NPO法人 日野・市民自治研究所「九条と基地を考える研究会」 2011年4月10日 於・日野市新町交流センター 第6回基地問題連続講演会 伊波洋一氏講演 「普天間基地問題から何が見えてきたか」 自己紹介 皆さん今日は。ご紹介にあずかりました伊波洋一です。昨年の10月18日に宜野湾市長 を辞職して11月28日の知事選挙に立候補いたしました。本土の方からも多くの皆さんの 応援もいただきましたが、残念ながら目標達成には至らなかったのですが、悔いはなく頑張 っております。普天間基地問題については、宜野湾市長として7年半近く取り組んでまいり ました。今日お話ししたいことは、原発の問題でもそうなのですが、日本の政府には具体的 な数値や具体的な事実から組み立てる対処の仕方とか、問題を解決する方法がないものです から、今日お話しするようなことが事実としてあっても、それが普天間の問題解決に必ずし もつながっていないということを知っていただきたいと思うのです。 私は1974年に大学を卒業して市役所に入り、87年ごろから宜野湾市職労の委員長を しまして、92年からは休職をして中部地区労の専従事務局長を4年しました。中部地区労 というのは沖縄本島中部の12市町村を束ねておりまして、ホワイトビーチとか嘉手納基地、 普天間基地など多くの米軍基地があるところで、主に基地問題と民間労働組合の問題、産別 に属さない小さな労働組合の組織化とその団体交渉などを取り組んでおりました。中部地区 労から市に戻るときに、県議選挙への出馬要請がありまして県議選挙に出まして2期7年間 県会議員を務めました。県議の時に宜野湾市長選挙への立候補を要請され、当選させていた だき知事選挙出馬で辞任するまで2期7年半やってきました。今日皆さんに基地問題を訴え ることができるということを嬉しく思っております。 はじめに 普天間問題は、米SACOという流れの中で始まり、現在は、米軍再編という流れの中で、 日本とアメリカだけではなくて、アジア、さらには米軍再編の中で地球規模の米軍戦略の文 脈で理解しないと、何を政府がやろうとしているのかが見えなくなってしまうと思います。 その意味で、日野市の皆さんや、あるいは近郊の皆さん、東京の皆さんも決して普天間問 題と関わりのない立場ではなく、全国民的な問題として、普天間基地を返還させながら、同 時に辺野古に新しい基地をつくらせないということが大事だと思います。 3.11 原発事故による大きな影響 福島原発事故に関して今朝もテレビで討論会をやっておりましたが、福島原発事故に関す る情報公開でも、日本で情報公開されていることとアメリカで公開されていることに違いが あり、日本よりアメリカでのほうがより多く公開されている事実を知っておく必要があると 思います。 東日本大震災では一番遠い沖縄でも地震の影響、特に原発事故の影響が顕著に出ています。 まず、観光客のキャンセルが相次いでいます。一番遠い石垣島までです。中国からの観光客 も多くがキャンセルされています。香港・沖縄の定期便が4月、5月、6月、7月とキャン 1 セルされました。日本全体にとって大きな影響を持つと思いますし、原発事故問題がまだ収 束していないということが大きな課題だと思います。昨日のテレビを見ていますと、沖縄の 海兵隊が救援のために行ったことがしきりにアピールされておりますが、アメリカにとって は今回の原発事故は極めて深刻な事態だろうと思っています。もしこのまま収束つかないと いうことになれば、横須賀の第7艦隊拠点や三沢基地、相模原補給廠、厚木、横田と関東や 東北にある米軍戦略の主要な拠点が失われかねない、そういう懸念を持っていると思います。 すぐに厚木からは3月中旬までにグアムへ航空機部隊が移動しております。三沢の戦闘機は 韓国に行っておりますし、それから横須賀の艦隊はすぐに出て佐世保や洋上では風上にいる という状況です。アメリカは大変な懸念をもってこの福島原発事故を見ているのではないか と思います。 報道されない事実 私の手元にある大阪の人民新聞のインタビュー記事では、核というと私たちは広島・長崎 を思い出しますが、広島の原爆は800gのウランだった。ところがこの福島原発は一日に 3kgのウランを燃やしていると京都大原子炉実験研究所の小出裕章さんが話しています。 そういう圧倒的な量的差があるのですね。1年間に広島原爆の1000発分のウランを燃や している。すでに福島原発には広島原爆の数千発分の放射性物質が蓄積されているというこ となんですね。いわゆる燃え尽きた灰の中に、放射性物質が含まれている。そういったこと を考えますと、今私たちが直面をしている福島原発事故は極めて深刻な事態なのです。 そのような事実は必ずしも報道されていません。それを知っている人と知っていない人が いるわけです。しかし、そういうことは事実として押さえておかなければいけないだろうと 思います。 同様に私は今日の普天間飛行場問題について、アメリカに言われるまま辺野古へ基地を作 るということが唯一の選択肢として行われているということに対しても、私たちが現実に違 う選択肢を取ることができるということを知ってもらいたいと思います。 60 年安保以降増え続けた米軍基地 私は市長を昨年10月に辞職し、翌月の知事選に挑戦した後、しばらくした今年2月から あちこちで講演をしておりますけれど、先日金沢市に行きました。そこの隣町の内灘町へも 行ったのですが、そこでは内灘闘争というのがありました。これは1953年から57年ぐ らいにかけて、そこにある鳥取砂丘に次ぐような砂浜で米軍が砲撃場、日本で作る砲弾の試 射場をつくり、その反対闘争がありました。当時は、北富士演習場の闘いや、立川基地の拡 張に反対する砂川事件があり、違憲判決で有名な伊達判決がだされました。そのころの19 53年から1956年にかけて日本各地で行われた米軍基地に対する住民闘争は、60年安 保の前にほぼ終息しています。 ところが、本土各地での住民闘争の結果、本土で海兵隊基地を造ることできず、本土各地 に居た海兵隊が沖縄に押しつけられます。海兵隊基地建設のために沖縄で50年代半ばから 住民の土地が取り上げられ、新たにまた基地がつくられていきました。これらの米軍基地が 終わることなく今日まで続いているのです。90年代も主要な反基地闘争がありましたし、 いま2000年になっても辺野古の問題は解決しない。80年代は恩納村で都市型訓練施設 2 建設の反対運動がありました。50年代、60年代、70年代から今日までずっと続いてい るのが沖縄の反基地闘争なのだということを皆さんにぜひご理解いただきたいと思います。 本土では、内灘闘争や砂川闘争が終わって久しいのですが、沖縄では毎年のように各地域で 様々な現地闘争や現地の取り組みが66年間ずっと継続的に行われてきました。沖縄の取り 組みは、米国の基地が日本全国に押し付けられようとしている今の時期において、大変貴重 な取り組みだと思います。沖縄から米軍のあり方を問い直し、沖縄を通して日本全体を平和 な方向に転換するということがとても大事なことではないかと思います。 沖縄における米軍基地のなりたち 1945年の沖縄戦で米軍は沖縄に上陸し、戦闘を行いながら占領していきました。沖縄 戦に備えて日本軍は6ヶ所の飛行場を作っていたのですが、沖縄戦の最中にアメリカ軍は新 たに8カ所、新たにですよ、8カ所の飛行場を造りました。なんのためかといいますと、日 本本土攻略のためです。数千機の飛行機を沖縄に置いて、そこから日本本土の攻撃をしてい く、その一つが普天間です。普天間飛行場になる前には、4つの集落があり、宜野湾村役場 や小学校もありました。米軍は1945年の4月1日に沖縄本島に上陸して数日で普天間な どを占領します。しかし、近くでの戦闘は続きました。6月ごろから南部の方に戦線が移っ て、普天間近くの戦闘が止んだ時点から集落や畑、墓地などをブルドーザーなどで潰して作 ったのが長距離爆撃機用の普天間飛行場で、そこから飛び立ったB29爆撃機が西日本を爆 撃しています。新たに造った8カ所の飛行場と日本軍の6ヶ所を合わせた14カ所の飛行場 が今日に至る主な米軍基地の元になっています。戦後に返還されたのもありますし、残って いるのも、強化されたのもあります。 その意味で沖縄の米軍基地は日米安保によって出来たものではなく、戦争の最中に住民の 土地を取り上げて造ったものであり、戦争が終わった時点で住民に返さなければいけないも のです。国際法ではそうなっております。なぜ、このような沖縄の米軍基地が継続されてい るのか。日本で1952年に連合軍占領が終わり独立を回復した時に、沖縄は切り離されて 米軍占領を継続させたのです。