15 風渡る家 - ミュージカル研究所

劇団プチミュージカル2009年度作品 第3稿 平成 21 年11月30日版
風 渡 る 家 白 川 惠 介
前奏曲、客電落ち、上手エリア照明。
1幕
1場(冬の夜)(幕前)
○ 居間
母親がソファーに座って、年少の子どもに、絵本「ちいさなおうち」の読み聞かせをしてい
る。照明で二人だけのエリアを作っている。
母「ちいさなおうちがありました。
ちいさなおうちにすむ人は、ひとつの部屋に集まって、仲よく暮らしておりました。
ちいさなおうちのどの部屋も、春夏秋冬朝夕に、合わせて変身できました。
ちいさなおうちの真ん中に、地から天まで伸びている大きな柱がありました。
ちいさなおうちの屋根裏は、曲がりくねった梁と梁、お相撲取っておりました。
ちいさなおうちの広間には、ミンミンゼミの声の間を、水色の風が翔けました。
ちいさなおうちの住む町が、大きくゆれたその時も、キシキシ笑っておりました。
ちいさなおうちは100歳の、おじいちゃんになりました。
ちいさなおうちの周りには、友だちいなくなりました。
でも、ちいさなおうちはこれからも、ずっとずっと生きるでしょう。
100年先も生きるでしょう。
ちいさなおうちにすむ人も、助け合って生きるでしょう
ちいさなおうちがありました」
エリア照明暗転、下手スポット
ウッディハウジング「高気密、高断熱、自然にやさしいウッディハウジングです。現在、モデルハウ
スを980万でお分けする抽選会をやっています」
転換幕が上がる。
2場 住宅展示場(5月5日、五月晴れの昼間)
家族連れで賑わう住宅展示場。プレハブの未来住宅、洋風住宅、和風建築と様々な家々。そ
れぞれの住宅の売り、高気密、高断熱、エコ、坪単価 27.8 万円などが、書いてある。川中家
族も見学に来ている。
ウッディハウジング「高気密、高断熱、自然にやさしいウッディハウジングです。現在、モデルハウ
スを980万でお分けする抽選会をやっています」
歌「マイホームはマイドリーム」
ならぶならぶモデルハウス どれも素敵だわ つどうつどう家族連れ 日曜はいつも
ひろがるひろがる私の夢 いつかきっとマイホーム
ちょっとこだわり ちょっとぜいたく ちょっと素敵な あなたのライフスタイルご提案
マイホームは マイホームは マイホームは マイホームは 私のマイドリーム
くばるくばるパンフレット 目移りしちゃうわ わたすわたすプレゼント こんなにもらった
みえるみえる私の希望 いつかきっとマイホーム
ちょっとおしゃれな ちょっといかした ちょっと小粋な あなたの未来の姿 形にする
マイホームは マイホームは マイホームは マイホームは 家族のマイドリーム
人は家づくりに大きな夢託す 心やすらぐ場所探し求めるよ
1
ならぶならぶモデルハウス 住宅展示場はテーマパークだよ つどうつどう家族連れ とびきりのもてなし
ひろがるひろがる私の夢 住宅展示場はいつでも呼んでるよ
ちょっとこだわり ちょっとぜいたく ちょっと素敵な あなたのライフスタイルご提案
マイホームは マイホームは マイホームは マイホームは 私のマイドリーム
テレビ番組「たてもの探検」のナビゲーター渡辺敦也がレポートをしている。テレビ局の
カメラが回っている。
渡辺「お早うございます。渡辺敦也です。今日はたてもの探検1000回記念として、住宅展示場ハ
ウジング高津からの生中継でお送りいたしております。今日は日曜日ということで、家族連れで
賑わっていますね。そして素敵なモデルハウスがいっぱいです。今月は4回に渡って、今注目の
住宅メーカーさんを訪問していきたいと思います。第一回は、未来ハウスさんです。おはようご
ざいます」
未来「おはようございます」
渡辺「今日はよろしくお願いいたします」
未来「こちらこそお願いいたします」
渡辺「それではまず外回りから。あれー、この外観。未来ハウスさんの名前にふさわしい未来志向の
フォルムがおしゃれですね。これ何角形ですか?」
未来「これは六角形ですね」
渡辺「六角形! ヘキサゴンですか。ほー。そしてこちら、窓の形がまたユニークですね」
未来「安藤忠則先生のご設計でして」
渡辺「えー。あの安藤忠則先生ですよね!」
未来「はい。イデアの家というコンセプトでして、ギリシャの哲学者プラトンのイデアという考え
方が元になっているそうです」
渡辺「いやいやいや、プラトンですか・・・さすが安藤先生ですね」
未来「抽象的存在としての丸、三角、四角を配置した究極の美を求める野心的作品と伺っておりま
す」
渡辺「なるほどなるほど。丸、三角、四角。確かに抽象の美ですね」
すずかとはるなが通りかかる。
すずか「はるな見て見て、このおうちの窓、おでんの形してるよ」
はるな「本当だ。丸、三角、四角で、卵、てんぷら、こんにゃくか」
すずか「きっと、このおうちを作った人、おでんが大好きなのよ」
はるな「そうだろうね。でもこんなセンスのない家には住みたくないなあ」
すずか「そんなこと言っちゃ悪いよ。×は×だけど、たで食う虫も好き好きっていうでしょ。あっち
行こう!」
すずかとはるなは去る。落ち込んでいる未来ハウスの営業マンを慰めて、
渡辺「まあ、人それぞれいろんな考えがありますからね。中を拝見させていただきましょうか」
未来「はい。どうぞ」
渡辺「どんな空間が待っているのでしょうかね。楽しみです」
未来、渡辺、カメラマンは中へ。川中家昌夫、茉莉子、智和、亜佐美は、エクセルハイムの営
業、岩崎と一緒に登場する。
茉莉子「なかなかいい感じの家ですね」
岩崎「ありがとうございます。テントの方で、もう少し詳しく、ご説明させていただきますので、ど
うぞ」
昌夫「いやまだ、実際に建てるかどうか決めてませんので、今日は、これで、ね」
亜佐美「えー。帰るの?」
昌夫「ほら、まだ予算や土地の都合がついてないから」
岩崎「土地や資金面もお気軽にご相談をお受けいたしますのでどうぞ。お子様にジュースやお菓子
もございますので」
智和「おかし? 僕、お腹すいた」
亜佐美「私のど渇いた」
2
茉莉子「お話だけ伺いましょうよ。何度も来られるわけでもないし」
岩崎「どうぞどうぞ」
昌夫「はあ」
転換幕下りる。
3場(5月5日昼間)転換幕前
○テントの中
建築に関する図書、雑誌、パンフレットが並ぶ。川中家と岩崎が家作りについて話し合っ
ている。子どもは、ジュースを飲んでいる。岩崎は、希望の間取りをノートパソコンの中に
書き入れている。
歌「私の部屋」
岩崎「どんな間取りも自由自在。お客様のお好み次第。みなさんのご希望を教えていただけます
か?」
茉莉子「私の理想の部屋はこうよ。吹き抜けの玄関、アイランドキッチン、二十畳の広いリビング
と 出窓にはお花飾るわ」
岩崎「奥様素敵ですわ」
亜佐美「二階に登れば、私だけの個室。お兄ちゃんとはぜったい別の部屋」
全員「私のお部屋、家族の部屋。ぜったいこれは譲れない」
智和「僕の部屋は、サッカー選手のポスター。ロナウジーニョ、カカ、メッシ、ロナウド、ベッカム。
芝生をひいた庭でドリブル練習 転んだってぜんぜん痛くない」
岩崎「お相手しましょうか」
昌夫「おとうさんは、小さくでも書斎が欲しいな。屋根裏には鉄道模型おくよ」
昌夫以外「やめて」
全員「私のお部屋、家族の部屋。ぜったいこれは譲れない」
昌夫「あー自分の城、構えるのが男の甲斐性」
茉莉子「あー夢見てたわ。自分色に染められる家」
岩崎「どんな希望も叶えられますわ。なんなりともうしつけください」
昌夫「テレビは大画面」
亜佐美「花柄の壁紙」
茉莉子「収納スペースはいっぱい」
智和「ロフトベット」
昌夫・亜佐美「私のお部屋、家族の部屋、ぜったいこれは譲れない。自分だけの部屋」
茉莉子「二十畳の広いリビングと出窓はぜったいこれは譲れない。自分だけの部屋」
智和「芝生をひいた庭でドリブル練習、転んだってぜったいこれは譲れない。自分だけの部屋」
従業員が机を持ってくる。
昌夫「しかしなあ。先立つものがなあ」
智和「社宅は9月に出なくちゃならないんでしょ」
岩崎「お任せください。エクセルハイムは50日で完成いたしますから」
茉莉子「そんなに早くできるの」
亜佐美「私、庭付きの家で、犬が飼いたい」
茉莉子「とにかく計算してもらいましょうよ」
岩崎「この土地で、今のみなさまのご希望をざっと計算いたしますと、2600万」
全員「2600万!」
岩崎は、ノートパソコンで、シュミレーションを作っている。
岩崎「自己資金600万で、残り2000万を計算します。現在住宅ローンの金利は、35年固定金
利で、3パーセントですから、元利均等方式で計算しますと、だいたい月々のご返済が8万円に
なります」
昌夫「8万か・・・。今は社宅で安いからなあ」
茉莉子「私がパートに入る時間を増やすしかないわね」
昌夫「やっぱり無理だよ」
3
智和「あーあ、夢見て損した。そんなに簡単に家が建つはずないと思った」
亜佐美「どうして無理なのよ。お父さん、私にいつも夢をあきらめちゃいけなって言うじゃない」
昌夫「お前たちだって、これから高校や大学に行くんだよ。仕送りしたり、学費払ったりで、家どこ
ろじゃなくなるよ」
茉莉子「これは?」
リフォームのパンフレットを手にする。
茉莉子「ファイヤーバード21。火の鳥のように甦る家」
岩崎「それ、わが社の新事業で、古いお宅をリフォームして、新築みたいに仕上げるものです」
茉莉子「これいいじゃない。もちろん新築よりはお値段は下がりますよね」
岩崎「物にもよりますが、平均、新築の三分の二程度でしょうか。心当たりの物件がおありです
か?」
茉莉子「ええ。土地もありますので」
岩崎「それならばぜひ、ファイヤーバード21をお勧めいたします。新築とそっくりになりますよ」
昌夫「おいおい、どこにあるんだそんな家」
茉莉子「あなたの実家よ。お母様はお兄様のところだし、だれも住んでいないんだから」
昌夫「あの家か・・・。おふくろがうんと言うかなあ」
茉莉子「今のまま、ほおって置く方が家にとってよくないと思うわ。電話してみてよ」
昌夫「ああ」
昌夫は、兄の家に住んでいる八重に電話する。
昌夫「おれ、おれだよ。おれおれ詐欺じゃないって。昌夫。あのねえ、鶴田の家ね。リフォームして住
もうと思ってるんだけど・・・。リフォームだよ。リフォームというのは、改築のことだよ。ああ、
壊すわけじゃないから・・・そうそう。いいんだね。来週見に行くから」
電話を切る。
昌夫「おばあちゃん、リフォームしてもいいって」
智和・亜佐美「やったー!」
歌「私の部屋2」
昌夫「テレビは大画面」
亜佐美「花柄の壁紙」
茉莉子「収納スペースはいっぱい」
智和「ロフトベット」
昌夫・亜佐美「私のお部屋、家族の部屋、ぜったいこれは譲れない。自分だけの部屋」
茉莉子「二十畳の広いリビングと出窓はぜったいこれは譲れない。自分だけの部屋」
智和「芝生をひいた庭でドリブル練習、転んだってぜったいこれは譲れない。自分だけの部屋」
暗転
4場(5月10日昼間)
○古民家
転換幕が上がると、宅地開発された町の中に、だれも住んでいない築100年の小さな古
民家。下手側に入り口と土間、正面には縁側、その奥には居間や仏間がある。最初は、正面
に塀がある。古民家の下手側には、モダンなコンクリート打ちっぱなしの二階建て住宅池
上家。上手側には、二世代住宅新山家がある。近所の子どもは古民家をお化け屋敷と呼ん
でいる。川中家4人と岩崎が家を見ている。亜佐美は池上家の家を見て、
亜佐美「いいじゃない。リフォームなんかしなくったて、このままで十分よ」
昌夫「この家じゃない。あっち」
子どもたちは、上手に走り、新山家の家を見て、
智和「これか。大きくて部屋がいっぱいとれそうだね」
昌夫「ちがうちがう。智和、こっちこっち」
古民家を指差す。
智和「これ、家?」
亜佐美「うそでしょ?」
4
茉莉子「ここまでになってるとは・・・」
昌夫「まあ、入ってみようじゃないか」
