ショウガやクズから漢方薬 『葛根湯』をつくる

中学生
ショウガやクズから漢方薬
『葛根湯』をつくる
担当者:
岡村信幸、竹村尚子
協力学生: 4 名
場所:
薬学部 31 号館 2 階実習室
概要
葛根湯は葛根、生姜、大棗、芍薬、桂皮、甘草、麻黄と呼ばれる 7 つの生薬を煎じることでつ
くられる。葛根はクズの根、生姜はショウガの根茎、大棗はナツメの果実というように、いずれ
も身近な食品でもある。また、芍薬は有名な花であるシャクヤクの根を用い、桂皮はシナモンの
香りで知られているケイヒアルデヒドを含み、甘草はショ糖の 150 倍も甘い成分を含み食品分野
で甘味料として用いられる。麻黄は気管支喘息の治療薬として有名なエフェドリンを含んでいる
が、このような強い薬効成分をもつ生薬は漢方薬の原料生薬としては非常に稀である。このよう
に身近な植物からなる漢方薬について、科学的な視点をふまえ概説ならびに製剤実習を行った。
第 4 回 Science Lab 参加中学生と実施担当者
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部分に乾燥などの簡単な加工を施したもので(図
学習内容
4)、植物以外にも動物や鉱物を原料とし、漢方薬
(1)漢方に関する講義
はこれら生薬から構成される。オタネニンジンと
漢方薬はその存在がよく知られている反面、多
いう植物の根を乾燥した薬用人参(人参)は有名
くの誤った情報や認識をもたれている。そこで漢
で、漢方薬のみならず生薬製剤や健康食品など
方に関する一般知識クイズを行った(図 1、2)。
様々なものに使われている。
漢方医学の起源と変遷
漢方に関する一般知識クイズ
北京
問題.次の内容が正しいものには○印を,間違っているものには
×印を( )に書きなさい.
×)
(
黄河文化圏
『黄帝内経』
1.漢方医学とは中国の医学のことである.
洛陽
蘭方と区別するための日本独特な呼び名で,
中国(漢)の医学(方)という意味がある.
西安
『神農本草経』
中国の伝統医学=中医学
○)
(
成都
2.漢方薬は総て自然の薬材を用い,合成薬を全く含まない.
×)
揚子江文化圏
上海
杭州
『傷寒雑病論』
漢方ワンポイント
漢方は日本
独特の呼び名
3.漢方薬に含まれるある特定の成分が薬として作用している.
漢方医学
漢方薬は1つの成分が強くは働くのではなく,
様々な成分が協力して作用を示す.
図1
日本に伝来
揚子江(長江)
南京
江南文化圏
漢方薬は薬になる植物,動物,鉱物を材料とする
自然の原料(生薬:しょうやく)から作られる.
(
黄河
中医学
(日本漢方)
漢方に関する一般知識クイズ
図3
漢方医学の起源と変遷
生薬とは? オタネニンジンの根が薬用の人参になる
漢方に関する一般知識クイズ
×)
(
人類は草根木皮を薬と
して使用し,経験的に
オタネニンジンの根が
薬になることを知った
4.漢方薬は穏やかに作用するため直ぐには効かない.
急性疾患では30~60分ぐらいで効く漢方薬もある.
慢性疾患や根本的な治療が必要な疾患については
長期服用が必要になる.
新鮮な根
×
(
) 5.漢方薬は病名によって使い分ける.
加工
漢方ワンポイント
生薬は品質や薬効を
保つために乾燥など
の加工がしてあるよ
西洋医学の診断基準である病名によって漢方薬を
使うのではなく,患者の症状を漢方的に診断し,
個々の患者に合ったテーラーメイド薬を処方する.
×)
(
生薬 (しょうやく)
6.漢方薬は副作用がない身体に優しい安全な薬である.
オタネニンジン (ウコギ科)
薬には必ず副作用はあるため,有効性を高め,
副作用を避けるための漢方的なマニュアル(証)に
従って処方することが必要である.
図2
ニンジン 人参
図4
漢方に関する一般知識クイズ
生薬とは?
