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激動する地球規模の市場経済

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激動する地球規模の市場経済
1980年代の後半、日本がバブル経済の饗宴をエスカレートさせようとしてい
るころ、世界の政治経済では大きな転換が進行していた。1986年9月にガッ
ト・ウルグアイラウンド(関税貿易一般協定にかかる多角的貿易交渉)が始ま
り、農業、サービス、知的所有権などを含む包括的な自由貿易体制の推進・拡
大に向けた国際的議論が開始される。そして1995年にその包括協定の発効に伴
い、ガットはWTO(世界貿易機構)に発展的に解消した。その間1989年11月
にベルリンの壁が崩壊し、政治的にも経済的にも東西に隔てられていた2つの
社会が合流し、市場経済が地球規模に拡大していく。
しかし1997年から1998年にかけて、アジアとロシアとで連鎖的に起こった通
貨・金融危機は、国境を越えて地球的規模で広がる財・サービス・金融の取引
が、一方で市場経済を大きく揺さぶる要因となることを示した。さらには、こ
れまで強権的な政治体制のもとで潜在していた民族的問題や宗教的対立が自由
主義体制のもとで表面化し、それが国際紛争にまで発展して、世界経済にも影
響を与えるようになっている(表-1)。
表-1 世紀末の世界の政治経済
1985年
1986年
1987年
1989年
1990年
1991年
1992年
1993年
1995年
1997年
1998年
1999年
2
ソ連書記長にゴルバチョフ就任
ガット・ウルグアイラウンド開始
ニューヨーク証券市場暴落(ブラックマンデー)
ベルリンの壁崩壊
日本、株価・地価急落(バブル崩壊)
東西ドイツ統一
湾岸戦争
ソ連崩壊
欧州連合(EU)成立
アフガン内戦激化
WTO発足
アジア通貨・金融危機
香港返還
ロシア通貨・金融危機
NATO空爆(コソボ紛争)
ヨーロッパ通貨統合(ユーロ誕生)
金融システムの変革
世界の政治経済が激しく揺れ動いていくなかで、日本企業がこれまで前提と
していた基本的なシステムも変革を余儀なくされている。
1996年の橋本内閣による日本版金融ビッグバン宣言によって、日本の金融行
政は、それまでの護送船団方式による間接金融中心の体制を改めて、フリー、
フェア、グローバルをスローガンとした新たな金融システムの構築に向けて舵
を切った。1998年には、その方針を具体化する金融システム改革法が成立した。
橋本政権からバトンタッチを受けた小渕政権のもとで組織された経済戦略会
議は、その答申(1999年2月)のなかで次のように述べている。
「①日本型間接金融システムは、土地担保主義をベースに、土地や株式の含み
益をリスクのバッファーとして金融機関がリスクを集中的に負担するシス
テムである。こうした仕組みは、地価・株価の下落による含み益が消失す
る中で金融機関の体力低下に伴い維持困難になっている。『土地本位制』
ともいうべき土地に依存する金融・経済システムから完全に脱却すること
が必要である。
②新しい金融システムにおいては、個人(家計)、企業、金融機関などの経
済主体が、投資家、債務者、金融仲介の各々の立場で自己責任に基づき広
く薄くリスクを分担するような、市場原理を活用した新たな仕組みの構築
が必要である。具体的には、新たな貸出方式としてのノンリコース・ファ
イナンス(貸出債権の求償権が担保不動産に限定される貸出方式)や、相
対型の間接金融の機能低下を補完するものとして、投資信託、資産担保証
券(ABS)等の証券化の推進、さらにはノンバンクによるファクタリング
(売掛債権の買い取り・支払保証等)といった『市場型間接金融』の育成
など新たな金融仲介チャネルの拡大が求められる。
」
このように、土地神話の崩壊を契機として、土地本位制からの脱却を含む金
融システムの抜本的改革が進行している。借り手としての事業法人も、好むと
好まざるとにかかわらず、この変化に対応していかなければならない。
序章 日本企業を取り巻く構造変化
3
日米企業の効率性比較
図-1は、1988年から2000年までの日米企業のROE(Return On Equity=株主