家族と岩崎は入ろうとすると、塀の隙間から中からきもだめしをしている子どもたちが
声を上げて飛び出してくる。
子どもたち「きゃー」
なっち「こわかった」
いっくん「心臓が止まるかと思った」
あっこ「今度は交代よ」
まあや「わかった。じゃあかくれるね」
ほのみ「あんまりおどかさないでね」
昌夫「おい、君たち何やってるんだ」
もか「きもだめしよ。さあ行こう」
茉莉子「ちょっと待って。人のうちに勝手に入っちゃだめ」
かなえ「えー、おばちゃんこのお化け屋敷の持ち主?」
智和・亜佐美・茉莉子・昌夫「お化け屋敷!」
ななこ「マイケルハイランドのお化け屋敷なんかより、ずっと面白いんだから」
岩崎「あのね。ここは子どもの遊び場所じゃないの。早く帰りなさい。住居侵入罪は、3年以下の懲
役または 10 万円以下の罰金よ」
はる「えー、つまんないの」
ゆうじ「ちぇ、ぼくらの遊び場なのに」
きょうすけ「帰ろうぜ。うるさいおばちゃんがいるから」
岩崎「こらー。出て行け。このくそがきが」
ななこ「おーこわいこわい!」
子どもは下手に走っていく。さっきとは違ったやさしい雰囲気で、
岩崎「失礼いたしました。さあ、入りましょう」
塀が開き、中が見える。昌夫、茉莉子、岩崎の順、智和・亜佐美は決心してしぶしぶ入って
いく。梁は落ち、障子は破れている。
智和「くらー」
亜佐美「かび臭い」
戸や襖を開け放つ。埃が舞う。仏壇の前の穴を覗き込む。
亜佐美「何この穴」
昌夫「それなあ。死んだ人の体を洗った水を流す穴だ。20年前におじいちゃんがなくなった時に
使ったなあ」
亜佐美「キャー」智和「えー」
智和「僕こんな家いやだ」
亜佐美「私のイメージとぜんぜん違うんだけど」
昌夫「リフォームすれば、新築そっくりになるっていってたじゃないか。そうですよねえ」
岩崎「・・・そうですねえ。ちょっとこの家では、新築そっくりというわけには・・・。この家を壊
して、新築するっていうのはどうでしょうか?」
茉莉子「お父さん、そうしましょう!」
智和「この家のリフォームは無理だって」
昌夫「新築なあ。予算がなあ」
岩崎「土地がございますし、この家だったらリフォームするのと新築ではあまり変わりないと思い
ますよ。ご予算のことでしたら、ローンを変動金利型にすれば・・・」
茉莉子「私も働くから」
亜佐美「お父さま、お肩たたきしましょうか」
智和「新しい家だと勉強がはかどるだろうなあ」
昌夫「そうだな。新築でいくか。新築で」
家族「新築だ」
前奏がかかる。近所の子どもと新山家あかりゆかりひかりの三姉妹が出てくる。
ひかり「となりの家、新築するんだって」
5
ゆかり「おばけやしきで遊べなくなる」
あかり「でも新しい家が建つんでしょ。楽しみじゃない」
歌「新しい家」山中家と岩崎、近所の子どもと三姉妹の歌。
建てよう 建てよう 新しい家 どんな家でしょう
こわそう こわそう 古い家 新しい時代
おばけやしきとおさらばしよう 残念! さあ始まるよ マイホーム
全部こわして みんな作って どこも新しい 私の未来の姿 見えてきたよ
マイホームは マイホームは マイホームは マイホームは 私のマイドリーム
携帯電話が鳴る。
昌夫「もしもし、おふくろ。みんな来てるよ。ちょっと改築は難しいらしい。だから建て直ししよう
と思って・・・え!・・・なんで・・・これじゃ無理だって・・・ちょっと待って」
茉莉子「お母様なんて?」
昌夫「この家を壊すことはぜったいに許さない」
智和「そんなあ」
亜佐美「私、おばあちゃんに頼んでみる」
岩崎「それじゃ、私はこれで失礼します」
昌夫「ちょっと待ってください。なんとかリフォームできませんか」
岩崎「私どもでは手に負えません。他の業者さんに頼んでください。多分断られると思いますけど」
岩崎は下手に消える。暗転。ブリッジ音楽1
5場(5月24日昼間)
○古民家川中家前
上手から、川中夫婦は、知り合いの建築会社社長竹山健治とリフォームの話をしながら出
てくる。
竹山「やはり断られましたか。ハハハハハハハ」
昌夫「何軒もね」
竹山「最近多いんですよ。ろくに技術もないくせに、リフォーム事業を立ち上げる会社が。テレビの
影響ですかね。ほら、ビフォアとアフターを比べる番組」
茉莉子「やはりこの家無理でしょうか」
竹山「無理ではないですよ。外見はこうですが、家自体はしっかりしていますから。ただ・・・」
昌夫「ただ?」
竹山「この時代の家を本当の意味でリフォームできるのは、現在私の知る限りでは、ただ一人、白鳥
棟梁しかいないでしょうな」
茉莉子「白鳥棟梁? 有名な棟梁だと予算的に結構お高いんでしょう」
竹山「全然。むしろ安いぐらいですよ」
昌夫「え、そうなんですか。それじゃ、その白鳥さんでお願いします」
竹山「うーん、確かにいい仕事をしますよ。しかし白鳥棟梁に仕事をさせるのは、そう簡単ではない。
がんこな男でね。本当に自分の気に入った仕事しかしない」
昌夫「竹山社長さんのお力でなんとか」
竹山「私の言うことなんかぜんぜん聞きやしませんよ。白鳥棟梁の心を動かせるのは、家しかない。
この家が彼の目にかなえばね」
茉莉子「昔かたぎの大工さんね。でも今はそんな時代じゃないと思いますわ。建築技術も進んでい
るし、耐震構造や新しい工法なんかの計算は、一級建築士の資格をもった設計士さんにお願いし
た方がいいと思うんですけど」
竹山「奥様よくお勉強されていらっしゃる。姉歯問題以来、建築基準法の改定がありましてね。コン
ピュータのプログラムを使うなどややこしくなりました。奥様がご不安でしたら、うちにも一級
建築士がおりますから。佐伯君、来月の田代の予定はどうなってる?」
亮子「田代さんは、駅前のセンチュリービルの仕事が5月で終わります。来月からは、バルセロナガ
ーデンシティのコンペ作品の制作に入る予定ですが」
6
竹山「バルセロナの締め切りは来年の2月だったね。よし、彼をこの古民家再生の担当にしよう。田
代はね。国際コンペの入賞経験もある新進気鋭の建築士でしてね」
昌夫「そんなすごい人をうちの家の担当にしてもらっていいんですか?」
竹山「なあに、彼のためでもあるんですよ。奥様、それでよろしいですか?」
茉莉子「安心しました」
竹山「それじゃ、後は白鳥棟梁の連絡まちというところですね。もし白鳥棟梁がだめだったらこの
話はなかったことになります。いいですね」
昌夫「分かりました。よろしくお願いします」
暗転、建築現場の SE。
6場(6月7日昼間)
1景
○古民家解体現場
白鳥棟梁、川辺伸一、梓、健が、解体作業を行っている。4人は白鳥組のはっぴを着ている。
川中家と近所の子どもたちが興味深そうに、解体を見ている。上の壁等様々なものが取り
除かれ、梁と柱になっている。しっかりとした大黒柱が見える。スーツを着た田代と亮子
が上手から出てくる。
田代「何で、僕が古民家を再生しなくちゃならないんだ」
亮子「それは、何度も言うけど社長の意向なの。分かるでしょ。うちの社長は何でも思いつきでぽん
ぽん決めるんだから」
田代「それはそうだけどさあ。亮子ちゃんも知ってるだろ。僕はバルセロナの件もあるから、来週か
らスペインに行く予定だったんだから」
亮子「どうもすみませんでした。田代大先生」
田代「そんな言い方やめてくれよ」
健が足を滑らせて落ちそうになる。
白鳥「ばかやろう! どこに目つけとんじゃ」
健「はい。すみません」
白鳥「すみませんで済めば警察いらんわ。だいたいな、お前は集中力がない。怪我したらどないする
や。顔洗って来い」
健「分かりました。棟梁」
白鳥「何じゃ」
健「体の心配をしていただいてありがとうございます」
白鳥「あほか。何でわしがお前の体の心配せんとならんのや。あのな、お前が怪我したら、仕事が遅
れるやろ。それにな。この現場で事故が起こったら、この家にけちが付くんぞ。そんな家に一生住
まなならん施主さんの気持ち考えてみろ」
健「はい。顔洗ってきます」
田代「あれだれ?」
亮子「あれが伝説の棟梁白鳥圭介」
田代「あの人と一緒に仕事するの? 遠慮したいなあ」
亮子「棟梁、設計士を連れてきました」
白鳥「ちょっとまっとれ。おい、休憩や」
大工「はい」
茉莉子「どうぞ。こちらへ」
川中家はみんなにお茶を出す。田代は名刺を渡す。
田代「竹山建設の田代眞と申します」
白鳥「田代さんね。白鳥や。わし、名刺ないから、そしたら」
田代「あ、白鳥さん。私が今回図面を描くことになりました」
白鳥「そう、そしたら亮子ちゃんに渡しといて。時間のある時に見とくから」
田代「白鳥さん、あのー」
亮子「田代君、それ以上言っても無理。あの人、もう自分の頭の中に設計図があるんだから」
田代「じゃあ、なんで僕がここにいるの?」
7
亮子「知らないわよ。社長に聞いてよ。私だって施工図描けないんだから」
大工の周りに子どもたちが集まってくる。
かなえ「これなあに?」
梓「これはね。さしがねっていってね。これさえあれば、なんでも測れるのよ。直線。直角。45度。円
もかけるわ」
きょうすけ「すげー。三角定規とものさしとコンパスを合体だ」
もか「私も買って、学校で自慢してやろう」
川辺「残念じゃが、こりゃ学校じゃ使えんけえのう。センチやメートルじゃない、尺や寸っちゅう単
位じゃけえ。でもの、尺や寸は日本人の体におぉとるけえのう。家を作るんにゃ便利な単位じゃ
けえ」
子どもたち「へえー」
梓「このお兄ちゃん、算数のテストは0点ばっかりだったけど、今はこのさしがね使って、どんな計
算もできるのよ」
川辺「0点は余計じゃけえのう」
子どもたち「ハハハハハ」
川辺「1尺は手首からひじまでの長さ。両手を広げた長さは6尺で一間。こうやって体を使こうて
みんさい。いろんな長さが測れるけえの」
なっち「こうやって?」
川辺「そうじゃ」
ゆうじ「みんなでつながってみようか」
手を広げて、つなげてみる。
子どもたち「一間、二間、三間、四間、五間、六間、七間、八間、九間、十間、十一間!」
ななこ「こんなに長くなったよ」
梓「ようし、それでは、大工道具クイズをします。これは?」
はる「かんたんよ。のこぎりでしょ!」
梓「正解」
川辺「これは?」
いっくん「とんかち」
川辺「とんかちともいうんじゃが、これの名前は玄翁とか金槌っていうけえのう」
いっくん「かなづち」
梓「これは?」
あっこ「のみ!」
ななこ「虫みたい」
梓「それはのみでしょう。これは、のみ、木を削る道具なのよ。じゃあこれは?」
ほのみ「何それ?竜の形してるわ」
梓「墨つぼって言うのよ。何に使うのかこのお兄ちゃんにやってもらうからね」
川辺「みんな前に寄って来んさい。ええかい。イチニイサン」
墨が付いたのを見て、子どもたちは歓声をあげる。
川辺「この墨つぼがありゃぁ、簡単に直線がひけるけえ」
子どもたち「かっこいい。イッツクール」
健「これは?」
ななこ「それは知ってる。かんなでしょ」
健「何に使うか知ってるかな」
ほのみ「木をつるつるにするの」
健「そう。今は電動のかんなもあるんだけど、手でかんなをかけると水も染み込まないぐらいつる
つるになるよ」
梓「ここでかんな名人を紹介します。白鳥組4代目、白鳥隆君です」
三姉妹が二階から降りて来る。
隆「僕? 僕がやるの?」
梓「そうよ。自己紹介は?」
隆「高津小学校6年 B 組。白鳥隆です」
8
子どもたち「6年生!」
健「子どもだからって、あまく見ちゃいけないよ。隆君はかんなを使えば僕なんかよりずっとうま
いからね」
梓「それでは隆くん、どうぞ」
隆はかんなを巧みに調節して、削り始める。全員拍手。
川辺「この削りくずの、うすいのがええけえのう」
いっくん「向こうが透き通って見える」
かなえ「いいにおいがするわ」
あっこ「これかつお節みたい」
いっくん「うどんに入れて食べたいような」
まあや「食べられないわよ」
きょうすけ「僕、大工さんになりたくなった」
もか「私も家を建てたい」
歌「大工さんになるために」
大工さんになるために 七つ道具が必要よ。
川辺「これは?」 さしがね!健「これは?」 かんな!
