自己組織化銅アセチリドナノワイヤーの電気伝導特性

日本大学文理学部自然科学研究所研究紀要
No.47(2012)pp.489 - 496
自己組織化銅アセチリドナノワイヤーの電気伝導特性
,
十 代 健* **
Electrical Conductivity of Self-Assembled Copper Acetylide Nanowires
Ken JUDAI *, **
(Received October 31, 2011)
Self-assembly of copper acetylide molecules and its annealing provide the semiconductive nanowires and the metallic
Cu nanowires coated with insulating carbon layers (nanocables). Furthermore, the dimension of produced nanowires is
extremely thin, the diameter of 5 nm and the only 8 Cu atoms queuing up for the nanocable. The synthetic way is so simple that the use of self-assembled acetylide molecules can provide the most cost-effective nanowires.
It was also found that copper acetylide nanocables can sense oxygen absorption through Mott 3D variable range hopping conduction. This is a contrast to detect with band conduction by normal solid gas sensors. The merit of detection
with the hopping conduction is much smaller interaction enough between adsorbed molecules and sensor solid, such as
physisorption. The detection of weak interaction enables the operation of the present oxygen sensor at extremely low temperature.
Keywords: self-assembly, copper acetylide, nanowire, gas sensor
準位に生じた際に s バンドと p バンドの重なりができ,
1 .はじめに
金属的な電子バンド構造を作ることができるようになる
クラスターは,原子・分子の数個から数百個の集合
ためである 4)。この例のように,クラスターの電気伝導
体として定義され,原子・分子 1 個とバルクの固体・液
特性の研究は,原子とバルク固体で基本的な物性がどう
体を結ぶ中間層として興味が持たれ研究が行われてい
変化するのか見極めるクラスターの重要な研究課題の 1
る
1)~3)
。元素の中には,原子 1 個や数個程度の集合体の
つといえる。
クラスターでは電気を流さず,100 個から 1000 個以上と
しかしながら,クラスターの立場における電気伝導特
いったバルクに近い大きな粒子に集合することで初めて
性の研究は基本的にもかかわらず不明な点が多く,今後
電気を流すようになるものも存在する。例えば,水銀
の発展が望まれる分野である 5)~7)。特にシリコン半導体
Hg などの最外殻 s 軌道に 2 個の電子を占有する原子の
の光リソグラフィー技術が回折限界に達している中,ク
場合,数個程度の集合体では s 軌道から作るバンド準位
ラスターやナノ粒子の電気伝導特性,さらに,ナノワイ
を電子がすべて占有し,絶縁体と同じ電子配置となり,
ヤー・ナノチューブといった 1 次元状ナノ物質の電気伝
電気伝導を担うことはできない。しかし,水銀 Hg は金
導特性の解明は,次世代の電子配線技術構築の基礎的な
属元素でありバルク状態で電気伝導をもつことは明らか
研究と考えられ重要性が増している。このような中,私
