職務発明をめぐる動向

制I
屯協同
〔報談会)
職務発明をめぐる動向
/中山信弘/荒井寿光/奥村洋一/岩倉正和/相津英孝〔司会〕
外国におけるノックダウン生産のための部品の供給と
特許権侵害
/茶園成樹
複数薬剤の組合せからなる医薬特許の間接侵害
・
EE E
I
/平嶋竜太
原子力法制をめぐる新たな動向
/下山憲治
米国連邦最高裁判決にみる遺伝子特許への影響
ノパルティス「グ 1
)ベック」事件インド最高裁判決
2
0
1
3年蔓のソーシャルメディア炎上事例と今後の対応策
怠民事法研究会
欧州統特許裁判所に関するセミナ
覇盟輯覇
欧州統一特許裁判所に関するセミナー
•
欧州における特許訴訟実務の現在と今後について
口
口
田 本セミナープログラムと講師の紹介
弁護士片山史英
はじめに
2
0
1
3年 6月2
0日
、 EU主要国であるフランス、
2 講師および講演の概要
今回、新制度の実務に影響を与える固と予想さ
ドイツ、イギリスの知的財産専門事務所の弁護士
れるイギリス、ドイツ、フランスから特許訴訟の
の方々をお招きして、欧州統一特許裁判所に関す
専門家である以下の方々を講師としてお迎えし、
るセミナーが弁護士会館にて催された。
統一特許裁判所ーに関して権利行使に重点をおいた
U
n
i
f
i
吋 P
a
t
e
n
tC
o
u
r
t
) とは、
「統一特許裁判所ーJ(
ご講漬をいただいた。
EUが「欧州単一特許J(
U
n
i
t
a
r
yP
a
t
e
n
t
) の導入
とともに創設する裁判所であり、判決が 5億人を
-ピエール・ベロン弁護士 (
P
i
e
r
r
eV
e
r
o
n
)
擁する EU市場全域に効力をもっとされるもので
(
V
e
r
o
n&品川口1印パートナー弁護士、フラ
ある。 1973年の欧州特許制度の誕生から議論が
ンス)
重ねられ、ついに特許裁判制度の統ーがなされて、
・マーティン・コーラ一博士(lVIa
r
t
i
nK
o
h
l
c
r
)
2014年から運用が開始される予定である。これ
(RET
:
V
IANN osrrERRTErrH KOHIJER
は偉大なことであり、世界中の特許業界の耳目を
HAFTノ fー卜ナー弁護士、ドイツ)
集める画期的な出来事である。
これらの新制度は、運用開始後に新たに出願さ
れた特許にのみ適用されるものではなく、オプ卜
・カイ .N・カスパー弁護士 (KayX.Ka叩 e
r
)
(RETl
V
I
.
f
u
"
fN OSTERRTETH KOHLER
HAFTパートナー弁護士、ドイツ)
アウト(新制度の適用を免れて、従来の制度の適
・アレックス・ウィルソン弁護士(Alほ W
i
l
-
用を受けるように宣言すること)をしなかった既
p
加 で1G
i
l
b
c
r
tIJLPノfー卜ナー弁護士、
8
o
n
)(
存の欧州特許 (Europ
凶 nP
a
t
e
n
t
) にも適用される
イギリス)
ものであり、その影響は極めて大きいものと思わ
れる。
フランスのベロン弁護士は、 EPL (欧州特許弁
近年日本企業においても、 EUでビジネス展開
護士協会)の会長であり、また統一特許裁判所の
をすることが非常に増えており、欧州、│の新しい特
制度発起の当初から長年にわたり、尽力されてき
許制度を理解することは、非常に有益であり、か
た方である。今回は「第 1部 新 制 度 の 背 景 と 概
っ重要であると思われる。
要」をご講演いただいた。
ドイツのコーラ一博士とカスパー弁護士も、新
Law日n
dT
e
c
h
n
o
l
o
g
yN
o
.