亮子「これは?」 かなづち!かの「これは? のこぎり!」
さや「これは?」 すみつぼ!梓「これは?」 のみ!
田代「これは?」 しらない 梓「ちょうなっていうの」 ちょうな!
十寸で一尺 六尺で一間 かんなはシュッシュッシュッシュッ かなづちはトントントトン
墨壷はピンと張って パッチンパチンパチン のみはショリショリ ちょうなチョンチョンチョン
のこぎりはギコギコ これが大工の七つ道具
何にもない野原に おうちを作ろう そこには風がただ吹いているだけ
高い空見上げて 柱を建てよう 天までとどけ ぼくらの夢よ
深い森に抱かれて育ったこの樹に もう一度新しい命 与えるために
七つ道具で世界を測ろう 七つ道具で世界を刻もう 七つ道具を使ったら世界はつながる
何にもない美空にお屋根をかけよう そこには鳥がただ飛んでいるだけ
何百年も生きているおうちをさがそう 曲がった梁がぼくらを包む
時代の流れを超えて残ったこの家 もう一度輝く命 よみがえらそう
七つ道具で世界を測ろう 七つ道具で世界を刻もう 七つ道具を使ったら世界は広がる
十寸で一尺 六尺で一間 かんなはシュッシュッシュッシュッ かなづちはトントントトン
墨壷はピンと張って パッチンパチンパチン のみはショリショリ ちょうなチョンチョンチョン
のこぎりはギコギコ
子どもたちが道具を使っている。ゆかりが空手で板を割る。
(ミュージックソウの演奏)
七つ道具で世界を測ろう 七つ道具で世界を刻もう 七つ道具を使ったら世界は世界はつながる
十寸で一尺 かんなはシュッシュッシュッシュッ
墨壷はピンと張ってのみはショリショリ のこぎりはギコギコ
道具!
9
2景
子どもたちは上手・下手に去る。下手から塚本材木店主が補修に使う材をリアカーに乗
せて運んでくる。
塚本「棟梁、頼まれてた古材持って来たよ」
白鳥組、田代、亮子、隆が集まってくる。
白鳥「おう、塚ちゃん。ありがとう。おい、下ろすぞ」
白鳥組、みんなでリアカーから降ろす。白鳥は古材をなぜながら、
白鳥「ええなあ。これ100年ものやな。つやがええよ。塚ちゃん、ツケでな」
塚本「またツケかい。まあ棟梁から言われたんじゃしゃあないな。こいつも棟梁に生かしてもらえ
りゃ幸せだ」
白鳥「いつもすまんな。なんかええやつ入ったら連絡してくれや」
塚本「あいよ」
塚本は下手に去る。
白鳥「隆、よく見ろ。これだけのしっかりした材は今なかなか手に入らんぞ」
亮子「棟梁、私、古材を買うなんて聞いていませんけど」
白鳥「心配すんな。あんたに出してもらおうなんて、思ってないから」
隆「とうちゃん、なんか、黒く汚れてて、くねくねで。これって、使えるの?」
田代「ヒノキは、伐られてから200年~300年の間にじわじわと強くなっていくんだ」
亮子「そうなの?」
白鳥「この木は後500年は持つやろうな」
隆「500年も」
白鳥「お前の名前の隆の文字をいただいた法隆寺はな。1300年もってるんや。木はコンクリー
トよりも鉄よりも強い。生きとるからな」
隆は木を撫ぜながら、
隆「おまえ、生きてるのか」
白鳥「休憩おわり。作業に取り掛かってくれ」
大工たい「はい」
川辺「健、やるぞ」
健「はい」
白鳥「梓、チョウナどこいった」
梓「持ってきます」
チョウナを受け取り、古材をはつり出す白鳥。それを一心に見つめる田代。
田代「亮子ちゃん。分かったよ」
亮子「え・・・」
田代「社長が僕をこの現場の担当にした理由が」
白鳥組のメンバーが集まってきて、チョウナの扱いを凝視している。
田代「白鳥さん!」
白鳥「まだおったんかい」
田代「僕を弟子にしてもらえませんか?」
白鳥「弟子? お前さんには無理や」
田代「どうしてですか?」
白鳥「大工の仕事を始めるには遅すぎる。それにお前さんの学問がじゃまする」
田代「学問がじゃまをするとはどういうことですか。自分が学んできた建築学には意味がないとい
うことですか」
白鳥「そうやない。建築士に学問は大事やろう。けどな、大工は違う。大工の仕事は頭で覚えるもん
やない。体で覚えるんや。その時、学問がじゃまになる」
田代「僕もただ、設計図を書いてきただけではありません。現場で実習させてもらいながら、大工の
仕事というものを少しは理解しているつもりです。現場の分かる建築士になりたいんです」
白鳥「断る」
田代「お願いします」
白鳥「しつこいやっちゃなあ。・・・そしたら、かんなを研いでみろ。健、お前も一緒に研げ」
10
健「え、僕ですか?」
古材を移動する。田代と健がかんなを研ぎ始める。田代は、何度も何度も刃先を見ては研
いでいる。反対に健はひたすら研いでいる。
隆「とうちゃん、勝負あったね」
白鳥「健、お前の刃を見せてやれ」
健は田代にかんなを見せる。健のかんなを見た田代は呆然としている。
白鳥「分かったか。これが体が覚えた大工の仕事や。さあ、後一仕事やっつけるぞ」
白鳥組「はい」
田代は、かんなを見つめたまま。
亮子「田代君、あなたは建築士。かんなを研ぐのは大工さんに任せて。ほら、事務所に帰りましょ」
田代が笑い出す。
亮子「田代君!!」
田代「亮子ちゃん。ゆかいだ。実にゆかいだ。こんな世界があったなんて」
亮子「どうしたの。プライドを傷つけられておかしくなったの」
田代「プライドなんかくそくらえさ。うれしいんだよ。心から。家を作るってこんなに面白い仕事な
んだね。今、二次元の世界が立ち上がってきて三次元四次元になった気分だ。亮子ちゃん、僕は絶
対白鳥棟梁の弟子になるよ」
亮子「さっき断れたじゃないの」
田代「108回断られたわけじゃないから」
田代はまたカンナを研ぎ始める。
亮子「何考えてんのよもう」
歌「つかみかけた未来1」田代と亮子の歌
田代
今 つかみかけた 僕の未来をここでみつけたよ
昨日までの世界は 下書きだった 今日から始まるのさ
真っ白なパレットに七色の絵の具出して 色づけてゆく パースのように
僕の体の中の細胞が踊りだすよ このつかんだ世界は離さないよ
亮子
今 心の中 無邪気な子どもが動き始めたのね
あなたの瞳に映る世界感じていたいわ 私も一緒に
二人
冬枯れた丘の木々を 南の風がなぞって 色づいてゆく季節のように
山の端のぞく朝日に すべての命輝やく このつかんだ世界は離さないよ
暗転。後奏が続いている。
3景(6月14日)
夜になっている。健はかんな研ぎ。田代は隆にかんなの研ぎ方を教わっている。
隆「兄ちゃん、ちょっと力の入り過ぎだよ。いいかい無心になって研がなくちゃ」
隆は田代の肩を揉む。
田代「ありがとう。なんか少しつかめてきたような気がする」
隆「まだまだ。刃先がでこぼこの時には光が乱反射して白くみえるんだ。ほら、刃先が白く見えるだ
ろ。一点の曇りもなく研ぐと刃先が黒く見えるんだ」
田代「なるほど、僕のはまだ白いけど、隆君のは黒いね」
隆「君、修行が足りないね」
田代「はい。隆先生」
隆「先生はやめてくれよ。僕だって修行の身だからね」
田代「そしたら兄弟だな」
隆「それいいね。兄貴」
二人は仲良く、かんなを研いでいる。それを見ている亮子と梓。
梓「あの二人、今日で一週間になるわ」
11
亮子「いつまでやるつもりかしら」
梓「なかなかできないわよ。大学院で建築を専攻して、一級建築士の免許を持ってる人が小学生に
教えてもらうなんて」
亮子「田代君はそういう人なの」
梓「あなたよく知ってるのね。あの人のこと」
亮子「まあね」
歌「つかみかけた未来2」大工たちの歌
梓
今 忘れかけてた 作り出す喜び あなたは甦らせた
川辺
君は嵐のように 突然現れ 僕のライバルになった
全員
平面に描いた絵が 夢見る魔法の力で 立ち上がって立体になるよ
白黒の音符から 音楽流れ出すように このつかんだ世界は離さないよ
白鳥がやってくる。
白鳥「梓。白鳥組のはっぴ、ひとつ注文しとけ」
梓「分かりました」
白鳥は去る。梓と亮子は顔を見合わせて微笑む。暗転。
7場(6月20日夕方)
○池上家
1景
川中一家は隣の池上家へ手土産を持って挨拶に行く。
池上家のベルを真利子が押す。ベル SE
真利子「ごめんください」
インターフォンの声
インターフォン美千代「はい」
昌夫「お忙しい時分、すみません。隣の川中です。ちょっとご挨拶に参りました」
インターフォン美千代「今行きます」
亜佐美「池上さんの家おしゃれね。今風で」
智和「この壁、シュート練習にもってこいだ」
茉莉子「何言ってんのよ」
美千代とリンが出てくる。
昌夫「こんばんわ。隣の川中です。リフォーム中で、池上さんにはご迷惑をおかけすると思いますが、
よろしくお願いします」
美千代「こちらこそ。お隣ができることを家族で楽しみにしてますのよ」
茉莉子「これつまらないものですが」
茉莉子は粗品を差し出す。
美千代「まあ、お気遣いなく。お子様はお二人?」
茉莉子「はい。自己紹介しなさい」
智和「長男の智和です」
美千代「何年生?」
智和「中学1年です」
亜佐美「長女の亜佐美です。6年生です」
美千代「うちも中学生と小学生の二人なのよ。この子も6年生。引っ越してきたら一緒に学校行け
るわね」
昌夫「それは心強いなあ」
リン「リンです。ねえママ、亜佐美ちゃんとお部屋で遊んでいい?」
美千代「いいけど、部屋散らかしてんじゃないの」
12
茉莉子「亜佐美! 夕方のお忙しい時にご迷惑でしょ」
美千代「かまいませんのよ。食事も済みましたし、今日は主人の帰りが遅いって連絡がありました
から」
リン「亜佐美ちゃん行こう」
亜佐美「うん」
亜佐美とリンは家に入る。
美千代「みなさんもどうぞ。お茶を入れますわ。どうぞ遠慮なさらずにお隣同士ですもの」
昌夫と茉莉子は顔を見合わせて、
昌夫「それじゃ、少しだけ、な」
茉莉子「お言葉に甘えて」
川中一家は池上家に入る。半暗転、池上家回転。短い音楽。(リビング)
健が裏から出てきてかんなを研ぐ。
2景
リビングが見える。美千代はお茶とお菓子の準備をしながら
昌夫「まるでホテルみたいですね」
茉莉子「テレビドラマに出てくるような素敵なお部屋」
美千代「そうでもないんですよ。かっこばかりで」
昌夫「この窓、ぜったいどろぼうが入ってこれないよ」
美千代「物騒な世の中でしょ。セキュリティには配慮して作っていただきました。お菓子どうぞ」
智和「いただきます」
昌夫「僕が子どもの頃は、鍵なんかかける家はなかったですからね」
リンと亜佐美が二階から降りてくる。