で,これは,電子バンド構造を形成する際に,s 軌道以
はクラスター研究者として,電気伝導特性を理解するた
外にその上の p 軌道のバンド準位も考え,十分な数の原
め,全く新しい視点に立ち,自己組織化などのナノテク
子が集合した際,つまり,十分なエネルギー巾がバンド
ノロジーの基盤技術を利用して研究を展開している 8)~13)。
*
**
日本大学文理学部自然科学研究所:
〒 156-8550 東京都世田谷区桜上水 3-25-40
日本大学文理学部物理生命システム科学科:
〒 156-8550 東京都世田谷区桜上水 3-25-40
*
**
─ 489 ─
Institute of Natural Sciences, College of Humanities and Sciences, Nihon
University 3-25-40 Sakurajousui, Setagaya-ku, Tokyo 156-8550, Japan
Department of Integrated Sciences in Physics and Biology, College of
Humanities and Sciences, Nihon University 3-25-40 Sakurajousui,
Setagaya-ku, Tokyo 156-8550, Japan
( 15 )
十 代 健
まず,自己組織化とクラスター研究の関連性から述べる
しつつあるが,その詳細な研究は全く進んでいない。本
ことにする。
論説では,自己組織化・結晶成長を利用することで,ナ
自己組織化という言葉の定義は曖昧であり,プリコジ
ノ物質・クラスター材料を作成することに取り組んでい
ンが提唱した散逸構造論の考え方に基づく,エネルギー
る私の研究結果の一部を紹介する。銅アセチリド分子は
(エンタルピー)やエントロピーが出入りできる開放シ
自己組織化によりナノワイヤー構造へと結晶成長できる
ステムにおける自己組織化を意味する場合もあれば,熱
物質であり,電気伝導特性の評価や電気伝導度を利用し
的な平衡状態に近い自己集合と呼ぶのが相応しい自己組
た固体ガスセンサーへの応用例も含めて解説する。
14)
織化もある 。前者の具体例は,生体物質がその形質を
保っている状態であり,食べ物というエネルギー源を消
2 .銅アセチリドの合成と評価
費しながら外部(環境)とのやり取りを通して,生物と
自己組織化を用いてナノ物質・クラスター物質を作成
しての形質(細胞の単位においても,個体の単位におい
しようと考えた際に,光リソグラフィーによる半導体の
ても)が維持されている。一方,後者の具体的な例が,
細線技術の限界を見据え,ナノ配線技術の置き換えを目
物質の結晶成長過程である。結晶成長を自己組織化であ
指し,金属一次元物質を自己組織化で作成することを目
ると考えることができるのは,結晶成長が成長核を通し
標とした。金属原子を集合させた場合,原子には異方性
て行われるためである。分子や原子が集合していく際
がないため,通常の結晶成長では,どうしても球形もし
に,ある程度の大きさまで結晶成長が進まないと,結晶
くは球形に近い物質しか得ることができない。アセチリ
成長の逆反応の溶解過程が優勢となり結晶成長が進行で
ドとは,炭素 2 原子三重結合を含む物質であり,三重結
きない。しかし,ある程度の結晶サイズに到達すると結
合の方向に異方性があり,一次元方向に結晶成長する可
晶成長が優勢となり,さらに大きな結晶へと成長できる
能性のある物質として着目した。様々な金属アセチリド
ようになる。つまり,結晶成長核ができるか,できない
が合成可能であるが,銅のアセチリド物質の結果につい
かが重要であり,成長核を自己とした組織化が起きてい
て紹介する。
るため,自己組織化と呼ぶことができる。生体物質など
銅アセチリドは爆発性のある物質として 1960 年代の
に代表される散逸構造論的な自己組織化と,この原子・
古くから知られている物質である。古くから知られてい
分子の結晶成長における自己組織化は,著しく異なる概
るにもかかわらず,爆発性があること,また,アモル
念であり,語弊がないように使用を注意する必要があ
ファス物質しか得ることができなかったため,基本的な
る。
性質すら知られていない化合物でもある。報告されてい
結晶成長過程における自己組織化過程,自己集合過程
る合成方法は非常に単純であり,塩化銅のアンモニア水