資本利益率)と長期金利の水準とを比較したものである。図-2は、金利水準
の違いによる影響を修正して、同じ土俵で日米企業のROEを比較したものだ。
しかし日本企業のROEは、金利差を調整してもなお米国企業のそれよりも
8%から10%も低い水準に低迷している。日本企業のROEが米国企業のそれ
を上回ったのは、米国経済が大きく落ち込んだ1991年と1992年だけである。
図-3は、負債比率の比較だ。米国企業の負債比率は日本企業のそれよりも
一貫して20%前後低い水準にある。つまり米国企業は、日本企業よりも大きな
「財務レバレッジ」(第3章で詳しく述べる)を使って高ROEを実現している
わけではないことがわかる。反対に日本企業は非常に大きな財務レバレッジを
使っても、なお米国企業のROEに及ばない。
このように日本企業は全体として見る限り、資本効率が低く負債比率が高い
というひ弱な肥満体質に陥っており、収益性と安全性の双方において問題を抱
4
図-3 日米の非金融法人の負債比率
90%
80%
日本
米国
70%
60%
50%
88
89
90
91
92
93
94
95
96
97
98
99
(年)
出所:日本銀行国際局『国際比較統計 1999』より作成
序章 日本企業を取り巻く構造変化
5
えている。これが日本経済が本来持っている成長性を発揮できない要因の1つ
となっている。
企業の成長性は、短期的には収益性や安全性とトレードオフの関係に立つ場
合が多い。なぜなら、成長のために積極的な市場開拓や研究開発投資を行なっ
ても、それらがすぐに大きな利益を生むわけではなく、むしろ短期的には経費
増による利益率の減少や投資のための借入金の増大を招くことが多いからだ。
だがその逆は成り立たない。収益性や安全性が低いからといって成長性が高く
なるわけではない。むしろ収益性や安全性が一定水準以上にあって初めて、企
業は経営資源を明日の利益のために割くことができる。
いま日本企業に必要なことは、効率性を高めることによって収益性と安全性
とを回復し、タイムリーな設備更新や意欲的な研究開発投資を行なう余力を取
り戻すことである。
企業への厳しさを増す金融資本市場
これまで日本の金融資本市場は、企業経営の効率性や安全性について、あま
り強い関心を払ってこなかった。こうした態度の背景には、成長経済を前提に、
現在の収益性よりも将来の成長に向けた積極性の方が評価されてきたという事
情がある。実際にも企業は株主の期待に応えることができたし、銀行も企業の
成長とともに取引を拡大することが可能であった。ところがバブル崩壊によっ
て株価が暴落し、銀行が国の資本注入を受け入れる状態にまで至った以上、そ
の態度を改めざるを得ない。
これまで産業資金の中心的供給者であった銀行は、メインバンクとして取引
先とのリレーションシップを重視し、後見人的役割を担ってきた。しかし金融
制度改革の進捗と不良債権の増大につれて、銀行は、貸付先の信用リスクへの
感応度を高め、その度合いに応じてプレミアムを要求するドライで合理的な経
営姿勢を強めている(この状況は第1章で詳しく論じる)
。
他方で、金融機関と事業法人の株式持ち合いの解消が進むにしたがって、年
金基金や各種の資金運用ファンドが株式市場で台頭している。こうした新たな
株主は、企業への資金拠出者としての意識を高め、株主権の行使を通じて出資
企業の経営にも積極的に関与する姿勢を強めている。
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会計ビッグバンと保有資産の見直し
いわゆる「会計ビッグバン」も、日本企業の行動に大きな影響を与える。
「会計ビッグバン」とは、企業活動や金融資本市場のグローバリゼーションに
対応するために、国際的に通用するディスクロージャーの実現を目指した一連
の会計制度改革である(図-4)。これによって企業は、情報開示の姿勢だけで
なく、資産保有のあり方についても見直しを迫られている。
特に日本では、土地本位制のもとで企業に蓄積された土地が、持ち合い株式
とともに企業保有資産のなかで大きな割合を占めている(この状況は第5章で
詳しく分析する)。これらを今後どうしていくかが、企業経営の効率化や信用
リスク管理のうえで重要な鍵を握っている。
