高速バイオ原子間力顕微鏡 研 究 者: 安 藤 敏夫 金沢大学 理工研究域 バ イ オ AFM 先 端 研 究 セ ン タ ー 特任教授 開発企業:岡田 孝夫 株式会社生体分子計測研究所 代表取締役 (推 薦 者: 古 市 泰宏 北陸ライフサイエンスクラスター 安藤 敏夫氏 岡田 顧問) 孝夫氏 1. 技術の背景 細 く 尖 っ た 探 針 と 試 料 表 面 と の 相 互 作 用 を 検 出 す る こ と に よ り 、試 料 表 面 形 状 を 高 解 像 で 可 視 化 す る 原 子 間 力 顕 微 鏡 ( AFM: Atomic Force Microscopy) は 1986年 に 誕 生 し た 。 真 空 中 、 大 気 中 に 限 ら ず 液 中 に あ る 試 料 も 観 察 で き る た め 、生 命 科 学 を 含 む 広 い 分 野 で 利 用 さ れ て い る 。し か し 、 試 料 表 面 の 各 点 毎 に 高 さ 情 報 を 得 る 手 法 の た め 、多 く の ピ ク セ ル か ら 成 る 1 画 像 を 撮 る の に 分 の オ ー ダ ー の 時 間 を 要 す る 。そ れ 故 、速 く 動 く 試 料 を 観 察 で き な い 。 そ れ に 対 し 本 技 術 の 高 速 AFMは 従 来 の AFMよ り 1,000倍 ほ ど 速 く 、液 中 の ナ ノ メ ー タ 世 界 で 起 こ る 動 的 な 現 象 の 直 接 観 察 を 世 界 で 初 め て 可 能 に し た 。特 に タ ン パ ク 質 分 子 の 観 察 に 利 用 さ れ 、機 能 し て い る と き の分子動態映像からそのタンパク質が機能する仕組みを詳細に理解でき ることが実証されている。 2.技術の概要 図 1 に 通 常 の AFM の 装 置 構 成 を 示 す 。 カ ン チ レ バ ー と は 片 持 ち 梁 の こ と で、その自由端に探針が付いている。通常、カンチレバーをその共振周波 数で振動させ、探針が試料と接触することによる振幅の減少を計測する。 図 1 一 般 的 な AFM の 装 置 構 成 カンチレバーにレーザ光を照射し、その反射光を分割フォトダイオードに 導く。それぞれのダイオードからの出力電圧の差がカンチレバーの振幅値 として計測される。その差出力と目標振幅に対応する電圧値との差(エラ ー信号)をフィードバック回路に入力する。フィードバック回路の出力を 用いて、エラーがゼロに近づくように試料ステージスキャナーを Z 方向に 走 査 す る 。 試 料 ス テ ー ジ を XY 方 向 に 走 査 し つ つ こ の 一 連 の 操 作 を 行 う と 、 試料ステージは試料表面をなぞるように動くことになる。従って、パソコ ン を 用 い て 、フ ィ ー ド バ ッ ク 回 路 の 出 力 を XY 各 点 に プ ロ ッ ト す る と 試 料 表 面形状が再現される。空間分解能は針の形状と試料に依存するが、タンパ ク 質 分 子 が 試 料 の 場 合 、 XY 方 向 で 1-3 ナ ノ メ ー タ 、 Z 方 向 で 0.1 ナ ノ メ ー タ程度の空間分解能が得られる。 液 中 で こ の 空 間 分 解 能 を 有 す る 顕 微 鏡 は 他 に は な く 、 AFM は 非 常 に ユ ニ ークである。しかし、イメージングに時間がかかるため、動的な現象を捉 え ら れ な い 。 AFM の イ メ ー ジ ン グ 速 度 を 飛 躍 的 に 向 上 さ せ 、 タ ン パ ク 質 分 子や細胞といった生物試料で起こる動的現象を観察可能とするには、以下 の 3 つ の 課 題 を 達 成 し な け れ ば な ら な い 。(1)AFM に 含 ま れ る ほ と ん ど す べ てのデバイス(特に機械的デバイスであるカンチレバーとスキャナー)の 応 答 速 度 を 上 げ る 、(2)ス キ ャ ナ ー を 高 速 に 走 査 し た と き に 生 ず る 望 ま し く な い 振 動 を 抑 制 す る 、(3)高 速 走 査 と 低 侵 襲 性 を 両 立 さ せ る 。図 2 に 開 発 し た主な技術を示 す。機械的デバ イスの応答速度 を上げるには、 共振周波数を上 げるとともに、 共振の鋭さを表 す Q 値を小さく 図 2 高 速 AFM を 実 現 し た 要 素 技 術 。 (a)微 小 カ ン チ レ バ ー しなければなら ( 黒 線 の 円 内 )、 (b)高 速 ス キ ャ ナ ー 、 (c)Z ス キ ャ ナ ー の ない。カンチレ 振 動 を 抑 制 す る Q 値 制 御 回 路 、 (d)イ メ ー ジ ン グ 中 に ゲ イ バーについては、 ンを自動チューニングできるフィードバック制御回路。 小型軽量化によ るだけでばね定数を大きくせずに高速応答が得られた。スキャナーについ ては、小型軽量化だけでは限界があるため、スキャナーの周波数応答を模 擬 す る 回 路 を 利 用 し た Q 値 制 御 回 路 を 新 た に 考 案 し 、高 速 応 答 を 実 現 し た 。 振動抑制は、この Q 値制御回路に加え、走査による重心移動によって生ず る激力を中和させる工夫や、振動を起こしにくい駆動信号の考案などによ り実現した。低侵襲性は生物試料にとって非常に重要だが、高速性と低侵 襲性の両立は極めて難しい課題であった。探針を試料に軽く接触させるた めには、カンチレバーの自由振動振幅を小さくするとともに、目標とする 振 幅 値 を 自 由 振 動 振 幅 に 近 づ け な け れ ば な ら な い 。し か し 、こ の 条 件 で は 、 試料の降り勾配のところで探針は試料から完全に離れてしまう。一旦離れ ると再着地までに時間がかかるが、 その間イメージング不能となる。こ の深刻な問題は、試料の降り勾配領 域を走査中にフィードバック制御回 路のゲインを自動的にチューニング する方法の考案により解決された。 こ う し て 、1993 年 に 研 究 に 着 手 し て か ら 15 年 目 の 2008 年 に 、 生 物 試 料 の 機 能 を 乱 さ ず に 1 画 像 を 最 短 50 図 3 当 社 が 製 品 化 し た 高 速 AFM 装 置 ミ リ 秒 で 撮 れ る 高 速 AFM が 実 現 し た 。2011 年 に 当 社 は 高 速 AFM の 製 品 化 に 成 功 し ( 図 3)、 高 速 AFM は 現 在 世 界 的 に 利 用 さ れ 始 め て い る 3.効果 タンパク質の構造は X 線結晶構造解析や電子顕微鏡で調べられてきたが、 静止構造しか分からない。一方、タンパク質が実際に機能しているときの 動的な振る舞いは、タンパク質分子に付けた光学プローブの動的振る舞い を通して間接的に調べられてきた。つまり、タンパク質分子の構造と動的 挙 動 を 同 時 に 観 察 で き な い 。 高 速 AFM の 誕 生 に よ り こ の 技 術 的 限 界 が 破 ら れた結果、タンパク質が働く仕組みの詳細理解が可能になった。実際、図 4a- c に 示 す よ う な タ ン パ ク 質 の 機 能 動 態 の 高 速 AFM 像 か ら 、 従 来 手 法 で は垣間見ることさえできなかった重要な事実が見出され、これらのタンパ ク質分子が働く仕組みを詳細に解明できることが実証された。現在では、 図 4d に 示 す よ う に 、分 子 よ り も 遥 か に 大 き い 生 細 胞 で 起 こ る 動 的 現 象 を 光 学顕微鏡よりも遥かに高い解像度で観察することも可能になっており、高 速 AFM の 生 命 科 学 へ の 広 範 な 応 用 研 究 が 世 界 的 に 進 め ら れ つ つ あ る 。 図 4 高 速 AFM が 捉 え た タ ン パ ク 質 分 子 の 機 能 動 態 ( a- c) と 生 き た 神 経 細 胞 の 動 態 。(a)光 駆 動 型 プ ロ ト ン ポ ン プ で あ る バ ク テ リ オ ロ ド プ シ ン の 光 応 答( 2s の フ レ ー ム で 光 照 射 )、 (b)ア ク チ ン 線 維 上 を 歩 く ミ オ シ ン V、 (c)回 転 子 で あ る γ サ ブ ユ ニ ッ ト を 取 り 去 っ た F 1 -ATPase で 起 こ る 構 造 変 化 の 回 転 伝 搬 、 (d)海 馬 ニ ュ ー ロ ン で起こる樹状突起の生成過程。 液中のナノメータ世界で起こる動的現象は生命現象に限らない。腐食、 洗 浄 、ナ ノ バ ブ ル 、電 池 に 代 表 さ れ る 電 気 化 学 反 応 な ど 多 く 存 在 す る た め 、 高 速 AFM は 様 々 な 産 業 分 野 で も 今 後 利 用 さ れ て い く も の と 期 待 さ れ る 。
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