を詳しく考えていくと,結晶の成長核がどのように生成
溶液にアセチレンガスを導入することで沈殿物として銅
されるか疑問となる。近年,低温電子顕微鏡を用いて,
アセチリドを得ることができる。通常の合成方法ではア
飽和溶液の結晶成長過程を観測したところ,原子・分子
モルファス物質しか得ることができないが,アセチレン
が集合し,結晶成長核へと至る中間状態として,クラス
ガスをアルゴン等で 100 倍程度に希釈し,さらに,1 分
ター物質・アモルファス物質が存在していることが証明
間あたり 5 mL 程度と非常にゆっくりとガスを反応フラ
15)
されつつある 。クラスターを原子・分子とバルク固体
スコ内に導入することで,銅アセチリド分子の結晶成長
を結ぶ中間状態として注目してきたが,結晶成長といっ
速度を制御することででき,結晶化に成功することがで
た原子・分子がバルクへと移行する段階でも,当然,ク
き た。 図 1 に 得 ら れ た 沈 殿 物 を 走 査 型 電 子 顕 微 鏡
ラスターを介していたのである。この研究の重要な点と
(SEM)と透過型電子顕微鏡(TEM)で直接観測したと
して,結晶成長核はバルク固体構造の部分構造であり,
きの結果を示した。得られた結晶は,フラスコ内のバル
原子・分子が付加していくことで,どんどん大きな物質
ク量の合成反応にもかかわらず,ナノサイズの針状結晶
へと成長していくことが可能であるのに対し,結晶成長
となった。ナノサイズの針状結晶が得られたということ
核の手前に存在するクラスター物質・アモルファス物質
は,見方を変えれば,銅アセチリド分子が,水溶液内で
はバルク固体とは全く異なる結晶状態であり,クラス
自己組織化によりナノワイヤーへと結晶成長したと捉え
ター・アモルファス物質から自己組織化に向けたバルク
ることができる。
結晶構造の成長核へと構造の相転移が必要なことにあ
る。
イヤー構造へと自己組織化により結晶成長しているのか
結晶成長においてクラスターが重要であることが判明
( 16 )
銅アセチリド分子が,どのようにパッキングしナノワ
調べるために,粉末 X 線回折を測定した。その結果を
─ 490 ─
自己組織化銅アセチリドナノワイヤーの電気伝導特性
図1 自己組織化銅アセチリドナノワイヤー。
(a)走査型電
子顕微鏡写真(SEM)
。フラスコ内の反応沈殿物をメ
タノールで超音波分散させ,シリコン基板上に滴下・
乾燥させ測定した。
(b)透過型電子顕微鏡写真
(TEM)。
直径 5 nm 程度のナノワイヤーが集合し,バンドル状
となり観測されている。
図 2 a に示した。ナノワイヤーの直径は 5 nm 程度と非常
に細いため,回折ピークは本質的に幅広くなってしま
い,実験的な X 線回折のみから結晶の構造決定を行うこ
図2 銅アセチリドナノワイヤーの結晶構造。(a)銅アセチ
リドナノワイヤーの粉末X線回折実験ピーク。ナノワ
イヤーは直径 5 nm 程度と細くピークが本質的に幅広く
なってしまう。(b)密度汎関数法(DFT)による構造計
算結果を基にしたシミュレーション結果。
(c)DFT 計
算による最適化結晶構造。
とができなかった。そこで,密度汎関数法 DFT による
理論計算の結果と比較することにした。VASP
VASP や ABINIT といったバンド構造を計算するプログラムパッケー
めて再現することが判明した(図 2 b)
。粉末 X 線回折の
ジを使用し,様々なアセチリド化合物の構造を初期構造
実験と DFT の計算の比較から,アセチリドの炭素三重
として,構造最適化計算を行った。エネルギー最安定
結合軸の異方性を利用し,自己組織化により,その方向
は,リチウムアセチリドの構造を初期構造として出発し
にナノワイヤー構造を得ることができたといえる。
た 斜 方 晶 系( Immm No.71, Z = 2, a = 339 pm, b = 458
銅アセチリドの爆発性の性質を利用することで,自己
pm, c = 557 pm)の構造であり,図 2 c に示した。銅 1
組織化で得られたナノワイヤーを,さらに,金属ナノワ
価正イオンと炭素三重結合の二原子分子の 2 価負イオン
イヤーへと変換することも可能である。得られた銅アセ
が,逆ホタル石型のイオン結合的な性質でパッキングし
チリドを爆発しないように,ゆっくりと 100℃程度まで
8)
た構造である 。この最安定構造を基に粉末 X 線回折
真空中で加熱を行うと,反応活性な性質により,銅元素