6
1 2
0
1
3
/
1
0総 7
9
欧州統一特許裁判所に関するセミナ
制度の発展に深くかかわっておられる方々であり、
講演者の方々には、充実したレジュメの作成に
「
第 2部統一特許裁判所のシステム」についてご
加え、 1時間という短い時間の中で細かい点 l
こ
ま
講演いただいた。
でわかりやすく言及していただいた。今回講師を
イギリスのウィルソン弁護士は、知的財産権訴
引き受けていただいたことに、この場を借りて深
訟専門のソリシタ・アドヴォケイトであり、今回
く御礼を申し上げたい。また田村啓弁理士に、本
のセミナーで講師側のコーディネートをしていた
セミナーの要点通訳をお引き受けいただいたこと
だいた方である。今回は、「第 3部 統 一 特 許 裁
により、本セミナーの理解をより深いものにする
判所の実務」に関して今後想定される問題やケー
ことができた。深く御礼を申し上げる。
ススタディについてご講演をいただし、た。
欧州の特許に関して、クライアントの戦略を最
本稿では、講演の概要およびその後の質疑応答
適にするにはどうすればよいか、それには非常に
を紹介することとする(ただし、以下の内容は、い
複雑な判断要素があることから、今後、欧州の特
ずれも本セミナーが聞かれた 2
0
1
3
年 6月2
0日時
許裁判制度に熟練した欧州弁護士のアドバイスが
点の情報である)。
不可欠になってくると思われる。
本稿が、講演者の方々のご尽力の賜である本セ
3 おわりに
ミナーのすばらしさをお伝えすることができれば、
本セミナーは、弁護士知財ネットの主催、日本
そして少しでも皆様のお役に立てればと願う次第
弁護士連合会の後援によるものであるが、当日は、
である(欧州単一特許制度と統一特許裁判所制度
満員の会場で熱気あるものとなり、質疑応答も実
の創設まで、の歴史的経緯については、黒田薫「欧
務的に高度なものがなされ、非常に有意義なもの
州単一特許保護制度の歴史的考察」本誌6
0
号3
2頁
であった。
以下において詳しく紹介されている)。
圏 第 1部 新 制 度 の 背 景 と 概 要
弁護士田村祐
はじめに
フランスのピエール・べロン (
P
i
e
r
r
eVeron)弁
よび欧州単一特許の翻訳言語規則)が承認された。
そして、 2
0
1
3
年 2月には、 EU理事会が統一特許
裁判所協定に署名をした。これにより、欧州にお
護士から、欧州単一特許制度および統一特許裁判
いて、単一の特許、単一の効力により統一された
所の制度(以下、「新制度」という)の背景事情に
保護を受ける欧州単一特許が実現されることとな
ついて講演がなされた。ベロン弁護士は、パリお
り、また、統一特許裁判所が設立されることに
よびリヨンのオフィスで特許訴訟のみを手がけて
なった。
おり、とりわけ国際的な訴訟を得意としている O
2 新制度の成立
2
0
1
2年 1
2月から 2
0
1
3年初頭にかけて、新制度に
関して非常に大きな二つの出来事があった。
0
1
2年 1
2月に、欧州議会において欧州単
まず、 2
一特許に関する二つの規則(欧州単一特許規則お
8
0ぉ L
a
wa
n
dT
e
c
h
n
o
l
o
g
yN
o
.
6
1 2
0
1
3
/
1
0
3 新制度の導入背景
(
1
) 欧州特許の問題点
新制度が必要とされた理由は、現在の欧州特許
(Europ
側
1
1
P
a
t
e
u
t
) に二つの大きな欠陥があった
ことにある。一つは、特許の保護が、真の意味で
統一された保護にはなっていなかったことである。
欧州統特許裁判所に関するセミナー
もう一つは、成立した特許に関する訴訟の管轄が
約1
0
0件、オランダが約5
0件であった。
各国の国内裁判所に与えられているため、同ーの
(
イ
) 判断が分かれた例
特許について複数の訴訟が並行して係属する可能
複数の訴訟が並行して判断が分かれた例として
↑生があるということである。
欧州特許とは、欧州全域において統一された保
護が与えられている特許が取得できるわけではな
h
l内特許が束になったものを取得でき
く、個別の L
るにすぎなし、。
は、次のようなものがある。
まず、紙幣の印刷技術にモアレ効果を使った特
許 に 関 す る EuropcanC
e
n
t
r
a
lBankv
sDoeument
ァ
¥
, S
.
