小特集 レーザー誘起衝撃波圧縮を用いた状態方程式研究 4.レーザー誘起衝撃波による物質研究の展開 4. 1 レーザー衝撃圧縮と試料回収 関根利守 (物質・材料研究機構物質研究所) Studies of Material Responses to Dynamic Compression by Laser-Induced Shock Waves Laser-Driven Shock-Wave Compression and Sample-Recovery Technique SEKINE Toshimori Advanced Materials Laboratory, National Institute for Materials Science, Tsukuba 305-0044, Japan (Received 25 February 2004) We have developed laser-driven shock compression and sample recovery techniques for exploring novel materials. Strong shock waves are generated by hypervelocity impacts of mini-flyer accelerated by pulsed laser ablation. We have measured the mini-flyer velocity using a time-resolved velocimeter (VISAR), with the impact pressures estimated by means of the impedance match solution method. Through sample recovery techniques, the high -pressure phase transitions and dynamic stability of cubic diamond and hexagonal BN are investigated and compared in terms of shock compression durations. Keywords: Laser shock wave, laser gun, high pressure, phase transition, sample recovery 4. 1. 1 はじめに ら従来の方法で発生した強力衝撃波と物質との相互作用を 強い衝撃波は,大変ユニークな高温高圧の極限環境場を 研究するための衝撃試料回収は,従来 100 GPa を超えるこ 提供する.特に固体中の超強衝撃波は,固体の強度をはる とがなく,多くの場合 50 GPa 程度までであった.これは試 かに超える応力を発生させることができる唯一の方法であ 料あるいは試料容器が破壊され試料回収が困難であったか る.衝撃波の発生には,爆薬,火薬,電場等様々な高エネ らである. ルギーを利用する方法があるが,最近めざましい技術的発 そこで 100 GPa 圧力領域を超えるような圧力領域での衝 展を遂げるレーザーを利用する方法もその1つであり,高 撃波と物質との相互作用を研究する方法として,レーザー 強度パルスレーザーでの超強衝撃波の発生研究が盛んに行 照射による微小飛翔体の高速衝突での衝撃波発生法と飛翔 われるようになった [1].水素などの金属化実験等も行わ 体速度測定法および衝撃試料回収法の検討を1994年来行っ れつつある[2]. てきた.初期の頃は大阪大学レーザー核融合研究センター レーザー衝撃波発生には,直接レーザーを試料に当てる での共同利用研究として行われた.1998年からはCOE育成 直接法とレーザーを金属箔に当てアブレーションによって 研究プロジェクトでガラスレーザーの導入を開始し,微小 発生する膨脹波で残りの金属箔を加速し,試料に高速衝突 飛翔体の加速実験と試料回収法の検討を行ってきた.これ させる間接法とがある [3].前者では試料が前加熱を受け らの研究結果について報告する. るが,後者では試料の初期状態が容易に記述可能であり状 態方程式の決定実験などには好ましい.しかし,強い衝撃 4. 1. 2 実験方法 波の発生という点からは強力なレーザー源が必要であるこ !レーザー衝撃波発生装置(レーザーガン) とには変わりがなく,そのためのレーザー発生技術開発が レ ー ザ ー は,Q-ス イ ッ チ YAG レ ー ザ ー で パ ル ス 幅 カギである.最近では,パルスあたりMJ領域エネルギーの (FWHM)を 10 ns に設定し,波長は基本波(1,064 nm)を 発生を目指したレーザー建設が米仏で進んでいる. 使用し,最大パルスエネルギーは 100 J まで増幅させるこ 通常の衝撃実験では,爆薬や推進火薬の化学的エネル とができる.ビーム内のエネルギー強度分布をより均一に ギーを利用する方法や電磁気などの物理エネルギーを利用 するため,ガラスロッド中の Nd 量を従来より少なくした. するが,強い衝撃波の発生という点からは化学エネルギー 装置全体の概要は,Fig. 1に図示されている.図中のモード には限界があり,米ソ冷戦時代には両国で核エネルギーを ロック YAG オッシレータは,パルス幅を 100 ps 程度まで 利用した超強衝撃波による圧縮データの報告がある.これ 変化させる時に使用する.