亜佐美「お母さん、リンちゃんのお部屋、ジョニーズのポスターでいっぱいなの。ジョニーズで一番
好きなのは?」
リン「遠間巣幾太!」
茉莉子「亜佐美と一緒じゃない」
亜佐美「そうなの。それにね。部屋にちゃんと鍵がかかるようになってってね。自分だけの空間って
感じ。ねえ、今度の家、私の部屋あるの?」
昌夫「鍵がかかるんですか? 子ども部屋に」
美千代「ええ。迷ったんですが、やはり子どもには自立してもらいたいという気持ちがあって。家族
でも最低限のプライバシーは必要でしょ」
ちょっと間があいて、
茉莉子「そ、そうですわね。自立してもらわなきゃね。うちの子はいつまでたってもネンネなんです
よ」
池上佳史が帰ってくる。
佳史「ただいま。あ、お客さんか」
美千代「お隣をリフォームされている川中さんご一家」
佳史「そうですか。あの家をリフォームされている」
昌夫「遠慮なしに、上がらせていただきまして」
茉莉子「それじゃ、私たちはこれで。亜佐美帰るわよ。智和、いつまで食べてるの」
智和「う、うん」
智和はポケットにお菓子を入れる。
昌夫「おじゃまいたしました」
美千代「またいらしてください」
智和「ごちそうさまでした」
リン「また来てね」
亜佐美「遠間巣の写真もって来るから」
川中一家は去る。リンは二階にあがる。
美千代「あなた今日は遅かったんじゃなかったの?」
佳史「いつも怒鳴り込んでくるクレーマーとの間に警察が入ってくれてな。長引きそうだったけど、
なんとか解決した」
13
美千代「警察もすぐ入ってくれればいいのに」
佳史「警察は民事不介入が原則だからな。自分のことは自分で守らないと」
美千代はビールを出す。
美千代「お疲れ様」
佳史「お隣さん、本当にあの家リフォームできるのか」
美千代「新築みたいにはならないでしょうけど」
佳史「何をすき好んであんな家リフォームするんだろうなあ。みんな食事は?」
美千代「リンはもう食べた。三杯も食べた」
佳史「三杯か。カレンは?」
美千代「部屋。リン! お姉ちゃんの部屋にカレー持ってって」
上から声。
リン「はーい」
佳史「下で食べさせたほうがいいんじゃないのか」
リンは降りてきてカレーの準備。
美千代「じゃあ、あなたが呼んできてよ」
佳史「難しい年頃だな」
リンはカレーを二階へ持っていく。カレンの部屋が見える。
リン「お姉ちゃん、晩御飯ここに置くよ」
リンはカレーを置いて、自分の部屋に入る。
カレンはシックハウス症候群で咳き込んでいる。
歌「風の渡らない部屋1」カレンと家族
カレン
光のとどかない部屋 風の渡らない部屋 今日もひとり 時計の針とにらめっこ
小さな窓をのぞけば 微かに季節を感じるけど
町ゆく人はこんな私を知らない それでも時は流れる
私がいなくても この世界は動いてる 私がいなくても 誰も気づかない
美千代
小さな胸をいためて あなたは膝を抱える 今日もひとり あなたは何を見つめるの
リン
閉じられたドアの向こうに かすかな吐息を感じている
佳史
助けてやれないこんな自分を責めたり 逃げたり ごまかしたり
おれが守るよ この世界から子どもたちを おれが守るよ それが家族
美千代
私が守るわ この世界から子どもたちを 私が守るわ それが家族
リン
光のとどかない部屋 風の渡らない部屋
カレン
光のとどかない部屋 風の渡らない部屋
今日もひとり 外に行きたい でも出られない
暗転、池上家が元に戻る。
8場(6月21日昼間)
○古民家前
1景
梁は直り、土壁は全部取り除かれ、竹小舞がかいてある。
上手の新山家を訪問している川中家。
茉莉子「表札が二つ。新山と小野」
昌夫「ここは昔から小野さんの家でね。結婚した娘さんが帰ってきて、一緒に住んでるんだ」
14
亜佐美「二世帯住宅なのね」
ベランダから三姉妹が顔を出す。
あかり「何か御用ですか?」
昌夫「ご挨拶に来たんだけど、お父さんかお母さんはいる?」
ゆかり「出かけてます」
ひかり「おじいちゃんならいますけど」
昌夫「おじいちゃんとご挨拶できるかな?」
あかり「わかりました」
三姉妹は外階段から降りてきて、一階のドアを開ける。
ひかり「おじいちゃん、お客さんよ。お化け屋敷の家の人」
あかり「そんなこと言っちゃだめ! すみません」
小野辰之助が出てくる。
小野「何か?」
昌夫「おじさん。覚えていますか。私、隣に住んでた昌夫です」
小野「・・・おお、昌夫ちゃんか」
昌夫「今度、家族で隣に帰ってくるんです」
小野「ああ、そうか。川中さんの家を改築するって聞いて、もうあの家、売っちまったのかと思って
たよ。そう昌夫ちゃんが帰ってくるの」
茉莉子「妻の茉莉子です。よろしくお願いします」
茉莉子は粗品を渡す。
小野「いやもうこんなことせんでええよ。昌夫ちゃんのお子さんたちかな・・・」
亜佐美「亜佐美です」
智和「智和です。よろしくお願いします」
小野「うちの孫と同じくらいか」
あかり「あかりです」
ゆかり「ゆかりです」
ひかり「ひかりです」
茉莉子「仲良くしてやってね」
小野「おかあさんは、お元気?」
昌夫「おふくろは、兄貴のところにいますが、元気すぎるぐらい元気で、この家も新築は絶対だめだ
と言い張って、結局リフォームになりました」
小野「そらそうだ。この家には、正教さんの思い出があるからね」
昌夫「まあね。大黒柱を見ると、おやじを思い出しますよ。悪いことをしたら、よくあそこに縛り付
けられたものです」
智和「おとうさん、泣いてましたか?」
小野「隣のうちまで泣き声が聞こえてたなあ。とうちゃんゆるしてゆるしてってなあ。ハハハハ」
亜佐美「今は、お母さんにゆるしてゆるしてって言ってます」
茉莉子「亜佐美!」
小野「そうかいそうかい」
昌夫「おじさん、建具の仕事は?」
小野「もう、引退したよ。襖や障子を入れる家も減ったからねえ」
茉莉子「あなた、他も回らなければなりませんから」
昌夫「そうだな。おじさん、またよろしくお願いします」
小野「今度家見せてもらうよ」
茉莉子「失礼します」
あかり「亜佐美ちゃん、また来てね」
亜佐美「うちにも」
ゆかり「分かった」
ひかり「バイバイ」
三姉妹は二階へ、小野は一階へ
昌夫「次、山下さんところ」
15
亜佐美「お兄ちゃん、隣の家に、美人三姉妹がいてよかったわね」
智和「こら、何を言ってるんだ」
智和は亜佐美を追いかける。川中一家は、次の家を訪問するために上手に去る。
2景
古民家には渡辺敦也が取材に来る。
渡辺「いよいよ白鳥組のお出ましですか」
白鳥「渡辺さんか。何の用や」
渡辺「白鳥組が動き出したと聞けば、どんな家か興味津々でね」
白鳥「あんたが好きなのは、もっと新しい流行の家やろ」
渡辺「あれはやっつけ仕事ですよ。何だこの家と思う気持ちをぐっとこらえて、ほめ殺し。それが住
宅評論家の苦しいところです」
白鳥「どこの世界も生き残っていくのは厳しいねえ」
渡辺「白鳥棟梁に分かっていただければ光栄ですよ。ただ、私もそろそろ自分の仕事の総決算に入
りたい年になりましてね。住宅レポーターの仕事は終わらせて、本物の家を紹介する雑誌を刊行
しようかと思いまして。温故知新っていうんですがね」
白鳥「そうかい。まあせいぜいがんばってください」
渡辺「棟梁、冷たいなあ。創刊号の巻頭カラーページは、白鳥組いざ出陣!で特集を組む予定なんで
すから」
白鳥「勝手にせえや」
白鳥は裏に入る。
渡辺「分かってますよ。こっちも勝手に取材させてもらいますからね」
渡辺は写真を取り始める。はるなとすずかが下手から出てくる。
はるな「あ、渡辺敦也だ」
すずか「本当、渡辺敦也! 握手してもらおうか」
はるな「渡辺さん、握手してください」
握手をする。
渡辺「え、私のことしってるの?」
はるな「私たち、将来渡辺さんみたいに住宅評論家になろうと思ってるんです」
すずか「毎週見てます。たてもの探検」
はるな「本も読みました。『間違いのない住宅選び100』」
渡辺「こんなかわいいファンがいたなんて、うれしいね」
はるか「渡辺さん、たてものの見方を教えてください」
渡辺「ようし、それではこの家を解説しよう。まず、この間取りだけどね。伝統的な田の字間取りと
いってね。昔から・・・・」
渡辺の説明を聞きながら、裏へいく。
田代と川辺がけんかしながら出てくる。それを止める亮子。模様眺めの梓。
川辺「おおかた田代は頭で考えすぎじゃけえ。あの梁の角度はあれで、左右同じぐらいの重さで保
っとるけえ」
田代「どうしてそれが分かるんだ。ねじれ方を点でサンプリングして、バランスを取らなきゃ、正確
にはわからないじゃないか」
川辺「木の突っ張り方で分かるんじゃけえのう。ほいで、ずれとっても右の支えで調整できるけえ」
田代「少しのずれが100年後には100倍になって帰ってくるんだ」
川辺「その頃は、木の乾燥が進んであれでちょうどようなるけえ」
亮子「二人ともいいかげんにしなさいよ」
川辺「こいつが、数値数値ってうるさいけえ。数字で家が建つわきゃなかろうが。木は生きとるけえ
のう」
田代「それじゃ、何のために図面があるんだよ。耐震計算だってやってるんだから」
亮子「梓ちゃん、何とか言ってよ」
梓「ほっときなさい。言いたいだけ言い合えばいいのよ」
亮子「もう人ごとみたいに。現場監督の私の身にもなってよ。工期遅れてるんだからね」
16
田代と川辺を言い合いながら、梓はあきれて奥に入る。
亮子「棟梁、あの二人水と油なんです、ぜったいうまくいかないと思います」
白鳥「亮子ちゃん。あの木組みをみろ。曲がりくねった梁が合わさってるやろ。あれは右ねじれと左
ねじれの木ががっぷり組み合ってるんや。もし、まっすぐな木どうしで綺麗に組み合っていたら
どうなる。100年を超えて立つ家になるやろうか。伸一には伸一の。田代には田代のええとこ
ろがある。個性と個性がぶつかって、支えあってこそ強い家ができるんや」
亮子「棟梁は簡単におっしゃいますけどね。人間は木組みのようにはまいりません!」
歌「木組みのようにはいかない」
亮子
十人十色っていうけれど どうしてこんなに個性が強いの?
現場を監督する私の立場も考えて頂戴!
マニアックな設計士 1ミリにこだわる
大工さんは 広島弁でまくし立てる
私の個性 あなたの個性 簡単には組み合わない
田代と川辺は、まだやり合っている。
次に二階からから新山三姉妹がけんかしながら出てくる。
三姉妹
三者三様っていうけれど どうしてこんなに性格が違うの?