1972年の沖縄返還まで米軍占領によって維持されてきた のが沖縄基地です。 1972年5月の日本への沖縄の施政権返還後も、今度は日米安保条約の提供施設として、 ただ名称をつけかえることで、その米軍基地を維持しました。特措法などにより強制使用権 原を法的に維持して今日まで至っているのが沖縄基地なのです。これもおかしいと思います。 米軍にとっても名誉な基地ではないのです。つまり沖縄住民の人権や財産権を抑圧してそれ を奪い取って造っているという意識があるわけです。実は2005年の米軍再編の協議の過 程の中でも明確な文章としても出てまいりました。これは沖縄戦で取り上げた土地をできる だけ返して、それに代わる新たな正当性のある米軍基地を造る、これが辺野古新基地なんで す。そして、米軍、米国として将来的にもずっと沖縄で維持できる拠点基地をつくろうとす るのが辺野古新基地建設なのだと私は思います。 95年の尐女暴行事件があって沖縄県民の怒涛のような反基地運動が起こり、それに対処 するためのSACOがあって、普天間飛行場全面返還など11施設の返還が合意されます。 その中には旧式の米軍施設の新たなリニューアルという米側の意図も色濃く働いています。 3 その後の進行中の2005年の米軍再編合意は、より新たな形での米軍基地の固定化と新し い米軍戦略によって日本全体を巻き込む動きだろうと思います。そう考えますと、沖縄の有 り様は、日本全体がどう動いていくのかということにも大きく影響を与えるのです。ですか ら、辺野古新基地建設が出来るか出来ないかということは極めて重要なポイントだと思いま す。 アメリカにとって従来から彼らが一番気にしている米軍占領によってつくりあげた基地 をそのまま使い続けることはできない、住民地区との良好な関係はなくなっているし、基地 のフェンス周辺に住民がいるような基地は今後は維持できないという自覚を持っています。 しかし、日本政府に対しては、日本政府が新しい基地を提供しない限り、米国は普天間基地 を返さないと言い続けています。これは日本政府の弱さにつけ込んでいるのだと思います。 私は、そこを見極めながら普天間問題に対処していくことが、私たち沖縄にとっても、日 本各地で平和憲法に基づいて、決して米軍やアメリカの言いなりになる日本ではなく、もっ と自主的な外交をする日本になるべきとの思いを持っている皆さんにとっても大事だと思 うのです。沖縄基地問題を全国民的な重要な課題としていくことが大変必要ではないかと思 います。 2009 年グアム協定の意味するもの―沖縄に海兵隊は必要ない 皆さんに今日お話しする米軍再編の流れの中でぜひ知ってもらいたいのは、2頁の下段の 方にありますグアム協定といわれるものです。これは2009年の2月17日に中曽根外相 とヒラリー・クリントン米国務長官が締結した協定です。その中に「グアムが合衆国海兵隊 部隊の前方での駐留のために重要であって、その駐留がアジア太平洋地域における安全保障 についての合衆国の約束(日米安保の日本を守る約束)に保証を与え、かつ、この地域にお ける抑止力を強化するものであると両政府が認識している」とあります。すなわちグアム協 定には、グアムに海兵隊を置くことが重要で、沖縄の海兵隊をグアムに置くことがアジア・ 太平洋地域の抑止力を強化すると日米両政府は認識をしていると1ページ目に書いてあり ます。2006年5月1日の米軍再編ロードマップには「第3海兵機動展開部隊の要員8千 人及びその家族約9千人が部隊としての一体性を維持するような方法(部隊まるごと)で2 014年までに沖縄からグアムに移転する」とあります。その意味は2013年中に移って いくということです。同時に、沖縄の海兵隊の移転経費として全体で約100億ドルが見積 もられ、日本政府が60.9億ドル、当時のレートで7000億円を負担することになって います。そして、この日本の経費負担の支払いを正式に合意するのがグアム協定なのです。 ところが報道されているように、2010年5月に鳩山総理大臣が沖縄に来て言ったこと は、「学べば学ぶほど抑止力のために海兵隊は必要だ」ということで、だから沖縄から動か すことはできないと言ったのです。しかし、7000億円を日本が負担して沖縄の海兵隊を グアムに移転させるのがグアム協定なのです。この協定の最初に先ほど述べた文言が入って いるのです。 さらに、レジメの2頁の上の方にある2009年11月20日に公表された米国のグアム 移転計画の環境影響評価書ドラフトにも同じようなことが書いてあります。それには「グア ムは海兵隊のプレゼンスを支援できる能力があり、沖縄と比較しても、活動の自由を最大限 4 得られ、配備にかかる時間の増加を最小限に押さえることができる」と書かれ、さらに沖縄 から移ってくる海兵隊は今後とも日米安保における抑止力の役割をここで果たすのだとき ちんと書いてあります。だから政府やマスコミが説明するように、沖縄に海兵隊がどうして も必要で、そのために辺野古新基地をつくらなきゃいけないとか、あるいは沖縄にいなけれ ば台湾にすぐ対処できないとか、では全くないのです。あるいは日本本土に移すと緊急対応 の際に2~3日ロスになるから移せないと言う人たちもいるのですが、沖縄の海兵隊をもっ と遠くのグアムへ移転させることが抑止力の強化になると日米両政府が正式な文書では言 っているのです。 日本防衛とは関係ない米軍再編 アメリカの資料を読んでみますと、海兵隊の抑止力について今述べた以外の文書は出てき ません。沖縄に海兵隊がいることが重要だという一行の文章も、米国連邦議会や米国防総省 の資料にはないのです。これからはグアムに海兵隊を置くことが重要なのだということがき ちんと書かれています。その背景として何があるかといいますと、2002年から始まった 地球規模の米軍再編で、アメリカは新たな戦略として、一つはテロ対策、あと一つは米本土 防衛ということにウェイトを置いた戦略に移っているわけです。 そのために海外にいる20万人の米軍部隊のうち6~7万人を米本土に戻していく、これ は米国本土防衛のためです。そして残りの部隊についても主要な基地に集約するのです。世 界の主要な場所に展開し直して、集約した主要基地からは地球の裏側まで出撃できるように することになったのです。ドイツからは4万人が米本土に戻りました。韓国でも1万2千5 00人を米本土に戻し、同時に残った兵力構成を新たなストライカー部隊という特別な陸軍 部隊8000人に入れ替えました。そして、米国と韓国との再編協議のなかで、この部隊は 決して対北朝鮮対応だけの部隊ではなく、つまり対北朝鮮のためだけにこの部隊を置くので はなく、あくまで韓国に駐留するが、そこから世界全体に展開をするということが正式に合 意されています。さらに休戦ラインに近い首都ソウル近郊にあった米軍基地はより南の離れ た地域に移転されます。 同様に、日本において2005年に合意された日米再編協議、そして2006年に最終的 な形となったロードマップ、この中で合意されていることは、実は大変重要なことなのです。 すなわち、これからは日本にある米軍基地が極東あるいはアジア・太平洋地域だけでなく、 世界全体に展開する米軍部隊の拠点になることが合意されたのです。さらに、その際には自 衛隊も一緒に取り組んでいくことまでが合意されているのです。これが「日米同盟の深化」 と言われていることです。 私はそれを考えますと、現在の事態は大変深刻であると思うのです。つまり私たちは、普 天間問題を一つの飛行場の移設問題としてだけ捉えるのではなくて、実は、この移設問題を 通して、それを梃子にしてアメリカは日本全体をアメリカの戦略の中に引き込んでいる。そ の一つの形として辺野古新基地建設というのがある。私は、普天間移設問題をそのように理 解した方がいいと思います。 実は1995年の尐女暴行事件による沖縄での反基地運動の高まりから負担軽減を理由 としたSACO合意がなされたのですが、同時に沖縄基地のリニューアルでもあるのです。 5 当時の米軍戦略での海外における米軍駐留は東アジアで10万人、ヨーロッパで10万人の 計20万人を配置することでした。ですから沖縄の基地負担軽減のために基地を返還する場 合でも、部隊はそのまま地域に駐留するという考えで96年にSACO合意されました。 同時に96年に日米のアジア太平洋宣言が行われて、日米安保の範囲を日本周辺の極東か らアジア太平洋にまで広げたのです。翌97年には新ガイドラインができて日本全国の民間 港湾や空港についても米軍が必要な場合には使っていいということを合意してしまったの です。そして1997年以来、小樽とか室蘭、新潟など日本海側、太平洋側の港湾、港に対 する米軍艦の強制入港というのが相次いでいます。