米国における医療保険とその医療サービスの評価・認定機関について

あいおい基礎研究所ミニレポート 2007.10.24
米国における医療保険とその医療サービスの評価・認定機関について
須藤 康夫
<はじめに>
2001 年、医療保険が生損両業界で全面解禁になり、損保にとっても自動車、火災、傷害保険に次ぐ大型の
保険商品としてスタートした。
2001 年以前も、所謂「昭和40 年裁定」による凍結期間中、疾病リスクを担保する所得補償保険、医療費用や
介護費用の保険が、損保に一部解禁になっていたが、当時は、損保業界内では商品別の委員会が設置され、
契約面や事務処理、保険金支払面の取り扱いについて、各社共通の一定のスタンダードが出され、全社ほぼ
同様な商品の取り扱いとなっていた。
今回の全面解禁された医療保険は、それまでの自由化以前の商品と違って、約款・保険料率などの商品の
開発は各社各様であり、アンダーライティング、事務運営ルール、保険金支払いなどの商品運営について、
当然、かつてのような業界スタンダードはあり得なかった。
医療保険は、損保通常の「急激かつ外来の」事故とは異なる疾病リスクの事故概念、契約告知における顧客
と保険会社の「情報の非対称性」等々、今までの損保商品にはない固有の特殊性があり、それら特殊性を考
慮した対応が必要であった。また、医療保険の教育・研修・啓蒙活動や、情報提供・情報開示のあり方、商品の
質の向上に向けた活動など、基本的な環境整備やインフラ構築も不可欠な要素であった。
これら課題の参考事例として、良い意味でも悪い意味でも民間医療保険の先進国である米国において、医
療保険と医療サービス(以下「医療保険プラン」という)の質の問題、情報提供・情報開示のあり方、教育・研修・
啓蒙活動などを標準化し、各保険会社の医療保険プランについて格付けしている第三者評価・認定機関の活
動について紹介したい。
1.米国の医療保険制度とその問題点
ここでは、米国の評価・認定機関を解説する上で、前提となる米国の医療保険制度とその問題点について、
簡単に説明したい。
米国では 65 歳以上の高齢者向けの「メディケア」と、貧困者向けの「メディケイド」しか公的医療保険はない。
その結果、全米の人口の3割弱の人々しか、公的な医療保険制度の恩恵を受けていない。それ以外の7割強
の人々は、民間の医療保険の加入者であるか、もしくは無保険者である。無保険者の人々の割合は約 15%強
にもなり、全米の 6 人に 1 人は無保険者であるということである。
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米国の民間医療保険の保険料は、
図表 米国の民間医療保険料の上昇割合
世界最高に高額な医療費の影響を
保険料
受けて、非常に高い。この保険料
イン フ レ
賃金
16
14
12
10
8
6
4
2
0
の高さが無保険者の増加を含め、
さまざまな問題を引き起こしてい
る。
医療費高騰の理由は、医療技術
の革新によるコストアップと、頻繁に
1996 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005
発生する高額な医療過誤訴訟のた
出典:Kaiser Family Foundation “Employer Health Benefits 2005”
めだと言われている。米国の一人
当たりの国民医療費がおおよそ日本の約 2 倍であり、GDP に占める医療費の割合も日本は約 8%であるのに
対して、米国は約 15%である。単純比較はできないものの、医療保険料も日本の健保等の医療保険料の約 2
倍以上であると思える。コーヒーショップのスターバックス社が払う従業員の会社負担保険料が、仕入れのコ
ーヒー豆代金よりも高額であるというのは有名な話である。
2.米国の民間医療保険
米国では、伝統的な保険会社の他に、ブルークロス・ブルーシールド(BC/BS)、HMO(Health Maintenance
Organization)、PPO(Preferred Provider Organization)などと呼ばれる医療保険専門の保険会社や非営利の保
険団体(以下「保険会社」という)が民間の医療保険プランを提供している。かつて BC/BS などは非営利が多か
ったが、競争激化、M&A、資金調達などのため、最近の傾向として株式会社化が進んでいる。
米国の保険制度の判りにくさは、全米の保険制度を一概には言い切れず、州単位の保険法制となっている
点である。例えば、カリフォルニアではエイズ患者は新規で民間の個人医療保険に入ろうとしても謝絶される
のに対して、ニューヨークでは謝絶できない。マサチューセッツ州は州民皆保険の法律が州議会を通過し、シ
ュワルツネッガーが州知事をつとめるカリフォルニア州でも州民の全子供に対してマサチューセッツ州と同様
な法案を州議会にかけようとしているという。民主党の大統領候補になる可能性が高いと言われるヒラリー・クリ
ントン上院議員の「国民皆保険」を先取りした形である。このように州により保険法制が違うのが実態である。