¥
ア
白t
em8I
n
c
o
r
p
o
r
a
t
c
dが あ る 。 こ の 特 許
S
c
e
u
r
i
t
は、カラーコピーの技術が発展してきたため、中
欧州特許において、特許の審査は EPO(欧州特
央銀行が紙幣の偽造を非常に懸念するようになっ
許庁)の審査部が統一的に行っている。一方、特
て生まれたものである。この特許について複数の
許が登録された後に、特許の有効性および侵害に
国で訴訟が提起され、各国で異なる結果が導かれ
h
lにおいて訴訟を行う必要
ついて争う場合には各 L
た。イギリスでは無効、ドイツでは第 1審は有効、
がある。そのため、同ーの特許について侵害訴訟
控訴審では無効、フランスでは無効、オランダで
h
lで、係属するという問題が起きうる。
がいくつかの L
は第 l審では有効、控訴審では無効、スペインで
(
2
) 複数の管轄があることの問題点
特許の有効性、侵害の有無に関する訴訟につい
h
lで無効、スペイ
は有効となり、最終的に四つの L
ンだけ有効となった。このように結論が分かれて
て複数の管轄があることには二つの問題がある。
しまったことから、中央銀行は和解をせざるを得
一つは、訴訟を起こすのに一番よい裁判所を選ぼ
なくなった。
うとするいわゆるフォーラム・ショッピングが起
また、連続して数日間装用できるコンタクトレ
きることである。もう一つは、一つの特許につい
J
O
h
n
8
o
n
ンズの特許に関する:;'¥Jo
v
a
r
t
i
sv
sJohnson&,
て複数の訴訟が係属すると同じ特許について全く
についても同様の状況が生じた。この特許につい
異なる判決が出る可能性があるという問題である。
ては、イギリス、ドイツでは最終的に無効、フラ
(
ア
) フォーラム・ショッピング
ンス、オランダでは最終的に有効と結論が分かれ
どの裁判所が当事者にとって有利かというのは、
た。また、結論が分かれただけではなく、無効と
さまざまな要素によって決定されることになる。
なった理由についても異なっていた。イギリスで
特許権者(原告)であれば、審理が早くていわゆ
は開示要件違反により無効とされ、ドイツでは、
るパテントフレンドリーな管轄地を選ぶことにな
開示要件は満たすが新規性、進歩性がないと判断
り、侵害者(被告)であれば、特許を無効にしや
された。
すい管轄地を選ぶことになる。また、管轄地は被
告の所在地によるため、被告の営業所の位置に
4 新制度の概要
よっても変わってくる。被告のマーケットがどこ
以上のような問題点を克服するため、新制度が
か、侵害がどの国で一番起きているかということ
創設されることとなった。以下、この新制度の概
も重要な要素となる。さらに、管轄によって訴訟
要を説明する。
にかかるコストが違うことから、そのコストに耐
えられるかという問題があるため、会社の規模も
考慮の要素となる。
そして、フォーラム・ショッピングにより、各
(
1
) 特許の登録
特許の登録制度については、現行のシステムを
排除するのではなく、次のように三つの方法によ
る特許登録が可能となる。
国における訴訟の数に大きな差が生じた。各国の
h
l
特許庁が審理をして付与する国
一つ目は、各L
0
0件、フラ
訴訟数はドイツが一番多く年間に約 7
内特許である。二つ目は、 EPOが審理をする権利
5
0件、イタリアが約 2
5
0件、イギリスが
ンスが約4
の束としての欧州、│特許である O これは、技術分野
L
白w白 川 T
e
c
h
n
o
l
o
g
yN
o
.