三人そろえば文殊の知恵なんて 三人寄ればかしましいだけよ
ひかり「ゆかりはいじっぱり」
あかり「ひかりは泣き虫」
ゆかり「あかりはしっかりものだけど」
ゆかり・ひかり「おせっかい」
あかり「何よ!」
全員 私の個性 あなたの個性 簡単には組み合わない
はるなとすずかが奥から出てくる。
すずか「あー和風の家 花鳥風月 日本っていいなあ」
すずかを押しのけて
はるな「あー洋風の家 海外旅行気分だわ」
梓、隆、健が奥から出てくる。
梓「天は二物を与えずっていうわ 得意不得意誰にでもあるわ」
隆「夜が強い健にいちゃん。夜に弱い梓姉ちゃん」
梓「でも朝一番私で、健は遅刻」
健「すみません」
全員 木組みのように支えあえば 何にも怖くはない 離れないきずな
白鳥「その通り。さあ、今日はこれで上がりや」
大工たち「お疲れ様」
片付けにはいる。
3景
川中家が上手からあいさつ回りを終えて帰ってくる。子どもたちはお菓子をもらってい
る。
昌夫「ご近所さんは、いい人ばっかりでよかったなあ」
茉莉子「ええ」
智和「山下さんは特にいい人だった」
亜佐美「お兄ちゃんはお菓子をくれる人がいい人なんだから」
智和「あのな、人の心っていうのは見えないだろう。その心が形になったものがお菓子なんだ」
17
亜佐美「都合のいい考え」
昌夫「そんなにあるんだから、大工さんにもおすそ分けしてこい」
智和「分かった」
智和と亜佐美は裏に入る。
昌夫「元気がないね。なんか気になることがあるのか? 出窓は無理だったけど、吹き抜けもシス
テムキッチンもなんとかなっただろう」
茉莉子「それは表面上のことよ。もっと根本的なところ。池上さんの家に入って感じたことなんだ
けど、あの家は生きていない」
昌夫「生きていない?」
茉莉子「漠然とした感じだけど、家が生きていないのよ。子どもたちは家とともに成長するわ。どん
な家で育つかはその人の一生を決めると思うの。私は生きている家の中で育てたいのよ」
歌「眠っている家」
私が育った家は 小さな平屋建て 庭にはイチジクの木があって 甘い香りに包まれてた
一緒にごはんを食べて 一緒にテレビを見て
笑い声が梁に伝わって家も笑ってた
でも道路工事が始まって 家は立ち退きになった
イチジクの木も 背比べをした柱も 倒されたの
おばあちゃん泣いてた お母さん泣いてた お父さんは空を見上げ涙こらえてた
イチジクも泣いてた 柱も泣いてた その声が耳の奥で今でも鳴り響いている
茉莉子「それから、私たちは新しい家に引っ越した。今度は大きな家で、自分の部屋があって、うれ
しかったけど、何かが違ってた。前の家は小さな家だったけど、何か大きなものに包まれている
気がしていた。あの家は生きていた。私はそんな家が欲しいの」
昌夫「生きている家か。僕も分かるような気がする。ただ、この家は死んでいるわけではない。まだ
永い眠りからさめていないだけだ。この家はよみがるよ」
おやじの転勤で引越して この家を離れた 主失ったこの家は深い眠りに入った
でも聞こえてくるよ 静かな鼓動が 柱に耳をあてれば よみがえってくるよ
小さな頃ここで(小さな頃)遊んだ思い出(思い出では)
その場面がまぶたの裏に今でも(今でも) はっきり映るよ(忘れない)
時の流れに埋もれ 眠ったこの家 君とあなたと家族のために
きっと目覚めさせよう(目覚めさせるわ)
暗転、転換幕下りる。
9場(7月3日夕方)転換幕前
○竹山建設事務所
上手、竹山建設の事務所に、渡辺が遊びに来ている。そこへ、亮子が工事の進行状況を報告
に来ている。
亮子「6月の工期は遅れ気味でした。今月は雨天もあり、工程がずれ込んでなかなか進んでおりま
せん。申し訳ございません。」
竹山「そうか。まあ白鳥組ならしかたないか。田代はちゃんとやってるか」
亮子「田代君は悪戦苦闘ですが、とにかく楽しそうです」
竹山「楽しそうか。ハハハハハ」
渡辺「白鳥組は仕事みてるだけで、わくわくしますね。ほら、これ田代君」
渡辺は竹山に写真を見せる。
竹山「本当だ。いっちょ前の大工みたいだな。いつもスーツ着てた田代がねえ」
亮子「棟梁がいいものを作っているというのは分かります。でも現実、予算も工期もありますし、私
たちはその中で妥協しなければならない時だってあります。現場監督の立場から言わせてもら
18
えれば、白鳥棟梁はわがままです」
竹山「わがまま? その通りだ。筋金入りのわがままだ。しかしな。なぜそこまでわがままを通すの
か。その辺のところは、渡辺君がよく知ってる」
渡辺「彼のお父さんはね、有名な宮大工だったんだよ。小さい頃からお父さんの薫陶を受け、見事な
技術を身につけた。しかしね。日本は変わったんだよ」
竹山「確かに日本は変わった。時間をかけて、丁寧に作って、長く使うことから、できるだけ早く、手
を抜いて作って、壊れたら捨てる世の中に」
渡辺「彼も生活のために、一度はそんな住宅建築に手を染めたんだけどね。あったんだよ。あれが」
亮子「あれが?」
暗転
10場(5年前)
1景
○白鳥が以前仕事をしていた建築会社
下手、テレビでは、地震のニュース。電話は鳴る。応対する声。
ニュース「今回の地震の震度は7、マグニチュードは 6.8 です。震源地の深さは20kmと浅いた
め、今後も余震が続くと予想されます。
グッドホーム社員 A「はい、高津町3丁目の田村さま、はい。今、全社員で対応いたしております。す
ぐ、お伺いいたします」
グッドホーム社長「自分の担当した物件をすべて確認してこい。壊れ方を写真に撮ってくるんだ。
施主さんの安否の確認も忘れるな」
社員たち「わかりました。いくぞ」
白鳥「社長さん、これは構造の問題や。あれでは大きな横ゆれに対して筋交いがふっとんでしまう。
前から言うとるでしょう」
グッドホーム社長「こっちは建築基準法に則って仕事をしているんだ。問題はない。われわれの予
想以上のことが起こったんだ」
白鳥「ちゃいます。予想されたことがほんまに起こってしもたんや」
グッドホーム社長「予想されたこと? 棟梁、そう予想しながら実際に建てたのは誰です。棟梁じ
ゃないですか。あの家は棟梁が建てたんですよ」
白鳥は現場に向かう。暗転、転換幕開く。
2景(夜)
○被災地現場・避難所
家は崩れ、負傷者、泣く子どもたち、消防団や救急隊員でごった返している。
歌「地震」
つぶれる家並み 立ち上る炎 何が起こったの? どこへいけばいい ただ時は流れる
闇夜をつんざく 助けもとめる声 いつか見た地獄絵が今 目の前に広がる
大地が怒ってる 人間のおごり戒めて
大地が嗤ってる 人間の弱さ嘲るように 揺れは続く
一人の少女(マコ)が家族と離れ離れになっている。
マコ「ママ どこにいるの パパ早く見つけて 私はひとり 壊れた街をさまようの」
母「マコ マコ どこにいるの? 名前呼ぶ声 届かないわ マコ」
マコと母は出会う。
マコ「ママ、会いたかった」
母「ごめんねマコ」
マコ「パパは?」
母「まだ連絡がついていないの」
消防団1「早く非難所に入ってください。まだ余震が続きますから」
マコと母は下手に入る。消防団1は上手に走る。
いつか見た地獄絵が今 目の前に広がる
19
白鳥の担当した家は一階部分が崩れ、家族が下敷きになっている。
中学生2「だれか助けてください」
中学生1「この下におばあちゃんがいるんです」
中学生2「ほら、あそこ。手が見えてるでしょ」
中学生1「おばあちゃん、しっかり」
消防団1「聞こえるか。今助けるからな。気をしっかりもって」
中学生2「おばあちゃん、もうすぐだからね」
中学生3が上手から来る。
中学生 3「助けてください。おじいちゃんが箪笥の下敷きになってるんです」
消防団2「ちょっと待ってくれ。おじさんたち今、このおばあちゃんを助けなければならないんだ」
中学生 3「血がいっぱい出てるんです」
消防団1「分かった。連絡してみるから」
消防団1は無線機で連絡。
消防団1「本部、本部、こちら、高津消防第3部隊。応援を頼む。箪笥の下敷きになっている老人がい
るんだ。・・・・。手が足りないのは分かってる。救助が終わった部隊を探してくれ。君、名前と
番地は?」
中学生 3「三丁目2番地、野村です」
消防団1「三丁目2番地の野村さんだ。もうすぐ、部隊が来る。君はそこで待っててくれ。こっちも
救助できたら向かうから」
中学生 3「分かりました」
中学生 3 は去る。
中学生1・2「おばあちゃん、おばあちゃん!」
音楽「お前が建てた」
周りにいる人々「この家は、お前が建てたんだ。建てたのはお前だ。お前が建てた家だ」
白鳥「おれや、おれが建てたんや。分かってておれが建てたんや」
白鳥は、自分の罪の意識から、倒れこんでしまう。スポットぬき。
回想の音楽。上手に亡き父常一と幼い自分。
常一「圭介。神様の数え方知ってるか?」
白鳥「おやじ?」
白鳥子ども時代「神様の数え方? 一神二神三神かなあ」
常一「うーん、ええ考えやけど違うな」
白鳥子ども時代「なんて数えるんや」
常一「神様はなあ。一柱、二柱、三柱と数えるんや」
白鳥子ども時代「一柱? なんで柱って数えんの?」
常一「この柱を見てみい。この大黒柱はな。何百年もの時を超えて、ここにたってるんや。父さんや
じいちゃん、そのまたじいちゃんよりもずっと前に生まれて、今も生き続けているんや。どんな
風が吹いても、どんな地震が起こっても、この大地とつながってわしらを守ってくれる。この柱
には神様が宿っとるんや」
白鳥子ども時代「ふーん」
亡き父と幼い自分は消える。
白鳥「忘れとった。おれは今まで何を作ってきたんや。おれが本当に建てたかった家はあの家や。
神々しい柱に支えられた木の香りのする家や」
歌「神宿る柱」
神の宿る柱を この大地に建てよ 森に満ちた気の力を体いっぱいに受け止めよ
神の宿る梁を この柱に架けよ 降りそそぐ雨のしずくを弾け かんなよ
ふるさとの風に鍛えられ 耐えてきたこの木を 一鑿ごとに祈りを込めて刻め 命与えよ 木の心を知り 木の癖をつかみ
その癖を活かして組め どの木も活かせ
20
百年を超えて 千年を超えて 時代を超え残る家を おれは必ず建てるよ
暗転、転換幕下りる。
11場(7月3日夕方)
○竹山建設事務所
一幕の終わりの音楽。
渡辺「あれが、白鳥棟梁を変えた」
竹山「決して妥協をゆるさない。あのわがままは、本物なんだよ」
亮子「ほんもの・・・」
渡辺「私たち大人は、本物を作らなければならないんだ。未来を担う子どもたちのためにも本物を
残していかなければならないんだよな」
竹山「ああ」
緞帳が降りる。
幕間
間奏曲。客電落ち、緞帳前、大人たちのコーラス
歌「大工さんになるためにアカペラ」
十寸で一尺 六尺で一間 かんなはシュッシュッシュッシュッ かなづちはトントントトン
墨壷はピンと張って パッチンパチンパチン のみはショリショリ ちょうなチョンチョンチョン
のこぎりはギコギコ これが大工の七つ道具
七つ道具で世界を測ろう 七つ道具で世界を刻もう 七つ道具を使ったら世界はつながる
緞帳上がる。
2幕
12場(7月25日)
1景
○古民家(昼間)
土壁塗りがほぼ終わりかけている。作業台で、田代は川辺に教えてもらいながら、造作物
を作っている。川中一家が家を見に来ている。左官が壁土を練っているところに子どもが
集まる。
もか「くさーい」
ゆうじ「息ができないよ」
ななこ「この臭いなあに」
真島「これか。これが壁土だ。三年ものだぞ」
鼻をつまみながら
ほのみ「何でこんなに臭いの」
真島「当たり前だ。わら入れて三年間かけて腐らせてるんだから。ワインで言えば、超高級品だ。こ
