する
ったるさ」)であったりする.
のではなくて病気に由来することを説明し,励ますこと
時代がもつ同調圧力の減少とともに,昔から存在して
はむしろ避けて,十分な休養と薬物療法による加療を勧
いたシゾイド(統合失調質)のパーソナリティを基底に
める」ことが標準的な対応であった.しかし,このよう
したうつ状態も事例化してきている.シゾイドとは,統
な対処法を,心因性うつ病に用いることは,むしろ逆効
合失調症者の病前性格として取り出された(必ずしも発
13)も述べているように,うつ病
病する必要はない)気質標識であるが,例えば,非社交
における「激励禁忌の神話」はすでに適応領域をはるか
的,孤立を好む,真面目,敏感,神経質,鈍感と敏感の
に超えて世間に浸透しており,それを金科玉条とするこ
同居,変わり者などの特徴を有している.このような人
とで,むしろ弊害さえも生み出している.だから従来の
たちも,職人とか熟練工,あるいはその道の専門家とし
対処法は,心因性うつ病者に対しては「疾病への逃避」
て生き残るすべがかつてはあったが,昨今の流動的労働
を強化し,さらには「疾病利得」をもたらしかねない.
市場では,彼らの生き残れるニッチが減少の一途をたど
5)
っている.このような人たちは,例えば,
「ネクラ(根暗)」,
果になりかねない.井原
パーソナリティ障害の重畳
さらに事態を複雑にしているのは,ここ数十年におよ
協調性に欠ける,考えていることがわからないなどと捉
ぶ精神的成熟の遅さあるいは若年化である.昭和 30~40
えられてしまい,職場などの生活場面で恒常的に無理な
年代では,20 歳を過ぎれば自他共に「大人」として,60
関係(例えば,明るく振舞え,positive thinking で !)
歳を過ぎれば,「老人」と見なされるのが普通であった.
を強いられることで不適応を起こしてしまい,結果とし
しかし,この精神年齢の尺度は日本においては際限なく
てうつ状態に陥ることがある.このような場合にも,休
先延ばしにされる現象が起きている.現在であれば独身
養を取り抗うつ薬を飲んで寝ていれば治るものではなく,
なら 40 歳くらいまで「青年」意識を持つ人が少なくな
むしろ本人自身に性格特徴の自覚を促し,それによって
い.今では元気で意欲的な高齢者を「万年青年」と呼ぶ
生じる周囲との緊張状態の処理をテーマとした精神療法
ことは,皮肉よりもむしろ褒め言葉の含意が大きい.並
的アプローチと,本人の生活を保証する環境調整がなさ
行して生じたことは,パーソナリティ発達における未熟
れるべきであろう.
さと社会性の希薄さである.本来的には自らの人生の試
6)
軽症の内因性うつ病の鑑別
練と見なすべきことを,外在化することで,不適応状態
以上述べてきたように,ここ数十年来,古典的な内因
をもたらし,結果としてうつ状態に陥る.そして,その
性うつ病は背景化し,むしろ心因性うつ病が前景化して
改善を医療に求めて受診するのである(これ自体悪いこ
きているが,さらにそこにパーソナリティの成熟遅滞が
とではない)が,時としてすでに述べたような問題をは
重畳して状態像を見にくくしている.また,また未熟な
らんだ操作的診断基準によってうつ状態が安易に「うつ
パーソナリティ以外にも,特定可能なパーソナリティ障
病」と診断されてしまうリスクが存在する.この場合,
害とまでは言えないにせよ,それらのパーソナリティと
自らの人生の課題が「医療化」されて,さらに抗うつ薬
環境世界との摩擦により,そのことに本人が無自覚なま
投与により「医原性うつ病」が生み出される危険性が生
までうつ状態をていしている事例も増えている.
じる.ここで必要なことは,むしろ薬物療法という身体
しかしここでは,それと表面上はよく似ているが,そ
療法ではなくて,精神療法的アプローチによる本人の内
の基盤をことにするうつ病の存在を指摘しておきたい.
省的自覚と葛藤処理能力の向上,そして人間的成長への
それは従来からある内因性うつ病のごく軽症例である
援助であろう(もちろん,補助的に抗不安薬などを使用
しかも従来の内因性うつ病は,病前性格をメランコリー
することを否定するものではないが,一義的に抗うつ薬
親和型にもち中高年において初めて発症することが多か
の適用がなされるべきではない).
ったし,それがむしろ理念型と見なされていた.もちろ
Vol. 7, No.1, pp. 13-21, (2014)
2).