6
1
2013/10絞 8
1
欧州統特許裁判所に関するセミナ
によっては必ずしもすべての国で保護が必要では
けられるとされているが、この選択が可能なのは
ない場合があるため存続されるものである。たと
7年の移行期間のみであり、その後は統一特許裁
えば、航空機の特許であれば、ハンガリ一、ポー
判所でのみ審理が受けられることとなる。欧州、│単
ランドでは航空機が製造されていないため保護が
こついては、統一特許裁判所のみで審理を
ー特許 l
必要とはならず、フランス、ドイツ、イギリスと
受けることができる O
いった国で保護があれば十分である。これら二つ
(
3
) 各国の参加状況
の特許はいずれも従前からあるものである O 三つ
今回の制度について、 EU加盟国のうち 2
5カ国
目は、今回導入された欧州単一特許である O たと
が欧州単一特許制度 (A) および統一特許裁判所
えば、製薬業界の分野においては、すべての国で
制度 (B) の双方の制度に参加している O 一方、
消費者がいることから、ヨーロッパ全域において
イタリア、スペインは言語の問題があるため A欧
侵害者を排除する必要があるため、欧州単一特許
州単一特許制度に参加していなし、。もっとも、イ
の利用が適している O
タリアは B統一特許裁判所制度には参加している
(
2
) 訴訟制度
が、スペインはこれにも参加していなし、。他方
訴訟制度については、段階的に現行のシステム
ポーランドは、 A欧州単一特許制度には参加して
と置き換わってしぺ O 圏内特許については、今後
いるが、 B統一特許裁判所制度には参加していな
も変わらず国内の裁判所で審理される O 欧州特許
い。スイス、 ノノレウェー、 トノレコ、アイスランド
については、従前どおり圏内の裁判所または今回
は
、 EUの加盟国ではないため今回の制度の対象
つくられた統一特許裁判所のいずれかで審理が受
からはずれている。
[3J第 2部統一特許裁判所のシステム
弁護士西脇怜史
(
2
) 裁判所の構成
はじめに
統一特許裁判所には、第 1審裁判所と控訴審裁
ドイツのマーティン・コーラー C
¥
I
a
r
t
i
nK
o
h
l
e
r
)
判所がある O
博士とカイ .N・カスパー(}臼3
ァN.Kasper) 弁護
第 1審裁判所は、中央部、地方部および地域部
士から、統一特許裁判所の構造と訴訟手続の二つ
に分かれている O 中央部は、パリの本部とロンド
についてご講演いただいた。
ンおよびミュンへンの支部から構成される。中央
部は、技術分野に応じて取り扱う地域を分けてお
2 統一特許裁判所の構造
り、支部であるロンドンでは化学、医薬および生
活必需品、ミュンへンでは機械工学を取り扱い、
(
1) 対象事件
統一特許裁判所は、欧州特許、欧州単一特許に
本部のあるパリではその他すべての技術分野を取
係る事件を取り扱い、従前の国内特許については
り扱う。地方部は、統一特許裁判所の協定締結固
取り扱わなし、。ただし、 8PC(8upplementaryPr
や
に設置されるものであり、取扱訴訟件数に応じて、
t
e
e
t
i
o
l
lC
e
r
t
i
f
i
e
a
t
e
:補充的保護証明書)を利用して
各国上限 4カ所まで設置可能である O
ァ
いる場合は、統一特許裁判所の管轄となる (8PC
の詳細は、団「質疑応答」⑦に関する記載箇所を
参照願いたい)。
82怨 L
日w日n
dT
e
c
h
n
o
l
o
g
yN
o
.
6
1 2013/10
控訴審裁判所はルクセンブ、ルクにのみ設置され
ている O
(
3
) 裁判体の構成
欧州統一特許裁判所に関するセミナ
裁判体の構成人数は、第 l審裁判所は 3名、控
訴審裁判所は 5名である O
第 l審裁判所の中央部の裁判官 3名は、異なる
締結国の国籍を有する l
e
g
乱l
l
yq
n
a
l
i
f
i
e
djndges (
以
下、「法律系裁判官」という) 2名と、裁判官プー
ル (
t
h