ピークを再現してみると,不純物だと判明したピークも
と炭素元素の分離反応が進行した。透過型電子顕微鏡
存在するが,炭素三重結合の軸方向,つまり,結晶の b
TEM の観測では,加熱前の銅アセチリドは銅元素と炭
軸方向に長い結晶を仮定すると,実験値のピーク幅も含
素元素が均一に存在するため均一な濃淡のない TEM 像
─ 491 ─
( 17 )
十 代 健
を与えるのに対し(図 1 b)
,加熱後の TEM 像では,ワ
イヤー中心部分が濃く,ワイヤー周辺部分が薄い,濃淡
のある像を与えた(図 3 )
。銅原子と炭素原子では総電
子数の違いにより電子線の散乱効率が異なり,電子数の
多い銅原子は強く電子線を散乱するため TEM 像では濃
く観測され,反対に,炭素原子の電子散乱能は弱いた
め,薄く観測されたと考えられる。つまり,銅アセチリ
ドの中に均一に分散していた銅元素と炭素元素は,加熱
により,ワイヤー中央部分に銅元素が析出し,ワイヤー
外径部に炭素元素が分離したと考えられる。ナノワイ
ヤーの中央部分と外径部分で元素の異なるある種のコア
=シェル構造であるケーブル状の物質を得ることができ
た。自己組織化による簡便な合成反応と真空中での加熱
といった簡便な後処理のみで,銅の金属ナノワイヤーを
アモルファス炭素で被覆したナノケーブルを得ることに
成功したといえる 8),12)。
銅アセチリドを加熱して得られたナノケーブルの高分
解能 TEM 像を図 4 に示した。ケーブル中央部分の TEM
図4 銅アセチリドナノケーブルの超高分解能透過型電子顕
微鏡写真(TEM)
。銅アセチリドナノケーブルは非常
に細く,中心の銅原子は数個程度しか存在しない。
像における銅元素の濃い部分が原子分解能で観測できて
いる。金属の銅ナノワイヤーは単結晶ではなく多結晶で
あり,様々な方位の銅ナノ金属が連なっていることがわ
と,電子顕微鏡による観測のため,一旦,真空を破り大
かる。しかし,銅ナノワイヤーの直径は,2 nm 程度と
気下でサンプルを搬送している。貴金属ではあるが,銅
非常に細く,銅原子が直径方向に数個程度しか並んでお
元素は金や銀に比べて,はるかに酸化されやすく,室温
らず,非常に細い。自己組織化による銅アセチリドナノ
の空気中では瞬時に数ナノメートル程度の酸化物層がで
ワイヤーの生成と加熱による後処理のナノケーブル化に
きることが知られている。しかし,図 4 で観測されたナ
よって,光リソグラフィーの配線技術を凌駕する非常に
ノケーブル中心部分の原子間隔は,酸化銅の間隔ではな
細い金属ナノワイヤーを生成することに成功したといえ
く,酸化されていない金属銅の間隔である。つまり,大
る。また,このような金属ナノワイヤーを安定的に生成
気下を経由しても,酸化されていないことが判る。ナノ
できた要因として,金属ナノワイヤーを覆っている炭素
ケーブルとしての炭素の被覆層が金属銅の酸化を防いで
層の存在意義も大きい。真空中での加熱処理を行ったあ
いたと考えられ,金属ナノワイヤーを作成する材料・前
駆体として金属アセチリドが非常に優れている利点の一
つと考えられる 8),10)。
3 .原子間力顕微鏡を用いた導電率測定
金属ナノワイヤーの作成に成功すれば,当然,次の課
題は,金属細線の電気伝導度の測定となる。カーボンナ
ノチューブの研究の進展により 1 次元物質の電気伝導度
の測定は精力的に行われるようになった。カーボンナノ
チューブの薄膜を作成しバルク固体としての電気伝導度
の測定をはじめ,ナノギャップに架橋させることによる
1 本のカーボンナノチューブの電導度から,走査型トン
ネル顕微鏡 STM や原子間力顕微鏡 AFM を用いてナノ物
質をナノサイズの鋭利な点(チップ)で接触させて,あ
図3 加熱後の銅アセチリドナノワイヤー(TEM)
。銅と炭素
の分離反応が進行し,ナノケーブルに変換している。
( 18 )
たかも,テスターで物質を触って測定するような方法ま
である。その際の問題として,STM や AFM のチップと
─ 492 ─
自己組織化銅アセチリドナノワイヤーの電気伝導特性
呼ばれている原子レベルで尖った接触子では,そこに大
イカ上に蒸着した金の薄膜をアニーリングし原子レベル
きな接触抵抗を有してしまう場合がある。そこで,接触
での平滑面を作り,そこに銅アセチリドのメタノール分
抵抗を無視することができる手段,具体的には四端子法