クイズ 1~6 については医学部、薬学部の教員や
人参のような生薬を原料とする生薬製剤、健康食
医療関係者でも誤解していることが多く、正確な
品、民間薬などはよく漢方薬と混同される。基本
知識を理解してもらうために、まず漢方医学の歴
的に漢方薬は漢方理論に基づいて複数の生薬が
史的な背景を説明した(図 3)。これ以降は今回
配合され、合成医薬品を全く含まない。さらに漢
の講義の概略を述べる。
方薬物治療において最も重要なことは、患者個々
20 世紀前半までの薬は大部分が草根木皮から
供給され、その中でも薬用価値の高い植物が薬用
の病態(漢方では証と呼ぶ)を診断し、最適な処
方が選択されることである。
植物として今日まで伝承されている。生薬(しょ
西洋医学においても生薬や天然由来の製剤は
うやく)は葉、種子、根などの薬用植物の有用な
今なお使われているが、1809 年にドイツの薬剤
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師ゼルチュルナーによるアヘンの鎮痛作用物質
ガの根茎、大棗はナツメの果実というように、い
であるモルヒネの単離を契機に、医薬品開発は活
ずれも身近な食品でもある。芍薬は有名な花のシ
性物質の発見や合成医薬品の研究が主流となっ
ャクヤクの根を用い、桂皮(桂枝)はシナモンの
た(図 5)。
香りで知られているケイヒアルデヒドを含み、甘
草はショ糖の 150 倍も甘い成分を含み食品分野
生薬有効成分の単離と医薬品開発
で甘味料として用いられる生薬である。
HO
CH3CO O
O
抽出
H
N CH3
合成
HO
モルヒネ
CH3CO O
(1806年)
中枢性鎮痛薬
(麻薬)
未熟果の乳液
ケシ
Papaver somniferum L.
O
葛根湯(かっこんとう)に含まれる生薬
H
N CH3
単離
アヘン(阿片)
ヘロイン
麻薬
漢方ワンポイント
今でも薬になる成分を自
然から捜しているんだよ
抽出
CH2OH
単離
O
ショウガの根茎
クズの根
ナツメの果実
アスピリン
(1828年)
Salix alba
COOH
シャクヤクの根
OCOCH3
サリシン
セイヨウシロヤナギ
図5
合成
Glc
漢方ワンポイント
漢方薬は複数の
生薬を混ぜた薬だよ
(1897年)
解熱鎮痛薬
生薬有効成分の単離と医薬品開発
カンゾウの根
ケイの樹皮
マオウの地上茎
日本では 1887 年に長井長義らによって、麻黄
から気管支喘息や気管支炎などの治療薬である
図7
葛根湯に含まれる生薬
エフェドリンが単離された。一方、エフェドリン
葛根湯は桂枝湯という漢方薬に麻黄と葛根を
のような作用の強い薬効成分を含んでいる麻黄
加えてつくられた処方で、麻黄は桂皮との相乗作
は、当然ながら副作用も起きやすい。そのため漢
用によって強い発汗作用を示し、葛根は肩こりに
方医学では様々な生薬と組合せることで副作用
効果がある。そのため、桂枝湯が自然発汗のある
をなくし有効性を高める工夫とともに、患者個々
初期のカゼに使われるのに対し、葛根湯は無汗で
の病態解析と最適な処方選択のための理論とし
熱症状が強く、肩が張った初期のカゼ症状に適応
て証という概念が確立された(図 6)。
する(図 8)。このように配合される生薬の特性
を理解することが正しい漢方薬の使い方につな
西洋薬と漢方薬の歴史
がることを説明した。
西洋薬の歴史
麻 黄
多成分含有
有効成分の単離
葛根湯と桂枝湯の使い分け
合成
誘導
桂枝湯
相乗的な発汗作用
エフェドリン
漢方薬の歴史
葛根湯
複合成分系薬物
副作用をなくし
有効性を高める
麻黄 桂枝
伝承と淘汰
甘草 芍薬
生姜
芍 薬
証
証
葛根
大棗
薬物治療法
薬物治療法
(マニュアル)
(マニュアル)
の確立
の確立
自然発汗が
ある
カゼの初期
漢方薬は合成薬は含まない
漢方薬は
甘 草
図6
大 棗
麻 黄
桂 皮
漢方ワンポイント
葛根湯は無汗の
生 姜 初期のカゼに使う 葛 根