発生したパルスレーザービーム author’s e-mail: [email protected] 454 J. Plasma Fusion Res. Vol.80, No.6 (2004)4 54‐458 Special Topic Article Fig. 1 Laser-Driven Shock-Wave Compression and Sample-Recovery Technique T. Sekine Laser shock wave generator. Q-switched YAG and modelocked YAG are used for pulse width of about 10 ns and 0.1 ns, respectively. The maximum energy at 10 ns (FWHM) is 100 J with wave length of 1,064 nm. 径は,最大エネルギー時に約 64 mmφ で,このビームの一 部(約4%)をエネルギーモニター用にエネルギーメータ Fig. 2 に導入し,主ビームは真空チャンバー(600φ×800 L)中で Relationship between laser intensity and velocity for 10 µm Al foil. 約1∼2 mm に集光し,金属箔に照射した.金属箔表面が アブレーションし,残りの金属は急速に加速され,微小飛 翔体での衝突実験が可能になる.実験に使用し検討した金 響する.このため金属の種類によっては,比較的低速領域 属箔は,厚み 5∼50 µm の Al,Cu,Mo,Pt,Au などであ でも測定が困難になった.また,レーザービームのエネル る.また,流体シミュレーション MULTI コードと SESAM ギー分布の不均一性から生じる加速時の飛翔体の変形から データを利用した計算機手法で実験条件の最適化を検討し 来る反斜面の乱れからの反射光の減衰も考慮しなければな た. らない.測定に最適な金属は Al であった.Fig. 2 に 10 µm !飛翔体速度の計測 Al に対する測定された速度とエネルギー強度の関係を示 微小飛翔体の速度を高時間分解で計測するに用いた手法 す.最大エネルギー強度で測定できた最速は約 13 km/s は,一種の Michelson 型レーザー干渉速度計である Push- である.Fig. 3 と Fig. 4 には,VISAR の測定結果(ストリー Pull タイプの VISAR(Velocity Interferometer System for ク写真)とその解析結果の速度と時間の関係を示す [6]. Any Reflector)レーザー干渉速度計 [4]で行った.1∼10 レーザー加速微小飛翔体の加速度を見ると,1012 m/s2 近く km/s/flinge の範囲で設定可能である遅延エタロンは,測 にも達し,短時間(約 20 ns)ではあるが,超重力場の発生 定速度領域と立ち上がり時間との関連で,少なくとも1個 が認められる.この重力場は衝撃波による粒子加速の値に 以上のフリンジが得られるよう選択した.この時には,速 ほぼ相当している. 度の計測は約2%以内の精度である [5].フリンジ数が多 "試料回収実験法 くなればそれだけ精度は上がるが,立ち上がりが遅くな Fig. 2 からレーザー加速微小飛翔体がほぼ等速度になる り,観測フリンジにとびが生じ,測定の信頼性が悪くなる. のは,飛行距離が約 300 µm 程度あれば十分であることが 光源には,単モードの CW YAG 2 倍波 (532 nm) を使用し, わかる.したがって,Fig. 5 に示すように,試料回収実験で 50 µmφ のファイバーでターゲット裏面に入射させ,反射 は試料を金属箔から約 300 µm 離しておき,加速,衝突させ 光を凸レンズで集め,300 µmφ のファイバーで VISAR に導 れば Fig. 2 で得られた関係から実験毎にエネルギーをモニ 入した.この際,凸レンズの位置を微調節し,ビームのス タすることで,衝突速度が推定でき,通常の衝撃圧縮実験 ポット径が最小(約200 µm) になるように最適化させた.高 で広く使用されるインピーダンスマッチング法が適用で 速飛翔体の測定に対しては,この最適化は重要であった き,衝撃圧力を算出できる.使用した Al 飛翔体の場合,衝 ! ! !% "$!! "# 撃波速度(!&)と粒子速度(!%)の関係は,!&"$ [6].記録系は VISAR からの信号を位相が9 0°ずれた2つ のフリンジをそれぞれビームスプリッターで2分し,180° で近似される.試料のユゴニオは,文献[7]からのものを利 位相差がある信号を作り,4つのチャンネルで記録した. 用した. 記録方法は,光電管とオシロスコープの長時間記録方式と 試料回収実験では,得られた試料を評価する必要からで 同時にストリークカメラでの短時間記録の両方式をとった きるだけ多量の試料を得たい.しかし,最近の試料評価技 術の発展は,微小微量試料の評価を可能にしている.した [6]. がって,電子顕微鏡観察による分析や顕微ラマン分光法に 反射光を測定するには,金属の反射率が重要なパラメー よる方法等の局所分析が可能な方法が使われる. タであるが,同時に加速時には金属箔自体にも衝撃波が生 衝突で実現される圧縮持続時間は,試料に直接微小飛翔 じその波が反射を測定する裏面に達し,反射率の変化の影 455 Journal of Plasma and Fusion Research Vol.80, No.6 June 2004 Fig. 4 Velocity (solid curve), acceleration (broken curve), and displacement (dot-broken curve) of laser-driven mini-flyer as a function of time, based on the data shown in Fig. 2. Fig. 5 Schematic diagram showing laser-shock sample recovery set up. 