散液を滴下し,試料を作成した。AFM のチップはバネ
と呼ばれるチップを 4 本用意し,ナノ物質に接触させ測
定数の小さなものを準備し,チップとナノワイヤー間が
16)
定する方法まで開発されている 。
非常に弱い力でも観測できるように,また,下地の金表
STM や AFM を用いて一次元のナノ物質の電気伝導度
面と銅アセチリドナノワイヤーは原子レベルでの接触が
を測定する場合には,接触子であるチップを 2 本・4 本
あり,しっかりと固定される条件を作り出すことで,接
とコンタクトさせるため,空間的な制約からある程度の
触モードの AFM でも銅アセチリドナノワイヤーを観測
長さのワイヤーを必要とする。自己組織化で得られたナ
することができるようになった 8)。図 5 a で観測された
ノワイヤーは長いもので 1 μm 程度のものもできるが,
ナノワイヤーの高さは 5 nm 程度であり,TEM の測定結
その多くは 100nm から 300nm 程度である。その程度の
果などと一致する。しかし,水平方向でのナノワイヤー
長さでは AFM などを利用して 1 次元方向への電気伝導
の大きさは,30nm 程度もあり,これは,ナノワイヤー
度 の 測 定 を 行 うこと は困 難で あり, 今回は,通 常の
の外径 5 nm ではなく,AFM のチップの曲率半径が観測
AFM のセットアップ,1 本のチップのみで測定できるナ
の限界になっているためである。
接触モードの AFM で銅アセチリドナノワイヤーの観
ノケーブルの被覆に関する電気伝導特性を観測した。
図 5 a に接触モードで測定した AFM の像を示した。マ
測が行えることは,電気伝導度の測定に容易に移行でき
ることを意味する。AFM のチップを金でコーティング
した電気伝導のある材質にすることで,AFM 装置によ
りナノワイヤーとコンタクトをとり,基板とチップ間の
バイアス電圧を掃引し,電流・電圧特性を測定すること
ができるようになる。図 5 b に接触モードの AFM で測
定した電流・電圧特性の結果を示した。参照実験として
行った金基盤に直接チップを接触させたブランク測定で
は,電流と電圧が比例するオーミックな特性を示すのに
対し,チップと金基板の間にナノワイヤーまたはナノ
ケーブルを挟んだ場合は,非オーミックな電流・電圧特
性を示した。チップの接触抵抗により測定結果にバラつ
きが生じてしまうが,図 5 b は,10 回程度の測定の平均
値である。平均をとった結果,明らかに加熱前のナノワ
イヤー(nanowire)に対して,加熱変換後のナノケーブ
ル(nanocable)は電流が流れないプラトー領域が大きい
ことが判明した。つまり,ナノワイヤーの表面の電気伝
導度は,加熱変換により電気が流れにくく絶縁体に近く
なったことが判る。
この非オーミックな電流・電圧特性は,バンドギャッ
プのある半導体として説明できる。粉末 X 線回折の解析
のために密度汎関数法 DFT で計算した銅アセチリドの
結晶構造は,銅正イオンと炭素二原子負イオンのイオン
結晶的な結合となっていた(図 2 c)
。DFT 法によるバン
ド構造計算では,バンドギャップを求めることが可能で
図5 接触型原子間力顕微鏡(AFM)を利用した電流・電圧
特性。
(a)AFM 像と電流・電圧特性の測定模式図。
(b)電流・電圧特性。加熱前の銅アセチリドナノワイ
ヤー(wire),および,加熱変換した銅アセチリドナ
ノケーブル(cable)で,それぞれの特性変化を 10 箇所
程度測定し平均値を求めた。
あ り,0.5 eV で あ っ た 8)。DFT 法 の 計 算 は, バ ン ド
ギャップを過小評価する傾向があり,また,銅アセチリ
ドナノワイヤーの電流・電圧特性におけるプラトー領域
は,実験値からおよそ 1 V 程度であり,理論計算の予測
と矛盾がないといえる。一方,加熱・変換した銅アセチ
─ 493 ─
( 19 )
十 代 健
リドナノケーブルでは,銅ナノワイヤーがケーブル中央
ナノケーブルの環境を酸素ガス 1 気圧・窒素ガス 1 気圧
部分に析出し,その周囲をアモルファス炭素が覆った構
と交互に変化させながら電気伝導度を測定すると室温に
造となっている。その AFM の接触モードで測定した電
もかかわらず,可逆的な電気伝導度の変化が観測され
流・電圧特性では,加熱前に比べて明らかに非オーミッ
た。図 6 では,30 分おきに窒素ガスと酸素ガスを交互に