これは今も続いております。石垣島や与 那国まで、米軍艦船の強行入港が続いています。米軍が入港する根拠が新ガイドラインです。 2005年に「日米同盟・未来のための変革と再編」が日米再編協議で合意されることで、 日米安保を地球規模へ拡大することが戦略的に合意されたわけです。そして実施に移してい くためのロードマップが2006年に合意され、その中で沖縄の海兵隊をグアムへ移すこと も合意したわけです。そしてグアム移転のために日本政府は7000億円という巨額なお金 を負担するだけでなく、日本のお金で辺野古に新基地を造ることも約束したのです。当初の 見積もりは3000億円ですけれども、果たして3000億円で終わるのか、5000億、 あるいは1兆円かかるのではないか。実に巨大な財政負担を伴う再編計画なのです。 これは日本国全体の今後に大きく関わっていることだということを理解してください。 基地による被害は甘受しなければならないのか 日本では米軍基地があれば周辺住民が何らかの被害を受けることはごく当たり前のこと のように思ってしまうのですが、本当は当たり前のことではないのです。私は宜野湾市長と して三度アメリカに普天間問題の解決を要請するために行きました。二度目の2005年7 月に行ったときに、アメリカで基地周辺の自治体はどれぐらいの被害を米軍基地から受けて いるのか確かめておくことが米国政府との交渉や日本政府との交渉で必要と思い、カリフォ ルニア州の軍港のあるサンディエゴ市とその周辺自治体でペンドルトン海兵隊基地に隣接 するオーシャンサイドシティに調査に行ったのです。8万人近い海兵隊員がいるペンドルト ン基地に隣接しているオーシャンサイドシティは15万人ぐらいの市です。 私は、オーシャンサイドシティ市長に「隣接するペンドルトン基地からどの程度の被害を 受けていますか」と質問をしました。すると市長さんは「米国では市民に被害を与えて基地 は存在できません」と答えたのです。つまり、米国では、周辺住民に被害を与え続けて基地 が存在することは許されないと言ったのです。「じゃ直接の被害はないのですか」と聞いた ら「はい、ないです」と答えました。ヘリコプターも飛行機も見ることはないと。更に聞い てみたら滑走路は山側から海に向かって延びていて、海にしか飛んでいかないそうです。何 十年か前に実弾砲撃演習の音が聞こえてうるさかったので、市民から苦情が寄せられ、その 旨要請をした結果、実弾砲撃演習は遠くに移され、音が聞こえなくなったそうです。 サンディエゴでは80キロ遠方の海上でジェット機などが訓練するのです。その排気ガス が住民に被害を与えているという訴訟があったぐらいですから、直接的な音は聞こえないの でしょうね。ただ隣に米軍基地があるとどういう問題が起こるかということについては、や はり多尐の犯罪の増加もあり、警察官を多くしたと話していました。一方、サンディエゴ市 6 には約200の米軍施設があるそうです。市内には引退をした方も含めて米軍関係者だけで も20万人ぐらい居るそうです。市としては積極的に米軍施設を誘致しているそうですが、 でも米軍基地施設を誘致する場合でも、先ず市民に被害を与えないことが条件なのです。 基地の場合、法律だけの規制だけでは不十分なので米軍自身が規制するような協定をつく って管理してもらっているのだと話していました。沖縄や日本の米軍基地のような、厚木と か、嘉手納とか、普天間のような状況はまず彼らには考えられないのです。私たちが持って いる米軍基地があれば被害があるのは当たり前という感覚は、実は当たり前じゃないわけで す。アメリカではそれは許されていない。 実は、人権や環境を重視したジミー・カーター大統領が1978年に初めて米軍も連邦環 境法や州環境法を守るべきとの大統領命令を出したのです。当時まで米軍は大統領の軍隊と して特別な地位があり、必ずしも連邦環境法に縛られていなかったのですが、その時から米 軍も連邦法や州法、自治体の法も出来るだけ守るということがスタートしたのです。翌年カ ーター大統領は国内同様に海外においても米軍の活動は守るべき環境基準で規制するべき だとして、国防総省に対して海外における基準をつくって、それを守らせなさいという大統 領命令を出すのです。しかし、国防総省はそれを無視して海外での基準を作りませんでした。 その後、冷戦が終わりソビエト連邦が崩壊すると米国でも多くの基地が閉鎖され、跡地利 用が始まりました。そして、多くの米軍基地が環境汚染されていることがわかりました。海 外の米軍基地でも環境調査が行われ、多くの基地で環境汚染が見つかりました。 そこで連邦議会は1991年度に海外米軍の環境基準に関する法律を制定し、カーター大 統領が命じた米軍が海外で守るべき環境基準を制定するための調査を国防総省に命じまし た。国防総省はそれに基づいて1996年に国防総省指針4715.5号を策定し、域外環 境基準指針文書を策定します。 日本では守られない米国基準 これが日本では日本環境管理基準(JEGS)になっています。日本では1995年から スタートしており、これまでに8回にわたって改定されています。実はそのことも私たちに はほとんど知らされていません。どうしてかといいますと、日本政府はこの日本環境管理基 準をまったく翻訳すらしていないのです。同様な例として日米合同委員会で70年代に地方 自治体が環境調査を申し出たときには、速やかに日米両政府と米軍はそれを認めて環境調査 を行うという合意をしているのですが、これは30年以上公表もされず、国内では誰にも知 らされなかったのです。自治体にそういうことを認めるということを決定しながら、当の自 治体にはそれは知らされていない。 実際には日本の米軍基地においても日本環境管理基準が実施されており、12頁を見てほ しいのですが、2000年9月11日には「環境原則に関する共同発表」というのが行われ ております。どうしてこの時期に行われたかというと、日本における環境管理基準JEGS は1995年にためし版というのがスタートして、それから2回ぐらい改定されるのです。 改定されていよいよ本当の意味で2000年からは国防総省指針4715.5号に適合する ものだということが日米間でも国防総省内でも合意されたので共同発表になったのです。 ですから、在日米軍基地はこれを確実に守らなければならない立場にその時点からなった 7 のです。共同発表では次のように言っています。「日米両政府の共通の目的は、米軍の施設 及び区域に隣接する地域住民並びに在日米軍関係者及びその家族の健康及び安全を確保す ることである。」さらに「在日米軍の環境基準は、一般的に、日本の関連法令上の基準を満 たし又は上回るものとなる。」としています。どうしてかというとJEGSは2年ごとに改 定しますが、アメリカの基準か、日本の基準か、より厳しい基準にするということが合意さ れているからです。ところが、2000年に「環境原則に関する共同発表」をした後も、普 天間基地では飛行回数が増加して周辺環境は悪化していきました。嘉手納基地も同様に航空 機騒音が増加しました。実は、日本政府は日本環境管理基準を重視せず、考慮しなかったん です。どうしてか。実はこのJEGSは環境省を中心とした形の合同チームでつくられてお り、外務省や環境省の所管なのです。防衛省ではほとんど誰も気にしてないのです。私が市 長になって、JEGSについてずっと提起して、ようやく最近、外務省や防衛省が基地問題 で言葉上、日本環境管理規準についても言うようになりましたが、まだ実効性はありません。 でも在日米軍がJEGSを守るべきことは日米で合意されており、こんな部厚い細かい環境 基準があって、それに基づいて日本の米軍基地でも守らなければいけないのです。しかし、 日本では、誰も米軍に守らせるための監視などしていないわけです。 日本でも米軍が守るべき環境基準が実際にあるということを皆さんに知ってほしいし、本 来、日本政府がそれを米軍に守らせるべきなのです。これを守ったら日本で米軍基地を運営 できませんということならば、そこは米軍基地のいるべき場所じゃないということをきちん と言わなければならない。だから厚木でも、普天間基地でも、嘉手納基地でも、本来アメリ カ国内で言われているように「地域住民に被害を与えて基地は存在できません」という立場 を日本国内においてもきちんと言うべきです。私は、日本政府がJEGSを守るよう米軍に 言うべきだと市長として外務省や防衛省に対して言い続けてきたのです。しかし、まだ実効 性のある対処はなされていません。ここに書いた「環境原則に関する共同発表」は日米が正 式に決めたことであり、外務省のホームページにもきちんと載っています。 