通常の衝撃銃を使用する場合の約10−2∼10−3倍程度に相当 し,レーザー衝撃実験で圧縮時間の効果を検討することが Fig. 3 Typical record of VISAR. 10 µm Al foil is accelerated with a laser intensity of 370 GW/cm2. (a) streak record of four channels, (b) relationship between channel 1A and 1B, and (c) relationship of subtractions of 1A-1B and 2A-2B. 可能である. 4. 1. 3 回収実験結果 !立方晶ダイヤモンドから六方晶ダイヤモンドへの転移 体が高速で衝突するので,試料サイズは十分大きく厚いと 炭素の基本的な化学結合は,sp,sp2 および sp3 の3つで する.飛翔体サイズは,本実験では厚み 10 µm Al 箔を主に あり,対応する代表的な結晶は,それぞれカルビン,黒鉛 使用したので衝突直前の厚みと直径はそれぞれ 7 µm と 1.5 とダイヤモンドである.黒鉛には六方晶系と菱面体晶系の mm 程度になる.この時,Al 中に生じる衝撃波速度は 7 2つ,ダイヤモンドには立方晶系と六方晶系の2つが実存 km/s 程度で,Al 飛翔体背後で発生する希薄波は約 2 ns するものとして知られている.この中で,六方晶黒鉛と立 後に試料に達する.また,飛翔体円周方向からの希薄波は, 方晶ダイヤモンドがそれぞれ熱力学的に安定領域を有す 音速の速いダイヤモンド試料で見積もると,音速の値とし る.それぞれの多形間の構造的違いは,積層構造の相対的 て 18 km/s を使うと 50 ns 程度で中心部に達することにな な層の位置間の違いであり,化学結合の基本的性質には差 る.ダイヤモンドの粒子サイズが 30 µm だとすると 1 ns がない.したがって,エネルギー的な差は大きくない.こ 以内に希薄波が中心に達する.したがって,本実験での圧 れまでの実験結果からは,結晶性の良い六方晶黒鉛に比較 縮持続時間は,せいぜい数ナノ秒と見積もれる.これは, 的低温で圧力をかけると六方晶ダイヤモンドが生成するこ 456 Special Topic Article Laser-Driven Shock-Wave Compression and Sample-Recovery Technique T. Sekine と[8],さらに温度を上げると立方晶ダイヤモンドに転移 すること [9],六方晶ダイヤモンドを常圧下に凍結するに は 1,000℃ 程度の温度を加える必要があること [8],六方晶 黒鉛を衝撃圧縮すると立方晶ダイヤモンドと共に六方晶ダ イヤモンドが観察されること[10],立方晶ダイヤモンドは 熱力学的に安定な圧力下でも塑性変型し特にシアの大きな 条件下では黒鉛や非晶質物質に相転移する[11]などのこと が知られている.立方晶ダイヤモンド−六方晶ダイヤモン Fig. 6 Recovered diamond samples and Raman spectra of shock recovered cubic diamonds. (a) CVD diamond with radical cracks, subjected to shock pressure of ∼55 GPa, (b) GE diamond particles shocked at ∼140 GPa, and (c) Raman spectra of the starting GE cubic diamond (bottom) and recovered particles located in the dark area. H-dia and C-dia are hexagonal diamond and cubic diamond, respectively. Fig. 7 Recovered h-BN samples from pressures of about 20, 50 and 70 GPa. Each cross section indicates the shapes of induced craters and locations investigated by XRD. ド−黒鉛の間の相転移は,実験的理論的によく研究されて いるが,その転移メカニズムやその生成環境については多 くの議論がある.特に,六方晶ダイヤモンドの熱力学的安 定性は疑問視されている.立方晶ダイヤモンドの衝撃圧縮 で実現される温度−圧力状態では,常に立方晶ダイヤモン ドが安定な領域である.しかし,現実には室温でのダイヤ モンドアンビルセル実験中によくダイヤモンドが破壊する し,またダイヤモンドインデンターでのダイヤモンドへの 傷(凹み)近傍に生じる非晶質炭素や六方晶ダイヤモンド が観察されている[11].これらのことから立方晶ダイヤモ ンドそれ自体の安定性は,シアや格子欠陥などが大きく影 響し,熱力学的安定性にも拘らず,構造安定性を失い,相 転移を起こすことが期待される. 実験[12]では,CVD 法で合成された 100 µm 厚のダイヤ モンドと GE 社製人工ダイヤモンド粒子(粒径 30∼40 µm) を使用した(Fig. 6).CVD ダイヤモンドは,アクリル板上 にのせ,ダイヤモンド粒子は,銅粉の圧力成形体の表面に 埋め込み,ターゲットとした.レーザー強度として6 8−260 GW/cm2 で実験が行われ,衝突速度は 3.5−9.2 km/s で対 応する衝撃圧は 54−196 GPa と計算される.