クな特性が大きくなっている。つまり,電流が流れない
入れ替えたが,酸素ガス 100% 1 気圧の環境では,伝導
プラトー領域が大きくなっている。幾何構造的には,金
度が大きく(抵抗値としては小さく)
,逆に,窒素ガス
属である銅ナノワイヤーが析出していることと矛盾して
100% 1 気圧では,伝導度が小さく(抵抗値としては大
いるが,今回の伝導度の測定方法が,表面にかなり依存
きく)なる現象が,再現良く何度も観測された。つま
した手段であることが原因と思われる。接触モードの
り,銅アセチリドナノケーブルは,室温において,その
AFM による測定であるが,加熱変換後のナノケーブル
電気伝導度・電気抵抗値を測定するだけで,酸素ガスの
の表面アモルファス炭素を剥離し,直接,金属銅ナノワ
存在量を決定する固体酸素センサーとして働くことを意
イヤーへと接触させた実験ではないので,表面アモル
味する。酸素分子の吸脱着が電気伝導度を変化させてい
ファス炭素層を通して電流・電圧特性を測定したことに
るのだが,室温の条件で,このような変化が観測された
なる。その結果,電気が流れにくい非オーミックな特性
ことが非常に興味深い。室温の熱エネルギーで吸脱着で
になった。つまり,銅ナノケーブルにおいて銅を被覆し
きるのは,物理吸着のような弱いエネルギーであり,そ
ているアモルファス炭素の層は絶縁体の性質があり,そ
の弱いエネルギーによる吸着で電気伝導度が 1 桁近くも
の層も十分厚く,今回,作成した銅アセチリドのナノ
大きく変化しているためである。一般的な固体酸素セン
ケーブルが,ナノサイズのケーブル的な構造をもつこと
サーは,数百度の高温において酸素分子を解離吸着さ
に留まらず,金属である銅のナノワイヤーを絶縁体の性
せ,酸素イオンの固体伝導や表面に酸素イオン不純物準
質をもつアモルファス炭素で覆った,電気回路的にもナ
位を作成し,酸素の化学的な吸着現象を電気伝導へと変
ノサイズのケーブル構造であったことを示すことができ
換しセンサーとして利用している。そのような酸素の吸
たといえる。
脱着反応を進行させるには,つまり,センサーとして可
逆性を持たせるためには,室温をはるかに超える高温が
4 .固体酸素センサーへの応用
必要となる。しかし,今回見出した銅アセチリドナノ
接触モードの AFM で銅アセチリドナノケーブルの電
ケーブルの固体酸素センサーは,室温でも動作可能であ
流・電圧特性を測定したが,より応用展開可能な形での
り,物理吸着のような弱い相互作用が関与しているとみ
電気伝導度の測定も行っている。最も単純な形での電気
られ,そのセンサー機構に興味が持たれる。実際に,室
伝導の物性を評価する方法は,バルク固体として一般的
なテスター・マルチメーター等で測る方法である。銅ア
セチリドナノケーブルを赤外分光用 KBr 錠剤形成器で
ペレット状に加圧形成し,電極を繋ぎ,通常のテスター
やマルチメーターで抵抗値を測定した。ナノワイヤー・
ナノケーブルの 1 本 1 本はナノサイズであっても,加圧
成形により固形化することでバルク状態として電気伝導
特性を測定することが可能となる。こうして電気抵抗値
を測定したところ,銅アセチリドを加熱することで電気
抵抗の低下,伝導度の向上が見られた。この結果は,1
本のナノワイヤー・ナノケーブルの表面を上から AFM
で測定した結果とは,正反対の結果といえる。加熱・変
換することで,半導体(絶縁体)であった銅アセチリド
ナノワイヤーの中央に伝導性の金属の銅ナノワイヤーが
作成されたことにより,バルク固体としてナノケーブル
の集合体としては,電気伝導度が向上したと考えること
ができる。
興味深い現象として,この加熱変換後の銅アセチリド
( 20 )
図6 銅銅アセチリドナノケーブル固体酸素センサーの電気
伝導度変化。窒素と酸素雰囲気を 30 分おきに入れか
れ,電気抵抗(伝導度)を測定した。
─ 494 ─
自己組織化銅アセチリドナノワイヤーの電気伝導特性
温より低温の冷凍庫-20℃の中で同様の実験を行って
も,吸脱着速度の低下は見られたものの,可逆性は確認
でき,本当に物理吸着のような弱い相互作用で動作して
いることを確認している 9)。
センサー機構を解明させるために,まず,電気伝導度
の温度変化を測定した。一般的な熱励起の半導体は,電
気伝導度の対数に対して絶対温度の逆数で比例・直線関
係となる。しかし,銅アセチリドナノケーブルでは,電