の臭いがだんだんいい匂いに思えてくるのさ」
真島は子どもに土を近づける。
まあや「やめてー!」
きょうすけ「逃げろ!」
真島「ハハハハハハハ」
茉莉子はお茶とお菓子を出す。
茉莉子「みなさん、どうぞ休憩なさってください」
梓「ありがとうございます。みんなお茶をいただきましょう」
川辺、田代、梓、健、休憩をしている。左官の久保田、真島は作業中。
川辺「左官さんも休憩しんさいや」
21
真島「ありがとうございます」
昌夫「今日は一段と暑いですね」
真島「外の作業は、タオルを絞れるぐらい汗がでますけど、中に入ると風が通って結構涼しいです
よ。親方、休みましょう」
久保田「おう」
真島「親方は、久しぶりにいい仕事ができるんで張り切ってるんです。最近、こんな現場はなかなか
ないですからね」
茉莉子「この土壁の中に、筋交いが入ってないんですけど、耐震は大丈夫なんですか?」
真島「私らは、昔からこのやり方でずっとやってるもんで」
川辺「棟梁から、だいじょうぶと聞いていますけえのう」
茉莉子「阪神淡路大震災でも、新潟中越沖地震でも、筋交いが入っていない家が倒れたでしょ」
川辺「そうらしいのう」
茉莉子「そうらしいでは困ります。私たちの命がかかってるんですから」
川辺「すまんねえ。勉強不足で・・・」
田代「奥さん。阪神の時も、新潟の時も、しっかりと建てられた本物の家は倒れてないんです。反対
に横揺れで筋交いが外れて、一気に倒れた例もあるんです。それに比べて、土壁はゆっくりと地
震を吸収して、傾いたとしても完全には倒れません。僕は大学院でその研究をしていましたか
ら」
茉莉子「そうなんですか。そのお話を伺って安心しました」
真島「今の話、私ら左官の自信になりますね。録音しておくんだったなあ」
久保田「おい、日が暮れちまうぞ」
真島「了解。しっかりとした土壁塗ってきますよ」
茉莉子「たっぷりね」
川辺「ありがとうな。助かった」
田代「これがぼくの仕事だから、それより継手の刻み方の続き教えてくれ」
川辺「よっしゃ」
梓「あのふたりなんだかんだいって、いいコンビになったわね」
亮子「ええ、いい木組みになったみたい」
三姉妹とすずかが、屋根裏から風鈴を見つけてくる。
すずか「おばちゃん、私、屋根裏でこんなもの見つけた」
茉莉子「風鈴?」
昌夫「あ、これ、毎年夏になるとおやじが吊っていた風鈴だよ。よくとっておいたなあ」
健「風鈴、吊りますか?」
茉莉子「お願い」
健は軒先に金具をつけて風鈴を吊る。
ゆかり「ああー涼しい」
ひかり「いい音ね」
小野がやってくる。
小野「昌夫ちゃん、うちの孫来てないかい」
昌夫「いるよ」
茉莉子「もうお友だちになって、引っ越してくるのが楽しみだって」
昌夫「おじさん、お孫さんと一緒でいいですね。二世帯住宅のよさですね」
小野「二世帯住宅といってもあまり孫と触れ合うことはないんだよ」
あかり「台所も居間もお風呂も別だから。一階と二階はつながってないの」
小野「二軒の家を上下に積み上げてるようなものさ」
昌夫「それはちょっとさみしいですね」
はるかが屋根裏から箱を見つけてくる。
はるか「なんか、いっぱい手紙が入ってる箱があった」
箱を開けて、手紙を出す。
小野「これはいい和紙だ。襖の下張りにもってこいだ」
昌夫「おじさん。ずっとお願いしようと思っていたんですが、うちの襖の張替えをお願いできます
22
か」
小野「わしが? ありがとうよ。昌夫ちゃんところの襖は、全部やらしてもらってたからね。これが
わしの最後の仕事になるかもしれんな」
昌夫「おじさん、まだまだですよ」
亜佐美、智和が裏から出てくる。
亜佐美「おかあさん、この家に泊まってもいい? みんなで」
茉莉子「泊まるってまだ完成してないじゃないの」
智和「大丈夫だよ。キャンプ感覚で泊まればいいんだ。棟梁もいいって」
亜佐美「ねえ、おとうさん」
昌夫「そうだな。今年は旅行もキャンプもいけないから、泊まろうか」
子どもたち「やった」「きもだめししようか」「キャンプ、キャンプ」
昌夫「ちょっと待って、泊まってもいいけど。蚊に刺されてもしらないぞ」
小野「うちの倉庫に、蚊帳を取っておいたような気がするな」
昌夫「蚊帳ですか? 懐かしいですね」
ひかり「カヤってなあに」
小野「蚊にさされないように寝るための網だよ。昔はみんな蚊帳に入って眠ていたもんだ。おじい
ちゃんと一緒に倉庫を探そう」
ゆかり「カヤ見てみたい」
あかり「亜佐美ちゃん。また後でね。ゆかり、ひかり行くよ」
小野と三姉妹は帰る。暗転、音楽「蚊帳」。
2景
古民家(夜)
葦障子が入れられ、蚊帳がつってある。
亜佐美、新山三姉妹。すずか、はるなに、小野が蚊帳への入り方を教えている。キャアキャ
ア歓声を上げながら、蚊帳に入っていく。
小野「おじいちゃん帰るぞ」
子どもたち「おやすみなさい」
ひかり「おばけ出るかなあ」
あかり「出るわけないでしょう」
ゆかり「おばけが出たら、私がやっつける。ヤー」
ひかり「ゆかりお姉ちゃんがいるから大丈夫ね」
亜佐美「出た!」
はるな「何?」
亜佐美「ほら、そこゴキブリ」
子どもたち「キャー」
子どもたちは、蚊帳の中で隅に寄っている。
ゆかり「あかり姉ちゃん、やっつけてよ」
あかり「何言ってんの。ゆかりは空手黒帯でしょ。あなたがやりなさい」
亜佐美「こんな時、兄ちゃんはどこ行ったのよ」
はるな「隆君となんか裏で何か相談してたよ」
ゴキブリが移動する。
子どもたち「ぎゃー」
ひかりはなんともなく、ゴキブリに近づいて、足を持って拾い上げる。
あかり「ひかり、捨てなさい」
ひかり「よく見るとかわいいじゃない」
みんなの方へ持ってくる。子どもたちは叫びながら逃げる。
ゆかり「ひかり、おばけが出てもあんた助けないからね」
すずか「早く外へ出してよ」
ひかり「分かったわよ。こんなにかわいいのにねえ」
ゆかり「あんたどういう性格?」
23
ひかりはゴキブリを逃がしにいく。戻ってきて蚊帳に入ろうとする。
あかり「蚊が入るから、さっと、さっとよ」
あかり戻ってくる。みんな横になる。
はるな「ああ、汗びっしょりになっちゃった」
智和、隆、健がおばけの格好をして現れる。
隆「おばけだぞ」
智和「ゆうれいだぞ」
健「ようかいだぞ」
隆「こわくて泣きそうだろう」
智和「背筋がぞっとするだろう」
健「おしっこちびりそうだろう」
女子全員「ぜんぜん」
あかり「ゆかり、行け!」
ゆかり「ようし」
ゆかりは蚊帳を出て、お化けを空手でやっつける。
ゆかり「エイ。ヤー。トウ。へへん。お化けなんていちころさ」
三人は倒れながら、
隆「なんでこんな目にあわなくちゃならないだよ」 智和「うー。息ができない」
健「ゆかりちゃん強すぎ」
ひかり「おばけなんて脅かそうとするからよ」
智和「暑いからみんなを涼しくしてあげようと思ってやったのに」
あかり「この家、そんなに暑くないわよ」
すずか「風がさーと通って気持いい」
はるな「ほら、風鈴がゆれてる」
ひかり「それに、蒸し蒸ししてない」
隆「それは土壁が湿気を吸い取ってくれるからさ」
亜佐美「この家は呼吸してるのね」
隆「そうさ。この家は生きてるんだ。壁も柱も梁も畳も」
歌「風よ」
丘を越えて 夏草の香りをのせて そよ風よ 君にとどけ
川を渡り せせらぎの囁き声 そよ風よ 君に伝えて
ただそこに風が吹くだけで この星の息感じるから
ただそこに風が吹くだけで 命のひみつがわかるから
ひかり「おねえちゃん。私眠い・・・・」
あかり「みんなもう寝ようか」
ゆかり「おやすみ」
すずか・はるな・亜佐美「おやすみ」
昌夫と茉莉子が出てくる。
茉莉子「みんなもう寝た?」
智和がしーと手で合図する。
隆「僕らもねてきます」
智和「おやすみ」
昌夫・茉莉子「おやすみ」
智和と隆は裏に入る。
昌夫「静かないい夜だなあ」
茉莉子「ほら、蛍」
昌夫「蛍か。20年ぶりぐらいかな」
茉莉子「社宅じゃ、見られないわよ」
24
昌夫「どうだこの家」
茉莉子「最近、この家が息をするようになってきたわ。そう感じる」
昌夫「僕もおなじだ」
健「あのー。僕、おじゃまでしょうか」
昌夫「いいよ。君のおかげでこんな気持ちになれるんだから」
健「僕なんかまだまだ」
茉莉子「池上さんところのお姉ちゃんの部屋、まだ電気ついてるわね」
健「いつも1時ぐらいまでついています」
昌夫「よくしってるなあ」
健「え、まあ、いつも遅くまで研ぎやってますから」
昌夫・茉莉子
丘を越えて 夏草の香りをのせて そよ風よ 君にとどけ
川を渡り せせらぎの囁き声 そよ風よ 君にとどけ
健
風よ 君の窓をたたいて知らせておくれ
風よ ぼくの想い流れて 君にとどけ!
智和と亜佐美が出てくる。
智和「おとうさん、この家割といいね」
亜佐美「私も好き」
蛍が飛んで、風鈴 SE がなる。暗転、蚊帳は取り除かれ、池上家回転。
13場(8月8日の夜)
○池上家
川中家の前で健はかんなを研いでいる。池上家ではエアコンが壊れ、家中いらいらしてい
る。団扇をあおぎながら、電気屋に電話をかける佳史。
佳史「え、あした。困るんだよ。エアコンがなくちゃ暑くて寝られないんだよ。なんか修復するリセ
ットボタンとかないのか。説明書は読んだんだよ。インターネットでも調べたさ。ああ、ああ。よ
けいなお世話だ」
佳史、怒って電話を切る。
美千代「電気屋さんなんて?」
佳史「今晩は、窓を開けて網戸でお休みくださいなんでぬかしやがる。腹立つなあ」
美千代「あなた。それはあなたがいつもしてる仕事でしょ。クレーマー処理係りがクレーマーにな
ってどうするの」
佳史「今日ばかりはクレーマーの気持ちに共感するよ」
二階からリンが降りてきて
リン「暑いわー」
美千代「窓を開けて寝なさい」
リン「窓は開けてるって。だいたい窓が小さいし、風の方向が違うの。西に窓があっても風が入って
こないのよ」
佳史「カレンは我慢してるだろ。お前も我慢しろ」
リン「お姉ちゃんは、我慢しているんじゃない。出られないんじゃないの。部屋から出られないの
よ」
美千代「カレンはこの頃、喘息がひどくなってるし、高校受験なんかでいろいろ悩んでるのよ。だか
ら、そっとしてあげたいの」
リン「ママ、逃げてる。本当はこわいんでしょ。お姉ちゃんが部屋に閉じこもっているのが」
美千代「リン。いい加減にしなさい」
佳史「リン、パパとママはな。カレンやリンを守りたいんだ。外にでれば、お前には分からないいろ
んなことがある。どちらかと言えば、いやなことの方が多い。敵ばかりだ。だがそれを守るのが家
族だ。この家にいれば私たちは守られてる。お前も自分の部屋にいれば落ち着くだろう。カレン
も自分の部屋で、いろいろ考えているんだ」
リン「パパもママも嘘ついてる。家族だったらどうしてお姉ちゃんの部屋に入っていかないの。家
25
族がばらばら。うちの家族の中には、仕切られたもう一つの家があるの。風が通らない光が差し
込まないもう一つの家が」
リンは、二階へ駆け上がる。カレンは咳をしている。
歌「風の渡らない部屋2」池上家の歌
カレン
小さな窓をのぞけば 微かに季節を感じるけど
町ゆく人はこんな私をしらない それでも時は流れる
私がいなくても この世界は動いてる 私がいなくても 誰も気づかない
佳史・茉莉子・リン
小さな胸をいためて あなたは膝を抱える 今日もひとり あなたは何を見つめるの
光のとどかない部屋 風の渡らない部屋
光のとどかない部屋 風の渡らない部屋 窓を開けて
健
風よ 君の窓をたたいて知らせておくれ
風よ ぼくの想い流れて 君にとどけ!