cp
o
o
lo
fj
n
d
g
e
s
) から割り当てられる t
e
c
h
事者が合意した場合には、当該特許の言語を使用
することができる。また、例外的に、控訴審裁判
所が決定し当事者が同意した場合は、その他の協
定締結国の他の公用語を使用することができる O
(
5
) 準拠法
準拠法は、出願人の出願時の住所地の国の法律
l
l
i
c
a
l
l
;
¥
γ
q
n
a
l
i
f
i
e
djud
舎で(以下、「技術系裁判官」と
となる。ただし、出願人が EU加盟国以外の場合
いう) 1名で構成される。地方部の裁判官 3名は
は、ドイツ法 (
EPO本部所在地)を準拠法とする O
全員が法律系裁判官であって、 UPC実施前または
実施後 3年間連続して提訴件数が 5
0
件に満たない
(
6
) 裁判管轄
統一特許裁判所のシステムにおいてもフォーラ
地方部の場合は、当該地方からの l名とその他の
ム・ショッピングが生じると考えられる O 侵害訴
裁判官プールからの 2名で構成され、 5
0
件以上の
訟や仮処分訴訟は、侵害行為地、あるいは侵害行
地方部の場合は当該地方からの 2名とその他の裁
為のおそれがある場所であれば、どの地方部また
判官プールからの l名で構成される O 地域部の裁
は地域部に提起してもよ L、。そうすると、たとえ
判官 3名も全員が法律系裁判官であって、当該地
ば、ヨーロッパでビジネスを展開する場合に、イ
域でリストアップされた協定締結園出身の 2名と、
ンターネットを通じて製品の販売の中出をしてい
その他の裁判官プールからの l名で構成される。
れば、ヨーロッパ中に販売の中出をしていること
なお、当事者の一方または当該地方部・地域部の
になり、いずれの地方においても訴訟を提起する
求めがある場合には、技術系裁判官を追加しうる。
ことができる O また、侵害行為地ではなく、被告
また、両当事者の合意がある場合には、法律系裁
所在地に提訴することもできる。ただし、被告が、
判官 l名のみで審理することもできる O
協定条約国に住所をもたない場合は、侵害行為地
控訴審裁判所の裁判体(裁判官 5名)は、多国
籍の構成でなければならず、異なる締結国の国籍
を有する法律系裁判官 3名と、当該技術分野の学
位および経験を有する技術系裁判官 2名で構成さ
れる。
(
4
) 使用言語
使用言語は、統一特許裁判所の制度を構築する
にあたって一番議論された点である。
に加えて、技術分野に応じた各中央部を選択する
ことができる。
(
7
) 侵害訴訟と無効訴訟の手続分離
侵害訴訟を受理した裁判所は、無効訴訟が反訴
として提起された場合、三つの選択肢をとりうる O
一つ目は、侵害訴訟および無効訴訟の両訴訟をあ
わせて審理する方法である O これはフランス、イ
ギリス、ドイツ以外の EU諸国の審理で採用され
第 l審裁判所における使用言語は、その裁判が
ている方法である。二つ目は、中央部に無効訴訟
行われる場所で決まる。地方部または地域部では、
を移送したうえで、侵害訴訟の審理を停止する方
原則、当該裁判所所在地の協定締結国の公用語を
法である。三つ目は、当事者の同意に応じて、事
使用する O 例外的に、両当事者の合意かっ裁判所
案全体を中央部に移送する方法である O
の承諾があれば、当該特許の言語(特許が付与さ
れたときに用いられた言語。おのずと英語、フラ
3 訴訟手続
ンス語またはドイツ語となる O 以下同じ〉を使用
訴訟手続については以下のとおりであるが、こ
することができる O 中央部では、当該特許の言語
れらの内容は、 2
0
1
3
年 6月 2
0日現在においてまだ
が使用言語となる。
ドラフトの段階であり、変更の可能性がある。
控訴審裁判所では、原則、第 l審裁判所の手続
で使用された言語が使用言語となる O ただし、当
(
1)第 1審の訴訟手続
審理進行は、訴状提出から 3カ月後に答弁書の
Lawa
n
dT
e
c
h
n
o
l
o
g
yN
o
.
