3.完全競争市場の理論

ミクロマクロ経済学Ⅰ
3.完全競争市場の理論
前章までで,需要曲線と供給曲線の形状と性質が分かりました.本章では,市場の分析
を行います.市場とは,需要と供給が出会う場所です.まずは,青果市場や魚市場を想像
するとよいでしょう.現在では,取引所の中でオンライン取引を行う株式市場や,特定の
取引所を持たない外国為替市場,温暖化ガスの削減枠を取引する排出権取引所などさまざ
まな市場があります.
本講義では,さまざまな種類の市場を「完全競争市場」と「不完全競争市場」の 2 つに
分類して順にお話していきます.本章では,さまざまな市場の種類を分類して,最も基本
的な市場である完全競争市場について分析を進めます.
3−1.完全競争市場
よく分析に用いられる市場は,市場は以下のように分類できます.
完全競争市場
市場
不完全競争市場
独占市場
(1 企業)
複占市場
(2 企業)
寡占市場
(少数企業)
独占的競争
(製品差別化)
費用逓減産業(自然独占)
完全競争市場は以下の性質を持っています.
(1)個々の経済主体は,自分の力で市場価格を変えることはできない.
(2)売り手と買い手が多数存在する.
(3)市場に関する情報を全ての市場参加者が持っている.
(4)買い手が売り手に対して特別の選好を持っていない.
( 1 )完 全 競 争 市 場 に 参 加 し て い る 経 済 主 体 に と っ て ,価 格 は 与 え ら れ た も の だ と い う
こ と を 示 し て い ま す .こ の よ う に ,自 分 で 市 場 価 格 を 買 え ら れ な い 経 済 主 体 の こ と を ,
「プ
ライステイカー」といいます.
( 2 )個 々 の 経 済 主 体 が 市 場 価 格 を 変 え ら れ な い の は ,市 場 参 加 者 が 多 数 存 在 す る か ら
です.そのため,市場参加者の 1 人が買い占めや売り惜しみをしても,市場にはまったく
影響がありません.
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(3)市場に関する情報とは,取引量と価格です.需要曲線や供給曲線について市場参
加者がきちんと情報を持っていると仮定しておきます.これらの情報が欠けているときの
分析は,秋学期の「情報の経済学」で扱います.
( 4 ) こ れ は ,「 私 は 国 産 品 し か 買 わ な い 」 と か 「 フ ラ ン ス 製 を 優 先 し て 買 う 」 と い っ
たような,ブランド選好が無いことを表しています.ブランドに関する話は,独占的競争
市場で扱います.
CHECK
POINT
完全競争市場はこれらの条件をすべて満たさないといけません.例えば,売り手は
多数いるのに買い手は 1 人しかいない市場は,完全競争市場ではありません.
完全競争市場は分析を簡単にするための理想的な市場であり,現実の市場には完全
競争市場はほとんどありません.まず,この理想的な状態をみて,少しずつ現実に
近づけていくという順序で分析が進んでいきます.
p
D’
それでは,実際に市場の取引量と価格がどのように
決まるのかをみていきましょう.消費者行動の理論と
生 産 者 行 動 の 理 論 で 見 て き た 需 要 曲 線 ( D) と 供 給 曲
線 ( S) は , 消 費 者 と 生 産 者 が 多 数 で も 同 じ 形 状 に な
り ま す . 市 場 価 格 ( p*) と 取 引 量 ( x*) は 需 要 曲 線 と
S
D
E’
P’
p*
E
F
供 給 曲 線 の 交 点 ( E) で 決 ま り ま す .
需要曲線と供給曲線の交点を「均衡点」といいます
が,ミクロ経済学だけでなく,他の分野でのグラフでも,
x*
x1
x
いくつかの曲線の交点を一般的に均衡点と呼びます.
需要曲線や供給曲線は,需給の増減によって移動(シフトするといいます)します.例
え ば , 需 要 が 増 え る と , p*の 価 格 で 買 い た い と い う 人 が 増 え ま す . p*の 価 格 で の 希 望 購 入
量 は x*か ら x 1 に 増 加 し ま す( E→ F).こ れ は ,p*よ り も 高 い 価 格 で あ っ て も 低 い 価 格 で あ
っ て も 同 じ 話 に な り ま す の で ,結 局 ,需 要 曲 線 自 体 が D か ら D’
へと右にシフトしたことに
なります.
需 要 曲 線 が 右 に シ フ ト し た 結 果 , 需 要 曲 線 と 供 給 曲 線 の 交 点 ( = 均 衡 点 ) も E か ら E’
へ と 右 上 に 移 動 し ま す .そ の 結 果 ,市 場 価 格 が p*か ら p’
へ と 上 昇 し ま す .需 要 が 減 少 す る
と,需要曲線は左にシフトして市場価格は下がります.
また,供給曲線が右シフトすると市場価格は下落,左シフトすると市場価格は上昇しま
す.グラフを描いて確認してみてください.
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ミクロマクロ経済学Ⅰ
CHECK
POINT
需要曲線や供給曲線のシフトは,あくまでも事後的な現象です.どうして需要曲
線や供給曲線がシフトしたのかを考えることも重要です.例えば,パソコンの売れ
行き見通しが悪化すると,半導体の需要が減少すると予想する人が増えるため,半
導体の需要曲線が左シフトして市場価格は下落します.
3−2.余剰分析
近年は,規制緩和,自由化の流れが加速しています.これは,市場を完全競争市場に近
づける政策だといえます.完全競争市場には,何か望ましい性質があるのでしょうか.本
節 で は ,「 余 剰 」 に 焦 点 を 当 て て 分 析 を 進 め ま す .
ここでは,余剰とは,市場がないケースに比べて市場があるケースではどのくらい消費
者や生産者が「得」をしたのか,という視点で考えてみましょう.市場がないと,売り手
や買い手の情報が手に入らないため,高い価格で買ってしまったり,低い価格で売ってし
まったりするかもしれません.しかし,市場があれば,市場価格がいくらになるのか一目
で判断できます.
つ ま り ,消 費 者 に と っ て ,市 場 が な い と き に 比 べ て 市 場 が あ る と ど れ く ら い 安 く 買 え る
か,これが余剰です.生産者にとっては,市場がないときに比べて市場があるとどれくら
い高く売れるか,これを余剰としましょう.もちろん,余剰は大きい方がいいですよね.
・ 消費者余剰と生産者余剰
次 ペ ー ジ の グ ラ フ を 見 な が ら 読 み 進 め て く だ さ い .需 要 曲 線 は ,
「 ○ ○ 円 の と き に ××個
買 う 」 と い う 消 費 者 の 態 度 表 明 で す が , こ れ を 「 ××個 買 う の な ら ば ○ ○ 円 ま で 払 っ て も
よ い 」 と い う よ う に 逆 に 読 む こ と も 可 能 で す . つ ま り , x1 個 の 商 品 を 買 う 消 費 者 は , p1 円
まで支払う準備があります.これを「需要価格」といいます.市場がなければ,消費者は
需 要 価 格 で 買 い 物 を せ ざ る を 得 ま せ ん .し か し ,市 場 が あ れ ば ,市 場 価 格 p E が 分 か っ て い
ま す の で , pE で 買 う こ と が で き ま す . つ ま り , 消 費 者 は ( p1− pE) だ け 得 を し て い ま す .
「 ××個 買 う 」と い う の は ,グ ラ フ に 描 き に く い の で ,1,2,3 個 …( 経 済 学 で は 0.82 個 と か
17 個 な ど の 数 字 も OK で す ) と 数 字 を ず ら し て そ の つ ど 計 算 し て 足 し て い き ま す . そ う
すると,消費者余剰は,
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◆
消費者余剰  
(需要価格−市場価格) ◆
で計算されます.