18
んそのタイプは以前に比して格段に減少してはいるが,
ただし,内因性うつ病の発病においては,ストレスの
今なお臨床の現場で見ることができる.このような内因
存在は(あっても構わないが)必ずしも要請されないこ
性うつ病では,いまだに探り当てられてはないが何らか
とは留意されるべきである.うつ病の発症において社会
の生物学的に病的な変化が生じると同時に,その人には
因と(遺伝,生物学的要因,環境そして生活史をも含ん
心身にパトス(Pathos,「受苦」とも訳される,本人の意
だ)個人因との相互関係の研究が必須であるが,集団と
志を越えて運命的に事態を被ること)的な変容がもたら
個の関係の究明は,依然として難問であり続けている.
また当然のことであるが,同じストレスに曝された場
される.それによって生活史/人生誌(Lebensgeschichte)
に意味の不連続性が生じる.それは,当事者の精神内界
合でも,それを挑戦と受け取り積極的に応答するか,そ
を外部から一貫して了解することが困難な地平が出現す
れとも重圧として受動的に被るだけかとの間には,大き
ることでもある(了解不可能性 Unverstehbarkeit)15).
な個人差があり,その後の人生の軌跡も変ってくるであ
このような診たてによってのみ浮かび上がってくる病態
ろう.しかも同じ個人でも,いつどこでどのようなかた
があることは,忘れるべきではない.
「新型うつ病」にお
ちでストレスに曝されるのかによっても,ストレスの主
いて,20~30 代の軽症内因性うつ病を見逃さないように
観的意味合いは変ってくる.逆説的ではあるが,ストレ
留意すべきである.この場合には,むしろ旧来のうつ病
スがないのもまたストレスをもたらす.歴史的には,産
治療が適用されるべきであり,一義的に薬物療法を欠か
業革命以降,うつ病の発病要因(の 1 つ)にストレスが
すことができない.
広く認知されるようになったが,それ以前ではむしろ有
これに関連して笠原が,
「そもそも今日流行の「うつ病
閑貴族のアンニュイな退屈にこそ心にうつ病が忍び寄る
ストレス学説」は基礎理論としてはともかく,精神科の
大きな要因と見なされていた.その意味では,健常な精
臨床場面では当らないのではないか.いまでも診察室で
神の維持には,少な過ぎることも大き過ぎることもない
診るうつ病の大半は“誘因なく”発症している.再発ケ
適度なストレスの存在こそが肝要であり,それはむしろ
ースになると「誘因なし」はもっと頻繁になる.少し偏
良いストレス(eustress)と言われている.
るかもしれないが,全くの心因のみによるうつ病はごく
8)
まれと考えておくのがよくないか.」16)と述べていること
双極Ⅱ型について
従来より双極性障害(bipolar disorder)とは,躁うつ
は,重要な指摘である.
病と同義であるが,最近,双極Ⅱ型(bipolar Ⅱ)が話
7)
題に上るようになってきた.この場合,躁病相とうつ病
脆弱性-ストレスモデル
最近の時代思潮においては,家庭や職場,社会のスト
相(および平穏な時期)を交互に症状として示す従来か
レス(社会因)が精神障害の発症に大きな役割をはたし
らの躁うつ病は,双極Ⅰ型(bipolarⅠ)とされる.それ
ていると見なされるようになり,それは暗黙の了解事項
に対して,双極Ⅱ型は,うつ病相は従来通りであるが,
とさえなっている.その程度を計るためにストレスチェ
躁病相が双極Ⅰ型のように対人関係を破壊し社会的名誉
ックなるものまで考案されている.しかも過労死や過労
を毀損し入院を要するほどの激しいものではなくて,軽
自殺の増加とすでに最高裁判決で認定された電通事件
度の躁状態,つまり軽躁状態のみをていするものをいい,
(2000 年 3 月 24 日最高裁第 2 小法廷判決)17)のような
双極Ⅰ型と区別するために用いられている(それ以外に
事例により,労働基準監督署までもが,
(それ自体悪いこ
も双極Ⅲ型,Ⅳ型・・・とあるが,本論では言及しない)19).
とではないが)企業に対して精神保健上からストレス軽
しかもこの軽躁状態は,双極Ⅰ型の躁病相の程度が薄
減の啓蒙運動を繰り広げている.そこで念頭に置かれて
められた(マイルドになった)という理解では捉えきれ
いるのが Kielholz の消耗性うつ病(Erschöpfungs
ない,何か独特なものを感じさせることが多い.それは,
-depression)の概念
元来の性格部分と明確に区別をすることが困難な,それ
18)であり,またうつ病発生のメカニ
ズムとしての脆弱性-ストレスモデル(vulnerability
と渾然一体となった不安定さに現れている.しかも軽躁
-stress model)である.これらは広い意味において,心
状態にあっても,それなりに礼容が整っていることが多
因性の議論と見なすことができる.もちろん,人みな同
い.そのため,
「最近調子がよい」と本人には自覚されて,
じく過度のストレスを被ったからと言って等しくうつ病
そのような陳述から診察場面では見逃されてしまうこと
を発病するわけではないが,圧倒的なストレス下におけ
があり,ただ単にうつ病として診断されがちなことに,
るうつ病発生が法的に認められた意義は大きい.