まず単体決算主義から連結決算主義への移行によって、不動産が貸借対照表
や損益計算書に及ぼす影響がより大きなものになった。これまでは本社ビルや
工場を資産保有子会社化することで親会社単体の貸借対照表や損益計算書から
切り離すことができた。また子会社は、それぞれの立場や事情に応じて不動産
図-4 企業会計制度改革(会計ビッグバン)
2005年度
減損会計の導入
2000年度
退職給付会計基準
1999年度
金融商品の時価会計
連結財務諸表の重視
税効果会計の導入
キャッシュフロー計算書の導入
序章 日本企業を取り巻く構造変化
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を保有していればよかったし、親会社として、それを統括制御する必要性も感
じていなかった。ところが連結決算主義に移行したことによって、親会社子会
社それぞれが保有している不動産が全て1つの貸借対照表に集計されて、損益
計算書にも重大な影響を及ぼすようになった。
また金融資産への時価会計実施に続き、固定資産への減損会計の導入が決定
されている。これによって、不動産をはじめとした固定資産の保有損失が、毎
期の損益や自己資本比率に直接的影響を与える可能性が強まった。
つまり「土地神話」の崩壊によって、土地がリスク資産であることが明らか
になった今、企業活動における土地保有の意味や意義を再確認することが求め
られている。これまで土地を含む不動産は、工場や本社ビルなどの生産拠点と
して、あるいは借入金の担保資産として、さらには多角化による賃貸事業用資
産として、さまざまな目的を持って保有されてきた。だが今後は、少なからぬ
経営資源を不動産に固定化することが妥当であるかどうかを、よく吟味しなけ
ればならない。
金融機関を含め日本企業は、さまざまな構造的問題を抱えている。これらを
解決するために、近年多くの手段が整えられた。株式交換制度や会社分割制度
の創設、金融持株会社の解禁、土地再評価法(土地の再評価に関する法律)や
産業再生法(産業活力再生特別措置法)の制定、SPC法等の証券化関連法税制
の整備など、組織再編や資産処分を促進するための制度は、概ね出そろったと
いってよいだろう。こうした制度を有効に活用することによって、いかに資産
効率を高め、信用力や収益力を改善することができるか。いま企業経営の真価
が問われている。
ステークホルダーと企業信用
ところで企業には、多くの組織や人々が、さまざまな立場からかかわりを持
っている。株主、融資銀行、社債権者、取引債権者(手形など売掛債権所有者)、
従業員、顧客、税務当局など、企業と利害関係を持つ者はステークホルダー
(Stake-holder)と総称される。
ひと口に企業信用といっても、ステークホルダーの誰の立場から考えるかに
よって、「信用」の意味は異なる。
一般的に信用は高ければ高いほどよいといわれるが、そこでの「信用」とは、
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社会的な知名度が高く、相手が安心して取引を行なえるという意味での、広義
の信用である。製品やサービスは実際に購入し使うことで、初めてその善し悪
しがわかる。もしそれが期待外れだったとしても、返品して代金を返してもら
うことは通常できない。したがって企業から商品やサービスを購入しようとす
る顧客にとっては、この意味での信用が取引における重要な判断要素となるわ
けだ。
この広義の信用に対して、債務を約束どおり履行する能力の大小を示すもの
が狭義の信用である。最も典型的なものが借入金の返済能力だが、それだけで
はない。自動車や大型家電製品を買った顧客は、故障や不具合が生じたときに
アフターサービスを受ける必要がある。そのサービスの内容や質も、商品購入
時の重要な判断要素である。だがアフターサービスを受けるためには、購入後
もその企業が存続することが前提となる。その意味で狭義の信用は一般顧客に
とっても重要だ。
また材料や商品の納入業者は、掛け売りをしたり手形での支払いに応じたり
することで、代金決済にかかる期限の利益を与えている。特に日本では、こう
した企業間の与信の連鎖が企業金融において大きなウエートを占める。売掛債
権者にとって取引先企業の信用状態は重大な関心事だ。連鎖倒産という言葉が