6
1 2013/10 8
3
泌
欧州統特許裁判所に関するセミナ
提出、その 2カ月後に原告の反論、その 1カ月後
控訴人は、第 1審判決の送達後 2カ月以内に控
に被告の再反論と、訴訟提起から約 8、 9カ月を
訴状を提出しなければならない。控訴を提起しで
想定しており迅速である O 反訴は、答弁書提出ま
も原則として執行は停止されなし、。
での聞に提起しなければならないが、多言語の翻
控訴審は第 1審判決を破棄して白判や差戻しが
訳を安する場合には、これは被告にとって非常に
できる O 上訴審としては、欧州司法裁判所が考え
酷である。
られるが、実務的にみて迂遠ではなし、か等、適格
和解協議または口頭審哩の準備のために行われ
る中間子続は 3カ月を安し、進行方法は、裁判官
性の有無について議論があり、見送られている O
(
3
) 裁判所の権限
裁判所の判断を補助するための専門家の選任、
の裁量による O
和解が調わない場合は、口頭審理に進む。口頭
審理は訴訟提起から 1年以内になされ、審理終結
後 6週間以内に本案判決が出る。日本と異なり、
本案判決後 1年以内に損害賠償の認定を求める訴
訟を別途提訴しなければならない。
(
2
) 控訴審の訴訟手続
証拠提出命令、証拠保全および立入検査措置、資
産凍結命令、仮処分等があげられる O
(
4
) 判決の執行
裁判所の判決の強制執行については、現状では、
強制執行を実施する国の国内法(執行法)に委ね
ざるを得ず、満足できる状態にはなっていない。
圃 第 3部統一特許裁判所の実務
弁護士阿久津匡美
はじめに
講演部分の最後に、イギリスのアレックス・
ウィルソン
WexWilson)弁護士が登壇された。同
氏は、ロンドンを拠点に活躍する知的財産権訴訟
専門のソリシタ・アドヴォケイ卜であり、生化学
とである O
既存特許権の特許権者がオプ卜アウトを行うか
否かを判断するには、以下のような新制度の長所
と短所を比較衡量する必要がある。
①
新制度利用時の長所
⑧
差止処分が、新制度を導入するすべての
国(以下、「すべての批准国」という O 図
の学位もおもちである。
「
第 1部新制度の背景と概要」参照),
こ
及
2 概要
前 2部の講演を受けて、ウィルソン弁護士は、
ぶ。
複数の国で個別に訴訟提起するよりも安
⑥
新制度実施後の実務、特許権者および欧州に製品
を輸入する業者がとりうる戦略、並びに二つの
ケーススタディについてご講演された。
価である O
既存の各国訴訟子続法の複合体のような
@
子続であるので、各国子続のよい点を利用
できる可能性がある(たとえば、現在、フ
3 既存の特許権について特許権者がと
ランスでのみ施行されている非常に強力な
りうる戦略
z
u
r
e
) を全域
証拠保全制度シージャー(出i
(
1) オプ卜アウト
オプ卜アウトとは、既存の特許権について新制
度の適用を免れて、従来の制度の適用を受けるこ
8
4ぉ Lawa
n
dT
e
c
h
n
o
l
o
g
yN
o
.
6
1 2
0
1
3
/
1
0
で利用できる)。
⑥
審理が早い(たとえば、新制度では口頭
審理まで 1年とされており、現在のドイツ
欧州統
に近い早さとなる)。
⑥
従来は、イギリスなど限られた地域のみ
る
)
。
(
4
) 欧州単一特許に関する訴訟において特許
で利用可能だったディスカバリーの制度を
すべての批准国で利用できるようになる。
②
新制度利用時の短所
⑧
特許裁判所に関するセミナー
権者のとりうる戦略
欧州単一特許に関する訴訟について、特許権者
として戦略を検討する場合に考慮すべき点として、
批准国のうちいずれかの裁判所で特許無
統一特許裁判所地方部および地域部が、各所在地
効の判決が出ると、すべての批准国で特許
の現行の裁判実務から影響を受けることがあげら
権が無効となってしまう O
れる。たとえば、
q仮処分の判断において、現在
当初の聞は裁判官が既存の裁判実務をも
のドイツ、フランスでは特許権侵害の蓋然性の有
ち込んで審理してしまうことから、判決の
無に重きがおかれていたが、現在のイギ、リスでは
予測可能性が低くなってしまう O
利益衡量中心であること、②ドイツおよびオース
⑮
既存の特許権につきオプトアウトするか否かを
トリアでのみ行われているパイファケーション
判断するには、以上の長所・短所に加えて、オプ
(
B
i仇lI'c
a
t
i
o
n
:無効訴訟と侵害訴訟の分離)が、新
トパックイン仏、ったんオプトアウトした特許権
制度施行後も当該 2カ国で行われる可能性が高い
につき、その後、新制度の適用を受けるように戻
z
u
r
e
)
こと、③ディスカバリーやシージャー(出i
すこと)も可能であるという点も踏まえ、それら
といった証拠収集子続につき、すべての批准国で
に要する費用(講演時点で金額は未定)を考慮し
行われる予定であるものの、地域で温度差が生じ
ながら判断していくべきである O
うることなどである O
(
2
) 欧州特許出願をやめて国内出願に切り替
えるべきか