は「シグマ」と読み,足し算をするという意味です.結局,消費者
余 剰 は 三 角 形 の 面 積 ( p D Ep E ) で あ ら わ さ れ る こ と に な り ま す .
p
p
pD
pD
p1
S
S
E
pE
E
pE
D
D
p2
pS
x1
x
pS
x
次 に 生 産 者 余 剰 を み て み ま し ょ う .x 1 だ け 売 ろ う と 思 っ て い る 生 産 者 は p 2 で の 販 売 で も
仕 方 が な い と 考 え て い ま す .こ れ が「 供 給 価 格 」で す .し か し ,市 場 が あ れ ば p E で 売 る こ
と が で き ま す の で , そ の 差 額 で あ る ( pE− p2 ) が 生 産 者 余 剰 に な り ま す . こ れ も , 足 し 算
をしていくと,
◆
生産者余剰  
(市場価格−供給価格) ◆
と な り , 三 角 形 の 面 積 ( p S Ep E ) に な り ま す .
消 費 者 余 剰 と 生 産 者 余 剰 を 足 し た も の を 「 社 会 的 余 剰 ( 経 済 厚 生 )」 と い い ま す .
◆
社会的余剰=消費者余剰+生産者余剰+税収など
◆
上図では,
消 費 者 余 剰 : p D Ep E
生 産 者 余 剰 : p S Ep E
社 会 的 余 剰 : p D Ep S
となります.
CHECK
POINT
消費者余剰と生産者余剰は三角形の面積で表されるので,具体的な数値を計算
することができます.
◆
( 三 角 形 の 面 積 ) = ( 底 辺 ) ×( 高 さ ) ÷2
◆
余剰分析では,グラフの理解と計算は必須ですので練習が必要です.
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社会的余剰(経済厚生)は,完全競争のときが最大になります.不完全競争や課税など
によって完全競争がゆがめられると,社会的余剰は減少します.本章では課税,自称では
独占によって市場が歪められることをみていきましょう.
3−3.課税の効果
「製品一個当たり t 円」というタイプの税金を「従量税」といいます.従量税が課税さ
れると市場はどのような影響を受けるのか分析しましょう.
製品一個当たり t 円の従量税が課税されると,供給曲線
が上に平行シフトします.供給曲線のシフト幅は,税金の
t 円 に な り ま す . 供 給 曲 線 が S か ら S’
にシフトする結果,
市 場 価 格 は pE か ら p1 へ と 上 昇 し ま す .
S’
p
A
p1
t
S
B
pE
t
こ の 図 で は ,「 製 品 一 個 当 た り t 円 」 の 税 金 が 課 税 さ れ て
D
C
いますが,消費者がこの税金をすべて負担しているわけでは
あ り ま せ ん . 図 を も う 一 度 み て み る と , t 円 の 税 金 は AC で
x
あらわされています.消費者が払った税金は価格上昇分だけ
で す .図 で は AB に な り ま す .税 額 の AC か ら 消 費 者 負 担 の AB を 差 し 引 い た 残 り の BC は ,
生産者が負担していることになります.
消 費 者 負 担 と 生 産 者 負 担 は ,需 要 曲 線 と 供 給 曲 線 の 傾 き に よ っ て 変 わ り ま す .一 般 的 に ,
消費者と生産者の負担額の比は,以下のようになります.
(生産者の負担額) (供給曲線の傾き)