昌夫・茉莉子・亜佐美・智和
川を渡り せせらぎの囁き声 そよ風よ 君にとどけ
暗転、池上家元に戻る。
14場(9月24日)
○古民家
子どもたちは、小野の襖や障子の張替えを見ている。下張り作業をやっている。
小野「この上に、糊をつけて、和紙を貼っていくんだ」
はるかは箱の中から、手紙を出して広げる。
ひかり「これ何が書いてあるのかな?」
小野「なになに? 君により思ひならひぬ世の中の人はこれをや恋といふらん」
すずか「短歌みたいね」
小野「これは、恋文だね」
子どもたち「恋文?」
小野「ラブレターだよ」
あかり「ラブレター? だれの、だれの」
小野「よしのさま 正教より」
昌夫「よしのは僕のおかあさんで、正教は僕のおとうさんだよ」
亜佐美「おじいちゃんがおばあちゃんに当てたラブレターなの?」
昌夫「そうなるな」
ゆかり「でも昔の言葉だから意味が分からない」
はるな「こういう意味よ。君が教えてくれた。人はこんな気持ちを恋と呼ぶのでしょう」
あかり「ロマンチック!」
ゆかり「これ100通はあるわ」
茉莉子「どれどれ見せて」
小野「『君待つと 我(あ)が恋居れば(おれば) 我が宿の 簾(すだれ)動かし 秋の風吹
く』これは貴重なものだな。昌夫ちゃんどうする?」
昌夫「おじさん、文字を表にして、襖の中張りに使ってもらえませんか? このままだと箱に入っ
て埋もれてしまうけれど、襖にしてもらえれば、後、100年、200年とずっと僕らの家族を見
守ってくれる」
小野「よし、それじゃ心を込めて貼らせていただこうか。できた襖は葦障子と入れ替えてくれるか
い」
ひかり「分かった。そっち持って」
恋文の文章を読みながら貼っていく。
26
歌「設えましょう」
設えましょう 季節に合わせて ひと夏の思い出にさよならしましょう
設えましょう 季節に合わせて 赤とんぼが秋を連れてきたから
抜けるような青空とオレンジの夕日
虫たちの奏でるワルツ 衣替えをしましょう
設えましょう 季節に合わせて 軒先の風鈴に感謝をしましょう
設えましょう 季節に合わせて つぐみが紅い落ち葉を運んできたから
間奏で、大工は葦障子を片付け。子どもたちはできた襖を裏へ入れる。
佳史が作業を見に来る。
佳史「こんにちは」
昌夫「池上さん。いらっしゃい」
佳史「だいぶん、できてきましたね」
昌夫「おかげさまでなんとか」
佳史「今日は?」
昌夫「みんなに手伝ってもらって、夏から秋へ設えています」
佳史「設える?」
昌夫「季節に合わせて、家の衣がえをするんです」
佳史「設える。いい言葉ですね。私のところは、どの季節も変わることがありませんから」
色づく谷に吹く風と心乱す風
君が教えてくれた これが恋というのでしょう
設えましょう 季節に合わせて 祭囃子の音が遠く響くから 設えましょう 季節に合わせて 縁側のすだれを風が揺らすから
小さな子どもたちは、上下に去る。障子を入れている人たちは、奥の作業に移る。
昌夫「棟梁はもう冬の設えのための囲炉裏を作っているんですよ」
佳史「囲炉裏ですか。私の田舎も囲炉裏がありましたね。家族全員が囲炉裏端に集まっていろんな
話をしました。実は、この間娘に叱られました。うちの家族は、家の中に別の家があるみたいで、
みんながばらばらだって。私は勘違いをしていました。頑丈な壁を作って家族を守ってやること
が父親の役目だと」
昌夫「うちの娘なんか。池上さんところの家に憧れてますよ。仕切られた自分の部屋が欲しいって」
佳史「隣の芝生ですよ。それに比べて襖はいい。やわらかく仕切って、家族みんなの寝息を感じなが
ら過ごせる。人様の家ながら、この家が完成するのが楽しみですよ」
昌夫「そうですか。お互い、家族の大黒柱として、がんばりましょう」
佳史「ちょっと倒れかけの大黒柱ですがね」
昌夫「同じですよ」
小野が胸を押さえて座り込む。ひかりが気づく。
ひかり「おじいちゃん、大丈夫?」
全員、寄ってくる。
昌夫「おじさん!」
小野「大丈夫、大丈夫だから」
昌夫「無理しないでください」
小野「ちょっとはりきりすぎたかな」
ゆかり「薬飲んだの?」
小野「ああ」
昌夫「薬?」
27
あかり「おじいちゃん、もうやめよう。また、心臓が・・・」
小野「あかり! いらんこというな」
昌夫「すみません、僕が勝手なお願いをしたから」
小野「昌夫ちゃん、この仕事はやらせてくれ」
昌夫「おじさん」
小野「建具師として、生きていたいんだ」
暗転、ブリッジ音楽2
15場(9月24日夕方)
○新山家・古民家
1景
研ぎ作業にかかっているところへ、中学3年生が両親に連れられて来る。
父親「棟梁はいらしゃいますか」
川辺「はい。ちょっと待ってつかあさい。棟梁、お客様です」
川辺は奥に入る。交代に奥から白鳥が登場。
父親「初めまして。川崎と申します」
白鳥「川崎さん?」
父親「これが息子の悟と申します。ほら、挨拶せんか」
悟「川崎悟です」
父親「息子が急に大工になりたいと言い出しましてね。私たちは普通に高校ぐらいは卒業して、大
工になるならそれから考えればいいと思っているんですが・・・」
母親「素直な子で、無理を言わず、親の言うことを何でも聞いてきたんですが、今回の進路の話だけ
は、どうしたものか、意固地になって・・・」
白鳥「なんで大工になりたいんや?」
母親「なんでも、ずっと昔から考えてたって・・・」
白鳥「お母さんは黙って。わしはこの子に聞いとるんや」
悟「地震で、おばあちゃんが家の下敷きになって亡くなりました」
母親「この子、おばあちゃん子でしたから・・・」
白鳥「お母さん!」
母親「すみません」
悟「周りの家も全壊で、箪笥の下敷きになって動けないおじいちゃんもいました。でもそんな中、し
っかりと立っている家を見たんです。古い家だったけど、堂々とした風格があって、太い柱と梁
が家族を包み込んでいました。僕もいつかあんな家を作る人になりたい。家族の命を守る丈夫な
家を作りたい。そう思いました」
白鳥「・・・そうか。つらかったなあ。おっちゃんも同じや。おっちゃんも同じ気持ちで大工やっと
んや。お父さん、この子、わしが預からしてもろてもええか」
父親「いや、今日は白鳥さんに大工仕事の厳しさを教えてもらって、あきらめさそうと思ってきた
んですから」
母親「この子に大工は無理です。体がひ弱ですし」
悟「僕は、白鳥さんの弟子になる」
白鳥「辛抱できるか。最初は掃除、飯炊きだぞ」
悟「はい!」
白鳥「中学を卒業して、4月になっても心が変わらなかったら来いや。自分の意思で来い」
悟「分かりました。今日はありがとうございました。必ず来ます」
白鳥「お父さん、いい子を育てましたな」
父親「そうですかね。今日はありがとうございました」
親子は帰りながら、
母親「悟、あんな人のところでいいの。大工さんなら他にいっぱいいるでしょう」
田代「あの子、いい目をしてましたね」
白鳥「ああ、澄んだ目をしとったな」
川辺と健が棟札を持ってくる。
28
川辺「棟梁、棟札、これでよろしいですか」
白鳥「どおれ。棟梁、白鳥圭介。頭、川辺伸一。大工、神崎梓。・・・平成21年10月・・・・。健、お
前のかんな見せて見ろ」
健「はい」
白鳥は健ののみをチェックする。
白鳥「ここに、健の名前を入れとけ、健は今日から大工に昇進や」
健「大工ですか。棟梁、ありがとうございます」
白鳥「よう辛抱したな。毎晩、遅くまで研ぎものやっとった成果が出てきたようや。今度は、伸一の
墨付けをよう見とけ」
健「はい」
白鳥「おれたち名もない大工が唯一名前を残せるのが棟札や。ええか。100年後、後世の大工たち
が、この棟札を見て、おれたちの仕事を評価するんや。この棟札に恥じない仕事をせんとな。健、
分かったか」
健「わかりました」
白鳥「よし、これを一番高い棟に取り付けて来い。大工としての最初の仕事や」
健「ありがとうございます」
健は上に上がり、棟札を取り付ける。
歌「名も無き大工」
名も無き大工の魂を この一打ちに乗せよ 一鑿ごとに祈りを込めて刻め 命与えよ 木の心を知り 木の癖をつかみ
その癖を活かして組め どの木も活かせ
百年を超えて 千年を超えて 時代を超えて残る家を おれは私は必ず建てるよ
白鳥「さあ、仕上げに入るぞ」
大工たち「はい」
裏に入って作業を始める。
2景
三姉妹が二階から慌てて降りてきて、一階の玄関の戸を叩いている。ひかりは座り込んで
泣きはじめる。
ゆかり「おじいちゃん、おじいちゃん。開けて」
あかりが古民家に走ってくる。
あかり「すいません。すいません。誰かいませんか?」
裏から大工たちが出てくる。
川辺「おう、あかりちゃん、なんじゃ」
あかり「おじいちゃんが、昨日から出てこないんです。電話してもでないし、玄関は鍵がかかってい
るし」
田代「それは心配だなあ」
梓「いきましょう」
あかりと大工たちは新山家玄関に。川辺は玄関を叩いて。
川辺「小野さん、小野のおじいちゃん」
田代「中を確認した方がいいな」
白鳥「健、バールもってこい」
健「はい」
健はバールを取りに走る。
田代「救急車を呼んでおいたほうがいいな」
亮子「そうね」
亮子は、携帯で電話する。
ひかり「おじいちゃん・・・」
ゆかりは、ドアのキックする。
29
ゆかり「私の空手でも無理」
健が道具を持って戻ってくる。白鳥は、道具でドアをバールで抉じ開ける。
隆「あかりちゃんたちの二階から入れないのか?」
あかり「一階と二階がつながってないの」
隆「つながってない?」
ゆかり「開いた!」
三姉妹と白鳥、川辺、健が入っていく。
亮子「救急車、ここの場所わかるかなあ」
梓「私、大通りで救急車を待ってる」
亮子「お願い」
梓は上手に走る。リンと美千代も出てくる。
リン「どうしたの?」
隆「小野のおじいちゃんが倒れたらしい」
美千代「おじいちゃんが」
白鳥が出てくる。
亮子「小野さんは?」
白鳥「大丈夫や。今、横になっとる。だが病院にはいったほうがええやろうな」
田代「ひとまず、安心ですね」
隆「お父さん、小野さんの家、リフォームしてあげて。一階と二階がつながっていればこんなことは
なかったんだ」
白鳥「うーん。川中さんの家が終わったら、次に築200年の家が待ってるんや」
隆「家が待ってる? おとうさんは家のために仕事しているの? 大工って人を幸せにするのが
仕事じゃないの?」
白鳥「隆」
隆「僕は一生懸命いい家を作るおとうさんを尊敬してた。だけどそれが人のためじゃなくって、家
のための仕事だったら、僕、大工なんてやらないよ」
隆は下手に走る。
亮子「隆君!」
暗転。ブリッジ音楽3.転換幕下りる。
16場(10月10日)転換幕前
○建設会社の事務所
事務所で田代と亮子が竹山に報告している。
亮子「一ヶ月遅れになりましたが、川中昌夫様のご自宅リフォームは完成しました」
竹山「ご苦労様。なかなか面白い現場だっただろう」
亮子「そりゃもう。いろいろありましたから」
田代「最後は、役所が石場立て工法を認めないと言い出しまして。限界耐力計算による計算書をつ
けて何とか通りました」
亮子「田代君のおかげで、クリアした部分がたくさんありました」
竹山「そうか。田代を担当につけたことは正解だったんだな」
田代「大正解でした。それは私自身があの家と棟梁に出会って、勉強させてもらったことです」
竹山「一回り大きくなったようだな。建築士として、人間として」
田代「はい。ありがとうございます」
竹山は退席する。
亮子「行くの?」
田代「ああ。バルセロナのガーデンシティのコンセプトが決まったよ」
亮子「何?」
田代「El jardín por el que el viento pasa。エル・ハルディン・ポア・エル・ケ・エル・ビエ