前記(1)②の新制度の短所に鑑みると、既存の欧
州特許出願をやめて国内出願に切り替えるべきか
という点が問題となるが、特許権者としては、オ
プトアウトしておき、すべての批准国で差止めを
また、所在地が欧州以外の者に対する侵害訴訟
は、統一特許裁判所中央部でも提起可能であるこ
とから、当初数年間は、フォーラム・ショッピン
グの機会が生じうることが指摘された。
4
る業者)がとりうる戦略
したいときにオプトパックインするという方法が
賢明である O
(
3
) 新制度施行後は欧州│単一特許で出願すべ
きか
新制度施行後には欧州単一特許で出願すべきか
潜在的な被告(欧~\I\II こ製品を輸入す
潜在的な被告がとりうる選択肢は、上記の特許
権者がとりうるものに比べて非常に限られている
として、以下の選択肢があげられた。
①積極的な戦略
統一特許裁判所中央部に
こ加
を判断するための考慮要素として、前記(1)② l
対して無効訴訟を提起し、一度で特許権を無
えて、欧州単一特許はすべての批准国において特
効とする O すなわち、新制度施行初日にオプ
許更新料(講演時点で金額は未定)を払い続けな
トアウトしていない既存の欧州特許権につい
ければならないという点、および新制度の批准が
各国で順次行われ、一斉ではないという点があげ
られる O
あわせて、欧州単一特許にはその出願人の国内
て無効訴訟を提起する O
②
その他の戦略
⑧一番安全な方法としては、欧州、│に製造拠
点をおかない。
法が適用されることから、新法人の設立の要否や
⑮輸入する国を選ぶ。すなわち、侵害をな
複数の発明者のうち誰を出願人に選ぶかといった
かなか認めない国や侵害と無効を分離する
点も検討すべきである(もっとも、出願人の国籍
国を選んで輸入する。また、訴訟件数の少
が侵害訴訟の準拠法に影響するかは不確定であ
ない国では、訴訟を呼び込むために非常に
Lawa円dT
e
c
h
n
o
l
o
g
yN
o
.
6
1 2013/10ぷ 8
5
欧州統一特許裁判所に関するセミナ
プロパテントになったり、逆に非常にアン
チパテントになったりという可能性も考え
られるので、かかる動行をみつつ輸入する
国を選択する。
の提訴を検討する。
(
3
) その他
各国の強みを念頭に、従前からの裁判所を選択
するという選択肢もありうる。たとえば、証人尋
5 ケーススタディ①(米国の特許不実
施団体の場合)
問が重要であれば、統一特許裁判所ではなかなか
認められないだろうから、証人尋問を認めうるイ
ギリスで訴訟提起する。
米国の特許不実施団体が、主な事業所所在地が
フィンランドにある事業者に対して、イギリス、
ドイツ、フランスおよびオランダにおける侵害行
6 ケーススタディ②(ドイツの製薬会
社の場合)
ドイツの製薬会社が、欧州単一特許に基づいて、
為につき、オプトアウトしていない特許権に基づ
ドイツで侵害行為を行っているイギリスの企業に
く特許侵害訴訟を提起するというケースを想定す
対して特許侵害訴訟を提起するという場合を想定
るO その場合、提訴地をどこにすべきかについて、
する O 仮に、製薬会社が統一特許裁判所デュッセ
以下の検討要素があげられた。
ルドルフ地方部に侵害訴訟を提起したとしても、
(
1) 侵害行為に関する証拠収集が重要である
デュッセルドルフ地方部は、a:侵害論および無効
論を併合して審理、(i統一特許裁判所中央部に無
場合
提訴地として、ディスカパリーのあるイギリス
効手続のみ移送したうえで、侵害手続を進行また
やシージャー (
S
e
i
z
u
r
e
) のあるフランス、または
は中止、③無効および侵害の両手続を、共に統一
北欧の地域部を検討する。
特許裁判所中央部(ロンドン)に移送(ただし、
(
2
) 無効論が心配という場合
両当事者の同意がある場合に限る)のいずれかの
伝統的にパイファケーション (
B
i
白r
c
a
t
i
o
n
)を
判断をなしうることが説明された。
行ってきたドイツまたはオーストリアの地域部で
[
5
J 質疑応答
弁護士片山史英
講演の最後に、会場の質問に答える質疑応答の
に加入しているか、統一特許裁判所制度に
場が設けられた。会場からは、多数の高度な質問
加入しているかで変わってくる。たとえば
が寄せられたので、以下ご紹介する。
ポーランドは、 EU加盟国であり、欧州、│単
①
ー特許制度に加入しているが、統一特許裁
Q:技術系裁判官 (
t
e
c
h
n
i
c
a
l
l
)q
u
a
l
i
f
i
e
dj
u
d
g
c
)
ア
は、法曹資格を必要とするか。
A:必要な L、。弁護士である必要もない。
判所の制度には加入していない。欧州単一
特許規則 1
8条 2項 2号によれば、統一特許
裁判所の制度に加盟していない国では欧州、│
単一特許は効力をもたないとされる。した
がってポーランドでは欧州単一特許は効力
②
Q:欧州単一特許の効力はどのような国に及
ぶか。
A :EU加盟国であるか、欧州単一特許制度
8
6縫 Lawa
n
dT
e
c
h
n
o
l
o
g
yN
O
.