気伝導度の対数に対して絶対温度のマイナス 4 分の 1 乗
で比例関係を示した。つまり,一般的な熱励起半導体と
は異なる電気伝導機構であることが判る。絶対温度のマ
イナス 4 分の 1 乗での比例関係は,Mott によって定式化
されており,Mott の 3D variable range hopping 伝導と呼
ばれている 9)。ホッピング伝導の 1 種であるが,エネル
ギー値も異なる局在軌道間をホッピングする際に,熱励
起子(フォノン)の助けを介し,伝導キャリア(電子また
はホール)がホッピングする特殊な電気伝導機構である。
電気伝導度の温度特性からは,局在軌道間のホッピン
グによる伝導機構が明らかになったので,酸素センサー
としての機構を探るため,局在電子の分光学的な検証を
行った。酸素の吸着・脱離で局在軌道が,どのように変
化するのかを電子スピン共鳴分光法 ESR で調べること
にした。図 7 に酸素分圧を変化させながら測定した ESR
の結果を示した。酸素分圧が 0 kPa,つまり,酸素の無
い条件下で測定したスペクトルは,若干非対称な形状を
しているが,概ね,一般的なアモルファス炭素のスペク
図7 銅アセチリドナノケーブルの電子スピン共鳴分光スペ
クトル ESR。酸素分圧を 0 kPa から 10 kPa まで変化さ
せながら測定した。
トルで,g = 2.005 にピークを観測した。酸素分子の存
在下での ESR の測定は,酸素分子のもつスピンがスピ
うな強い相互作用ではなく,物理吸着のような弱い相互
ン・スピン相互作用を起こしピークが幅広くなる特徴が
作用で電気伝導度を変化できたのは,まず,第 1 に元々
あ る。 今 回 の ESR 測 定 で 酸 素 分 圧 を 上 昇 さ せ て い く
存在した電子スピンを電気伝導に利用したこと,第 2 と
と,g = 2.005 の非対称なピークは幅広くなること以上
して,Mott のホッピング伝導であったためホッピング
に急激に減少し,代わって,g = 2.08 近傍に新たなピー
確率が容易に変化できることが挙げられる。そのため,
クを観測した。ESR の測定からは電子スピンが酸素分子
物理吸着のような弱い相互作用でも,ホッピング確率を
の吸着により g = 2.005 から g = 2.08 へと化学環境が変
変化させることができ,センサーとして動作することが
化することが観測されたといえる。
可能となったといえる。
ここで,室温のような低温で銅アセチリドナノケーブ
さらに,銅アセチリドナノケーブルとしてのナノ物質
ルが固体酸素センサーとして利用できたセンサー機構に
の構造的な側面からセンサーとしての性質も考察してお
関して考察してみる。ホッピング伝導であることがセン
く。バルク固体として電気伝導度を測定した場合に実際
サーとして重要な役割を果たしており,Mott の 3D variable
に測定される抵抗値は,最も電気が流れにくい箇所であ
range hopping の定式化より,ホッピング確率が,局在
り,電気伝導の律速箇所の抵抗値・電気伝導度を大きく
軌道の軌道エネルギーや軌道の大きさ・広がりに大きく
反映していると考えられる。銅アセチリドナノケーブル
9)
依存することが導出されている 。また,ESR の測定か
は,金属の銅ナノワイヤー部分と,それを取り囲んでい
ら酸素が吸着していない状態でも,局在した電子スピン
るアモルファス炭素部分に分けることができるが,固体
状態が存在し,酸素分子の吸着により,化学環境が変化
酸素センサーとして抵抗値として測定されているのは,
していることも重要である。つまり,電荷移動吸着のよ
主に抵抗値の大きいアモルファス炭素部分である。実際
─ 495 ─
( 21 )
十 代 健
に,熱起電力測定を行っても,キャリアが電子ではなく
ホールであることも確認しており 9),ESR の測定からア
5 .まとめ
モルファス炭素の電子スピンが重要であることも判って
銅アセチリドナノワイヤーの電気伝導特性を中心に紹
いる。では,銅ナノワイヤーの金属部分が全く不要であ
介したが,本研究は,かなり特殊な例であり,一般的な
るかといえば,不要ではなく,今回のような特殊な酸素
クラスターの電気伝導特性の研究とはいえない。クラス
センサーが見出されたのは,ナノケーブルの特殊な 1 次
ターを材料の観点から評価するには,電気伝導特性の評
元構造の要因が大きい。固体酸素センサーとして肝であ