葛 根 湯 自然発汗がないカゼの初期
西洋薬と漢方薬の歴史
麻黄を配合する葛根湯は 7 つの生薬を配合し
ている(図 7)。葛根はクズの根、生姜はショウ
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図8
葛根湯と桂枝湯の使い分け
(2)漢方薬の製剤実習
とができるゼリーを応用したものである。
葛根湯の『~湯』は煎剤を意味し、煎剤は伝統
的な漢方薬の最も一般的な剤形である(図 9)。
新しい漢方薬 -漢方ゼリー剤の作り方ー
粉末化
漢方薬の薬の形(剤形)
葛根湯・温清飲など
煎剤の抽出物 + 添加剤
(製剤化)
散 剤
同一処方の煎液(料)を
製剤化
煎剤(湯液)
煎剤
漢方薬の
剤形
五苓散・当帰芍薬散など
黄連解毒湯エキス顆粒
単シロップ 10ml
純ココア 6g
(1.7g/ml)
(7.5g:1日量)
エキス製剤
顆粒剤
細粒剤
錠剤
カプセル剤
用法
成人2個
子供1個
1日3回
冷蔵庫
分注
6個
一口カップ
丸 剤
桂枝茯苓丸・六味丸など
40ml
約80℃
現代的な剤形
伝統的な剤形
お湯
ゼラチン (0.8g/4ml)
約80℃で加温
エキス剤
散剤
軟膏剤
紫雲膏・中黄膏
図 10
新しい漢方薬-漢方ゼリー剤の作り方-
丸剤
図9
漢方薬の剤形
講義で説明した煎剤の調製法に従って、生徒たち
は葛根湯をつくり、実際にできたものを試飲した
(写真 1)。自らが試飲して漢方薬の味を知るこ
とは、医療人としてホスピタリティーを養う気づ
きにつながる。
写真 2
黄連解毒湯のゼリー剤を作製
生徒たちは各自が作製した単シロップ(ショ糖)
とココアを加えた黄連解毒湯ゼリー剤を試食し、
黄連解毒湯エキス顆粒を水に溶かしただけのも
の違いを確かめた(写真 3)。これによって簡単
な工夫で飲みやすい漢方薬がつくれることを理
解してもらえた。
写真 1
葛根湯の試飲
今日の保険診療で使われている医療用漢方医
薬品のほとんどがエキス製剤である。エキス製剤
は一般の医薬品と同じ剤形のため、煎剤と異なり
違和感は比較的少ないが、それでも味や香りが苦
手で服用できない患者さんは少なくない。そこで
漢方薬の中で最も苦い黄連解毒湯エキス顆粒剤
を用いて、生徒たちが漢方薬ゼリー剤をつくった
(図 10、写真 2)。これは家庭で簡単につくるこ
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写真 3
黄連解毒湯のゼリー剤の試食
最後に生徒たちは紫雲膏づくりを行った(写真
4)。紫雲膏は漢方薬の中で数少ない外用薬の一つ
である。高温で調製するため少し心配したが、火
傷の薬である紫雲膏を使わずに済み、仕上げの練
る作業も大変上手く、各自でつくった紫雲膏をお
みやげに総ての実習が終わった。基剤であるゴマ
油の香りが実習室中に漂い、生徒たちにとっては
身近な実験になったようだ。
写真 4
紫雲膏の作製
(3)中学生からよせられた質問
質問 1:福山大学ではほかにどんな実習をしているのですか?
回答:薬学部では薬剤師をめざす学生さんが薬に関係する化学、生物、物理、さらには医療
に関する知識を深めるために様々な実習を行っています。漢方薬実習はそのほんの一部です。
漢方薬に関する実習では君たちが行った内容以外に、様々な剤形の漢方薬の調製、その材料と
なる生薬の形態や性状の観察、さらには漢方薬が実際の病気に対してどのように使われている
かを調査し発表することも行っています。
今回、君たちは漢方薬の実習をして、どうでしたか?授業で話を聞くだけでは分からなかっ
たことやピンとこなかったことが、実際に漢方薬を作ったり、味わったり、香りをかいだりす
ることで理解ができ、印象深く覚えることができたのではないでしょうか。 実習って、その
ような意味もあります。さらに実習は知識だけでなく、実験操作に関する技術や態度を身につ
けるためにも重要です。(回答:岡村信幸)
質問 2:他にどんな材料でどんなものができますか?