ント・パサ 風渡る庭だ」
亮子「風渡る庭ね。バルセロナの海風を感じるわ。白鳥組のみんなが寂しがるわよ。特に隆君が」
田代「隆君にはいろいろ教えられた。彼はいい棟梁になるだろうな。帰国したらお土産持って会い
30
にいくって伝えておいて」
亮子「分かったわ。いい仕事になるように」
田代「もちろんだよ。白鳥圭介の弟子だもんな」
暗転。転換幕上がる。
17場(10月11日)
○古民家
障子、襖が入り、畳がひかれ、囲炉裏ができ、キッチンが入っている。
近所に人を呼んで、完成お披露目会を行っている。
歌「できたぞ」
できた できた 私のおうち(あれから5ヶ月)
お祝いしましょう あなたのうち(こんなに変わった)
今日はおめでたい屋移りの日 さあご馳走いただきましょう
ちょっと古くて ちょっと暗くて ちょっとこわかった
みんなのおばけやしきが生まれ変わった
マイホームよ マイホームよ マイホームよ マイホームよ
マイドリームカムトゥルー
美千代と昌夫は子どもたちに来ている子どもたちにお菓子を配る。
参加者が飲み食いをしている。佳史と美千代が祝いを持ってやってくる。
佳史「川中さん。今日はおめでとうございます」
昌夫「ありがとうございます。さあさあこちらへどうぞ」
美千代「これちょっとしたお祝い」
茉莉子「すみません。遠慮なしに。リンちゃんには、亜佐美とお友だちになっていただいて」
美千代「リンも大喜びです」
昌夫「今日、お姉ちゃんは?」
佳史「ええ、相変わらず部屋にこもっています。あせらず少しずつ話をしていこうと思っています」
昌夫「そうですか」
渡辺を中心に次々とリフォームのポイントを紹介し、拍手をしている。
渡辺「さあ、完成した川中家のビフォアアフターを紹介していきますよ」
紹介音楽。
茉莉子「土間にあって冬場冷たかった台所。私の望み通り、最新のシステムキッチンが入りました」
智和「庭には、芝生が敷き詰められ、ドリブルの練習ができるようになりました」
亜佐美「社宅では、お兄ちゃんと同じ部屋でしたが、襖で仕切って自分の部屋ができました。そして
お兄ちゃんが出て行った時は、その襖を取り除いて、二倍の大きさの部屋になることでしょう」
智和「追い出すつもりか」
全員「ハハハハハハハ」
昌夫「書斎はとれませんでしたが、なんてことでしょう。屋根裏には、機関車模型を走らすことので
きるレールがひかれました」
亜佐美「だれも興味ないって」
全員「ハハハハハハハ」
ゆかり「夏は湿気を含み、冬は部屋を囲んでくれる襖」
あかり「なんとこの襖の中張りには、おじいちゃんのラブレターが入っているではありませんか」
ひかり「家の真ん中には、囲炉裏があり」
リン「家族団欒の時間を演出してくれるでしょう」
昌夫「この家は生きている」
川辺「大きく曲がった梁は両手を広げて命を包み込み」
梓「まっすぐに伸びた大黒柱は、どんなことがあっても決して倒れず」
健「息をする土壁は、外からもうちからも家族を守り」
亮子「そして家の隅々まで風が渡り、家族の心をつなぐ」
31
隆「この家は、後100年」
亜佐美「後200年」
智和「300年」
茉莉子「400年」
昌夫「500年生き続けるでしょう」
拍手
歌「ちいさなおうち2」
ちいさなおうちの屋根裏は、曲がりくねった梁と梁、お相撲取っておりました。
ちいさなおうちの広間には、ミンミンゼミの声の間を、水色の風が翔けました。
ちいさなおうちの住む町が、大きくゆれたその時も、キシキシ笑っておりました。
ちいさなおうちは100歳の、おじいちゃんになりました。
ちいさなおうちの周りには、友だちいなくなりました。
でも、ちいさなおうちはこれからも、ずっとずっと生きるでしょう。
100年先も生きるでしょう。
ちいさなおうちにすむ人も、助け合って生きるでしょう
ちいさなおうちがありました」
拍手。
小野「さあ、そろそろおいとましましょうか」
昌夫「まだ、早いですよ」
小野「これから毎日お隣さんじゃから」
茉莉子「そうですね」
ひかり「おじいちゃん帰ろう」
小野「ああ、白鳥さん、それではまた」
白鳥「分かりました」
あかり「亜佐美ちゃん、また学校でね」
ゆかり「ばいばい」
亜佐美「ばいばい」
小野と三姉妹は帰る。
白鳥「わしらもこれで。行くぞ」
白鳥組「はい」
昌夫「本当にありがとうございました」
茉莉子「いい家にしていただきました」
白鳥「こちらこそ。いい仕事をさせてもらって」
川辺「何かあったら、ご連絡つかぁさい」
智和「隆くん。さみしくなるよ」
昌夫「白鳥組の次の仕事は?」
隆「実はね、隣の新山さんのリフォームをやるんだ」
亜佐美「新山さんところ?」
川辺「新山さんの家の一階と二階を階段でつないで玄関をひとつにするリフォームじゃけえのう」
昌夫「そりゃいい」
亮子「隆君の気持ち分かってもらえたんだね」
白鳥「こいつには教えられました」
隆「お父さんはやっぱり日本一の大工だ」
智和「また、会えるんだね」
隆「うん」
白鳥「それじゃまた」
白鳥組は上手に帰る。すずかとはるなは帰る。
すずか「はるな、行こう。二丁目にね。新しい家建つんだって」
はるな「子ども住宅評論家としては見逃せないわね。渡辺さん、今月号の温故知新。楽しみにしてい
ます」
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渡辺「ありがとう。子ども住宅評論家さん、君ならこの家に何点つける?」
はるな「何年か経ってみないとはっきり何点とは言えないけど、いい線いってると思うよ」
渡辺「これまた厳しいご意見ですね」
全員「ハハハハハハハハ」
すずかとはるなは帰りながら
すずか「家って、建てる時はみんないいと思って建てるんだけどね」
はるな「やっぱり住んでみないと分からないところあるよね」
すずか「そう、洋服選ぶ時みたいに、試着室で何着か、とっかえっこしながら着てみてば分かるんだ
けどね」
はるな、すずかは上手に去る。
亜佐美「とっかえっこ? 取り替える? そうだ!」
あまり浮かない顔の池上家。
美千代「私たちもこれで。リン帰るわよ」
茉莉子「今日はありがとうございました」
亜佐美「お父さん、ちょっと」
亜佐美は、昌夫に耳打ちする。
昌夫「うん、うん・・・。なるほど、それはいい。池上さん。ちょっとご提案があるんです」
佳史「提案」
昌夫「ぜったいうまくいきます」
佳史「はあ」
佳史と美千代は顔を見合わせる。暗転、ブリッジ4.池上家回転。
18場(12月24日)
○池上家と古民家と新山家
雪の降る日の夜、川中家と池上家が家を交換して住んでいる。池上家は家をイルミネーシ
ョンで飾っている。
茉莉子「なんかクリスマスプランのホテルで泊まってる感じね」
昌夫「こんな家に住むのが夢だったんだろ」
茉莉子「そうね。だけど、どんな家にもそれぞれいいところはあるわ。古民家には、古民家のよさが
あるし、この家はあったかい。隙間がぜんぜんないから」
二階から智和と亜佐美が降りてくる。
智和「自分の部屋があるのはいいんだけど、なんかクリスマスに部屋にひとりでいるのもなあ」
亜佐美「なんか孤独」
茉莉子「手作りケーキが焼きあがったから、今呼ぼうと思ってたところよ」
智和「おお、生クリームが雪みたいだ」
亜佐美「メリークリスマス!」
全員「メリークリスマス」
池上家は、古民家に住んでいる。寒い古民家。囲炉裏の周りに佳史、美千代、リンが集まっ
て鍋物を食べている。
リン「この家寒い」
美千代「寒いから、その分、囲炉裏のありがたみが分かるのよ」
佳史「もうこの肉、いけるぞ」
リン「お姉ちゃんの食事、持っていく?」
佳史「鍋なんか持っていけるか」
美千代「そうね」
リン「パパずるい。その肉私の」
佳史「何を言ってる。弱肉強食だ」
池上家族「ハハハハハハハ」
楽しそうに談笑している。襖がぱっと開く。
カレン「寒い、この家何でこんなに寒いの」
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佳史「冬は寒いもんだ。こっち来て、火に当たれ」
カレン「早く帰ろうよ。こんな寒い家に住んでたら喘息がでるわ」
リン「お姉ちゃん、咳してないよ」
佳史「本当だなあ」
美千代「カレン、襖閉めて。寒いから」
カレンは襖をしめて、慌てて火に近づく。団欒音楽。
佳史「久しぶりに家族がそろっての食事だな」
リン「お姉ちゃんお箸」
カレン「ありがとう」
美千代「カレン、油断してるとお肉なくなっちゃうよ」
カレン「私、この肉もらい。あちちちちち」
美千代「ほらほら慌てるから」
池上家族「ハハハハハハハ」
カレン「温かいね。冬はやっぱり鍋物に限るなあ」
リン「それパパの真似?」
池上家族「ハハハハハハハ」
雪見障子を開けると雪が降っている。新山家の三姉妹と小野が玄関から出てくる。
ゆかり「ホワイトクリスマス!」
ひかり「おじいちゃん呼んでくる」
小野がひかりに連れられて出てくる。
小野「おお、雪か」
ひかり「今年のクリスマスは、おじいちゃんと一緒だね」
小野「あったかい雪だ」
ゆかり「おじいちゃん、雪は冷たいでしょ」
あかり「本当。あったかい雪ってあるのね」
ゆかり「お姉ちゃんまで何言ってるの?」
下手からすずなとはるか、隆が冬支度してやってくる。
すずか「日本家屋の暖房についてどう思う?」
はるな「家の作りようは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。徒然草五十五段」
すずか「家を作る時は、夏を考えて作れ。冬は住もうと思えばどこにでも住めるという意味ね」
隆「だいたいね。最近の住宅は、冬のことばかり考えて作ってる。それが間違いだと思うよ」
すずか「部屋全体を暖めるのでなく、体を直接あたためることを考えなくちゃ。そうすれば結露の
問題も解決できる」
はるな「住宅業界もそこんところ」
すずか・はるな・隆「分かって欲しいよねー」
下手の家では、屋上から外を見てる。
智和「ほら、町のイルミネーションがみえるぞ」
亜佐美「屋上、最高!」
古民家では、リンが縁側の戸をあける。リンとカレンが雪を見ている。そこへ健がやって
くる。
健「はじめまして、健といいます。あの・・・ずっと見てました。時々窓から外を眺めるあなたの
姿」
カレン「え、私を見ている人がいるなんて、知らなかった。私のことなんてだれも気づかないと思っ
ていたから」
健「そんなことないですよ。あなたのことをかけがえのない人だって思う人はいっぱいいますから。
少なくとも僕は・・・」
美千代「リン、風が入るから閉めて」
リン「はーい」
カレン「ありがとう。私、外の世界とつながっていたのね」
健「風がつないでくれるんです。人と人を」
カレン「寒いけど、気持ちいい。風が私の体を通り抜けていくわ」
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リン「この家にはいつも風が吹いているのね」
歌「風よ2」
町を巡り 街灯の光浴びて 北風よ 君にとどけ
雪を舞わせ 電線の吹く口笛 北風よ 君に伝えて
ただそこに風が吹くだけで よどんだ心を動かすから
ただそこに風が吹くだけで 命が輝き始めるから
風よ 君の窓をたたいて知らせておくれ
風よ ぼくの想い流れて 君にとどけ!
町を巡り 街灯の光浴びて 北風よ 君にとどけ
雪を舞わせ 電線の吹く口笛 北風よ 君にとどけ
緞帳降りる。緞帳上がる。
カーテンコール「大工さんになるために」
あいさつ
緞帳降りる。
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