あるとおり、1つの企業の信用悪化が何十社という企業を巻き込むこともある。
株主と融資債権者
このように、企業と利害関係を持つ者は多様で、信用にもいろいろな意味が
ある。だが本書では、代表的ステークホルダーである株主と融資債権者の立場
から狭義の信用を中心に分析する。なぜならこの2者は、出資や融資という形
で企業に資金を供給することを第一の目的として取引を行なう者であり、企業
が生産活動を行なっていくための元手資本の本質的供給者であるからだ。そし
て高度化し国際化した資本市場では、株式市場と金融市場とは相互に密接な影
響を与え合っている。格付けは狭義の信用を示す代表的指標であるが、格下げ
が株価下落の引き金になることがあり、逆に株価の低迷が格下げにつながるこ
ともある。
前述のとおり、アフターサービスを受ける一般顧客や材料を掛け売りした売
掛債権者も、狭義の信用に利害を有している。だが、商品の購入や材料の納入
序章 日本企業を取り巻く構造変化
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といった取引の結果として派生的に企業債権者となるのであって、企業に対す
る資金供与を直接の目的としているわけではない。したがって、金融機関に比
べれば狭義の信用に対する感応度も低いので、株式・金融市場から見た信用リ
スク管理が十分に行なわれていれば、それらの者から見ても問題ないわけであ
る。
もちろん広義の信用も重要だ。むしろ企業にとっては広義の信用の方が本質
のれん
的な問題だろう。いわゆる暖簾あるいは企業ブランド力であり、これこそが企
業の存立基盤であるといっても過言でない。しかし、それらは長期的な企業活
動や商取引の結果として醸成されるものであって、企業の財務戦略によって一
朝一夕に変えられるものではない。事業戦略論やマーケティング・マネジメン
トが扱う分野であり、本書の目的を超える課題である。
そこで本書では、融資債権者と株主の立場から、狭義の意味での日本企業の
信用リスクに対して不動産アセット・ファイナンスが与える影響を考えていく1)。
不動産アセット・ファイナンスの各手法
本書で具体的に取り上げる不動産アセット・ファイナンスの手法は、次の4
種類である。
①単純売却
②不動産証券化
③セール・アンド・リースバック
④ノンリコース・ファイナンス
不動産アセット・ファイナンスの典型は、不動産証券化とノンリコース・フ
ァイナンスである。しかし、〈はしがき〉のなかでも述べたように、本書では
アセット・ファイナンスを「特定の資産のみに依拠して行なわれる資金の融通」
と定義した。したがって単純売却やセール・アンド・リースバックも、対象資
産を引き当てとした資金の融通という意味で同じであり、広い意味でのアセッ
ト・ファイナンスだ。ただし単純売却を除いて各手法は背反的なものではなく、
②∼④は組み合わせて実施することも多い。図-5に、各手法の相互関係を示
1)動産や債権を対象としたアセット・ファイナンスについては、たとえば、企業法制研究
会(担保制度研究会)が平成15年1月にとりまとめた報告書を参照されたい。
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図-5 不動産アセット・ファイナンスの各種手法の相互関係
単純売却
広義の証券化
狭義の証券化
ノンリコース・
ファイナンス
セール・
アンド・
リースバック
しておこう。
各手法は、本文中で次のように取り上げられる。まず単純売却は、第4章で
資産の保有と処分に関する心理的問題として検討する。また不動産証券化(第
5章)やノンリコース・ファイナンス(第7章)の検討のなかでも取り上げる。
不動産証券化は、その動向を第5章で詳しく紹介し、さらにセール・アンド・
リースバックとともに第6章で会計上の問題を検討する。ノンリコース・ファ
イナンスは随所で登場するが、特にその効用と企業信用リスクに与える影響を
第7章で検討する。
これらの考察を通じて、不動産アセット・ファイナンスの各種手法の特徴と
活用すべき場面や留意点を明らかにしていこう。
序章 日本企業を取り巻く構造変化
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