日本政府は共同発表では基地周辺の住民環境を守ると言いながらほとんど何もしていな い。沖縄の嘉手納や普天間でも厚木でもそうですし、在日米軍基地でもそうです。それを私 たち国民が知らずに許している面もあります。私たちは、日米両政府が合意した根拠に基づ いて、なぜ実施しないのか、何故遵守させないのかと言い続ける必要があります。 米軍には適用されない航空法 ちょっと横道にそれますが、沖縄の海兵航空部隊、普天間のヘリ部隊がグアムに行く時に こんなニュースが伝わってきます。グアムの新聞ですが、沖縄からヘリ部隊がグアムに来る のでグアムの市街地から海兵隊のヘリを見ることがあるかもしれない。でも皆さんに見えて いる米軍ヘリは連邦航空法の許可を得て飛んでいます。という記事が出るのです。つまり、 グアムでは住民地区を飛ぶヘリは見えないのでしょう。アンダーセン空軍基地は市街地から 離れています。だけども見える場合は必要があって飛んでいる。そのときグアムでは連邦航 空法の許可を得て飛んでいますと、きちんとアナウンスされている。ところが日本では米軍 機には日本の航空法の適用すら無いのです。例えば普天間飛行場の問題でいうならば、普天 間飛行場は日本の航空法でいう飛行場じゃないのです。米軍機は日本の航空法の適用下にな 8 い。安全基準もなにも日本の航空法の適用下にないから守る必要もないのです。ですから日 本の飛行機は普天間飛行場に降りられません。 でも米軍機が降りられるのはなぜか。それは米軍機に航空法の適用がないからです。米軍 機は日本の国内においてどこを飛んでもいいのです。あまりあからさまには言われていませ んけれども、沖縄ではあからさまに言われています、最近は言わなくなりましたが。那覇防 衛施設局長は米軍機が飛んでいろいろ苦情がくると何と言ったかというと、米軍機はどこを 飛んでもいいですと答えていました。実際に米軍機は運用上必要であればどこを飛んでもい いことになっているのです。実は日本は米軍にとっての無法地帯なのです。たしか岩国の米 軍戦闘機の低空飛行で土蔵が壊れたというニュースが新聞に載りました。あのように150 m、あるいは300m以下で低空飛行が自由に出来る国は日本以外にはないのです。海外で は、多くの場合、野生動物の保護のために無人のところでも低空飛行を禁じています。アメ リカの中でも低空飛行は基本的に禁じられます。また、グアムのアンダーセン空軍基地では、 夜間飛空訓練が禁止されました。なぜか?モグラのような夜行性動物の生息に影響を与える からです。沖縄では、普天間飛行場では夜中の11時まで米軍ヘリが飛んでいます。嘉手納 基地では、眠っている住民を叩き起こすような爆音を響かせて未明の午前3時、4時に数機 のジェット戦闘機が本国に向けて離陸していくのです。なぜか?本国には日中に着かなけれ ばならないからです。日本だけが米軍の無法地帯と化していることを、私たちが必ずしも十 分認識していないのです。日本が米軍基地にとって無法地帯なのは、私たちがそれを許して いる関係がそこにあるからなのです。 そこを私は正す必要があると思うのです。だから、米軍基地の有り様にしても、当然先ほ どの環境原則に関する共同発表にもあるように、アメリカの基準と日本の基準をイコールに しなきゃいけない。アメリカで悪いことは日本でも悪い、ということをきちんとさせなけれ ばいけない。そのことをするだけでも、沖縄とか厚木とか岩国では米軍基地問題の多くの被 害が尐なくなると思います。そういったことをできないでいるというのが一番大きな問題で はないかと思っております。 そういったことの中で、事実としては沖縄の海兵隊はグアムへ移っていく。こういう流れ が着実に行われている。そしてグアムでは海兵隊基地の建設が始まっている。それでも政府 はあくまで辺野古に海兵隊のための新基地をつくるのだと言っている。そんな嘘を言って国 民を騙し続ける、あるいは国会を騙し続けるのですけども、そういったことが当たり前にな っているというところに、私は日本の政治の、ある意味で劣化というようなものがある気が してならないのです。 メア発言について―米国は安保で得している 最近問題になったメア発言について、レジメの7番目に尐し書きました。メア発言の内容 を資料5頁に示しています。メア発言の一番のポイントとして沖縄で大きく報道されている のは、「沖縄の人はごまかしとゆすりの名人だ」とか「沖縄人は怠惰でゴーヤーも栽培でき ない」などの発言にあらわれているように沖縄県民を侮辱していることです。メア発言は、 2010年12月3日に、米国務省内で沖縄に行く米国の大学生たちに事前学習として国務 省日本部長のメアが発言したものです。11月28日の沖縄知事選から1週間も経たない時 9 です。私は、沖縄米国総領事だったケビン・メアとは2006年から2009年までずっと 要請や米国要人との会合などで会っていましたのでよく知っています。とにかく彼はアメリ カの国益を体現するために押しつけること一方の人だったのですが、この発言にはとても彼 のいらだちが感じられるのです。辺野古移設の容認派の大将だった仲井眞知事が、選挙に勝 つために県外移設の方針をだし、それで当選して、その後もその通り言うわけですから、一 番メアにとっては許せないわけです(笑い)。 その苛立ちがメア発言に現れていると思います。彼は、その中で外交官としての本音もし ゃべっています。例えば、メアは次のように話しています。「憲法9条が変わるとは思えな い。日本の憲法が変わると日本は米軍を必要としなくなってしまうので、米国にとってはよ くない。もし日本の憲法が変わると、米国は国益を増進するために日本の土地を使うことが できなくなってしまう。日本政府が現在払っている高額の米軍駐留経費負担(思いやり予算) は米国に利益をもたらしている。米国は日本で非常に得な取り引きをしている」。率直な発 言だと思います。でも、このような話を日本政府はしないのです。自分たちは血を流さない から膨大な駐留経費や思いやり予算を払うのは当たり前、もっと払えといわれたらもっと払 う、それを当たり前だと考えている。 横浜でピースデポに関わってきた梅林宏道さんがよく発言していますが、世界における米 軍基地の有り様をみると、日本での米軍基地は明らかに米軍が得していると。どうしてかと いうと、そもそも日本には現実的脅威はないのです。日本を侵略しようとする国、現実的脅 威はないけれども、その脅威を仮定して日米安保をつくり、そして核の抑止力という名のも とに、その恐怖心を煽る中で駐留経費として6000億円を貰い、そして土地を自由に使わ せてもらって、どこでもいつでも低空飛行訓練ができる。皆さん、低空飛行訓練では日本国 内に8つのルートがあるのです。岩国から沖縄にくるパープルルートだとか、岩手を通るル ート、中国山地を通るルートなど8つ、パープル、レッド、イエロー、ブラウンなどとあっ て、そこで自由に米軍は飛んでいるわけです。どんな飛行訓練をしても咎められない場所や、 先ほど言った新ガイドラインによってあらゆる港湾に入港する権利、それからトラック輸送 とか 看護師だとか医者だとか、そういった必要なもの全部有事の際には米軍も使える仕組 みを全部つくりあげてきたのが1997年からの有事体制です。そういう流れを考えますと、 そもそも日本に脅威がないのに、その脅威を仮定することによって、あらゆるものを出させ ているわけですから、アメリカにとってはこれ以上に気前のよいパートナーはないだろうと、 私は思うのです。 現実に日本に対する何らかの脅威があったとは全く思えない。冷戦の時代にも北海道には 米軍はいませんでしたし、沖縄でも必ずしも直接的脅威があったわけではない。あくまで世 界的な米軍拠点の一つとして運営されており、横須賀の第七艦隊もそのような役割を担って きたわけです。そこを私たちがしっかり見つめ直すことが大変大事ではないかなと思います。 そういう意味でメアさんのこの暴言は当然許されないことですけれども、その中に含まれた 本音は、しっかりと私たちもこれから利用していかなきゃいかんかなと思っております。 改めて普天間問題とは 先ほど申し上げた普天間の問題で、どんな法違反が現実にあって、それが放置されている 10 かを映像で説明しながらお話したいと思います。それからグアム移転協定による海兵隊の移 転についてアメリカの資料が何を言っているのか、尐しそれを見て貰って、さらに、現実に ハワイの海兵隊太平洋司令部がどのような考えのもとで、沖縄からグアムへ海兵隊を移転し ようとしているのか、これはNHK沖縄放送局が去年の3月ごろ、カリフォルニアやハワイ、 沖縄の海兵隊基地を取材した番組で、5日間にわたり毎日のニュースで報道し、総集編も作 られたものです。