回答:漢方薬は基本的なもので 210 種あり、大学の実習では様々な漢方薬をつくっています。
漢方薬は葛根湯のような煎剤が中心で、その他に丸剤や散剤、さらに紫雲膏のような軟膏剤も
数種類あります。福山大学薬学部ではこれら伝統的な薬の形だけでなく、ゼリー剤や坐薬(お
尻から入れる薬)など、新しい漢方薬への工夫も行っています。特にゼリー剤については漢方
薬の味がそれぞれ異なるので、ココアだけでなく、様々なフレーバーを試す必要があります。
ただし、このような薬の形を変える際には、漢方薬の効き目に影響のないものを選ぶ必要があ
ります。(回答:岡村信幸)
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感想
◆中学生の感想
・様々な薬が飲めた事と作る体験が出来た事です。
・紫雲膏を練ったこと。ゼリーがおいしかったこと。
・普段なかなか飲まない、いろいろな漢方が飲めたことです。
・紫雲膏を練る作業が楽しかったです。
・いままでに体験できなかったことを体験したこと。
・ゼリー剤をつくるのが楽しかったです。ゼリー剤がとてもおいしかったです。
・黄連解毒剤がどれくらいまずいかよく分かりました。
・実際につくって、味を体験できたこと。
・自分達で作った事もあり、薬が飲みやすかったです。とても、貴重な体験で楽しかったです。
また、体験学習を受けたいです。
・実験が成功してよかったです。あと、漢方薬はどんな植物でできているのかが分かりました。
またこのような体験をしたいです。
・薬について知れて良かったです。
・漢方を飲むのが苦手だったけど、ココア味のゼリーにしたら飲む(食べる)ことができたの
がよかったです。
・苦い薬を飲むために、いろんな人の努力があることがわかってよかったです。
・黄連解毒湯がまずかったです。ゼリーにしてもまずかったです。でも、いろんな体験ができ
て、よかったです。
・塗り薬を作るのが楽しかったです。先生の説明も分かりやすくて、実験がしやすかったです。
・漢方薬があんなにおいしくなるなんて思わなかったです。ゼリーになる前の漢方薬はすごく
苦くて、とても飲めたものじゃありませんでした。すごい楽しい体験でした。
・ゼリーが美味しかったです。やけどしたのは災難だったけど、楽しかったです。葛根湯は苦
かったです。
・たくさんの実験をして、1つ1つが楽しかったし、知らなかったことも分かったので良かっ
たです。また参加してみたいです。
・いままで使ったことのない道具をつかって実験できて楽しかったです。漢方はみじかなもの
をつかってできるということが知れてよかったです。少しは興味がでてきました。
・葛根湯と紫雲膏の作り方を知ったこと。
・漢方について理解できたこと。
・実際に飲んだりすることができたこと。
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◆中学引率教員の感想
① よかった点
化学式、構造式にはあまり言及せず、クイズ形式で平易な講義を行い、その後、実験を通して
実際に調製し、飲むという一連のサイクルを中学生の目線で薬を身近に感じることができまし
た。生物科学系分野に興味を強く抱いている中学生の姿勢を垣間見ることができました。
② 改善点
時間配分を考えれば学祭見学は、生徒自身に後日自主的に参加させるほうがいいと思います。
③ 期待される教育効果
高校生に進級するにあたって、化学という分野への関心を高めることができたと思います。ま
た化学分野の勉強のために、今後どのようなスキルを身につけることが必要かを考える機会を持
つことができたと思います。
◆担当者の感想(岡村信幸)
中学生の生徒さんを対象に講義や実習をするのは初めてで、どのようにしたら講義に集中しても
らえるか、実習を楽しんでもらえるか、どの程度興味をもってもらえるか、我々にとっても大変新
鮮で貴重な機会でした。今回の内容は薬学部の1年生を対象に講義と実習の中で別々に行っている
ものを、体験学習ということで密接に関連づけて実施しましたが、生徒の皆さんは大変熱心に実習
に取り組んでもらい無事に終えることができました。本学では Science Lab というテーマでこの体
験学習が行われていますが、我々の担当している漢方を題材に生徒さんに Science を感じてもらう
ことは難しかったと思います。しかしながら、漢方医学が古くて新しい医療であることに少しでも
気づいてもらえれば幸いです。このような機会を戴いた福山暁の星女子中学高等学校の生徒や教員
の皆様に感謝しております。
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