注意が向けられるようになってきた.
客観的に非常に過大で侵襲的なストレスの存在が確認
だから何かしら,典型的なうつ病から外れている印象
される場合には,個人の脆弱性を問うよりはむしろ,現
を本人から感じ取った場合には,生活場面の,とりわけ
実に存在するストレス軽減への働きかけ,ないしは環境
周囲の人間との関係の詳細な聴取が必要となる.それに
調整がなされるべきである.社会問題や会社の問題を,
より,案外本人には気づかれていない葛藤状況の存在が
個人の問題として矮小化すべきではない.たとえうつ病
浮かび上がり,それが軽躁状態によってもたらされてい
を発病したとしても,薬物にはその個人をこえた外部状
ることがわかることがある.その意味で,双極Ⅱ型は,
況にまで影響を及ぼすことはできない.現実問題は,現
先に述べたようなパーソナリティの問題とも絡み合って
実レベルにおいて対処するほかないのである.
いて,症状も非定型・不安定なものが多く,診断に迷う
点でいわゆる新型うつ病ともかなり重なり合う部分があ
「労働安全衛生研究」
19
る 14).特にその軽躁成分が,爽快・愉快といった主観的
の怠業や逃避行動までもが含まれている.うつ状態に対
快成分よりは,むしろ自己主張・焦燥・易怒・攻撃性とい
する画一的な対応法,治療法は存在せず,そこにあらわ
った行動面での活動水準の上昇として現れることも特徴
れている容態が,うつ病なのかそうではないのか,もし
的でありながら,主観的にはその時に「本来の自分を取
うつ病だとしても成因論的にどのように捉えるべきなの
り戻せた」と感じられていることさえある.このような
か,を考えることが肝要である.そのためには当事者の
双極Ⅱ型の人がうつ病相にあるときに,安易に抗うつ薬
詳細な生活史の聴取とパーソナリティ構造の把握,発達
を投与すると,薬原性に躁病相を惹起することがあるの
段階の評価などが必須となる.ただうつ状態にあるから
で,それへの注意が必要である.
として,安易に抗うつ薬を投与することは,厳に避けな
いずれにせよ,双極Ⅱ型は,双極性障害の範疇に含ま
ければならない.しかし,内因性うつ病を疑う場合にそ
れるものであり,治療的立場から見ると,本人が「良く
の使用を躊躇すべきではない.うつ病の治療は,その専
なりました,普通です」と言うときには,つねに軽躁状
門医である精神科医に委ねるべきであろう.
より詳しいうつ病の現状を知りたい方は,最近の成書
態を考慮すべきである.比較的長い経過を見ていると,
周囲から見て本人が情緒的にも社会生活面でも一番安定
を参照されたい 29 -31).
している時期が,本人には主観的に「軽うつ」と感じら
れていることが多い.その意味で,双極性障害は双極Ⅱ
型でも,むしろ安定した軽うつ状態を維持することが治
文
広瀬徹也.
「逃避型抑うつ」について.宮本忠雄編 :躁う
2)
松浪克文,山下喜弘.社会変動とうつ病.社会精神医学.
3)
阿部隆明,大塚公一郎,加藤敏ら.
「未熟型うつ病」の臨
つ病の精神病理 2.弘文堂; 1977:61-86.
療のコツであろう.
9)
献
1)
セロトニン仮説の虚実
うつ病の病因について,1960 年代にモノアミン仮説に
よって,脳内の「化学的不均衡(chemical imbalance)」
1991; 14: 193-200.
の存在が提唱されて,現在では製薬会社がそれを積極的
床精神病理学的検討-構造力動論(W.Janzarik)からみ
に宣伝するようになっている.しかし,抗うつ薬の作用
たうつ病の病前性格と臨床像.臨床精神病理.1995; 16:
239-248.
機序については,当初の神経終末へのモノアミン再取り
込み阻害説から始まり,後シナプス性受容体の downregulation 説や,前シナプス性セロトニン
4)
加藤敏.現代社会における不安・焦燥型うつ病の増加.精
5)
樽味伸,神庭重信.うつ病の社会文化的試論-とくに「デ
神科.2002; 1 : 344-349.