(1)出来高払型の保険(FFS:Fee for Service)
出来高払型の医療保険は、治療費を出来高に応じて支払いをする。日本と同じである。加入者は自分の意
思で自由に医療機関を選ぶことができ、どのような診療をするかは医師に委ねられている。通常、病院費用、
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医師費用、検査、処方薬などが支払いの対象になる。出来高払いのため、医療費が高騰するのにしたがって
保険料が高くなり、近年、マーケットシェアは下がり続けている。また、米国での医療機関の治療費は日本のよ
うに統一の診療報酬体系がないため、医療機関ごとに治療費の金額が異なるのが普通である。
(2)マネジドケア型の保険(Managed Care)
増大する米国の医療費を抑制しようと、急速に拡大した医療保険プランであり、保険会社が加入者(患者)
に対する医療機関の医療サービスを積極的に管理しようとする保険である。この医療保険プランを販売する保
険会社は、そのビジネスモデルの違いにより、HMO(Health Maintenance Organization)、PPO(Preferred
Provider Organization)、POS(Point-of-Service)などと呼ばれている。それぞれ保険会社はネットワーク化した
医療機関があり、基本的にそのネットを通じて加入者に医療サービスを提供し、医療費をマネジメントしてい
る。
・HMO はマネジドケアの中で最初にできた医療保険プランである。保険会社が医療機関と提携契約を交
わし、そのネットワーク医療機関内で、加入者(患者)への治療や疾病の予防など、マネジメントされた医
療サービスを提供する。ネットワーク内であれば、自己負担なしで医療を受けられる。ネットワーク外の医
療機関利用の場合は全額自己負担となる。この医療機関の利用制限や治療方法の制限*などが大きな
社会問題になった。
*ケースよっては治療ため、60 ㎞離れたネットワーク病院に行かなければならないとか、医師は患
者の治療に際して事前に HMO に治療方法の了解を得なくてはならないとか、各種の医療サー
ビスの利用制限がある。
・PPO は HMO と違い、ネットワーク外の医療機関でも保険の対象となる。しかしその場合には、ネットワーク
内の医療機関より自己負担の額が高い。加入者にネットワーク内の医療機関を利用させるための経済的
インセンティブを与えて、コスト・コントロールを図っている。HMO よりも多少割高な保険料であるが、医療
機関を自ら選択したいというニーズに応える形で、HMO に代わってマーケットシェアを伸ばしてきた。
・POS は HMO でありながら出来高払い型のオプションを用意している場合の呼称である。一般に HMO と
PPO の中間のようなもので、PPO のようにネットワーク外の医療機関でも給付を受けることができる。その
場合の自己負担の額は高くなる。
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3.評価・認定機関設立の背景について
米国における国民医療費の肥大化、企業や個人の保険料負担の増大化の中、民間の医療保険、政府、企
業、国民からの医療費の抑制という大命題をにない、1970 年代後半以降、マネジドケアを中心とする医療保
険プランの導入が急速に広がった。
マネジドケアの本質は、医療サービスの患者利用を制限することで、医療費の高騰を抑え、更に保険料の
膨張も抑えるプランであった。しかし、1990年代には、医療サービスの行き過ぎた利用制限が大きな社会問題
になった。マネジドケアによる医療費削減を目的とした医療機関と患者への締め付けが、消費者無視という不
満や保険会社の利益追求に対する社会的批判を生んでいた。そのため、医療サービスの行き過ぎた利用制
限や医療サービスの質の劣化を防ぎ、消費者の信頼と社会的な評価を得る必要性が生まれていた。
4.米国における民間医療保険の評価・認定機関
(1)医療保険評価認定機関の概要
マネジドケアの行き過ぎの牽制機能として、1990 年代初めに生損保業界、医療保険業界、行政機関、消
費者団体が協力して、医療保険プランを評価・認定(Accreditation)する第三者機関を設立した。医療保険プラ
ンの質の向上に向けた基本的な環境整備とインフラ構築を図ったのである。
米国のマネジドケア型の保険は、保険と医療サービスが一体化した商品であり、消費者の立場に立った場
合、医療サービスの質は医療保険の質ということになる。特に自ら医療機関を選べない HMO の場合、その傾
向が特に強い。そして評価・認定機関は、保険会社の情報の透明性を強く求め、標準化されたスタンダードと
のベンチマーク方式により、保険会社の健全性の比較、保険商品や医療機関ネットワークの質、パフォーマン
スの比較、医療サービスの質、価格情報の開示、疾病予防プランの充実度、顧客満足度などについて、評価・
認定を行う。