その中で重要なことが語られています。これらの映像をすこし見て貰いた いと思います。 これは普天間飛行場周辺と滑走路と市全域 の航空写真です。米国へ要請行動で行った時 に作った資料で、主要な公共施設あるいは学 校・保育所・病院などを表示してあります。 当時121の公共的施設が飛行場周辺に有り、 その上を米軍ヘリや米軍機が旋回飛行訓練で 飛んでいる経路を示したものです。赤いのが ヘリコプターの飛行経路で、青いのが固定翼 機の飛行経路です。米国内の基地では、ヘリ コプターの旋回飛行訓練経路は墜落の可能性 もあり、爆音被害もあるので、飛行経路の下に住宅があってはならず、海上や基地内に入っ ていないといけません。 輸送機やジェット戦闘機などの固定翼機も滑走路の両端から両方向に4.5kmにわたっ て規制がかかります。 次の映像は沖縄国際大学の墜落事故です。沖縄国際大 学の本館ビルの屋上に一回落ちて、それから横に落ちて 燃料タンクの一つが燃え上がった。二つの燃料タンクが あったのですが、外階段の側の燃料タンクが燃えたので す。もう一つは南側のアルミサッシの窓ガラスのところ に落ちたのですが、これは燃えなかったのです。燃えな かったために本館内部までの延焼は免れました。外階段 側から多尐の延焼がありましたが、中にいる職員も全員 無事で、資料も一応無事でした。しかし、建物は使用不 能の全壊という状況でした。日米間の合意の中でそもそも日米地位協定では、米軍の作業(訓 練、活動など)は、公共の安全に妥当な考慮を払わなければいけないと、書かれています。 地位協定に書かれていても、日本政府はそれを守らそうとはしませんので、ただ書かれてい るだけなんです。 これがアメリカの資料 では普天間飛行場の安全基準はどうなっているのか、調べるために市長になって、普天間 のマスタープランを請求しましたが、公開されませんでした。しかし、別のルートで入手す ることができました。2007年末に入手したのです。ジュゴン裁判がカリフォルニア州の 11 サンフランシスコ連邦地裁で行わ れていますが、米国防総省の代理弁 護士が裁判所に提出した電子資料 の中に入っていたのを原告団が見 つけ出したのです。これは1992 年のマスタープランですが、米軍飛 行場の安全基準で一切の構築物が 禁止されるクリアゾーンがきちん と表示されており、普天間飛行場で は実現されていると書かれていま す。クリアゾーンがないとアメリカ の基準では飛行場を米軍機が利用 できないので、アメリカ議会に対す る報告書や米軍の内部管理用のドキュメントではクリアゾーンはきちんとあるのです。この クリアゾーンの飛行場内の範囲にちょっとした施設や固定物もあるのですが、これらの施設 の撤去勧告や除外規定も明文化されています。 この示されたクリアゾーンを上空からの宜野湾市の航空写真に重ねてみますと、クリアゾ ーンが普天間基地からはみ出して設定されており、なんと宜野湾市立の普天間第二小学校と か、新城児童館とか上大謝名公民 館が入っています。さらに住宅も 約800戸があり、3600人も の住民が居住しているのです。し かし、アメリカの正式な文書であ るマスタープランの中ではクリア ゾーンが実現しているということ で認可されて許可されているわけ です。このような事実が明らかに なり、私は、市長として外務省と 防衛省に許されないことだと抗議 したのです。国会でも沖縄選出議 員が何度も質問しているのですが、 国はクリアゾーンについてアメリカの基準であって、日本の基準ではないから国としては関 知しないと答弁しています。こんな言い方はないわけですよ。だったら最初から2000年 9月11日の環境原則に関する共同発表をしなければいいじゃないか、撤回した方がいいの ではとも思いました。外務省のホームページにずっと「環境原則に関する共同発表」を掲げ ていますからね。おかしいじゃないかということです。やはり、私たちが守らせなければな らないのです。 普天間飛行場の滑走路は2800mあります。辺野古新基地の予定では1800mですか 12 らね。両方から500mちょん切って、当面は、両端を運用しなければいいじゃないかと、 運用しないようにということを鳩山政権の時に平野官房長官に申し入れたのです。その後、 菅政権になって、これは、岡田幹事長の言い方が奮っていました。普天間第二小学校の撤去 は考えてもいいが、クリアゾーンを短くするのは米軍の運用の問題だから、運用と関わりが あることは日本政府ではできないとの趣旨を、記者会見で答えているのです。そこがおかし いと思うのです、日米政府の間では、お互いの国民に基地被害を与えないようにしようと合 意しているのです。日頃、2800mは必要ないはずです。なぜ2800mかというと米軍 最大の輸送機ギャラクシーを飛ばすためです。大型ヘリ2機を搭載できる一番大型のC5A ギャラクシーという貨物機がありますが、最大加重で飛び立つときに必要なのが2800m 滑走路なんです。普通のヘリや輸送機には全然必要ないのです。彼らの運用の問題なのです。 海兵隊について ハワイの太平洋軍司令部は2006年7月に沖縄からグアムへ海兵隊を移転させるグア ム統合軍事開発計画書を策定しました。この計画書が2006年9月に太平洋軍のホームペ ージにアップ(掲載)されたのです。宜野湾市では、日常的に米連邦議会や国防総省、グアム 州政府などのホームページをチェックしており、様々な資料を入手しています。ハワイの太 平洋軍司令部のホームページでグアム統合計画を見つけてダウンロードしたのです。その後、 日本政府がクレームをつけたので、1週間後にはホームページから消えてしまいました。市 では入手したものを翻訳して市で広く公開して計画内容を明らかにしたのです。さらに20 08年9月15日には海軍長官が米国連邦議会軍事委員会に海兵隊のグアム移転計画報告 書を報告しています。それには沖縄からグアムに 移転する部隊名が掲げられています。普天間飛行 場の海兵航空部隊の11部隊名も挙げられていま す。さらに2009年6月には海兵隊総司令官の 証言が米国連邦議会で行われ、グアムへの海兵隊 移転に言及しました。2009年11月20日に 1万ページ近くのグアム統合軍事開発計画環境影 響評価ドラフトも公開されました。その内容は、 沖縄からグアムに移る海兵隊は、常駐部隊860 0名と一時部隊2000名の合計1万600名と なっています。さらに海兵航空ヘリ部隊も37機 が移ることになっています。 これがグアム統合軍事開発計画です。 実はグアム島では数多くの様々な施設の建設や 機能強化が行われます。特に海兵隊については普 天間飛行場の部隊はアンダーセン空軍基地のノー スランプエリアというところに移転されます。こ の台形のエリアが普天間の海兵航空部隊関連施設 が建設される場所です。ほとんどの普天間海兵航 13 空部隊機能がここに集約されます。さらにアプラ港では、沖縄のホワイトビーチや那覇軍港 のように海兵隊専用港が整備されて強襲揚陸艦エセックスなど3隻が接岸できる桟橋が計 画されています。那覇軍港のような海兵隊専用バースエリアです。 普天間の話を尐し戻しますが、普天間になぜいまのヘリ部隊がいるのか。これは1991 年に佐世保にヘリ空母である強襲揚陸艦ベローウッドが配備されたことに始まります。現在 はエセックスに代わっています。このベローウッドに乗船する遠征部隊としてカリフォルニ ア州のペンドルトン海兵隊基地から第11海兵遠征部隊(11MEU)が沖縄に移ってきたので す。その中に25機のヘリ部隊が含まれます。その後に第 31 海兵遠征部隊(31MEU)と名称 が変わっています。 1989年に冷戦が終わったとき、冷戦後のアメリカは超大国として世界の軍隊を尐なく するのか、そのまま維持するのか、選択を迫られました。結局は維持することになって、維 持するけれども同盟国に負担を分担させることになって、従来ハワイや米国本土から出てい た艦船は佐世保を母港化したのです。それに合わせて普天間にハワイから25機のヘリ部隊 を移したのです。普天間は沖縄返還直後から機能が強化され続け、80年代、90年代と年々 施設が建設されてきました。92年には MEU 部隊が常駐するようになり、住宅地上空で日 常的に激しい飛行訓練をするようになったのです。 この25機はミュー・セット(MEU SET)と呼ばれる遠征ヘリ中隊の部隊です。中型ヘリ 12機に、CH53が4機から5機、軽攻撃ヘリが4機から5機あるいは6機、多目的小型 ヘリが3機から4機がセットになった25機のヘリ部隊です。