この時の衝撃 温度は 390−1,100 K と算出された.この時,Al 飛翔体が銅 に直接衝突すると銅の衝撃温度としては,1,020 Kから融解 温度までが得られる.Al を除去するために表面を塩酸で処 理した.その後,衝撃回収試料は,そのままの状態で顕微 ラマン分光法で調べられ,一部の試料(ng 程度)は衝突部 分の黒色領域(Fig. 6 b)からナイフの刃先で剥がした試料 粉末をガラスキャピラリー管に封入し,SPring-8 での強力 放射光を利用した X 線回折法での同定に供された.顕微ラ マン分光法での結果(Fig. 6c)は,立方晶ダイヤモンド以外 に,六方晶ダイヤモンドと黒鉛状炭素のラマンピークを示 した.六方晶ダイヤモンドの出現頻度は,大体8 0−100 GPa 付近をピークにした.さらに圧力が増大すると黒鉛状 炭素が強くなった.この六方晶ダイヤモンドの生成は,積 アがかかるような環境では,その安定性を急速に失うこと 層間のずれが生じた結果であり,シア応力の影響を示すも から,ダイヤモンドアンビルセルでの高温高圧実験には特 のと思われる.立方晶ダイヤモンドの HEL は6 3±28 GPa に,注意が必要と思われる. の報告[13]があり,この付近で最大のシアを受ける.室温 !hBN 焼結体での実験 で立方晶ダイヤモンドにシェアーをかけると黒鉛状炭素に hBNの場合には,従来の衝撃実験から約10 GPaで相転移 なり,適当な温度とシア応力が六方晶ダイヤモンドの生成 が開始し,ウルツ鉱型 BN(w-BN)に転移することが知ら に重要であるように思われる.SPring-8での高精度角度分 れている[14].WBN 生成量は,粉末 X線回折法で容易に検 散型 X 線回折法での同定結果では,銅粉と同時に立方晶ダ 出できる程度の転換率である.この相転移のカイネティッ イヤモンドのみが同定されたが,これは六方晶ダイヤモン クスを理解する目的でレーザー誘起衝撃波による実験を ド量が全体としては,まだごく微量であることによるもの 行った.その結果,約20−70 GPa の範囲で衝撃試料が得ら と思われる. れた.Fig. 7 に示されたように,衝突部は,約 2 mm 直径の このように立方晶ダイヤモンドは,マイルドな高温でシ クレータ形態を示し,その周囲には,フライヤー Al がコー 457 Journal of Plasma and Fusion Research Vol.80, No.6 June 2004 4. 1. 4 まとめと展望 レーザー利用の高速加速微小飛翔体の衝突による衝撃圧 縮実験法と試料回収法について述べた.従来の衝撃銃によ る衝突実験に比べ,圧縮時間が10−2∼10−3倍程度になり相 転移に関する情報が得られることが期待される.また,衝 撃圧についても相対的に弱いエネルギー利用で 100 GPa 以上が実現でき,試料回収という点からは試料の破壊を防 ぐことが可能となる.ただ試料量が微小になり,しかも局 所的な分析が必要であり評価分析の技術が重要な役割を担 うことになる.この方面では,ナノ技術関連で今後,増々 発展が期待される新しい評価分析技術を取り入れて,100 GPa を超える圧力領域からの物質探索や物質研究が進むこ とが期待される. 参考文献 Fig. 8 XRD patterns for h-BN sample recovered from 70 GPa (Fig. 7). Number corresponds to the one in Fig. 7. XRD peaks marked by A and N come from Al (flyer material) and AlN (reaction product), respectively. Other peaks are for h-BN. [1]B.H. Ripin et al., Phys. Fluids 23, 1012 (1980). [2]L.B. Da Silva et al., Phys. Rev. Lett. 78, 483 (1997). [3]関根利守ら:レーザー研究 27, 346 (1997). [4]L.M. Baker and R.E. Hollenbach, J. Appl. Phys. 43, 4669 (1972). [5]L.M. Baker, in Shock Compression of Condensed Matter1997, ed. By Schmidt/Dandekar/Forbs, (AIP, 1998) p.833. [6]H. He et al., Rev. Sci. Instrum. 72, 2032 (2001) ; and Appl. Opt. 40, 6327 (2001). [7]S.P. Marsh ed., LASL Shock Hugoniot Data (University of California Press, 1980). [8]F.P. Bundy and J.S. Kasper, J. Chem. Phys. 46, 3437 (1967). [9]T. Yagi et al., Phys. Rev. B 46, 6031 (1992). [1 0]O.R. Bergmann and N.F. Bailey, in High Pressure Explosive Processing of Ceramics, ed. by R.A. Graham and A.B. Sawaoka, (Trans Tech Pub., 1987) p.65. [1 1]Y.G. Gogotsi et al., J. Appl. 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