1A 自己受容
体の desensitization 説などが提唱されてきたが,いまだ
抗うつ薬の治療機序を矛盾なく説明するものとはなって
ィスティミア親和型うつ病」について.日本社会精神医学
いない 20).
会雑誌.2005; 13 :129-136.
さらには重症うつ病以外の軽症うつ病に対して,SSRI
や SNRI(serotonin and norepinephrine reuptake
6)
笠原嘉.退却神経症.講談社; 1988.
7)
American Psychiatric Association.Diagnostic and
inhibitors)がプラセボや精神療法を上回る治療効果が
Statistical Manual of Mental Disorders,4th ed.APA;
あるというエビデンスは,当初の治験データの結果に反
1994.(高橋三郎,大野裕,染矢俊幸訳.DSM-Ⅳ精神疾
して,最近では得られなくなってきている 21-25).だから,
製薬会社の宣伝するような「うつ病は脳内セロトニンの
患の分類と診断の手引き.医学書院; 995.
)
8)
World Health Organization: The ICD-10 Classification
低下に起因するので,それを増加させる薬を飲めば治る」
of Mental and Behavioural Disorders.Clinical
ということは,現代の虚妄であり神話なのである.
descriptions and diagnostic guidelines.WHO; 1992.
(融
実際,最近の軽症うつ病に対する治療マニュアルにお
道男,中根允文,小宮山実他監訳.ICD-10 精神および行
いて第一推奨治療として推奨されているのは,例えばカ
ナダの治療指針
動の障害-臨床記述と診断ガイドライン.医学書院;
26)では,精神療法および薬物療法であり,
両者は同等であるとされている.オーストラリアとニュ
ージーランドのそれ
1993.)
9)
27)では,薬物療法の記載がなく,支
Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed. Amer.
Psychiatric Pub.; 2013.
持的な臨床ケアと心理教育が最も有効とされている.さ
らに国際生物学的精神医学会(WFSBP)
28)でも,治療の
American Psychiatric Association. Diagnostic and
10)
Frances,A.Saving Normal : An Insider’s Revolt
Against Out-of-Control Psychiatric Diagnosis,DSM-5,
第一選択は精神療法であり,薬物療法はメインではない
Big Pharma,and the Medicalization of Ordinary Life.
としているのである.
William Morrow; 2013.
(大野裕監修,青木創訳.
〈正常〉
5
を救え-精神医学を混乱させる DSM-5 への警告.講談社;
まとめ
2013.)
「新型うつ病」は,流行語ではあるが,精神医学的な
臨床概念としては確立しておらず,そこにはいろいろな
11)
病はこころの風邪」の喩えは,不適切である.そこには,
死に到るような「こころの肺炎やガン」から健常範囲内
Vol. 7, No.1, pp. 13-21, (2014)
Parker,G.Antidepressants on trial: how valid is the
evidence? Br J Psychiatry,2009; 194(1): 1-3.
うつ状態が雑居している.一部で言われるような「うつ
12)
笠原嘉.感情病(躁うつ病).笠原嘉,武正建一,風祭元
編.必修精神医学.南江堂; 1984: 67-72.
20
13)
井原裕:激励禁忌神話の終焉.日本評論社,東京,2009.
14)
牛島定信.サイクロイド・パーソナリティの精神病理-双
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27)
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Depression Versus Anxiety: Is Medication Somewhat
Better for Depression, and CBT Somewhat Better for
Anxiety?
Depress Anxiety. 2011; 28(7): 560-567.
「労働安全衛生研究」
21
A New Type of Depression Identified in Clinical Practice
by
Takashi IKUTA*1
In recent years a new type of depression has occurred prominently in Japanese society.In the field of
occupational mental health, the problem of how to deal with employees suffering from this new type of
depression is an urgent one for many companies. However,from the viewpoint of psychiatry this type of
depression is not a purely academic concept,but a kind of hotchpotch that includes true depression,mild
psychosis , neurosis , some personality disorders , adjustment disorders , escapism from company
circumstances,idleness, and so on.On the one hand it is not necessarily a valid or reliable diagnosis; on the
other hand it reflects the spirit of Japanese modern times.In this sense, diagnosis of this new type of
depression is still unstable and there is some doubt about whether it will remain a problem for an extended
period.In order to inquire into the essence of the new depression, it is necessary that expert clinical
psychiatrists assess life history in detail from genetic (i.e . psychogenic , endogenous or exogenous)
perspectives, using a situation-oriented and personality-oriented approach.
Key Words: new type of depression, occupational mental health, endogenous, psychogenic, life history,
bipolar Ⅱ
*1 Department of Psychiatry, Seirei Hamamatsu General Hospital
Vol. 7, No.1, pp. 13-21, (2014)