これがいわゆる強襲揚陸艦に 載せられて西太平洋各国との演習に参加するのです。このような機能が今の普天間基地にあ るわけです。今回のグアム移転では、このヘリ部隊がグアムに移ることになります。 さらに先ほど述べた2008年9月15日に海軍長官が連邦議会に提出した報告書には、 グアムに移るヘリ部隊として海兵中型ヘリ部隊が載っています。私がそのことを指摘すると、 防衛省は何と言ったかというと、この中型ヘリ部隊は岩国の大型ヘリだというのです。なん でそう言うのかというと、米側からそう聞いていると答えます。ここにトリックがあると思 うのです。実は回答をペーパーで貰っているわけではないのです。「米側に問い合わせをし たところ、米側からの返事はこうでした」、で済ませています。日本政府の回答は多くがそ うなのです。 私は、岡田外務大臣に何度も「沖縄からグアムへ行く海兵隊8000名の詳細は明らかに なっていますか」と聞いたのですが、その都度、 「詳細は未定と聞いている。」と答えていま した。「詳細は未定」なのに、日本政府はグアム移転費7000億円を出すというのです。 日本では「詳細は未定」がずっと続いているのですが、グアムでは環境影響評価書ドラフトを 公表して説明しているように、アメリカではすべてを決定済みです。グアム住民にも詳細を 説明しているのです。日米政府の情報公開に大きなギャップがあります。そのことに私はメ アが絡んでいるのではないかと疑っています。相当入れ知恵していると思うのです。私が2 008年にクリアゾーンの件でハワイに行った時も、メアにハワイ司令部への連絡をお願い しに行ったら、「今日電話したのだが、あなたには会えないと言っている」と言われたので す。「あなたが会うなと言ったのだろう」と(笑い)思いましたけれどね。 14 国は、自公政権の時から、沖縄の海兵隊は1万8000名で、海兵隊8000名がグアム に移転しても1万人残ると言い続けています。これもメアが言っている話なのです。去年1 2月3日にも「沖縄には1万8000人海兵隊がいる」と米国の大学生たちに話しています。 実際には、沖縄の海兵隊は2008年には1万2400人しかいなかったのです。 2009年は約1万3000人です。2008年の1万2400人からグアムに移転する 常駐部隊8600人と一時部隊の2000名の合計1万600を引いたら、1800名しか 沖縄に残らないのです。それぐらいしか残らないのに、岡田外務大臣たちは8000人をグ アムに移転させても沖縄に1万人残ると言い続けています。実際には1万8000人は居な い、と私は言っています。 沖縄海兵隊の主要な海兵遠征部隊である第31MEU部隊は一年の内の半年以上は沖縄 にはいません。佐世保のベローウッド、その後のエセックスに乗船するのですが、彼らの任 務は日本を守るわけではないのです。西太平洋における同盟国との安全保障条約を担保する 演習のために沖縄から通っているのです。佐世保は居場所にすぎないのです。沖縄の海兵隊 が行う演習や訓練は年間約70あるそうですが、その内沖縄で行っている訓練は6つか7つ だそうです。ほとんどの演習や訓練は海外で行っています。皆さんのレジメの最後の方の資 料の方にも2006年から2009年までの主要な演習先が示されています。この期間は沖 縄にいないのです。これは、宜野湾市がつくった資料です。 グアムが海兵隊の中心基地 次に、先ほど話したNHK沖縄放送局が3月8日 から12日まで放送した特集、米国沖縄海兵隊とい うのを見てほしいのです。 この方はハワイ海兵隊司令官付きの施設担当責任 者です。 「グアム移転は海兵隊のアイデアではありま せん」と言っています。ラムズフェルト・イニシャ チィブと言われるぐらい、ラムズフェルト国防長官 と当時の太平洋海兵隊司令官グレグソンが主導した もので、彼らのアイデアなのです。さらに次のよう に言っています。「海兵隊は真の価値をグアム移転に見出しています。特に50年後100 年後駐留することを考えればそうなのだ」と言っています。 次の方は長期運用担当大佐です。5年後、10年 後の、長期間の、これからの海兵隊の運用を常に計 画している人です。次のように言っています。「グ アムはアメリカと太平洋地域の多くの国々との安 全保障の協力ハブとなるでしょう。」これは4年ご との見直しでも同じような表現がされました。「米 軍がその能力を維持するために日本本土や沖縄で 行う必要のある訓練に影響が出ています。特に日本 の国内で一番問題になるのは日米安保上の制約な 15 のです。日本では外国の軍隊を米軍基地に招きいれて訓練することができない。」これが一 番大きなアメリカにとって困ったことなのです。いま対テロ戦争とかそういった事ではマイ ナスというふうに位置づけられているようです。 「他国を招いて沖縄の海兵隊と一緒に訓練することは困難です。」 「日本政府はおそらく各 国の軍隊が日本の領土に入ることを望まないでしょう。グアムはアメリカの領土のために各 国の軍隊を招いて合同で訓練することも可能になります。日本ではそれが困難でしょう。各 国がグアムに来ればお互いの協力関係が進みます。一緒に訓練すれば即応性が向上します。 グアムは我々が集まることができる新しい場所であり、将来必要となる可能性のある任務の ためによりすぐれた訓練を行う機会を提供してくれるでしょう。」というのがアメリカの本 音なのです。ところがこの米軍再編協議の中で先ほど言った1万8000人引く8000人 は1万人という、どこで誰が説明したのかわからないけれども、それが実は日本の公式見解 なのです。しかし、この公式見解を裏付けるような計画はアメリカの資料にはありません。 米軍再編の日米交渉の多くは米国務省と外務省の間でなされており、米側は日本の政治家 の海兵隊を沖縄に残したいとする意向に沿った回答をしているように思います。しかし海兵 隊の運用は太平洋軍司令部がやっているのです。太平洋軍司令部は、海兵隊が頭の司令部・ 胴体の兵站部隊・手足の航空部隊や陸上部隊が全部バラバラになって、一部は沖縄に、一部 は日本本土に、一部はグアムやハワイに分散されるようにならないようにグアム統合軍事開 発計画を練り上げたのです。 その中で政治家同士の交渉と、現実に戦略的な実際との中にギャップが出てきています。 日本政府は、沖縄に海兵隊がいなきゃいけない、いけない、いけないと言い続けています。 それで、沖縄海兵隊司令部が政権交代後の2009年10月にグアムから沖縄に海兵隊航空 部隊を戻す「望ましい配置」と呼ぶプランを作ったのです。これをお見せします。 望ましい配置は、日本政 府が言うように沖縄に海 兵航空部隊を中心に 1 万人 残す案です。グアム統合計 画でグアムに移るとされ ていた部隊が沖縄に戻さ れるのです。 ここにブルーで示され た部隊名があります。この ブルーの部隊は正式合意 の中ではグアムに移転す ると書かれていた部隊で す。本来のグアム移転合意 では、沖縄海兵隊の司令部 は全てグアムに移転する ことになっています。図に 16 示された星の旗は将軍の意味です。3つ星は中将、2つ星は尐将、1 つ星は准将です。グア ム移転合意では将軍は全員がグアムに移る予定です。しかし、「望ましい配置」では、第1 海兵航空団の尐将が戻り、グアムに移るとされた普天間基地の航空部隊のほとんどが戻って きてしまうのです。 そして、この「望ましい配置」には日本国民を騙して辺野古新基地とグアムでの海兵隊基 地の両方を得るための「巧妙なだまし」があります。それは、第3海兵遠征軍総数です。 「望ましい配置」では総数が3万1875人になっています。現在の総数は、ハワイや岩国 を含めて2万5000人ですから、グアム移転後の総数は約7000人が増員されています。 つまり、グアムに8000人を移すとしても、人数枠としては増員された7000人分を新 たにグアムに配置して、残りを沖縄から1000人を移せば済むのです。 どうして、日本政府が納得しているのかと言うと沖縄に1万人残る案だからです。米側は、 実際には沖縄に1万2~3千人しか居ないのに、グアムに司令部や常駐部隊の8000人を 移しても1万人残すために、沖縄で新たに約7000人を増員する案をだしているのです。 ごまかすために沖縄の海兵隊数は1万8000人だと言ってきたのです。ですから、実質は 1000人の移動のために日本政府は7000億円もの巨額な移転費用を負担するのです から一人当たり実に7億円です。ばかげた話です。日本の政治家や政府の海兵隊が沖縄に居 ないと大変だという思い込みが、このような米側の増長した提案に結びついていると思いま す。 ゲーツ国防長官が今年の1月に訪日した際に、北澤防衛大臣と共同記者会見をしました。 彼は何と言ったか。