手足口病と髄膜炎 2012 年 4 月よりカンボジアで原因不明の感染症が

手足口病と髄膜炎
2012 年 4 月よりカンボジアで原因不明の感染症が小児の間に流行し、多数の死亡者がで
たため WHO が原因調査を行いました。調査が行えた患者は計 61 人で、そのうち 54 人が
死亡していました。大規模な感染調査を行い、その結果、大部分の検体で、手足口病を起
こすエンテロウイルス 71(EV71)が陽性となりました。その他の病原体は検出されず、
EV71 による髄膜炎の流行と断定されました。全ての患者さんが 3 歳未満でした。手足口病
は全世界で流行があり、もちろん日本でも普遍的にみられるウイルス感染症です。それで
は何故、このように重症化する手足口病が流行するのでしょうか?。
手足口病は、その名が示すとおり、口腔粘膜および手や足などに現れる水疱性の発疹を
主症状とした急性ウイルス感染症で、幼児を中心に夏季に流行が見られます。原因はコク
サッキーA16(CA16)、CA10、エンテロウイルス 71(EV71)などのエンテロウイルスに
よりおこり、基本的に予後は良好な疾患です。似たような病気にヘルパンギーナという病
気がありますが、ヘルパンギーナは基本的にのどの炎症のみなので手足口病と通常は区別
されますが、原因はやはりエンテロウイルスであり、ヘルパンギーナは手足口病より多く
のウイルスが原因となりうることが知られており、また手足口病とヘルパンギーナの中間
形と思える症状を示す患者さんが存在することより、これらは麻疹や水痘とは異なり、エ
ンテロウイルス感染症候群と考えたほうが正しいと思われます。すなわち、症状の重い軽
いを含めて多彩である可能性があります。しかし、通常は 3~7 日の経過で自然に改善する
風邪様の感染症で、のどの痛みが強く、患児は摂食困難となることもありますがその他の
症状は微熱程度の軽症で経過していく感染症です。診断は症状と周囲の流行状況から臨床
診断され、血液診断されることはありません。特別な治療法もなくもちろんワクチンもあ
りません。この病気で問題があるとしたら稀に急性髄膜炎の合併が見られ、さらに稀です
が急性脳炎を合併することです1)。
もともとエンテロウイルス属は髄膜に親和性があり、現在の無菌性髄膜炎の大半はエン
テロウイルスが原因と考えられており、小児期全般の 70~90%、脳炎では 10~50%、新生
児・乳児早期の症状の乏しい無菌性髄膜炎は 90%以上を占めると考えられ,新生児室での集
団発生などが問題となっています。またエンテロウイルスによる髄膜炎は発熱のみが症状
であるような軽症例も多く存在するため、正確な頻度はわかっていないのが実情です2)。
エンテロウイルス 71(EV71)は手足口病の原因ウイルスですが髄膜炎を併発しやすいウ
イルスとして知られています。手足口病の原因ウイルスは数種類あり、数年の周期で流行
していきます。したがって EV71 が流行した地域では髄膜炎が流行していることが推測さ
れます。今回のカンボジアの流行以外でもアジア地域では従来より死亡例を伴った比較的
大きな流行が見られ、注目を浴びてきました。1997 年 4~6 月にマレーシアでは手足口病
の大流行が見られ、急速な経過で死亡する例が 30 例以上報告されました。剖検が行われた
少数例では、中枢神経系に浮腫、炎症像がみられ、脳幹脳炎が 1 例に見られていました。
1997 年大阪では手足口病の流行はありませんでしたが、EV71 感染と関連が濃厚な小児の
死亡例が 3 例報告され、3 例ともに急性脳炎と肺水腫が認められました。2008 年には中国
で大規模な流行がおこり多数の死亡者が報告されています。このように東アジア地域では
以前から EV71 と思われる重篤な感染症の流行があり、近年の研究で多様な遺伝子型を有
する EV71 が多く分離されており、広範囲な地域で頻繁にウイルス伝播が起きていると考
えられます。これまでの分子系統解析によると、特定の EV71 遺伝子型と疾患の重篤化と
の明確な関連性は認められていません。しかし、分子系統解析に反映されない僅かなゲノ
ム遺伝子変異が病原性に関与している可能性は否定できません3)。
手足口病は麻疹のように単一ウイルスによる病気ではなく、原因ウイルスにより症状や
重症度、さらには合併症が異なる病気であり、現在流行している手足口病の病状の把握が
重要です。
(筆者は40歳以降に2回、手足口病に罹りました。一度目は指先の痛みがひどく、キ
ーボードが打てませんでした。2度目は口腔内と肛囲の痛みがひどく、摂食と排便が困り
ました。同じ手足口病でも症状が全く異なっていたので驚きました)
平成24 年 7 月30日
参考文献
1 ) 秋田
博伸 : 遭遇する機会が多い小児感染症 . 耳展 2000 ; 43 ; 532~539 .
2 ) 金子
堅一郎 : エンテロウイルス . 脳と発達 1993; 25: 151-155 .
3 ) 東アジアにおけるエンテロウイルス 71 型感染症の流行 . IASR
http://idsc.nih.go.jp/iasr/30/347/dj3475.html