(消費者の負担額) (需要曲線の傾き)
以下では,極端なケースを取り上げて,負担関係をみていきましょう.
S’
p
S
(1)需要の価格弾力性が無限大のとき
需要曲線は水平になります.このときに従量税が課税
D
されても市場価格は変わらないため,税金はすべて生産
t
者負担になります.
x
(2)需要の価格弾力性がゼロのとき
p
S’
D
S
需要曲線は垂直となります.このときに従量税が課税
されると,税金と同じ分だけ市場価格が上昇するため,
t
税金はすべて消費者負担になります.
x
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CHECK
POINT
需要の価格弾力性と供給の価格弾力性の計算を思い出しておきましょう.
需要の価格弾力性: d  
供給の価格弾力性: s 
曲線の傾き
dx p

dp x
dx p

dp x
dp
とは異なるので注意が必要です.
dx
それでは,課税によって余剰がどのように変化するのかをみてみましょう.課税前の社
会 的 余 剰 は A+B+C+D に な り ま す . こ こ で , 従 量 税 に よ り 供 給 曲 線 が t だ け 上 に 平 行 シ フ
ト し ま す . 市 場 価 格 が 上 昇 し て 取 引 量 が 減 少 す る た め , 消 費 者 余 剰 は A, 生 産 者 余 剰 は B
になります.C は四角形になっていますが,この部分は税収を表しています.縦は製品 1
個 あ た り の 税 額( = t)で 横 は 取 引 量 で す .( 税 収 )=( 1 個 あ た り の 税 額 )×( 販 売 量 )で
すので,C が税収というわけです.
そ う す る と ,課 税 後 の 社 会 的 余 剰 は A+B+C に な り ま す .課 税 前 に 比 べ る と ,社 会 的 余 剰
が D の 分 だ け 減 少 し て い ま す .こ の ,社 会 的 余 剰 の 減 少 分 D を「 死 荷 重( 死 重 損 失 ,超 過
負 担 )」 と い い ま す .
この説明は,下のどちらのグラフで行ってもかまいません.税収 C の形は違いますが,
面積は同じです.考えてみてください.
p
p
S’
A
A
C
S’
S
D
B
D
x
B
C
S
D
D
x
§. 授 業 で 扱 っ て い な い ト ピ ッ ク
市場の安定条件
定額税・従価税
関税の効果
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