沖縄の海兵隊はグアムに行くので、これから沖縄の基地の多くが返還さ れて米軍基地は目立たなくなる、これは沖縄にとっても有利なはずだという言い方をしたの です。アメリカの判断はそうなのです。彼らは沖縄海兵隊をグアムに移して新たな辺野古新 基地を手に入れたい。沖縄戦で手に入れた那覇軍港やキャンプキンザー(牧港兵站基地)、普 天間基地、瑞慶覧基地などを返す。さらにキャンプ・コートニーやキャンプ・ハンセン、キ ャンプ・シュワブまで海兵隊の手から放れ、米陸軍がこれらの基地で施設をつくっているよ うに、将来的には自衛隊と共同化する基地にする考えがあるのだと思います。 日本の政治家が頭にある海兵隊像は固定観念としてあるために、実際にグアム移転計画が 「望ましい配置」に戻ってしまう可能性が大きいのです。だから、辺野古新基地は絶対に建 設させてはならないのです。 私は、沖縄から海兵隊を撤退させるべきであり、同時に辺野古は絶対につくらせるべきじ ゃないという立場です。絶対に海兵航空部隊を戻してはいけないと思います。民主党の国会 議員たちにも口酸っぱく言ってきたのですが、残念ながら今の日本政府では、ほんとにどう なっていくかということを誰も言いきれなくなっています。私たちがしっかり監視して、新 基地建設に反対していかなきゃならないと思っています。 最後に 最後にレジメの9を見てほしいですけれども。去年は日米安保50周年の年でした。NH Kが5回にわたる特集を組んでいます。12月に最後の特集だったのですが、その時に11 月下旬に行なったNHK日米安保特集アンケートというのが示されました。見ていらっしゃ 17 る方もいると思いますが、とても大事だとおもいますので、ここに改めて書きました。 そのアンケートの前段はこうだったのです。日米安保は日本のために役立っていたかとい う評価については、やはり60年代・70年代冷戦の中で日本が経済的に復興するためには 役立ったのではないかということで7割の方は日米安保を評価しています。ただ、今の日米 安保はどうなのかというと6割強の人たちがやはり日米安保は負担が重い、それから日本の 独自の外交ができていない、などいろんな制約があって、やっぱり若干マイナスの評価をも っている。最後が「日米安保の将来像をどうするか」という質問です。回答の一番目の日米 同盟の強化という流れに合う、「日米同盟を基軸にする」という方は19%しかいません。 2番目は「アジアの国々と国際的な安保体制を築く」です、安保体制というのは必ずしも軍 事的だけではないと思いますが、これが55%で一番多く過半数を超えます。3番目が「独 自の防衛力を備える」が7%、4番目は、9条の立場の「防衛力を持たず中立を保つ」で1 2%、無回答が7%です。これを見ますと、先ほどから私が皆さんにお話している日米同盟 の深化路線というものは国民の支持を受けていないのです。しかし、残念ながら、自民党や 公明党が言っていた「日米同盟の深化」を、民主党政権になっても政府としてやる方向で、 より加速している。ここに日本の大変危うい状況があります。残念ながら、国民の声をしっ かり受け止める政治勢力がなくなっているのです。 ですから、提言としては「沖縄の非軍事化で日本と中国、米国と中国の軍事的緊張緩和を 実現しよう。憲法9条を国是に、中国を含めたアジア諸国と友好関係を構築しよう」を挙げ ました。今こそ、沖縄の非軍事化を出来るだけ進めて米国と中国と日本の軍事的緊張を緩和 させていくことが大事ではないかと思っています。いま逆の軍事化の方向で進んでいますが、 これは日本の国益の方向ではなく、米国の国益に沿った方向に日本が追随していると思いま す。普天間問題は決して普天間基地や沖縄米軍基地だけの話でなく、辺野古新基地建設も沖 縄の海兵隊のためだけではなく、日本全体に絡む日米同盟の深化という文脈で大きく捉える ことによって真の狙いが見えてくると思います。その流れを捉えることによって問題が全国 民的な課題なのだということをぜひ訴えて、私の話としたいと思います。 有難うございました。(拍手) 質疑応答 質問 伊波さんにお願いしたい。日本の政治家・官僚がここまでひどい。ここまでいい加減 で、情報を国民に知らせようとしない。そして伊波さんの言っている重要なことが取り上げ られない。 今起こっている原発問題も日米同盟と同じである。いくら本当のことを発信しても伝わら ない。政府は本当のことを言わない。この共通性はアメリカである。正しいことを言おうと する人はみんな排除されていく。原発問題を活かせるかどうかは日本の転機になる。日米同 盟反対で知事選を戦われたが、今こそ伊波さんが立ちあがるべきときだ。アメリカから自立 することが日本の将来を救うことになる。国民を目覚めさせるために立ちあがるべきだ。 応答 沖縄では日米安保が沖縄県民の日常の暮らしを脅かしているように、その矛盾が表れ ています。ですから、日米安保の問題を真正面から取り組める場所なのです。私自身、孫埼 18 亨氏(元外交官)や柳沢協二氏(元防衛局長)、梅林宏道氏(前ピースデポ代表)の皆様と のコンタクトの機会もあります。私自身の考えとしては日米安保の現状の多くの問題を解決 する道筋では、北東アジアにおける非核地帯構想の展開が重要だろうと思います。様々な方 面から東アジアの軍事的緊張緩和への提言がされてきています。今、国会議員の意識を変え ていくことが重要だと思っています。 日米合意に縛られている政府の考えは変わりそうにないので、民主党と自民党の議員の意 識を変えていくことが大事だと思っています。それには日米安保の問題の焦点になっている 沖縄から変えていくことだと思います。皆さんと一緒に変えていきたいと思っています。 質問 沖縄に仕事でベトナム戦争の頃行っていました。普天間基地の見通しについて、アメ リカも日本も財政的にも厳しいのでこのまま固定化されるのではないか。辺野古についてオ スプレイとか軍港としてはどうなるのか。グアムに移転したら世界戦略の点から抑止力はど う考えたらいいのか。 尖閣諸島について中国との関係どう考えたらいいのか。 応答 グアムには資料の14頁を見ると2014年までに海兵隊だけで1万552人が移 転する。海軍や空軍さらに米軍人の家族やシビリアン、建設従事者とその家族を合わせると 7万9178人が一時的に増えることになる。沖縄の海兵隊の移転経費が約1兆円を超え、 日本の負担分が7000億円です。グアムの人口はいま17万人、これに8万人増えると民 生インフラが追いつかないので、移転期間は2017年までに延期になっている。ご指摘の 通り予算がかかり過ぎではないかということですが、当初の見積もりは100億ドル、日本 政府負担が60.9億ドル(当時のレートで7000億円)。ところが米国上院の軍事施設 委員会が見直したところ150億ドルぐらいかかるとされ、米議会で問題になっているが、 日本政府もアメリカ政府もグアム移転を帳消しにするという考えはない。2006年合意の ロードマップでは2014年までの辺野古完成は予定されていない。辺野古への代替施設移 設の進展が条件とされています。沖縄の海兵隊をグアムに移転しても普天間飛行場の機能は 辺野古に代替基地を建設して維持しますというのがロードマップ合意です。日本の政治家は 海兵隊がいなくてはいけないと思っている。そこで、米側は実数とかけ離れた1万8000 人を定数として持ち出し、引く8000人は1万人という算式で説明しているのです。しか し、アメリカの正式な文書や資料には沖縄に海兵隊が1万人も残る根拠は全くない。辺野古 新基地は、海兵隊基地というよりまったく新しい基地だと思います。そして、辺野古新基地 はできないと思います。これを造らさないことが肝要です。 高江にオスプレイの施設を造っていますが、高江のオスプレイにはいろいろな意味がある。 日本では米軍基地の返還や移設をする際に1対1対応原則があり、同規模同機能を米軍が日 本政府に要求できるようになっています。高江でのヘリパット建設はアメリカのこの権利の 主張なのです。返還された北部演習場に7つのヘリパッドがあったので、日本政府に同数の ヘリパッドを残された区域に建設しろと米軍が要求したのです。最初の予定地は住民地区よ り遠い所でした。しかし、環境影響評価調査をしたら貴重な動植物が数多く出たので当初の 場所には建設できなかったのです。そこで住民地区に近いところでアセスの通りやすい高江 周辺に6ヶ所造るということで進んでいます。私が県議の時に調査をしたらヘリパッドはほ 19 とんど利用されてなかったのですが、米軍の自由に使えるヘリパッドを日本のお金で造って くれるから造らせ続けるというのが高江周辺のヘリパッドです。 