価は避けては通れない研究課題であり,カーボンナノ
る実際の抵抗値が変化していたのは,抵抗値の高いアモ
チューブをはじめ 1 次元のナノ物質の電気伝導特性が盛
ルファス炭素の電気伝導度の挙動であるが,バルク固体
んに研究されており,0 次元物質のクラスターの電気伝
としてテスターなどの機器で測定できたのは,金属の銅
導特性研究が今後発展することに期待したい。本研究の
ナノワイヤー部位が存在するからである。加熱変換する
ような自己組織化を利用したクラスターから結晶成長へ
ことで,バルク固体としての電気抵抗値は小さくなって
の展開は,クラスターの材料化への方向性の 1 つである
おり,これは,金属である銅ナノワイヤーが,アモル
と考えられ,他にも様々な手段でクラスターが材料とし
ファス炭素同士を結ぶ伝導パスとして,ベースとなる電
て開拓されるべきだと考える。クラスターの電気伝導度
気伝導度の向上の役割を果たしているからであり,その
の研究はそのようなクラスターを材料の観点から捉える
ため,テスターやマルチメーターでその変化が十分観測
ことで,今後も発展していくだろう。
可能となっている。銅アセチリドナノケーブルといった
1 次元の特殊なナノ物質の構造が酸素センサーとして実
測可能にしたと考えられる。
謝辞
本研究を実施するにあたり,分子科学研究所 西信之教授
(現・名誉教授),西條純一助教,沼尾茂悟博士,古屋亜理博
士のご指導・ご協力を仰ぎました。ここに感謝の意を表しま
す。
参考文献
1)茅幸二,西信之;クラスター(産業図書,1994)
2)編 茅幸二;マイクロクラスター科学の新展開(学会出
版センター,1998)
3)西信之,佃達哉,斉藤真司,矢ケ崎琢磨;クラスターの
科学(米田出版,2009)
4)K. Rademann, B. Kaiser, U. Even, F. Hensel; Phys. Rev.
Lett., 59, 2319 (1987).
5)J. Bowlan, A. Liang, W. A. de Heer; Phys. Rev. Lett., 106,
043401 (2011).
6)
)Y. Negishi, Y. Takasugi, S. Sato, H. Yao, K. Kimura, T. Tsukuda; J. Am. Chem. Soc., 126, 6518(2004).
7)T. Teranishi, M. Eguchi, M. Kanehara, S. Gwo; J. Mater.
Chem., 21, 10238 (2011).
8)K. Judai, J. Nishijo, N. Nishi; Adv. Mater., 18, 2842 (2006).
9)K. Judai, S. Numao, A. Furuya, J. Nishijo, N. Nishi; J. Am.
Chem. Soc., 130, 1142 (2008).
( 22 )
10)K. Judai, S. Numao. J. Nishijo, N. Nishi; J. Mol. Cat. A:
Chem., 347, 28 (2011).
11)J. Nishijo, O. Oishi, K. Judai, N. Nishi; Chem. Mater., 19,
4627 (2007).
12)K. Judai, J. Nishijo, C. Okabe, O. Oishi, H. Sawa, N. Nishi;
Syn. Metals, 155, 352 (2005).
13)S. Numao, K. Judai, J. Nishijo, K. Mizuuchi, N. Nishi; Carbon, 47, 306 (2009).
14)都甲潔,江崎秀,林健司,上田哲男,西澤松彦;自己組
織化とは何か(講談社,2009)
15)
)A. Dey, P. H. H. Bomans, F. A. Müller, J. Will, P. M. Frederik, G. de With, N. A. J. M. Sommerdijk; Nature Mater., 9,
1010 (2010).
16)長谷川修司,白木一郎,田邊輔仁,保原麗,金川泰三,
谷 川 雄 洋, 松 田 巌,C. L. Petersen, T. M. Hanssen, P.
Boggild, F. Grey; 表面科学,23, (12), 740(2002).
─ 496 ─