本稿では我が国では今までほとんど紹介されていない評価・認定機関の一つである URAC(Utilization
Review Accreditation Commission)の活動について紹介する。
(2)URAC の目的と活動
URAC は医療保険の質と効果を高めようという趣旨で 1990 年に設立された。マネジドケアについては、当
時、消費者の不満が既に社会問題になったため、マネジドケアの良いところを残し、悪いところをなくすことに
よって、消費者の信頼を獲得する目的で立ち上げられた。URAC の理事会には保険業界団体、民間保険会
社、全米医師協会や行政機関、大学などが名を連ねている。URAC の評価・認定の対象は、民間医療保険、
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医療健康関連会社、医療情報会社などの他、メディケアなどの政府の公的医療保険もあり、更にその他に好
事例紹介、トレンドの分析、消費者向けヘルスケア教育なども行っている。
評価・認定業務については、URAC ではこれまで 1 万件以上の評価・認定を行っている。37 の州やコロンビ
ア特別区、および政府機関(CMS、人事院、政府職員、退職者協会等)にて、URAC の認定コースが正式に認
められている。この URAC の認定はマルコム・ボルドリッジ賞や ISO のように、米国では権威あるものとして社
会的に認められたものである。
一方、別の評価・認定機関である NCQA(National Committee for Quality Assurance )は HMO の認定・評価、
特に医療サービスの評価に力を入れているが、URAC では保険会社の基礎的な組織評価を行うことから始ま
るので、HMO 以外の保険プランにも対応可能であり、実際、PPO の評価・認定に力を入れている。
(3)URAC の認定コース
URAC の認定コースは 16 種類あり、その中心となるのが組織の質を評価する Core Organizational
Quality(中核的組織評価)である。このコースは単独、または他のコースとセットで受ける。どのコースを受ける
場合でも、必ずこのコースは受ける必要がある。
基本的な認定コースである Core Organizational Quality(中核的組織評価)は、組織構造や、事業書類、方針
と行動の遵守、社員マニュアル、教育、社員の質、情報管理、顧客満足度、苦情処理、品質管理など、保険会
社としての全般的な内容が評価の対象となる。具体的には次のとおりである。
Organizational Structure (組織構造)
Policies and Procedures(方針と行動)
Staff Qualifications(社員の質)
Clinical Oversight(医学的な監督)
Inter-Departmental Coordination(組織内部調整機能)
Information Management(情報管理)
Business Relationships(契約管理)
Oversight of Delegated Functions(権限委譲の監督)
Regulatory Compliance(法令順守)
Financial Incentives(金銭的インセンティブ)
Communications(コミュニケーション)
Consumer Protection(顧客保護)
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Consumer Satisfaction(顧客満足)
Access to Services(サービスへのアクセス)
Complaint and Appeals(苦情対応)
Quality Improvement/Management(品質向上/管理)
また、認定コース 16 種類のうち、医療保険プランを認定するコースは Health Plan Accreditation Program(医
療プラン評価)と呼ばれ、この認定には次の5つの評価対象で構成されている。
Network Management(医療機関ネットワーク管理)
Credentialing(医療サービス側の質)
Member Relations(関係者の関係)
Utilization Management(利用管理)
Quality Management Chapter(品質管理部門)
これらの URAC の認定コースは、医療サービスに関する医学的な認定基準が多い NCQA の業務内容に比
べて汎用性があり、HMO 以外に PPO などにも使用できるのが特徴である。これらの認定コースは、保険業界
の専門家、医師、政府側、消費者団体などからなる委員会でプログラムの草案を作成公表し、意見を広く集め
る。その調整後、実際のテストを行い、最終的に評価・認定のスタンダードが完成する。
現在、URAC では「消費者保護と消費者の権利」および「医療の質の向上とその革新」がキーワードであり、