6
1 2
0
1
3
/
1
0
をもたな L
。
、
他方、イタリアは、統一特許裁判所制度
には加入しているが、欧州単一特許制度に
欧州統一特許裁判所に関するセミナー
は加入していない。したがって、欧州単一
⑥
Q:欧州裁判所が、統一特許裁判所に対する
特許の適用はないが、従来の欧州特許につ
いて統一特許裁判所イタリア地方部に訴え
上訴裁判所にあたるか。
A:あたらない。非常に政治的な議論があっ
を起こすことはできる。
たが、欧州裁判所に対する不信感があり、
③
統一特許裁判所の上訴を受けることは見送
Q :EPOに対する異議申立てと、統一特許裁
られた。
判所に対する無効訴訟を両方行うことがで
きるか。
⑦
A:可能である。 EPOに係属しているとき
Q :SPC (補充的保護証明書)とはどういう
でも統一特許裁判所に無効訴訟を提起でき
ものか。
る。そのため両者で異なる判断が出る可能
A:SPCとは、医薬分野で認められる存続期
性がある。もっともそれは、異なる証拠が
閣の延長のようなものであり、製品医薬の
採用される可能性があるからであろう O た
認可に時間がかかった場合に、製品を特定
とえば、 EPOの場合、証人尋問はほとんど
して 5年を上限として追加の保護期聞を認
できず、ディスクロージャーの手続もない。
めるものである。これは EPOではなく各
そのため、公知公用などが問題となった場
国の特許庁で手続を経て認められるもので
合
、 EPOが無効としなかったとしても、統
あることから、従来の国内特許と同じよう
一特許裁判所では証言についての反対尋問
な位置づけのものであるが、統一特許裁判
やディスクロージャーの結果を基に無効と
所で扱うのが適当であることから S
PCも
判断する可能性などがある。
統一特許裁判所の対象となった。
④
⑧
Q:欧州単一特許について先使用権は認めら
Q:判決や決定の執行はどのように行われる
れるのか。
か
。
A:この点は議論があったが、先使用権は認
A:証拠保全の執行など、どのように執行が
められる。もっとも、先使用権は国内法に
担保されるかは各国国内法による。
基づき判断されるため、たとえばドイツで
は先使用権が認められ使用が継続できるが、
⑨
フランスなどの他の国では使用が継続でき
iQ:ー な 代 理 川 統 一 間 断 で 代
ないということもありうる。
理人となることができるのか。
A:いずれかの統一特許裁判所制度の参加国
⑤
における弁護士の資格があれば、いずれの
Q:欧州裁判所 (
E
u
r
o
p
e
a
nC
o
u
r
to
f.
J
u
s
t
i
c
e
)
への付託は行うことができるか。
国の中央部や地方部、またいずれの審級に
おいても代理ができる。
A:統一特許裁判所からも、欧州裁判所に対
して法的な問題につき付託ができる。欧州
裁判所は、法的問題にのみ結論を出すが、
付託した裁判所はこの判断に拘束される。
L
a
wa
n
dT
e
c
h
n
o
l
o
g
yN
O
.
6
1
2
0
1
3
/
1
0滋 8
7