日本政府が重視している抑止力ですが、政府の本音は核抑止力だと思います。13頁の (5)の米国の資料には「米国の攻撃能力と米国による核の抑止力は、日本の防衛を確実に し、地域の平和と安定に寄与するため、日本防衛能力と軍備に対し不可欠で補完的な役割を 果たしている」と書かれています。抑止力とは戦争をおこさせない力のことですが、戦闘状 態になって出て行くのが海兵隊です。海兵隊は、第7艦隊の攻撃力には及びません。海兵隊 はどこにいてもいいのです。実際、沖縄の海兵隊の主な活動は西太平洋における米国の同盟 国への安全保障を担保する役割です。どう担保するのかというと、毎年定期的に行われるフ ィリピンやタイ、オーストラリア、韓国でそれぞれの国との安全保障条約に基づく軍事演習 に参加しています。また、グアムなどで毎年合同演習を行っています。日本を守るための演 習をしているのではありません。佐世保を強襲揚陸艦隊が母港にしたのは1991年からで す。翌年1992年にはカリフォルニア州の海兵隊基地から海兵遠征部隊が沖縄に派遣され たのです。そして、普天間基地には25機のヘリ部隊が配備されるようになったのです。理 由は、1989年に米ソの冷戦が終り、米軍縮小の声が大きくなったので、米軍を維持する ために同盟国に負担させたのです。物分りの良い日本が受け皿になったのです。 実際に戦争が起きたときにも沖縄海兵隊が戦場に行くのではありません。米本土から沖縄 に派遣された部隊が1カ月ぐらい訓練してからイラクやアフガンに派遣されるのです。それ は沖縄だけで行われているわけではなく、他のハワイやカリフォルニアの基地でもイラク、 アフガン用の訓練をして派遣するのです。韓国にいる陸軍はいつでも戦場に行けるような訓 練をしているが、沖縄の海兵隊は即戦場に行くような訓練はしていなのでしょう。一方、グ アムへの沖縄海兵隊の移転はアジア太平洋における抑止力を強化するとはっきり「グアム移 転協定」や「海外環境影響評価ドラフト」にも書かれています。いつでも出動できて睨みを 効かせる部隊としてグアムに駐留することになるのでしょう。 尖閣の問題は日本が抱えている3つの領土問題、北方領土、竹島、尖閣の一つです。その 中でも日本が一番有利な状況が尖閣です。日本が施政権を持っており実効支配もしています。 一方、竹島は韓国が実効支配しています。北方領土の四島はロシアが施政権を持ち、ロシ ア人が住み、生活もしています。尖閣を日本は1885年から調査し、無主地先占(むしゅ ちせんせん)として1895年に領土に組み入れています。 一方、尖閣列島は1500年代から中国の地図にも載っており中国名もある。日中双方の 主張も違い、いろいろ難しい問題もあるのだが、1978年に鄧小平が将来の解決に待つと 問題の棚上げをした。これまで、中国は日本の実効支配と施政権を容認してきている。 今後、中国が軍事力で占領するかどうかですが、領土問題について国際世論がそれを認め るかどうかが重要です。日本の立場として施政権を持っているからなんでもできるんだとい う姿勢を出した後、ロシアが北方領土にミサイル基地を造ることを発表し、竹島も教科書問 題に対抗して近くに韓国軍基地が造られるという流れになっているようです。領土問題とし ては、いつも尖閣が大きく取り上げられますが、むしろ、逆ではないのか。日本は北方領土 や竹島の解決に向かうのが重要ではないのか。問題があることを認めつつ、そこを外交交渉 20 で理解できる解決をしていくことが大事でしょう。領土を譲る国はないのですから、尖閣に ついても日本は領土を主張すべきですけれども、互いに合意のあるものを越えて主張しすぎ ると反撃が出てくる可能性がある。その時のためにアメリカに依存するというのは望ましい 考えではない。日本の国益のためにはアメリカとも中国とも付き合っていくのがいいと思う。 質問 東日本大震災の時に、アメリカの軍隊が全力をあげて救援活動に赴いたということで、 国民の中に、やっぱり日米同盟がよかったんだという認識が広まりつつあることも事実であ ります。また、大震災が経済に大きく影響して、沖縄問題に手が回りかねて、日米の問題が 先送りされることが考えられる。これからの見通しについてお聞きしたい。 応答 今日のNHK6時の放送では海兵隊の東日本の支援の状況が報道され、米軍の支援は 2万人あるいは数十億円という話がありました。私は海兵隊の支援を否定はしませんが、そ のことで沖縄の基地の正当化はできないことは、しっかり踏まえておかねばならない。とい うのは66年前の沖縄戦で住民の土地を取り上げて基地を建設して今まで続いているので すから、決して沖縄の基地を米国は正当化できないということを我々自身が常に声を大にし て言わなければならない。そのような不当な基地の成り立ちを覆い隠して、災害支援を理由 に海兵隊は沖縄にいなければならないと日本政府がいうことに対しては「ノー」、あるいは 「違う」と言い続けることは大事だと思います。 普天間の固定化ということですが、普天間固定化を一番主張したのがケビン・メアです。 彼は「普天間は危険じゃない」と言っていたのです。そして外務省も防衛省もアメリカが言 うから「危険じゃない」と我々に言うわけです。そこに大きな問題がある。どこの国の外務 省なのでしょうか。 本土では報道されていませんが、メアはクリントン国務長官にたいして「普天間の固定化 は問題ない」と進言し、それが正式に了承されてアメリカの方針になっている。私は危険な 普天間基地を使い続けることのデメリットをしっかり発信していくことが大事であると思 います。 海兵隊を沖縄から移すことは日本の政府次第だと思うのです。あくまで海兵隊は日本にい てほしいと言い続ける政治家たちがいる限りなかなか難しいのですが、アメリカも決してそ れを望んでいるわけではない。むしろ辺野古はもっと違う基地の形として構想されていると 思いますので、辺野古ができるかできないかは別にしても、すくなくとも普天間問題はここ で解決させないといけない。返還合意された96年から今年は15年目ですから。私は、辺 野古を造らせてはならないと思いますし、辺野古はできないと思います。 質問 私は沖縄出身です。私は新党沖縄を立ちあげたらとここ15年間言い続けてきました。 もう既成政党に私の思いを任せることができないという感じをずうっと持ってきた。新党を 立ち上げて沖縄問題を本当に考えている人がこんなにいるのだという実態を見せてほしい。 応答 私は、これまでも政党に属しておらず、無所属の立場で沖縄県議会議員になり、そし て宜野湾市長をしてきました。知事選も革新無所属の立場で民主党も関わらない中で取り組 みました。こんなことを言うと悪いのですが、社民、共産、沖縄社大党の弱小政党の共闘だ ったのですがムードは良かったのです。負けた原因も一つには勝つと思った油断もあったの ではないかと思います。4万票の差はあったが、民主党が抜けても互角に戦ったと思います。 21 沖縄は、まだ革新が勝つ可能性を持っています。新党沖縄とはいきませんが、これからも 温かい目で見ていただいて、沖縄から日本全体を方向づけることができるかもしれないとい う期待をもっていただきながら、一緒に普天間基地問題だけでなくて、沖縄の基地問題全体、 日米安保全体の折り返し地点を創っていこうじゃありませんか。有難うございました。 (追記、講演後の 5 月 4 日に朝日新聞が明らかにしたウィキリークスの公開した日本大使館 発の極秘公電は、辺野古新基地建設が対中国有事のための滑走路として整備される計画であ ることを明らかにしています。2009/10/15 日付の東京発「キャンベル国務次官補と日本政 府当局者が米軍再編を巡る経緯について協議」に詳細があり、戦争計画への言及もある。 (朝日のウェブに掲載) (文責 南北) 完 伊波洋一(いは よういち)氏略歴 1952(昭和27)年生まれ。宜野湾市出身。琉球大学理工学部物理学科卒。宜野湾市 職員、沖縄県議会議員二期を経て、2003年4月宜野湾市長就任。二期目の途中、201 0年11月沖縄県知事選挙立候補、惜敗。基地のない沖縄の平和的発展をめざして様々な活 動に取り組んできた。市長就任以後は普天間基地と在沖縄海兵隊の国外移転を求めて精力的 に取り組む。 著書に『沖縄基地とイラク戦争、米軍ヘリ墜落事故の深層』(共著、岩波書店)、『米軍基 地を押しつけられて』 (創史社)、 『これが「思いやり予算」だ!』 (共著、社会評論)、 『普天 間基地はあなたの隣にある。だから一緒になくしたい』(かもがわ出版)などがある。 22
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