このキーワードをすべての評価・認定基準の主軸として位置付けている。
(4)評価・認定の方法
これらの認定コース定を受けるのは任意であるが、多くの州の保険監督機関で、医療保険プランの商品認
可の条件としているところが多く、民間医療保険会社からすればこの認定は非常にメリットがある。また、もうひ
とつのインセンティブとしては医療保険の大口消費者である大企業が従業員に推薦する信頼のある商品とし
て、この認定を重視しているということである。
認定を受けたい会社は手数料を支払い、必要書類と申込書を提出する。専門家が書類審査を行い、後日、
書類との整合性を確認のため、実際に申請してきた会社に出向き検査を行う。その結果を専門家による審査
会で匿名により評価・認定する。審議会で評価・認定が出ない場合には、その上クラスの審査会で評価・認定
を行う。評価・認定の結果は次の 5 種類である。
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Full Accreditation(認定)
Conditional Accreditation(条件付認定)
Provisional Accreditation for Start up(暫定認定)
Corrective Action Status(要修正状態)
Denial(非認定)
認定・認定されない場合でも手数料は返金されない。評価・認定の結果をどのようにマーケットで使用してよ
いかなどについても定められている。この評価・認定は一度取得すると 2 年から 3 年間は継続するが、URAC
は評価・認定した企業をモニターしており、必要があれば満期前でも現場に聞きに行き、問題点などの確認を
行う。URAC の目的は、評価・認定を通じてその保険会社および医療保険プランのパフォーマンスをよくし、結
果として消費者を守ることにある。
(5)評価・認定の公表方法
URAC の評価・認定の結果は URAC のインターネットのサイトで見ることができる。どの認定コースを、いつ
受け、どのような結果が出たかが記載され
ている。具体的な数値などは示されていな
いが、自分の加入する医療保険プランが
認定を受けているかどうか等を確認するこ
図表:NCQA(National Committee for QualityAssurance )
の公表している評価・認定結果
NCQA の医療保険プランの認定結果はウェブサイト上で公開。
NCQA のウェブサイトでは、民間医療保険、メディケア、メ
ディケイドの種類別に州ごとに認定されている。評価の内容は
星の数で表されている。
とができる。URAC では NCQA のような消
費者向けの大々的な格付け発表をまだ行
っていない(図表参照)。
URAC によれば、消費者への PR・周知
の活動がこれからの課題の一つであると
のことである。
・ 4つ星 Excellent(卓越)
・ 3つ星 Commendable(優等)
・ 2つ星 Accredited (認定)
・ 1つ星 Provisional(暫定)
・ 星なし Denied(非認定)
また、NCQA は年に1度、医療保険プランのランキングを発表
し、Newsweek や地方紙でインターネットや新聞に掲載して、
NCQA の認定について消費者への周知を図っている。
(6)評価・認定の効果
米国における医療保険プランに対する評価・認定機関に対する評価は、消費者の医療保険加入時の客観
的情報の提供や、医療保険の質に関する消費者教育をになうだけでなく、保険会社と医療保険プランの全体
の質の向上に貢献しているという。URAC のアンケートにおいても、URAC の認定は、保険会社の運営と法令
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遵守を改善していると回答した人が約 9 割に上る。
<まとめ>
米国における医療保険プランの評価・認定は、医療機関の医療サービスにシフトの傾向が強い。しかし、保
険会社に対する評価・認定として、医療保険に関する教育・研修・啓蒙活動や、情報提供・情報開示のあり方、
商品の質向上に向けた取り組みなど、また、保険商品自体の評価・認定として、保険パンフレットの判りやすさ、
募集における商品説明、その他の契約上のコンプライアンス遵守状況など、保険の業務プロセスについても
評価・認定の対象となっていると言える。
我が国の国民医療費抑制の方向は既定路線であり、その結果、健保自己負担の増大、混合医療の解禁、
一部保険会社が実施している生活習慣病管理サービスなど、少しずつ米国型の医療保険制度に近づいてい
ることも否定できない。今後、我が国の公的医療保険の変革の中で、民間医療保険がその変化に合わせなが
ら、消費者のニーズに応え、商品の質の向上を図りつつ、どう大型商品に育てていくか、どのような商品・事業
モデルにしていくか、米国におけるこの URAC の存在とその活動は参考になる部分が多い、と考える。
以上
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